藤原肇もデートはしたい (28)


 「補講やらは特に無かったよな」

 「はい」

 「なら四時に迎えに行く。その後は直でボーカルレッスンだ」

 「分かりました」

 「ここまでで何かあるか、肇?」

 「ところで、凛さんが先日デートをしたそうです」


打ち合わせ室に他のアイドルや同僚達の姿は無い。
事務室の方から控え目に響くコール音だけが場を満たしている。
机上のスケジュール表を意味も無く一度裏返し、俺は話を続けた。

 「定例ライブもそろそろだからな。不安な箇所は一つずつ均していこう」

 「そうですね……今度の曲はブレスのタイミングが難しいです」

 「俺からもトレーナーさんに言っておく」

 「ありがとうございます、Pさん」



 「さて、肇からは何かあるか?」

 「凛さんが、担当さんとデートを楽しまれたそうです」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1580022794


 「肇」

首を振り、小さく息を零す。
どう言ったものか指先をこね回している間も、肇はじっと俺の顔に視線を注いでいた。

 「一般的に言って、アイドルに色恋沙汰はご法度だ」

 「はい」

 「ところが」

行き場の無い両手を揉む。

 「この事務所の場合、そうした事に関する具体的な方針は特に無い。主に社長の趣味で」

 「はい」

 「だから、つまり、だから……肇」

 「はい」

 「……あー……だから、友達を売るような真似は……あまり、良くない」

言い終わらない内から後悔の波が押し寄せて来た。
俺が言いたいのはそんな下らない指摘などではなく、
肇の言いたい点も恐らく……きっと、そこではない。

少し傷付いたような肇の表情に、ひどく胸の具合が悪くなった。


 「……ごめんなさい」

 「いや……俺も、言葉が悪かった。すまない」

 「いえ……」

そのまま会話は萎み、やがて肇は頭を下げて打ち合わせ室を後にした。
扉が静かに閉じてから十秒経ち、俺は溜め込んでいた苦々しい息を辺りへぶち撒ける。
椅子に遠慮無く体重を押し付け、何度も何度も軋ませてやる。

これでいい。これでいいんだ。
最近の肇は少し、隙が過ぎる。


夫婦茶碗だの狸寝入りだの十八歳だの、
何処で吹き込まれてきたんだか分からないような悪戯を、

いや何処なのかは何となく心当たりがあるのだが、
ともかく波状的に仕掛けてこられては堪らない。


再び溜息を吐こうとした瞬間、ポケットの中が震えた。
取り出して表示させた液晶へ浮かぶ名前には、どうにも心当たりがあった。


お年頃の天女こと藤原肇ちゃんのSSです


http://i.imgur.com/i0SPl5X.jpg
http://i.imgur.com/sNEuvfd.jpg

前作とか
猫垣楓「猫になっちゃいましたにゃん」 モバP「えぇ……めっちゃ落ち着いてる……」 ( http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1558262873 )
藤原肇「彦星に願いを」 ( http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1405601439 )
神谷奈緒「魔法使いの弟子」 ( http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1423833234 )


2年ほど前に頒布した本の一節へ加筆修正を施したものです


  ◇ ◇ ◆

休日の池袋は芋を洗うかのような有様だった。

眠気を誘う春の日差しを全身で浴びながら家族連れや恋人達が好き勝手な方へ歩いて行く。
幸いにして俺の周りは少しだけスペースが空くので、そんな光景を茫洋と眺め回すことができた。
俺が向こうの姿を認めるのと同時、どうやら向こうもこちらへ気付いたらしい。
背の高い方が俺に軽く手を振って、もう片方が丁寧に頭を下げた。

 「お待たせしました。やっぱりその上背は目立ちますね」

 「悪目立ちは好きません」

 「おはよう……ございます」

 「ああ。おはよう、肇。楓さんも」

二人とも帽子に眼鏡の完全装備だった。
肇はお気に入りらしいボーダーにスカートを、
楓さんは細身のパンツにジャケットをばしりと決めている。

 「それで、どうでしょうか」

 「……何がですか?」

 「何って、肇ちゃんのファッションに決まってるじゃないですか」



 お仕事で、今後必要になるかもしれませんので、
 肇ちゃんのお洋服選びのお仕事を手伝って頂けるでしょうか。
 お仕事で。わくわく。


短い文中にしつこいぐらい『お仕事』の盛り込まれたメッセージを受け取り、
俺ははぐらかす事を諦めた。
どんなに言い繕おうとも彼女のことだ。
何か別の理屈を捏ね回して肇の休日に付き合わせようとするのは間違い無い。

