ゼロ「おかえり、カレン」紅月カレン「うん……ただいま」 (26)

『カレン。全てが終わったら、一緒にアッシュフォード学園に帰ろう』ーー彼はそう言った。

夢を見ていた。内容はいつもと同じ希望の夢。
夢から覚めると既に朝で、カーテンを開ける。
眩しい日差しに、目を細めながら、彼を想う。

彼はもう目覚めているだろうか。
多忙な彼は、昨晩寝れたのだろうか。
もしくは、今から眠るのだろうか。

夜、眠る前に彼を想う。
彼はもう眠りについただろうか。
多忙な彼は、眠らないのだろうか。
もしくは、今起きたところだろうか。

「……行ってきます」

朝起きて、戦闘服を着込んで。
赤いナイトメアフレームに乗って戦って。
夜遅くに仮眠を取って、夜襲に備える。

「……ただいま」

自室に帰って、シャワーを浴びて。
余った携行食をモソモソ食べて。
夜眠る前に、彼を想う。

「……行ってきます」

黒の騎士団での生活は忙しい。
元は兄が立ち上げたレジスタンス。
紆余曲折あって今は彼が指揮官を務めている。
ほとんど四面楚歌で、友軍は少ない。
神聖ブリタニア帝国を初めとした、あらゆる方面と戦線を構えている。全面戦争状態である。

それでも、たまには休日もあって。

「……ただいま」

久しぶりに、アッシュフォード学園を訪れた。

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「意外とバレないものね」

久しぶりに学生服に袖を通して。
何食わぬ顔で生徒に紛れ込んだ。
とはいえ、余り目立つ訳にはいかない。

「相変わらず平和ね、ここは」

アッシュフォード学園は平和そのものだった。
謀略渦巻く戦場とは、大きくかけ離れている。
それでいいと思うし、それが本望でもあった。

「教室には……居ないみたいね」

教室を覗いて、彼の姿を探すも見当たらない。
生徒会のメンバーに見つかって騒ぎになることは避けたいので、長居はせずに立ち去った。

教室に彼は居なかった。
どこに行ってしまったのだろう。
そろそろ授業が始まる。
廊下をウロウロしていれば怪しまれる。

「良い天気。日向ぼっこには最適ね」

廊下の窓から外を眺めると、 青い空が眩しい。
せっかくの休日なのだから、ゆっくりしたい。
そう思って、私は屋上へと続く階段を上った。

「……見つけた」

思いがけず、彼を発見した。
彼は屋上で横になっていた。
すぐにでも声をかけたいけれど、出来ない。

(こんなところで何やってんのよ、あの2人)

彼の傍には、残念ながら先客が居た。
目を惹く翠髪を、風に揺らしながら。
彼はC.C.の膝の上に、頭を乗せて寝ていた。

「膝枕とか……完全に恋人同士じゃないの」

ぶつくさ言いつつ、物陰に身を潜める。
別に隠れる必要はないのだが、気が引けた。
多忙な彼の休息を邪魔したくなかったから。

「全然そんな気はないみたいに言ってたのに」

知れず、無意識に怨嗟が口をつく。
これではまるで嫉妬しているかのようだ。
別にそんなんじゃないし。ただムカつくだけ。
恋人なら恋人で、堂々としていればいいのに。

(髪なんか梳いちゃって……なんなのあの女)

彼の黒髪を梳くその手つきは。
優しさと慈しみに満ち溢れていて。
ガサツな私には悔しいけれど真似出来ない。

(あーあ。アホらしい……もう帰ろうかしら)

わざわざ人目を忍んで学園まで来て損した。
どうしてせっかくの休みにこんな目に。
ただ、彼と学園で過ごしたかっただけなのに。

「ふふっ……本当に寝顔だけは可愛いな」

(はいはい。まったく、一生やってなさいよ)

C.C.の機嫌の良さそうな声音が鼻につく。
憤慨した私は踵を返して立ち去ろうとした。
けれど、次の瞬間の光景に目を奪われた。

「どうだ、ルルーシュ。息が出来ないだろう」
「……っ………ぷぁっ」
「ふふふっ。まるで溺れているみたいだな」

(鼻をつまむとか……あの女、性格悪すぎ)

穏やかに寝息を立てていた彼は可哀想に。
C.C.に鼻を塞がれて、非常に苦しそうだ。
止めようかどうするか迷っているうちに。

「よし、わかった。人工呼吸をしてやろう」

(はあっ!? なに言ってんのっ!?)

