藤原肇「この手を引いて」 (26)



ミーンミーン…




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ーほらPさん、もう少しですよ。頑張ってください。

もう、そんな情けないことを言っていてはダメですよ。……し、仕方ありませんね。では…。あの、早く……え。何って、手を繋ぎましょうということです。私が連れて行きますから。さあ、ほら。

……あ、あの。汗で、ベトベトして嫌だったりしませんか…? ……そうですか。それはよかったです。…ふふっ♪


…こほん。では、改めて進みましょう。もう少し登ったところです。

…え? ええ。この辺りは昔からおじいちゃんによく連れてきてもらったんです。ほら、水の流れる音が小さく聞こえませんか? いつかPさんと私とおじいちゃんの3人で釣りをしたあの川です。あの川の源流がもう少し先にあるんです。

そうですね、小さい頃の私には少し厳しい道かもしれませんね。でも、おじいちゃんが今の私のように手を引いてくれていたから…。おかげで足腰も鍛えられました。


…? 嬉しそうに見えます、私? ……そうですね。嬉しいかも、しれないです。

それはそうですよ。アイドルとして、いつもPさんに手を引かれているのですから。たまには私の方がPさんを連れて行くんです。

…「散歩中の犬みたい」というのは、私がワンちゃんみたいだと言いたいのですか? ……ぷくー。


…いつも言っているではないですか。私はワンちゃんではありませんよ。何故だか、私をそう扱う方は多いですけど。

え? …ああ、そういえば、目的を言っていませんでしたね。ピクニック…とは、少し違うかな…?

…実は、Pさんには私の恩人に会っていただきたいなと思ってるんです。ええ、恩人。少なくとも私はそう思ってます。


どんな人、ですか…それは…少し答えに困りますね。少なくとも、とても優しい方なのだろうと、私は思います。

…ほら、水の音、少し強くなってきたでしょう? もう少しです。……あ、ここ、少し滑りやすいので気をつけて。さあ、私の手をしっかりと握って…よっと…。ふふ、お見事です。



ーさあ、着きましたよ。



恩人の方ですか? ……ええ、いますよ。今も。…Pさん、Pさん。上ではありません。下です。あ、ほら、こちらです。

…そうです。このお地蔵さまが、私の恩人なんです。…くすっ。確かに、いきなりそう言われてもどういうことかわからないですよね。……ここ、影になっていて涼しいですし、お昼ご飯にしましょうか。おにぎりとお茶がありますよ。食べながらゆっくりと、お話しさせていただきます。



ーあれは、私が小学生になってはじめての初夏のことだと記憶しています。



元々この辺りはおじいちゃんに連れてきてもらっていたというのは、さっき話しましたよね? ですから、このお地蔵さまも私にとっては馴染み深いものでした。小さい頃の私は、お地蔵さまを「可愛らしいもの」としか捉えていませんでしたが…

この場所は、ちょうどこの山の中間地点にあたるんです。今までは身体も小さかったのでここでお地蔵さまに手を合わせて引き返していたのですけれど、その日は「肇も小学生になったんだし、頂上まで登ってみようか」という話になって、ここで腰を下ろしお昼ご飯を食べながら休憩したんです。…今の私たちみたいに、おにぎりとお茶をいただきました。


…子どもというのは、不思議なものですね。私も、どうしてそうしようと思ったのかわかりませんが、じっとお地蔵さまを見ながらおにぎりを食べていたらなんだか無性にそうしたくなって。私の食べていたおにぎりの半分をお地蔵さまにお供えしたんです。おじいちゃんは、そっと私の頭を撫でてくれました。

…そして、時が過ぎその年の夏休みです。私は、おじいちゃんが留守にしていたとある日の朝、ふとこんなことを思ったんです。「ひとりでこの山の頂上まで登りたい」と。


今思えば、若気の至りというか…え? ふふ、そうですね。今も若いと自負していますが…。とにかく、「おじいちゃんの力を借りずにひとりで登ってみたい」と思ったんです。それで、両親には「友だちの家に遊びに行く」と嘘をついて、水筒だけを持ってこの山に来ました。

順調に登っていたのですが…ここに来る途中、道が分かれていたところがあったのを覚えていますか? ええ、そうです。あそこです。あそこは、本当は右に曲がらなければならないのです。左は、途中までは道も開けているのですが、少し歩くと道らしい道がなくなり周りの景色も似たり寄ったりで元来た道が分からなくなってしまうような場所なんです。


……なんとなく察していただけたでしょうか。小さな私は、あそこで左に曲がってしまったんです。いつもおじいちゃんに手を引かれていて、その背中を見てひたすら歩いていたのでどっちに曲がればいいのかわからなかったんですね。お恥ずかしい話です。

そして案の定、私は迷子になってしまいました。


元来た道もわからず、歩けども歩けども戻ることができない。木が覆っていて太陽の光も差し込まず薄暗く、私の周りでは動物の音でしょうか、ガサガサという音も聞こえます。……私は、心細くてたまらなくなりました。泣きわめきこそしなかったと思うのですが、その、ぐずっていたと思います。

ーその時です。私の周りに、どこからか現れた霧が立ち込めたのは。私の周りを、白の世界が包みました。


今にも逃げ出したいくらい怖かったですけど、以前おじいちゃんが「霧の中にいる時は下手に動くな」と言っていたのをふと思い出しました。私は、じっと、ひたすらじっとその場に立ちすくんでいました。でも、涙はポロポロと零れ落ちています。

「君、迷子?」……不意に、小さな私の頭の上から、女の人の声が聞こえました。涼やかで、美しい声でした。

私は頭をあげました。ですが、霧が濃くて顔を見ることができません。白いワンピースを着ているのだけが、微かに見て取れました。


「こんな山の中にどうしてワンピース姿の女の人が」…そう、思いますか? そうですね。私も話していてそう思います。でも、不思議とその人に対して私は「こわい」と思わなかったんです。それは、その女の人の声が、とても優しかったから。

私は「うん」と、小さな声で答えました。すると、「そう。それじゃあ私に着いてきて」と、その女の人が手を差し出してきます。私は、おそるおそるその手を握りました。


次の瞬間、ふわっと、その人が歩き出しました。そこからは、今思い出しても、不思議な時間でした。私は、霧の中を歩いているというより、雲の上を歩いているような、そんな感覚を抱きました。

自分の足さえはっきりとは見えないような道を、その女の人は私の手を引き右に左にと曲がりながら進んでいきます。

どのくらいの時間歩いていたのか、はっきりとはわかりません。5分のようにも、数時間歩いたようにも思います。覚えているのは、その女の人の柔らかく、少し涼しげな手の感触だけ…。


「着いたよ」。不意に、その女の人が足を止めました。その瞬間、フッと…消えてしまったのです。その女の人の手の感触も…そして、私たちを包んでいた霧も。

カッと…私の目に太陽の光が飛び込んできました。思わず目をギュッとつむると、ポンと、私の肩を誰かが叩きました。

驚いて振り返る私に、その手の主が私に話しかけました。「おかえり、肇。お昼ごはんの時間よ」……そうです、私の母の声です。


ギョッとして周りを見渡すと、私はいつの間にか、私の家の門の前に立っていました。山を降りている感覚なんて、なかったのに。…そして、その女の人の姿は、霧とともに消えてしまったのです。これが、私の覚えているあの日の出来事です。

……え? その女の人とお地蔵さんは関係あるのかって? ふふ、それが大ありなんですよ、Pさん。


呆然としている私を不思議そうに見ながら「ほら、早く手洗いうがいしちゃいなさい」と言う母が、ふと私の手に目をやって言ったんです。「あら、肇。ご飯食べてきたの?」…私は、ハッとして自分の手を見てみました。そうしたら、ご飯粒が私の手のひらにくっついていたんです。私は、おそるおそる口に含んでみました。間違いない、私の家のおにぎりの味です。

…ふふ。どうです、Pさん。これでわかったでしょう? あの女の人の正体は、このお地蔵さまだったのです。きっと、私がお供えしたおにぎりのお礼に私を助けてくれたんですね。


それ以降毎年私は夏になるとこちらのお地蔵さまにおにぎりをお供えするのです。ほら、このように…。「あの時助けていただいてありがとうございます」という、想いを込めて。

ー実はこの話、はじめて他の人に話しました。なんとなく、私の、私だけの大切な思い出にしようと思っていて。本当は今日も私ひとりでここに来ようと思ったんです。でも、ふと思ったんです。


「私は、いつも誰かに手を引かれていたな」って。おじいちゃんに、このお地蔵さまに、そして今は、たくさんの仲間やPさんに…。いつも私は、優しい人たちに導かれています。でも、だから、だからこそ、今度は私が誰かの手を引く番だって思ったんです。

そんなことを思って、今日Pさんをここに連れてきました。…少し、大変な道のりだったかもしれませんが。それでもここなら、素直に言えるとなんとなく思ったんです。「次は私が、あなたのこの手を引く番です」って。


アイドルとして私が迷っていた時、いつもPさんは私の手を引いて導いてくれました。そして、数え切れないほどの素敵な景色を見せていただきましたね。次は、私があなたにもっと素敵な景色を見せる番です。あなたが迷っていたら、私がこの手を引きます。……引かせてください。

…い、以上です。……あの、何か言っていただけると……きゃっ、あ、あの、髪は、汗かいてるので…ひゃっ、ほ、ほっぺたひっぱららいでくらひゃいっ! ……もう。

! ……はいっ。そうですね。Pさんが迷った時、今度は私が、手を引きます。あなたの心の霧が晴れるまで。このお地蔵さまのように。

…ありがとうございます、Pさん。それでは、そろそろ行きましょうか。最後に、手を合わせて…



…………………………



……では、行きましょう。……えっ?Pさん、今、何か言いましたか? でも、「美味しかったよ」って…

…いえ、気のせい、でしょうか。さて、次は川に行きましょう。あそこも涼しくて気持ちがいいですし。それに、川の主に、Pさんを会わせたいですし。……ふふっ♪


肇ちゃんは八百万の神さまに好かれてそう。僕は肇ちゃん水着ガチャに好かれませんでした。

それでは、またの機会に。

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