ならば大人しく首を縦に振り、ダメージの軽減に回った方が得策だろう。
ファッションセンスが今後必要になるかも、という点についても、まぁ一理無い訳でもない。
その意味で、高垣楓もまた捏ね上手だった。

 「……良く似合ってる」

 「あ……ありがとう、ございます……」

 「む。乙女心が分かっていませんね。その後に付け足す可愛いの一言こそ――」

楓さんの陰へ隠れるようにして頷く肇を見ていると、
顔立ちなんかは全く似てもいないが、どこか姉妹のようにも見えた。

女の子の褒め方講座からいつの間にか女性の口説き方講座へ移っていた楓さんを止め、
兎にも角にも歩き出す。


 「それで、何と言う店でしたか」

 「あ、それはですね」

楓さんはそこで言葉を切り、しずしずと俺達の後をついて来ていた肇と目を合わせる。
にこやかな笑みを浮かべながら軽く首を傾げると、答えるように肇が頷いた。

 「あ……すみません。用事があったのをうっかりすっかり忘れていました」

 「……用事ですか」

 「なので、私はここでそそくさと失礼致しますね」

 「ちなみにどんなご用事で?」

 「では、後はお若い方同士で」

俺の問いをさっぱりと無視し、楓さんが肇の肩を抱く。
俺から数歩の距離を取ると、懐から取り出した何かの紙片を肇へと差し出していた。

 「後は手筈通りに。頑張ってね、肇ちゃん」

 「はいっ……ありがとう、ございます」

 「困ったらこれを見てください。大切なのは勢いですよ」

 「はいっ」


肇が何度も深く頷くと、彼女は満足げな笑みを浮かべながら雑踏の中へ溶け込んでいった。
肇はその場でしばらく固まったままで、やがて気付いたように掌の紙切れを開く。
一分ほど黙読してから折り畳み、ようやく俺の近くにぎこちなく歩み寄って来た。

 「楓さん、用事があったんですね。失礼な事をしてしまいました」

 「……そうかもな」

 「それで、あの、えと、えと」

しまったばかりの紙切れをポケットから取り出し、
手早く目を通すと、肇は再びそれを丁寧にしまい込んだ。

 「せっ、かくですし、この辺りをぶらついてみません……か?」

 「いや、服を見に来た筈じゃなかったか」

 「……あっ……それは、その」

慌ただしく両手を泳がせながら、見るからに必死な様子で言葉を探していた。
少し面白かったのでしばらく黙って眺めてみる。
泳ぎ回っていた両手が徐々にろくろを回し始め、
やがて中途半端に開かれていた唇から、勢い、と小さな言葉が漏れ出した。

 「ぶらついて、みませんかっ」


 「……まぁ、たまにはいいか」

そう返した途端、肇の表情が俄に晴れ渡った。
それからはっと気付いたように、二度、三度と咳払いを繰り返す。

 「肇」

 「浮かれていませんよ」

 「まだ何も訊いていないが」



 「……こほん」

 「肇」

 「はい。何でしょうか、Pさん」

 「ペンギン、実際に見たことあるか?」


  ◇ ◇ ◆

木漏れ陽のように揺らめく光と影が床に模様を描いていく。
つい足下に気を取られている間に、ふと新たな影が視界を横切っていく。
釣られるように見上げれば、ペンギンが空を飛んでいた。

水槽の下に詰め掛けていた群衆から歓声が上がる。
そこから少し離れるようにして佇んでいた肇の顔を盗み見てみれば、
浮かんでいたのは語るまでもない表情だった。

 「すごい……」

 「速いな」

サンシャイン水族館の目玉展示、空飛ぶケープペンギン。
満員御礼の観客達へ誇るかのように、天井へ設けられた水槽の中で、
ペンギン達がライフル弾のように水を切り裂いていく。

