妹でお嫁さんな五十嵐響子 (59)


これはモバマスssです

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響子「わぁ……思ってたより片付いてる……」

P「一体どんな部屋を想像してたんだ」

響子「男の人のお部屋って、もっと散らかってる物だと思ってましたっ」

P「残念だったな、単純に物が少ないんだよ」

部屋に入るなり、早速響子チェックが入る。

男性の部屋に入るのは初めてなのか、反応が非常に新鮮だ。

響子「これ、筋トレグッズですよね? プロデューサー鍛えてるんですかっ?」

P「筋トレグッズだけど鍛えてはいないぞ。友達に勧められて買ったは良いがただのインテリアになってる」

それと、と。

俺は一言、付け加える。

P「家ではプロデューサーじゃないだろ」

響子「あっ、そうでした……それじゃ、ええっと…………」

少し、照れた様に。

それでも満面の笑顔で、響子はお辞儀をした。

響子「これからよろしくお願いします、お兄ちゃんっ!」





それは、ある日の午前の事。

346プロダクションにプロデューサーとして勤めている俺は、同じく346プロダクションに勤めるアイドル五十嵐響子と向き合っていた。

響子「むぅ…………」

P「……そんなに悩む事か?」

響子「悩みますよ……だって、妹役なんて……」

P「響子なら大丈夫だと思ったんだがな」

今回響子に来ていた仕事は、とあるドラマの主役の妹役。

主役は普通の社会人で、その妹である響子は主役と共に二人で暮らしている、というものだ。

普段はアイドルユニット『P.C.S』の三人で活動していて、その中で最年少の響子なら慣れたものだと思っていたのだが。

想像に反して、響子の反応は渋いものだった。

響子「私、家だと長女だったから、妹って言われてもあんまりピンとこないんです」

P「まぁ確かにそうだったよな。面倒見も良いし」

響子「そう言って貰えるのは嬉しいです……自分ではあんまりそうは思ってないんですけど……」

P「甘えるのとか、苦手か?」

響子「苦手……うぅん、甘える……どうなんだろう……」

顎に手を当ててむむむ……と唸る響子。

ゆらゆらさせる頭に連動して揺れるサイドテールが、なんとなく可愛らしい。

脳内では、自分が甘えているところを想像しているのだろう。

例えば、それこそ普段一緒に活動している島村卯月や小日向美穂を相手に。

響子「…………私がしっかりしないと……」

P「……本人たちには言ってやるなよ。特に美穂はよく『わたしがお姉ちゃんなんですからっ!』って意気込んでるんだから」

響子「あ、ええっと……想像してたのはプロデューサーで……」

P「……………………」

響子「……あっ、ごめんなさい」

P「謝らないでくれ」

俺だって大人だ、しっかりしてるさ。

たまにカップ焼きそば作るのを失敗する事もあるが、きちんと生活は出来ている。

響子「それに、私の役って主役の方と二人暮らしですよね?」

P「そうなるな」

響子「私、年上の男性と生活した事なんてお父さんくらいしかなくって……」

P「……まぁ、それも普通だよな」

響子くらいの年齢で父親以外の年上の男性と生活なんて、普通は無い。

それこそ、家に兄がいる子くらいだろう。



響子「……練習、しなきゃですね」

P「俺も付き合うぞ。なんなら俺で練習してみるか?」

響子「えっ、ぷ、プロデューサーが……?」

P「そりゃ、プロデューサーだからな。俺じゃあんまり兄って感じしないか?」

響子「い、いえっ! ……その、そう言う事じゃなくて……」

何故か、恥ずかしそうに目を逸らす響子。

俺みたいな男性が兄なんて恥ずかしい、という事だろうか。

……普通に凹むな。

響子「……プロデューサーは……良いんですか?」

P「ん、勿論だ」

響子の為だ、協力は惜しまない。

折角初めての妹役という事なのだから、出来の良いものにして貰いたい。

中途半端な結果に終わってしまっては、後々受けたくなくなってしまうだろう。

響子「なら、お願いしちゃおっかな……」

ぼそりと、響子は呟いた。

どうやらやる気になってくれたらしい。

P「おう、ばっちこい」

そこから、響子と俺の兄妹練習が始まる。

「お兄ちゃん、私喉乾いた。飲み物買ってきて」

「今日お友達が来るから、お兄ちゃんはどっか行ってて」

「お夕飯要らないです。お兄ちゃんはカップ麺でも食べて下さい」

そんな感じの、妹っぽい演技が始まる。

……と、そう思っていた。

響子「それじゃ私、準備して来ますっ! お疲れ様でしたっ!」

P「おう……ん? 準備?」

言うが早いか、響子は部屋を出て行った。

……なんだったのだろう。

まぁ、響子がやる気になったのならそれで良いか。

この時の俺は、そんな事を考えていた気がする。


バタンッ!

響子「お待たせしました、プロデューサーっ!」

勢いよくドアが開いて、響子が戻って来たのは夕方過ぎ。

両腕どころか背中にまで荷物を背負って、息を切らしている。

リュックの端から飛び出しているハタキが、やけに存在感を主張していた。

P「おかりえ、響子。どうしたんだその大荷物」

俺が指を指すのは、当然ながら荷物の数々。

まるで今から引越しをすると言わんばかりの量だ。

俺の荷物を全て纏めたって、そんな量にはならないだろう。

響子「はいっ、準備万端ですっ!」

なんの準備なのだろう。

秘密基地でも作るのだろうか。

最近は雨が多いからこの季節はおススメしないのだが。

響子「……? 兄妹の練習、ですよね?」

P「え、あぁ、そうだな。始めるか」

響子「はいっ! それじゃ……プロデューサーのお仕事が終わるまで待ってますから」

P「ん、いや今からでも良いぞ」

今日やるべき事は終わっている。

寧ろ響子を待たせてしまっては、帰るのが遅くなってしまうだろう。

響子「分かりましたっ! ……あ、それで……申し訳ないんですけど、荷物持つのを手伝って貰えませんか?」

P「ん? あぁ、そうだな。俺が兄なんだから」

買い物に付き合って貰った、と言うていなのだろうか。

それにしたって大荷物過ぎると思うのだが。

響子「ありがとうございます。それじゃ、行きましょうっ!」

P「おう! ……何処に?」

響子「えっ? 帰るんですよね?」

P「えっ? もう帰るのか? 兄妹の練習は?」

響子「……? 兄妹の練習をするから帰るんですよ?」

P「ん、そうか……ん?」

話が噛み合っていない気がする。

響子「あれ?」

P「えっ?」

P・響子「「……………………」」

響子「おうち、帰るんですよね?」

P「まぁ帰るけども」

響子「それじゃあ帰りましょうっ!」

P「寮にか?」

響子「おうちにですよ?」

P「あれ?」

響子「えっ?」

P・響子「「……………………」」


しばらくの沈黙。

落ち着いて大きな深呼吸。

それから暫くして、響子は口を噤んだまま顔を真っ赤にした。

P「……響子?」

響子「……あ、あれっ……もしかして、私の勘違い……?」

P「勘違いって……どうかしたのか?」

響子「……私、プロデューサーと一緒に妹役の練習をすると思ってたんです」

P「俺もだぞ」

響子「……プロデューサーのおうちで……」

P「…………」

響子「…………」

P「…………えぇ……」

響子「…………うぅ……恥ずかしいぃ……」

そのまま、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。

前髪と指の隙間から見える響子の表情は、見たこともない程真っ赤になっていた。

それから落ち着いたのか、すっと立ち上がって回れ右をした。

響子「……探さないで下さい……」

P「待て待て待て待て!」

響子「もうやだぁ……こんな恥ずかしい勘違いしちゃってたなんて! 私もうプロデューサーの顔見れないじゃないですかぁっ!」

ああ成る程。

響子は俺の家で暮らすものだと思っていたのか。

確かにそうだな、主役の男性と妹の二人暮らしという役なのだから。

俺が協力すると言ったから、そう勘違いしてしまったのか。

P「…………えぇ……」

響子「もう何も言わないでぇ……良いもん……私もうおうち帰るもん……」

P「いやいやいやいや大丈夫大丈夫! お、俺もそのつもりで言ってたから!」

響子「…………ほんとですか……?」

P「あぁ! 今日から響子と二人暮らしか楽しみだなぁって思ってたから!」

響子「…………」

P「響子が妹か、幸せだなぁって思いながら午後の業務を乗り越えてたから!」

響子「た、楽しみ……幸せ……もー、プロデューサー? これは演技の練習なんですから、遊びとは違うんですよっ?」

今にもスキップしそうな表情で、響子は振り返ってくれた。

背中のはたきの主張が非常に強い。

響子「それじゃプロデューサー、行きましょうっ!」

P「……おう」

まじか。

勢いで事が進んでしまったが、まじか。

響子、本当に俺の部屋で暮らすつもりなのか。

からかわれているのかと思ったが、どうやら本気な様子だ。

……まじかぁ……

そんな訳で、冒頭のシーンに至った。



響子「あ、それと……お帰りなさい、お兄ちゃんっ!」

P「…………」

響子「……あれっ? もしかして照れてるんですか?」

P「……照れてない」

響子「誤魔化しちゃって~、お兄ちゃんって結構可愛いところありますよねっ」

照れてなどいない。

お帰りなさいって言ってくれる人が家に居るという事に感動を覚えていた訳でもない。

可愛い女の子に満面の笑顔でお帰りなさいと言われても、別段脈が上がったりもしてない。

もう一度俺の沽券に関わる事だから言っておくが、照れてなどいない。

響子「お風呂にしますかっ? ご飯にしますかっ? それとも……えへへ……」

P「照れてる。まじで、やばい超可愛い」

なんだこの可愛い女の子。

これが暫くの間俺の妹で、一緒に過ごすのか?

おほぉ。

響子「あ、ところで私の部屋は……」

P「あぁ、それなら一部屋使ってないとこあるからそこで」

響子「……お兄ちゃんと同じ部屋でも良いんですよ?」

P「…………」

響子「わぁ、照れてる~! お兄ちゃんのすけべっ!」

P「……今更だけど、本当に良いのか? 男性と二人暮らしなんて」

響子「お兄ちゃんっ。お家の中では、そういうのはナシにしませんか?」

P「……そうだな」

家の中では、俺と響子はただの兄妹だ。

仕事の話とかその他諸々は、挟まない方が良いだろう。

彼女の練習の為にも、役に打ち込んで貰わないと。

……それにしても、もうかなり慣れた様子だな。


響子「それじゃお兄ちゃん、私はお夕飯を作っちゃいますから。何か食べたいものはありますか?」

P「響子が作ったものなら何でも食べたいな」

響子「そういうの一番困るんですけど」

P「……まぁ、冷蔵庫見て決めるか」

取り敢えず、冷蔵庫を開けてみる。

響子「…………」

P「……言い訳をさせて欲しいんだ」

響子「……お兄ちゃん……これでどうやって生活して来たんですか……」

缶ビール、マスタード、七味、いつのか分からない卵、缶ビール、缶ビール。

ジト目が胸に刺さる。

P「インスタント麺と、その時の気分で帰りに買ってきたソーセージとか……」

響子「……決めました! お兄ちゃんにはきちんと健康な生活を送らせてみせます!」

P「俺朝食べな」

響子「食べさせます!」

P「……まぁ、努力するよ」

響子「これじゃお夕飯作れない…………あっ!」

ポンっ、っと手を打つ響子。

それから冷蔵庫の上に置いてあったツナの缶詰を取り出し、何故か持ち込んでいたインスタントご飯を温めだす。

P「何を作るんだ?」

響子「お手軽ツナユッケ丼ですっ!」

聞くだけでヨダレが出そうになる。

ツナユッケ丼……缶詰をそう使うのか。

つまみとしてそのまま食べた事しかなかった。

響子「卵は……大丈夫そうですねっ」

テキパキと卵黄を取り、茶碗に乗せたツナにだし醤油と卵を乗せる。

生活能力の高さが段違いだ。

俺だったら絶対卵白も乗せてた。

響子「はいっ、出来上がりですっ!」

P「おぉ……」

響子「明日の夜からはきちんとしたものを作りたいから、器具の場所を教えて下さい」

P「あいよ。それじゃ……いただきます」

響子「はいっ、召し上がれっ!」



夕飯を食べて幸せになった後、だらだらソファでテレビを見ながら缶ビールを開ける。

響子は持ってきた荷物を部屋にバラしてる様だ。

P「……はぁ」

ため息を一つ。

まさか、急に同棲する事になるなんて。

響子は嫌……ではなさそうだったな。

役をやるなら、完璧に仕上げたいのだろう。

ちひろさんにはなんて説明しようか。

隠そうとして隠しきれる事でも無いだろう。

もう一度、缶ビールを煽る。

ため息も積もる。

響子「ため息ばっかり吐いてると幸せが逃げちゃいますよ?」

P「ん、お疲れ様」

一息ついたのか、響子が俺の隣に腰を下ろした。

響子「ふぅ……お引越し作業、完了ですっ」

P「足りないものもあるだろうし、明日買いに行くか」

響子「そうですね。お野菜とかお野菜とか、あとお野菜とか」

P「覚えておくよ」

響子「それと、ボディソープも買ってこない……と…………」

そこまで言って、響子は急に自分の服を眺め始めた。

えりの裾等の匂いを嗅いでいる。

響子「……あ、あはは……汗、におっちゃってませんか……?」

あぁ、引越し作業で汗かいてる事を気にしているのか。

確かにそう言えば、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

P「大丈夫だよ。いつもの響子の香りが…………」

俺もそこまで言って、口を噤んだ。

今のは流石にデリカシーが無さすぎたのではないだろうか。

響子の方を見れば、体育座りした膝の間に顔を埋めていた。

響子「……お風呂、入っても良いですか?」

P「あ、あぁ……ごゆっくり」

そう言って、響子は浴室の方へと向かって行った。

俺も少し、反省しないと。

響子が妹としてこの家で過ごすのなら、俺も女性と二人暮らしする様な振る舞いをしなければ。

風呂上がりにパンツ一丁で寝っ転がりながらテレビ見てビールを飲む、なんて事をしてはいけないな。


ジャーーっと、浴室の方からシャワーの音がした。

この部屋のシャワー音が案外響く事を、俺は初めて知った。

今までずっと、一人暮らしだったから。

シャワーの音が止まる。

バスルームの扉が開く音がする。

それから……

「あっ」

声が聞こえた。

……なんの「あっ」だったのだろう。

バスタオルの場所は見れば分かるだろうし、ドライヤーだってある。

服は洗濯機に投げて貰えば良いし……

…………あっ、服。

響子、あいつ着替え持ってってない。

「…………」

さて、どうしよう。

着替えがカバンの中に入っていたのなら俺が持って行けたが、先程響子はバラしてしまっていた。

流石に俺が響子の部屋を漁って着替えを持って行くのはナシだろう。

コンコン

P「響子ー」

響子「ひゃ、ひゃいっ!」

P「……着替え、部屋なんだろ? 俺一回部屋に戻ってるから」

響子「……お気遣いありがとうございます……」

さっさと部屋に戻る。

それから、足音が聞こえて、となりの部屋へと入って行った。

「……うぅぅぅぅぅっ……」

布団の上でゴロゴロしている音と、呻く声。

「お兄ちゃんが悪いんだもん……」

俺のせいにされていた。

「……お風呂、どうぞ……」

入って良いらしい。

許可を得たので、俺もさっさとシャワーを浴びた。

物凄くどうでも良い事なのだが、排水溝が綺麗になっていた。

ゴミ箱の方には長い髪が入っていて、また響子と同棲している事を自覚した。

……汚いと嫌だろうし、俺も軽く掃除してから上がるか。





響子「…………」

P「……何してるんだ」

響子「…………良いもん……すぐに慣れるもん……今回だけですから……」

リビングに戻ると、ソファに響子が沈んでいた。

クッションに顔を埋めているせいで見えないが、おそらく真っ赤になってる事だろう。

……なんとかして、話をそらしてやろう。

P「バスタオルとか、場所分かっただろ? 良い香りが良ければ明日柔軟剤とか買ってくるが」

響子「あ、大丈夫です。お兄ちゃんの香りがして、なんだかしあわ…………」

P「…………」

響子「ヘンタイじゃありません……たまたま顔を拭いた時に思っただけですから……」

P「ま、まぁうん。なら良いんだが」

響子「もーっ! お兄ちゃんももうちょっとは照れても良いんですよっ?!」

P「恥ずかしいさ。風呂上がりで俺超薄着だし、リビングに部屋着の響子が居るなんて」

響子「……あ、ありがとうございます……?」

P「でも、なんだろうな……」

部屋に、誰かが居る。

ずっと一人だった俺の部屋に、人がいる。

それがなんだか、幸せだった。

響子「……ねえ、お兄ちゃん」

P「ん? どうした?」

響子「……私、多分もっと迷惑かけちゃうと思いますけど……急に女の人と一緒に住む事になるなんて、きっとすっごく疲れるかもしれないですけど……」

P「俺だって不安さ。響子に迷惑掛けないようにって」

響子「……一緒、なんだ」

P「それに……響子が居てくれて、俺はすっごく幸せだから」

響子「……えへへ、そっか。なら、もっと迷惑掛けちゃおっかな」

P「どんとこい。俺は響子の兄なんだから」

響子「はいっ! 改めて、これからもお世話になりますっ!」

色々と悩む事はあったが。

響子が楽しそうだから、まぁ良いか。

響子「美穂ちゃんも『良いなぁ』って言ってましたっ!」

P「えっ?」

響子「えっ?」

P「……言ったのか……?」

響子「……言っちゃまずかったですか……?」

ピロンッ

俺のスマホに通知が一件。

明るくなった画面には、『小日向美穂:ズルいですっ』の文字。

P「……まぁ、明日で良いか」

響子「はいっ。おやすみなさい、お兄ちゃんっ!」



朝、アラームの音で目を覚ます。

今は何時だろうとスマホを開くと、なんか大量に通知が来ていた。

送ってきたのは美穂で……ずるい? 大丈夫ですよね? なんの事だろう。

美穂に対して、何か騙す様な事をしてしまっていただろうか?

寝起きで回らない頭を揺らしながら、洗面所へ向かおうとドアを開ける。

ふんわり、と。

食欲をそそる、良い香りがした。

響子「あ、おはようございますお兄ちゃんっ。朝ごはんもうすぐ出来上がりますからっ!」

P「……あぁ。おはよう、響子」

そしてようやく、俺は昨日の事を思い出して。

P「……朝ご飯か」

響子「お兄ちゃん普段は食べないって言ってましたけど、朝ご飯は一日の元気の源ですからっ!」

P「やばい……幸せかもしれない」

朝起きたら、可愛い女の子が朝食を作ってくれている。

鼻歌混じりに上機嫌なエプロン姿の響子が、ゆらゆら身体を揺らしながら鍋を火にかけている。

……兄妹と言うより新婚みたいだな、と言う言葉は飲み込んだ。

これは彼女の演技の練習であって、決して、職権乱用による所属アイドル連れ込み事件では無いのだから。

響子「あの……それとなんですけど」

P「どうかしたか?」

響子「えっとですね……朝起きたら、美穂ちゃんから沢山ラインが……」

P「あー……」

俺の方にも来ている。

夥しい量の通知が。

P「……二度寝、したいなぁ」

響子「ダメですよー? お仕事遅れちゃいますから」

事務所に行くのが、少し憂鬱になった。




美穂「わたしもPさんのお家に泊まりたい!!」

P「ダメに決まってるだろ」

美穂「じゃあわたしも妹ですっ!!!!」

P「何がじゃあなんだ?」

美穂「なんでもですっ!!!!!!」

P「……そう」

響子「あ、あはは……」

隣では響子が困った様に目の前の惨状から目を逸らしていた。

P「えっとだな美穂。これは響子の演技の練習なんだよ」

美穂「聞きましょう」

P「今回響子に来たのが、主演の男性と二人暮らしをする妹役って仕事でな」

美穂「ふむ」

P「だが響子は長女だ、妹の気持ちと言われてもピンとこないらしい」

美穂「ふむふむ」

頷く美穂と響子が可愛らしい。

P「やるなら完璧に演じたい」

美穂「ふむふむふむ」

P「P.C.Sでは最年少だけど他二人がアレで妹の気分にはあまりならない」

美穂「ふむふ……むむ?」

P「そんな訳で、俺の家で練習する事になったんだ」

美穂「……あれ? もしかしてわたしお姉ちゃんっぽくなかった?」

お姉ちゃんっぽく振る舞っていた事が果たしてあったのだろうか。

本人はそれを疑いようも無い事実だと認識している様だが、甚だ疑問である。

響子「あ、あのほら! 二人は兄じゃなくて姉じゃないですかっ!」

美穂「そっか! ですよねっ!」

P「あぁ、美穂は実にお姉ちゃんだ」

美穂「はい! 小日向美穂お姉ちゃんですっ!」

響子「いよっ、熊本のお姉ちゃんっ!」

美穂「いぇーいっ!」

P「ま、そんな訳だ」

美穂「なら仕方ないですねっ!!」

仕方ないんだ。

なら良いや、面倒な手間が省けるし。



美穂「なんだか誤魔化されてる様な気が」

響子「美穂お姉ちゃんっ、わたし飴が食べたいですっ!」

美穂「おっけー響子ちゃん。お姉ちゃんが買ってきてあげる!」

バタンッ

嵐が去った。

響子「……あれ、姉ですか?」

P「まぁ、実年齢的にはな」

それ以外は黙る事にしよう。

P「それと今更ではあるが、響子が俺の家で暮らす事になった事は基本黙っておこう」

響子「その方が良さそうですね……」

P「あとこれも今更なんだが……響子は男性と二人暮らし、嫌じゃなかったか?」

家では兄妹という関係を徹底する。

これを守る為にも、こういった事は外に居るうちに聞いておきたかった。

P「昨日一日過ごして色々と発見があっただろう。風呂上がりとか寝起きとか、普段と違ってストレスも溜まると思うぞ」

響子「うーん、それに関しては全然大丈夫でした。なんて言うかPさんって、今までもずっと家族みたいに思ってて……」

P「響子……」

響子「まるで弟みたいだなーって思ってたら、全然気を使う事もありませんでしたっ!」

P「響子……………………」

せめて手のかからない弟でいよう。

響子「……あ、本物の兄みたいだなって思いました!!!」

P「よし!」

誤魔化された気もするが、気のせいだろう。


響子「プロデューサーこそ、嫌じゃありませんでしたか?」

P「嫌なわけあるか。大切なアイドルの演技の練習に付き合わせて頂いてる立場だぞ」

響子「……それだけ、ですか?」

P「それだけ、とは?」

響子「あっ、いえっなんでもないですっ!」

P「……まぁ、昨日も言ったけど幸せだったよ。家に響子が居て」

響子「……幸せ…………」

P「響子もなんとなくわかるだろ? 家に帰れば大切な人が居る。朝起きたら大切な人に会える。幸せ以外のなんでもない。迷惑だなんて思う筈がないさ」

響子「た、大切な人……」

P「今夜も、もちろんうちに来るだろ?」

響子「ひゃ、ひゃいっ!」

P「それじゃ今夜は一緒に夕飯を作ろう。出来の悪い兄に家事スキルを叩き込んでくれ」

響子「…………はいっ!」

バタンッ!

美穂「響子ちゃん! 美穂お姉ちゃんがコロッケ買って来てあげましたっ!!!」

出来の悪い姉はお使いすら満足にこなせないらしい。



カタカタカタカタ、ッターン!

P「ふぅ……よし、終われ」

ちひろ「終わってませんよね?」

P「と思うじゃないですか? 残念ながら」

ちひろ「事実なんですよね?」

P「…………はい」

ちひろ「まったく、すぐバレる嘘を誤魔化そうとするなんて……あ、でもあと少しじゃないですか」

P「本当だ、気付かなかった」

ちひろ「さっきの発言はなんだったんですか」

P「響子の事で頭がいっぱいで……」

ちひろ「……あぁ、そうですか……」

P「……なんですかその目は」

ちひろ「なんでもありませんよー? 良いですよねープロデューサーさんは、一緒に帰る人がいて」

P「……あぁ、そうですか……」

ちひろ「……なんですかその目は」

P「かわいそう」

ちひろ「職権乱用性犯罪者」

P「天上天下唯我独尊」

ちひろ「……墾田永年私財法」

P「七文字ですよそれ」

ちひろ「っはー! これだから妻帯者は!」

P「いや響子はまだ結婚出来ないんですが」

ちひろ「まだ? まだと仰いましたか?! へーそうですか16歳になったら直ぐにでも籍を入れる予定だと!」

P「もうすぐ18からになるんじゃないでしたっけ?」

ちひろ「まぁ私からすれば結婚可能年齢が16も18も関係ないんですけどね! 大人なので!」

P「30だろうが40だろうが関係なさそ」

ちひろ「そこに丁度飛び降りやすそうなが窓ありますよ」

P「16階なんで死んじゃう」

ちひろ「18階でも良いですよ」

P「どっちにしろ死んじゃう」

虚無な会話をしつつ作業を終えて、退社の準備をする。

ちひろさんは人生楽しそうだ。

P「お疲れ様でーす」

ちひろ「黙ってて下さい、今非常にむしゃむしゃしているので」

P「それじゃ腹ペコじゃないですか」

ちひろ「アングリーです」

P「ハングリーでは?」

ちひろ「Hのない人生ですから、ふふふ」

闇の波動に飲まれる前に俺は事務所を出た。



響子「むむむ……」

P「どうした響子」

ロビーで合流した響子は、なにやらうんうん唸っていた。

顎に手を当ててサイドテールを揺らす姿が愛らしい。

可愛いの権化か。

響子「私は思った訳です、家の中だけが兄妹ではないと」

P「……どう言う事だ?」

響子「実際の兄妹って、おうちの中だけの関係な訳じゃない訳じゃない訳じゃないですか」

P「どっちだ?」

響子「あれ? えっと、兄妹って家の中だけじゃなくて、お外で会う場合も勿論あるじゃないですか?」

P「それはそうだろうな」

響子「外で会う事もある。なんなら一緒にお食事したりお買い物する事だってある筈です」

P「それもそうだな」

響子「なのにですよ? 兄妹の演技の練習を家の中だけに限定してたら足りない気がするんです」

P「……ふむ」

響子「勿論事務所内ではアイドルとプロデューサーって言う関係です。プロデューサーのお家では兄妹です。すると……」

P「……空白が存在するな」

響子「そうなんです。事務所に向かうまでの時間とお家に帰るまでの時間、勿体無くありませんか?」

P「つまり?」

響子「事務所を出たらもう兄妹の練習を始めませんか? って事ですよーお兄ちゃんっ!」

あっやばかわい。

P「まぁ確かに、それもそうだな」

響子「同意も頂けたので早速始めちゃいましょっ!」

P「あっやばかわいい」

響子「ねぇお兄ちゃん、お夕飯のお買い物しに行きませんか?」

そう言って、響子は此方へと一歩近寄って微笑んだ。

P「構わないが……あぁ、だから普段以上にがっつり変装してたのか」

それでもトレードマークのサイドテールはそのままな辺り、拘りがあるのだろう。

響子「お兄ちゃん、いつもは何処でお買い物してるんですか?」

P「え、コンビニだけど」

響子「スーパー行きます。場所調べますよ」

P「はい」

有無を言わせぬ形相だった。

響子「信じられない……本当に実在したんだお買い物全部コンビニで済ます人……勿体無いと思わないのかな……」

非常に肩身が狭かった。



響子「お兄ちゃん、そこのショウガ取って下さいっ」

P「これか?」

響子「それミョウガ……」

P「あぁこっちか」

響子「その隣の!」

P「これショウガだろ?」

響子「お値段と生産地と状態をちゃんと見て選んで下さい!」

P「……はい」

響子「えっ、今までどうやって生活して来たんですか?」

P「サイドテールの可愛い女の子をプロデュースして楽しく生きてきたよ」

響子「……もー、今回だけですからねー? まったく、お兄ちゃんってば私がいないとなーんにも出来ないんですからっ」

とても上機嫌、満足のいく回答だったらしい。

響子「はいお兄ちゃん、そこの豚肉から1パック選んで下さい」

P「……ヒントを頂けないでしょうか」

響子「そういう企画じゃないんですけど……」

P「この鶏肉とかどうだ?」

響子「豚の生姜焼きを鶏肉で作る訳ないじゃいですか」

P「豚の生姜焼き?!?!!」

響子「今日は仕込むだけですよ? 明日の夜ごはんです」

P「頑張って明日まで生きないとな」

響子「豚の生姜焼きじゃなくても生きて下さい……」

P「で、今夜の夕飯は?」

響子「リクエストがなければ回鍋肉で良いかなって思ってたんですけど」

P「良いな回鍋肉、頑張って今夜まで生きないとな」

響子「お兄ちゃんの人生はなんでそんな死が付き纏ってるんですか……」


無事買い物を終え、重いビニール袋を両手に再び夜道を歩く。

うーん、液体の調味料類が重い。

響子「持って貰っちゃってごめんなさい」

P「良い筋トレになるよ」

響子「男の人が一緒にいると、荷物持って貰えるからつい買いすぎちゃうんですね……勉強になりました」

P「米とか女性だと運ぶの大変だろうなぁ」

響子「あ、そっちの袋で良ければ私が持ちますよ?」

P「3つとも割と重いし……あ、じゃあ俺の鞄持って貰えるか?」

響子「はいっ!」

一旦立ち止まり、響子に鞄を預ける。

多分俺が持っているビニール袋よりは軽い筈だ。

響子「…………」

P「……ん? どうした?」

響子「んー……どうせならお家で鞄預かりたかったなーって思ってたんです」

P「どうして?」

響子「その方が、ほら、ええっと、その……妹っぽくありませんか?」

P「……そうか? それはどっちかって言うと……」

……あぁ、成る程。

だから響子は一瞬口籠った訳だ。

そして今、夜道でも分かる程に頬を赤らめていて……

P「……メイドさんみたいだな」

メイド良いよね、メイド服めっちゃ良いよね。

響子絶対似合うよ保証するよ一回着てみないか?

響子「……着ませんよ? メイド服」

P「世の中の妹は皆家ではメイド服を着て過ごして」

響子「ませんから」

P「……ダメか?」

響子「ダメです」

P「…………」

響子「そんな目をしてもメッですよっ!」

P「じゃあエプロンで」

響子「それくらいなら全然、って言うかお料理する時いつも着けてますけど」

P「玄関先で『お帰りなさいご主人様』って言ってみてくれないか?」

響子「お兄ちゃんはご主人様じゃありませーんっ」

P「ところでさ」

響子「なんですか……ご……ご主人様……」

P「……もう一回言ってみよう」

響子「鼻の下伸ばしてる変態お兄ちゃんにはこれ以上のサービスはしてあげませーんっ!」

P「で、ところでだが」

響子「……なんですか? おねだりされても言ってあと一回ですよ?」

P「流石にキッツイ、ビニールもう一袋持って貰えないか?」

響子「頑張ってっ、ご主人様!」

P「うぉぉぉぉ!」



響子「お兄ちゃん、本っ当に単純だよね……」

P「っふぅ……うぉぉ……もう動けん……」

なんとか家まで辿り着いて、俺はトーテムポールになった。

P「悪い響子、両手塞がってて取れないから鍵出してくれ」

響子「はーい。鞄の中ですか?」

P「いや、俺のポッケ」

響子「…………お兄ちゃん、妹にどこ触らせようとしてるんですか……?」

ジト目に唇を尖らせる響子。

おかしい、何か変な事を言っただろうか。

P「ジャケットの右側に入ってるから」

響子「えっジャケット……わ、分かってましたよっ?」

P「兎に角早く開けてくれ。両腕が初期微動起こしてる」

響子「はーい」

響子が俺のポッケから鍵を取り出し、玄関の扉を開ける。

……この部屋の扉を俺以外が開けたの、記憶が正しければ初めてだった。

響子「はいお兄ちゃん、お帰りなさい」

P「ただいま。響子もお帰り」

響子「はいっ! ただいまお兄ちゃんっ!」

疲れが吹っ飛んだ。

両腕が喜びにエキサイティング。

響子「私がお夕飯作ってますから、お兄ちゃんは先にお風呂入ってきたら?」

P「いや、さっきも言ったけど一緒に作るよ」

響子「……はいっ!」

満面の笑顔で、キッチンへとかけて行く響子。

それから響子がエプロンを着けて此方を向くまでに、なんとか俺は緩んだ表情を直さなければならなかった。




美穂「いいなーいいなー、わたしも妹役のお仕事来ないかなー」

P「来たとして美穂は練習する必要ないんじゃないか?」

美穂「何か言いましたかっ?」

P「いや何も?」

響子と暮らすようになってから1週間弱。

段々と同棲生活にも慣れ始め、生活リズムも合う様になって来た。

美穂「そう言えば洗濯物とかってどうしてるんですか?」

P「基本は響子がやってくれてるな。俺が居る時は一緒にやってるが」

美穂「そうじゃなくて……同じ洗濯機で洗ってるんですか? って事です」

P「そりゃ当たり前だろ、一般家庭に洗濯機が二個もある訳がない」

美穂「二人は気にしないんですか?」

P「まぁ俺はな。響子も特に気にならないらしい」

弟がいたからだろうか、男性モノの服と一緒に洗われる事に抵抗はない様だった。

もちろん俺は弟ではなく、最初は内心少し躊躇っていたのかもしれないが。

美穂「……あれ? 一緒に洗濯物干してるって言ってましたよね?」

P「…………気のせいじゃないか?」

美穂「見たんですか」

P「……何をですか」

美穂「響子ちゃんの下着です」

P「……いやぁ? 見た事ないなぁ、一回もない。もしかしてさてはあいつ下着着けてないな?」

美穂「男の人と一緒にいる時に着けて無い方が問題だと思いますけど」

P「そりゃそうだ」

美穂「それはそれとして、今Pさんが言ってた事ちゃんと響子ちゃんに伝えておきますね?」

P「ごめんなさい見ました」

美穂「……へんたい」

P「いやでも兄妹だから」

美穂「……響子ちゃんに、自分の下着洗わせてるんですか?」

P「兄妹だから!!」

美穂「やっぱりズルイ!! わたしもPさんの妹になるもん!!!!」

P「響子が苦労するだろ!!」

こんなのが四六時中家にいたのでは響子もたまったもんじゃないだろう。


美穂「わたしお姉ちゃんですよ?!?!!」

P「俺だって兄だけど絶対迷惑掛けてる自信あるから!」

美穂「わたしもPさんの下着見たいもんっ!!!!!」

P「…………????」

美穂「……あっ、えへへ……今のはえーっと……言い間違えです!」

何と言い間違えたのだろう。

いやいい、言わなくていい。

きっと墓穴を掘るだけだろうから。

ガチャ

響子「おはようございます」

美穂「おはよう響子ちゃん! お姉ちゃんなんて如何ですかっ?!」

響子「……良いんじゃないですか?」

美穂「……………………」

P「……お、おはよう響子!」

響子「レッスン行ってきますね」

バタンッ

美穂「……………………」

P「……………………」

美穂「……えっ、怖い……」

P「俺なんて無視されたんだぞ」

美穂「……喧嘩してるんですか?」

P「困った事に心当たりがない」

今朝から、響子はずっとこの調子だった。

昨日の夜までは普通に話していたし、仲良く明日晴れます様になんててるてる坊主を作ったりもした。

それで朝晴れてて良かったな響子なんて声を掛けてみたら、もうあれだった。


P「……冷蔵庫にな、ゼリーが二個あったんだよ」

美穂「わたしも食べたい!」

P「俺も食べたい。だから食べたんだ」

美穂「絶っっっ対それです!」

P「と思うだろ? で、それだと思って謝ったんだけど違ったんだよ」

「私が食べるの楽しみにしてたゼリーを食べられちゃった程度で怒ると思ってるんですか?」

「これでも長女で……今は妹ですけど、別にそうじゃないんです」

「あの……お兄ちゃん、本当に分からないんですか?」

「え、二個あったから良いと思って?」

「……はぁ、そうですか」

「行ってきます兄さん、朝ご飯は冷蔵庫に入れておきますから」

P「以上が今朝の響子だ」

めちゃくちゃ怖かった。

心当たりが外れてしまい、尚且つ自分で考えろと言われると結構きつい。

美穂「…………響子ちゃん怖かった……早く仲直りして下さいっ!」

P「俺だってしたいさ。と言う訳で美穂」

美穂「はいっ!」

P「それとなく探りを入れて欲しいんだ」

美穂「探りって……」

P「頼むよ美穂、P.C.Sのお姉ちゃん担当だろ?」

美穂「はいっ! 任せて下さい!!!」

P「絶対俺に頼まれたってバレない様に、自然な感じで頼むぞ?」

美穂「えっへん!」

不安しかなかった。




美穂「ねぇ響子ちゃん、プロデューサーさんと喧嘩してるんですか?」

響子「…………してませんよっ?」

美穂「そっか!」

響子「はい、私があんな人と……優しいプロデューサーと喧嘩なんてする訳ないじゃないですかっ!」

美穂「だよね!!!」

響子「争いは同じレベルでしか起こらないんですっ!」

美穂「そうなんだ!!!!!」

響子「で、あの人に頼まれたんですか?」

美穂「うん!!」

響子「…………っはー…………」

美穂「あっ今のナシね?」

響子「……はい、ナシですね」

美穂「うん、お願いっ!」





美穂「そんな訳で、響子ちゃんは怒ってないみたいですっ!」

P「……そっか……そっかぁぁぁ…………」

めちゃくちゃ怒ってたじゃん。

今の受け答え、めちゃくちゃ怒ってるやつじゃん。

美穂ももう少し上手くやってくれても……いや、違うか。

こういう兄妹の問題は、兄妹内で解決するべきだった。

少なくとも他の人の手を借りるべきではなかった。

もっと言うと、頼む人を選ぶべきだった。

ガチャ

響子「…………お疲れ様です」

美穂「お疲れ様、響子ちゃんっ!」

P「お疲れ、響子」

響子「……帰ります」

バタンッ

美穂「……やっぱり怒ってるみたいです」

んな事は最初から分かってる。

何に対して怒っているのか、それを知りたいのだ。

俺のせいで不機嫌になってしまった響子と、家に帰れば二人きり。

俺だって気不味いし、響子からしても嫌だろう。

であれば、何とかして原因を突き止め謝らなければならない。

P「…………闇雲に謝るだけじゃ余計に怒るよな」

美穂「当然ですっ!」

P「……美穂だったら、どんな事があれば機嫌が良くなる?」

美穂「美味しいものを食べだ時ですっ!!」

P「よし、甘いもの買って帰るか!」

きっと悪手だろうなぁ、と。

そう分かっていても、他に手が無いのだ。

取り敢えず帰りに、昨夜食べてしまったゼリーを買って帰る事にした。



玄関の前で大きく息を吸う。

吐く。

吸う。

吐く。

吸う。

吸う。

吸う。

咽せた。

P「……………………」

……もう一度深呼吸をしよう。

ガチャ

覚悟が決まるよりも先にドアの鍵が開かれた。

開けてくれた響子は、仏頂面で顔を背けている。

響子「……玄関先で何してるんですかお兄ちゃん」

P「深呼吸の練習を……」

響子「ご近所さんに怪しまれますから、早く入って下さい」

P「はい」

部屋に入る。

キッチンからは、良い香りがした。

喧嘩(と言っても一方的なものだが)しているにも関わらず、夕飯を用意してくれたらしい。

P「……ただいま、響子」

響子「……おかえり、お兄ちゃん……」

……沈黙が痛い。

いっそのこと1発叩いてはいお終い、となってくれた方が気が楽なのだが。

P「……ゼリー、買ってきたから。俺が昨晩食べちゃったやつ」

響子「……怒ってないって言ってるのに」

P「とは言え勝手に食べちゃったのは事実だからな。2つあったから1つは俺の分だと思っちゃったんだ。悪かった」

響子「……別に、そんな事で怒ってるんじゃないもん……」

つーん、と顔を背ける。

……これは、どちらかと言えば怒っていると言うよりも拗ねている様だ。

響子「元々一個はお兄ちゃんの為に買ってきたものですから……」

P「ご馳走さま、美味しかったよ」

だとすれば、尚更理由が分からなくなった。

勝手に食べられてしまって、けれどそれが原因だとは拗ねて言えなかったものだと思っていたのだが……

響子「だから……」

意を決した様に。

響子は、息を吸い込んだ。

響子「お兄ちゃんと一緒に食べたかったんですっ!!」

P「…………えっ?」

響子「お兄ちゃんと一緒に食べようと思って買って来たのに! お兄ちゃん一人で食べちゃうんだもん!!」

P「…………????」

響子「……あれ、本当に分かってなかったんですか? 自意識過剰っぽくて言い出せなかったとかじゃなくて……?」

P「…………??????」

響子「…………」

P「俺と一緒に食べたかったのに先に食べられて怒ってたのか……?」

響子「…………」

こくりと頷く響子。

うん、一旦話を纏めよう。

響子は俺と二人でゼリーを食べる為に2つ買ってきた。

けれど俺が先に一人で食べてしまった。

だから響子は怒っていた、と。

P「………すまん!! 完っっ全に俺が悪かった!!」

少し考えれば分かる事だったのかもしれない。

少なくとも、言われて即理解出来る程度の事だった。

響子「……言いもん……お兄ちゃん、前までいっつも一人でご飯食べてたからそういう気持ちが分からなくても仕方ないもん……」

P「配慮が足らなかった! 2つあるし1個くらい良いだろ程度にしか思考が回らなかったんだ!」

響子「二人で食べる、とは考えなかったんですもんねー……」

P「この通り! お詫びに今から食べよう! ちゃんと買ってきたから!!!!」

深々と頭を下げる。

これでダメだったら……

響子「……別に、何度も言ってるけどそんなに怒ってないんです……」

P「酔ってる人は酔ってないって言うんだ」

響子「……意地になっちゃったから」

P「……意地?」

響子「お兄ちゃんは私と一緒に食べたいって思ってくれなかったんだ、って……そう考えたら、なんだか悔しくって……」

寂しそうに、申し訳なさそうに。

響子は未だ、目を逸らしたままだった。



響子「なのにお兄ちゃん、本気で私が『勝手にゼリー食べちゃったから怒ってる』って思ってるんだもん……意地になっちゃうじゃないですか……!」

P「……ごめん」

響子「……そう思って貰えるのが当たり前、って……私、少し甘え過ぎてたのかもしれません……」

P「……上手く甘やかしてやれなくてごめんな」

そこだけ聞けば、寧ろ酷い事を言ってしまっている様にも思えるが。

これは、兄妹の練習なのだ。

兄が妹を甘やかさなくてどうする。

妹を不安な気持ちにさせてしまってどうする。

兄としての当たり前を出来ていなかった、非があるのは完全に此方側だ。

P「……もっと甘えてくれ。まだまだ俺下手だけど、絶対もっと良い兄になるから」

響子「……お兄ちゃん……」

P「もっと気兼ねなく甘えられて、文句も言えて、意地になるくらいなら暴言吐き散らした方が手軽だし楽だって思える様な! そんな兄になるから!!」

響子「…………もっと、甘えて……?」

P「……それに、意地張ったりするのも妹っぽいと思うぞ。寧ろ今までの響子が物分かりが良過ぎたんだよ」

演技をする上で、寧ろその方が妹らしい気がする。

少なくとも今までは、どちらかと言えばお嫁さんだった。


響子「……良いんだ……甘えて……」

P「あぁ、もっと甘えろ、もっと無理難題を押し付けろ。勿論断る時もあるが、そう言う会話も必要だろ」

兄妹喧嘩だって、きっと重要なファクターだ。

そう言った積み重ねを積もらせて、より一層妹の気持ちを理解出来る。

響子「……お兄ちゃん、なんやかんや良いお兄ちゃんだよね」

P「なんやかんや」

響子「……うんっ! ねぇお兄ちゃんっ」

とびっきりの笑顔で、響子は言った。

響子「一緒にゼリー食べさせあいっこしませんかっ?」

P「いや自分で食べようよ行儀悪いぞ」

響子「お兄ちゃんのバカぁぁぁぁぁ!」

バタンッ!

「せっかく勇気出したのに!」

「結構恥ずかしかったのに!!」

「この流れなら行けるかなって思っちゃった私がバカみたいじゃないですか!!」

「もぉぉぉっっっ!!!」

ドンっ、ばんっ、ゴロゴロゴロゴロ!

響子の部屋から、色々な音が聞こえて来る。

P「…………仲直りは出来た……のか?」

まぁ少なくとも、明日からは気不味い朝を迎えなくて済みそうだ。

なら……まぁ、良いか。

P「ゼリー冷蔵庫入れとくぞー」

「食べる! 食べます!! バカお兄ちゃんは飲み物用意しといて下さい!!」

……響子がこういう風に、外では見せない様な姿を見せてくれる様になっただけ成長かもしれない。





ゼリーの一件から約一週間が過ぎた。

あの日から、響子はより一層甘える様になった。

とても良い事だ、今まで長女で上手く甘える事が出来なかったろうから。

こうして共に過ごす事で、彼女はステップアップしたと言えよう。

このまま行けば、撮影が始まる頃には完璧な妹を演じられる筈だ。

今の段階どころか一段、二段前でも余裕だっただろう。

……だから。

響子「お兄ちゃん、あーん」

P「はい、あーん」

響子「うん、美味しいっ!」

ソファに座った俺の膝の上に跨って、俺が差し出したスプーンでプリンを食べている響子を眺めていると。

……うん。

少し甘やかし過ぎたかもしれないと、俺は反省するのだった。




『私、もっともっとお兄ちゃんに甘えようと思いますっ!』

それはほんの数日前、彼女が言っていた言葉だ。

勿論その時の俺は響子は熱心だなぁと思いながらも普段の労いも含めて、とても甘やかす気まんまんだったのも覚えている。

勿論最初のうちは、常識の範囲内だった。

幾ら兄妹とは言えそれは演技だし、何よりまず成人男性と年頃の女の子だ。

周りから見て警察を呼ばれない程度に、俺たちは仲睦まじい兄妹をやっていただろう。

……けれど、彼女は弾けた。

『お兄ちゃーん、髪乾かして貰えませんか?』

『お兄ちゃん抱っこしてー、今日いっぱい頑張ったもん』

『お兄ちゃんっ! 雷怖いです! 一緒に寝て良い……よね?』

『お兄ちゃん……一緒にシャワー浴びませんか?』

一応言わせて貰うと、勿論一線を超えない様俺はきちんと断った(りもした)。

けれど断ると拗ねるし、凄く寂しそうにするし。

ほっとくと頭グリグリしてくるし、めっちゃ良い香りするし。

理性を保ち続けた俺を褒めて欲しいレベルだ。

……人って変わるんだなぁ。

そうしみじみ感じながら、俺は響子の頭を撫でる。

心地良さげに目を細める響子は、風呂上がりでとてもホカホカ火力。

なんて言うか、猫みたいだ。

でもきっと実際に三歳くらいの妹がいたらこんな感じなのだろう。

俺と響子の兄妹生活はつい数週間前に始まったものだし、そう考えると強ち間違いでもないのかもしれない。

響子「えへへー……あ、お兄ちゃん。重くないですか?」

P「……あぁ」

響子「それじゃあもっと……ぎゅーっ!」

ぶっちゃけ重いよ、精神的に重いよ、という言葉をぐっと飲み込んだ。

……まぁ、うん。

間違いだらけな気がしている。



卯月「それで、響子ちゃんはどんな感じなんですか?」

P「んー……まぁ、上手くやってるよ」

事務所にて。

たまたまソファで寛いでいた卯月に、俺と響子の事を色々聞かれた。

卯月「響子ちゃんとっても役に入り込むタイプですからねっ! 今度美穂ちゃんと一緒に居る時妹の演技やって貰いたいです!」

P「役に入り込む……」

卯月「それと、とってもしっかりしてますから。私達もいつも助けて貰って……プロデューサーさんも私生活いっぱい支えて貰ってるんじゃないですか?」

P「そう、だな」

そうだったなぁ。

そんな日もあったなぁ……

いや、実際彼女に色々と支えて貰っている事は実感している。

最初は分担していた家事も、気付けば彼女が殆どこなす様になっていた。

勿論『俺も手伝うよ、ていうかやらせてくれ』とは提言したのだが、『そしたらお兄ちゃんと二人でのんびりする時間が減っちゃうじゃないですかっ! わたしが全部やっておきますっ!!』と却下された。

いずれ一人暮らしに戻った時に何も出来なくなっていそうで怖い。

『お兄ちゃーん、えへへ……はい、行ってきますっ!』

『お兄ちゃんも……行ってらっしゃいっ!』

『……手、繋ご? 兄妹なんだから問題ないですよね?』

『お兄ちゃんがいないと不安だもん……』

P「……しっかりしてるよ、響子は」

脳裏に過った今朝の回想を思考の彼方に投げ捨てた。

今の響子を美穂や卯月が見たら卒倒しそうだ。

卯月「…………?」

おっと、響子は外ではいつも通りだった。

公私をきちんと分けていると言う点ではしっかりしていると言えるか。



ガチャ

美穂「ふぇぇぇん、疲れたぁ……」

響子「お疲れ様です、プロデューサーっ!」

P「おう、お疲れ美穂、響子」

響子「……えへへ」

P「…………?」

美穂「あ、ラブコメの波動!」

響子「……もう、帰れますか?」

P「いや、あと少しかかりそうだな」

美穂「じゃあ響子ちゃんっ! 美穂お姉ちゃんと帰りましょうっ!!」

響子「それじゃ……待ってますね、プロデューサー」

えへへ、と微笑む響子。

美穂「……プロデューサーさんっ! わたしも待ってますよっ!!」

俺の背後で跳ね回る美穂。

とても集中力が散るのでやめて欲しい。

……夕飯、何だろうな。

正直なところ、響子と二人で過ごす夜を楽しみにしている自分がいた。

自制心さえ保てれば、とても幸せで快適な生活が送れるのだ。

ウィンウィン(?)なこの関係は、今の俺にとってとても……

響子「……夜は期待してて下さいね、お兄ちゃんっ」

耳元で、響子がそうと呟いた。

……じせいしん、どんな漢字書くんだったかな……




美穂「やーだー! わたしもプロデューサーさんのお家に行きたいーっ!!」

卯月「あ、あはは……お疲れ様でしたプロデューサーさん、響子ちゃんっ!」

卯月が美穂を引きずって帰って行った。

美穂……やっぱりあれで姉は無理があるだろう。

どう見てもお菓子売り場でぐずっている子供だ。

響子「それじゃ……帰ろっか、お兄ちゃんっ!」

P「あぁ」

ぎゅっ、っと。

自然と、手が握られた。

響子「夜ご飯、何かリクエストはありますかっ?」

P「んー……まだ週も頭だし、今週一週間頑張れる様に元気の出るものが良いな」

響子「…………元気の、出るもの……?」

P「あぁ。アバウト過ぎたか?」

響子「それって、その…………ええっと……」

P「…………?」

響子「…………はいっ!!」

にっこにこの笑顔で繋いでいない方の腕を振る響子。

ここまで無邪気に笑えるなんて、とても良い事だ。

駅へと向かうこの時間も、なんだか楽しく感じられる。

「ずーるーいーっ!! わたしも! わたしも響子ちゃんのご飯食べたいっっっ!!!!!」

「もう! ワガママ言ってると卯月ママ怒りますよ!」

「うぇぇぇぇんっっっ!!」

遠くから聞こえて来る叫び声は、きっと、気のせいだろう。




響子「お兄ちゃん、運んで下さいっ」

P「あいよー」

あっという間に完成した夕飯を、二人で食卓に並べる。

いつも思うが手際の良さが自分と段違い過ぎて、今までの俺の一人暮らしはなんだったんだろうとなる。

響子「お酒は飲みますか?」

P「いや、遠慮しとくよ」

響子「はーい」

それじゃ、頂きます。

テーブルの上に並べられたのは、どれもとても元気が出そうな食材だった。

牡蠣、干しエビ、イカ、高野豆腐、納豆、なめこ、オクラ、ニンニク、ニラ、ネギ。

…………いや、美味しそうではあるのだけれど。

いや実際美味しいけれども。

なんだか嫌な予感がしないでもない。

響子「亜鉛にタウリンにアルギニンにムチンにアリシン。沢山食べて沢山食べていっぱい元気になって下さいねっ!」

P「あ、あぁ……」

響子「……えへへぇ……」

P「…………?」

響子「……元気になれそうですか?」

P「勿論。響子の手料理だからな」

響子「ちゃんと元気になって貰わないと困りますからっ!」

P「俺が体調崩しちゃみんなに迷惑かけるもんな」

響子「それに…………え、えへへ……?」

可愛い。

とても素敵な笑顔だ。

先ほどの無邪気さを一切感じられないが、きっと気のせいだろう。

食後にサプリメントまで添えられた時は流石にやり過ぎだと思わないでも無かったが、まぁ健康の為だし。



響子「そ、それじゃーわたしはお風呂入ろっかなー?」

P「……入れば?」

何故コチラをチラチラ見る?

何故頬を染めて目を逸らす?

何故俺に確認を取る?

響子「……お、お兄ちゃんはどうしますか?」

P「後片付けして待ってるけど」

響子「……お、お兄ちゃんがどうしてもって言うなら……わ、わたしは一緒にでも……」

P「……後片付けを?」

響子「後片付けって言うか……準備って言うか……」

P「……もう夕飯は食べ終えただろ?」

響子「それは……その、ええっと……メインディッシュと言いますか……その…………」

P「……お風呂入ったら?」

響子「もうっ! お兄ちゃんのイジワル! わたしに言わせようとするなんて、もーっ!!」

…………何が?

いや、ほんと……何が?

響子「わ、わたしは別に! 一緒に入っても良いって言ってるんですっっ!!」

P「俺は一緒に入るのは問題だと思うんだが」

響子「……そんなの、今更じゃないですか……」

P「いや俺と響子が一緒にお風呂に入った事は一度も無いと記憶してるんだが」

もしそんな事態になっていたとしたら、その時間違いなく一線を超えている自信がある。

響子「……………………あれ?」

P「ん?」

響子「えっとですよ? その……お兄ちゃんって、お風呂入ったら何をするつもりでしたか?」

P「え、寝るけど」

響子「……一人で?」

P「一人で」

響子「…………」

P「…………」



響子「……紛らわしい言い方したお兄ちゃんが悪いんだもんっ! 私は別にイヤらしくないもんっっっ!!!」

P「えっ何突然何」

響子「もう知りませんっ! お兄ちゃんなんて一人でシャワー浴びて一人でお部屋でしてればいいもんっっっ!!!!」

P「何を?!」

響子「ナニですよっ! って何言わせるんですかっ!!!」

P「いやマジで何を?!?!!」

響子「知らないもんっ! 童貞お兄ちゃんのバカーーっ!!!!!」

的確に急所を抉った響子が浴室へと消えて行った。

……いや、マジでなんだったんだ。

俺は何を期待されていたんだ。

「わざわざマット買ってきたのに!」

浴室から何やら叫び声が聞こえて来た。

そう言えば夕飯の買い物だってのに何故か浴室用のマット買ったなぁ。

あれなんだったんだろう。

……まぁ、良いか。

それから仏頂面で一言も口をきいてくれない響子と入れ替わる様にシャワーを浴びた。

どことは言わないがとても元気だった。

布団に入っても何故か目とかがギンギンして眠れなかった。

仕方ない、ここは一度一人でサッパリしてから……

机の引き出しを開ける。

隠して置いた薄い機密書類が失くなっていた。

……寝るか。




P「響子ー、まだかかりそうかー?」

響子「ごめんねお兄ちゃーん! 先に行ってて下さーいっ!」

土曜日、朝。

俺は玄関前で響子の支度が終わるのを待たされていた。

何と言うことはない、いつも通りの買い物である。

ただ単純に、今日買うものが普段の食材とは違って服だと言う事くらいだ。

だと言うのに、響子の準備がやけに遅い。

一体何に時間を取られているのだろう。

……まぁ、良いか。

響子が先に行ってろと言うのだから、その言葉に従い俺は駅前へと向かった。




P「…………はぁ」

駅前で一人、ため息を吐く。

響子と二人で暮らし始めてから、一人で過ごす時間が格段と減ったからだろうか。

一人きりの時間と言うのは、思いの外つまらないものだった。

退屈する。

やる事がない。

話し相手がいない。

気が付けば、俺にとっての日常の中で響子はかなりのウエイトを占めていた様だ。

……早く、来てくれないかな。

そんな、まるでデートの待ち合わせをするかの様な。

恋人との約束を待ち遠しく思う様な。

なんとなく、そんな気分になった。

俺がそんな気分になるのと、それはほぼ同時の事だった。

響子「あっ、お待たせしましたっ!」

遠くから、手を振っている女の子がいた。

それは明らかに俺へと向けられており。

そんな、まるでデートの待ち合わせ場所に向かうかの様に楽しそうで、お洒落した女の子が響子だと気付いた時。

P「……おう、響子。随分とかかったな」

なんとなく照れ臭くなって、俺は目を逸らした。

響子「女の子は準備に時間が掛かるんです。あ、でも待たせちゃってごめんなさい」

P「良いって別に、俺こそ準備が早くて悪かったな」

響子「……むー……」

P「あぁすまん、嫌味とかそういうのじゃないんだ。気にしなくて良いって言いたかっただけで……」

響子「知ってますよーだ、お兄ちゃんが言葉足らずでデリカシーが無くて朴念仁な事くらい」

P「畳み掛けてくるな……」



そう言って、響子は自然に俺の隣へと並び。

響子「でも、待たせちゃったお詫びに……今日はいつもより、側に居てあげますからっ!」

すっと、俺の手をとった。

響子「……えへへ、お兄ちゃん照れてますか?」

P「……響子も顔赤いぞ」

響子「外、結構寒かったから……じゃない、ですね…………はい。私もちょっと恥ずかしいです」

それでも、と。

響子はより一層、握る手の力を強くした。

響子「もっと、お兄ちゃんに近付きたいから……良い、よね?」

P「……まぁ、兄妹だしな」

このくらい普通だろう。

指を絡めて、お互いの緊張が掌の汗と体温から伝わって来るくらい、強く握りしめていても。

それはきっと、響子の兄妹像では当たり前の事なのだろうから。

そう、自分に言い訳をする。

響子「……さ、早く行きませんかっ?」

P「あぁ、そうだな」

本当に、デートみたいだ。

そう、ぽろりと言いそうになった瞬間だった。

「あっ、見て卯月ちゃん! あっちにプロデューサーさんと響子ちゃんっぽい人がっ!!」

ばっ、っと。

お互いの手が離れた。

「はい美穂ちゃんはこっちですよ! ちゃんと歯医者さんに行かないと虫歯になっちゃいますから」

「やーだー!! 歯医者さんやだもん! 絶対あの二人だもん! わたしもあーそーびーたーーー…………………」

聞いたことのある声が、少しずつ遠ざかって行く。

けれど、一度離れた俺たちの手が再び近付く事はなかった。

響子「…………」

P「…………」

響子「……い、行きましょうか」

P「……だな」



響子「じゃーん、どうですかっ?」

P「可愛い」

響子「具体的にどうぞっ!」

P「……スカートが可愛い」

響子「……スカートだけですか……?」

P「可愛いスカートが似合ってて響子が凄く可愛いぞ」

響子「えへへー、ありがとうございますっ。あ、でも私ばっかりじゃなくてちゃんとお洋服も見て下さいね!」

可愛いだけを煮詰めた鍋かよ。

そんな訳で試着室前、俺は響子の一人ファッションショーに付き合っていた。

響子「こっちも良いけど……うーん、お兄ちゃんはどっちが良いと思いますか?」

そう言って、ワンピースを二着俺へと差し出す響子。

片方は黄色、もう一方はピンク色のワンピース。

超可愛い系、これを着こなせるのは本当にザ・可愛い女の子だけだろう。

少なくとも俺には似合わない。

P「どっちも良いと思うけど、折角だしもっと大人っぽい服とかに挑戦してみたらどうだ?」

響子「……仕事目線入ってませんか?」

P「……あー悪い。つい、な……」

響子「今私たちは?」

P「プライベートだ」

響子「つまり私たちの関係は?」

P「兄妹だ」

響子「分かっているならよろしいですっ」

ふんすっ、と効果音が出てるくらいお説教中ですみたいな顔をして腰に手を当て胸を逸らす響子。

こういう所はお姉ちゃんっぽくもあり子供っぽくもあるんだよな。

響子「……で、ですよ? お仕事目線とか抜きにして……お兄ちゃんは大人っぽい服の方が好きだったり……する?」

目を逸らして、少し唇を尖らせて。

チラチラとこっちの様子を伺ってくる。


P「俺の好きな服か……」

響子「さ、参考ですっ! 一般男性として、私みたいな子にはどんな服を着て欲しいのかなーって意見が聞きたいだけです!」

P「どんな好みでも軽蔑しないか?」

響子「ものによっては決別します」

P「メイド服」

響子「お兄ちゃんが着れば?」

お気に召さなかったらしい。

世の一般男性が可愛い女の子に着て欲しい服ベスト1(俺調べ)だと思ったんだがなぁ。

響子「あっ、あっちの服も良いかもっ!」

そう言って、どっか行った。

……元気が溢れてるなぁ。

若さのパワーと言うか、俺にはもうない活力と言うか。

美穂や卯月と一緒にいる時はきっと、いつもこんなテンションなんだろう。

少し、寂しさもある。

俺が若く、それこそ学生だった頃に響子と知り合っていたら、今の響子に着いていけたのだろうか。

そもそも話しかけられなかっただろうな。

だったら、俺が本当に響子の兄だったのなら……

P「……おい響子、こっちどうだー?!」

響子「あ、良いですねっ!」

取り敢えず、全力で着いていってみよう。

今の俺は兄なんだから、それを全力で実現してみよう。

きっと数分後にはバテているだろうけれど、それでも。

響子の兄として、今を全力で過ごしてみよう。


P「……はぁー……」

いやぁ、きつい。

10分後、俺はデパートのソファで考える人になっていた。

女子高生の活力に付き合うのは無理があった。

増える荷物を両腕に装備して動き回るのは、想像以上に体力を持っていかれるものだった。

響子は未だに笑顔で服を物色している。

時折コチラを見て手を振ってくれているから、忘れられている訳ではないらしい。

……そう言えば、とふと思い出した。

試着室で思い浮かべる相手こそが、その人にとって好きな人だという言葉を。

今響子は、誰を思い浮かべながら次々と服に手を伸ばしているんだろう。

美穂や卯月と遊びに行く時を思い浮かべているんだろうか。

他の友達とオフを過ごしている時だろうか。

あるいは……

響子「あ、これ卯月ちゃんに似合いそうっ」

P「……はは」

なんだかおかしくて笑ってしまった。

馬鹿な事を考えるのはやめにしよう。

彼女は今、全力で買い物を楽しんでいる。

それで良いんだ、それが俺にとっても嬉しい事だ。

P「……折角だし、美穂達にも声掛けてみるか」

あの二人がいる前でも兄妹の演技をした方が、きっと彼女のレベルアップに繋がるだろう。



ピロンッ

同時、俺のスマホが震えた。

また、笑いそうになる。

美穂『響子ちゃんと遊びに行きたいんですけど、今お二人はお暇だったりしませんか?』

P『同じ事考えてたとこだ。〇〇駅のデパート4階にいるから』

美穂『向いますっ!!!』

響子「お兄ちゃーん」

俺が美穂に返信を送ったと同時、試着室の方から響子に呼ばれた。

ファッションショーの続きだろうか。

P「はいよ、今行く」

シャーっと、試着室のカーテンが開いて。

そして、俺は息を呑んだ。

響子「じゃーんっ、どうでしょう? いつもより少し大人っぽいのを選んでみたりしてみたり……してみたんですけど……」

白色のワンピースに水色のジャケット。

黒地に白のストライプのリボンを着けた響子は、まるで大学生みたいに大人びて見えた。

響子「……あー、照れてる。しっかり見て欲しいって思ってましたけど、目を逸らされるのも分かりやすくて良いですねっ」

P「……ドストライプだ」

響子「縦縞……」

P「……響子」

響子「は、はいっ」

P「……大人になったな……」

響子「……お父さんみたい……」

P「いやうん、凄く良い。凄く……うん、良い」

響子「語彙力……」

P「綺麗だよ、響子」

響子「……あ、ありがとうございます……」

P「……凄く綺麗だ」

響子「……も、もう十分です……」

美穂「えっ混ざり辛い……」

卯月「でも混ざるんだ……」

気が付けば、俺の左右に美穂と卯月が居た。

思ったより早い到着だった。


響子「えっ? 美穂ちゃん? 卯月ちゃんっ?!」

美穂「あ、ごめんね? 続けて?」

響子「…………ぶろでゅ……お兄ちゃん?」

P「悪い、他の人居た方が練習になるかなって」

美穂「他の人! ねぇ卯月ちゃんわたし達他扱いされてる!!」

卯月「響子ちゃん、こっちなんてどうですか?」

響子「……お説教は後にします。今は……うん、楽しんじゃおっかな!」

美穂「ねぇ響子ちゃん、わた」

響子「お兄ちゃんにも私たちの仲の良さを見せちゃいますっ! 嫉妬しても良いですからねっ!」

P「おう、妹が仲良く遊んでるとこを見るのは兄の幸せだからな」

美穂「三面楚歌!」

ちひろ「あら、楽しそうですね」

美穂「四面になった!」



P「ふぅー……疲れた……」

響子「お疲れ様です、お兄ちゃんっ!」

1日が終わり、家の玄関を開ける頃には俺はもうゾンビみたいになっていた。

ハイテンションな三人とずっと付き合いながら歩き回るのはやはり無理がある。

単純に体力が保たなかった。

一方響子は上機嫌、沢山の戦利品を手に入れ仲の良い友達二人と遊んだのだからそりゃそうだろう。

おやつ時に入ったスイパラのせいで夕飯は食べられそうにないが、今は食欲も全くないし無しで良いだろう。

響子「二人に何度も『甘え過ぎ』って言われちゃいました。私、きっと自然に甘えられてたって事ですよね」

P「だなぁ」

まぁ、些か以上に距離が近過ぎると思わない事もないが。

それでも最初の頃に比べれば、それはきっと成長しているという事だろう。

響子「自然な兄妹に見えてたかな……」

P「それは間違いないだろ」

響子「……そっか。ですよねっ」

P「あぁ。どこからどう見ても」

ありふれた兄妹だった。

この生活を初めて、その頃はどちらかと言えば……

……そして。

P「……もう、十分だろうな」

響子「……ですねっ! 私、今なら完璧に妹を演じられそうですっ!」

響子は機嫌が良さそうだ。

なら、良かった。

この生活を始めた事は、きっと間違いじゃなかったんだ。

P「さ、お風呂入るか」

響子「お兄ちゃんさえよければ今日のお礼にお背中流しますよ?」

間違ってるかもしれない。




ピピピピッ、ピピピピッ

朝、目覚ましの音で目を覚ます。

もぞもぞと布団の中で散らばっている温もりを集めつつ、もう少しだけもう少しだけと目を閉じて。

P「……よし」

諦める為に勢いよく掛け布団を捲り上げた。

朝ご飯はどうしよう。

面倒だから抜きでも良いが、最近の習慣として食べる様にしていたせいでどうにも腹が減ってしまっていた。

取り敢えずインスタント味噌汁の用意とお湯を沸かし、その間にぱっぱとシャワーを浴びる。

そう言えば、炊飯器の予約を入れるのを忘れていた。

……まぁ、良いか。

味噌汁だけでも十分腹は膨れる。

テレビをつければニュース番組が1時間毎にやっている占いが流れていた。

つい獅子座の順位まで確認してしまうが、それを知ったところで今はもう喜び合う相手なんていなかった。

食器を流しに投げ込んだ後にスーツを着て、玄関に置かれた合鍵を尻目に部屋を出る。

P「行ってきます」

習慣で、そう呟く。

行ってらっしゃいを言ってくれる人は、当然、誰も居なかった。



P「おはようございます」

ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん」

いつも通りの挨拶をちひろさんと交わし、椅子に着く。

他の三人は、まだ事務所に来ていない様だった。

それもそうか、各々撮影なりでいつも事務所に来ている訳ではないし。

ちひろ「あ、プロデューサーさん。昨日観ましたか?」

観ましたか? が何を指しているのかは分かっている。

そして勿論、俺は観ていた。

録画もした。

P「勿論です。完璧ですね、響子」

それは、彼女が出演しているドラマの事だ。

響子が俺と暫くの間同棲する事になった、その理由。

響子は完璧に、妹役を演じていた。

それは俺にとって、嬉しい事で。

もう、一緒に過ごす必要は無いから。

ちひろ「その割には寂しそうじゃないですか? 実はずっと響子ちゃんと一緒に暮らしてたいなんて考えてたんじゃないですか? 独り身の辛さを思い出しましたか?!」

P「ちひろさん程じゃないですよ」

ちひろ「……プロデューサーさん、私で良ければ如何でしょう?! 今なら安くしておきますけど」

P「3ヶ月分も出せないので……」

ちひろ「プロデューサーさんの手取りじゃ3ヶ月分でも少な過ぎます」

P「普通に刺しに来るのやめませんか?」

ちひろ「先にバカにしてきたのはそっちですよ?」

P「……すみません」

ちひろ「……本当にからかい甲斐がありませんね……響子ちゃんと過ごしてた頃のプロデューサーさんはもっと輝いてましたけど」

P「からかわれる為に同棲していた訳じゃないんですけどね」

ちひろ「それで真面目な話、響子ちゃんとの事なんですが……」

そう言って、声のトーンを落とすちひろさん。

あまり、その話を続けたくはなかった。

自分が想像以上に凹んでいる事は、自分が一番よく理解しているから。

ちひろ「どこまで進んでたんですか?!」

無視して良さそうだ。




美穂「お疲れ様です、プロデューサーさん」

卯月「お疲れ様です! ぶいっ!」

P「お疲れ様、二人とも」

美穂と卯月に手を振って、俺は再びPCと向き合った。

気付いていなかったが、もう既に夜らしい。

響子は現場から直帰。

撮影の方は好調で、監督からも好評だそうだ。

主演の俳優とも仲良くやれている様で、SNSには楽しそうな撮影風景が上がっていた。

……なら、良い。

その為に、その為だったのだから。

そう自分に言い聞かせる様は、きっと側から見れば本当に惨めだっただろう。

ガチャ

P「っ、響子?!」

美穂「美穂です」

美穂だった。

正直物凄く恥ずかしい。

P「…………お疲れ様、美穂」

美穂「わたしの扱い雑過ぎませんか?」

P「で、どうしたんだ? 忘れ物か?」

美穂「うーん、忘れ物と言えばそうなんですよね。伝え忘れちゃったと言いますか、言いそびれたと言いますか」




そう言って、ニコニコしながら。

美穂は、尋ねてきた。

美穂「ねぇプロデューサーさん。わたしが妹役を貰ったとしたら、一緒に同棲して演技の練習してくれますか?」

P「美穂は必要ないだろ」

美穂「……してくれますか?!?!!」

押しが強い。

P「……まぁ、必要であればその時になったら考えるが……」

美穂「ちなみに実はわたし、結構お料理も出来ますし家事全般も出来ない事はありません」

P「朝起きられるか?」

美穂「起きようと思えば起きられるもん……多分……だから、今日から家に泊めて貰えませんか?」

P「……それがもし」

本当に必要な事であるならば。

美穂にとって必要な事なら。

だから俺は……

美穂「今誰の事を思い浮かべてますか? きっとその子なら、必要な事じゃなくてもOKしたと思うんです」

P「……なぁ、美穂」

美穂「正直ズルイと思ってました。わたしにもそういうお仕事がくれば良いのになーなんて考えてたんです。でもきっと、プロデューサーさんは……」

響子ちゃんだからこそ、そうしたんだと思います。

そんな美穂は、なんだか寂しそうで。

それでも、楽しそうで。


美穂「わたしはユニットのお姉ちゃんですっ! 誰がなんと言おうがわたしは響子ちゃんのお姉ちゃんなんです。だから、妹が寂しそうにしてるのなんて嫌だから……」

P「響子も、か」

美穂「プロデューサーさんもですよ? 正直見てられないくらい凹んでたじゃないですか」

P「……マジで?」

美穂「マジです。ずっと見て来たんだもん、分かるに決まってます」

P「……それでも、俺たちは演技の練習として」

美穂「だけですか? 本当に?」

P「……だけじゃない」

美穂「楽しかったと思うんです。二人で過ごせたら楽しいだろうなって思って、だから始めたって理由もあると思うんです」

P「そうだ。俺は……」

響子と二人で暮らせたら、きっと楽しいと思ったから。

二人で過ごして、想像以上に幸せだったから。

だから今、こんなにも凹んでいるんだろう。

まるで、恋人と別れてしまったかの様に。

美穂「それに……響子ちゃんも、絶対に幸せだった筈です。だったら途中で終わりなんて中途半端な事はしないで、ちゃんと責任を取るべきだと思います!」

P「……ありがとな、美穂」

美穂「決まりましたか?」

P「あぁ、響子と話そう」

美穂「……で、ですよ? ちなみにそのご家庭に姉なんて如何でしょうか……?」

P「きちんと責任を取る、って」

美穂「……あっわたしが思ってたよりずっと先の展開」




夕飯をコンビニで買って、家へと向かう。

こんな食生活なんてしてたら響子に叱られてしまうんだろうな、なんて。

そんな事を考えながら、俺は玄関に鍵を刺した。

ガチャ

響子「お帰りなさい、プロデューサー」

P「……ただいま、響子」

そんなやり取りが、まだそこまで期間が空いていない筈なのに懐かしくて。

なんだか涙が出そうになった。

響子「……あ、またコンビニ弁当買ってる……」

P「じ、時間が無かったからな。響子が出て行ってからも結構自炊とかしてたんだぞ」

響子「食器や調味料の位置、全く変わってませんでしたけど?」

ジト目で、なんだか楽しそうな響子。

響子「今夜は私が作っておきました。もー、ほんとうに私がいないとなーんにも……」

キッチンの方からは良い香り。

撮影が終わってから、そのまま来てくれたのだろう。

……でも、食べる前に。

P「……響子、少し真面目な話がある」

響子「…………はい」




P「改めて、ドラマ凄く良かったぞ。一緒に練習した甲斐があった」

響子「はい、プロデューサーのおかげで満足いく演技が出来る様になりました」

P「あぁ、完璧だった」

だから、必要無いのだ。

これ以上俺と響子が兄妹という関係で同棲を続ける必要は、何処にも無い。

響子「……少しだけ、もう一度だけ。甘えた事を言って良いですか?」

P「……ダメだ」

響子「いやです……私、すっごく幸せだったんです」

P「聞いて」

響子「お兄ちゃんとしてプロデューサーと暮らしていた時間、すっごく幸せだったんです」

P「あの」

響子「これからもずっとこんな風に過ごせたらきっともっと幸せなのに、なんて。そんな事を考えながら暮らして……」

P「ねぇ」

響子「……だからこそ、寂しかったんです。いつか終わりが来る事が分かってましたから。こうして二人きりで甘えられる関係も、撮影が始まれば終わっちゃうって」

P「……まぁ、うん。俺もだよ」

響子もきっと、俺と同じ事を思ってくれていた。

こんな時間が、もっとずっと、続けば良いのに、と。

だから今こうして、あの日の続きを続けている。

響子「……でも、それ以上に……私は結局妹なんだなって思ったら……」

すっごく、苦しくて。

悔しくて、ずっと後悔してました。

そう、響子は呟いた。


響子「……私は、プロデューサーの妹で。そういう設定で始めちゃったからこそ、あの時……」

響子「『お嫁さん』っていう設定だったら……もっと良かったのにな、って……そう、考えちゃってました」

響子「妹なのにね、私。なのに、新婚さんみたいな真似しちゃって……途中からでもそう思って貰えたら良いな、なんて……ずっとずっと、考えちゃって……」

俺も、そう感じる事はあった。

まるで新婚みたいだな、と思う事が多々あった。

でも、それじゃあダメだったから。

そうしたら、彼女の練習にならなかったから。

響子はもう、全て片付いたと言った表情だった。

……なら、ここからは俺の番だ。

響子「……ふぅー。言いたい事を言ったらサッパリしました! ごめんなさいプロデューサー、今のが私の最後の」

P「ダメだ」

言葉を遮る。

最初に遮ろうとして失敗したけど、今なら言える。


響子「えっ?」

P「もう一度だけじゃ足りないって言いたかったんだよ、ずっと」

響子「…………???」

P「言葉が足りなかったな。俺もさ、響子と一緒に暮らしてきて凄く幸せだった。響子と同じ事を考えながら一緒に生活してきた」

響子「そっか……だったら、嬉しいです」

P「だから、さ。もっと甘えて欲しいんだよ。これからもずっと……二人きりで」

響子「……えっ? あっ、そ、それは……」

ようやく気付いてくれたのだろう。

顔を真っ赤にして、目には涙を溜めて。

P「……響子」

響子「ひゃ、ひゃいっ!」

P「……妹の演技は完璧だった。もちろん姉の演技なんてお手の物だろう。だから次は……お嫁さんの練習をしてくれないか?」

響子「……でも、そんな撮影は」

P「なくても必要だ。将来的にな」

響子「……………………」

……なんとか言って欲しい。

正直物凄く恥ずかしいし、沈黙が辛い。

響子「……また、甘えても良いんですか?」

P「これからもずっと、俺に甘えて欲しいんだ」

響子「……お嫁さんで?」

P「あぁ、妹じゃなくてお嫁さんとして」

響子「……そういう事だと思っちゃって良いんですか……? わ、私また勘違いしちゃいますけど……」

P「勘違いじゃ無い。今度は俺から、響子に頼む」

これからもずっと、一緒に過ごしてくれ。

そんな俺からの、響子への想いは。

0距離で直接、唇に伝えられた。





ちひろ「けっ」

P「……けっ、って」

ちひろ「なぁにがプロデューサーとアイドルの恋愛ですか。私がOKするとでも?」

翌日、ちひろさんにお説教されていた。

……まぁ、うん、そうだよな。

むしろ何故今までOKされていたのか分からないぐらいだ。

ちひろ「それは練習だったからです!」

響子「あっ、ちひろさん! 大丈夫です、私たちまだ練習ですからっ!」

ちひろ「そうですか、なら大丈夫ですね………………まだ?」

響子「OKも貰えましたし、早速新婚さんの練習をしませんかっ? その……あなた?」

P「ぶぉぁ」

響子「えっ嫌いになりそう……」

結果として、響子とは以前以上に距離が近くなって。

ついでにその練習は事務所内でも行われる事になった。

ガチャ

卯月「おはようございま……あっ、島村卯月がんばりますっ!」

卯月が響子を見て頭を抱えた後に見なかった事にした。

具体的には俺の腕にべったりしがみついた響子を見て。

まぁ、そうなると思う。




ガチャ

美穂「おはようございますっ! 小日向美穂ですっ!!」

響子「あ、おはようございます美穂ちゃん! 応援してくれてありがとうございましたっ!」

美穂「うん! 想像以上だったけどOKです!」

響子「えへへー、これからはずっと二人っきりで……ね?」

そう言って此方へ微笑む響子。

正直、お嫁さんの練習なんて必要ないくらいとても新婚だが。

必要なんて必要ないんだ。

俺は響子と過ごしたくて、響子は俺と過ごしたいと思ってくれていて。

なら、それで良い。

これからはもっと、二人で幸せに……

ちひろ「あ、卯月ちゃん美穂ちゃん、おめでとうございますっ! こないだのドラマのオーディション合格です!」

卯月「えへへっ、ぶいっ!」

美穂「やったね卯月ちゃんっ!」

P「おめでとう、二人とも」

響子「二人はどんな役なんですか?」

ちひろ「ええっと……二人が姉妹で、主役の娘って設定ですね」

卯月・美穂「「…………!」」

P「…………あっ」

嫌な予感がした。

二人が、とても良い笑顔を此方へ向けてくる。

響子「……だ、ダメですよ?」

美穂「必要があれば良いって言ってましたよねっ?」

卯月「響子ちゃんも、将来お母さんになった時の練習だと思って下さいねっ」

響子「う、うーん……なら……でも盗られそう……」

まぁ、そんな感じで。

卯月・美穂「「これからお世話になりますっ!」」

お嫁さん修行第一弾は、手のかかる娘二人のお世話になった。



以上です
お付き合い、ありがとうございました

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