勇者「……魔法使いの葬儀、終わったぞ」魔王「……」(59)

今からある女の子の話をしようと思う。その女の子は約3000年前に産まれ、数年で両親の期待通り世界を恐怖と混乱に陥れてこの世界を支配し、そして17年前に勇者一行に倒された。

 そう、今から話すのは他でもない私のことだ。

 私の、物語。

勇者「じゃ、俺行ってくるから。昼前までには帰ってくるつもりだけど、もし遅かったら適当に腹ごしらえしてくれ。隣のマーサさん家に顔出せば、なんか渡してくれるだろうし」

魔王「……」

勇者「おい、聞いてるのか?」

魔王「……」

勇者「あ、俺午後から温泉行くから、タオルとシャツ用意しといてくれる? ……おい、おい!」

魔王「……うぜ」

勇者「なんか言ったか―?」

魔王「分かった、分かったから!」

勇者「頼むぞ。あ、」

 魔法使いんとこ、なんか持ってくものある?

 屈託のない笑顔で、その男は私にそう尋ねた。

 あるわけない。その言葉を飲み込んで、私は強く扉を閉めた。

――

魔法使い「勇者。来てくれたのね、ゴホ、ゴホッ」

勇者「よう」

魔法使い「マフラーを編んでたの、ゴホ、ゴホ。す、座って」

勇者「まだ冬は遠いぞ」

魔法使い「病室って、びっくりするぐらい暇なんだもの。食事制限も厳しくて、嫌になっちゃう。冒険していた頃みたいに、豪勢にはいかないものね」

勇者「……無理するな。もう、俺たちのために何もしなくていい」

魔法使い「……なんのこと?」

勇者「……」

魔法使い「……きっと、間に合わないわね」

勇者「そういうこと言うのやめろ。なに弱気になってんだよ。お前はもっと明るくて元気だったろ」

魔法使い「……あなたも、すっかりおじさんね」ニッコリ

魔法使い「ねえ、あなたに聞きたいことがあるの」

勇者「なに?」

魔法使い「……あの子を引き取ったこと、後悔してない?」

勇者「……あの子、か。俺はお前の心境の変化に驚いてるよ。あいつは紛れもなく魔王だったし、俺たちの同胞や罪のない一般市民だって大勢犠牲になった。それを、あの子なんてさ」

