【モバマス】隣の席のライラさん (92)

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【モバマス】千夜の姫に宿る炎
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ドラマのような出来事なんて、現実には存在しない。
仮にあったとしても、自分には関係ない。
そう思っていた。
少なくとも、その時までは。


***************************


可もなく不可もなく、という言葉通りの人生だった。
絵に描いたような器用貧乏なら、それも当然なのかもしれない。

勉強も運動も平均の少し上くらい。
不細工ではないが決して男前でもない。
そんなだから、良い方にも悪い方にも目立つことはなかった。

不満がないかというとそうでもないが、今の立ち位置も嫌いではない。
それなりに楽しくやってこられたのだから、それで十分という気もするのだ。

主人公の友人だのと評されたのは、その辺りが原因なのだろう。
良い奴だしそこそこ頼りになるが、主役になるには何かが足りない。
友達として付き合う分には別に問題ないけど。
そう言って笑ったのは、腐れ縁のクラスメイトだった。

ひどい言い草ではあるが、特に腹も立たなかった。
無意識のうちに自覚していたからかもしれない。

そしてそれは、高校生になってからも変わることはなかった。


***************************


――ウチのクラスに転校生が来る。

自称情報通が持ってきた話題で教室は賑わっていた。
どういう奴なのかという情報が全くない辺りが、自称という肩書きの理由だろう。
ただ、今回の場合はその方が良かったのかもしれない。

もう秋だというこの時期に転校してくる理由。
男なのか女なのか。
勝手な予想と希望が飛び交っている。


「なに、アンタ興味ないの?」

隣の空席の、更に向こうから声が飛んできた。
意味深な笑いに引っかかるものを感じながら答えを返す。

「別に、すぐに分かることだろ」

騒いだところで何が変わるわけでもない。
当の転校生はこの後すぐこの教室に来るわけだし。

「そりゃそうだけどさ、お隣さんだよ?」

半ばあきれたような表情で指を指された。
俺ではなく、二人の間にある空席を。

「……ああ、そうなるのか」

現状、この教室で空いている席はここにしかない。
ということは、転校生はこの席に座ることになるのだろう。
……将来的にどうなるのかは知らないが。


「もっとこうさ、なんかないの?」

薄い反応が気に食わなかったのか、身を乗り出してきた。
そう言われても、特に何もないのだから仕方ない。
ましてや、コイツを楽しませるためにどうこうする気もない。

「別に。とりあえず普通の奴ならそれでいい」

正直な答えには溜め息が返ってきた。
コイツも大概失礼な奴だな。
相手に対する遠慮も気遣いもあったもんじゃない。
十年来の腐れ縁ともなれば仕方のないことなのかもしれないけど。
……まあ、俺も大して変わらないしな。

「変なやっかみを受けるくらいなら何もない方が良いんだよ」

「……そうよね。アンタってそういう奴よね」

俺にこれ以上のものを求めるのは無駄だと悟ったようだ。
軽く肩をすくめて、自分の席に座り直す。

タイミングを計ったかのように予鈴が鳴った。


――――――
――――
――

「ホームルームの前に、転校生を紹介する」

チャイムとともに入ってきた担任が告げる。
途端に教室全体がザワつき出した。
気の早い何人かはもう質問を飛ばしている。

「そういうのは本人に聞け」

バッサリと切り捨てた後、入室を促す声とともに扉が開く。
視線が一斉に向けられ、次の瞬間全員が揃って沈黙した。
口を閉じることさえ忘れている。

一体誰がこれを予想しただろうか。
いや、予想できるわけがない。
だから皆声が出ないんだ。


転校生は女だった。
しかも美人。
でも、それすらも大した問題ではなかった。

金の髪。
褐色の肌。
碧の瞳。

誰が見ても外国人だと分かる。
けど多分、実際には誰も見たことがない。
それこそ物語の登場人物でしか知らない。

そんな人物が現れたら、何も言えなくなって当然だろう。

「わたくしライラさんと申しますです。よろしくお願いいたしますですねー」

独特なアクセントの日本語が、のんびりとした声に乗って届く。
丁寧な礼に合わせて金色の髪がサラサラと肩から落ちる。

どうにも現実感がない。
でも彼女は確かにそこにいる。
狐につままれるっていうのは、こういうことなんだろうか。


「まだ不慣れなことも多いだろう。皆で助けてやってくれ」

聞き慣れた担任の声をきっかけに、そこここで囁きが漏れ出す。
まだ、この現実をどう受け止めれば良いのか分からない、という感じだった。
そして当然のごとく、俺は忘れていた。

「特にそこの二人、お隣さんだからな?」

そう、今この教室の空席は一つしかない。
ということはつまり、そういうことだ。

その事実を理解したと同時に、あらゆる角度から視線が突き刺さった。
無言の圧力で少し息苦しい。

いやお前らいくらなんでもそれは理不尽じゃないか?
俺が何か悪いことしたとかならまあ、分からなくもないけども。
これ完全に不可抗力だよな?

無言の抗議を行っているうちに、転校生が着席していた。
改めて事態の異常さを実感する。

ある日突然隣の席に金髪褐色碧眼の転校生がやってきた。
ライトノベルのタイトルかよ。
……その本、この先俺がどうすれば良いかとか書いてないかな。


「よろしくお願いいたしますですよ」

現実逃避は転校生の声に遮られる。
危うくそのまま妄想の世界に飛んでいくところだった。

「……あ、うん。よ、よろしく」

「よろしくねー」

だから何でお前はそんな普通に挨拶返せるんだよ。
おかしいだろ。

視線を飛ばすと鼻で笑われた。
そういやコイツ、コミュ力お化けだったな。
この状況にすぐ対応できるとか、どんだけだよ。

一方俺はごく普通の高校生で、こういう時の対処法なんてもちろん知らない。
実際に頭を抱えなかっただけでも褒めて欲しいものだ。
いやだから、俺はどうすれば良いんだよ。

一先ずここまで
ボチボチ更新していこうと思います

お読みいただけましたなら、幸いです


***************************


それからというもの。
休み時間の度に、俺は自分の席から弾き出されていた。
クラスの連中はもちろん、時には他の教室からも見物人が来る。
お目当ては隣の席のライラさん。
珍しい時期の珍しい転校生は、大人気だった。

まるで見世物のようだったが、当の本人は特に嫌がっているわけでもなさそうだ。
なら、俺がお節介を焼く必要もないだろう。
……変に口出ししたら総攻撃を食らいそうでもあるし。


「最初は正直、お前がうらやましかったんだけどな」

席を奪われ、購買に寄り、屋上に出る。
ここ最近、昼休みはいつもこうだ。

今日は途中で友人を捕まえ、二人でパンをかじっている。

「今はちょっと同情してる」

ポンと肩に手を置き、そう告げてきた。
やっぱり端から見てもそうなのか。

「まあ、居場所ないしな」

「それな」

かれこれ二週間くらいはこの状態が続いているだろうか。
いくらなんでもそろそろ落ち着けよ、とは思う。


「それに、あんな子が隣にいたら授業どころじゃない」

「分かってくれるか」

「金髪褐色碧眼なんてマンガの世界だろ」

「しかも美人」

「そう、それ」

そんな子が自分たちと同じ制服を着ている。
同じ教室で授業を受けている。

何かの冗談のようだった。
住む世界を間違えていませんか、と。

「まあ頑張れよ。何を、とは言わんが」

無責任な野次馬の表情でこっちを見てくる。
コイツ、完全に面白がってやがるな。

「うるせぇ、どうせ何も起きねぇよ」

そもそも、まだまともに話したこともないのだ。
せいぜいが毎日の挨拶程度で。

そんな状況で何が起きるっていうんだか。
ドラマみたいな展開なんて、現実には起きないんだよ。


――――――
――――
――

それからもう少し時間が経って、ようやく状況は落ち着いてきた。
ライラさんが教室にいることに慣れてきた、とでも言おうか。
少なくとも、休み時間の度に席を追われることはなくなった。

のんびりできるようになったのはいいが、ひとつ気付いたことがある。
俺、ライラさんについて何も知らないのだ。
盛り上がっているその場にいなかったのだから、話の内容なんて知るはずもない。

改めて話をするにしても、同じことを繰り返させるのも良くない気がする。
それで印象が悪くなったりしたら。
気にしすぎかもしれないが、そういう事態は避けたい。

人に嫌われたいなんて考える奴はいないだろう。
それがライラさんみたいな相手なら尚更だ。
別にこの先何もないことは十分に理解している。
それでも、少しくらいは良い印象を持たれたいと思うのは間違っているだろうか。

……このしょうもない下心、男なら分かってくれると信じたい。


「あの、よろしいでございましょうか?」

とっさに、自分が話しかけられているとは気付かなかった。
くだらない考え事をしていたせいでもある。

「えっ!? あ……な、何?」

我ながらなんて返事だよ。
いやしかし、向こうから話しかけてくるなんて思ってもみなかったんだ。
せめて、変な声が出てなかったことを祈ろう。

「あー、お忙しかったでしょうか……」

あ、ライラさんいい子だわ。
一発で確信した。
明らかに挙動不審な俺を、むしろ気遣ってくれている。
これはもう間違いない。

「気にしない、気にしない」

勝手に感動していると、ライラさんの向こうから声が飛んできた。
待て。
何でニヤニヤしてるんだ。
猛烈に嫌な予感がするんだが。

「綺麗な子に声をかけられてドキドキしてるだけなんだから」

「ちょっ、お前……!」

だからやめろお前。
的確にこっちの急所を突いてくるんじゃねぇ!


人知れず悶えていると、思いがけない言葉が飛び出してきた。

「ライラさんはキレイなのでございますか?」

え、何?
この子無自覚なの?
天然とかそういうレベルを超えてやしませんか?

「あれま。自覚ないのね、この子」

呆れたような声だった。
うん、気持ちは分かる。
……というか、今までそういう話にならなかったのか?

「金髪碧眼でエキゾチックな褐色の肌。顔立ちも整ってるし、文句なしよね」

いやだからホントにやめてください。
そういう話題をいきなり俺に振らないでください。
俺にだって心の準備というものが、ってああ、ライラさんこっち見てるし。

「……ぅ、まぁ」

ほらな。
こうなるんだよ。
平凡な男子高校生にはこれが限界なんだよ。

っていうか俺、さっきからまともに話せてなくないか?
これもう印象がどうとか言う以前の問題じゃないか。


「ありがとうございますですよー」

……何これ可愛い。
俺の印象がどうとか、心底どうでもいい。

「……笑顔がとびきり可愛いのは、反則よね」

「どうかしましたですか?」

「ライラさんの笑顔、いいよね。こっちまでポカポカしてきちゃう」

「えへへー」

お前の俺に対する数々の仕打ちは正直許せない部分もある。
だけど今は、それすらもどうでも良く思える。
今のお前となら、ガッチリと握手を交わせる気がするよ。


「……で、何の話だっけ?」

「ああ、そうでございました。先ほどの授業のことなのですが……」

授業のこと、という単語であからさまに表情が変わった。
こっちに頼み込むような視線を飛ばしてくる。
まあ、そうだよな。

「……頑張れ、男を上げるチャンスだぞ?」

「お前なぁ……」

知ってたよ。
お前、間違っても人に勉強を教えられる奴じゃないもんな。

それに、チャンスというのも間違ってはいない。
ここまで俺、言葉らしい言葉すら発してなかったし。
この状態で印象が決められるのは不本意すぎる。
少しくらいは良いところを見せないと。

「それで、どこが分からないって?」

「あー、この字の読み方なのでございますが」

質問内容自体はごくごく簡単なものだった。
少なくとも俺にとっては。

でもそうだよな。
日本語が話せるからって、読み書きは別の問題だよな。
特に漢字なんて、外国人から見たら暗号みたいなもんだろうし。

「おー。ありがとうございましたですよー」

質問が終わると、ライラさんはそう言って笑った。
……魂が抜けるかと思った。


***************************


いつの間にやら、放課後の勉強会は恒例行事となっていた。
それどころか、参加人数は日に日に増えている。
きっかけはアイツだった。

「私にも勉強教えてよ」

こっちの了解を得る前に居座りやがった。
まあ、ライラさんと二人きりというのは正直ハードルが高い。
そういう意味では助かったのだが、しかし返事くらい聞けよと。
……こっちが断らないのを見越しているようで若干腹が立つ。

ただ誤算だったのは、コイツの社交性の高さだ。
顔が広い人間がいるということは、興味を持つ人間が増えることにつながる。
なんとなく様子を見ていた人間にとって、いいきっかけになるのだ。

一人二人と興味を示すと、後は芋づる式だった。
今では勉強会とは名ばかりの、ただの雑談の場になっている。
どいつもこいつもライラさん目当て。
少しは下心を隠す努力をして欲しいものだ。


とはいえ、当のライラさんが楽しそうだから文句を言えるはずもなく。
それに、授業のフォローなんてちょっとした空き時間でどうとでもなるし。
何よりこの雑談の場は、ひとつの変化をもたらしたのだ。

俺も含めて、みんなどこかでライラさんに遠慮があった。
仕方がないといえばそうかもしれない。
外国からの転校生で、しかもあの容姿。
これまでの俺たちの常識にはいなかった人なのだ。
その異質さに二の足を踏むのも当然だろう。

だけど、ライラさんは俺たちと同じだった。
くだらない雑談が、それを教えてくれた。
お客さんとして扱われていたライラさんは、あっという間にクラスのマスコットになった。


――――――
――――
――

「今日もありがとうございましたですよ」

今日は珍しく、普通に勉強をした。
いつも騒がしいアイツが教科書を前に泣きそうになっていたのが原因なんだが。
周りの面子も空気を読んだらしい。
雑談もそこそこにみんな帰ってしまった。

「いちいちお礼なんて言わなくて良いのよ?」

「……お前、教えてもらってる側だよな?」

言ってることは間違ってない。
ただし、お前が言うのは間違っている。

「お世話になったらお礼をするのは、当然なのですよ」

少しはライラさんの爪の垢でも煎じて飲めば良いんじゃないか?
ふとそんなことを思った。


「もー、ライラはいい子過ぎるわよ」

「お前と違ってな」

「うるさいわね」

いつものやりとりを、ライラさんは笑いながら見ている。
だがしかし、コイツの言うとおりだ。
ライラさんはいい人過ぎる。

挨拶は欠かさないし、今みたいなお礼は必ず言う。
授業の時なんかもすごく姿勢が良いし、言葉遣いだって。
礼儀作法っていうのか、そういうのがしっかりしてる。
……ひょっとしてお嬢様だったり?

「本当はちゃんとお返しをしたいでございますが」

申し訳なさそうな顔でそんなことを言う。
いや、そんな大層なことをしているわけでもなし。

「そんなに気にしなくて良いのよ?」

だから、お前が言うなと。
その通りなんだけどさ。

「お返しならもらってるしな」

「ほえ?」

小首を傾げるライラさんは本当に可愛い。
無自覚にこういうことするから心臓に悪いんだよな。

……おい、ニヤニヤしながらこっち見んな。

「英語とか数学とか、こっちが教えてもらってるだろ?」

「おー……」


実際ライラさんは頭が良い。
授業で詰まっているのは、基本的に日本語の読み書き関係だけだ。
そこが絡んでこなければほぼ問題ない。
というか、俺たちよりもよっぽど勉強ができるんじゃないだろうか。

その日本語にしても、普段の会話に不自由はないわけで。
そう考えると、俺が勉強を教えるというのも不思議な感じがしてくる。

「ですがやっぱり、ちゃんとお返ししないといけませんですよ」

納得しかけたライラさんは、結局譲らなかった。
意外と頑固だ。

「皆さんとお話しできるようになったのは、お二人のお陰でございますので」

青い瞳がこっちを見る。
綺麗だな、と思った。
こうして真っ直ぐに目を見るのは初めてな気がする。

吸い込まれそうな瞳って、こういうことなんだな。
どこか他人事のように納得していた。


「ライラは真面目に考えすぎなのよ」

聞き飽きるくらいに聞いてきた声で我に返る。
いかん、ボーッとしてた。

「友だちなんだから、そんなの当たり前でしょ」

どうしてコイツは、こうも簡単に言えるのだろうか。
少し憧れる。
……まあ、本人に言うことは絶対にないが。

「ですが、親しき仲にも礼儀あり、と聞きましたです」

「いや、変に堅苦しいのもよくない」

「そうそう。お礼なんて『ありがと』の一言があれば良いのよ」

その言い方はともかくとして、その通りだと思う。
お返しが欲しくて何かしてるわけじゃない。
無理して何かしてるわけでもない。

だったら一言、ありがとう、で十分すぎる。

「それでいいのでございますか?」

「それでいいから友だちなんだよ」

……やめろ、生暖かい目でこっちを見るな。
ちょっと格好つけた自覚はあるんだ。
だから、アンタにしてはよく言った、みたいな表情をするな。


無言の攻防のすぐ横で、ライラさんはキョトンとしていた。
その表情には少しの戸惑いと不安が見え隠れしている。

ついさっきの勝手な想像がよみがえる。
ひょっとして、ライラさんは本当にお嬢様で。
俺たちみたいな一般庶民の友だちなんていなくて。

だから、どうしたらいいか分からないんじゃないかって。
だから、礼儀作法っていう、確かな形があるものに頼ってるんじゃないかって。

根拠なんてない、ただの妄想だ。
だからどうしたって話だ。
仮に正解だったとしても、何が変わるわけでもない。

どう背伸びしても、俺はごく普通の高校生だ。
できることなんて大して多くない。
なら、普通の友だちでいよう。

なんとなく吹っ切れた気がする。
力が抜けると笑いがこみ上げてきた。

本日はこの辺りで

お読みいただけましたなら、幸いです


***************************


通学の途中に公園がある。
噴水なんかもある、それなりに大きい公園だ。
小学生くらいの頃は毎日のように遊んだものだが。
高校生ともなると、足を踏み入れることも少なくなった。

昔の俺のように、小学生が元気に走り回っている。
横目に見ながら歩いていると、金色が見えた。
ライラさんだ。
何をするでもなく、ただベンチに腰掛けている。

この寒い中で何をやってるんだか。
まさか寝てたりしないよな?

そう、これは安否確認だから。
誰にでもなく言い訳をしながら公園へと入っていく。


結論から言うと、寝てはいなかった。
しかし何をやっているのかはさっぱり分からない。
口を半開きにして、視線は空へ。
膝の上で手を組んで、身動きひとつしていない。

「……何してんの?」

分からないなら聞けば良い。
あと数歩というところで声をかけた。
どこか遠いところを見ていた瞳が、俺を捉える。
……やっぱり綺麗な目だよな。

「おー……」

間延びした声が届いた。
これはあれだ。
ここではないどこかを見ていたとか、そういう奴だ。

ひょっとしてホームシックとか?
もしそうなら俺の出番ではない気もする。
だけどまあ、声をかけてしまったことだし。
話を聞くくらいならできるだろう。

「座っていい?」

「どうぞですよー」

返ってきた声は意外としっかりしていた。
心配のしすぎだったのかもしれない。


遠慮なく隣に座る。
教室にいる時と同じくらいの隙間があった。
……これくらいが適切な距離感だよな、うん。

「今日一日のことを振り返っていましたですよ」

「ん?」

考え事をしていたせいで反応が遅れた。
隣のライラさんは、また空を見上げている。

「何をしているのかとお聞きでございましたので」

「あー、授業で分からないこととかあった?」

どう見ても勉強していたという雰囲気ではない。
けど、振り返りと言われると、そういうことしか思いつかなかった。

「いえいえ、そういうことではございませんですよ」

再びこちらを見たライラさんは笑っていた。
同い年のはずなのに、随分年下に見える。


「ライラさん、毎日が楽しいです」

無邪気というか何というか。
思う存分遊んだあとの子どもみたいな表情だった。

「こんなにたくさん、同い年のお友だちができたのは初めてなのです」

「初めて?」

「はいですよ」

その笑顔は心底嬉しそうで。
その笑顔はどこか寂しそうで。

さっきまでとは全く違う、大人の表情だった。

「ですので、色んなことをちゃんと覚えていたいのでございます」

数年後には記憶にも残らないだろう、日常。
別にそれを惜しいと思ったこともない。
でもそれは、ライラさんにとってはかけがえのないものらしい。

きっと俺なんかには想像もつかない何かがあるんだろう。
知りたくないと言えば嘘になる。
でも、こっちから聞くのはきっと間違いだ。

いつか話してくれたら良いな、と。
そう思うだけにしておいた。
なんせ俺は、友だちだからな。


――――――
――――
――

どうでもいい話で時間が過ぎていく。
今日のこと、これまでのこと。
本人すら忘れているようなことも、ライラさんは覚えていた。
……できれば忘れていて欲しいことまでも。

忘れてもらうことも期待はできなかった。
すっごい良い笑顔で、大切な思い出です、なんて言われたら、ねえ?
他の誰かに話さないように、そうお願いするのがせいぜいだった。


「ライラねーちゃん、やっほー」

元気な声が割り込んできた。
小学校の高学年くらいだろうか。
サッカーボールを抱えた少年だった。

「こんにちはですよー」

どうやら知り合いらしい。
いつもこんな感じなんだろうな、っていうやりとりだった。

「他の奴らもすぐ来るってさ」

「おー」

高校生と小学生って雰囲気じゃない。
もっと近い……そう、ただの友だちって感じだ。

息を呑むような大人びた表情を浮かべたのはついさっきだよな?
それが今、小学生と同じ顔をしている。
ホント、ライラさんはよく分からない。


「兄ちゃん、ライラねーちゃんのカレシ?」

ぼんやり二人を眺めていたら、強引に現実に引き戻された。
コイツ、何言ってくれてんの?

強く言い返そうとして思い止まる。
これは彼氏彼女とかよく分かってない顔だ。
男女で並んでたからとりあえず聞いてみたとか、そういうアレだ。

「……彼氏ではないな」

「なんだ、違うのか」

「こちらは、ライラさんの大切なお友だちなのですよー」

大切な、という言葉が素直に嬉しかった。
応えないとな、と思う。
格好つけたところで、大したことはできないけど。


「じゃあさ、サッカーやろうよ!」

「ん?」

ズイッとサッカーボールを突きつけられる。
何がじゃあ、なんだろうか。

「だって、兄ちゃんもライラねーちゃんの友だちなんだろ?」

友だちの友だちは友だち、ということなんだろう。
なんと分かりやすい。

「よし、やるか」

ボールを受け取る。
こういうことは難しく考えたって仕方ない。

「高校生の実力を見せてやるよ」

「負けないからな!」


一対一の結果は完勝。
少しばかり大人げなかったかもしれない。
けれどそのあと。
ワラワラと集まってきた小学生に囲まれ、どうしようもなくなった。
何であんなに体力があるんだ。

でも、こんな風に何も考えずに全力で動き回るのはいつぶりだろうか。
たまには悪くないかと、そう思える。

ちなみに、ライラさんも途中から参加した。
正直、サッカーは下手だった。
でも、誰よりも楽しんでいた。


***************************


ライラさんは真面目だ。
授業中はしっかりと背筋を伸ばし、視線は前に。
誰もが眠くなる午後の授業でも、その姿勢は崩れない。

秘訣を聞いてみたが、特別意識はしていないらしい。
ただ授業が楽しいから、と。
そういえば、小学生の頃は居眠りなんてした記憶がない。
……いや、ライラさんがそうだと言うわけではないが。

そんなライラさんが俯いている。
その事実は教室中に衝撃を与えた。
そしてなぜが、俺に対して無言の圧力がかかる。
隣の席なんだから何とかしろ、ということらしい。


「何か悩み事?」

どうしたものかと頭を悩ませていると、別の人間が声をかけていた。
そうだよな。
相手が誰であっても、コイツがこういう事態をそのままにするわけないよな。

「あー、そうでございますねー」

それっきり、自分がどうこうしようという考えは全くなくなった。
そりゃそうだ。
俺なんかよりも適任がいるんだから。
任せてしまった方がうまくいくに決まっている。

「で、そんな子が隣の席で眉を寄せてたら、そりゃねぇ?」

だが俺は甘かったらしい。
コイツが、そんな俺の態度を許すはずがなかったのだ。
隣の会話を聞き流していた俺に、突然話が振られた。

「まあ……なぁ」

「おー……」

初めて気付いた、という顔だった。
いや、誰が見ても分かるくらいに俯いてたけど。
この辺りがライラさんらしさであると言えば、確かにその通りである。
しかしもう少しくらいは自覚して欲しいかな、とも思うのだ。


「ライラに向いてるバイト、ねぇ……」

今のバイトをクビになったから、次を探さないといけないらしい。
バイトをクビっていうのもあまり聞かない話ではある。
事情を聞くとなんともライラさんらしいエピソードではあったが。

「あんまり忙しいのは向いてなさそうだな」

「確かに」

今までコンビニでバイトしていたなら次も、というのが普通の流れではあると思う。
しかし話を聞くと、そもそも向いてないんじゃないかと。

接客、品だし、清掃、その他諸々。
各種チケットやら公共料金やら、商品以外の取り扱いも幅広いなんてものではなく。
その仕事量に比べれば、時給は安いくらいで。
というのは友人の愚痴である。

その忙しすぎる仕事をライラさんがきっちりこなせるのかというと、正直疑問だ。
接客自体は向いてると思う。
人当たりは良いし、礼儀正しいし。
なら、適度にのんびりとした雰囲気のところのほうがいいだろう。
個人でやってるような店、例えば商店街のあそことか。


「えへへー」

「いや、褒めてはいないぞ?」

そんな風に考えを巡らせていると、なぜかライラさんが笑っていた。
どことなく照れているような、嬉しそうな笑顔。
いや、今の流れでそんな風に笑うところがあっただろうか。

ツッコミを入れつつ、でも、とも思う。
多分ライラさんは何かを見つけたんだろう。
俺とかじゃ気付きもしない、何かに。
そしてきっと、その気付きをずっと大切にするんだ。
ライラさんはそういう人だから。

結局、バイトの話はいつの間にかうやむやになっていた。
それもこれもアイツのせいだ。

喫茶店を提案した時点で予想はできていた。
あそこから急に話が怪しい方向に向かいだしたからな。
下心なんてない……とは言い切れない俺にも非はあるんだろうけど。
それでも、人の趣味趣向を掘り返しにかかるのは鬼か悪魔の所業だろう。

ホント、勘弁して欲しい。


***************************


休み明け、教室はザワついていた。
きっかけはひとつの目撃情報だ。
何でも、通学途中にある公園で、とある有名人が撮影をしていたらしい。

高垣楓。
そういう方面に疎い俺ですら知っている、有名なアイドルだ。
そして、クラスの中にはファンと公言している奴らも数多くいる。

「うっそ、マジかよ!?」

「あー、畜生。見たかったー!」

事実、悲鳴に近い叫びもあちこちで上がっている。
ライブのチケットを取ることすら難しいと嘆いていたのは誰だったか。
そんな相手を生で見れたかもしれないんだ。
その気持ちも分かる。

「よし、このあと公園行こうぜ」

「そうだな、せめて同じ空気を吸おう」

……いや、それは分からないが。


放課後になると、数人のクラスメイトが足早に帰って行った。
どうやら、公園に行く話は本気だったらしい。
正直、その情熱には感心する。
方向性については疑問が残るが。

「そういえばライラ、バイトはどうなったの?」

いつものように何人かで集まって雑談をしていて、そんな話になった。
……最近、勉強する方が珍しくなってるな。

「あー、喫茶店はダメでございましたです」

「え、そうなの?」

じゃあ、あの笑顔はなんだったんだろうか。
今日一日、ライラさんは随分とご機嫌の様子だった。
それこそ鼻歌でも聞こえてきそうなほどに。
だからてっきり、バイトの件はうまくいったんだと思ってた。

「何残念がってるのよ」

「いや、ライラさんのウエイトレス姿は見たいだろ」

脇から正直な感想が割って入る。
うん、気持ちは分かる。
でもお前、よく本人の前でそれを言えるよな。
ある意味尊敬するよ。


「おー、お見せできずにごめんなさいですよ」

「別にライラさんが謝ることじゃないから」

お人好しというかなんというか。
こういうのがライラさんの良いところだとは分かってるんだけど。
いつかどこかでダマされるんじゃないかと不安になる。

「じゃあどうするの?」

「別のお仕事決まるかもしれませんですよ」

実はライラさん、なかなかたくましいらしい。
バイトを断られたその足で次を見つけたのか。
今までそういうイメージがなかっただけに新鮮な感じがした。

「どこで働くの?」

「ふふー」

ごくごく自然な流れだった。
けれどライラさんは、すぐには答えない。
得意そうに、嬉しそうに笑っている。

そして、それは来た。


「ヒミツ、でございますよー」

過去最大級の衝撃だった。

いたずらっぽく笑うライラさん可愛い。
嬉しそうにはぐらかすライラさん可愛い。
可愛い。
ただただ可愛い。
可愛い以外の表現が出てこなくなるくらいに可愛い。

誰も何もしゃべらない。
全員、同じ衝撃に震えているのが分かる。


「おー……」

軽く首を傾げたのは、俺たちが動かないからだろう。
でも多分、原因はよく分かってない。
ライラさんはそういう人だ。

沈黙の中、下校時間を告げる放送が大きく響いた。

「それではライラさん、お仕事のお話聞いてきますですよ」

席を立つライラさんを見送る。
教室の扉は、ほとんど音も立てずに閉まった。

「……ヤバかったな」

誰かが言った。
全員がうなずく。

「守りたいな、あの笑顔」

別の誰かが言った。
想いは一つだった。

とりあえずここまで
次の更新で最後までいけたらなぁ……という感じです

お読みいただけましたなら、幸いです


***************************


どうやらライラさんのバイトは順調らしい。
ぱっと見では分からないけど、いつもの二割増しくらいで楽しそうだ。
相変わらず、何をやっているのかは教えてくれないけど。

「ま、そのうち話してくれるだろ」

何か問題でもあるなら相談くらいはしてくれるだろう。
そのくらいは信頼されている、と思いたい。

というわけで、毎日は何事もなく過ぎていく。
朝挨拶をして授業を受け、放課後に適当な雑談をして帰る。
強いて言えば、雑談の時間が少し短くなったくらいだろうか。
でもそれも、当然と言えば当然だ。
最初は何かとやることが多いというのは、バイトに限った話ではない。


残りの高校生活もこんな感じに過ぎていくんだろう。
時々ちょっとした事件が起きて。
でも結局はなんてことのない毎日で。

俺はそんな風に考えていた。
だけど、そうではなかったらしい。
グループメッセージの通知でその事実を知る。

『ライラさんがアイドルデビューした』

書いてある内容は簡単なものだった。
それなのに理解が追いつかない。


メッセージに続いて、画像もアップされている。
写っているのはニュージェネレーションのライブポスター。
最近よくテレビで見ることもあって、さすがに顔と名前は知っている。

更にもう一枚、ポスターの一部を拡大した画像がある。
それには、前座として初舞台に上がるアイドルの名前が書いてあった。

池袋晶葉、松尾千鶴、ライラ。

「アイドル……ライラさんが……?」

画像を見る限り、本当のことらしい。
それは分かるが事実としては飲み込めない。
そりゃそうだ。
隣の席の子は今日からアイドルです、なんて言われて、はいそうですか、とはいかない。
かといって、何も知らない顔でいつも通りに、なんて器用な人間でもない。

何をどうしたら良いのか分からない。
ただひたすら頭が空回りしている。
妙な居心地の悪さが離れない。
なかなか寝付けずに、窓の外が少しずつ明るくなっていた。


――――――
――――
――

「おはよう、ライラさん」

遅刻ギリギリで教室に辿り着いた。
結局考えは何一つまとまっていない。
いつも通りの挨拶をしたのは、単なる習慣だった。

「……?」

おかしい。
いつもなら、のんびりした声で挨拶が返ってくるのに。
遅刻しそうになった理由を聞いてくるのに。
不思議に思って隣を見て、自分の目を疑った。


ライラさんは分かりやすい人だ。
考えてることはすぐに顔に出るし、表情を作ったりもしない。
その青い瞳は、いつだって好奇心で輝いている。

なのに。
その顔には何の感情も浮かんでいない。
その瞳には何も映っていない。

殴られたような衝撃だった。
助けを求めるように、もう一つ向こうの席に目を向ける。
軽く首を振ったあと、目配せをしてきた。
今はそっとしておけ、ということらしい。

タイミング的にも、おそらくアイドルのことで何かあったんだろうと思う。
それが分かったところで、どうしようもないんだけど。
だってそれは、とうてい俺に解決できる問題じゃないだろうから。


***************************


学校の最寄り駅から少し歩いたところに商店街がある。
特に賑わっているわけではないが、寂れているわけでもない。
どこにでもあるような、何の変哲もない商店街だ。

その商店街は今、妙な活気に満ちている。
会長やら店主やらが集まって、ライラさん保護者会なるものを立ち上げたのだ。
名前はともかく、要はファンクラブらしい。
……ライラさんがアイドルになったの、ついこの前なんだけど。

「スカウトされたのは前から知ってたからね」

行きつけの本屋で答えが聞けた。
ライラさんは随分前から可愛がられていたらしい。
きっかけは、どこぞの店が売れ残りをオマケしたこと。
こういう商店街ではよくあることだ。
それに対してライラさんは、後日店の手伝いを申し出た。
恩返しだとか何とか。

こういう話はすぐに広まる。
当然のように、ライラさんは人気者になった。


そのライラさんがアイドルに。
ならば商店街をあげて応援しよう、と。
……暴走しているように感じるのは俺だけなんだろうか。

「で、なんでこんなものが?」

いつものように雑誌を買うと、福引き券が付いてきた。
折角だからと福引き所に立ち寄って、呆れてしまった。

CGプロ握手会参加チケット。

この福引きの目玉景品らしい。
……全然手に入らないって、クラスの奴が嘆いてなかったか?

「ライラちゃんのプロデューサーさんに貰ったんだよ」

いつものようにライラさんに声を掛けたら、隣にスーツ姿の男がいて。
実はその人が担当プロデューサーで。
事のついでと保護者会の公認を取り付けて。
その流れでこのチケットを貰ったんだとか。

たくましいというか図々しいというか。
この商店街が潰れないのは、こういうところが理由なのかもしれない。


「ま、とりあえず一回やってきな」

自慢じゃないけど、こういうのに当たったためしがない
ポケットティッシュか、良くてボールペンか。
何も考えずにガラガラを回す。
出てきたのは見慣れた白い玉……ではなかった。

「……金?」

そう、金色だ。
何等かは知らないけど、たぶんいいやつだ。

「おめでとうございまーす!」

福引所のおっちゃんがいきなり叫んだ。
手に持った鐘をこれでもかと鳴らしている。
……正直うるさい。

「特賞、当選でーす!!」

「……特賞?」

「はい、握手会のチケット」

どうやら俺は、人生初の当たりを引いたらしい。
それは確かに嬉しい。

でも、だよ?
すぐ近くで悔しそうな呟きが聞こえるんだけど。
その人、商店街の関係者なんだけど。
いや、俺も狙ってたのに、じゃないでしょ。


***************************


「昨日はヒーローだったみたいね」

翌日、席に着くなりからかう声が飛んできた。
コイツが知ってるのは不思議でも何でもない。
そもそも、コイツのおじさんの店で福引き券もらったわけだし。

「……ヒールの間違いじゃね?」

どうやら、あの特賞のお陰で商店街はそれなりに潤っていたらしい。
店主連中が近くの店で買い物しまくってたのが原因なんだけど。
お陰様で、冗談抜きの恨めしい視線をいただきました。
全くもって嬉しくない。

「まあまあ、折角だから楽しんで来なよ」

バシバシと肩を叩かれる。
もちろん無駄にする気はない。


「これ、お前にやるよ」

「……へ?」

口を開けたまま固まってしまった。
これが、鳩が豆鉄砲を食ったよう、ってやつか。
気持ちは分かるけども。

「これは、俺よりお前が行った方が良いと思うんだ」

このところ、ライラさんはいつも通りに振る舞っている。
でも違う。
それは単なる強がりなんだ。

元々ライラさんは隠し事ができるタイプではない。
だからすぐに分かってしまう。

何か悩みがあることも。
その悩みに触れて欲しくないと思っていることも。

「俺じゃあ、気の利いたことの一つも言えないしな」

こういう時どうすれば良いのか。
俺にはさっぱり分からない。
でもコイツなら。
勝手だとは思うけど、それでも期待してしまう。


「随分とハードル上げてくれるじゃない」

ニヤリと笑う。
言ってることと表情がかみ合ってない。
こういう奴だから、つい頼ってしまうんだよな。

「で、アンタはどうすんのよ」

自分だけ働かせる気じゃないだろうなと、目が言っている。
そう来るだろうなとは思ってた。
もちろん何も考えていなかった、なんてことはない。
ただ、胸を張って言えるようなことでもない気はする。

だけど仕方ない。
コイツは、俺の唐突な無茶振りに応えてくれたんだ。
ちゃんと答えないといけない。

「何もしない。いつも通りのお隣さんでいる」

そりゃ、力になれるんならなりたい。
でも俺には、話を聞くことくらいしかできないだろう。
アイドルの世界のことなんて、何一つ分からないんだから。
それ以前に、ライラさんのことだって知らないことの方が多い。

じゃあせめて、ライラさんがいつも通りでいられるように。
いつもと同じように隣の席に座っていよう。


「ふふ、いいんじゃないの?」

考えて末の結論がこれとは情けない。
そう思っていると、意外な返答があった。
顔を上げると、こっちの目をのぞき込んでくる。

こういう時、幼なじみというのは良いのか悪いのか。
細かい説明をしなくても意図が通じるのは助かる。
でもそれは、こっちの考えを見抜かれてるのと意味は同じで。
流石にちょっと恥ずかしい。

「じゃあ私は、これで楽しんでくるわね」

ヒラヒラとチケットを振りながら笑う。
それが言葉通りの意味でないことくらいはすぐに分かる。
伊達に付き合い長くないからな。

要するに、できることをやってくる、ということだろう。
任せると決めた以上、あーだこーだと言うつもりもない。

「おう、任せた」

それだけ答えると、キョトンとした顔を向けられた。
おそらく、突っ込みでも入ると思ってたんだろう。
お生憎様。
考えが分かるのはお前だけじゃないんだよ。

ニヤリと笑ってやると、力の抜けた笑いが返ってきた。


***************************


それからしばらく経った。
特別なことなんて何もない、いつも通りの日常。
今日もまた、そんな一日が待っているんだろう。

「おはよう」

「おー、おはようございますですよ」

だが、それはちょっと違ったようだ。
いつものように挨拶をして、いつものように挨拶が返ってくる。
それは昨日までと変わらない。
変わらないけど違う。

その挨拶は、本当にいつも通りだったんだ。

きっと何かがあったんだろう。
それが何なのかなんて、俺に分かるはずもない。
でも、それでもいいかと、そう思える。

「おはよ、ライラ」

「ふふー、おはようございますですねー」

遅れて入ってきたアイツも、どうやら気付いたらしい。
少し目を見開いたかと思うと、ニカッと笑う。


なんか、すごくホッとした。
俺が何をしたってわけではないんだけど、心底良かったと思う。
お隣さんのことでこんなにヤキモキするなんて。
ちょっと前までの自分では想像もできなかった。

「お二人とも、今日の放課後お時間ございますですか?」

ライラさんからのお誘いなんて珍しい。
何気なく顔を上げてはっとした。
大切なことを言おうとして、でもそれには勇気が必要で。
そんな、緊張した表情のライラさんがそこにいた。

「私は大丈夫」

「俺も予定はないよ」

断るなんて選択肢はどこにもない。
二人してすぐに頷いていた。

「おー、ありがとうございますですよ」

ライラさんが安心したように笑う。
その笑顔が、なぜか少し引っかかった。


――――――
――――
――

「あらライラちゃん、いらっしゃい」

「えへへー、お邪魔しますですよ」

ライラさんに連れられて来たのは、公園近くの駄菓子屋だった。
相当古い、マンガにでも出てきそうな一軒家。

「二人も、お久しぶりね」

「ども」

「え、お婆ちゃん覚えてるの?」

この辺りの子どもなら、誰もがお世話になったことがある店だ。
当然、俺もコイツも例外じゃない。
少ない小遣いをどう使うか、頭を悩ませたのも良い思い出になっている。

「もちろんよ。みんな孫みたいなものだもの」

婆ちゃんは、記憶の中よりも随分小さく見える。
でも、その笑顔は子どもの頃に見たままで、それが嬉しかった。


「おー、お二人もこちらのお店をご存じでしたですか」

「まあ、昔はよく来てたし」

「それにしてもライラって、こういうの好きだったのね」

店先の駄菓子を手に取りながら、感心したように言う。
確かに、この店にライラさんがいる風景はちょっと奇妙な感じがする。
年季の入った木造の駄菓子屋より、お洒落な喫茶店の方がよっぽど似合うだろう。

でも、ライラさんらしいな、とも思う。
それは多分、俺たちがライラさんを知ってるから何だろうけど。

「それで、今日はどうするの?」

「アイスをいただきますです」

言いながら、ライラさんは店先の冷凍ケースの蓋を開けている。
そして、迷うことなくバニラアイスを取り出した。
きっとあれがお気に入りなんだろう。

「ライラちゃん、それ好きねぇ」

「ふふー、思い出の味でございますので」

嬉しそうに笑顔を交わす。
きっと、二人だけに分かる何かがあるんだろう。


「じゃあ私も同じのにするね」

脇からニュッと手が伸びてきて、ライラさんと同じアイスを捉えた。
チラリと、意味ありげな目配せをしてくる。

これはあれだ、俺も同じのを選べと言ってる目だ。
まあ、元々何でもよかったんだけど。

「じゃ、俺も」

「おー、おそろいでございますねー」

改めてそう言われると、若干照れくさい。
高校生にもなって、皆仲良く同じものを食べるとか。

「えへへー。このアイスの思い出、また一つ増えましたです」

その笑顔で、照れくささは吹き飛んだ。
これを選ぶように誘導したアイツには感謝しなければならない。

俺が自分で選んでいたらこうはならなかった。
ということは、この笑顔もなかったわけだ。
よし、ちゃんとあとで礼を言っておこう。


それぞれに代金を払って、軒先のベンチに向かう。
そのベンチは、記憶の中のものよりずっと小さかった。
これじゃあ三人座るのは無理か。

「レディファースト、よね?」

「座ってから言うか?」

この状況で俺が座る、なんて言うつもりはない。
もちろんコイツも、そんなことは分かっている。
それでももうちょと、こう……ねえ?

「ほら、ライラも」

「ですが……」

チラリと俺の方を見る。
そう、こういう気遣いが大切なんだよ。

「ま、そういうことだからさ」

「それでは、お言葉に甘えさせていただきますですよ」

そんなやりとりのあと、買ったアイスを口にする。
アイスを食べるのが久し振りなわけじゃない。
バニラアイスなんて、結構好きな方だし。
それなのに、何でか懐かしい味がした。

この店で買ったからなのか。
こんな風に誰かと食べるのが久々だったからか。
まあ多分、両方だろう。
夕日を見ながら、そんなことを考えていた。


「で、今日はどうしたの?」

アイスを食べ終わって、三人とも何となく夕焼け空を見ていた。
こういう時間も嫌いではない。
とはいえ、今日はのんびりするために来たわけではない。

こっちから聞いた方が切り出しやすいかもしれない。
そう思って質問する。

ライラさんは立ち上がり、数歩進んで振り返った。
真っ直ぐに俺たちを見ている。
金髪が、夕日で燃えているようだった。

「お二人に、ごめんなさいとありがとうをお伝えしたかったのです」


多分そういうことなんだろうとは思っていた。
なにしろ、ライラさんは律儀だから。

「ご心配をおかけしまして、ごめんなさいです」

ペコリと頭を下げる。
やっぱり律儀だ。
こういうところがライラさんなんだよな。

「それから、応援していただきましてありがとうございましたです」

顔を上げると、ライラさんは笑顔だった。
それはいいんだけど……応援?
俺、何もしてないことになってるはずなんだけど。
嫌な予感がして、隣を見る。

「チケットのことなら言ったわよ」

当然、という顔で返答があった。
あの流れなら黙ってるもんだと思ってたんだけど。

「アンタだって心配して、何とかしたいと思ってたんじゃない」

「いや、確かにそうだけど」

「それを知ってて、知らない振りできると思う?」

「……思わん」

自分だけの手柄にしてしまえばいいものを。
俺の心配まで一緒にして伝える辺りがコイツらしい。


まあ、本当に言って欲しくないことは黙っているはずだ。
チケットを譲った経緯とか。
その辺りは信頼できる。

「それともう一つ、ごめんなさいです」

ライラさんがまた頭を下げた。
なんとなく、何を言おうとしているのか分かる気がする。

「ライラさん、お二人に事情をお伝えできないのです」

心配させたんだから理由を説明するべきだ。
きっとそんな風に思ってるんだろう。
別に気にしなくて良いのに。

「分かった」

「……ほへ?」

ポカンと口を開ける。
意表を突かれたって感じだな。
こういう表情を見るのは初めてかもしれない。

「言えないって教えてくれたんだから、もうそれでいいのよ」

どうやらコイツも同じ意見らしい。
そもそも、言えないことなんて誰にだってある。
それを無理に聞き出そうとするほど、デリカシーのない人間ではないつもりだ。


「ですが……」

「あのね、ライラ」

なおも何かを言おうとしたライラさんが目を見開く。
そりゃそうだ。
いきなり手を握られて、顔をのぞき込まれたら誰だってそうなる。

「私たち、事情が知りたくて心配してたんじゃないの」

正直、気にならないと言えば嘘になる。
いつかライラさんから教えてもらえたらなぁ、なんてことも思う。
でも、問題はそこじゃないんだ。

「ライラに元気がなかったから、心配してたの」


驚きと、嬉しさと、あとは何だろう。
ライラさんの顔に色んな感情が混ざっている。

「そうそう。元気になったんだから、それでいいんだよ」

「それでは、ライラさんはお二人にどうやってお返ひ」

「ねえ、ライラ?」

「ふぁいでふ」

ライラさんの顔を手で挟んで、無理やり言葉を止めやがった。
遠慮のなさがコイツらしい。
しかも、妙に迫力があるんだよな。

「こういう時、友だちならどうするんだったっけ?」

そう言うと手を離す。
頬をさすっていたライラさんは、言葉の意味を理解したらしい。
段々と笑顔になっていく。
見てるこっちまで嬉しくなる、お日様のような笑顔だ。

「お二人とも、ありがとうございましたですよ」

やっぱり、ライラさんは笑ってる方が良い。


***************************


晴れてすべてが元通り、とはいかなかった。
遅刻や早退をしたり、学校に来ない日があったり。
そういうライラさんの姿を、たまに見るようになった。
アイドルとして頑張っていることが、少しずつ結果につながってるんだろう。
友だちとしても応援したいと思う。

それはそれとして、最近ちょっと気になることがある。
教室の空気が、これまでと微妙に変わってきているのだ。


きっかけは、とある雑誌だった。
アイドル特集の記事の片隅に、ライラさんが載ったのだ。
ライラさんにとっても良い機会ではあったのだろう。
その時初めて、ライラさんは自分のアイドル活動のことを説明した。

といっても、みんな知ってたんだけど。
ただ、あの日以来ライラさんが無理をしていたのも分かっていた。
だから誰も、そのことに触れようとはしてこなかった。

そして、その日を境にこの話題はタブーではなくなった。

「現金というか何というか」

それから、ライラさんを取り巻く環境はガラリと変わってしまった。
クラスメイトがアイドルになるなんて、とんでもないニュースだろう。
それは分かる。
それにしたって、限度ってものがあるんじゃないだろうか。

よく放課後に雑談していた面子はそうでもない。
それ以外の、あまり絡みがなかった奴らの態度の変わりようときたら。
ライラさんが転校してきたばかりの頃に逆戻りしたようだった。

アイドルっていうのは、確かに特別なことだろう。
だからって、別世界の人間のように見るのは違うんじゃないか。
今の状態がライラさんに取って望ましいものだとは到底思えない。


「つってもなぁ」

ここで俺が口を挟んだところで、どうなるものでもなさそうだ。
むしろ、お前は何様なんだと反発されるのが目に見えている。
ライラさんの隣の席、というのが今までと違う意味になっているのは承知してるし。

「なによ、辛気くさい顔して」

今日一日誰も座らなかった隣の席の、もう一つ向こうから声が飛んでくる。
からかうような口調と呆れたような視線。
こっちの考えなんてとっくに見透かしているような態度だった。

「一日ライラに会えなくて寂しかった?」

「違ぇよ」

コイツは俺と同じように、今まで通りにライラさんに接している。
それでいて、今の状況を受け入れてもいるようにも見える。
実際のところどう思っているんだろうか。

「仕方ない。今日は久し振りに一緒に帰ってあげましょう」

「……何で上からなんだよ」

このまま教室で話すような内容じゃない。
そんなことまで見抜かれてるようだ。
付き合いが長いからなのか、俺が単純なだけなのか。
話が早いのは楽で良いんだけど、どこまで考えを読まれてるんだろう。

……考えるのはやめておこう。
精神衛生上よくない気がする。


――――――
――――
――

どうでもいい話をしながら二人で歩いて、公園のベンチに腰掛ける。
随分と暖かくなってきた。
空一面に広がる赤い雲を見ながら、そんなことを思った。

「で?」

必要最低限の問いかけで我に返る。
なにボーッとしてんのよと、目が言っている

「いや、みんなのライラさんへの態度、おかしくないか……ってな」

今更格好つけても始まらない。
とりあえず思っていることをそのまま口に出した。

「クラスにアイドルがいるんだから、ある程度は仕方ない、とは思うんだけどさ」

それにしても、度が過ぎてはいないだろうか。
仕方ない、で済ませていい話なんだろうか。


「なんか、転校してきたばっかりの頃に戻ってないか?」

俺たちとはあまりにも違う容姿で、見世物のようになっていたあの頃。
今思えば、あの頃のライラさんは本当の意味で笑ってはいなかった気がする。

それはもちろん、友だちになって初めて気付いたことだけど。
気付いた以上、あの頃に逆戻りするようなことはあって欲しくない。

「大丈夫よ」

あっさりとした返答に思わず振り向く。
どうせそんなことだろうと思った、という表情だ。

「だってあの子、イヤならイヤって言うもの」

目から鱗っていうのは、こういうことなのか。
乾いた笑いがこぼれた。

ライラさんには、つい構ってしまいたくなるようなところがある。
転校してきたばかりの頃は、その延長で世話を焼いたりもした。
でも、今は違うじゃないか。
ライラさんは、自分の居場所を自分で作ってるじゃないか。

こんな簡単なことを見落としていた自分に呆れかえる。


「まぁまぁ、落ち込みなさんなって」

軽い口調で、バシバシと肩と叩いてくる。
コイツが敢えてそうしてることくらいは分かる。
深刻ぶるよりよっぽど気が楽になるから。
その気遣いがありがたかった。

「ありがとう」

自然と、感謝の言葉が出てきた。
一瞬キョトンとしたかと思うと、ニヤリと笑う。

「お礼なら言葉よりモノの方が良いわね」

「分かった、今度なんかおごる」

「ふふ、毎度あり」

そのやりとりで、すっかりいつも通りに戻った。
やっぱり、感謝しないとな。


***************************


休日の昼過ぎに、いきなり呼び出しをかけるのはどうかと思う。
こっちが断れないのを分かってるのがまた、タチが悪い。
まあ、約束した以上は仕方ないのかもしれないが。

「何でこんな時間なんだよ」

「んー、タイミング?」

商店街で落ち合う頃には、辺りは夕焼けで真っ赤になっていた。
この時間に何をおごれというのか。
晩飯を食べるには早すぎるし、間食というには少しばかり遅い。
疑問をぶつけても、まともな答えは返ってこなかった。

こういう時は問い詰めても意味がない。
黙って付いて行くしかないか。


呼び込みの声やら値切り交渉やらで商店街は賑わっていた。
飛び交う声を無視するように、目の前の背中が路地裏へと入っていく。
路地を一つ入っただけで、辺りが急に静かになった。
この先にあるのは確か……

「さ、入るわよ」

指さした先には喫茶店がある。
というか、俺もよく知っている店だ。
なんせ、ライラさんのバイト先にって紹介したくらいだし。

「ライラー、来たよーっ」

ドアノブに手をかけたかと思うと、勢いよく扉を開ける。
しかも、店内に響き渡る声を出しながら。

いくら何でも他の客に迷惑だろう。
そう注意しようとして、違和感に気付いた。
……おいお前、今なんて言った。

「おー、いらっしゃいませですよ」

疑問を口にする間もなく、答えがやって来た。


――――――
――――
――

「こちらへどうぞです」

コホンと咳払いをして、ライラさんはそう言った。
どうやら、自分の仕事を思い出したらしい。
そんなことで良いのかと思ったが、マスターは笑っている。

「それでは、少々お待ちくださいですよ」

注文を取ったライラさんは、ペコリとお辞儀をして下がっていく。
案内されたのは、窓際のテーブル席だった。

一つ空席を挟んで、先客がいた。
渋い感じのおじさんと目が合う。
騒がしくしたお詫びに頭を下げる。
おじさんは何故か、にこやかに笑っていた。
なんかこう、子どもを見守る親みたいだ。

初めて会った人だよな。
結構うるさくしたんだから、腹を立ててもおかしくないと思うんだけど。
何でそんな風に笑ってるんだろうか。


「お待たせいたしましたですよー」

トレイにカップを二つ乗せて、ライラさんがやって来た。
俺から見ても、明らかに慣れてない。
というか、危なっかしい。

ふと顔を上げると、おじさんはやっぱり笑顔だった。
その目はどうも、ライラさんを見ているようだ。

「あ、そういうこと」

「ん? なにが?」

どこかで見たような笑顔だと思った。
ここのマスターと同じ笑顔なんだ。
あと、商店街の人たちのとも。

どうせライラさんのことだ。
俺たちが来る前は、あのおじさんと話でもしてたんだろう。
そして今、おじさんは笑顔でこっちを見ている。

「いや、ライラさんはすごいなって」

「なによそれ」

「いいんだよ、こっちのことなんだから」


目の前のコーヒーに口をつける。
うん、苦い。
大人になればこれが美味いと思うようになるんだろうか。
砂糖に手を伸ばしながら、そんなことを考える。

「ふーん」

問い詰めても無駄だと分かってるんだろう。
微妙に納得してない顔で、カップを手に取る。

静かな時間がのんびりと流れる。
いつもなら、とりとめのない話をしてるんだけど。
たまにはこんなのも良いもんだな。

「それで、どうなの?」

コーヒーの残りが半分くらいになって、沈黙が破られた。
手を組んであごを乗せ、こっちをのぞき込んでくる。

「なにが?」

「ライラよ、ライラ」


質問の意味がよく分からない。
ライラさんがどうしたって言うんだ。

「どうせ、学校の制服しか見たことないんでしょ」

その言葉に釣られるように、カウンターに目を向ける。
ライラさんは洗い物でもしているらしい。
何が楽しいのか、鼻歌でも聞こえてきそうな感じだ。

「まあ、そうだけど」

そもそも、学校以外での関わりなんてほとんどない。
別にそういうもんだろうと思っていた。
友だちではあるけど、休日に誘うような仲でもないし。

「アイドルの時はもっとすごいわよ?」

確かに、ここの制服はよく似合ってると思う。
名前はよく知らないけど、ソムリエとかが着てる奴だよな。
だけど何で今、アイドルの話が出てくるんだ?

「だってアンタ、アイドルの話題避けてるでしょ」

「そんなことな……くはない、のか」

反論しようとして、できなかった。
コイツが言ってるのは確かに事実だったから。


俺は、今まで通りでいるべきだと、そう思っている。
なら別に、アイドルのライラさんを知る必要はない。
むしろ、知らない方がいいんじゃないかと。
クラスの連中の変わり様を見ると、どうしてもそう考えてしまう。

俺も同じようになってしまう気がして。
今まで通りの友だちでいられなくなるような気がして。

「真面目か」

溜め息まじりに突っ込まれた。
心底呆れたって顔なのに、目だけ妙に優しい。
コイツとも長い付き合いだけど、こんな表情は初めて見た。

「アンタなら大丈夫よ」

不思議と、その言葉を素直に受け取れた。
コイツが言うならそうなんだろう、と。


「というわけで、はいこれ」

「なんだよ」

「何って、ライブのチケット」

「おい、ちょっと待て」

手渡された封筒の中には、一枚の紙が入っていた。
記された日付は来週だ。
急な話にもほどがある。

「アタシも付いてってあげるからさ」

「いや、そういう問題じゃない」

「見ないの? 友だちなのに?」

その言葉にハッとした。
口では応援すると言いながら、俺は何も知ろうとしていない。
知る機会があるのに、触れようともしていない。

ただ、自分が変わりたくないから。
それは、友だちとして正しいのか?


「……そうだよな」

アイドルとして、ライラさんが何をしたいのか。
そのために、何を頑張っているのか。

そういうことを理解して応援する。
友だちって、そういうものなんじゃないだろうか。
少なくとも俺は、そっちの方が良いと思う。

これはもう、変わるとか変わらないの話じゃない。
俺自身が、友だちだと言えるためにも。

「ありがたくいただくよ」

改めてチケットを受け取る。
なんだかすっきりした気分だ。

「ん。よろしい」

コイツには全部バレてるんだろうなぁ。
でなきゃ、こんな風に笑うわけがない。
……まあ、今更か。

ライラさんとも、こんな関係になれたら。
ふとそんなことを考えた。
うん、悪くない。

そうなるには、相当苦労しそうだけども。
まずは一歩、踏み出してみるか。



<了>

というお話でございました

アイドルが隣にいたら……
頑張って格好つけたくなるも挙動不審で終わる自信があります
現実は非情だ


お楽しみいただけましたなら、幸いです

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