【鬼滅の刃】胡蝶しのぶ「双蝶求水」【義勇×しのぶ】 (11)

最近姉さんの様子が少し引っかかる。
今日もまた、彼女は階級貴賤問わず関わる人たち全てから崇敬の眼差しを注がれている。
彼女もまた、彼らに笑顔を振りまき、勇気を残していく。
そんな彼女がある人物と居る時に限って、心底から打ち解けた
それこそ眩しいくらいの微笑を輝かせる。
冨岡義勇――寡黙だが将来有望な『水柱』。
数年前に最終選別で生き残って以来着々と実力を示し、柱まで昇り詰めた男。
鴉羽のような黒髪に、すっと通った鼻筋、雪解け水を思わせる怜悧な双瞳
眉目秀麗な青年である事は疑うべくもない。
だが寡黙が過ぎて何を考えて行動しているか解らない節があり
言葉足らずが誤解を招く事も多く、人付き合いは決して良い方ではない。
他の柱とも上手く行っている社交的な姉さんとはどこまでも対極にある存在だ。
だけど、あのむっつり然とした義勇さんと話している時の姉さんは本当に楽しそうで
昔一緒に遊んでいた時を思い出すくらい無邪気な笑顔を浮かべている。
しかし、行き交う人も一度は振り向くくらいの佳人と話しているのに
この朴念仁は嬉しいといった表情を一つもこぼさない。
姉さんがどうしてこんな人に明らかな好意を抱いているのか解らないが
二人の様子を見ているうちに私はどこか心が穏やかでなくなっていくようになった。

「ねぇ……しのぶは好きな人、いる?」

ある日、自室で薬学の研究書に目を通していると
縁側で猫と遊んでいた姉さんがそんな言葉を投げかけてきた。
恋の話を彼女としたのは意外かもしれないが、後にも先にもこれだけだった。
両親を殺され、鬼殺隊に入って以来、殺伐とした戦闘の会話ばかりを
していたと改めて感じたほどだ。
そんな人は居ないとすぐに返したが、彼女は柔和な笑みを浮かべて私を見ている。
何人をも魅了するその微笑みにはどことなく寂しい影が差しているように見えた。

「そう……『まだ』なのね、しのぶは」

「……?」

私は首を傾げざるを得なかった。
その時は「まだ恋をしていない」という程度の意味に取っていた。
……姉さんが、私の傍から居なくなる、あの日までは。

   #  #  #

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「姉さん!」

闇に光る雪道には、紅血の斑紋が所々に散っていた。
鬼の襲撃の報を受けた私は、雪を踏み散らして向かった。
そして、血漿の臭いの立ち込める凄惨な現場に倒れている姉さんの姿を見た。
駆け寄った時にはもう、手の施しようがなかった。
私の腕の中で彼女の温もりがどんどん薄くなっていくのを感じ、やるせなさで胸が締め付けられた。
彼女は途切れ途切れの息の中に鬼殺隊を止めて人並みの幸せを手に入れて欲しいと願った。
儚く散っていった継子たち、そして隊士たち皆が親族に対して一様に遺す、あの願いだった。
私は姉の死を無駄にしたくなかった。ここで辞めるのは逃げる事と同じ事だと思えた。
姉さんの志を継ぎ、姉さんの分まで人々を護り、姉さんの仇を討ちたかった。
彼女と違って非力で凡才な私は、それに変わる力を薬学の研究に求め、それにより蟲柱として末席に加わった。
そして御館様はそんな私に護衛役としてあの柱を付けた――『水柱』冨岡義勇を。

「彼は優秀だが少々そそっかしい所があってね……
 あまり他の柱と関わろうともしないし、君が傍に居てくれて支援してくれるとありがたいんだ」

御館様はそうおっしゃってくれたが、恐らく研究途上の毒が
効かない鬼が出た場合の対策だろうと私は最初は感じた。
一緒に行動するようになっても義勇さんは相変わらず無口だった。
ただ、以前と違ってその変わらなさが安心させてくれた。
そして今まで見えなかった一面も見えてくる。
朴念仁かと思っていたが隊士や一般人たちを助ける彼は
深い情と熱い正義を胸に秘めている事が分かった。
そのくせ犬に噛まれても嫌われているのを認めようとしない所とか
確かに御館様のおっしゃる通り、どこか抜けていた。
鮭大根に目がない所を見た時には、私は知らないうちに微笑していた。
ああ、きっと姉さんは義勇さんのこんな所を気に入っていたんだなとようやく分かった。
そして、こんな人となら……一緒になるのも悪くないと思い始めていた。

   #  #  #

大晦日に蝶屋敷の大掃除をしている時だった。
私はそれまであまり触れた事のない姉さんの私物を整理していた。
箪笥の二重底に隠すようにして、数冊の日記が見つかった。
それは姉さんが鬼殺隊に入隊してから命を落とす前の事が書かれていた。
死んでいった両親の無念を晴らすための決意、血の滲むような武芸の研鑽
愛情を注いでもなお鬼との戦いで儚く散っていった継子に対する祈り……。
読んでいくと、まるで姉さんが目の前に蘇ったかのように思えるほどだった。
そして時を忘れて読み進めていくうちに、何度も日記に登場する人物の存在が私を驚かせた。
義勇さんだった。
彼との任務の時を書いた筆は明らかに踊っていた。
個人的な食事の付き合いでは文面からも笑みがこぼれていた。
明らかに一人の女性として彼女は恋をしていた。
そして日記を読み進めているうちに、彼女はいつしか私と彼の関係に悩むようになった。

「鬼殺隊に籍を置く自分はいずれ命を落とすだろう。
 それは父母の怨敵を討ち滅ぼそうと誓ったあの日から覚悟していた事だ。
 でも、出来ればしのぶには死んでほしくない。
 あの子は頑張っているけれど、私の右腕ではなく一人の女の子として幸せを手に入れてほしい。
 たった一人の私の、大切な妹……義勇君なら、しのぶを任せられると思う。
 しのぶはまだ気付いていないけど、きっと義勇君と上手く行くはず。
 だから……結ばれるのなら、私よりもしのぶでなければいけない……」

……私は日記を閉じて、嘆息する。姉さんの言っていたあの言葉の意味がようやく解ったのだ。
「しのぶはまだ恋をしていない」のではなく「しのぶは恋に気づいていない」という事だった。
そして彼女は既に私と義勇さんの恋の芽生えに気付き
自ら身を引く事でその成就をひそかに願っていたのだ。

(姉と妹が同じ人を好きになるなんて……)

日記を読み終えた私の中には奇妙で不快な感情が渦巻いていた……
この気持ちはいったい何なんだろう、姉という恋敵が居ない事への忌々しい安堵感。
そして姉の代わりに義勇と結ばれる事への躊躇い、罪悪感。
姉の居ない今、果たして私はどうするべきなのか、いや、どうしたいのか……。
深く考えると、自己嫌悪の渦中へと引きずり込まれそうで……。

   #  #  #

「……」

皆が寝静まった夜闇、いつもと異なる黒色の羽織をひらつかせながら、私は水柱の屋敷に出向いた。
番人の隊士はあろうことか居眠りをしている。
いつもなら怒る所だけど今夜に限っては都合が良い。
塀を越え、庭に降り立つと私はまっすぐ義勇さんの私室へと向かった。
障子を開けると、彼は静かな呼吸で眠っていた。
屋敷へと戻る際に、義勇さんへ水筒を渡したのだけど
流石に彼も私が水筒に薬を盛った事には気づかなかったようだ。
鬼を倒した帰りで疲れていたせいもあるだろう。
ただその睡眠薬は丁度この時間に眠るように調合したもので、一度寝たら朝まで何があっても起きない。
夢くらいは見るかもしれないが、覚醒する事は皆無に等しい。

「もしも~し、大丈夫ですか~?」

枕元に立って下に横たわっている義勇さんに声をかける。
案の定彼は泥のように深く眠っていた。
雲間から覗いた月明かりが、端正な彼の顔立ちを照らしている。

「綺麗な顔……」

私は溜め息をほぅとついた後、羽織を脱いで火照った肌を晒した。
自らの内にある気持ちに逆らえず、そのまま体を重ねる。
何も知らずに眠っている彼の唇に接吻し、彼の素敵な匂いを
間近で嗅ぎながら妖しく舌を歯列に這わせた。
やがて舌は口から抜け出て、彼の太い首筋、悩ましい鎖骨
逞しい胸へと降りて行き、やがて袴の下に隠れていた象徴と逢った。
私は乳を恋しがる童児のように息を乱してそれを心行くままに吸い食む。
ただ月のみが私の罪の姿を覗いている。
気持ちが定まらないまま、私の内にこだまする彼を求める声を抑えきれなくなった私は
夢遊病者のように理性に反してこのような破廉恥な行動に出てしまった。
彼を受け入れれば、気持ちが大きくそちらに傾く事を期待して……。
浅ましい牝獣になった私は首をもたげた後、彼に跨がり、切なくてたまらない箇所を慰めた。
彼の逞しい形が、熱が、私の奥にある獣性を揺さぶる。
私は目蓋を半分落として早くも蕩けながら、彼のを自らの内へと導いた。
鈍い痛みを堪えながらゆっくりと腰を降ろして、彼の形を味わう。
内に炎が宿るような感覚に震えながら、ゆっくり、ゆっくりと欲するままに慰めていく。
ああ、こうしてみると全ての事をかなぐり捨てて、彼と結ばれたくなってくる。
鬼殺隊員である前に私は人間で女だったのだと思い出させてくれる、この感覚、この情念。
自らの胸を弄びながら、彼と自らを慰めながら、共に天にも昇ろうと舞っていたその時だった。

「カナエ……」

それは小さく、聞き逃してしまいそうなほど低い声だったが
私は冷水を浴びせられたような心地で我に返った。
彼が何を夢の最中に見ていたのかは分からない。
ただ、水に落ちた鮮血のように広がっていく羞恥に、夢から醒めた私は抗えず赤らんだ。
まだ薬は効いているはずで、見られる事もないのに顔を思わず手で隠して身を震わせた。
……姉さん、ごめんなさい。
やはり私はこれ以上、姉さんの影を見ながら、添い遂げられない……。
私は逃げ出すように服を纏い、その場から去った。

   #  #  #

蝶屋敷に戻ってきた私は、薬棚から数種の粉薬を取り出し
それに自ら庭で手折った藤にその種子を加えて擂り鉢にかけた。
擦り潰れて香りを放ちながら形を失っていく藤花に、私は姉への嫉妬と、自らの恋心を重ねた。
やがて抽出された藤の毒はいつもよりも美しくも恐ろしい香りを薄暗い部屋に漂わせている。
白湯の中に入れたそれを、喉奥へと流し込んだ。
頭を揺らす程の眩暈が起こり、堪え難い吐き気に悶え苦しみながら、畳を掻きむしる。
この時を境に私は、女としての安寧で幸福な日々への思いを一切断ち
自らの体に毒を満たし復讐の刃とする計画に着手した。
初恋と共に潰した藤花は、贖罪の味を私の胸に深々と刻み込まれた。

以上です

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