穂乃果「ほのかトリップ」 (30)

ガタンゴトン ガタンゴトン

穂乃果「ねえ?どこに行くの?」

向かいの席に座っている絵里ちゃんに私は問いかけた。

絵里「ん~?」

聞こえてるくせに。

穂乃果「ねえってば。行き先くらい教えてくれたっていいじゃん」

絵里「どこだっていいじゃない。美人とデート出来て嬉しいでしょ?」

穂乃果「うへ~自分で言う?絵里ちゃんも厚かましくなったね」

ガタンゴトン ガタンゴトン

絵里「10代の女の子はちょっと厚かましいくらいがちょうどいいんだって」

穂乃果「誰が言ってたの?」

絵里「雑誌に書いてあったの」

穂乃果「へ~。雑誌にねぇ」

絵里ちゃんもそう言う雑誌を読むんだ。




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穂乃果「ねえ?ヒント頂戴!」

絵里「ヒント?」

穂乃果「ヒントくらいいいでしょ?目的も分からず長い時間電車に乗ってるのも苦痛だから」

絵里「穂乃果は電車苦手なの?」

電車が苦手なんじゃなくて目的も分からずジッとしてるのが嫌なんだけどな。

絵里「あまり電車で遠出しないの?海未やことりなんかと何処かに行ったり」

穂乃果「あんまりないな~。それにね、海未ちゃんと電車に乗ってもすぐに本を読み始めるから退屈なんだよ」

絵里「ふふっ。海未らしいわね」

穂乃果「でしょ?よくあんな文字ばっかり読めるよね。漫画だったら私も読めるんだけどなぁ」

絵里「結構面白いんだけどね。穂乃果には合わないか。全く読んだ事ないの?」

穂乃果「全くじゃないよ。宮沢賢治とかそれくらいなら読んだ事あるよ」

絵里「へ~そうなの」

宮沢賢治・・・。忘れもしない小学生の頃の夏休みの読書感想文。後回しにして痛い目にあった憎き小説家の名前。100パーセント自分が悪いのは承知しているけどおかげであの日はお母さんには怒られ、プールには行けず・・・散々だった。

あれから毎年読書感想文は宮沢賢治の使い回しだけど意外とバレないもんなんだよね。

穂乃果「まあ、あれも生きていくうえの知恵だよね」

絵里「何が?」

穂乃果「いや、なんでも。・・・ってさあ話が脱線してるんだけど。ヒントは?」

絵里「あ~ヒントね。ごめん、ごめん」

ごめんって。絶対話をそらすつもりだったよね。

絵里「じゃあ、ヒント。咲くものを観に行きます」

穂乃果「咲くもの?花?」

絵里「・・・そうね」

穂乃果「シーズンもの?」

絵里「ん~・・・そうかも」

穂乃果「え~・・・梅でも観にいくの?」

絵里「ブー。ハズレ」

穂乃果「桜はまだ早いよね」

絵里「そうね。桜はもうちょっと先ね」

穂乃果「花見・・・行きたいね。みんなで」

絵里「そうね・・・。行けると良いわね」

穂乃果「良いわねじゃなくてその気にならないと」

いつでも一緒って訳じゃなくなるんだから。

絵里「うん。そうね」

ガタンゴトン ガタンゴトン

穂乃果「そう言えば、聞いた?」

絵里「なあに?」

穂乃果「花陽ちゃんに引き継ぐって」

絵里「部長の話?」

穂乃果「うん。適任だよね。本人には当日まで黙っておくんだって。まっ、にこちゃんが卒業出来ればの話だけどね」

絵里「じゃあ・・・怪しいかも」

穂乃果「あはは。そうだね。私も人の事笑えないけど」

絵里「それじゃあ困っちゃうんだけどね」

穂乃果「まあ、確かに。凛ちゃんの後輩は嫌だなぁ」

絵里「何回留年するつもりなの?」

穂乃果「高校生活に飽きるまで?」

絵里「そのうち雪穂ちゃんの方が先輩になっちゃうじゃない」

穂乃果「それは問題だ。姉としての威厳が・・・」

絵里「その前に生徒会長が留年するのもやめて欲しいな。前任者として」

穂乃果「だよね~」

なんて冗談を交わしているけど三年生は卒業する訳で本当は寂しいのにそんな素振りを見せない様にして更に湿っぽい雰囲気を醸し出してしまう。

いっそ素直に寂しいと言った方が幾分かマシな気もする。

穂乃果「ねえ。今日、こうして私を誘ってくれたのってさ・・・」

絵里「ん~?」

穂乃果「いや・・・なんで私なのかなぁって」

絵里「何が言いたいの?」

穂乃果「だから・・・今日、こうして絵里ちゃんとここにこうして電車に乗っている相手が私じゃなきゃいけない理由が何かあるのかって。例えば・・・元気がない様に見えたから・・・とか」

