モバP「俺の担当アイドルで、幼馴染で、鈍感な周子」 (49)

モバマスSS。地の文風味。
年齢操作&タイトル通りの捏造注意。
次から投稿していきます。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1570106543


◆◇◆

「ねーねー」

 周子の何気ない一言で事務所の静寂が破れる。
 二人しかいないこの空間、たった二人きりの空間で彼女は口を開く。

「前々からちょっと思ってたんだけどさぁ」

 前々から? 一体何のことだろうか?
 俺は彼女の言葉を聞き入れるため、彼女に顔を向ける。

「その、さ……。Pさんのことちょっと観察してて気になってたことがあってさ。それもあることに気が付いたら、なるほどなぁ……って納得してさ」

 ……ん? なにか雲行きが怪しい……。
 仕事の話かと思ったけど、なんかプライベートな話のような気がする。

「うんうん、Pさんのことだもんね。立場とかあるし、言葉にはできないこともあるもんね」

 話を進めながら一人納得しだす周子。

 ……確かにあのことに関しては立場がある。
 俺はプロデューサーで、彼女はアイドルっていう立場が……。

「正直よく我慢してると思うよ。この長ーい間、その想いを隠しながら仕事で何でもないように接するなんてさ」

 ……だってそんなこと、ファンや世間が許してはくれないだろう。
 なにより俺自身が『彼女のプロデューサーなのだから』と自戒し封印した想いなのだ。

 そんな俺の葛藤には気づかず、周子は言葉を続ける。


「でもどうしても気になってさ……。聞きたくなっちゃったんだ」

 動機が激しくなる……。もしかしたら既に彼女に看破されている……?
 思わず息が浅くなるのを感じる。今ここでそれを言ってしまうのか?!
 昼下がりの事務所とは言え、二人きりの空間。何を言っても二人だけの秘密にできるだろう。

「Pさんってもしかしてさ……」

 でも、だからといって今言わなくたっていいだろう……。
 だって、きっとそれはお断りの話になることが容易に想像できるからだ。

 緊張で何も言えない俺。そんな俺に彼女はゆっくりと、しかし確かめるような口調で死刑宣告を行った。



「……紗枝はんのことが好きなの?」



 ズルッ!
 思わず体がズッコケた……。
 ……どうしてそうなった。どうしてそうなった……!!
 ズッコケた勢いで頭を机にぶつけた。まるで周子へ抗議する様に、ゴンっと良い音を立てる。

「どうしたの?! P兄ぃ!! 大丈夫?!」

 そう言って、俺の担当アイドル兼、幼馴染兼、想い人の塩見周子は俺のことを心配するのであった。
 自分の言った言葉がまるっきりの見当違いであるとも知らずに……。

 幼馴染として十八年間、担当アイドルとして七年間、一緒に過ごしてツーカーの間柄だと思ったのにな……。それはこちらの勘違いらしかった。


◆◇◆

「落ち着いた?」

「落ち着いた……。あぁ……落ち着いたとも……」

 額に痛みを感じながら周子の話に応える。意外と痛い。
 周子には見栄を張ったが、実際のところ全く落ち着いてなんかいない。
 一体全体、周子の中でなんでそんな思考が生まれてしまったんだ……。

「慌てさせちゃったみたいでごめん……。こんなこと急に言い出したら、そりゃ動揺するよね……」

 ショボンとする周子。世間では女性の憧れの的としてブイブイ言わせてる周子。
 そんな周子の二十五歳という年齢に似合ない幼い表情を見れるのは幼馴染の特権だろう。可愛い。

 ……いや、そうではない。周子の発言でメッチャ動揺したのだ。
 なんでそんなことを急に言い出したんだ……。

「いやだって、最近P兄ぃと紗枝はんが二人きりでコソコソ内緒話してるのをよく見かけるからさ」

 こんな時だけツーカーで周子は説明しだす。

 それは周子のことで相談がある時に紗枝に頼ってるんだよ! 所謂恋バナ。
 そうでもなかったら、お前も交えて話してるよ!

「それに、なんか紗枝はんとちょくちょくアイコンタクトで意思疎通してるみたいだしさ。そしたら紗枝はんがなんか割り込んでくるし」

 それは鈍感な周子が俺に対して行き過ぎたスキンシップを取ってる時に助けを求めてるんだよ!
 俺だってKENZEN☆な男性なの! 想い人に抱き着かれたら理性がゴー! シュート! 超エキサイティング! しそうな時もあるの!!
 そんな理性の決壊から守ってもらうために紗枝へ助けを求めてるの!! ……たまにスルーされる時があるけど。

「そーれーにー、なんか……オフの時に偶に二人きりで出かけてるみたいだしさ」

 それはお前へのプレゼントを選ぶのに相談に乗って貰ってるんだよ!
 誕生日とかホワイトデーとかライブが成功した後のご褒美とか!
 紗枝と一緒に出掛けた後、必ずと言っていい程、お前にプレゼント渡してることには気づかないんかい!!
 いや絶対気がついてないな、これ。


「いや、いいんだけどね。あたしとしてはあたし抜きで二人が楽しんでくれてもさ!」

 そうやって満面の笑みを浮かべる周子。
 この状況に関してちーっとも、なーんとも思ってないようだ……。それって、つまり……。

 …………ヤバッ、その事実を認識し始めたら辛くなってきた……。
 ついつい、ぶつけたばかりの机に顔を突っ伏してしまう。

「どうしたの?! P兄ぃ!! 大丈夫?!」

 ちっとも大丈夫じゃない。俺の心は大破している。早く撤退させてくれないかな?
 このまま進撃しようとするときっと轟沈してしまう……。誰か助けて……。

「……事務所ではP兄ぃって呼ぶなって言ったろ……」

 そんな大ダメージを負った俺の口からは、かろうじてそんな負け惜しみにもならない呻きが出るばかりであった……。


◆◇◆

 塩見周子、二十五歳。
 俺の担当アイドルであり、幼馴染だ。
 スカウトしたのは約七年前、周子が十八歳の時だった。

 その時既に今の事務所でプロデューサーとして働いていた俺は、実家のある京都を訪れていた。
 スカウトのため……というと嘘ではないが、本当でもない。
 ……まぁ、諸事情有って実家に顔を出していたのだ。実に約三年ぶりの帰省である。