思わず耳を疑って、身を乗り出す。
自分で鼻を塞いで溺れさせた癖に。
それで人工呼吸とは意味不明にも程がある。

「っ……ふぁっ……くぁっ……く、苦しい」
「ああ、わかったわかった。餌をせがむ鯉みたいに口をパクパクさせるなんて、本当にお前はキスが好きだな。困った奴だ。そう急かすな」

(あんたが鼻を塞いでるからでしょーが!?)

呼吸困難に陥り、苦しげに喘ぐ彼の姿を見て。
自らの都合良く解釈するC.C.に憤る。
これは止めた方が良いと思った矢先。

「む? ルルーシュ、唇が乾燥しているぞ?」

細かいことに気づいたC.C.がイソイソとポケットからリップクリームを取り出し、キャップを開けたそれをクリクリと彼の唇に塗り始めた。

「まったく、これだから童貞坊やは困る」

とかなんとか言いつつ、C.C.は塗り終えたリップクリームおもむろに自らの口元に近づけて。

「あむっ!」

(た、食べた!? ほんとなんなのあの女!?)

なんとリップクリームを1本食いしたC.C.は、もぐもぐ咀嚼して頬を染め、恥じらいつつ一言。

「ふふっ。間接キスだな」

(バカじゃないの!? 童貞以下じゃない!!)

呆れ果てて溜息も出ない。
私だってあんなことはしない。
せいぜいアイスみたいに舐めるくらいだ。

「よし、これで準備は完了だが……その前に」

空っぽになったリップクリームをポケットに戻しつつ、C.C.は鋭い眼光をこちらに向けて。

「そこに居るのはわかってるぞ。出てこい!」

(なっ! 私がここに居るのがバレてたの!?)

よもや気取られていたとは思わず驚愕した。
改めて客観的に見ると、今の自分は覗きだ。
物陰からコソコソ覗いていた、変態である。

(どうする? 正直に姿を見せるべきか……)

焦って狼狽していると、C.C.が冗談めかして。

「なんて、言ってみたりして」

(もぉーっ! やめてよ! 心臓止まるでしょ!)

どうやら今のはただの思いつきだったらしく。
焦って損した。心臓に悪い。ほんとムカつく。
今すぐ怒鳴りたいのを、必死で堪えていると。

「ルルーシュ。本当は起きているんだろう?」

(えっ? まさか、ずっと寝たふりを……?)

思わずドキッとすると、またも冗談めかして。

「なんちゃって。ふふふっ」

(だからやめなさいよ! ほんとなんなの!?)

C.C.のあまりの性格の悪さに辟易として、どうして彼が彼女をそばに置くのか理解出来ない。

「さて、そろそろ焦らすのはやめにしよう」

いよいよ、その時は来た。鼓動が速まる。
ゆっくりとC.C.がルルーシュに近づく。
その姿を凝視しつつ、思わず生唾を飲んだ。

あと数センチのところまで接近して、ふと。

「ルルーシュ……リップクリームを塗りすぎだ」

(あんたが塗りたくったんでしょーが!?)

「まったく、これだから童貞坊やは……」

C.C.は再びイソイソとポケットからティッシュを取り出して、ギトギトになった彼の唇を拭うと、丸めたそれをおもむろに口元に運んで。

「あむっ!」

(また食べた!? 今度はティッシュを!?)

ティッシュを咀嚼したC.C.は満足げに頷いた。

「うむ。やはりティッシュは甘いのに限るな」

(もう勝手にして……はあ。私も食べたいな)

彼の唇を拭ったティッシュペーパーはさぞかし甘いのだろうと想像して、心底切なくなった。

「とまあ、冗談はこのくらいにして」

(あまりに衝撃的過ぎて冗談にならないわよ)

まるで何事もなかったかのように澄まして。
C.C.は彼の鼻を塞ぐのをやめて、解放した。
再び穏やかな寝息を立て始める彼を眺めて。

「ふふっ……本当に、寝顔は可愛いな」

(あ、結局キスはしないのね。それにしても)

心底愛しそうに微笑む彼女を見ていると。
ああ、本当に彼のことが好きなんだなと思う。
そしてその様子を固唾を飲んで見つめる私の複雑な心境もまた、彼に対する好意を裏付けていて、等間隔な距離を隔てて感情を共にした。

「いつまでも見つめていたいが……困った」

どのくらいの間、そうしていただろう。
暑くもなく、寒くもない晴天の屋上で。
ゆっくりと時は流れて、そして唐突に。

「どうしよう、ルルーシュ……お腹が痛い」

(でしょうね! あれほど暴飲暴食したら!)