魔法使い「そうね。私も驚いてる。でも『生まれ直し』をした以上、誰かが面倒見なきゃ」

勇者「みんな反対してたぞ。俺もしたし、女騎士なんかは猛反対だった」

魔法使い「賢者は何も言わなかったわ。私、賢者のそういうとこすごく好き」

勇者「分かるよ」

魔法使い「……だから、ゴホッ、だから聞いてるんじゃない。う、ゴホ、ゴホッ!」

勇者「おい、大丈夫か!? だ、誰か!」

魔法使い「だ、大丈夫……後悔」

勇者「え?」

魔法使い「後悔してない?」

勇者「後悔なんか、するわけないじゃん」

魔法使い「どうして?」

勇者「……君のこと、愛してるから」

魔法使い「ふふ、私もあなたのこと、愛してたわ」

勇者「なんで過去形?」

魔法使い「愛情は、あの世に持っていけないから」ニッコリ

勇者「……やめろって」

魔法使い「あの子のこと、お願い。もし私がいなくなっても、あなたなら――あなたたちなら大丈夫」

勇者「……」

魔法使い「もうお昼ね。家に戻って? あの子がおなかをすかして待ってるわ」

勇者「もっと一緒にいたい」

魔法使い「あなたの口癖、変わらないわね。その言葉に、みんなが笑顔であなたについていった。これからも、きっと」

勇者「俺は別に、あいつの保護者になったつもりはないぞ。お前がとっとと復帰して、面倒を見てやってくれよ」

魔法使い「……考えとく」

勇者「絶対だぞ。明日も来るから」

魔法使い「毎日来たって変わらないわよ」

勇者「うっせえ。じゃあな」

魔法使い「うん、またね……ゴホ、ゴホッ……う”、うあああっ」ユラ

勇者「おっ……おい! 魔法使い! だ、誰か――」

――

魔王「……おせーな」

魔王「」ガチャ

魔王「」テクテク

サリー「おや、マオちゃん」

魔王「サリーさん」ニコ

サリー「今日も勇者様はお見舞いかい?」

魔王「うん、そうみたい」

サリー「魔法使いちゃんの具合、あんまりよくないみたいだねえ」

魔王「そうなんだ……」

サリー「おや、知らないのかい? 自分の育ての親だろう? 勇者様からもなんにも聞いてないのかい?」

魔王「あの人とは、あんまり話さないから」

サリー「マオちゃんもおませな年ごろだねえ。よし、明日これ持っていきな。パンとサンドイッチと、簡単な保存食が入ってるから」ガサガサ

魔王「病院に食べ物はだめなんじゃ……」

サリー「なあに、隠れて食べりゃ気づかれやしないよ。あの子は意外といたずらっ子でね。昔から隠れて余計なことばかりしてたのさ。勇者様――勇者君とは幼馴染でね、ずっと仲が良かった」

魔王「うん、知ってる」

サリー「でも気の毒だねえ。17年前に魔王が死んだって言うのに、不治の病が見つかるなんてね」

魔王「……」

サリー「平和が一番さ、ね!」

魔王「うん、そうだね……」

サリー「あ、これはこれは賢者様!」

魔王「!」

賢者「久しぶりですね、マオ」

魔王「……何の用?」

賢者「あなたにお伝えしなければならないことがあります」

――

勇者「……魔法使いの葬儀、終わったぞ」コンコン

魔王「……」

勇者「腹減ったろ。ていうかお前、俺がお見舞いに行った日から、ちゃんと飯食ってんのか? 一応マーサさんに話は聞いてるけど……いろいろもらったんだって? ちゃんとお礼は言ったのか?」

魔王「……」

勇者「おい、まずここを開けてくれよ。開けろ!」ドンドン

勇者「しゃあねえな……」チュイン ガチャ

勇者「おい!」

魔王「魔法……使えたんだ」

勇者「そんなことどうでもいいんだよ。うわ、おめーひでー顔。顔洗って来いよ」

魔王「あんたもね」

 勇者と魔法使い。2人の間には、誰も立ち入ることができない固い絆と深い愛情があることをその時知った。私は彼女が死んだという事実を受け入れたくなかった。そう感じている自分を、受け入れたくなかった。

