凛「店番、そしてアイドル」 (31)

聖夜も一晩明ければ、街は一斉にクリスマスから新年に向け衣替えをする。そして、それは花屋も例に漏れず。
そもそも花屋の師走はとても忙しい。お歳暮からクリスマス、お正月と次から次へディスプレイを変えることになるから。
クリスマスリースや卓上ミニツリーから、正月飾りへ。洋風から和風へと、がらりと雰囲気の変わる様は毎年恒例の大仕事だ。
そんな、ある年末の日とのこと。

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読み辛い

芳乃「ふむー、この店がよろしいかとー」

茄子「わかりました、お邪魔しま――あら、凛ちゃん?」

凛「いらっしゃい。なんで茄子さんが驚いてるの?」

茄子「実は探し物をしていて、ここに。凛ちゃんのお店なんですね」

芳乃「これもまた縁かとー」

凛「よくわからないけど……とりあえず、寒いから奥へどうぞ」

茄子「凛ちゃんはお店のお手伝いですか?」

凛「クリスマスも終わって、お正月用の花飾りに総入れ替え中って感じかな」

茄子「お正月飾り、とっても綺麗ですねっ」

芳乃「ここは清い気が満ち満ちておりますねー」

茄子「こんなに寒いのに汗までかいて、凛ちゃんは偉いです」

凛「別に、毎年やってるから」

芳乃「凛殿ー、いま手で汗をぬぐうのは止したほうがー」

凛「えっ?」

茄子「あ、おでこに黒い線が」

芳乃「松にはヤニが多いゆえー」

凛「……ちょっと顔洗ってくる」

……



凛「ごめん、お待たせ」

茄子「いえいえ、全然構いませんよ♪」

芳乃「あれもまた、凛殿の頑張りの証かとー」

凛「恥ずかしいからみんなには黙ってて……まぁいいや、それで探し物だっけ?」

茄子「そうなんですっ」

凛「花を探してるの?」

芳乃「必ずしもそうではありませぬー。ただ、見つかりそうな気の方向へ進んだ結果、こちらへ辿り着いたのでしてー」

茄子「はい、私も何となくここで見つかりそうな気がして」

凛「茄子さんと芳乃が揃ってなら、なにかはあるのかな……もう少し詳しく訊かせて?」

茄子「年明けにジャポネスクでニューイヤーライブがあるんです」

凛「うん、もうすぐだよね。プロデューサーも忙しそうにしてる」

芳乃「しかしー、日が近づく毎に歌鈴殿の緊張も増しておりー」

茄子「レッスンもとっても頑張ってますし、パフォーマンスも問題なさそうなんですけど」

凛「あとは本人の自信か……歌鈴は緊張しいなところあるからね」

茄子「ジャポネスクでのお仕事は、いつもより緊張する。そんなことを歌鈴ちゃんは言ってました」

凛(茄子さんと芳乃とのユニット……たしかに神々しいというか、失敗するのは自分だけって思い込んでそう)

