浅倉透「時をかける透明な少女」 (65)


アイドルマスターシャイニーカラーズの二次創作SSです

よろしくお願いします

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1603525074


──事務所──

ガチャ

透「あれ。プロデューサーだ」

P「透じゃないか。どうかしたのか?」

透「忘れ物しちゃって。充電器は……あった」

P「あ、それやっぱり透のだったのか。見覚えがあったから明日にでも渡しに行こうと思ってたんだ」

透「見覚え? ふーん……。何の変哲もない黒い充電器だけど」

P「え? あー、なんでかな。確かにみんな似たようなヤツだけど」

P「でも、ひと目見て分かったよ。透のだって」


透「……。…………」

P「透?」

透「ん? 何?」

P「いや、なんだか様子がおかしいぞ」

透「んー。そうかな、そうかも。……うん」

スッ

透「じゃ、帰るから。お疲れさまです」

P「あぁ。お疲れさま」

透「……ふふっ」ニコ

タタタ…

P「はは。よく分からないけど、ご機嫌なようで何よりだ」


円香「……」ジッ

P「ん?」

サッ

P「……気のせいかな」

P「今誰かに見られていた気がしたが」

──後日・レッスン室──

円香「はぁはぁ」

ガチャ

P「円香。お疲れさま」

円香「……何の用ですか。今日はあなたと顔を合わす予定は無いはずですけど」

P「予定が無くたって会うくらい良いじゃないか」

円香「……はぁ。そういうところが前時代的だと言っているんです。ミスター・オールドタイプ」


ゴクリ

円香「……差し入れ、ありがとうございます。ちょうど水を切らしてたところでした」

P「それくらいなんでもないよ。円香の頑張りに比べたらさ」

円香「……」

P「ところで話は変わるんだが……透が充電器を取りに事務所に来たことって知ってるか?」

円香「ん。あぁ、確かこの間そんなことを話してましたね。……それが何か?」

P「あのとき円香も一緒にいただろ」

円香「っ!? ご、ごほごほっ!」


P「円香! 平気か!」

円香「よ、寄らないで。平気だから……ていうか、一緒にいたって?」

P「透が帰って扉が閉まる直前、誰かの視線を感じたんだ」

円香「……その誰かが、どうして私だってあなたは言うんです?」

P「どうしてって……んーと。直感、かな」

円香「……ミスター・ニュータイプ」

P「はい?」

円香「何でもありません。はぁ、最悪。まさか気付かれていたなんて」


P「気付いてたって言うか、直感だよ。確信はなかったからこうして確認してるわけで」

円香「ごほん……で? それが何でしょう。確かに私はあなたたち2人のやり取りを見ていました。それについて、何か問題でも?」

P「え、いや……」

円香「それとも何か問題になるようなやり取りでもあったんでしょうか? そう逆に聞いてしまいたいところですけど」

P「聞いてるじゃないか……別に、普通のやりとりだったよ。円香も知っての通りさ」

円香「……」

P「だからこそ、どうして何か言いたげに、無言で後ろから見ていたのかが気になって」

円香「……はぁ」


P「言いたいことがあったら何でも言ってくれていいんだぞ。もちろん、無理強いはしないけどさ」

円香「あなたのそういうところが嫌い」

P「は、はは。ごめん」

円香「……私は、単に気に食わないだけです」

P「え? な、何が?」

円香「あなたの偽善的な態度がです。もっと言えば、その態度が私の周囲を変えてしまっているという事実が」

P「は、はぁ」

円香「太陽を模した蛍光灯で向日葵を照らして、首を捻るがごとき行為といえば理解しやすいでしょうか」

P「えっと……ごめん。全然分からないぞ」

円香「! ナンパがしたいなら私たちを巻き込むなと、そう言ったんです!」


シーン…

P「え……?」

円香「あ……。はぁ。今のは忘れて」

P(──そうか。もしかして円香は)

スタスタ

P「待ってくれ円香!」

円香「……水、ありがとうございました。今日はもう上がります」

P「円香、待ってくれ。もう少し話がしたい」

円香「話がしたい? どんな権利があってそんな妄言を吐いてるのでしょう?」

P「権利とかじゃない、俺の我儘だ。だから頭を下げてお願いする。もう少しだけ会話をさせてくれないか」

円香「……つくづく強引な人」


──公園──

P「ここなら誰にも話を聞かれないだろう」

円香「人払いが必要な話題なのですか?」

P「あぁ。おそらくその方が、円香にとっても都合がいいはずだから」

円香「……」

P「ナンパ、とさっき言ったな」

円香「……。……言いましたが?」

P「断言するよ」

P「俺はアイドルを恋愛対象として見ていない」

円香「──え?」


P「そうか。やっぱりそれを不安がっていたんだな」

P「年頃の女の子なんだから潔癖になって当然なのに。今まで気づいてやれなくてごめん」

円香「……」ポカーン

P「俺は事務所のみんなのことが大好きだ。けれどそれは色恋の感情ではなく、家族愛や尊敬に近い感情なんだよ」

P「側から見たときその気持ちを誤解されてしまうこともあるかも知れない」

P「けれど俺はどんな理由があれ、自分が担当するアイドルに手を出すなんてことは、プロデューサーとして最低の行為だと考えている」

円香「……。…………」


P「大人を信じられないという円香の気持ちも分かるし、それ自体を否定しようとは思わない。だけど。だけど……」

円香「……だけど?」

P「俺のことは信じて欲しい」

円香「! ……はぁ。そういう言動が他人を誤解させると言ってるんです。ミスター・たらし」

P「え? あ、すまん」

円香「……」

クル

円香「……でもまぁ、よかったです。あなたがまともな大人みたいで。まだ上っ面だけという可能性もありますが」

P「上っ面じゃない。本当に俺は」

円香「その先は野暮というものですよ」


円香「甘い言葉は信用なりません。信用を得たければ、行動で示してください。……プロデューサー」

P「はは、そうだな──って円香、今プロデューサーって」

円香「はぁ? 空耳でしょう? ……もう遅いので、私は帰ります」

P「そ、そうだな。でも1人で大丈夫か、よかったら送っていくけど」

円香「結構です。電車もまだある時間帯ですし」

P「そうだよな……」

円香「……ですが、駅まで歩くには今日は寒そう。送っていただいても?」

P「! も、勿論だ!」

円香「どうして送る側が喜ぶの。……本当、おかしな人」フフ


──

P(しかし本当におかしいのは俺でなくこの世界だったようで)

P(翌日、信じられないようなことが身に起こった)

P(正直言って、目の当たりにした今でさえ俺は現状を上手く飲み込めてはいない)

P(それほどの異常事態だ)

P(透が事務所にやってきたのだ)

P(未来から、やってきたのだ)


──事務所──

透「久しぶり。プロデューサー」

P「え? ええと、昨日も会ったと思うけど」

透「そうなの? 10年も前のことなんて忘れちゃった」

P「何が?」

透「だから10年前。この肉体は昔の私だけど、今、中にいるのは10年後の浅倉透なの。今日から入れ替わってる」

P「……」

透「コンビニってまだ潰れてなかったけ?」

P「え? あ、うん」

透「そう。じゃあ朝ご飯買ってくるね」


──

透「いただきます」

P「……本気か?」

透「え、本気って?」

P「だからその、10年後からきたって話」

透「そうだけど。そっか、タイムマシンがまだ殆ど普及してないんだっけ、この時代」

P「それは知らないけど……」

透「うん。でも本気だよ。私は未来から来たんだ」

P「……悪いけど信じられない」

透「ふーん。……今日って何月何日?」

P「え。11月30日だけど」


透「明日隕石が落ちてくるよ」

P「は?」

透「東京にもガラスが降ってくる。傘、忘れないようにね」

──翌日──

テレビ『繰り返しお伝えいたします。◯◯国に直撃した隕石による津波の心配はありません』

テレビ『◯◯国では森林火災の他、衝撃波によって破れたガラスが降ってくるなど災害が相次いでおり──』

P「……」ポカーン

透「あー。日本はあんまし関係なかったんだっけ。ごめん、ガラスは降らないみたい』


P「お前まさか、本当に10年後の未来から来たのか?」

透「そうだよ」

P「……」

透「ふふっ。真っ青な顔してる」

P「こんな事態、どう受け止めたら良いか分からない」

透「普段通りどーんと構えてよ、あなた」

P「そうできたらいいんだが……」

透「……」

P「……ん? あなた?」

透「え、うん。変だったかな」


P「変っていうか、どうして?」

透「どうして? 旦那さんをあなたって言うのってそんなに不自然かな」

P「ダンナサン?」

透「未来の私たち、結婚してるから」

バタンッ

透「え、ちょっと」

透「倒れちゃった。おーい、誰かいませんかー?」

透「はづきさーん? 社長ー?」


──病院──

P(そうして俺は病院に担ぎ込まれた)

P(倒れたのは過労のせいだと話した。透の件を説明したら、入る病院が変わってしまう)

トントン ガチャ

円香「面会謝絶、ではないようですね」

P「円香……」

円香「普段アイドルに自己管理がどうとか説いてるあなたがこのザマとは、全く呆れて言葉も出ないです」

P「はは……」

円香「リンゴ、食べますか?」

P「あ、あぁ。いただくよ」

円香「無論私が剥くなんて真似はしませんので。自分で切って食べてくださいね」


シャリシャリ…

円香「……退院の予定は?」

P「今のところ未定かな。もう大丈夫と言ったんだけど、社長に止められちゃって」

円香「でしょうね。この厳重な個室はからは社長からの怒りと愛を感じます」

P「はは……回復するまで返さないって感じだよな」

円香「……。しかし誰にも聞かれたくない話をするには、案外うってつけの場所かも知れません」

P「ん。話?」

スッ


円香「この間、公園で話してくれたこと」

円香「正直言って、あなたを見直しました」

円香「私は最悪のパターンを想定しすぎる。それは自分でも分かっていることですし、今更性格を変えようとも思いません」

円香「だけど……信じられるものなら信じてみたい。その気持ちにも嘘はありません」

円香「だからあなたの言葉に、私は勇気をもらったんです」

円香「信じられる大人がいるのかもって。信じてみてもいいのかもって」


円香「……」ハァ

円香「……こんなこと、2度は言いませんから」

円香「私のキャラじゃないですし、私とあなたはそんな関係でもありません」

円香「だから、コレっきりです。熱にうなされて見た夢だとでも思ってください」

円香「……ありがとうございました」

円香「ゆっくり休んでくださいね」

スタスタ バタン


P「……。…………」

 P『断言するよ。俺はアイドルを恋愛対象として見ていない』

 透『未来の私たち、結婚してるから』

P「う、おええっ」


──後日──

真乃「プロデューサーさんっ。良かった、復帰されたんですねっ」

P「あ、あぁ。心配かけちゃったな」

真乃「私たちの方こそ、プロデューサーさんにご心労をかけてしまって、こんなことに……」

P「はは、真乃は優しいな。でもみんなのせいじゃない。俺自身の健康管理が甘かったんだ」

真乃「でも……」

P「普段と同じように接してくれると嬉しいよ。それが俺の1番の元気の源になるからさ」

真乃「プロデューサーさん……!」


真乃「えへへ。わかりましたっ。今日から一緒にお仕事頑張りましょうねっ」

P「ああ、頑張っていこう」

真乃「ふふっ。……あ、そうだ」

真乃「さっき透ちゃんと会って、プロデューサーさんのこと探しているようだったんですけど──」

ガシャン!

真乃「プ、プロデューサーさん!?」

P「す、すまない。少し目眩がしただけだ。コップの破片が危ないから離れていてくれ」

真乃「やっぱりまだ安静にした方が……」

P「心配ない……って、どの口が言えたって話だよな。今日は早退させてもらうよ。すまないがはづきさんへの伝言を頼めるかな」

真乃「は、はい……」


──駐車場──

P(ダメだ。こんな状況では運転もままならない)

P(車の中で仮眠を取ろう……)

トントン

P「ん?」

透「何してるの?」

P「ぎゃっ!?」

透「え……ひど。そんなモンスター見たみたいに」

P「ご、ごめん」

透「話しかけない方が良かった?」


P「そ、そんなことないぞ。少し休憩していただけだ。透も後部座席座るか? 暖房ついてるぞ」

透「あー、うん。じゃ、お言葉に甘えて」

ストン

透「んー。プロデューサーの匂い」

P「へ、変なこと言わないでくれよ」

透「え。変なことかな」

P「いや……透がいいならいいんだけど」

透「うん。いい」フフ


P「……」

透「……」

P(こうしていると普段の透と変わりないように見えるんだけどな)

P「……なぁ透」

透「何?」

P「未来では、俺たち夫婦なんだよな」

透「そうだよ」

P「……その、どんなきっかけで付き合うようになったんだ?」

透「ん? んー。きっかけか。何だったけな」

「……市川……頑張って起きていてくれたのは嬉しいが……ノートは……?」

「あ」

思考が霧散する。目線を上に向けて時計を見ると、2限も終わりの時間。少し目線を下げると、目の前には先生が立っていた。完全なデジャブ。

「…………取り敢えず、もう授業も終わりだから。ノートは隣の千葉に見せてもらうなり写メらせてもらうように。今日は特に手伝ってもらう事も無いから……」

「今度、CDにサイン書いてくれ。それでチャラだ」

「……へ?」

正直半分聞き流していたので何を言ったのかよく分からなかったけど、クラス全体が沸き立つのを見て、言っていることをなんとなく理解する。

「え~ズルい!私もCD持ってるから雛菜ちゃんのサイン書いてほしい!!!」

「いや、それ佐藤が箱買いしたの貰っただけじゃん……」

「教育学部に進学しようかな……」

色々な人の色々な言葉が飛び交うけれど、誰もが笑っていて。それを見て、雛菜も幸せな気持ちになった。


透「私が告って、プロデューサーがOK出した」

透「だいたいこんな感じ。だったかな」

P「……信じられない」

透「どこらへんが?」

P「どこと言われると透が未来から来たところからなんだけど、それ抜きにしたって……透が俺に恋愛感情を持つとは思えないし、更に言えば透の告白を俺が受け入れるなんて到底信じられない」

透「そう」

P「そうって……」

透「でも、未来ではそうだって、それだけの話だと思うけど」

透「今どんな高尚なことを考えてるかは知らないけど、起こったことだけが事実でしょ」


P「……俺はアイドルに手を出すような真似は絶対にしない」

透「ふふ。若いねプロデューサー」

P「え?」

透「私の知ってるプロデューサーと比べると言動が幼い気がする。当たり前か。今の私と同い年ぐらいだもんね」

P「……」

透「時間は経つよプロデューサー」

透「自分をずっと子供だと思っていた子供だって、いつかは大人になるでしょう?」

透「それと同じなんだ。いくら親愛や友愛だと格好つけたところで、それはいつか色恋の情と混ざってしまう」

透「時間が経つって、そう言うことなんだよ」

透「それは人として仕方のないことなんだ」

申し訳ないです、書き込むスレ間違えました......


P「……そんなの嘘だ」

透「うふふ、嘘じゃないって。だからといって、あなたが嘘吐きだとも私は言わない」

透「今はまだ、アイドルに手を出す気はないんだもんね?」

P「……。悪いけど、気分が悪いから出て行ってくれないか」

透「気分が悪いなら抱きしめてあげよっか。いつもそうしているみたいに」

P「透!」

透「わっ。怒らないでよ。分かった。出てくね」

P「……」

透「じゃあまたね、あなた」

バタン

P「……。…………」


──

P(あるアイドルはにこやかに話しかけてくれる)

P(あるアイドルは真剣に夢を語ってくれる)

P(あるアイドルは一緒に切磋琢磨してくれる)

P(若くて華やかでひたむきなアイドルたち)

P(容姿端麗で千紫万紅なアイドルたち)

P(彼女達と毎日顔を合わせ、笑い、時には泣いたり怒ったりして、時を積み重ねていって)

P(──10年経ったとしよう)

P(未来の俺はアイドルに対して、邪な感情を抱いていないと断言できるだろうか)

P(恋愛感情のかけらも無いと、約束できるのだろうか)


ピロン

円香『映画のチケットが2人分あります。興味があったら返信してください』

P「……」

──映画館──

円香「待ち合わせ時間ぴったりですね。ミスター・ストップウォッチ」

P「はは。すまない、待たせてしまったか?」

円香「いいえ」

P「そうか……今日は誘ってくれてありがとう。最近元気がないから、俺を気遣ってくれたんだな」

円香「は? あなたの健康状態も精神状態も私の知ったことではありませんが」

P「はは……」

円香「今日あなたを誘ったのは、あなたといれば見知らぬ輩に声をかけられずに済むという、極めて個人的な動機があってのことです」

P「……分かってるよ。円香は優しいな」

円香「……」プイ


──上映後──

P「面白い映画だったよ。さすが円香、センスが良い」

円香「褒めるのが下手。センスがいいのは映画の制作陣でしょ。私たちはただの観客なんだから」

P「そうだけど……ほら、選んだのは円香だから」

円香「……お腹が空きました。どこかのお店に入ってもいいですか?」

P「ああ。ATMで下ろしたばかりだから、お金ならたんまりある」

円香「奢られるつもりはありません。こういうことで借りを作ってもつまらないですし」

P「そ、そうか。円香はしっかりしてるなぁ」


イタダキマス

円香「……」

P「……」

円香「あの。ひとつ聞いてもいいですか」

P「ん、どうした」

円香「最近の浅倉についてどう思ってます?」

P「え……」

円香「……急にこんな話をしてしまってすみません。身体に障るようならこの話題はやめますが」

P「いや、続けてくれ」

円香「……。最近の浅倉は、会話の返答が的確で、ボキャブラリーも豊富」

円香「物怖じしない性格はそのままだけど、超然とした雰囲気に更に磨きがかかっている」

円香「まるで浅倉じゃないみたい。けれど、まるっきり別人かと言うとそれも違う。浅倉は浅倉のまま、その延長線上にいるような」

円香「まるで浅倉が急に大人になったかのような、そんな印象を受けるんです」


P「……」

円香「あなた、浅倉に何かしましたか?」

ビクッ

円香「あなたの不調と浅倉の違和感とが、無関係だとは私には思えません」

円香「答えていただけますか?」ジッ

P「……」

P(俺は。俺は……)

…カラン

P「俺は、透に何もしてないよ」

円香「……。そうですか」

円香「信じます」


──帰り道──

円香「では、またの機会に会いましょう」

P「あぁ。今日はありがとう。元気をもらえたよ」

円香「……さようなら」

スタスタ

P「……」

透「ふふっ。浮気じゃんプロデューサー」スッ

P「!?」バッ

透「でも安心して。こんなことで騒ぐほど、私はもう子供じゃないから」

P「透、どうしてこんなところに?」


透「どこにいたっていいでしょ。そんな束縛するタイプだったっけ?」クスクス

P「……」

透「会話聞いちゃった。"俺は透に何もしていない"。ふふふ。たいした演技力だね」

P「……真実を言ったまでだ。俺は透に何もしていない。何もするつもりもない。この先もずっと」

透「その議題についてはこの間も話したと思うけど」

P「わかってる。未来では違うと言うんだろう。未来人の透と現代に生きる俺とでは、会話が噛み合うはずもないな」

透「……」

P「……」

透「場所、変えよっか」

P「あぁ」


──公園──

透「ここは私の思い出の場所なんだ」

P「……。うん、知ってるよ」

透「新婚旅行もこの公園だった」

P「は!?」

透「ふふ、冗談。心配しないで、ちゃんと観光名所に連れてってもらったから」クス

P「……別に心配なんてしてないよ。未来の俺の甲斐性なんて気にしてない。結婚しないんだから、新婚旅行も俺には関係ない」

透「ふふふ。そうだね」


P「……」

透「……私と結婚するの、そんなに嫌かな」

P「え?」

透「なんだか露骨に嫌がられてるみたいだから」

P「嫌……なんて一言も言ってないよ。俺はただ、駄目だと言ってるだけだ」

透「その2つって違うもの?」

P「全然違う」

透「そう。そうなんだね。潔癖のプロデューサーにとっては」


透「……。前にも言ったけどね。時間は経つんだよプロデューサー」

透「今は綺麗事ばかりを追い求め、理想事に真っ直ぐでいられるかもしれない」

透「気持ちや信念がどんなことよりも優先されるかもしれない」

透「だけど、それは時間の問題なんだ。時間。そう、時間。時間はどうしたって過ぎていくものだよ」

透「今のプロデューサーはお腹が空いていないから料理を我慢できているのと同じ」

透「子供のチンパンジーが凶暴性を潜めて人間の言うことを聞いているのと何も変わらない」

P「……不思議だな。面と向かって透の口から透の声を聞いているのに、全く別人と話しているみたいだ」

透「そりゃそうだよ。私はもう子供じゃない」

透「あの頃の、透明だった私は、未来のどこにもいやしない」


P「……。そんなセリフ、俺の知ってる透ならどう間違ったって言わないよ」

透「ふふ。そうかな」

P「何がお前をそんなに変えてしまったんだ」

透「他人事なんだね。原因はプロデューサーにもあるのに」

P「……何だって?」

透「"俺はアイドルを恋愛対象として見ていない"」

透「ねぇ。どうしてこんな守れもしない約束をしちゃったの?」

シーン…

P「……どうしてそのことを知ってる?」

透「樋口から直接聞いた。私とプロデューサーの関係を知らせたときに」

透「樋口は傷ついてたよ。……怒ってたんじゃなくて傷ついてた」

透「裏切られたって。もう誰も信じられないって」


P「……」

透「……。この話はあまりしたくないんだ。早いところ本題に移ろう」

P「本題?」

透「私が過去に来た理由って、もう話したっけ?」

P「いや……聞いてないけど」

透「実はこれを渡すために、私はこの時代までやってきたんだよね」

P(透は胸ポケットに挿してあるペンを取り出し、俺に差し出した)

透「これペンに見えるけど、実はタイムマシンだから」

P「え、えぇ……」


透「すごく古い型のヤツだけどね。だから、タイムリープできるのは1回きり」

P「……これを俺にどうしろと?」

透「それを使って、10年後の未来に来て欲しい」

P「は……?」

透「まぁ。なんやかんやあってね。未来のプロデューサーって酷いものなんだ。精神的に荒んでるというか、終わってるというか。私が言うのもなんだけど、まるでプロデューサーじゃないみたいで」

透「そんな人と結婚生活しててもあまり楽しくないから、いっそのこと中身を入れ替えちゃおうと思ってさ」

透「だからこうして、私が一番好きだった頃のプロデューサーをスカウトしに来たんだ」

P「……」


透「安心して。未来の生活は楽しいよ」

透「私たちは毎日一緒だし、元アイドルのみんなも、全員ではないけどたまに会えたりしてる」

透「未来には高尚や信念や志といったものはまるで必要ないんだ。ただ女の子と話したいから話し、遊びたいから遊ぶ」

透「いちいち自分に言い訳をしなくて済む、プロデューサーにとって最高の世界なんだよ」

P「……」

透「タイムマシンの使い方は簡単。カチッて1回クリックするだけ」

透「それだけで未来に行ける。プロデューサーが今抱えている苦悩とか矛盾とおさらばできる」

透「……ねぇ。いい加減自分に素直になろうよ。もしかしたらって、プロデューサーだって気付いているんでしょ」

透「いつまでもクリーンであり続けるのは難しいって。未来の自分に絶対なんてないんだから」

透「だったら、決断は早い方がいい。その方が傷つかないで済むから。お互いに」


P「……」

透「さ、クリックして。間違えて2回押さないようにね。それすると未来じゃなく過去に戻っちゃうから」

P「……。……なぁ透」

透「ん。何、プロデューサー」

P「"太陽を模した蛍光灯で向日葵を照らして、首を捻るがごとき行為"」

P「この意味がわかるか?」

透「え? えーと……うん。偽善ってことでしょ」


P「俺は偽善者かな?」

透「……さあね。少なくとも今は違うと思うけど。でもさっきも言ったように、未来に絶対なんてないんだよ。どんな可能性だって少なからず存在してるんだ」

P「……そうだな。そうなんだよな。最後に、それを聞けて良かった」

スッ

透「!」

P「透。悪いけど俺は未来には行けない」

P「過去に行って、訂正しなくちゃいけないことがあるから」

P「プロデューサーたるもの、自分の言葉には責任を持たないとな」

カチカチッ!


P(視界がグニャリと曲がる)

P(消えゆく意識の中で、透が俺に微笑んだ気がした)

P「……あーあ。やっぱりスカウトって難しい。プロデューサーみたいに上手くはいかないや」

透「……でも、内心こうなるんじゃないかとも実は思っていたりしたんだ。当時のプロデューサーなら、きっとそうするってね」

透「ふふ……。多分私とあなたが会うことはもうないだろうけど、でも過去の私も同じ透であることに変わりはないから」

透「ま、仲良くやってあげてよ。あれで結構寂しがり屋なところあるから」

透「じゃあ、またね」

透「そしてさようなら、あなた」

──


──公園──

P(……ここは、さっきと同じ公園?)

円香「何をぼーっとしてるんですか」

P「え、円香。どうしてここに?」

円香「はぁ? あなたがここまで連れ出したんでしょ。どうしても話したいことがあるとかで」

P「……あっ」

円香「こんな人気のないところであなたと2人なんて、それでなくても寒いのに身の毛がよだつ気分ですね」

P「……ナンパについて、さっき話をしたか?」

円香「今日は一段と物忘れがひどいようですね。ついさっきレッスン室で話したでしょう」

P「……」


円香「それで、何です? ナンパの件について何が弁解でもあるんですか?」

P「……聞いてくれるか」

円香「ええ。ここまで来たからには」

P「円香。俺はな──」

円香「はい」

P「俺はアイドルを恋愛対象として見ていない」

P「そう、断言することはできないんだよ」

円香「──え?」


P「俺は事務所のみんなことが大好きだ。それは色恋の感情ではなく、家族愛や尊敬に近い感情だと思っている」

P「側から見たときその気持ちを誤解されてしまうこともあるかも知れない。けれど俺自身が強い信念を持ってアイドルに向き合っていれば、真実はねじ曲がらない」

P「そう考えていたんだ」

P「だけど……未来永劫その気持ちが変わらないかと問われたとき、俺は確信することができなかった」

P「アイドルのみんなは、若くて華やかでひたむきで、そしてすごく可愛い」

P「みんなと時を積み重ねていく中で、邪な感情のひとかけらも持ち合わせないなんて、とてもじゃないが約束できない」

P「それができるのは聖人君子ぐらいだ。でも俺はただの人。普通の人間なんだよ。普通の人間は聖人君子にはなれない。蛍光灯が太陽になれないのと同じように」


P「俺はこの場で誓うつもりだったんだ」

P「どんな理由があれ、自分が担当するアイドルには絶対に手を出さないと」

P「だけど、残念ながらそれは嘘になってしまうかもしれない。万が一嘘になったとき、円香はこの上なく傷つくだろう」

P「それは絶対に嫌だ」

P「だから約束はできない」

P「今は恋愛感情なんてないけれど」

P「いつかは好きになってしまうかもしれない」

P「ごめんな」

円香「……」

P「……」


円香「……お話は以上でしょうか」

P「あぁ……」

円香「そうですか。では」

円香「◼ね」

ドカッ…


──病院──

P「……」

トントン ガチャ

透「面会謝絶、ではないんだね」

P「透……」

透「樋口のことだけど……とりあえずアイドルは続けるみたい。まぁ2度とプロデューサーと口をきくことはないと思うけど」

P「そうか。辞めないでくれて良かった」

透「……リンゴ持ってきたけど食べる?」

P「あ、あぁ。いただくよ」

透「私剥けないから自分でやってね。えーとナイフ、ナイフは……あっ」

透「ナイフないわ」


ガブリ モグモグ…

P「……なぁ透。今日って何月何日だ?」

透「んー。12月1日だよ」

P「そうか。悪いけどテレビをつけてくれるか」

透「オーケー」

ピッ

テレビ『世界の天気のコーナー。今日は◯◯国から生中継でお送りしています』

テレビ『見てくださいこの幻想的な景色! 一面の雪には窪みのひとつもありません!』

P「……。…………」

透「? どうかした?」

P「……いや、なんでもない」

P「多分夢を見ていたんだ。熱にうなされて、とても悪い夢を」

透「へぇ。ヤバイね」


P「……なぁ透」

透「何、プロデューサー」

P「未来のことについて、考えたことってあるか?」

透「未来? あー……将来の夢、的な?」

P「似てるけど少し違うかもしれない。……例えばほら、時間はどうしたって経つだろう?」

P「透は今はまだ子供だけど、いつか大人になる時が来る。その時の透は、今の透と比べてほとんど別人かもしれない」

P「そういうことについて、考えたことはあるか?」

透「ん? んー」

シーン

透「……うん。考えたよ、今」

P「い、今か……」


透「考えてみてわかった」

P「何がわかった?」

透「何もわからん」

P「……。わかってないじゃないか」

透「うん。でも、わからないことがわかったから」

P「……」

透「……」

P「……そうだな。透のそれがきっと正解だ」

透「うん」

P「……。…………」


P(窓の外を見ると、かすみのように薄い雲が空を漂っていた)

P(冬の雲だと、俺は思った)

P「……明日はガラスの雨が降るかもしれない」

透「え? 何それ」

P「可能性はゼロじゃないってこと」

透「うん? んー……そう。まぁ、そうかもね」


──

透「じゃあ、傘を忘れないようにしないと」

透「2人が入れるくらい、大きな傘を」



おわり


お疲れさまでした

見てくださった方、ありがとうございました


よかったら過去作も見てください

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なんかよくわからなかった

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