あおんあおん (3)

「ビックニュースや,B組の酒井がウチのクラスの四条院さんに告白したらしいで」

机の上でせこせこと黒い消しカスとなった残骸を片付けていると,へんてこな関西弁で角刈りの男子が意気揚々と肩を叩いてきた.

彼の名は,諸星敬.噂をいち早く聞きつけ,広めることを至上の喜びとしている.

僕は手を止めて,ぐっと振り返る.

「それでどうなったんだ?」

「聞いて驚くなよ.四条院さん,OKしたんや!」

脚から力が抜けていくが,否定する口は止まらない.

「うそだろう.酒井ってすげえオタクじゃん・前なんて,美少女戦士キャアラットがプリントされたTシャツ着てたじゃん」

「そのキャラは分からんけど,曰く『真剣だったから,OKした』らしいで」

「中身重視ってやつ?」

「いや,それが今まで四条院さんと酒井が喋っているところを見た奴いないらしーねん」

「それもそうだ」

僕は首をひねる,なにせ,四条院さんはその可憐さと所作での美しさでは他に引けをとらないカーストのトップ層,反対に坂井は三度の飯よりアニメが好きないわゆるオタクでそれを隠さない層である.

そこの間にはヒマラヤより高い山が横たわっている.

「これは夏休み前にとんでもないことが起きたと思ってな.まずおまえに知らせたんや」

「はあ」

思わず仏頂面になる.数か月前にこいつに言ったことを後悔する,

「まあ,誰にでもチャンスがあるってことや工藤.美少女戦士酒井がいけたんやからな」

そう,僕は四条院さんのことが好きだ.憧れと言い換えてもいい.だからこそ,ショックだ.

「まだ気持ち的に信じたくないな」

だって,四条院のことはもっとミステリアスだと思っていた.

僕は,自分の部屋の鍵が二重に閉められた引き出しの奥にしまわれた,四条院さんの写真の数々を思い浮かべた.

ふとした髪を払う仕草や.夕陽に輝く彼女の肌,そして,僕だけが彼女から感じる暗く蠢いているナニカ.

ちょっと,調べてみるか.その彼女を射止めたB組の酒井とやらを.

それでもしふさわしくないなら,破滅させてやる.僕は鞄の中にしまっているカメラに目を落とした.こいつならできるはずだ.

僕にはその力がある.その権利がある.その義務がある.

僕は,四条院怜の守護騎士だ.

僕はこみあげてきた獰猛な笑みを隠すのに,しばらく苦労した.

「ゆうちゃん,お母さんが心配してたよ.二次元の女の子にしか興味がないんじゃないかって.」

「だからと言って,そ,それがしはリリ姉と致すことはできぬっ」

酒井ゆうき,齢18歳にして人生最大の危機に瀕していた.これまで両手では足らぬ女性の数々と付き合ってきたのだが,それを母上が見とがめて,従妹である梨々香姉を呼んだのであったのだ.職業は花魁の真似事である.それがし,ビッチは好まぬので苦手である.

しかしリリ姉,目をしばたたかせながら濡れた赤い唇を近づけてくる.面妖なっ.

「じゃあ,どちらかを捨てようよ.オタグッズかそれともこっちか....

ネイルで光に反射して輝く指先が,それがしの乳首をなぞる.

「ど,童貞は結婚するまで守らねばならぬ.それが日本男児の魂であろうっ」

「お姉さんばかだからよく分かんないけど,じゃあ結婚しようよお」

リリ姉はゆっくりと黒色のスカートの裾をつまみ上げた.

その暗がりから濃いピンク色で花模様が刺繍されたパンティが覗く.

それがしはぐっと目を剥いてそれを睨んだ後叫んだ.

「ははうえーッそれがし犯されるっ!助けてっ」

「はははっ残念.ここ離れだから,聞こえないし届かない,っよ」

リリ姉はそれがしの手をつまみあげ,乳房へ近づけていく.

やがて.掌に硬い突起物と,柔らかな感触が広がった.

思わずひともみすると,リリ姉がいやぁんと喘いだ.

「否,否,否.こんなことがあってはならぬ.ありえぬこと」

それがしはぱっと手を離し.リリ姉のとろんとした瞳を睨んだ.

「幾ら母上から銭を積まれた?」

「じぇんじぇんだよ」

「酒は?」

「ビール十数杯と焼酎ひと瓶.ねえ~こんなことよりヤろうよ~」

「彼氏とは?」

「うわぁあああああゆうちゃんがああああいじめるううううううう」

途端に泣き崩れるリリ姉.ふん,大方やり場のない肉欲を発散させようとしたのだろうと思った.

俺は背中をさすってやりながら,慰める.

「ひどいことされたのか?」

「そうなの.部屋来たらわかれようって.きたないっていったのに~」

「それはひどいな,そのような輩,俺が月に代わって成敗してやる」

「あ~でも使用済みコンドームを置いたままだった私も悪いのかも」

リリ姉が悪いっ

それがしはぐっとこらえて,セフレと爛れた関係を続けているリリ姉から事情を聴きづけた.

その間,暗闇を蠢く者に気づくことはなかった.

もし,この世に最も無駄に使われている資源があるとするなら,それは人間の脳だ.
それがどうしようもなく,憎い.
私達は,もっと前に進めるのに.
感情に振り回されるから
外見に惑わされるから
内面を気にするから
互いに足を引っ張る.
私は,数字に,なりたい.

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