絵里「ん~そうねぇ」

勿体ぶるなぁ。

絵里「別に誰でも良かったのよ。穂乃果じゃなくても誰でも」

穂乃果「えっ!?」


絵里ちゃんがそう言った時少し胸がズキンとした。私は絵里ちゃん達が卒業してしまう事を寂しく思っている事。私は絵里ちゃんが私の気持ちを察して今日誘ってくれたんだと思っていた。

そもそも、本来なら送り出す側の私が絵里ちゃんを気遣わなきゃいけないくらいなんだ。

穂乃果「そっか。そうだよね。えへへ」

絵里「ウソよ」

穂乃果「へ?」

絵里「穂乃果が良かったの。今日こうして私の前に居るのは穂乃果が良かったの」

穂乃果「あっ・・・ほ、本当?」

絵里「うん。でもね、別にセンチメンタルになってる穂乃果を励まそうなんて理由で誘った訳じゃないの」

穂乃果「そ、そうなの?じゃあ、どうして?」

絵里「自分の為よ。二人の思い出が欲しいって私の気持ち」

穂乃果「ふ~ん。そっか」

絵里「なあに?それだけじゃ不満?」

穂乃果「いや、嬉しいよ」

素っ気なく返してしまったのは何となく想像していた理由と違ったから。

絵里「卒業だからねぇ、私も。慕ってくれる可愛い後輩と小旅行ってポイント高いと思うのよね」

穂乃果「明日も休みなんだしどうせなら泊まりでも良かったのに」

絵里「ん~穂乃果寝相悪いからなぁ」

なんて話をしながら段々と目の前が真っ暗になっていった。

ほのか!ほのか~!

ん?

絵里「そろそろ到着するわよ」

穂乃果「あれ・・・私、寝てた?」

絵里「イビキかいてたわよ」

え?嘘?

絵里「嘘よ。顔真っ赤にしちゃって。かーわい」

穂乃果「なっ!?なんだ、嘘なのね」

絵里「随分と幸せそうな顔して寝てたけど何か良い夢でも見た?」

穂乃果「どうだったかな」

絵里「割と忘れちゃうものよね、夢なんて。さあ、次の駅で降りるから荷物降ろして」

穂乃果「うん」

私達は電車を降りた。

穂乃果「ん、ん~」

私達が降りた駅は人気のない駅だった。無人駅ではないけどだいぶ殺風景な駅。冷たい風と潮の匂いがした。

穂乃果「随分と長い時間電車に乗ったと思ったら。本当にこんな所で何するの?」

絵里「ん~どうしようか?」

穂乃果「え?決めてないの?」

絵里「だいぶ早く着いちゃったからね。夜までだいぶあるし」

穂乃果「夜?だいぶどころじゃないよ。まだお昼前だよ」

絵里「そうなのよねぇ。取り敢えずお昼を何処かで食べましょう」

穂乃果「何も決めてないの?」

絵里「何もじゃないわ。ここに来るのは計画通りだもの」

穂乃果「いや、だったらこの辺の有名なお店とか…」

絵里「調べてないわ」

穂乃果「嘘…お昼食べる所がなかったらどうするの?」

絵里「最悪コンビニが…」

こんな所に来てまでコンビニ弁当は食べたくない。

絵里「さっ、行きましょうか」

穂乃果「何処に?」

絵里「ん~取り敢えず。北に向かいましょう」

穂乃果「どうして北なの?」

絵里「なんとなく」

どっちが北か分からないけど私達は歩き始めた。

穂乃果「はあ…はあ…ねえ?まだ歩くの?」

絵里「だってお店がないんだもん」

穂乃果「ワザとでしょ?」

絵里「何が?」

穂乃果「無計画なのが。生徒会やってるとさ、絵里ちゃんの優秀さが分かるんだよ。私と違って行き当たりバッタリで動くタイプでもないでしょ?」

前生徒会長である絵里ちゃんが作った資料はとても見やすく綺麗にまとまっていて、段取りが苦手な人物が作ったとは思えない。むしろ、この無計画も絵里ちゃんの計画だと思う。

絵里「穂乃果は私を買い被り過ぎよ」

穂乃果「そんなつもりはないけどね」

絵里「私は何をするにも考えてしまうから。穂乃果の様な後先考えずに行動出来る人に多少の憧れはあるのかも」

穂乃果「私はそれで海未ちゃんに怒られるんだよ。行動する前に一度考えてから動けって」

絵里「でしょうね。どちらかと言えば海未も私と同じタイプだもんね。考えて考えて考え過ぎて後一歩が踏み出せない」

絵里ちゃんは歩くのをやめ、続けて

絵里「だから9人いるんでしょうね」

と笑って言った。

穂乃果「そうだね。それぞれがそれぞれの足りない所を補い合って。私達はそうやって歩んで来たんだよね」

絵里「そうね。けど、いつまでもそう言う訳にはいかないのよね」

穂乃果「…そうだね」

絵里「いつかは一人で歩かなきゃいけない時が来るから。私はあなた達に出逢えて良かった。この先どんな事があっても私はやって行ける。私はあなた達から沢山の事を学んだわ」

絵里ちゃんはまた歩き続けた。

絵里「見て、穂乃果。似合うかしら?」

絵里ちゃんは売れ残りであろうアロハシャツを自分の体合わせ確認をして来た。

穂乃果「うん。いいんじゃないかな。とっても可愛いよ。けどさ…」

絵里「ん?」

穂乃果「季節感がないんじゃない?」

絵里「ちゃんと夏に着るわよ」

私達は定食屋の隣のお店でお土産を見ていた。

絵里「あっ!これ可愛いわ」

穂乃果「どれ?」

絵里「ほら!」

絵里ちゃんが見ていたのは貝殻のアクセサリーだった。

絵里「きっと、私に似合うと思うの」

穂乃果「うん」

絵里「ね?」

穂乃果「え?」

絵里「うん」

そこで私は何故か絵里ちゃんにそのアクセサリーを買わされた。絵里ちゃんの方が年上なのに。


そんな感じでプラプラとしていると気が付いたら夜になっていた。

そして、私達は海辺にいた。

穂乃果「こんな時間に結構人が居るんだね」

絵里「周りは恋人ばっかりだけどね」

穂乃果「ここで何があるの?」

絵里「ん~?」

穂乃果「この為に来たんでしょ?」

私が絵里に問いかけているその時

ヒュ~~~~。

穂乃果「え?」

バァン

私の背後で花火が上がった。

穂乃果「この為に?」

絵里「うん。この時期に花火大会をやってる所は電車で行ける範囲だとここだけなの。昔の名残で毎月やってるんだって。昔は温泉街で賑わってたのよ」

穂乃果「そうなんだ」

ヒュ~~~……バァン。

絵里「この花火の様にきっと一瞬なのね。その一瞬の輝きの中で私は一生分の物を手に入れたわ」

そんな事を言って今更少し照れ臭かったのか花火が終わるまで絵里ちゃんは喋らなかった。

パァン。

花火はやっぱり美しかった。

ガタンゴトン ガタンゴトン。

ほのか!ほのか~!

穂乃果「ん…ん…」

絵里「もうすぐ降りるわよ」

帰りの電車で私は寝てしまった様だ。

絵里「置いてっちゃうわよ」

穂乃果「え?ま、待って!」

絵里「冗談よ。そんなに慌てなくても置いていかないわ」

穂乃果「いや…分かってるけど」

絵里「私達、同じ駅で降りるのよね」

穂乃果「うん?」

絵里「そう。同じ駅で降りるんだから。南十字で降りるわけじゃないし卒業したって会えなくなる訳じゃないのよ」

穂乃果「ずっと考えてたんでしょ?そのセリフ。行きの時から」

絵里「バレちゃった?締まらないわね」

穂乃果「別にいいんじゃないかな?まだ終わりって訳じゃないんだから」

こうして、私達のただの小旅行は終わった。

後日、絵里ちゃんが私の家に来た。

絵里「これ、この間のお返し」

穂乃果「いいの?」

絵里「私はもう使う事はないから。穂乃果に使って欲しいなって思って」

明日から私は3年生になる。

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