翼の生えた少女「私を天使と呼ばないで」 (206)
SS11作目です。オリジナルとなります。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1597857715
ーーーパチンコ屋ーーー
ジャラジャラジャラ
男「……」
ジャラジャラジャラ
男「……」
ジャラジャラ...
男「くそっ、ゴミ台だなここも」
ゴソゴソ
男「ん?」
男「…チッ。金がねー」
男「」ガン
男「二度と打つか、こんな台」
ーーーーーーー
男「……」テクテク
男「酒買う金くらいは残しときゃよかったなぁ」
男(次給料入んのは明後日。残りの手持ちは212円。…今日明日はカップ麺だなこりゃ)
男(…今月もまた鬼電かかってくんだろーなー、気が滅入る。返せ返せって言われようが無いもんは返せねーっつーんだ)
男(今更ちまちま貯めたとこでどうにかなる金額じゃないことくらい奴さんたちも分かってんだろうがよ)
男「はーぁ」テクテク
強面「おら!居留守使ってんじゃねぇぞ!」
刺青男「てめぇ約束反故にしてのうのうと暮らせると思ってんじゃねぇだろうなあ!?」
男「!」
男(な、なんだ。俺ん家の前になんか居る)
ドンドンドン!
強面「出て来いよ男さんよぉ。このドア開けてやってもいいんだぜ?」
刺青男「先に法を破ったのはあんただからな、こっちも出るとこ出たって文句ねぇよな」
男(マジかよ……あいつら借金取りか!?聞いてねーぞ…!これまで電話か紙面の督促だけだったのに!)
男(やべー、あんなのに見つかったらどうなるか分かったんもんじゃない。今日は最悪野宿でも)
大男「兄ちゃんが男か?」
男「っ!」
男「い…いえ、違います。騒がしいんで何かあったのかなと見てただけで…」
大男「ほぉ。ならこいつはお前の双子か?」
(男の顔写真)
男(げっ)
強面「よぉ、やーっと会えたな」
刺青男「……」ヌッ
男(…最悪だ…)
強面「男さん、金、受け取りに来たよ」
男「……」
強面「先月中にまず50万をって言ってたよな?早く出しな」
男「……ない、です」
強面「あ?」
グイッ
男「ぐっ…」
強面「お前舐めてんの?期限は守らねぇわ人様から借りた金を返さねぇわ、おめぇは王様か?えぇ?」
強面「借りたものは返すってガキん頃教わったよなあ!?」
男「す、すみません…!でも本当に払えないんです…!」
強面「払えねぇ払えねぇっておめぇが返すって約束したから貸したんだろうが!調子のいいことばっか言ってんじゃねぇぞこら!!」
強面「分かる?お前のやってること泥棒だから」
男「申し訳ありません……生活にいっぱいいっぱいで…!本当この通りです!絶対、今月は払いますから!」
男(なんて日だちくしょう…!とりあえず今はこの場を乗り切らねーと…)
刺青男「あんた、今いくら持ってんの」
男「えっと…これだけで…」スッ
強面「……はぁ。次こそは払いますってさあ、聞き飽きたんだよね。壊れたラジオじゃないんだからさあ、もう言わなくていいよ」
強面「腎臓か漁船かどっちか選べ」
男「え?」
強面「おめぇの借りた金とその利子、しめて900万。どうせ返せねぇんだろ?俺達も親切で貸してやってるんじゃねぇのよ、許容期間は過ぎたってわけ」
強面「知ってるか?腎臓は1個1000万程度で取り引きされることもあるんだと。片方無くても死にゃあしねぇし、最高の臓器だな?」
強面「おい」
大男「あぁ」ガシッ
男「っ…!」ヨロ
強面「腎臓なら医者、漁船なら業者んとこ送ってってやるから、車乗るまでに決めとけ」ザッザッ
男「ちょっ、待って…待ってください!払います!本当に今月払います死んでも用意しますっ…!!」
強面「安いんだよ言葉がよ。その気もねぇのに誤魔化そうとしてんじゃねぇよクズ野朗」
男「本当です!もう絶対延滞しません…!」
男(嘘だろこのまま本当に連れてかれんの…!?漁船!?腎臓!?こ、殺される…?)
男(嫌だ嫌だ嫌だ!)
身なりのいい男「まぁまぁ待ちなさい、君たち」
大男「む」
強面「!」
刺青男「邪魔だおっさん、あんたには」
強面「やめろ、この人は…」
身なりのいい男「少しいいかな。彼に用があるんだ」
男(…?)
身なりのいい男「……」ジッ
身なりのいい男「君が男君だね?話は聞いているよ。借金の返済に困っているのだろう?」
身なりのいい男「身から出た錆とはいえ、可哀想な話だと思ってね。君にうってつけの仕事を紹介しに来た」ニコッ
男「仕事、ですか…?」
身なりのいい男「そう。1ヶ月の間だけ家に帰れなくなるが、痛いことや苦しいことはしない。ただ、簡単なテストに協力してもらいたいのだよ」
身なりのいい男「期間が終わればここに戻ってこられることは保証しよう。無論、君の借金も完済だ」
男「そ、それは命の危険と隣り合わせだからとかでしょうか…?」
身なりのいい男「ははは。言ったろう、簡単なテストだよ」
身なりのいい男「どうかな?」
男「どんなことを――」
身なりのいい男「君ははいかいいえとだけ言えばいい」
男「……」
男(滅茶苦茶怪しい)
男(いきなり現れてこんなうまい話持ってくる人間なんか信用する方がどうかしてる。借金取りの奴らが大人しくなったのも薄気味悪い…)
男(けど、どうせ断っても地獄なら……)
男「…やります」
身なりのいい男「その返事が聞けて嬉しいよ」
身なりのいい男「そういうことだ、彼は貰っていく。上に話はつけてあるから君たちはそのまま戻ってくれ」
強面「はい」
ーーー数時間後ーーー
身なりのいい男「……」ザッザッ
男「ゼェ…ゼェ…」ザッ..ザッ..
身なりのいい男「大丈夫かね、男君」
男「は、い…」ハァ、ハァ
男(歩けど歩けど山ん中)
男(車に乗せられて2時間、船に乗っけられて何時間……やっと着いたと思ったら登山…?どこに向かってるんだ…)
身なりのいい男「そろそろ悠長にしていられる時間も少ない」
男「すみま、せん…」ハァ、ハァ
身なりのいい男「構わんよ。もう着いたからね」
男「…!」
『国立医療生体研究所』
男(医療…)
身なりのいい男「行こう。この中だよ」ザッザッ
男「……」ザッ、ザッ
警備員「お疲れ様です!」
身なりのいい男「ご苦労」
カツ、カツ
秘書「所長、おかえりなさい」ペコ
秘書「そちらの方が?」
身なりのいい男(以降、所長)「そうだ。アレの元へ行く、君もついてきてくれ」
秘書「かしこまりました」
所長「そうそう、後で誓約書を書いてもらうのだが先に言っておくよ」
所長「男君、ここで見たこと聞いたことは絶対に他言無用だ。君から情報がリークしたと判明すれば我々は直ちに君を抹消する。いいね?」
男「は、はい…」
ーーーエレベーター内ーーー
男「……」
所長「……」
秘書「……」
男(おっかねー。一つ質問飛ばしただけでもひっ叩かれそうな雰囲気だ)
男(このキツそうな女に)
秘書「何か?」
男「いえ…」
男(階数表示がないから分かんねーけど、なんか地下に向かってるみたいなんだよな。医療施設とかいう割にはやたら警備員だのセキュリティだのが多いように見えっけど、これが普通なのかね…このエレベーターもカードキーみたいなので開けてたし…)
男(というか、どこまで降りるんだこれ。長くないか?)
男(…もしかしなくても俺、やばいところに来ちまってるよな…。痛いこと苦しいことはないって言ってたけど、やっぱり俺はここで殺されて、その死体で人体実験を…!?)
所長「何をしている?早く来なさい」
男「!」
秘書「先にお降りください」
(薄暗い廊下)
男「……」
ーーー重厚な扉の前ーーー
所長「退屈な道中ですまなかったね。この扉の向こうに君に会わせたいものがある」
男「会わせたい"もの"…?」
所長「テストは明日からだが、対象は知っておいた方がいいだろう?」スッ
ピッ カチッ
男(対象ってなんだよ。頭の狂った殺人鬼か…?得体の知れない化け物か!?)
男(…こ、来なきゃよかった…)ガクガク
...ギギギ
男(っ……)
男「……?」
所長「入りたまえ」
男「……」ソー...
男(眩しい部屋だ)
男「………ん………?」
その時見たのは
分厚く透明な壁で仕切られたその向こう
翼の生えた少女「……」
何一つ身に纏っていない、有翼の何かだった。
例えるならそれは
男(……天使?)
男(座って背中向けてるから顔は見えないけど、これ、女の子……だよな。あ、いや人形か…?)
所長「美しいだろう」
男「え、そ…そうですね」
所長「君にはこれから1ヶ月、アレと対話をしてもらう」
男「これ生きてるんですか!?」
所長「当然だ」
少女「……」
男(全く動かない。あの翼も)
男(片方だけで俺の背丈なんか軽く超えてる…)
所長「この部屋の手前までは秘書君と共に来てもらうことになるが、ここに入るのは男君だけだ」
所長「詳細は執務室で話そう。君の借金に関わる手続きもある」
ーーーーーーー
案内係「どうぞ、ここが貴方に割り当てられた部屋です」
男「どうもっす…」
案内係「所長からも言い付けられていると思いますが、指示がある時以外は決してこの部屋から出てはいけません。ご用の場合はそちらの電話をお使いください」
案内係「それでは」
ガチャン
男「………ふぅ」
男「案外広いな」
男「ベッド、トイレ、風呂、化粧台まである。窓が無いことを除けばビジホみてーなもんか」
男「……」
男(今日一日でこんなことになっちまうなんて考えてもなかった)
ーーーーー
所長「最後に、色々と訊きたいことはあるだろうが、好奇心は殺すことだ。契約上君はこの1ヶ月、我々の所有物となる。勝手な行動は厳罰だ」
ーーーーー
男(……ひと月、30日。それが過ぎればまた家に帰れんだよな…?しかも借金消えた上で)
男(あの人の人形に徹しよう。藪蛇なんか冗談じゃねー)
男「…寝るか」
ーーー執務室ーーー
秘書「所長、彼ですが寝台に入り目を閉じているそうです。恐らく睡眠かと」
所長「そうか」
所長「ふむ…」ペラ
所長「29歳。172センチ65キロ。フリーター。現在900万の借金を背負う。理由は生活苦のためと書いているが、重度のギャンブル中毒」
所長「ふっ、典型的なクズだな」
秘書「…あのような人間に任せてしまってよろしいのですか?」
所長「あれだからいいのだよ。クズの方が扱いやすい」
所長「もとよりこの実験はアレを知らない人間にやらせなければ意味はない。先入観というノイズが混じるからな」
所長「故にあの男の監視は重要だ。それを秘書君、君に任せている。この意味が分かるな?」
秘書「!」
所長「君が優秀だからだ。頼んだぞ」
秘書「はいっ」
ーーー1日目ーーー
男「……」
少女「……」
男(相変わらずピクリとも動かないな。昨日と同じ姿勢に見える)
所長『男君聞こえるかね』
男「はい」
所長『テストは基本的に、渡した用紙の通りに発話してくれればいい。何かあれば私から指示する。では始めてくれ』
男「…はい」
プツッ
男「……」
[用紙]
━━━━━━━━━━━━━━━
1. 自己紹介
自分の名前を言う。
自分の性格を言う。
自分の長所を言う。
自分の短所を言う。
好きな食べ物を言う。
嫌いな食べ物を言う。
好きな飲み物を言う。
嫌いな飲み物を言う。
好きな色を言う。
嫌いな色を言う。
……………
━━━━━━━━━━━━━━━
男(なんだこれ。幼児向けの教材か何かかよ)
男(まぁいいや)
男「…えー、俺は、男だ」
少女「……」
男「……」
男(こんなんでいいのか?)
男(俺とこの子の間を隔ててるのは厚い特殊強化アクリル壁らしい。中心部に細かい穴がいくつか空いているからこちらの声は届くとのことだが……こんな頑丈に閉じ込める必要がある生き物……まるで動物園のライオンだ)
男「俺の性格は――」
ーーーモニタールームーーー
男『俺の性格は、はっきり言って怠け者だな。昔と違って何すんのも面倒になってきてなぁ…』
所長「機器に異常は無いな?」
監視員「問題ありません。映像、音声ともに良好です」
所長「アレに変化は?」
少女『……』
監視員「ないですね」
所長「想定内だな」
男『短所はさっき言っちまったけど、怠け癖が――』
.........
ーーーーーーー
男("もし自分がなれるとしたら何になりたいか")
男(なりたいものなー)
男「大金持ちだな。一度でいいから富豪の気分ってのを味わってみたいわ」
男(遊び放題贅沢し放題だろ。実際にそんな奴らが居るって想像するだけで腹立ってくるな)
少女「……」
所長『今日はそこまでだ。部屋を出て秘書君と共に上がってきなさい』
男「分かりました」スクッ
トットッ
男「すいません、開けてくれますか!」
...ガチャ ギギギ
男(いかつい出入り口だよな…見てるだけで気味が悪い)
秘書「早く出てください」
男「!あぁ」ソソクサ
ガチャン!
少女「………」
ーーー2日目ーーー
男(今日は…"相手に質問せよ")
男「………」
男(100の質問。昨日とは逆ってことか)
男「名前なんて言うんだ?」
少女「……」
男「きみの性格は?」
少女「……」
男「自分の長所……自分の良いと思うとこはあんのか?」
少女「……」
男(昨日と同じだ。これっぽっちも反応しない。見えんのはでけー翼と小さい背中だけ)
男(…どんな顔してんだろうな)
ーーー3日目ーーー
男「人を好きになるってのは俺から言わせてもらうとただの独占欲なんじゃねーかと思ってる」
男「自分のものになって欲しい、なんて直球だ。所有したいんだろ。だから他人に手出されて怒るんだよ」
男(って、何語ってんだろうな俺。"他人を好きになることについて"とかよー…そんなん知らねーって。適当こいてべらべら喋ってりゃいいよな)
少女「……」
男(どうせひと月後にはおさらばだ)
ーーー7日目ーーー
男「明日世界が滅ぶとしたら、今日何をしておきたいかだとさ」
少女「……」
男「決まってるぜこんなの。何の気兼ねもなくパチ……したいことすりゃいいんだわ」
男「ぶっちゃけ全員、他人なんかどうだってよくなるだろうし、犯罪とかやりたい放題、ひっどい有様になんじゃねーのかね」
男「俺はちょっと見てみたい気もするけど」
男「きみはどうだ?」
少女「……」
男「……」
男「はぁ…」
男(今日もいつもの独り言祭りか)
男(別にいいんだけどよ。これ続けてればちゃんと帰れるってんなら)
男(…あと3週間だろ?テスト時間以外はずっと自室に居ろっつー命令だし、ここでは延々と自分語りしてるだけだし……さすがに飽きてくる)
男「なぁこの際贅沢は言わねーからさ、あーでもうーでも返してくれよー」
少女「……」
男「きみも暇だろ?ちょっとくらい付き合ってくれてもいいんじゃん」
男「天使ちゃんよー」
少女「……………」
男(にしても俺って意外と喋れる人間なんだな。あんま次の言葉にも詰まんねーし戻ったらピン芸人目指すのもありかもな、はは)
男「で、話戻すけど世界滅亡っつって…も……」
少女「……」ジッ...
男(こっち、向いてる…!)
少女「……」
男(思ったより幼い……いや凛々しい?)
男(けど、目が――冷たい)
男「……ぁ」
男「きみは……天使なのか…?」
少女「………」
少女「私を天使と呼ばないで」
男「え……あ」
少女「……」
男「ならなんて…?」
少女「……」
男(また向こうに顔を向けてしまった)
男(天使と呼ぶな、ってなんでダメなんだ?)
