右京「タイムパラドクスゴーストライター?」 (82)

相棒×タイムパラドクスゴーストライターのクロスssです。
よろしければどうぞ。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1593530673



「くぅ~!ハッピーエンドで終わってよかったなぁ~!」


五月某日、警視庁特命係の部屋で組対5課の角田課長がマイカップに注がれたコーヒーを飲みながらある雑誌を読み耽っていた。
その雑誌とは集英社から毎週月曜日に出版されている全国の子供たちが愛読する少年ジャンプ。
昭和の時代から発行された少年向けの雑誌を中年の角田課長がそれも警視庁の職場で読み漁っていた。


「角田課長、いくらなんでもここで少年ジャンプを読むのはどうかと思いますけど…」


そんな少年ジャンプを読み漁る課長を冠城亘が思わず注意を促した。
いつもみたくコーヒーを飲みに来るのであれば冠城も咎めたりはしない。
だがいい歳をした中年が、それも組対5課の課長ともあろう人が少年ジャンプを読んでいれば注意されるのは当然だ。


「固いこと言うなよ。家だと女房が鬼滅の刃のコミックスを独占して満足に読めないんだからさ。」


「鬼滅の刃…それっていま話題のあの漫画ですか…?」


「そうだよ。8000万部も突破したあの超人気漫画だよ。うちの連中みんな夢中でさ…」


そんなことを言われて冠城が隣の組対5課を覗くと殆どのデスクに鬼滅の刃のコミックスが置かれていた。
冠城も名前だけは知っていたがまさかここまで人気だとは思いもしなかった。



「いやいや、ここ警察ですよ。それも警視庁!部下が漫画読み耽ってるんだから上司として注意したらどうなんですか!」


「何言ってんだよ。鬼滅は他の漫画とはちがうんだよ。こんな感動する漫画ならデスクの手元に置いても全然OKだよ。」


オイオイ、こんなことで首都の治安を守れるのかと思わず心配してしまうが…
だがみんなが夢中になるのも無理ないのかもしれない。現在8000万部も突破した化物コンテンツだ。
そうなると…当然この男も読んでいるのではないのか?


「ひょっとして右京さんも鬼滅の刃を読んでるんですか…?」


まさかと思った冠城は右京に鬼滅の話題を振ってみた。
ちなみに右京だが至っていつも通りだ。自分のデスクにて優雅に注いだ紅茶を嗜んでいた。
よかった。さすがにあの杉下右京が少年漫画にハマるなどありえないだろうとそう思ったのだが…



「甘いぞ冠城。警部殿のデスクをよ~く見てみろ。」


なんと右京のデスクには鬼滅の刃のコミックスが置かれていた。
あの右京が少年漫画を読んでいるだけでも驚きなのにさらに驚くべきことはなんと現在発売中の全巻コミックスが揃っていることだ。


「あの…右京さんそれは…」


「見てわかりませんか。これは鬼滅の刃の単行本(職場用)ですよ。」


「ちょっと待ってください!(職場用)て何ですか!?」


「字のごとく職場での鑑賞用に決まっています。まさか冠城くんは鬼滅の刃を一冊も持っていないというのですか?
まったく…キミという男は熟熟無思慮で呆れますね。」


いやいや、呆れるのは右京さんの方だからと言ってやりたかったがなんとかグッと堪えてみせた。
しかし右京のデスクに置かれている漫画本が職場用なら自宅用も置かれているのだろう。
右京のことだから下手をしたら保存用や布教用まで揃えているかも…



「警部殿、前の号借りるぞ。」


そんな悩める冠城を余所に課長はジャンプを読み続けていた。
まさかこのジャンプも右京の所持品なのかと疑っていた時だ。
課長がジャンプを持ち出そうと右京のデスク周りにある本棚を開けていた。
よく見るとその本棚は以前なら辞典やら紅茶のカップやらが置かれていたはず。
それが今ではどうだろうか。すべて少年ジャンプの雑誌に変わっていたことに気づいた。


「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁっ!?」


「見ればわかるでしょう。これは少年ジャンプですよ。」


「そんなことに驚いているんじゃないですよ!どうして右京さんが少年ジャンプをこんなたくさん持っているんですか!それも職場に!?」


「それは簡単ですよ。鬼滅の刃が載っているのは少年ジャンプだけですからねぇ。だから置いてあります。」


冠城に問われても悪びれる様子もなく平然と答える右京。
まあそれはともかく右京の棚に置かれている少年ジャンプだが鬼滅の刃が始まった2016年11月号から現在に至るまでの雑誌が置かれていた。



「俺なんて可愛いもんだろ。警部殿は相当重症だぞ。」


「そりゃわかりますけど俺…今日まで一緒にいて全然気づきませんでしたよ…」


「警部殿は隠すのがうまいからな。それに金次第でどうにもどうにでも出来る世の中だぞ。」


その話を聞いてようやく納得した。右京は以前に結婚していたが今は離婚して独身の身だ。
そんな独り身ならば気兼ねなく趣味に散財することが可能だ。
いい大人だからこそハマった衝動というのが大きいというのはたまに聞くがそれが自分の周り…
しかも相棒がそれだとはさすがの冠城も予想は出来なかった。いや、出来るものかと…


「ところで冠城くんは鬼滅の刃を未見だと聞きました。
僕としたことが迂闊でした。相棒のキミが鬼滅の刃という名作を知らないとは不甲斐ない。
仕方ありません。こちらの布教用を貸してあげるので存分に堪能してください。」


いやいや、さすがに警視庁で漫画本読むためにわざわざ法務省辞めて転職したわけではないのに…
いい歳して漫画にのめり込む右京と課長を前に冠城は思わず呆れるしかなかった。



「へぇ、杉下さんまだ鬼滅の刃なんて時代遅れな漫画にハマっているんですか。」


そんな右京に喧嘩腰で嫌味を吐くようにサイバー犯罪対策課の青木が現れた。
まったく妙なタイミングで現れたようだが…
そんな青木に対して珍しく右京が感情的になって睨みつけていた。


「青木くん、僕のことは構いませんが鬼滅の刃を侮辱する発言は聞き捨てなりませんね。」


「あれれ~?杉下さんキレちゃってるんですか。たかが漫画のことで~?」


「黙りなさい。これ以上鬼滅の刃を罵るのなら容赦しませんよ。」


やばい…いつもの右京なら青木の嫌味など平然と聞き流していただろう。
それがどういうわけかいつもよりもムキになっているどころか肩をプルプルと震わせていた。
凶悪な犯罪者相手ならともかくこんな漫画のことを貶されたくらいで激情をぶつけるのは考えものだ。
そして取り乱した右京の態度を茶化しながら青木は今週号のジャンプを持ってある漫画を紹介してみせた。



「もう鬼滅の刃は終わりです。これからはホワイトナイトの時代ですよ。」


ホワイトナイト、それは先ほどまで課長が読んでいたジャンプの表紙をほぼ独占している漫画だ。
中身は読んでないが表紙に載っている甲冑姿の主人公らしき少年が冒険する内容だというのはなんとなくだが予想はついた。


「読んだ感想はどうですか?そう面白すぎるでしょ!
キャラも設定もドラマ展開も完璧!!文句のつけようがない読み切り!!むしろ僕は読み切りだけで泣いた!!」


あの偏屈な青木がここまで絶賛するとは珍しいと思い冠城も一応雑誌を手に取り読んでみた。
読んでみた感想は確かに悪くはないのかもしれない。
絵も無難に描けているし話もそこそこ構成されていて悪くはない。
それでも冠城には青木ほどこの漫画が面白いとはどうしても思えなかった。


「なによりも主人公のキャラがいい……爽やかでいいヤツだから好感が持てる事もさることながら不遇な生い立ちが同情を誘う…」


そんな冠城の意見などお構いなしに青木はなにやらブツブツと感想を呟いていた。
ここまでいくと最早宗教にハマった信者にしか思えない。



「どうですか杉下さん。ホワイトナイトこそ令和のジャンプを象徴する漫画成り得る存在ですよ。」


「いい加減にしなさい。そういってキミが以前に勧めたサムライ8はどうなりましたか。無惨な最期だったではありませんか。」


「それは…あのNARUTOの作者が原作やってたんですよ!誰だって期待して当然でしょ!けど今回のホワイトナイトは名作になると断言してみせますよ!」


「それで打ち切りになるとすぐに他の作品に乗り換える。キミの悪いところですね。けど僕は忘れていませんよ。
サムライ8の1~2巻同時発売のせいで鬼滅の刃17巻を発売初日に手に入れられなかった無念を…」


それは右京にも問題があったのでは…
前もって書店で予約するなり今なら電子書籍で読めるのだからと言おうとしたがこれ以上の面倒事に関わるのは御免だと思い冠城はなんとか堪えてみせた。
そんな冠城だがこのホワイトナイトを読んでひとつ気になることがあった。


「この漫画…作者は…佐々木哲平…男なのか…」


「あん?そりゃ少年漫画なんだから男が描くに決まってるだろ。」


「いや…作風からしてなんとなく女性の気がして…」


女性関連には特に鋭い感性を持ち合わせている冠城だからこそふと気になったがまあ些細なことだと思いこの時は気にもとめなかった。
なんとなく疑問に思いつつも冠城は今だに面倒な口論を続ける右京と青木の仲裁に入った。



「ところで青木、まさか仕事を放り出して漫画の自慢しに来たわけじゃないだろ?」


「当然ですよ。職場で堂々と漫画を読めるアンタたちとちがってサイバー犯罪対策課の僕が暇なわけないでしょ。
さっき千代田区神保町の交番から応援の要請がありました。それで暇そうな特命係に行ってもらいたくて呼びに来たんですよ。」


それならそうと早く言えばいいだろと青木を小突きながら冠城は出かける準備を行った。
今だに口論している右京を引っ張り出して二人は千代田区の神保町へと向かった。




「いや~まさか本庁の方々が来られるとは…」


「頼まれたらなんでも引き受けるのが特命係ですのでお気になさらず。それで状況は?」


「それがどうにも妙な話でしてね。」


千代田区の派出所を訪れた右京と冠城はそこの駐在である警官から大まかな状況を聞いた。
数時間前に神保町である通報を受けた。とある出版社の前で制服姿の少女が凶器を用いて若い男を襲っている。
その通報を受けてこの警官が駆けつけると被害者の男性はいなくなったがなんとかこの少女を補導することに成功。
だが少女は事情を打ち明けることもなく黙秘を貫いたまま。正直どうしたらいいのか見当もつかないのでお手上げな状況らしい。


「それでこの子が襲っていた加害者の女の子です。」


派出所の奥の部屋に座りながら下を俯いて黙秘を続ける制服姿の少女。
端正な顔立ちでショートヘアが特徴的な背格好からして年齢は16~17歳くらいの女子高生だろうか。
いまだに名前も名乗らずにいるのでなんと呼んでいいかもわからない。
唯ひとつ気になることだが少女は何かを大事そうに抱えていた。


「それでこれが凶器なんですよ。」


警官が少女から取り上げた凶器を右京たちに見せた。
一見するとペンだ。切っ先がやたら尖っているがこんなものを持って人に襲いかかれば下手をすれば大怪我を負わせることになる。しかし疑問だが何故ペンなのだろうか?
確かにこれだけ尖ったペンなら人に怪我を負わせられるかもしれない。
けれど確実に相手に傷を負わせるなら普通に刃物の方が効果的だ。
それなのにどうしてと疑問に思う冠城とは裏腹に右京はこのペンを眺めながらあることに気づいた。



「これはつけペン、それもGペンですね。」


「Gペン?それって漫画を描く時に使うっていうペンのことですよね。」


「ええ、これはかなり使い込まれている年季の入ったモノですよ。」


確かに凶器に使われたペンは長いこと使い込まれた手触りだ。
しかしそうなるとかなり奇妙だ。制服姿の女子高生がGペンを持って男に襲いかかった。
そこにはどんな動機があったのか気になるところだ。


「ひょっとしてあなたは漫画を描いていますね。こちらへはその漫画を出版社へ持ち込もうと訪れたのではありませんか。」


「そんな…右京さん彼女は女子高生ですよ…漫画を持ち込みなんて…」


「いいえ、おかしな話ではありませんよ。
漫画を描くのに年齢や性別など関係ない。それに彼女は出版社の前で人を襲っていた。
そして凶器に使われたのはGペン。恐らく被害者の男性と漫画についてトラブルがあったのではありませんか。」


それが現状でわかる右京の推理だ。確かに筋はあっているかもしれない。
だが漫画を描くのは青木みたいなひと目でオタクだとわかる人間だろう。
こんな端正な美少女が漫画を描くなど冠城のイメージから余りにもかけ離れていた。



「…今の刑事さんの推理だけどちょっとちがいます。」


そんな時、これまで黙秘を貫いてきた少女が急に話しだした。
それから少女は大事に抱えていたモノを右京たちの前に見せた。
ちなみに彼女が抱えていたのは原稿用紙だ。それも漫画だ。
まさか右京の推理通りこの少女が漫画を描いていたとは意外だ。
だが一番に気になるのは表紙のタイトルだ。


「ホワイトナイト…?」


どこかで聞いたようなタイトルだなと思ったがそういえば青木が絶賛していた漫画がそんなタイトルだったことを冠城は思い出した。


「ひょっとしてこの漫画だけどジャンプに載っていたあのホワイトナイトかい?」


「はい。私もホワイトナイトを描いていたんです。」


「ホワイトナイトを描いていた…だって…?」


ありえない。先程ホワイトナイトの漫画を読んだが確か作者は佐々木哲平という名だ。
名前からして間違いなく男であることが伺える。
それでいて目の前にいるこの少女はどう見ても女性であり明らかに佐々木哲平ではない。
奇妙な話だ。作家志望の人間が出版社へ持ち込む際は自身のオリジナル作品でなければならない。
それなのに他人の作品など描けばそれは単なる二次創作という扱いを受ける。
下手をすれば版権を侵害されたと訴えられる恐れすらある。



「そういえばこの子を補導した現場は集英社の前でしたね。」


警官が思い出したように補導した現場のことを伝えてくれた。
集英社といえば誰もが耳にする大手出版社だ。
ホワイトナイトが掲載されている少年ジャンプも集英社が発行している週間少年漫画。
これで色々と事件の背景が見えてきた。


「つまりこういうことか。キミは自分で描いたホワイトナイトを集英社に見せに来たと…?」


事情を察した冠城は思わず呆れてしまった。要するに子供がジャンプに掲載された漫画を読んで自分も描いてしまったのだろう。
それで妙なトラブルが起きてしまい今に至ったと…
まったく人騒がせな少女だ。とにかく真相がわかったのならあとは簡単だ。
ここは厳重注意を促して今後はこういった事態を仕出かさないように補導すべき。
そう結論づけた。



「おや?これは奇妙ですねぇ。」


これまで隣で静かにしていた右京があることに気づいた。
よく見ると右京はいつの間にか少女が大事に抱えていた原稿をペラペラと読んでいた。


「右京さんいつの間に…ていうかそれ勝手に読んでいいんですか…?」


「失礼、僕の悪い癖です。それはともかく奇妙なことに気づきました。ちょっとこちらと読み比べてもらえますか。」


そういって右京が差し出したのは今週号の少年ジャンプだ。
勿論表紙には先程から問題になっているホワイトナイトが載っていた。
右京が何を指摘したいのかはわからないが冠城はジャンプに載っているホワイトナイトとそれに少女が持っていたホワイトナイトの原稿を読み比べてみた。
その内容だがいくつかのちがいが見受けられた。



「確かに内容はいくつか異なる面が見受けられますね。」


ジャンプで載っていたホワイトナイトは青木が言うようなまあそこそこ面白い漫画に仕上がっている。
話も余計な描写もないので初見の人間でも読みやすいように構成されていた。
対して少女の原稿はネームで恐らくはまだ成書されていないのか作画は乱雑としたものだ。
そしてもう一点、異なる部分といえば作者の名前だ。
ジャンプのホワイトナイトの作者名は佐々木哲平。少女が持っていた原稿に記されていたのは…


「アイノイツキ…ひょっとしてキミの本名か…?」


その問いに少女はコクッと静かに頷いた。
藍野伊月、これでようやくこの少女の名前がわかった。
しかし漫画を読んでわかったのは伊月の名前くらいだが右京はこんなことを言いたかっただけなのか?


「二つのホワイトナイトを読み比べてあることがわかりました。
それはジャンプで描かれたホワイトナイトは…確かに構成力はあると思います。
ですが言い換えるとそれは大事な部分をすべてカットしていると僕にはそう思えます。」


「右京さんが何を言いたいのかなんとなくわかりますけど…つまりはTVの番組みたく余分な部分をカットしていると…?」


「そういうことです。これを鬼滅の刃で例えるなら一話で家族を殺された炭治郎が鱗滝さんの下で修行を行わずいきなり鬼殺隊の剣士として戦うようなものですよ。」


「…よくわからないけど…それ大事なことなんですか…?」


「当然です!いいですか!炭治郎が鱗滝さんの下で修行しなければ炭治郎は水の呼吸を覚えられずそれに錆兎や真狐とも出会えずにその後の冨岡義勇との絆は…」


右京の鬼滅トークはスルーで聞き流しといて冠城も指摘された点を読み直すと確かにその通りだった。
ジャンプに掲載されていたホワイトナイトを読んだ後で伊月のホワイトナイトを読むとまるで映画のディレクターズカット版のように各シーンの伏線などを補強している感じが見受けられた。
だがこうなると益々奇妙だ。普通こんなことは物語を描いた原作者にしかできない。
他の第三者がやれば原作の意図が理解出来ずに支離滅裂な展開に陥る恐れすらある。
それをまるで原作者の意図を完璧に理解した上で描いたのだから大したものだ。
しかしジャンプのホワイトナイト作者の佐々木哲平と目の前にいる藍野伊月は全くの別人だ。
これは一体どういうことなのか?



「恐らくその原因こそ伊月さんが先程男性を襲っていたことと関係しているのでしょう。ひょっとしてあなたが襲っていた男性は佐々木哲平ではありませんか。」


そう問われて伊月は再びコクッと頷いた。なんということだろうか。
それから伊月はあることを語りだした。それはこれまでの自身の生い立ちについてだ。


「…私…高知の学校に通ってました。今は不登校です。理由はイジメに遭ったから…」


「それからは部屋に籠って漫画ばかり描くようになりました。それがホワイトナイトです。」


「漫画を描いている時だけはつらいことを忘れられて…」


「それで私を虐めていた人たちも私の漫画で楽しませようと思ったんです。」


「けどこの前おかしなことに気づきました。」


「私のホワイトナイトが少年ジャンプに載っていたんです。」


伊月は自分がホワイトナイトを描く経緯を話した。
引きこもりだった自分が同じ思いで苦しんでいる人たちを笑顔にしたくてこうして漫画を描いたと…
確かにその志は立派なものだ。しかし…
ある日、いつものように少年ジャンプを読んだら自分の漫画が雑誌に掲載されていた。
それまで伊月は誰にもホワイトナイトの作品を読ませたことなどないのにどうして?
この事態に居ても立ってもいられずこうして東京に出向いたという。



「つまりこういうことだな。キミは集英社で佐々木哲平を襲った。その理由は彼が自分と同じ漫画を描いたからということか。」


「…まあそうです…けど…襲ってなんていません!
そのGペンだって使い込み具合を見てくれたら私がどれだけ真剣に漫画を描いているのかわかってくれると思ったからで…」


伊月は襲ったわけではないと主張しているが…
それでも危険な行為だったということには変わりないのでとりあえずは厳重注意のみで済ませた。
あとは念の為に高知の自宅に連絡して伊月の御両親に迎えに来てもらうだけだが…


「一応の事情はわかりました。ですが奇妙な話ですねぇ。全くの赤の他人が同じ作品を描くものでしょうか。」


「可能性があるとすれば唯一つ、盗作が行われたということですよね。」


「ええ、その通りです。伊月さんお尋ねしますがあなたはジャンプに載せられたホワイトナイトを読んで描いたのでは…」


まともに考えれば盗作を行ったのは伊月ではないか?そう考えた右京たちだが…


「ちがいます!私は盗作なんてしていません!もうずっと前から描いてるんですから!」


伊月は決して盗作など行ってはいないと訴えた。普通なら誰もが伊月を疑うだろう。



「わかりました。あなたが言っていることを信じましょう。」


「ちょっと右京さん!いいんですかそんなあっさりと信じて!」


「本人がそう言っているのだからそうなのでしょう。
未成年の女子高生がわざわざ高知から出向いてきたのですよ。それには並大抵の覚悟があったはずです。
それに彼女の原稿を読めばわかります。ジャンプのホワイトナイトはまだ掲載されたばかりの読み切り。
それをこうまで細かく描写出来るのは原作者でなければ無理ですよ。」


言われてみればまだ先週号のジャンプが出てから一週間くらいしか経っていない。
その僅かな短期間で赤の他人がこうも完璧に描き切ることが出来るだろうか?
答えはNOだ。つまり伊月は本当にホワイトナイトの原作者なのか。


