旅するオトナとパン・ガール (14)




モバマス・大原みちると伊集院惠のSSです。


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プレゼントっていつだって楽しくて、そしてちょっと悩ましい。

さて、どうしたものかしら。





「パン型のクッションって最近いろいろ売ってるじゃない。あんなのはどう?」

「もう何種類か持っていたと思うわ。このあいだ写真を見せてくれたから」



 そっかぁ……と残念そうな声を返す夏美さん。

 お昼すぎの事務所、休憩スペース。

 さっきから埒のあかない話をぼんやりと続けている。事の発端は、数日後に控えたみちるちゃんの誕生日に何をプレゼントしようかまだ迷っている、と私が言い出したことだ。



「パンじゃダメなの?」

「ダメではないけど、ね」



 専門家にベタなものをプレゼントするのって少し抵抗感がある、みたいな話と似ている。いや本音を言うと、せっかくだから少し捻ったものにしたいな、と思っただけなのだけど。



「言いたいことはわかるんだけど……」



 惠もけっこう面倒な性格してるわね、と夏美さんがこぼす。



「だってあの子ならきっと、何だって喜んでくれるんでしょう?」



 惠自身、そう思ってる顔してるわよ? そう看破されて、思わず笑ってしまった。

 たしかに本音を言えば、そこまで困ってはいない。それは夏美さんの言うとおり、きっと彼女なら何だって喜んでくれるだろうって信頼があるから。

 お仕事で何度か共演したりイベントユニットになったりしている私とみちるちゃん。関わることがあるうちに、普段の何気ない彼女とも接するようになった。事務所で雑談をしたり、一緒にトレーニングに打ち込んだりすることもある。あまりガラではないけれど、多少なりとも慕われているようには思うし、大切なアイドル仲間の一人だと思っている。

 そんなこんなだからこそ、やっぱり「これ」っていうものをあげたいなという気持ちが多少あるし、あいにくそれがまだ決まらずにいる。


 近所のおいしいパン屋さん? パンも食べられるレストランで食事? おおはらベーカリーに一緒に行く?

 ……どれもアリのようで、何か物足りないような気がしなくもない。

 年に一度の彼女へのギフト。いろいろお仕事をご一緒した事務所の仲間として、一人の先輩として。さてさて、何がよいものかしら。





   * * * * *


「あたしはオススメのドーナツをあげるよ?」



 レッスン終わり、居合わせた法子ちゃんに声を掛けた。惠さんに相談されるのって新鮮、と少しウキウキした様子の彼女。

 ユニット「チームフラワー」を組んでいる彼女はみちるちゃんとも普段から親しい。

 どうするのかなと少し興味があったのだけど、言われてみれば予想通りの返答だった。



「サプライズ感はないかもしれないけど、美味しさはサプライズ以上だよ!」



 ちゃんと期間限定のものを用意するからね! と笑顔を見せる法子ちゃん。

 小麦粉をキーワードに、お互いの「好き」がはっきりしている二人のユニット、プレゼントも期待に違わないものだ。

 彼女らしくてとても素敵であると同時に、あまり参考にはできない。

 私はまだ少し迷っていて……と話すと、そんなに考えることかな? と返ってきた。


「みちるちゃんって惠さんのこと好きだし、どっちかといえば惠さんらしいものでいいと思う!」


 法子ちゃんらしい明快な言葉が心地よい。みちるちゃんにも慕われているようなら嬉しいし、

 法子ちゃんからもそう見られているならありがたいことだと思う。


 しかし……私らしさ。仮にその方向で考えるとして、何がいいかはまた少し難しい。

 私といえばやっぱり旅、だろうか。





「ふっふっふ……何かお困りの様子」「どうやらそのようですね!」

「?」



 レッスンルームを離れ、ぼんやりと考えながら廊下を歩いていると、後ろから声がした。



「お呼びですか! 迷いごとの解決に定評のある! 堀裕子と!」「謎の究明に定評のある! 安斎都のお出ましです!」



 振り返ると、みちるちゃんと同じ福井県出身の「超能力者」と「名探偵」の台風二人組が嬉々として話し掛けてきていた。






「なるほどなるほど、つまりはみちるちゃんのバースデーが近いので」

「それをどうお祝いしようかということですね!」

「そ、そうね……」



 今まであまり気にしたことがなかったけれど、どうやらこの二人ははっちゃけっぷりが少し似ている。迷コンビかもしれない。



「いい質問ですね! みちるちゃんも私たちも福井出身、いろいろわかりますよ!」

「何はともあれ彼女といえばパン……ですが! 本題はここからですね!」



 別に事件ではないんだけど。





 テンション高めで盛り上がる二人。ああだこうだとみちるちゃんのことに言及し始める。

 今更プロフィールを振り返ったりする必要があるのかは疑問だけど、

 きっと彼女たちはそれも含め、楽しいんだと思う。微笑ましい。



「惠さんから見て、最近のみちるちゃんはどんな印象ですか?」



 裕子ちゃんの質問に、少し彼女のイメージを思い返す。



「……そうね、以前よりも柔らかな笑顔をするようになったかしら。どんどんアイドルらしく、かわいくなっている気がするわ」



 なるほど、たしかに、などと二人と意見を交わす。



「思うに、みちるちゃんはけっこう甘え上手です。私たち先輩にも、担当プロデューサーにも」



 都ちゃんが言葉を挟む。なるほど、確かに……えっ?



「都ちゃんって年上だったの」

「そうですよ? 私十六歳ですから! お姉さんです!」



 ふふん、とポーズをキメる都ちゃん。笑っては失礼だと思うんだけど、つい笑みがこぼれてしまう。

 そういえば裕子ちゃんも十六歳、チーム福井の最年少はみちるちゃんなのか。



「……みんな仲が良さそうね」



 もちろんです! と堂々と答える二人に、

 彼女たちの魅力ってこういうところなんだろうなって思わずにはいられなかった。





「いいね、こういう話にもちゃんと他者の意見を交えて考えるの、惠さんらしい」



 声の主はつかさちゃんだった。アイドル兼現役カリスマJK社長、そしてチーム福井最後の一人。



「ふふっ、つかさちゃんにそう言われると光栄ね」

「いやいや、そんな」



 笑顔を交わす。





「私たちと反応が違いませんかね」

「人徳の差……というやつでしょうか」



 少し不服そうな裕子ちゃんと都ちゃんの二人。

 他意はないけれど、ごめんなさい。






   * * * * *


「あの子、まだまだカッコいい大人との接点が少ないんじゃないかなって思うんだよ」



 つかさちゃんが不意に、気になることを言い出した。



 廊下での立ち話が少し長くなったので、みんなで休憩スペースに戻ってきて雑談が続いている。

 つかさちゃんはさっきから部屋のパソコンを触って、過去の活動記録を見ている。

 イベントユニットなど、大小いろんな仕事のデータベースが一覧できるようになっているんだけど。

 履歴のユニット表を改めて見ると、たしかにそうかもしれない。



「全く関わりがないわけではないですけど……大人メンバーってなると、惠さん以外は少ない感じですね」



 都ちゃんも同じ感想をこぼす。



「プライベートの交友関係は詳しくわからないけど、少なくとも惠さんはみちるにとって、頼もしくて、カッコいい大人なんだよ」



 そう言われると、どこか嬉しい気持ちになる。

 私は後輩たちの前で、ちゃんと大人で、ちゃんとアイドルでいるだろうか。

 それに対する、一つのレスポンスのようで。



「……でも、大人ならつかさちゃんもいるじゃない」

「アタシなんかまだまだコドモだよ」



 大切なことは取りこぼさないよう心がけているけど、それでもね。そう言って彼女は苦笑いをした。



「……たぶんいろんなイミで、みちるにとって惠さんは大切な存在だよ」



 だから惠さんらしく触れてあげればいいんじゃない?

 そう語る彼女はまるで私よりも人生に長じた大人のようで、とても頼もしくて。

 だけど表情はどこかあどけなくて、そして綺麗で。





「ふふ、ありがとう。つかさちゃんは頼りになるわね」

「いやいや、ここまでのみんなの流れあっての言葉っしょ」



 彼女はお礼の言葉をするりとかわし、指摘するように指を動かした。

 目を遣ると、得意げな笑みを見せる裕子ちゃんと都ちゃん。たしかにそうかもしれない、なんて。



「そうね、ありがとうみんな」

「いえいえ!」「どういたしまして!」



 今日はいつも以上に波長の合う様子の二人。

 楽しい話にはいつも現れる、欠かせない存在だ。










「みんなの誕生日にもきっと何かするわね」



 感謝を込めた軽い添え言葉のつもりが、途端に残念そうな表情を見せる裕子ちゃん。



「私、先月誕生日だったんですけど……」

「あっ」

「ちなみにアタシは二月、都は一月に過ぎたばっかりだね」

「ご、ごめんなさい……」



 つかさちゃんの補足に、私は謝ることしかできなかった。





   * * * * *


「みちるちゃん、今日時間ある?」



 流れも何もあったものじゃない、唐突で朴訥なメールを一つ。

 こういうところに自分の可愛げのなさというか、そういうところが出てしまう。

 だけど今更気にしない。これも私だから、なんて。

 ほどなくしてみちるちゃんから「はい、バッチリです!」と返信が届いた。

 笑ってしまう。何がバッチリなんだろう。





 事務所で合流。



「ちょっと気分転換に、おでかけでもどう?」

「いいですね! おともします!」



 開口一番、行き先を聞くより前に了解してくれる彼女。こういうところ、本当にみちるちゃんらしい。

 手元のフランスパンを食べ終え、手元は空っぽに……と思ったら、違う袋をどこからともなく持ってきた。



「それは?」

「おでかけ用です! 二つ入ってます! 一つは惠さんの分♪」



 言い回しがどこかコミカルで、でも、いつだって彼女なりの気づかいがちゃんとある。本当にキュートな女の子だ。

 私の分もあるのね、ありがとう。そう返すととっても嬉しそうに笑顔を見せてくれた。



「それで、どこに行くんですか?」

「そうね……とりあえず駅の方まで出て、そこからは気分で電車に乗りましょうか」

「??」



 意図がよくわからない、と首を傾げるみちるちゃんに、説明を添える。



「おしゃべりでもしながら、時の気分で電車に乗って、適当な駅に降りて。景色を見て歩いたり、喫茶にでも入ったり……なんて、どう?」



 どこに行くかはわからないけど、ロマンはどこにだって続いているわ。





 一瞬驚いたような表情を見せた彼女だけど、すぐに満面の笑みになった。



「……えへへ、やっぱり惠さん、カッコいいですね!」



 改めて彼女を見る。つぶらな瞳。ちらりと見え隠れする八重歯。

 コロネのようなふわふわの髪。そして明るくておおらかで、いつだって楽しそうな姿。

「甘え上手」という都ちゃんの評を思い出した。みんな彼女のこの笑顔が好きなんだろうな。





 誕生日は明日。当日はレッスンもあるし、午後には事務所のみんなとお祝いをする予定なのだとか。

 もちろん私も顔を出すつもりだけど。

 でも私からは、一日早いこの「おでかけ」こそがプレゼント。

 楽しんでもらえるといいけれど。



「途中でパン屋とか寄りますかね?」

「ふふ、どうかしら。行く先にあったらね♪」

「ありがとうございます! あ、もちろん、なくてもきっと楽しいですけどね!」



 手元のパンの袋は、珍しくがっしりと口が閉じられている。今はまずおでかけを楽しもう。

 パンはもう少し後で。とっておきの場面で。そう言っているようだった。





 春は名のみの……なんて言葉の時期はさすがに過ぎているのかもしれないけれど、

 四月を迎えても依然として急な寒さを繰り返していたここ数日。

 そんな気候もようやく抜けて、今日はおだやかな暖かさと、雲ひとつない青空が広がっている。

 ふらりと歩き出すにはぴったり、かも。



「旅っていいものよ。うまくいっても、いかなくても」



 そう私は信じているから。だからみちるちゃん、あなたにもこの素敵をぜひ。





 ちょっとだけフライングだけど、と断りを入れつつ、彼女に向かって言葉を綴る。

 ハッピー・バースデー。





以上です。

ありがとうございました。


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