所長『男君そのまま続行してくれ』
男「あ、はい」
ーーー8日目ーーー
男「そうして、その屋敷の令嬢は人の暖かみを感じながら静かに息を引き取りました」
男「…これが俺の知ってる"悲しい物語"かね。最後は幸せそうに終わるから悲しさ100%かと言われると微妙かもな」
男「さっきの"楽しい物語"とどっちが良かったよ?話読み聞かせるとか初めてだけど、まあまあ上手く話せてたと思うんだよな。個人的には最初に話したやつが一番の傑作だ」
少女「……」
ーーーモニタールームーーー
少女『……』
所長「変化は無し」
所長(昨日の一件、あるいはと思っていたが元の木阿弥か)
所長(しかし成果と考えてよいだろう)
男『――、―――?』
所長「ものは使いようだ」
ーーーーーーー
男「最後の話だって何もかも嫌いだった令嬢が親身な世話係に出会って変わっていくってやつだったけど、実際世の中にそんな不幸の塊みたいな人が居るのかよって突っ込みたくなんだよ。こういう極端な境遇なんてのも作り話だから――」
男(全っ然反応してくれん)
男(これじゃあ必死こいてマシンガントークしてる俺が馬鹿みてーだ。こんなのに真剣になる必要なんざねーのに……暇っつーのは恐ろしいな)
男(ダメ元でもう一回、天使って呼んでやるか?)
男「大体世界滅亡を願ってる女の子がそうそう居るかっつの。ははっ」
男(次はなんて言われんのか少し怖いかもな)
少女「楽しい?」
男「!!」
少女「……」
男「……さっきまで全然楽しくなかったけど」
男「きみが話し相手になってくれんなら、楽しい」
少女「……」
男「……」
...バサ(男の方を向く少女)
少女「いいよ。相手してあげる」
男「ま、マジで」
少女「……」
男(なんとなく表情がおっかないんだが……やっぱ昨日の怒ってんのか…)
男「…じゃあ次の話は」
少女「それやめて」
男「え?」
少女「それ」
男「……これか?」
(手に持った台本用紙)
少女「そう」
男「あー、でもこいつは…」
所長『構わない。ソレの言うことは極力聞いてやるようにしてくれ。そこに書いてないことだろうが対話を続けるのが最優先事項だ』
男「了解です」
男「オーケー、なら」
クシャ
男「これでいいか?」
少女「……」
男「いや、はは、きみには話したいことというか訊きたいことがめっちゃあったんだ。何から訊こうかなぁ」
少女「さっきの話」
男「?」
少女「世界の滅亡を願ってる生き物ならここに居る」
男「…きみがそうだって?」
少女「……」
男「……」
男「気持ちは分かる」
少女「っ!」
男「俺も、借金で首回んなくなってる時はしょっちゅう滅びろ滅びろって祈ったもんだよ」ハハッ
少女「……一緒にしないで」
男「ならなんで滅びて欲しいんだ?」
少女「あなた達が一番よく分かってるでしょう」
男「お、俺が?」
男(こんな場所に閉じ込めてるから?無遠慮に話しかけまくったから?翼が付いてることと関係が…?)
男(ダメだダメだ、俺は知らなくていいことだ)
男「…あ、そうか。服を着せてもらえないから?きみも女の子だもんな、ひん剥かれたままじゃ恨みたくもなるよな」
少女「………」
所長『男君、今日はそこまでだ』
男「え…はい」
男(やば、最後のはちょっとした冗談のつもりだったんだけど、通じてなかったよな)
男(また無視されたりして…)
ーーー9日目ーーー
男「……」
少女「……」
男「あー、コホン」
男「安心してくれ。俺は子供に興味はねーから、きみをそういう目で見ることはない」
少女「…?」
男(ん?思ってた反応と違う)
少女「何を言ってるの?」
男「な、なんでもない」
男「そうだな、じゃあゲームでもするか!」
少女「……」
男「……」
少女「なに」
男「え、えー…しりとり、とか」
少女「しりとり…?」
男「もしかしてしりとり知らない?」
少女「どんな汚れた行為なのかしら」
男「汚れた?ただの言葉遊びゲームだぞ」
男「お互いに言葉を一個ずつ言い合ってくんだ。ただし、相手が言った言葉の最後の文字から始まるものしか言えない。一度使った言葉は使えないのと、"ん"で終わったり、言える言葉が無くなったりしたら負けになる」
少女「…面白いの?」
男「やってみっか。俺からな、しりとり」
男「次にきみが"り"から始まる言葉を言う」
少女「陸」
男「そうそう。じゃあ、靴」
少女「吊り橋」
男「視界」
少女「椅子」
男「スイカ」
少女「かばん」
男「はい負け」
少女「は?」
男「"ん"で終わったろ?」
少女「………」
少女「…しりとり」
男(お)
男「リス」
少女「推理」
男「理科」
少女「管理」
男("り"、か)
男「…リップ」
少女「ぷ……プール」
男「ループ」
少女「……」ジー
男("り"なんかよりよっぽど思い付きづらいだろー)
少女「プリ――!」ハッ
男「どした?」ニヤニヤ
少女「…プロ」
男「ロープ」
少女「っ…」
少女「…もっと、他のゲームは無いの」
男「お気に召しませんでした?"プ"リンセス?」
少女「」ジロッ
男(おーこわ)
男「ちょいと趣向を変えてみるか。記憶力の勝負ならそっちに分があるかもしれないしな。記憶しりとりって言って――」
ーーー10日目ーーー
男「昨日のしりとりで思ったんだよ。きみ、そもそも知ってる言葉の数自体がかなり少ないよな。そりゃあ俺に勝てないわ」
少女「…最後は勝った」
男「俺だけハンデ付きのやつな」
男「だから、また違うゲームだ。回文は分かるか?」
少女「いえ」
男「前から読んでも後ろから読んでも同じ読みになる文のこと。回る文って書くんだけどな。竹藪焼けた、とかな」
少女「たけやぶやけた…」
男「今日は出来るだけ長い回文を作ってみようと思う。作り方は俺流だから、きみにも手伝ってもらいながらな」
ーーー14日目 執務室ーーー
所長「……」ペラ..ペラ..
所長「彼に目を付けられたのは運が良かった」
所長「見たまえ秘書君、アレの発した言葉の数だ。我々では到底なし得ぬ成果だろう」
秘書「めざましいですね。会話というよりは幼子に言語教育を施している様相ですが」
所長「それだけでも試行した価値はある」
秘書「…しかし所長」
所長「うむ、皆まで言わずとも分かっている」
所長「以降も同じ調子で進められては意味が無い。この実験に求めているのは安定ではないからな」
所長「そうだな……明日、実験後彼をここまで連れてきてくれ」
所長「少し、アレに対する印象を変えてもらおう」
ーーー15日目ーーー
男「んー…」
少女「どうしたの?今日は何もしない?」
男「そうじゃないんだけどさ、俺の知ってる言葉遊びゲームって大体出し尽くしちゃったんだよ」
男「アレンジでもしてみるか……それか紙とペン使えんならもっと幅広く出来るかも」
少女「……」
少女「しりとり」
男「ん?」
少女「しりとり」
男「りんご?」
少女「ゴミ」
男「三日月」
少女「切手」
男「天使」
少女「……」
男「……あ、今のはわざとじゃ…」
少女「…あなた、これが何か知らないのね」
バサ...
少女「なぜ訊かないの?」
男「なぜって…」
少女「気にならないの?」
男「………」
男「ならない。きみと話が出来るだけで十分だ」
少女「…!」
男(本当はめちゃくちゃ気になる。でも詮索なんかしたら生きて帰れなくなるだろうからな…)
男「むしろ小さい頃、そういう翼があったらかっこいいのにとか考えてたりしたよ」
少女「……そう」
男「次なんだっけ?"し"でそっちの番か」
少女「……」
男「もしもーし?」
少女「………」
男「?」
ゴツン
男「!?」ギョッ
男(ビクッた…!今の、羽をぶつけられた…?)
少女「…フフ」
男「!」
少女「幸せ」
男「え」
少女「"せ"。次、あなたの番」
男「あ、おう」
.........
ーーー廊下ーーー
秘書「……」カツカツ
男「……」トットッ
男(あの子が笑ったのって、何気に今日が初めてだな)
男(あの後結局しりとり系のゲームしかしなかったけど、そういや初日よか表情豊かになったよな。…初日はこっち向いてすらくれなかったっけか)
男「……」
男(にしてもあれ……羽で壁を小突いただけみてーだが、どう考えても柔らかいものが立てる音じゃなかった)
男(もっと重い、鉄とか…)
男「あの翼ってなんなんですかね」
秘書「……」
男「…!すいません何でもないです!今のは独り言だとでも思ってください!」
秘書「…所長が貴方をお呼びです。執務室まで同行致します」
ーーー執務室ーーー
男(やべー…さっきのうっかりのせいだよな、多分…)
所長「お疲れ様、男君。アレとの対話も順調のようだね」
男「えぇ、まぁ」
所長「しりとりとは、なかなか面白い試みだ。ゲームで気を引こうと言うのだな?おかげで興味深い実験結果を得らることが出来ているよ」
男「あんなんでいいんですかね…」
所長「無論だ」
所長「さて、君に来てもらった件なんだがね」
男(っ…!)
所長「ははは。そう身構えないでくれたまえ。アレのことを少し知ってもらうために呼んだのだよ」
男「…アレって、あの子のことですよね?」
所長「うむ」
所長「男君は、アレの背に付いている翼をどう思う?」
男「……」
男「天使みたいだと思いました」
所長「以前もそう言っていたな。そしてそれは間違ってはいないよ」
秘書「……」
所長「宗教や神学で言われるところの天使ではないがね」
所長「君も気付いたかもしれないが、あの翼はただの羽毛ではない。アレの意思によってその材質を自在に変えることの出来る特殊なものだ」
所長「我々は可変質有機体と呼んでいる」
男「材質を…え、すみませんつまりどういう…」
所長「つまり、時に羽毛のように柔らかく、時に刃のように鋭く変質させることが可能なのだよ。ターミネーターという映画は知っているね?形状の変更は出来ないが、イメージとしてはそれだ」
男「あぁなるほど」
男(さっきの小突いた時の音はそういうことか…)
所長「そしてここだけは映画と共通するのだがね」
所長「あの翼で既に何人か殺されているんだ」
男「え……」
男(殺人ってことか…?マジでか…?)
秘書「正確には死者13名、重軽傷者0名という事件が3年前に起きました」
男「……だから、ここに閉じ込めてるんですか?」
所長「そうだな。アレは危険過ぎる」
男「………」
男(だったら…あの子をああやって生かしてるのは何のために…)
所長「君に教えるのはここまでだ」
所長「テストの対象についてあまりに知らな過ぎるのも気持ちが悪いだろう?」
所長「今のを聞いてしまうと、アレは君が思うほどに天使とは言えないかもしれないな」ハハッ
ーーー16日目ーーー
男「鹿」
少女「亀」
男「めだか」
少女「…今日は"か"なんだ?」
男「偶々だよ偶々」
男(この子が殺人鬼ね…)
少女「か……か……」
男(…とてもそうは見えねー。そんなやばい奴が動物縛りしりとりに没頭したりするか?)
少女「かつお!」
男「"お"?あるんだろうがパッと出てこないな」
男(俺が嘘をつかれてるとか…?だとしてもこんな訳のわからん状況で何が本当かなんて分かんねーな)
男(…やめだやめだ。考えるだけ無駄だわ。俺はあと半月同じことしてりゃいいんだ)
男(この子が何者で、どんな扱いを受けてようと俺には関係ねー)
男「オットセイ、でどうだ」
ーーーモニタールームーーー
所長「……」
所長「変わらぬか」
所長(少々、予想外だ)
所長(…ならば)
ーーー夜 男の部屋ーーー
男「よっ、と」
男「…うぬぬ…」
男(お、今回は結構真っ直ぐになってる気がするぞ)
男(…翼生えてたりしたらバランス取るのむずそうだよな)
男「……」
秘書「失礼します」
男「ん!?」
秘書「…何をしているのです?」
男「いえ、暇なんで、逆立ちでもと…」
秘書「暴れないでくださいよ」
秘書「所長からの指示を伝えに来ました。明日はテストを行わず、終日部屋で待機しているようにとのことです」
男「一日ずっとですか!?」
秘書「はい」
男「あの…やる事が無くて暇なんですが」
秘書「我慢してください。お得意の逆立ちでも練習していたらどうです?」
秘書(能天気な男)
秘書「用件は以上ですので、次は明後日に迎えに上がります」
ーーー18日目ーーー
ギギギ ガチン
男(なんか久しぶりな気がしてくんなー。一日空いただけだってのに。このテスト以外にする事ないからだろうな)
所長『要領は変わらない。これまでと同じように始めてくれ』
男「分かりました」
少女「……」
男「よう。今日もしりとりからやるか?」
少女「……」
男「……?」
男「聞こえてる?」
少女「…なぜ来なかったの」
男「!…それは昨日の?」
少女「……」
男「えっと…」
男(どうしよう。正直に言っちまっていいのか?)
少女「どうせアレの命令でしょう」
少女「そんなもの無視して、来てよ」
男「……」
男(悪いが俺は所長さんの言うことを全部聞く必要があるんだ。きみの頼みも聞いてやりたいとは思うがこればっかりは無理だ)
男(って、言うわけにもいかねーよな…)
少女「………」
少女「……こんな壁が……今すぐにでも……」ボソッ
男「?」
少女「…しりとりはいい」
少女「昨日何をしていたのか、教えて」
男「昨日はずっと寝てたよ」
少女「ずっと?ただ寝てただけ?」
男「いやいや飯の時とかは起きてたって」
少女「最初は何時?」
男「そ、そこから?細かい時間なんか覚えてねーけど…」
少女「……」
男(やたら真剣な目で見てくる。何がそんなに気になるんだ)
男(…しゃーない)
男「ざっくりだけどそれでいいか?朝起きたのは大体10時過ぎくらい――」
男(それから、例のテストは一日置きに行われるようになった。実験部屋に行くとあの子は決まって俺が昨日何をしていたのかを聞き出そうとする。何もしてないから面白くもなんともねーと思うんだけど…)
男(相変わらずしりとりが好きみたいで、テスト中一回はやってる。大抵俺が勝って無表情のまま再戦してくるんだが、あれは絶対悔しがってるよな。そんくらいは分かるようになってきた)
男(親戚の子なんかが居ればこんな感じなのかねぇ……羽が生えてて、厳重に隔離されてることを除けば)
男(どっちにしろ、俺には縁のない話か)
ーーー27日目 男の部屋ーーー
男「え、明日もないんですか?」
秘書「そうです」
男「それじゃあ次は」
秘書「三日後です。テスト最終日となります」
男「えー…」
男「すみません、俺の携帯ってまだ使えませんか?」
秘書「許可出来ません」
男「ですよね……うーん、どうやって時間潰すか…」
秘書(……)
秘書「楽しいのですか?アレと会話をするのが」
男「まあ、他にする事もないので」
秘書「……」
秘書「貴方は、アレをどう思っているのです?」
男「どうって…」
男(所長さんにも似たようなことを訊かれた気がする。あの時は確か天使っぽい、みたいな答えをしたよな)
男(今はそうだな…)
男「他人、ですかね。なんか囚人みたいというか」
秘書「さながらここを刑務所とでも言いたいのですね」
男「そんなつもりはないですよ!」
秘書(他人に囚人)
秘書(この男はアレを"人"として見ていると…?)
秘書(…馬鹿げてるわ)
男「俺は別に他意があって囚人と言ったわけじゃ…!」
秘書「もういいですよ。責めているのではありませんから」
秘書「三日後、テストが終われば貴方は自由の身です。正午過ぎにはここを発ちますので、それまでに出る準備をしておいてください」
秘書「では失礼しました」
ガチャ
男「……」
男「準備って、何すりゃいいんだ…?」
ーーーーーーー
ギギ...
ガチン
少女「…遅い」
少女「また、アレの言いなり?」
トットッ...