芳乃「れっすんに打ち込んでも解消されそうにありませぬー。違う糸口を探ろうと、気の向くままに彷徨っておりましたー」

凛「そうして導かれた先がここ、と」

茄子「そういうことです♪」

凛「つまり、この店に解決する何かがあるってことでいいの?」

茄子「何となくですけどね」

凛「といっても、いまは正月飾りぐらいしかないけど……これで解決するのかな」

茄子「おめでたいものですし、願掛けとしてプレゼントすればいいのかも?」

芳乃「それならば、相応しいものを見つけましょー」

茄子「お正月飾りといえば、やっぱりしめ縄や門松でしょうか」

凛「大きいものはうちでは取り扱ってないよ。卓上の小さいのなら」

芳乃「ほー、こじんまりとして可愛らしいのでしてー」

茄子「お正月飾りにはどんな意味が込められているんですか?」

芳乃「それを知れば、選ぶ参考にもなるのでしてー」

凛「芳乃のほうが詳しいんじゃない?」

芳乃「改めて聞く良い機会かとー」

凛「自分より知識のある人に説明するって緊張するな……」

凛「まず門松、これは年神様を家に招くために門に置いておく、いわば目印」

芳乃「年の神は今年一年の実りをもたらすために山から降りてくるゆえ、五穀豊穣の意味合いもあるのでしてー」

茄子「門松の『門』はわかりましたが、なぜ『松』なんですか? 竹ですよね?」

凛「元々は一本の松を置いてたのが由来だから。今でも一部の地域では松を飾るらしいよ」

茄子「竹に変わったのはどうしてなんでしょう?」

凛「松竹梅で縁起物だからね。門松が三本なのもそれが理由だったと思う」

茄子「そんな意味があったんですね」


凛「しめ飾りも同じような意味だよ。しめ縄の内側、つまり家の中は神様の居場所ですよってこと」

芳乃「しめ縄とは神の領域と現世を隔てる結界なのでしてー。不浄を退け神を占める、それが語源と言われておりますー」

茄子「刑事ドラマでよくあるKEEPOUTのテープみたいですねっ」

凛「それと似てるっていうのはちょっと」

茄子「他にどんなものがあるんでしょう?」

凛「縁起の良い花は松竹梅以外だと、菊、牡丹、千両に南天。最近はバラやスイートピーみたいな洋花を合わせた飾りもあるよ」

芳乃「種類も増えておりますねー」

茄子「うーん、歌鈴ちゃんにぴったりの花は……」

凛「自信を持たせる……勇気づけさせる……背中を押してあげる……あっ」

芳乃「なにか思いつきましてー?」

凛「この中だったらそうだね、うん。ふたりにも手伝ってほしいことがあるんだけど」

芳乃「断るはずはないのでしてー」

茄子「はい、頼まれました♪」

凛「ありがとう。じゃあまずは――」



数日後、ふたりから歌鈴に贈られたのは、小さな巾着。もとい、手作りのお守り。
紅い布と紐で作られたそれは、芳乃が反物の端切れを用意して、それを茄子さんが縫って。
中には南天の実が入っている。南天は『難を転ずる』という意味で正月飾りの定番のひとつだ。

もしドジしたらどうしよう、ではなく。もしドジしても、それすら楽しめるように。そんな願いを込めたお守り。

そしてライブ当日、歌鈴は開口一番の挨拶で噛んで……会場は大いに沸いたらしい。
当の本人はそれで吹っ切れたようで、その後のパフォーマンスは失敗せずに大成功だったみたい。
これが本当の災い転じて福となす、なんてね?

アウターをクリーニングに出そうかと、そう思えるような暖かな日差し。
長い冬をようやく終わりを告げて、店の中にも小さな芽吹きが咲き誇る。
ところで、ファンタジーやメルヘンの世界では、色とりどりの草花が描かれる。
子供のころは花で溢れるお店の中が、絵本の世界みたいだと思ったり。
そんな、ある春の始まりの日のこと。

法子「こんにちはー!」

みちる「お邪魔します!」

凛「あれ、いらっしゃい。どうしたの?」

法子「えへへ、ちょっとねー♪」

みちる「売ってるかわからないですけど、買いたいものがあって来ました!」

法子「花だけじゃなくて、木も置いてる?」

凛「木? 鉢植えの観葉植物とかはあるけど、何を探してるの?」

みちる「パンです!」

凛「えっ?」

法子「だーかーら、パンだよー!」

凛「えっと、近所のパン屋はここを右に……」

みちる「いえ、パンの成る木を探してるんです!」

……


【事務所】


法子「あ、文香さん! おつかれ様です!」

文香「みちるさん、法子さん、おつかれ様です……」

みちる「今日はどんな本読んでたんですか?」

文香「無人島に漂流した主人公が生還を目指す……所謂、冒険小説の類です」

法子「わー! むつみちゃんが好きそう!」

文香「そういえば……この書にはパンの木が登場しますよ」

みちる「パンの木! 夢のような木ですね!」

法子「そういうファンタジー要素もあるんだぁ」

文香「いえ……パンの木は、現実に実在する植物ですよ」

みちる「えぇ! ほんとですかっ!」

法子「すごーい!」

みちる「その木はどこで買えるんでしょうか!?」

文香「観葉植物や果樹を取り扱っている所では……あるかもしれませんが……」

法子「凛ちゃんの家ってお花屋さんだったよね、売ってるかな?」

みちる「行ってみましょう! 文香さん、ありがとうございました!」

……



法子「――ということ!」

凛「なるほどね」

みちる「それで凛さん、パンの木ありますか?」

凛「ごめんみちる、パンの木はうちじゃ扱ってないよ」

みちる「そうですか……」

法子「残念……」

凛「あとひとつ。文香も言うタイミング逃したんだと思うけど……パンの木にパンは生らないよ」

みちる・法子「??」キョトーン

凛「うん、まぁそうなるよね。ちょっと待ってて」

……



凛「お待たせ、ふたりともカウンターに来て。よいしょっと」

法子「なにこれー、図鑑?」

凛「卸業者から小売店向けのカタログ。お客さんに見せるものじゃないんだけど。果樹の苗木は、と……」

みちる「パンノキって書いてあります!」

法子「『パンの木』じゃなくて、パンノキって名前なの?」

凛「そう。そのままパンの木って書いたりもするよ。確か実をつけてる写真も載ってた気がするから……あ、ほらここ」

みちる「これが……パン?」

法子「緑色でトゲトゲしたアボカドみたい。それとも小っちゃいドリアン?」

凛「うん、これがパンノキの実」

みちる「ふわふわもちもちサクサクのパンじゃないんですね……」

凛「ふふ、想像とは違ったかもしれないけど、そのイメージで正しいって言ったら?」

法子「なになに? 全然わかんないよー!」

凛「パンノキは英語でブレッドフルーツ。みちるの言うパンと同じ」

みちる「なぜこれがパンなんですか?」

凛「この実を焼いたり蒸したりすると、パンみたいな食感になるんだって。味は甘味の少ないサツマイモみたいだって」

法子「へぇ、果物なのに不思議だね!」

凛「デンプン、ミネラル、タンパク質などを含んで栄養豊富。成人も1日1個で十分生きていける、なんて言われてるくらい。おまけに通年で沢山実をつけるから、実際に主食として活躍してた歴史もあるよ」

みちる「凄い実なんですねぇ」

凛「美味しいパンが人を幸せにするように、このパンノキも沢山の人を支えたり、幸せにしてたんじゃないかな」

みちる「はい! 見たときはびっくりしましたけど、これも立派なパンです!」

法子「うんうん! あ、ドーナツの木は無いのかな?」

凛「ドーナツの木は……どうだろう、もしかしたらあるのかもね」



後日談。
この一件を事務所で話していたら、クラリスさんが教えてくれた。
キリスト教カトリックでは、タピオカの粉で作った十字架やドーナツを住居や木々に飾り付ける祝祭行事がある、と。

調べて写真を見てみたら、まるで本当にドーナツの生る木のようで。
それを見て「ドーナツの木もあるんだ!」って、法子が目を輝かせてたっけ。
そんな法子を見て微笑みながら、世界はまだまだ知らないことが沢山あるんだなと、そんなことを考えた。
事実は小説よりも奇なり……使い方、合ってるかな?

梅雨明けも間近に迫り、暑さは日増しに膨らんでいる。
店前は日よけテントで直接太陽に当たらなくても、アスファルトの照り返しは防ぎようがなく、作業をしていると汗がじわりと出てくるのを感じていた。
花というと春のイメージが強く、事実、春に出回る花の種類は多い。
だけど四季それぞれに咲く花はあるし、最近は品種改良によって通年出回る種類も増えた。それだけ手間も大変とも、いけるけど。
そんな、ある梅雨の終わりの日のこと。

泰葉「こんにちは」

凛「あれ、泰葉。いらっしゃい、どうしたの?」

泰葉「買い物というか、凛さんに相談したいことがありまして」

凛「私に?」

泰葉「はい。実は、花を育てたくて……アドバイスをいただければと」

凛「私で良ければ勿論いいよ。暑いし中で話そっか、入って」

凛「それで、何の花を育てたいの?」

泰葉「まだ決まってないんです。そこも含めて教えてもらいたいなって」

凛「花を育てること、そのものが目的って感じかな?」

泰葉「そういうことになります」

凛「どんな花がいいとか、希望はある?」

泰葉「えっと……種から育てたくて、いま種まきをして秋に開花するものを」

凛「花そのものの希望じゃなくて、種から、そして開花時期も……理由がありそうだね」

泰葉「そうですね。経緯も含めてお話します」

泰葉「今度の秋から始まる公演のお仕事があって」

凛「あ、それ奈緒も出演するやつだよね」

泰葉「ご存じだったんですね」

凛「衣装や設定が好きだって、奈緒もはりきってるから」

泰葉「あー、たしかに衣装合わせの時は興奮してましたね」

凛「詳しい内容は聞いてないけど、その公演と花が関係あるってこと?」

泰葉「はい。物語の重要なファクターなので、詳細まではお話できませんが……」

凛「別にいいよ。私も楽しみにしていたいし」

泰葉「ありがとうございます。で、話を戻しますと、それで花を育ててみようって」

凛「つまり、泰葉の演じる役は種から花を育てるんだね」

泰葉「え……いえ、そこまで言ってしまうと、物語的にちょっと、あの……」

凛「ふふ、そうなるよね。ごめん、聞かなかったことにして」

凛「種から育てて、本公演が始まる前に花を咲かせたい……なるほどね、状況はわかった」

泰葉「はい。相談も兼ねて、折角なら凛さんのお店で揃えたくて。その条件に合うお花はありますか?」

凛「夏に種まきで秋に開花する……泰葉も稽古で忙しくなるから、手がかからない方がいい……」

泰葉「どうでしょう、難しいですかね……」

凛「ん、そうだね……ちょっと待ってて」

……



凛「お待たせ、泰葉。その条件でおすすめするのは、これかな」

泰葉「これは……コスモス? この時季にも咲くんですね」

凛「これは早咲きコスモスだから、夏でも流通してるんだ。本来は秋の花」

泰葉「早咲きなんてあるんですか」

凛「乾燥にも強くて育てるのも簡単だし。秋咲きのを今から種まきでも、十分間に合うと思うよ」

泰葉「なるほど……」

凛「だけど、ごめん泰葉。うちは切り花や鉢植えしかないから、種は扱ってないんだ」

泰葉「あ、そうなんですか……よく考えれば、お花屋さんって種は売ってないですね、しまった……」

凛「スーパーやホームセンターなら花の種子は売ってると思うから、そっちで探してみて」

泰葉「すみません、相談するだけして何も買わなくて……」

凛「そんなの構わないよ。それに、種からだと土とか肥料とか、他にも必要なものがあるし、まとめて買ったほうが」

泰葉「そっか……あ、そうだ凛さん! だったら――」

……



凛「ありがとうございます、どうぞ」

泰葉「はい!」

凛「べつに鉢だけ買うことなんてないのに」

泰葉「いえ、凛さんのお店で何かひとつでも買いたいと思ったんです」

凛「そっか。ありがとね、泰葉。また育ててから何かあれば相談して」

泰葉「色々とお世話かけます。これで演じる役にも一層入り込めそうです」

凛「うん。公演観にいくから、稽古も頑張ってね」

泰葉「必ず成功させてみせます。凛さん、ありがとうございました!」



晴れやかな顔をして泰葉は店から出て行った。
その後にホームセンターで種をはじめ、他に必要なものを揃えて育てることにしたって。
それから泰葉と事務所で顔を合わせたときには、芽が出たことや成長していることなど、嬉しそうに報告してくれた。
そうして公演の公開日前に無事花が咲いて。間に合ってよかったと、私まで嬉しくなった。

そんなわけで今日、私はその公演を観に来ている。
【蒸機公演クロックワークメモリー】か……泰葉の役が、物語でどんな花を咲かせるのか、今から楽しみだ。

過去作

凛「店番してたらアイドルがやってきた」
凛「店番と、アイドルと」
凛「店番しててもアイドルはやってくる」
凛「店番、時々アイドル」
凛「店番してるとアイドルがやってきて」
凛「店番、たまにアイドル」
凛「店番してればアイドルがやってくる」


蒸機公演、本当に名作です。
ここまで読んでくださった方に花束を。



もっとシリーズをば

乙でした。このシリーズ久々ですね

パンノキといえばバウンティ号の反乱くらいしか思い浮かばない

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