星梨花「ちょっとだけ大人になった日」 (27)

今日はアイドルマスターミリオンライブ!の星梨花の誕生日ですね。

誕生日記念ということで、拙作を流しちゃうぞ。

2月20日。

私――箱崎星梨花は、所属するアイドル事務所の765プロダクションを訪れていた。

今日はロケの仕事の予定があり、私ともう一人のアイドルがここに召集されていた。

もっとも、朝方から全く降り止む気配を見せない大雨に阻まれ、先ほど撮影延期の連絡を受けたばかりなのだが。

「はあぁぁ……」

目の前で重苦しい声を漏らした少女も、どうしようもない理不尽にやりどころのない感情を抱えているようである。彼女の名前は七尾百合子。今日の撮影で私のパートナーを務めるはずであった、年齢的には先輩にあたるが事務所では同期の頼りがいのある仲間である。

「ねえ、星梨花ちゃん……」

眉は八の字に折れ曲がり、ほとんど半目の困りきった表情で私の名を呼ぶ。私は半分まで読み進めた社会の教科書を閉じて彼女に向き合った。

「どうしたんですか?」

彼女は何かに頭を悩ませている。私にできることであれば何でもしてあげたい。

「この問題、分からないよおぉ……」

前言撤回。先程からの断続的な呻き声は、彼女の手元のプリントによるものであった。

はぁ……。出鼻をくじかれた気分である。そもそも彼女は中学三年生で、私は中学一年生である。藁にも縋る思いとはいったものだが、私が彼女の助けになるとは到底思えない。

とはいえ完全に見放すのも酷な話である。私は先ほどまでは軽かった重い腰を持ち上げ、机に身を乗り出して彼女の手元を覗き込んだ。

「ふんふんふん……」

案の定、私には身に余る問題であった。計り知れない期待の眼差しを一身に感じている以上、非常にバツが悪い。しかし、これ以上こうしているわけにもいかないので、私は身体を戻してもう一度、席に座りなおした。

「どう、星梨花ちゃん?」

「すいません、私にもわからないです……」

「うへぇ……」

一瞬、輝きを取り戻した彼女の表情がまたもや曇る。私と二人きりのこの状況下で、もはや頼るあては失われた。文字通り詰んでいる。

「ごめんなさい! 私、勉強は得意なのに……」

「ううん、私の方こそごめんね。せっかく星梨花ちゃんの誕生日なのに、こんなに辛気臭い私なんかと一緒で……」

そう、今日は私の誕生日である。今朝、彼女と会った時も、開口一番お祝いをしてもらったのと共にプレゼントを渡された。彼女の他にも今日出会った仲間たちやプロデューサーからもプレゼントを貰った。明日には事務所で誕生日パーティーを開く予定である。

仲間の誕生日は全員で祝う、これは765プロの伝統である。要するに、仲間の誕生日は決して他人事ではないのだ。

それは受験を控えた彼女とて例外ではない。受験勉強と仕事の合間に、私のためにプレゼントを買いに行っていたのだとすると、何だか申し訳ない気分になってくる。

「はぁ……」

彼女は依然として眉間に皺を浮かべたままだ。都内の公立高校の入試は二度あり、彼女は一度目の試験を逃している。彼女の志望校は都内でも有数の公立高校であり、例年倍率は高い。志望を下げるという選択もあったが、彼女は意志を変えない決断をした。その決意の裏に、どれほど壮絶な葛藤や苦悩があったのか私にはわからない。しかし、彼女が答えにたどり着いたことが容易ではないことは私にもなんとなく理解できた。

「あのっ」

気づいた時には声に出ていた。

「どうしたの、星梨花ちゃん?」

彼女はこれ以上プリントを睨み続けるのを諦め、私の目を見て少しやつれた笑みを浮かべた。

「いえっ……、あの、お邪魔だったらやっぱりいいです……」

「大丈夫だよ。そろそろ休憩にしようと思ってたところだからね」

困った。彼女の気遣いは嬉しいが、口先を衝いて出た言葉であるが故に、何を尋ねるべきなのか分からない。私が思いあぐねて黙っていると、彼女の方から催促してきた。

「別に何でも大丈夫だよ。私、これでも星梨花ちゃんよりお姉さんなんだから、遠慮せずに言ってごらん?」

彼女の言葉により私の思考はさらに混沌を極めた。

焦りで正気を失っていた私が咄嗟に発した言葉は、最悪の言葉だった。

「どうしてそんなに苦しい思いをしてまで、勉強するんですか? 確かに勉強は大事ですけど、そこまでする必要があるのかなって……」

ここまで言って私は慌てて口を塞いだ。これでは彼女の努力を否定しているようなものだ。

「……ごめんなさい」

私は顔を伏せた。私は彼女の顔を見るのが怖くて、目線を戻すことができなかった。

やってしまった。もっと考えて話すべきだった。

今、私になにができるだろう。このままここにいても気まずいだけだ。彼女のためにも場所を移そう。教科書を鞄にしまうと、いつでも立ち去れるようになった。

しかし、私がこの部屋を出ることはなかった。

「夢があるんだ」

その言葉は、強くはっきりと鮮明に発せられた。声の主を見遣ると、その瞳は先程とは別人のように輝いていた。

「私ね、研究者になりたいの。まだ誰も見たことがない景色を見てみたくて。だから私はやめない。諦めないよ、絶対に」

この時、彼女がどこか遠くに行ってしまう錯覚に陥った。二歳年上の同期は、私の思っている以上にお姉さんだった。私などでは到底及びそうにないと、そう感じた。

「も、もちろん、アイドルも続けるよ! 星梨花ちゃんたちとトップアイドルになるのも、私の夢だから!」

何も言えない私を気遣ってか、彼女は慌ててフォローを入れる。

ダメだな、私。誕生日を迎えて少しは大人になれたかと思えば、結局大人に助けられっぱなしだ。本当に非力な自分が辛い。

「百合子さんは、大人ですね。大きな夢があって、それに向かって頑張れる。……すごいです」

それに比べて私は、とは言いかけたものの、寸前のところで思いとどまった。これ以上、彼女を困らせるようなことをしたくない。

「ありがとう、でもこれって全部、星梨花ちゃんたちのおかげなんだ」

「えっ?」

思いがけず自分の名前が挙がって素っ頓狂な声が漏れた。一体どういうことだろうか。

「私ね、アイドルになる前は全然大したことない地味な子で、ずっと周りに流されながら生きてきたんだ」

今も地味で大したことはないけどね、と彼女は付け加えた。

「でもね、みんなとアイドルとして頑張ってるうちに幸せだなあ、充実してるなあって思えるようになったの。こんなの生まれて初めてだった。この時くらいかな、私が自分に自信を持てるようになったのは」

私は淡々と話す彼女に見入っていた。そんな私を見て彼女はふふっ、と笑った。

「だからね、みんなの……、いや、星梨花ちゃんのおかげ!」

そう言うと、彼女は私を見つめてウインクした。あまり上手ではなかった。

「私は!」

彼女の渾身の告白に、自分だけ黙ってはいられなかった。そんな気分だった。

「百合子さんみたいに大きな夢を持っていません。将来のことなんて、何にも考えたことがありません」

勢いに任せて葉なった言葉は、まるで小学生の屁理屈のようだった。

知性の欠けらも見受けられない。しかし、今はこれが気持ちよかった。この感情に身を任せて、私は一体どうなってしまうのだろう。

「だから、私はアイドルを頑張ります! これだけは絶対に譲れません!」

言い切った。真っ白な画用紙をビリビリに引き裂いたような爽快感だった。……そんなことをしたことはないが、きっと、多分そうだ。

私の、私のための宣言を、目の前に座る彼女は笑わずに全部聞き入れてくれた。それも嬉しそうな表情で。

「うん、頑張ろうね!」

彼女はふぅと息を吐いて伸びをした。そしてもう一度こちらに向かって、

「……いつか見つかるといいね。星梨花ちゃんの夢」

私は何だかむず痒くて顔を背けた。顔がポッと赤くなっているのが自分でも感じ取れる。

嬉しいような、気恥ずかしいような。どちらとも取れて、どちらにも当てはまらない。しかし、嫌に思えない不思議な気持ちだった。

「……はい」

今の私にはこれが精いっぱいだった。



 いつか見つかるといいな、大人になったら。

おわりだよ~

読んでくれてありがとうね~

中学生らしい話いいね、乙です

箱崎星梨花(13)Vo/An
http://i.imgur.com/pqyoGkJ.jpg
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>>3
七尾百合子(15)Vi/Pr
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