少女「!」
所長「男君でなくて、残念だったかね?」
少女「……」
所長「良い。その表情、声。君の情動は枯れてなどいなかった」
所長「嗚呼美しい……やはり君こそが相応しいのだ」
少女「………」
所長「間もなく、最終フェーズに移行する。それまでに協力的になってくれると嬉しい限りだよ」
所長「私も、きっと彼もね」
少女「……」
所長「何しろ君は」
所長「人類の希望なのだから」
ーーー30日目ーーー
男「……」
少女「……」
男(今日が最後のテストだってのに)
男「…しりとり、するか?」
少女「……」
男(この通り何も喋ってくれない)
男(まるで初日に逆戻りしたみてーだ)
男「それとも別のゲームがいいか?」
少女「……」
男「……なぁ」
男(まさか三日で俺のことを忘れちまったとかじゃねーよな…)
男「所長さん」
所長『なんだね』
男「これ、続けちゃって大丈夫なんすか」
所長『問題ない』
男「……」
男「ゲームじゃないなら、また俺の話でもするか」
少女「………」
男(お、ちょっとだけこっち見た?)
男「…まずはここ三日間のことからな。つっても例によって何かしてたわけじゃないんだが」
.........
男「――ってことがあったからさ、これに関しちゃあんまいい思い出じゃねーんだよなー」
少女「……」
男「……」
男(独り言祭り、再来)
所長『男君、時間だ』
男「あぁ、はい」
男「…ふぅ。なんか話したかったな、今日が最後なんだしよ」
少女「っ!」
男「じゃあな」
スクッ
少女「……」
男「…どうした?」
少女「………」
バサ...
少女「寒いの」
少女「ドアの横、空調のスイッチがあるから切って」
男「…おう…」
ーーーモニタールームーーー
所長「何事だ?アレは何故立ち上がった?」
監視員「いえ分かりません。ただ、翼を広げただけのようですが…」
少女『………』
男『…おう…』
所長(…?)
所長「今何か発言したんじゃないか?」
監視員「マイクには何も入ってません」
男『』トットッ
所長(出口に向かっている?)
少女『……』ファサ
所長(翼をはためかせた…)
男『すいませーん!開けてください!』
所長「……気のせいか」
チカッ、チカッ
ーーーーーーー
男「……」トットッ
少女「……」ファサ
男(スイッチって、これか)
カチッ
男(最後の会話が空調のオフ……ちょっと虚しいな)
男「すいませーん!開けてください!」
...ガチャ ギギギ
秘書「お疲れ様です」
男「珍しいっすね、お疲れ様だなんて」
秘書「この30日の貴方への謝意です」
男「もしかして、お礼とかあったり…!?」
秘書「調子に乗らないでください」
ガチャン!
少女「………」
少女「待ってて」
ーーー正午 モニタールームーーー
監視員「ふぁーあ…」
監視員「まずいなぁさすがに夜勤からのぶっ続けは体に堪える…。あいつが体調なんか崩さなきゃ今頃眠れてたのになぁ」
監視員(いけないいけない。こんな愚痴所長の耳に入ったら惨事だ)
監視員(腹減らないけど、何か食べとかないと保たないよなぁ)
監視員「…ん?」
内隔壁ロック『チカッ、チカッ』
ーーー執務室ーーー
秘書「よろしいのですか所長?送り届けるだけなら私でもこなせますが」
所長「なに、ここへ来る時も私が付き添ったのだ。帰りも付き合ってやるのがある種の作法だろう」
所長「それに彼の感想も聞きたいのでね」
秘書「…承知しました」
所長「私が空けている間の管理は、また君に一任する。昼食は道中彼と共にとることにしよう」
所長「車の手配だけ頼む」
秘書「はい」
...ザザ
所長「む」
監視員『所長、確認したいことが』
所長「なんだ?」
監視員『内隔壁のロックが解除されているようなのですが、今はどのような作業が行われているのですか?』
所長「内隔壁だと?」チラ
秘書「隔壁に係わる作業予定はありませんが…」
所長「誰が作業をしているんだ」
監視員『それが、どのカメラにも作業員が見当たらないので所長に確認をと思い…』
所長「なに?」
所長(アレを隔離する空間の出入り口は内隔壁と外隔壁の二重ロックになっている。外隔壁は食事を与える為に日に三度開閉されるが、内隔壁は点検時意外にロックを解除することはない)
所長(元より内隔壁の制御スイッチは、男君が実験で使用していた部屋の出入り口に設置されている。アレの翼も届かぬ上、我々に見つからぬよう触れることなど不可能なはずだが…)
ーーーーー
男『…おう…』
少女『……』ファサ
ーーーーー
所長(…まさか)
時計『12:08』
所長「おい、原因究明は後だ!一番近い者に連絡して大至急ロックをかけろ!」
所長「それから食事係に外隔壁を開けるなと伝えろ!」
監視員『そ、その、一番近い人物が食事係でして…』
所長「っ」
所長「早く止めろ!!」
監視員『はいっ!』
ーーーーーーー
食事係「今日も麗しの天使様に餌を届けに来ましたよっと」
食事係「気分は飼育員だ」
カチッ
食事係「天使様の食事にしては全く美味しそうじゃないのはすごいよな」
...ゴゴゴ
監視員『聞こえるか!?おい!』
食事係「?なんでしょう?別に俺は食べたりしませんよ?」
監視員『よく聞け、絶対に外隔壁を開けるんじゃないぞ!』
食事係「え?いやもう」
ゴゴゴ...
食事係「開きましたけど…」
食事係「…!?」
少女「……」
食事係「な、なん……」
少女「……」
少女「ご苦労様」
バサッ――
グシャッ
ーーー男の部屋ーーー
男「……」ボー
男「今日で終わりなんだよな」
男「…すんげー長い1ヶ月だった」
男(ここに連れてこられた時は借金のツケでやべーことされんじゃねーかって思ったが、終わってみればなんてことはない)
男(これで俺の借金はチャラ。また明日から打ちに行けると考えたら…今から高まってくるな!)
男(あとはこの1ヶ月のことを綺麗さっぱり忘れりゃいいんだろ?最高の儲け話に乗れたもんだ)
ーーーーー
少女「…フフ」
ーーーーー
男「……」
男(なんだかんだ、楽しくはあったかもしんねーな)
男「さーてと、お迎えが来るまで待ちますか」
ーーーーーーー
パンッ パァン!
少女「……」ペタ、ペタ
職員A「く、くそ…!」
職員A(銃がまるで効かん!)
職員B「来るな…来るなぁ!」タァン!
職員A「取り乱すな!俺達で無力化出来なくとも応援が来る!それまで足止めするんだ!」パァン!
少女「……」ペタ、ペタ
職員A(全て翼で弾いている…通常の銃では意味がない…!)
職員A「そうだ催涙弾があったな?奴にぶつけるぞ!」
職員B「そ、そうでし」
ザンッ
職員B「た……?」
ゴト(転がり落ちる職員の頭)
職員B「ひ……ぁ……」
少女「……」
職員B「た、たすけ…」
ズシャッ
職員B「」
少女「……」
少女「」ガサゴソ
(地下エレベーター用カードキー)
少女「……」
ペタ、ペタ
ーーーーーーー
男「…昼過ぎには出るって言ってたよな?」
男「そろそろ来んのかね」
ビー! ビー!
男「!?」
男「なんだなんだ!?」
男(これも何かのテストか!?警報音みてーな音だけど…!)
ビー! ビー!
男「………」
男「…だ、誰も来ない」
男(連絡もない)
男「じっとしてるべきなのか…?」
タァン! ババババッ!
男「」ビクッ
男(今の…銃声?)
パンッ! パンパンッ!
「こっちじゃない回り込め!」
ズガガガッ
ビシャッ
「ぐあああぁ!」
タァンッ タァン!
男(な、何が起きてんだよ…)
男(俺も逃げた方がいいか!?でも今の部屋の外から聞こえてきやがった…!)
男(あぁ、くそ!ようやく帰れるって時に…!)
男「!そういや電話っ!」
男(この部屋に唯一備え付けられてた固定電話があったな!使う機会なかったがこいつで所長さんに繋げれば…)
男(…番号知らねー)
男(やばいやばい怖ぇ。間違いなく異常なことが起きてる…!)
男(とにかく隠れた方がいいのか!?)
男「…?静かになったな…」
男「………」
男(………)
ソー...
男(…少し、少し開けるだけなら…)
...カチャ
男「……」
男(……誰もいない?)
男(あんだけ騒がしかったのに)
男(反対側は……)
少女「…見つけた」ポタ..ポタ..
男「――!」
少女「……」
男「…きみは…」
男(この翼……どう見てもあの子だ)
男(体中に付いてるのは……血……?)
男「」ギョッ
(周囲に散乱する職員の死体)
男(なんだよ、これ…!)
少女「……」スッ
ガシッ
男「へ…?」
グイッ!
男「うお!」
男(ち、力強っ)
少女「」クルッ
男「待っ――」
タッタッタッ
ーーーーーーー
少女「」タッタッタッ
男「なぁおい…!止まってくれ!」タッタッ
男(なんだってんだ!?俺はなんでこの子に…!?)
男(ものすごい力で引っ張られる…!)
「居たぞ!ここだ!」
「撃て!絶対に止めろ!」
男「ひっ」
パンッ! ズダダダッ!
男「うわああぁ!」
男(死ぬっ…!!)
少女「」バサッ
カンカン、カンッ
少女「邪魔」
グシュッ
「う…あぁっ!」ブン!
ザシュッ
――プシャー
男(は…?)
男(ひ、人が、首が……)
男「……う」
男「おえぇぇ」ビチャ、ビチャ
男(死んだ……人間が豆腐みたいに……!)
男「はぁ…はぁ…ぅぷっ」
少女「…立って」
男「や、やめて、くれ…!」
少女「………」
スゥ(翼で男を掴む)
男「あ…嫌だ…離して…っ!」
少女「……」バサ...
男(どうして俺ばかりこんな目に遭うんだ!?)
男(俺もさっきの人みたいに、こ、殺され)
男「帰してくれえぇ!死にたくないぃっ!」
スタッ、スタッ
ーーーーーーー
男「ああ…ああぁ…!」
少女「」スタッスタッ
『非常口』
少女「…!」
ドガッ
男「う…」
男(眩しい…外だ…)
少女「ねぇ」
少女「空を飛ぶのって楽しいかな」
男「そ、そら…?」
少女「うん」
男「…っ…」ビク、ビク
少女「……」
少女「きっと、楽しい」
秘書「動かないで」チャキ
男「秘書さん…!」
秘書「この銃は普通の銃とは違うわ。遺伝子を破壊する薬品が弾に塗布されてる。掠るだけで体組織が死んでいくのよ」
秘書「大人しく戻りなさい。私も出来るだけこれを撃ちたくはないの」
少女「………」
少女「………」
少女「」フッ
秘書(え――)
ブワァッ!
バサ..バサ..
秘書「……」
秘書(今の…)
一旦ここまでとなります。
ーーー執務室ーーー
所長「対象は北北西に向けて飛び去った。間違いないな?」
秘書「はい」
所長「そうか」
所長「内隔壁のロックを解除したのは恐らく男君だ」
所長「実験終了間際、アレと男君の不可解なやり取りがあった。あの時彼に指示したのだろう」
所長「翼を広げたのはカメラの死角を作り、声を拾わせないため……部屋外カメラを増設するべきだったね」
秘書「申し訳ありません。追い付いていながら取り逃してしまい…」
所長「君はよくやったさ。あそこで撃たないのは正しい判断だった。何のためにこのような立地に施設を構えたと思っている」
所長「既に捜索隊を派遣した。特にアレの逃げた方角には選りすぐりの者を向かわせてある」
秘書「…所長、被害の方ですが」
秘書「職員の死者が16名。いずれも一般職員ですがこの数は運営に支障をきたす恐れがあります」
所長「補充は出来そうか?」
秘書「当てはあります」
所長「ならいい。それよりもアレの逃走時の映像を解析したい」
所長「貴重な実践データの山だろうからね」
秘書「……すぐに持ってこさせます」
所長「もう一つ興味深いのは、男君を連れ去ったことだ」
秘書「……」
所長「まだ彼の利用価値はありそうだね」
ーーーーーーー
バサッ、バサッ
男「……」
男(寒い…。周り海か空しか見えねーのってこんな不気味なのか…)
男(……)
少女「」バサッ
男「っ…」
男(俺はどうなっちまうんだ)
男(この子に拉致られて、最後にはぐしゃぐしゃに…)
男(ダメだ、震えてきた……さっきから最悪の想像ばっかぐるぐるしてやがる…)
男「……な、なぁ」
少女「……」
男「殺すのか…?俺も……」
少女「ううん、殺さないよ。人は殺さない」
男「じゃあ俺をどうするつもり……なんですか…」
少女「……」
男「おっ!?」
少女「楽しくない?」
男「はい…?」
少女「空、飛ぶの」
男「…ちょっと怖い」
男(引っ張られてる腕が痛いし、掴んでるのが血だらけの女の子だってのがもっとおっかない)
少女「怖い…」
バサ...
男「……?」
少女「……」
男(落ち込んでる…?)
男「……あのさ」
男「とりあえず、どっかに降ろしてくれないかな」
少女「泳ぐ方が好き?」
男「そうじゃなくて…」キョロキョロ
男「!」
男「あそこ、島みたいのが見える」
ーーーーーーー
男「ん゙んー…」ポキポキ
男(いつの間に全身バッキバキだ)
男(上から見た分にはここ、人も住んでなさそうな小さい島だった)
少女「……」ジー
男(そんな所でこの子と二人きり)
男(……殺人鬼……)
少女「……」ジー
男「…な、なんだ?」
男(やっぱり俺に何かするつもりだよな)
男(…全力で、走って逃げる。こんな助けも呼べない場所で隠れられるか分かんねーけど、所長さん達が探しに来てくれるよな…?)
...キュウ
少女「……」
男「……」
少女「お腹空いた」
男「……!」
男「おま、まさか俺を――」
少女「」バッ
ヒュー ザブンッ
男(海に飛び込んだ!?)
ザパァ
男(と思ったらすぐ出てきた…?)
少女「……」スタッ
魚「」ビチビチ
男「あ…」
少女「これ、おいしいと思う?」
男「…いや、見たことないけど…魚は大体食えんじゃねーか?」
少女「………」
少女「」アーン
男「待て待て。せめて焼くくらいしないと」
少女「…お腹空いたの」
男(……)
男「あー……その前によ」
男「体、洗おうぜ」
男(どこもかしこも血まみれだ)
.........
男「これは…」
男(体洗って綺麗にして、全裸なのもさすがにあれだから着るものを用意したんだが…)
少女「………」
男(そこらに生えてたでかい葉を巻き付けただけ。スカート代わりに草を編んで作ってみた腰巻きも、でかい翼と相まってどう見てもそういうコスプレにしか見えない)
少女「チクチクする」
男「あーうん、俺が悪かった。それはやめよう」
男「俺のシャツでいいか…」
ゴソゴソ
男「ほら」
少女「……」...ソー
男「っと、そうだ」
ビリッ ビリビリ
男「こうしときゃ翼も通せるよな?…もっと大きい穴じゃないとダメか?」
少女「…平気。貸してみて」
(シャツを着る)
男「ぶかぶかだけど…かえって良かったかもな」
少女「……あったかい」
男「何も着ないよりはそりゃマシだろう」
少女「……」
少女「」スンスン
少女(…♪)
男「匂いなんて嗅いでどうす……!」
男「服は食いもんじゃねーからな!?」
少女「それくらい知ってる」
少女「ねぇ、もう食べてもいい?」
男「ん?うーん…」
男(さっき10匹程追加で捕まえてきた魚……俺もこんな状況だが少し腹減ってきたし、食ってみたいのは山々なんだけど)
男「生で食うのはどうしてもな…火どうにかして起こせねーかな」
男「なんだっけ、確かとがったものを木に擦り付けて摩擦で着火だったか?火花を散らすとかも聞いたことあんな」
少女「火花があればいいの?」
男「でも俺なんも持ってねーや…」
少女「……」
バサ...
ガキィ! パチパチパチッ
男「うおぅ!?」
少女「これで焼けるかな」
男「……」ポカン
男(もしかして金属質に変化させて打ち合わせたのか)
男(…便利だ)
男「枝とか枯れ葉とか、燃えるもん集めてこよう」
.........