リップクリームを1本食い。
丸めたティッシュも食べた。
C.C.はお腹を壊したらしい。

それは当然の帰結であり、因果応報だった。

「ルルーシュ……このままでは漏れてしまう」

彼は答えない。静かに寝息を立てている。
切実なC.C.のお腹事情を、彼は知らない。
にも関わらず、何故か納得したように頷いて。

「そうか……このまま漏らせばいいんだな?」

(ええーっ!? どうしてそうなるのよ!?)

大量のクエスチョンマークが宙を飛び交う。
何がなんだかさっぱりわからないけど怖い。
このままだととても恐ろしいことが起きる。
怖いけど、ちょっとだけ見てみたいような。
そんな怖いもの見たさの好奇心に、負けた。

「ふっ……久しぶりだ。お前の前で漏らすのは」

(何それ。前にも漏らしたことがあるの!?)

耳を疑う。衝撃の事実に驚愕を禁じ得ない。

「見ろ。流石の私も緊張で手が震えてきた」

私はさっきから震えっぱなしだ。ガクブルだ。

「お前は怒るだろうか……なあ、ルルーシュ」

ルルーシュは答えない。そんな彼に微笑んで。

「ふっ……なんてな。私達は、共犯者だものな」

(何カッコつけてんの!? ちょっと羨ましい)

彼と彼女は共犯者。
察するに、彼もまた罪を犯している。
その関係性はなんだか、とても素敵だった。

「さあ、ルルーシュ……覚悟はいいか?」

彼は依然として眠ったまま。あどけない寝顔。
あまりに無防備で無警戒で無力だった。
彼が起きていたら、彼女を止めただろうか。

「なんて言いつつ、既に漏らしたんだけどな」

(えっ!? 止める隙が全くないじゃない!?)

