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橘ありす「待てますか?」P「いつまでも待つさ」
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橘ありす「抜本的改革が必要です」
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大晦日。
今、俺は緊張しながら実家の玄関に立っている。
隣には顔を真っ赤にして同じく緊張で固まった橘ありす。
どうしてこうなったかと言うと話は数日前に遡る。
P「あーはいはい、今年は帰るよ。わかったって。飯は食ってるよ、大丈夫だって。じゃあな……はぁ」
口うるさい電話先がいつまでも長電話を続けようとするので半ば強制的に終話する。思ったより体力を消費したので思わずソファーに全体重を預けて脱力してしまう。
ありす「誰と電話してたんですか?」
ひょこりとキッチンから小さい頭が覗いた。橘ありす、俺の担当アイドルの一人だ。担当アイドルなんだが訳あって同棲している。いや、訳あっても何も、付き合ってるわけなのだが。
どちらかと言えば、色々あって付き合った上で同棲していると言うべきか。
P「実家の母親だよ。今年は帰ってこいって言われてさ」
ありす「え、Pさん、帰っちゃうんですか……」
言った瞬間、ありすは悲しそうな顔する。それだけでなんとなく察してしまった。
P「あー、もしかして、ありすの両親は正月も一緒にいれないのか」
ありす「はい……2月くらいまで忙しいみたいで。私も受験があるのでゆっくりしてる場合じゃないので全然問題ないのですが」
そうは言うものの、俺が実家に戻ればありすはひとりぼっちの正月が確定してしまう。さすがに可哀想だ。
というか、ありすの両親、今年は俺にありすを預けるつもりだったりするんじゃないか……? 信用されてるのは良いことだけど、さすがにそれでいいのかと思いたくなる。
P「いや、さすがに年末年始はゆっくりしよう。実家には帰らないように連絡入れるよ」
ありす「そこまでしなくても……Pさん、ここ数年帰れてないんでしょう? 去年は仕事してましたし」
P「また今年も帰らないだけだ、何も変わらないって」
ありす「ダメです。家族と一緒にいれる時間は貴重なんですよ」
さっきまで悲しそうに帰っちゃうんですかとか言ってたくせに、相変わらずこの子は自分を押し殺そうとする。しかし、ありすの言うことにも一理はある。
お、名案が思い浮かんだぞ。
P「それなら、一緒に俺の実家行く?」
ありす「……え?」
軽く提案したらありすがフリーズしてしまった。
ありす「……よ、よろしくお願いします。頑張ります」
そして顔を真っ赤にして絞り出すように言うありす。
……そうだな、これ、自分の彼女を家族に紹介するイベントになってしまったな。
――――
ピンポーン。インターホンのボタンを押すと懐かしい電子音が聞こえた。
実家を出てからもう十年近く経つのに無骨で古いインターホンは現役だ。田舎らしい佇まいの一軒家と安っぽい電子音を聞くと一気に実家に帰ってきた感触を味わえるのだが、
それでもただ実家に帰るというだけで緊張する。
「はいはーい。おや、早かったね。って寒いわねー。早く中入りなさい。っとその子がありすちゃんね? 可愛いわねー、ほら、ありすちゃんも冷えちゃうわよ」
ガラガラと玄関を開けてギリギリ中年の女性が現れたと思えば矢継ぎ早に一気に言葉を連発する。俺の母だ。しばらく会ってないうちにかなり老けたようだが、おばちゃん特有のパワーは健在らしい。
ありす「ふ、不束者ですがよろしくお願いします」
P「……おい」
いきなり何を口走るんだこの子は! 確かにイベント的に間違ってはいないんだけども!