男「ふー、意外と食ったな」
少女「おいしかった」
男「そうか?魚だけは飽きてくる。醤油くらいあればまだマシなのに」
少女「醤油。しょっぱい黒い水よね?」
男「おう。食ったことないのか?」
少女「あるけど……味、覚えてない」
男(そんな昔なのかよ)
男(そういや、あの施設では何を食ってたんだろうな)
男「……」
男「何か食えそうものがないか、島を探してみようぜ。きのこだの草だのはどれが食えんのか分かんねーけど、運よけりゃ果物くらい見つかるかもしれないしよ」
少女「…!うん、行く」
男「よーし、高い場所は任せたぞ」
ーーーーーーー
少女「……」サッ、サッ
少女「」ピョン
男「ちょっと速くねーか…?」
少女「あなたが遅いの」
男「遅いって…足場も悪いし俺はそんな身軽に動けないんだよ。あんま跳ね回ってると転ぶぞ?」
少女「転ばないよ。私はあなたと違って――」ツルッ
ズテッ
男「……」
少女「……」
男「ぷっ」
少女「………」ファサ
ポイッ
男「んぁ?」
ムカデ「」カサカサ
男「!?」ブンブン
カササ...
男「びびった…何も虫投げつけることないだろ…」
少女「……」ツーン
男(やることがまるっきり子供だな)
男「お!あそこの木の上、紫の実っぽいのが見えないか!?」
少女「……」
バサッ
ガサ、プチッ
少女「これ」
男「そうそう…ってちっちゃ!しかも硬いし……あれか、街中に生えてっけど何の実なのか謎な植物と同じようなやつか」
少女「焼けば食べれる?」
男「焼いても炭になる未来しか見えねーな…」
少女「……」パク
少女「…!、?」
男「お、おい」
少女「」ゴク
少女「…ぅー…」
男(何とも言えないっつー顔してやがる)
男「さては渋かったな?」
少女「しぶい?」
男「そういう顔になる味のことだ。また一個賢くなったな、ははっ」
少女「…ん」
男「いや俺は食わないぞ?」
少女「ん」
男「だから押し付けないで…!」
男「そ、そうだ炙ってみよう!そうすりゃもしかしたら甘みが出てくるかもしれない!」
少女「本当?」
男「おう。…多分…」ボソッ
少女「もっと取ってくる」
男「え」
バサッ ガサガサ
男「………」
男(適当言っちまったけど何とかなるよな)
「キーッ!キャッキャッ!」
男「!」
猿「ウィー…」ノソ
男「猿か。こんなところにいるもんなんだな」
――ドサッ
男「おぶっ!?」
男(痛ぇ思いっきりケツ打った…!)
少女「」ギュー
男「…?どうした」
少女「……っ」
男(震えてる。あんなにはしゃいで飛び回ってたよな…?)
男(ひょっとして)
男「…猿が怖いのか?」
少女「」ギューッ
男「痛い痛い!分かった、こっから離れよう。な?」
ーーー夜ーーー
パチパチ...メラメラ
男「ほら焼けたぞ、食うか?」
少女「……」
(受け取る)
少女「」ハムハム
男(…俺はなにしてんだろうな)
男(人殺しの女の子と仲良くサバイバル……意味分からん字面だ。逃げるどころか一緒に飯食うとか)
男(でもなぁ)
少女「食べないの?」
男「俺はいいや。腹減ってない。むしろ喉渇いた」
少女「…水は出せない」
少女「私も飲みたい」
男(なんつーかほんと、翼のせいでガラッと印象変わってるけど年相応の子供にしか思えねーんだよな)
男(はしゃいで転んで小さいことでムキになって)
男(……)
男「訊いてもいいか」
少女「?」アム
男「なんで俺を連れてきたんだ?」
少女「…あなたが人だから」
男「?人だったら俺以外にもいっぱい居たろ」
少女「あの場所に人は居ないもの」
男「え、つまり…所長さんや秘書さんも…」
少女「違う。もっと、おぞましい」
男(な、なんだよ……なんなんだよ)
男「……きみは、あの施設で何をされてたんだ?」
少女「……」
少女「痛いこと。苦しいこと」
少女「汚いこと。気持ち悪いこと」
少女「――殺すこと」
男「……」
少女「あそこは地獄」
男(……)
男「だから逃げ出した…?」
少女「…あなたが、今日が最後だって言ってた」
少女「それが一番嫌だった」
男(どうしてそこで俺なんだ)
男(俺は言われた通り会話してただけで、こんなことになるなんて1ミリも聞いてない)
男(やっぱ、明らか怪しい話に乗るんじゃなかった)
ヒュオー
男「っ…さみぃ」
男(あぁ…俺の平穏が遠のいていく…)
少女「……」...スス
ポスッ
男「…!」
少女「こうすればあったかい?」
男「…そう、だな」
少女「」ギュ
少女「……あなただけだったの」
少女「何も感じない、何も考えないようにしてたあの箱の中で、眩しかった」
少女「あなただけが、私を"私"として見てくれた」
男(私として…)
少女「楽しいなんて感覚、久しぶりに思い出した」
少女「あなたと一緒に居ればもっと色んな楽しいこと教えてくれるのよね?」
男「…しりとりとかか?」
少女「うん、好き」
男「………」
男「俺を連れてった理由はなんとなく分かった気がする」
男「ずっと訊き忘れてたんだけど、きみ、名前は?」
少女「……少女」
男「少女か。俺は」
少女「男」
男「…散々自己紹介してたなそういえば」
男「言っとくが、俺は面白い人間でもなんでもないぞ?」
男「元々借金返済のためにきみと話してただけだ。そんな奴と居ても楽しいわけがない」
少女「………」
男「つまりなんだ、その」
男「俺なんざおいて、一人で逃げた方が絶対いいと思うわけでな」
男「どうせ戻る気はないんだろ?俺は邪魔になるだけだしよ、どう考えてもその方が…」
男「少女?」
少女「」スー..スー..
男(…寝てる)
男「……」
男(体温高いな、この子)
男「……」ソー
フサフサ
男(柔らかい。こうやって触ると普通の羽だ)
男(可変質……なんだっけ。んな漫画みてーな力がこの翼にあんだよな。実際見ちまったし、あれだけ大量に付いてた血のシミも綺麗になくなってる)
男(……)
男(ぶっちゃけ、もうどんな事実が飛び出してきてもおかしくないよな。この子についてもあの研究所についても)
男(……俺はとんでもないことに首突っこんじゃったんじゃねーのか。所長さんに見つけてもらえたとして、無事帰してくれるんだろうか)
男(何もかもがやばいものに思えてくる)
男「………」
男(ここであったことは全部幻覚だ)
男(島を離れて、人の居る場所でこの子を逃がす。その足で所長さんの元へ向かう。俺は何も知らないし、聞いてない。少女が勝手に逃げただけ。1ヶ月の期間は過ぎたんだからぜってーそのまま帰ってやる)
少女「」スー..スー..
男「…悪いな」
男「俺は本当、つまんねー人間なんだ」
ーーー執務室ーーー
秘書「えぇ、そうです。では指定の4名を明日から。よろしくお願いします」
ピッ
秘書(これで失った16名と増員分2名は確保)
ピリリリッ
秘書「!」ガチャッ
所長『私だ。人員補充は順調かね?』
秘書「はい、滞りなく。ただいま完了致しました」
所長『何よりだ。君に任せた仕事は憂う必要がないのが素晴らしい』
秘書「光栄です、所長」
所長『私の方も解析が終わったところでね。結果を共有しておく』
所長『男君に隔壁のロックを解くよう唆したのはやはりアレだったよ。壁の反射に僅かだがアレの唇の動きが映り込んでいてね。しかしその際に発したのは空調のスイッチを切ってくれという嘘だった』
所長『秘書君、これが何を意味するか分かるか?』
秘書「…脱走のための嘘…ですか」
所長『実験は大成功に終わったということだ』
所長『残る最終フェーズさえクリアしてしまえば我々の理想は体現される…人の歴史が変わるのだ!』
所長『ハハハッ!』
所長『もう少しだ、秘書君。最後まで力を貸してくれ』
秘書「勿論です」
所長『今からそちらへ戻る』
プツッ
秘書「……もうすぐなのですね」
秘書「私はどこまでも付いていきます」
秘書(例え貴方にとって、都合の良い駒でしかないとしても)
ーーーーー
少女「」フッ
ーーーーー
秘書「………」
今回はここまでです。
雰囲気が今のところエルフェンリートぽいですね。
まぁオマージュ元なんだろうけど…
>>80
まさか気付いてくれる人が居るとは。
その通りです、エルフェンリートをかなり参考にしています。後は9Sなんかも少々ですね。
結末が読めてしまうかも知れませんが、よければお付き合いください。
ーーー朝ーーー
少女「」ギュー
男「…そろそろ離してくれない?」
少女「嫌。また居なくなる」
男「ちっと用を足してただけだって。なんならトイレも付いてくるか?」
少女「うん」
男「…冗談だ」
少女「……」
男「それより、いつまでもここに居るのはまずい」
男「じっとしてたらいつか見つかんだろうし、そもそも俺たちの生活が危うい」
男「移動しなきゃな。昨日みたく俺を運んでいってくれ」
少女「………」
...バサ
男「昨日は確かあっちの方から来たんだよな。じゃあ…」
男「向こうに真っ直ぐ行ってみるか。太陽目印にすりゃ迷わねーだろう。そんで、真昼になっても海しか見えねーようならここに引き返す」
少女「太陽?どうやって?」
男「どうやってって…太陽のある方に進んでけばいい」
少女「あれ動いてるじゃない」
男「東から昇って西に沈むだろ?今朝はちょうど向こうから出てきたんだからそっちが東、昼過ぎたら西側に来る」
男「それで方向は分かるはず。多分」
少女「東から西…」
少女「知らなかった、そんな風に動いてるのね」
男(時計もないからいつが真昼なのか分かんねーけど、まぁなんとかなんだろ)
少女「もっと聞かせて。私の知らないこと」
男「…太陽が動いてる理由は?」
少女「……」キラキラ
男(こんくらいの知識もないのか)
男(…学校も行けてないんだろうな)
男「続きは移動しながらな」
男「あぁそれと、今回は出来るだけ低く飛んでくれねーか?おっかなくてしょうがない」
少女「ん」
バサ、バサッ
ーーーーーーー
男「つまり、空に星が見えんのはでっけー太陽みたいなやつが光ってるか、太陽の光を反射してここから見えるようになったかのどっちかってこった」
少女「反射。鏡みたいになってるんだ」
男「鏡じゃないが…近くにあるやつは反射した光でも見えるんだよ。月とか火星とか」
少女「そう」ミアゲ
男「星探してんのか?昼間はせいぜい月がぼんやり見えるくらいだぞ」
少女「………」
男(…あの地下からじゃこんな空も見えなかったわけか)
男(にしても)
サーー(低空飛行する少女)
男(波が近ぇ。あっという間に通り過ぎてく。スカイダイビングってこんな感じか?)
男「」パッ
ビュオー
男(おおぉ…!俺は今風になってる!)
少女「…何やってるの?」
男「風を感じてんだ。こんな強ぇ風なのによく平気で飛んでられるよな…!」
男「おっと!ははっ」
少女「……」
少女「」グン!
男「おっ!?」
グワァ
男(体が引っ張られる――)
グィン
少女「風、感じられた?」
男「……」
男「すげースリルだった!なんだ今の!」
男「今度は横じゃなくて縦に一回転してみてくんねーか!?」
少女「こう?」
グルン!
男「っほほぉ!?」
男「こいつぁいい!リアルジェットコースターってか?」
男「飛んでる時さ、たまにこんな風に緩急付けてくれっ」
少女「………」
グン、グンッ
男「おー!?」
スサー!
男「はっはは!」
少女「♪」
.........
男「……う」
少女「……」
男「ごめ…もうちょいゆっくり飛んで…」
男(調子に乗り過ぎた……気持ち悪い)
男「スゥー、ハァー…」
男(どっか適当な所で一休みしたい…)
少女「……」
男(もう日も真上か。どこ見ても海しかねーよな…こんな時に…)
男(そろそろ引き返すか…?けど、あとちょいで何かしら見えて……)
男「………」
男(…引き返すかぁ。せめてもう少し揺れないよう出来ないか少女に相談して――)
男「…!なあ、あれ!」
男「あそこに見える影、陸地じゃねーか…!?」
男「見えるか?あっちだあっち!」
男(助かった!色んな意味で…!)
男(人に見られたら絡まれちまうかもしれねーがそんなことよりとっとと地に足つけたい)
男「…少女?」
少女「……」
ヨロ...
ボシャンッ
男(!?海に…)
男「…ぷはっ!」
男「おいどうした!?」
少女「」グッタリ
男「少女!起きろ!なぁ!」
ザプン
男「ぅくっ……!」
男(くそ、波が…流される!)
男「っはぁ…は…!」
男(陸が見えんのに…こんなとこで死にたくない!)
男(泳いであそこまでたどり着くしかねーんか…!)
男「ごはっ…!?」
男(やば、水飲ん――)
ザブン...
ーーー執務室ーーー
所長「そうか、見つけたか」
『あぁ、火を焚いた跡がな。後始末はしてったみたいだが、雑もいいところ』
所長「飼育島に降りていたとはね。なんと面白い皮肉じゃないか」
所長「逃げた方角は?」
『そこまでは分からない。離れてから1時間も経ってないだろうが』
所長「分かった、捜索範囲を絞ろう。近隣諸島に人員を割り振る。詳細は追って伝えるが、散開している者も合流させる」
所長「それまでは引き続き島内を捜せ」
『了解』
所長「繰り返すが、アレを捕縛する際は速やかかつ確実に無力化しろ。抵抗が激化するようなら出直すんだ」
『殺さなきゃいいんだよな?』
所長「そうだ。何をしてもいい。場合によっては民間人の数人、被害が出ようと構わん」
秘書「……」
所長「発見したらすぐに知らせろ。以上だ」ピッ
秘書「飼育島ですか」
所長「恐らくもう居ないだろうな」
所長「アレの合成実験だけは唯一、島の動物を用いずに行ったのだがね。それでもあの島に引き寄せられたのはただの偶然か、身に刻まれた宿命か」
秘書「……民間人への犠牲ですが……」
所長「気がかりかね?数人程度であれば揉み消すのは容易い」
秘書「大衆に目撃されてしまうと厄介かと」
所長「多少の無茶は必要だね。その時は君にも動いてもらう」
秘書「それは、少々危険ではありませんか?事を収められても所長への足が付いてしまう可能性があります」
秘書「最悪の場合、彼女の処分も視野に入れておかれた方がよろし――」
所長「秘書君」
秘書「っ、はい」
所長「足が付く、とは何たる言い草だ」
所長「我々が為していることは悪か?否、我々ほど人類への貢献を考えている者は居ない」
所長「そうだな?」
秘書「…はい」
所長「なればこそ、アレは失くしてはならない」
所長「まだ未熟児も同然なのだ。力を使い過ぎれば可変質性の制御を失い体の瓦解を招く恐れもある」
所長「数人の犠牲などむしろ必然。支払われるべき代償ですらあるのだよ」
秘書「しかし…もし所長が捕まってしまったら研究は誰が…」
所長「そのための君だ」
所長「私が消えた後、本研究を最もよく知る君が、引き継ぐのだ」
秘書「………」
所長「私はね、アレによって作り替えられていく新しい世界が見たい…」
所長「仮に私の命と引き換えで実現するというのなら今すぐにでも自害しよう。だが現実は違う。世界はあの子を必要としている」
所長「次代のホモ・ヴォランテ。その始祖となる人間」
所長「最早この研究は私達だけの意思に留まるものではない。ゆえに頓挫することなど許されぬ」
秘書「……」
秘書「承知、しています」
ーーーーーーー
男「ぐー……ぐごー……」
男「……!」ハッ
男「……」
男(どこだ、ここ)
男(俺は確か海ん中で…)
男「………」
少女「」スー..スー..