思い切りが良すぎる。
というか、慣れてる。
なにそれ。すごく羨ましい。
私だってやってみたい。
彼を膝枕して、そのまま脱糞してみたい。

思えば、私はずっと不満だった。
私は彼にとってなんなんだろうと疑問だった。
私を、世界さえも変えてしまった彼にとって。
私は本当に必要な存在なのだろうか。

目の前に居る、共犯者。
学園のヒロインであるシャーリー。
実の妹であるナナリー。
ボディガードである咲世子さん。

彼の周りには全てが揃っていて。
私が付け入る隙や、居場所はなくて。
学園内での彼には大して興味を持てなくて。
彼の指揮下で戦果を上げることが嬉しくて。

結局、私は彼にとって忠実な犬でしかなくて。

「犬なら犬らしく……漏らせばいいの……?」

迷いながら、悩みながら、悔やみながら。
隠しきれない苛立ちを堪えきれずに。
涙が溢れないように澄み切った青空を見上げながら、私は物陰で人知れず、脱糞した。

「フハッ!」

瞬間、静寂に包まれた屋上に、愉悦が轟いた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

変えていく、変わっていく。

世界に爪を立てて、引き裂いて。
高らかに哄笑し、反逆の狼煙を上げて。
愉悦という名の、反旗を翻して。

私を、世界すらも、彼は変えていく。

「目が覚めたようだな、ルルーシュ」
「ああ……良い目覚めだったよ」

むくりと起き上がった彼は、鋭い眼光を向け。

「そこに居るのはわかっている。出てこい!」
「ルルーシュ、そのネタは私がさっきやった」

どうせ、また冗談だろうと思っていた。
また気持ちを弄ばれて終わりだろうと。
しかし彼は、ルルーシュは再度命じた。

「出てこい、カレン。居るのはわかってる」

名指しで呼ばれて、ドキッとした。
その声音はルルーシュではなく彼のもの。
私が恋焦がれてやまない、ゼロのものだった。

「どうして……わかったの?」

観念してふらりと物陰から姿を現すと、珍しいことにC.C.が盛大にビクついて目を見開いた。

「ほ、本当に居たのか……」
「ふん。この俺の鼻を見くびるな」

どうやらゼロは嗅ぎ分けたらしい。
至近距離で香るC.C.意外の糞の臭いも。
私の匂いも彼に届いて、伝わったらしい。

「カレン」
「……コソコソと隠れて、申し訳ありませ……」
「違うな、間違っているぞ。謝罪は必要ない」

謝罪の言葉を遮った彼はすんっと鼻を鳴らし。

「よく戻ったな、カレン」
「ゼロ……」
「またこの学園でお前に会えて嬉しいよ」

私は帰ってきた。アッシュフォード学園に。

「おかえり、カレン」
「うん……ただいま」
「良かったな、カレン。私のおかげだな」

ドヤ顔のC.C.が鼻につくけど文句は言わない。

(悔しいけど、ここは素直に感謝してあげる)

「行くぞ、カレン。あと少しだ。ゼロに従え」
「はいっ!」

(ついて行こう。どこまでも、この人に)

私はこの人が好きだ。居場所なんて関係ない。
校舎の屋上で、うんちを漏らして、気づいた。
脱糞と同時に、私の中の戸惑いは消え去った。


【コードギアス ~反逆のルルーシュ~ 肛道】


FIN

おまけ

「C.C.!」

ある日の晩、ルルーシュは激怒していた。
もう完全に頭にきて、冷静ではなかった。
自室のドアを開けると、一目散に自分のベッドに向かい、こんもり丸まった布団を剥いだ。

「いい加減にしろ!」
「なんだ、藪から棒に。騒がしいぞ」

そこにはC.C.が横になっていて。
我が物顔でルルーシュのベッドを占領中。
それはそれで頭にくるのだが、それよりも。

「こっちに来い!」
「なんだ? 夜のデートのお誘いか?」
「いいから来るんだ!」

問答無用で彼女を起こしたルルーシュの剣幕に、突如オラオラ系に目覚めたのかと訝しみながら、C.C.は素肌に彼のワイシャツのみを纏い、下は何も穿かぬままベッドから降りた。

ルルーシュはこう見えて、初心である。
なのであまり露出が多いと照れてしまう。
そんな童貞特有の習性をよく理解しているC.C.は、常にギリギリを攻めてくる。

これ以上でも以下でもない、境界線の上。

ルルーシュは全然気にしてないふりをする。
しかし、チラチラとふとももに眼を向ける。
そうされると、C.C.は非常に満足であった。

ちなみに、彼のワイシャツには2種類あり。
ひとつは彼が一日着た物。嗜好品である。
もうひとつは洗いたてで自らの匂いをつける。

すると彼は、C.C.が傍にいなくとも彼女の匂いに四六時中包まれるということになるのだ。
もっとも、その事実にルルーシュは気づいておらず、柔軟剤の香りとしか思っていなかった。

「どこに連れいくつもりだ?」
「ここだ」

場面は変わって、扉の前。
ルルーシュに連れられて、ここまで来た。
扉には、W.C.と書かれている。

「トイレのようだな」
「そうだ」
「ルルーシュ。流石に百戦錬磨の私でも、トイレの中でお前の初めてを貰うのは気が引ける」
「誰がお前に俺の初めてをやると言った」

ルルーシュはイライラしながら否定した。
ならば何故自分はここに連れてこられたのか。
C.C.は小首を傾げて、疑問を口にした。

「では、トイレに何の用だ?」
「見ればわかる」

そう言ってルルーシュは扉を開けた。
やや手狭なトイレに、灯りをつける。
ウォシュレット完備の最新式の洋式便座。
別段変わったところは見受けられない。

「蓋が開いているな?」
「ああ、言われてみればそうだな」

たしかに、蓋が開いていた。
恐らく誰かが閉め忘れたのだろう。
ルルーシュは開いた便器の中を指差した。

「問題はこの中だ」
「どれ……こ、これは!?」
「うんこだ」

そこには立派なうんちが、鎮座していた。

「なるほど。これは由々しき事態だな」
「ああ。騎士団の仕事を終えて帰宅した俺はこの惨状を目撃して目を疑い、二度見、三度見までしてようやく現実を飲み込んだわけだ」

一度見ればわかるだろうに。馬鹿な奴め。
二度見、三度見したのはルルーシュが悪い。
恐らく、嫌悪感より好奇心が勝ったのだろう。

「問題は誰がこのテロを実行したか、だ」
「よし、私も心当たりを探ってみよう」
「それには及ばん。既に容疑者は押さえた」
「是非会ってみたいものだな。その容疑者に」
「お前だよ、C.C.」

