飛鳥「早くに目が覚めたから」 (18)
※間に合わなかった飛鳥誕生日SSです。
午前5時。
柄にもなくこんな時間に目が覚めたのは、昨日の疲れのせいだと思う。
昨日はいつになくレッスンが厳しく、ヘトヘトになった身体は安息を求めて寮のベッドに飛び込んだ。
確か仮眠を取って眠気目を擦って夕飯を取ったっけ。
食べた夕飯の内容も覚えておらず、そのままベッドに再度飛び込んで……今に至るわけだ。
記念すべき日の境目を寝て過ごしたというのは少しもったいないと感じつつ。
手元に置いていたスマートフォンを手に取ると、眠気を覚ますほどの大量の通知。
一件目に映るのは……まさかの志希だった。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1580745116
コンマ1秒ずれることなく、0:00:00にメールが届いている。
タイトルは簡潔に「おめでとう」、だけ。
志希らしくもあり、らしくもないようなこそばゆいメールだ。
そのメールを見て思う。
「今日は誕生日……か」
太陽が出るも出ない朝方を示す時計には2/3の電子表示が写っていた。
早過ぎる時間に何をするか考える。
もう一度寝る?悪くない、まだ少し微睡んでも問題ないだろう。
メールを見る?それもいい、誕生日を祝ってくれている仲間の声を今すぐにでも読んでみたい。
今したいのは……後者。
ベッドで体勢を変えて、スマホを覗き込むようにして……。
画面が真っ暗な相棒が手にあった。
電源ボタンを押しても動く気配はなく、まるで死んだような……と考えて気づく。
充電もせずに寝こけたせいで電源が切れたのだろうと。
彼はボクが寝ている間もアイドル達のコールを真摯に受け止めたのだろう。
そしてボクが目を覚ましたのを見て、力尽きたわけだ。
そう考えるならそのタイミングも許せるかな、と思案する。
寝起きで思考が緩んでいるのがよくわかる。
普段ならこんな考え方はしないはずだから。
さて、充電器にスマホをおいて……天井を見る。
このままベッドで寝転んでいれば気づけば眠りについていることだろう。
でもそれはどうだろう?せっかくこんな時間に目が覚めたのに?
今日も普通に学校があるのだから寝る分には問題はない、ないが。
そしてボクはコートまで着込んで、自分の部屋どころから寮から出て歩いていた。
目的はない。スマホだってない。エクステだってつけてない。
ポケットに小銭だけ入れて、やっと道路が見えるほどに明るくなった道を歩く。
誕生日という特別な日だからこそ、と意味もなく誕生日の朝の道を行く。
外は静かで、小さく口ずさんだ歌も響くように聴こえてしまって。
まるで世界に一人きりのような、いや違う。
この朝の街を独り占めにしているような、贅沢な快感を感じていた。
つい気分が乗って、気が急いて歩く足取りも軽くなる。
どこに行くかも決めてない、多分コンビニか公園止まり。
いつもの道の、いつもの店の、いつも歩いた道であっても。
今は、特別な感じがして------
「あら、こんにちは」
「っ…!こ、こんにちは……」
それをぶち壊すような犬の散歩に来ていた近所の主婦の挨拶。
急に現実に戻されたような、足が地についたような感覚がして、ついは足元を見る。
連れていた子犬はこちらを見るに舌を出して上機嫌だ。
挨拶もほどほどに別れて、また一人の時間に戻る。
けれど一度戻った現実感は拭えるものではなくて。
ついポケットを叩いてスマートフォンがないかと考えてしまう。
音楽を聴こうにもスマートフォンはなくて。
行き先を失った手はエクステを触ろうとして空を切った。
「いらっしゃいませー」
最寄りのコンビニ、いつものお店。
品揃えは昨日見たところからは週刊誌が入ったくらいしか変わらなくて。
スイーツもおにぎりだって特別感のないいつものラインナップ。
さすがに雑誌を読む気になれなくて、無駄に店の中を歩く。
流れるBGMも昨日と同じ人気アニメのオープニングで。
特別なものを買おうにもポケットには数枚の小銭しかない。
結局何も買わずに、近場の公園の自販機に小銭を入れる。
公園には誰もいない……ということもなく。
『日課』のランニングをしている人達、
『いつもどおり』犬と休む人達、
そしてそれをベンチに座って見ているだけのボク、だ。
空が白んできたのを見ながら買った飲み物のプルタブに指をかける。
カシュっという『聴きなれた』音は、明け方であっても変わることがない。
「…………やっぱり……苦いな」
誕生日を迎えたのだから、先に進んだのだから、飲めるかもなんて考えたブラックコーヒーは相変わらず苦くて。
口に入れたコーヒーをなんとか飲み込んで、改めて周りを見る。
周りはいつもどおりで代わり映えのしない日常で。
平日で、学校で、会社で。
ボクの誕生日であることなんてここにいる人たちはつゆほど知らないのだろう。
言えばおめでとうの一つは貰えるかもしれないけれど、それを求めるわけじゃない。
何かを求めて外に出て出た自分が急にちっぽけに見えてきて。
特別な時になることを期待して空を見た自分が矮小に見えてきて。
変わらない日常の光景を嫌だと思っている自分を認識してしまっていた。
缶に残ったコーヒーは三口も飲めば十分で、だからと言って捨てるのももったいなくて。
寮につけば冷めてるだろうと思いつつも手から離れずに。ボクは公園を後にした。
誕生日であっても、特別な日であっても、他の人には当たり前の日々であることを痛感して、道を歩く。
寮につけばまだ起きるには早く、むしろ寝直す時間すらあるくらいだった。
部屋につけば充電も終わっているだろう。メールを見れば特別な気持ちを味わえるかもしれない。
でも、それよりも寝直して一日をやり直したい気分だった。
そう考えて、寮の入り口に手をかけ、他の人を起こさないようにと、ゆっくりと扉を開け
ぽんっ
小さな破裂音が響く。
驚くこともないほどの音に呆気に取られて前を見ると、
そこには
「誕生日おめでとう」
手のひらサイズのクラッカー鳴らした蘭子の姿があった。
少し恥ずかしそうに笑ってボクの手を引く蘭子。
つい、なんで起きているのか、とかなんで待っていたのかなんて矢継ぎ早に聞いてしまう。
聞けば扉が開く音を聞いて目が覚めてしまったのだとか。
確かに外に出る時は意気揚々と出たものだから、静かに開けるなんてしていなかったかもしれない。
そして窓から外を見たらボクを見た……と。
「ふふふ、我が盟友よ。この生誕の時を1番に祝ったのはこの魔王ぞ!」
「いや、実は志希からのメールは見ているんだけど……」
「へっ!?えーっ……と、向かってお祝いしたのは最初!」
「……それは確かに。ありがとう蘭子」
礼を言うととても嬉しそうに頷いて、寮の奥へと歩いていく。
みんなが使う広間。
そこおいてあるホワイトボードには『今日の主役!』とデカデカとボクの名前が書いてあって。
思い思いのメッセージが名前を囲むようにして描かれている。
その一つ一つが読めば誰が書いたかなんて一目瞭然で、つい口元が緩む。
その中でも一際、時間をかけたのだろうとわかる。
ボクの名前をゴシック調に飾り付けて、その上に小さく『おめでとう』と書いたのは、
目の前でそのホワイトボードを自慢げに見せてくる彼女だろう。
朝日が入り込む広間で二人でメッセージを読みながらみんなが起きてくるのを待つ。
何もないし、今日は学校だ。授業もあればレッスンだってあるだろう。
でも祝ってくれる友人が隣にいて、この先もまた増えてくれるなら。
やっぱり今日は特別な日なのだろうと思える。
メッセージの主がどんな言葉をくれるだろうと考えていると。
蘭子がボクの肩を叩いて、少し照れ臭そうに。
「バ、バレンタインの練習で……チョコケーキがあるから。みんなが起きる前に……誕生日ケーキ……一緒に食べよ?」
前言撤回。何もないなんてことはない。
朝からケーキは特別な日だ。
おわり
というわけで間に合わなかった飛鳥誕生日SSでした。
誕生日って特別な感じしていいですよね。
でも他の人からすると日常なんです。
依頼だしてきます。
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