 「初めて見ました。ペンギンさんも、可愛いですね」

 「……」

 「Pさん?」

 「……動物にも、さんを付けるんだな」

 「え? ええ。変……でしょうか」

 「いや……可愛らしくていいんじゃないか」

 「ふふ……ですよね。ちょっと不安になっちゃいました」

可愛らしい、は呼び名自体を差した訳でもなかったが、
本人が納得しているようなのでそっとしておいた。
そういえばノルウェーでもワンちゃんワンちゃんとはしゃいでいたし、
アメにすら『ちゃん』を付けるような関西周辺独特の感覚なのかもしれない。


 「次の展示コーナーに行きましょうか」

 「ああ……しかし、混んでるな」

休日、晴天、池袋。
考えてみれば空くような要素など一切無い。
そう広くもない通路は家族連れでごった返し、さてどうしたものかと眺めていると、
肇は慌てたようにポケットから紙片を引っ張り出す。

 「……Pさん」

 「ん?」

 「混んで、いますね」

 「そうだな」

 「……はぐれないようにしないと、いけませんね」

 「ああ」

なかなか引く様子の無い人混みを見つめながら頷く。
しばらく落ち着くまで待った方が得策かもしれない。

そんな考えを巡らせていると、肇がそわそわと髪を弄り出し、
ちらちらとこちらの様子を伺い、終いには頬を徐々に膨らませていく。
一体どうしたと問い掛ける直前、勢い良く手を握られた。


陶芸家の手は温かいんだと、ついこの冬に聞いたのを思い出す。
あの時の手は温かく、今こうして握る手はむしろ熱い。
極力丁寧に剥がそうと、腕をくいと引いてみる。
引っ張られるようにして二歩、肇がとことこと近付いて来た。

 「肇」

 「はぐれないように」

肇は純粋で、真っ直ぐで、故に頑固なところがあった。
俯いたまま返す言葉の節々にその片鱗が確かに見え隠れしている。
ようやく空いてきた通路と握られた手とを見比べながら、俺は小さく息をついた。


 「はぐれるなよ」

 「……はいっ」


熱い手に力が籠もる。頭の上でペンギン達が呑気に浮いていた。


  ◇ ◇ ◆


 「やっぱり男と女の胃は材質が違うんじゃないかと思う」

 「美味しかったですよ?」

 「確かに旨そうだったが、それでもあのクリームの量はおかしい」


かねてから楽しみにしていたという山盛りクリームのホットケーキを昼食代わりに平らげ、
俺達はようやく目的の服屋に向かっていた。
肇が堂々と広げながら確認しているメモの頭には『高垣楓プロデュース・池袋デートのススメ♪』
と大きく題されていて、むしろそろそろ突っ込んだ方が良いのだろうかと余計な気を回しそうになる。


ともかく、程無くしてお目当ての服屋に辿り着いた。
いざ前にしてみると、この店は、こう……何と言えばいいのだろうか。

 「……ちょうどいいお店、ですね」

 「ちょうどいい、か」

言い得て妙だった。
立地は駅から近過ぎず離れ過ぎず、
ショーウィンドウに飾られている服は地味過ぎず華美過ぎず、
雰囲気は繁盛店のようでもあり、隠れ家のようでもあった。


高垣楓行きつけの服屋、と聞いた時は一体どんな店なのかと想像を膨らませていたが、
実際に見てみればなるほど納得するしかない。
まぁ、少なくとも鬼も蛇も出てこないだろう。

昼食を終えてから一向に離れようとしない肇の手をどうにかこうにか引き剥がしてから、
そっと入口のカウベルを鳴らす。


 「いらっしゃいませー!」


訂正しよう。変な店だった。

入り口から三分の二、
手前の方には小奇麗な春物の服や季節を先取りした可愛らしい夏物が並んでいる。

だが残り三分の一、
奥の方には明らかに店長の趣味だとしか思えない雑多な品揃えが並んでいた。
神崎さんが飛びつきそうな上下のセットも幾つか見える。

 「あれ? ひょっとしてお客様」

 「もしやもしや?」

 「あ、ええと……楓さんからご紹介を頂きました、藤原と申します」

肇が帽子を脱いで頭を下げる。
栗毛の店員さんと猫目気味の店員さんがそれぞれ楽しげに肇の全身を眺めてから、
俺の顔をじっと見つめた。
期待に満ちた眼差しで。


あー、何と言えばいいんだったか。
携帯電話を取り出し、先ほど楓さんから送り付けられて来たメッセージを読み上げる。

 「あの……?」

 「すみません。『たくさん可愛くしてください』」



 「アイアイサー!」

 「はいはい肇ちゃんはこっちのお部屋へご招待でーす!」

 「あ、え? あの、ひゃ、え? え? Pさ」

 「ごめんねーここ楓さんの狩場なんだーごめんねー」

 「大丈夫大丈夫! 素数でも数えてたらすぐ終わるから―」

恐らくは起こっている事態すら把握出来ていないままに、
肇が店員さん二人がかりで試着室へと連行されていき、
同時にあれやこれやが吊られたハンガーラックも景気良く運び込まれていく。

直後に何かをひん剥くような物音と、耳馴染みのあるあられも無い声が聞こえて、
それが高垣楓プロデュースであるファッションショーの開幕を告げる鐘だった。

 「……すまん」


――可愛い肇ちゃん、たくさん見てみたくありませんか?


ズルい大人のズルい口車に、俺は二つ返事で乗り込む以外に無かったんだ。


  ◇ ◇ ◆


 「お疲れ様でしたーゆっくり着替えてきてねー」

 「やーひっさびさの新アイドルさんだったから張り切っちゃったよー」

 「……う……うぅ……ぐすん……」


目まぐるしいファッションショーも千秋楽を迎え、肇がよろけながら試着室へと戻って行った。
心なしか小さくなった背中を見送りつつ、楓さんに纏めた写真データを送信する。

どうもこうした『狩り』は肇以外に対しても仕掛けられたことがあるらしい。
ほくほく顔で先ほどの講評を叩き付け合っている店員さん達を見るにその信憑性は極めて高いだろう。少しの間だけ目を閉じ、糧となった獲物達に祈りを捧げておいた。

 「失礼。先ほど肇が選んだ服、お幾らですか?」

 「え? あーいえいえ、リップサービスじゃなくて本当に差し上げますよ?」

ファッションショーの報酬として、気に入った上下の服が現物支給されるらしい。
店側としても扱っているアイテムをアイドルが身に着けているのは結構な宣伝になるらしく、
代金もロハで。

 「それを汲んだ上で尚、お支払したい」


 「と、言いますと?」

 「……ついては、今後」

 「今後今後?」

 「女性もののアクセサリー等について、仕入れと相談を請け負って頂きたく」

首を傾げたのは一瞬で、すぐに二人ともにこやかな笑顔を浮かべ始める。
余りに意が通じ過ぎると、返って少々気恥ずかしい。

 「過保護ですねー」

 「……よく言われますが、納得はいきません」

 「あ。だったらだったらー、ちょーどいいイベントがありますよ!」

 「イベント?」

 「うんうん。ホントもうすぐ近くで―」


  ◇ ◇ ◆


 「……悪かったよ。この通りだ」

 「……いじわる。えっち」

 「後者に関しては断固否定する……が、すまなかった」


服屋を後にしてから十五分。肇のご機嫌は傾きっぱなしだった。

握った手に時たまぎゅうと力を籠めて、ほんの少しだけ痛い。
機嫌が悪いなら手を繋ぐ必要は無いんじゃないかと試しに言ってみたが、
ぎゅうぎゅうぎゅうと力いっぱい手を握られるだけだった。
乙女心はかくも難しい。

 「黙ってて悪かった。楓さんにも言っておくから」


 「……」

 「肇……」

 「……Pさんは」

肇の手に再び力が篭もる。これまでよりも幾分か弱々しかった。

 「色々な私を、見てみたかったんですか」

 「……まぁ、そういう風にも捉えられるかもな」

 「……そう、ですか」

そのまましばらく無言で歩く。
ふと握った手が緩んで、それから肇が半歩、そばに寄って来る。
やや歩きにくくなったが、肇は何も言わず、俺も何も言えなかった。


乙女心は難しい。


数分も歩けば見えてきた。
幾つものの幟旗が立ち並び、行き交う人の数も増えてくる。

 「肇。少し、覗いてみないか」

 「手創り市……?」

 「ああ」


賑わいを見せる鬼子母神堂。
その境内の入口に『雑司ヶ谷手作り市』の看板が掲げられている。
戸惑う肇の手を引き、俺達は境内に足を踏み入れた。

 「わ……」

雰囲気こそ縁日に近いが、出ている屋台は一味も二味も違う。
雑貨、アクセサリー、衣類、菓子。
手作りの品々が、作った張本人によってこれでもかと並べられている。

さて、気の利いたアクセサリーの一つでも見繕えればいいがと前を向いた瞬間、
掌の温度がどこかへとすっぽ抜けているのに気付いた。
探し回るまでもない。肇の姿は陶器の出店の前にあった。
並べられたマグカップやらを手に取っては壮年の店主に何かを訊ね、
実に楽しげに会話を弾ませている。