そこでようやく、C.C.は事態を飲み込んだ。

「お前はこの私を疑っているのか?」
「むしろお前以外に誰がこんな真似をする」
「証拠はあるのか?」
「お前……前科何犯だと思っているんだ」

実はC.C.はトイレの流し忘れの常習犯だった。

「用を足した後は流せと言ってるだろう!?」
「私じゃない。間違っているぞ、ルルーシュ」
「なら、どこの誰がやったと言うつもりだ!」

無能な刑事役を買って出てくれたルルーシュにやれやれと首を振り、何処からともなく陶器のパイプを取り出したC.C.は探偵役を請け負った。

火のついていないそれをプカプカやりながら、こめかみをトントンと叩くC.C.の無駄に様になっている仕草にルルーシュはイライラしながら、ひとまず探偵殿の推理を伺った。

「一番怪しいのはカレンだな」
「いや、それはあり得ない。彼女には無理だ」

刑事はその推理を即座に否定した。

「その根拠は?」
「カレンは前傾姿勢で紅蓮に搭乗する」
「ああ、それがどうかしたのかね?」
「それにすっかり慣れた彼女はもはや、便座の前に手すりがないと排便出来ないんだよ」

便座の前の手すり。
つまり、オマルである。
刑事の鋭い洞察力に探偵は感心した。

「ふむ。やるじゃないか」
「どうした、もう降参か?」
「いや、スザクの犯行かも知れない」
「奴は和式便器でしか用を足せない男だ」
「ほう、日本男子というやつか」
「男子のみならず、神楽耶様も同様だ」

日本人とは粋であると、探偵は理解を深めた。

「では、大穴でお前の父親という線は?」
「皇帝が……?」
「息子に対する嫌がらせかも知れん」

ルルーシュにとって最大の敵。
神聖ブリタニア帝国、第98代皇帝。
その名もシャルル・ジ・ブリタニア。

「やめろ! あいつのことを思い出させるな!」

その人物が脳裏に浮かんだ瞬間、ルルーシュは酷く取り乱して、頭を抱えてしまった。

「どうした、ルルーシュ。何があった?」
「あ、あいつは、和式便器を好む」
「シャルルが? 意外だな」
「便器から溢れんばかりに脱糞するんだ……」

遠い昔の皇帝陛下の脱糞。
シャルルはドアに鍵をかけなかった。
誰も居ないと思った幼いルルーシュは見た。

『オォオオオオオルゥ・ハイィルゥゥ・ブリタァアアアアアアニィァアアアアッ!!!!!』

片手を上げて、便器を溢れさせる実父の姿を。

「ひ、ひぃいいっ!?」
「おい、ルルーシュ! 大丈夫か!?」
「……あんな奴、痔になればいい」

ガタガタと震えながら、怨嗟を口にする息子。
どうやらすっかりトラウマらしい。可哀想に。
シャルル・痔・ブリタニアになることを願う。

「とにかく、奴ならこんなものでは済まない」
「よくわかったよ。思い出させて悪かった」

気を取り直して、C.C.は他の容疑者を挙げる。

「お前の妹という線はないか?」
「ナナリーはひとりで用を足せない」
「ふむ。付き人が必要なわけか」
「ああ。そしてナナリーの世話をしてくれる咲世子は、トイレを流し忘れたりはしない」

咲世子は完璧だった。いや、完璧すぎた。
ルルーシュとしては妹の力になりたかった。
機を見て、妹のトイレの補助がしたかった。
しかしこれまでそれを成し遂げたことはない。

「ならば、シュナイゼルの仕業だな」
「兄上も常に側近を傍に置いている」
「カノンか。奴はシモの世話までするのか?」
「世話というよりも、兄上の便を持ち帰るのが趣味らしい。まったく理解しがたい性癖だよ」
「同感だな」