男(二人分のベッドに、少女もちゃんと居る)
老婆「おや、気が付いたかい?」
男「!」
老婆「あらやだいけないねぇ。びっくりさせるつもりは無かったのよ」
老婆「おじいさん!目を覚ましましたよー!」
...トットットッ
老人「おぉ、よかったわい。寝たきりにならんかと心配しとったんじゃ」
老婆「だから言ったじゃないの、見つけた時に生きているんだから神さんに生きなさいと言われたんですよ」
老人「またお得意の神様かい。後から急変することもあろうに。ばあさんは楽観的過ぎていかん」
男「…えっと」
老人「おぉすまんの」
老人「見ての通り、老いぼれ二人じゃ」
老婆「それでは分かりませんよ、おじいさん。おじいさん、おばあさんと言わないと」
老人「同じじゃろう」
老婆「あら…それもそうねぇ」
老婆「おほほ」
老人「わはは」
男(えぇ…)
老人「お前さん方のう、昨日岸に打ち上がっとったんじゃよ。最初は仏さんかと思ったがまだ息があるときた。年寄りの身にはキツかったがの、ここまで運んできたんじゃ」
老婆「あの時は驚きましたねぇ。桃太郎みたいで」
老人「そんなら、運んでくるのはばあさんの役目じゃな」
老婆「あれま」
男(あそこから波に押されて漂着したっつーことか)
男「…ここは?」
老婆「私らの家よ。面白いものはないけど、許してね」
男(俺たち二人を運んだんなら、今も布団からはみ出てるあの翼もがっつり見られたってことだよな)
男(…やばいんじゃねーか?)
老婆「これ。お食べ」
男「…?」
老婆「お腹空いてるでしょう?お食事出来るまで飴ちゃんなめてなさいな」
男「……」
男「飯って、こいつの分も作ってくれるんですか?」
少女「」スー..スー..
老婆「もちろんよ。もしかして、何か嫌いなものでもあるのかしら」
男「それは知りませんが…」
男(……)
男「…何も言わないんすね。こいつのこと」
老人「そのご立派な羽のことかの?」
男「………」
老人「大変じゃったよ」
男「っ」
老人「傷付けずに運んでくるのは」
男「…ん?」
老人「ばあさんが引き摺るなとうるさくてのう…」
老婆「こんなに綺麗なんですから、ぞんざいにしてはいけませんよ。女性の体に傷なんて……ねぇ?」
男「は、はぁ」
男(気にしてない…?)
少女「……ん……」
老婆「まあ。こちらも無事みたいね。一安心」
少女「!!」バッ
男「ま、待て!この人たちは違うから!俺と少女を助けてくれたんだよ」
少女「……」
老人「ほぉ、少女ちゃんと言うのかい」
男「あ…俺は男っす…」
老婆「男ちゃんと少女ちゃんね。うんうん、覚えた覚えた」ニコニコ
老婆「ほいじゃあお食事こさえてこようかねぇ」
老人「火はわしが扱うぞ。ばあさんだとまた取手を焦がしかねん」
老婆「もう大丈夫ですよ。心配性なんですから」
老人「それを聞くのは5回目じゃの」
トットットッ...
少女「……」
男「……」
少女「行こ、今すぐ」
男「出てくって?」
少女「」コク
男「…今日くらいここに匿ってもらわないか?」
少女「………」ジー
男「まぁまぁ聞けって。大人しくしてんのも危ねーけど、よく知らないとこうろちょろすんのはもっと危ない。せめて1日だけでも様子見ようぜ」
男「腹も減ったろ?」
男(そんでもって、少女には悪いがみんな寝静まった夜に一人出ていく)
少女「……」
ストッ テクテク
男「な、なに」
少女「……」クイッ
男「袖?え?」
少女「頭」
男(頭……こう?)
ポンポン
少女「…♪」
男「……」ナデナデ
男(こんな奴に頭撫でられて嬉しいもんかね)
ピョコン
男(翼が跳ねてる。犬みたいだな)
男「クフッ」
少女「?」
男「いや、なんでも」
ーーーーーーー
老婆「さぁさ、遠慮しないで食べてね」
少女「……」
男「おぉ」
男「」ズズッ、パクッ
男「うまっ」
老婆「お口に合ったようでなにより」ニコニコ
老人「少女ちゃんもほれ、好きなもんからでいいからね」
男「毒とか入ってなさそうだし大丈夫だよ」ボソッ
少女「…そうじゃなくて」
(一膳の箸)
男「…箸使ったことねーのか?」
少女「……」
男「あの、スプーンとフォークいいっすか?」
老婆「はいはい。えーっと、どこだったかねぇ」
老人「わしが取る」
ゴソゴソ
老人「あいよ」スッ
少女「……」(受け取る)
少女「………」
少女「」ハム
少女「…!」
少女「」ハム、アム!
老婆「おいしいかい?」
少女「…、…」ムグムグ
老人「子リスのように頬張れるならうまかったんじゃないかの」
男「ちょ、おい羽が当たってる」
老婆「あらあら」
老人「わはは」
ーーー夜 寝室ーーー
男「はぁ~、風呂入ったらどっと疲れた…」
男「1日入れねーだけでここまで違うか。日本の風呂文化恐るべし」
少女「んー…」ゴロン
男「ってそうか、少女は1日どころじゃないんだったよな」
少女「くすぐったかった」
男「シャワーの時暴れるからだ」
少女「…私を押し出そうとした」
男「だってあの湯船だぞ?まさかその羽が入るとは思わないからさ」
少女「……」バサ
男「お、怒んなよ…もうしないって」
男「それよかもう寝た方がいいんじゃねーのか?体調だって万全とは限らんだろ。昨日気失ってたんだし」
少女「今はもう平気」
男「ふーん。ま、俺は寝るから少女もぼちぼちな」
男「電気消すぞー」
カチッ
男(今のうちに寝とけば明け方くらいには目覚めるはず)
男「……」
男「……」
パサ
男「………」
男「なんで、こっち入ってくるんだ?」
少女「」モゾモゾ
男「待て待てさすがに無茶だ。寝っ転がったらどうしても羽がぶつかる」
少女「もうしないって言ったのに」
男「布団は無理だろ…その羽が畳めるってんなら話は別だけど」
少女「……」
...スルスル
少女「これでできた」
男「人をぐるぐる巻きにしてできたはないんじゃねーか…」
男「寝るならそっちで寝てくれって」
男(これじゃあ動けん)
少女「……」
男(…そんな顔すんなよ)
少女「…おいしかった」
男「夕飯か?そうな」
男「お前、これまではどんなもん食ってたんだ?」
少女「知らない」
男「え?」
少女「紫だったり黄色だったり」
男「なんだそりゃ」
男「…ハンバーガーって知ってる?」
少女「ううん」
男「ラーメンは?」
少女「めん…食べ物?」
男「うまいぞ。コスパもいい」
少女「……」
男「じいさんたちに頼めば食わせてくれるかもな」
少女「…でも負けちゃう」
少女「最後が"ん"で終わってる」
男「?……くっ、ははっ」
男「本当しりとり好きな」
男(結局、翼に巻かれた俺は少女が朝起きてくるまで寝返りも打てなかった)
ーーーーーーー
老婆「」トットッ
老婆「あら」ヨロ...
バサッ
少女「…間に合った。痛くない?」
老婆「ありがとうねぇ少女ちゃん。この歳になると足元も危なくって」
少女「私が見てれば転ばないかな」
老婆「いいのよ。あなたは自分の好きなことをしなさいな。男ちゃんなら向こうの部屋に居たわよ」
男(成り行きで転がり込んだ老夫婦の家はどうやらこの二人しか住んでないみたいで、人のいないド田舎、ばあさんたちは俺らのことを問い質しもしないで置いてくれた)
ーーーーーーー
老人「ほぉ、少女ちゃん箸が使えるようなったんじゃな」
少女「練習したの」
男「一日中付き合わせやがって…」
老婆「上手ねぇ」
少女「♪」カチカチ
男「箸で音鳴らすとか行儀はまだまだだな。下手っぴ下手っぴ」
少女「……」
ブスッ
男「いった!?おい!」
老婆「まあまあ許しておやりな」
老人「男くんの言葉もよくないのう」
男「俺が悪いんすか…」
男(そんなぬるま湯の環境に居たら一人どっか行くのも面倒になってきちまって)
ーーーーーーー
男「スズメ」
老婆「めんだこ」
老人「うーむ……こうもり」
少女「り?り、り…」
男「リスはさっき言ったからな」
少女「分かってる」
少女「りー…」ウーン
老婆「少女ちゃん少女ちゃん」
老婆「コショコショ」
少女「…ゃま?」
老婆「そうそう」ニコニコ
少女「リャマ」
男「いやそれは無しでは」
老婆「ばあちゃんは今から少女ちゃんチームだから」
男「チーム制…?」
少女「私、まだ男に勝ったことないの」
老婆「そうなのかい?よし、ばあちゃんがたくさん知恵貸したる」
男「ふっ、タッグ組んだとこで俺の牙城が崩せると思うなよ?」
男「じいさん、行くぜ」
老人「……」
老人「わしも今から少女ちゃんチーム」
男「え!?」
男(気が付きゃのんびり時間が過ぎていた)
ーーーーーーー
少女「………」
少女「………」
男「いたいた。ばあさんが探してたぞ。見せたいものがあるってよ」
少女「……」
男「何見てんだ?空?」
少女「…空は広いのね」
少女「海は動いてて」
少女「雲は少し怖い」
男「……」
男「雲は上に乗っかることができんだぜ。フカフカのクッションみたいにな」
少女「!飛べば行ける?」
男「嘘だよ」クク
少女「………」
バサバサ
男「悪かった…!目はやめて目は…!」
男(施設を脱走した時こいつに抱いた恐怖はもうすっかり消え失せていた。なんだか第二のスローライフが始まったみてーだ。ともすればこのままここで暮らしてくのもありなんじゃないだろうか。ゴミゴミうるさいものがなんもない)
男(パチ屋も無いのはちょっと惜しいが)
ーーーとある夜ーーー
男(あーこのままじゃ見つかっちまうよなぁ。そのうちどっか行かねーといけないんだろうけどさー…)
男(いやでも、一週間も経つのに音沙汰ないってことはこいつはもう諦めたって線もワンチャン)
男「……」
男(今署長さんに見つかったら少女はどうなるんだろう)
男(全力で捕まえにくる?それとも殺される…?)
男(どっちにしたってあいつの自由もくそも無くなんのは明白か)
男(…別に、赤の他人がどうなろうと知ったこっちゃない)
男「………」
男(って…思ってたんだがな…)
男「はー……」
男「やめだやめだ。明日の予定でも考えとくか」
男「……人間、スマホが無くても意外と何とかなるもんなんだな」
ペタ、ペタ
少女「……」
男「いいところに戻ってきた。明日ちょびっとだけ遠出してみねーか?砂浜沿いでも山沿いでも探検してみたい気分でよ」
男「お、そのヘアピンもらったんか」
少女「…うん」
男「さてはいっちょ前におしゃれでも始める気だろー。あのばあさんなら喜んで手伝ってくれそうだ」
少女「……」
タッタッタッ
男「おっと…」
少女「」ギュー!
男「…どうかしたのか?」
少女「っ……」
男(震えてやがる)
男(…無人島に居たときもこんなことがあったような…)
少女「怖いの…」
男「……」
少女「……私は……」
少女「あなただけでいい…!こんなにいっぱいもらっても、また壊れちゃうから、男が居ればそれでいいの…!」
男「壊れるって、何がだよ……俺と居たっていいことなんか…」
少女「」フルフル
男(そうだ、あの時は猿に怯えて俺に飛びついてきたんだったっけな)
男(……)
男「少女」
男「お前が何をされてきたのか、教えてくれないか」
今回はここまでです。
私は元々、あなたと同じ人間だった。
=======
ーーー養護施設ーーー
男子児童「これ、おまえの昼だってさ」
(ごちゃ混ぜになった昼食)
少女「……」
男子児童「のこさず食えよ」ニヤニヤ
少女「…こんなことして楽しいの?」
男子児童「あぁ?えさをやろうってのに生意気だな」
男子児童「おら」バシャッ
少女「っ…」
クスクス
児童A「いいにおいじゃん。床もきれいになめとけよ。きゃははっ!」
保育士「お風呂に入りたいって…また汚しちゃったの?」
少女「やられたんです」
保育士「前もそう言ってたけど、みんなに訊いても知らないって言ってたわよ」
保育士「お風呂の時間は決まってるんだから、汚れないように気を付けるのよ」
少女「……」
少女「」フキフキ
少女「……!」
少女(服がない…)
少女「……」ギリ
友「少女ちゃん!よかったまだ居た」
友「はいお洋服。また隠されてたから」
少女「友ちゃん…」
友「あとね、お着替えできたら付いてきてほしいの。わたしのお昼こっそりとっといたんだ。いっしょに食べよ?」
少女「……うん、ありがと」ニコ
養護職員「またあの子?」
保育士「相変わらずイタズラが続いてるみたいでね」
保育士「面倒だわ。余計な仕事ばかり増えてくのよ」
養護職員「親御さん、手続きもしないで置いていったんでしょ?里親も見つからないし困ったものね」
保育士「それに、なんだかあの子気味が悪くて」
養護職員「同感。何考えてるのか全く分からないわよね…」
少女「………」
ーーーーーーー
友「できたっ」
友「少女ちゃん少女ちゃん」
少女「?」
友「じゃん!問題です、この人はだれでしょう?」
少女「人なのー?それ。木とかじゃなくって?」クスッ
友「ひどーい。少女ちゃんだよー、せっかくかいてみたのになぁ」
少女「これが私…」
少女「…友ちゃんもかいてあげよっか」
友「ほんと?かいてかいて!」
少女「私なりにかいてあげるからね。ふふ」
友「?どーいうこと?」
男子児童「よう、楽しそうじゃん」
友「あ…」
少女「……」
男子児童「もっとおもしろいこと教えてやるよ」
少女「いい。どっかいって」
男子児童「へっ」グイッ
友「きゃっ」
少女「ちょっと!」
取り巻き「おっと静かになー」ガシッ
少女「!離して…!」
男子児童「見てみぃこいつ。ゴキブリホイホイ!」
男子児童「中にほら」
ゴキブリ「」ウネ...
取り巻き「おえー、まだ生きてんだ」
男子児童「お前さ、これのグルメリポーターやれよ。食べて感想言うやつ。いつもゴキブリみたいなやつと遊んでんだからよゆうっしょ?」
友「ひっ…いや……」
少女「ふざけないで!」
男子児童「ふざけてないよめっちゃおもしろそうだろ?」
男子児童「んじゃ、友さんはりきってどうぞ~」スッ
少女「お前…!」
男子児童「口開けろって」グッ
友「…っ!」フルフル
少女「」ブン
取り巻き「うお!?」
少女「ああぁ!!」ダッ
男子児童「なっ、てめ…!」
ドタッ!
「少女があばれてる!」
「先生呼ぼう!」
.........
保育士「暴力はいけないよって教えたよね?どうしてそれが守れないの?」
少女「……」
友「先生ちがうの!あいつらが虫を食べさせようとしてきて…」
保育士「……どんなことされても叩いたり蹴ったりしちゃダメ。男子児童くんお怪我しちゃったのよ。二人とも後で謝ってきなさいね」
友「そんな、先生!」
スタスタスタ...
友「……ひぐ……グス……」
少女「…ごめんね」
毎日、何のために生きてるんだろうって思ってた。
ーーーーーーー
少女「……」アム
友「……」パク、パク
男子児童「なーこんなかに箸も使えないやつがいるってマジー?」
クスクス...
保育士「……」
少女(……)
少女「…ごちそうさま」
保育士「もういいの?」
少女「お腹いっぱいなんです」
ガチャ
施設長「こんにちは。みんないい子にしてたかしら?」
施設長「少女ちゃんと友ちゃん、こっちにいらっしゃい」
施設長「この人が、あなたたちの新しい親御さん」
所長「やあ初めまして。君が少女さんで、友さんだね?」
所長「ふぅむ…」ジロジロ
友「」ピク
少女「……」
所長「うん。元気そうで何よりだ」
所長「これから君達のお父さんになる。気軽にパパとでも呼んでくれると嬉しいな」ニッ
.........
