客観的に見て、どう見てもお互いを意識している男女が居るとして、その2人がお互いの好意に気づく過程は千差万別であり、皆一様とは言い難い。
随分と長い期間夫婦漫才のようなやり取りを重ねて、徐々に距離が縮み、相手の気持ちに気づくというパターンもあるだろうし。
そうではなく、初めからどちらか一方が気づいている上で、相手をどう落とすかに心血を注いでいくパターンもありがちだろう。
しかしながらコンプライアンスだの男女平等だのと声高に叫ばれる昨今において、あと一歩で手が届くのに上記のしがらみが邪魔をしてお互いの気持ちになかなか踏み込めない不憫な若者が増えていることは誠に嘆かわしい限りである。
若いのだから勢いでいけばいいのにとは思うものの、彼ら彼女らにとっては今その時、その瞬間こそが全てであり、大切にしたいのだろう。
その気持ちはよくわかる。
だがしかし、物事には限度がある。
たとえば、猛暑続きの暑いこの夏。
夏休みに入って真っ先に気になる相手の家にお宅訪問した女が、恥を忍んでノーブラノーパンで来たというのに、この男ときたら。
「せめてどっちかは着けるか穿けよ」
「ひ、酷いっ!?」
などと、あまりにも配慮の欠ける物言いをされて酷くショックを受けたノーブラノーパン女は号泣し、全速力で彼の家から飛び出した。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1565355800
「おおっ……おあっ……おおおおっ……おえっ」
男の家から逃走した憐れなノーブラノーパン女は駆け込んだ公園のブランコに座って、泣きながら自らの痴態に吐き気を催していると。
「アイス、食うか?」
何故かすぐ隣にデリカシーゼロのろくでなし男が立っていて、ずいっと特大サイズのスイカバーを差し出してきた。デカイ。デカすぎる。
「い、いま、は……いらないっ!」
「早く食わねぇと溶けちまうぞ」
「わ、わがっだ! 食べる! 食べるがらぁ!?」
半ばヤケクソになりながらノーブラノーパン女はスイカバーにかぶりつき、自らの鼻水のしょっぱさを感じて、やはりスイカは塩に限ると改めて感じた。
「へぇ……お前、タネも食うんだな」
「……へっ?」
「ぺっ」
全く意味がわからないことを言われてキョトンと首を傾げるとろくでなし男はなんとスイカバーのタネをわざわざ吐き出していた。
説明するまでもないと思うが、スイカバーの中に入っているタネはチョコ菓子であり、別にそのまま飲み込んでも身体に害はない。
それを知ってか知らずかこの男はこれ見よがしにタネを吐き捨てて平然としていた。
「あ、あのさ……」
「ん? ぺっ。なんだよ?」
「タネ、食べないの?」
「食うわけないだろ、タネなんか。ぺっ」
どうやら男はタネを食べないらしい。
ノーブラノーパン女は悩む。どっちだろうと。
スイカバーのタネを本物のスイカのタネと誤解しているのか、それともチョコ菓子だと知っていて敢えて食べないのか。絶対に後者だ。
流石に本物のスイカのタネだと誤解しているとは考えにくい。きっと彼はチョコ嫌いなのだ。
そう結論に至ると後悔が押し寄せてくる。
バレンタインに、チョコ渡しちゃったし。
あれもぺってされてたら、どうしようと。
「あわわわわ……!」
「ん? どうした?」
「べ、別に、なんでもない!」
顔を青くして思い詰めた様子の女を怪訝に思ったろくでなし男はピンとろくでもないことを閃いて、見当違いな発言をした。
「さてはお前、腹が痛くなったんだな?」
「ち、ちがっ……!」
「待っててやるから、さっさとしてこいよ」
「うぐっ……」
武士の情けのつもりか、これ以上追求するつもりはないとばかりに待ちの姿勢で隣のブランコに腰を下ろすろくでなし男の横顔に見惚れたノーブラノーパン女は、何か言い返したくても出来ずに口ごもってしまった。
「なんだよ? 早くトイレに行ってこいよ」
「お、おかまいなく……」
「ブランコに座ったままウンコ漏らしたらブラウンコになっちまうぞ。はははっ!」
「あ、あははは……」
自分で言って自分で笑うなし。
しかも最低最悪な下品な駄洒落である。
それでも彼につられて健気に微笑むノーブラノーパン女は男なら誰しも抱きしめたくなる儚さを漂わせており、それはろくでなし男も例外ではなく、思わず手を伸ばしかけたものの直前で躊躇して、誤魔化すように後頭部を掻いて。
「そ、それにしても、あんだけスイカのタネを食ったなら、すぐに芽が出てきそうだな!」