カノン・マルディーニは変態である。以上。

「となると、あとは……」
「茶番は終わりだ、C.C.」

既に粗方の容疑者を洗い終えた。
無論、ルルーシュは最初からわかっている。
C.C.以外に、この犯行は不可能であると。

「犯人はお前だ」

追い詰めると、探偵はニヤリと口の端を曲げ。

「ふふっ……そうともルルーシュ。私の仕業だ」

意外にもあっさりと、犯行を自供した。
そこに一切の驚きはない。順当だった。
C.C.は常習犯。再犯率は100%である。

「謝罪の言葉は?」
「ない」
「最初から期待してなどいないが、とにかく」

ルルーシュは怒りを堪えつつ冷静に諭した。

「トイレをしたら流せ」
「断る」
「流せ」
「嫌だ」
「ええい! どうしてそこで意地を張るんだ!」

首を縦に振らないC.C.に憤りを見せるルルーシュに対し、事件の犯人は悲しそうな顔をした。

「ルルーシュ……お前は変わったな」
「俺が……変わった、だと?」
「いつからお前は体制側の人間になったんだ」

体制側の人間。その言葉が、胸に重く響いた。

「俺は別に、そんなつもりは……」
「はあ……お前には心底ガッカリだよ」

そんな風にあからさまに落胆されてたじろぐ。

「俺はただ、当たり前の常識をだな……」
「私は……寂しかったんだ」
「C.C.……泣いて、いるのか?」

ポタリと、透明な雫がC.C.の頬を伝う。
それはまるで流星の如く、目に焼き付いた。
卑怯だと思う。しかし、どうしようもなく。
ルルーシュはその涙を、止めたいと思った。

「どんどん勢力を伸ばし反逆者から体制側の人間へと変わっていくお前を見て、私は独り取り残されたような気持ちになって、悲しかった」
「それは違う。違うんだ……C.C.」

ルルーシュはただトイレを流して欲しかった。
ただそれだけなのに、C.C.を失望させた。
ふと、出会った頃を思い出す。2人は若かった。
共犯者として様々な場面で世界に挑戦した。
あの頃の自分と比較するとたしかに変わった。

「何も変わらないなんて不可能なんだよ」

自分達は前へ進んでいる。
昨日よりも良い今日。今日よりも良い明日。
そんな未来の為に、ここまでやってきた。

「だから、お前もこれからはトイレを流せ」
「全てを水に流せと?」
「そうしなければ、変われない」
「そうまでして、何故変わる必要がある?」

変わる理由。ルルーシュにはわからない。
彼はまだ自分が変わった実感がないから。
しかし、永遠の時を生きる彼女は違う。

「変わらなくても良いものだってある」
「C.C.……」
「ルルーシュ、思い出せ。反逆の記憶を」

思えば、長らく戦ってきた。
常識に囚われず、奇策を用いて。
そんな当初と比べて、自分は弱くなった。

「俺は、どうすればいい……?」

弱々しい手つきで、C.C.の手を握った。

「簡単さ。お前も脱糞すればいい」

それはまるで、魔法の言葉のようだった。
頭にモヤモヤと立ち込めた霧が晴れていく。
極めて単純な解。どうやら考えすぎていた。
なるほどなと納得して、C.C.の頭を叩いた。

「痛い! な、何をする!?」
「トイレを流さなかったお仕置きだ」

それはそれこれはこれ。ケジメは大切である。

「さて、始めるか。反逆の時間だ」
「ふふっ……そうこなくてはな」

水に流すつもりはない。
それではあまりに味気ないから。
だからルルーシュは糞の上に脱糞する。

「ああ、ルルーシュ。昔に戻ったみたいだ」
「ふん。昔に戻るつもりなどない」

昔はたしかに必死だった。
がむしゃらで、余裕がなかった。
だからこそ強かったが、同時に脆かった。

「よく見ていろ、C.C.」
「ああ……期待しているぞ、ルルーシュ」

ついにその気になったルルーシュ。
C.C.はそのことに喜びを隠しきれない。
堪らず便座に座る彼の膝の上に腰掛けた。

「流石に近すぎないか?」
「ルルーシュ、私の目を見ろ」

じっと見つめ合う。一瞬たりとも逸らさない。
彼の瞳に、自分の顔が映っている。顔が赤い。
すっかり蕩けていて、馬鹿みたいな自分の顔。
そんな顔を見られていることに、照れながら。
C.C.はうっとりとしてルルーシュにせがんだ。