P母「ははー、よくできた子ねえ。うちの馬鹿の方がもっと不束者よ、安心してね」
P「悪かったな、ダメな息子で。ありすもそんな身構えなくていいから」
ありす渾身の挨拶はスルーされた。鈍感な親でよかった。
実を言うと、ありすのことは『家族が正月に帰れなくてひとりぼっちになってしまう担当アイドルを連れて帰るから』としか伝えていない。さすがに小学六年生と付き合ってるなんて言えなかった。
自然とありすの手を取り、実家の玄関をくぐる。やってから、しまった、と思ったが、幸い見ているのは母親だけだから何も問題は、
P姪「あー、Pがアイドルに手を出してる!」
P「人聞き悪いこと言うな! ただ手を取っただけだろ!」
問題あったわ。姉貴の娘、つまり姪が指を指して叫びやがった。ご近所さんに聞こえたらどうする!
P姪「あたしらただのファンは握手なんて少ししかできないのに手を握るのは職権乱用だ!」
P姉「うわあ、プロデューサーに転向したのはそういう邪な心が」
P「違うわ馬鹿姉! というか自分の娘を止めろ!」
玄関入っていきなりこれか。俺は認識が甘かったのを実感した。
――――
俺の実家は女系家庭になってしまっている。父は病死、姉も結婚し娘を産んだものの姉の夫――つまり俺の義兄は事故死。結果、実家は母と姉と姪の三人家族になっている。
ちなみにじいちゃんは戦死したらしい。うちの家系の女と結婚した男は死ぬジンクスまである。
P「はー、あったけー」
実家について早々、俺はコタツの魔力に屈した。全力で猫になった気分だ。今ならみくにゃんと戦える。
P母「お客さんなんだからゆっくりしてればいいのよ?」
ありす「いえ、お世話になるのですから手伝わせてください」
P母「ほんとよくできた子ねえ。P姉とPも見習いなさいよー」
台所からそんな声が聞こえる。ありすは荷物を置くなり夕食の手伝いをし始めたのでる。小学生に比べられる俺と姉のアラサー二人。悲しい。
P姉「ほら、あんたも手伝いなさいよ、ありすちゃんよりお姉ちゃんでしょ」
P姪「あたしはありすちゃんの妹でいいー」
そして俺と同じくコタツと一体化する姉と姪。ダメ遺伝子が確かにそこにあるのを感じる。
ありす「やっときました」
P母「すごいわ、手際いいのね」
ありす「料理はいつもしてますので」
P母「はー、ほんとすごい。お嫁に来てほしいくらいだわ」
ありす「が、がんばります……!」
……不穏な会話が聞こえる。気が気じゃないな。手伝うか。
――――
結局、手伝いに行ったが邪魔者扱いされて台所を追い出された俺だった。
食器を運ぶくらいは手伝ったが、今はまたコタツの魔力に屈している。
俺が食器を運んだ効果なのか、姪も手伝うようになって母親とありすが作った料理を運んで夕食の準備がほぼ完成だ。
ありす「ポン酢置いときますね」
冷や奴持ってきながらありすがポン酢を持ってきた。うむ、やはり冷や奴はポン酢に限る。
P姉「……ありすちゃんってさ、Pの好みよく知ってるよね」
P「お、おう、なんだかんだで長い付き合いだからな」
一緒にだらけてた姉が急にぶっ込んできた。不意打ちに素っ頓狂な声が出かけたが、冷静な返しに努める。
料理も大体揃ったので姪もコタツに着席した。これ以上の追求は受けないだろう。
ありす「お義母さん、ビールのコップはこの冷凍庫のコップで大丈夫ですか?」
P母「よく見てるわねー。それ持っていってちょうだいな」
ありす「わかりました」
ありすが当たり前のようにコップが冷凍庫にあることを確認する。確かに家でも俺はそうしてた、うん。姉の視線が刺さる。
ありす「はい、ビールとコップです」
P「あ、ありがとう」
最後にビールを準備して当たり前のように俺の隣にくっついて着席するありす。
ありす「ふぅ……コタツってあったかいですね」
P「ソウデスネ」
極めて無心を心がけて缶ビールのプルタブを起こす。カシュっと炭酸の抜ける音。トトト、とコップに注いでいく、が少し溢れてしまって慌てて泡を吸う。
それでも少しビールが垂れてテーブルを濡らしてしまった。
ありす「もう、こぼしてますよ」