(車内)
所長「それではね。素晴らしい子供たちをありがとう」
施設長「どうか大切に、愛してあげてくださいね」
所長「無論、大事にすると約束しよう」
保育士「二人とも元気でね!ちゃんと言うこと聞くのよ」
養護職員「寂しくなるわ…」
少女(…嘘ばっかり)
バタン ブロロロ...
養護職員「…良かったわね」
保育士「えぇ。あの子にとっても私達にとっても」
保育士「それにしても里親の申請なんていつあったのかしら」
養護職員「そうねぇ。あの人も家庭訪問や面接なんかも受けてるはずだけど、そんな話全く聞いてないわ」
養護職員「施設長、あの男性はどのような人なのです?」
施設長「あの人は特別なんですよ」
二人「?」
施設長「あなた達は少女ちゃんと友ちゃんが健やかに育つようにお祈りしてるだけでいいんです」ニコ
所長「ここから3時間ほど車で移動するからね。トイレに行きたくなったりお腹が空いたりしたらすぐに言ってくれ」
少女「……」
友「……し、少女ちゃん……」ヒソヒソ
少女「どうしたの?」ヒソヒソ
友「わたし、ちょっとこわい…」ヒソヒソ
少女「…大丈夫。もし何かしてきても私が守ってあげる」ヒソヒソ
友「……」ギュ
所長「はは、まだ慣れないかな?当然だね、知り合って1日も経っていないからね」
所長「今から行くのは君達のために用意した新居だ」
所長「ちょっとずつでいいさ。ゆっくりとお互いのことを知っていこうじゃないか」
少女「………」
その時はもう、どこだっていいやって、あの無味な場所から離れられるならなんでもよかったの。
なにより私だけじゃなくて、友ちゃんも居たから。
=======
ーーーーーーー
秘書「……」カチ、カチ
モニター『対象No. 91 氏名:XXX XXX 合成オブジェクト:マクジャク 状態:衰弱』
秘書「……」カチ
モニター『対象No. 91 氏名:XXX XXX 合成オブジェクト:マクジャク 状態:死亡』
秘書「…第三負荷実験には耐えませんでしたか…」
秘書「……」ス、スッ...
モニター『対象No. 104 氏名:少女 合成オブジェクト:――』
秘書「………」
=======
所長「さ、着いたよ」
少女「これが、新しい家…?」
友「わー…おっきい」
所長「こんな山の中ですまないがね。うるさいよりはいいだろう?」
所長「私はここに住んでいない。君達には女性の世話係をつけておくから用がある時は彼女に言いつけなさい」
所長「しかし私も父親だ、時々はここへ様子を見にくる。そしたら団欒でもしてくれると嬉しいね」
友「……」(少女の影に隠れる)
少女「…分かりました」
ーーー数週間後ーーー
世話係「今日は所長様がおいでになる日ですから、出迎えてあげてくださいね」
友「はーい!」タッタッタッ
少女「あ、友ちゃん!まだ来る時間じゃないよ!」タッタッタッ
世話係「ふふ、仲良くなったわねぇ」
.........
少女「はいストップ!」
友「つかまっちゃったー」
少女「もう、いつの間にか追いかけっこになってるし。所長さんが来るの、お昼過ぎてからだよ?」
友「待ちきれなくって」エヘヘ
少女「…友ちゃん変わったね。初めはあんなに怖がってたのに」
友「うん!だって面白いし良い人だもん。わたしパパのこと好き!」
友「でももちろん少女ちゃんの方が好きだよ」ニコッ
少女「!…私も」
友「少女ちゃんはパパきらい?」
少女「嫌いじゃないけど…」
友「じゃあ今日は一緒に遊んでもらえるかきいてみよ!」
少女「…ん。そうだね」
ーーーーー
保育士「それに、なんだかあの子気味が悪くて」
養護職員「同感。何考えてるのか全く分からないわよね…」
ーーーーー
少女(少なくともあの人たちよりはずっと良い人…だよね)
少女(…私ももっと、所長さんに近付いてみようかな)
友「え?お引っ越し?」
所長「そう。実は君達に内緒で準備していたのだよ。ここだとどうにも不便だろう?」
友「うーん、わたしはこのお家も好きだけどなぁ」
所長「向こうなら私が毎日顔を出せる」
友「じゃあ行く!」
少女「と、友ちゃん」
所長「不満かね?」
少女「え、と…」
所長「君と同じくらいの子も何人か居るが、皆良い子達だよ」
所長「それとも、まだ私のことが信じられないかな?」
少女「……」
少女「行きます。…お、お父さんがそう言うなら」
所長「はははっ、ありがとう」
ーーーーーーー
友「ここ?」
所長「そうだよ」
『国立医療生体研究所』
友「くに、たつ、い……せいたい…?」
少女「病院なんですか?」
所長「入ってみれば分かるさ」
少女(…なんだろう、なんか、やだな…)
「「……」」ザッザッ
少女(さっきから後ろを付いてくるこの人たちも、お父さんは私たちを守るためって言ってたけど…)
友「少女ちゃん!何してるのー?」
少女「!…うん」タッタッ
.........
友「ねぇパパ、この中のどれかがわたしと少女ちゃんのお部屋なんでしょ!」テクテク
所長「利口だね。そうさ、君達だけの特別な部屋がこの先に待っている」カツカツ
友「どんなところ?またお手伝いさんがいるの?」
所長「もっともっと過ごしやすい所だよ。面倒なことは何一つしなくていい」
所長「炊事も掃除も、洗濯、買い物、果ては他人のご機嫌取り。煩わしいことなど一切考える必要のない生活を、君達には送って欲しいのだ」
友「?」
所長「お姫様のような生活だよ」
友「わぁー…!」キラキラ
少女(お姫様……こんなところにあるのかな…)
少女(変な感じがさっきよりも…)
友「おひめ様だって!かわいいお洋服着られるかな?この前読んだ本みたいに!」
友「少女ちゃんはおひめ様になったら何する?」
少女「私は……やっぱり、今までの家がいい」
友「ふぇ?なんで…?」
少女「ここはなんか、広過ぎるかなって」
少女「あの、私、友ちゃんと静かに暮らせるならそれで…」
所長「――到着だ」
『合成室1』 『合成室2』
少女「…?」
友「どっちのお部屋ー?」
所長「両方だよ」
所長「おい」
「「はっ」」
ガシッ
少女・友「「!?」」
グイ、グイッ!
友「やっ…!?」
所長「衣服は捨て置け、もう不要だ」
少女「っ…!」
友「やだやだ!パパ、やめてよぉ!」
所長「傷は付けるなよ。失敗因子を増やしたくないのでね」
所長「さて、実験の開始だ」
それは生きてるのか死んでるのか分からない苦しさだった。
苦しいって気付いたのもしばらく後で、1秒か、もしかしたら1分だったのかもしれないその時間は、自分が粉々に砕かれてすり潰されて混ぜられるような気持ちの悪さでね。
…今も覚えてるの…。
少女「……ゔ……」
少女(あれ…私、生きて…)
少女「…!?」
少女(なにこれ!?)
バサ..バサ..
少女(羽?翼…!?私の背中にくっ付いてる…?)
所長「美しさで言えば、こちらの方が上だね」
少女「!」
所長「どう思う、秘書君」
少女「…何、したの?」
秘書「おっしゃる通りですが、種々のデータが取れるまで優劣は付けられません」
少女「ねぇ…」
所長「はは、それはそうだ。早速明日からフェーズ1に入れてくれたまえ」
少女「ねぇ!こっから出して!これ取ってよ!!」
所長「まあ落ち着きなさい。慌てなくてもいい」
所長「君は人類の救世主となるのだよ」ニィ
その目は私を映してなんかいなかった。
そして次の日から、地獄が始まった。
ボキンッ
少女「あ゙がっ…」
――痛いこと。
ゴポ..ゴポ..
少女「……、っ……」
――苦しいこと。
少女「いやっ…!触りたくない…!」
――汚いこと。
少女「ひ…!あ……」
――気持ち悪いこと。
もう何も考えたくなかった。
私に向けられる狂った視線も、見ず知らずの他人を信じた自分の馬鹿さも、生まれた意味も何もかも。
ただ唯一気がかりだったのは友ちゃんのこと。連れて来られた日以来会ってなかったから。もしかしたらあいつらの隙を見て友ちゃんと逃げ出せるかもしれない。
そんなことを思ってた。
あの時までは。
ーーーーーーー
所長「やぁ元気かね」
少女「……」
所長「顔色は悪くないね。最近食事を残し気味と聞いていたから不安だったのだよ。君には健康体でいてもらわないと」
少女「……」
所長「今日は君にいい知らせを届けにきたんだ」
所長「君のお友達を連れてきた」
少女「!」
..ベタ..ベタ
少女(友ちゃん…!)
少女「――え」
友「……」
少女(顔は、確かに私の知ってる友ちゃんだ…けど…)
少女(体が毛むくじゃら……腕も、足もあんなに太くなかった……)
所長「あの子は哀れな失敗作のお猿さんだ」
所長「あれを殺すんだ、少女」
少女「…!?」
所長「でないと君が死んでしまうぞ?」
少女「…しない。絶対、そんなこと――」
バキッ
少女「ぎゃっ…」
ドサ
少女(今のは何…?)
少女(まさか…)
少女「友、ちゃん…?」
友「えへへ、痛かったよね、ごめんね?」
友「でもね、約束してくれたんだぁ」
友「少女ちゃんを殺したら、元に戻してくれるって。えへっ、元の暮らしに帰してくれるんだって…!」
友「少女ちゃん…わたし、少女ちゃんが泣きそうな時とかいじめられてる時も一緒にいてあげたよね…?だからね?」
友「わたしのために、死んで?」
頭の中が一瞬で真っ白になった。
もうどこにも望みなんかないんだって。
友「」スッ...
そうして私は
=======
ーーーーーーー
少女「私、は……」
男「無理に話さなくていい」
男「何があったのかは、おおよそ分かったから」ギュ
少女「……っ」ギュー
少女「…ごめんなさい…」
少女「けど、男には…最後まで知ってほしい…」
男「……」
ーーーーーーー
モニター『対象No. 104 氏名:少女 合成オブジェクト:可変質有機体 状態:逃亡』
モニター『対象No. 105 氏名:友 合成オブジェクト:ニシローランドゴリラ 状態:死亡』
秘書「………」
秘書(所長が、キメラに興味を示したのは10年以上も前)
秘書(人間とそれ以外の動物を組み合わせた生物。1個体が複数の異なる遺伝情報を有する状態…これを人工的に作り出す研究)
秘書(当然、許されるわけがない)
秘書(けれど…)
ーーーーー
所長「君も感じるだろう。醜く濁った人間の多いこと。程度の低い争いを、飽きもせず日夜繰り返している」
所長「分かるかね?人は進化しなければならないのだよ。その為には倫理などという足枷は邪魔だ」
所長「その下らない価値観が、我々人類の発展を妨害しているのだ」
ーーーーー
秘書「……」
秘書(そしてここまで来てしまった)
秘書(…私は貴方に見て欲しかっただけなのに)
ーーーーー
少女「」フッ
ーーーーー
秘書(あの笑みがいつまでも脳裏にまとわりついてくる)
秘書(これまで見たどんな表情よりも自然な笑顔で)
秘書(今の私を嘲笑うかのように…)
秘書「…所長…」
=======
所長「ほう、これは予想以上だね…!」
友「」
少女「……」
所長「これほど適合した例は初めてだ!」
所長「そうか君だったのだな!嗚呼、進化というのはかく美しくあるべきだ」
少女(……)
所長「共に次代を築き上げようじゃないか」
所長「私の天使殿」
少女「………」
それからの記憶は、あんまりはっきりしてないの。
何をされても何も感じなくなってた。
思い出せることといえば、こんなことくらい。
ーーーーーーー
カチッ プシュー...
「出なさい」
少女「……」
「何をしている、早くするんだ」
少女「……」スク...
ペタ、ペタ
「どうかしたのか?」
「あぁいえ、これの動きが遅いもので」
「具合が悪いんじゃないのか?」
「今朝は異常はなかったのですが…」
少女「………」バサッ
ビシュッ
――ビチャビチャ、ゴトッ...
「……は?」
少女「……」
バサッ
.........
ビー! ビー!
少女「……」ペタ..ペタ..
ビー! ビー!
少女「……」ペタ..ペタ..
ゴトン、ゴトン
少女「……」
所長『大人しくしていなさい。その空間は完全に隔離された』
所長『いけない子だね。父親の言うことが守れないのかい?』
少女「………」
所長『心苦しいが、悪い子にはお仕置きが必要だ。君には外部との直接接触を断ってもらう』
所長『安心したまえ、良い子にしてたらまた出してあげるさ』
=======
ーーーーーーー
少女「…あとは、あなたが来るまでずっと…あの場所に居た」
少女「暗くて冷たい……」
男「………」
男(つまり、あそこは医療関係施設を装ったイカれた人体実験場だったってわけか)
男(少女がどんなことをされてきたかなんて、所詮想像しかできねーけど…)
男(…なるほどな、猿にされた親友か)
少女「……」ギュ...
少女「今の暮らしはね、とっても温かくて安心する。でも私が居たらいつか必ず壊れてしまう…」
少女「私にはもう普通の人生を送るなんて出来ないの。だって…"人"ですらないんだもん…!」
男「んなことはない」
男「一寸の虫にも五分の魂、って知ってるか?」
少女「……」フルフル
男「平たく言うと、どんな生き物にもそれ相応の気持ちだとか考えがあるってことだ」
少女「……」
男「いやすまんすまん、少女が虫だって言ってるんじゃなくてな?」
男「人だろうが何だろうが、幸せに生きてく権利はあるんじゃねーかな。猫なら猫生、犬なら犬生……少女なら少女生ってか」
男「俺なんか下らねー遊びで借金作りまくって親にも勘当されて、挙句臓器を売られそうになったりもしたけどよ、そいつは結局、俺が好きに生きてきたっつー証なんだよ」
男「こんなクズの話じゃ参考になんねーか」ハハッ
バサ...
男「…羽、くすぐったいな」
少女「」ギューッ
少女「私とあなたは違う……どうしようもなく、違う……」
少女「それでも、あなたの言葉の一つ一つが嬉しくて……私の中に満ちてきて…」
少女「男は私の光なの…!」
少女「お願い…私の前から居なくならないでっ…!」
男「……」ナデナデ
男(……)
男(この子は)
男(どうすれば幸せになれる?)
少女「男……男ぉ……」
男「ここに居るよ」ナデナデ
男(俺がこの子を背負うのか…?ガキの一人抱き上げたこともない俺が?)
男(…そんなこと…)
ーーーーーーー
ザザ
隊長「俺だ。最後の島に着いた」
隊長「あぁ、散開の手筈はさっき伝えた通りだ。見つけ次第即座に連絡を送ろう」
隊長「くどいな。殺すな、だろ?重々承知だ」
ザッ
隊長(この国で合法的に引き金を引けるチャンスなんだ。お上と言えど水を差して欲しくはないな)
隊長「行くぞお前ら。相手は既に何十人と殺しているモンスターだ。気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
隊員たち「「「はっ」」」
今回はここまでです。
ここの施設の所長って卿がつく二つ名で呼ばれてたり白い笛を持ってたり口癖が「おやおやおや………」だったりする?
>>143 黎明卿のことでしょうか?
調べて初めて知りましたが、確かに似ていますね。
あそこまででないとは思いますが、どうでしょう…
ーーー翌日ーーー
老人「まだかのう」ソワソワ
男「あの、何がっすか?」
老人「じきに分かる」
男(あんな独白があった夜でも寝れば明ける。朝起きると突然ばあさんが部屋に入ってきて少女を連れ出し、俺とじいさんはなぜか居間で待たされていた)
男(あいつ、目白黒させながら運ばれてったな)
ーーーーー
少女「男は私の光なの…!」
ーーーーー
男(……)
老婆「はいお待たせ」
老婆「出来たから、二人とも入っていいわよ」ニコニコ
老人「おぉでは早速……と言いたいところじゃが、先鋒は男くんに譲ろう」
男「え、はぁどうも」
男(何しようってんだ。別に少女が料理を始めたとかいうわけでもないだろうに)
スー
男「……!」
少女「……」モジ...