「しかし彼女の証言が事実だとすると盗作を行ったのはジャンプに載っている方ですよね。
つまりこの作者の佐々木哲平が盗作したということですか。」


冠城はこれまでの伊月の話を整理した結論を出した。
そうなるとこれは相当厄介な問題だ。少年ジャンプの漫画家が女子高生の漫画を盗作した。
一体どうやって盗作したのか?伊月のホワイトナイトだが彼女の漫画はこれまで人目にはつかなかったという。
それで先程の話で伊月は引き篭っていた。
つまりホワイトナイトの作者佐々木哲平は女子高生の部屋に忍び込んで漫画を盗作した。
もしそれが本当だとしたらこれは明らかに犯罪行為だ。



「あ、それちがいますよ。本人がそう言ってましたから。」


「本人が…?それはどういう意味でしょうか。」


伊月は哲平を襲った時の出来事を語った。
その時の哲平は逃げながらも自分は伊月の部屋になど忍び込んではいないと訴えていた。
それから電子レンジがどうのこうのと何か訳のわからないことを言っていた。


「電子レンジ…?それは料理に使うあの電子レンジですか。」


「はい…たぶん…何かそんなことを言っていました。」


「電子レンジなんて漫画を描くのには使わないだろ。一体何の繋がりがるんだ。」


漫画と電子レンジ、どう考えてもこの二つが結びつく要素など思いつくはずがない。
それにこんな派出所でいつまでも考えていてもどうにもならない。
そこで右京はある提案を思い浮かんだ。それは…



「初めまして、少年ジャンプ編集部の宗岡といいます。本日は持ち込みだと伺いましたが…」


なんと右京が伊月を連れてきたのは犯行現場でもある集英社、その建物内のオフィスだ。
そこで編集部の人間を呼び出して伊月が描いたホワイトナイトの原稿を読んでもらおうとしていた。
ちなみに担当してくれるのは宗岡という若い編集だ。


「いいんですか右京さん?彼女ガチガチに震えていますよ。」


同席している冠城が右京に耳打ちするが伊月は肩をブルブル震わせながら緊張していた。
恐らくこのような事態を想定していなかったのだろう。
今回伊月はホワイトナイトの件で原作者の佐々木哲平に話をしに来ただけだった。
それがまさか刑事たちに付き添われて憧れの集英社の少年ジャンプ編集部にて自分の描いた原稿を読んでもらうなど普通の少女なら緊張するのも無理もなかった。



「…え~と…藍野さんだよね。この原稿は…どういうことかな…?」


「私が描いたホワイトナイトです。」


「うん、見ればわかるよ。けど僕が言いたいのはこの漫画はキミのオリジナル作品じゃないよね。
新人の持ち込みは本人が描いたオリジナル作品でなきゃいけない。これじゃあ単なる二次創作でどんなに出来がよくても評価に値しないんだ。」


伊月が描いたホワイトナイトには辛辣な評価が下された。
いや、正確に言えば評価に値しないとそう断言されてしまった。
そのことを聞かされた伊月は肩を震わせながら泣くことしか出来なかった。
仕方がない。既にホワイトナイトは佐々木哲平によって世間に注目された作品だ。
伊月が描いたホワイトナイトは単なる二次創作の扱いを受けるのも当然だった。



「ひとつよろしいでしょうか。」


そんな悲観する伊月を余所に右京は宗岡にあることを尋ねた。なんとそれは…


「宗岡さんは少年ジャンプの編集を携わっているのならお尋ねしますがそんなあなたの目から見てどちらのホワイトナイトがより面白かったでしょうか。」


「いや、そう言われましても…そもそも藍野さんの描いたものは二次創作なので評価の対象には…」


「それは重々承知しています。ですがそれとは別に作品としての質はどちらがよかったのかと参考がてらに質問しています。
プロの編集者の視線からどうか評価してもらえますか。」


宗岡はそんな右京の申し出に渋々ながらも応じながらもう一度伊月の描いたホワイトナイトを読み直した。
一通り読み終えると宗岡はこんな評価を下してみせた。


「感想としてはやはり佐々木先生のホワイトナイトが完成度は高いです。
絵やネタは明らかに佐々木先生の描いたモノよりも劣っています。
それに佐々木先生の方は読み切りだったから余計なキャラや背景を省いているので構成力はありますね。」


宗岡の感想は先程の右京が抱いた感想とほぼ同一だった。
そのことに関しては右京もほぼ同意見だ。しかし問題はどうして赤の他人の二人が同じ作品を描いたのか?やはり疑問点はそこだった。



「ところであなた方は藍野さんの保護者ですか?」


「ああ、失礼しました。警視庁特命係の杉下と冠城です。
実は先程この子が騒ぎを起こしましてね…その件でちょっとお伺いしたいことがありまして。」


それから右京は宗岡に先程の一部始終を話した。
先程この集英社の外で佐々木哲平が伊月に襲われて補導されたこと。
さらには伊月がホワイトナイトを描いていたことをすべて打ち明けてみせた。


「キミが佐々木くんを襲った…?それで彼に怪我は!?」


「怪我なんてさせていません!そもそも私は話をしに来ただけで襲ってなんて…」


「Gペンなんて振りかざしたら怪我をするに決まっているだろ!それに佐々木くんはもしものことがあったらどうするつもりなんだ!?」


宗岡が怒るのも無理もない。自分の会社の目の前で期待の新人が襲われたのだ。
下手をすれば大怪我を負わされていたのかもしれない。
確かに宗岡の怒りは真っ当なものだが…



「それでは佐々木先生に被害届けを出してもらうわけにはいきませんか。」


「え?被害届…?」


「ええ、実は佐々木先生ですが被害届を出さずにその場から立ち去ったようなんですよ。
ご自身が被害者の立場なのにそこが少し不可解でしてね。」


そう、右京たちが交番に来た時には佐々木哲平は現場にはいなかった。
本来なら事情聴取のために被害者も同席してもらう必要がある。
それに万が一にも後日に怪我が発覚すれば慰謝料の請求も必要だ。
その必要があったはずなのに佐々木哲平は現場から早々に立ち去った。


「それは新連載が始まるので忙しいからですよ。彼の描いたホワイトナイトが連載されることになりましたからね。」


「なるほど、新連載ですか。僕にはわかりませんが週刊雑誌の作家となると多忙なのでしょうねぇ。」


「そりゃそうですよ。アシスタントを探さなきゃいけないしそれに仕事場も見つけなきゃいけませんからね。
そうなると編集部としても準備金を用意しなきゃいけませんからね。」


佐々木哲平が襲われる直前に集英社を訪れていたのも新連載の打ち合わせがあったからだ。
確かにそれほど多忙なら被害届など出している余裕もないのかもしれない。
だが他に理由があればどうだろうか。



「確かに多忙であるなら被害届けを出している暇はないのかもしれない。
ですが少し思うところがあるのですが被害届けを出さなかった理由は佐々木先生が実は彼女の作品を盗作したからではないのでしょうか。」


右京の発言に宗岡とそれにジャンプ編集部の面々が挙ってこちらを睨みつけた。
冠城もまさかの直球な言動に思わずやり過ぎたと感じた。さすがにこれでは喧嘩を売っているようなものだ。


「いい加減にしてください!いきなり訪ねてきて盗作とはどういう了見ですか!被害者は佐々木くんなんですよ!?」


宗岡は堪らず怒鳴るがそうなるのも当然だ。
現在ホワイトナイトは読み切りで人気一位を獲得した期待の漫画だ。
それなのに新連載を前にしてこんなケチをつけられたのでは堪ったものではない。


「事情は先ほど説明した通りです。伊月さんが言うには自分も同じくホワイトナイトを描いていたそうです。
ですがどうしたことか佐々木先生もホワイトナイトを描いていた。こんな偶然が本当にあるのでしょうか?」


「そんなのは彼女のデタラメに決まっているでしょ!きっとホワイトナイトを読んでそれを真似ただけですよ!そうに決まってる!」


普通に考えれば宗岡の言う通りかもしれない。
佐々木哲平の描いたホワイトナイトを伊月が真似て描いただけだろうと…
さらに宗岡はそもそも盗作をどうやって行えたというのかと疑問を投げかけた。



「そもそも藍野さんはどこに住んでいるんだ?」


「高知…ですけど…」


「高知?ここは東京だよ!高知までどうやって盗作するというんだ!」


宗岡の疑問に伊月は答えられることなどできない。
むしろ聞きたいのは自分の方だと言いたいくらいだ。
ある日、いつも購読しているジャンプを読んだら何故か自分の描いていたホワイトナイトが掲載されていた。
これまで引き篭っていた時間を使って必死に漫画を描いてきた。
それこそ資料集めから始まり膨大な設定を練ってようやく構成をまとめられたと思った矢先にこの事態だ。
一体何がどうなっているのかなんて伊月にわかるはずもなかった。


「確かに佐々木先生が高知にある伊月さんの自宅まで行って部屋に忍び込み原稿を盗み見するなど些かありえない話です。」


「そうでしょ…だったら…」


「ですがこういった話ならどうですか。佐々木先生は以前から地方に出向いて窃盗を行う連続窃盗犯だとしたら?」


この右京の推理に隣で伺っていた冠城もそれならばと納得した。
確かにわざわざ高知まで出向いて伊月の部屋に忍び込み原稿を盗み見するのはありえない話だ。
だが佐々木哲平が以前から窃盗を繰り広げていたらどうだろうか。



「つまりこういうことです。佐々木先生はアシが付かないように地方で窃盗を行っていた。
その際に高知にある伊月さんの自宅に忍び込んで偶然にも彼女が描いていたホワイトナイトの原稿を盗み見した。そして彼女の作品を盗作したのではないでしょうか。」


「馬鹿な…どうして先生がそんなことを…」


「失礼ながらお尋ねしますが佐々木先生はホワイトナイトを描く前は何をなさっていたのですか?」


「さあ…僕は彼がホワイトナイトを描いた時からしか知らないのでそれほど付き合いは長くなくて…」


どうやら宗岡が佐々木哲平を担当するようになったのはホワイトナイトの読み切りが載ってからだという。
つまりは一ヶ月前、それ以前の佐々木哲平については一切知らないそうだ。
それなのによく担当を務めるようになったのかと聞いたら実はこんな事情があった。


「一ヶ月前の編集会議の時でした。その会議中に佐々木くんが突然やってきて編集長に直談判紛いでホワイトナイトの原稿を持ってきたんです。」


その原稿を読んだ編集長はすぐにホワイトナイトを好評してすぐに読み切りで掲載されることが決定した。
今の話を聞いて右京と冠城は佐々木哲平の盗作疑惑に益々信憑性を抱くようになった。
何故なら作品というものは編集に何度もチェックさせられてその末にようやくOKが出る。
それなのに今の話を聞く限りでは佐々木哲平はほぼ独力でホワイトナイトを描いたと本人は告げたそうだ。
やはり佐々木哲平には不審な点が見受けられると判断した。


「とにかくこっちは忙しんです。それでは失礼します。」


話を終えると宗岡は不機嫌な態度ですぐにその場を立ち去った。
しかし今の話だけではどうにも不十分だ。気になるのはホワイトナイトを描く前の佐々木哲平だ。
佐々木哲平が本当に盗作を行ったのか明らかにするためにはどうしても彼がホワイトナイトを描く前の作品を知る必要があった。



「あの…今の話は本当なんですか…?」


そこへ宗岡と入れ替わるかのようにとある男が現れた。
年齢は宗岡よりも上で無精髭を生やした中年の男だ。


「私は菊瀬といいます。以前まで佐々木くんの担当をしていた者です。」


「以前まで?それはどういうことですか。」


「お恥ずかしながら編集長に彼の担当を外されました。まあ理由はやはりホワイトナイトですね。」


菊瀬は4年間も佐々木哲平の担当だったという。
4年前、当時岐阜にある漫画の専門学校に通っていた佐々木哲平は新人賞に応募して佳作を受賞。
賞を取ってからは本格的に漫画を描くために地元の岐阜から東京へと上京。
プロの漫画家のアシスタントの傍らアルバイト生活を送り執筆活動に専念していた。
だがその後4年間はろくな成果が出ずにいたという。


「まあ私も彼に対して散々ボツを出しましたよ。
そんな矢先にあのホワイトナイトを持ってきましてね。
それを見た編集長がGOサインを出したわけです。」


それから菊瀬はある原稿を右京たちに見せた。佐々木哲平がホワイトナイトを描く直前に持ち込んだ原稿だ。
その原稿を読んだ感想はというと…



「つまらない…ですね…」


ハッキリとそう言ってしまった。失礼かと思われるが事実そうだから仕方ない。
右京は勿論だが冠城やそれに同席している伊月から見てもこの漫画は余りにもつまらないものだった。


「これ…あれですよね…お宅の看板漫画の…」


さらに冠城が指摘するが作画もほぼジャンプで長寿漫画と化している某海賊漫画に影響されたらしくその劣化版になっている。
これでは作風に個性など感じられない悪く言えば落書き漫画の域を脱していないまである。


「こんなこと言うべきではありませんが中身が感じられません。空っぽとしか言いようがありませんよ。」


「やはりそうでしたか。私も同じことを彼に言いましたよ。」


「ちなみにお聞きしますが佐々木先生とはどのような方なのでしょうか。」


「作風を見ればお察しの通りですよ。人間性が感じられない。私生活もだらしないですね。
待ち合わせの時間には遅刻するしボツを下した後にタバコ吸ったら睨みつけるわ
おまけにホワイトナイトを持ってきた時も建物に無断で入り込んで編集会議に乱入するわでもう滅茶苦茶ですよ。」


「随分とした言われようですね。それでも4年間面倒を見たわけですか。」


「まあ編集長が目を掛けていましたからね。
それでホワイトナイトを描く前に彼にこう言ったんです。キミには何か伝えたいものはないのかって…
そしたらなんと言ったと思います?」


その際に哲平は『みんなを楽しませる漫画を描きたい』とそう答えたそうだ。
聞こえはいいかもしれないが要は中身が伴っていない漠然とした発言だ。
確かにこの海賊漫画擬きを読めば佐々木哲平の人物像はなんとなくだが把握することは出来た。



「……ひとつ質問します。この原稿を佐々木先生はホワイトナイトを描く直前に持ち込んだわけですね。
その次にホワイトナイトを持ち込んだ。その期間はどれほど掛かりましたか?」


「やけに早かったでしたよ。確かボツにしてからその翌日にホワイトナイトを持ってきましたからね。」


ありえない。その話を聞いた右京たちの考えがそれだった。
佐々木哲平はこれまで某海賊漫画の劣化版風な漫画を描いていた。
持ち込み漫画は大抵の場合、ネームといった下書きで持ち込まれる。
だからといってこれまでの作風を180°変えて次の日に持ち込むなどそんなことがあるはずがない。


「菊瀬さん。僕はどうしても佐々木先生がホワイトナイトを自分で描いたとは思えませんがあなたはどう思いますか?」


「そのことですが…私も一ヶ月前の編集会議でそのことを質問しました。本当にキミが描いたのかと…
しかし彼は迷いもなく自分が描いたとそう答えました。」


その時の佐々木哲平は嘘をついているようには見えなかったという。
だがたった一夜にしてここまで作風が変わるのは明らかにおかしい。
これは疑う余地があると右京は判断した。



「それにしても何故そんな急遽連載が決まったのですか?普通なら会議に掛けられ慎重な判断が下されて掲載になるのではありませんか。
僕たち部外者からしてもこれは些か性急だったと思えますよ。」


「それは…恥ずかしい話ですが…うちの雑誌…中堅どころが軒並み最終回を迎えましてね…だからその穴を埋めるにもホワイトナイトが適任だったんですよ。」


どうやら佐々木哲平はタイミングにも恵まれていたらしい。


「ところで聞きたいんですけど…佐々木くんが盗作を行ったというのは本当なんでしょうか…?」


「それを証明するのは難しいでしょう。現時点では伊月さんのホワイトナイトくらいしか証拠がありませんからねぇ。
既に少年ジャンプで佐々木先生の描いたホワイトナイトが掲載されています。
現状において先に世間に出回った方が本物とされる。盗作を疑うにしてもかなり難しいと思われます。」


「けど先程のお話で佐々木くんがこの少女の家で窃盗したとかいう話はどうなんですか!」


「問題はそこです。この後、佐々木哲平が窃盗犯であったと証明された場合が厄介です。
その際に問題視されるのはそちらで掲載されてしまったホワイトナイト。
少年ジャンプの作家が窃盗を行っていただけでも問題だというのにあろうことかその作品すら盗作したものだった。
さらに言えばその作品が証拠の決め手になったとなれば世間からのバッシングは相当なものになるでしょう。
最悪の場合は廃刊すらありえますよ。御社が被るダメージは計り知れないものになるかもしれません。」


右京から最悪の場合を聞かされて菊瀬は思わず背筋が凍りつくような感覚に陥った。
もしもここが禁煙室ならタバコを一服口にして気分を落ち着かせたいまである。
つまりこういうことだ。佐々木哲平が本当に盗作を行っていたとすれば自分たち少年ジャンプ編集部は犯罪の片棒を担がされてしまった。
まったくなんということをしてくれたんだと呆然とするしかなかった。


「落ち着いてください。まだそうと決まったわけではありません。
しかし時間はありません。読み切りならともかく本格的な新連載となれば集英社もタダでは済まされない。
そのためにも一刻も早く事実確認を済ませる必要があります。」


「わかりました。これから編集長に掛け合ってみます。」


「お願いします。僕たちはこれから佐々木先生を訪ねてみようと思います。」


こうして右京たちは菊瀬から佐々木哲平の住所を聞き出して彼の自宅へと向かった。

とりあえずここまで
続きは近うちにあげます。



集英社を出てから一時間後、冠城の愛車でシルバーのカラーが特徴なスカイラインがあるアパートの前で止まった。
コーポ谷岡、木造建ての古いアパートだ。車をアパート付近の駐車場に停めると右京、冠城、それに伊月の三人はアパートのとある部屋の前に立った。
部屋のドアにある名札には『佐々木』という苗字が記されていた。
編集部の菊瀬から教えてもらった佐々木哲平の部屋がここだった。


「ここが佐々木哲平のアパートですか。見たところ古そうな建物ですねぇ。」


「大金を持っているような様子は見受けられませんね。これだと佐々木哲平の懐事情はかなり苦しいんじゃないですか。」


これなら佐々木哲平が窃盗を行っていたとしても不思議ではない。
現段階で佐々木哲平が罪を犯したのだとすればそれは高知の伊月の自宅に忍び込み窃盗を行ったかもしれないという可能性。
確かにこれなら辻褄が合うかもしれない。だが…




「右京さんの推理ですけど俺としてはどうにも納得がいかないんですよね。」


「はぃ?そう思う根拠は何ですか。」


「ホワイトナイトですよ。佐々木哲平が窃盗犯だとしたらアシが付かないようにわざわざ高知に出向くほどの用心深い人間なんですよね。
それなら伊月ちゃんから盗作した漫画をタイトルやキャラの名前も変えずにそのまま載せるのはおかしいと思いませんか。」


冠城が右京の推理に疑問を思うのはそこだった。
何故地方まで遠出して窃盗を行う用心深い人間が忍び込んだ先の家で盗作した漫画をタイトル名も変えずにそのまま載せているのか?
これではホワイトナイト自体が窃盗した証拠になってしまい自ら犯した窃盗が明らかになる恐れがあるはずだ。
その疑問について実は右京も同じことを考えていた。


「実は僕も自分の推理に疑問を感じています。佐々木哲平が盗作を行ったとして何故そのまま雑誌に載せたのか?
用心深い人物にしてはかなり間が抜けています。」


「まさかバレないとタカを括っているとでも?」


「どんな犯罪者でも恐れるのは自身の犯行が明らかになることです。
ホワイトナイトが連載してしまったら自分が犯した窃盗を行ったと宣伝しているようなものです。
それなのにこの杜撰さはどうしても引っ掛かります。」


佐々木哲平の部屋を前にして彼が盗作を行ったことについて今ひとつ確信を持てない右京と冠城。
そこへ遅れながら伊月が駆け寄ってきた。



「自宅にいるお母さんに連絡を取りました…けど…盗られたモノは何もないって…」


右京は伊月に自宅へ連絡して何か盗られた物はないか確認をしてもらった。
だが盗られた物は一切ないという。つまり佐々木哲平は窃盗の目的で伊月の家に忍び込んだという疑いはないということ。
しかし伊月のホワイトナイトを佐々木哲平が盗作したという疑惑は晴れてはいない。


「あの…部屋に入らないんですか…?」


そんな考え込む右京と冠城に伊月が思わずそんなことを聞いた。
そのことを聞かれて二人は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
実を言うとそこが問題だった。伊月には関係のないことだが特命係は捜査権限がない。
そのため今の段階で家宅捜索を行うなど出来るはずもない。
精々出来ることがあるとすれば聞き込みくらいだが…
いきなり乗り込んで『藍野伊月のホワイトナイトを盗作しましたか?』と尋ねたところで認めるはずがない。
なのでここはひとまず後回しにして他を当たることにした。




「佐々木哲平さんについて変わったこと…?」


「ええ、なんでも構いません。少しでも気になることがあれば答えて頂けませんか。」


右京が訪ねたのはこのアパートの大家だ。
佐々木哲平の周囲で何か異変は起きていないかと尋ねた。
すると大家は考え込んだ末にあることを話した。


「そう言われても佐々木さんは一ヶ月前に部屋を空けてつい最近戻ってきたばかりだから何もわからないよ。」


「部屋を空けた?どういうことですか。」


「詳しい事情は知らないけど漫画がどうとかで一度実家に戻るとか言っていたよ。」


一ヶ月前といえばホワイトナイトの読み切り掲載が決まった頃だ。
つまり佐々木哲平は実家で読み切り用の漫画を描いていたということになる。
しかしここで疑問に思うのは何故わざわざ実家に戻ったのかだ。
漫画を描くだけならこの東京のアパートでも十分のはず。
それなのにどうして…?


「ところで佐々木さんの部屋だけど大丈夫なのかい?」


「それはどういう意味でしょうか。」


「あの人が実家に戻る数日前に大きな落雷があったんだよ。
各部屋の住人に何か異常はないか確認を取ったけどあの人だけまだなんですよ。」


どうやら佐々木哲平はその確認を後回しにして部屋を空けてしまったようだ。
これはいいことを聞いたと右京は再び佐々木哲平の部屋を訪ねた。



一方でこのアパートのとある部屋で机に向かって黙々と執筆活動をしている青年がいた。
髪型はボサボサで後ろ髪を縛り服はまるで何日も洗濯してないかのような不衛生さを漂わせる青年。
彼の名は佐々木哲平。現在自分があらぬ容疑を掛けられているとは予想もせずある作業に追われていた。


「よし…それで…ここは…いいぞ。順調だ。」


そんな哲平が机の前でせっせとホワイトナイトの連載に向けて執筆を行っていた。
既に一夜ほど徹夜しているが漫画家として初めての連載だ。力が入ってしまうのも無理はない。
ちなみに哲平は原稿用紙の傍にあるモノを置いて作業に取り掛かっていた。
モノ書きであれば傍にネタとなる資料を置くのは必然。だがこれは単なる資料とはわけがちがう。


「これがあればもう何も恐くない。こいつは神さまが俺に与えてくれた奇跡なんだ。」


まるで希望の将来に夢見る少年のように目を輝かせる哲平。
そんな哲平が見つめるのは自身で奇跡の産物だと思う資料だ。


「俺はこの使命をなんとしても全うしてみせるぞ。」


そう自分に言い聞かせながら作業に取り組む哲平。
すると部屋の玄関からノックの音が聞こえてきた。こんな時に一体何の用だと面倒ながら扉を開けると…



「佐々木哲平さんですね。警視庁特命係の杉下と冠城です。少しお話があります。」


そこに現れたのは右京と冠城だ。するとどうだろうか。
刑事を名乗る男たちが訪ねてきた瞬間、哲平は思わず顔面蒼白となり額には冷や汗がビッショリと垂れていた。
何故このタイミングで警察が現れたのか…?
一瞬で頭の中が真っ白になり思考が停止してしまうほどだ。


「あの…警察が何のご用で…?」


「佐々木さん、あなたこの一ヶ月間留守にしていたそうですね。
大家さんが一ヶ月前に起きた雷で部屋に異常がないか訪ね回ったのにあなたの部屋だけ確認が取れていないそうです。
そこで何か異常がないか調べさせてください。」


そういうと右京たちは強引に部屋の中に入り込んだ。
いくらなんでも唐突すぎるがこれはあくまで体のいい口実に過ぎない。
右京たちにしてみれば要はこの部屋に入れれば口実なんてなんでもよかった。
ちなみに哲平の部屋だがワンルームの間取りで机とベッド以外には少年ジャンプの雑誌がぎっしりと詰まっている本棚くらいしかない。
一通り部屋の中を見回すと右京はこの部屋である異様なモノを見つけた。それは冷蔵庫に置かれた電子レンジだ。



「何ですか…これは…?」


さすがの右京も部屋にある電子レンジを見た瞬間に思わず躊躇した。
この部屋の台所付近に設置された冷蔵庫の上に置かれた電子レンジ。
何故ならこの電子レンジは溶解したかのような状態。
明らかに火事を起こして焼き焦げてしまった状態で置かれていた。
この電子レンジの上に置かれていいるロボットの玩具も禍々しく溶解して酷い惨状だったことが伺えた。


「これは…一ヶ月前の落雷によるものですね。」


右京から問われると哲平は思わず目を背けてしまった。
どうやらそのようだ。それにしても酷い有様だ。一歩間違えば全焼していたかもしれない。
それを哲平はこんな大事なことを一ヶ月も放置して実家に戻っていたという。
まだ親元を離れたばかりの学生ならわからなくもない。
だが哲平はもう25歳と成人した大人だ。このような事態に陥れば大家に連絡する義務がったはずだ。
これはもう知らなかったでは済まされない問題だ。直ちにこの現状を大家に報告しようとした時だ。



「右京さん…これを見てもらえますか…」


机の方を調べていた冠城があるモノを発見する。
その冠城だがどういうわけか様子がおかしい。一体何を見つけたのかと尋ねるとそこには一冊の雑誌が置かれていた。少年ジャンプだ。


「少年ジャンプですね。これがどうかしましたか。」


「よく見てください。この雑誌の年号が十年後の2030年になっているんですよ。」


冠城の指摘するように確かにそのジャンプは2030年と記されていた。
馬鹿な…ありえない…今は2020年だ…
気になった右京は雑誌をペラペラと捲ってみた。
誰かの悪戯かと思ったが雑誌のレイアウトはほとんど既存の少年ジャンプと同じものだ。
これは素人に出来る行いではない。さらに注目すべきは雑誌の巻末に載っている連載陣だ。
今とは全く異なる顔ぶればかりで現在活躍している作家の名前がひとつもない。
まさかこれは本当に十年後の少年ジャンプなのか?
すると巻末の作品タイトルにひとつだけ見知ったタイトルが載っていた。



「ホワイトナイト…何故…?」


巻頭に『ホワイトナイト』と記されていた。内容を読むとホワイトナイトの第一話が掲載されていた。
一体どういうことだろうか。ホワイトナイトまだ読み切りのみで一話などジャンプには掲載されていないはずだ。
だがこの少年ジャンプには既に一話が掲載されている。
ちなみに読んだ感想だがこちらの方が圧倒的に面白い作品に仕上がっていた。
作画においても話の構成でもすべてこちらの方が圧倒的に上だ。
ところでだがこちらのホワイトナイトだが内容の他にもうひとつ異なる点があった。


「アイノイツキ…まさかこのホワイトナイトは伊月さんが描いたものですか…」


右京はすぐに今週号の少年ジャンプを取り出して作者名を確認した。
今週号のジャンプには『佐々木哲平』の名が記されている。対してこちらの十年後のジャンプには『アイノイツキ』の名があった。


「そんな…私…描いた覚えなんて…」


同行している伊月に確認を取ってもらったが本人は描いた覚えがないという。
だが先ほど伊月が持ってきた原稿と見比べると絵のタッチは明らかに伊月のモノと酷似している。
まさかこれは本当に未来の少年ジャンプだとでもいうのか。
だとしたら哲平は未来のジャンプをどうやって手に入れたのか?
すると哲平がなにやら時計を確かめていた。そしてなにやらレンジの方をキョロキョロと見回していた。
ちなみに現在時刻は午後4時59分を指している。



(チーン)


今度はレンジから音がした。まさかあの壊れた電子レンジがまだ動いているのか?
気になった右京はすぐにレンジの中を開けた。


「これは…少年ジャンプ…?」


中を開けるとそこには少年ジャンプがあった。すぐに日付を確認すると2030年と記されていた。
同じく十年後の雑誌が現れた。それも電子レンジの中からという不可解な現象。


「電子レンジ…もしかして佐々木先生が言っていたことは本当なんですか…?」


「伊月さんそれは先ほどの集英社での一件についてですね。」


「はい。あの時佐々木先生は私に電子レンジがどうとかタイムパラドックスしたとかわけのわからない話をして…」


「佐々木先生これはどういうことなのか説明してもらえますか。」


まさかタイムパラドックスなど本当にありえるのか?
だが現にこうして異常事態が起きているのは確かだ。
そしてこの場にいる全員から詰め寄られてた哲平は観念したのかようやく真相を語りだした。



「実はあの落雷のあった日から電子レンジからこうして未来から少年ジャンプが送られてくるんです。」


落雷のあった日、つまり徹平が集英社にホワイトナイトを持ち込む前日のことだ。
渾身の出来だった作品を菊瀬からボツを喰らい哲平は絶望していた。


「俺…25歳までに漫画家になった成功したかった…
けどいつもボツばっかりで正直もう限界だった。それで諦めようとした時だ。
落雷が起きて電子レンジから未来の少年ジャンプが届いたんだ。」


それが一連の真相だった。その後は簡単に推理できた。
哲平は届いたジャンプを読んで本来のホワイトナイトに感動した。
それから何を思ったのかホワイトナイトを自分で描いてそれを編集部に持ち込んだ。
そして哲平のお惑通りホワイトナイトは佐々木哲平の作品として世に出回ることになった。


「それじゃあ…これは…私のホワイトナイト…」


未来から送られてきた少年ジャンプを読みながら伊月は改めて自分こそが本当のホワイトナイトの作者だと実感した。
今から十年後に自分はホワイトナイトを描く。それは競合多いジャンプで人気1位を獲得するほどだ。しかし…



「その未来はもうないんだ…」


哲平は伊月に懺悔するかのようにあることを告げた。


「俺がキミのホワイトナイトを描いてから…多分だけど時間軸が変わったんだ。」


「だから本来ならキミがホワイトナイトを描くはずだった未来はもうない。今あるのは俺がホワイトナイトを描いてしまった時間軸なんだ。」


哲平は自身の付け焼刃でしかない拙いSF知識でこの現象について語った。
確かに本来ならホワイトナイトはアイノイツキの作品として世に出回るはずだった。
それを哲平が描いてしまったことにより本来の世界との時間軸がずれた。
問題は哲平がホワイトナイトを描いてしまったことにある。


「もう俺の名前でホワイトナイトは世に広まってしまった。」


「こればかりはどうにもならない。本当にすまないと思っているよ。」


「俺のことを罵りたければ好きにすればいい。けど…」


「俺はこの罪の十字架を背負う覚悟だ。もしこの罪に報いることがあるとすれば…」


「それはキミが描こうとしたホワイトナイトを描き切ることだと思うんだ。」


「俺はこれからもホワイトナイトを描こうと思う。どうかそれを許してほしい。」


それが哲平の懺悔だった。その話を聞いて伊月もようやく理解した。
既にホワイトナイトは自分の手から離れてしまったことを…
今更どう足掻こうともホワイトナイトは佐々木哲平が世に出してしまった。
もうどうすることも出来やしない。それでもホワイトナイトは伊月にとっては我が子も同然の作品だ。
引きこもりだった自分がみんなを笑顔にしようと作品を生み出しそれに生命を与えて惜しみない愛情を注ぎ込んだ。
そんな生みの親である伊月にとってここで哲平がホワイトナイトを描かなくなればこの物語はここで終わってしまう。それだけは絶対に受け入れられなかった。



「…わかりました。佐々木先生、改めてあなたにホワイトナイトを託します。だから…」


最後まで言おうとしたところで伊月の瞳から涙が零れ落ちた。
本当なら最後まで自身の手で結末まで描こうとした。けれどそれはもう望むことは敵わない。
今の自分に出来ることは後のことを哲平に託すだけしかない。


「…ああ、俺は罪の十字架を背負いホワイトナイトを描いていく。」


「俺たちは同類かもしれないな。俺もみんなの笑顔のために描きたかった。」


「だから代筆していく。それが俺の使命だから…」


そんな伊月に哲平はまるで誓いを立てるかのようにそう告げた。
哲平が伊月にしてあげられる唯一の誠意だとでもいうかのように…



「ひとつよろしいでしょうか。」


一連の流れを遮るかのように右京があることを哲平に問いかけた。
哲平もこんな時に一体何だと迷惑そうにするが…


「佐々木さん。あなた罪の十字架と仰いましたがその言い回しは可笑しい。
十字架というのは元々罪の象徴、それなのに『罪の十字架』では二重の意味になってしまいます。
言いたくはありませんが作家として語彙力が浅はかなのではありませんか。」


こんな時につまらない指摘をされて哲平は思わず不快そうな顔で右京を睨みつけた。
今はそんなことどうだっていいだろう。こっちは仕事に追われているんだ。
早く出て行けと言おうとした時だ。



「それともうひとつ訂正させてください。」


「あなたは先ほど代筆と仰った。」


「ですが敢えて言わせてください。あなたの行いは代筆ではなく盗作です。」


「それなのにまるで自らの正当性を主張するかのように代筆と言ってのける。」


「まさに盗人猛々しいとはこのことですね。」


盗人猛々しいとそこまで貶された。何でそこまで言うのかと訴えようとしたが…


「もう少し誠意ある対応をしてみせてはどうですか。これではあなたの独りよがりですよ。」


「仕方ないじゃないですか!俺は…まだ駆け出しで…どうすることも…」


「どうすることも出来ないですか。本当にそうでしょうか?
本来ならあなたの行為は盗作であり本来なら著作権侵害に当たるでしょう。
ですがこの雑誌が未来のモノならばそれは敵わない。現在の法律ではホワイトナイトはまだ存在していない。
よってあなたを訴えることは不可能です。」


右京がそこまで指摘すると哲平は思わず安堵した表情を見せた。
恐らくこう思っているのだろう。罪に問われなくてよかったと…
だが杉下右京が相手ならばそうはならなかった。



「しかし盗作が行われたことは事実です。だからこそあなたがこの件に対して本当に誠意を持って応じるのならば今すぐに編集部に行ってご自分が盗作を行ったと伝えるべきではありませんか。」


真実を打ち明けることこそが今の哲平に出来る唯一の誠意ではないか。そう告げる右京。
だがそれは哲平の望むことではない。何故なら…


「そんなこと出来ません…それで今回の連載がもしも流れるようなことになればホワイトナイトが世に出なくなるんですよ。」


「だからといって真実を隠すつもりですか。そうすれば結局得をするのは佐々木さん、あなただけではありませんか。
あなたは念願の連載を得て既に将来を約束されたも同然。それは本来なら伊月さんが得るものだった。
まさに盗人の如き犯行、そのようなことが許されると本当に思っているのですか。」


右京からの追求に哲平は無言で目を背けた。
そんなことはわかっている。けれどどうにもならないんだ。
その態度はまるでそのような自己弁護を言っているように思えてならなかった。



「それでは伊月さんはどうですか?真実を知った今こそお聞きします。彼にホワイトナイトを託せますか。」


右京に問われた伊月は突然のことで戸惑うしかなかった。
正直なところ今は考えがまとまらない。まだこの事態に混乱していた。
電子レンジでタイムパラドックスが発生して自分の描いたホワイトナイトが自らの手から離れた。
それだけでもショックだというのに自分にどうしろというのか。


「そもそも伊月さんに対して今この場で許しを乞うのは余りにも不利ではありませんか。
既にホワイトナイトをジャンプに掲載させて世に送り出しさらには連載に踏み切る時点で今頃になって謝罪する。
こんな事態になってから謝罪されてどうしろというのですか。」


「それは…俺だって一度は躊躇しました!けど編集部に送られてきたファンレターを読んだんです!
それで俺の描いたホワイトナイトがみんなが楽しみにしてくれている!だからそれに応えたいんです!」


「何を言っているのですか。そのファンレターは本来なら十年後にホワイトナイトを描く伊月さんに送られるはずだったものですよ。
それを自分のものだと勝手に解釈するなど以ての外です。」


右京による辛辣な否定がなされる中で伊月は改めて哲平という人間を見つめ直した。
先ほど集英社で会った哲平はみんなを笑顔にするために漫画を描いていると言った。
だが今はどうだろう。彼は本当にみんなを笑顔にするために漫画を描いているのだろうか。それに…



「ところであなたはホワイトナイトをこれからも描いていくつもりだと言っていますね。
それは勿論電子レンジの恩恵によるものでしょう。しかしそんな溶解した状態ではいつ動かなくなるかわかりませんよ。
そうなった時にあなたはどうするつもりですか。ご自分でホワイトナイトを描き続けることが出来ますか。」


そう右京から問われると哲平は再び目を逸らして口篭ってしまう。
そして今の話を聞いて伊月も改めて思うところがあった。
先ほど集英社で読ませてもらった哲平の原稿。あの某海賊漫画の擬きが哲平の実力だ。
恐らくは今の自分すら下回るレベル、その哲平に自身が苦心の末に生み出したホワイトナイトを託さなければならない?
彼にこの先を描く実力など絶対にない。そのことをようやく確信した伊月は哲平を前にして改めてこう告げた。


「返して…」


「え?藍野さん何を言ってるんだ。」


「だから返してよ…私のホワイトナイト…」


「ダメだ。もうホワイトナイトは俺じゃないと…」


「馬鹿言わないでよ!あなたに続きなんて描けない!
もしレンジが壊れて続きが描けなくなったらどうするの!?嫌よ…お願いだから返してよ…」


困惑する哲平に涙ながらに訴える伊月。その悲痛な感情はまさに鬼気迫るものだった。
そんな伊月を哀れに思いながら右京は再度哲平にあることを尋ねた。




「佐々木さん、いつもどうやって原稿を描いてますか。
先ほど冠城くんはあなたの机から未来の少年ジャンプを見つけた。
そしてあなたが描いている原稿のタイトルもキャラクター名もすべて同じ。
つまりあなたは未来のホワイトナイトをそのまま写しているわけですね。」


「だから…それはホワイトナイトを完璧に仕上げたくて参考に…」


「そこが意味がわからないんですよ。完璧に仕上げたいのなら伊月さんのホワイトナイトをそのままコピーして載せればいい。
ですが敢えてそれを行わない理由、それはあなた自身が漫画家を体験したいだけにしか僕には思えないんですよ。」


右京は自分で推理しながら哲平の行いに呆れるしかなかった。これが作家の姿かと…
本来作家とは膨大な資料と自身の発想力を用いて執筆作業に取り組む。
だが哲平はそうではない。未来のホワイトナイトを盗作して我が物顔でいる。
ネタなど電子レンジの前で突っ立っていれば未来のジャンプが届いて何の苦労もせず作画を描ける。
その作画も届けられたジャンプを参考にして描けばいい。正直なところ哲平の負担は他の作家よりもかなり軽いものになるだろう。



「いい加減にしてください!さっきから何なんですか!これは俺と藍野さんの話だ!アンタには関係ないだろ!?」


ここまで問い詰められてとうとう堪えきれなくなった哲平は右京たちを部屋から追い出そうとした。
仮に盗作を行ったとしてそれは当事者たちの問題でしかない。部外者は引っ込めとでもいうつもりだろう。


「まさかあなたは今回の件が自分と伊月さんのみが当事者であるというつもりですか。まだ自分が何を仕出かしたのか自覚してないようですね。」


右京がそう告げると同時にこれまで事態を静観していた冠城が哲平に携帯を手渡した。
実は冠城だが右京が哲平を追求している間、密かにある人物と連絡を取っていた。
それから哲平が手渡された携帯を受け取ると…



「なんてことをしてくれたんだッ!」


携帯から突然怒鳴り声が響いた。
哲平は思わず耳を塞いでしまうがこの声には聞き覚えがある。
以前まで自分の担当をしていた少年ジャンプ編集部の菊瀬だ。


「菊瀬さん…どうして…」


「刑事さんから聞いたぞ!ホワイトナイトは盗作だったそうだな!」


まさか…バレたとは…
すぐに哲平は右京と冠城を睨みつけるがそんなことをしている場合ではない。
一刻も早く弁解しなければならなかった。


「これは…誤解なんです…話を聞いてください…」


「ふざけるな!何が誤解だ!ずっとおかしいと思っていたんだ。
これまで中身空っぽだったお前がある日突然作風の異なった漫画を持ってきた。
こんなの盗作したに決まっているだろ!」


「だからこれには事情が…」


「そんな言い訳聞きたくもない。今は編集部も対応に追われている。一刻も早く謝罪文を載せなきゃいけないんだぞ!」


謝罪文と…菊瀬が何を言っているのか哲平はまったく訳がわからなかった。


「当然でしょう。大手出版社が盗作を載せてしまった。
謝罪文を出さなければ被害者の伊月さんや読者のみなさんに示しがつきませんよ。」


右京が補足するように説明してくれたが今の哲平にはそんなことは頭に入らなかった。
この件を秘密にしたくてもそんなことは出来やしない。
何故なら部外者の…それも警察の右京たちにカラクリを暴かれてしまったからだ。
だがこのまま黙っているわけにもいかない。とにかく誤解を解かなければと必死だった。



「そうだ…担当の宗岡さんに話をさせてください…彼ならわかってくれるかも…」


「馬鹿言うな。宗岡はとっくに上層部に呼び出された。何で盗作を見抜けなかったと糾弾されてるぞ!」


「じゃあ…編集長を…編集長ならわかってくれるはずです…」


「編集長だって同じだよ。今回の件で責任取らされるに決まってるだろ!」


まさかここで自分の理解者になってくれた人たちが挙って処分されるとは…
余りにも意外な展開にもう哲平はパニックだった。誰か他に頼れる人間はいないかと必死に探った。
だがこれまで漫画を描くことのみに必死でそういった人脈を培ったことなど一度もなかった。


「とにかくこっちはお前のせいで大変なんだ!今回の盗作で集英社はお前に損害賠償を訴えるかもしれないから覚悟しておけッ!」


この話を最後に菊瀬からの連絡は途切れた。残った哲平は唯一人愕然とした。
まさかこんなアッサリと夢への第一歩が絶たれるとは…
それも突然現れた刑事たちによってだ。長年の夢が見事に打ち砕かれた。
そのことで哲平の怒りが爆発した。その矛先は突然現れた特命係の二人に向けられた。



「アンタたちどうしてくれるんだ!おかげで全部台無しじゃないか!」


「台無しとはおかしなことを言いますね。元々はあなたが勝手に盗作しただけの話じゃないですか。自業自得ですよ。」


「自業自得だと?ふざけるな!これは俺に訪れた奇跡だったんだ!」


それから哲平はこれまでのことを語りだした。幼い頃から漫画家を志て学校を卒業後はこの東京へと上京した。
だがこの4年間はいつまで経っても努力は報われなかった。
プロの漫画家のアシスタントやアルバイトで生計を立て食費も切り詰めながら漫画家人生を夢見て生活を送ってきた。
どれだけ漫画を描いても担当の菊瀬によってボツにされてきた。
それがようやく叶おうとしたというのにすべて台無しにされた怒りは相当のものだった。


「ところでわからないことがあります。何故そこまで必死だったのですか。」


「は?何を言ってるんだよ。」


「確かに4年間芽が出なかったのは事実です。ですが何故ここに来てあなたはそんなに焦っていたのですか?
原稿をボツにされたその翌日にあなたは送られてきたホワイトナイトを写した。
写すだけでも相当な労力があるはずです。それをひと晩かけて行った理由は何ですか。」


「それは…俺が25歳を迎えるからで…だから連載を…星を掴みたかったんだ…」


そう、哲平はホワイトナイトの読み切りを掲載した頃に25歳を迎えた。
夢を追う者なら誰もが25歳までになんらかの成果を挙げたいと望む。
哲平もそのうちの一人だった。だからこそホワイトナイトを盗作してまでジャンプでの連載を望んでいた。


「…つまり全部あなたの都合だったわけですか。ハッキリ言って実に身勝手な行いです。」


だが哲平の事情を知った右京からは単なる身勝手だとバッサリ切り捨てられた。



「だってしょうがないじゃないか!俺はみんなを楽しませる漫画を描きたかったんだ!」


それでも哲平は拘った。みんなを楽しませる漫画を描きたいと…
そんな哲平に右京はあることを尋ねた。


「ひとつお聞きします。みんなを楽しませたい。その気持ちは分かりました。
しかしあなたが描いた漫画と十年後から送られてきたホワイトナイトを読み比べましょう。
完成度は未来の伊月さんが描いた漫画が圧倒的に上です。
つまりあなたの漫画、お話はそこそこ成り立ちますが本物と比べれば劣化版でしかない。
そんな劣化版を読んで読者は十分に楽しめるでしょうか。」


このことを指摘されて哲平は図星を突かれた。
それは同じ漫画家として嫌というほど思い知らされた。
今の哲平では十年後の伊月の画力に追いつくことなど出来やしない。
いや、ひょっとすれば一生を費やしても不可能かもしれない。


「そんなこと…わかっていた…それでも俺は…ホワイトナイトを世に送り出そうと…」


そんな自分が本当にホワイトナイトを描くことが出来るのかという不安はあった。
事実哲平は一度連載を断念しようとした。
だがそれよりも自分がホワイトナイトを世に広めようという使命感が優ってしまった。
だから連載に踏み切ってしまった。




「今更誰かのせいにするのはやめなさい。すべてはあなたが招いた結果ですよ。」


「仕方ないだろ!あんな名作を読んでしまったんだ!そしたら世に広めたくなるのは当然じゃないか!」


「そのためならこのアパートを全焼させてもいいと思ったのですか。」


は?何を言っているんだ。右京から突然そんなことを言われて哲平は戸惑った。


「あなたまだ理解していないようですね。今回の件であなたが迷惑を掛けたのは伊月さんと集英社だけではありませんよ。
このアパートに住む他の住人ですよ。あなたホワイトナイトを実家で仕上げるため一ヶ月間留守にしていたそうですね。
その間にアパートが、あの溶解した電子レンジのせいで火事にあったらどうするつもりだったのですか。」


一ヶ月前の落雷で電子レンジはタイムマシンと化した。
恐らくこれは偶然の産物だろう。まさに存在自体が奇跡だ。
だがこの電子レンジは不安定なものだ。おまけに溶解したことで耐久性はかなり脆くなっている。
そんな電子レンジでタイムトラベルにあと何回耐えられるのかなど誰にもわかるはずがない。
正直なところいつ爆発するかもわからない危険な代物だ。



「そんな…危険なんかない!この一ヶ月間ずっと使っているんだから!」


「これまでは運良く稼働していただけでしょう。
しかしレンジがいつまで未来からの転送に耐えられますか。
この未知の機械が安全だとあなたに保障できるのですか?


この電子レンジについてそう問われると哲平はまたもや口を塞いだ。
今まで考えもしなかった。何故ならこの一ヶ月間は順調に未来から少年ジャンプが送られてきたからだ。


「佐々木さんにしてみれば未来からジャンプが届けさえすればそれでいいのでしょう。
ですが他の住人のみなさんはどうですか。あなたが実家で呑気に漫画を描いている間にこのアパートが大爆発を起こしてみんな死んでいたかもしれないんですよ。
そうなった時にあなたは全ての責任を取れますか。それともご自分が盗作した漫画でも読ませて被害にあった人たちを楽しませればいいと思いましたか。」


「ハッキリ言いましょう。あなた作家のくせに想像力が欠けていますね。」


「菊瀬さんが才能はないと見限っていましたがその通りですよ。あなたには作家になる才能はない。」


そう右京から断言されてしまった。なんとか反論しようとしたが何も言えなかった。
想像力の欠如、それは以前からずっと指摘されてきたことだ。
自分は明らかに想像力が欠けている。作家としてはまさに致命的だ。
それでもみんなを楽しませる漫画を描きたいと思ってきた。それなのに…



「それなら…俺はどうしたらよかったんだ…才能のない凡人はどうしたらいいんだよ…」


哲平は涙を流しながら右京にそう訴えた。そんな哲平を隣で見ていた冠城は正直なところみっともないとしか言いようがなかった。
ここまで自業自得だというのに25歳を過ぎたいい大人が涙を流し鼻水を垂らしながら惨めに縋り付いてくる。
こんな無様を晒してまだ自らの夢とやらを諦めていないのだろう。余りにも未練がましい姿だ。


「僕に訴えられても困ります。ですがひとつあります。今のあなたでもみんなを楽しませることが…」


「それは…本当なんですか!教えてくださいどうしたらいいんですか!」


右京からその答えがあると聞かされて哲平はまるで藁にもすがる思いでいた。
しかし本当にそんなことが哲平に出来るのかと冠城は疑問だが…
すると右京はこの部屋にあるモノを指した。



「あれです。あの電子レンジのコンセントを抜いてください。それだけであなたは人を楽しませることが出来ます。」


その答えを聞かされると哲平の思考が一旦止まってしまった。
突然何を言い出すのかと…あの電子レンジは今や自分になくてはならないものだ。
さらに言えば哲平は落雷があった日から今日まで電子レンジを一切弄ってはいない。
当然だ。これは未知の産物、何か弄って機能しなくなっては未来から少年ジャンプが転送されなくなってしまうからだ。


「嫌だそんなの…大体何でそんなことでみんなが笑顔になれるんだよ!?」


「わからないなら説明しましょう。今やこの部屋はいつ爆発してもおかしくないんですよ。
それで住人の皆さんが被害に遭われたら大怪我を、最悪の場合は死に至るでしょう。
ですがあなたがこのコンセントを抜くだけで住人は被害に遭わずこれから楽しい未来が待っている。
つまり今のあなたがみんなを楽しませる唯一の方法はこの不安定な電子レンジのコンセントを抜いて機能を停止させることなんですよ。」


右京からの説明を受けて哲平はようやく理解した。
哲平がみんなを楽しませたいのならこの電子レンジを止めろと…
これは右京や冠城がやってもいい単純にコンセントを引っこ抜くだけなら誰でもできる簡単な作業。
だが敢えて哲平にやらせる理由は彼がこの部屋の住人でありこの電子レンジの所有者であるからだ。
つまり自分の仕出かした過ちを自分の手で決着を付けろと要はそういうことなのだろう。



「嫌だ…」


「こんなのやりたくない…」


「このレンジがなきゃ…俺はもう駄目なんだ…」


とうとう哲平は大声を上げながら泣き出してしまった。
他の部屋の住人たちも一体何事かとぞろぞろと集まってきた。
冠城が玄関の前でなんでもないと呼び止めるがいつまでもこうしてはいられない。


「いい加減にしてください。コンセントを引っこ抜くだけの簡単なことです。何故それが出来ないのですか。」


「だって…やりたくない…俺には夢が…みんなを楽しませたいから…」


「だから言っているでしょう。みんなを楽しませるにはあなたがコンセントを抜く必要があるんですよ。」


哲平がどんなにみっともなく喚こうとも右京は一歩も譲らなかった。
何故ならここで哲平に同情して見逃せばどうなるだろうか。
今後も哲平は転送されてくる少年ジャンプの恩恵を受けようとするだろう。
今回の件で集英社を追い出されたのなら余所の出版社に当たるはずだ。
その際に彼は未来のジャンプから他の人気漫画を盗作するのは確実だ。
また伊月と同じく悔しい思いをする人間が出てくる。
それだけではない。この電子レンジが稼働している限りアパートの住人は常に危険に晒されている。
アパート住人の生命を守るためにはどんなに非情と思われようとなんとしても哲平にこのコンセントを抜いてもらう必要があった。
だが哲平はいまだにコンセントの前で泣きじゃくったままだ。こうなれば仕方がないと見かねた右京が自分の手で引っこ抜こうとした時だ。



『フューチャーサンダー』


突然電子レンジが光りだした。それだけではない。
これまで電子レンジの置物だと思われていたロボットの玩具がフューチャーサンダーと音声を発した。
そしてどういうわけかまたもや未来からの転送だ。だが何やら様子がおかしい。
するとレンジになにやらメッセージが浮かび上がった。
何故このタイミングでと読んでみるとそこにはとんでもない記述が載せられていた。


[描け 佐々木哲平]

[死の源流は未だだだ消失をしてません]

[ホワイトナイトを継続させ。]

[イツキチャン〕》を救って。]


一見怪文書にしか見えないが恐らくはこういうことだ。
これは未来において藍野伊月の死を意味している。
十年後の未来で彼女は死ぬ。その死を回避するには佐々木哲平がホワイトナイトを描くしかないという記述だった。


「伊月さんの…訃報…こんなことになっていたとは…」


まさかこのタイミングで伊月の訃報が来るとは右京も想定外だった。
どうやら未来からジャンプを送ってくる人間は伊月の死を回避するためになんとしても哲平にホワイトナイトを盗作させようと必死のようだ。
その行いが藍野伊月の死を回避する唯一の方法であるのだろう。


「そうか…俺は今まで藍野さんを…じゃあ俺は正しかったんだ…」


この事実を知らされた哲平は今までの自分の行いを正当化した。
これまでの行いは全て伊月を救うことにあった。つまり自分は正しかった。
だがその時だった。



ブチッとコンセントが外れる音がした。誰かがいきなり哲平を押しのけて外した。
一体誰が…?右京は哲平の傍らにいるし冠城も玄関の前で他の押しかけてくる住人たちの対応に追われている。
それでは誰なのかと見てみると…そこには伊月がいた。なんとコンセントを外したのは彼女だった。


「何をしているんだ!キミは自分が何をしたのかわかっているのか!」


哲平はすぐ伊月を問い質した。何でこんなことをしたのかと…
この電子レンジは奇跡のタイムマシンだ。それがコンセントを引っこ抜いただけでどんな影響を及ぼすのか…
もしかしたら二度と使えなくなるのかもしれない。
いや、問題はそれだけではない。これでは伊月が死ぬ未来を変えられなくなってしまう。



「…余計なお世話です。」


「は?何を言っているんだ。キミは十年後に死ぬんだぞ!だからそのために俺が未来を変えなきゃならないんだ!」


「だから余計なお世話です!そのために私の漫画を潰すんですか!?それなら殺された方がまだマシですよ!!」


これ以上哲平に漫画を潰されるくらいなら死んだ方がマシだと伊月はハッキリとそう断言した。
それを聞いた哲平は呆然とした。何を言っているんだと…
この世で死ぬこと以上に残酷なことはないはずだ。それなのにどうして…


「それは彼女が作家だからですよ。作家ならば作品は我が子も同然。
その作品を奪われるのは作家としての死を意味する。伊月さんは…いえ…作家アイノイツキは己の命よりも作品を守る選択を取った。
つまり佐々木哲平、あなたの行いはこれで肯定されることは決してありません。」


伊月は自らの生命よりも彼女が生み出した作品を守る選択を取った。
同時にそれは哲平がようやく掴んだはずのホワイトナイトという星が彼女の手に戻ったことを意味する。


「それにしても皮肉ですねぇ。最後くらいはあなた自身がこの電子レンジを停止させてこれまでの行いに決着をつけると思っていましたが…
漫画でいうところの最大の見せ場を伊月さんに取られてしまった。
まあこれまで伊月さんの漫画を盗作してきたあなたには当然の報いなのでしょうが。」


最後にその場で一切の希望を絶たれ愕然とする哲平に右京がそのような皮肉を述べた。
右京としては哲平が電子レンジを停止することで盗作を行ったことへのケジメをつけさせる意味合いも含めていた。
だが哲平にそこまでの成長を求めることは適わなかった。
結局最後はこれまで作品を盗作された伊月に見せ場を奪われ哲平は罪に報いることすら出来ずに終わった。
すべてが終わった後もその場で泣き崩れる哲平の姿は余りにも惨めで、そして滑稽でしかなかった。



一週間後―――


「右京さん、これを見てください。」


特命係の部屋で冠城が今週号のジャンプで気になるページを見つけた。
それは謝罪文だ。ホワイトナイトが盗作された作品だったということを公表した内容だ。
既に決まっていた連載も急遽中止となったことの報告。
そして本来の作者である藍野伊月への謝罪も含まれていた。


「菊瀬さんから連絡がありましたが今回の件でホワイトナイトの連載を決めていた編集長は左遷されたそうです。
それで佐々木哲平も一連の騒動による損害で賠償金は勿論ですが集英社の出入りも一切禁止となり他の出版社にも根回しして彼が原稿を持ち込んでも相手しないように注意を呼びかけていましたよ。」


冠城からの話を聞いて右京は紅茶を飲みながらまあ当然の結果だと言ってのけた。


「けど伊月ちゃん大丈夫ですかね。ホワイトナイトはこれじゃあ続きが描けないでしょう。」


「ええ、彼女が十年後に描くはずだった本来のホワイトナイト。どんな内容だったのか少し興味はありましたね。」


佐々木哲平が盗作するきっかけとなった本来のホワイトナイト。
読書家の右京にしてもそれほどの名作なら一度はしっかりと読み込んでみたかったと後悔していた。
ちなみに哲平の部屋にあった未来のジャンプはすべて処分させた。
あのようなものが存在していれば哲平は再度盗作する可能性が高い。
その理由から右京と冠城がすべて処分したが本来なら名作となるはずだったホワイトナイトがどのような作品だったのかは今となっては佐々木哲平だけしか知りえないのだろう。



「ですが彼女なら大丈夫でしょう。本来の未来で名作を描けたのです。
漫画への情熱があればこの程度のことで挫けたりせずきっともう一度立ち直ると僕は信じています。」


「そういえば彼女、自分を虐めた相手も楽しませるなんて素敵な夢を持っていましたね。」


「ええ、だから信じましょう。この先何があろうと伊月さんが夢を叶えることを…」


ジャンプに載せられた謝罪文を読みながら右京は伊月の成功を願った。
電子レンジから転送された未来からのメッセージは彼女の死を暗示していたがこの世界が既に本来の時間軸と異なっているのなら
その死を回避することも可能かもしれない。
すべては伊月次第、夢を掴むのも大事だがその生命も大事に守ってほしい。



「それにしても右京さん今回は結構感情的でしたよね。」


「感情的…?この僕がですか。」


「そうですよ。あんな小悪党相手にずっと凄んでいましたからね。」


自分は常に冷静沈着だと言い張る右京だが冠城は今回の件で右京から鬼気迫るものを感じていた。
その理由について心当たりがあった。


「理由はやはり鬼滅の刃にありますよね。」


「まあ…そうかもしれませんね。実は今回の件で少し思うところがありました。
もしも佐々木哲平がホワイトナイトではなく鬼滅の刃を盗作していたらと思うとゾッとします。」


「やはりそうでしたか。誰だって自分の好きなものにケチがつくのは嫌ですからね。」


こんなことで右京の人間味が感じられることに冠城は少しマウントを取れた感じになれた。
だが右京の懸念はあながち的外れでもない。今回佐々木哲平が行った盗作とはそういったものだ。
もしも佐々木哲平が鬼滅の刃を盗作したとしよう。既に完結している物語だ。何の問題もなく描こうとするだろう。
だが彼にあの悲壮感を描写することは可能だろうか。あの感動を再現することなど出来るのか。
そのことを冠城は右京に尋ねようとしたがすぐにやめた。
きっと右京はこう言うのだろうと既にわかりきっていたからだ。
そう、答えは否。佐々木哲平にあの感動を表現することなど決して出来ない。
結局いくら外見を整えようとも中身が空っぽならそんなモノに意味などない。それを哲平は理解出来なかったからこそこのような事態に陥ってしまった。



「ところで右京さん、もうひとつ聞きたいんですが佐々木哲平はどうして盗作に踏み切ったんですかね。」


「それはどういう意味でしょうか…?」


「だってそうでしょ。こんな盗作がバレたリスクを考えられなかったのがちょっと不思議で…
今にして思えば佐々木哲平がホワイトナイトをそのまま書き写したのは
あれが十年後の作品でまだ作者の伊月ちゃんが生み出していないとタカを括ったからですよね。
けど何かのきっかけですべてがバレる可能性だって考えていたはずです。それなのに敢えてホワイトナイトをそのまま持ち込んだ。
これってどうして何ですかね?」


今回の件で冠城が疑問に思ったのはまさにそこだった。
盗作など行った哲平は本当に何のリスクも考えられなかったのか?
それに未来のジャンプが今後も送られてくるなど保障はどこにもない。
小心者の哲平なら期待よりもまず不安に思うはずだ。
それなのに連載に踏み切ったことにはどういうことなのかという疑問だった。




「…それは恐らく夢を見てしまったせいでしょう。」


「夢…ですか…?」


「そう、夢です。才気溢れる若者が夢見ることはとても素晴らしいことです。
自ら目標を見つけてこれからの将来に突き進んでいく。まさに希望といえます。
ですが才の無い者が見る夢は残酷です。いつまでも辿り着くことのない頂きをよじ登らなければならない。
何度躓き転げ落ちようとも次こそはと挑み続けて登る。それはまさに呪いといえるものです。」


右京の話を聞き終えた冠城は今回の騒動がなんとも皮肉なものかと感じずにはいられなかった。
佐々木哲平と藍野伊月、二人は似たような夢を見た。


[みんなを楽しませたい]


そんな二人の夢は異なる結果となった。
伊月は才能があった。まだ荒削りだがこれから研鑽を積めば立派な漫画家になるだろう。
反面哲平には才能がなかった。どれだけ努力しようと報われず…
たったそれだけの違いだった。ある意味で哲平は被害者だったのかもしれない。
夢という呪いを受けた哀れな被害者。そう思えてならなかった。


end

これでおしまいです。
相棒といまジャンプで最も話題の男佐々木哲平くんとのお話でした。
あと後日談をやりたいのでその続きはpixivで
それでは!


このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom