【鬼滅の刃】冨岡「ホワイトデー」 (48)
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バレンタインはバレンタインにあげとけば良かった
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「胡蝶にお返しをしなければならない。ただ、姉さんがダメなんだ」
ホワイトデーの二日前の昼休み、珍しく呼び出してきた同僚とこの俺様、宇髄天元様の城とも言える美術室で飯を食っていたら、いきなり意味のわからない言葉をぶつけられる。驚くなかれ、これでこそ冨岡義勇。通常運転でこれだ。何なら今日の口数は多い方である。
「おい、コミュニケーション取る気あるか?」
「俺は真面目に相談している」
そう、真面目だからこそタチが悪い。こいつが伊黒や不死川に嫌われる所以だ。本人はこれで大真面目なのだ。
「よし、わかった。お前もう一回さっきの言ってみろ」
「さっきの?…胡蝶にお返しをしなければならない。ただ、姉さんがダメなんだ…」
こいつは基本的に言葉が足りない。嘘や誤魔化そうとはしていないから、こちらが推理していけばいい。
『胡蝶』に『お返し』か。お返しといえば、ホワイトデーか。そして、この場合の胡蝶とは、妹の胡蝶しのぶの方だろう。姉の胡蝶カナエの線もゼロではないが、彼女は自分たちの同僚。義理チョコは俺ももらったし、お返しは男性教員の連名で送ることが決まっている。因みに買い出しに行くのは不死川だ。
「姉さんがダメとなると…どうすればいいのかわからない…」
『姉さん』、冨岡には確か姉がいた。ということは…?
「なんだ?姉貴に胡蝶は認められてないとかか?」
「何を言っているんだ?」
いや、こっちのセリフだよ。冨岡がパッパラパーなだけで、胡蝶からの好意はバレバレだ。思えばあいつは前もそうだった。前世でも、素直になれずにからかいながら、こいつの背中をツンツンと突く。それだけで満足していた。
とはいえ、今は教師と生徒だ。幼馴染みとはいえ、交際となれば反対するということもあるだろう。というか普通はそうだ。
「今回は姉さんが手伝ってくれない…」
「何を?」
「ホワイトデー」
んなことはわかってんだよ。次の質問で聞き出そう。そう思っていたら、珍しく冨岡の方から続けて口を開いた。
「お返しを作るのを…手伝ってくれない…」
「はぁ!?」
こいつ、女へのお返しを姉ちゃんに手伝ってもらってたのかよ!?いや、こいつからすれば、あのバカでかいハートのチョコだって、『義理』の文字が書かれているという理由だけで義理チョコに分類されるのか…本当に幼馴染み相手…というか前世馴染み相手に返しているだけなのだろう。
「だから…生姜の佃煮が作れない…」
「お、おぉ…」
なるほど、最低限好物を送ろうという気持ちはあったわけか。
「なんで今年は手伝ってくれねーんだ?」
「その…姉さんも結婚して、俺も一人暮らしを始めたから…いつまでも頼っていたらいけない…と」
言っていることはわかるが、タイミングが遅すぎるだろう。
「そんなもん、自分で考えたらいいんじゃねーの?」
冷たい言い方になったかもしれないが、何分胡蝶はこの男に惚れている。本当に何がいいのかわからないが、姉とは違い、前世の記憶を失っているにも関わらず、同じこの不器用すぎる男のことを好きになったのだ。それなら、惚れた男が自分のために悩んで決めたものが一番のプレゼントだろう。
「以前、そう思ってプレゼントしたら殴られた」
「なんでだよ!?」
何をすれば、ホワイトデーのお返しで殴られるんだ。
「あれは…五年前…その年は三月だというのに冷え込んでいてな、腹を冷やしてはいけないと思って…」
「ん?お前、何を送ったんだ?」
「毛糸のパンツにした」
ウサギは幼稚だと思ったからクマにした。と続ける顔を本気でぶん殴りそうになった。五年前って胡蝶は中一じゃねーか!そんな多感な時期になんちゅうもんを…というか、そんな事件があってなんでまだ胡蝶はこいつが好きなんだよ…
「だから、協力してほしい…」
「…」
まぁ、なんだかんだでお返しをしないといけないって思ってるなら脈はあるのか。胡蝶の恋路を憂いつつ、あまりにも残念な目の前の同僚がいたたまれなくなった。
「うむ!話は聞かせてもらった!」
「うぉ!?」
勢いよく、ドアを開け炎柱…今は社会科教師の煉獄が入ってきた。
「おい、煉獄、昼飯を食べるんじゃないのか?」
「いや、伊黒!ここは冨岡の恋路を応援しようではないか!」
煉獄は贔屓目無しにいい奴だ。こいつほど気持ちの良い男を俺は知らない…が、今回は役に立ちそうにない。話がややこしくなる前に帰ってほしい。
「どうしてそんなことをしなければならない…大体俺は冨岡のことは嫌いなんだ…今だって、お前が昼飯に行くと言うからついていこうと…」
生まれ変わっても伊黒はネチネチとしている。これで実はいい奴なのだが、いかんせん関わりの薄い人間には伝わらない。そして、こいつも今回はあまり役に立ちそうにない。帰ってほしい。そのまま煉獄を説得して帰ってくれ。
「…俺は嫌われていない」
伊黒からすれば、気に食わない冨岡のことなど助けたくはないだろう。そうだ、そうしよう。さっさと帰れ。お前らに色恋沙汰は無理だ。
「まあ待て伊黒!これも胡蝶のためだ!」
「…ちっ」
『…ちっ』じゃねーよ。もっと粘れ。いや、これは胡蝶の人徳か…今でも美人で目立つ存在の彼女だが、前世…鬼殺隊の時には彼女の世話にならなかった隊士はいない。自分も柱で多忙にも関わらず、怪我人の治療を担当し、屋敷まで開放していた。当時も十八歳という年齢ながら文字通り、寝る間も惜しむ無理をして組織を支えていた。なので、前世を覚えている人物は自然と彼女に対しては甘くなってしまうのだ。
「思いの丈を手紙で伝えるというのはどうだろう!」
まずは煉獄が提案してきた。思っていたよりはいい案だ。
「何も物でなくてはいけないわけではないだろう!むしろ、気持ちを伝える方が胡蝶は嬉しいのではないか?」
「とりあえず、胡蝶に聞こえたらお前は殺されると思うからもう少し声量を抑えろ」
とは言うものの中々いいアイデアだ…そう、送るのが冨岡義勇でなかったならば。
「早速書いてみろ!普段からの想いを正直にだ!」
その一言で冨岡は手紙を書き始める。手紙にすれば形にも残る。意外にも冨岡は三分足らずで三枚ほどの手紙を書き終えた。
「おぉ、想いが溢れて止まらないといったところか!」
果たしてそんなにいいものだろうか。
「何か嫌な予感がする…冨岡、読んでみろ」
珍しく伊黒と意見が合う。冨岡はこくりとうなずき、書いた手紙を読み上げる。
「『胡蝶へ、いつも思っていたことを今回は手紙という形で伝えたいと思う…』」
「うむ!いい書き出しだ!」
「『今まで嫌われてしまったら…関係性が悪くなったら…と思い、言うことができなかった。けれど、今回は勇気を出して言おうと思う』」
「おぉ…」
おぉ…じゃねえよ。こいつを誰だと思ってるんだ。
「『スカートが短い。もう少し長くしろ。』」
「ん?」
冨岡義勇だぞ。
「『化粧も濃い。落とせ。背が低いのを気にしてシークレットシューズを履いているな。やめろ。それから…』」
「待て待て待て!?冨岡!言いたかったこととは…」
「無論生徒指導に関してだ」
「よもや!?」
こいつは冨岡を舐めすぎだ。あの胡蝶のスペックをもってしても攻略できないどころか、逆に混乱状態に陥れる天然ドジっ子が手紙なんてまともに書けるわけがない。
「今まで言えずにいたが、手紙ならば言えそうだ…ありがとう煉獄!」
「お前はバカなのか?」
伊黒のストレートな罵声が心地よい。今日はやたらと意見が合う。
「そんな小言をもらって嬉しがる女子…というか人間がどこにいる?現にお前は今俺に小言を言われているが嬉しいのか?だとしたら相当の変人だぞ?」
「なるほど…」
納得はできたようだ、よかった。まだ希望はある。
「やはりこういう時は物を贈るに限る。口下手ならば尚更だ」
確かにそれは一理ある。口下手どころか災いを呼ぶ口だ。黙って物を贈る方がいいかもしれない。
「普段から身につけられる物を贈れ」
「以前そうしようと思って毛糸のパンツを贈ったら殴られた」
「原因はお前か!?」
無関係だったはずの点と点が繋がってしまった。なんだこのバカの連鎖反応は。
「本当にバカなのか?靴下にしておけ!」
「世の中の女が全員甘露寺だと思うなよ!?」
場合によっては靴下の方が変態度が高い。伊黒が贈って嫌われなかったのはひとえに相手が甘露寺だったからだ。
「アクセサリーにしろ!」
つい口を出してしまった。出てくる案があまりにも残念だったからしょうがない。
「アクセサリー?」
「女ってのは光り物が好きなんだよ!ネックレスとか、イヤリングとかいくらでもあるだろうが!」
前世ほどとはいかないが、俺たちは社会人として働いている。ある程度のお金は自由に使える身だ。それに加えて冨岡はとにかく金を使わない。服はジャージと式典用のスーツのみ、食事は胡蝶が作ってくる以外はコンビニ弁当だ。おそらく今まで稼いだ金利だけで生活している。こんな時くらい金を使うべきだろう。
「なるほど…それが一番良さそうだ」
冨岡も納得した時、ちょうどチャイムが鳴り響き昼休みが終わった。今日の放課後に買いにいけばホワイトデーには間に合うだろう。これで万事解決だ。
とはならなかった。俺はこんなに散々言っているのに、相手が冨岡義勇だということをすっかり忘れていた。翌日の職員室で、冨岡はこう言い放った。
「宇髄、昨日はありがとう。おかげでいい指輪を買うことができた」
「はぁ!?」
よりにもよってこいつは指輪を買ってきた。それも…
「お前…それ…いくらしたんだ?」
「たしか…給料の三ヶ月分くらいだったと…」
「それ婚約用じゃねぇか!?」
ダメだこいつは、金銭感覚が狂ってやがる。金に興味のない人間がこんなにもタチが悪いとは。
「しかし、日頃の感謝を考えると…」
「日頃の感謝を考える前に、公衆の面前で教師から告白すっ飛ばしてプロポーズされる胡蝶の気持ちを考えろ!」
「いや、しかし、いいものなんだ…ここに胡蝶の名前が彫ってあって…」
「婚約用だからだよ!」
頭が痛い。せめて誰かが付いて行っていれば…どうして一人で行かせてしまったんだろうか…いや、待て。そもそもこいつ一人で指輪を買おうという発想になるだろうか?売っている店にもたどり着けないだろう。
「お前…それ、誰と買いに行ったんだ?」
「ん?姉の方の胡蝶だが?」
「人選ミスじゃねーか!」
あいつは基本的に妹の幸せしか考えてない。それがどれだけ突拍子もないことでも、最終的に妹の幸せに行き着くならGOサインを出す女だ。つまりは天然が二人揃っただけだ。何の意味もないどころかマイナスだ。
「とにかくやめろ!重いとかそんな話じゃねぇ!事件になる!」
流石に公衆の面前でプロポーズされて、胡蝶がOKを出すとは思えない。ふられたらそこに残るのは生徒に手を出そうとした体育教師だ。前世ならともかく、今世では通報されて終わりだ。
「しかし…ならどうすれば…」
「…とにかく胡蝶のことを考えてみればいいんじゃね?」
「胡蝶のことを?」
「なんだかんだ付き合い長いんだからよぉ、あいつがどんな人間かはわかってるだろ」
なんせ前世からの付き合いだ。前世から、胡蝶は冨岡に惚れている。こいつが気付いていたかはわからないが、胡蝶の方から話しかけることは多かった。その上、冨岡は自分から誰かに話しかけることなど皆無だったから必然的に胡蝶との関わりが多くなる。
「よく考えろ、それが何よりのお返しになるんだからよ」
「うーん…」
決してめんどくさくなったとか、諦めたとか、そういうことではない。俺は冨岡を信じることにしただけだ。
そして、次の日。
「胡蝶、これ…」
「これって…」
心配して、影で見守っていると、冨岡は胡蝶に小さい包みを渡していた。なんだ、あれは?
「ハンドクリーム…?」
「…胡蝶は薬学研だろう。容器を洗剤で洗ったり、薬品を使ったりすると手が荒れるかと…」
「冨岡先生…そんなことできるようになってたんですね…」
おぉ、冨岡にしてはいいチョイスだ。いいぞ、胡蝶も一応感激している!そのまま行け!
「それと…」
「それと?」
『それと…』?おい、待てそれだけでいい。やめろ。嫌な予感が止まらない。
「手紙を用意してきた」
何故だ。まさかあの手紙ではないだろうなと思っていると…
「『胡蝶へ、いつも思っていたことを今回は手紙という形で伝えたいと思う…』」
あの手紙じゃねーか!?
「『今まで嫌われてしまったら…関係性が悪くなったら…と思い、言うことができなかった。けれど、今回は勇気を出して言おうと思う』」
やめろ、勇気を出すな、しまっておけ!
「『スカートが短い。もう少し長くしろ。』」
…やっちまった…なんでこっちも一緒に渡そうと思ったんだこいつは…
「どうしてですか?」
意外にも胡蝶は冷静に聞き返す。流石は幼馴染みというだけはある。
「自覚はないのかもしれないが、お前は人の目を惹く容姿をしている。年頃の娘だということをもっと自覚してほしい」
「…はい」
それを手紙に書いておけよ!手紙ですら言葉が足りないのか、この男は…。
「『化粧も濃い。落とせ。背が低いのを気にしてシークレットシューズを履いているな。やめろ。それから…』」
「ちょっと!?なんでそれを知ってるんですか!?」
「靴を履いているときと、そうでない時の目線が違うからな…無理にかかとを上げる靴を履くと怪我の原因になる。やめておけ」
「因みに化粧はどうして…」
「…?そんなことをしなくても胡蝶は綺麗だろう?」
「っ…」
うぉぉぉおい!?さらっと色男みたいなこと言ってんじゃねーよ!というか、最初に聞いた時と全然違うじゃねーか!
とは言え、なんだかんだ甘い空気になってきた。これなら心配はないだろう。そう思ってその場を離れようと目を離した五秒後だった。
「最低!」
胡蝶の絶叫と共に平手打ちの乾いた音がこだまする。
そこには、毛糸のパンツを持った冨岡が立ち尽くしていた。なんで全部渡そうとするんだよ!?
最後のプレゼントを渡したのは、胡蝶が卒業した後だったそうな。
終わり
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