「頼む。私の顔を見ながら脱糞してくれ」
「お前……昔よりも過激になってないか?」
「お前が焦らし上手なのがいけないんだ」

見つめ合いながら、軽口を叩く。幸せだった。

「む……そろそろだな」

ルルーシュの顔つきが変わった。臨戦態勢だ。

「ルルーシュ、頼みがある」
「なんだ、こんな時に」
「私を好きだと言え」

我ながら、なんて命令だとは思う。
それでも理性が本能を上回った。
好意を口にしながら脱糞して欲しかった。

「……それに何の意味がある?」
「意味なんてないさ」

ただ好きだとひとこと言って欲しいだけ。
そこには何ひとつとして意味や理由はない。
それだけで良かった。それだけが欲しかった。

「ルルーシュ、私を好きだと言え」
「口が裂けてもお断りだな」
「なんだ、童貞坊やにはハードルが高いか?」

まるで互いに睨みつけるが如く見つめ合って、グリグリと額と鼻先を擦り付ける。

「安い挑発だな。その手には乗らん」
「言ってくれたら、キスをしてやろう」

褒美を口にすると、彼の目の色が変わった。

「さあ、言え。言うんだ、ルルーシュ!」
「……魔女め」
「ふふふっ。お前は本当に……私好みの男だよ」

悔しげなルルーシュの顔が堪らなく愛おしい。

「悪いが、魔女の言いなりにはならない」

ルルーシュはなけなしの理性を振り絞り。
魔女の呪縛を打ち破り、甘言を退けた。
形成逆転とばかりにニヤリと口の端を曲げて。

「だから、嫌いではないとだけ、言っておく」

確かな手応えあり。会心の一撃が決まった。
ルルーシュはもう完全に自分に酔っていた。
たいして上手いことを言ったわけでもないのに、もうこの女は自分にべた惚れだと決めつけてすっかり王子様気取りのルルーシュだった。

そしてそんなルルーシュがC.C.は好きだった。

なにせ、C.C.は可愛いものに目がない。
チーズくん然り、可愛いものが大好きだ。
拗らせたガキの照れ隠しは大好物である。
だからチーズくんと同じように、接吻した。

「はむっ!」
「もがっ!?」

いきなりキスされたヘタレ王子は盛大に取り乱して完全に己を見失い、尻から糞を垂れ流した。

ぶりゅっ!

「フハッ!」
「あ、ああ……」

みるみるうちに世界がガラガラと崩れていく。
崩壊の始まりは、C.C.の愉悦から端を発した。
その嗤いは哄笑となりて世界を覆い尽くした。

「あがっ!? あああ、あああああっ!?!!」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

止まらない、止まれない、終わりが見えない。
いつまで出し続ければ便が途切れるのか。
まるで体内の全てが流れ出るかのようで。
ルルーシュは怖くなり、固く目を閉じた瞬間。

『オォオオオオオルゥ・ハイィルゥゥ・ブリタァアアアアアアニィァアアアアッ!!!!!』

あの日の憎い父の姿が瞼に浮かび、反逆した。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

笑う、嗤う。C.C.と同じように。高らかに。
それ以上の愉悦を武器に恐怖に打ち勝った。
素晴らしい全能感。俺が、俺こそが肛帝だ。

「世界よ! ゼロに従えっ!!」

崩壊した全世界の統治を、宣言する。
それはすなわち、世界への戦線布告。
今日よりも素晴らしい明日を求めて。
無我夢中で手を伸ばし、C.C.に抱かれた。

「ルルーシュ……もう終わったよ」
「俺は、勝ったのか……?」
「ああ、お前の勝ちだ」

C.C.は目じりに浮かんだ涙を拭い、降伏した。

「感極まって、私まで漏らしてしまったよ」

そこで気づく。ワイシャツの裾の雫の存在に。

「フハッ!」
「おかえり、ルルーシュ」
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

信念と狂気を取り戻した反逆者は、帰還した。

「なあ、ルルーシュ」
「なんだ、C.C.」
「記念に写真でも撮ろうか?」
「思い出として、記憶に残ればいいさ」

2本の大便の交差点。極めて前衛的な芸術だ。

「ああ……それはそれとして、トイレを流さなかった罰として、1週間ピザは禁止だからな」
「なっ!? ルルーシュ!? 水に流してくれ!」
「フハハハッ! 残念だったな! お断りだ!!」

ルルーシュに叱られないようにあの手この手を駆使して上手いこと立ち回ったC.C.であったが、気を引く為にトイレを流さなかった罪は、当然ながら水に流されることはなかった。


【コードギアス ~反逆のルルーシュ~ 肛甚】


FIN

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