梨子ちゃんとマルの平穏な日々 (202)


時間を無駄にしても平気な人だけ読んでください

毒にも薬にも勉強にもならない感じです

更新は毎日か、遅くても週1 完結はします

登場人物の設定は、何準拠なのか自分でもよく分かりません


時系列はレス順通りではないです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1551471853

花丸「はぁ~・・・・・」

梨子「あたたかいねえ・・・・・・」



お日さまの暖かさが夜中の肌寒さを忘れさせてくれて
いい塩梅に心地良い時間の中
マルは梨子さんと縁側でくつろいでいます


花丸「梨子さん」

梨子「ん~?」

花丸「マル、おばあちゃんみたいって言われることあるんだぁ~」

梨子「ふ~ん…私おばあちゃん好き~」セノビ~

花丸「マルも~」セノビ~

今朝はマルの好きなお茶で梨子さんをおもてなししています


梨子「お茶うけおいしい」

花丸「お口に合ってよかったずら」

梨子「今日のおつけものはカブと大根?」

花丸「うん、今日のために用意したんだ」

梨子「花丸ちゃんが作ったの?」

花丸「浅漬けだから簡単だったよ」

梨子「水っぽくなくて食べやすくて私これ好きかも」

花丸「よかった~梨子さんの好みに合わせたつもりだったから」

梨子「そうなんだ~嬉しい、ありがとう♪」

花丸「えへへ」

梨子「ふふ」

梨子「今度、おかえし持ってこないといけないね」

花丸「おかえしなんて大丈夫だよ、マルが好きでやってるんだし」

梨子「だから、私も好きでおかえしするんだよ♪」

花丸「ん~…じゃあ、ありがたくちょうだいします」

梨子「なにがいいかな?甘いもの?」

花丸「なんでも嬉しいよ」

梨子「う~ん…花丸ちゃんみかん好きだったよね」

花丸「うん、マルはみかん大好きずら」

梨子「ちょうどいただきもののみかんがあるからタルトタタンとかどうかな?」

花丸「た?たるたる?」

梨子「ふふ、とりあえず今度作って持ってくるね♪おたのしみに」

花丸「うん、たのしみにしてるね♪」


のんどりした午前
梨子さんとふたり

これから何をしようかなんて
おしゃべりをしているうちに時間は過ぎて
今日も何をするでもないままに半日が過ぎるのでした

梨子「そうだ、またいっしょにお菓子作りでもしよっか?」

花丸「おお~それは楽しみずら~♪」

梨子「あっ、花丸ちゃん今度はお菓子の家の時みたいに出来上がる前に食べちゃダメだよ?」

花丸「それは約束はできません」

梨子「もう~」

花丸「でも梨子さんだって途中から一緒に食べてたよ」

梨子「だ、だって目の前であんなにおいしそうに食べられたら…」

花丸「じゃあ、つまみぐいの分も考慮して材料を買うっていうことで♪」

梨子「さすが花丸ちゃん♪」

花丸「甘い物もいいけど、なんかこう…変わったものも食べたいなあ」

梨子「変わったもの?例えば?」

花丸「そう…たとえば…海老とか…」

梨子「エビ…エビか~」

花丸「ずいぶん食べてない気がするずら」

梨子「…オマールエビとか…食べたいね~」

花丸「はあ~おいしそうなオマール海老…オマール海老ってどんな海老だっけ?」

梨子「・・・・・・」

花丸「・・・・・・・・」

梨子「オマールの、エビ」

花丸「オマールってなに?」

梨子「フランスの…ごめん説明できないです」><

花丸「オマール…梨子さんはオマール海老って食べたことあるの?」

梨子「ないです」

花丸「マルもないです」

梨子「・・・・・・」

花丸「・・・・・・・・」

梨子「オマールエビ…」

花丸「食べてみたいな~…」


ふたりのおなかがぐうぐうと鳴きだしたので
今日のお茶会は解散です

ワンピースの裾を抑えながら手を振り帰っていく梨子さんに
マルも手を振り返し見送ります

まあ、このあとすぐまた練習で顔を合わせるんだけどね

またあした




冬の日
朝から降り始めた雪は
梨子さんとマルがこたつで幸せにひたっている間に
マルのおうちに、内浦の町に鮮やかな雪化粧を施しました


梨子「うわあ~♪」

花丸「雪景色ずら!」

梨子「こんなに積もるとは思わなかったね~」

花丸「ふふーん♪」

梨子「どうしたの花丸ちゃん?そんな得意そうな顔して」

花丸「こ ん な こ と も あ ろ う か と…あ、梨子さんちょっとここで待っててね」テクテク

梨子「えっ?…あ、うん」

花丸「おっまたせずら~♪」ニッコニコ

梨子「あ~それ!」

花丸「こんなこともあろうかと♪買っておいたずら~」

梨子「なるほどね、すごいよ花丸ちゃんこれこそまさしく…」


花丸「雪見にふさわしいアイス!ずら」テテテテーテーレーテッテレー


梨子「それじゃあこの雪景色を堪能しながら」

花丸「ふたりでアイスも堪能しよう♪」


こたつから出て、ふたり縁側に腰掛けて雪見のお茶会
おたがいなんとなく選んだお茶を傍らに
アイスをお茶菓子に
いつもより静かな気がする銀世界を眺めながらのんびり過ごします

花丸「なぜか特売だったごぼう茶」

梨子「国木田さん家愛飲の焙じ茶」

花丸「ふあ~…息がいつもより」

梨子「まっしろ~い」

花丸「それにしても本当に積もったね~」

梨子「5㎝くらい積もったかな?もう少しかな?手で雪のかたまりすくえそう」

花丸「・・・にんじゃ」

梨子「忍者?」

花丸「その昔忍者は冬山の任務で雪を口に含み吐く息で居場所をばれないようにしたらしいずら…」

梨子「へえ…ああ、冬に夏の時期の設定で撮影するときに役者さんが氷を口に含むようなもの?」

花丸「多分そう…マル、この情報どこで知ったのかさっぱり思い出せないずら…」

梨子「ふうん…」

花丸「・・・・・・・」

梨子「・・・・・・・・」

花丸「・・・・・・・・・・・・・」

梨子「花丸ちゃん…雪食べちゃダメだよ」

花丸「…いくらなんでも雪は食べないよ~」

梨子「そうだよね、ごめんね?ついなんかノリで」

花丸「雪は食べないけど…」

梨子「…かき氷?」

花丸「うん」

梨子「食べたくなっちゃった?」

花丸「うん」

梨子「…こんなこともあろうかと?」

花丸「無念ずら」

梨子「さすがに用意してないか~」

花丸「こうなったら買いに行くしか!」すくっ

びゅううう~

梨子「・・・・・・・・」

花丸「・・・・・・・・・・・・さむっ」


花丸「マルの体はこの寒さに耐えられるようには出来てないずら…」

梨子「私も…お茶も無くなったしこたつに戻ろっか」

花丸「異論無し」


燃え上がりかけた食欲の情熱を吹き消す寒風に吹かれて
雪見のお茶会はお開き

おこたのある部屋に戻ってふたりでまどろんでいる間に
もう今日一日降り止む気の無い雪が舞いはじめたのでした

梨子「もうやみそうにないね」

花丸「泊まっていきなよ」

梨子「いいの?」

花丸「もちろん」

梨子「じゃあお言葉に甘えて…あ、お母さんに連絡しないと」

花丸「マルもじーちゃんたちに言ってくるね」

梨子「うん、いってらっしゃい♪」

花丸「いってきます♪」












梨子「あ…着信…」




梨子「向こうも…雪、降ったんだ…」




花丸「ただいま~♪お泊り問題なしだって」

梨子「おかえり」

花丸「どうかしたの?梨子さん」

梨子「ね、花丸ちゃん…写真撮ろ」

花丸「写真?どうして急に」

梨子「だってほら…こんなに綺麗な雪景色だよ」

花丸「梨子さんが写真撮ろうなんて珍しいよね」

梨子「ほらほら、こっち来て」


強引にマルの手を引いて外へ連れ出す梨子さん


花丸「うう~、やっぱり寒いずら~」

梨子「それじゃあ撮るよ~♪」


肩を寄せ合って撮った写真を、梨子さんはにこにこ眺めてる
そうだ、マルも写真をもらおう と思って液晶を覗き込んだんだけど


花丸「ああっ、マル、ちゃんちゃんこ着たまんま撮っちゃったずら~!」

梨子「ねっ、かわいいよね~ちゃんちゃんこ♪」

花丸「も、もう一回撮るずら!もう一回!」


結局ちゃんちゃんこは脱ぎかけたけど、寒さに負けてすごすごとおうちに逃げ帰りましたとさ

また明日か今夜




花丸「うわあっ!?」

梨子「花丸ちゃん!?」

花丸「り、梨子さんっ!」

梨子「どうしたの?」

花丸「シャンプーの容器から水が出てきたずら!」

梨子「えっ?うそ?」

花丸「ほんとだよ、ほら」シャコシャコ

梨子「は、花丸ちゃんそんなにいっぱい出さないで。このシャンプーはこういう色なんだよ」

花丸「…あ、梨子さんの匂いがする…」

梨子「いつもそれ使ってるからね」

花丸「へえ~…なんか面白いずら」シャコシャコ

梨子「は、花丸ちゃん…それちょっと…あんまり遊ばないで…」

梨子「東京にいた頃、お母さんに連れて行ってもらった美容院でね、一緒に買ってもらってからずっと同じもの使ってるんだ」

花丸「へえ~…なんか不思議ずら」

梨子「髪の毛を伸ばしたいって言ったらね、髪の毛のケアのこととか教えてくれて、こっちに越してきてからも同じお店から取り寄せてもらってるんだ」

花丸「梨子さん綺麗な長い髪だもんね…マルも伸ばしてみようかな」

梨子「花丸ちゃんの髪の毛繊細そうだから、伸ばすなら気をつけてあげた方がいいかもね」

花丸「梨子さんみたいになれるかな」

梨子「ふふっ、花丸ちゃんの方がサラサラで綺麗だと思うよ」

花丸「…少しの間だけね」

梨子「うん?」

花丸「今よりちょっとだけ長かったことがあるんだ」

梨子「そうなんだ」

花丸「でもね…」

梨子「うん」

花丸「お味噌汁とか汁物に毛先が浸かっちゃうことがあって今の長さに戻したの」

梨子「あー」

花丸「梨子さんもそういうことあったの?」

梨子「ううん、友達がね…ああ、東京の友達なんだけど、ラーメンが好きなショートカットの活発な子でね、その子と同じ部活動の先輩に綺麗な長い髪の人がいて、その人に長い髪が羨ましいって言ったんだって」

花丸「うん」

梨子「そしたらその人に、あなたも可愛い顔してるんだから、伸ばしても似合うし、とても美人さんになりますよって言われてね」

花丸「うんうん」

梨子「ウィッグっていうの…花丸ちゃん分かる?」

花丸「カツラだね」

梨子「…うん、まあ…うんそうだね。それ着けて友達やその先輩の前に出てみたんだ。…変だよ。似合ってないよ。なんて言われないかってドキドキしながらね」

花丸「うん、それで?どうなったの?」

梨子「みんなが驚いて、褒めてくれたの。とても似合ってるって」

花丸「よかったー」

梨子「でもね、次の日にはもう長い髪にはしないって言い切るようになっちゃってたの」

花丸「ええ~?どうして?」

梨子「花丸ちゃんと一緒」

花丸「え、マルと?」

梨子「その子長い髪のウィッグをつけた姿をみんなに褒められたのがすごくすっごく嬉しくてね、そのままの格好で下校したの。それでね、普段通りに放課後を過ごしたんだけど」

花丸「うん」

梨子「その子の行きつけのラーメン屋さんでね」

花丸「!あー…」

梨子花丸『ラーメンに髪の毛が』

梨子「ラーメン食べづらいから髪は伸ばさない!って力強く宣言してね。ふふっ、花丸ちゃんの話聞いたらなんだかその子のこと思い出しちゃった」

花丸「そっか~…ねえ、梨子さん」

梨子「なあに?」


花丸「前の学校や友達が恋しくなることって、ある?」





梨子「…………大丈夫だよ」

花丸「…………そっか」

梨子「そうだよ」


花丸「マルは、いつか離れ離れになった時、梨子さんに恋しがってほしいな」

梨子「…」

花丸「…」


梨子「…ずっと一緒にいたら問題ないけどね」

花丸「…あ~…それなら、大丈夫だね」

次は水曜日までに 無理だったら週末までに




梅雨の前、紫野菊の鮮やかさが
記憶の隅にほんのちょっぴりだけ残ってた放課後

いつもの練習の時間
同学年の二人が、家や魔界の用事で部活動をお休みした日
一番に部室に着いたマルは
椅子に腰掛けて、かばんの中の本に触れながらふと考えます

もしマルが本を読みだしたら
上級生が部室に入ってきた時に、気が付かないかもしれません
いつもなら一緒に部室に来る二人が教えてくれます
でももしマルが本を読んでて上級生の挨拶に気が付かずに無視してしまったら…?

急に怖くなって、不安でいっぱいになりました

もし、マルが一番乗りじゃなかったら
先に部室にいた相手とお話しするなりしてみんなを待てたけど
今はマルひとり

周りに気を配りながら本を読めば…そんなことはできません
本を読めば文章に集中してしまうし
周りを気にすれば文章は頭に入ってきません

部室を端から端まで眺めたり
床や壁をよく分かりもしないのに観察したり
かばんやかばんの中身を台の上に出したり降ろしたりして待ちました

何をすればいいのやら分からず
自分が何をしているのかもよく分からないような
謎の緊張感に苛まれながら、ただひたすら待っていると


ガラララ



ようやく部室の扉が開く音が

思わず、助かった~!と思いました

だけどその助かったという思いはすぐに消え去って
今度はなんて挨拶しよう?という難題が訪れるのでした

こんにちは?妥当な気がするけどなにか他人行儀な気が

おはようございます?もう夕暮れ前です

こんばんは?論外ずら

おつかれさまです?こんにちはより他人行儀

待ってました?いろいろちがう


迷いに迷って混乱した頭でマルが出した結論は…
沈黙

花丸「・・・・・・」

口が半開きになっているのにも気づかず、開いた扉の方を見るとそこにいたのは


梨子「あ、花丸ちゃん。早いね…一人?」

花丸「あ…はい。ルビィちゃんと善子ちゃんはおうちの用事でお休みするって…」

梨子「そうなんだ…実は千歌ちゃんと曜ちゃんも今日は来られないんだって」

一言二言言葉を交わすうちに
それまで張りつめていた緊張感は薄れていきました

梨子さんと部室で二人になって少し後

マルにはルビィちゃん経由で、梨子さんには千歌さん経由で

三年生が三人とも練習に来られないとの旨の連絡が入って

梨子「こんなこともあるんだね」
  
苦笑いで言う梨子さんに

マルは曖昧な笑みしか返せませんでした

梨子さんとマル
ふたりきりの部室
今日はもう他に誰も来ない部室

上級生とふたりきり…その状況に
マルはまたじわじわと緊張し始めていました

もう練習も出来ないし、当然このまま解散で帰宅…
と思ってたマルに


梨子「ねえ花丸ちゃん…少しふたりでお話ししようか?」


梨子さんは意外な提案をしたのでした

梨子「花丸ちゃんすごく緊張してるでしょ?」

花丸「ええっ?そ、そんなことは…」

梨子「そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ?とって食べたりはしないから…私がドアを開けた時、花丸ちゃんすごい顔してたよ」

微笑みながらそう言って
梨子さんはマルの隣に腰掛けると

梨子「正直言うと、ちょっとショック受けちゃった」

そう言って本当に、少し悲しそうな顔をした

梨子「本当に嫌なら無理にとは言わないけど、せっかくの機会だし…ね?」

マルの顔を覗き込みながら言う梨子さんに
マルは頷くことしかできませんでした

実際、梨子さんとお話しするのが嫌なわけではないし
梨子さんのことを嫌ってるわけでもありません

そもそもマルはルビィちゃんと善子ちゃん以外のみんなとは
ほとんどちゃんとした会話をしたことがありません

もちろん、Aqoursの活動に必要なことについてはちゃんと話し合っています
ルビィちゃんが言うには、こういうのをびじねすらいくな関係というらしいです

びじねすらいくな関係もかっこいいかもと思うけど…


ともあれ
梨子さんとマルの関係は
この日を境にびじねすらいくな関係から卒業することになったのです

次は水曜か 週末までに




パキッ

この音…
あなたには何の音に聴こえましたか?

山中の夜、暗闇で暖をとっている時の
焚き火の音?

敵から身を隠した忍びの者が
気配を消しながらも踏み折ってしまった枯れ枝の音?

正解は…

花丸「…」

梨子「…」


梨子さんがおうちに遊びに来るようになって少し経ったある日
縁側でくつろいでたマルが、ふと立ち上がろうとした時


関節が鳴りました


花丸「……」


そのままやり過ごしたらよかったんだと思うんだけど
その時のマルはなぜか
関節が鳴った瞬間に、凍りついたように動きを止めてしまって


梨子「……」


恐る恐る梨子さんの顔を見ると
軽く眉毛をハの字に曲げて、少し困ったような表情で…
少しだけ開いた唇は、マルにかける言葉を探してるようにも見えました


花丸「ちょ…っとお茶でも、入れてくるね」

梨子「あっ、うん。ありがとう」


マルは逃げるように台所へ歩き去りました

いただきものの上等なお茶を淹れて縁側に戻り
漂う香りで気を持ち直して梨子さんの隣へ座りなおす


花丸「おまたせずら」

梨子「ありがとう。わあ~いい香り~♪」

花丸「じーちゃんの知り合いの人が毎年新茶を送ってくれてね、すごく香りのいいお茶なんだ~」

梨子「優しくて柔らかくて落ち着く…あ、なんか曲が作れそう…」

花丸「お茶の香りにそんな効果が!?」


梨子「♪~♪…ん~…没」

花丸「なかったずら」

花丸「ところで、曲ってどうやったらできるものなの?」

梨子「え?うーん…なにをすれば曲ができるのかは分からないけど、何をしてたら曲ができたのかは分かるの…ふふっ、ごめん。ちょっと分かりにくいよね」

花丸「ううん、梨子さんの言ってることちゃんと分かるから大丈夫だよ」

梨子「たった今このお茶のいい香りで閃きそうになったみたいに、音はふとしたきっかけで生まれてくるんだ」

花丸「どんな時でも突然閃いちゃうの?」

梨子「そうだねー…例えば…」


そう言って梨子さんは携帯端末を取り出しAqoursの曲の一覧表を指さしながら


梨子「これは肉じゃがを作ってる時にできた曲で、この曲は玉ねぎのみじん切りの歌で…これがすごく眠かった朝の歯磨きの歌。…あ、これは靴下を履く時に引っ掛けて転んだ拍子に生まれたフレーズだよ♪」

花丸「も、もういいずら…イメージが…」

梨子「そう?」


そう言った梨子さんは少し残念そうな顔をしていました

梨子「ところでさっき花丸ちゃん関節鳴ったよね」

花丸「ごほっ!ごほっ!けほっ…」

梨子「だ…大丈夫花丸ちゃん?」

花丸「大丈夫ずら…でも正直恥ずかしいからその話は見逃して欲しかったずら…///」

梨子「ご、ごめんね。でも花丸ちゃんの関節が鳴って、目が合った時にね、その…」

花丸「…まさか…」

梨子「できちゃったんだ…新しいフレーズが…」

花丸「そんなことが…」

梨子「それが今作ってる新曲にぴったりな感じだから、ぜひ組み込みたいんだけど」

花丸「や…やめてほしいずら…///」


あとで聴かせてもらったそのフレーズはおどろくほど素敵で…
誰にも出来たいきさつを教えない という約束で
マルの関節の音から生まれたフレーズが新曲に組み込まれることになったのでした…