 実家での用事は、まぁ色々とあったものの無事終わり、さぁ帰ろうかというとこ。
 そこで俺の運命の歯車が動き出したのだ。

 実家の隣にある馴染みの和菓子屋さん。
 塩見さん家が商っている和菓子屋さん。
 その店の前でつまらなそうに掃除をしている銀髪の美少女がいたのだ。

 その娘を見るなり、俺の中で電流が走った。
 事務所の同僚たちがオカルト的に言う"ティンと来た"ってやつ。それはこういうことなんだろうと言葉ではなく心で実感した。

 これは……スカウトするしかない。ダメ元でもいいからトライするしかない……!
 てか、塩見さん家ってこんな美少女を店番に雇ったのか……。一体どこから見つけてきたんだか……。


 まあ、いい。とにかくスカウトだ。いいからスカウトだ!
 意を決して声をかけようとした時、美少女の方も顔を上げ、目と目が合う。
 その瞬間、パァっと表情が明るくなる美少女。

「あ! P兄ぃ! 帰って来たんだ! 久々に帰って来たなら顔くらい出してよね!」

 親しげにこちらへ話しかけてくる美少女。え? もしかして知り合い?
 顔をまじまじと見ると徐々に記憶から思い出されるその顔。そしてなにより"P兄ぃ"という呼び方。
 思い当たる節は一人しかいなくて……。

「お前……もしかして周子か?」

「そうだよ~。ってなに? たかだか三年間で幼馴染のシューコちゃんの顔を忘れちゃったの? 酷い人やわ、P兄ぃってば~」

 幼馴染の俺でも一瞬分からないくらい、この三年間ですっかり垢抜けた周子がそこにはいたのだ。
 それが俺と周子の三年ぶりの再会であり、俺と周子の人生を一変させてしまった再会でもあった。


◆◇◆

 まぁ、実はその場でのスカウトは失敗して、トボトボと東京へ帰ったのだが……。はっきり言って辛すぎて死にそうになった。

 しかしながら、天は俺を見放さなかった。
 あの後、直ぐに周子が親父さんと喧嘩し、家出したせいで(おかげで?)、東京の俺の家へ転がり込んでくるまでそう日は経たなかった。
 二度目のチャンスを逃すまいとあれこれ手回しした結果、周子はアイドルに、俺は担当プロデューサーになった。

 その後の活躍はアイドルファン、いや一般人でも今や知っていることだろう。

 同郷の小早川紗枝とのユニット、羽衣小町での活動。
 顔の良いハイティーンで固めたユニット、LiPPSでの活動。
 第四回シンデレラガールズ総選挙で見事一位に輝き、シンデレラガールの称号を手に入れた活躍。
 百九十人近くいる事務所の中で、毎年五人しか歌うことが許されない、周年ライブ曲をカッコよく歌い上げる活躍。

 ライブに、トークに、グラビアに、バラエティに、ドラマに。
 何をやらせても期待以上の働きをする周子。幼馴染贔屓を抜いても最高のアイドルだと思っている。きっとアイドルの才能があったのだろう。

 そしてそんな大活躍をしているアイドルを支えるプロデューサーとなれば、当然二人で過ごす時間が増えた。

 仕事の時の送り迎えは勿論、レッスンの様子見、プロデュース方針の打ち合わせ、ライブ時のメンタルケア、エクセトラエクセトラ。

 無論、仕事だけでなく、プライベートでも何かと一緒にいることが多かった。
 一緒に飯を食うことは勿論(集られてるともいう)、オフが重なった時は二人で出かけたり、何なら周子が俺の家に遊びに来ることも結構あった。

 スキャンダルとか大丈夫なのか……? とか思わんでもなかったが、ちひろさんに聞いてもニッコリと笑っているだけだった。
 詳しくは聞くまい……。触らぬ神に祟り無し……。何もないなら何もないで一番なのだ。

 でもその日から絶対にちひろさんには逆らわまいと心に決めた。聞くところによると、これは同僚のほぼ全員と同じ意見の模様。


 閑話休題。


 そんなわけでこの七年間、公私共に俺は周子にべったりだったわけだ。
 世間でも有数の美人がずっと傍にいる。しかもそれが昔から慕ってくれていた幼馴染とくれば……。

 まぁ……惚れないわけがないだろう……。

 実際、周子もファンに向けるのとは全く別の顔を俺にだけ向けてくれている。
 ……まぁそれは親愛の気持ちだったり、家族愛的な一面なのだが……。

 少なくとも嫌われてはいない。そう確信は持てる。
 一方、好かれているのか、という点に関しては疑問が残る。
 ライク的な意味では確実に好かれている。が、ラブ的な意味ではどうなのだろうか……?

 そうモヤモヤしながら周子と向き合っている最中、話は冒頭へと戻るのであった。
 なんだ……なんなんだ……。よりにもよって『紗枝はんのことが好きなの?』とは……。


◆◇◆

「ほーん……。そないなことがあったんどすなぁ~」

 周子の強烈な言葉のアッパーを受けた翌日、俺はもう一人の担当アイドルである小早川紗枝と事務所で話していた。
 例によって二人きり、というか元々周子と話していたのだが、紗枝が来るなり、

『じゃ! あたしはこれで!』

 と、どっか行ってしまったのだ……。
 確かに周子抜きで紗枝と話したかったので、結果としては間違ってない気遣いである。
 ただし過程が間違えまくっているのだ……。

「それで? Pはんはなんて答えはったん?」

 コロコロ笑いながら、そんなことを聞いてくる紗枝。
 出会った当初は大人しくて奥ゆかしい少女という感じだったが、今や立派な一人の女性として成長している。
 周子とはまた違った意味で美人となっており、"しゃなりしゃなり"という言葉が良く似合う女性となった。

 そんな美人に笑われてるのだから悪い気はしないはずなのだが、どうにも釈然としない気持ちとなる。
 笑われてるのに『なにそんなこと言われているのか?』と追及されている気がする。
 紗枝が京女だから、つい穿った考え方をしてしまっているのか……?


「答えるも何もさ……。適当に、曖昧に流して終わったよ。丁度、次の用事もあったしな……」

「逃げたんやなぁ~」

「いや、そういう訳じゃなくてだな。時間もなかったし、そういう機会じゃなかったってだけで……」

「逃げたんやなぁ~」

「だから、あの時、説明しようにも時間がなくてだな」

「逃げたんやなぁ~」

「だから……」

「逃げたんやなぁ~」

「…………」


 ……圧が強い。強すぎる。笑顔なのになんでこんなに怖いのか。有無を言わせない勢いがある。
 あれ? おかしいよな? 俺、彼女のプロデューサーだよな? 一応俺の方が年齢も役職も上のはずだよな? ここまで気圧されるのおかしくね?
 まぁ彼女たちとはフラットに接したいと思ってるから、別に構わないんだけど……。
 でも、これはそれとはなんか違う気がする。明らかにお仕置きされている気分でしかない。

「Pはんは、逃げたんやなぁ~。周子はんから」

 追い打ちのように言葉を重ねる紗枝。
 ここまで馬鹿にされたら、ここは一つ男としてガツンと言わねばならぬ!


「ごめんなさい、逃げました」

 そんな言葉と共に机に両手をついて頭を深々と下げる俺。椅子に座りながらの土下座モード。

「素直に認めるのはええことどす。Pはんはあれやなぁ……えーっと確か、"ヘタレ"っていうのがピッタリやなぁ」

 この言葉には流石にカチンと来た。よりにもよって"ヘタレ"だと……?!
 俺も男である。先ほどはつい屈してしまったが、今度ばかりは反撃しなければ男が廃る。

「逃げた、逃げたって言うけどな! タイミングっていうものがあるんだよ! それに周子はアイドルだから慎重にいかなきゃいけないし!」

「そんな悠長なこと、言うててええんどすか?」

「ん? どういうことだ?」

 涼しい顔して俺の反論を受け止める紗枝。
 なんだ……! なんなんだ……! まだこれ以上に何かあるというのか……!

「周子はん、最近はどらまやばらいてぃーによう出てはりますやろ?」

「そうだな」

「そこには、いけめんの俳優さんやおもろい芸人さん達もぎょうさん居てるでしょ?」

「あ、あぁ……そうだな」

「そうこうしている間に、そんな共演者さんに惚れてしまうかもしれまへんよ?」

「そ、そんな奴が……周子が、惚れそうなやつがいるのか……?!」

「さぁ、どうやろなぁ……? せやけど、周子はんが共演者さん達からモテてはるんは確かやねぇ」

「…………」


 顔に一筋、汗がつぅーっと流れていくのを感じる。
 周子に恋人? イケメンの俳優? 話が面白い芸人?
 すぐさま浮かんだのは最近話題になった二つの芸能人同士の結婚会見であった。

 一つは美男美女のカップル。男の方は家柄も育ちも完璧な中身もイケメンで、非の打ちどころすらなかった。
 集まった記者たちが嫉妬すらしないような完璧人間。

 もう一つは美女と野獣のカップル。確かに顔はイケメンではないが、話が面白く、気遣いもでき、稼いでもいる男。
 何より美人の方がゾッコンで、記者の質問に対して、つい惚気て記者達を撃沈させていた。

 そんなカップルの中にウチの周子も……?
 頭の中で周子が記者会見を行い、幸せそうな顔で結婚指輪を記者たちに見せつけている姿が浮かぶ。
 どうして俺はその脇でプロデューサーとして控えているんだ……!!

『P兄ぃ、今までありがとね! 見て見て、この結婚指輪! いーでしょー、綺麗でしょー! これから幸せな生活が待ってるんだー!』

 俺に別れの挨拶に来る周子の幻聴まで聞こえてきた。ヤバイ、死ぬ。


「まぁ、"うち"は周子はんが幸せになるんやったら、別にPはんとは別の男とくっついてもええと思っとるんやけど」

「ごめんなさい、それは絶対に嫌です。私めが間違っておりました」

 即座に二度目の土下座モードに入る俺。
 どうしてだろう、さっきから紗枝に一向に勝てる気配がない……。

「せやろ、せやろ?」

 勝ち誇った顔の紗枝。悔しいが全く勝機が見当たらない。
 そして勝てないと分かったのなら、やることは一つ。

「つきましては、大変恐縮ではございますが、紗枝先生のお知恵をお貸しして頂きたく……」

 最大限の敬意を払って、お願いする俺。恥や見栄を全部捨てて、十歳も年下の紗枝に深々と頭を下げる。
 まぁ、スカウト当時の十五歳の紗枝ならともかく、二十二歳の今や立派な女性となった紗枝に頭を下げるのは、何もおかしいことはないだろう。
 え? きっと十五歳当時でも同じことしていた? そんなことないよ。そんなことないよね? ないと思いたい。

「せやなぁ~。ウチは別に構わへんけどなぁ~。そこまでPはんが言うんやったら、協力するのも吝かやあらへんわぁ~」

「ははー! 神様、仏様、紗枝様ー! 何卒、この迷える子羊に救いの手をお差し伸べ下さいませー」

 何度も何度も頭を下げる俺。
 いいか、俺。ここで紗枝の機嫌が取れるかどうかで、さっきの幻聴が現実になるかどうかが決まるんだぞ……!


「…………ちょっと、Pはん。いくら何でも卑屈すぎひん……?」

 そこにはドン引きの紗枝がいた。
 気にするもんか、あの幻聴を現実にしないためだったら何でもやってやる。

 それから更にもうちょっとだけ頭を下げたら、紗枝が慌てて俺を止めだした。
 周子を振り向かせる作戦を教えてくれるという。
 ふっ……。やっと紗枝に勝てたぜ。
 え? 恥はないのかって? そんなものさっき捨てたと言ったろうに。

 落ち着いたところで、紗枝と向き合って話す態勢を作る。紗枝を味方につければもう勝ったようなもんだぜ!
 さて! そんな紗枝の作戦とは一体?! 

「でーと」

 紗枝はそう一言、ポツリと漏らす。

 ……今なんと仰った?

「でーと、をしたらええんどす」

 ポカンとした俺を見て、もう一回紗枝は言葉を紡ぐ。

 でーと、デート、Date。デート? デートってあの逢引のこと? 

 ……。

 …………。

 ………………。



「それが出来とったら、苦労なんかせんのや!! 分かっとんのか、このアホ!!」


 あまりの理不尽な言葉についついキレて方言が出てしまった。
 いや、実際酷いだろ! ヘタレとか言っておきながらデートをしろなど!
 それが実際に出来てたら、俺はとうに周子と結婚五年目を迎えている。

「ちゃいます、ちゃいます」

 俺の怒りもどこ吹く風で澄まし顔の紗枝。どうしてそんなに余裕なんだ。
 ここで変なこと言ったら、今度良い仕事を持ってきてやる。
 絶叫系か、お色気系か、心霊系か、ガテン系か。どれも良いな。うちの事務所にいるその道のプロのアイドル達に徹底的に鍛えてもらおう。
 そんな考えの元、黒い笑顔を浮かべて俺は紗枝に問う。

「ほう、じゃあ一体どういうことなんだ?」

 さぁ、なんて答える? お前の回答次第で、運命が決まるぞ?
 黒い笑顔の俺に対し、相変わらず澄ました顔の紗枝が、口を開く。

「Pはんとでーとをするのは周子はんやないどす」

「じゃあ誰とデートすんのさ」

 その拍子抜けする回答にすっかり毒を抜かれる俺。
 確かに周子とデートするのよりかはハードルが低い。いや、それだとしてもハードル高いんだけどさ。

「そうやなぁ~……」

 一呼吸おいて次の言葉を準備する紗枝。
 その顔はさっきまでの俺の黒い笑顔などとは比べ物にならないくらい、真っ黒な笑顔だった。



「うちと、でーとしたらええんどす」


◆◇◆

「P兄ぃ~、明日ってオフでしょ~? またP兄ぃの家へ遊びにいっていーい?」

 レッスン終わりに事務所へ帰ってきた周子。他に人がいないことを良いことに堂々とそんなことを言ってくる。
 ただ、これは想定内……というか作戦内だ。ここから紗枝先生考案の作戦が火を噴くぜ!

「ん……。あぁ、周子か。すまん、明日は予定があるんだ」

「えー? 予定? P兄ぃ、この前は全然そんなこと言ってなかったじゃん」

「ん……。ちょっとな……」

「んー……。見たがってた映画はこの前見たし、壊れた家電は先週買ったし、友達とは先日飲んだばっかりだし……。何か他に予定あったけ? どうしたの? 急に仕事でも入ったの?」

 何故か俺の予定を完璧に把握している周子。
 おい、何で本当は予定がないことを知ってるんだ。まぁ、今更驚いたりはしないけどさ。

「……周子、俺とお前の間だけの秘密なんだけどな……」

 さぁ、こっから俺の演技力が試される。紗枝先生に教わった通りにやるんだ。
 こんなことなら周子と一緒に演技のレッスンを受けとけばと思ったが、今は配られたカードで勝負するしかない。

「実はな……。紗枝とデートすることになったんだよ」

 言った瞬間、大きく目を見開く周子。驚きのあまり、何も言えないみたいだ。

「ダメ元で誘ってみたんだが、案外好感覚でな。トントン拍子で話が進んだんだ」

 これで嫉妬してくれれば儲けたものだ!
 紗枝先生の作戦の一つとして、敢えて二人でくっついてみることで、周子の隠された想いを引き出すというものだ。
 いつも、自分を見守ってくれて、離れることのなかった兄貴分が急に他の女に取られる。
 しかも相手は自分と同じアイドルという立場。そして親友でもある女。

 自分のものだとばかり思ってたのに急に取られた……。つまり、独占欲をくすぐらせてみれば、周子も自分の想いに気が付くかもしれない……!
 流石紗枝先生、完璧すぎる作戦である。


「……」

「それでなー、明日の午前中に集合してなー。一緒に遊びに行くんだよ」

「…………」

「デートプランはもう既に考えてあるんだよなー。紗枝が喜んでくれるといいなぁー」

「………………」

「あー、楽しみだなー、楽しみすぎて今日は眠れないかもしれんなぁー」

「……………………」

「しゅ、周子さん……?」

 さっきから一向に周子が言葉を発しない。何これ、怖い。こんな周子みたことない。
 これはもしかして作戦が効きすぎちゃったやつか?
 ヤバイ、早くフォローしないと取り返しのつかないことになる。 

「……った」

「え? なんだって?」

 フォローの言葉を入れようと思った瞬間、周子がポツリと呟く。
 こいつ、いまなんて言った?

「良かった……」

「ん……?」

 何か嫌な予感がする。なにかボタンを掛け違えたような……そんな予感がする。


「良かった! 最高だよP兄ぃ! ついに勇気を出して一歩踏み出したんだね! あたしは嬉しいよ!!」

「……は?」

「いやー、長かった、長かったよ。いつ勇気を出すのかってヤキモキしてたけど、やっと! やーっと、ここまでこぎつけたんだねー!」

「……え? まぁ、うん……」

 満面の笑みを浮かべて、全身で喜びを表す周子。ピョンピョンと跳ねながら、俺の手を両手で握って上下に激しく振る。
 その姿からは、嫉妬なんていう感情は一切見られなくて……。

「ほら、P兄ぃって恋愛にヘタレなとこあるじゃん? だからこのまま紗枝はんが他の男に取られるんじゃないかと心配してたんだよ!」

「…………」

 紗枝と全く同じこと言ってるし……。思考回路一緒かよ。
 てか、お前にもヘタレって言われんのかよ。一番言われたくない相手に言われたわ……。

 俺の心が深く、深ーくエグれてるのにも気づかず、興奮したまま周子は話を続ける。

「こうしちゃいられない! こんなチャンスはそうそう無いんだから、明日は完璧にしなきゃ! ほら、あたしも手伝うよ! 明日のデートプランを話してごらん」

「え、いや、でも周子を巻き込むのも申し訳ないしさ……」

「なに言ってんのさ! こういっちゃなんだけど、紗枝はんとP兄ぃの事を一番よく知ってるのはあたしだよ? そんなあたしがアドバイスすれば、絶対うまくいくって」

「で、でも、ほら……周子もレッスンで疲れてるんじゃないのか……? 早く帰った方が良くないか?」

「このあたしがやる気になってんだよ! 今やらなくて、いつやるのさ!」

「え、いや、その、あのな……」

 そんな些細な抵抗は虚しく、根掘り葉掘り質問……というか尋問されることになったのだ。


◆◇◆

「ん、まあこんなとこかな。最初のプランより全然良くなったでしょ! これならいけるって!」

「あ、あぁ……ありがとう周子……」

 話し始めて二時間超、そこには仕事をやり切り満足した顔の周子と、すっかり燃え尽きた俺がいた。
 結局、デートプランを最初から話し、その一つ一つにアドバイス……というかダメ出しをし、それどころか紗枝の好みをドンドン伝えてくる周子。
 その笑顔はとても楽しそうで、普通だったら惚れ直すところだった。……自分じゃない女とのデートへのアドバイスという状況でなければ……。

「じゃ、あたしはこれで! 今日は早く寝るんだよ! 明日は頑張るんだよ! あ、明日は一切連絡しないからさ! あたしってば気遣いデキる女だからさ!」  

「お、おぅ……」

「さー、帰ったら紗枝はんと話そー。あ、勿論さり気無く援護射撃しておくから期待しといてね! じゃーねー!」

 そういってドタバタと去っていく周子。

「紗枝先生……全然ダメじゃないですか……」

 俺はついつい机に突っ伏した。



◆◇◆

「遅ぉなって堪忍な、Pはん」

「いや、俺も丁度来たとこだよ」

 翌日、俺と紗枝は集合場所でお決まりのやり取りをした。
 紗枝を待たせまいと三十分前からいたのはここだけの内緒だ。
 一応仮のデートとはいえ、それは紗枝に気を使わなくていい理由にはならない。

 というか昨日、周子に口を酸っぱくして言われたのだ。
 破ったら殺されそうな勢いだった。超怖かった……。

「しかし、和服の紗枝も良いが、洋服の紗枝も可愛くて良いな」

 とりあえず定番続きで、紗枝の恰好を褒める。これも周子から貰ったアドバイスだ。

「ふふっ……。せやろ? これ、周子はんにこーでぃねーとして貰ったんどす」

「周子が……ねぇ……」

 昨日、確かに『紗枝はんと話す』とか言ってたな。これもきっとその内の一つなんだろう。

「なぁ、紗枝」

「どないしたんどすか?」

「あれ、なんなの?」

 俺はなるべく視線をそちらには向かせず、紗枝だけに見えるように小さく指先で方向を示す。
 さっきチラッと見た時、怪しすぎる影を見つけたのだ。

「ふふっ……。昨日ぎょうさんおしゃべりした時に、うまーく誘導したんどす」

 そうやって笑う紗枝。
 目の前の紗枝から向こう側へ視線を向けると、その瞬間プイっと顔を背けた人物がいた。
 かなりうまく変装している。普通の人にはわからないだろう。が、あれって……

「周子……だよな……」

 長い付き合いの俺ならすぐに分かってしまう。分かってしまったのだ、気が付かなきゃよかった……。

「さ、Pはん、えすこーと、よろしゅうな?」

 ニッコリ笑う紗枝先生。先生……ホントにこれで合ってるんですか……?

◆◇◆

 そんなわけで、俺は周子と話し合ったプラン通りにデートを進めることにした。
 今回来たのは都心のとある高層ビルに併設された商業施設。
 遊び場や食事処、展望台などが一つにまとまっており、デートにはピッタリの場所である。

 まず訪れたのは、商業施設の名前が冠されている水族館。

「ほー、これは綺麗どすなぁ」

 目の前に広がるのは、世界の海の生態系を模した巨大な水槽。
 その中では大小様々な魚たちが気持ちよさそうに泳ぎ回っていた。

「いやー、都心のど真ん中でこんな綺麗な光景が見られるなんて凄いよなぁ」

 俺は目の前に広がる光景に圧倒されていた。ここの商業施設には初めて来たが、こんなにいい場所だったのか。

 しかし、ちょっと困ったことに通路の灯りはほとんどない。恐らく雰囲気を出すためなのだろう。オマケに今日は来ている人も多い気がする。
 紗枝もちゃんとした大人だから、迷子にはならないだろうが、それでも心配は心配だ。

 ……あと、なんかよくわからないけど、どっかからメッチャ視線も感じる。
 ええっと……。こんな時はどうするように言われてたんだっけな?

「えー……紗枝さん、逸れると危ないので、手でも繋ぎませんか?」

 しどろもどろになりながら、昨日の周子のアドバイスを思い出す。
 それを聞いた紗枝はこちらにニコッと笑顔で応えてくれる。

「おおきに。せやけど、うちは恥ずかしがり屋やから、裾をつかむだけでええどす」

 そういう勇気と機会は本番に取っておけ。
 そう、聞こえたのは果たして俺の幻聴だったのだろうか?


◆◇◆

 午前中いっぱいを水族館に使った俺たちは、その後レストラン街で昼食を摂った。
 本格的なイタリアンのランチを堪能する。色々料理を頼んだがどれも美味しくハズレがない。

 …………しかし、あいつ、良く食うな……。どれだけ頼んでんだよ……。

「Pはん? どないしたんどす?」

 紗枝は俺の方を向いてるから当然あいつの方向は死角で見えない。

「……いや、なんでもないよ」

 あいつの名誉のために、ここは黙っておくことにしてやった。
 あいつと紗枝の間に、守るべき名誉がもはや残っているのかは知る由もないが……。


◆◇◆

 昼食を終えたら、エレベーターを上がってプラネタリウムを見に行く。
 ここは癒しをテーマとしているだけあって、非常にリラックスできる空間であった。フカフカのソファに、流れる心地よい音楽。微かに香るアロマの匂い。
 そんな中、今は天の川の綺麗な様子が頭上に映し出されている。

「なぁ、Pはん……」

「……みなまで言うな」

 後方をチラリと見遣ると、日ごろの疲れが溜まってるのか、爆睡している女性の姿が見える。いびきをかいてないことだけ救いだ。

 "あいつのスケジュールを詰めすぎたかな?"と反省するプロデューサーの俺と、"爆睡するんじゃねぇ! はたしねぇぞ!"と叱咤する兄貴分の俺がそこにはいた。


◆◇◆

 すっかりリラックスできたところで、甘いものも欲しくなってきたので、スイーツとしゃれこむ。
 有名店だけあって、なかなか強気な価格ではあったが、それ以上に味の方は確かだった。

「和菓子ばっかやなくて、偶には洋菓子もええどすなぁ」

「そうだな。いつもは周子の家から大量に送られてくる和菓子ばっかり食べてるから、こういうのも新鮮だよな」

 そして、当の和菓子屋の娘はというと一心不乱にスイーツにありついている。
 おい、観察するっていう話はどこへ行った。お前、完全にスイーツを食べることがメインになってるじゃねーか。

 仕方がないので、あいつが食い終わるまでマッタリと過ごしていた。
 偶にはこういう時間も悪くはない。


◆◇◆

 スイーツで英気を養った俺たちは話題沸騰中の作品を見に、映画館まで来ていた。その話題作というのも、周子が主演している恋愛映画だ。
 昨日の段階では猛反対されたので、意見を翻したように見せかけた。
 でも、実際に映画館まで来てしまえばこっちのものだ。

 だって、やっぱり観たいじゃないか。
 当然、俺もプロデューサーとして映像は事前にチェックしている。
 だから一通り内容も知っている。(アイドルという建前も使い、キスシーンもフリだけなこともちゃっかりチェックしている)
 でも、やっぱりこういうのは映画館でみるからこそ、価値があるのだ。

 映画が始まるまでにずっと何か呪詛のようなものが聞こえたが、全部気のせいだろう。
 だって、こんな場所に主演女優様がいるはずなんて絶対にないのだから。


◆◇◆

 映画が終わった後は感想戦をしながら、エレベーターを使って高層階のレストランへ向かう。
 都心のど真ん中にそびえたつ高層ビルということで、席からの眺めは最高だったが、話題はもっぱら映画についてだった。

 あのシーンのヒロインが可愛かったのだの、ヒロインの演技がいじらしかったのだの、あんなヒロインと実際に恋愛してみたいのだの。
 とにかく、ヒロインのベタ褒めをしまくる俺と紗枝だった。
 正直、店員などは訝しんだだろう。こんなに風景が良く、食事も美味しいロマンティックな場所に男女二人で来てるのに、浮ついた言葉一つなかったのだから。

 ちなみに別の席で何故かずっと悶えまくっていた女性がいたことをここに報告する。
 その姿は映画のヒロインに負けず劣らず、可愛かったな。

◆◇◆

 最後に訪れたのはこの商業施設きってのデートスポットである展望台。
 レストランからも夜景は見えたが、やはりこちらの方が迫力と解放感がハンパない。
 幸い、雲一つない夜空で、都心の夜景の光に負けずに瞬く一等星の星達がいくつも見えた。

「おー! 綺麗なもんだな。こんな都心でも星が見えるし、夜景も綺麗だ」

 まぁ、星の数は沢山あるというけど、俺が手に入れたい星は一つだけなんだよ……って、なんてな。

「しっかしなぁ……」

 俺は苦笑しながら周りを見渡す。いくら見渡しても、見えるのはカップル達だけである。完全にリア充の巣窟だ。
 俺も隣に紗枝がいなければ、あまりのリア充空間っぷりに精神をやられていたかもしれない。
 まぁ、俺と紗枝は別にそういう関係ではないが……。だが、居てくれて助かったのも事実である。

 こんなところに一人で来る奴なんて、殆どいな……あ、一人居ったわ。
 あいつ、このカップル達の波の中で一体何を考えてたりしてるんだろうな。

「Pはん、でーと中に他の女の人のことを考えはるなんて、いけずやわ~」

 そうクスクスと笑う紗枝。
 シーンが違えば、青ざめるような台詞ではあるが、紗枝は完全に面白がってる。

 ……チクショー……。考えてることモロバレかよ……。俺ってそんなに分かりやすいのかな?

「そら、今のPはんやったら、誰が見たって分かりますわ」

 またコロコロと笑う紗枝。その様子は揶揄われてるにも関わらず、思わず惚れてしまうような仕草だった。
 いや……マジで紗枝も美人だよな……。これだけのオンナを連れて、こんなスポットに来れるオトコが一体何人いることやら。
 でも意外と嫉妬の視線はほとんど感じない。みんな自分のパートナーだけに夢中のようだ。
 折角こんな美人がいるのに勿体ない。まぁ、そんな彼女を偽のデートに連れてきてる俺が言える話じゃないけど。


「せやけど、今日一日で充分、気がつきはったんやない?」

 そんな内省をしていて、目の前の美人を放っておいたら、紗枝の方から話を振ってきた。

「ん? 何のことだ?」

「せやから、"自分の気持ち"っていうやつに。きっとそうなんやないかなー?」

 俺の目を見つめてくる紗枝。
 その視線はまるで俺の思考を丸裸にするような視線だった。

「そうだな……。やっぱ改めて気がつかされたよ。自分の気持ちってやつに」

 やっぱ俺は周子が好きなんだ。
 今までは『プロデューサーだから』って抑えてたけど、今日一日紗枝とデートして分かった。
 付き合ってくれた紗枝には悪いが、俺の隣にはやっぱり周子がいてほしい。

「気がついたんやなぁ、自分の気持ちに」

「……あぁ、ありがとう、紗枝」

「おおきに。Pはんのその言葉が聞けただけでも、今日は充分どす」

「ありがとな、紗枝」

 再度出た感謝の言葉に紗枝は何も言わず、ただ微笑むだけであった。
 普通のオトコがこの微笑を見れば、きっと一発で恋に落ちるんだろうな。
 でも、相手が悪かったな、紗枝。


 ──俺はもう、恋にどっぷり嵌っちまってるもんでな──


◆◇◆

「P兄ぃ!! 一体なに?! あれは!!」

 翌日、俺は周子に屋上へと呼び出されて、大声で説教を受けていた。

 屋上を使っている理由は簡単。今、事務所に紗枝がいるためだ。
 そのため、ちひろさんに屋上の鍵を借りてここにきている。
 扉の鍵を閉めたので、ここには誰も来ることがないだろう。
 つまりは、ここでは誰も気にせず、大声で話すことができるってわけだ。

「なにって……なにが……?」

「なにがじゃあらへん! なに?! あの体たらくは?」

「体たらくって言っても、何のことかさっぱり……」

 周子の糾弾に、俺はあえてすっとぼける。
 てかこいつ、昨日俺たちを尾けてたのは内緒の事だっていうのを忘れてないか?

「わからへんやったら言うたる! P兄ぃ! なんで昨日紗枝はんに告白しなかったのさ! あんなに雰囲気良かったのに!!」

 あーあ、言っちまったよ、こいつ。
 それじゃ、昨日一日ずっと見てましたって自白してるようなもんじゃねーか……。

「あんな雰囲気って……。もしかして周子、お前見てたのか?!」

 その言葉にハッとした顔をする周子。
 いや、今更遅せーよ。そういうところが抜けてるんだよ、お前は。
 仕事の時はあんなに気が利くやつなのに、どうして俺と話してるとそんなにマヌケになるんだ。

「えぇっと……。それは……。その……」

 しどろもどろになる周子。今更自分の失態に気が付いたらしい。
 いや、ホント今更かよ。あれで尾行がバレてないと本気で思ってたのかよ。
 あんなんバレバレだったぞ。変装だけは一流だからアイドルバレしなかったのが幸いだけど。

「…………まぁ、見てたことは別に良い。大方周子のことだから、前日に紗枝と話してたら、俺がちゃんとエスコートできるか心配だったんだろ」

「う、うん……。はい……そうです……」

 恐るべきは紗枝の誘導力である。どうやって周子を焚きつけたのやら……。
 俺の悪口を言われてたり、必要以上に貶められてないことを願う。


「で、だから、あれはなにって言ってるの!? 昨日の最後は!」

 覗き見を許されたことに安堵したのか、また強気に出る周子。
 表情がクルクル変わるのが面白くて可愛い。
 まぁ、そんなこと言ってる場合じゃなくて釈明しないといけないんだけど。

「いやー……なんかそういう感じでもなかったかなーって」

 そう、適当に出まかせを言う。だって仮のデートだもん。告白までしたら流石に不味いだろ。
 でもそんな事情を周子には言えないから適当に誤魔化すしかない。

 ただ、マズイことに、この俺の曖昧な返事が周子の逆鱗に触れてしまったようだ。

「なに?! そういう感じじゃなかったって!? あれだけ良い雰囲気だったんだよ! なんで解散しちゃったの?! あれで告白しなくていつするのさ!」 

「えー……。いやー、そう、なのかな……?」

「『そうなのかな?』やない! そんなんやから、いつまでたっても恋人できへんの! このままだと一生独身だよ、P兄ぃ!!」

「いや、そんなこと言われてもなぁ……」

「まだそんなこと言う! こっんの……! ホンマにヘタレ!!」

 思わずカチンときた。
 仏の顔も三度まで。いくら温厚な俺でも三度も"ヘタレ"と言われてしまっては意地を見せずにはいられない。

「ふーん……。分かったよ! ヘタレなければいいんだろ!」

「フンッ! そうだよ。まぁ、ヘタレなP兄ぃは告白なんて一生できないに決まってるけどね」

 こいつ、またヘタレって言いやがったな。完全に有罪決定。
 これから俺を舐めた罰を与えてやる。

「ほーん! それじゃあ、告白すればいいんだろ! 告白を!」

「そうだよ! できるもんならやってみな!」

「じゃあやってやるよ! まさに今からな!」

「へっ……?」

 俺の言葉に一瞬唖然とする周子。
 お前は俺を怒らせた。もう行きつくとこまで行ってやるからな! 
 今更後悔したって後の祭りだぞ!



「俺はお前が好きだ、周子! 俺と付き合ってくれ!」


「えっ?」

「聞こえなかったのか? なら何回でも言ってやる! 周子、俺は、お前が、好きだ!」

「え? え?? だってP兄ぃは紗枝はんのことが……」

「だーかーら、俺が本当に好きなのは、紗枝じゃなくてお前なんだって! なんで幼馴染なのにこういうとこだけ鈍感なんだよ!」

 えっ? えっ? と喚き散らす周子。
 ここまで困惑する周子は仕事で大失敗した時でも見たことがない。
 そんな貴重な素の感情を俺にだけ見せてくれるのは嬉しい。
 けど、俺は戸惑う周子ではなく、返事をくれる周子が見たいのだ。

「返事」

 そういう訳で、困惑している周子に追撃をかます。
 正直、いま返事を聞かねば、次はいつになるか分かったものではない。

「返事、聞かせてくれよ」

 慌てていた周子もやっとのこと落ち着き、状況を理解したようだ。
 そして、俺の言葉を聞いて、覚悟を決めたような顔をする周子。
 そして一回深呼吸をして息を整え、言葉を吐く。



「P兄ぃ……。あたしもP兄ぃの事が──」


◆◇◆

「で、どうやったん?」

 翌日、俺は事務所で紗枝と二人で話していた。次の仕事に行くまでまだ少し時間がある。

「この格好から察してくれよ……」

 紗枝の容赦ない一言に机に突っ伏したまま答える俺。
 あぁ、やっぱりこの机の冷たさは良い……。俺を癒してくれるのはこいつだけだ。

「あ、勿論周子はんからも話を聞いた上で、Pはんにも聞いとるんどすえ?」

 ……鬼だ……。鬼がここにいる……。
 そう思いながらも昨日の出来事を思い出す。


=====
===
=

『P兄ぃ……。あたしもP兄ぃの事が──』

『お、俺の事が……?』

『好き……』

『よっしゃあ!!』

『……なのかもしれない?』

『……へっ?』

『だ、だって今までずっと幼馴染の仲だったじゃん! あたしにとって兄貴みたいなもんなんだよ?! それなのに急にこ、こ……』

『こ……?』

『恋人、だなんて……』

『ダメ……なのか……?』

『いや、ダメってわけじゃないけど……』

『じゃあ……!』

『だからと言って、直ぐにそういう仲になれるかっていうと気持ちの切り替えが……』

『……』

『……』

『…………』

『…………』

『………………』

『………………返事するのは時間をください! P兄ぃ!!』

=
===
=====


 そうして周子は物凄い勢いで逃げていった。
 屋上から出る時、扉に鍵が締まってるのを忘れて、勢いよくぶつかっていった。
 大丈夫か心配で駆け寄ろうとしたが、そんな隙も与えずに、再び逃走していった。
 あれから周子に連絡したが、一切返信が来ていない。

 逃げようとするのは分かるけど、全く意味ないのに……。だって──

「おはよー……ございまーす」

 小声でコッソリと事務所に入って来た周子。

「さあ、紗枝はん! 早く現場に行こ! 今すぐ行こ!」

 そうやって紗枝を連れ出そうとする周子。
 連れ出すために紗枝の腕をとって──

「捕まえましたでー、周子はん。さ、堪忍してこっち来はって!」

 逆に紗枝に羽交い絞めにされる周子。
 あー、あれは完璧にキマってるなぁ~。

「やだ! 止めて! 嫌や! 嫌や! 堪忍してーや、紗枝はん!」

 全力で抵抗する周子。でも抵抗虚しくこっちの方に引きずられてくる。
 紗枝って意外と力持ちだったんだな、怒らせないようにしよ。

「お……おう、おはよう、周子」

「…………」

 顔を真っ赤にして、全力で背ける周子。
 いくら幼馴染でも昨日の今日でその反応は流石に泣いちゃうぞ?

「周子はん、Pはんに挨拶せんの?」

 紗枝が周子の耳元で囁く。

「だ、だって……恥ずかしいんだもん……!」

「でも周子はん、これから仕事なのに挨拶もできんようじゃ、先が思いやられはるわー」

「紗枝はんだって事情知ってるでしょ! 昨日散々話したやん!」

「なら、早よぉ、返事しはったらええんどす。ほんなら、何も問題あらへん」

「そ、それにはちょっと時間が必要で……」

「……。周子はん、あんまモタモタしてたら、うちがホンマにPはんのことを……」

「あーあーあー!! ダメ! ダメったらダメ! いくら紗枝はんでもそれだけはダメ!」

「せやったら、まずは挨拶くらい、ちゃーんとせんと」

 満面の笑みで周子を攻め立てる紗枝。何これ怖い。笑顔なのに圧が超強い。
 紗枝には絶対逆らわないでおこう。

 そう密かに心に誓ってると、周子は堪忍したのか、こちらに顔を向けてくる。
 目が合う。合った瞬間、プイっと逸らされる。何これ辛い。
 直ぐに紗枝が周子の顔を押さえてこちらに向かせる。強制的に顔がこっちを向く。
 目と目が合う。今度は逸らさない。というかそれを紗枝が許さない。


「…………おはよー、Pさん」

「おう、おはよう、周子」


 ぎこちない挨拶が交わされたところで、紗枝がパっと周子を離す。

「さ、挨拶も終わったことやし、現場に行きましょか、周子はん」

 そうやってさっさと事務所を出てく紗枝はん。
 おいおい、これだけやるだけやって、さっさと出てくのかよ。

 必然的に二人きりで残ることとなる。気まずい沈黙が場を支配する。

「あー……。周子? 昨日のことはとりあえず一旦忘れて、いつも通り仕事してくれると助かる」

「……忘れられるはず、あらへんやろ……。あんなこと……それこそ、一生……」

「ん? なんか言ったか?」

 周子が小声でなんか呟いたが、小さすぎて全く聞き取れなかった。
 俺への悪口ではないことを祈るばかりだ。

「なんでもあらへん、P兄ぃ! さっさと紗枝はんを追いかけるよ!」

「仕方がないな……。追いかけるとするか」

 そう言って椅子から立つ俺。
 何故か一向に動かない周子を抜かして、事務所を出ようとすると周子に裾をつかまれる。
 そのまま腕をグイっと引っ張られる。俺の耳が周子の口元に近づく。



「えっと、その……。返事は保留中だけど……。きっとP兄ぃに悪いようにはしないからさ」

「え?」

 周子の表情は一切見えない。声だけが聞こえる。
 周子は言い終わると急に腕を離して、駆け出す。

「ほら! Pさん早く! 紗枝はんに置いてかれるよ!」

 事務所の扉から半身でこちらを覗く周子が煽ってくる。
 なら、さっさと捕まえてやろうじゃないか。


おわり

以上です。ありがとうございました。
このような設定なったのは完全に作者の好みです。幼馴染っていいよね、うん。

幼馴染の周子に無自覚に近い距離を取られてドギマギしたい人生だった……。

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