それをありすが自然な動作でティッシュを数枚取って拭き取る。俺はありすの邪魔にならないように両手に持った缶とコップを上に上げる。
それでも、明らかに近い。いつも気にしてなかったけども、俺とありすの距離感、近すぎる。
姉の視線がすごい鋭さを持っている。最早怖い。
P母「さー食べましょうか」
そこに母親もコタツに着席して、夕食が始まった。
――――
食後、順番に風呂に入るわけでお客様であるありすは最優先、のはずなのだが食後の片付けを手伝おうとしていたところ、姪がありすと一緒に入りたいと言い出した結果、ありすは姪のワガママによって風呂へと連行されていった。
あの張り切りようだと本当にずっと家事していそうだからな……これに関しては姪は良い仕事をしたと言える。
一応、俺も家事できるんだぞアピールをしたくて片付けをしようとしたら「あんたがいたら邪魔になるだけ」と母に一蹴されて、コタツに取り憑かれた状態でテレビを見ているわけだった。
それならお客様であるありすを休ませてあげてほしいのだが、よくわからない。
P姉「Pさあ、ありすちゃんに手出してるでしょ」
P「ほぅゎぇ!?」
そんな休息の時間に姉が火の玉ストレートを投げ込んできた。さすがに今までとは火力が違いすぎて変な声が出てしまった。
P姉「あー、やっぱりかあ……あんな小さい子に何してんの」
P「いやそれはその」
否定する時間すらもらえなかった。思わずしどろもどろになる。
P姉「プロデューサーとして一番やっちゃダメなやつでしょ、それ」
P「その、深い理由が、色々なことが、な……」
まあ、悪意的に見れば俺は立場を利用して女の子を騙して手籠めにしてるように見えるわけでもあるし。
むしろありすの方から押し切られたんだけどな……というのは言い訳か。俺自身もありすの想いを受け入れたわけだし、本気になっているのは事実だ。
娘を持つ母からしたら俺は軽蔑対象だろうな。
わかってはいた。世間的に認められない関係性ということくらいは。
P「……まあ、お前みたいな意見はわかるよ。でも、俺もありすも真剣で本気だ。何も言わないでほしい」
P姉「相手はまだ何が本気かわかってないでしょ。憧れとかと恋愛感情を勘違いしてるだけかもしれない」
P「それは俺も最初自問したよ。だけどそれなら逆に本気の定義ってなんだ、ってなったよ。なんだと思うよ」
P姉「それは人生経験積んだ上で見つかるものでしょう」
P「それで人生経験積んだ後の答えってなんだった? お前はなんで義兄さんと結婚を決めたんだ?」
P姉「人生生きてきて、この人しかいないと思ったのよ」
P「それが今も勘違いしてるわけじゃないという具体的な保証はあるのか?」
P姉「娘がいて、あの人の分まで生きると決めて、今は幸せ。だから正解だった」
P「それが今後間違いだったと覆されない保証は? もっと幸せな人生の選択肢があった可能性を否定する根拠は?」
P姉「それは……ない、けど。何、あの人のこと悪く言いたいの」
P「違うっての。結局、何したって答えはないってことだよ。好きになった、それが全てだよ。いくら人生過ごしても何歳になっても変わらない。昔の恋愛は間違ってたかどうかなんて結果論で言ってるだけでしかない。なるようにしかならないんだよ。それなら心の底から好きな相手を好きと言えるのが正解じゃないのか」
P姉「……まあ、あの子を悲しませちゃダメだよ」
P「それは痛いほど身にしみてる」
P姉「あっそ。あたしは一般論として反対しとくけどね」
それだけ言うと姉はごろんと背を向けてしまった。
お互い無言でいるとテレビから笑い声のボリュームが上がったように聞こえる。
輿水幸子は年末バラエティでも大活躍のようだった。
――――――
橘ありすです。私は今、大好きな人の生まれた家のお風呂にいます。
一緒にいるのは大好きな人のお姉さんの娘さんです。将来、家族となる女の子です。
それでも許せないことがあります。
私より一つ年上です。それは納得しましょう。
なのに、なんですかこれは。
なんですかこの胸部の差は!