次も水曜か 週末までに




梨子「サプライズって、あるよね」

花丸「うん」

梨子「びっくりするよね」

花丸「そうだね」

梨子「小さい頃はね、よくびっくりさせられて泣いちゃったりしてたんだ」

花丸「そうなんだ。どんなどっきりで泣いちゃったの?」

梨子「小学1年生の時のことなんだけど、おうちに帰ったらね」

花丸「うん」

梨子「まだお昼の12時なのにお仕事に行ったはずのお父さんがいたの。いつもは夜にならないと帰ってこないのに」

花丸「ふむふむ」

梨子「その時の私はそんな疑問なんか持たないでただお父さんがいることが嬉しくって喜んだの。それで、お父さんに手を引かれて居間に入ったら…」

花丸「入ったら?」ドキドキ

梨子「学校のお友達がいてね、お誕生日会を開いてくれたの。もうびっくりして泣いちゃって…」

花丸「へえ~・・・・・・いいお話だね」

梨子「あ、ごめんねなんか、オチが無くて」

花丸「う、ううん。ある意味予想外でびっくり、した…ような」

花丸「だけど、泣いちゃうくらいびっくりしたんだね」

梨子「うん、小学校1年生の時で、お友達は出来たんだけどお誕生日に家に呼ぶ勇気は無くてね、それまでも毎年お父さんが帰って来てから家族だけでお祝いしてて…とにかく、想像もしてなくてびっくりしちゃってね、嬉しいのとかいろいろごちゃごちゃになって泣いちゃったんだと思う」

花丸「マルも、ルビィちゃんと仲良くなるまではお誕生日は家族とお祝いしてたよ」

梨子「そうなんだ?もしかしたら私たちって似てるのかもしれないね」

花丸「う~ん…マルは梨子さんみたいにしっかりはしてないし、どうかなあ」

梨子「あはは、私はしっかりなんてしてないよ。今日だって靴下左右で違うの履いて来ちゃったし」

花丸「そうなの?」


花丸「…紺色で…同じものに見えるけど」

梨子「色はね、だけどよ~く見てみて…」


花丸「ふ~む・・・・・・あっ、縦の線の幅が違うずら!」

梨子「正解!あと実はしっかり伸ばすと長さも違うの」

花丸「へえ~…どうしてそんな似た靴下持ってるの?」

梨子「同じものを買ったつもりだったけど今日間違えて履いて来て初めて気が付いたの」

花丸「でも本当によく見ないと見分けがつかないし、問題無いんじゃないかな」

梨子「そうだね、でも気が付いた時はすごく焦ったんだよ。みんな実は気が付いてるけど気を遣って黙っててくれてるのかもとか変に考えちゃって、急にものすごく恥ずかしくなって、そのせいか今もまだテンションが変に高くていっぱい喋っちゃうの」

花丸「そういえば梨子さんいつもより饒舌ずら」

花丸「でも梨子さんってクールなイメージだからなんだか意外かも」

梨子「えっ?…そうなの?」

花丸「みんなそう言ってるよ」

梨子「そっか~…ねえ、例えばどんな感じでクールなの?」

花丸「えーと、なんか、なんでもそつなくこなす感じがするとか…かな」

梨子「私ってそんな感じする?」

花丸「うん」

梨子「だけど私特に目立つところもないし、どちらかというと…地味っていうか…」

花丸「そんなことないずら!地味じゃないよ。こう…すごい東京オーラが出てるずら」

梨子「と、東京オーラ?」

花丸「梨子さんが練習中歌やダンスを間違えてるとこ見たこと無いし」

梨子「ああ、それは作曲の時点で歌詞を何度も読むし、ダンスも振り付け考えてる所から見てるから」

花丸「なるほど…でもギルティキスでも堂々としてるし」

梨子「それは完全にあの二人に引っ張られてるというか…ユニットに関しては他の皆も十分堂々としてるし」

花丸「確かに改めて考えてみるとそうずら…やっぱり東京オーラが」

梨子「だからなんなの東京オーラって~」><


梨子「さっき…ちょっとだけね」

花丸「?」

梨子「クールなイメージのままにしててもいいかなって、考えたの」

花丸「そうなの?どうして?」

梨子「なんだろう…見栄っていうのかな?良く見られたいって思ってるんだと、思う」

花丸「見栄…?」

梨子「例えば、ポトフが好きでよく作るのに、ポトフはシンプルすぎてお料理って言うの恥ずかしいかも?とか、本当に言いたいことと少しずれて喋っちゃう時があるの」

花丸「ああ、名著の引用合戦で無理に意味を通しちゃう時みたいな?」

梨子「ごめんそれ分からない」

花丸「><」

梨子「まあ、つまりはね…」

花丸「?」


梨子「私は花丸ちゃんに良く見られたいし、良く思われたい…ってことなんだと思うの」


花丸「・・・・・・そっかあ・・・」


梨子「それでね、クールなイメージのままにしておこうかなとも少し考えたんだけど」

花丸「うん」

梨子「それじゃあ私が花丸ちゃんのこと良く知れないでしょ?」

花丸「マルのこと?」

梨子「うん。せっかくこうして一緒にいられるんだし、お話しする機会ができて、花丸ちゃんを通して自分の事が見えたりして…そういうのって特別っていうか、なんだか素敵なことだと思わない?」


花丸「…そうかも」

梨子「花丸ちゃんも…」

花丸「マルも、梨子さんのこともっと知りたいずら♪」

梨子「そっか…ふふっ、よかった」

梨子「よく知りたいと言えば」

花丸「ん?」

梨子「このあいだ、新聞部の人達からインタビュー受けたよね」

花丸「えっ!?あ…あぁ~あったねえ、ずいぶん急だったからびっくりしたずら」

梨子「確かに急な申し出だったよね。取材の前後もみんなソワソワしてたし」

花丸「そ…そんなにソワソワしてたかな」

梨子「してたよ~私も…ううん私が一番落ち着き無かったとは思うけど、やっぱり緊張するっていうか不安っていうか…取材中もそうだけど取材が終わったあとも…今もちょっと落ち着かない気分かも」

花丸「…そうだねえ…なんだか気が気じゃないというか」

梨子「インタビューで新聞部の人に色んなこと聞かれて色んなこと答えたけど」

花丸「うん」

梨子「あのインタビューがそのまま記事になったらすごく恥ずかしいなあ…って」

花丸「あ~…わかるずら…それは本当に、とってもわかるずら…」

梨子「雑誌とかでインタビュー記事ってあるよね」

花丸「うん」

梨子「みんな質問に的確に答えてて、面白く話を膨らませたりしててすごいよねえ」

花丸「そうだよねえ」

梨子「私、最初の質問で5分くらい関係ない話に脱線したままだったんだあ…」

花丸「あー…」

梨子「どういう風に書かれるのかすごく怖い…」

花丸「マルもね…」

梨子「うん」

花丸「ほとんどの質問への最終的な答えが元の質問と関係ないようなことになってた気がする…」

梨子「あー…」

花丸「自分のことって改めて聞かれると…」

梨子「よく分からないというかはっきりと明言できないよねえ…」

花丸梨子『はぁ~…』

花丸「自己紹介とかもね、苦手なんだあ」

梨子「うんうん、私も」

花丸「一応前もって考えておいたりするんだけど」

梨子「うん」

花丸「自分の番が近づいてくると、用意してた自己紹介がおかしな内容なんじゃないかなって不安になって来て」

梨子「すごく分かるよ花丸ちゃん」

花丸「最終的に、趣味は読書です。で終わっちゃうんだ…」

梨子「なんなんだろうね?あの不安感」

花丸「なんかこう、首筋がざわざわってして顔が熱くなっちゃうよね」

梨子「自分の声と胸のドキドキがすごく反響して聞こえるよね」

花丸「それで自分の時だけその場が静まりかえってるように感じちゃって…」

梨子「早く終わらせなきゃって思っちゃう」

花丸「…想像してたらなんだかしんどくなってきたずら…」

梨子「うん…何か楽しいこと考えよう…」


花丸「そもそも人がたくさんいるところで話すのが苦手ずら」

梨子「楽しいこと考えるんじゃなかったの?」

花丸「道半ばで引き返すのもなんだかもやもやするし…」

梨子「今ならまだ間に合うってこともあるかもしれないよ」

花丸「…一理ある気もするずら」

梨子「楽しいこと…あっそうそう、この前教えてもらった本、面白かったよ」

花丸「ほんと?気に入ってもらえてよかった~」

梨子「故郷を離れた主人公が新しい土地でたくさんの人と出会って成長していく過程がとっても優しく描かれていて心が温かくなったよ」

花丸「ちょっと狙いすぎてて気を悪くしないかなとも思ったけど、梨子さんに読んでほしいと思ったんだ」

梨子「大丈夫。花丸ちゃんの気持ち、とっても嬉しかったよ」

花丸「えへへ…」

梨子「うふふっ」

花丸「な、なんか、こういうのって照れるね///」

梨子「そうだね。でも、いやじゃない」


梨子「…そうそうあの本の中で特に感動した場面がね」

花丸「主人公が自分の過去を無理に忘れ去ろうとしてたのに気が付いた友人が、主人公の色んな気持ちを全部受け入れた上で背中を押す場面?」

梨子「それも良い場面だったよね~…新しい土地で出会った綺麗な夜の海を背景に、主人公が友達や今の居場所をより大事に思うようになって…でも、そこじゃなくてね」

花丸「ん~…じゃあ、新しい土地で知り合った友人たちと一度別れて主人公が一人故郷に戻った時の話?」

梨子「あぁ、そこも良かったよね。故郷で過去の自分と向き合いながら、離れた友達との心のつながりを感じて前に進めるようになる場面。でもそこでもないんだ」

花丸「むむむ……降参ずら。梨子さんはどこが一番のお気に入りだったの?」

梨子「主人公が新しい土地に移ってすぐ、慣れない土地での決まり事や風習に戸惑っているのを見て不憫に思った地元紙の記者さんが、町内報で主人公を取り上げて記事にする場面」

花丸「!…あ、ああー、あの場面…ね」

梨子「あの記事の後、周りに知り合いも無くて、聞くに聞けない状況で四苦八苦していた主人公にみんなが手を差し伸べてくれるようになって…っていう展開が、内浦に越してきた自分に優しく接してくれたみんなと重なってじーんとしちゃった」

花丸「そ、そっかー…喜んでもらえてなによりずら~…」

梨子「…どうしたの花丸ちゃん?なんだか反応が…」

花丸「ど、どうもしてないずら。大丈夫普通だよ平気平気」

梨子「そう?もしかしたら私の感想が地味で退屈しちゃったのかと思っちゃった」

花丸「とんでもない。梨子さんの感想を聞けて、マルは楽しいよ」

梨子「本当?なら良かった」

花丸「…ちょっとドッキリしただけずら」ボソッ

梨子「えっ?なあに?」

花丸「い、いやあ、なんでもない!なんでもないずら」

梨子「ふうん…あ、ところで花丸ちゃん。物語の本筋とは関わらない部分ですごく気になってるところがあるんだけど…」

花丸「気になるところ?」

梨子「うん。主人公と旅行者の会話の場面で、赤い洗面器を…」


しばらくその本の話で盛り上がった後
話題は元に戻って

梨子「そういえばあのインタビューで花丸ちゃんはどんなことを聞かれたの?」

花丸「え!?えーっと、曲のこととか衣装のこととか…あと、Aqoursの…みんな…の、印象とか…」

梨子「そっかあ~一緒だね~…って、Aqoursの紹介記事だし当たり前か」

花丸「そ、そうだね。記事楽しみだね」

梨子「あれ?記事の内容不安だねっていう話じゃなかった?」

花丸「えっ?ああ…えっと、梨子さんとお話ししてる内にだんだん楽しみになってきたというか…」

梨子「ああ~…それ分かるかも」

花丸「え?」

梨子「ちょっとしたことだけど、不安な気持ちとかを共感できたりして気が楽になったし…今は、花丸ちゃんのインタビューを読むの楽しみかも」

花丸「マルの…うん。ちょっと恥ずかしいけど、梨子さんに読んでもらいたいずら」



後日、新聞部の発行した校内新聞は

『噂の転校生桜内梨子ちゃん特集記事』として
Aqoursを紹介しつつ
Aqoursのみんなの梨子さんに関するメッセージを中心にした構成の
梨子さんに対するサプライズイベントとして発表されました

奇しくも、マルが梨子さんに紹介した本の内容と重なるようなサプライズが企画されて
マルのせいで台無しにしてしまわないかと内心ずっと焦っていたんだけど
校内新聞のサプライズに梨子さんは見事に驚いてくれて
小学生の頃のお話のように泣いてしまっていました

泣いている梨子さんを心配して駆け寄る企画立案者の3年生組
嬉し泣きだと察して笑顔で冷やかしたりしている2年生組
普段のイメージと違う梨子さんにオロオロするルビィちゃんと善子ちゃん

そんな中で、ふと交わる視線で通じ合うように
マルと梨子さんは一瞬だけ 笑いあいました

次は週末までに




花丸「梨子さんってピアノ弾きながらよく鼻唄歌ってるよね」

梨子「ええっ!?」ガタッ

花丸「うわぁっ!?」ビクッ

梨子「…ご、ごめんね大声出しちゃって…なんでそのこと知ってるの?」

花丸「実は音楽室の扉の前でたまに聴いてたり…」

梨子「こ、声かけてくれればいいのに…恥ずかしい…///」

花丸「恥ずかしがること無いずら。梨子さんの歌声は優しくて綺麗だし」

梨子「そ、そうかな?…花丸ちゃんに歌声褒められるとすごく嬉しい♪」

花丸「それにとっても楽しそうに歌ってる姿もかわいかったずら」

梨子「そ、そんなとこまで見てたの?///」

花丸「えへへ…ついつい見入っちゃって…ごめんね?」

梨子「ううん。いいんだけど…やっぱり恥ずかしいな///」

花丸「本当にかわいかったから恥ずかしがること無いのに」

梨子「もうやめて~///」

つぎはあす




カラオケにて


花丸「~♪」


梨子「ふふっ♪花丸ちゃんほんとに楽しそうに歌うんだね」

花丸「梨子さんもカラオケ楽しめてるみたいでよかったよ♪」

梨子「はじめは少し恥ずかしかったけどね…花丸ちゃんとルビィちゃんのおかげですっかり慣れちゃった」

花丸「慣れたどころか今は梨子さんの方が楽しんでるような気がするけど?」

梨子「ん~…そうかも?ふふっ…だけどやっぱり花丸ちゃんの方が楽しんで歌ってると思うけどなあ~」

花丸「まあたしかにそれは否定できないずら♪」


梨子「で、次はなに歌う?前に来た時にも歌ったこれとか…あ、でもこっちも歌いたいし…」

花丸「やっぱり梨子さんの方が楽しんでると思うずら」


ひとしきり歌って…


花丸「梨子さんと歌うのが楽しい理由が分かったずら!」

梨子「え?どうしたの急に?」

花丸「梨子さんってAqoursの歌全部歌えるんだよね」

梨子「それは…一応作曲編曲仮歌入れまでしてますから♪」エッヘン

花丸「他のスクールアイドルとか、プロのアイドルさんとかの曲もたくさん歌えるよね」

梨子「アイドルの曲を作ることになってから色々聴いたからね」

花丸「でも結構昔の曲も歌えるよね?」

梨子「うん。私調べだすと止まらないの」

花丸「それマルもわかるずら!」

梨子「花丸ちゃんも何か読んでる時とか、すごい集中力だもんね」

花丸「梨子さんが鼻唄まじりにピアノ弾いてる時の集中力には負けるずら~♪」

梨子「だっ…///だからそれやめてってば~」


梨子「…そろそろかな?」

花丸「そろそろだね」


ガチャ

店員さん入室


梨子「あ、それ、お茶は私です。ありがとうございます」

注文したドリンクをテーブルに置いて

花丸「今日はみかんジュース~♪」


店員さん退室

ガチャ


梨子「かなり時間分かるようになってきたね」

花丸「うん。もう飲み物だけの注文ならほぼ分かるね」

梨子さんもマルも歌の途中で店員さんが来ると物凄く恥ずかしくなってしまうので
(二人とも店員さんが入って来た時に小声になったり歌うの止めたりしちゃいました)
注文をした後は店員さんが来るまで待ちます

ちょっと時間がもったいない気もするけど
注文をしてから店員さんが来るまでの時間を予測してみたり
喉を休める時間に充てています

梨子さんもマルも歌うのが楽しくてついつい連続で歌っちゃうので
喉を傷めてしまわないように気をつけなければいけません

梨子「よし、じゃあ再開しよっか♪」

花丸「準備は万端ずら!」

気をつけなければいけないんですけど
やっぱり歌うのは楽しくてついつい盛り上がってしまいます

以前、Aqoursのみんなでカラオケに来た時には
店員さんが入って来た時、梨子さんとマル以外にも恥ずかしがる子もいたけど
恥ずかしがらない子もいてほぼ半々でした

中には店員さんとハイタッチする子もいて
マルもいつか同じようにやってみたいような気もしています

花丸「~♪」

ガチャ

花丸「Mk#%&@っ!?」ビクッ

不意にドアを開けて店員さんが入って来て
驚いたマルは意味不明な言葉を叫んでしまいました

梨子「あっ、いいえそれ注文してないです」

ガチャ

失礼しましたとぺこぺこと何度も申し訳なさそうに頭を下げて
店員さんは出て行きました
部屋番号を間違えたようです

花丸「・・・・・・・・・」ドキドキ

はりきって後半戦に突入していたマルは突然の不意打ちに頭が真っ白です

いつかほんとうに店員さんとハイタッチしてみたいとは思ってます

花丸「でもまずは店員さんが入って来ても堂々と歌えるようにならないといけないずら…」

マルはこの時
ピアノの弾き語りを見られたのを恥ずかしがっていた梨子さんの気持ちが
本当の意味で理解できたような気がしたのでした

つぎまたしゅうまつまでに

9.5

後日


梨子「花丸ちゃんこのまえ部室で一人で歌ってたよね」

花丸「ええっ!?」ガタッ

梨子「キャアッ!?」ビクッ


花丸「ご、ごめんなさい大声出しちゃって!…梨子さんあの時あそこにいたの?」

梨子「うん、忘れ物取りに行ったら聴こえてきて」

花丸「でも梨子さんあの日はいつも通り千歌ちゃんと一緒に下校したって聞いたけど」

梨子「そうだよ。花丸ちゃんの歌声だけ聞いて帰ったんだ。ほらこの間のおかえし…的な?」

花丸「声かけてくれればよかったのに梨子さんも人がわるいずら~」><

梨子「ふふっ♪ごめんね。でも恥ずかしがってる花丸ちゃんも可愛いから仕方ないよね」

花丸「理不尽ずら~///」


あの時梨子さんがすごく恥ずかしがっていた気持ちを
マルが本当に理解したのはこの時でした…

次は明日か明後日か明々後日

10


冬が去って

お日さまの光があたたかくなって

桜の話をちらほらと耳にするようになった頃

マルは梨子さんとちょっとしたお花見の計画を立てました


梨子「おはよう♪花丸ちゃん」

花丸「あっ、梨子さんおはよう~♪」

梨子「はいおみやげ」

花丸「こっ、これは…!」

梨子「期間限定、桜ホイップこしあん…なんだっけ?えっと…?」

花丸「なかなかおいしそうずら~♪」

梨子「まあ名前は置いておいて、花丸ちゃん餡子好きだし丁度いいかなって思って」

花丸「桜の季節に桜菓子とは風情があっていいずら。しかもマルの好みにまで合わせてくれるなんてさすが梨子さん♪これはマルも何かお返しをしないと」

梨子「花丸ちゃんの喜んでくれる姿が見られただけで十分だよ」

花丸「えへへ」

梨子「ふふっ」

花丸「桜紅茶と桜緑茶、どっちがいい?」

梨子「紅茶で。…桜紅茶なんてのもあるんだね~」

花丸「頂き物でちょっと特別な桜茶もあるんだけど、それは今度おうちでね」

梨子「わあ、それは楽しみだなあ♪」


持参した二つの魔法瓶から

梨子さんには桜紅茶

マルは桜緑茶を注いで、一服

ここ数日の花冷えが、温かいお茶のありがたみを増してくれてるみたいです


梨子「なんだか贅沢な感じだね~」

花丸「風流ずら~」


町を一望できるこの場所は

意外にも桜の時期には人がほとんど来なくて

マルのお気に入りの場所の一つになっています

人が来ない理由は、どこから来るにしてもそこそこの距離歩かないといけないことや
この場所には桜の木が無いこと

そして、ここは一時期開発計画か何かで立ち入り禁止だったらしくて
その後計画は中止になって何も手を入れられることの無いまま立ち入り禁止が解かれ
結果、人の足も遠のいた…っていうことらしいです

じーちゃんが言ってました


ここからは町や近くの山々の桜を望むことができて
強い風も少なく、行楽にはうってつけです

マルにとっては誰かに教えたいような教えたくないような
そんな特別な場所です


梨子「こんなところがあったんだね~」

町のあちこちに咲いた桜を眺めながら梨子さんがつぶやいて

花丸「いわゆる穴場っていうやつずら」

ちょっと得意げにマルは返す

梨子「こんないい所なのにどうして人が来ないんだろう?」

首をかしげ疑問を口にする梨子さんに
マルは更に得意げにじーちゃんのうけうりをを語るのでした

しばし

桜の無い場所で

お茶やお菓子から桜の香りを感じながら

遠くに見える無数の桜の景色を眺めてとりとめのない話をする二人


桜菓子を食べ終え、魔法瓶が少し軽くなってきた頃に

梨子「ねえ、花丸ちゃん」

花丸「…なんか、くどかった気が…」

梨子「ああ、同じこと思ってたんだね」

くすっと笑いながら梨子さんが言う

梨子「あんまり桜まみれにしても良くなかったね」

否定的な言葉とは裏腹に、とても楽しげな口調

花丸「少し贅沢が過ぎたかもしれないね」

嫌なわけでもダメなわけでもなくて、実際この時間はとても楽しくて

梨子「風流も塩梅が大事なのかもしれないねえ…」

花丸「そうだねえ…」

まったりと景色を眺めながら、ただなんとなく

この時間を満喫しすぎているような気分になってしまっていました

梨子「よし、じゃああの辺りの桜を見に行こうか」

気まずさの無い穏やかな沈黙を破って、突然梨子さんが言う

花丸「えっ?」

梨子「どうかな?なんとなく行ってみたくなったんだけど、花丸ちゃんは行きたい場所ある?」

花丸「マルは特には…」

梨子「じゃあ一緒に行こう?途中のコンビニで限定桜プリンも買って行こう」

いつもより強引に話を進める梨子さん

花丸「えっ?さっき桜くどいって…」

梨子「まあさっきはさっきだし、歩いたらまたおなか空くし」

花丸「それは、マルも否定はしないけど…」


マルがだんだんと乗り気になって来たのを見て取ると
梨子さんはマルにそっと顔を近づけて


梨子「ねえ、せっかくの桜日和だしもっと二人で贅沢な気分を味わっちゃおうよ」


微笑みながらそう囁きかけました


それは、ステージでの梨子さんとも
Aqoursのみんなといる時の梨子さんとも違う雰囲気で
マルの胸をそっとざわつかせました

結局その日一日は桜の食べ歩きになり

途中から桜の花だけでなく
桜の文字すら追いかけるように町を巡り
内浦の桜を文字通り食べつくす勢いでした


花丸「はぁ~…堪能した~」

梨子「探せばあるもんだね~」

花丸「山のふもとにあんな反橋があるなんて思わなかったずら」

梨子「たくさんの蔦が絡まって、桜も借景みたいになってて不思議な景色だったね」

花丸「朱の褪せ具合も雰囲気出てたよね」

口々に一日を振り返りながら歩いていると

梨子「ねえ、花丸ちゃん」

ふと、梨子さんが立ち止り遠くを指さして言いました


梨子「あそこ、今日一緒に町を見渡したあの場所だよね」

花丸「うん。そうだね」

少し眩しくて、手で影を作りながら見ると

山の端に日が沈んでいて

桜尽くしの一日の締めにふさわしい眺めが目に入りました

夕陽に照らされた梨子さんと桜の景色…


梨子「花丸ちゃん…またふたりであの場所に行こうね。来年の桜を見に…ううん」


いつも通りの穏やかな声で


梨子「紅葉の季節でもいいよね…ううん、もっと早くても」


梨子さんの言葉を聞いていると、マルは少し寂しいような気持ちになってきて


梨子「どうかな?花丸ちゃん。次はいつ来ようか」


花丸「…明日…とかじゃだめかな」

梨子「えっ…」

花丸「もう、じきに暗くなるし、梨子さんのおうちまで結構あるし…今日はうちに泊まって、また明日もお花見なんて…えへへ…さすがに本当にくどいよね」


梨子「ふふっ…あはははっ」

花丸「な、なになに?」

梨子「あはは、急にごめんね。だって今日は二回目だから」

花丸「二回目?」

梨子「うん…私も今、花丸ちゃんと同じこと思ってたから…」

花丸「おなじこと?」

梨子「うん。まだ花丸ちゃんと一緒にいたいなって…あ、今朝の桜がくどいねっていうのが一回目でね」

花丸「そうだったね。…結局もっと桜まみれな一日になっちゃったけど」

梨子「明日も桜尽くしだよ。駅前の桜ケーキも桜クレープもまだ味わってないからね」

花丸「そ、そんなものまであるずら!?…梨子さんそんなにマルに気を遣って調べなくても大丈夫なのに」

梨子「花丸ちゃんのためじゃなくて、私が食べたかったんだよ?」

花丸「え?」


梨子「花丸ちゃんと一緒にね」


ほんの少しだけ間をおいて梨子さんが言ったとき
マルの顔は夕陽に染まっていました


梨子「だから、また明日も…一緒にお花見しようね」

花丸「うん」

次一週間以内


11



今日マルはCD屋さんに来ています

マルは最近梨子さんとよくお話をするようになりました


梨子さんは音楽への造詣が深くて

Aqoursの作曲担当で

ピアノが上手で

楽しそうに弾き語りをしてて…


とにかく、共通の話題を増やすために

梨子さんと音楽についても、もっとお話ができるように

マルはクラシック音楽を聴いてみることにしたのです


花丸「ええと、クラシック…クラシック…」


CD屋さんといっても、実はいつも訪れている本屋さんの中にあるお店です

だけど勝手知ったる本屋さんの中でもほんの少しいつもと違う道を歩いただけで別世界に


花丸「交響曲8番…8番?」


本を買いに来ていたときには遠くに聴こえていた音楽がCDショップでははっきり聞き取れるし

壁の色も違う!原色が多い!


花丸「ぶらーむす…はいどん…おいどん…ハッ!?オラは何を…」


慣れない環境で軽いめまいのような感覚を覚えながらCDを物色していたマルだったけど


花丸「想像以上にどれを聴いたらいいかさっぱり分からないずら~」@@


疲弊と困惑に負けてその日はすたこら退散したのでした

花丸「そうだ!どんな曲を聴けばいいか梨子さんに聞けばいいずら!」


後日そんな当たり前のことに気付いたマルは梨子さんのお家を訪ねたんだけど…


梨子「おすすめの音楽?そうだな~…ユメノトビラとかどう?」

梨子さんはお家ではクラシックを聴かない人だったのです

梨子「え?どうしてって?小さな頃から聴きすぎちゃって勉強と同じ感覚になってるのと…今は、自分たちのを含めてスクールアイドルの曲を聴いたり作ったりするのに夢中だからかな」


クラシックのCDはあるから貸してあげると言われたので

聴きやすいと言われたものをいくつか持ち帰りました


自主練習用にと買ってもらったCDラジカセで曲を聴きながらマルは
『クラシックを聴いて梨子さんともっとお話しよう作戦』に幕を下ろすことを決めました


そして新たに
『スクールアイドルの曲について梨子さんとお話しよう作戦』を決行することにしたのです


今度の作戦は簡単です

自分たちの曲、梨子さんが作った曲についてなら、いくらでもお話できる気がするから

ツギ ハ アシタ

12



梨子「狭い道を歩いてる時にね」

花丸「うん」

梨子「向かいから歩いてくる人に気付くのが遅れて、相手も同じ状況で避けようとして」


花丸「同じ方向に避ける」


梨子「そうそう、それでお互いに謝り合って話が進まないの」

花丸「わかるずら」

花丸「自分の好みとかを人に聞かれて」

梨子「うん」


花丸「答えた後でその好みが変わっちゃうことが多いんだあ」


梨子「ああー、分かるかも」



花丸「学校の行事とかで意見を聞かれて答えた後に、そのことについて改めて考えてると」


梨子「自分の言ったことと違う結論にたどりついたりするよね」

花丸「前もって考えてたのに自分で口にした後に限って疑問が生まれるずら」


梨子「わかるよそれ」

花丸「連絡先を知らないくらいの間柄の相手に住所なんかを尋ねられて、それを伝えた後に」

梨子「うん」


花丸「その伝えた情報が間違いだったことに気付いた時の冷や汗」


梨子「あぁ~><」

梨子「外開きのドアがあって」

花丸「うん」

梨子「からだ一つ分開いてる状態のドア」

花丸「うんうん」


梨子「何となく音も立てたくないから、その隙間を通ろうとして」

花丸「通ろうとして?」


梨子「ドアノブに手をぶつけて痛っ!て声まで上げちゃって台無し」

花丸「あー」

花丸「続きの気になる本を読んでて」

梨子「うんうん」

花丸「読書のお供の飲み物を用意するけど気が急いてて」

梨子「うん」


花丸「湯呑みに注ぎ損ねて台所のお掃除するはめに。高揚してた気分が台無し」

梨子「私それTV番組とかでも経験ある!」

花丸「心待ちにしてた新刊を買いに行った本屋さんで」

梨子「うんうん」


花丸「店員さんの手書きのおすすめ文句が地味にネタバレっぽかった時の台無し感」


梨子「それは悲しいね…」

花丸「でも読んでみたらそのネタバレっぽい文句が絶妙な騙し要素になってて、店員さん狙ったのかな?って」

梨子「それ面白いね。で、実際はどうだったの?店員さんは狙って書いてたの?」



花丸「…聞いてないずら」

梨子「…そっか」


花丸「!」ハッ

花丸「今のこの台無し感!」

梨子「あはは♪」

次 は 一週間 以内 に

14


梨子「おはよう花丸ちゃん♪」

花丸「あっ、梨子さんおはよう。随分早いね」

梨子「今朝はいい調子で曲作りが進んで気分がいいから勢いで早出しちゃって…ところで花丸ちゃんしゃがみ込んでなにしてるの?」


花丸「ふふふ…紹介するね。こちらはたいしょうさんだよ」


梨子「?」


たいしょうさん「ニャーーーーーーー」


梨子「わあ!おっきい猫さん」

花丸「たいしょうさん。こちらは梨子さんずら」

梨子「はじめましてたいしょうさん。桜内梨子です」ペコリ


たいしょうさん「ニャーーーーーーーー」


梨子「たいしょうさん声可愛い♪」

花丸「大きな体のたいしょうさんはとってもかわいい声の持ち主なんだ~」


梨子「和毛だね~♪撫でたりしたら…怒るかな?」

花丸「そうだねえ、一見さんには厳しいたいしょうさんだからね~迂闊に手を出すとガブッ!と」

梨子「ひっ?そ、そうなんだ…」ビクビク

花丸「な~んて、冗談ずら♪たいしょうさんは心の広い猫さんだから大丈夫だよ」

梨子「もう~花丸ちゃんったら!ふふっ、じゃあ早速…」ワキワキ

梨子「~♪」

花丸「梨子さんお顔が溶けてるよ~」

梨子「至福の手触りです」

花丸「異論は無いずら」


梨子「それにしても」

花丸「ん?」

梨子「花丸ちゃんのお家に遊びに来るようになって結構経つけど、たいしょうさんを見かけたのは初めてだね」

花丸「たいしょうさんは平日の早朝にしか姿を見せないからね」

梨子「あ、そうなんだ?どうりで」

花丸「それに毎日現れるわけでもないから」

梨子「そっかあ…そういえば音ノ木にも神出鬼没な猫さんいたなあ…みんなはボスって呼んでた」

花丸「へえ~、やっぱり東京ともなると名前も英語なんだねえ…未来ずら~」

梨子「あはは、そういうことじゃないよ~」

又一週間以内に


15


梨子さんと一緒にTVを見ていたある日
こんなことがありました


とあるCMに出ている役者さんを見て梨子さんが言いました


梨子「映画で役所小路さんが出てるとつい見ちゃう」

花丸「役所小路さん…って、だあれ?」

梨子「あ、えっとね、ベテランの女優さんでたくさん映画に出てて…」


花丸「…あのー梨子さん…」

梨子「なあに?」

花丸「マルはなんていうか…有名人とかには疎くて…ごめんなさい」

梨子「どうしてあやまるの?」


花丸「あー…癖、かな…小さい頃からこういうことよくあって」

梨子「そうなんだ。そういうのって癖になっちゃうよね」

花丸「うん」

梨子「そのことについて、花丸ちゃんは話したい?」

花丸「ううん」

梨子「そっか、もし話したくなったらいつでも言ってね」

花丸「うん。ありがと」


梨子「あ、それと」

花丸「ん?」


梨子「言いたくならなかったらずっと言わなくても大丈夫だからね」


花丸「…ふふっ、ありがとう梨子さん。ほんとに」

梨子「うん」


花丸「えへへ」

梨子「ふふっ」

花丸「よしっ、この間話した香りの良いお茶を奮発しちゃうずら♪」

梨子「実はそれ気になってたんだ~♪楽しみ」


そう言ってマルは部屋を出て足早に台所へ

一秒でも早くお茶を持って梨子さんとの時間に戻りたくて気が逸ります


だけどこの香りの良いお茶を淹れる時、急いてはいけません

沸かしたお湯を数十秒置いて冷ましたりした後
ゆったりと注がなければいけません


おぼんに湯呑みを乗せて部屋に戻る時も、急いてはいけません

お茶菓子を乗せ忘れて台所に戻ることになっても、あわててはいけません


今し方10秒で来た道を、30秒かけて戻ります

部屋の前まで戻ると、足音でか察してくれた梨子さんが入口を開けて迎え入れてくれます
おぼんで両の手がふさがっているのに途中で気づいて少し悩んでたので助かりました


花丸「梨子さんありがとう。絶妙なタイミングだったけどどうしてマルが来たの分かったの?」

梨子「聞き耳を立ててたの♪花丸ちゃんが戻ってくるの待ちきれなくて」

なんてね。と付け加える梨子さんと、マルは笑いあいます

満を持して湯呑みの帽子を取ると、和かな香りが広がって
二人の感嘆の溜息が部屋に響きます


梨子さんとマルは、ただお茶の香りと味だけを楽しみながら
何を喋るでもなく過ごします


一緒に持ってきたお茶菓子に手を付けることも無く


お互い何かを促すことも無く


ただただお茶を楽しみながら向かい合い座って過ごします

二人がお茶を飲み終えて
その余韻を堪能し終えると

おもむろに梨子さんがTVの電源をつけました


梨子「あ、また役所小路さんだ」


さっきの会話のきっかけになったCMが再び流れて


梨子「花丸ちゃん。役所小路さんはいくつか本を出してるんだよ」

花丸「そうなの?」

梨子「“千石戦国”とか“三匹で着る”とか…花丸ちゃんは、時代劇とか見る?」

花丸「じーちゃんが見てたのを横で一緒に見てた覚えはあるよ。仕事屋シリーズは好きずら♪影の演出がかっこよくて」

梨子「そっかあ。“三匹で着る”っていう本は役所小路さんが出てた時代劇が元ネタでね、時代劇が好きなら一度見てみると楽しめるかもしれないよ」

花丸「そうなんだ。再放送とかやってるかなあ?」


後日、役所小路さんの本を読んで甚く感動したマルは
“三匹で着る”の元ネタの時代劇を見るために
梨子さんにおんでまんどとかうぇぶ番組だとかを一家総出でご教示いただきました

スマートフォンでも見られるように
あぷりっていうのをだうんろーど?してもらったりして
おうちの外でも時代劇を楽しめるようになりました



そして更に後日、携帯のデータ使用量の警告にあたふたすることになるのですが
それはまた別のお話

1日誤差があるのに今気づいたけど、また一週間以内に



15.5



梨子「時代劇も好んで見てるっていうわけじゃないんだね」

花丸「うん。刑事ものとかは見るけど、TVを見ること自体が少ないずら」

梨子「花丸ちゃん刑事もの見るんだね」

花丸「動機とかトリックとかを考えるのが好きなんだ♪ミステリーを読むのも好きだよ」

梨子「そうなんだ…てっきり花丸ちゃんは純文学とかが好きなんだろうって思ってたけど…」


言いながら梨子さんはマルの部屋の本棚をひとしきり眺めて


梨子「違ったんだねえ」


感心したような、なんだか嬉しそうな表情でつぶやきました

梨子「やっぱりたくさんあるけど、いろんな種類の本があるんだね」


そう言って立ち上がると、梨子さんは本棚の前に立って


梨子「これは…作者でまとめられてるけど、五十音順じゃないよね。どういう並び?」

花丸「ああこれはね、えーっと…今は、本の発行日順だよ」

梨子「へえ~…今は、っていうことは前は違ったの?」

花丸「うん。ジャンルで分けることもあるし、分けた上で主人公の初登場時の年齢順にしたり、物語の舞台の時代や年代とか、北から南へ地理順に並べたり、取り扱ってる事件や出来事で分けたり…ハッ!…オラ、一人でべらべらと喋っちゃって…こんな話、梨子さんが聞いてもつまんないよね、えへへ…」


多弁に饒舌を重ねて頭の中でしまったやっちゃった。って後悔がグルグルしてるマルに


梨子「大丈夫だよ。私、話を聞くの結構好きな方だし」


気遣うでも無くごく普通にそう言う梨子さんは


梨子「ほら、前にも言ったでしょ?花丸ちゃんのこともっと知りたいって」


そう続けると、本棚とマルを交互に見ながら
さっきと同じような嬉しそうな表情をしてました

梨子「本棚の数も思った通りというかたくさんあるね~」

花丸「うん。残りの本は別室に保管してあって、ときどきここの本と入れ替えしてるんだ」

梨子「えっ!?別室にもまだ本があるの?…たくさん?」

花丸「う、うん…どっちかっていうとこっちの方が少ないっていうか…///」

梨子「ふふっ、照れなくてもいいのに」


そう言ってまた本棚に目を向けた梨子さんは急に何かを思い出したような顔をして


梨子「あっ!そういえばこの間のインタビュー記事で花丸ちゃん本棚の数も答えてたよね…ひょっとして、本棚の数増えてる?」

花丸「…実は、二つほど増えました」


マルはまた照れくさくなって頭をかきながら答えました


花丸「Aqoursに入ってから、アイドル関連の本とかをまとめた本棚を増やしたんだ」


梨子「これだね。他の本棚と違って明るい色だね」

花丸「何となく、お店で見かけたとき色合いが気に入って決めたんだ」


梨子「それでこっちの本棚は…まだ、あんまり本が並べられてないんだね」

花丸「そっちはこれから増えていく予定っていうか…その…」

梨子「?」


マルが良いよどんでいると梨子さんが小首を傾げ、そのままマルの顔を覗き込む
…顔が近い


花丸「ここには、Aqoursのみんなからおすすめされた本とかを並べていく予定なんだ…」


思わず梨子さんから目をそらしながらそう答えました

梨子「ここは、やっぱり私がパッ!といい感じの作品をおすすめする場面だよね」


意気込んだ表情をした梨子さんは腕組みをすると小さく唸り
左手をあごに当てて考え込んでしまいました

正直なところ
梨子さんも本を読むという情報を得たことがこの本棚を置いた理由の大部分だったので
梨子さんからのおすすめは大いに期待してました


梨子「うーーーーん・・・・・・・」


表情が段々と困り顔に変化していく梨子さんは、しばらく思案してる様子だったけど
ふと、閉じていた眼を開きマルの方に向きなおって


梨子「よし、次までに考えておくね」


と、きっぱり口にしたあと、申し訳なさそうな顔をして


梨子「なんか、期待外れてごめんね。実は今読んでる本があってね、その本のことしか思い浮かばないの」


そう言って苦笑いを浮かべました



梨子「なにか夢中になってることがあると、他のこと考えててもついついそのことに考えが行っちゃうことって、無い?」

花丸「あー、よくあるずら」


マルはうんうんと頷き、言葉を続ける


花丸「前に夢中で読んでた本が終盤に差し掛かったところで学校に行った日なんか…あ、その本の主人公がうどん職人さんだったんだけど、通学路でパンの焼ける匂いを嗅いで小麦を思い浮かべて粉からうどん粉うどんと当たり前のように本のことに考えが滑り込んでいったときは自分でも驚いたずら」

梨子「ね、そういうことってあるよねえ」


梨子さんもうんうんと頷いて、マルに同意する

花丸「ところで、梨子さんが今夢中になってる本って?」

梨子「ん?ああ、えっとね…」


マルが質問すると
梨子さんはゆっくりと一つの本棚の前に移動して、一冊の本を指さしました


梨子「これ」


花丸「それは…タゾノミウ先生の運命の幼馴染だね。その話の…」

梨子「ストップ!花丸ちゃん待って!」

花丸「!?」ビクッ


梨子さんは両の掌を開いて静止のポーズをとってマルの言葉を遮る


花丸「ど、どうしたの?」

梨子「ごめんね大きな声で。さっきも言ったけどその本今読んでてね、まっさらな気持ちで読みたいからちょっとした感想とかも耳に入れないようにしてるんだ」

花丸「あ~…!そっか、そうだよね。マルとしたことが浅慮だったずら」><


同じ本好きとして禁忌を踏みそうになったことを悔いたマルが
手の先で軽く自分の頭を叩く仕草をすると


梨子「くすっ、あははっ♪…花丸ちゃんって、ときどき面白い動きするよね」

花丸「えっ?そ、そうかな」


突然笑い出してそういう梨子さんに、マルはドキッとして
小さい頃、マルの古くさい言葉遣いや習慣をからかわれた時のことを思い出しそうになりました


でも


梨子「そうだよ。すごく可愛くて私好きだよ」

花丸「えっ?…そ、そう、なの?」

梨子「うん。大好き」


そう、重ねて真っ直ぐな好意を言葉で伝えられて
少し哀しい思い出がそのまま嬉しい気持ちで上書きされていくように消え去っていきました

梨子「そういえば、もうすぐタゾノミウ先生の新刊が出るから町の本屋さんに行こうと思ってるんだけど、花丸ちゃん一緒に行かない?」

花丸「えっ?あっ…うん。行く」

梨子「よかったあ♪断られたらどうしようってちょっと不安だったんだ」


急なお誘いにマルは完全に不意を突かれてしまって
実は何を言われてどうお返事をしたのかよく分かってませんでした


梨子「ちょうど絵具とか、画材の買い置きも無くなりかけてて、町まで出ないといけなくて…花丸ちゃんと一緒だと楽しめそうで嬉しいよ」


梨子さんの声を聞きながら、先ほどの会話を思い出して反芻し、理解する


梨子「ああでも、本屋さん以外にも付き合ってもらうのはちょっと迷惑かな?」

花丸「ううん、そんなことないよ。普段と違う場所に行ってみるのも楽しみずら」

梨子「ならよかった。花丸ちゃんもどこか行きたい場所があれば言ってね」

花丸「はーい♪」


手を挙げておどけた返事をすると梨子さんは笑って、マルも一緒に笑う
楽しみな気分があふれたまましばらくお話をして、夕方頃にはお別れをしました



わくわくした気持ちに包まれたまま眠りについたその日のマルは想像もしてませんでした

この幸せな気持ちが、少しずつ違うものへと変化していってしまうことを…

次は金曜日 ぐらい

16



幽かな振動を感じながら
縦置きのプラスチックケースが並べられたような足場を見る

背後には見知らぬ人
先を行く連れ合いは、その足場に運ばれて離れていってしまう

四辺が警告の黄線で縁どられた、切れ込みを入れられたアスファルトの様なその足場は
踏み出す意思を弄ぶかのように一定の速度で斜め上へと流れていく…


マルはエスカレーターに乗るのが苦手です

あの縦線が怖い
あそこに練った小麦の生地を投げ入れたら太麺ができそうで怖い

足場に乗ろうとするとススーッと速くなってひっくりこけてしまいそうで怖い

最初の足を置いた途端に加速されたら股割きのような格好になって
スカートが引き込まれてマルも呑み込まれて切り刻まれそうで怖い

ハイヒールを履いて乗ってる人を見かけると
あの溝にヒールの部分が刺さって抜けなくならないか心配で怖い

後ろに人がいると、もたついて迷惑をかけてしまうのが怖い


だからいつも、エスカレーターに乗る前には心構えをしてるんだけど
今日は寸前まで、一緒にお買い物に来た梨子さんとのお喋りに夢中で油断をした


梨子「それでね…あれ?花丸ちゃん?」


遠ざかっていく梨子さんが、マルがそばにいないことに気付いて首を振る


梨子「花丸ちゃんどうしたの?具合悪いの?」


エスカレーターの前で立ち止まってるマルを見つけた梨子さんは
心配そうにそう言うと、一瞬マルの方に降りて来ようとするけど
逆走するわけにもいかず困った表情でさらに遠のいていく



流石東京っ子
エスカレーターも簡単に乗り降り…あ、降りるタイミングずれてこけそうになってる

それから


何人かに先を譲って、心構えをしてから乗り込んだマルは
心配して降りて来てくれた梨子さんとすれ違って
慌ててしまってさっきの梨子さんと同じように降りる時にこけそうになった

すぐに追いかけて来てくれた梨子さんは、降り際にまたちょっとふらついてたけど


梨子「私もね、エスカレーターとか回転寿司とかちょっと苦手なんだ」


そう言ってマルに笑いかけてくれました

そんな梨子さんの気遣いが嬉しくて
マルは回転寿司は得意なのは黙っておくことにしました



梨子「さて、と…そこのベンチで少し休憩しよっか?」

花丸「うん。そうだね」


エスカレーターそばに設置されたベンチに二人で腰掛けようとしたとき
ふと梨子さんを見やると、手慣れた手つきでハンカチを取り出し
一瞬動きを止めたかと思うとまた手慣れた手つきでハンカチをしまった

マルの視線に気づいた梨子さんは面映ゆそうに


梨子「あはは、ちょっと癖でね」


そう言ってそのままマルの隣に腰を下ろす

マルは特に何も言わず笑顔を返した

梨子「最近歌の練習が多くて喉が…」


おもむろに、鞄から飴を取り出して口に含む梨子さん


梨子「花丸ちゃんも、いる?」


微笑んで同じ飴の包みをマルに差し出す


花丸「うん。ありがとう梨子さん」


喉のケアに定評のあるその飴を受け取るとマルも口の中に放り込む

…この飴の歴史は長く
海の向こうではその効能の信頼の高さから神の薬なんて呼ばれるほど

舐め終えた後に喉にしつこく味が残ることも無く
喉風邪の気配を感じたときなんかにマルもよく舐めてます


花丸「梨子さん喉痛めたの?」

梨子「ううん、そういうわけじゃないんだけど、なんていうか、気配がね」

花丸「気配?」

梨子「季節の変わり目とかに喉に違和感が出る前の…なんていうか、気配がね」

花丸「気配…」

梨子「ああっ、ごめんね。こんなこと言っても分からないよね」


慌てた様子で胸の前で振ってる梨子さんの両手をぎゅっと握ってマルは言う


花丸「分かるずら!その気配はよ~く分かるずら」

花丸「声が出辛くなったり、痛みを感じるようになる前の何とも言えない感覚だよね」

梨子「そう!花丸ちゃん。分かる?」

花丸「うん。今までなかなかこの感覚を共有できる人と出会えなかったずら~」


マルが何気なく考えてたことが伝わったかのように
気配と言う単語を梨子さんが口にしたことに興奮して
やや大げさに喜んでしまったマルでした


梨子「私も~♪」


梨子さんも気分が高揚したのか嬉しそうににこにこして
マルが握ったままの両手をぶんぶんと縦に振りました




一時
ベンチで休憩をする梨子さんとマル


梨子「エスカレーターじゃなくてエレベーターで上がればよかったね」


数メートル先にあるエレベーターを指さしながらそう言う梨子さん


梨子「でも私エレベーターもちょっと苦手で…動きはじめと止まる時こう…ふわっとなるのが」


ちょこんと肩をすくめて小さく首を振る


梨子「花丸ちゃんは?エレベーター苦手だったりする?」

花丸「エレベーター!」パンッ


待ってましたとばかりにももを叩いて応える

梨子さんは肩をすくめた姿勢のまま驚いて少し体を引く

けれどマルは構わずに続ける


花丸「エレベーターは…鬼門ずら」

梨子「き…鬼門?」

花丸「梨子さんの言う通りあの箱は人の魂を吸い取ってしまうずらあ…」


両手を胸の前で垂らして幽霊のポーズから両手をそのまま上に上げて言うマル…


梨子「・・・・・・」ジーーッ

花丸「・・・・・・・・・・・・」


これは…外した…外してしまった…


梨子「!あ、ああ…えっと…どっちだろう…」


何かを察した様子の梨子さんだったけど
マルの意図を二つにまで絞り込んだところで行き詰ったみたい

たぶん、今のがマルの冗談だったことまでは気付いてくれたんだろうけど
驚かせようとした冗談なのか、笑わせようとした冗談なのかを計り兼ねてるんだと思う


鬼門なんて言葉を選んだのが間違いだったずら…


梨子さんはマルのお家がお寺なのは知ってるから
そのマルが口にした
鬼門という言葉に何かしらの意図があるかもしれないと思ったに違いない

挙句、魂なんて言葉まで持ち出したものだから
余計に曖昧な冗談になってしまったんだなあ…

そうして
マルがどうでもいい自省にふけっていると


梨子「ふふふ…ダメだよ花丸ちゃん。花丸ちゃんじゃ可愛すぎて幽霊でも怖くないよ♪」


いつまでも幽霊のポーズのままのマルを真似て
悪戯っぽい表情をして梨子さんが言う


花丸(「その言葉そっくりそのままお返しするズラ♪」って言いたいけどそんな勇気は無い)

結局マルは、「えへへ」と照れ笑いで返すことしかできませんでした


梨子さんは時々ドキッとするようなことを言ったりしたりする



いけないいけない
やっぱり東京のお嬢さんは違うずら

ここは東京オーラにのまれてはいけない


花丸「コホン」


わざとらしく咳払いをして、マルは話題を元に戻す


花丸「エレベーターは苦手ずら」

梨子「あ、そうなんだ。また一緒だね♪」


とても嬉しそうに言う梨子さん
思わずマルは、またそのペースに惹き込まれそうになる



いけないいけない
やはり東京オーラが…

気を取り直して


花丸「マルは一度にたくさんの本を買うことが多くて、リュックを使うことが多いんだけど、エレベーターに乗ると周りの人の迷惑になりそうで」

梨子「確かにちょっとスペースを取っちゃうかもしれないね」

花丸「実際人がいっぱい乗ったときとか、身動きすら取れなくなって降りるのも一苦労だったり」

梨子「すし詰めだと横向いただけでぶつかっちゃいそうだね」


花丸「一人のときに中に入ってボタンを押そうと思って手を伸ばした反対側にパネルがあったり」

梨子「あー、あれ何とも言えない気持ちになるよね」


花丸「ボタン係になったときの謎の重圧感」

梨子「嫌っていうわけじゃないんだけどね。手際が悪くなっちゃうと申し訳ない気持ちになるよね」


花丸「だけど笑顔でありがとうねなんて声かけられるとその日一日あたたかい気持ちになれるずら」

梨子「感謝されたくてやってるわけじゃないのにお礼を言われると嬉しくなるって不思議だよね…」


そこで言葉を区切ると梨子さんは、マルの顔をじっと見つめて


梨子「花丸ちゃん」

花丸「?」


梨子「ありがとう」


笑顔で不意に、そんなことを言う

何についてお礼を言われたのか分からずマルが返事も出来ずにいると


梨子「一緒にお買い物に来てくれてありがとう。私、今日とっても楽しいよ」


これだ

最近こんなふうに梨子さんが東京オーラを放つことが多い気がする
それはとても強力で、度々マルを幻惑する


今日もまた梨子さんの東京オーラに翻弄されてしまう予感がしたマルは
案の定その日のお買いものでの目当ての本を
梨子さんとのお喋りに夢中になって買い忘れたことを帰宅後に気付きました


しまったしまったと心の中で焦ったのも束の間
『また一緒にお出かけする口実』ができたと考え直しました

すぐに連絡してお出かけの約束をしようかとも考えたけど

Aqoursの練習で明日も顔を合わせるのだから、その時でいいか
むしろ顔を合わせて直接その話をしたいなと思い
マルはお布団をかぶり眠りにつきました

次 は 十日以内

17


梨子「こんにちはー」ガラガラー

花丸「いらっしゃ~い」パタパタ


梨子「お父さんのお土産で面白いものがあったから持って来たよ」

花丸「ほんと?それは楽しみずら♪はいスリッパどーぞ」

梨子「ありがとう花丸ちゃん。私もちょっと楽しみなんだ~」


とことこ


花丸「じゃあお茶淹れてくるから、くつろいで待っててね」

梨子「うん。ありがとう」


とことことこ


花丸「おまたせー。今日のお茶は地元の玄米茶だよ~」

梨子「わあ、いい香り」

花丸「何となく玄米茶な気分…ということで」

梨子「そうだね、最近お茶請け甘いもの多いもんね」

花丸「一助有りずら」

梨子「はあ~」

花丸「ふう~」

梨子「玄米茶おいしいねえ…」

花丸「玄米茶おいしいよねえ…」


梨子「それじゃあ、お土産をお披露目―――」

花丸「ちょっと待った!」


梨子「…えっ…と?」


花丸「ごめんね急に、ちょっとそのお土産当てさせて」

梨子「当てる?…何を持って来てるかを言い当てるってこと?」

花丸「うん」


梨子「そういえば花丸ちゃん推理物とか好きだったっけ。でもこれは当たっても推理じゃなくて透視とかそっち系だよね?」

花丸「ふっふっふ…桜内君、この世には不思議なことなど何も無いずら」

梨子「確かにお土産は箱入りだけど、魍魎とかは入ってないからね」

花丸「あーっ!お土産が箱に入ってるって言い当てたかったのにー」><

梨子「袋の形を見れば分かるからダメです」

花丸「むむむ…」

梨子「それで、花丸ちゃん本当にこのお土産の中身を推理できたの?」

花丸「もちろん!…梨子さんのお父さんはどこでそのお土産を?」

梨子「今から推理材料集めるの!?…愛知の出向先で買ったって言ってたよ」


花丸「お店の名前と、値段とかは?」

梨子「事情聴取みたいになってるんだけど…私もお土産を買ったお店とかまでは聞いてないし…というか、花丸ちゃん値段で分かるの?」


花丸「…分かんないね」


梨子「ヒント、要る?」

花丸「待って、まだもう少し猶予を」

梨子「分かった」スッ

花丸「…どうしてお土産を後ろに隠したの?」

梨子「ヒント要らないって言うから」

花丸「梨子さん意外と容赦ないずら」

梨子「じゃあヒント、要る?」

花丸「う~~~~~~ん…やっぱりもう少し考えてみる」

花丸「箱入りの…お菓子?」

梨子「答えていいの?」

花丸「だめずら」


花丸「このくらいの大きさの、箱」

梨子「うん」

花丸「・・・確か、梨子さん靴を脱ぐとき荷物の傾きを気にしてなかったずら」

梨子「うんうん」

花丸「つまり傾けたりひっくり返してはいけないような物ではない」

梨子「なるほど」


花丸「だからどうしたずらああ~」

梨子「そんな頭抱えて嘆かなくても…」

花丸「そんな近所でもないのに傾けられないような物を手提げ袋で持ってくる人なんていないずら~~」

梨子「花丸ちゃん…そろそろお土産出しちゃいたいんだけど、いいかな?」


花丸「いいよ。食べよう」

梨子「あれ?食べ物だって分かってたの?」

花丸「ヒントいただきずら」

梨子「もしかして花丸ちゃんまだ続ける気なの?」

花丸「なんか悔しかったから鎌かけただけだよ」


梨子「あぁ、なるほど。上手いね花丸ちゃん」

花丸「感心されてしまったずら…梨子さんの方が上手だったね」

梨子「?…ああ、私の上手いねに上手で返したんだね」


花丸(こりゃかなわんずら)

17の話のまま明日か明後日に続く

梨子「これが、お土産だよ♪」ストン

花丸「・・・・・・」

梨子「…あれ?無反応?」

花丸「…ここで問題です」

梨子「えっ?」

花丸「マルは今とてもびっくりしています。それはなぜでしょうか?」

梨子「んー…分かんない。教えて」ニコッ

花丸「…ヒントは、帽子と―――」

梨子「おしえて、花丸ちゃん」ニコニコ

花丸「…実はマルもちょっと珍しいものを用意してて…あ、ちょっと待っててね…」


とことことことこ


花丸「おまたせ、これが問題のブツずら」ストン

梨子「…これは?」

花丸「辻占煎餅だよ」

梨子「なんだか…私が持ってきたフォーチュンクッキーと似てるね」

花丸「原型だからね」

梨子「あっ、そうなんだ?」

花丸「元々はね…あ、長々話してもよくないよね」

梨子「そんなことないよ~私花丸ちゃんのお話好きだよ。それに面白そうだし」

花丸「そう?それじゃあ改めまして、まず辻占というのは――――」

梨子「えーっと、『このおみくじを10人に配りましょう』…なにこれ」

花丸「マルのは、『クッキーさんクッキーさんおいでください』…?」


パリパリ


梨子「『怪魚とヨロイには気をつけましょう』なにこれ?」

花丸「『意中の相手にスキー旅行に誘われたら要注意』随分具体的ずら」


ポリポリ


花丸「『コーヒー牛乳を愛する』…?」

梨子「『ラッキークッキーお好み焼き』…ああ、お好み焼き。お好み焼ちょっと食べたいかも」


花丸「梨子さんこれ本当にどこで買ったの?」

梨子「そうだね、今度聞いてみるね。本当に」


花丸「じゃあ次は煎餅の方を」

梨子「大凶引きませんように…」

~~~

花丸「『大吉、待てば海路の日和あり』ほうほうなるほど」

梨子「『大吉、待てば甘露の日和あり』…あれ?」


バリバリ


花丸「『星に手を伸ばせば願いは叶うだろう』ふむふむ…これはこれは」

梨子「『愛は全てを救う』うん…まあ、うん」


ボリボリ


梨子「『月が綺麗ですね』…ねえ花丸ちゃん…」

花丸「『事件は会議室で起きてるんじゃない』…?」

梨子「これ私が持ってきたフォーチュンクッキーと同じ店で買ったとかじゃないよね」

花丸「…あながちありえないと言い切れないずら」

~~~

梨子「玄米茶おいしいねえ」

花丸「玄米茶おいしいよねえ」

梨子「…このフォーチュンクッキー実はまだおうちにあるんだけど、明日聖良さんと理亞ちゃん来る日だしみんなで食べようか」

花丸「そうだね、この内容だったらみんなでの方が盛り上がるかもしれないね」


梨子「ところで、花丸ちゃん牛乳ダメだったよね?コーヒー牛乳もダメ?」

花丸「そうだけど…もしかしてコーヒー牛乳飲みたい?あるよ冷蔵庫に」

梨子「あるの!?どうして?」

花丸「じーちゃんがたまに大人買いしてくるんだ。だから遠慮しないで飲んでいいよ」

梨子「そうなんだ。なんか時々無性に飲みたくなる時があってね…さっき名前聞いてから気になっちゃって」

花丸「マルもお好み焼き食べたくなったんだけど、よかったら梨子さん夕飯一緒にどう?もんじゃ焼きも作れるけど」

梨子「もんじゃで」

花丸「じーちゃんが腕鳴らして喜ぶずら♪」

梨子「もんじゃ焼きおいしかった~♪」

花丸「じーちゃん人をもてなすの好きだからコーヒー牛乳とかもんじゃ振る舞えてご機嫌だったずら」

梨子「エビたっぷりだし本当においしかった」


花丸「オマール海老だったらもっとおいしいのかなあ…」

梨子「…でも、オマールエビともんじゃ焼きは合わないんじゃない?」

花丸「そうかなあ…」


梨子「花丸ちゃんおなかいっぱいで眠くなってない?」

花丸「ちょっとね~」

梨子「ふふふっ」



梨子「ねえ花丸ちゃん、この町の夜の空ってホントに綺麗だねえ」


花丸「今日は真ん丸お月様ずら」


梨子「星座ってよく知らないけど転校してくる前はこんなに星が輝いてるなんて知らなかったな…」



花丸「・・・・・・」



梨子「・・・・・・」

また17のまま明日か明後日に続く


梨子「月が綺麗ですね…って、言うところかなあ?ここ」


花丸「う~~ん…どうだろ…甘露待ち?かなあ」


梨子「あ~…そうだね。そうかもねえ…」


花丸「梨子さんも眠くなってきてるんじゃない?」

梨子「うん…舟漕ぎそう…」

花丸「梨子さんって寝顔見られるの大丈夫な人?」


梨子「…ハッ!…それは恥ずかしい…」


花丸「実は梨子さんが泊まった夜ね…」

梨子「いつも花丸ちゃんの方が先に寝てるよ?」

花丸「…そうだね。ねえ梨子さんもしかしてマルの―――」

梨子「見てないよ!花丸ちゃんの寝顔見てないよ!」

花丸「う…うん」


梨子「…そこは恥ずかしがってよ…」

花丸「ええっ?マルがわるいの?」

花丸「生姜紅茶おいしいねえ~」

梨子「生姜紅茶おいしいよねえ~」


花丸「この間梨子さんが持って来てくれた鴨なんとかティーも良かったけどこれも良いね」

梨子「カモミールティー気に入ってくれてたんだね。また今度持ってくるよ」

~~~

花丸「…ええっと、あとはスキー旅行と怪魚とクッキーさんと…」

梨子「?…それさっきのクッキーの中身の話?」

花丸「そう。スキー旅行は海路待ちとして、クッキーさんとヨロイと怪魚だけど…」

梨子「クッキーさんはこっくりさんだから障らぬ神ってことでいいよね」

花丸「うん」


梨子「ヨロイは、郷土資料館とかで展示されてるかもしれないね」

花丸「確かに。さすが梨子さん」

梨子「あとは怪魚だけど…怪魚って…」

花丸「アカメとかが現実的かなあ」

梨子「アカメ?そういう魚がいるの?」

花丸「うん。怪魚って呼ばれてるよ」

梨子「へえー…私てっきりこう、人間よりおっきくて手足の生えてる魚のおばけかと」

花丸「網タイツとか履いてるやつ?」

梨子「え?網タイツ?」

花丸「なんでもないずら。忘れて」

梨子「ああそうだ、ヨロイと怪魚に気をつけろっていうことだから見に行かなくてもいいんじゃないかな」

花丸「全くご尤もな意見ずら。…でもお出かけの口実としては…どうかな?」

梨子「花丸ちゃんヨロイとか怪魚とか見に行きたい?」

花丸「それなりに面白そうだと思うし、その、梨子さんと一緒だったら…ね」


梨子「…そっか///」

花丸「うん」



梨子「じゃあいつかスキー旅行とかも本当に行ってみる?」

花丸「雪山のペンションとかはちょっと行ってみたい気がするかなあ」


梨子「それなら、私の叔父さんが長野でペンションを経営してるんだけど、話聞いてみようか?」

花丸「そうなの?梨子さんの親戚の人のペンションなら安心できるね」

梨子「ミシシッピマッドケーキっていうちょっと変わったおいしいケーキも食べられるよ」

花丸「ほうほう、それはとっても心惹かれるずら」


梨子「じゃあいつか、都合がついたら一緒に行こうね♪」

花丸「うん。楽しみにしてるね♪」


かくして約束されたスキー旅行で
マルと梨子さんはちょっとした事件に巻き込まれるんだけど

それはまた、別のお話…

17了 次は10日以内で

18


花丸「梨子さんと打てば響く仲になりたい」

梨子「どうしたの花丸ちゃん。藪から棒に」

花丸「藪から棒ではあっても、寝耳に水ではないよね?」

梨子「そうだね、どちらかといえば耳よりな御話だね」

花丸「どちらかというべくもなくなるまで物語らいたいずら」


花丸「…物語らうはいまいちだね」

梨子「物語らうはいまいちかもね」

花丸「耳よりまでは良かったと思う」

梨子「そうだね、寝耳に水から綺麗につながったね」


花丸「そこで切り上げておくべきだったのかもしれないね」


梨子「打てば響くって難しいねえ」


花丸「まあ…マル的には十分楽しいけど」

梨子「私もこのくらいが丁度いいというかこれ以上はプレッシャーがかかるというか」

花丸「実際本当に打てば響く仲になったらなんか疲れちゃいそうだし」

梨子「そだねー。もうちょっとぼーっとしてたいよねー」



梨子「この白和えの味もぼーっとした感じだね~」

花丸「そう?優しい味だしおいしいよ」

梨子「ほんと?気に入ってもらえたなら嬉しいな…実は私もこの味好きなんだけど」


花丸「食べやすいしこれ、コレが不思議な食感でマル好きかも」

梨子「ああそれアボカド。ときどき無性に食べたくなってね~」


花丸「あぼかどかあ…変な名前♪」

梨子「花丸ちゃん牛乳苦手だけどアイスクリームは食べてるよね」

花丸「アイスクリーム好きだよ♪」

梨子「私も大好きだよ♪」


花丸「バニラのね、すごく濃いのとかじゃなければ全然大丈夫」

梨子「じゃあ、花丸ちゃんコーヒーとか飲める?」

花丸「飲めるけどおとなの味っていう感じかなあ」

梨子「駅前に新しいお店ができたんだけど、コーヒーと紅茶がおいしいお店でね、花丸ちゃんアフォガート食べたことある?」

花丸「なんだかあぼかどと似たような響きだね」


梨子「あ、ほんとだ」


花丸「…そのあふぉがーとって、どういうものなの?」

梨子「アフォガートはね、アイスにコーヒーとか紅茶とかをかけたものだよ」

花丸「???…それっておいしいの?」

梨子「う~んとね…ときどき無性に食べたくなる味、かな」

花丸「梨子さんときどき無性に食べたくなるもの多いね」

梨子「あ、ほんとだね。ふふっ」

花丸「ふふふっ」



梨子「それで、どうかな?今週末にでもそのお店、一緒に行かない?」

花丸「もちろん行くよ!今から週末が楽しみずら~♪」

次は48時間以内

19


梨子「は~い♪マフィン作ってきたよ~♪」

花丸「わーい♪今日はどんなマフィンか楽しみずら~♪…どれどれ…」

梨子「はいはい、お行儀よく座って待っててね~♪」

花丸「いい匂いがするずら~♪わくわく♪…ん?この匂いは…?」


梨子「今日は特別メニューだよ~」

花丸「あっ!海老?海老が入ってる!」

梨子「そうだよ~今日はエビとアボカドのイングリッシュマフィンと」

花丸「これオマール海老?」

梨子「もうっ、違うって分かってて言ってるでしょ花丸ちゃん」クスクス

花丸「えへへ」


梨子「伊勢エビだよ」マガオ

花丸「えっ!?そうなの?」ビックリ

梨子「うそだよ♪」エガオ

花丸「なんだ~がっかりずら~」ガックリ


梨子「花丸ちゃんてノリいいよね」

花丸「梨子さん梨子さん、こっちのマフィンは?」

梨子「いちごのマフィンだよ~♪ブルーベリーのマフィンが好評だったから甘酸っぱいつながりで」

花丸「あ~、あれはおいしかったずら~」

梨子「ブルーベリーを気に入ってくれた人は、大体このいちごのマフィンも気に入ってくれるんだよ♪」

花丸「へえ~、もしかして梨子さんのお気に入りのレシピだったりするの?」

梨子「うん。小さい頃からよく作ってるんだぁ」

花丸「じゃあ今日のも期待できそうだね」

梨子「ふふっ、だといいけど…あっ、この前気になったって言ってた香り付けの香辛料は、今日は使わないようにしたからね」

花丸「ありがとう梨子さん」


梨子「お茶だけど、煎茶とルイボスティーを用意したよ」

花丸「るいぼす?」

梨子「甘くしてもおいしいお茶だよ。香りや風味が独特に感じるかも」

花丸「くんくん…ほんとだ。でもマル嫌いじゃないかも」

梨子「よかった。花丸ちゃんお茶に詳しいけど紅茶とかはあんまりなんだっけ」

花丸「そうだね。ああでも、詳しいってほどじゃないよ。おうちの付き合いとかそういうのでよくいろんなお茶頂いてたり、知識だって殆どじーちゃんたちの受け売りだし」

梨子「それでも十分詳しいよ~」

花丸「えへへ」


花丸「ところでどうして別々のお茶淹れてきたの?」

梨子「うん。もしどっちかのお茶が花丸ちゃんの好みに合わなかったらって考えて…私は両方好きだから取り替えようかなって…あ、でもそれってお行儀悪いね」

花丸「練習中にも回し飲みしたりするし、二人きりだしそんなに堅苦しくしなくてもいいと思うずら」

梨子「それもそうだね」

花丸「それじゃあマルは折角だからるいぼすティーをいただくずら」

梨子「はーい♪どうぞ」コトン

花丸「マフィンの形って帽子みたいだよね」

梨子「そうだねえ…あ、ねえねえ花丸ちゃん」

花丸「ん?なあに?」

梨子「コックさんの帽子ってあるでしょ、あの長いやつ」

花丸「あー、あるね」

梨子「そうそう、あれってなんで長いのか知ってる?」

花丸「ううん、知らない」

梨子「あれはね、マフィアに空洞の部分を拳銃で撃たせるためにああなってるんだって」

花丸「へえ~・・・・・・・」

梨子「・・・・・・・・・・・花丸ちゃんマフィン食べる?」ヒョイ

花丸「食べる~♪」パクッ

~~~

花丸「梨子さんさっきのマフィアの話いつ思いつい―――――」

梨子「はい花丸ちゃんマフィンおかわり♪」ヒョイ

花丸「むぐむぐ」マアイイカ

19の話のまま、次は2,3日以内に

梨子「ところでどうかな?マフィンのお味は」

花丸「おいしいよ♪…でもそういえばなんだかいつもおいしいばっかりで、もしかして説得力無い?」

梨子「ううんそんなことないよ。自分で作った料理とかお菓子をおいしいって言ってもらえるのって、本当にとっても嬉しいんだよ」

花丸「そっかあ…実はちょっとね、いつも貰ってばっかりで気が引けてたんだ」

梨子「気にしなくていいよ。本当に好きで作ってるだけだし」


花丸「ねえ梨子さん、お菓子作りってそんなに楽しいの?」

梨子「そうだねえ、私はお菓子作りの材料の匂いとか好き。焼き上がるまでの匂いも」

花丸「におい?」

梨子「うん。バス停の近くにパン屋さんがあるよね」

花丸「あ~あるね。あそこマルよく行くよ」

梨子「パン屋さんの近くを通ると時々焼きたてのパンのいい匂いがするでしょ」

花丸「するする~!焼きたてのパンの匂いってなんだか幸せな気分になるよねえ…」シミジミ

梨子「お菓子を作るといつもそんな気分を味わえるんだよ~♪」

花丸「なるほど!それは…病み付きになっちゃうかもだねえ~」


花丸「つまみ食いしたりもするの?…この苺とか」

梨子「あははっ、そんなこと…ちょっとだけね♪」

花丸「それはそれは、病み付きになっちゃうのも無理ないずら」

花丸「最近、アボカドの食感が癖になりつつあるずら」

梨子「アボカドってワニ梨とも言うんだよ~」

花丸「わに、なし?…鰐梨…へえ~、そうなんだぁ…なんか聞いたことある気がするかも」

梨子「花丸ちゃんのお爺さんか知り合いの人たちが話してたのが聞くともなしに耳に入ってたとか?」

花丸「多分そうだと思う。…梨かあ…梨なんだ、これ」


梨子「花丸ちゃんは、梨は好き?」

花丸「好きだよ~。梨子さんは?」

梨子「私も好き。ほら、梨子って名前に梨の漢字が入ってるから、一時期梨のお菓子に凝ってたりもしたんだぁ…花丸ちゃん知ってる?梨のドレッシングっていうのもあるんだよ」

花丸「そうなんだ?梨のドレッシングかあ…どんな味なの?」

梨子「えっと、爽やかで…あ、今度食べてみる?」

花丸「百聞は一食に如かず、だね。…梨子さんよかったらマルも一緒に作ってもいい?」

梨子「えっ?いいよ、もちろんだよ!花丸ちゃんがそう言ってくれるなんて思ってなかったから嬉しいなぁ~♪」

花丸「えへへ、喜んでもらえてホッとしたずら。言ってから、もしかしたら梨子さんは二人で料理するの好きじゃないかもって思って不安になっちゃた」

梨子「ああ、そういうことってあるよね。でも大丈夫だよ、家でもよくお母さんと二人でお料理してるし」

梨子「まあでも確かに、一人で集中したいことってあるよね」

花丸「うん。マルも趣味の読書とか、一人で集中したい方だから…」

梨子「そっか、趣味繋がりで私の料理も一人でって考えたんだね」

花丸「うん。マル、なんだかんだで一人の時間って大切だと思うんだ…たとえば梨子さん、一人でじっくりお買いものしたい時って、無い?」

梨子「あぁ…そうだね、時間とかに急かされずにじっくり考えられるもんね」

花丸「梨子さん分かってくれるずら?」

梨子「分かるよ、考えすぎとかトロいとか言われるけど、やっぱり納得いくまで考えたいよね」

花丸「そうずら。結局初めの直感通りの結果になったとしても、買ってからいまいちだったなって思ったとしても、考えつくしてから買うとそれなりに納得できるけど、誰かと一緒だとどうしても時間を気にしちゃったりして焦って買ったものが良くなかった場合とか、なんか心に引っかかっちゃうずら」

梨子「うんうん」

花丸「…ついつい熱くなってしまったずら…」

梨子「でも分かるよ~、花丸ちゃん」

花丸「…ほんとに?」

梨子「ほんとにだよ~」

花丸「えへへ」

梨子「うふふっ」


花丸「あ、でもねマルは梨子さんと一緒にお買いものしてる時にそんな風に思ってるわけじゃないんだよ。じっくり見て買いたい時もあるっていうだけで…」アセアセ

梨子「だから」


ひとこと言うと梨子さんはマルの両手をそっと握って


梨子「分かってるから大丈夫だよ」


いつもの柔らかい笑顔でそう言ってくれた


梨子「だから花丸ちゃん、今度から私もじっくりお買いものしたい時はそう言うから花丸ちゃんもそういう気分の時は言ってね?っていう感じでどうかな?お互いに気を遣いすぎないように」

花丸「うん。…なんか、重い話になっちゃって申し訳ないずら」

梨子「重くなんてないよ?…私はむしろ、花丸ちゃんと仲良くなれた感じがして嬉しいな」

花丸「そう?えへへっ、よかったぁ」

梨子「ねえ花丸ちゃん」

花丸「ん?なあに?」

梨子「お菓子作りだけど、今度じゃなくて今から一緒にやってみない?」

花丸「えっ?いいの?わぁ~たのしみずら~♪」

梨子「よし♪じゃあ下のキッチンに行こっか」

とことこ

花丸「でも梨子さん、どうして急にお菓子作りを?」

梨子「えっ!?…ああ、えっとね…おなか空いたから…///」

花丸「梨子さんときどきマルより食いしん坊さんだよね」^^

梨子「それほどでも…あるかなぁ///」

とことことこ

梨子「じゃあ今日は――――」

花丸「あの~梨子さん、マルはお菓子作り初心者なので簡単なものだと有難いずら」

梨子「なるほど…実は私も早く食べたくて我慢できない感じだったりするから、じゃあマフィンの簡単レシピとか、どう?もしマフィン飽きちゃってたら別なものにする?」

花丸「ううん、マフィンで。甘いやつで」

梨子「決まりだね♪あっ、花丸ちゃんホットケーキはダメだったりする?」

花丸「好きだよ?ホットケーキ」

梨子「よかった。じゃあ今日はこのホットケーキミックスを使ってマフィンを作ります」

花丸「おお~」パチパチパチ


それから、マルは梨子さんに手取り足取りの指導を受けて
マフィンとか、いろんないい匂いも堪能して
ルイボスティーも堪能して…

梨子さんとマルの一日は今日も平穏です

次は、5日以内

何日か後


休み時間


紙の束を抱えたプチ有名人が1年生の教室に現れた


生徒A「あっ、桜内先輩だー!どうしたんですかー?」


教室のドアを開けた途端
噂の転校生の姿に気付いた一人の生徒が底抜けに明るい調子で声をかけた


梨子「えっ!?ああ、これ…先生に頼まれて答案用紙持ってきただけだよ」


その子がいる方向とは別の方向に顔を向けていた梨子さんは突然話しかけられると
少し驚いた様子を見せた後、そう答えた


生徒A「そうなんですかーお疲れ様でーす!あ、これ私のだ~♪いただきますねー」


その子は梨子さんと短く会話を交わすと、自分の答案用紙を手早く抜き取って
なんだかとても満足げな様子で離れていった


あれずら…あれが気さくに声をかける理想の姿、至高の技術ずら


その子はもと居た場所に戻ると、隣の仲の良さそうな友人と嬉しそうに話をしてる

…そういえば
あの子はAqoursの用事で曜さんが来た時にも同じような反応してたっけ

マルがスクールアイドルはじめた時にも
真っ先に応援してるねって声をかけてくれた
…爪の垢でも煎じてもらおうかな

密かに落ち込んでいたマルは気が付かなかったけど
気を取り直して教室を見渡すと
いつの間にか梨子さんは教室からいなくなってて
答案用紙は机の上に置かれてた


花丸「時は得難くして失い易し・・・ずら」


落胆


自己嫌悪


実際のところ、言葉の印象ほどひどく落ち込んでるわけでもないけど
こう何度も機会を逸し続けてると、さすがにマルもへこんでしまいます


でも大丈夫


今日もお昼休みは食後に部室で集まるし

放課後もいつも通り練習で集まるから

話しかける機会はいくらでもある
そう、いくらでも

そしてお昼休み

いつもよりお弁当の量を減らしてきてたマルは
ルビィちゃんや善子ちゃんにそのことをちょっとだけ心配されながらも
ほんの数分だけど、普段よりも早く部室に向かうことに成功しました


一緒にいる時間が長くなればその分話しかける機会も増える

その時のマルの頭の中は、これから梨子さんにどうやって話しかけようかと
そのことでいっぱいでした


もちろん、急いでいるからといって噛む回数を減らしたり
折角のお弁当をおいしくいただくことを疎かにしたりはしませんでした
そして今日はマルの好物も入っていたので気分は上々です


部室への道も意気軒昂と先頭を歩き
勢いのままマルが部室のドアを開けると


ダイヤ「あら、花丸さんたち今日はいつもより少しお早いのですね」


果南「おっ、なんだかずいぶんとやる気に満ちた顔してるね~」


先に部室に来ていたダイヤさんと果南さんがマルの様子を見て声をかけてくれました
これは幸先がいいと思ったマルは気をよくして


花丸「もちろんですずら!」


なんだかおかしくなってしまった言葉遣いで返事をして、部室を見渡します


…いない


どうやら梨子さんはまだ部室には来ていないらしく
途端に、マルは出ばなをくじかれた気分になってしまいました

しばし放心してると


ダイヤ「ではわたくしたちは先に始めてしまいましょうか。花丸さんのやる気に水をさしてはいけません」


果南「そうだね。さあ、こっちこっち」


花丸「えっ?」


そう言ってダイヤさんと果南さんの二人に挟まれ手を引かれ、部室の奥の机へ
そばに置かれたホワイトボードには“AZALEA”の文字


花丸「あっ・・・」


…そうでした
どうやら今日のお昼休みはユニット別のミーティングだったということを
マルは失念していたようなのです



千歌「こんちかーーー!!!」


間もなく2年生三人組が連れ立って部室に現れ、にわかに騒々しくなり


鞠莉「シャイニーー!!!」


すぐに鞠莉さんも部室に着くと
各々自分のユニットのメンバーで集まり、話を始めました


少しの間、ちらちらと梨子さんの様子をうかがっていたマルでしたが


ダイヤ「さあ、折角のユニットの活動ですし、より良いものを目指しましょう」


果南「そうだね~かわいい後輩ちゃんもやる気になってるみたいだしこっちも気合入っちゃうねえ」


二人のそんな言葉を聞いているとなんだかマルも嬉しくなってきて
すぐにユニットについての話し合いに集中していったのでした


結局梨子さんとは挨拶もしないままだったけど
この日のミーティングはかつてないほどの充実感を得られました

このまま21の続き水曜までに

お昼休みが終わるころ
充実のミーティングを終えたマルはユニットの二人に挨拶をすると部室内を見渡す

梨子さんの姿を探したけど見つからなかった

マルたちが特に熱が入っていたからか
梨子さんもAqoursの他のみんなももういなくて

おつかれさまと声をかけてダイヤさんも果南さんも部室を出ていった


…まだ、まだ大丈夫
まだ放課後があるから…


ミーティングの手ごたえもあって気落ちはしてないマルは
教室へ戻ろうと出口へ向かう
…途中
梨子さんが座っていた場所を何の気なしに見やると、机の上に何かが


花丸「これ…花?…の髪留め」


確かに見覚えのある、白い花をかたどった髪留め

机の上にぽつんと佇むそれを見つけて、思わずマルはつぶやいていました

花丸「梨子さんの…だよね?」


何かの拍子に外した髪留めを
着け忘れたまま教室に戻っていっちゃったのかな?

改めてまじまじとそれを眺めていると
やがてマルの記憶の映像と合致する

この花の髪留めは梨子さんがステージ衣装や普段着に合わせて使ってる物だ


花丸「うん間違いない。これは梨子さんの髪留めずら」


願っても無い機会が訪れたと歓喜したマルはその髪留めを手に取りました

忘れ物を届けるなんてこんなもっともらしい口実を使える機会なんて
実際にはそうそう無い事です

部室の時計を見て時間を確認すると
お昼休みの終わりまではもう数分

今からでは、梨子さんのいる教室に髪留めを届けて
次の授業開始までに自分の教室に戻れるだけの時間は無い

よしんば間に合ったとしても、それでは梨子さんとお喋りをする時間まではとれない

そこまで考えた時、マルの心の中には迷いが生じました
だとしたら、これはマルが持って行ってもいいのだろうか?

もしかすると梨子さんが、髪留めを置き忘れて行った事を思い出して
この部室まで取りに戻って来るかもしれない
でも…

と、考えが堂堂巡りしだしたところで次の授業までもう2分

ええいままよ、と
マルは髪留めを掌に収めたまま1年生の教室へ戻ることを決めました

授業終わりのチャイムが鳴って、休み時間

今すぐ2年生の教室に向かえば
梨子さんに髪留めを渡して、お話する時間も十分にある

…今の授業中に善子ちゃんが得意の堕天を披露したので弄ってあげたいけど
今日だけはごめんね!ルビィちゃん後は任せたずら


マルが、教壇で教材をまとめている日本史の先生の授業終了の合図を今か今かと心待ちにしていると

がらがらがらっと、教室のドアが開いて
世界史の先生が飛び込んで来ました


何やら慌てた様子で日本史の先生に訴えかけている様子
マルの席は教室の後ろの方なので、何を話してるのかは聴こえない

教壇に立ったままの先生は、最初は困った顔をして話を聞いてたけど
ふと何かに気付いたように頷くと、まくし立ててる先生をなだめるように肩を叩いて
まとめていた教材の中からプリントの束を差し出す


プリントを受け取った先生の顔は、驚きの表情から安堵の表情に
遠目からでも分かるほどの大きな変化を見せた


世界史の先生は、大事そうにプリントを抱えて
しきりに日本史の先生に頭を下げて謝った後
こちら側、生徒たちに対しても何度も頭を下げながら教室を出て行った


大事な書類か何かをどこかに置き忘れて探し回っていたのだろうか?
多分そんなところだと思う

改めて教壇の上で咳ばらいをして、日本史の先生は授業終了の挨拶をして出て行った

時計を見ればもう次の授業開始の時間だ
間もなくチャイムが鳴り出すと、先ほど出て行った世界史の先生がまた駆け込んできた


先生「ご、ごめんなさいねお騒がせしちゃって!あ、あの休憩時間私のせいで無くなっちゃったからお手洗いとか行きたい人は行ってね?授業開始は10分遅らせるからね」


とても申し訳なさそうな顔をしながらそう言う先生

この先生は、今みたいに困ったり
先生自身が好きな内容の授業だと明らかに饒舌に早口になって
毎回生徒に指摘されて改めるというやり取りが、良くも悪くも定番になっていて
それでいて授業内容は丁寧かつ分かりやすいという不思議な先生で
生徒にも人気があります
マルも先生の授業は好きです
先生のことも好きなんだけど…

もう他のクラスは授業が始まっています
何人かトイレに出ていく生徒たちを横目に、小さい溜息

これでは梨子さんのところへ行っても授業中で、話なんてできるわけもありません


もしも、忘れ物に気が付いた梨子さんが
今の休み時間の内に部室に行ってて
そこに髪留めが無かったらどう思うだろう?

盗られたと思ったり?
…いやいや梨子さんはそんな風には思わないはず
でも、だけど…

頭の中に浮かんでは消える心配ごとで
授業の内容もろくに頭に入らないまま時間が過ぎて行きました


まだ放課後がある…


机の中にしまった花の髪留めを指先で確かめながら
マルは、何度も何度も心の中でそう繰り返していました

次もまだ21の話のまま日曜日までに

放課後

ホームルームの終了まで10分ずれたまま進んだので
解散する頃には廊下も下校する生徒たちのざわめきで溢れていた

教科書を鞄に詰め込んで
花の髪留めをポケットに大事に入れて
準備は万端

逸る気持ちを抑えながらかえりみる

お昼休みは早めに部室に行って失敗した
今度もそうなりはしないかと不安になるけど
考えても仕方の無い事だし、無心で行こう…と
無心とは程遠い邪念雑念を抱えたまま、マルは部室への道を行くのでした


部室の前

部屋の中から漏れ聞こえてくる耳に馴染んだ声たち


千歌さんに果南さん
ダイヤさん
曜さん
そして、梨子さんの声も

鞠莉さんは、放課後は特に合流が遅れることが多いけど
あ、今日はもう来てるみたい


ポケットの中の髪留めを握って、心の準備をする


ルビィ「みんなもう来てるみたいだね」


そう言ってルビィちゃんがドアを開ける

いつものようにダイヤさんのところへ駆け寄るルビィちゃんを見送って
マルは善子ちゃんと並んで部室に入る


善子「リトルデーモンリリー!今日も堕天するわよ!」


GuiltyKissの三人も、お昼のユニットミーティングが好調だったらしく
教室でもずっと機嫌の良かった善子ちゃんが
部室に入るなり梨子さんをビシッと指さしながら声を上げた

ビクッと微かに肩を震わせて、こっちを振り向く梨子さん

他のみんなはもう慣れた感じでその様子を眺めてる
鞠莉さんなんかはニヤニヤしながらとても楽しそうにしてる


またしても先を越された


と思っていると、梨子さんがこちらに近づいてくる

そうだ、声をかけたのは善子ちゃんで
その隣にはマルがいるんだから、梨子さんがこっちに来るのは当然だ


今だ

今しかない

『この髪留め梨子さんのだよね?』

その一言を口にするだけでいい
今なら忘れ物を届けるというこれ以上ない口実で話しかけることができる

マルは
てのひらの中の花の髪留めを梨子さんに差し出そうと顔を上げる


…あれ?


マルの目に映る梨子さんの右耳の上には…髪留めが…ある?

 まだまだ21のまま明日に続く

マルの目の前に立つ梨子さんは

確かに髪留めを着けている


またよく見慣れた、白色の楕円の髪留めを


そういえば、制服姿の梨子さんがこれ以外の髪留めを着けていたことってあったかな?
…考えてもそんな覚えは無かった


じゃあ、この花の髪留めは?

どうしてあの時、梨子さんが座ってた場所に?

もしかしたら全然関係の無い誰かの髪留めだったり?


もしかしたら・・・もしかしたら・・・
頭の中がこんがらがって、もう考えもまとまらなくなってて
消沈する気持ちと一緒に、段々とマルの目線も下がっていって・・・

後になって思えば、髪留めが梨子さんのものであろうとなかろうと
話しかけるきっかけとしての効力になんら変わりなんて無かったのに

この時のマルは、特に根拠も無しに
梨子さんは髪留めを忘れて行ったのだから今は着けて無いと思い込んでて
もう頭が真っ白になって固まってしまっていました

きっと、今日一日何度も話しかける機会を逃していたこともあって
焦りや疲れで心に余裕が無くなっていたんだと思います

梨子「あ、花丸ちゃんそれ私の髪留め。お昼にここに忘れて行ったんだけど、もしかして拾って預かってくれてたの?ありがとう」


俯きかけてたマルの顔を上げさせたのは、梨子さんの声


花丸「はぇ?」


返事をしたら、自分でも驚くくらい間の抜けた声が出た


善子「ああそれ、お昼のミーティングの時に使ってたわねリリー。なぁに忘れて行ったの?」


鞠莉「あらあら梨子がそんなウッカリさんするなんて珍しいわねえ」


鞠莉さんも寄って来てGuiltyKissの三人が集まると
事のあらましを話してくれた

なんでも、GuiltyKissの次の曲の衣装に
三人でお揃いの髪飾りを着けようと梨子さんが発案した折に
この花の髪留めを使ってどこにどんな風に着けようかと
いろいろと試していたらしいのです


花丸「…そうだったんだ…でも、梨子さん今髪留め、あるよね?」


梨子さんがつけてる髪留めを指さしながらマルが尋ねると


梨子「髪留めはいつも予備を持って来てるんだよ。留め具とか壊れちゃったりすることもあるから」


花丸「…なるほど」


言われてみれば当然のように思えた
準備の良さそうな梨子さんだからその辺りの備えはしてても不思議は無い


梨子「ほんとにありがとうね花丸ちゃん」


花丸「あ、はい」


改めてお礼を言われ、マルはようやく花の髪留めを梨子さんに手渡す

梨子「そうだ、花丸ちゃん。今日は準備運動一緒にやらない?」


花の髪留めを受け取ると、梨子さんはそれを持ってロッカーの方へ歩きながら言う
荷物もしまわなくちゃいけないし、慌ててマルも梨子さんの後について行く


梨子「それにほら、いろいろとお話もしたいし…どうかな?」


ロッカーを開けて荷物をしまいながら言う梨子さんに


花丸「うん。マルも…お話したいです」


マルもやっとその一言を口にできました



練習着に着替え終わって
みんなが三三五五部室を出ていく

マルはいつも、着替えにもたついたりで遅くなるけど
ルビィちゃんや善子ちゃんが待っててくれて、一緒に屋上に行ってます

たまにルビィちゃんが遅れることもあって
そんな時は、マルや善子ちゃん
そして時々ダイヤさんが待ってます


今日はずっと梨子さんとお喋りをしていたからか
部室には梨子さんとマルだけが残ってる状態に

着替えながら話したことは、主にお昼休みのユニットミーティングでの出来事

梨子さんはGuiltyKissのこと、マルはAZALEAのことを話しました

やっぱり共通の話題があるから話しやすかったのか
今日までずっと話しかけられずに悩んでいたのがウソのように
マルは梨子さんと自然にお喋りができました

梨子「へえ~、それじゃあ次の曲は花丸ちゃんがボーカルの中心なんだ?」


花丸「きっとマルだけ1年生だから気を遣ってくれてるずら…と思います」


梨子「そんなことないよ~…ところで花丸ちゃん。言葉、かしこまらなくてもいいんだよ?」


お喋りは自然にできるけど、やっぱりちょっと緊張が残ってて
なんとなく言葉が固くなってしまうマルに、梨子さんはそう言ってくれる


花丸「え?ああ、ごめんなさい…梨子さん上級生だしなんかまだ慣れなくて」


3年生相手とも違う、2年生との一対一の会話

3年生相手だったら敬語で接しててもお互いに不自然も無いけれど
2年生の、それも梨子さん相手だと距離を測りかねてしまう


そんなことを考えてると、梨子さんは小さく笑って


梨子「花丸ちゃんは礼儀正しいんだね。じゃあ言葉遣いは追い追いと、ね」


と、マルの顔を覗き込みながらそう言ってくれました


花丸「はいっ!」


なんとなく嬉しくなったマルは元気に返事をしたんだけど
つい距離感がまた元に戻ってしまい


花丸「あっ」


しまったと思い、手で口を隠すしぐさをすると梨子さんは


梨子「ふふふっ…まああんまり難しく考えないで、ね」


そう言いながらマルに微笑みかける


花丸「ぜ、善処します。ずら」


マルが混乱した言葉でそう返事をした後で、二人で笑い合う

言葉遣いはまだ慣れないけど
梨子さんと二人のこの空気には、少しずつだけど馴染んできてるのを感じていました

練習が終わって、夕焼けの屋上

気合を入れ過ぎたマルは呼吸を整えるのに時間がかかっていました

ドアの前を見ると、梨子さんが鞠莉さんから屋上の鍵を受け取りこちらへ歩いてくる


梨子「花丸ちゃんどう?落ち着いた?」


首筋を滑り落ちる髪を手で抑えながら
ぺたんと座り込んでるマルの顔を覗き込んでくる梨子さん


花丸「…なんとか」


力なく返事をすると、梨子さんは片手をこちらに差し出す
マルはその手をつかむと、一息よいしょと気合を入れて立ち上がる


花丸「ふうーーっ」


深呼吸をすると大分体も楽になり、呼吸も落ち着いた


花丸「お待たせして申し訳ないずら」


頭をかきながら謝罪すると、梨子さんは


梨子「5分も待ってないし気にしなくていいよ」


微笑みながらそう言ってくれた

普段なら練習終わりもルビィちゃんや善子ちゃんと一緒に部室に戻るんだけど
マルがすすんで梨子さんと会話してるのを見て気を遣ってくれたのか
屋上には鞠莉さんから鍵を受け取った梨子さんだけが残って―――


ルビィ・善子「あっ」


花丸・梨子「あっ?」


―――二人ともドアの裏で待っててくれてました

善子「ほら、これ飲みなさいずら丸」


ルビィ「マルちゃん汗拭いてあげるね」


スポーツドリンクとふわふわのタオルを差し出す二人に両脇を固められて
マルの部室への道中は至れり尽くせりでした

マルたちの前を歩く梨子さんは振り返ると


梨子「三人はほんとに仲がいいね」


と、なんだか嬉しそうに言います


善子「べっ、別に心配だからとかじゃないんだから!ヨハネのリトルデーモンの魔力を管理するのも堕天使としての―――」


どう聞いても照れ隠しに聴こえるいつもの善子ちゃんの言葉に
示し合わせてもいないのに


梨子・ルビィ・花丸「ほんと、善子ちゃんは良い子だね~」


自然、三人の声がそろってしまいます


善子「なっ!?…善子ゆーな!ヨ・ハ・ネ!!」


勢いを増す善子ちゃんの照れ隠しを三人で優しく見守りながら
マルたちは部室へ向って歩いていきます

ま~だ21のまま水曜までに次を 水曜までが無理だったら土曜までに

部室前

先を行く梨子さんがドアを開けて、マルたちを部室の中へ


ルビィ「あっ、梨子さんありがとうございます」


善子「善きに計らえ!」


梨子「気にしないでルビィちゃん。…善子ちゃんは明日お話しましょうね」


善子「待ってごめん今の無し」


花丸「あはははっ堕天使も形無しずら」


そんなやりとりをしながら室内に入ると


ダイヤ「あら花丸さん、もう具合は大丈夫なのですか?」


鞠莉「今日は随分ハッスルしてたものね~♪」


既に制服への着替えを終えたダイヤさんと鞠莉さんが、マルを心配して声をかけてくれた


花丸「はい、もう大丈夫です」


ルビィ「お姉ちゃん今日はもう帰れるの?だったら一緒に帰ろ」


ダイヤ「ええ、よろしいですけれど…寄り道はしませんよ」


ルビィ「海沿いのコンビニに新商品の抹茶プリンがあるから買って帰ろう?」


ダイヤ「…ですから寄り道は…」


ルビィ「ルビィお姉ちゃんと一緒にプリン食べたいなぁ~」


ダイヤ「……まあコンビニくらいなら…」


ルビィ「わ~い♪」


ルビィちゃんは小走りで自分のロッカーに駆け寄ると、急いで着替えをはじめる

梨子「鞠莉さんこれ、鍵です」


鞠莉「ハイ確かに。…失くしさえしなければ、梨子が持ったままでもいいのよ?失くしさえしなければ、ネ?」


鍵を受け取る鞠莉さんは
なぜか悪戯っぽい笑みを浮かべて梨子さんにウインクをしてみせた
梨子さんが髪留めを忘れて行った事が、やっぱり珍しかったからかな?

マルの位置からだと梨子さんの表情はよく見えなかったけど
「大丈夫です、お返しします」と返事をした梨子さんは微かに笑っている様に見えた


ルビィ「抹茶プリンが一個しか無かったらお姉ちゃんにあげるからね♪」


ダイヤ「ベ、別にそんな変な気を遣わなくても…こら走らないの!」


あっという間に着替え終わったルビィちゃんが
もうダイヤさんの手を引いて部室を出ようとしてる


ダイヤ「ではみなさん、お先に失礼します。帰り道も気をつけて下さいね」


ドアの前で振り返り挨拶をするダイヤさん
その向こうではすっかり上機嫌のルビィちゃんが


ルビィ「マルちゃん善子ちゃんみんなも、また明日ね~♪」


手を振りながらそう言うとまたダイヤさんを引っ張り部屋を出て行った


善子「ホント仲いい姉妹ね~かしましいわ~」


梨子「でも、あの二人が仲良くしてるのを見るとほっこりするよね」


花丸「異論の余地は無いずら」


黒澤姉妹のやり取りに心を暖められながら、マルたちも着替える

善子「さて行きましょうかマリー、放課後の黒ミサへ…くっくっく」


一足先に着替えを終えた善子ちゃんが、いつものポーズで鞠莉さんに言う


鞠莉「カラオケは1時間までよ?あと揚げ物は頼んじゃダメ」


鞠莉さんはマルたちが戻って来た時からずっと同じ場所に腰掛けてて
今は梨子さんから受け取った鍵を左手で弄んでいる


善子「なんでよ!今宵は悪魔の絶唱でオデュッセイアを顕現させるのよ」


梨子「善子ちゃんオテロぐらいにしておいた方がいいんじゃない?」


鞠莉「それ伝わらないわよ~梨子♪善子も意味分かってない言葉遣わないの」


楽しそうに笑いながら、短い鎖つきのキーホルダーの輪っかに指を通して
振り子のように鍵を揺らす


花丸「鞠莉さんと善子ちゃんカラオケ行くの?」


善子「善子じゃなくてヨ・ハ・ネ!」


梨子「そういえばよし…ヨハネちゃんと鞠莉さん前にAqoursのみんなで行ったカラオケでも息合ってたよね」


善子「そうよ、マリーとヨハネは地獄のハルモニアを体現するの!1時間しかないんだから早く行きましょうマリー!」


鞠莉「部室の施錠をしないといけないから、みんなが着替えて帰り支度するまで待ちなさ~い、ヨ・ハ・ネちゃん☆」


花丸「ああごめんねよ…ハネちゃん、マル着替えるの遅くて」


梨子「私もごめんね、もう支度終わるからね…ヨ、ハネちゃん」


善子「…別に急がなくてもいいわよ…こういう時間も楽しいし…あと無理してヨハネって呼ばなくても…くすぐったい…」


梨子「よし、準備完了」


梨子さんがそう言ってロッカーから鞄を引き出したとき
なにかがこぼれ落ちた


コトン


花丸「あ、梨子さん何か落ちたよ」


床に落ちたものを拾い上げるとそれは、楕円形の白い髪留めでした

花丸「……梨子さんこれ…」


マルが拾い上げた髪留めを素早く受け取ると梨子さんは


梨子「ありがとう花丸ちゃん。…今日これで二回目だね」


穏やかな声色でそう言い、ポケットに髪留めをしまい込んだ


善子「ほらほら早く~時間は待ってくれないのよ~」


鞠莉「ついさっきこういう時間も楽しいとか急がなくてもいいとか言ってなかった?」


善子「悪魔の言葉を信じるなんてまだまだ甘いわねマリー!ほらリリーずら丸!途中まで一緒に帰るわよ!」


鞠莉「ああ、そっちが楽しみで待ちきれないのねぇ」


善子「そっ、そんなんじゃないんだから!」


賑やかに話す二人の声が遠くに聴こえるような感覚…
マルの頭の中に何かが引っ掛かってる…


何かが…違和感が…気になる…


マルが髪留めを拾い上げたてのひらを見つめたままでいると
横からそのてのひらをそっと握られる


梨子「ほら、花丸ちゃん。一緒に帰ろう」


にっこりと笑うと梨子さんはそう言って優しく手を引く


花丸「…うん」


その笑顔と手の温もりが、よく分からない違和感ともやもやをかき消して

そして、今日初めて梨子さんに対して固さの取れた返事がマルの口から出せた


少しは距離が近づいたかな
思ったより近づけた気もするけど、それはまだまだ分からないかな

結局この後、四人でお喋りしながら歩いてたら思ったよりも時間が過ぎて
もう遅いからと鞠莉さんからカラオケ中止命令が
ガーン!と両手で頭を抱えて嘆く堕天使だったけど
代わりに延長した四人での下校中も、一番はしゃいでた

堕天使は帰りのバスに乗り込む時までカラオケの再約束を念入りに繰り返し
結局、今度四人でカラオケに行く約束をさせられてしまった


ほどなく鞠莉さんともお別れをして
梨子さんと二人きり


二人になってから梨子さんとお別れをするまで
特別なことを話したりはしなかったけれど
手は繋いだままだった

それから途中の分かれ道で
少しだけ名残惜しむように繋いだ手を放して
さようならの挨拶と一緒に、その手を振ってお別れをしました


そして、梨子さんに背を向け歩き出して少ししたところで後ろから


梨子「花丸ちゃーん!また明日ねー!」


と、梨子さんの声がして
その呼びかけに対してマルも


花丸「また明日―!」


そう返してもう一度手を振ってお別れをしました


振り返り歩き出す梨子さんの後ろ姿を少しの間見送ってから、マルも歩き始める

帰り道

新しい本を読み始める時の、期待で胸がいっぱいになる感覚
そんな感覚に似た、それでいてもっともっと大きなドキドキを感じながら
とても充実した気分でマルは家路についたのでした

 21おわり 次は日曜か、次の水曜までに

5.5

道端の紫野菊にふと目を引かれる、梅雨も迫ったある日の放課後
私はいつもより不安な気持ちでそのドアを開いた

ガラララ

いつもは意識もしないドアを引く音が
やけに大きく、廊下中に響き渡っている様な気がして
まるで授業中に不意に大きな音を立ててしまった時のような焦りを感じた

一つ深呼吸をして、気を落ち着かせる

ドアを開ける前から感じていた静寂
室内を見渡したら、すぐにその理由が分かった

そこにいたのは、1年生のあの子
国木田花丸ちゃん
とても友達思いな文学少女
歌も上手

その彼女が、部室に一人きりで、口を半開きにして
こちらを凝視したまま硬直していた…

その表情からは、はっきりと緊張の色が窺える
いや、むしろ怯えていると言った方がいいかもしれない
そんな花丸ちゃんの様子を見て
私は正直少し…いや、結構ショックを受けました
ただそのショックのおかげか、さっきまで感じていた緊張感はすっと消え去って

梨子「あ、花丸ちゃん。早いね…一人?」

そう自然な調子と笑顔で話しかけることができました

私の問いかけに
数度の瞬きの後、花丸ちゃんはやっとこちらの世界へ戻って来たかのように硬直を解いて

花丸「あ…はい。ルビィちゃんと善子ちゃんはおうちの用事でお休みするって…」

と、一人きりで部室にいる理由を語ってくれた

梨子「そうなんだ…実は千歌ちゃんと曜ちゃんも今日は来られないんだって」

私の方も、一人きりでこの部室に来たのはこれが初めて
きっと花丸ちゃんもさっきまでの私と同じように緊張してたんだろうなあ、と
そんな風に思いながら自分の事情を話し、花丸ちゃんの向かいに座りました

梨子「花丸ちゃん、どのくらい一人で待ってたの?」

自分で言いながらこの質問あんまり意味無いなあって思ったけど
とりあえず会話のきっかけがほしいから最後まで言い切る

花丸「あ、はい。…えっと、そんなには待ってない、です」

…なんだろう、花丸ちゃんに自分がすごく重なる
この感じはつまり、とっても緊張している…んだと思う

私がこういう状態の時は、いつも話し相手が助けてくれてた
気にせずにどんどんと話しかけてくれて、私の緊張をほぐしてくれてた
その内に自然と私からも話しかけることができるようになっていって
じきに話し相手は友達に変わっていった

梨子「そっかあ、待ってる間何してたの?」

この質問もあんまり気が利いてないなあと思ったけど、黙ってるよりはいいはず
問い掛けながら花丸ちゃんの様子を観察する

花丸「ええっと…特にはなにも…」

嫌がってはいない…と思う
返答を考えてる間、視線が泳いではいるけれど
しっかりとこちらを見据えて質問に答えようとしてくれてるし
距離を取ろうとしたりといった拒絶や拒否のサインも無い

梨子「そういえば、花丸ちゃん本好きだったよね?待ってる間に読んだりとかは」

花丸「ああ、マルは本を読むと集中しちゃって周りが見えなくなるから」

梨子「あーそうだね、本に集中するとそうなるよね」

花丸「だから、誰かが来ても分からなくなりそうだったから本は…」

本の話題で、なんとか会話が繋がりはじめたけど、そろそろ限界っぽい


もうじき3年生も来る頃だし、人数が増えれば…
そう考えていたとき、携帯に千歌ちゃんからの着信

『ダイヤさんも鞠莉さんも果南ちゃんも練習出られないってー。部室の鍵は――――』

それは3年生が来られなくなった旨と
部室の施錠の手順を記したメッセージでした

今日はもう誰も来ないと知って思わず、えー?って言いそうになる
少しの間、画面を眺めたまま沈黙していると
花丸ちゃんの携帯にもルビィちゃんから連絡が来て

梨子「こんなこともあるんだね」

思わず苦笑しながらそう言うと
花丸ちゃんもぎこちなく苦笑を返した


部室の中
長机を挟んで向かい合い座っている私と花丸ちゃん

しばらく静かな時間が続いたからか、花丸ちゃんは少し居心地が悪そうな感じ

もう今日は他に誰も来ることもないし
普通ならこのまま部室に鍵をかけて下校…なんだろうけど


正直、このまま帰りたくないと思った


花丸ちゃんがもし、私に対してもう少し拒否の反応を見せていたら
こんなことは考えなかったと思うんだけど
花丸ちゃんの私への態度に自分を重ねたこともあるし
前から花丸ちゃんとは色んな本についてお話してみたいって言うのもあったし…

さっきは3年生が来ないことに落胆してたけど
よく考えれば二人きりっていうのは仲良くなる絶好のチャンスな気もする

自分と重なるからといって
必ずしも花丸ちゃんが私と同じように感じているとは限らないけど
“私ならどう思うか?”
を軸に考えていけば、この機会に仲良くなるきっかけくらいは掴めるのかも?
そう思った私は、内心の不安やドキドキを押し隠しながら
自分から友達をつくるという未知の領域に踏み込む決心をしたのです

一週間以内に 次 を

番外


梨子「花丸ちゃんよくパン食べてるよね」

花丸「うん」モグモグ

梨子「…それおいしい?」

花丸「うん」モグモグ

梨子「花丸ちゃんの食べ方って可愛いよね」

花丸「えっ?そう、かな?ん~…マルは梨子さんの食べ方の方が上品で可愛いと思うよ」

梨子「私の食べ方って…これ?」

花丸「そうそれ、小さくちぎって口に運ぶその食べ方」

梨子「私はむせやすいからこういう食べ方してるだけだよ」

花丸「そういうところも可愛いと思うずら」

梨子「そういうもの?」

花丸「そういうものずら」


梨子「でもね、ちぎるとこぼれちゃうパンはこういう食べ方しないよ」

花丸「それは加点にしかなりません」

梨子「そうなの?」

花丸「そうです」

花丸「紐とかの結び方ってあるよね」

梨子「えっ?…うん」

花丸「蝶結びとかもやい結びとか」

梨子「あるね」

花丸「大きな輪と小さな輪を作って編むように通していくもやい結び…っていう風に、言葉では表現できるんだけどね」

梨子「うん」

花丸「こう…紐を交差させたり、指で輪を抑えたりしてると、今どうなってるのかよく分からなくなって…」

梨子「あ~…結ぶ途中で考えちゃうとよく分からなくなったりするよね」

花丸「そうなんだあ…小学校の時もしまっておいたなわとびが絡まってたりすると解けなくて往生したずら」

梨子「私もね、小学校で靴紐が解けた時、蝶々結びが綺麗にできなくて休み時間が終わっちゃったりしたことあるよ」

花丸「マルもマルも!結び方は教えてもらってたんだけど、いざ自分一人でやろうとすると、あれ?これでどうするんだっけ?ってなっちゃって…ちょっとずつやり方を変えてもちゃんとできなくて最後には解けなくなったり」

梨子「そういう風に困ったあとは、靴を履くときに毎回靴紐を結びなおして体に覚えさせたりしたの」

花丸「その手があったずら…マルは教えてもらってもそのまま時間がたって忘れた頃に解けてこんがらがってを繰り返してたずら…」

梨子「そういうことってあるよね」

花丸「梅干し食べる?」>*<

梨子「花丸ちゃんまだ食べてないのに顔がすっぱそうだよ」>*<

花丸「そういう梨子さんも」>*<


梨子「これは国木田さん家の手作りさん?」

花丸「えーっとね…確か檀家さん家の手作りさん」

梨子「そっかー…白いご飯ほしくなるね」

花丸「あるよ」イケボ


花丸「梨子さんのおうちでは梅干しは桜内産?」

梨子「ん~ん、スーパー産」

花丸「そっかあ、梨子さんはどんな梅干しが好き?」

梨子「檀家産地の梅干しさん」

花丸「美味しかったの?」

梨子「すごく」

花丸「じゃあ後でおすそ分けしましょう」

梨子「やったぁ♪」


花丸「それで、普段はどんな梅干しを?」

梨子「あ、その話続くんだ」

次は出来たら一週間以内 無理だったら最悪一か月以内

22


梨子「花丸ちゃん絵を描いてるの?」

花丸「うわあっ!」ビクッ

梨子「ご、ごめんね驚かせちゃって」

花丸「だ、だいじょうぶずら」


ある日の放課後

一人中庭でスケッチブックを開き絵を描くことに集中してたマルは
斜め後ろから覗き込んでいる梨子さんに気付かず
声を掛けられて心臓が飛び出るほど驚いてしまい
スケッチブックを取り落としてしまいました


梨子「鉛筆画だね」


梨子さんはやけに絵になる姿で髪とスカートを抑えながらしゃがみ込み
マルが落としたスケッチブックを拾い上げると
それをこちらに差し出しながら言う


花丸「うん」


…というか、描くもの鉛筆くらいしか持ってなかっただけだけど
と、マルは喉まで出かけた言葉を飲み込みスケッチブックを受け取る


花丸「ありがとう梨子さん」


マルがお礼を言うと梨子さんはスケッチブックを見つめたまま少し間を置いて


梨子「…ねえ、花丸ちゃん」

花丸「なあに?」

梨子「私もこの辺で絵を描いてもいいかな?」

花丸「えっ?マルと一緒に?」

梨子「うーん…一緒っていうか、近くで別々に、好きに絵を描くだけというか…」


言葉を探すように、選ぶように言う梨子さん


梨子「もし花丸ちゃんの気が散っちゃわなければ、だけど」

花丸「大丈夫だよ、うん。一緒に描こう」


正直、梨子さんと一緒に絵を描くのは少々やり辛い

なぜならそもそもマルが絵を描こうと思ったのは梨子さんのことを知りたいと思うからで
梨子さんの趣味である絵を描くという行為を自分でもやってみようと考えたから


マルは特別絵が上手いわけでもないし
絵についての知識があるわけでもない

今後、絵画を勉強して画材を揃えて…とか、そういうことは全く考えに無くて

もちろん、その可能性が一切無いと断言できるわけではないけれど
今のマルが興味を持っているのはあくまで梨子さんであって
絵を描くという行為はほんの気まぐれのようなものだから
もし今ここで親切心で梨子さんがマルに絵の事をいろいろと教えてくれたとしても
マルはただただ申し訳ない気持ちになるばかりだと分かっているから…


梨子「じゃあロッカーにスケッチブック取りに行ってくるね♪」


なんだか楽しげに言い残して歩いていく梨子さん
マルは少しだけ不安に思いながらその背中を見送った


でも結局のところ、マルの興味の対象である梨子さんと一緒に過ごせるのだから
これはこれでいいんじゃないかと思うも


花丸「直接本人にそんなこと伝えられるならこんな風に一人で絵を描いたりしないずら…」


残された中庭でそうひとりごちた

それからスケッチブックを手に戻って来た梨子さんは
先ほど言っていたように思い思いの場所に止まりスケッチブックのページを埋めていった

途中目が合った時にも、特にマルに話しかけるでもなく
にっこり笑ったり、小さく手を振ったりするくらいだった

さっき考えてたようなそうなったら辛いなあと思ってたことは一切起きなかったんだけど
なぜだかそれはそれで少し寂しい感じがして
人の心は複雑なんだなあ…と、マルはよく分からない納得をしていた




梨子「ところで花丸ちゃんの描いた絵、見せてもらってもいいかな?」


そろそろ帰ろうかとなった時、梨子さんはそう切り出した


花丸「えっ?」


もしやここから怒涛の絵画の授業が?と身構えるも


梨子「あっ、もし花丸ちゃんがよかったらでいいんだけど…私、自分以外の人が描いた絵を見るの、結構好きなんだ~」


押してくる気配は露程も無く


花丸「そうなんだ…うん、いいよ。でも別に見て面白いようなものでもないからがっかりさせちゃったらごめんずら…」


まるで、押してダメなら引いてみなを実践されているような
そして見事にそれに引っかかってしまったようにマルはスケッチブックを差し出してしまう



梨子さんは笑顔だったり
感心したような表情を見せたりしながらページをめくっていく

その様子を見ているとマルは、なんだかむず痒いような気持ちになって思わず目を逸らす


花丸「!」


逸らした視線の先には、梨子さんのスケッチブック

22のまま続きは、明日中 もしくは、梨子ちゃんの誕生日に

梨子「見てもいいよ、花丸ちゃん」


マルの視線に気づいたのか、梨子さんが視線を自分のスケッチブックに向けながら言う


花丸「あ、うん。じゃあ…失礼して」


お言葉に甘えて梨子さんのスケッチブックを手に取る
描かれているのは当然この中庭のあちこち

ベンチだったり桜の木だったりに焦点が当てられていながらも
そよぐ草花の躍動や開きかけの窓なんかが印象的に描かれていて
やっぱり描く人が描くと違うんだなあなんて思った

そういえば梨子さんは人物画よりも風景画をよく描くって言ってた気がする

いくつか頁をめくっていく

一枚一枚絵を鑑賞しながら色々思いを巡らせるマル

…ふと気づく
この短時間で梨子さんはこの庭の絵を何枚描いていたのかと
そして驚く


花丸(どひゃあ!)


スケッチブックを持ったまま驚愕のポーズをとってみたけど
さすがに驚きの声まではあげなかった

さり気に梨子さんの方を見る
すると梨子さんもマルの方を見ていて


梨子(どひゃあ?)


…とは思ってはいないんだろうけど
「花丸ちゃんどうしたの?」と表情で訴えかけている

花丸「梨子さんこれ全部今の間に描いたの?」


マルは疑問に思っていることを率直に質問した
若干の気恥ずかしさとどう処理すればいいのか分からない空気には
話を逸らすのが一番ずら


梨子「え?ああ、うん。そうだよ」


僅かに困惑の色を見せかけた梨子さんだけど
すぐにいつもの穏やかな笑顔でマルにそう返した
スケッチブックはまだ開いたままだ


花丸「すごいずら~、短い時間にこんなにたくさん描けるんだねえ」

梨子「いつもこうじゃないんだよ、今日は色々と重なって…ね」

花丸「いろいろ?」


梨子「実は最近作曲とか練習で忙しくてあんまり絵を描けてなくて…ちょっと久しぶりだったんだ」

花丸「なるほど…そういえばマルもあんまり本読めてないかも…」


梨子「大好きなことって、久しぶりだとすごく没頭しちゃわない?」

花丸「とってもわかるずら…おらも本を読んでて気付いたら朝だったなんてことが何度あったか!」


梨子「そうだよね♪…あ、でもごめんね花丸ちゃん」

花丸「えっ?なにが?」

梨子「ああほら、絵を描いてる最中に何度か目が合ったけどお話とか出来なくて」

花丸「あー…ああうん、それは大丈夫だよ」

梨子「絵を描くのが楽しくて嬉しくてつい夢中になっちゃってて…」


そうか、そういうことだったんだ
梨子さんはマルに絵のイロハを勧めるより何より
絵を描くことそのものが楽しくてたまらなかったんだ

分かってみれば納得
それはマルにもよく理解出来る感覚だったから

花丸「ところで梨子さん」

梨子「なあに?花丸ちゃん」

花丸「それなんだけど…」

梨子「ん?ああ、スケッチブック?花丸ちゃんの」

花丸「うん…梨子さんずっと見てるけど」


梨子「あっそうか感想言った方がいいよね!」

花丸「いやいやいやいや違うずら!そうじゃなくて」


正直ほんのちょっとだけそういう気持ちが無いわけでもないんだけど
ほんのちょっと以外の大きな気持ちの割合としては
気恥ずかしかったり不安だったりこそばゆかったりで感想なんて聞きたくなくて

でもこの時のマルが気にかかってたのはそういうことでもなくて


花丸「マル、一枚と描きかけの半分くらいしか描けてないのにそんなにじっくりと見るほどのものではないというか…」


そう、梨子さんがこれほどたくさんの絵を描き上げている間に
不慣れもあってかマルはようやくスケッチブックの一頁を埋めて
次の頁なんかは余白だらけの未完成の絵になってて…

ついさっき見た梨子さんの絵を見たマルは一層引け目というか
おこがましさすら感じているというかそんな感じで


梨子「そう?樹の根元とかベンチとか、花丸ちゃんが普段気にしてる所がよく分かるいい絵だと思うけど」

花丸「ええっ?梨子さんその絵一枚でそんなことがわかるずら!?」

梨子「当たってた?分かるっていうか、絵を見て私が感じたことなんだけど」


花丸「ご名答ずら」

引き続き22のまま 次はルビィちゃんのお誕生日か、次の水曜日までに

花丸「だけどどうしてマルが樹の根元やベンチに注目してたなんてことが絵を見て分かったの?」

梨子「えっ?…さっきも言ったけど見てなんとなくそう感じたから…としか」


言い当てられたことが少し悔しくて
マルが再度同じ質問を投げかけると、梨子さんも同じ答えで返してくる

梨子さんは少し困り顔になり
もう一度マルの絵に目を落として


梨子「そうだな~…」


と、小さく唸り改めて観察を始める


梨子「例えばこのベンチは筆圧が強くて、何かを思うか考えながら描いたみたいな…」

花丸「ふむふむ、なるほど…」

梨子「それからこの樹の根元はそう、他に比べて明らかに線が多いよね」

花丸「…たしかに」


梨子「私も丁寧に描こうとしたり、難しい物を描く時にこんな感じになること多いよ」

花丸「梨子さんもそういう風に絵にムラが出たりするんだ?」

梨子「もちろんだよ、描きながらもっと上手くもっと綺麗に描けたらいいのになって思うこと多いもん」


花丸「へえ~…こんなに上手なのに…」


ぱらぱらと梨子さんのスケッチブックをめくりながらマルが言うと


梨子「そんなこと…でも、ありがとう」


梨子さんは謙遜の言葉を途中で切り、マルからの賛辞を受け取った
少しはにかんだその表情は、だけどもとても嬉しそうだった

マルはそのまま梨子さんのスケッチブックの頁をめくり続ける

梨子さんのスケッチブックには


今日描かれた中庭の絵が複数


マルもよく知ってる内浦の海の絵


Aqours9人の練習風景


多分梨子さんの部屋と、ピアノ
蓋は閉じている


多分ピアノの鍵盤


多分バイオリンかな?そういう楽器の絵


6人だった時のAqoursの練習風景


3人の時の練習風景


浦の星じゃない学校の絵


さっきの頁で見た部屋とは違う部屋と、ピアノ
この絵ではピアノを弾いている制服姿の梨子さんも描かれてる
制服は裏の星のものじゃない


さらにマルの知らない風景の絵が何枚か続いて
その中には時々、先ほどの絵で梨子さんが着ていた制服と同じ制服を着た子が描かれていた

それらを見ていると、なぜかマルは胸に微かに痛みのようなものを感じた…


そして後の方の頁になると
一枚の紙の中に点々と、様々な物が描かれたページが続いた

髪飾り、果物、浦の星の制服…
とりとめなく並んだ絵たちは、その時の梨子さんの興味や関心を表していた

いよいよ頁も終わろうかというところで、一つの奇妙な絵が目に留まる


花丸「…これは…」


思わず眉根にしわを寄せてまじまじと見入る


花丸「梨子さん…この…象…?これは…」

梨子「え?象?」


マルが困惑顔のまま梨子さんに顔を向けたものだから、梨子さんも少し戸惑い気味
慌ててスケッチブックを覗き込むと


梨子「ああ、この落書きね」


落書き…なるほどこの辺りの頁は落書きなんだ…
自分の落書きを思い浮かべながら腑に落ちないでいるマルには気づかず梨子さんは続ける


梨子「花丸ちゃんガネーシャって知ってる?」

花丸「梨子さんさすがにばちが当たるずら」

梨子「もちろんガネーシャを描いたのがこれって言うんじゃないよ」

花丸「…まあ若干…それらしさはあるような気もしないでもないけど…」


梨子「うんまあ確かにこれがガネーシャとは言わないけどガネーシャじゃ無いわけでもなくて…」


梨子さんは少し難しい顔をしながらなんだかよく分からないことを言う

梨子「お父さんがね、まだ私が小さい頃…幼稚園くらいの時かな
お仕事の関係で海外の人からお土産かなんかで絵をもらったらしくて
それを一時期壁に飾ってあったんだ」

花丸「ガネーシャ絵を?…なるほど」

梨子「なんだかよく分からないけどその絵がずっと印象に残ってて
小さい頃は象の絵を描くとガネーシャ風というか…そんな感じになっちゃってたんだ」

花丸「なるほどそれでガネーシャじゃないけどガネーシャじゃないわけでもない、と」

梨子「うん、まあもっと厳密に言うとその絵は象でもなくて…何の絵なんだろう…」


そう言って考え込む梨子さん


梨子「まあ、気分転換だったりに時々描く何か…っていうところかなあ」


花丸「へえ~…なんというか独特…だよね」

梨子「あははっ、そうだよね」


言ってからちょっと後悔するような微妙な感想を口にして
しまったと思ったマルだったけど
梨子さんが軽く笑って流してくれてほっとした


梨子「そういえば、小さい頃この絵を見た他の子に
ナシコの地上絵~とか、からかわれたこともあったなあ」

花丸「こういう地上絵ってあったっけ?」

梨子「子供の言うことだからね、そこは感覚重視だよ」


花丸「…語感はいいかもしれないずら」

まだまだ22のまま、続きは次の月曜日までに

梨子「それでね、その時に庇ってくれた子がいたんだけど…ひとつ年下の子」


少しの間を置いて、ぽつぽつと、梨子さんが語りだす


梨子「親からもらった大切な名前を馬鹿にするなんてしつけがなってないんじゃないかしら?って」

花丸「おお~…すごい強気ずら」

梨子「だよね?その子は私の同級生の子…その子からしたら上級生に向かって
そんな風に堂々と言い切ったの…後で聞いたら怖くて足が震えてたらしいんだけど」


そう話す梨子さんの表情はマルが見たことの無いもので

ほのかに嬉しそうな、懐かしそうな
とても穏やかな微笑みだった


梨子「それでね、これも後で聞いたんだけど
その子も名前でからかわれたことがあってどうしても見過ごせなかったんだって」

花丸「あ、絵をからかったことに怒ったんじゃないんだ」

梨子「ふふふっ、絵についてはその子もその絵変よってハッキリ言ってた」


やっぱり嬉しそうに言う梨子さん


梨子「あとピアノつながりでね、同じピアノの先生に習ってたみたいで
先生から私の話を聞いてたみたい…
なんか、すごく楽しそうにピアノを弾く姿が私とその子でそっくりだったみたいで…」


柔らかな表情を浮かべ話をつづける梨子さん

マルはその庇ってくれた子について尋ねてみた


梨子「その子?うん、音ノ木坂にいるよ
その時のことが縁で時々ピアノのこととかいろいろ話したりしてたけど
音ノ木に入ってからはそういえば話してなかったな…」


そう言って目を伏せる梨子さんは寂しげで

マルは何も言うことができずにいた

梨子「あ、なんかごめんね急にこんな話しちゃって、反応に困るよね」

花丸「そんなことないよ」


稀にしか無いことだけど、物語の登場人物のみたいに

こういう時に何か気の利いた言葉を掛けられる人になりたいとマルは思う

でも実際そんな風にはなれないような気もしてる

ぼんやり思いながら梨子さんのスケッチブックの頁を遡る


花丸「…ねえ梨子さん、今のお話の子ってこの中に…」


描かれているのかと尋ねようとするマルに


梨子「その中には無いよ」


梨子さんはそう答えた


花丸「その中には、っていうことは描いたことが無いわけじゃないんだ?」

梨子「うん、多分はじめてちゃんと描いた人物画がピアノを弾いてるその子の絵で
それからも何枚か描いてるから」

花丸「ふうん…」


特別な人なんだね…と続けようとしたけど、なぜか言葉が出てこなかった


梨子「ねえ…花丸ちゃん」

花丸「…なあに?」

梨子「今度…花丸ちゃんの絵も、描いてみたいな…って、思うんだけど、どうかな?」



花丸「……え?うん、いいよ…」

梨子「よかった~、それじゃあ今日はもう帰ろっか♪」

花丸「……うん!」

23


ある日の午後


梨子「花丸ちゃん推理もの好きなんだよね」

花丸「好きだけど推理は苦手ずら」

梨子「そうなの?」

花丸「うん、推理小説読んでても大体作者の意図した時点で気づくんだ」

梨子「そっかあ…怪しいなと思った登場人物が犯人だったりすることは無いの?」

花丸「それは…うーん、あるけど…そういうのって
推理して犯人を解き明かしたわけじゃないし…なんか違うかなあって」

梨子「なるほどね、花丸ちゃん真面目なんだねぇ」

花丸「そうかな?」

梨子「そうだよ」


花丸「梨子さんは推理とかどう?得意だったりする?」

梨子「私も苦手だなあ~…というか、推理しない」

花丸「しないの?」

梨子「うん…まあ、してた時もあるんだけど
花丸ちゃんと同じで物語の展開で気づかされる感じかなぁ…あと」

花丸「あと?」

梨子「なんていうか、事件とか起きたとき、物語の主人公って
必ずしも自分が気になるところを調べてはくれないじゃない?」

花丸「あ~、それはよくわかるずら。主人公は本当は気づいてるんだけど
読者や視聴者にはあえて見せないような表現っていうのも多いよね」

梨子「そうそう、でも私は自分が気になったことがずっと引っ掛っちゃって
他のこと考えられない状態になっちゃって」

花丸「あーよくわかるずら」

梨子「そんなことが何回もあって、だんだん推理とかしないで見るようになったの」

花丸「なるほど…でもその、気になったことが
事件の鍵になってたりっていうことは?あんまり無かったの?」

梨子「それなりにはあったけど、さっき花丸ちゃんが言ったのと同じような理由で
そこから推理できたわけでもないし、やっぱり納得いかないよね」

花丸「そっか、そうだよね」


梨子「だから結局」

花丸「推理とかしないで見る方が楽しい、と」

梨子「そういうことだね~」

花丸「梨子さんって負けず嫌い?」

梨子「えっ?そんなことは…あるかも?」

梨子「花丸ちゃんはそういう対抗心とかは見せないよね」

花丸「見せないって言うなら梨子さんも見せてはいないよね」

梨子「そう?」

花丸「うん、少なくともマルにはそう見えてるよ」

梨子「…たしかに、普段自分以外に対してそういう感覚は持たない、かな」

花丸「自分には持つの?」

梨子「うん、なんて言ったらいいのかな?
こう…何かをしてるときにもう少し出来るはずとかもうちょっとでもっとよくなるから…とか」

花丸「こう…コップにジュースを注ぐときにいかに目いっぱい注げるか、みたいな」

梨子「ん~…なんか違う気がするけど…注いだ後これじゃこぼれるって後悔するやつだね」

花丸「お行儀悪いけど置いたまま少し飲んじゃうやつずら」

梨子「そういうときに限って誰かに目撃されるんだよね」

花丸「いたたまれない気持ちになります」

梨子「なりますね」


花丸「…何の話してたんだっけ?」

梨子「じゃあ話を戻そっか。
花丸ちゃんは推理ものって小説が主なの?映画とかドラマの方も見る?」

花丸「やっぱり小説が多いかなあ…でもテレビでも割と見るよ。映画はあんまり」

梨子「刑事っ娘論簿って知ってる?」

花丸「あっ、それ知ってる!テレビドラマから小説になった作品だよね?」

梨子「ひょっとして花丸ちゃんは小説の方だけ知ってる?」

花丸「うん、茶雅の番頭っていうお話が好きだったずら~。
自分たちの地域で栽培された茶葉の販売権を
余所の地域の大会社から守るために奔走する人たちの苦悩とかに胸が熱くなったずら。
…もしかしてテレビのとは内容違ってたりするのかな?」

梨子「どうだろうね?私はドラマの方しか知らないから…今度一緒に見てみる?」

花丸「そうだね、じゃあ梨子さんも小説版、読んでみる?」

梨子「うん、なんだかこういうのって楽しいね♪」

花丸「マルも、読書とか作品の話を共有できるのって新鮮だから嬉しいよ♪」

また
ある日の午後


花丸「はぇ~…小説版とは随分構成が違ったけど見ごたえあったずら~」セノビ~

梨子「私も久しぶりに見た~」セノビ~


花丸「小説版だと事件そのものより土地の事情や背景に焦点が当てられてるけど
ドラマ版は犯人と主人公の心理戦が主軸なんだねえ…」

梨子「物足りなかった?」

花丸「ああっ、違うよがっかりして溜息ついたんじゃなくて満足の溜息だよ」

梨子「クスッ、別に私に変に気を遣わなくても大丈夫だよ花丸ちゃん」

花丸「そうなんだけど…
マルね、誰かに自分の好きな本とかを薦めて色々失敗したりとかがあって…」

梨子「そうなの?」

花丸「うん。例えば、時代背景や組織間の思想の違いや
登場人物たちの信念が重要な作品を薦める時に
要点や物語の鍵を説明しすぎて楽しみを奪っちゃったり…」

梨子「あー…それは凄く…いけないね。わくわく感とかが無くなっちゃうね」

花丸「だよね。他にも、薦めた本を気に入ってはもらえたけど
マルとは違うところが気に入ったみたいで結局話が合わなかったり…」

梨子「それは本に限らず色んなもので起きるよね
同じものの同じ所が気に入る人に出会うことってなかなか無いよね」

花丸「自分にとって特別で印象深いものほどその傾向が強い気がするずら」

梨子「あー、なるほどそうだね。それは本当にそうかもね」


花丸「まあそういうわけで、実は今少し緊張しています」

梨子「そっかそっかぁ…無理に感想とか言わなくてもいいんだよ
…って言いたいところなんだけど
花丸ちゃんが嫌じゃなければやっぱり聞きたいかな、って…ダメ?」

花丸「そんなこと…マルも色々と語りたい部分のある作品だったし
…ただ少し自分の感想を伝えるのに不安を感じるだけで…」

梨子「もしかしてまだちょっと私のこと怖かったりする?」

花丸「とんでもない!
梨子さんとちゃんとお話しするようになってからは怖いだなんて思ったことは無いよ」

梨子「ふふっ♪そっか…よかった」

ドラマの感想をひとしきり語り合った梨子さんとマル


梨子「ところで刑事っ娘論簿はイタリアでリメイクされててね…」

花丸「イタリア!イタリアといえばモンタル婆の事件レシピずら!」

梨子「…どんなお話なの?」

花丸「海沿いの街の事件を噂好きのモンタル婆さんが郷土料理を作りながら解決していくお話だよ」

梨子「へえ~なんだか面白そうなお話だね。それはイタリアの小説なの?」

花丸「イタリアのドラマだよ」

梨子「あ、そうなの?てっきり小説の話かと思ってた」

花丸「小説もあるらしいけど日本語には翻訳されてないみたいなんだ」


梨子「それにしても、郷土料理を作りながら事件を解決ってすごいね」

花丸「梨子さん料理得意なんだよね
ドラマの中では調理の様子も結構詳しく見せてるんだけど
もしかしたら梨子さんの知ってる料理とかも出てるかも?」

梨子「いやあ…イタリアの郷土料理はさすがに知らないよ~
というかイタリア料理をあんまり知らないかな」

花丸「そうなんだ…梨子さんってどんな料理が得意なの?
…フランス料理とか?」

梨子「フランス料理もそんなには知らないかなあ…ん~…
というかどれがフランス料理でどれがイタリア料理なのか
よく分かってないものも多いかなぁ」

花丸「そうなの?」

梨子「レシピを見ながら一回しか作ったことのない料理も多くて…
あんまり使わない調味料とか材料が必要な物はちょっと…だし、ね」

花丸「あーそっか、調味料も期限が切れちゃったりしたら勿体無いもんね」

梨子「うん、前に使い道の少ない調味料を買って料理したら
あんまり好きな味じゃなくて使い切るのが辛かったから
それからはよく考えて買うようにしてるんだ」

花丸「そういうこともあるんだねえ」

梨子「だから結局は一般的な煮物系が多くなるね、お母さんも得意だし」

花丸「煮物かあ、煮物いいよねえ…あったかくて…」

梨子「鶏がらベースの煮込み料理とボルシチどっちがいい?」

花丸「どういう二択?」

梨子「今うちにある物で作れる二択」

花丸「なるほど、ボルシチで!」

梨子「おっけー♪じゃあ次のお休みにでも遊びにおいでよ、ご馳走するよ」





花丸「・・・・・・・・」

梨子「…どうしたの花丸ちゃん?じっと見つめて…」

花丸「うん…梨子さん『おっけー♪』とか言うんだなあって」

梨子「///」

24


冬の日

突然の雨に降られた梨子さんとマルは
予定していた買い出しを諦めて家に逃げ帰り
ずぶ濡れの冷えた体をシャワーで温めた

マルが体を拭き終えて台所に足を踏み入れると
先に上がっていた梨子さんが、食事の用意をしてくれていた


花丸「これおいしいずら」


熱々の野菜の煮込み料理を一口食べ、マルは感嘆の声を漏らす


梨子「有り合わせで作ったものだけど温まるくらいは出来るかなって」


はにかむ梨子さんはそう言ったけど、マルは目の前の料理しか見えてない


花丸「ううんちゃんと味も美味しいよ
シンプルなようで甘味があって歯ごたえもあるのに固くなくて」

梨子「市販のお出汁だけでの味付けだけど野菜の甘みが丁度いいでしょ」

花丸「うん」


返事もそこそこに、マルは熱々の野菜に夢中になっていた
そんな様子を見てにっこり微笑んで梨子さんも箸をつける


梨子「歯ごたえは煮込む時間が無かっただけだけど…案外丁度いい食感になってるのね…
これは調理時間をメモしておかなくちゃ」


小声でそう呟いた梨子さんの声は料理を堪能しているマルの耳には届かず

それから二人ともお椀の中身をたいらげるまで喋らなかった

花丸「ごちそうさまでした。はあ~…あったまったずら~」


体の内側からぽかぽか温まったマルは、梨子さんに素朴な疑問を投げかける


花丸「ところで梨子さん、これはなんていうお料理なの?」

梨子「え?……煮物…」


食器をおぼんに乗せて椅子から立ち上がろうと腰を少し浮かせていた梨子さんは
不意をつかれたような表情でそう答える


花丸「にもの…」


マルも梨子さんのその予想外の返答に固まる

しばらく見つめあった後
梨子さんは椅子に座り直し、あごに手を当て思案する


数秒間考え込んだ後
考え考え梨子さんは話し始める


梨子「えっとね、冷蔵庫にあったお野菜を煮込んだだけ…
で、特別何っていうものでもないから……煮物?」

花丸「ああ…なるほど…煮物…おいしい、煮物」


お互い歯切れが悪く


梨子「な…なんかごめんね…」

花丸「ああううん、オラの方こそ…」


なんとなくお互いペコペコしながら笑い合う


花丸「むしろ煮物がこんなにおいしいってことは凄い事だと思うずら」


なんとなく引けない感じになって話を戻してしまった


梨子「そう、かな?煮物でおいしくならないことって…ある?」

花丸「あ・・・・・・る?」

梨子「ふふっ、無理に褒めてくれようとしなくても大丈夫だよ。花丸ちゃんは優しいね」

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