 17年前、私はあれほど彼女の死を望んでいたのに。

――

勇者「魔王! お前はもう終わりだ!」

魔王「こしゃくな勇者どもよ! 私は、私は私の理想世界を諦めん! ぬおおおおおおおっ!」

魔法使い「勇者! 前に出すぎ!」

勇者「!」

魔王「死ねえええええっ!」

勇者「ぐっ」ドサ

魔王「ち、力が……殺し損ねたか」

勇者「お、俺がやられても……俺には仲間たちがいる!」ゼエゼエ

魔王「なに?」

魔法使い「はああああああっ」コオオォォォ

魔王「しまっ――」

魔法使い「くらええええええっ!!」ドーン

勇者「やったな……魔法使い――」ガク

魔王「ぐおおおおおおおおおっ――む、無駄だ……私は残りの魔力を生まれ直しのために残しておいた……より若い肉体で、貴様らを必ず――」

女騎士「ハッタリだ! 奴の魔力は相当少ない! 今ここでとどめを刺せば――」

賢者「生まれ直しが、始まる――身体が縮んでいく――」

魔王「おおおおおおおおっ――おぎゃあ、おぎゃあ」

女騎士「まさか、本当に……よし、今なら」チャキ

魔法使い「待って!」

女騎士「なんだ」

魔法使い「私、この子を――」

女騎士「正気か!? こいつは魔王なんだぞ!」

魔法使い「分かってる。でも」

女騎士「この女のせいで、数々の同胞が死んだ! 罪のない一般市民も、その家族である小さな子供たちもだ!」

魔法使い「でもね、女騎士――」

女騎士「私は認めんぞ。どうしてもというならこの私を殺して――」フラ

賢者「みなさん限界です。一度町に戻りましょう。瀕死の勇者様を放っておくおつもりですか」

女騎士「し、しかし!」

賢者「……行きましょう」

魔法使い「……うん」ダキッ

魔王「おぎゃあ、おぎゃあ!」

――

勇者「顔洗ってさ、どっか出かけようぜ」

魔王「……そんな気分じゃない」

勇者「いいから!」グイ

魔王「不謹慎だよ!」

勇者「わぁってんだよ、そんなこと!」

魔王「!」

勇者「でも、魔法使いなら、こんな日こそ出かけましょうって言うから」

――

魔王「映画館?」

勇者「ああ、魔法使いとよく来たんだ」

魔王「それって、私を討伐に向かう前?」

勇者「前も後も、だな。あいつは本当に映画が好きだった。……あ、大人2人で」

魔王「私は大人じゃない」

勇者「残念でした、お前は未就学児だ」

魔王「みしゅうがくじってなに」

ゾロゾロ

勇者「映画を安く観たいんなら、学校に通えってこったな」

魔王「がっこう……」

 魔王の私が学校?

勇者「実年齢はともかく、みてくれはそういう年なんだからさ。この辺の人たちは俺や魔法使いの事情を知ってるから何も言わないけど、もっと外に出たら馬鹿にされちまうかもよ?」

魔王「……」

勇者「魔法使いも、準備をしてたんだけどな……おっ、ここだ」ストン

魔王「準備ってなに?」

勇者「静かに。始まるぞ」

魔王「ねぇ、準備ってなに!」

ビー

 準備って、何なのよ。

ゾロゾロ

勇者「あー、面白かったなぁ。なんかガキっぽい恋愛だったけど、でも懐かしい気分になったよ」

魔王「……」

勇者「なぁ、お前恋愛したことあんの?」ニヤ

魔王「2453年前に、一度」

勇者「へぇ、うまくいった?」

魔王「首咬まれて終わった」

勇者「はは、なんだそれ」

――

魔王「ねぇ、あんた臭いよ」

勇者「そういや風呂行きたいってずっと思ってたけど行けてねえわ。一緒に入るぞ」

魔王「は、はあっ!?///」

勇者「だってしゃあねえだろ、お前置いて帰るわけにもいかねえし」

魔王「なんで! 一人で帰るよ!」

勇者「いーや、ダメだ」

魔王「子ども扱いするなよ! 変態! スケベ!」

勇者「……だってお前、夜ずっと泣いてるから」ボソ

魔王「え?」

勇者「ほっとけるわけねえだろ、家族なんだからさ」ニカ

――

魔王「こ、混浴温泉……」

勇者「ひゃっほー! ひっさしぶりの風呂だあ!」ザパーン

魔王「ちょっ……先に身体洗いなよ!」

勇者「いいから、こっち来いよ、マオ」

魔王「……」

 こっちにおいで、マオ。誰が何と言おうと、私はあなたと一緒に生きるからね。

魔王「……」チャプ

勇者「気持ちいいぞ、景色もいいし」

魔王「……嘘つき」

勇者「ん? 何か言ったか?」

魔王「なんでもない!」

勇者「お、あそこにいるのは工場長のマックスおじさんだな。おうい、マックスさん!」

マックス「おう、勇者! 久しぶりだな」

勇者「お元気ですか―!?」

マックス「どうにも身体がいてえよ。治療だ治療。また魔法使いちゃんに治してもらおうかなぁ」

勇者「はは、そっすねー!」

魔王「あの人、知らないの?」

勇者「ああ、葬儀はひっそりとしたもんだった。俺と賢者と女騎士と、国王と娘さんくらいか。魔法使いのご両親も早くに亡くなってたからなぁ」

魔王「……」

勇者「だっからおめえも来いって言ったんだよ!」ワシャワシャ

魔王「や、やめろぉ!」

勇者「あそこにいるのは総菜屋のモリソンさん。その隣が釣り師のスパーさん、あっちに座ってるのはパン屋のベークさんと娘さんのマリアちゃん」

魔王「全員記憶してるの?」

勇者「しようとしたわけじゃないさ。自然とそうなる」

魔王「……」

勇者「勇者ってそんなもんだろ」

 私たちが殺した人間たちにも、名前があり、家族があり、人生があった。当たり前の話だった。

勇者「なぁ、お前、これからどうすんの」

魔王「……」

勇者「なんも決めてないの?」

魔王「……数年前に魔法使いから、同じこと訊かれた」

勇者「そりゃ訊くだろうな」

魔王「……」

勇者「お前さ、都合が悪くなったら黙るの良くないぞ」

魔王「うっさい」

勇者「……さっきの話だけど、魔法使いはお前をガッコに行かせる準備してたんだよ。だからお前が望むなら――」

魔王「どうしてそこまでするの」

勇者「……知らねえよ。聞きそびれちまった。でもそれがあいつの意志だったんだろうよ」

魔王「……あんたは」

勇者「ん?」

魔王「……あんたはどう思うの」

勇者「……なぁマオ。ずっと考えていたことなんだが」チャプ

勇者「お前がもし本当に、17年前と同じ状況を作りたいなら、できると思うよ」

魔王「……!」

勇者「お前は若返り、俺たちは年をとった。俺も賢者も戦闘からは遠のいたし、魔法使いは死んだ。俺たちは後輩を育てなかったからな。かつてと同じことをすれば、今度は誰もお前を止められない」

魔王「……女騎士は?」

勇者「ああ、あいつは今でも一線級だな。あいつさ、俺より男っぽくてつええんだもんなぁ。でも、あいつの所属する騎士団だけじゃあどうにもならねえよ」

魔王「……」

勇者「かつてのお前にとって、千載一遇のチャンスだ。でもさ」

 今のお前とかつてのお前は、同一人物なのか?

――

勇者「俺、飲み物買って来るわ。お前なんかいる?」

魔王「いらない」

勇者「着替えて出入り口のところで待っててくれ」

魔王「了解」

魔王「……あ」

魔王(騎士団の紋章……珍しい)

女騎士「ん? き、貴様!」ザッ

魔王「!」ビク

子供「どーしたのー? ママー」

女騎士「……休憩所の方に行ってなさい。私は用ができた」

子供「えー? 早くおうちに帰りたいよー」

女騎士「飲み物、何でも好きなものを買っていいから」ジャララ

子供「わーい、やったあ!」タタタ

女騎士「……」

魔王「……」

女騎士「場所を変えるぞ」

魔王「ここを出るの? 子供さんが心配するよ」

女騎士「なあに、すぐ済むさ」ズオオ

魔王(すごい殺気……)

魔王「……いいよ」

――

子供「あ、ゆーしゃさま!」

勇者「おーおーピリカちゃん。久しぶりだねぇ。ママ元気? 飲み物いる?」

子供「うん!」

勇者「どれがいい?」

子供「これー!」ピョンピョン

勇者「OK。今日はママと一緒に温泉?」

子供「うん! ママ、身体を清めて大聖堂に行くって言ってたよ。賢者さまに会いに行くんだって!」

勇者(女騎士……魔法使いのために祈ってくれるのか)

子供「あ」ジャララ

勇者「あ、お金持ってきてたんだねー。えらいねー」

子供「うん、ママがねー、女の人に用事があるって!」

勇者「女の人?」

子供「うん! 黒い髪の、きれえな女の人!」

勇者「……まずいぞ! ピリカちゃん、おんぶしてあげる」

子供「えー? おんぶー?」

――

ヒュオオ

女騎士「……貴様、いくつになった」

魔王「……17」

女騎士「もう……そんなに経つのか。私はずっと違和を感じていた。正しい道から、外れてきたような気がしていた」

魔王「……」

女騎士「……『生まれ直し』によって胎児になるとはいえ、貴様の魔力が消えるわけでもなければ、記憶だって保持する。肉体が若返る分、かつてよりも危険度は増すと言っていいだろう。それを魔法使いは、下らん情で貴様を引き取るなどと言い出した」

魔王「……」ピク

女騎士「……魔法使いは苦楽を共にしたかけがえのない同胞だ。それに、かつての魔王にとどめを刺した張本人でもある。最初こそ反対したが、多くは言わなかった。言わないつもりでいた。……だが今確信した。貴様の魔力は今、最盛期にある」

魔王「!」

女騎士「今始末しなければ、貴様を誰も止められん……あの勇者でさえ、な」チャキ

魔王「……」

女騎士「私がここで、ケリをつける!」ダッ

魔王「……」

女騎士「せいやああああああっ!」ブンッ

魔王「……」ビイイイイン

女騎士「なっ……私の剣撃を、指一本で食い止めるだと……?」

魔王「……」ズオオ

女騎士「やはりな……その邪気、貴様は紛れもなく魔王だ!」

魔王「……」

女騎士「私は今だって現役なんだ……なめるなよ!」ズオオ

魔王(剣に気力を込めた……)

女騎士「はああああああっ!」ブンッ

魔王「……」シュンッ

女騎士「き、消えた!?」

魔王「後ろだよ」

女騎士「き、貴様……」

魔王「踏み込みが甘い。一度の剣撃の動きに無駄が多すぎる。17年前に比べて、きっと威力も落ちてる。私とやりあっても、勝てないよ」

女騎士「ほ、誇り高き騎士団の長を務めるこの私を愚弄するか!」

魔王「……忠告はしたよ。それでもやるって言うなら……容赦はしない!」ズアッ

女騎士「いいぞ……全力の貴様を倒したのでなければ意味がない!」ゾクゾク


賢者「そこまでです! 女騎士、マオ!」

女騎士「!」

魔王「!」

賢者「……」


賢者「探しましたよ、女騎士。約束の時間をとうに過ぎているから、どこで油を売っているかと思えば……」

女騎士「くっ、邪魔をするな賢者! 私は今こいつと……」

賢者「マオもマオです。女騎士の安い挑発にやすやすと乗るなんて……」

魔王「……」

女騎士「マオ、だと? はっ、賢者、お前までこの女に人間の名を与えて家族ごっこをしてるのか!」

賢者「……女騎士」

女騎士「認めん、認めんぞ……魔王が人の心を持つなど、甘すぎる」

魔王「人の……心」

女騎士「いいだろう、ならば正式に決闘を申し込む!」ビシ

魔王「!」

賢者「女騎士、やめなさい!」

女騎士「互いの誇りをかけた、正当なる決闘……たとえお前でも止められん! 私はその場で、貴様の首を掲げてやる!」

賢者「マオ、こんな決闘受けなくてよいです!」

魔王「……いいよ」

賢者「マオ!」

魔王「私はあんたに負けない……!」

女騎士「ふっふっふ……そう来なくてはな! 一週間後の正午! 王宮の決闘場で待っているぞ!」ザッ

賢者「女騎士……なんと横暴な……マオ、あなた自分が何をしたか分かっているのですか!」

魔王「……」


――

女騎士「――肉体が若返る分、かつてよりも危険度は増すと言っていいだろう。それを魔法使いは、下らん情で貴様を引き取るなどと言い出した」

魔王「下らん情って言ったから」

賢者「え?」

魔王「下らん情って言ったから!」ビュン

賢者「あ、ま、待ちなさい! マオ!」

勇者「おーい、おーい!」ゼエゼエ

賢者「勇者様!」

ピリカ「賢者さま、こんにちは!」

賢者「こんにちは、ピリカ」

勇者「け、賢者……マオと女騎士は……?」

賢者「……記憶は保持しても、精神は1から組み直しですね」

勇者「え?」

賢者「あの子の精神は、17歳に戻っている。聞き分けのない子供です」

勇者「……」

賢者「大聖堂へ向かいましょう。久しぶりですね、勇者様」ニコッ

勇者「先にピリカちゃんを送ってかねえと……その後に行くわ」

賢者「女騎士に、今日の約束をどうするか訊いておいてください」

勇者「ああ。賢者、すまねえ」

賢者「勇者様が謝ることではありませんよ」

――

女騎士(……魔法使い……自分のしたことが正しいと思っているのか……?ザッザッ

女騎士(死人に口なし、か。ずるい女だ)ザッザッ

勇者「おーい、おーい! 女騎士!」

ピリカ「ママー!」

女騎士「……勇者……」

勇者「……やっと追いついた。……久しぶりだな、女騎士」

女騎士「ああ……」

勇者「ピリカちゃんを置いてくなんて……そこまで魔王を憎んでいるのか?」

女騎士「当たり前だ。17年前、私たちは同じ気持ちだったはずだが?」

勇者「17年前と今は違う。俺たちの魔王討伐は終わったんだ」

女騎士「終わった、だと? 魔王は今も生きている。魔法使いがとどめを刺さなかったからだ」

勇者「年月は人を変える。お前には子供ができ、魔法使いは死んだ。魔王だって――」

女騎士「一緒にするな。奴がその気になれば、いとも簡単に、また世界を転覆させることができるんだぞ」

勇者「……そうだけど、今のあいつはそんなことしねえさ。そう信じたい」

女騎士「……勇者、お前の性格についてとやかく言うつもりはない。私自身、お前のそういうところに救われてきた。だがな」

勇者「……」

女騎士「信じるだけで救われるなら、魔法使いの病気は治ったはずだ」

勇者「……!」

女騎士「……まあいい。どちらが正しいのかは、決闘で明らかになる」

勇者「決闘?」

女騎士「私は決闘の場で、あの女にとどめを刺す」

勇者「なんだって! お前、決闘を取り付けたのか!」

女騎士「もちろん、あの女も了承済みだ」

勇者「マオ――」

女騎士「情にほだされるな。私は強さで、私の正しさを証明してみせる。……ピリカ、帰ろう」

ピリカ「うん、じゃーねーゆうしゃさま!」

勇者「……またね、ピリカちゃん。あ。おい、女騎士」

女騎士「なんだ」クル

勇者「今日の賢者との約束、どうすんだ」

女騎士「賢者には悪いことをしたな。決闘が終わるまで、修行に専念すると伝えておいてくれ」

勇者「勝つ自信があるのか」

女騎士「……」


――

魔王「踏み込みが甘い。一度の剣撃の動きに無駄が多すぎる。17年前に比べて、きっと威力も落ちてる。私とやりあっても、勝てないよ」


――

女騎士「無論だ」

――

賢者「神よ……私の罪をお赦しください」

勇者「お前の罪って?」コツコツ

賢者「勇者様……私は、女騎士を止められませんでした」

勇者「詳しい状況は分かんねえけど、お前がいてくれたおかげで最悪の事態を避けられたと思うんだ。ありがとう、賢者」

賢者「……変わりませんね、お優しい人」

勇者「……女騎士に言わせれば、俺もあいつも甘いのさ。情を捨てきれず、別の可能性があるんじゃないかと盲目的に信じたいだけだ」

賢者「いつになく冷静な分析ですね」

勇者「つまんねえ大人になったのさ」

賢者「つまらない大人は魔王の面倒なんか見ませんよ」

勇者「はは、言えてる」

賢者「……長年神に祈り、人間、魔族、生き方の何たるかを学んできたつもりでいましたが、17年たった今でも、自分の中で答えが見いだせないでいます。私は魔法使いのような確固たる優しさもなければ、女騎士のような正義も持ち合わせていない」

勇者「……賢者。魔法使いと話してたんだ。俺たち、お前のこと大好きだったんだって」

賢者「え?」

勇者「賢者だけじゃない。女騎士も大好きだった。お互いがお互いを信頼し、いがみ合うことなんて一度もなかった。……きっと魔法使いは、魔王にそんな世界を見せてやりたかったんじゃねえかな」

賢者「そう、ですね」

賢者「俺と魔法使いは小さな村で生まれ育った。王様に頼まれなきゃ、勇者なんかしないで平和に暮らしてただろう。けど、魔王は産まれた時から魔族としての宿命を背負っていた。悲しい奴だよ、あいつは」

賢者「人間の世界と魔族の世界、分かり合うことはできないのでしょうか」

勇者「……なあ賢者。頼みがあんだけどさ、例の決闘の日、レフェリーを頼めないか」

賢者「不可能です。女騎士が提案した正当な決闘である以上、あちら側の審判が付くことになるでしょう」

勇者「だからだよ」

賢者「まさか、マオに不利に働くと?」

勇者「いや、そこを疑ってるわけじゃない。女騎士に限って、そんな不公平なことはしないだろう。ただ、俺は、かつての仲間として、お前に一番近い場所で勝負を見届けてほしいんだ」

賢者「勇者……」

勇者「女騎士とマオが闘うんだ。俺にはもう、お前しかいねえさ」

――

女騎士(……期限は一週間、それまでに……)

後輩「女騎士先輩、次の任務なんですが――」

女騎士「すまない。今日から一週間は、特別な修行に入る。すべての任務に同行できない。どうかお前たちだけで頑張ってくれ」

後輩「ええっ!? ど、どうしたんですか先輩っ!?」

女騎士(強くなってみせる! あの時よりも、もっともっと、な……)ギリ

――

勇者「おい、マオ! お前女騎士との決闘を引き受けたってホントか!?」ガチャ

勇者「おーい、おーい! ……いねえ。あの野郎……」

――

マオ「……」

スケルトン「こ、これはこれは魔王様! お、お久しぶりでございます!」

マオ「……あの時の生き残り、か」

スケルトン「いや~、まさか魔王様にまたお会いできるなんて、冥土の土産にいいものができました。それにしても、ずいぶんお若くなられたようで。グフ、グフフ……」ニヤ

マオ「……」

スケルトン「お、おや? せっかく戻られたというのに、お元気がないようですね? ご心配なさらずとも、魔族の勢いは衰えてはおりません。魔王様の一声で、いつでも――」

マオ「……私は――」

スケルトン「……魔王様、お悩みのようですね」

マオ「情けない女だと思っているんだろう」

スケルトン「滅相もない! ……私は、魔王様の決断に従いますよ。どこで何をしていらっしゃったのか存じ上げませんが、もし魔王様が今の生活にご満足していらっしゃるというなら、我々はそれに従うしかありません」

マオ「やけに聞き分けがいいな」

スケルトン「最初から、あなた様に抗えるものなどいませんよ」

マオ「……」

――

魔法使い「ねえマオ、これからどうするつもり?」

マオ「人類を滅ぼす!」

魔法使い「へぇ。じゃあなんで今すぐやらないの、オチビさん?」

マオ「いまは……力をたくわえているんだ! わたしはお前にやられたんだぞ、もっと機が熟さなければ……」グキュルルル

魔法使い「はいはい。お腹すいたんでしょう。リンゴ切ってあげるからそこ座って」

マオ「わーい!」

魔法使い「……ねえマオ?」

マオ「ん?」

魔法使い「寂しくないからね。ずっとそばにいるからね」

――

マオ「おい、ガイコツ」

スケルトン「へ、へいっ!」ビク

マオ「一から鍛え直す。少しは腕に自信があるんだろうな」ギロ

スケルトン「こう見えてもわたくし、17年前は最前線で勇者どもを相手取っておりました」

マオ「……悪くないな。嘘だったら許さないぞ。嘘はもうたくさんだ……」

スケルトン「もちろんでございますよ、魔王様」ニヤ

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