貴音「ざ・りすと・おぶ・四条」 (14)

「これはどういうことなのでしょうか」

貴音はそう呟くと、ラッピングの丁寧な小袋を摘まんで振るのだけれど、空になっているそれは小さくカサカサとだけ音を鳴らすだけで、そこに入っていたクッキーを惜しむように貴音は目を向けながら、もう一度春香に向きなおすのであった。

「春香。わたくしは訊いております」

「えっと、その」

「昨日よりわたくしは楽しみにしておりました。春香、あなたがくっきぃを持ってくると言うので、わたくしは非常に楽しみにしておりました」

貴音はソファーに座る春香の隣へ音もなく座り、まるで子猫を撫でるかの様に膝上に小さなバスケット、正にクッキーが入っている、いや、入っていたが正しいのだけれども、その蓋をわざとらしく開けて中を春香に見せ付けながら、再び偉そうな口調を続ける。

「空ですね、おかしいですね」

「数、足りなくなっちゃったみたいで、その、早い人順に、しちゃって」

「早い者順、ですか」

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依然としてバスケットを撫で愛でる貴音はすぅと半眼になりながら春香に詰め寄る姿勢は変わらず、空の袋を再び持ったと思えばわざとらしくくしゃりと握って続けて言葉を紡いだ。

「わたくしの分は避けておく、それは出来たはずですよ」

「そ、そうですけど、そんな特別扱いは」

「春香」

まぁ要するに、今日春香は宣言通りクッキーを焼いて持ってきたのであるが、貴音は事務所に来るのが遅れてしまい、その間に仕事も無いのに事務所へ集まっていた面々が、この面々には勿論春香も貴音も含まれるのだけれども、春香の予定の想定数を超えていた様で、皆悪気無く自分の分を食べただけなのだけれど、結果として遅れてきた貴音の分は無くなってしまったのだった。
貴音が先程からごねるのも気持ちは分からなくもないのだけれど、春香だってこの後貴音が来るからその分は誰か我慢してね、とは言えまいので、完全に八つ当たりのそれである。

春香の名前を呟いた貴音は、ここからが問題なのであるが、どこからともなくというより背中の方から、白いバインダーを取り出してペンを握ったのであるが、このバインダーこそ、貴音が最近肌身離さず持ち歩いている『四条のリスト』であって、それを見た春香は途端に顔を青くして待ってください、貴音さんやめて、と懇願しながらすがり付いたのである。

「あなたはわたくしを失意の底へと蹴落としました」

「違うんです、わざとじゃないんです」

「春香、あなたは『りすと』入りです!!」

「いやああああ」

さらさらという音と共に、貴音はその『りすと』に春香の名前を書き込むと、春香は頭を抱えながらそのソファーにうずくまった。

最近の貴音の流行りというか、何か気に食わない事があるとあの『りすと』に相手の名前を書き込むのである。曰く、とても恐ろしい制裁があるらしいのだが、基本書かれたところで特に何が有る訳でも無い、にも関わらず、皆はその『りすと』入りする事を恐れ、ただただならないよう願うのである。

「わたくしも残念です。これで春香も『りすと』入りしてしまうとは」

「ひ、ひどい」

「因みに。最後の一つを食べたのは誰なのですか」

「えっと、響ちゃんが最後、で」

春香が言い終わるなり、自分も袋から最後の一つを取り出し、口に入れると、程よい甘さのバニラの風味が口の中に広がって、これを食べられないのは至極残念だなと思うわけであるが、先程からの貴音と春香のやり取りを対面のソファーで自分は見ていたものだから、貴音はこちらを振り向き、それが最後の一つだったことを確認するなり凄い剣幕で詰め寄って来たのであった。

「響、あなたは先程からのこのやり取りを見ていましたよね」

「春香が可哀想だった」

「違います。可哀想なのは食べられず泣き寝入るしかないわたくしです。そして最後の一袋、全て食べてしまったのですか」

「美味しかったぞ」

「わたくしにも分けてあげよう、とは思わなかったのですか」

「何ならもう一袋食べたい」

「響、あなたも『りすと』入りです!!」

既に通算10を超える『りすと』入りとなる自分にとって、それは勿論765内最多な訳なのだけれど、もはや大した事でもないのだが、鼻息荒く書き込む貴音を見て笑ってしまう事だけは避けねばと思い脇腹を密かにつねるのであるが、そんな中しれっとあずささんが貴音の隣に来て、可哀想な貴音ちゃんだとか春香ちゃんと響ちゃんは反省よなどと、いつもの如く『りすと』云々の時は決まってあずさは貴音の隣でしれっと太鼓持ちをするのである。

「でもあずささんだって食べて」

「響ちゃん、めっ」

言い切る前に口を押さえられ、もごもごと呻いてしまう訳だが、貴音はどうやら今のに気付かなかった様で、自分の目論みは失敗に終わってしまった。
その後も貴音とあずささんは茶番染みた慰め合いをしたかと思えば、余程クッキーが心惜しいのだろう、近くのコンビニへ行ってきますと残して二人で出掛けてしまった。

ちはやちゃあああんと涙声で千早にすがり付く春香がこれまた可笑しくて笑いそうになっていると、いつの間にか隣に座っていた亜美が、彼女も先程迄のやりとりをずっと見ていた訳であるのだけれど、対面に置かれっぱなしになった『四条のリスト』を手に取りながら、これ名案とばかりに黒いマジックペンで、白いバインダーの背面に何やら書き込んでいく。

「これで亜美はお姫ちんに誉められて、リスト入りはもう絶対に無いっしょ」

むふむふバインダーの裏で笑う亜美が至極楽しそうなので、それはそれとして置いといてその後も談笑していると、本当にそこのコンビニだったのであろう貴音とあずささんが帰ってきて、亜美は飛び付くようにして貴音にバインダーを手渡した。

「お姫ちん、亜美が書いてあげたんだよ」

「書いて、あっ」

「いいっしょ」

見ればその白いバインダーの背面に、黒い文字で『お姫ちんのリスト♡』と書いてあり、これでさっきから亜美は一人にまにましてたのかと合点がいった。

「亜美」

「何も書いてなくてさみしかったからね」

どこかいやらしく取り入ろうとする笑顔の亜美に対して、貴音の顔は一向に笑顔にはならずどこか震えながら、きっ、とした顔を亜美に向けた。

「何ですか、このふざけた落書きは!!」

「えっ」

「この落書きは亜美なのですね」

「違うっしょ、落書きじゃなくてデザインだよお姫ちん」

「亜美、あなたは『りすと』入りです!!」

「なんでええええ」

またまた頭を抱えてうずくまる亜美を、そして、めっ、と後出しで注意するあずささんを横目に、貴音はまた大袈裟に腕を動かしてさらさらと書き込んでいく。『お姫ちんのリスト♡』の文字の奥に見える険しい貴音の顔があんまりにも不釣り合いなものだから、これまた笑いそうになるそれを我慢するのだけれど、その顔を見てなのか一連の流れを見てなのかは分からないがそのまた貴音の奥で真がお腹を抱えて笑っていた。

「真、あなたも『りすと』入りです!!」

ああああ、と頭を抱える真は同じくうずくまりつつも笑い続けたものだから、その後顔を上げた拍子にほっぺたをつねられてじたばたした後に笑い疲れなのか何なのか、ぐったりとしていた。

「響、『りすと』を見ていてください」

貴音はお花摘みに行くようでテーブルの上に『リスト』を置いていって行く訳だが、それを手にぺらぺらと捲りながら今日のものや過去の『リスト』入り事由を眺めていたのであるが、これまた今日は誰かが側に来る日なのか何なのか、美希がぬっと横から顔を出して、それ貸してと『リスト』を手に取って物置部屋へと消えていった。

そうして貴音は帰って来た訳なのだけれど、来るなりあの『リスト』が無いものだから、そわそわとテーブルの下を見たりソファーの裏を探した後に、疑念たっぷりに顔を歪めて自分に詰め寄るのである。

「響、見ていてくださいと申したはずです」

「自分の力不足というか何というか」

「言い訳は無用、響は後で『りすと』入りです」

本日二度目のそれを宣告され、あずささんに嘲笑されたのも束の間、物置部屋の扉をばん、と開けた美希がこちら、もとい貴音を指差してこちらへ物申すのであった。勿論の事、『リスト』を片手にしながら。

「誰かと思えば、美希。これには失望致しましたよ」

「こんなくだらない『リスト』なんて今すぐやめるの」

「なりません。それは765ぷろを正しい道へと導く最善の方法なのです」

「ありえないの。貴音みたいな人が増えちゃうもん」

「喜ばしい事です。今すぐそれを返しなさい。さすれば、美希、あなたの『りすと』入りは免除してあげます」

そんな貴音の言葉に聞く耳持たず、美希はぺらぺらと『リスト』を捲り、過去の頁を見て語気を強める。

「一昨日、『萩原雪歩、淹れたお茶が熱すぎた為。』昨日、『水瀬伊織、棚に肘をぶつけたわたくしを笑った為。』、なんなのこれ」

「美希。おいたが過ぎますよ。それをわたくし以外が見ることは許されません」

「めっ、よ。美希ちゃん」

「超個人的で横暴な理由なの。うん、えっと、響は書かれ過ぎだと思うの」

すいません。そんな自分の独白は他所に、美希は捲っていた頁を戻し、本日分の『リスト』入り一覧に目をやる訳なのである。

「亜美、なんなの落書きって。あとまた響。それに真クンに春香。酷いの、横暴なの、ってあれ」

「美希、やめなさい」

「『三浦あずさ、わたくしを差し置いて春香のくっきぃを食べてしまった為。』だって」

「た、貴音ちゃん?」

「美希、今すぐ返しなさい。あずさ、騙されてはなりません」

どうやらばっちり聞こえてたようで、食べ物の恨みはさぞ怖いというか何というか。貴音とあずささんは互いに腕を掴み合い何だか変な空気になっているのであるが、それを尻目に美希はそれをやめる様子もない。そんな中自分は貴音が買ってきたクッキーを無断で一枚二枚食べているのであるが、今『りすと』は美希の手元なので心配は無用である。

「そんなもんなの。あずさも貴音から早く離れた方がいいの」

「許しません。美希、あなたは三回『りすと』に入れます。今すぐ、それを返しなさい」

「違うの。入るのは貴音、あなたなの」

「なっ。み、美希、落ち着きなさい。止めるのです。なりません!!」

美希はペンを頭の上まで握り上げて、はたまた険しい顔を作りながら、貴音の今までのそれを真似するようにして言い放ったのである。

「貴音、あなたは『リスト』入りなの!!」

「ああああああああ」

大袈裟に腕を動かしてそこに貴音の名前をさらさらと書いた美希は、大層満足げな顔で『リスト』を自分に押し付け、いや何でこのタイミングで自分に返すんだとは思ったのだけれども、隣で貴音のクッキーをぱくつくのであった。

「あずさ、美希が。美希がいけずな真似を」

「貴音ちゃん、私達はもう。ごめんなさい」

そうしてあずさにも見捨てられた貴音はこれまた大袈裟に身体を震わせながら、自分の席でパソコンに向かっていたぴよ子の太腿に顔を埋めて泣き出すのであった。

「うわあん、あうあうあう!!」

酷いのです、みなが、765のみながいけずなのです、と貴音は言うのだけれど、ぴよ子だって同じ部屋に居たのだし今日の一部始終や今までのそれを見ているのだから、その言い方は果たしてとは思いつつ、大人なぴよ子は貴音をよしよしとあやしながら、みんな意地悪しちゃダメよ、なんて窘めていても、その笑いを堪える口は波打ち、脇腹をつねっているので大人はずるいと心から思ったのであった。

膝元には押し付けられた『リスト』があったので、自分も貴音と美希よろしく大袈裟なそれは取らないけれども、誰に聞こえる訳でもない小さな声で、自分はぽつりと呟くのである。



「ぴよ子、あなたは『リスト』入りだぞ」



『音無小鳥、心にも無い言葉で貴音を甘やかした為。』

ごめんなさい、お姫ちん
ごめんなさい、小鳥さん

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