【モバマス】北条加蓮・神谷奈緒「トップアイドルの条件」【バトル百合】 (15)


※百合・殺し愛・トリコ(週刊少年ジャンプ)要素あり







観客の居ないドームは、不気味なまでに静まり返っていた。

心を熱く焦がすあの無数のペンライトのウェーブも

深く非日常の世界に没入させる蛍光色の光雨もない。

その真ん中では美少女がただ一人、林檎の入ったトートバッグを

片手に佇み、美しい過去に静かな想いを寄せていた。

北条加蓮、自らのファンでこのドームを満たし、さらなる高みを目指すアイドルだった。

「――待たせたね、加蓮」

そこにまた足を踏み入れた者がいた。

豊かな髪を靡かせた彼女は中央にいる加蓮を呼び、手を振る。

彼女は思わず頬を掌で撫で、頬を赤らめた。

「もぉ奈緒……いきなり撫でてくるの止めてよ。照れ臭いじゃない」

神谷奈緒。彼女もまた、加蓮と同じトップアイドルの道を直走る者だ。

二人はこのドームをまさに無数の人の夢で満たそうと切磋琢磨し合った仲だった。

「はは、ごめんごめん。久し振りだからさ、つい、触りたくなってね」

二人は適当な場所を見つけ、並んで座る。

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「はい、これ。お土産のビックリアップル。一緒に食べよう」

加蓮はトートバッグを奈緒に差し出した。

ビックリアップル、それは加蓮が入退院を繰り返していた時

奈緒が凛と一緒によく持っていった、思い出の食材だ。

驚かす度に味の異なるその果実は、決して舌を飽きさせる事はなかった。

「こんな捕獲レベルじゃなかったけどな」

胡座をかいたまま奈緒は齧りついて蜜果の甘みを堪能する。

今二人が食べている物の捕獲レベルは八十前後。

これは市場でも滅多に出回らないレベルだ。

瑞々しい甘さに充ちたそれを今度は果物ナイフで切り

互いに食べさせ合い、思い出話に花を咲かせる。

前座ではあるものの初めてここでライブをした時の興奮、感動、そして観客たちの熱狂を。

どれもこれも懐かしい……血を血で拭うアイドル同士の戦いを知らなかった、あの頃を。

仲間たちと共にひたすらファンに幸せを届けていたあの頃を語る時のみ、彼女たちは笑った。

「あ、あのさ、加蓮……」

差し入れを粗方食べ終わった後、奈緒が躊躇いがちに切り出す。しかし、それを加蓮は制した。

「それ以上はダメ。……戦意が鈍るから……」

「……。そうだな……」

奈緒は太い眉を凛々しく吊り上げ、ふわっと後方に跳んだ。

加蓮に向けたその優しい瞳は、無骨な戦意に変わっている。

「じゃあ……久し振りに、『デート』でもしようか。加蓮」

「……。最期の……デートになるよ。奈緒」

「それは寂しいな……」

言い終わるが早いか、奈緒の髪がみるみるとうねり集まり、禍々しいオーラを発した。

その総髪の悪魔は加蓮に牙を向けて襲いかかる。

「――二十万本ヘアパンチ!」

加蓮もまた丹田に力を込める。

体内に燻っていた気を一気に放出して、宙に飛び、間一髪でその魔手から逃れる。

(流石加蓮……ブ空術にも磨きがかかっている……!)