P姪「ありすちゃん、スタイルいいなあ」
その胸でどの口が言いますか!
ありす「そんなことないですよ……」
落胆しながら言います。
Pさんにはほぼ毎日たくさん触ってもらってます。揉んでもらってます。
なのに、なぜこんなにも、成長しないのですか!
学年が一つ上だとしても誕生日で言えば一年の差は開いてないはずです、なのにこの差は。
最近、同じ学年のアイドルとの差が許せないです。特に晴さん、なんですかあれは。
今日もお風呂上がりにはおいかわ牛乳、絶対飲みます。
――――
遠くで除夜の鐘が鳴っている。今年ももう残り僅かだ。
順番に風呂から上がった後はみんな夜更かしせずに寝ることになった。
姪が徹夜するとかと騒ぐかと思ったが、ありすと一緒に寝るとのことで大人しく客間で布団を敷いて眠っている。
俺としてはいつもまだ寝付けないのでスマートフォンをいじりながら年越しを待っている。
SNSには年越しを騒ぐ書き込みばかりだ。アイドルの公式アカウントも動いてるものが散見されるので、担当アイドルには寝るようにメッセンジャーで注意だけしておいた。
まあ、従うやつなんかほとんどいないだろうが。
夢見りあむは必死に書き込んでるようだが年越しの賑やかさに紛れてしまい、誰からも見向きされてない。ちょっと可哀想だったからいいねを付けたら鬼のようにメッセージが飛んできた。
無言でミュートにして放置しよう。
また除夜の鐘が鳴った。りあむは浄化されないんだろうか。
そんなことを考えていると不意に、部屋のドアがコンコンとノックされた。しかし、この家にはわざわざ俺の部屋に入るのにノックするやつなどいない。つまりは、
P「ありすか、どうした」
俺が返事をすると無言でガチャリとドアが開いた。
可愛いパジャマのありすがそこにいた。
ありす「おやすみのキス、してないです」
ドアを閉めるなり、開口一番それだった。
P「いや、さすがに実家だとみんないるしな」
そう言ってる途中でありすは無言で俺の布団へと潜り込んでくる。
P「お、おい……」
ありす「今は二人きりですよ」
口では叱りながらも拒否はしない。俺はありすが収まりやすいようにスペースを空ける。
P「ほんと、仕方ないやつだな」
ありす「仕方ない私にしたのはPさんですからね」
言って、瞼を閉じるありす。言外の要求に俺は無言で応える。
啄むようなキス。しかしそれだけではありすは微動だにしない。もっと、と要求されているのがわかる。
俺はさらに唇を重ねる。ありすの唇が少し開いた。そこに舌を送り込む。ありすもそれに反応して舌を絡ませる。
お互い、何度も繰り返した行為、もう何も言わなくてもわかる。
お互いがお互いを貪るように激しいキスをして、俺は自分の性欲が抑えきれなくなってきているのを感じた。
危ない、と思って口を離す。
P「キスだけだからな」
ありす「えー……」
自分に言い聞かせるように言ったら、ありすの方から不満げな声が。
P「姪がいる客間は隣だろうが。聞こえたらまずい」
ありす「大丈夫ですよ、爆睡してましたから」
そう言って今度はありすの方から軽いキス。
ありす「それに、Pさんこそ、我慢はよくないですよ?」
キスついでにありすの小さな手が俺の硬くなったそこをねっとりと撫でる。
P「……一回だけしたら、元の布団に戻るんだぞ。一緒に寝るのはさすがにヤバいから」
結局、今回も俺の理性が負けたのだった。
ちなみに一回では終わらなかった。除夜の鐘なんてまるで効果が無い。
――――
P母「可愛いわねえ! ほんとお人形さんみたい!」
P姪「アイドルのリアル振袖姿……! 尊い!」
P姉「あんたもついこないだまでこれ着てたでしょうが」
P姪「あたしが着るのとありすちゃんが着るのは意味がまるで違いますー。それに小四の時なんて大昔だよ」
ありす「私、もうすぐ中学生に……うぅ……」
翌朝、布団から起き上がると我が家は騒がしかった。
姪が小学生の頃に着たという着物をありすがお下がりという形で着せられていた。
姪は新しいものを買ったらしいのだが、どちらも変わらない価格帯、決してそんな高いものではないはずなのにありすが着ると貴重なものに見える。可愛い。
姪との身長差が結構あるのでこう見ると姉妹みたいだ。
ありす「Pさん、どうですか? 似合ってますかね?」
とてとてとありすが近寄ってきた。
P「可愛い、マジで可愛い」
ありす「そ、そうですか……えへへ」
P「夏の時もそうだったけどありすは着物が本当に似合うな」
ありす「えへ、えへへへ……」
素直に感想を言うとありすははにかんで、を通り越してにやけている。その顔はアイドルとしてどうかと思うぞ。
P姪「またPがありすちゃんに手を出してる! ありすちゃんは渡しません!」
P「だからそういう言い方するな!」
そうしていたら横から姪が割り込んできた。なんかこいつ、俺に対して無駄に対抗心燃やしてない?
P姪「でもありすちゃん、夏も浴衣着たの?」
ありす「何度か着る機会がありましたね。アイドルとしてのイベントでも着たので検索すれば出ますよ」
P姪「そうなの! 見たい!」
P「写真なら今あるあるぞ」
P姪「まじで! さすがP様、プロデューサーの鑑!」
P「お前なあ……お、あったあった、ほれ」
スマートフォンにありすの浴衣姿を収めた写真を表示させて姪に渡す。
P姪「すっご、可愛い、可愛すぎ、可愛est」
カメラロール内の写真を勝手にスクロールさせて見ていく姪。少しは遠慮しろよ。
P姪「いいなー、色んな浴衣着てるなー。っていうかPってばありすちゃんの写真撮り過ぎでしょ」
P「そりゃプロデューサーたるもの担当アイドルの写真はたくさん撮らないとな」
P姪「他のアイドルに比べてありすちゃん率高すぎー。ありすちゃんのこと好きすぎでしょ、ロリコン」
ありす「えへへ……」
ありす、姪の言葉に照れるな。今俺は罵倒されているんだぞ。
P姪「特にこの浴衣の時とかありすちゃんしか撮ってないじゃんー……なんかデートしてるみたいー」
P「んんんんん」
怖いことを言うな。デートしてたのは事実だが。ん? デートの時の?
P姪「あれ、動画もある」
ありす「ふぇっ」
P「はいはいはい無料ではここまでー!」
動画という単語に俺の体が俊敏に反応した。姪からスマートフォンを取り上げて即座にロックをかける。
P姪「えー、けちー」
P「うるさい、本来は有料コンテンツだ。ここまで見せてもらえただけありがたいと思え」
姪がぶーぶー言うがギリギリセーフ。危なかった、マジで人生終了するところだった。動画は見られてはいけない。
P姪「ちぇー、あとで検索しよっと」
P「そうしろそうしろ。そしてお年玉を課金するがいい」
ちょっと焦りすぎた気がしたが怪しまれてないようだ。危機は回避成功。よかったよかった。と思ったらありすがちょんちょんと俺をつついてる。可愛いやつめ、どうしたというんだ。
ありす「Pさん? その動画について後でお話があります」
P「……はい」
怒られることは回避失敗したみたいだ。
――――
初詣の神社は田舎とはいえ、それなりに人でごった返す。この田舎のどこにこんな数の人類が潜んでいたというのだ。
ありすが慣れない土地で迷子になってはいけないので、俺はありすの手をしっかり握る。姪がうるさく言ってきたが、プロデューサーだからで押し通した。姉の視線は鋭いのは仕方ない。
しかし、そうこうしていたら家族とはぐれてしまった。俺とありすだけでお参りを済ませ、人に揉まれないように参道から少し外れたところで立ち止まっている。
P「あいつらはお参りはまだみたいだな。この先で待ってよう」
メッセンジャーで連絡を取ってみると姪から即レスが返ってきた。『ありすちゃんを返せ』とかのメッセージも来てたが無視。ありすは俺のだ。
ありす「それじゃ仕方ないですね……二人でこの辺りを回りましょうか」
そう言いながらありすは握った手を恋人握りに切り替えて指を絡ませてくる。
P「騒がしい家族ですまんな。疲れるだろ」
俺も家族がいないならと恋人繋ぎに応じる。冷たい空気に手が冷えているが、お互いの手のひらだけ熱が籠もって汗ばむ。
ありす「いえ、私は楽しいですよ? こんなに楽しい正月、初めてです。P姪さんも話が合いますし」
P「そうか、ならよかった」
ありす「将来家族になる人が楽しい人たちで良かったです」
P「気が早いっての」
最近、ありすの結婚圧が強すぎる気がする。
ありす「あ、おみくじありますよ」
そう言ってるんるんと俺の手を引っ張っていくありす。こういうところは年相応なんだがなあ。
二人分の初穂料を出しておみくじを引いてみる。俺の結果は末吉。まあ、そんなもんだな。
ありすの様子を見ると複雑そうな顔をしていた。おみくじに一喜一憂する様子も可愛い。
ありす「Pさん、どうでした?」
P「俺は末吉だったよ。ありすも微妙だったのか?」
ありす「私は一応大吉なんですけど……」
P「おお、この神社で大吉なんて初めて見たぞ」
しかし大吉と言う割には浮かない顔してるな。
ありす「でもちょっとこれ見てください」
そう言ってありすはおみくじの細かい運勢の安産の部分を指さす。ああ、詳細に書いてるやつだったな。俺はざっと見しかしてないけど。
って安産っておい。
ありす「『子宝には恵まれるが難あり』ってあるんですよね。大丈夫でしょうか、私たちの赤ちゃん……」
P「いくらなんでも気が早すぎるわ」
ぺしっと軽くチョップしておく。何この結婚圧。
ありす「むぅ……私ももうちゃんと妊娠できるんですよっ」
P「声が大きいっ」
再度軽いチョップを与える。こんな人だらけの場所で何を言っちゃってるんだよ。
しかし、子宝に恵まれる、か。今年からは避妊しよう。
――――
初詣も終えて、神社で軽く昼食を食べ、家へと帰り、だらだらとしていたら夕食の時間。
やたらと豪勢なおせちが現れた。
母曰く、ありすがあまりに料理を手伝ってくれるので気合いが入ってしまったらしい。おせちって本来は正月をゆっくり過ごすための手抜き料理じゃなかったっけ。
そんな本末転倒なおせちをツマミに酒盛りをしていると母の兄弟家族、義兄の両親や義妹夫婦たちなども訪れ、親戚の集う宴会が始まった。無駄に広いうちを宴会場に使うのがいつもの流れとなっている。
田舎あるあるなのだが正直、俺はこういうのが苦手ではある。正月に帰りたくない理由を挙げるとするとこれが一番になるくらいだ。
男衆と女衆と子供衆で分かれ、アルコールも入ると男だけの場の会話とはまあまあ下品だ。特に未婚の男はまだ結婚しないのかとか、どこそこの娘なんかいいんじゃないかと攻撃を受けることになる。
「Pもいい加減結婚しないとダメだぞ」
「まだアイドルの仕事やってるんだろう? まずはしっかりした仕事しないとな。うちで雇ってやろうか?」
そして俺も例に漏れずその攻撃に曝された。しかも仕事disまで籠められるとは。しっかりした仕事をするなら御社は真っ先に候補から消えるんだがな。
お前の息子から会社の将来性についての愚痴を聞いてるぞ。
P「はは、今の会社には拾ってもらった恩がありますからね。それに俺なんか他じゃ役に立ちませんよ」
営業などで鍛えられたスマイルで当たり障りないことを言って乗り切る。少なくとも今の仕事の年収を他で稼げるとは思えない。ブラックだけど。
「それだといつまでも結婚できないぞ。お前ずっと仕事してばかりらしいじゃないか」
「そうだ、○○さんとこの娘さんなんかお前と年が近いんじゃないか? 俺が間を取り持ってやる」
いやそれ○○さんの娘さんも困るだろうに。会ったことないから知らないけど。
P「いやあ、遠慮しときますよ」
「そう言うなって。所帯を持てば男も意識が変わるもんだ」
なんで会ったことない相手と所帯を持つ方向で話が進むんだよ。田舎で少し権力や金を持っていると自分が全能になったかのような勘違いをする現象やめてくれ。
P「まあ、俺も彼女いますんで、そういうのはダメですよ」
「お、それは初耳だぞ」
「Pさん、彼女いたんすか?」
しまった、逃げるための一手が悪手だった。酒で口も軽くなってしまってる。今まではオッサン共のおもちゃだったのに若手衆も食いついてきやがった。
「Pもそこはしっかりしてるんだな、来年くらいにP姪ちゃんにイトコができるか?」
都会ではセクハラと咎められるセリフもここでは誰も気にしない。
「どんな子なんすか? もしかしてアイドル?」
「まーた昔みたいに女で遊んでるんかー?」
P「人聞き悪いこと言うなっての」
年の近い親戚がグイグイ聞いてくる。女で遊んでなんかいないわ。なぜそんな設定がつく。
「そろそろ身を固めるべきだろう。結婚は考えてるのか」
やばい、話題が俺に集中し始めている。なんとか回避しないと。
P「まあ、結婚はそのうち……あ、ビールもうなくなりますね、とってきますよ」
とりあえず脱出すれば酔っ払い共だ、すぐに話題は移るだろう。
「いいっていいって。おーい、ビール!」
「はいはーい、もっていきますよ」
しかし親戚のオッサンが俺を留める。おーいお茶みたいな感覚で叫ぶな、そしてそれに応えるんじゃない。亭主関白は辟易する。
ありす「あ、私が持っていきますよ」
「あら、悪いわねえ」
と、そこで予想外な声で返事が聞こえた。見るとありすが缶ビールパックを冷蔵庫から取り出している。
タイミングが悪すぎる。よりによって。
ありす「はい、ビールです」
「おー嬢ちゃん可愛いねえ」
「リアル橘ありすちゃんやべー」
「こんな可愛い子といつも一緒とかPが羨ましすぎるわ」
パックを置いてくれるありすに親戚の男共が歓声を上げる。とてつもない不快感だ。
P「悪いな、俺が取ってくるつもりだったんだけど」
ありす「いいですよ、これくらい。それにちょうどキッチンにいましたので……Pさんは大丈夫ですか?」
P「まあ、大丈夫だよ」
ありす「そうですか? ……はい、お水も飲んでくださいね」
P「ああ、ありがとう」
まずいな、顔に出てたか。ポーカーフェイスのつもりだったんだが。
ありすが水差しからコップに水を注いで俺に渡してくれる。
「おいおい、まるでPの嫁さんだな」
「P、お前、彼女ってこの子のことか? なんてなガハハ」
ちょっと異性が絡むだけでやじるとか小学生男子かお前ら。
「P、もうこの子と結婚しろって。気の利く良い子じゃないか」
正気か? いや、俺が馬鹿にされてるのか。ありすも馬鹿にされてるよな。不愉快だが、まあいつもの営業と比べたらこんなの――
「いやいやPにはもったいないって。嬢ちゃん、うちの息子とかどうだ。ちょうど年も近いし――」
P「やめろ!」
自分でも驚くほど低い声が出た。一瞬で場が固まるのがわかった。何がポーカーフェイスのつもりだ、全然感情を抑えられてないじゃないか。
P「……ありすはアイドルなんで、そういうので問題なったらシャレになりませんからね。346から損害賠償食らったら死にますよ?」
「あ、ああ……まあ、そうだな」
一応、弁解はしておく。が、俺の反撃が思いもよらなかったのか、親戚のオッサンはポカーンとしてたが、次にムスッとし始めた。
一気に場の空気が悪くなってしまった。ちくしょう、だから嫌なんだよ。
P「ああ、そうだ、明日以降の予定を調整しないとでした。ちょっと抜けますね。ありす、行こう」
ありす「あ、はい」
少し無理がある言い訳をして、ありすと一緒に場を抜け出す。
しばらく沈黙が支配してたみたいだが、後ろではすぐに笑い声が上がり始めた。
そんな簡単に話題が変更されるならもっと早くして欲しかったよ。
まあ、もう明日には帰るのだから気にしても仕方ないか。
――――
P「ありす、すまなかった」
ありす「いえ……むしろありがとうございます」
外に出て夜風に当たりながら謝ると、ありすは微笑みながらお礼を言う。
P「何がだ? 謝ることしかないと思うんだが……」
ありす「Pさんが守ってくれたからです」
ぽてっとありすは体を寄せて言う。動作が可愛くて、思わず頭を撫でた。
ありす「私が他の人と結婚するなんてあり得ないです。それをPさんが独占して、守ってくれた。それが私はとても嬉しかったです」
P「……そうか」
醜い感情で爆発しそうだった俺を、そんな風に評してくれる。本当にこの少女には敵わない。たまらなく、愛おしく思う。
P「……待つからな」
ありす「……はい」
ふと、ありすと目が合う。考えてることは一緒らしい。
静かにありすが目を閉じるので、顔を近づけ、唇を重ねる。
ありす「……お酒臭いです。私まで酔っちゃいそうです」
P「悪いな、俺はかなり酔ってるらしい」
ありす「知ってます」
微笑むありすが可愛かったので、抱きしめてまたキスをした。
――――
P姪「ありすちゃんもっといてよぉ」
ありす「私ももっとP姪さんと一緒にいたかったですけど」
P「明日収録あるんだよ、わかれ」
P姪「わからない! 仕事の鬼! そんなんだからモテないんだ!」
P「うっせ」
翌朝、俺とありすが帰る間際にやはりというか姪が暴れていた。モテないのと仕事は関係ないし。
ありす「明日のお昼から生放送なので見てくださいね」
P姪「見る! 録画もする!」
ありす「ありがとうございます」
ありすはきっちり営業してる。むしろ俺よりプロってない?
P「それじゃ行くから」
P母「また顔出しなさいよ」
P「まあ、休み取れたらな」
P姉「せいぜい気をつけなさい」
P「わかってるよ」
P姪「またありすちゃん連れてきてね!」
P「善処する」
P姪「それしないやつじゃん!」
ありす「大丈夫ですよ、また絶対来ますから」
P姪「ありすちゃん天使! Pは鬼!」
そうこうして俺とありすは車に乗り込んで出発する。まだラッシュにはならないだろうからそこまで渋滞しないだろう。
P母「がんばりなさいよ……二人で、大変だろうけど」
P「お、おう」
ありす「はい」
最後に急に母が言い出したので戸惑ったが、もうアクセルは踏み込んでしまった。
すーっと動き出してから電気駆動からエンジン駆動に変わり、エンジン音が鳴り始める。
サイドミラーから見える実家はみるみる小さくなっていった。
ありす「Pさんの実家、来れて良かったです」
しばらく走行して、信号待ちしているとありすが言った。
P「そうか? むしろ碌なもの見せられなくて悪いことしたと思うんだが」
ありす「そんなことないですよ。色々とお話できました」
P「あー、姪のやつと仲良くなってくれてよかったよ」
ありす「P姪さんもそうですけど……お義母さんとも色々とお話しましたので」
P「えっ?」
ありす「あ、信号が青になりましたよ」
P「お、おう」
すごい怖い言葉が聞こえた気がしたけど、気のせいだ。運転に集中しよう。
そして切り替えよう。明日からまた日常が始まる。
おわり
ありすちゃん誕生日おめでとう!!!
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