貴音「らぁめん、にんにく、時々響」(39)

――食。即ち生きること。


古来、”食”と"生"とは切っても切り離すことのできない関係にありました。
しかし、現代ではその関係性が薄れつつあります。
何故ならば、現代は”飽食”の時代とも呼ばれ、食糧難とは程遠い世界が(少なくとも日本国では)形成されています。(飽食に関する現代日本の問題点に関しては多々ありますが、ここでは触れない事とします。)

”飽食”になるとどうでしょうか。食に飽きた人々は、そこに新鮮さと楽しみを見出す事にしました。
らぁめんはその代表とも言うべき存在。高塩分、高カロリーを欲しいままにするだけでは飽き足らず。栄養素の偏りも著しい。
元来の観点で言えば、健康的な"生"を遠ざけるらぁめんは”食”とは呼ぶべきではありません。

しかし、逆説的にらぁめんは稀有な概念へと昇華しました。
”食”の喜びを追求し、追究し続ける。”食”を究めたが故に、”食”とかけ離れる概念へと変貌を遂げた。純粋なる喜び・幸福・快楽。その凝集した概念へと、です。
なればこそ、そのスープは命の源となり、モヤシが芽吹き、麺は照り輝くのです。


――らぁめん。即ち生きる意味を探求すること。

記 四条貴音

響「なんてエッセイ書いてんだ、貴音ェ……」

P「意外と好評なんだよな。反響も大きいみたいだぞ」

響「脂カスみたいな文章なんだけど……何がウケてるの?」

貴音「脂も増せば、山となるのですよ。響」モワァ

響「くっっさ!!! ニンニク臭!!!」ブンブン

響「今から営業行くんじゃないのか!? 何考えてんだよ貴音ェ!」

貴音「寧ろそれが先方の要望でして……誠、困ったものです」ツヤツヤ ウットリ

響「……」ヒクヒク

P「ああ、営業先のクライアントっつうか、案件が二郎系ラーメンイベントなんだよ」

響「……最近アイドル業からどんどん遠のいてってるけど、いいの?」

P「多様性多様性っ。ダイバーシティだぞ~、響」

響「……別にいいけど、我が家はニンニク多様性は認めないぞ。ニンニク臭い状態でウチの敷居は跨がせないから」

貴音「そんなっ。私の夕飯はどうなるのですっ!?」モワァ

響「らぁめんでも食べなよ……」

貴音「流石の私でも、三食らぁめんな訳ありません。らぁめん以外の食にも触れることで、より一層らぁめんが際立つのです」

響「自分の作る料理はラーメンの踏み台か?」ギロリ

P「しかもこの前、『らぁめんのとりぷるへっだぁとやらを完遂いたしました(恍惚)』って嬉々として報告してこなかったか?」

貴音「……」知らんぷり

響「……」

響「うがー!」プンプン

響「自分がニンニク嫌いなの知ってるだろ! 別に他人の好きな物は否定しないけど、配慮はして欲しいぞ」

貴音「なんと。それは初耳です」アゼン

貴音「――確かに、らぁめんを食べた後に家に帰ると、やけに嫌な顔をするなとは感じていたのですが」

響「さらっと自分ちを我が家扱いするな」

P「何でニンニク嫌いなんだ?」

響「だって臭いじゃん」

P「食べた後は確かに殺傷能力高まるけど、食う前はいい匂いだろ?」

響「そうだけど……嫌なものは嫌なの!」

響「ただでさえネットでは自分の事臭い臭い言われてるのに……ん?」

貴音「……」スッ

響「な、なに? そんなに近づいて怖いんだけど」ピクッ

貴音「」ガッ

響「んっ」バタバタ

貴音「ほぁぁぁぁぁ」モワァァァァ

響「あばばばばば」白目

響「」バタン

P「……何してんだ、貴音」

貴音「……本当に殺傷能力があるかどうか試したくて……」

P「あぁ……」

――昼、某所ラーメンイベント――

響「目が覚めたら地獄に居た」呆然

P「違うな。ここはニンニクの楽園だぞ?」

響「……」ムスッ


司会「――本日のゲストはなんと、話題筆頭! 知らない人はいないベストセラー『らぁめん道』の著者、四条貴音さんにお越しいただいております!」

ワーワー、ヒューヒュー、ザワザワ

響「自分その本知らないんだけど」

P「冬なのに真夏のような暑さだなここは」ヤレヤレ パタパタ

響「無視すんな」

貴音「ごきげんよう。四条貴音と申します。本日は皆さまとらぁめんの喜びを共有するべく参りました」ヨロシク

司会「はい、貴音さんありがとうございます。説明は不要かと存じますが、彼女は称号『ニンニク女王』のディフェンディングチャンピオン」

響「攻める奴がいないのに防衛もくそもねーだろ」

司会「彼女の前に敵はおらず、『永世ニンニク女王』が目前に迫っていることで有名です」

響「物理的に敵がいないだけだと思う」

P「おい。野次を飛ばすな、野次を。飛ばすのは汁だけにしとけ」

響「」ペッペッ

P「うわっやめっ」

貴音「司会殿、私の経歴など不要です。らぁめんの前では皆等しい存在。らぁめんは、経歴、性別、人種、思想をはじめとする全てのことを些末にしてしまう。なればこそ、らぁめんを通じて私たちは溶け合い、理解し合える。そう、ド乳化した濃厚スープのように。そして、湧き立つ湯気とにんにくの香りのように、高次元の存在へと昇り詰めるのです」

聴衆「」ウルウル、ジーン

響「何言ってんだアイツ」

P「……!」ハッ

P「その理論でいくと、ラーメンは間接乱交パーティだった……!?」ウォォ

響「神よ、このイかれた子羊を救い給へ」アーメン

司会「貴音様……!」ポロポロ

司会「すびばぜん……っ、感動で涙が止まらくて!」ズズズ

貴音「良いのです」スッ

司会「えっ?」

貴音「涙は流すべきなのです。何故なら、涙は塩辛い」

司会「……?」

貴音「塩分を身体から出せば、次のらぁめんが一層身に染みる」

貴音「そうそれは、塩分の先行投資」

響「??????」

貴音「すてぃーぶ・じょぶすもこう言っています。塩分と株価は、高ければ高いほど良いと。らぁめんは経済なのです」

響「微塵も言ってねぇ」

貴音「豚はトロトロが良い。しかし、損切はトロくてはいけません」

貴音「(肉)汁よく剛を制す。仕事その他もろもろのストレス源により受ける暴力も、トロトロの豚が私たちを救ってくれます」

貴音「らぁめんは私たちの聖書なのです」

響「……」スマホポチポチ

P「つっこみサボるなよ~」

――数時間後、控え室――

響「zzZ」

貴音「うっぷ……」

貴音「流石に食べ過ぎました……」パンパン

響「……うがっ」

響「あっ、お帰り」

貴音「あれ……響が2人います――」

貴音「」バタン

響「貴音!?」ダッ

響「しっかりしろ貴音!!」

司会「それではこの後はメインイベント、我らが神、四条貴音様による耐久次郎レースのほうへと参りたいと思います」

「「「ワアアアアアアァァァァァァ」」」

響「……自分、控室に戻っとくぞ」

P「おう」

>>12

順番逆になった。13が先。


――数時間後、控え室――

響「zzZ」

貴音「うっぷ……」

貴音「流石に食べ過ぎました……」パンパン

響「……うがっ」

響「あっ、お帰り」

貴音「あれ……響が2人います――」

貴音「」バタン

響「貴音!?」ダッ

響「しっかりしろ貴音!!」

貴音(朦朧とする視界は、らぁめんの湯気に包まれているような錯覚を与えてくれました)

貴音「あぁ……もうダメです……」

貴音「棺には、にんにくをお供えしてくださいね……」

響「ステーキ感覚で火葬すんな」

ピーポーピーポーピーポー

――夕方、病院――

響「……」

P「……大丈夫かな」


医師「」ガチャ

響「先生!」ダッ

響「貴音は……貴音は大丈夫なんですか!?」

医師「ははは。安心してください。今は寝ていますが、彼女は至って健康ですよ」

響「いえ、絶対頭の病気なんでもっかい検査してください」

医師「ええぇ……」

医師「健康なんですが、食生活には気をつけてもらわねばなりません」

医師「昏睡の原因は異常な高血圧と高血糖です」

P(なんでさっきは『至って健康』なんて言ったんだコイツ)

医師「食生活を変えるためには、周りの方の協力があった方が良いでしょう。聞けば、四条さんは我那覇さんの家で食事のお世話になっているとか。大変ですが頼みますね?」

響「はい、断食させます」真顔

医師「……死なない程度にね」

医師「直に目覚めるでしょう。明日には退院できますよ」ハハッ

響「ずっと病院食を喰わせたいなぁ……」

――深夜、病室――

響「……っ」カクンッ

貴音「んっ……」モゾモゾ

響「んがっ」ハッ

響「……貴音! 目が覚めたのか?」バッ

貴音「ここは……? 私、倒れたのですね。夢かと思っていました」フゥ

響「どうせラーメン食べる夢でも見てたんだろ」ヤレヤレ

貴音「いえ。らぁめんを禁止される夢です。おかしいですよね。そんなことあるワケないのに」

響「あるぞ?」

貴音「えっ?」キョトン

響「だから、今後はラーメンを食べちゃ駄目ってお医者さんも言ってたぞ」

貴音「うふふ、まったく。響は詰まらない冗談しか言わないのですから。まるでふやけためn」

響「貴音、ラーメン、一切禁止」オワカリ?

貴音「高菜らぁめん野菜増し?」

響「……」ピキピキ

P「貴音っ! 目を覚ましたのか!?」バァン

響「しーっ。病院ではお静かに、だぞ」

P「おっと、すまない」ペコ

P「貴音――」チラッ

貴音「……」チーン

P「――寝てるじゃないか」

響「そのまま目覚めないで欲しい」

――数日後、765プロ事務所――

春香「あ、貴音さん! おかえりなさい。身体の方はもう大丈夫なんですか?」

貴音「ええ、まこと健康体です。この度はどうもお騒がせしました」

響「健康体じゃないからね。今日から自分が食生活の管理するから」

春香「仲いいなぁ」

貴音「らぁめんは一日何回まで食べて良いのですか?」

響「ゼ・ロ」

貴音「またまた御冗談を」ハハハ

貴音「……えっ?」

――貴音がらぁめんを禁止されてから、1日後――

貴音「……お腹がすきました」

響「野菜を喰え。精進料理だけ喰え」

貴音「そんな殺生な。第一私は仏教徒ではありません」

響「? 何か信仰してたっけ?」

貴音「らぁめん教です」フンス

響「」ピキピキ

――2日後――

貴音「お、お腹がすきました」

響「さっき食べたばっかじゃん」

貴音「野菜炒め定食ですよ!?」

響「……うん。充分だぞ」

貴音「草なんぞおやつにもなりません」

響「そりゃご飯だからね」

――3日後――

貴音「らぁめん……」

響「……」

――4日後――

貴音「もう我慢の限界です……」

響「頑張れ~」

――5日後――

貴音「ア、アァ……」ゲッソリ

P「響、貴音のやつ流石に何か食わせてやれよ。日に日にやつれてるじゃないか。断食は酷だぞ?」

響「三食きっちり草食わせてるぞ」

P「貴音ェ……」

――6日後――

貴音「ふぅ」ツヤツヤ

響「――あっ、テメッ、ラーメン食ったな?」

貴音「果て? 麺妖な事を仰いますね」

響「見りゃ分かんだよ!!」オラッ

貴音「ひぃぃっ」

――11日後――

貴音「ア、アァ……」ゲッソリ

P「この光景どっかで見たな。デジャヴか?」

響「自分はほぼ毎日見てる」

貴音「響、らぁめんを作る許可を……」

響「あ? 駄目に決まってるぞ」ギロッ

貴音「ち、違います。食すためではありません。らぁめんに命を捧げ、共に生きると誓った身。食さずともらぁめんと共に在りたいのです」

響「……誰が食べるんだ?」

貴音「ゆくゆくはお店を開きたいと考えています。まずは響にお客になって欲しいのです」

響「アイドルが本業だからね? 覚えてる?」

――12日後――

貴音「ふぅ」ツヤツヤ

P「――あっ、貴音、ラーメン食ったな?」

貴音「いえ。私は食べてはおりません」

響「食べたのは自分だぞ」モワァ

P「……響から香ばしい匂いがする」クンクン

貴音「私はらぁめんをただただ拝みたい。それだけで良いのだと気づいてしまいました」

響「自分は改めてニンニクが嫌いだと思い知ったよ」モワァ

――響がラーメンを食わされてから、1日後――

響「お腹空いたな……」

貴音「らぁめんを頂きましょう。らぁめんは完全食なのです」

響「自分、絶対らぁめん教は信仰しないから。絶対にだぞ」

貴音「その減らず口がどこまで続くか見ものですね」アーハッハッハ

響「」ピキピキ


――2日後――

響「お、お腹いっぱいだぞ……」

貴音「まだ今日は1回しか食べてませんよ?」

響「何回食わせる気だ!?」

貴音「何度でも……です!」

響「炭水化物以外が欲しい……」

貴音「ほう、気づきましたか。モヤシの有用性に」

響「……」


――3日後――

響「もうらぁめんヤダ……」

貴音「……」


――4日後――

響「もう我慢の限界……」

貴音「ふぁいとです、響」


――5日後――

響「う、うぅ……」テカテカ

P「貴音、響に流石に野菜を食わせてやれよ。日に日に脂ぎって来てるじゃないか。偏食は毒だぞ?」

貴音「三食きっちりモヤシを食べております故」

P「……響ぃ……死ぬなよ」


――6日後――

響「ふぅ」ツヤツヤ

貴音「――あっ、響ッ! 作り置きのラーメンをいぬ美に食べさせましたね!?」

響「さぁ? 誰かが美味しく食べれば、粗末にはしてないから大丈夫だぞ!」

貴音「響に食べて欲しいのです!!」オラッ

響「ひぃぃっ」

――11日後――

響「う、うぅ……」テカテカ

P「この光景どっかで見たな。デジャヴか?」

貴音「最近は毎日こうですから」

響「貴音ぇ……ラーメン作るのやめて……」

貴音「駄目に決まっています」ギロッ

響「ち、違うんだぞ! ニンニクが! ニンニクが無理なんだ! 最近、『アイドルのくせに臭い』ってネットで悪口が止まらないんだぞ!」

貴音「元からです」

響「うがー! 無理無理無理無理」ダダダダッ

貴音「あっ、コラ! 響! 待つのです!」

――12日後――

響「ふぅ」ギラギラ

P「――あっ、響。何か今日は元気だな? ラーメンからは解放されたのか?」

貴音「いえ。らぁめん刑は継続中です」キリッ

P「自分で刑言うとるやん」

響「にんにくこそ世界」モワァ

P「響からヤバい匂いがする」ウワァ

響「自分は臭いのが大好きだ。匂いが無いのは個性が無いのと同じだからな」ウンウン

貴音「私は今宵ようやく真の意味で響と通じ合うことが出来ました」ウルウル

P「大丈夫かなぁウチの事務所」

――臭。即ち惹かれ合うこと。


古来、”臭い”と"魅力"とは切っても切り離すことのできない関係にあったんだぞ。
一般的に言われてるのは、遺伝子的に遠くて相性の合う人の臭いは不快に感じないという事。つまり、臭いによって性質を把握し、その違いから自分に必要な物を取捨選択していたんだ。
でも、現代ではその関係性が薄れつつある。臭い物に蓋をする世の中になってしまったからだぞ。現代は水と富に溢れ、毎日お風呂に入ることが当たり前になった。

”清潔”になるとどうなるか。清潔に慣れた人々は、臭いの強い物を忌み嫌いようになったんだぞ。つまり香水に代表されるような、所謂良い香り――偽りの香りだけを身に纏い、自分に嘘をついて生きているんだ。
でもそれで本当にいいのか。臭いはありのままの自分を映し出す鏡だ。偽りの自分を好きになってもらうことが本当に正しい事なのか。自分はそうは思わない。

これは食べ物にも当てはまる事だぞ。ポピュラーな物で例を挙げるとすればチーズや納豆。マイナーな物だとくさややドリアン、臭豆腐とかもあるぞ。臭いの個性が強いせいで好む人が分かれる食材たち。でも、ひとたびその臭いの相性が合えば、これ以上ない快感へと変貌する。
臭いだけじゃなくて味の個性が強いものでも例えるならば、牡蠣あたりだろうか。好きな人は凄く好きだし、嫌いな人は絶対食べたくないぐらいのレベルの食べ物だろう。

また、中でもにんにくは神に等しい存在なんだ。強烈な臭いは料理の香りをにんにく一色にマスクしてしまう。だがその料理は非常に食欲をそそるだけでなく、味を高め合うんだ。面白いよね? 極限まで高められた臭いの個性は他者を潰すのでなく、むしろ際立たせる。その神々しいコラボレーションを体感するためなら次の日の悪臭なんて些細な問題さ。自分レベルになると次の日のにんにく臭さえ愛しいよ。

これで”臭い”がどういう物か皆にも分かってもらえたと思うぞ。
無臭が正義とされる時代は既に過去となりつつある。海外では1週間着たTシャツを嗅ぎ合う合コンも存在しているくらいだからね。
臭いとは自分たちの人生をより良い物にするエッセンスなんだ。


――にんにく。即ち生きる快楽を追究すること。

記 我那覇響

春香「何このエッセイ。これ書いたの響ですよね?」

P「意外と好評なんだよな。反響も大きいみたいだぞ」

春香「最近なんか様子が変だと思ったら……一体全体なにがあったんですか?」

P「……知らない方が身のためだぞ」

春香「?」

おわり

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