老人「よく似合っておるぞ」
男(真っ白なワンピース……に、頭のは昨日のヘアピンか)
老婆「少女ちゃんね、ちゃんとしたお洋服持ってなかったでしょう?」
老婆「ばあちゃんからのプレゼント。どうかしら男ちゃん、見違えたと思わない?」ニコニコ
老人「本当はの、その髪留めとセットで渡すつもりだったんじゃ。しかしばあさんがはやるもんで、髪留めだけ先に渡してしもうた」
老婆「いいじゃないですか。こうして両方お披露目出来たのですから」
少女「…変、かな」
男「いや…」
男(これはどっからどう見ても)
男「天使……」
男「!あぁ悪い、今のはあれだ、見惚れてたっつーかつい」
少女「…!」
老婆「ほらここも」
(翼用に空けられたスリット)
老婆「大きな翼だったからねぇ。ちょっと大変だったけど、綺麗に出来てるでしょう」ニコニコ
男(すげぇ、ぱっと見じゃ境目が分からんな。俺が破いたシャツとは雲泥の差だ)
老婆「少女ちゃん、万歳してみてくれる?」
少女「」スッ
老婆「そうそうここの幅!最初大きく取りすぎちゃってね――」
男「はは…」
老人「年甲斐もなくはしゃぎおってからに」
老人「すまんの、ばあさんはお前さん方が来てくれて嬉しくしょうがないんじゃ。わしらの間には子供が出来なんだ。それで男くんを息子、少女ちゃんを孫娘とでも見ておるんじゃろう」
老人「わしも人のことは言えぬがのう」ホッホ
男「…俺も、もし本当にじいさんの子供だったらもっと真っ当な人間になってたかもしんないっす」
老人「そうなのかい?」
男「……」
老人「滅多なことを言うもんでもないがの」
老人「君はまだ若い。やり直しなんぞいくらでも効く。今はとにかくなりふり構わぬことじゃよ」
老人「ちょびーっと長生きな、爺の戯言じゃ」
男「なりふり…」
男(……)
男「…そうっすね」
ーーーーー
男「人だろうが何だろうが、幸せに生きてく権利はあるんじゃねーかな」
ーーーーー
男(そう言ったのは他でもない俺だ)
男(また、口だけか?)
老婆「そうだわ。ねえ少女ちゃんはお化粧したことあるかしら?」
少女「う、ううん」
老婆「今日はお出かけよね?帰ってきたら教えてあげる。おめかししたら、きっともっと可愛くなるわよ」ニコニコ
男(……)
男「よかったな、少女」
少女「!うん」
少女「今日、この服で行く」
男「いいけど汚さねーようになー」
少女(♪)
ーーーーーーー
男「……」テクテク
少女「……」テクテク
男(この辺に人は居ないってことらしいが、人どころか他の民家も見かけない。どんだけ辺境の地に住んでんだよ)
男(…今の俺たちにしちゃ好都合か)
少女「今歩いてるのが西」
男「え?」
少女「違った?」
男「あ、あぁ太陽の位置な」
男「でもあんだけ高く昇ってちゃ向こうが真東とは限らんぞ?基本斜め上に上がってくしな」
少女「この前はそんなこと言ってなかった」
男「んな細かいこと……教えて欲しかったか?」
少女「」コク
男「じゃ、次からは気を付けるよ」ポンポン
少女「…♪」
男「…少女、行きたいとこあるか?ここじゃあどこに歩いても大して変わらんだろうが…」
少女「男と一緒ならどこでもいい」
男「………」
男「ん、あそこ、行ってみっか」
.........
(小さな川)
男「川だ。さすがに見たことあるだろ?」
少女「きれい」
男「…だな」
少女「……」チャプ
少女「冷たい…!」
男「マジだ。山ん中の川ってこんな冷えてるのな」
男「都会のドブ川とはえらい違いだ。あっちは濁ってるし臭いし、こうはいかない」
男(そうか…こいつはもう都会を歩くなんてことは出来ねーのか)
少女「……」ジー
男「何してんだ?」
少女「これ」
アメンボ「」スイー
少女「アメンボ」
男「知ってるんだな」
少女「昔見たことがあったの。雨上がりの水たまりで、友ちゃんと…」
男「……」
少女「一寸の虫に……えと…」
男「五分の魂か?」
少女「そう、それ」
少女「この子にもこの子の気持ちがあるのかな。自分は幸せだって思って生きてるのかしら」
少女「水に浮いてるだけにしか見えないのに」
男「…水に浮くことがそいつの幸せなのかもしれない」
少女「どうして?私は空が飛べても全然楽しくも嬉しくもないわ」
男「少女が空飛ぶのと、そいつが浮いてることとはイコールじゃないだろ」
男「結局んところ何が幸せかなんてそれぞれ違ぇのさ。俺はビールにつまみ、あとはパチ。そいつは水面走り」
男「お前の場合、それが――」
男(……それが……)
男(俺と居ること……?)
少女「………」
男「………」
男「あの、さ」
男「いっそのこと、じいさんたちの子になっちゃわないか?」
少女「……」
男「ここはいい。人もいねーし静かで安全だ」
男「もう何日もこうやって過ごせてるんだ。じいさんもばあさんもとっくにお前を受け入れてる。というよりそうじゃなけりゃそもそも助けたりなんかしないさ」
少女「……でも」
男「心配すんな、俺も居るから」
少女「…いいのかな…私みたいな…」
男「いいんだよ、四人家族で」
男「つってもずっとここで暮らしてくのは危なっかしくて嫌だからな。少ししたら引っ越してーとこだが…二人で頼めば聞いてくれるだろ」ヘヘッ
少女「……」ハサ..ハサ..
男(俯いちゃいるけど羽が忙しなく揺れてる)
男(多分、喜んでる)
少女「…頭、なでて。昨日みたいに」
男「おう」
ナデナデ
少女「あったかい…」
男「そうか?俺の心があったかいからじゃねーかなー」
少女「んっ」ニコッ
男(冗談だったんだが、そういい笑顔で頷かれちゃあなぁ…)
男「……」チョン、チョン
少女「?」
男「おしゃれだな、このヘアピン」
少女「……//」
男「そうと決まれば遊んでいくか!」
少女「遊び?しりとり?」
男「いーや。せっかく川に来たんだ、川でしか出来ないような遊びをしようぜ」
少女「!なあに?」
男「それはずばり!」
少女「」ワクワク
男「……」
少女「…?」
男(やべ、俺生まれてこの方川で遊んだことなんかなかったわ)
男「…えー…」
パシャッ
少女「きゃっ」
男「はっはっは、水かけ合戦!…なんつって」
少女「……」
ザバァ...(翼で水を掬い上げる)
男「え」
少女「それなら勝てそう」
男「たんまたんま。少女さん?その量はちょっとまずいんじゃない?全身びっしゃびしゃだよ」
少女「そういう遊びじゃないの?」
男「…いやぁ実は」
バシャー
ーーーーーーー
老婆「無いわねぇ」ガサガサ
老婆「この中だったかしら」
老人「落ち着きがないのうさっきから。何が無いんじゃ?」
老婆「お化粧に使ってた道具。ここにしまってたと思うのよ……おじいさん知りませんか?」
老人「何故わしが。大方掃除した時にでも捨ててしまったんじゃろう」
老婆「困ったわ…少女ちゃんもうすぐ帰ってくるのに。今から買いに行っても戻ってこれるのは明日よねぇ…」
老人「いんたーねっとというものなら出掛けずとも購入可能と聞いたことがある」
老婆「まあ!」
老人「じゃが、ぱそこんがなければいけないらしい」
老婆「まあ…」
老人「一喜一憂が幼児みたいになっとるぞ。明日買いに行けばよかろう、車はわしが出すわい」
プルルルル プルルルル
老婆「あらお電話。珍しい、あのヘルスセンターの人かしら?」
老人「おったのう、仕事熱心じゃった」
ガチャ
老婆「はいもしもし、私とおじいさんは元気ですよ」
所長『それは何よりだ。ボケが進行されるとこちらとしても困るからね』
老婆「ボケなんてきませんよ」ホホホ
老婆「どちら様かしらねぇ?」
所長『しかし貴方達は驚くべき場所に住んでいる。その区域に人が居ることを初めて知ったよ』
老婆「のどかで良い所ですよ」
所長『そうかね。ではボケていない貴女にお尋ねする』
所長『翼の生えた女の子を見かけなかったかな?』
老婆「……」
老婆「翼?」
所長『真っ白な、お伽話で描かれるような翼だ」
老婆「素敵ねぇ。けれどごめんなさい、知らないわ」
所長『本当に見たことがないか?』
老婆「えぇ」
所長『…残念だよ』
プツッ
ツー、ツー...
老婆「間違い電話のようですね」
老人「こんな僻地にかけてくるとは器用な間違え方をするわい」
バタン!
隊長「邪魔をする」
ーーーーーーー
男「ぶぇっくしょい!」
男「っあー、風邪引いたらどうすんだよ」テクテク
少女「空、飛び回れば早く乾くかも」テクテク
男「余計悪化するわ」
男「…あれはあれで面白れーから、そのうちまた頼もうかね」
少女「いつでもいいよ」
男「そういや帰ったらばあさんが化粧してくれるとか言ってたな」
少女「…可愛くなれるの?」
男「女は化粧で化けるって言うぜー」
男「子供にはまだ早ぇと思うけど」
少女「……」ムッ
男「でもナチュラルメイクなんてのはいいって聞くな。少女肌真っ白だしそんくらいが丁度いいんじゃねーか?」
少女「なら…それにする」
男「言ってみ言ってみぃ」
男「あ」
(湧水所)
男「そうだ…出かけついでに水汲んでくるよう言われてたんだった」
男「容器もなんも持ってきてねー…」
少女「私が運んでいこっか?」
男「お前が?っていやいや、羽に水貯めてくのは新し過ぎる。量的にも足りないしな」
男「しゃあない。少女、家ん中に空のポリタンクがあったはずだから取ってきてくれ。四つくらい」
男「俺はここで待ってるから」
少女「男も行こ」
男「一人で行った方が早く戻ってこれるだろ?ちょっと飛んでスイスイっと」
少女「………」
男(に、睨んでる)
男(ぶっちゃけさっきの川遊びでへろへろなんだよな…少しくらい横になりてー)
男「分かった!行ってきてくれたら好きなこと一つだけしてやろう」
少女「!ほんと?」
男「おう何でもいいぞ」
少女「……じ、じゃあ」
少女「抱きしめてほしい…寝る時、ぎゅって」
男(そんだけでいいのか)
男「お安いごようだ」
少女「…ふふっ」
少女「行ってくる!」バサッ
ーーーーーーー
バサ、バサ
少女「……」
ーーーーー
男「人だろうが何だろうが、幸せに生きてく権利はあるんじゃねーかな」
ーーーーー
少女(そんなことを言ってくれたのはあなたが初めてだった)
少女「……」バサッ
ーーーーー
男「いいんだよ、四人家族で」
ーーーーー
少女「……私の、家族……」
少女(男と私が…)
ーーーーー
男「今のはあれだ、見惚れてたっつーかつい」
ーーーーー
少女「……♪」
ストッ
少女(ポリタンクは家の中)
少女(…今お化粧して戻ったら、男驚いてくれるかな)
ガラ
少女「おばあちゃん…!朝話してたこ…と……」
隊長「よう、待ってたぞ」
隊員「「「」」」チャキッ
少女「………?」
隊長「写真で見た通りの翼だな。だが服と、その頭の…一丁前に人間に擬態したつもりか?」
隊長「聞いていたのは可変質などという異形の力だけだったが、よもや人を洗脳する能力まで有しているとはな」
老人「」
老婆「」
少女「!!」
隊長「いくら問い質してもお前の居場所を吐かずしらばっくれるばかりだった。既に救いようのない程お前に汚染されていたからな」
隊長「始末させてもらった」ニッ...
少女「………」
カシャ
隊長「遺伝子銃と言うらしいな」
隊長「これで撃たれた者は細胞が崩れ落ち、苦しみ悶えながら息絶える」
隊長「いくら銃弾を防ごうが、擦り傷が出来ただけで内側から腐っていくそうだ」
隊長「そこの死体のように」
少女「………」
隊長「さあどうする化け物。大人しくついてくるか、俺達とやり合うか」
少女「……………」
...バサ
隊長「ふっ、そうだろうな」
隊長「もっとも、張り合いが無くてはつまらん」
隊長「退屈なお守り仕事ばかり――」
少女「おい」
少女「黙って死ね」
ーーーーーーー
男「……」ダイノジ
男「……」
男「気持ちー…このまま寝れちゃいそうだ」
ーーーーー
少女「…ふふっ」
ーーーーー
男「…あんな風に笑えるんだな」
男「嬉しそうに飛んでっちゃって」
男「もっとでけーわがままでも、俺は構わなかったんだけどな」
...パァン...
男「ん?」ムク
男(今の音……銃声……?)
男(いやまさか…)
男「………」
男(…胸騒ぎがする)
タッタッタッ
ーーー老夫婦宅ーーー
男「やっと着いた…」ゼェ..ゼェ..
男(田舎ってのはどうしてこういちいち遠いんだ)
男「……」
男(さっきの音、あのあと一回も聞こえてこなかったが…)
男(少女も一向に戻ってくる気配がない)
男「…もしかして帰る途中で…?」
...ガラ
少女「……」
男「お…なんだ、居るんじゃねーか」
男「どっかで迷子にでもなってんじゃないかと心配したぜ」
少女「」スッ...
グイッ!
男「!?どうした?」
少女「今すぐここから離れないと」
男「い、いや水汲みくらいそんなに急がなくても」
男(…っ!)
男(肩に赤いシミ…見覚えがある、これは…)
男「何が、あった?」
少女「………」
少女「おばあちゃんが…おじいちゃんが」
少女「殺された」
男「――っ」
(家の中に横たわる複数の死体)
男(あの武装集団は少女の追手か…!)
少女「私のせいで死んじゃった」
少女「…だめ、なんだ」
少女「やっぱり、おばあちゃんたちを壊しちゃった」
男「少女…」
少女「いやだ……いやだよ……ねぇ…!」ポロ..ポロ..
少女「私が望もうとしたからあいつらが来たの?私が関わったものを全部消して、それでまた笑ってるんだ!」ポロポロ
少女「ああぁ……ああ……もうやめて…」
少女「私はあんなところに戻りたくない……これ以上殺したくない…!」
少女「失くしたくないよぉ…!」ポロポロ
男「…っ」
男(くそ…!俺は……)
男(俺は…!)
ギュ
男「逃げよう、二人でどこまでも」
男「ずっと俺がついて行く、守ってやる」
男「生活のために色んな勉強して、お前と暮らしていけるよう全力を尽くしてやる!」
男「だから泣くな。俺は居なくならないから」
少女「う……あぁ……」ポロポロ
男(俺は馬鹿だ。いやそんなん元々分かってたが救いようのない大馬鹿だ)
男(あんな狂った連中が少女のことを簡単に諦めるわけがない。なのに俺は根拠もねー気休めな言葉をこいつにかけて…)
男(じいさんとばあさんが死んだのは、現実を見ずだらだらここで過ごしてた俺のせいだ)
男(…ごめんな…)
少女「男…!」ギュゥゥ
男「とりあえずはさ、ここよりずっと遠くの絶対に誰も来ないような場所に住もう」
男「ここと同じで静かなところの方がいいよな」
男「あぁでも、最初は勉強のために人の居住区の近場か…?」
男(俺はこいつを守る)
男(俺と居ることがこの子の幸せだっていうなら、いつまでも一緒に居てやる)
男(…はは、人生どうなるか分からんな)
男(俺みたいなクズ野朗にも守りたいと思えるものが出来ちまうんだからよ)
少女「うぅ……」
男「落ち着いたか?なら急いで行かないとな」
男「あんな格好つけといてあれだけど、俺を持って空飛んでくれるか?その方が走るより速いんだ」
男「無理にとは言わない」
少女「うん……できる」
男「よし。一旦は向こうの山経由で行こう」
少女「男」
男「ん?」
少女「好き」
男「……おう」
男「俺も好」
――タァン!
...ドサ
男「」
少女「…………ぇ」
今回はここまでです。
次回の投稿で完結する予定です。
男「」
少女「男……?」
男「」
少女「まだ…夜じゃない……よ?」
男「」
少女「だから寝なくていいんだよ……?」
男「」
少女「…ぁ…」
少女(何度見てきただろう)
ドク..ドク..
少女(流れてるのは)
血。
ーーーーー
友「」
ーーーーー
所長「これで、最終フェーズへの準備は整ったかな」
少女「………」
所長「見つけ出すのにえらく時間をかけてしまったが、おかげで君の感情は熟成されたようだね」
私兵「「「……」」」ザッ
所長「人間に欠かせない要素として真っ先に挙げられるのは、その形状でも知能でもない」
所長「高度な感情だ」
所長「君も出会って間もない頃は様々な表情を見せてくれたのだがね、いつしか空虚な反応さえ返してくれなくなった。君を見守る者として非常に心配したものだよ」
所長「しかし…それは杞憂だったようだ。こうして君の心を揺さぶり起こす存在を当てがうことが出来たのだから」
所長「君自らが共に連れ立とうとする人物。それが失われたとなればどれほどの感情がうねり、溢れてくるのか…!」
部隊長「所長、あまり近付かれては危険です」
所長「黙れ。口を挟むな」
所長「我々は今、人類史の岐路に立っているのだ」
所長「私の研究が正しければ、アレは心技体全てにおいて我々ホモ・サピエンスを凌駕する存在へと昇格する」
所長「さあ見せてくれ。その神性、輝き…」
所長「新人類のイヴよ!」
少女「………」
少女(………)
少女(………)
ーーーーー
男「きみと話が出来るだけで十分だ」
ーーーーー
あなたまで居なくなっちゃった。
ーーーーー
男「ぶかぶかだけど…かえって良かったかもな」
ーーーーー
望んじゃいけなかったんだ。
求めちゃいけない。考えちゃいけない。
私みたいな■■には。
ーーーーー
男「心配すんな、俺も居るから」
ーーーーー
もう、いい。
ゴワァ!!
部隊長「なんだ…!?」
所長「おぉ…!」
(後方の装甲車内)
運転員「なんだよあれ…」
運転員(実験体の捕獲任務だって聞かされた)
運転員(相手は躊躇なく人を殺す化け物だがしかし近付き過ぎなければその危険は無い)
運転員(1対の大きな翼、半径2メートルが奴の射程圏内)
運転員(そう聞かされていたのに…)
「なあ…ありゃ話と違くないか…?」
運転員(ここから見えるだけでも4対!長さなんか軽く10メートルは超えてるだろう…!)
「な……」
「っ…」
少女「………」ユラ
少女「…キえてよ」
ビュンッ
ゴシャッ!
ボトッ、ビチャ
「っ!!」
「ぅ…おおぉ!?」ガガガガガ!
ズダダッ ズダダダ!
部隊長「よせっ!勝手に撃つんじゃない!」
グシャッ
「寄るな化け物…!」ズダダダ
部隊長(駄目だ、皆この事態に混乱している)
部隊長(想定を超えた異常など…!)
部隊長「所長、アレの殺害許可を下さい。最早捕獲は困難かと思われます!」
所長「なんと素晴らしい……あれが人のあるべき……」
部隊長「所長…?」
バサッ
部隊長「!」
少女「」ビュッ
部隊長「所長!!」
所長「嗚呼…」
部隊長「くっ…車にお連れしますからね!」
部隊長「全員作戦変更だ!地点Aまで撤退する!各自榴弾を撒きながら車まで戻れ!狙撃手は撤退の援護をしろ!」
ズダダダッ パァンッ!
タタァン!
タッタッタッ
部隊長「手荒な扱いお許し下さい」
所長「」ボスン
バタン
部隊長「出せっ!地点Aだ急げ!」
運転員「は、はいっ!」
ブロロロ...
部隊長(なんてことだここまでの不測が起きようとは…!)
部隊長(アレが元のままであれば捕獲の算段はいくらでも立てていた。シミュレートも抜かりは無い)
部隊長(出だしから破綻…!どうなっている…!?)
所長「ふはは……はは…!」
部隊長(既に心はここにないか)
部隊長(地点A――緊急例外処理地点)
部隊長(捕獲ではなく確実に死に至るが、所長からの指示も得られない以上、仕方あるまい)
ドガァン!
ギィィ、ガシャンッ!
部隊長「!何の音だ?」
――ガツン!
部隊長「ぐお!?」
――ガァン!
部隊長(車体が…!?)
ドシンッ!
部隊長「……ぐ……」
部隊長(倒れた?)
部隊長「…!」
(ひしゃげ、転がり伏す後続の装甲車)
部隊長(…いや、倒されたのか)
部隊長「しっかりしろ、おい」
運転員「」
部隊長「所長、ご無事ですか!」
所長「……」
部隊長(意識はあるが、まずい…この状況は非常にまずい!)
部隊長(ここもいつアレに潰されてもおかしくない!所長を連れて早く脱さねば!)
部隊長「くそ…開け…!」ググ
ドカッ
部隊長(よしっ、早急に遠ざか――)
少女「………」
部隊長「!……」
少女「………」
部隊長(……死ぬ、か)
少女「………」ツー
部隊長「…?」
少女「……」ポロ..ポロ..
部隊長(なんだ…?涙…?)
少女「……ぅ……あ……」ポロ..ポロ..(頭を抱え後ずさる)
部隊長(何が起きているんだ…)
部隊長(!呆けている場合ではない。この間に…)
グイッ
...ザッザッ
トスッ
所長「……」
部隊長(一時車の影に置いておく。どうせ徒歩でアレから逃げ切るのは不可能だ)
部隊長(車も無くなり残った人員も定かではない今、地点Aまでは到底辿り着けまい)
部隊長(ならば優先すべきは緊急例外処理地点をここへ移してもらうこと…!)
ザザ..ザ..
部隊長(頼む、繋がってくれ…)
ザザ
秘書『はい』
部隊長「秘書殿か!?緊急事態だアレが暴走した!コードEの発令を願う!」
秘書『所長からそのような報告は受けていませんが』
部隊長「これは私の独断だ。所長は今会話が可能な状態にない」
秘書『ですが…』
部隊長「部隊は壊滅!一刻を争う事態なんだ!」
秘書『……承知しました』
部隊長「本通信の発信元を座標として欲しい。以上だ」
ザ...
部隊長(これで一先ずはいい。あとは所長と共にここを…)
部隊長(居ない!)
少女「うぅぅぅ……!」
所長「もっと見せてくれ、高次へと至った君を…」ザッ..ザッ..
部隊長「何をしているんです!?早くこちらへ――」
少女「あああぁああぁぁああああああああ!!!!!!」
バサバサバサッ!
ゴウッ! ズダンッ!
部隊長(なんという光景だ)
部隊長(木々を折り、地面を割く)
部隊長(およそこの世のものとは思えぬ異形、咆哮)
部隊長(これは紛うことなき)
部隊長「…魔物…」
体が熱い。
苦しい。
ーーーーー
なんで産んじゃったのかしら――
なんだかあの子気味が悪くて――
君は人類の救世主となるのだよ――
今度のは飛び抜けた化け物の管理らしい――
わたしのために、死んで?
ーーーーー
分かったよ…!もう分かったから!!
いらない、こんな世界。
こんな私も。
苦しいだけの■生なら、
全部消えて…消えて……
消えて――!
少女「ぐゔゔぅぅあ゙ぁ゙ぁ…!!」ポロポロ
ズドンッ!
ドスッ ズシャンッ!
ハラ...
ーーーーーーー
男「」
男「」
男「」ピク
男(………)
男(……少、女……)
男(泣いてる……)
男(……俺が……ついててやらねー…と……)
男「……ゲフ」ゴポ
ズル..ズル..
ーーーーーーー
少女「い゙……あ゙ぁ゙…!」
所長「瓦解が始まっているのか?」
所長「だが、止めてはならぬ……神聖なる進化の過程なのだ…」ウットリ
部隊長「所長!こちらへいらして下さい!」
部隊長(何故近付いていくんだ!死ぬぞ!?)
部隊長(これが狂気に取り憑かれた人間の行動なのか…?)
部隊長(…それはそうだ。この研究であれ、常人ならば開始地点に立とうとすら思わない)
部隊長(このままでは私まで…!)
部隊長「…っ」
部隊長(やむを得ない。私だけで離脱しよう)
部隊長(この呪われた空間から)
ハラリ...
部隊長「…?」
部隊長(羽?奴の体から…)
バサッ!
部隊長「!しまっ」
ドシャッ
ーーーーーーー
少女(……)
本当は幸せになりた
少女(……)
みんなと同じよう
少女(……)
誰かに認
少女(……)
私
少女(……)
少女(ううん)
少女(もう何も見ない)
少女(聞かない)
早く失くなって。
ずっとずっと深い、誰にも見つからない場所へ……
男「少女……」
少女「!!」
男「はぁ…はぁ…」
少女「男…!」タッタッタッ
男「はぁ……ケホッ」
男「追いついた……みてーだな……」
少女「男!男っ…!」
ハラ
男「んな呼ばなくても…聞こえてるぞ……」
男「?…なんだお前……顔にまで羽付いてんじゃん……」ハハ...
少女「ねぇ…ごめんなさい」
少女「ごめん…なさい…!」ポロ..ポロ..
男「……泣くなよ……」
男「言ったろ……辛くなっても…俺が居てやる……」
男「また……頭、撫でてやるから……」
少女「うん…!」ポロ..ポロ..
ハラ、ハラ
男「顔、くしゃくしゃだ……いや…ふさふさか……?はは…」
少女「男……好きなの…好き…!」ポロ..ポロ..
男「おう……俺もだ…」ニッ
男「カフッ…」
少女「……」ポロポロ
男「…まぁでも…」
男「そうやって……泣いたり……笑ったりしてる顔……」
男「……俺は……何よりも……人らしいと……」
男「………思う………ぞ………」
少女(――)
男「」
少女(…そうだ…)
少女(なかったことになんて出来ないよ)
ハラ、ハラハラ...
本当に幸せだったの。
みんなと同じように、ただただ何気ない話をしてくれるあなたが好きだった。
居ていいんだって、あなたに認めてもらえて嬉しかった。
私はあなたに会えて、
少女「……」ニコ
ハラハラハラ――
フサァ...
所長「………」
所長「素晴らしい!」
所長「実に力強く、優雅ではないか!」
所長「私の研究に間違いは無かったのだ。これこそまさしく世を統べるに相応しい優等人種。長くこの星に巣食ってきた旧人類共を淘汰せしもの」
所長「アレを失くしてしまったのは惜しいが、引き換えに貴重な実証サンプルをこの目に焼き付けることが出来た」
所長「鮮明な内にすぐにでも研究所へ戻らねば」
所長「手始めに耐久性の追究…寿命への考慮も必要か。可変質有機の配合比パターンを、アレへの寄与量を基準に作ろう」
所長「思考が止まらぬ…」
所長「感じるぞ…神の意思を…。より完璧な進化をもたらせと語りかけてきている…!」
所長「応えてやろう、私の全てを以て!ははははっ!」
「動くな!」
ザザザッ
「「「……」」」チャキ
「手を上げて大人しくするんだ」
所長「…なんだね君達は?」
「聞こえなかったか!手を上げろ!」
所長「おい、私を誰だと思っている?」
秘書「…所長」
所長「秘書君いいところに来てくれた。こやつらに説明してやってくれないか、私が誰であるかを。そしてそこを退くようにな」
所長「私は急ぎ戻らなければならない。足は用意してあるか?」
秘書「もう終わりにしましょう」
所長「なに?」
秘書「この方々は私が呼んだのです。今頃は研究所の"資料"もあらかた押収が済んでいるでしょう」
秘書「所長もご同行下さい」
所長「は……?」
所長「なんと言った?」
秘書「……」
所長「押収だと…?」
所長「ふざけるなよ貴様!」
所長「誰の許可を得てそのような愚行に及んだっ!」
所長「進化への妨害、冒涜だぞ!」
所長「許されない……許されるはずがない」
秘書「……」
所長「貴様ぁあ!」ダッ
「確保しろ!」
ダダダッ
ガシッ、ググ...
所長「ぐ…」
所長「お前達は、絶対的飛躍の機会を損ねた……文句無く地獄行きだ…!」
「秘書さん」
秘書「はい」
秘書「…行きましょう」
男「」
秘書「……」
.........
ーーーーーーー
バババババッ
搭乗員「OK、周囲に異常なし。もっと寄せてくれ」
パイロット「了解」
(ズタズタの陸地)
搭乗員「……凄まじいな」
パイロット「えぇ」
搭乗員「何を考えてここまでの惨状を生み出したのだろうな」
搭乗員「テロリストの思考回路などなぞるだけ無駄か」
パイロット「本人らも自死したとのことですからね」
搭乗員「どの肉塊も原形を留めていない。回収したところで無駄かもしれないな」
パイロット「!いえ、見て下さいあそこの!」
搭乗員「男性の遺体か?」
パイロット「あれだけは五体満足に見えますね」
搭乗員「あぁ…しかし」
搭乗員「周りの、白い地肌はなんだ?」
搭乗員(いや、地面ではないな。風に吹かれているように見える)
搭乗員(軽く、小さな…)
搭乗員「……羽?」
ーーーーーーー
(学校)
「ねぇ見た見た?今朝のニュース!」
「見た!めっちゃびびった!」
「なぁに?ニュースって」
「これよこれ」スッ
スマホ『日本で初、大規模テロ。無差別破壊が目的か』
「テロ!?」
「近くじゃなくてよかったよね」
「犯人はどんなやつなの!?」
「それがさ――」
(会社)
「うわ…」
「仕事中に何をしとるんだ」
「あ、課長。見てくださいよこれ。例の現場写真らしいですよ」
「…滅茶苦茶だな」
「竜巻が通った跡に似てるって書いてあります」
「凶器未だ分からず…」
「色んな考察が飛び交ってますよ、見ていきます?」
「仕事をしろ」
(居間)
テレビ『次に、紛争やテロといった問題に詳しい、専門家のーー教授に来て頂きました』
テレビ『早速ですが今回のテロ事件、犯人の動機としては何が考えられるのでしょう?』
テレビ『そうですね。テロというのは思想の強い発露なわけでしてね、今回のように目的を果たすためなら死んでも構わないというテロリストは多いのですよ』
テレビ『それも踏まえましてね、発生現場が極端に人の少ない地域でありますから――』
ーーーーーーー
秘書「………」
秘書「………」
秘書「………」
秘書(…あの子が残した大きな爪痕は、世間では無差別テロ事件として報じられることになりました)
秘書(これだけの行いが明るみに出れば、この国そのものが国際社会からの厳しい糾弾を免れないからだそう)
秘書「………」
秘書(私達が)
秘書(地獄行きであることなんて、当然です)
秘書(ですがあのまま、生きながらにして悪魔と化すよりは遥かに良いでしょう)
秘書(貴方もいつかそのことに気付いてくれますよう…)
「出なさい。審問の時間だ」
秘書「…はい」
秘書(…これで、少しは人に戻れたのでしょうか…?)
.........
ーーーーーーー
へー、あの世ってこんなんなってんのな。意外性がないな。
あ…先行かないでっ。
そんな進んでな…うお、結構離れてる。やっぱ不思議空間なのか。
うー。
わざとじゃないんだ。置いてったりしねーからさ。
しっかしお前のそれ、ここまで来ても残ってるとはねぇ…いっそ本物の天使になれそうだな。
手繋ぐか?天界を案内してくれよ、ははっ。
手はつなぐ。
でも…違うよ。私も男と同じだもん。
だからね、
私を天使と呼ばないで。
ー終わりー
これにて完結となります。
元々「天使と呼ばれた子」というフレーズが浮かんできたのがきっかけで考え始めた話でしたが、大きな参考元は途中でも指摘して頂いた通り「エルフェンリート」です。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません