【艦これ】鎮守府のいちばん長い日 (8)
暑い夏の日の出来事であった。
彼女たちは七年もの間戦い続けている、戦争がはじまったころにあった浪漫や勝利の興奮は既に失われていた。
かといって彼女たちが惰性で戦い続けていたわけでは決してない、余人には理解しがたい誇りや義務感が彼女たちを支えていた。
この日、鎮守府司令室は重苦しい空気につつまれていた。
「連合艦隊各員奮闘したものの敵旗艦撃破はならず、海域突破は失敗いたしました、申し訳ありません」
最終海域から帰還し中破した大和が悲痛な表情で報告をおこなった。
いつもならば参加艦をねぎらい、次回の出撃に備えよと提督の言葉があるはずである、しかし鎮守府司令室の沈黙は続いた。
連合艦隊は考えうる限りの最高のメンバーで構成され、支援艦隊と航空支援も万全の体制で臨み、友軍艦隊まで投入されたが敗れたのだ。
これまでで最高の戦力で挑んだラストダンスに失敗したことは、鎮守府に大きな衝撃をあたえていた。
それでも、これまでの作戦で甲突破を続けていたこの鎮守府ならば、すぐに持ち直し再出撃の準備をはじめていただろう。
長く続いた沈黙をやぶったのは秘書官の大淀であった。
「今回の作戦最終日は明日のメンテまでとなります、難易度を変更されるなら、そろそろ・・・」
言外に甲クリアは厳しい状況にあることを告げ、難易度を落とし確実なクリアを勧めていた。
物資も底をつき、高速修復剤も残り少なくなっている、提督は決断を迫られていた。
資源の管理と艦娘たちの修理を担当している明石が声をあげた。
「資源は勲章やプレゼント箱を割ればなんとかなりますが、修理待ちの艦娘が20人以上、E-5で損傷した艦娘の修理すら延期させています」
明石は艦娘たちの間で厭戦気分が蔓延し、これ以上の甲挑戦は不可能であると告げ、難易度低下を求める。
「私は反対です、このまま甲挑戦を続けるべきです、今撤退すればこれまで費やした資源が無駄になります、この戦いで傷ついた艦娘たちになんと説明すればよいのですか」
最終海域の甲挑戦を薦めた長門が今さら引き下がれないのだろう、甲でのクリアを求め言葉を続けた。
「100回叩いて壊れなくても101回目で壊れるかもしれません、味方が苦しい時は敵も苦しい、あきらめずに挑戦するべきです」
長門の言葉には説得力があった、これまで何度も戦ってきた大規模作戦全てにこの鎮守府は甲クリアをしていた、その事実が自信にもなりプレッシャーにもなっていた。
大規模作戦甲種勲章、演習のたびに表示されるそれに艦娘たちも誇りに思い、他鎮守府に演習相手として遠征する時は甲種勲章を胸につけた。
他鎮守府艦娘から向けられる羨望のまなざしが演習で戦う艦娘の心の糧となっていた。
「提督、まだ艦娘の士気は衰えていません、大和が無理なら私が行きます、必ずや甲突破してみせます」
提督は長門から視線を外し、壁の海図に目をやった。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1598183858
何度も挑戦してきた最終海域、現在の戦力で突破が難しいことは数日前から感じていた。
結論を先延ばしにし、艦娘たちに多大な犠牲を強いて今日まで戦い続けた。
「提督、夕立はまだまだ戦えるっぽい!思いっきり、暴れるっぽ~い!」
彼女のこの言葉も保身にすぎない、戦意があることを示し、難易度変更については提督に判断を委ねていた。
誰もが形だけ難易度変更に反対し、提督に責任を押し付けようとしていた。
この鎮守府にとって甲以外の難易度に変更するのは敗北と同義と皆が認識していた。
直接戦場に赴かず、艦娘たちの戦いを見守ることしかできない提督だからこそ苦悩も深刻だった。
夜戦の時は上から順に狙っていけ、戦艦は敵PTを撃つな、特攻艦は敵ボスを狙え。
何度、艦娘に指示しても艦娘たちは適当に戦い、敗北し帰還してきた。
それでも提督は艦娘たちの健闘を称え、修理の手配をし、次の出撃の準備をした。
艦娘たちと共に出撃をし、失敗した時は敵に突撃し、華々しく戦死したほうがどれほど気楽だろうか。
敗北を認めず戦い続けることは容易い、負けた責任を戦死することで償う指揮官は有能と言えるのだろうか。
彼は万人にとって優秀な指揮官ではなかったが、最低限のバランス感覚はもっていた。
「私は甲勲章なんてどうでもいいと思っている、共に戦ってきた艦娘の力を発揮できるから選んできた、ここで何も得られずに終わってしまうことこそ全てを無駄にしてしまう」
提督はなおも声をあげる長門を無視し、深海棲艦指揮官に連絡するよう大淀へ命じた。
大淀が受話器を取り上げ、通話先に何ごとか話しはじめた時にそれはおこった。
長門は最終海域参加艦に目をやり、大和にかすかな目配せをした。
「提督はお疲れのようだ、疲労で正常な判断ができなくなっている、医務室で休養していただこう」
あまりに無遠慮な言葉に怒りで立ち上がった提督を大和が押さえつけ拘束した。
「長門!大和!貴様ら何をしているのか、わかっているのか!」
15.5cm砲を持ち上げた大淀の手を長門が砲ごと叩き潰し、悲鳴をあげて逃げ出した明石を夕立が背後から蹴飛ばした。
艦娘たちのクーデターはわずか数分でけりがついた。
「提督は休養されている、鎮守府の指揮はこの長門が代理で行う!最終海域への出撃準備にかかれ!」
長門の言葉に艦娘たちが一斉に動き出した、出撃するのは支援も含め24隻、内心ではクーデターに反対している者も傍観に徹した。
長門はこれまでにない出撃に素直な興奮を覚えていた。
作戦に成功し最終海域突破をしても厳罰はまぬがれない、ただただ甲勲章の誇りを守るために提督を拘束し出撃する。
今回の大規模作戦の甲種褒賞は苦労に見合ったものとは言えない、だがそれでも突破しなければならないと信じていた。
鎮守府に待機する艦娘から燃料と弾薬を抜き取り、間宮と伊良湖に主砲を突きつけ最後の食事を用意させる。
出撃する艦娘は皆無言で食事を口に運んだ、残された時間は少ない、急がねばならない。
長門が自ら旗艦となり連合艦隊が編成され、その出撃を艦娘たちの気のない万歳が見送った。
「甲クリアできても、私たちは解体処分かもね」
二番艦の陸奥がどこかふっきれたような顔でつぶやく。
「鎮守府がこれまで何をしてくれた、七年間も戦い続けていまだに戦争終結も見えない、誇りを失うくらいなら死んだほうがマシだ」
長門の返答に連合艦隊のメンバーがうなづく、終わりの見えない戦いを続けてこられたのも甲種勲章の誇りがあったからだ。
ここで乙や丙に難易度を落とすのは敗北と同じことだ、死ぬ気で全力でぶつかるしかない。
出撃の様子を医務室の窓から見ていた提督も無事を祈らずにはいられなかった。
信頼していた艦娘に裏切られクーデターをおこされ拘束される、指揮官としてこれ以上はない屈辱である。
それでも長門たちが甲に挑戦する気持ちは理解できた、だが失敗する可能性が高い出撃には我慢がならなかった。
なんとしてでも止めねば、提督の焦燥はつのり時間だけがすぎてゆく。
医務室内を歩き回る提督のコツコツという足音がむなしく響き続けた。
そのうち提督は自身の足音以外の音に気がついた、コツコッコッ、コッコツコツ。
隣の部屋からのモールス信号と気がついた提督はすぐさま返信する。
信号の主はあきつ丸であった、艦娘のクーデターに対し陸軍部隊の投入の是非を尋ねていた。
陸軍部隊を投入すればクーデターが公になり、反乱艦娘の処罰や提督の譴責処分はまぬがれない。
陸軍に対しても大きな借りをつくることになり、今後の予算面での制約も大きくなることが予想された。
だが、提督に他の選択肢はない、一刻も早く指揮権を取り戻し、難易度変更を行うしかなかった。
陸軍機動連隊が鎮守府に突入すると反乱をおこした艦娘は瞬時に降伏した。
戦意のある艦娘が出撃部隊にまわっていたため、残りの艦娘は惰性でしたがっているだけであった。
反乱をおこした連合艦隊に追撃部隊を差し向けようと主張する大淀に対し、提督は深海棲艦とのホットライン接続を命じた。
ホットライン、それは人類と深海棲艦の間に結ばれた唯一の連絡手段である。
深海棲艦との戦いに人類は全力をつぎこんだ、核兵器、生物兵器、化学兵器。
それは地球を汚染し、人類も深海棲艦も生存を不可能にするのではないかと予想される規模だった。
ギリギリのところで両者の間で話し合いが持たれ、いくつかの兵器は使用が禁止されたが戦争は続いた。
ホットラインはその話し合いのなごりであった。
提督の指示で回線が接続され、大規模作戦中にもかかわらず数秒で深海棲艦指揮官が応じた。
「今回の大規模作戦最終海域だが難易度を変更させていただきたい」
回線の向こうから息をのんだような気配がつたわり、束の間の沈黙が支配した。
「難易度を変更されますとゲージは完全に復活し、最初からやり直しになりますが、よろしいでしょうか」
深海棲艦指揮官は嘲るような調子で、必要以上に丁寧な態度で確認をしてきた。
これまでの大規模作戦を全て甲で突破した提督にとってはこれ以上の屈辱はない、だが艦娘たちのために耐えるしかなかった。
数度の皮肉や嘲り、確認の後にようやく深海棲艦は難易度変更に了承した。
「それでは、甲から一ランク落として乙ということでよろしいでしょうか」
鎮守府に残された時間は少なかった、現状では乙でも厳しい、ここは恥を忍んで丁にまで引き下げるべきだと判断した。
「丁といわれましたか?これまでずっと甲でクリアされてきたのに!ご冗談を」
時間稼ぎとも思えるやり取りの後、難易度は変更された。
苦々しい表情で受話器を置いた提督は連合艦隊に帰還を命じようとした、連合艦隊はまだボスマスには着いてないはず、まだ間に合う。
連合艦隊を帰還させ謹慎させる、残った艦娘で再編成し最終海域を丁クリアする、最低限の勝利ではあるが上層部への言い訳はなんとかなる。
長門たちも営倉で反省させてやれば、落ち着きを取り戻すだろう、提督は元の鎮守府を取り戻すことを固く心に誓った。
司令室に明石が走りこんできたのは、その時であった。
「出撃した艦隊が帰港しました、長門がいません」
港に向かった提督たちが見たのは泣きはらした陸奥が率いる連合艦隊の残余であった。
長門は道中で空襲を受け大破していた、万全を期して出撃したものの道中で大きな被害を受けたのは運が悪かったと言うしかないだろう。
しかし長門はそのまま進撃を続け、更に被弾し撃沈された、まさに提督が難易度変更を交渉していたその時である。
深海棲艦指揮官が執拗に意味のない確認を繰り返し、時間をかけていたのはこれをしっていたからであろう。
提督を拘束し無理に出撃した長門にとって責任の取り方はこれしかなかったかもしれない、だが他に道はなかったのか。
呆然と立ちすくむ提督に代わり、今度は大淀が指示をだした。
小破した戦艦を中心に連合艦隊を再編成し、再出撃の準備を進める、惜しげもなくプレゼント箱が割られ、燃料と弾薬が艦娘たちに補給された。
ようやく落ち着きを取り戻した提督が旗艦の武蔵の手を取り、激励を行った。
すでに朝日が昇り、夜は明けている、メンテまでの時間がせまっていた。
難易度丁と言えど失敗が許される状況ではなかった、極度の緊張感のなかで数度の出撃が行われる。
最後のボス撃破は拍子抜けするほどあっさりとクリアできた。
連合艦隊からの無線でそれを伝えられた時も司令室に歓声はない、失ったものが大きすぎた。
長門を失っただけではない、鎮守府は大きなものを失っていた。
次の大規模作戦でも甲に挑戦するだろう、だが一度挫折すれば安易に難易度を落とすだろう。
必死で甲種勲章を狙い、全力で立ち向かう鎮守府は永遠にうしなわれたのだ。
END
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません