人生実験 (2)

序論

唐突だが自分は誰かを〇してみたいと思っていた。
それを自覚したのは、中学生のときだった。
学校からの帰り道、前を歩く会社員の首筋を見て、思った。
脳と肉体を繋ぐ通り道を塞いだら、どうなるのか。
即座に答えはでた。死ぬ。
自明の理であり、思考を断ち切る。
だが、〇した側はどうなるのか。
おそらくは捕まって、犯罪者として扱われ、周りの環境が一変する。
ぶるりと身震いをする。
すごく、面白そうだ。
今考えると、言うまでもなく幼稚で自己中心的な考え方だが、そのときから根は変わっていない。
〇すことは、一種の劇薬だ。危険だから、人生を一変させるからこそ、憧れを持たせる。
逆に言えば、これまで自分の人生は、何も変わっていないのだと自覚しているのだ。
類は友を呼ぶというか、漫画や小説などで殺人快楽というやつはときおり見かける。征服感であったり、あるいはそれが生活の一部になっていたりしている。
自分は、それとは恐らく毛色が異なる。
〇すのは一度だけでいい。
自分はそれを一生後悔し、それのことを考える。
相手の人生に触れて、それを台無しにした自分を責める。
マゾ気質があるのかもしれないが、名誉のために行っておくとそれは殺人はよくないものだと思っていることの裏返しだと認識してほしい。
自分は〇すことは絶対ないだろうと安心してもいるのだ。
それほどの恨みを持つことも、自暴自棄になることも今までできなかった。
すさまじい自己愛が今の自分を守っている。

そんな自分だから
だから、目の前で殺人が行われようとしているときに動かなかったのだ。
殺意の矛先がこちらに向かないようにするために。

あるいは、その殺人者に堕ちたひとの結末を見るために。

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殺人者の名前は、八総和沙といった。色褪せた飴色の髪に、新雪のように白い頬と、ぎらぎらとぬらりと光る唇が印象的だった。自分が幸運にも、殺人現場に居合わせてしまったとき彼女は虚ろな目で自分を見ていた。見られてしまったという絶望からかあるいは殺したという実感からか、彼女は手に持つ包丁をからんと落とした。
一方、自分の目線は彼女と、その足元で横たわる金髪でアロハ服の若者をゆっくりと往復していた。
アロハ服の上に赤い塊が浮きだしており、ああ、胸を刺されると血はあのように噴き出して止まらないのだなと思った。
刹那の後、彼女は両手で顔を覆い、泣きじゃくりはじめた。
まるで、自分が殺したのかと錯覚し一瞬焦ったが、血に染まった彼女の腕を見れば、誰がやったかは明白である。
自分は一歩下がって、ひとまず場を離れようとした。
犯人の目の前で、通報をするというのは精神的にどうだろうという、その泣いている女へのよくわからない配慮だった。
そして、携帯を取り出すと真っ暗な画面に映る青ざめた自分の顔を見つけた。
携帯の充電が切れていることを思い出し、自分はその高級な板金を忌々しく睨みつけた。
ジョブズよ、この時間で私が万が一の目にあったら、君のせいだ。

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