【ミリマス】「アイドルの永吉さん」「図書委員の七尾」 (29)




放課後。
オレ……永吉昴は学校の図書室に向かってる。
普段はあんまり行かないけど、今日はレッスンまで時間があるから、そこで暇潰しするんだ。



5月、中3に進級してクラス替えがあってもうひと月。
ウチの学園は6月のへんぴな時期に学園祭をやる予定で、
出し物や展示の準備に学校中がわちゃわちゃし始めてる。



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図書室の重たい扉を開けるけど、誰もいない。
オレは受付机に目を向けるけど、花瓶に生けてある花がそよ風に揺れてるだけ。
花瓶の下には、『季節の一輪』って花の名前が書いてある。




「…図書委員くらい、いてもいいと思うんだけど」




そんなつぶやきも、本の壁に吸い込まれる。
静かすぎて、キーーンって音が耳に刺さる。



みんな学園祭の準備で図書室なんか使わないんだろうな。
静かすぎてちょっと尻込みしちゃうけど、初志貫徹。
オレは窓際の席にドカッとすわって、鞄から雑誌を取り出してそれを眺める。







しばらくしたら、隣の裏倉庫からガタンッって大きな物音が聞こえる。





部屋があんまりにも静かだから、更に目立って聞こえて。
驚いて音の方、裏倉庫の扉の方を見ると、普段は閉まってる扉が開けられている事に今更気づく。



きゅ、きゅ、っていう上履きの音が大きくなる。
続いて倉庫から女子がひとり、大量の本を抱えてでてくる。



んしょ、んしょ、なんて声を出しながら運んでるもんだから、気になってその様子をジッと眺める。






「んしょ、と!休憩!あれ、永吉……さん?」



本を置いて、オレに気づくなりとてとて近づいて来る。

「め、珍しい……ですね!今日は男子に混じって野球しないんですか?」



同い年なのに、敬語で話すそいつ。
先月クラス替えがあって同じクラスになった女子。
図書委員に立候補してた。



普段、あんま絡まないヤツ。
多分、声かけられたの初めて。



たしか、七尾だったかな?
名前は……




「…ああ。今日は事務所から持ってきた雑誌を読みたくって。でも私物だし、センセに見つかったらマズイしさ」



ああ、と察したように七尾は笑う。
そいつはオレが開いてる雑誌のページを覗き込む。



「…あ、四条貴音!この間、映画みたんだ。キレイな人…。おんなじ事務所なんですか!」



噂が広まるのは早いもんで、
オレが先月765プロにスカウトされた話はあっという間に広まったみたい。
39人の新人アイドルをデビューさせるって企画らしいけど、まだ全員アイドルが揃ってないみたいで、
プロデューサーも逸材探しに毎日駆け回ってる。