肇は、楽しそうだった。


俺は昔の肇を知らない。
聞いた話によれば、スカウトされる前ののあの娘は……苦しそうだった、とだけ。
アイドルを逃げ道にしてしまうのが怖いと、涙を流していたのだと。


だから時々、恐ろしくなった。
俺は肇から、何かとんでもなく大切な何かを奪い取っているんじゃないか。
成りかけの大器を台無しにしてはいやしないかと。

だがこうして陶に触れる彼女は、いつでも楽しそうで……
さっきまでの不機嫌も何処かへと置き去った、ただの可愛らしい女子高生だった。


 「お待たせしましたっ」


店主に手を振り、箱入りの袋を手にした肇が駆け寄って来る。


 「すみません、思わず目移りしてしまって……」

 「……」

 「あの店主さん、すごいんですよ。自宅に電気窯まで……Pさん?」

 「肇」


 楽しいか?


そう訊ねようとして、どうにも分かりきった質問でしかなくて。
俺は口を開き直し、笑った。

 「楽しいな」

 「……はいっ」


俺の担当アイドルは、いつだって天女のように微笑んでみせる。


  ◇ ◇ ◆


 「ごめんなさい、Pさん」


しっかりちゃっかりと買わされたブレスレットを揺らしながらの帰り道。
気付けば繋がれていた手を握りながら、肇は小さく呟いた。

 「実は、今日のことは、楓さんに力を貸して頂いたんです」


どうやら、まさか勘付いているとは思われていなかったらしい。
肇は純粋で真っ直ぐで、少々視野の狭い所がある。
このまま育ってしまっても大丈夫なのか、少しだけ不安になった。

 「……そうだったのか」

 「背伸びをしてみたくなったんです。ご迷惑をお掛けしました」

 「迷惑? 何処で見掛けたんだ、そんなもの」

 「……ふふ。ありがとうございます、Pさん」

ちかりと西陽がビルに反射し、目を灼いた。

 「張り切って考えた予定も、途中からは全然頭から抜けてしまって。
  大人になろうと、自分をよく見せようと、焦り過ぎたのかもしれません」


 「Pさん」

 「ああ」

 「アイドルや、陶芸や、学校や、デートや……一つずつ積み重ねていけば、
  私は……いつか、大器に成れるでしょうか」

 「その為に俺が居るんだ。最後の一つは……ともかくとして」

肇が含み笑いを零す。
嘘偽りの無い、本心からの言葉だった。
肇をトップアイドルにする為なら、何だってしてやるつもりだった。

肇が歩みを止める。
ポケットから件の紙片を取り出して……少し考える素振りを見せてから、
そっと元通りにしまい直した。


 「Pさん。貴方の手を借りて、私はいつか、美しい大器に成ってみせます」


 「ああ。楽しみにしておく」

 「……」

 「肇?」

 「……その器は」

 「ああ」

 「きっと……きっと、一生ものです」

それきり肇は黙り込んで、俺は少し遅れてから言葉を飲み込んだ。
手はしっかりと繋がれたままで、伝わってくる温度は熱くて。
俯き気味の耳は、窯の火で焼かれたみたいに真っ赤だった。

何と返したらよいものかと、頭の中で下手くそなろくろを回し出す。
そうしている内に、正面に立っていた肇はこちらへもう半歩だけ踏み出して。



 勢い。



そう、小さく零した。


おしまい。
肇ちゃんは梃子でも譲らない可愛い


恋が咲く季節、Sunshine See May、風になりたい

ソロパートの抜けるような歌唱力を叩きつけてきたアイドル藤原肇
そんな彼女のシンデレラマスターが発売決定しました ありがとう世界


ちなみに微課金なので無料10連期間はSSR沢山お迎えできて嬉しかった
もっと頼む

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