ジグザグの軌道を描きながら、加蓮は奈緒の猛追を次々といなしていく。

尻から発射された豊富なガスと鉄パイプをもねじ切る強靭な括約筋

そしてそれらを制御する大胆かつ繊細なコントロール

まさに彼女しか成し得ない神業だ。

「ずいぶん射程距離(ダイニングキッチン)が伸びたようね、奈緒!」

「フフ、ヘレンさんの下で修行したからね……」

グルメ界に繋がる三途の道は、測定不能な猛獣たちが一日数百体押し寄せてくる。

その要所をただ一人で抑えているのが、グルメアイドルのヘレンだった。

奈緒は彼女の下で直観を徹底的に鍛えた。

相手と対峙した時、瞬間的に最善手がいつも浮かぶ力を。

修行の成果により、彼女は何のストレスも感じずに約三十万本の髪を全て動かす事が出来る。

「――そこか!」 

半径五十メートルに張った不可視の髪の結界

奈緒はそれにより敵の挙動を感知し、髪撃を向ける。

しかし、加蓮は紙一重でその罠をかい潜り、捉えどころが無い。

虚しく宙を切り裂く奈緒の髪には焦りが感じられた。

残像――武術の達人は緩急をつけた足運びにより

あたかも質量を纏った虚像を複数産み出すという。

加蓮は有り余る体内ガスと巧みに緩縮する括約筋を用いて

空中に見事な己の分身を立て続けに作り、奈緒を翻弄した。

しかし、どうやら千日手に陥ったようだ。

奈緒はその射程距離ゆえに加蓮を寄せ付けない。

だが奈緒もまた、加蓮に近づけないでいる。

迂闊に近づこうものなら、加蓮の放つ『死神の吐息(デス・ブレス)』の餌食になるからだ。

(奈緒、この前よりもずっと強くなってる……けど、その強さこそが弱さ。
 あれほどの能力、ずっと使い続けるのは不可能。
 ローテーションで髪を使い分けているとはいえ、必ず使えない時間が来る
 ……そこを突く。逆に言えば、それくらいしか私には勝機がない……!)

加蓮が動き、奈緒は身構えた。しかし攻撃はやってこない。

彼女は天井スレスレまで飛翔し、空中でショーツをパージ。

白く眩しい玉尻を華麗に翻した。

「――『戦神の咆哮』!」

けたたましい暴屁音に遅れ、ドームの屋根にみるみると死の蔦が伸びていく。

鉄筋が崩れ、建材の塊が次々と落下していく――真下にいる奈緒の方へ!

(くっ……この重量の畳み掛け、ヘアリードじゃ間に合わない! なら……覚悟を決める!)

以前の奈緒ならなす術なく瓦礫の餌食になったろう。

しかし、ヘレンの下で修行した彼女ならば!

「二万本で二倍! 三万本で三倍! 二十万本で二十倍の――スーパーフライ返しッッ!」

不可視のヘアネットが奈緒の頭上三センチほどまでしなった末

それをそのままカウンターで宙へと押し返す。

ただ返すのではない、力を上乗せして返すのだ。

数十倍の力で返された塊は上から来た塊とぶつかり合い、粉々にして飛散した。

……夥しい粉塵がドームに満ち、深い霧を描いた。

灰色の世界で視覚は役に立ちそうにない。

「……!……」

触覚を伸ばして探索するよりも早く、奈緒は右側方へと飛んだ。

一瞬、死神が鎌を振り下ろす姿を幻視する。

それは決して比喩ではない。

事実、同位置に留まっていれば彼女の命は無かっただろう。

(加蓮……!)

砂塵に紛れながら、加蓮は執拗に接近を試み、必殺手を繰り出していく。

握力で極限まで圧縮した毒屁の致死力は、死神と称するに相応しい。

その魔手が、深い塵霧の中から最速で相手の鼻先へと繰り出されるのだ。

腹から腸にかけて圧縮されたガスは充満し、解放の時を待ち不気味な沈黙を保っている。

ここに来る前、加蓮はベジタブルスカイに在るポテトの泉にて食没を行なっていた。

モアイモ、まさつまいも、イモウナギにポテネズミ。

芋類が適合食材である彼女がこの日の為に摂取した総カロリーは約二百万キロカロリー。

これは成人男性の十ヶ月分、そして三村かな子の三ヶ月分のカロリーに相当する。

実体重にして十一トンにもなる食没を終えた彼女は、天空のレストランを去る前に振り返った。

その眼差しの向こうにある食材は、オゾン草だった。

奈緒と二人で手にした、初めての特殊賞味食材。

同時に二枚分の皮を剥いでいき、剥き出しになった本体の葉っぱを

同時に齧った時の反応、感動、そして照れ臭さ。

「まるで新婚の共同作業のようだ」という相手の言葉に

どぎまぎした美しい想い出は、今も彼女の中で最高の味を熟成し続けている。

   #  #  #

(……ッッ!)

奈緒は段々と体が思うように動かなくなっていくのを感じた。

気づくのが、遅過ぎた。彼女は既に加蓮の策にかかっていた。

加蓮ほどのトップアイドルになれば、体内に充満したガス同士を反応させ

様々な毒ガスを生成する事は造作もない事だ。

奈緒を攻めながら、彼女はその毒屁をドーム中に飛散させた。

「加速(アクセレーション)!」

――ブボボボボッッ!

爆屁音と共に音速の女神は稲妻の軌道を描いて飛び込んで来る。

奈緒はそれを読み、束ねた髪をニードルのように連続で突き出す。

必殺の髪刃も加蓮のスピードに完全にはついて行けない。

だが、加蓮も無事では済まない。

恐ろしい鉄鋼をもたやすく切り裂く奈緒の髪が、白魚の如き加蓮の指をバラバラと削ぎ落とした。

艶やかに彩られたネイルと、紅い鮮血の織り成す狂気のワルツ。

奈緒は彼女のネイルアートがお気に入りで

いつも指爪を差し出しては、描いてほしいとねだっていた。

デビューして間もない頃の、遠く優しい追想が加蓮の胸を締め付けて止まない。

だが、本来この距離なら首が飛んでもおかしくない。

これをまたとない好機と見た彼女は熱を帯びた激痛を噛み砕き

巧みな空中制御の下に半回転し、悩ましい美臀を好敵手へ剥き出しにする。

「……ッッ……!?」

殺人的豪臭を削ぎ落とし、肛穴を細めて

次々と襲いかかるシップウの波を、奈緒はまともに食らった。

周囲に散り舞う自らの髪と共に突き抉るような激痛が巡る。

奈緒にとって髪を切られるのは無麻酔で歯を抜く痛みに匹敵する。

だが、彼女の顔を苦痛で歪めたのは、肉体的な痛みではなかった。

……加蓮はいつも愛し合った後、ベッドで奈緒の髪を手ですいて褒めていた。

艶やかで温かみのある、優しい匂いだと……。

奈緒の長い髪は、そんな二人の絆であり愛の証でもあったのだ。

「……ッッ……! 加蓮……!」

互いが互いの大切なものを失いながら、死闘する。

美食神のあによって定められたフルコースを得、アイドルマスターという称号を得るために。

しかし、既に勝負はついていた。

驚異的射程距離を失い、接近を許してしまった奈緒は、加蓮の敵ではない。

数十合の内に加蓮は奈緒の頭に脚を巻きつけ、そのまま地へと叩きつけた。

「終わりね、奈緒……」

親友の顔を跨ぎ、深く腰を降ろして加蓮は言った。

白磁のようにすべらかな美臀が奈緒の顔に密着する。

菊花の危うい薫りが鼻腔を擽った。

この状態で放屁を受ければ、間違いなく死が待っている。

――誰も居ないドームに哀しい放屁音が響いた。

   #  #  #

「あっ……ああ……!」

最期を告げる声を発したのは彼女――北条加蓮だった。

彼女の細い首には強靭な黒糸が幾重にも巻きつき、血が滲むほど食い込んでいる。

あのシップウ波により奈緒の長い体毛は切り尽くしたはずだった

――ただ一つ、陰毛を除いては!

奈緒が死を覚悟し、最期の気力を振り絞ったのか。

はたまた宿主が死んで、グルメ細胞の悪魔が暴走したのか。

隠れていた奈緒の豊かな陰毛は、スカートの影から突如踊り出て加蓮の首を締め上げたのだ。

加蓮は何とかして食い込む剛毛を解こうとし、そして絶望した。

……彼女の手には、最早一本の指も残っていなかった。

「奈緒……アンタは、私……の……」

最期の一瞬、人の脳裡には今までの記憶が巡るという。

薄れゆく意識の中で加蓮の舌に蘇った記憶は、あの味ただ一つ……。

忘れ得ぬあの日。

指を交え、乱れた髪が白いシーツに河川の如く広がっていた初夜

余韻と恥熱の醒め止まぬまま奈緒と交わした、熱いキスの味。

限りなく甘美で深みのある、互いの唾液。

それが二人に共通する唯一の適合食材と知るのに時間はかからなかった。

――祝福されたかつての恋人たちは、互いの唾液をフルコースのジュースに加え入れた。

……やがて、小さく鈍い音がした後、加蓮の頭は力なく垂れ、そのまま前方へと倒れた。

奈緒も既に絶命している。

互いの下腹に顔を埋めた二人の遺体は、哀しくも美しい死の太極図を描いていた。

それは傍にいながら、決して混ざり合う事のなかった二人の縮図と言えた。

   #  #  #

のあのフルコースを巡るアイドル同士の戦いは激化の一途を辿る。

フルコースを分け合う事を是としない渋谷凛は、主義主張のすれ違うままに

グルメ界の地・のろま雨の丘にて島村卯月と対峙する。

「ゆっくり話し合おうよ、凛ちゃん」

「拳でね……卯月」

血を涙で流す哀しい少女たちの戦いがまた、始まろうとしていた――。

続きません。
以上です。

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