「うん。今回はレースクィーン特集なんだ。クルマもすっげーよな!ほらこれ!」



よく見えるように手で持ってページを見せてやる。



「どれどれ……
ひゃあああ…!た、たしかに……すっごく、大胆ですね……」


「え?確かにクルマはすっげぇけど……あっ!」



間違えてあずさがすげぇポーズしてる水着グラビアページを見せちゃったぽい!
七尾は真っ赤な顔を両手で隠しながら、指の隙間からオレの方を見てて。



「な、永吉さんも同じ事務所なんだし、そんなお仕事するの?」


「い、いや!オレのはもうちょっとまとも…だと思う!わかんないけどさ…」


「へ、へー…」



まいったな…誤解されちゃったかな?
ちょっと目を泳がせてると、コイツがさっき運んできてた大量の本に気づく。




「そこの本、すげぇ量!お前、あんなに本読むの?」


やっぱ図書委員なだけあって、読むのも早いのかな。


「あはは、ちがいますよ〜!
先生から裏倉庫の古い蔵書を処分するから表に出しといてくれ、って頼まれちゃって!」


七尾はビッシリタイトルが書かれたメモをオレに見せる。


「え!この量をひとりでやらせてんの!」


「うん…。時間かけてもいいからって言われちゃったけど、量が多くて…んしょ!」


また危ない足取りで本を運ぼうとする。
コイツ、ヒトが良いんだろうなァ。




「……あー、見ちゃいれないよ!ほら、半分貸して!」

「え、そんな。永吉さん、悪いです!」



「いいって。んー……ならさ。
オレが雑誌持ってきてたの、センセにはナイショにしてな?
それが交換条件。いいだろ?」




オレは人差し指を唇に当てて、ウィンクする。




「あ……。あ、あはは!なんか、その仕草、アイドルっぽいですね…!
あー……なんか部屋、暑いですね……あはは…!」



少し頬を赤くして、目を逸して手で顔をパタパタ扇いでる。
そうかな?丁度いい陽気な気がするけど。






……


「しょっ…と!これで全部かな?」

腰に手を当てて台車の上に運んだ本の山を見る。


「アイドルと野球やってるだけありますね!
頼れる!さすが、『永吉クン』ですね♪」



「おいおい!なんか影でソレ言われてるっぽいけど、やめてくれよぉー!」


「あはは!でも永吉さん、女子に結構ファン多いんですよ?」


マジかー。嬉しいけど、女の子らしくなるためにアイドルやるのに、なんかしまらないよなぁ。





すると七尾は、両腕を後ろに回して、もじもじしながら聞いてくる。



「ね、ねぇ永吉さん。アイドルになるってどんな感じ?」

「どんな感じったって、オレまだスカウトされたばっかで、レッスンしかしてないしなぁ」

「そ、そっか」


七尾は目線を落として机の脚に靴をコツコツ当てる。



「ふーん。七尾、アイドル興味あるの?」


「え!わ、私がアイドルなんて、そんな恐れ多い!だって私、全然可愛くないし、運動音痴だし!」


「いや、なりたいかは聞いてないんだけど…」


「……ハッ!あうぅ…やぶへび……」


七尾は手近にあった本で顔を隠す。
野暮なこと聞いちゃったかな?



「……えっと、身近でアイドルやってる人いないし、
どんな感じでアイドルにスカウトされたのかなって気になって…」



本で顔を隠しながら、でも好奇心には勝てないのか、おずおず聞いてくる。



「ふーん。そういうことなら…」



時間もあるし。
図書室、他に生徒もいないし。
オレはスカウトされたときの話をしてやる。




……





「……っていう感じかな。別にフツーだろ?」

「プロデューサーさんを出会った場所に呼び出してスカウトの返事をするなんて……!
とっても素敵ですっ!ロマンチック……」



七尾は目をキラキラさせて宙を見つめてる。
そ、そうかな?



「きっとこれからたくさんの困難をプロデューサーさんと乗り越えていくうち、
いつしか二人にはアイドルとプロデューサーの関係を超えた愛が芽生え始めて……」


「はぁ!? あ、愛!?お前なにいってんの!」


「……ハッ!
す、すいません。物語の続きが気になってつい創造を…」



そーぞー?よく分かんないけど、こいつも相当変わってるな…。





「でも……永吉さん。アイドルなんて、思い切りましたね?正直ちょっと意外でした」


「オレ自身もさ、まだ現実感ないんだ。
だってアイドルって、いつもテレビで見てたかわいい女の子じゃん?そんなのにオレがなれるのかなって」


「でも、返事……したんですよね?」



七尾はオレの顔をイタズラに覗き込む。



「……うん。
元々兄ちゃんとアイドル番組良く見てて興味あったし。
プロデューサーとの出会いはグーゼンだったかもだけどさ。
でも、そんなグーゼンに飛び込んでみようって思ったんだ。


今オレ、なんかスゲーワクワクしてるんだ!
これから楽しいことがたくさん待ってるような、そんな気がしてさ」





そうしゃべるオレの顔を、七尾はじっと見つめてる。



「……ワクワク、楽しいこと、か。
すごいな永吉さんは。
例え偶然だって、新しい物語の1ページ目をめくる事ができたんだもん。
ちょっとだけ……羨ましい、かな」



そいつはそう言いながら、持ってる本の角を指でゆっくりなぞる。



「……いつかさ、七尾にもそんな偶然、起きるといいな!」


なんかしんみりしちゃったから、そんな気休めの言葉をオレは言う。



「あはは。起きるかな?
……うん。もしも起きたら……素敵だね!」



図書室には、オレたちしかいないから。
オレたちふたり、カラカラ笑い合う。







「さて、オレはそろそろ事務所行くよ!」

オレは雑誌を鞄に詰め込んで、席を立つ。



「うん。永吉さん、手伝ってくれてありがとう!」



オレはそれを聞いて、椅子を机に戻す手をピタッと止める。


「……なぁ、せっかく今日知り合えたんだしさ。
その、永吉さんはやめないか?」

「え!? じゃ、じゃあ……永吉ちゃん?」

「いや、そーじゃないだろ!名前!昴って呼んでくれよ」



「い、いきなり呼び捨て!?そんなの、失礼じゃ…。
すごい…!これが体育会系の距離の詰め方なの!?」


七尾はぶつぶつ言い始める。
何でもいいけど、早くしてくれよなー。




「…わ、わかりました!
でも、私だけでは恥ずかしいので、わ、私のことも名前で読んでくださいねっ!」


顔を赤く染めて、意を決したように話す七尾。



「あー……それはいいんだけどさ」

「…?」




「七尾の名前、覚えてないんだ…」





「……冗談ですよね?」

「ううん。マジ!」

オレは開き直って、ふんぞり返る。





「ええええー!だって同じクラスになってもう1ヶ月ですよ!
出席番号、私の前で、席だって後ろなのに……!!」




「なはは〜……悪い!いままで全然絡みなかったからさ!」


「ウチの担任の先生、朝フルネームで出席取るじゃないですか!
昴さんの後に呼ばれる名前…よーく、よーーく思い出してみてください…っ」



瞳をうるうるさせて、祈るようにオレを見る七尾。
そう言われてもなぁ…。



「うーーん、響きはなんとなーく。確か、結構かわいい名前だよな?」

「えっ!か、かわいい……!?私が……?も、もー!おだてても何も出ませんよー…えへへ♪」



いや、名前の話なんだけど。
でも、七尾は顔を赤くしてテレテレしてる。
こいつ、表情コロコロ変わっておもしろいなァ。




「……ハッ!そ、そんな簡単に懐柔されませんからっ!」


まだ口元が緩んでるけど、キリッと眉を吊り上げて詰め寄る
怪獣?うーん、よくわかんないけど。


「うーん、やっぱ思い出せないや!きっかけがあればイケそうなんだけどなァ」



「そんなぁ……私は前の席だし、いつかお話したいなって……。でも勇気なくて、ずっと…」

「え?なんだって?」


ボソボソしゃべるから聞き返すけど、
もういいです!ってプイってして取り合ってくれない。



「はぁ…本ばっかり読んでるしやっぱり私、影薄いのかなァ」



いじけたように、七尾は花瓶の花を指でつつく。





それを見て、ちょっとひらめく。
まずは、なんとか七尾の機嫌がなおしてもらわないと。
図書室を見回すと、6月にやる学園祭のチラシが目につく。




「じゃあさ、お詫びに図書委員主催の出し物、見に行くよ!それじゃだめか?」

「え?うちの朗読劇をですか?」

「ああ!なるべくたくさん連れてくるからさ!……な?」


体育会系の人が来るなら、委員活動の宣伝にもなるかな…
とかぶつぶつつぶやいてから、オレの方を見る。


「……ふぅ。分かりました。絶対来てくださいね?
席、後ろですから逃げられませんからね!」



七尾は呆れたように笑いながら、そう言う。
お許しは出たっぽい…かな?



……じゃ、せっかくだしプロデューサーも学園祭、誘ってみるのもいいかもな!







「じゃ、今度こそ行くわ!またな!」


オレは図書室の扉へ足を向けながら、後手に手を振る。


「はい!また、明日!なが………昴さんっ!」


ぎこちなくオレの名前を呼ぶ。

続いて、私のなまえは……!
って声を上げる。



けど続きをしゃべる前に、
オレは足を止めて振り返って、
図書室の静けさを破るように、声を上げる。






「またな!百合子!」








一瞬、驚いた顔をしたけど、
パァッと花が咲くみたいに、はい!って笑顔を見せる。
正解だったみたい。



その顔を見届けて、
オレは図書室から駆け出す。





百合子が触ってた、受付の花瓶の花。
季節の一輪。
百合の花。




それで、思い出したんだ。




七尾 百合子。
オレの後に呼ばれるその響きを、ぼんやり覚えてた。
花の名前の、女の子らしい、かわいい名前だったなぁ…ってさ!









昴さんが、勢いよく図書室から飛び出していった。
にぎやかだった図書室は、本来あるべき静けさを取り戻す。



私は図書委員の定位置……
受付机の椅子に座って、新しく借りてきた本を読みもせずに他ごとを考えていて。



さっきまでは全然知らなかった彼女、永吉 昴さんのこと。
それなのに今は、お互いに名前で呼ぶ仲になった。
そんなとてつもない変化が、信じられない。




彼女が最後に残していったハツラツとした声を反芻する。




私の名前、ホントは覚えてたのかな?
明日、背中突っついて聞いてみちゃおうかな?



なんてひとり、クスリ笑っちゃう。








「アイドル、かぁ…」





ぽつり、呟く。



走り去っていくときの、サラサラとなびく短い後ろ髪の動きを、
私の瞼のシャッターは、しかと捉えていて。




キレイだな、って思った。
そんな一瞬で、彼女が歩み始めたアイドルという道は、
きっと正しい道なんだ、と理解してしまって。




ーーー昴さん、言ってたな。
いつか、私にも、新しい物語が始まるといいなって。



あるのかな?私にも、そんな偶然。
本しか読んでない女の子に、こことは違う世界へといざなってくれる、
そんな素敵な出会いがーーー




「……あるわけ、ないよね!あはは…っ」




あんまりにも都合のいい、子供じみた妄想を打ち消すようにそう口にするけど、
気分は不思議と高翌揚していて。




朗読劇、昴さんが見に来てくれるなら。


お姫様が主人公で、王子様が出てきて。
楽しくて、ワクワクして。
ご都合主義だけど、とびきりのハッピーエンドを迎える、
そんな、私の大好きなおとぎ話がいいかもしれない。





ふわり、カーテンがなびく。
少し遅れて、暖かい風が図書室へ吹き込んでくる。
傍らの花瓶の花が揺れて、甘い香りを振りまく。
瞼を閉じて、しばしその香りを愉しむ。





彼女が残していった、甘やかな期待感に
今は、少しだけ微睡んでいよう。





瞼をゆっくりあけて、
私は手元の本の1ページ目を、静かにめくるーーー










ありがとうございました。
今回は、もしも同じ学校に通っていたとして、
ファーストコンタクトはどんな感じなのかな、というのを書いてみました。
普段の彼女たちの学校生活も想像のしがいがありました。

皆様のお暇つぶしになれたのであれば幸いです。



また、わたしの過去作です。
掲示板に貼ったものを加筆・修正しております。お暇があれば、ぜひ。

https://www.pixiv.net/member.php?id=4208213

百合子が図書委員で昴も出てた学園のマドンナガシャの世界線なら同じ学校だったりするのかねぇ
乙です

七尾百合子(15) Vi/Pr
http://i.imgur.com/zdoxXRJ.jpg
http://i.imgur.com/8W3mmWM.png

永吉昴(15) Da/Fa
http://i.imgur.com/zjaRrbK.png
http://i.imgur.com/hy1aMi8.png

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