「えっ?」
「えっ?」
彼の発言を受けて、目を丸くする彼女。
同じく、目を丸くして首を傾げる彼。
噛み合っているようで、どうも噛み合わない。
沈黙を嫌うようにセミの鳴き声が響き渡った。
「えっと……目がどうかした?」
「芽が生えてきそうだなって」
「目が生えてくる?」
「だから芽だってば!」
「だから目がどうしたの?」
やはり、噛み合わない。じれったい。
モヤモヤする。むしゃくしゃする。
どうしたらいい。どうすればいい。
こんなに近くに居るのに。傍に居るのに。
一瞬たりとも逸らさずに、目を合わせ、見つめあって、互いの姿が瞳の中に映っているのに。
それなのに、どうして、分かり合えないのか。
「…………………」
「…………………」
しばらく、2人は無言で見つめ合った。
言葉など何の意味もなさないと知ったから。
まるでテレパシーを交信するかのように視線に思念を込めて、ひたすら相手に注いだ。
煩いセミの鳴き声も耳に入らないほど真剣に。
うだるような暑さの中で静かな時を過ごした。
噴き出す汗が顎を伝い、首筋に流れる。暑い。
それでも決して不快ではなく、むしろ心地良いひとときであると言えたが、このままこうしてにらめっこしているわけにもいかず、男は額の汗を拭うと、意を決して口を開いた。
「ちょっとだけ俺の話を聞いてくれないか?」
「うん……聞くよ」
「俺は、あまり口が上手くないからさ……」
「……うん」
「だから、上手く言えないけど……」
「……うん」
前置きが重なる度に、胸の鼓動が高鳴る。
様々なバリエーションに富む恋愛の過程において、唯一、皆一様なのはこの瞬間だけだろう。
気持ちが通じ合い、わかり合うこの瞬間こそ。
誰しもが待ち望み、手を伸ばすこの時だけは。
ろくでなし男も漢を見せて、気持ちを伝えた。
「俺は、お前のうんこから育って実ったスイカだったら、残さずに食い切る自信がある」
「ちょっと待って」
ろくでなし男のろくでもない一世一代の愛の告白は、スイカのタネ食い女には、届かない。
「どうしたんだ?」
「あなたこそどうしたの?」
初めは揶揄っているのかと思った。
しかし、どうにもそうは見えない。
男は真剣そのもので、真面目だった。
女としてはどうにかしてその真摯な気持ちを汲んでやりたいのはやまやまだが理解出来ない。
あらゆる方法を駆使して先程の告白を好意的に解釈しようとしたが、どうしても無理だった。
「俺はただ、お前の糞で育ったスイカを……」
「それはさっき聞いた」
「どうしてわかってくれない?」
「どうしてわかるように言ってくれないの?」
2人はとても悲しい気持ちになった。
男は女にわかって貰えず。
女は男をわかりたくても理解出来ず。
このままずっと分かり合えない気がした。
「……今日は、もう帰ろ?」
「そう……だな」
不毛な問答に互いに疲れ果てて。
それぞれの自宅へと歩き出す。
陽は傾きヒグラシの鳴き声が哀愁を誘う。
もう駄目だ。
もう無理だ。
もう諦めよう。
だけどそれでも、どうしても諦めきれなくて。
「今度は俺もスイカバーのタネを食うから!」
「えっ?」
「俺も一緒に、スイカを育てるからっ……!」
女が振り返ると、男は歯をくいしばって必死に叫んでいて、その瞬間、全ての誤解は解けた。
男はチョコ嫌いではなかったのだと。
スイカバーのタネを本物のスイカのタネだと思っていたのだと、ようやく理解した。
「だから! 俺は! お前のことが……!!」
「うん……伝わった。……ありがとね」
全ての疑問とわだかまりが解消され、心の底から安堵した女は涙を流して頷き、男の愛の告白を受け入れて、彼と同じように愛を告げた。
「私も、あなたのスイカを食べきる」
そう言って微笑む女を、男は強く抱きしめた。
「好きだ」
「わ、私も、あなたのことが……んあっ!?」
ノーブラ女の柔らかなノーブラの胸が男の胸板に押し潰されたその瞬間、圧迫に伴い女の少し水気の多い便が体外に押し出されてしまった。
「ああっ!? ああっ! ああ、ああああっ!?」
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
「ん? なんだ、今の音は?」
「き、聞かないでぇえええっ!?」
ぼたっぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたぼたっ!
ノーブラはまだしも、ノーパンであることが災いし、水気の多い便は女の健康的な太ももを伝い大地へと垂れ流された。そして男が気づく。
「この臭いは……もしかして、お前……?」
「ち、ちがっ……私、私はっ……!?」
「いいんだ……もう、何も言わなくていい」
「んむっ!?」
男は優しかった。だから全てを許してくれた。
全てを悟った男は泣き喚く女の口を自らの口で塞いで黙らせて、激しくも優しいキスをした。
「……落ち着いたか?」
「は、はひ……ごちそうさまれした」
たっぷり口腔内を舐られた女は沸騰する脳みそに酸素が充分に行き渡らずにくるくるぱーになって呂律が回らず、混乱の極みに達していた。
「さて、スイカのタネはどこだ……?」
完全にメスの顔になった女をよそに、男はその場にしゃがみ込んで、タネを探し始めた。
そこでようやく我に返った女は、男の隣にしゃがみ込んで、おずおずと真実を告げた。
「……あのさ」
「なんだ?」
「スイカのタネの件だけど……」
「いま丁度、それを探してるところだ」
「あのね、スイカバーに入ってるタネは本物のスイカのタネじゃなくて、チョコ菓子なの」
「は?」
その衝撃的な事実に男は信じられないとばかりに目を見開いて愕然とした。嘘だろ、おい。
「だからきっと、消化されちゃったと思う」
「そう、だったのか……」
「ごめんね……タネを出してあげられなくて」
「いや、俺も、変なことにこだわってすまん」
お互いに謝り沈黙が続くと、なんだかおかしな気持ちになって、どちらからともなく嗤った。
「……フハッ!」
「……フハッ!」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
日が暮れて、夜空に輝き始めた星を見上げながら若い恋人達は嗤い合い、愉悦に浸りながら愛し合い、気持ちを知り、そして尻を慈しんだ。
「ふぅ……愉しかった」
「そだね~……ちょっと残念だったけど」
「まさかスイカバーのタネがチョコだとは」
「ごめんね、期待に添えなくて……」
別に彼女のせいではないのにしょんぼりする女の肩を抱き寄せて、男は優しく励ました。
「今度は本物のスイカを一緒に食おうぜ」
「今度はあなたも脱糞してくれる?」
「そうだな……考えとく」
そんな風に勿体ぶって格好つける優しい男のことを、改めて女は好きだなと思い、微笑んだ。
「ぷっ……なにそれ。かっこつけちゃってさ~」
「うるさいぞ、お漏らし女」
「お、おお、お漏らし女言うな! 勘違い男!」
結局最後は口喧嘩になってしまうが、互いに笑顔であり、気持ちが通じ合う前とは確かに違う感覚で、その安心感に浸りながら、今年の夏は愉しくなるとお互いに確信し合いましたとさ。
芽でたし芽でたし。
【スイカバーのタネ】
FIN
末筆ながら、スイカバーのタネは正露丸ではないので用法用量を守り安心してお召し上がりください
最後までお読み頂きありがとうございました!
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません