P「あいつらに会いたい」 (521)
春香「ミュージカル?」
P「ああ。オリジナルストーリーで、
765プロのアイドル全員とスクール生に出演してもらう」
響「スクール生も?」
P「みんな来月にはうちと契約して
正式に765プロのアイドルとして活動していくことになる。
最初の大舞台としてこのミュージカルに出演してもらう」
律子「とはいってもあの子たちに大役を任せるのはまだ荷が重いでしょうから、
アンサンブルキャストとして出てもらうことになるわね」
亜美「あ、あんちゃん……」
真美「ぶるどっぐ……?」
伊織「アンサンブルキャスト! 役名のない登場人物ってことよ」
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真「52人全員が出るのか~。なんだか全然想像つかないや」
律子「私は出ないわよ」
真「えっ、律子出ないの?」
律子「今回は裏方に徹することにしたの。
さすがにプロデューサー一人で52人をまとめ上げるのは困難でしょ」
P「俺としては律子にも出てほしいんだけどな」
亜美「え~、律ちゃん出ないの~?」
真美「出ようよ~。律ちゃんのファンが悲しむよ~?」
律子「それをいわれると弱いけど、
プロデューサーとしての経験も徐々に積んでいかないと」
伊織「……律子、本当にアイドルを辞めてプロデューサーになるつもりなのね」
真「寂しくなるなぁ」
律子「ち、ちょっと、そんなしんみりしないでよ。別に765プロを辞めるわけじゃないんだから」
貴音「律子嬢が皆から愛されている証左ですよ」
律子「あ、愛されてるって……///」
雪歩「あのぉ、ミュージカルはどんなお話なんですか」
P「大切なものを失くしてしまう話なんだけど、これが台本」
千早「大切なもの、ですか」パラ……
美希「ねえ、配役は決まってるの? 主役は当然ミキって感じ?」
伊織「はぁっ? なにが当然よ。
この大女優伊織ちゃんを差し置いてよくそんなことがいえるわね」
律子「役はオーディションで決めようと思ってるの。
みんなの演技力は格段に上がってきているし、
私とプロデューサーの独断で決めるよりも、その方がみんなも納得できるでしょ」
伊織「実力で主役の座をもぎ取れってことね。面白いじゃない」
千早「……あの、プロデューサー、この台本印刷ミスがあります。
所々台詞が抜けているみたいなんですけど」
響「ほんとだ、後半なんか全部真っ白だぞ」
P「え、そんなはずは……、ちょっと見せてくれ」パラパラ
P(……あれ、おかしいな。
さっき目を通した時はこんな印刷ミスなかった気がするんだけどな……)
貴音「予備の台本は他にないのですか」
P「すまない、今手元にあるのはこの一冊だけなんだ。
明日、きちんと印刷されたものを人数分用意してくるよ」
響「う~、いいところだったのに生殺しだぞ」
千早「主人公は一体なにを失くしたのかしら」
あずさ「プロデューサーさんは知っているんですか」
P「はい、それはですね……」
P「………………」
貴音「覚えておられないのですか」
P「め、面目ない……」
律子「……あんなに作家と打ち合わせしたのに本当に覚えてないんですか」
P「あ、ああ……」
亜美「兄ちゃん、ボケるにはまだ早過ぎるっしょー」
真美「一度、真美たちのパパに診てもらう?」
P「いや、大丈夫……」
伊織「本当に大丈夫なの?
アンタ、前からワーカホリック気味なところがあるし、
相当疲れが溜まってるんじゃ……」
P「大丈夫だよ、単にど忘れしただけさ。心配してくれてありがとな」
伊織「べ、別に心配してるわけじゃっ……」
真「律子はなにを失くしたのか知ってるの?」
律子「もちろんよ。失くしたものは……」
律子「――よ」
P(……?)
律子「これは―――と――の物語なの。
―――で――――――――を失ってしまうの」
P(なんだ? 律子の声がよく聴こえな――)
やよい「えーっ! そんな―――――なんですかー!」
伊織「なるほどね。―――――――ってそういう……」
真「ボク、この―――にすごく――――しちゃうなぁ。
ボクも――――――が――だもん」
雪歩「私も。もし―――――――――――――――――――かもしれない」
響「ま、――――――――――――――――――――ないさー」
あずさ「そうね、――――――――。
――の―――をきちんと――――――んだから」
P(律子だけじゃない、他のみんなの声も……)
春香「プロデューサーさん? どうしました」
P「春香、みんなの声が……」
貴音「しかし、主役を演じるには相応の覚悟と決意が必要なようですね」
伊織「そうね、まったくプロデューサーも律子も人が悪いわ。
よりによってこんな役を私たちにやらせようなんて」
律子「あらそう? 大切なものを知っているあなたたちだからこそ、
ぴったりな役だと思うけど」
亜美「わー、りっちゃんがわっるい顔してる」
真美「そんな子に育てた覚えはないのにぃ……」
P「……聞こえる」
春香「はい、聞こえますけど?」
P(……本当に疲れているのか、俺……)
春香「プロデューサーさん?」
P「や、なんでもないんだ。気にしないでくれ」
春香「はあ……」
美希「あっ! いいこと思いついたの! ハニーが主役をやればいいって思うな!」
P「お、俺?」
伊織「なんでプロデューサーがミュージカルに出演するのよ! それも主役で!」
美希「主人公のハニーは愛するヒロインのミキと離れ離れになって、
ミキの大切さをあらためて実感するの。
そして再会した二人は永遠の愛を誓い合うの!」
雪歩「そ、それはちょっと……」
響「話はともかく、仮にプロデューサーが舞台に立ったらブーイング間違いなしだぞ」
春香「で、でも、プロデューサーさんが相手なら私もその話やってみたいな~、なんて……」
あずさ「私もやってみたいわ~。プロデューサーさんが相手なら熱演できちゃいそう」
真「ボ、ボクもプロデューサーとラブストーリーやってみたい!」
亜美「いやいや、まこちんの場合、男二人の友情物語になるっしょー」
真「なっ!」
伊織「わ、私も立候補してあげてもいいわよ!
別にプロデューサーとのラブストーリーなんてぜんっぜん興味ないけど?
女優としての演技の幅は広げたいし?」
真美「ま、真美もやってみたい……」ゴニョゴニョ
美希「ち、ちょっと! これはミキとハニーのラブストーリーなの!
ヒロインはミキの指定席って決まってるんだから!」
千早(その前に、ミュージカルは
プロデューサーとのラブストーリーではないのだけれど……)
貴音「ふふ、罪な方ですね、あなた様は。皆、あなた様をお慕いしているようですよ」
P「はは……」
やよい「プロデューサーは大切なものってありますかー」
P「俺? 俺の大切なものは……」
律子「ほうら、あなたたち、馬鹿なこといってないで、
これからオーディションの説明するからちゃんと聞いてなさいよ」
………
……
…
高木「やあ諸君、お疲れ」
P「社長、お疲れさまです」
高木「アイドルたちは皆帰ったようだね。
彼女たちがいなくなると祭りの後のように事務所が静まり返るなあ」
小鳥「そうですね、少し寂しいくらい」
律子「デスクワークをするにはこのくらい静かな方が捗りますけどね」
高木「そのデスクワークが終わるならこの後どうかね。
ミュージカルの前途を祝して一杯でも。もちろん私が奢るよ」
小鳥「わあ、いいですね。お二人は終わりそうですか」
律子「私の方はもう。プロデューサーは?」
P「俺はまだ終われそうにないな。
どうしても今日中に未来たちのプレゼン用の資料を作っておきたいんだ」
律子「でしたら私も手伝いますよ」
P「律子はまだ正式なプロデューサーじゃないだろ。
これからミュージカルも重なってより忙しくなるだろうし、
今日くらい思いっきり羽根を伸ばしてこいよ」
律子「でも……」
P「気持ちだけ受け取っておくよ。社長、折角ですが俺は事務所に残ります」
高木「そうか。では、キミとはまた違う日に一杯やろう」
P「はい、その時を楽しみにしています」
小鳥「それではプロデューサーさん、お先に上がらせてもらいますね。
最後、戸締りよろしくお願いします」
律子「プロデューサーもあまり無理しないでくださいね。お先に失礼します」
P「ああ、お疲れ」
ガチャッ バタン……
P「……さて、もうひと踏ん張り」
………
……
…
P「くあ、疲れたぁ……って、もうこんな時間か」
P(これは帰る頃には日を跨いでるな……)
P「ふぅ……」
P「……」
P(ミュージカルの台本……)パラパラ
P(……駄目だ、どうしても思い出せない。
なにを失くしてどんな結末を迎えるんだっけ……)
やよい『プロデューサーは大切なものってありますかー』
P(俺の大切なもの……そんなもの、考えたこともなかったな)
P(たかが二十年あまりの人生だけど精一杯生きてきた)
P(辛いことも楽しいこともそれなりに経験してきたけれど、
大切なものを見つけようだなんて、なに一つしてこなかった)
P(アイドルたちは皆、大切なものを共有しているみたいだけど、
それは一体なんなんだろう……)
P「大切なものかぁ」
P(俺の大切なものってなんだろう……)
P「おれの、たいせつな……」ウトウト
P「……」スースー
……………………
………………
― ― ―
…………
……
「プロ―――」
「――さん、プロデューサーさん、起きてください」
P「……ん」
「もう、また徹夜したんですか」
P(……しまった、寝落ちしてしまったか。あと少しで資料ができたっていうのに)
「駄目ですよ。無理が祟って身体を壊したら元も子もないですよ。
ただでさえ不規則な業界なんですから、ちゃんと身体を休めてください」
P「はい、すみません、音無さ……」
P「…………」
「ほら、顔を洗ってきてください。みんなもそろそろ来ますよ」
P「あ、あの……」
「はい?」
P「どちらさまでしょうか」
「……寝ぼけてるんですか」
P「い、いえ、本当にどなたなのか……」
ガチャッ
「おはようございます」
「あら、おはよう、凛ちゃん。今日は早いのね」
凛「おはよう、ちひろさん。ちょっと卯月と未央と約束があってね」
凛「おはよう、プロデューサー」
P「……」
凛「プロデューサー? どうしたの」
ちひろ「プロデューサーさん、また徹夜してちょうど今目覚めたばかりなの。
まだ頭が覚醒してないみたい。ただ今お寝ぼけ中なの」
凛「また?」
P「……」
凛「プロデューサー、私たちには体調管理を怠るなって口酸っぱくいうくせに、
自分の体調には無頓着過ぎるよね。
こういうのって人にとやかくいう前に、まず自分ができてからじゃないの」
ちひろ「凛ちゃんのいうとおりです、プロデューサーさん。肝に銘じてください」
P「……」
凛「プロデューサー?」
P(……なんなんだ、誰なんだこの二人は。ここは一体どこなんだ)
P(俺は765プロの事務所にいたはず。こんな所、俺は知らない)
P(なにが、一体なにがどうなっている……!?)
ちひろ「ちょっとプロデューサーさん、本当にどうしちゃったんですか。
なにか様子が変ですよ」
P「……ドッキリですか」
凛「ドッキリ?」
P「そうか……、番組の企画かなにかでしょう。
きっと、どこかに隠しカメラがあって……!」
ちひろ「ち、ちょっと、プロデューサーさん?」
P「なあ、そうなんだろ律子! どこかの部屋から見てるんだろ!
ああ、こんなイタズラ企画なんだから真美と亜美のコーナーか?
二人がどこかに隠れてプラカードなんか持ってたりして!?」
凛「プロデューサー」
P「もうバレてるんだ、早く姿を見せてくれよ!!」
凛「プロデューサー!」
P「……!」ビクッ
凛「どうしちゃったのプロデューサー、なにを混乱してるの?
さっきからプロデューサーがなにをいってるのか全然わからないよ……」
ちひろ「落ち着いてください、プロデューサーさん。深呼吸して。
今、お水をお持ちしますから」
P「……」ハァ ハァ
凛「リツコって誰のこと? それにマミ、アミって……」
P「……待ってくれ。その前に、君は一体誰なんだ」
凛「誰、って……」
P「きっとどこかのプロダクションのタレントなんだろうけど、
そろそろ種明かしをしてくれないか」
凛「……本気でいってるの?」
P「すまない、ひどく混乱してて……。ええと、どこかで会ったことあるかな。
それともうちのアイドルたちの知り合いとか……」
凛「……」
P「あ、あの……」
P(なんだ、どうしてそんな悲しそうな顔をする……?)
ちひろ「プロデューサーさん、水をお持ちしましたよ。さあ、飲んで……」
ちひろ「凛ちゃん? どうしたの」
凛「プロデューサー、私が誰だかわからないって……」
ちひろ「……」
ちひろ「それは本当なんですか、プロデューサーさん」
P「え……」
ちひろ「悪ふざけだったら怒りますよ」
P「わ、悪ふざけもなにもイタズラを仕掛けられているのは俺の方ですよね?
とにかく、ここはどこで、あなた方は誰なのか、状況の説明がほしいのですが……」
ちひろ「……」
P(……なんなんだ、どうしてそんな目で俺を見る?)
ちひろ「……もう一度確認しますが、
私のことも、凛ちゃんのことも、本当にわからないんですか」
P「は、はい」
ちひろ「……」
P「と、取り敢えず、765プロに連絡させてください! 話はそれから――」
凛「ナムコプロ?」
ちひろ「どこかの芸能プロダクションですか。
そんなプロダクション聞いたことありませんけど……」
P「え……」
P「765プロですよ……! ほら、天海春香! 星井美希! 如月千早! それから――」
凛「知らない……」
P「……っ」
ちひろ「私もナムコプロなんて初耳です」
P(そんな馬鹿な……。765プロを知らないなんて今ではそうはいないはず……)
P「じ、冗談ですよね? お願いですから、本当に種明かしをしてくれませんか。
このままじゃ埒が明かな――」
P(そうだ、携帯。律子に連絡を……)ピッ ピッ
P(あれ……、なんでだ、律子のアドレスがない? いつの間に消えたんだ)
P(音無さんのアドレスは……ない。社長は……アイドルたちのアドレスは……)
P(……ない! なんでだ? 事務所の電話番号も消えている……)
ちひろ「凛ちゃん、ちょっとプロデューサーさんを見ていてくれる?
私、社長に連絡入れて、プロデューサーさんを病院に連れていくから」ヒソヒソ
凛「う、うん……」
P「くそっ!」ダッ
凛「あっ、待ってプロデューサー!」
ちひろ「プロデューサーさん!」
未央「でさでさー、そしたら美嘉ねえがさー、プクク」
卯月「未央ちゃん、いう前から自分で笑ってますよ」
未央「だ、だって、美嘉ねえったら……って、あれ、プロデューサー?」
卯月「おはようございます、プロデューサーさん」
未央「おっはよ~! プロデューサー!」
P「……!」
卯月「どうしたんですか、血相変えて……」
未央「これこれ、廊下は走らないって学校で習わなかったかな、プロデューサーくん?」
P(また知らない……)
卯月「プロデューサーさん?」
凛「卯月! 未央! プロデューサーを捕まえて!」
卯月「凛ちゃん?」
未央「捕まえ……? あ」
凛「プロデューサー待って!」
P「はぁ……はぁ……」
P(取り敢えず、外に出た……)
P(大きなビルだ。うちの事務所が入っている雑居ビルとは比べものにならない)
P(『シンデレラガールズプロダクション』……。
初めて聞くな。芸能プロダクションなのか?)
P(いや、それよりも携帯のGPS……現在地は……)
P(よし、765プロからそう遠くない。タクシーかなにか捕まえて……)
………
……
…
P「着いた……」
P「……」
P(あれ、うちの事務所が入ってる3階の窓の『765』の文字が消えている……?)
P(……考えるのは後だ。取り敢えず事務所の中へ)
タッタッタッタッ……
P(入り口の社名まで消えている。どうして……)ガチャッ
P「あ、あれ? 開かない?」ガチャ ガチャ
P(合鍵は……今は持ってない)
P「誰か! 誰かいないか!」ドン ドン
P「律子! 音無さん! 社長! 春香!」
――――
P「くそっ」ドンッ!
P(誰もいないのか? まるで人の気配がない……)
P「…………」
P「たるき亭……!」
タッタッタッタッ…… ガラッ
P「あの、すみません!」
小川「あら、お客さんですか。まだ開店時間では……」
P「小川さん、うちの事務所、今誰もいないみたいなんですけど、
なにか俺宛に言伝とか預かってませんか」
小川「……」
小川「失礼ですが、どちらさまでしょうか。どうして私の名前を……」
P「え……」
P「俺ですよ! ほら、3階の! 765プロのプロデューサーの……!」
小川「ナムコプロ?」
P「お昼時にはよく音無さんと一緒に食べに来てるじゃないですか!」
小川「んー……、覚えがないなぁ」
小川「常連さんの顔は覚えてるはずなんですけど……、
そのオトナシさんという方は男性ですか、女性ですか」
P「……」
小川「それに3階はもう何年も前から空き屋のはずですけど」
P「あ、空き屋?」
小川「はい。でしたら、部屋を開けて確かめてみますか。
店長から3階の合鍵借りてきますけど、どうします?」
カチッ ガチャッ
小川「どうぞ」
P「……な、なんだ、これ……」
P(空っぽだ)
P(俺のデスクも、スケジュールが書かれているホワイトボードも、
アイドルたちがいつも座っているソファーも、雪歩の愛用の急須も、
なにもかもがなくなっている……)
P(765プロが、なくなって……)
凛『ナムコプロ? 知らない……』
ちひろ『私もナムコプロなんて初耳です』
小川「あの、大丈夫ですか。顔真っ青ですけど……」
P「う、嘘だ……」フラッ
小川「あ、ちょっと! どこ行くんですか!」
タッタッタッタッ……
P「はぁ、はぁ!」
P(嘘だ……嘘だ……!)
P「あの、すみません!」
「はい?」
P「765プロという芸能プロダクションを知りませんか!?」
「……さあ、知りませんけど」
P「秋月律子というアイドルに覚えは!?」
「いいえ……」
P「じ、じゃあ、菊地真は!?」
P「萩原雪歩は!?」
P「高槻やよいは!?」
P「水瀬伊織は!?」
P「双海真美、亜美は!?」
P「三浦あずさは!?」
P「我那覇響は!?」
P「四条貴音は!!? 本当は知ってるんでしょ!!!」
「し、知りませんってば! もうやめてください!」ドンッ
P「……っ」
「なんなのあの人、気持ち悪い……」
「関わらない方がいいよ」
「頭イッちゃってんじゃないの」
P「…………」
P(どうして、どうして誰も765プロを知らない?)
P(みんなどこへ消えてしまったんだ。春香は? 千早は? 美希は?)
P「……は、はは、は、は……」
P(もう、なにがなんだかわからない。俺は夢でも見ているのか?)
P(夢なら覚めてくれ。こんな、こんな……)フラフラ
――バタッ
「きゃー!」
「人が倒れたぞ!」
「おい君、大丈夫か!? 誰か、救急車!」
志希「ふっふ~、いい薬品……もとい、いい香水の材料が手に入っちゃった!
早くガレージに戻って調合せねば……くふふ」
志希「んんっ? 前方に人混みゴミゴミ発見」
志希「……にゃはっ」
志希「はーい、ちょーっと失礼ー。どいてどいてー、ちょいちょい、ごめんねっと」
志希「なにかな、なにかなー。みんな、なににキョーミ深々なのかなー?」
志希「…………え」
………
……
…
続き多分昼頃投稿
美嘉「プロデューサーが行方不明?」
卯月「はい、事務所を飛び出したきり連絡が取れなくて……」
莉嘉「Pくんのケータイは?」
未央「駄目。全然繋がらない」
アナスタシア「どうしたんでしょう、プロデューサー。とても心配です」
蘭子「我が友よ……」
楓「その、プロデューサーが凛ちゃんを覚えてないってどういう……」
凛「私にもよくわからない。プロデューサーすごく混乱してて、
私のこともちひろさんのことも誰なのかわからないって」
愛梨「プロデューサーさんがそういったの?」
凛「うん……」
未央「私としまむーのことも困ったような顔で見てたよ。
まるで初対面の人を見るような……」
美嘉「演技とかじゃなくて?」
凛「とてもそうは思えない。
真に迫るものがあったというか、あんな怯えてるプロデューサー初めて見た」
杏「ねえ、それって記憶喪失ってやつじゃない?」
卯月「記憶喪失? まさか……」
愛梨「記憶喪失って突発的になるものなの?」
杏「杏だって詳しくは知らないけど、凛ちゃんや未央の話を聞くに、
記憶喪失の症状と似てるんじゃないの」
アナスタシア「確かに……」
杏「プロデューサー、一人事務所に残って徹夜してたんでしょ。
その時にプロデューサーの身になにかあったんじゃ……」
莉嘉「Pくんの頭にでっかいたんこぶとかあった?」
未央「うーん、怪我とかは特にしてなかったと思うけど……」
まゆ「……」スッ
楓「まゆちゃん、どこへ行くの」
まゆ「プロデューサーさんを捜しに行きます」
美嘉「捜しに行くって、まゆちゃん、これから撮影があるんでしょ」
まゆ「そんなのどうだっていいわ。
まゆにとってプロデューサーさん以上に優先すべきことなんて
なに一つとしてないもの」
卯月「だ、駄目ですよそんな、お仕事にはちゃんといかないと……」
愛梨「どこか捜す当てでもあるの?」
まゆ「それは……ありませんけど」
美嘉「プロデューサーが心配なのはわかるけどさ、
まゆちゃんが仕事にいかないと
結果的にプロデューサーに迷惑かけることになるんじゃないの。
それはまゆちゃんの本望じゃないでしょ」
まゆ「……でも、プロデューサーさんの身にもしものことがあったらまゆは……」
楓「事務所の人たちが総出でプロデューサーを捜してくれているのだし、すぐに見つかるわよ。
大丈夫、私たちはいつも通り仕事をこなしましょう。
プロデューサーもきっとそれを望んでいるはず」
凛「ねえ、ナムコプロって聞いたことある?」
未央「ナムコプロ? なにそれ」
アナスタシア「ニェート、聞いたことないです。どこかの芸能プロダクションですか」
凛「プロデューサーがいってたの。ナムコプロに連絡させてほしいって」
愛梨「ナムコプロ……」
蘭子「そのような組織、我が記憶には存在しない……」
未央「うちと同じアイドルがいる事務所なのかな」
凛「多分。プロデューサー、女の子の名前を口にしてたし」
まゆ「……女?」
凛「リツコにマミ、アミ。それから……ハル…カ? だっけ」
卯月「その子たちがそのナムコプロ? というところのアイドルなんでしょうか」
莉嘉「じゃあ、Pくんはそのナムコプロってところに向かったってこと?」
まゆ「すぐにそこの住所を調べましょう! まゆが迎えに――」
凛「なかった」
杏「なかったって?」
凛「さっき、ネットで検索してみたけど、ナムコプロなんて一つも引っかからなかった」
美嘉「それってどういう……」
ガチャッ
幸子「おはようございまーす! カワイイボクがカワイく出社しましたよ!」
幸子「おや、みなさん、朝から神妙な顔をされてどうしたんですか。
それにプロデューサーさんの姿が見えませんね。
今日はプロデューサーさんが仕事に同伴してくれるから
楽し……みになんかしていませんけどね!」
ちひろ「みんな、プロデューサーさんが見つかったそうよ!」
卯月「本当ですか!?」
幸子「え?」
ちひろ「たった今、志希ちゃんから連絡があったの。
プロデューサーさんが道端で倒れていたところに偶然居合わせたらしくて、
さっき病院に搬送されたって」
愛梨「倒れてた!?」
まゆ「どういうことですか!」
幸子「え? え?」
ちひろ「詳しいことはわからない。私はこれから社長と一緒に病院へ行って
プロデューサーさんの容態を確認してくるわ」
まゆ「まゆも連れていってください!」
凛「私も行く」
莉嘉「アタシも行きたい!」
蘭子「わ、私もっ」
ちひろ「駄目よ。アイドルが大勢で病院に駆けつけるなんて、
そんなことマスコミに嗅ぎ付けられでもしたら面倒なことになり兼ねない」
ちひろ「みんなはいつも通り仕事に行くこと、いいわね?」
ガチャッ バタン……
まゆ「待つことしかできないなんて……!」
凛「……」
幸子「ちょっと、え? なにがあったんですか!? ボクだけ置いてけぼりなんですけど!!」
………
……
…
ガチャッ
志希「お疲れー」
美嘉「志希ちゃん!」
まゆ「志希さん、プロデューサーさんは大丈夫ですか!? ご容態は!?」
志希「ああ、うん。ただの貧血だって。倒れた拍子に軽い打撲と擦り傷を負った程度」
卯月「そ、そうですか。よかったぁ、大事なことにならなくて……」
志希「……」
アナスタシア「志希? どうしました」
志希「……それはあたしが聞きたい。プロデューサー、一体どうしちゃったの」
志希「あたしのこと、誰だかわからないって」
未央「それって……」
凛「……」
志希「最初、なにかの冗談かと思ったけど、会話がまるで噛み合わないし、
プロデューサー、今にも泣き出しそうな顔をして――」
P『もうやめてくれ。俺は君のことなんて本当に知らないんだ。頼むから、もう……』
志希「――って、いわれちゃった」
志希「いやはやぁ、
プロデューサーから拒絶されることがこんなにもきっついとはねぇ」
蘭子「……」
志希「ちひろさんから聞いたけど朝からこんな調子だったって?
もしかして記憶障害ってやつ? だとしたらなにが原因?」
凛「わからない。わからないけど一つ、プロデューサーが気になることをいってて」
志希「気になること?」
凛「ナムコプロって聞いたことある?」
志希「ナムコプロ? なにそれ、どっかの芸能プロダクション?」
凛「だと思う。けど、調べてみてもそんなプロダクションどこにも載ってなくて」
莉嘉「でも、Pくんいってたんだって。ナムコプロに連絡させてくれーって」
志希「……ふーん、ナムコプロ……」
未央「プロデューサーが倒れてた場所近くにそんな事務所はなかったの?」
志希「……さあ、居酒屋ならあったけど」
楓「プロデューサーはまだ病院に?」
志希「うん、このまま検査入院するって」
幸子「え……」
志希「なので、しばらくは別のプロデューサーの元で仕事をすることになるから、
各自そのつもりで」
幸子「えっ!」
志希「以上、ちひろさんからの伝言でしたー」
志希「ってことで、あたしは帰る。今日はもう色々ありすぎてにゃにがにゃんだか……」フラフラ
ガチャッ バタン……
楓「志希ちゃん大丈夫かしら」
卯月「プロデューサーさんにいわれたこと、相当ショックだったんでしょうか」
愛梨「私も同じことをいわれたら立ち直れないかもしれない……」
美嘉「凛は大丈夫?」
凛「大……丈夫でもないかな。私も結構くるものがあった」
莉嘉「Pくん、本当に記憶失くしちゃったの?」
美嘉「わかんない……でも」
杏「凛ちゃんや志希ちゃんのことがわからないってことは、
杏たちのことも多分……」
まゆ「……」
愛梨「これからどうなっちゃうのかな。私たちも、プロデューサーさんも……」
蘭子「まるで悪夢を見ているよう……」
アナスタシア「夢……。これが夢だとしたら、一体誰の夢なんでしょうか。
アーニャたち? それとも……」
凛「……」
――――――――――――
――――――――
――――
――
卯月「過度なストレスによる記憶の改ざん?」
ちひろ「ええ。主治医の先生がおっしゃるには一種の現実逃避だそうよ。
現実と空想を入れ替えることでストレスから自分を守ろうとしているって」
ちひろ「プロデューサーさんの場合、架空のプロダクションを作り上げて
そこで働いていると記憶をすり替えてしまっているの」
未央「架空のプロダクションって……、
つまり、ナムコプロはプロデューサーの妄想だったってこと?」
楓「それじゃあ検索してもどこにも引っかからないわけね」
志希「……」
美嘉「ち、ちょっと待ってよ! 過度なストレスって……、
プロデューサー、この仕事がそんなにも辛かったってこと?」
ちひろ「今となってはわからないわ。
あんな状態のプロデューサーさんから聞き出すなんて到底不可能だもの」
アナスタシア「この事務所で10人以上のアイドルを担当しているのは
私たちのプロデューサーだけです。
13人ものアイドルを同時にプロデュースするのは
とても大きなプレッシャーだったのかもしれません」
ちひろ「社長も反省されてたわ。彼一人に背負わせ過ぎたって」
卯月「そういえば、プロデューサーさんが弱音を吐いたり、
辛そうにしてる素振りって一度も見たことない……」
未央「馬鹿だよプロデューサー! いっつも私たちの心配ばかりするくせに、
自分がおかしくなってちゃ世話ないじゃん……」
幸子「プロデューサーさん、どうしてなにもいってくれなかったんでしょう。
ボク、プロデューサーさんとは強い絆で結ばれてるってずっと思ってたのに、
それってボクの勝手な思い込みだったんでしょうか……」
莉嘉「もしかしてPくん、アタシたちのこと嫌いだったのかな……」
まゆ「そんなこと!」
美嘉「ないって、今じゃ自信持っていいきれないよね」
まゆ「……」
杏「……私のせいかな」
楓「杏ちゃん?」
杏「だって、この中でプロデューサーに一番迷惑かけてるの私だし、
いっつも面倒くさい、働きたくないって駄々こねて、
その都度プロデューサーを困らせて……」
杏「私のせいで、プロデューサーが……」ジワッ
楓「泣かないで杏ちゃん。杏ちゃんのせいじゃないわよ」
愛梨「そうだよ。杏ちゃん口ではいってもお仕事は人一倍頑張ってるじゃない」
蘭子「……わ、私も」
蘭子「私も痛いこととか意味不明なことばかりいってるから、
プロデューサー、きっとそれが苦痛になって……!」
未央(い、痛いって自覚あったんだ……)
凛「違うって。二人のせいなんかじゃないよ」
杏「で、でも……!」
凛「ちひろさん、治療法は、プロデューサーの記憶を元に戻す方法はあるの?」
ちひろ「残念だけど、確実な治療法はないそうよ」
まゆ「そんな……」
凛「確実でなくても方法はあるんでしょ。それを教えて」
ちひろ「変わる前の記憶と同じ経験をさせることだと先生はおっしゃっていたわ。
繰り返し同じ経験をさせ、繰り返し語りかけることで記憶を再統合させると」
楓「変わる前の記憶……私たちのプロデュース……?」
莉嘉「じゃあ、また一緒にお仕事すればいいってこと?
ちょー簡単じゃん! きっとPくん、アタシたちのことすぐに思い出すよ!」
ちひろ「でも、それにはまず、現実を受け入れるだけの
安定した精神状態を取り戻すことがなによりも大事なの」
ちひろ「だからもうしばらくの間、プロデューサーさんは休職させることになったわ」
アナスタシア「プロデューサーは今どちらに? まだ病院ですか」
ちひろ「今はもう自宅に戻られてるわ。どのみち長期休暇は避けられないし、
普通に生活する分には支障ないから、自宅療養の方が本人も安心できるだろうって」
未央「でも、プロデューサーって一人暮らしでしょ。大丈夫なの? その、一人にして……」
ちひろ「心配ないわ。田舎の方からプロデューサーさんのお母さまが来てくださっているの」
まゆ「あのっ、プロデューサーさんのためにまゆにできることはありますか」
ちひろ「今はそっとしておいてあげて。
なにもしないことが、一番プロデューサーさんのためになるの。
復帰の目処が立つまでは接触や連絡は控えるようにしてね」
まゆ「……わかりました」
美嘉(復帰の目処……)
美嘉(もし、プロデューサーのストレスの原因がアタシたちにあるとしたら、
記憶が戻ったその時、プロデューサーはアタシたちのプロデューサーとして復帰してくれるの?)
美嘉(それとも……)
……………………
………………
…………
……
P「確か、この近くに……」
P(……あった! 『天海』!)
ピンポーン
『はーい、どちらさまですかー』
P「私、765プロダクションの者ですが、春香さんはご在宅でしょうか」
『ハルカ、ですか。うちにそのような名前の者はいませんけど……』
P「……」
P「そうですか。突然にすみませんでした、失礼します」
P(最後の望みも潰えたな……)
P(ここも同じ、天海家から春香という人間が消えている……)
P(残る訪問先は貴音の家だけだが、俺は貴音の現住所を知らない。
トップシークレットだからと彼女は教えてくれなかった)
P(こんなことになるなら無理にでも聞き出せばよかった)
P(あいつなら俺の前にひょっこり現れて、
この現状を打破してくれそうな気がするんだけどな)
P(貴音、俺は本当に面妖な事態に陥ってしまったよ)
………
……
…
P「ただいま」
「お帰りなさい。遅かったじゃない、心配したのよ」
P「ああ、ごめん」
P「……」
P(アイドルたちが消え、律子が消え、音無さんも社長も、スクール生たちさえも消えた)
P(テレビやネット、雑誌などにも目を通してみたが、
765プロに関する情報を見つけ出すことはできなかった)
P(本当に、765プロの存在そのものが消えてしまったんだな……)
P「……」
P(俺の名刺……)ペラッ
P(肩書きが『765プロダクション』ではなく、
『シンデレラガールズプロダクション』のプロデューサーとなっている)
P(携帯も765プロに関するアドレスが消え、
CGプロに関係するものと思われるアドレスが複数登録してある)
P(写真立てには今年の春に765プロのみんなで行った花見の集合写真ではなく、
どこかのライブ会場だろうか、そこには俺と、
華やかな衣装で着飾ったCGプロのアイドルらしき女の子たちが写っていた)
P「……」
P「なあ、母さん。もう一度確認するけど、俺が勤めているのは
シンデレラガールズプロダクションという芸能事務所なんだよな」
「ええ、そうよ」
P「この写真に写っている子たちは」
「あなたがプロデュースしているアイドルたちよ」
P「この長髪の二人の女の子のことは知ってる?」
「ええ。この子は凛ちゃんというの。
あなたが初めて担当することになったアイドルだって
前にあなたがいってたわ」
「こっちの子は確か……、志希ちゃんだったかしら。
新しくアイドルになった子らしいから私も詳しくは知らないけど……」
P「そう……」
P(知らなかったとはいえ、二人には傷つけることをいってしまったな……)
「ねえ、これからどうするつもり?」
P「どうするって?」
「この仕事、まだ続けるつもり?」
P「それは……」
「記憶を変えてしまうくらい辛い仕事だったんでしょう。
無理して続けることなんてないじゃない。
辛い記憶ならそのまま忘れてしまった方が幸せかもしれないわよ」
P「……」
P(違う……)
P(断じて記憶の改ざんなんかじゃない。
765プロは、春香たちは確かに存在していたんだ)
P(だが、誰が信じる、こんな荒唐無稽な話。
俺自身でさえ、この現実を受け入れられずにいるというのに)
P(俺だけが、知っている……)
……………………
………………
…………
……
続き夜投稿
ガチャッ
凛「お疲れさ――」
まゆ「いやです!!」
凛「……」
ちひろ「まゆちゃん……」
まゆ「どうしてまゆがプロデューサーさんの担当から外されなければいけないんですか!」
愛梨「私もいやです!
プロデューサーさん以外の人からプロデュースされるなんて考えられません!」
莉嘉「アタシだって絶対Pくんがいい!」
凛「……どうしたの」
卯月「凛ちゃん……」
未央「私たち、プロデューサーの担当から外されるって」
凛「え……」
美嘉「凛だけを残して、ね」
凛「私だけ?」
ちひろ「……ごめんなさい、でも社長が決めたことなの。
今後、一人のプロデューサーに10人以上のアイドルを担当させるのは禁止するって」
まゆ「だからってどうして凛ちゃん一人だけなんですか!」
幸子「そうですよ、納得できませんよ!
プロデューサーさんの記憶を戻すにはボクたちが必要だったんじゃないんですか!」
楓「まさか、プロデューサーを辞めさせるつもりですか」
ちひろ「それは誓ってないわ。
プロデューサーさんはCGプロを覚えていないというだけで、
これまでに培ってきたプロデュース術までもが失われたわけじゃない」
ちひろ「彼ほど優秀なプロデューサーを失くしたくはない、と
社長はおっしゃっていたわ」
愛梨「なら、どうして!」
ちひろ「でもね、それほどの人でも、
13人ものアイドルを同時にプロデュースするには限界があったの」
ちひろ「確かにみんな一緒ならプロデューサーさんの記憶は元に戻るかもしれない。
けど記憶が戻ったその時、プロデューサーさんは
またみんなの担当に戻りたいと思うのかしら」
卯月「……どういう意味ですか」
幸子「プロデューサーさんの記憶を変えてしまった原因は
ボクたちにあるっていいたいんですか!」
杏「……」
蘭子「うぐっ……」ジワッ
未央「そんなの、プロデューサーに訊いてみないとわかんないじゃん!」
ちひろ「ごめんなさい、そのとおりね。いやないいかたをしたわ。
でも、記憶を変えてしまった最大の要因がわからないからこそ、
プロデューサーさんにかかる重圧を少しでも減らしてあげたいの」
ちひろ「そうしなければ、今度こそ本当に取り返しのつかないことになりかねない」
莉嘉「で、でもっ! そうならないようにみんなでPくんを支えあえば……!」
アナスタシア「一つ、教えてください。私たちの中、どうして凛が選ばれたのですか」
凛(アーニャ……)
ちひろ「それは……」
まゆ「まゆも知りたいです。ちひろさん、教えてください」
美嘉「……アタシも知りたい」
ちひろ「……」
アナスタシア「ちひろ」
ちひろ「……プロデューサーさんが最も信頼しているアイドルが凛ちゃんだから」
凛「……」
まゆ「それは、プロデューサーさんがそうおっしゃったのですか」
ちひろ「いいえ。でも、見ていればわかるわ。
凛ちゃんはプロデューサーさんが初めて担当したアイドルだもの。
CGプロがアイドル部門を立ち上げて間もない最も苦しい時を
ずっと二人三脚で頑張ってきたのよ」
ちひろ「他のプロデューサーたちも口々にいってるわ。
二人はプロデューサーとアイドルの最も理想的な関係だって」
まゆ「……なんですかそれ。
そんなのただの客観的な印象でしかないじゃないですか。
まゆは認めませんよ」
まゆ「凛ちゃんの方が少しだけ長くプロデューサーさんと一緒にいられただけじゃないですか。
まゆにだってプロデューサーさんを支えられましたし、
たったそれだけの理由で凛ちゃんが選ばれるなんておかしいですよ」
まゆ「まゆはプロデューサーさんの傍にいられるからアイドルをしているんです」
まゆ「それなのに、それを、まゆの幸せを奪おうというのなら」
まゆ「まゆは……まゆはアイドルを辞めます」
楓「まゆちゃん、それはあまりにも身勝手すぎるわ。
今やあなたもCGプロを代表するアイドルの一人なのよ。
気に入らないからと放り出すなんて、そんな無責任なこと、
子どもだからって許されることじゃない」
卯月「そ、そうですよ。
それにまゆちゃんが辞めてしまったらファンのみんなが悲しみます!」
まゆ「ではお二人は、凛ちゃんが選ばれたことを素直に認められるというんですか」
卯月「そ、それは……」
まゆ「思うところが一つもないなんて、そんなこと、絶対にいわせませんよ」
楓「……」
まゆ「とにかく、まゆがプロデューサーさんの担当に戻されるまで、
お仕事を休ませていただきます」
まゆ「もし、戻されないというのなら、その時は……!」クルッ
卯月「ま、待ってください、まゆちゃん!」
凛「まゆ!」ガシッ
まゆ「離してっ!!」
凛「……っ」ビクッ
まゆ「どうして、あなたなんかが……!」
凛「……」
ツカツカツカ…… ガチャッ バタン!
未央「しぶりん……」
凛「……大丈夫」
志希「……」
アナスタシア「凛、まゆのこと、許してあげてください。まゆは優しい子です。
きっとさっき口にしてしまったことを後悔しているはずです」
凛「許すもなにも、私にまゆを責める資格なんてないよ」
凛「正直、私が残ると聞かされてほっとしてる」
凛「まゆだけじゃなく、みんなも辛いはずなのに、私だけ密かに嬉しがってた」
凛「最低だ、私」
美嘉「……誰だってそうなるよ。アタシだってもし自分が選ばれてたら絶対喜んでたもん」
美嘉「こんなことになって思い知らされた。
アタシにとってプロデューサーの存在がどれだけ大きかったか。
アタシが今まで頑張ってこれたのはプロデューサーがいつも傍にいてくれたからだって」
美嘉「だけど、それももう……」
美嘉「アタシも、アイドル辞めるかもしれない」
凛「美嘉……」
美嘉「アーニャはこれからどうする?」
アナスタシア「私は……アイドルを続けます。私をここまで導いてくれた
プロデューサーの苦労を無駄にしたくはありません」
アナスタシア「それに、プロデューサーと約束しましたから。
必ず、アイドルの頂点に立つと」
美嘉「そっか。強いね、アーニャは」
美嘉「志希ちゃんは?」
志希「んー」
志希「取り敢えずは一度プロデューサーと会ってみて、それからかな、判断するのは」
凛「……ねえ、ずっと気になってたんだけど、志希は――」
美嘉「プロデューサー……!」
凛「えっ……」クルッ
P「……」
凛「プロデューサー!」
美嘉「ど、どうしてここに? もう事務所に来て平気なの?」
P「……」
美嘉「あ……ごめん。わかんないんだよね、アタシたちのこと……」
P「……いや」
P「知ってる。城ヶ崎美嘉っていうんだろ」
美嘉「え……う、うん」
P「隣の君はアナスタシア」
アナスタシア「ダー。そうです」
P「家に飾ってあった写真に二人が写ってたよ。そっちの二人も」
凛・志希「……」
P「渋谷凛と一ノ瀬志希、だよな」
P「この間はすまない。二人のこと、傷つけてしまったかな」
凛「傷つけるなんてそんな。私たちのことわからなかったんだもん、仕方ないよ」
凛「それより、どうして事務所に……」
P「これから社長と面談があるんだ」
アナスタシア「面談、ですか」
P「ああ。そろそろ仕事に復帰しようと思って」
美嘉「そろそろって……、まだ休んで3日も経ってないじゃん」
P「まあ、家にいても仕様がないし」
美嘉「仕様がないって……」
凛(そういうところだけは変わらないんだから……)
P「ところで、俺が担当しているという他のアイドルたちにも会ってみたいんだが、
今日はまだ事務所にいるかな」
凛「……」
美嘉「プロデューサーが担当してるのは凛だけだよ」
P「え? いや、でも、他にも確か……」
アナスタシア「みんな外されたんです。プロデューサーの負担を減らすために」
P「そう、だったのか……」
P「ひょっとして、みんなはすでに他のプロデューサーの元で仕事をしているのか」
美嘉「うん……」
P「……そうか」
P「……」
P「でも日は経ってまだ浅い」
P「なら、みんなの担当を俺に戻してもさして問題はないよな」
凛「え……」
P「わかった。社長に話をつけてくる」
美嘉「ま、待ってよ! 担当を戻すって本気!?」
P「ああ、そうだけど」
P「もしかして、俺がプロデューサーじゃ嫌だったか」
美嘉「嫌なわけないじゃん! アタシたちずっと一緒だったんだよ?
戻れることなら戻りたいよ。でも……」
アナスタシア「みんな、不安なんです。プロデューサーがまた無理をされて、
今度こそ取り返しのつかないことになったら……」
P「取り返しのつかないこと、か」
P「けど、俺は取り返したいんだ」
美嘉「プロデューサー……」
志希「……」スンスン
P「……えっ?」
美嘉「し、志希ちゃん! なにしてんの!?」
志希「……よかった」
志希「なにも変わってない、キミの匂い。あたしの好きな……」
P「……?」
志希「いってらっしゃい。いい知らせ待ってる」
P「あ、ああ」
凛(志希……)
………
……
…
幸子「ボクたち、プロデューサーさんの元に残れるんですか!?」
ちひろ「ええ。私がプロデューサーさんを全面的にバックアップをすることを条件に
社長の了承を得られたわ」
莉嘉「やったー!」ピョンピョン
愛梨「よ、よかったぁ……」
楓「ほっ……」
P「みんなには多大な迷惑をかけたばかりか、
俺の勝手な都合でまたみんなを俺の担当に戻してしまい、
本当にすまなく思っている」
アナスタシア「ニェート、勝手ではありません。
私たちだってプロデューサーの元に残りたかったんですから、
気持ちは同じです」
美嘉「そうだよ。それにアタシ嬉しかった。
プロデューサーが取り返したいっていってくれて」
美嘉「記憶、絶対取り返そうね」
P「……ああ」
まゆ「プロデューサーさん、私、佐久間まゆといいます」
P「ああ、知っているよ。これからよろし――」
まゆ「まゆは、まゆは本当に嬉しいです!
記憶が変わってもプロデューサーさんはまゆを連れ戻してくれました。
やっぱり、まゆとプロデューサーさんは
運命の赤いリボンで結ばれているんですね……」ウルッ
P「リ、リボン?」
卯月「プロデューサーさん、私は島村卯月といいます。
もし困ったことがあればなんでも気兼ねなくいってくださいね」
未央「私は本多未央! もちろん私も協力するから一緒に記憶を取り戻そうね!」
蘭子「あ、わ、私――」
幸子「ボクは輿水幸子です!
まったく、カワイイボクを忘れるなんて罪な人ですね、プロデューサーさんは!
けど大丈夫! ボクと一緒なら――」
莉嘉「アタシは城ヶ崎莉嘉! 美嘉お姉ちゃんの妹なんだよ!」
幸子「……ボクと一緒なら記憶――」
愛梨「私は十時愛梨といいます」
幸子「ボクと一緒ならぁ! 記憶なんてすぐに――」
楓「私は高垣楓です」
幸子「記憶なんてすぐ戻りますからあぁぁっ!!」
未央「さっちーうるさい」
蘭子「……」シュン
杏「……」
P「みんな、あらためてこれからよろしく頼むな」
一同「はい!」
P(手掛かりがあるとしたら、もうここしかない)
P(765プロダクションが消え、突如現れたCGプロダクション)
P(所属アイドルは190人を超え、
日本を代表するトップアイドルが数多く在籍する
業界最大手の芸能プロダクションだという)
P(そして俺が担当するアイドルたち)
P(島村卯月、渋谷凛、本多未央、双葉杏、高垣楓、城ヶ崎美嘉、莉嘉、
神崎蘭子、十時愛梨、佐久間まゆ、輿水幸子、アナスタシア、一ノ瀬志希)
P(13人……、奇しくも律子を含めた765プロのアイドルと同じ人数)
P(偶然とは思えない。きっとなにか理由があるはず)
P(必ず取り返すんだ。765プロを、春香たちを……)
P(俺は……俺は765プロのプロデューサーなんだ)
――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
――――
――
凛「プロデューサー、準備できたよ」
P「……ああ。それでは千川さん、
渋谷たちとアミューズメントミュージックの収録に行ってきます」
ちひろ「はい、気をつけていってらっしゃい」
凛「プロデューサー、また――」
未央「よーし、今日も張り切ってお仕事頑張ろー! おー!」
卯月「はい、頑張ります!」
凛「ち、ちょっと未央、押さないでよ」
P「……」
卯月「どうしたんですか、プロデューサーさん。事務所を見上げて」
P「……いや、ほんとに大きな事務所だな、と思って」
未央「まあねー、都内一等地に50階建ての高層ビルだもん。
芸能プロダクションでここまで大きな事務所を構えてるとこなんて
うちくらいなもんだよ」
卯月「施設もすごく充実してますしね。
撮影スタジオにトレーニングルーム、
コンビニ、レストラン、カフェ、バー……」
未央「ヘアサロンにエステ、おまけにスパにサウナにプールまで入ってるし、
もういうことないよ。いっそここに住みたいくらい」
P「それに、エレベーターも故障してない」
未央「ぷっ、なにそれ。エレベーターが壊れてるとこなんてそうはないでしょ」
P「……そうだな」
凛「三人とも、お喋りはそこまでにして。今日は生放送なんだから遅れたらまずいよ」
未央「わかってるよー」
P(……)
P(あれからひと月が経った)
P(俺はCGプロのプロデューサーとして仕事をこなす傍ら、
僅かな時間を割いてでも765プロの手掛かりを探すことに注力した)
P(しかし依然、765プロに繋がる手掛かりはなにも掴めず、
ただ徒に過ぎていく時間が不安を募らせるばかりだった……)
………
……
…
『ニュージェネレーションズのみなさんです』
卯月・未央・凛『よろしくお願いします!』
P「……」
「よお、あんたか」
P「天ヶ瀬冬馬……!」
冬馬「なんだよ、その面食らったような顔は」
P「俺を覚えているのか?」
冬馬「ああ? なに寝ぼけたこといってんだ。
あんたんとこのアイドルとは何度も共演してるじゃねえか。
その都度、顔を合わせてるだろ」
P「アイドル? まさか、はる――」
冬馬「今、モニターに映ってるニュージェネレーションズ」
P(……ああ、そういうことか)
冬馬「ところで、こんなところでなにしてんだ。
プロデューサーがスタジオ内にいなくていいのかよ」
P「そっちこそ。
確かジュピターもアミューズメントミュージックに出演していたな。
出演者がこんなところで油を売っていていいのか」
冬馬「俺たちは別スタジオの特設ステージで歌うんだよ。出番までまだ時間がある」
冬馬「それより聞いたぜ。あんた、ぶっ倒れたんだってな。大丈夫なのかよ」
P「……さすがは961プロ。いや、さすがは黒井社長か。
競合他社の情報は全て筒抜けというわけか」
冬馬「あんた、黒井のおっさんのこと知ってんのか」
P「知ってるもなにも、黒井社長には幾度となく妨害――」
P(……そうか。黒井社長が敵対する高木社長……765プロがなくなった今、
現CGプロのプロデューサーである俺とは面識がないのか……)
冬馬「なんだよ、妨害って」
P「いや、なんでもないんだ」
冬馬「……まあ、いい。それじゃあな。身体には気をつけろよ」
P「ああ……」
P「……」
P「待ってくれ!」
冬馬「ん?」
P「765プロという芸能プロダクション、聞いたことないか」
冬馬「ナムコプロ? ……さあ」
P「……」
冬馬「それがどうかしたのかよ」
P「……いや、知らないならいいんだ。わるいな、引き留めて」
冬馬「……ふん」
P「……」
凛「プロデューサー」
P「渋谷……」
凛「はぁ、また“渋谷”。“凛”でいいって何度もいってるじゃん」
P「……すまない」
凛「ずっとスタジオにいないと思ったらこんなところにいて、
私たちのステージちゃんと観てくれた?」
P「あ、ああ。ここのモニターから観てたよ」
凛(……こんな小さなモニター……)
凛「……プロデューサー」
凛「プロデューサーは記憶を取り返したいって、本当にそう思ってる?」
P「それは……」
凛「私にはそうは見えない。プロデューサーの目には今も――」
未央「あ、いた! プロデューサー!」
卯月「プロデューサーさーん」
P「二人とも」
未央「もー、心配したじゃん。
収録終わったのにプロデューサーったら一向に戻ってこないんだもん。
……って、どうかしたの?」
P「や、なんでもないんだ。すまなかったな、心配かけて。挨拶回りをすませて帰ろう」
卯月「は、はい……」
凛(……)
……………………
………………
…………
……
P「渋谷のシークレットライブ、ですか」
ちひろ「はい。CGプロでは年に一度、その年に最も輝いたアイドル、
『シンデレラガール』を決める祭典が開かれるんです」
ちひろ「初代シンデレラガールには愛梨ちゃんが、二代目には蘭子ちゃんが、
そして今年の三代目に――」
P「渋谷が選ばれた」
ちひろ「ええ。それを記念してのシークレットライブだったんですが、
プロデューサーさんの記憶障害で
凛ちゃんもライブに臨めるような精神状態ではなかったので、
企画段階だったということもあり、ライブは凍結されました」
P(俺のせい、か)
ちひろ「ですが、このまま凍結させたままというわけにはいかないと思います」
ちひろ「愛梨ちゃんの時も蘭子ちゃんの時もライブはしています。
凛ちゃんだけやらないというわけには……」
P「ファンは納得しないでしょうね」
ちひろ「それに、誰よりも凛ちゃん自身が一番ライブを楽しみにしていましたから」
P「……」
凛「シークレットライブ……」
ちひろ「そう、ようやく凍結を解除することが決まったの。
それで明日には会議を開くから凛ちゃんにも参加して……」
凛「……」
ちひろ「どうしたの、嬉しくないの?」
凛「ううん、嬉しいよ。嬉しいけど、プロデューサーは……」
ちひろ「大丈夫。このひと月のプロデューサーさんの仕事ぶりを見る限り、
記憶を改ざんする以前と比べても遜色ない」
ちひろ「私たちスタッフも全力で凛ちゃんとプロデューサーさんをサポートするから
なにも心配することはないわ」
凛「……うん」
……………………
………………
…………
……
続き多分明日の昼に投稿
P「……ですが、3曲もダンスナンバーが続くと渋谷の体力が不安になりますね」
ちひろ「でしたら、間にバラードを入れて緩急つけてみるとか」
P「バラード入れるならその後も――」
愛梨「プロデューサーさん、ちひろさん」
ちひろ「あら、愛梨ちゃん」
愛梨「私、ケーキ作ってきたんです。よかったらみんなで一緒に食べませんか」
ちひろ「まあ、ケーキ?」
P「すまないが今打ち合わせ中なんだ。
また機会があったらその時は一緒にさせてもらうよ」
愛梨「そ、そうですか。じゃあ、お二人の分は冷蔵庫に入れておきますね……」
ちひろ「休憩しましょう、プロデューサーさん」
P「え……」
ちひろ「話も行き詰まっていましたし、
このまま実りのない時間を浪費するのはもったいないですよ。
一旦休憩を挟んで、頭をリフレッシュさせましょう」
P「しかし……」
ちひろ「プロデューサーさん、記憶が変わってから
愛梨ちゃんのケーキをまだ食べたことないですよね。
すっごく美味しいんですよ。食べればなにか思い出せるかもしれませんし」
P「……」
ちひろ「それに一人で食べるより、みんなで食べる方がずっと美味しくなると思いませんか」
愛梨「わ、私もプロデューサーさんと一緒に食べたいです!」
P「……わかりました。それじゃあ休憩にしましょう。
十時、一緒にケーキご馳走になるよ」
愛梨「……はい!」
美嘉「あ、プロデューサーたちが来たよ」
莉嘉「Pくん、こっちこっち!」
楓「お疲れさまです、プロデューサー」
幸子「お疲れさまです!」
P「ああ、お疲れ」
ちひろ「わあ、可愛い! 見てください、プロデューサーさん。
ハート形のチョコレートケーキですよ」
P「へえ、すごいな。これを十時が?」
愛梨「えへへ、プロデューサーさんに食べてほしくて頑張って作っちゃいました」
美嘉「ほらほら二人とも、立ってないで座った座った」
愛梨「それじゃあ、みんな揃ったし、食べよっか」
莉嘉「いただきまーす!」
楓「いただきマングローブ」
ちひろ「ん~、美味しい!」
美嘉「うん、美味しい」
莉嘉「美味しいよ、愛梨ちゃん!」
愛梨「ありがとう」
愛梨「プロデューサーさんはどうですか」
P「……美味しいよ。まるでパティシエが作ったみたいだ」
楓「そういってくれると嬉しいです」
幸子「えっ、なんで楓さんがいうんですか!?」
P(そういえば、十時はケーキ作りが趣味なんだっけ……)
P「十時はケーキ以外にも作れるものがあるのか」
P「……たとえばクッキーとか、ドーナツとか」
愛梨「うーん、作れないこともないと思いますけど、
リクエストがあるならなにか作ってみましょうか」
P「い、いや、別に作ってほしいわけじゃないんだ。
ただ、聞いてみたかっただけで……」
莉嘉「アタシ、オムライスが食べたい!」
愛梨「オムライス!? お菓子じゃないんだ?」
楓「じゃあ、私は芋焼酎」
愛梨「芋焼酎!!? つ、作れるかな……」
幸子「愛梨さん、真に受けなくていいですから」
美嘉「あはは」
P(……)
P(時々、この子たちに春香たちの面影を重ねてしまう)
P(似ているんだ。春香たちに、765プロの光景に)
P(この子たちと一緒なら、
きっとなにか手掛かりが掴めるんじゃないかって、そう思ったんだが……)
莉嘉「じゃーん! Pくん、見て見て!」
P「この写真は?」
莉嘉「Pくんと一緒に写ってるの色々持ってきたの! なにか思い出せるかなーって」
美嘉「色々っていうか……、これうちにあったの全部じゃない?」
愛梨「わぁ、沢山あるね」
莉嘉「これは一緒にカブトムシを取りに行った時の写真でー、
こっちがライブ打ち上げの時の写真」
ちひろ「あら懐かしい。これ、莉嘉ちゃんの初ライブの時の写真じゃない」
幸子(プロデューサーさんと腕組んでる。羨ましい……)
愛梨「あ、これって去年のクリスマスパーティーの時のだよね。
ふふ、プロデューサーさん、口の端にクリームがついてる」
楓「……これは?」
莉嘉「それはPくんがうちに来――」
美嘉「莉嘉! それは誰にも見せちゃダメだって前に……」
P「……」
美嘉「プロデューサー? どうしたの」
莉嘉「Pくん、なにか思い出せた!?」ガタッ
P「……いや、特にはなにも」
莉嘉「そっかぁ……。あ、そーだ!」
莉嘉「とっておきがあるんだった! Pくんのケータイのカバー取ってみて」
P「俺の?」カパッ
P「……これは」
幸子「ツーショットのプリクラじゃないですか! いいなぁ!」
楓「頬くっついてるわね」
愛梨「プロデューサーさん、照れてる……」
莉嘉「デートした時に撮ったの!
アタシのスマホケースにもおそろいのが貼ってあるんだよ、ほら」
幸子「デ、デ、デ、デェェトォ!?」
美嘉「なにそれ!? アタシそんなの全然聞いてないんだけど!」
莉嘉「……あっ、ヤバッ! これ誰にもいっちゃいけないんだった!」
美嘉「莉嘉! 詳しく説明しなさいよ!」
キャー キャー
P「……」
ちひろ「プロデューサーさん、大丈夫ですか。さっきから少し様子が……」
楓「うわの空でスカイ?」
P「い、いえ、そういうわけでは……」
楓「……」
楓「あの、プロデューサー、今のはですね、
うわの空の『空』と英語の『スカイ』をかけていまして……」
幸子(ダジャレに気付かなかったプロデューサーさんに楓さん自らが解説してる……!)
……………………
………………
…………
……
トレーナー「それじゃあ10分間休憩しましょうか」
凛「はぁ、はぁ……」
凛「……」
トレーナー「待ち人来ず、といったところかしら」
凛「え……」
トレーナー「さっきから扉の方ばかり気が向いて、いつもよりダンスが散漫だったわよ」
凛「……すみません」
トレーナー「プロデューサーさんが恋しいのもわかるけど、
覚えることは山ほどあるんだからもっとダンスに集中してほしいわね。
知った曲だからと高を括っていると痛い目見るわよ」
凛「べ、別に恋しいとかっ……」
トレーナー(とはいうものの、
プロデューサーさんがまだ一度もレッスンに顔を出してこないのも問題よね)
トレーナー(記憶障害に陥ったと聞いたけど、
それなら尚のこと、凛ちゃんのダンスを見て知ってほしいのに……)
……………………
………………
…………
……
アナスタシア「見てください、プロデューサー。
ズヴェズダ……満天の星が輝いています」
アナスタシア「これが全てつくりものだなんて思えません。
まるでドーム全体が宇宙に包まれているよう……」
アナスタシア「プラネタリウムは初めてですが、私、とても気に入りました。
プライベートでもまた来たいです」
P「アナスタシアは星が好きなのか」
アナスタシア「……プロデューサー」
アナスタシア「ミーニャ・ザヴート・アーニャ」
アナスタシア「私のことは“アーニャ”と呼んでください、と前にもいったはずです」
P「あ、ああ。そうだったな、すまない」
アナスタシア「……星は好きですよ。綺麗でしょ」
アナスタシア「前はよく天体観測をしていました。プロデューサーと二人で」
P「俺と?」
アナスタシア「ダー。よく晴れた日には事務所の屋上で」
アナスタシア「二人だけの秘密なんですから、みんなには内緒ですよ」
P「トップシークレットだな」
アナスタシア「トップシークレット? ふふ、そうですね。トップシークレットです」
P(……)
アナスタシア「プロデューサー、星に願いませんか」
P「願い?」
アナスタシア「プロデューサーの記憶が戻るように」
P「……けどこれは、本物の星じゃない」
アナスタシア「本物の星だって願いを叶えてくれるとは限りません。
ちょっとしたおまじないだと思って、さぁ」
P「……そうだな」
アナスタシア「……」(プロデューサーの記憶が戻りますように……)
P「……」(765プロのみんなにまた会え……)
P「……」
P(こんなことしたって……)
アナスタシア「プロデューサー」
P「ん?」
アナスタシア「いつの日か、また二人で天体観測をしましょう」
P「……撮影が始まる。そろそろ戻ろう」
アナスタシア「…………はい」
………
……
…
トレーナー「ストップ。凛ちゃん、また同じところで間違えてる。
そこは卯月ちゃんがいないんだから下がる必要はないの」
凛「す、すみません……」ハァ ハァ
トレーナー(……些細なミスの連続。目に見えてモチベーションが下がってきてる)
トレーナー(あまりいい傾向じゃないわね。リハも予定より遅れだしているし)
トレーナー(普段は大人びて見えるけど、その精神は歳相応に幼い。
当然よね、まだ15歳の女の子だもの……)
トレーナー「もう一度、同じところからいくわよ」
凛「はいっ」
凛「……」
凛(今日も来ない……)
………
……
…
ガチャッ
凛「お疲れさまです」
ちひろ「あら、凛ちゃん、お疲れさま」
凛「ちひろさん、プロデューサーはいる?」
ちひろ「プロデューサーさんならアーニャちゃんの付き添いで出てるけど、なにか用事?」
凛「ううん、いないならいいの。ちょっと寄ってみただけだから。じゃあ……」
ガチャッ バタン……
ちひろ「……?」
凛「……ばか」
……………………
………………
…………
……
まゆ「プロデューサーさん、少し寄り道しませんか」
P「寄り道?」
まゆ「はい。時間は取らせませんから、お願いします」
P「……どこに行けばいい」
…………
P「ここって……」
まゆ「ゲームセンターです」
P「……」
まゆ「さあ、入りましょう」
P「意外だな。佐久間はあまりこういうところには来ないと思っていたが」
まゆ「そうですね、ゲームはあまり嗜みませんね」
P「じゃあ……」
まゆ「これです」
P(プリクラ……)
まゆ「うふ、まゆとも一緒に撮っていただけますか、プロデューサーさん?」
P「知っていたのか、プリクラのこと」
まゆ「もちろんです。プロデューサーさん、莉嘉ちゃんとデートをしたそうですね。
その時にプリクラを撮ったとか」
P「……らしいな」
まゆ「まあ、莉嘉ちゃんはまだ子どもだし、
まゆの中ではそのデートはノーカウントですけど」
P(俺から見れば、佐久間だってまだ子どもなんだけどな……)
まゆ「けど、まゆは大人げないと思いつつも莉嘉ちゃんに嫉妬しちゃいました。
だって恋人のように写るお二人の姿を見せられたら……ねえ?」
P「……」
まゆ「まゆもプロデューサーさんに抱きしめられながら写りたいわぁ。
そしたら今回のことは不問にしてあげられる気がします」
P「不問もなにも、俺にはまったく身に覚えがないんだけどな」
まゆ「……」
P「あ……、す、すまん」
まゆ「いえ、まゆも軽率でした。ごめんなさい……」
P「……抱きしめるのは無理だが、一緒に撮るだけじゃ駄目か?」
P「背景はこのリボンのでいいのか」
まゆ「はい……、あら」
まゆ「プロデューサーさん、ネクタイが曲がってます。まゆが直してあげる」
P「い、いいよ、自分で直すって」
まゆ「恥ずかしがらなくていいですよ。将来的にはまゆが毎日やってあげるんだから」
P「それは、どういう意味でしょうか……」
まゆ「そのままの意味です。なんの遠慮もいりません。
なんなりと申し付けていいんですからね。
貴方のためならまゆはなんだってするんだから」
まゆ「……そうよ。あの掛け替えのない日々を取り戻すためなら、なんだって……」
P「佐久間……」
まゆ「プロデューサーさん、過去が消えることは決してありません。
プロデューサーさんがCGプロで過ごされた日々は確かに存在していたんですから」
まゆ「だから、諦めないでください。記憶は必ず戻ります」
P「……」
まゆ「ネクタイ直りましたよ。さあ、撮りましょう。ほら、笑って」
P「……ああ」
『3・2・1……』
――カシャッ
P(渋谷と同じ、この子もきっと気付いてる)
P(俺が本当に取り返したいものは別のものだということに)
P(彼女たちが知る俺の過去と、俺が知る俺の過去には明らかな齟齬がある)
P(俺の知る過去は全て765プロの記憶)
P(ありもしないCGプロの記憶を取り返すことなんてできやしない)
P(だが、それをなんて伝えればいい?
本当のことを話せば彼女たちは信じてくれるのか)
P(結果的に、俺はこの子たちを騙している)
P(プリクラに写る俺の笑顔はあまりにも不器用で、とても笑っているようには見えなかった)
……………………
………………
…………
……
未央「ふいぃ、やっと終わったぁ。この衣装あっつい……」
卯月「わ、私もぉ、中ぐっしょりですぅ……」
P「二人ともお疲れ。それを着替えたら中庭でインタビューを始めるから」
未央・卯月「はーい」
P(……こんなことをしていていいのか。
未だ、765プロの痕跡一つさえ見つけられずにいるというのに……)
P(だが、手は尽くした。もはやなにをどうすればいいのかわからない)
P(どうすれば、俺は……)
卯月「そういえば、凛ちゃんの様子はどうですか」
P「……様子?」
卯月「凛ちゃん、今はライブリハがあるから私たちとは別スケジュール組んでるじゃないですか。
それで最近全然会えてなくて」
未央「SNSとかで近況報告はしてるんだけど、
しぶりんって自分からはあまり語らない方だから」
未央「プロデューサー、しぶりんとはリハでいつも顔を合わせてるでしょ。
そのへん、色々知ってんじゃないの」
P「……いや、俺は――」
卯月「あ、どうせなら中庭に行くついでに凛ちゃんのリハを見に行きません?」
P「え……」
未央「そういえば通り道にあるもんね、トレーニングルーム。なら、行って確かめてみよっか」
P「ち、ちょっと待ってくれって。
二人はこれからインタビューがあるんだから記者を待たせては……」
未央「大丈夫、大丈夫。
ちょこっと見るだけだからさ、そんなに時間は取らせないって」
卯月「お願いします、プロデューサーさん」
P「いや、しかし……」
未央「ほらほら、着替えるんだからプロデューサーは出ていく!」グイグイ
ガチャッ バタン
P「……」
トレーナー「こなれてくると小さく纏めようとするのは凛ちゃんの悪いクセよ。
ステージには凛ちゃん一人で立つんだから、もっと大きく動かないと」
凛「は、はい……」ハァ ハァ
ガチャッ
凛(……あ)
卯月(凛ちゃーん)フリフリ
未央(やっほー、しぶりーん)
凛(卯月、未央……)
P「……」
凛(プロデューサー……。そっか、二人が連れてきて……)
トレーナー(よかった、やっと来てくれた。これで凛ちゃんも……)
トレーナー「それじゃあもう一度、頭から通してやってみましょうか」
凛「はい!」
トレーナー「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン・エイト!」
凛「~~♪」
トレーナー(……悪くない。やっといつもの凛ちゃんに戻ったみたい)
未央「いい感じだね、しぶりん」
卯月「はい、ソロアレンジで踊る凛ちゃんかっこいいです!」
P「……」
P(なにやってんだろ、俺……)
凛(プロデューサー……?)
P「……」
凛「……っ」ギリッ
トレーナー(り、凛ちゃん?)
卯月「……あれ、なんだか凛ちゃんの動きが……」
未央「う、うん、なんか、あきらかに……」
……
…
トレーナー「凛ちゃん、今のダ……、ち、ちょっと凛ちゃん?」
ツカツカ――
凛「プロデューサー、どうだった。私のダンス」
P「……え。あ、ああ……、よかったんじゃないか?」
凛「……」
未央「えっ、ち、ちょっとプロデュ――」
凛「いい加減にしてよっ!!!」
P「……!!」ビクッ
凛「ちっともよくなんかないよっ!! どこをどう見たらそうなるわけ!?
わざと手を抜いて踊っていたのがわからない!?」
P「え……あ……」
凛「ようやく来てくれたと思ったらなにも見てないじゃん!
こんなの来てないのと一緒だよ!!」
卯月「り、凛ちゃん、落ちついて……」
凛「私を見てよ! プロデューサーのアイドルは私なんだよ!!」
凛「ナムコプロなんて……!
そんな居もしないアイドルなんかにいつまでも囚われないで!」
未央「しぶりん!!」
凛「……!」ハッ
P「…………」
P「……悪い、二人とも、インタビューには二人だけで行ってくれ」クルッ
未央「プロデューサー!」
卯月「プロデューサーさん!」
ガチャッ バタン……
未央「しぶりん、いいすぎだよ……」
凛「……」
P「……」
P(もう限界だ。なにを信じればいい、なにが本当の記憶なんだ)
P(いつかは渋谷たちと別れの時がくる。
彼女たちに感情移入をしてはならないと敢えて距離を置いてきた)
P(だが、本当にそうなのか?)
P(城ヶ崎に見せてもらった写真、そこに写るのは紛れもなく俺自身だった)
P(佐久間はいっていた。俺がCGプロで過ごした日々は確かに存在していた、と)
P(今でも鮮明に思い出せる765プロの記憶……。あれは全て、俺の妄想だったのか)
P(俺がいつも食べていたのは春香の作ってくれたお菓子じゃなくて、
十時が作ったケーキだったのか)
P(夜空を一緒に眺めたのは、貴音じゃなくてアナスタシアだったのか)
P(765プロは……俺の夢だったのか……)
続き夜
シュッ
P「うわっ! ……って、一ノ瀬?」
志希「……にゃはっ」
志希「いい香りでしょー、これ。あたしがブレンドしたお手製の香水。
リラックス効果のある成分が入ってるの。キミにあげる」
P「あ、ありがとう……」
P(……)
志希「もっと肩の力を抜きなよ」
P「え……」
志希「そんな強張ってちゃ疲れるでしょ。最近のキミ、ずっとそんな調子だよ」
P「……」
志希「気楽にいきなよ。そんな暗い顔してないで、希望を志さなきゃ」
P「……希望なんて志せない」
P「わからないんだ。俺が本当に取り返したいものはなんだったのか。
なにを失くして、なにが欲しかったのか。どこを探して、誰を捜せばいいのか」
P「俺には、もう……」
志希「……そっか。キミは今、旅の途中なんだね」
P「旅……?」
志希「そそ。きっとさ、キミは今欲しいものが見つからなくて、
色んなところを旅してる最中なんだよ」
志希「でもさ、たまには旅もいいもんだよ。
そこで思いがけない薬品が手に入っちゃったり、
面白そうな実験材料見つけちゃったり。
それがいつか、キミの欲しかったものに変わるかもしれない」
志希「だからさ、今この状況に絶望しないで。
きっと……、ううん、キミなら絶対に見つけ出して取り戻すことができるから」
志希「そしてその時が、あたしたちの……」
P「一ノ瀬?」
志希「……みんな心配してる。記憶が変わる『前』のキミじゃなくて『今』のキミを」
志希「それだけは、嘘じゃない」
P「……」
P(……そうだよな。いつか、きっと……)スクッ
P「ありがとう、いちの……志希! 香水、大事に使わせてもらうよ!」ダッ
志希「いってらっしゃーい」
志希「……」
タッタッタッタッ……
P(……馬鹿だ、俺は)
P(765プロ……、いや、自分のことばかりで渋谷たちを蔑ろにして目を背けて)
P(たとえ僅かな時間でも、彼女たちと接してきて感じていたはずだ)
P(CGプロのアイドルたちは765プロのアイドルたちに引けを取らないほど、
アイドルとしての情熱を持ち合わせていることに)
P(765プロのプロデューサーであろうとも、CGプロのプロデューサーであろうとも、
俺のやるべきことはなに一つとして変わらない)
P(アイドルを輝かせる、それが俺の仕事なんだ)
P(それにこのままでは765プロのみんなに顔向けできない)
P(春香、千早、美希、765プロのみんな……、もう少しだけ待っていてくれ)
P(今、ここで、やるべきことがあるんだ。だから……!)
P(いた……!)
P「待ってくれ!」
凛「……っ」ビクッ
P「はぁ……はぁ……」
凛「……」
凛「……プロデューサー、さっきは、その――」
P「すまなかった!」
凛「……え」
P「君のいうとおり、俺は自分のことばかりで君たちのことをなにも見ていなかった。
自ら担当を戻しておきながら、その責任をなにも果たそうとしなかった。
プロデューサーとして、失格だと思っている」
凛「……」
P「君は俺に失望しただろう。どれだけ傷つけたかもわからない。
謝っても謝りきれない」
P「だけど、それでも、できることなら……」
P「どうか、もう一度だけチャンスをくれないか」
P「シークレットライブ、必ず君の望むステージにプロデュースしてみせる」
P「君の……凛の輝くその瞬間を、この目で確かに見たいんだ」
凛「プロデューサー、今、名前……」
P「このとおりだ、頼む……」
凛「……」
凛「顔を上げてよ、プロデューサー」
P「……」スッ
凛「一つ、約束して」
凛「もう二度と、私から目を背けないで」
P「……あ、ああ! もちろん!」
凛「それじゃあ、今までのことは全部水に流してあげる」
P「ありが――」
凛「いっておくけど、次はないからね?」ジロリ
P「は……はい……」
凛「ふふ」
凛(やっと呼んでくれた、名前……)
凛「あっ、あのさ、一つ、ライブのことで提案があるんだけど……」
卯月「凛ちゃんのシークレットライブに私たちが?」
P「ああ。みんなにはサポートメンバーとして
バックダンサーやコーラスを担当してもらいたい」
P「急な話ですまない。俺のせいでスケジュールが押し気味なんだ。
すぐにでもリハを始めてもらわないと当日に間に合わない」
P「みんなにはかなりの無理強いをさせることになると思う。
だが、それを承知で頼みたい。
どうか、凛と一緒にステージに立ってくれないか」
未央「そりゃあ、しぶりんの晴れ舞台なんだし、
私にできることがあれば喜んで協力するけど、でも……」
美嘉「本当にいいわけ?
凛がシンデレラガールに選ばれた記念ライブなんだよ。
定例ライブとは訳が違うのに、それをアタシたちが出たりして……」
楓「ライブの構成を変えてまで私たちを出す意味がわからないわ。
それこそ定例ライブになればみんなが出るんだし」
アナスタシア「なにか理由があるんですか、凛」
凛「プロデューサーに見せてあげたいの。私たちの本当のステージを」
まゆ「プロデューサーさんに……」
凛「確かにシンデレラガールに選ばれたのは嬉しかったし、
ずっと待ち望んでいたシークレットライブだけど、
でもそれは全て、プロデューサーに恩返しをしたかったからなの」
P「……」
凛「今の私があるのは全てプロデューサーのおかげ……なんて、
そんなことをいっても今のプロデューサーに覚えがないのはわかってる」
凛「それでも私はプロデューサーに感謝してるし、
これからも一緒にトップアイドルを目指していきたい」
凛「だからそのためにも、プロデューサーには知っておいてもらいたいの。
私の……私たちアイドルが、どれだけの力を持っているのか、
それをシークレットライブで証明したい」
幸子「凛さん……」
凛「私の勝手なわがままだってわかってる。でも定例ライブまで待てない」
凛「お願いみんな。どうか、私と一緒にステージを……」
愛梨「……私、凛ちゃんの気持ちよくわかる」
愛梨「私もシンデレラガールに選ばれた時、同じことを思ったもん。
これでやっと、プロデューサーさんに恩返しができるって」
蘭子(……)
愛梨「だから、私も凛ちゃんと一緒のステージに立ちたい」
幸子「やれやれ、仕方がないですね。このボクが出演してしまったら、
ボクの抑えきれないカワイイオーラで凛さんのファンを
たちまちボクのトリコにしてしまうかもしれませんが、
それでもというのならボクも出――」
莉嘉「はいはい、アタシも出る! ライブできるなんてチョー楽しみ!!」
志希「もちろんあたしも出るよ。ライブなんて刺激的なことを
みすみす逃すほど志希ちゃんは我慢強くないのだ!」
幸子「……ボクも――」
未央「私だって出るよ! ここで協力しなきゃ、
ニュージェネの名が廃るってもんよ! そうでしょ、しまむー!」
卯月「はい! 島村卯月、精一杯、凛ちゃんのお手伝いをさせてもらいます!」
まゆ「プロデューサーさんのためというのなら、まゆも喜んで協力するわ。
まゆだってプロデューサーさんに本当のステージを見せてあげたいもの……」
美嘉「ま、アタシたちを知るにはライブを見てもらうのが一番だしね。
いいよ、その話、アタシも乗った」
楓「……そうよね。私という人間を知ってもらうことはとても大切なことよね……」
未央「かえ姉さま……?」
楓「私も協力するわ。
プロデューサーとは一刻も早く、お酒を飲める間柄に戻りたいですもの」
未央「ええっ! そんな理由!?」
アナスタシア「私も……、私のことをプロデューサーに知ってもらいたいです。
私がどれだけプロデューサーを信頼して、感謝しているのか、
その想いを胸に、私も凛と一緒のステージに立ちたいです」
凛「みんな、ありがとう……」
P(……おや)
杏・蘭子「……」
P「杏と蘭子はどうだ。凛と一緒にステージに立ってくれるか」
杏「……っ、は、はい!
杏も協力させてもらいます! いえ、させてください!」
蘭子「わっ、私も精一杯頑張ります!」
P「あ、ああ、ありがとう……?」
P(……)
幸子「ハイハイハイ! ボクも出ます!! ボクも出ますからね!?」
幸子「いっておきますけど!
ボクがステージに立つのは凛さんのためであって、
プロデューサーさんのためではないんですからね!
そこのところ、くれぐれも勘違いしないでくださいよ!」
P「ああ、わかってるよ。よろしく頼むな、幸子」
幸子「……」
P「どうした?」
幸子「い、いえ、その……、
プロデューサーさんに名前を呼んでもらうの、なんだか久しぶりだなって……」
未央「あ、ほんとだ。そういえばさっきもしぶりんのこと
“渋谷”じゃなくて“凛”って……」
未央「……はい、プロデューサーに問題です! 私は一体誰でしょーかっ!」
P「誰って、未央だろ」
未央「も……、もう3回呼んで?」
P「なんで」
莉嘉「PくんPくん、アタシはアタシは?」
P「莉嘉」
愛梨「じゃあ、私は?」
P「愛梨」
卯月「そ、それじゃあ、私は誰でしょうか!」
P「卯月……って、なんだこの流れ……」
まゆ「プロデューサーさん、どうか、愛を込めて私を呼んでみてください」
キャッ キャッ……
アナスタシア「プロデューサー、元気が出たみたいですね」
美嘉「だね。ようやくらしくなってきたって感じ。
これで記憶も戻ってくれたらいいんだけど」
美嘉「ねぇ、凛のおかげなんでしょ。プロデューサーが元気出たのって」
凛「……違う、私じゃない」
美嘉「凛じゃないの?」
凛「私はなにもしてない。プロデューサーが元気になった理由は私にもわからない」
美嘉「ふぅん、そうなんだ」
凛(……)
楓「プロデューサーは以前、私のことを“カエカエ”と呼んでいましたよ」
P「カ、カエカエ? 本当ですか!?」
幸子「そんなわけないじゃないですか……」
志希「にゃははっ!」
……………………
………………
…………
……
美嘉『みんなーっ、楽しんでるーっ?』
オーディエンス『イェ――ッ!!!』
P「……」
ちひろ「よいしょ、っと。蘭子ちゃん分はこれで全部です」ドサッ
P「ありがとうございます」
ちひろ「それにしても本当に観るんですか、アイドルたちのライブ映像を全て。
一人分だけでもかなりの量ですよ」
P「ダンスの癖、歌の声質……、少しでも彼女たちの特徴を把握しておきたいんです。
ライブまで残り僅か。今更こんなことしたって
付け焼刃程度の知識にしかならないかもしれませんが、
それでも彼女たちの力になれるなら……」
ちひろ「ふふ、なんだか記憶が変わる前のプロデューサーさんに戻ったみたいですね」
P「変わる前?」
ちひろ「ええ。アイドルたちのことがなによりも大切で、
彼女たちを輝かせるためならどんな労力も惜しまない。
そんな人でしたよ、プロデューサーさんは」
P「……そうですか。それが、前の……」
ちひろ「でも、無理はもう絶対に駄目ですからね。
私の目が光るうちは徹夜なんてできないと思ってくださいよ」
P「はは、肝に銘じておきま――」
蘭子『フハハハ! 我が下僕たちよ!
今宵は漆黒の炎に焦がれ、魂が燃え尽きるまで宴を祝おうぞ!』
オーディエンス『ワァ――ッ!!!』
P「……」
……………………
………………
…………
……
美嘉「……そう? ここはアタシたちのコーラスを入れるより、
凛がソロで歌った方がイイと思うんだけど」
P「俺もそう思う。それに今の構成だと凛だけのパートが少なすぎる。
これは凛のためのライブなんだから、
あくまでも美嘉たちはサポートメンバーとして考えないと」
凛「それは……わかってるけど、
でもソロで歌うのはCパートまでとっておきたいなって……」
ガチャッ
蘭子「闇に飲まれよ!」バーン
美嘉「蘭子ちゃん、お疲れー」
凛「お疲れさま」
P「お疲れ、蘭子」
蘭子「闇に飲ま……っ」ハッ!
P「やみにのま?」
蘭子「…………れます」
P(闇に飲まれます?)
………
……
…
『今日のラジオゲストはCGプロのアイドル、
アナスタシアちゃんと神崎蘭子ちゃんです』
アナスタシア『よろしくお願いします』
蘭子『ククク……、福音を鳴らす聖なる暗室に招かれたこと、ここに感謝する』
『え、えっと……』
アナスタシア『ラジオのゲストに呼んでくれてありがとう、といっています』
『い、いえ、こちらこそ……』
P「……」
『――それじゃあ、その衣装は蘭子ちゃんが自分でデザインしたんだ』
蘭子『いかにも。我がグリモワールに記された堕天の衣。
天啓を授かり、幾つもの生贄を捧げ、
遠き過ぎさりし欠けた月の夜、ついに精製することができた……』
『え、ええと……』
アナスタシア『そうです、私のスケッチブックに描いた衣装です。
一生懸命考え、沢山お手伝いをして、
先月ようやく完成させることができました、
といっています』
『へ、へえ、そうなんだ……』
P「……」
P(なにをいってるのか、さっぱりわからない……)
………
……
…
P「――それじゃあ、俺は杏の撮影現場に向かうけど、
蘭子は事務所に戻って引き続きみんなとリハを」
P「撮影が終わり次第、俺も杏と一緒に事務所に戻るから、
そしたらみんなでライブ衣装のチェックをしような」
蘭子「は、はいっ」
P「……蘭子が着ているその衣装は自分でデザインしたものなのか」
蘭子「え、あ、はい、そうです」
P「へえ、すごいじゃないか。よく似合っているよ」
蘭子「あ、ありがとうございます……」
P「蘭子は自分の特性をきちんと把握しているんだな。
衣装や言葉遣いにそれがよく反映されている」
蘭子(うっ……)ギクッ
P「特に言葉遣いは類を見ないというか、
俺には蘭子がなにをいっているのかわからないけど」
蘭子(う゛っ……)グサッ
P「でも、それがきっと蘭子の魅力なんだろうな。
蘭子が二代目シンデレラガールに選ばれた理由がわかる気がするよ」
蘭子「……」
蘭子(なにをいってるのか、わからない……)
………
……
…
「それではCGプロさん、また機会があればよろしくお願いします」
P「こちらこそ、今日はありがとうございました」
杏「ありがとうございました!」
P「……さて、俺たちも事務所に戻るか」
杏「はい!」
…………
P「すまなかったな、杏。この数日、撮影の連続で疲れたろ。
リハもあるから仕事量を極力抑えてはいるんだが、
現状、維持するので精一杯なんだ」
杏「いえ、このくらい平気です!
杏はまだまだ働けます! 馬車馬のように働けます!」
P(馬車馬……)
P「そ、そっか。
まあ、無理を強いてる立場だから無理をするなとはいえないけど、
でも本当に限界を感じたら我慢せずにいってくれよ」
杏「お気遣いありがとうございます。けど、大丈夫です。
杏はアイドルのお仕事が大好きですから、
毎日が充実して疲れを感じる暇もありません」ニコッ
P「……そっか。そういってくれるとプロデューサーとして嬉しく思うよ。
杏のそのひたむきな姿勢は俺も見習わないといけないな」
杏「……いえ」
………
……
…
蘭子「わぁ……!」キラキラ
P「どうかな、“魔法使い”がコンセプトになってるんだけど」
アナスタシア「なるほど。凛が“シンデレラ”なら、私たちは“魔法使い”なんですね」
未央「結構、本格的に“魔法使い”してるデザインだよね。
らんらんなんかは特に好きでしょ、この衣装」
蘭子「ら、らんらんいうでない!」
P「気に入ってくれたか、蘭子」
蘭子「ふぇ? ……あっ、はい。とても素敵な衣装だと思います……」モジモジ
卯月「すごいです、これ! スカート生地がフワフワです!」
まゆ「腰のリボンがいいアクセントになってますね」
莉嘉「お姉ちゃん見て見て、このちっちゃな三角帽子カワイイ!」
志希「楓さん、ステッキにマイクがついてるよ!」
楓「まぁ、それはそれは、なんて……」
楓・志希「素敵なステッキ!」ドッ
幸子(いうと思った……)
キャッキャッ……
美嘉「へぇ、このブレスレット、呪文が彫ってあんだ。結構凝ってんじゃん」
蘭子「呪文……」
アナスタシア「どうしました、蘭子」
蘭子「……我らで呪文をつくり、
それを簡易刻印として身体に刻みつけるのはどうだろうか」
P(……?)
アナスタシア「ハラショー。それは素晴らしいアイデアだと思います」
美嘉「うん、イイと思うよ。まぁ、蘭子ちゃんの趣味全開の呪文にすると、
シンデレラに登場する魔法使いのイメージからは逸脱しそうな気もするけどね」
P「えっと……、蘭子はなんていったのかな」
蘭子「あ、その――」
美嘉「タトゥーシール。呪文をみんなでデザインしてさ、
それを腕とか顔につければ面白くないか、ってことでしょ」
蘭子「う、うむ。いかにも……」
P「なるほど、タトゥーシールか。それはいいアイディアだな。
グッズにもできそうだし、検討の余地があるよ」
アナスタシア「よかったですね、蘭子」
蘭子「しかし刻印だけではこの衣に眠れる真の力を呼び醒ますことは適わない。
我らが魔翌力を注ぎ込み、共鳴させることができればあるいは……」
P「……つまり?」
蘭子「あぅっ、つまり――」
アナスタシア「みんなでアイディアを出し合えばもっと衣装がよくなる、
そういいたいのですね、蘭子」
蘭子「そ、そのとおり……!」コクコク
P「そうだな。まだまだ改善の余地はありそうだ。
他に気付いたことがあればみんなも――」
蘭子「衣を漆黒から蒼へ染め上げ、背中に銀の十字の紋様を入れれば……」
美嘉「いや、だからそんな魔法使い、シンデレラには登場しないって」
P「……」
P(……今まで気付かなかったが)
P(蘭子、俺と他の子たちとでは話し方も表情もまるで違うんだな……)
…………………
………………
…………
……
「では、次回も杏ちゃんを起用する方向で話を進めたいと思います。
日程は決まり次第、追って連絡します」
P「はい、よろしくお願いします」
「そういえば最近の杏ちゃん、らしくないですけどなにかあったんですか」
P「らしくない?」
「なんていうか、仕事熱心というか」
P「……仕事熱心が、らしくない?」
「ああ、いえ、すみません。
決してCGプロさんのアイドルを乏しているわけではありませんよ。
ただ、杏ちゃんはそういうタイプではなかったでしょ」
「手を抜けるところは抜いて、おさえるべきところはしっかりおさえる。
いかに自分を動かさないようにまわりを上手く転がしていたじゃないですか」
「まだ17歳であんな処世術を覚えるなんてむしろ感心してしまいますよ。
業界内にもファンが多いんですよ。できるサラリーマンの手本みたいだって」
P(……)
…………………
………………
…………
……
P(どういうことだ……)
P(俺の知る杏は何事にも真摯に精力的に取り組む、それこそ仕事熱心な女の子)
P(だが、それとまるでかけ離れた人物像……、
どちらが本当の杏なのか、今の俺にその判断が下せない)
P(知らないことが多すぎる。俺は杏のなにを知っている?)
P(俺はまだ杏の表層、それも一部分しか知らない。
心の機敏を、僅かな違和感を察することなんてとてもできない)
P(彼女たちをプロデュースするようになってふた月と少し。
彼女たちと真剣に向き合うようになったのはつい先日のこと)
P(今まで杏たちを知る機会はあっても、自らそれを放棄してきた。
今更後悔したって遅すぎる)
P(これが春香たちのことだったら目敏く気付けたんだろうけどな……)
まゆ「どうしました、プロデューサーさん。浮かない顔して」
P「え……」
まゆ「なにかお困りですか。まゆでよければお話しください。
必ず貴方の力になれるわ。だからどうか、一人で抱え込まないで……」
P「ああ、いや、そんな大袈裟なことじゃないんだ。少し気になることがあって」
まゆ「気になること、ですか」
P(……まゆに杏のことを聞いてみても大丈夫だろうか)
まゆ『まゆは大人げないと思いつつも莉嘉ちゃんに嫉妬しちゃいました。
だって恋人のように写るお二人の姿を見せられたら……ねえ?』
P(この子に他の子の話題を口にするのは避けた方がいい気がする……)
まゆ「もしかして、杏ちゃんのことですか」
P「……!」
まゆ「やっぱり」クスッ
P「ど、どうしてわかった?」
まゆ「まゆはプロデューサーさんのことならなんでもわかるもの。
隠し事したってまゆには全部お見通しなんだから」
P「……」
まゆ「……うふ、冗談です。そんな顔なさらないで」
まゆ「本当のことをいえば、そろそろプロデューサーさんも
杏ちゃんの異変に気付く頃合いだと思っていたの」
P「異変? それじゃあ、やっぱり……」
P「……詳しく聞かせてくれるか」
P「――責任を感じてる?」
まゆ「はい。杏ちゃん、口を開けば『働きたくない』『休みたい』なんて、
プロデューサーさんをよく困らせていましたから、
そのせいでプロデューサーさんが
記憶障害に陥ってしまったと思い込んでしまって……」
P「それで心を入れ替えて、仕事熱心に?」
まゆ「心を入れ替えたというより、罪悪感に苛まれているのではないかと」
P(罪悪感……)
P「……それは、蘭子もか」
P「蘭子、俺には敬語で話すけど、もしかして以前は
俺にもあの独特な言葉遣いで話していたんじゃないか」
まゆ「そうですね。蘭子ちゃんも自分の言葉遣いが
プロデューサーさんを苦しめていたのではないかと悩まれていました」
P「そういうことか……」
…………………
………………
…………
……
愛梨「わっ、外暑いですね。日差しが強い……」
P「天気予報によれば、
梅雨明けの猛暑で30度近くまで気温が上がるらしいからな」
愛梨「えぇ、そうなんですかぁ。今朝は結構涼しかったのになぁ。
幸子ちゃんと莉嘉ちゃんが羨ましいです。
私も水着の撮影だったらよかったのに……」
P(……)
P(杏も蘭子も本来の彼女たちではない)
P(背負うことのない罪に囚われ、必要以上に俺を気遣い、
結果、自らの個性を殺してしまっている)
P(杏にしてはその影響が仕事に顕著に出てしまっている。
蘭子もいずれはあの言葉遣いを完全にやめてしまうかもしれない)
P(そうなる前に、二人には話しておく必要があるな)
莉嘉「Pくーん!」タッタッタッ
幸子「莉嘉ちゃん、走ったら危ないですよ!」アワワ
莉嘉「どぉどぉ? アタシの水着姿。ちょーセクシーっしょ!」
P「セクシーというよりは可愛いかな」
莉嘉「えー、そっかぁ。やっぱ胸とかお尻とか全然足りてないからかなぁ。
アタシも愛梨ちゃんみたいになれるといいな」
愛梨「私みたいに? えっと、ケーキ作りが得意になりたいの?」
幸子「いや、今の話の流れ的に体形のことかと……」
P「まあ、どちらにせよ、とても似合ってるよ。幸子も」
幸子「へ? ……あ、フフーン! 当然ですよ!
カワイイボクが水着姿になれば、それはもう、マーメ――」
莉嘉「PくんPくん、撮影終わったらプールで遊んでもいい?
確かこの後ってリハまで時間空いてたよね」
P「そうだな、疲れを残さない程度になら」
莉嘉「やったー!」
愛梨「……」ソワソワ
P「どうした、愛梨」
愛梨「え……、えへっ、なんでもないです、なんでもないです。
別に暑いからってカーディガン脱ぎたいわけじゃないですよ?」
P「……いや、カーディガンくらい、暑いなら脱いでもいいんじゃないか」
愛梨「そ、そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて……」ヌギヌギ
P(……?)
幸子「……マーメイドのように……美しい……」
…………………
………………
…………
……
未央「プロデューサー、今日は外回りが多いんでしょ。熱中症に気をつけてね」
卯月「これ、スポーツドリンクです。小まめに水分補給を取ってください」
P「あ、ああ。助かるよ、ありがとう」
美嘉「プロデューサー、体調はどう? 無理してない?」
アナスタシア「具合が悪くなったらすぐにいってください」
P「いや、大丈夫、だけど……」
楓「疲れた時は甘いものを食べるといいですよ。ほら、チョコをちょこっと」
P「……」
P(杏や蘭子だけじゃない。みんな、俺を気遣ってくれている)
P(当然か。俺の置かれた現状を正確に把握しているのは俺だけだ。
みんな、俺が記憶障害に陥ったと思い込んでしまっているんだから、
責任や罪悪感を感じてしまうのも無理もないのかもしれない)
P(だからといって彼女たちに本当のことは話せない。
凛のシークレットライブが控えたこの大切な時期に、
わざわざ混乱を招くような話をしてどうする)
P(今は……いや、765プロのことは俺の胸のうちにだけ秘めておくべきだ)
P(だが、それでも、彼女たちに話しておかなければならないことはある)
…………………
………………
…………
……
ちひろ「プロデューサーさん、全員揃いましたよ」
未央「どうしたの? 急に呼び出したりして」
P「みんなにあらためて話しておきたいことがあって」
アナスタシア「話しておきたいこと、ですか」
P「俺が、その……、記憶障害のことなんだけど」
一同「……」
P「みんな、俺をすごく気遣ってくれてるよな。
本来であればプロデューサーの俺がみんなを気にかける必要があるのに、
今は逆に心配ばかりかけて本当にすまなく思ってる」
卯月「そ、そんな、謝らないでください。
私たちだってプロデューサーさんにはいつも心配かけてばかりなんですから」
美嘉「そうだよ、こんな時くらいアタシたちを頼ってよ。
みんな、プロデューサーの力になりたいんだから」
P「ありがとう。みんなの気持ちは素直に嬉しい。
だけど、俺を気遣うあまり本来の自分を抑制してはいないか」
莉嘉「ヨクセー?」
P「みんなを見ていると無理をしているように感じる時がある。
特に杏と蘭子は俺に遠慮があるよな」
杏「……」
蘭子「……!」ドキッ
P「以前の二人のこと、聞いたよ。
俺の知る二人とはまた随分と違う印象を受けたよ」
P「二人を変えてしまった原因は俺の記憶障害か」
杏・蘭子「……」
P「二人のせいなんかじゃない。これは俺自身の問題なんだ」
P「俺の自己管理の甘さが、
自分のキャパシティを超える仕事量を続けてきた当然の結果だ」
P「全ては俺の責任なんだ。
だから二人が、みんなが気に病む必要はない」
蘭子「……」
杏「……どうして、どうしてそんなことがいえるの」
杏「プロデューサー、まだ記憶戻ってないじゃん。
杏がどれだけプロデューサーに迷惑かけてきたのか
なにも覚えてないくせに、どうして自分の責任だなんていえるの?」
杏「杏のこと……なにも知らないくせに……」ジワッ
蘭子(杏ちゃん……)
P「……そうだな」
P「確かに俺は杏のことを知らないし、記憶だって未だに戻らない。
だけどこの2か月、みんなと接してきてよくわかった」
P「みんな、素敵な女の子たちばかりだ」
P「豊かな感性を持ち、アイドルとしての情熱を絶やさず、
誰もが光り輝く可能性に満ちている」
P「そんな素敵な子たちを俺が重荷になんて思うはずがない。
こんな素敵な子たちをプロデュースできて誇りにすら思ってるよ」
蘭子「プロデューサー……」
P「だからもう無理して自分を抑え込まなくていい。
本当の素顔を俺に見せてくれないか。
二人のこと、みんなのことをもっとよく知りたいんだ」
ギュッ
蘭子「あ……」
P「杏、自責の念に囚われないでくれ。
自分を偽らず、ありのままの杏でいてくれていいんだ」
杏「で、でも……」
P「それにな、杏のような子の扱いには慣れてる」
杏「慣れてる?」
P(昔の美希には散々手を焼かされてきたからな)
P「蘭子も、蘭子自身の言葉で話してほしい。
遠慮はいらない。蘭子の心の声を聴かせてほしいんだ。
今はわからなくても、必ず蘭子の想いを汲み取れるようになるから」
蘭子「あ、ああ……!」
P「たとえこの先、記憶が戻らなくても、この想いだけは決して変わらない」
P「みんなまとめてトップアイドル……。
それはきっと、過去の俺と共有する唯一の想いだ」
P「誰一人欠かさない。輝きの向こう側へ、みんなを連れていくよ」
蘭子「……」プルプル
蘭子「ク、ククク……」
未央「お!」
蘭子「ついに目覚めたようね。この時を待っていたわ……!」
蘭子「たとえ記憶の牢獄が閉ざされても、我らの絆が断たれることはない。
貴方の魂は今もなお強く鼓動し、この終わらない暗闇にもやがて星々が瞬く。
我が友よ、最果てのさらなる向こう側へ、ともに行こう!」
P「…………えっと」
未央「つまりね、要約すると『これからもよろしく』ってこと」
美嘉「大丈夫、そのうちわかるようになるから」
アナスタシア「蘭子の言葉はロシア語を覚えるよりも簡単ですよ。……多分」
P「そ、そっか。まあ、その、こちらこそよろしく頼むな、蘭子」
蘭子「うむ! えへへ///」
凛「……プロデューサー」
P「ん?」
凛「いつまで握ってんの」
P「……え?」
凛「手。そんな長々と女の子の手を握らないでよ。セクハラだから」
莉嘉「Pくんのエッチー」
P「え、……あ、いや、違う! 決してそんなつもりで握ったわけじゃ……!」パッ
蘭子(あっ……)シュン
美嘉「大丈夫、みんなわかってるから。凛の嫉妬だってわかってるから」
未央「しぶりんってああ見えて独占欲強いから、プロデューサー気をつけてね」
凛「……は、はぁっ!? ただ注意しただけじゃん!
別に嫉妬なんかしてないし! 誰が独占なんて!」
楓「そうやってむきになっていい返すところがまた……」
志希「見苦しー」
アナスタシア「ですね」
凛「~~っ! み、みんなだってそうじゃん!
みんなだってプロデューサーのことになるとすぐ目の色変えるくせに!!」
ギャー ギャー
愛梨「……」
愛梨「そっか、ありのままの自分でいいんだ」
愛梨「よぉし!」
杏「……本当にいいの」
杏「杏を真人間にする唯一のチャンスかもしれないよ。後悔しない?」
P「後悔の仕様がない。だって、俺は杏を知らないんだからな」
杏「……そっか。そうだった。それじゃあ後悔したくてもできないね」
杏「ふふ、あはは」
P「ははは」
杏「はあ……。というわけで杏、ここのところずっと働き詰めで疲れちゃったから、
凛ちゃんのライブではステージの端っこでタンバリン叩いてる係でいいよ」
P「そんな係はない……って、愛梨? いつの間になんでそんな薄着に?」
愛梨「え? だってこの部屋暑くて……。
それにプロデューサーさん、今ありのままの自分でいいって」
P「いや、違うぞ! そんな意味でいったんじゃない!」
凛「プロデューサー!」
莉嘉「Pくんのエッチー!」
幸子「なんだかみなさん、順応早いですね……」
卯月「でも私、こっちのみんなの方がらしくて好きです」
まゆ「同感だわ。親しみ慣れた光景がようやく戻ってきたみたい」
…………………
………………
…………
……
続き明日
P「ほら、起きるんだ杏。収録に遅れる」
杏「うぅ、あと少し……もう、ご――」
P「五分も待てないぞ」
杏「……後日」
P「おい」
蘭子「我が友よ、刻(とき)は満ちた!
闇の愚者が集いし深淵の古城へといざ参らん!」バーン
P「や、闇の愚者? 深淵の古城? えーと、待ってくれ。
その言葉前にも出てきたな。確か……って、こら杏、寝るな!」
卯月「クスッ、杏ちゃんも蘭子ちゃんもすっかり元通りですね」
未央「だね。やっぱり今の二人の方がずっといいよ。
働き者の杏ちゃんなんて、こっちも調子狂っちゃうし」
凛「ふふ、いえてる」
未央「それにさ、最近のプロデューサー、すごくいい感じじゃない?
私たちのこと、ちゃんと知ろうとしてくれてるというかさ」
凛「うん、真剣に向き合ってくれるようになった」
卯月「はい! プロデューサーさん、とってもいい感じに……」
P「愛梨、暑がりなのはわかったが、着替える時はもう少し人目を気にしてくれないか。
そうも容易く脱がれるとこちらも目のやり場に困るというか……」
愛梨「え? でも私、プロデューサーさんになら見られても平気ですよ?」
P「愛梨が平気でも俺が平気じゃない。
愛梨は自分がどれだけ魅力的な容姿をしているのか、少しは自覚した方がいい」
愛梨「私、プロデューサーさんの目にはそんなに魅力的に映ってるんですか。
えへ、嬉しいな///」
P「……あのな愛梨、俺がいいたいのはそういうことじゃなくてだな……」
卯月「……いい感じに振り回されてますね」
未央「ま、まあ、最初はこんなもんでしょ。記憶が変わる前だって初めはこんなだったし」
卯月「そ、そうですね。でも私、嬉しいです!
ようやく私たちの日常が戻ってきたみたいで……」
未央「あとはしぶりんのシークレットライブに向けて突っ走るのみ! だね」
凛「二人とも、まるで全てが元通りみたいにいってるけど、
プロデューサーの記憶がまだ取り戻せてないから」
未央「あ、そ、そうだね、ごめん。
もちろんプロデューサーの記憶は取り戻さないとなんだけど……」
未央「……」
凛「未央?」
未央「なんかさー、自分でも不思議なんだけど、プロデューサー、今の状態が正常に見えるんだよね」
卯月「え……」
凛「正常って?」
未央「だからその……、
記憶のない今の状態が普通というか、私たちを知らなくて当然というか……」
凛「……」
卯月「じ、実は私も、未央ちゃんと同じように感じる時があって……」
未央「えっ、しまむーも?」
卯月「はい……」
未央「……マジ?」
凛「……そんなわけないじゃん」
凛「これが正常なわけない。
プロデューサーにはちゃんと、記憶を取り戻してもらわないと」
未央「だ、だよね? ごめん、変なこといって……」
卯月「私もごめんなさい……」
凛(……)
…………………
………………
…………
……
P「空、だいぶ曇ってきたな。これは一雨降るかもしれないぞ」
凛「いいじゃん別に。たまには歩いて行こうよ。
次のロケ地まで歩けない距離じゃないんだし」
P「しかし傘がなぁ」
凛「折りたたみ傘ならあるよ。……降ってきたら入れてあげてもいいけど」
P「いいよ。近くのコンビニで買ってくるから少し待っててくれ」
凛「……あっそ」
…………
凛「あ、プロデューサー待って」
P「どうした」
凛「こっち」
P「……?」
凛「ここの坂道、私が中学生だった頃の通学路なの」
P「へえ、そうなのか」
凛「2年生の春だったかな。学校の帰り、
今みたいに信号待ちしてたら誰かさんに声をかけられたの。
『アイドルに興味ありませんか』って」
P「……それって」
凛「差し出された名刺には『シンデレラガールズプロダクション』って
誰もが知ってる大手の芸能事務所。それから誰かさんの名前に肩書きは……」
P「……」
凛「話だけでも聞いてほしいっていわれたけど最初は断った。
その時はアイドルなんて大して興味なかったし、そういう世界にいる自分が想像できなかった。
結局、名刺も受け取らず仕舞い」
凛「だけどその誰かさんは次の日もその次の日も私をここで待っていて、
まるで相手にしない私を必死に説得するの」
凛「いくら断っても毎日懲りずにやって来るんだから、
そのうち、うんざりしちゃって――」
『ねえ、アンタに私のなにがわかるわけ。
調子のいい言葉ばかり並べて、それで私がなびくとでも思ってんの?
子どもを相手にしてるからって無責任な台詞吐かないでくれる?』
凛「そしたらさ――」
『そう聞こえたのなら謝る。確かに君のことはわからない。
だけどこれだけははっきりいえる。
俺は、ステージで輝く君の姿を見てみたいんだ』
凛「笑っちゃうでしょ。誰もアンタの願望なんか聞いてないってのにさ」
凛「そう思わない? 誰かさん」
P「……」
凛「でも、結局はその言葉が決め手だったかな。私がアイドルになる決意をしたのは」
P「……凛」
凛「プロデューサー、『記憶が戻らなくても』なんていわないでよ」
P「え……」
凛「この前、みんなを集めた時にいったでしょ」
P『たとえこの先、記憶が戻らなくても、この想いだけは決して変わらない』
P「ああ……。いや、あれは決意の表れというか、たとえでいっただけで」
凛「たとえでもいってほしくない」
P「……すまない」
凛「お揃いの記憶なのにさ、覚えてるのが私だけなんて寂しいよ」
P「……」
凛「ごめん、プロデューサーのこと責めてるわけじゃない。
記憶が一朝一夕で戻るなんて思ってないし」
凛「ただ、私にとってかけがえのない大切な記憶だから、
プロデューサーにとってもそうだったらいいなって」
凛「本当に大切なものならさ、
なにと引き換えにしても取り返したいって、そう思えるでしょ」
P「……そうだな、そのとおりだ」
凛「うん、そろそろ行こっか。さっきより曇ってきた。空がゴロゴロ鳴いてる」
P(……)
………
……
…
杏「……」
志希「……」
P「二人とも、まだ帰ってなかったのか」
杏「だって見てよ、窓の外」
ザ――…………
P「土砂降りだな」
志希「さすがに帰る気失せちゃうよねー」
杏「梅雨明けたと思ったらこの雨だもん。やんなっちゃうよ」
P「そうだな。ここまでひどくなるとは思わなかった」
志希「雨の匂いは嫌いじゃないんだけどねー」
P「……そうだな。俺も嫌いじゃない」
凛(すっかり遅くなっちゃった。卯月たち、もう帰ったかな)
凛(外、ひどい雨……。歩いて帰りたくないな)
凛(……あ)
凛「プロデュ――」
P「なあ、記憶が変わる前の俺ってどんな人間だった」
凛「……」ピタッ
杏「変わる前?」
P「俺さ、凛をスカウトしたらしいんだ」
杏「ああ、うん、知ってる」
P「その時凛にかけた言葉がさ、なんていうか、その……、
俺がいいそうな台詞だなって」
杏「そりゃそうでしょ。プロデューサーがいったんだから」
P「まあ、そのとおりなんだが。ともかく、その話を聞いて思ったんだ。
以前の俺はどんな人間だったんだろうって」
志希(……)
杏「んー、変わらないかな」
P「変わらない?」
杏「うん、ずっと不思議だったんだよね。
杏たちCGプロの記憶がごっそりすり替わってるんだよ。
少なからずプロデューサーの人格にその影響が出そうなものじゃない」
杏「でも、それが全然ないんだよね。まるで変わってない。
違いなんてそれこそ記憶のあるなしくらいだと思うし」
杏「案外、記憶を変えたくらいじゃ、
その人の人格にまでは影響を及ばさないのかもね。ねえ? 志希ちゃん」
志希「さー?」
杏「さー? って……」
志希「志希ちゃんはフツーの女子高生だから難しいことはわからないのです」
杏「よくいうよ、このギフテッドは」
P「……」
P(なにも変わらない、違うのは記憶だけ……)
P(記憶だけが違う……同一の人間……)
莉嘉『Pくんと一緒に写ってるのを色々持ってきたの! なにか思い出せるかなーって』
アナスタシア『前はよく天体観測をしていました。プロデューサーと二人で』
まゆ『プロデューサーさん、過去が消えることは決してありません。
プロデューサーさんがCGプロで過ごされた日々は確かに存在したんですから』
ちひろ『ええ。アイドルたちのことがなによりも大切で、
彼女たちを輝かせるためならどんな労力も惜しまない。
そんな人でしたよ、プロデューサーさんは』
凛『ナムコプロなんて……!
そんな居もしないアイドルなんかにいつまでも囚われないで!』
「プロ――……」
「……――デューサー」
志希「プロデューサー!」
P「…………え」
志希「どしたの、大丈夫? 顔真っ青だよ」
P「……」
杏「私、もしかしてまずいこといった?」
P「いや……、なんでもない。少し立ち眩みしただけで」
杏「ほんとに? 無理してない?」
P「大丈夫。それより、二人とも寮住まいだったよな。
雨止みそうにないし、車で送るよ」
杏「いいの? 仕事は?」
P「今日はもう終わりにするよ。
千川さんにいってくるから先に駐車場で待っててくれ」
杏「う、うん」
志希「……」
P「それじゃあ、お先に上がらせてもらいます」
ちひろ「はい、お疲れさまでした」
――トントン
P「ん……?」クルッ
P「凛? まだ残ってたのか」
凛「ちょっとね。これから帰るとこだけど」
P「それならちょうどいい。これから杏と志希を寮まで送るところだったんだ。
よかったら凛も一緒に送るけど」
凛「……うん。じゃぁ、そうする」
ブウウゥゥン……
P「さて、誰から先に送ろうか。寮と凛の家、どっちが近いんだ」
凛「私も寮住まいだけど」
P「そうなのか。でも確か凛は元から東京住まいだよな。家が遠いのか」
凛「全然。家からでも普通に通える距離。
ただ寮の方が事務所に近いし交通の便がいいからそうしてるだけ。
それに一人暮らしもしてみたかったし」
P「一人暮らしか。CGプロの子たちは偉いな。
まだ十代の子が大半だというのに親元を離れて上京し、
ひとりアイドル活動を頑張ってる。立派だよ」
杏「そうでしょー。杏は自分で自分を褒めてやりたいくらいだよ。
プロデューサーも頑張る杏に褒美をくれてもいいんだよ?
主に休暇というかたちで」
P「そうだなあ。それじゃあシークレットライブを頑張ってくれたら、
7日くらいまとめた休暇が取れるよう、スケジュールを調整しようかな」
杏「7日!? マジで!? ウソつかない!!?」
P「ああ、約束するよ」
P(まあ、もとからその予定だったけど)
杏「おおう! 双葉杏、シークレットライブ頑張ります!!」
志希「にゃはは、杏ちゃん、卯月ちゃんみたーい」
凛「ひとりじゃないよ」
P「ん?」
凛「仲間のみんながいてくれるから頑張れるの。
プロデューサーだってそうでしょ」
P「そうだな。俺も凛たちがいてくれるから頑張れ……」
P「……」
凛「プロデューサー? どうしたの」
P「ああ、いや、それより寮までの道案内頼まれてくれるか」
凛「うん、いいけど」
P「……」
P(なんで俺、仲間と聞いて真っ先に凛たちを思い浮かべたんだ)
P(春香たちじゃなく……)
………
……
…
凛「そこの交差点を右に曲がって」
P「交差点を右……」
凛「あとは道なりに進んでいくと……ほら、見えてきた」
P「もしかしてあれか?」
凛「うん、うちの寮」
P「……これは寮というより、高級マンションだな」
凛「私も初めて見た時は驚いた。40階立てで346戸あるんだって」
P「事務所の高層ビルといい、寮といい、
あらためてCGプロの巨大さを思い知らされるな……」
杏「アイドルって役得多い仕事だけどさ、CGプロ所属だとまた別格だよねー」
志希「ねー」
………
……
…
P「なあ、本当に大丈夫なのか、俺が中に入っても。ここ男子禁制なんだろ」
杏「大丈夫でしょ、プロデューサー関係者なんだし。
ロビーまでならいいんじゃない」
凛「一応、管理人に許可取ってくる」
P「すまない」
卯月「あれ……、プロデューサーさん?」
未央「ほんとだ。プロデューサーじゃん」
P「卯月、未央」
未央「どったの、寮に来るなんて珍しいじゃん」
杏「雨ひどいから送ってもらったの。ついでの寮見学」
卯月「見学、ですか」
未央「そっか、記憶変わってからここに来るのは初めてか。
どう? すごいでしょ、うちの寮」
P「もう溜息しか出てこないよ。まさにシンデレラが住まう城って感じだ」
杏「まぁ、王子さま不在の城だけど」
P「二人も寮住まいなのか」
未央「うん。CGプロ所属タレントなら家賃タダだし、住まなきゃ損」
卯月「前にここに来たことは思い出せませんか」
P「……どうかな。正直、ここに来るのは初めてとしか思えない」
未央「そりゃあね。前のプロデューサーだって寮には滅多に来なかったし、
ここになにか特別な思い出があれば話は別なんだろうけどさ」
莉嘉「あ! Pくんだー!」タッタッタッ ダキッ!
P「おっと、莉嘉? 莉嘉もここに住んでるのか」
莉嘉「そだよー。お姉ちゃんと一緒の部屋に住んでるの」
美嘉「この子に一人暮らしはまだ早いよ」
P「美嘉」
美嘉「ヤッホー。寮に来るなんて久しぶりじゃん、どうしたの」
莉嘉「遊びに来たの?」
美嘉「……!」
P「いや、さすがに遊びには来ないよ。ここ本当は男子禁制なんだろ」
莉嘉「大丈夫だよ、だって前にもうちに遊びに――」
美嘉「莉嘉!!!」ガバッ
莉嘉「~~っ」モガモガ
P「……俺、二人の部屋に行ったことあるのか」
美嘉「ないないない! そんなの一度もないから!!」
卯月「……」
未央「美嘉ねえ……」
美嘉「な、なによその目は。なんでもないっていってるでしょ……」
杏「派手な外見とは裏腹に中身はCGプロきっての乙女なくせに、
プロデューサーを部屋に連れ込むとは大したもんだ」
美嘉「だから違うっていってるでしょ!」
P「なあ、前に莉嘉に見せてもらった写真の中に
俺と美嘉が一緒に写っている写真があったけど」
美嘉「……!」ギクッ
P「あれってもしかして二人の部屋で撮ったものか」
美嘉「ア、アハッ★ 写真? なんのこと? そんなのあったっけ?」
杏「うわー、白々しい」
卯月「美嘉ちゃん、目が泳いでます」
未央「美嘉ねえ、もうバレてんだから白状して楽になりなよ」
美嘉「白状もなにもそんな写真知らないもん!」
未央「往生際悪いぞ、ニセ純情ギャル!」
凛「なに騒いでんの」
未央「しぶりん、いいところに! 実は美嘉ねえがさぁ……」
美嘉「わ――ッ!! ダメッ!! 凛にだけはいわな――」
莉嘉「お姉ちゃーん、Pくんがうち来たいってー」
美嘉「……」
凛「……どういうこと」
……
…
つ
づ
き
よ
る
莉嘉「Pくんいいよー、あがってー」
美嘉「いらっしゃい。ごめんね、待たせちゃって」
P「いや、俺の方こそ急に押しかけて……」
P(……)
美嘉「いいよ。プロデューサーの記憶のためだもん、協力する」
美嘉「……で、なんでアンタたちもいるわけ?」
卯月「えぇと、それはその……」
未央「後学のため?」
美嘉「なんの後学よ」
凛「なに、私たちがいると困ることでもあるの?」
美嘉「な、ないでーす……」
杏「あれ、そういえば志希ちゃんは」
P「……」
莉嘉「どう? Pくん。うちに来たこと思い出せない?」
未央「ねぇ、前にプロデューサーがここに来た時はなにをしてたの」
莉嘉「んとねー、フツーに喋ってー、写真撮ってー……、そのくらい?」
美嘉「うん、まぁ……。正直、特別思い出に残るようなことはなにも」
凛「プロデューサーがここに来ただけでも十分特別だと思うけど?」
卯月「どんなことを話したんですか」
莉嘉「コイバナ! Pくんに色々聞いたんだー。Pくんの前カノのこととかー」
未央「前カノ!? プロデューサー、彼女いたの!?」
P「……まあ」
凛「いつ!!?」
P「俺の記憶が正しければ、ナム……CGプロに就職して間もない頃じゃないか」
莉嘉「うん。でもソエン? だっけ?
それになっていつの間にかシゼンショーメツしたっていってた」
卯月「疎遠ですか」
美嘉「ほら、その頃はまだプロデューサーもかけ出しの新人だったから、
凛のプロデュースでいっぱいいっぱいで、
彼女にまで気をかけてやる余裕がなかったんだってさ」
莉嘉「それっきりずっとフリーなんだって。お姉ちゃんちょー喜んでた」
美嘉「莉嘉、余計なこといわない」
未央(な、なんだ……)ホッ
凛「……」
凛(つまりプロデューサーは彼女よりも私を優先してくれてたってこと……?)
凛「…………」
凛「ごめんねプロデューサー! 私のために彼女と別れることになって!」パァァッ
杏「謝ってるわりにはすんごい笑顔」
美嘉「ていうか、凛のために別れたわけじゃなくない?」
未央「ねね、他にはどんなこと聞いたの。
プロデューサーの恋愛事情とか超気になる」ウキウキ
莉嘉「えっとねー、他にはぁー……」
……
…
美嘉「じゃあ、いい? プロデューサー、いくよ?」
P「ああ」
――ギュッ
美嘉「ど、どう? ///」
P「……」
凛「はい、駄目ー。プロデューサーなにも思い出せないみたいだね、残念。
じゃぁ美嘉、さっさと離れて」
美嘉「ち、ちょっと待ってよ、早いって! まだ写真も撮ってないじゃん!」
凛「じゃあ早く撮れば? 撮って1秒でも早くプロデューサーから離れてよ」
未央「しぶりん、抑えて。言葉の端々から嫉妬が滲み出てる」
凛「だっておかしいでしょ! まるで恋人みたいに腕絡めちゃってさ!」
美嘉「こ、恋人だなんてそんな……///」テレテレ
凛「……」イラァッ
未央「しぶりん、堪えて。これもプロデューサーの記憶のためなんだから」
莉嘉「お姉ちゃん、Pくん撮るよー。はいチーズ……」
――パシャッ
未央「どれどれ、どんな感じ?」
卯月「大体前の写真と同じ感じで撮れてますね」
莉嘉「どう? Pくん。一緒に写真撮ったこと思い出せた?」
P「……いや」
未央・卯月・莉嘉「はぁ……」
未央「駄目かぁ。他にしてないことってなんかある?」
莉嘉「あとはぁー、ツアーの話とか?」
P「ツアー?」
美嘉「去年の秋から今年の春にかけてアリーナで全国回ってたんだ。
その時の写真見ながら思い出話なんかしてさ。
……ほら、これがその写真」
P「……この写真」
卯月「あ、ツアーファイナルで撮った集合写真ですね。私も自分の部屋に飾ってあります」
P「俺の部屋にも飾ってあったよ。大切な思い出か」
美嘉「一番の思い出だよ。アリーナツアーはアタシたちの夢だったんだから」
P「夢……」
美嘉「プロデューサーが叶えてくれたんだよ」
P「……俺は」
莉嘉「他にも写真いっぱいあるよ。見てみる?」
………
……
…
未央「結局、記憶は戻らず仕舞いかぁ。どうしたもんかね」
杏「気長にやるしかないでしょ。焦ったって仕様がないし」
P「……」
杏「ねえ、さっきから口数少ないけど、
あまり思いつめない方がいいんじゃないの」
P「……ああ、いや、そんなんじゃないんだ。ただ前の俺が羨ましいなって」
杏「羨ましい?」
P「俺には、みんなとの思い出がない。楽しかったことも辛かったことも、
共有しているのは全て前の俺だ」
杏「……」
未央「いやいやいや、思い出がないんじゃなくて忘れてるだけでしょうが」
莉嘉「Pくん元気出して。記憶なら絶対戻るって!」
P「……そうだな」
未央「ところで美嘉ねえとしぶりんは?」
卯月「凛ちゃんが美嘉ちゃんに話があるって二人で部屋に残ってます」
凛「美嘉さぁ、ちょっとプロ意識欠けてんじゃないの。
アイドルが部屋に男を連れ込むとかなに考えてるわけ」
美嘉「す、すみません……」←正座
凛「おまけになんなのこの写真。腕なんか組んじゃってさ。
フンッ、胸まで押し付けていやらしい!」
未央「あぁ……、よっぽどツーショット写真が羨ましかったんだろうね」
莉嘉「なんで? 写真くらい一緒に撮ればいいじゃん」
未央「しぶりん、あれでいて奥手なところがあるからなぁ。
好きな人に自分から告白できないタイプ」
P「すまなかったな莉嘉、こんなことに付き合わせてしまって。みんなも」
莉嘉「ぜーんぜん、またうちに来てよ。Pくんならいつでも大歓迎!」
P「歓迎してくれるのは嬉しいが、
プロデューサーの俺が進んで規則を破っては
他の男性スタッフに示しがつかないからな。今回限りにしておくよ」
莉嘉「えー、でも記憶戻すには同じこと繰り返さないといけないんでしょ?
もしかしたら次来た時はなにか思い出せるかもしれないじゃん」
P「それはそうかもしれないが規則は規則だからな。
莉嘉もどうして寮が男子禁制なのか、その理由はわかるだろ」
莉嘉「スキャンダルってのになるからでしょ。ちぇー、つまんないの」
杏「ねぇ、それならさ、
今度みんなでプロデューサーと思い出の場所とか巡ってみない?」
杏「なにも思い出があるのは莉嘉ちゃんだけじゃないんだし、
杏たちだってプロデューサーとの思い出があるんだから、
一つ一つ巡って記憶が戻るか確かめてみようよ」
未央「いいねそれ! 行こうよ、思い出巡り!」
卯月「私もプロデューサーさんとの思い出沢山あります!」
莉嘉「さんせーい! アタシも行きたい!」
杏「シークレットライブが終わったら7連休くれるんでしょ。
その時になったらみんなで一緒にさ。ね、いいでしょ」
P「気持ちは嬉しいが、休暇は自分のために使ってくれないか。
ただでさえみんなにはタイトなスケジュールをこなしてもらっているのに、
俺のために時間を割いては休暇を与える意味がなくなってしまうしな。
休める時にきちんと休んでおかないと俺の二の舞になるぞ」
未央「……これはすごい説得力」
杏「別に7日全部使ってやるわけじゃ……、2・3日くらいなら……」
P「みんなは楓さんと違って学生なんだから、仕事はなくても学校があるだろ。
7日とはいっても本当に休めるのは土・日くらいだ。
貴重な休みを俺のために消費してもらいたくないんだ」
未央「貴重な休みときましたよ、杏さん」
杏「……」
P「思い出巡りは次の機会にして、まずはしっかり英気を養ってくれないか」
杏「……プロデューサーが、そういうなら」
P「ありがとな、杏。俺のために」
P「それじゃあ、みんな、また明日。おやすみ」
莉嘉「バイバーイ。おやすみなさーい」
ブウウゥゥン……
未央「いやはやー、それにしてもさっきは驚いちゃった。
まさかプロデューサーのためとはいえ、
あの杏ちゃんが自分の休みを返上してまで協力しようとはねぇ。
明日は槍が降るかも」
杏「失礼な。杏だってそこまで薄情な人間じゃないよ。
優先すべき事情はちゃんと見極めてるつもり」
未央「……もしかして、プロデューサーの記憶障害のこと、
まだ自分のせいだって思ってる?」
杏「……」
卯月「でも、それは前にプロデューサーさんが……」
杏「『気にするな』といわれて『はい、そうします』とはいかないよ。
プロデューサーは優しいからああいうけどさ、
少なからず杏が記憶障害の原因になってるのは確かなんだから」
杏「蘭子ちゃんだって、きっとまだ気にしてるんじゃないかな」
未央・卯月・莉嘉「……」
杏「だからって杏のアイデンティティを壊すような真似は二度としないよ。
けど、プロデューサーの記憶を取り返すためなら休みの一つや二つ惜しくない」
卯月「杏ちゃん……」
莉嘉「杏ちゃん、エライ!」
杏「――と、思ってたんだけど、なんかよくわからなくなっちゃった」
卯月・莉嘉「へ?」
未央「わからなくなったって?」
杏「プロデューサー、どうして莉嘉ちゃんたちの部屋に行ったと思う?」
未央「そりゃ、記憶を取り戻すためでしょ」
杏「でもその割には消極的だったと思わない?
未央たちが主導で動いていたことを差し引いても、
プロデューサー自身は積極的に動こうとしなかったっていうかさ」
杏「思い出巡りだって本当なら断る理由なんてないはずじゃん。
杏たちもうすぐ夏休みなんだし、
2・3日休みがなくたって十分お釣りがくるよ」
未央「……いわれてみれば、確かに」
莉嘉「どーゆーこと? Pくん、記憶取り戻すのやめちゃったの?」
杏「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」
莉嘉「……ドッチ?」
卯月「つまり、記憶を取り戻すとは違う、別の目的があって、
プロデューサーさんは莉嘉ちゃんたちの部屋を訪れたということですか」
杏「杏はそう思った。
事務所を出る前、プロデューサーに聞かれたんだよね。
『記憶が変わる前の自分はどんな人間だったか』って」
杏「それで『記憶以外なにも変わらない』って答えたら、プロデューサー、顔真っ青」
未央「真っ青……ショックだったってこと? 変わらなかったことが? なんで?」
杏「わかんない。でもきっとそれが
莉嘉ちゃんたちの部屋に行った本当の理由なんだと思う」
杏「さっきプロデューサーがいってたじゃん、『前の自分が羨ましい』って」
杏「なんかさ、杏にはまるで、他人を羨んでるように聞こえた……」
ブウウゥゥン……
P「……」
P「……」
P「……どうすればいい」
志希「次の交差点を左に曲がればいいと思うよ」ヒョコッ
P「うわあっ!!!」
キキーッ!
志希「キャアッ!」
P「し、志希!? なっ!?」
志希「ちょっと前! 前! 対向車線はみ出してるって!」
P「ど、どうやって車に忍び込んだ。
まさか、寮で降りずにずっと車の中に潜んでいたのか」
志希「いやー、待つってあたしの性分じゃないね。
『忍耐』なんて言葉あたしの辞書には載ってないし」
P「君はいつも俺を驚かせてくれるな……」
志希「『驚きは、知ることの始まりである』ってね」
P「誰の言葉?」
志希「プラトン。ささ、落ち着いたなら発進どうぞ。
あ、ちょい待ち。助手席に移動させて」
P「どこへ連れいてくつもりだ」
志希「それは着いてからのお楽しみってことで。
それまでは志希ちゃんとステキな夜のドライブデートを
お楽しみくださいませ」
P「……君が未成年でアイドルでなければ楽しめたんだけどな」
志希「――ふーん、それで美嘉ちゃんの部屋に行ってたんだ。面白かった?」
P「……遊びに行ったわけじゃない」
志希「雨止んでよかったー。あ、次、右ね。曲がったらすぐだから」
P「……」
……
…
志希「とぉちゃーく。車ここでいいよ。降りて降りて」
P(……車庫?)
ガチャッ バタン
志希「今から魔法見せたげる」
P「魔法?」
志希「ゴホン、ゴホン。ん゛、ん゛んっ。えー、では……」
志希「開けー……にゃん!」ピッ
――シーン
P「……」
志希「にゃん! にゃん!」ピッ ピッ
志希「にゃん……」ピッ
志希「……」
P「……」
志希「……にゃんで?」
P「せーの……ふっ!」
ガラガラガラ ガシャン
志希「ふぅ……。ごめんねー、ここのガレージ古くてさー、
シャッター壊れちゃったのかな。リモコン利かなくなっちゃった」
P「シャッター下ろすぞ」
ガラガラガラ……――
志希「あらためまして、ようこそ、志希ちゃんの秘密基地へ」
P「秘密基地?」
志希「または研究室ともゆー。ここで香水作ってんだー。ちょいこっち来てみ」
志希「これ、志希ちゃんの夏の新作。
ブラッドオレンジのミドルノートが
ローズアブソリュートと交わって生き生きと香り立つの。
柑橘類と爽やかさの古典的な組み合わせだけど、この時期にはピッタリ」
P「ブ、ブラ……、アブソ……?」
志希「で、こっちがローズベースの花ずいだけで作ってみたパルファン。
ラズベリーとバーベナを添えてよりローズの香りが引き立つようにしてみたの。
苦労したんだー。出来は上々だけど面倒くさいからもう作らないけどね」
P「カ、カズイ?」
志希「でーでー、これが――」ペラペラ
P「……」
P(蘭子とは違った意味でなにをいっているのかわからない……)
P「――志希、この香水は?」
志希「お、それに目をつけるとはお目が高いですな」
志希「それはねー、ピザ」
P「ピザ?」
志希「自信作なんだー。嗅いでみ嗅いでみ?」
P「……」スンスン
P「……」
P「ピザだ」
志希「でしょ?」
P「なにに使うんだ」
志希「たとえばー……、ミーティングが長引いたりするでしょ?」
『少し休憩挟もっかー』
『お腹空いたねー』
『なにか食べるー?』
志希「――で、そんな時にこの香水をさりげなーく散布しておけば――」
『あれ? なんだか私、ピザが食べたくなってきた……』
『そうだ、ピザにしよう! そうしよう!』
志希「――ってな感じで、みんなを誘導できる」
P「……」
P「……じゃあ、これは?」
志希「それは香水じゃなくて惚れ薬」
P「惚れ……」
志希「未検証だから効果のほどはわからないけどね。
ねえ、それよりもお腹空かない? ピザでも取ろっか!」
……
…
志希「ふんふーん♪」パッパッパッ
P「タバスコかけすぎじゃないか」
志希「えー、そう? このくらいかけた方が美味しいよ?
そういうキミは食が進んでないみたいだけど、ピザはお嫌い?」
P「いや、好きだけど」
志希「あたしのことが? いやぁ、照れるなぁ///」
P「……」
志希「『どうすればいい』」
P「なにが?」
志希「車の中、キミのひとり言」
P「……ああ」
志希「食が進まないのはそれが理由? 美嘉ちゃんの部屋にキミの過去はなかった?」
P「……あったよ。結局は思い出せなかったけど」
志希「そっか」
P「……」
P(もしかして、と思った)
P(もしかして俺は本当に記憶障害に陥り、
765プロという妄想の産物を作り出していたとしたら)
P(だが、美嘉たちの部屋に入った瞬間、直感した)
P(あの部屋に、俺の過去はない)
P(美嘉たちの語る過去の俺は別人だ。俺にCGプロの過去はない)
P「そういえば、どうして俺をここに連れてきたんだ」
志希「キミに思い出をあげようと思ったの」
P「思い出?」
志希「いったでしょ、ここはあたしの秘密基地だって。
誰も知らない、あたしだけの場所」
志希「ここならキミだけの思い出ができるでしょ。
“前”のキミも知らない、正真正銘“今”のキミだけの思い出が」
P「俺だけの……」
志希「あ、ここのこと誰にも話しちゃダメだかんね。
今日からはあたしとキミの秘密基地なんだから」
P「はは、ありがとう……」
P「……」
P「なあ、もし俺の記憶がこのまま戻らなかったとしたら、
その時みんなは、そんな俺を受け入れてくれると思うか」
志希「……キミはどうなの」
志希「それでもキミは、あたしたちのそばにいてくれる?」
P「……俺は……」
…………………
………………
…………
……
P(765プロの存在、その確信は得た。だが取り返す術は依然わからない)
P(俺はなにを見落とし、なにに気づいていないのだろう……)
幸子「ほら、このポロシャツならカーディガンと組み合わせられますし、
ガーリーっぽさも出てると思うんですよね」
美嘉「でもそのカーディガンと組み合わせるなら
こっちのブラウスの方がイケんじゃない?」
莉嘉「アタシはこのワンピがイイって思うな!」
幸子「プロデューサーさんはどう思います?」
P「……え、ああ、そうだな、幸子に合いそうなのは……」
P(この子たちと向き合うと決めたのは765プロを諦めたからじゃない。
だけど、あれだけ切望していた765プロへの気持ちがいつしか薄れてしまっている)
P(本当は自分でも気づいているんだ。
765プロのみんなにはもう、二度と会えないんじゃないかって)
P(会えることなら今すぐにでも会いたい。
だけど今は、この子たちの行く末を見届けたいと思う自分がいる)
P(俺は選択を迫られているのではないのか。
この765プロのなくなった世界で、CGプロのプロデューサーとして生きていくことを)
P(765プロを、忘れて生きていくことを……)
ちひろ「プロデューサーさん、そろそろ」
P「はい」スッ
莉嘉「Pくん、どっか行くの?」
P「ああ、これから病院に」
美嘉「病院?」
幸子「な、なんで、まさか、症状が……」
P「違うよ、定期検査」
幸子「あ、な、なんだ……」
P「心配することはなにもないから。千川さん、あとはよろしくお願いします」
ちひろ「はい、気をつけていってらっしゃい」
ガチャッ バタン――
P(行ったって、意味なんかないんだけどな……)
………
……
…
P「ただいま戻りました」
ちひろ「おかえりなさい。どうでしたか、検査の方は」
P「千川さん、そのことでお話が……」
………
ちひろ「……そうですか」
P「このことはまだ内密に。
あの子たちには時機を見て俺から話を――」
ちひろ「あら?」
P「どうしました」
ちひろ「今、そこに人影が……」
…………………
………………
…………
……
続
き
明
日
楓「心ここにあらず」
アナスタシア「心……アラズ?」
幸子「どうしたんですか、急に。また新しい駄洒落でも?」
楓「プロデューサー、最近物思いに耽ることが多いと思って」
愛梨「あ、それ、私も思いました。この前、私が目の前で着替えてたのに、
プロデューサーさん、ずっとこっちを見てるだけで」
卯月「み、見てる、だけ……? ///」
未央「そっか、プロデューサーも男の子だもんね。
とときんの生着替えを目前にしてついに自制心が……」
アナスタシア「なるほど、それが『心アラズ』なんですね。
プロデューサー、エッチです……」
莉嘉「Pくんのエッチー!」
杏「違うっつの。プロデューサーの目には入ってなかったってことでしょ」
愛梨「うん、いつもみたいに注意されなかったんだよね。
なんだか私が着替えてることに気づいてないみたいだった。
ちょっと心配かも」
まゆ「実はまゆも気になっていました」
幸子「うわっ!!」
楓「あら、まゆちゃん」
まゆ「ごめんなさい幸子ちゃん、驚かせてしまったかしら」
幸子「い、いえ……、ボクは別に驚いてなんか……」ドキドキ
未央「さっちー、裾引っ張らないで。伸びる伸びる」
まゆ「だからまゆ、直接プロデューサーさんに訊ねてみたんです。そしたら――」
P『ありがとな、まゆ。いつも俺のことを気にかけてくれて』
まゆ「――と、優しく語りかけてくれるプロデューサーさんの
慈しむような眼差しにまゆはもう……!」
杏「なんだ、ただの惚気か」
まゆ「いえ、この後続きがありまして――」
P『だがもう少し待ってくれないか。もう少し、一人で考えたいんだ。
これは俺が自分で決めないといけないことだから……』
まゆ「――いえる時がきたら必ずみんなにはいうと、そう仰っていました」
愛梨「自分で決めないといけない……」
楓「十中八九、記憶障害のことでしょうね」
幸子「まさか、記憶を取り戻すのを諦めるとか、そういうことじゃないですよね?」
一同「…………」
幸子「どうして誰も否定してくれないんですか!」
未央「ご、ごめん。そうじゃないって思いたいけど……」
幸子「そうだ! 今度みなさんで一緒に
プロデューサーさんと思い出巡りしてみませんか?」
幸子「ボクたちプロデューサーさんとは数え切れない思い出があるんだし、
一つ一つ巡って記憶が戻るか確かめてみましょうよ!
さすがはボク! ナイスアイディア!」
杏「残念だけどそれ、バッドアイディア」
幸子「へ? どうしてですか」
杏「すでに杏が同じ話を持ちかけて断られてるから」
幸子「え……」
杏「シークレットライブが終わったら連休くれるっていうから、
その時になったら一緒にどうかって誘ってみたんだけど」
アナスタシア「ダーティシトー! 驚きです!
まさかあの杏がプロデューサーのためとはいえ、
自分の休みを減らしてまで協力しようとは……」
まゆ「明日は槍が降るかしら」
楓「いえ、杏ちゃんならきっと“飴”が降るわね」
杏「なんでみんなして未央と同じ反応するんだよ! そんなに意外か!?」
莉嘉「やっぱPくん、
うちに来てなにも思い出せなかったのがショックだったのかなぁ」
未央・卯月(げっ……)
楓・アナスタシア・幸子・愛梨・まゆ「…………」
楓・アナスタシア・幸子・愛梨・まゆ「うちに来て?」
まゆ「莉嘉ちゃん、どういうことかしら。
プロデューサーさん、莉嘉ちゃんのご実家へ行かれたことが?」
莉嘉「んーん、来たのは寮の方」
愛梨「あれ、でも確かうちの寮って男子禁制じゃなかったっけ。
男性スタッフは別だとか?」
楓「いえ、そんな例外はないはず」
アナスタシア「莉嘉、どういうことか説明してくれますか」
未央「あー、待って、それは私たちから――」
……
…
楓「――なるほど、そんなことが」
幸子「まったく、油断も隙もありませんね、城ヶ崎姉妹は。
どうしてそんな大事なことを今まで黙っていたんですか」
アナスタシア「美嘉をかばったんですね」ムスッ
未央「あはは、まあ、その……、
すでにしぶりんから散々絞られた後だったし、
これ以上責められるのも酷かなって」
未央「現に今の話を聞いてまゆちゃん飛び出して行ったし……。
しぶりんに続いてまゆちゃんだよ? 美嘉ねえ搾りかすになっちゃうよ……」
アナスタシア「それは美嘉の自業自得です。
私だって美嘉に一言いわせてほしいくらいなんですから。
莉嘉も、寮の規則はきちんと守らないといけません」
莉嘉「ゴメンなさい……」シュン
杏(珍しくアーニャが怒ってる……)
愛梨「やっぱりプロデューサーさん、記憶取り戻すの諦めっちゃったのかな……」
幸子「そう決めつけるのは早計だと思います!
日をあらためてもう一度誘ってみましょうよ。
もしかしたらなにか都合があって断られたのかもしれませんし」
杏「どうかな。結局もっともらしい理由つけて断られるのが落ちな気がする。
少なくとも思い出巡りに乗り気じゃないのは確かなんじゃないかな」
楓「杏ちゃんのいう、
『莉嘉ちゃんたちの部屋を訪れた本当の理由』も気になるわね。
話を聞く限り、プロデューサーが探しているものは、
そもそも記憶ではない可能性も出てきたみたいだし」
莉嘉「記憶じゃないなら、なにを探してるの?」
杏(……)
楓「いえ、憶測で語るのはやめましょう、きりがないわ。
『必ずいう』とプロデューサーがいっていたのなら、
その言葉を待ちましょう」
楓「それより、こうなってくると別の問題も出てくるわね」
未央「別って?」
楓「これこそ憶測で語りたくはないけれど、
もしプロデューサーが本当に記憶を諦めるとしたら、
それを私たちは受け入れることができるかしら」
愛梨「それは……」
楓「気持ちの整理をつけなければいけないのは、プロデューサーだけじゃないわ」
卯月(……)
凛「プロデューサー、志希見なかった」
P「いや、見てないけど……、その花束は?」
凛「志希に渡す約束してて」
P「志希に?」
凛「志希が香水作ってるのは知ってるでしょ。その実験材料にって」
P「ああ……、でもどうして凛が花を?」
美嘉「凛の実家、花屋」
P「花屋? 凛が?」
凛「今、似合わないって思ったでしょ」
P「そんなことないよ。よく似合ってる」
凛「……//」
P「けど、これだけきれいに咲いているのに、
実験材料にされるのもなんだかもったいない気がするな」
凛「は、花が完全に開ききってるのは売れないから処分するしかなくて、
それなら香水作りに役立ててもらった方がこっちも助かるっていうか……」ゴニョゴニョ
P「なるほど、お互いに得ってわけか。
もしかしたらまだ事務所には来てないのかもしれないな。
電話してみたらどうだ」
凛「さっきした。音信不通」
蘭子「ふむ、おそらく彼の錬金術師は真理を求め、
虚空の狭間へといざなわれたのかもしれない」
P「……つまり?」
美嘉「失踪したってこと」
P「失踪?」
美嘉「たまに誰にもなにもいわず、ふらっと消えるんだよ。
行き先聞いても適当に濁して教えてくれないし、
ま、いつものこと」
P「教えてくれない……」
まゆ「あら、こんなところにいらしたのね、美嘉ちゃん。探したわぁ」
美嘉「ああ、まゆちゃん、お疲れ。アタシになにか用事……で、も……」
まゆ「ええ、とぉっても大事なお話があるの。二人きりで」
美嘉「え、ちょっと、なんなのその意味深な笑顔は? アタシなんかした?」
まゆ「うふ、ご自分の胸に聞かれてみては? 美嘉ちゃんお借りしても?」
凛・蘭子・P「どうぞ……」
美嘉「え、え、なに、ホントなんなの!?
待って、今考えるから! 考えるから! ねぇ、ねぇったら!」
ズルズル…… ガチャッ バタン――
蘭子「まゆちゃん、目が笑ってなかった……」
P「……凛、その花束、俺が預かるよ。
俺も志希には用事があるし、ついでに渡しておくよ」
凛「別にいいけど……、行き先わかるの?」
P「いや、まあその……、とにかく色々あたってみるよ。
偶然会えるかもしれないし」
凛「……わかった、お願い」
………
……
…
ガラガラガラ ガシャン……
P「志希? 志希いるか」
P「……ん」
志希「zzz」
P「……」
P「志希、おい、志希、こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」ユサユサ
志希「ん……」
志希「……あれ、なんでキミがここにいるの。てゆーか、どーやって入った?」
P「お前なあ、この前ここのスペアキー、俺に渡したろ」
志希「あぁ、そーだったぁ、そーだったぁ……」モゾモゾ
志希「……」
P「志希?」
志希「…………すぅ……」
P「お前は杏か」
P「ほら、コーヒー」
志希「ふわぁ、サンクス……」ムニャムニャ
P「徹夜か」
志希「まーね。調合してたら寝落ちってよくあるパターン。
でもキミにここのスペアキー渡しておいて正解。
これからはキミが起こしに来てくれるから安心して寝坊できるね。
これ、依存性の兆候」
P「そういうことならこのスペアキーは返すぞ」
志希「あー、ウソウソ、ちゃんと自分で起きるよぉ。……タブン」
P「はぁ……。それよりその格好、微妙に目の毒だから着替えてくれないか」
志希「ん、別に見たいなら見てもいいけど。
大丈夫、訴えたりしないよ? そーゆーの面倒だし」
P「愛梨もそうだが、志希はもう少し男への警戒心を持った方がいい」
志希「無防備な姿をさらすのは愛梨ちゃんもあたしもキミの前だけだよ。
この意味わかるでしょ?」
P「信頼してくれるのは嬉しいが……」
志希「ちなみにここは10歳くらいからふっくらと……、キョーミない?」
P「……いいから着替える」
志希「――で、その花束はなに? あたしへのプレゼント?」
P「ああ、これは――」
志希「もしかしてあたしにプロポーズ?
にゃふふぅっ! キミもケッコー古風なんだね、嫌いじゃないよ?
いいでしょー、謹んでお受けしま――」
P「凛からのプロポーズだよ、ほら」ポフッ
志希「おわっと。……あー、そっかー。今日もらう約束してたんだった。
そーだったー、そーだったー。あとでお礼いっとかなきゃ」
P「俺からのプレゼントはこっち」
志希「なにこれ、台本?」
P「おめでとう、志希。この前の舞台のオーディション、
志希のやりたがってた役に決まったぞ」
志希「ほんとに? 嬉しいっ!」
P「“百年牢に閉ざされた聖女”か。
よくもこんな難しそうな役に挑戦しようと思ったな」
志希「……まーね」パラパラ
志希「きっとこの人、牢から出てさぞビックリしただろうね。
町並みは変わってるし、誰も知らないし」
志希「どんな、気持ちなのかな……」
P「……」
――バンッ!
未央「うわっ、ビックリしたぁ……って、ゲッ! 美嘉ねえ……」
美嘉(誰よ! まゆちゃんに寮のこと話したのは! 超怖かったんだから!)
未央(ええっと、それはその……)
莉嘉(ゴメンなさい、お姉ちゃん……)
美嘉(莉嘉、またアンタか! あれだけ誰にもいうなっていったじゃない!)
アナスタシア「美嘉、なにをコソコソと話しているんです。内緒話ですか」
美嘉「へっ? べっ、別に? なんでもないですけど?」
アナスタシア「プロデューサーが美嘉たちの部屋に行ったことなら、
もうみんな知っていますよ」
美嘉「なっ!」
幸子「その様子だとまゆさんにだいぶ絞られたようですね」
美嘉「~~っ! もぉっ! なんなのよ!
どうしてアタシばかりこんなに責められなきゃいけないわけ!?
アタシそんな悪いことした!?」
幸子「したでしょ」
アナスタシア「しましたね」
美嘉「だってプロデューサーと二人きりだったわけじゃないんだよ!?
やましいことなんかなにもしてないのに!
かなり健全なお付き合いだったのにぃ!」
幸子「いや、プロデューサーさんを部屋に入れた時点ですでにやましいですから」
アナスタシア「抜け駆けした罰です」
美嘉「抜け駆けって……、じゃぁ訊きますけど?
二人は人にはいえない、プロデューサーとの思い出がないってわけ?」
幸子「……」サッ
アナスタシア「ヤ、ヤーニェズナーユ……」
美嘉「あーっ! 顔逸らした! ロシア語で誤魔化した!
二人だってやっぱあるんじゃない!」
莉嘉「ハイハイ! アタシもある! Pくんと二人だけの思い出! たっくさん!」
杏「莉嘉ちゃん、ノリノリで自己申告しなくていいから。ややこしくなるから」
未央「……私もある。プロデューサーと二人だけの思い出」
杏「ちょっと未央まで……」
未央「けどさ、諦めちゃったらそれは私一人だけの思い出になるってことだよね?」
未央「だってそうでしょ?
どんなに大切な思い出でもプロデューサーは永遠に思い出せないまま。
二度と過去の共有ができない……」
杏「……」
美嘉「……なに、なんの話、諦めるって」
……
…
美嘉「――プロデューサーの様子が変なのはアタシも気にはしてたけど……」
美嘉「……凛はこのこと知ってるの」
未央「知らない……、と思う」
美嘉「じゃあ、凛にはこのまま黙っておくこと。来週にはシークレットライブがあるんだし」
美嘉「あの子、ああ見えて脆いところあるし、
プロデューサーのことに関しては殊更敏感なんだから、
教えるにしても終わってからじゃないと……」
美嘉「それにアンタたちも、プロデューサーが記憶を諦めるって
まだ決まったわけじゃないんだからあまり深刻に考えない。
そんな暗い顔してたら凛に悟られる」
美嘉「未央、アンタは一番のムードメーカーなんだから、
こういう時こそ明るく振る舞ってみんなを元気づけなさいよ。
アンタから明るさ取ったらなにが残るわけ」
未央「私から明るさを取ったら……」ハッ!
未央「クール・ビューティー・未央ちゃんの完成……?」
杏「ないわー」
卯月「……」
幸子「あの、卯月さん」
卯月「……え」
幸子「大丈夫ですか。さっきからずっと黙り込んでいますけど」
アナスタシア「卯月も『心アラズ』ですか」
卯月「えっと、あの、その、なんでもないです、なんでも……」
杏(……?)
卯月「そうだ、私、お仕事があるのでそろそろ行きますね」
ガチャッ バタン……
杏「……どーしたの、卯月ちゃん」
幸子「さぁ……」
アナスタシア「あれは『なんでもある』時の『なんでもない』ですね」
卯月「……」ツカツカ
楓『もしプロデューサーが本当に記憶を諦めるとしたら、
それを私たちは受け入れることができるかしら』
未央『どんなに大切な思い出でもプロデューサーは永遠に思い出せないまま、
二度と過去の共有ができない……』
卯月「私って薄情なのかな……」
P「誰が薄情だって?」
卯月「ひゃあっ!」ビクッ
卯月「……あ、プロデューサーさん」
P「悪い、そんなに驚かれるとは思わなかった。
卯月はこれからデレラジの収録だったか」
卯月「あ、はい。実は今日のパーソナリティ、私一人なんです。
一人の収録って初めてだから少し緊張しちゃって……、えへへ」
P「そっか。それじゃあ、卯月の緊張がほぐれるよう、これをあげよう」スッ
卯月「……飴ですか」
P「実は杏のために買ってきたんだ。杏、飴が好物だって聞いたから、
それなら飴を出しに仕事のモチベーション向上を図ってみようかと」
卯月(あ……)
P「さすがに食べ物につられる年齢じゃないのはわかってるけど、物は試しで」
卯月「それ、前のプロデューサーさんも同じことをしていました。
駄々をこねる杏ちゃんに飴と引き換えにしてよく交渉を……」
P「そ、そっか。まあ、同じ人間だしな。考えることも一緒か、はは」
卯月「口には出さないけど、杏ちゃん、その一連の流れが好きだったみたいです。
今はそれがなくて少し寂しそうで。だからきっと喜んでくれると思います」
卯月「……けど、やっぱり寂しくなると思います」
P「どうして?」
卯月「プロデューサーさんが、思い出したわけじゃないから」
P「……」
卯月「……あ、ご、ごめんなさい! 私、なんてことを……」
P「いや……、きっとそのとおりだ」
卯月「……」
P・卯月「あのさ」「あの!」
P・卯月「あ……」
P・卯月「どうぞ……」
P・卯月「……」
P・卯月「あはは……」
P・卯月「……」
P「俺の記憶が戻らないっていったらどうする」
卯月「プロデューサーさん、記憶、諦めるんですか」
P・卯月「……」
……
…
P「……そっか、みんな不安がってるか」
卯月「……」
P「本当は凛のシークレットライブが終わったら
話そうと思っていたんだが、そうもいかないか」
卯月「じゃあ……」
P「そうだな、結果的に俺は記憶を諦めることになる」
卯月「……!」
P「この前の定期検査で医師にいわれたよ。
ここまで月日が経って記憶が戻らないとなると
もはや戻る可能性はないだろうって。
おそらく俺の記憶は一生このままだろうって」
卯月「……」
P「すまなかったな。
今まで色々協力してくれたのにこんな結果になってしまって。
みんなにはまた辛い思いを……」
卯月「あ、あの、私たちのプロデュース、やめたりしないですよね……?」
P「……正直、怖い」
卯月「怖い?」
P「もう、みんなが望む前の俺には戻れない。
だけど俺はこれからもこの飴のように、
記憶が変わる前の俺がしたことと同じことを繰り返すだろう。
なまじ記憶が違うだけの同じ人間だしな」
P「その都度みんなには寂しい思いをさせることになる。
きっと今までだって何度もあったんだろ」
P「俺がそばにいるだけでみんなを苦しめる……。
そんな俺を、みんなは受け入れてくれると思うか」
卯月「……」
卯月「正直にいうと、私はそんなにショックじゃないんです」
P「え……」
卯月「自分でも不思議なんです。
私にも前のプロデューサーさんとの思い出は沢山あります。
どれもかけがえのない大切な私の記憶です」
卯月「今思い出しても心が温かくなって元気が出てくるような……。
プロデューサーさんにとってもそんな記憶だったらいいなって、
えへへ……」
凛『私にとってかけがえのない大切な記憶だから、
プロデューサーにとってもそうだったらいいなって』
P「……」
卯月「でも、もしプロデューサーさんが記憶を諦めるとしたら、
私はそれをすんなりと受け入れられる気がしたんです」
卯月「……実際、そのとおりでした」
P「だからさっき、自分が薄情だって……」
卯月「……」コクッ
卯月「寂しいと感じたこともそんなにないから、
余計にみんなとの温度差を感じちゃって……」
卯月「だからみんなが私みたいに受け入れられるかどうかはわかりません。
だけど一つだけ、確かなことがあります」
卯月「私もみんなも、プロデューサーさんと絶対に離れたくはないです」
卯月「それだけは、確かです」
P「……」
P「少し、話し込んでしまったな。そろそろ切り上げよう、ラジオに遅れる」スッ
卯月「あっ……」
P「卯月、このことは俺から話すまでみんなには黙っていてくれるか」
卯月「は、はい」
P「……卯月は薄情なんかじゃないよ。薄情な人間はそんな風に思い悩んだりしない」
P「優しい子だよ、卯月は」
卯月「プロデューサーさん……」
P「あ、もしかして卯月だったか。俺と千川さんの話を聞いていたのは」
卯月「話? なんの話ですか」
P「いや……、知らないならいいんだ」
P(……)
…………………
………………
…………
……
つ
づ
き
は
よ
る
で
す
トレーナー「――オッケー、いいでしょう。
みんな、この短期間でよくここまで形にできた。
さすがは第一線で活躍するアイドルたちといったところかしら」
幸子「フフン! 当然ですよ、ボクにかかればこのくらい」
美嘉「ま、半端な出来じゃ自分が許せないし」
トレーナー「ふふ、そうね。
本会場でゲネプロができなかったのは悔やまれるけど、
その分、明日の最終リハできっちり詰めていきましょう」
凛「……あの、私からも」スッ
凛「みんな、あらためて本当にありがとう。
私のわがままにここまで真摯に付き合ってくれて」
未央「しぶりん、礼をいうのはまだ早いんじゃないの。本番は明日なんだから」
アナスタシア「そうですね。感謝の言葉は全てが終わってからまた聞かせてください」
楓「雑炊は締めにあるから美味しいのよ」
美嘉「なんの話……」
凛「うん、明日はよろしくお願いします」ペコ
トレーナー「それじゃあ、今日はここまで。
みんな、お疲れさま。明日は頑張ってね」
一同「ありがとうございました!」
………
……
…
――ガチャッ
凛「お疲れさまです」
ちひろ「あら、凛ちゃん、お疲れさま」
凛「ちひろさん、プロデューサーはまだいる?」
ちひろ「プロデューサーさんなら……」
P「……」スースー
凛(寝てる……)
ちひろ「もう少ししたら先行してアリーナへ向かうから、
今のうちに寝てもらっているの。
現地に着けば明日が終わるまで寝れないでしょうし」
ちひろ「もしかしてプロデューサーさんに用事でもあった?」
凛「ううん、なんとなく顔が見たかっただけ」
凛「……無理、させちゃってるよね」
ちひろ「明日のライブを成功させるためだもの、多少の無理も今は仕方ないわ。
みんなの仕上がりはどう?」
凛「バッチリ。みんなのおかげで最高のステージになりそう」
ちひろ「そう、よかったわね」
凛「明日のステージ観たらさ、プロデューサー、思い出してくれるかな」
ちひろ「……今日はもう帰った方がいいわ。明日に備えて早めに身体を休めないと」
凛「うん、でももう少しだけここにいてもいい? もう少しだけ、ここに……」
P「……」スースー
…………………
………………
…………
……
未央「アリーナよ、私は帰ってきた!」
莉嘉「きたーっ!」
蘭子「今宵、灰かぶりの娘は蒼穹の歌姫に生まれ変わるのだ!」
志希「のだーっ!」
美嘉「アンタらうっさい。
なんで主役の凛よりアンタたちの方がはしゃいでんのよ」
未央「いやぁ、だって、こんなにも早くアリーナに戻ってこれるとは
思ってもみなかったから、もう嬉しくて嬉しくて」
志希「アドレナリンが過剰分泌しますな!」
莉嘉「しますな!」
愛梨「なんだか思い出すなぁ。一人でここに立ったのが懐かしい」
蘭子「あの日のことを忘れたことはないわ……」フッ
未央「お、初代・二代目シンデレラガールが語る!
どうでしたか、一人で立つアリーナのステージは?」
蘭子「ククク、緊張しすぎて吐きそうだった」
未央「……」ガクッ
愛梨「私も。人生の中で一番緊張したかも。
でもここから見る景色は本当に最高だった。きっと一生忘れない」
幸子「……そっか。
シンデレラガールになれば、この景色全部ひとり占めにできるんだ……」
「…………」
美嘉「俄然、ヤル気が出てきわね。次のシンデレラガールの座に就くのはアタ――」
未央「私だーっ!!」
莉嘉「アタシだーっ!!」
志希「志希ちゃんだーっ!!」
幸子「ボクだーっ!!」
美嘉「……ア、アタシだー……」
まゆ「なにを叫ばれているんです」
愛梨「えーと……」
蘭子「栄光を掴む魂の咆哮!」
まゆ「……?」
………
……
…
凛『渋谷凛です、今日はよろしくお願いします』
『よろしくお願いしまーす。ではマイクテスト始めまーす』
P「……」
――ツンツン
P「……?」クルッ
楓「お疲れサマー……」
P「お、お疲れさまぁ……」
楓「これ、差し入れです」
P「ああ、ありがとうございます。
『エナドリ』……、栄養ドリンクですか」
楓「うちの事務所が製薬会社とコラボして作った栄養ドリンクです。
なぜかちひろさんが監修されているみたいです」
P「へえ、千川さんが」
楓「一度飲んだら“やめられない、とめられない”と評判なんですよ」
P「それは……、栄養ドリンクとしてどうなんですか」
楓「栄養は取れてるみたいだからえーよー」
P「……」
楓「ふふ、私、プロデューサーのその
どう反応したらいいかわからない表情を見るのが好きなんですよね」
楓「でももっと好きな表情があるんです。なんだと思います?」
P「……さあ」
楓「それは――」
――ニュッ
P「うぇっ?」
凛『――アー、アー、チェック・ワン・ツー……』
『はい、オッケーでーす。では歌お願いしまーす』
楓「プロデューサーの笑顔です」
P「……」
楓「いけない、いけない。“笑顔”は卯月ちゃんの専売特許でしたね」
楓「……私、凛ちゃんには感謝しているんです。
今日のシークレットライブに出演させてくれて」
P「どうしてですか」
楓「今日の主役は凛ちゃんで私たちはあくまでサポートする立場ですが、
アイドルとしての本分がなくなったわけではありません」
楓「アイドルとは人々に希望や勇気を与え、笑顔にさせることができる存在であり、
それこそが全うすべきアイドルの本分である、と私は考えています。
誰かさんの受け売りですけど」
楓「今日でいえば私が凛ちゃんをサポートすることで
会場に来てくださったお客さんたちを笑顔にすることができれば、
私はアイドルとしての本分を全うすることができたというわけです」
楓「ですが今日、笑顔にすべきはお客さんだけではあらず」
楓「プロデューサー、あなたもです」
P「……」
楓「私、プロデューサーが記憶障害に陥ってから今日まで、
プロデューサーの心からの笑顔って久しく見ていないんです」
楓「プロデューサーの心情を察すればそれは当然のことだと思います。
未だ記憶の回復の兆しもない現状では、
心から笑うことなんてできないですよね」
楓「だけど今夜の私たちは魔法使いです。魔法使いならば
プロデューサーを魔法にかけ、笑顔にすることもできるはず」
楓「今夜くらい、全てを忘れ、夢のようなひと時を……」
P「……楓さん」
楓「悔しいですが、私一人の力では
今のプロデューサーを笑顔にすることはできないみたいです」
楓「ですが一人では無理でも、私たち13人の力を合わせればきっと……。
凛ちゃんもそう思ったから私たちに出演を依頼したのではないでしょうか」
楓「それに最も身近にいる人を笑顔にできないでアイドルとは名乗れませんからね。
私のプライドにかけて、プロデューサーを心からの笑顔にしてみせます」
P「……ありがとうございます、期待しています」
楓「はい、期待していてください。
それにしてもプロデューサーの頬触っちゃった。
みんなに自慢しちゃおっと」
P「え、それ自慢になるんですか」
………
……
…
幸子「あ、プロデューサーさん!
ズルいじゃないですか、楓さんに頬を触らせて!
ボクにも触らせてくだいさいよ!」
未央「そーだ、そーだー! 不公平だー! 私にも触らせろーっ!」
莉嘉「アタシも触りたーい!」
志希「唇で触らせろー」
杏「人、それをキスという」
まゆ「志希さん? どさくさに紛れてなにをいっているのかしら?」
P(本当に自慢になってる……)
P「なんていうか、みんな、いつも通りだな。緊張してないのか」
美嘉「もちろんしてる。でもいい緊張感だよ」
アナスタシア「そうですね。適度な緊張感は実力を引き出すために必要ですから」
P「頼もしいな」
愛梨「でも凛ちゃんは違うと思います。きっと――」
蘭子「彼の魂は今、瘴気にあてられ、渦巻く混沌の闇を彷徨っている……」
P「……つまり、極度の緊張状態にいる、という解釈であっているか?」
愛梨「あってます」
蘭子「さあ、行くがよい。彼の魂を救済せよ。導きの矢を放て。
さすれば闇に一筋の流星が降り注ぎ、光の道が開かれるだろう……!」
P「……つまり、俺に凛の緊張を和らげろ、という解釈であっているか?」
愛梨「あってます」
P「わかった。じゃあ、行ってくるよ」
P「凛、入るぞ」コンコン
ガチャッ――
P「……ん」
卯月「お疲れさまです、プロデューサーさん」
P「お疲れ、卯月もいたんだな」
卯月「はい。では私そろそろ戻りますね。凛ちゃん、また後で」
凛「うん、ありがと」
ガチャッ バタン
P「なにを話してたんだ」
凛「まぁ……、他愛のない話」
P「緊張してるか」
凛「まぁ、それなりに。なに、励ましにきてくれたの」
P「そのつもりだったけど、思ったより平気そうだな」
凛「伊達にライブをこなしてませんから。
それに今日はみんながいるし、それだけでも大分違う。
一人だったら……、きっと震えてた」
P「そっか、いい仲間を持ったな」
凛「うん……。
だからプロデューサーの励ましの言葉は必要ないかな。
なんか効かなそうだし」
P「そ、そっか……」
凛「ふふ」
凛「……」
P「どうした」
凛「ううん、なんでもない。プロデューサー、ありがとう」
凛「プロデューサーのおかげで無事今日を迎えることができた。
一時はどうなるか不安でいっぱいだったけど、万全を期してライブに臨める。
ちゃんと私の期待に応えてくれたよね」
P「それが俺の仕事だからな」
凛「今度は私が応える番……。
ねえ、プロデューサー、私のことちゃんと見ててね?
私、キラキラ輝いてみせるから」
P「ああ、もちろん。凛の輝く姿をこの目に焼き付けるよ」
凛「もう、忘れないでね」
………
……
…
P「――時間だ。みんな、準備はいいか」
莉嘉「オッケー☆」
愛梨「いつでも行けます」
幸子「むしろ待ちくたびれましたよ」
P「……」
P「魔法使い諸君、今夜はシンデレラをよろしく頼む。
みんなの魔法で最高のステージにしてあげてほしい」
楓「合点承知の助」
蘭子「今こそ我が魔翌力を解放し、『蒼の世界』を創造してみせようぞ!」
美嘉「あとはアタシたちに任せてプロデューサーは安心して見ててよ。
ばっちり凛をサポートしてくるからさ」
志希「凛デレラや、
零時で魔法が解けてしまうからそれまでには帰ってくるんじゃよ」
凛「いや、そんな長いことライブやんないし」
楓「さぁ、えんじ……凛グになりましょう、凛グに」
凛「円陣でいいから。わざわざいい直さなくていいから」
アハハ ゾロゾロ……
未央「しぶりんデレラ、掛け声の前になにかひと言」
凛「普通に呼んで、普通に」
凛「……みんな――」
愛梨「あ、そういえば凛ちゃん、シンデレラガールおめでとう」
凛「今さら!?」
愛梨「今度お祝いのケーキ焼いてくるね」
凛「え、あ、ありがとう……」
幸子「凛さん、余裕を見せてられるのも今のうちですよ!
すぐに追いついてやりますから!」
凛「な、なに急に」
未央「玉座に座ってられるのも今のうちってことよ!」
アナスタシア「そうです、せいぜい首を洗って待っていることです」
杏「アーニャ、それ意味わかっていってる?」
美嘉「ストップ。今はアンタたちの思いの丈を主張する場じゃないから。
凛、どうぞ」
凛「え、あ、うん」
凛「みんな、ケガにはくれぐれも気をつけて」
一同「……」
凛「……」
一同「……?」
凛「……あ、以上です」
一同「……」ガクッ
未央「しぶりんさぁ……」
凛「なに、大切なことでしょ」
未央「そりゃ大切だけど! 大切なことだけども!
もっとこう……! 私たちを鼓舞する言葉をさぁ!」
凛「鼓舞する必要ないくらい、もうみんな十分ヤル気じゃん」
美嘉「じゃあ、今日のライブにかける思いを語るとか」
凛「それ散々インタビューで答えたし」
未央「なんで!? なんでこれからって時にそんな冷めてんの!?」
凛「いいじゃん。今の私冷静ってことでしょ。
そういう未央こそもう少し落ち着きなよ」
未央「ぬわぁにぃっ!!?」
幸子「……なんていうか」
まゆ「締まらないわね」
卯月「あはは……」
楓「凛ちゃん、グダグダ筆頭の私がいうのもなんだけど、
こういう時はきちんと締めた方がいいと思うの」
アナスタシア「凛、楓にいわれてはお終いですよ」
杏(さらっとひどいことをいう)
凛「わ、わかった……」
凛「……」チラッ
P(……ん?)
凛「私は……決めた。私は過去よりも今を選ぶ。みんなはどうする」
卯月(……)
志希(……)
美嘉「なにそれ……、どういう意味?」
凛「別に。なにも」
凛「今日という日が誰かにとって、一生の思い出になるような、そんなライブにしたい」
凛「そのためにも、みんなの力を貸してほしい」
蘭子「フッ、その言葉を待っていた……!」
未央「ほんとだよ。最初からその言葉つけといてよ」
凛「じゃあ、みんな、手を出して。いい? いくよ……」
凛「すぅ……」
凛「ハナコ!!」
一同「ワンッ!!!」
P「……」
P「……え、なにそれ」
卯月「ハナコちゃん。凛ちゃんの飼ってるワンちゃんです」
莉嘉「ワンワン!」
志希「ニャンニャン!」
凛「可愛いよ。今度見せたげる」
P「そ、そっか。
まあ、それで気合が入ったというならなにもいうまい……」
P「……よし! それじゃあ、みんな、行ってこい!」
一同「はい!」
ワァァァァァ……
…………
………
……
…
TSU DU KI HA A SHI TA
>>200
すみません訂正
×蘭子「今こそ我が魔翌翌翌力を解放し、『蒼の世界』を創造してみせようぞ!」」
〇蘭子「今こそ我が魔翌力を解放し、『蒼の世界』を創造してみせようぞ!」
さらに訂正。なんかバグった
〇蘭子「今こそ我が魔翌力を開放し、『蒼の世界』を創造してみせようぞ!」
なんじゃこりゃあ!
「まりょく」 ね 「まりょく」!
↑それです
なんかわからないけど「魔 力」と入力すると字の間に「翌」が入る
ほえー知らなかったサンクス
あ、続き夜書きます。昼書けなくてごめんなさい
テスト
魔力魔力魔力魔力蘭子魔力魔力魔力魔力魔力魔
未央「――えー、では、私、本田未央が
センエツながら乾杯の音頭を取らせていただきます」
美嘉「“僭越”とか絶対意味わかってないでいってるよね、アレ」
幸子「間違いない」
未央「そこ! 聞こえてる!」
杏「おーい、早く乾杯させろー。腕疲れたー」
未央「ウオッホン! ではあらためまして、
三代目シンデレラガール・渋谷凛さんの
シークレットライブ成功を祝しまして、か――」
莉嘉・志希「かんぱ――い!!」
一同「かんぱーい!」
未央「……」
未央「……か、かんぱーい!」
ワー パチパチパチ……
凛「……」
P「凛」
凛「プロデューサー」
P「どうした、今日の主役がそんな隅っこに縮こまって。さすがに疲れたか」
凛「まあね。無事終わって気が抜けちゃったのかな。
あまり動きたくないんだよね」
P「杏みたいなことをいう」
凛「ねぇ、私たちのステージどうだった」
P「何度同じことを聞くんだよ。さっきも答えただろ」
凛「いいじゃん。何度だって聞かせてよ」
P「……最高のステージだったよ」
凛「ほんとに?」
P「ああ」
凛「一生の思い出になった?」
P「なったよ」
凛「もう忘れない?」
P「忘れないって」
凛「絶対だよ? 絶対に忘れないでね。
今日のことも、これからのことも、ずっと」
美嘉「うえっ、辛っ! ちょっと志希ちゃん、
アタシのピザにめっちゃタバスコかけたでしょ!」
卯月「わぁ、ケーキの種類沢山ありますね」
愛梨「いっぱい動いた後だし、
今日くらいカロリー気にしないで食べちゃってもいいよね」
楓「……んぐっ……んぐっ……」グビッ グビッ
楓「はぁ……、黒ビール美味しい……」ウットリ
P「……卯月から聞いたのか」
凛「……」
P「そっか。凛だったんだな、俺と千川さんの話を聞いていたのは」
P「……凛、俺は――」
凛「ねぇ、プロデューサー、ここから再出発しない?」
凛「CGプロ所属アイドルにとって『シンデレラガール』は
目指すべき到達点だけどゴールじゃない。
辿り着けばそこはもう通過点の一つでしかなくて、
道はまだずっと続いてる」
凛「次の到達点『トップアイドル』を目指して
私たちはここからまた始めの一歩を踏み出す。
今日がその再出発を飾るに相応しいと思わない?」
P「……俺は、相応しいのか」
P「俺は記憶を諦めるよ。もう凛の知る過去の俺には戻れない」
凛「私の知るプロデューサーってなに?」
凛「私の知るプロデューサーは、いつも一生懸命で、無理ばかりして、
時々抜けてるところがあって、時々カ、カッコよくて……。
まぁ、そんな人。それは今も昔も変わらない」
凛「過去に戻れなくても過去がなくなるわけじゃないから。
記憶を分かち合えないのは寂しいけど、私は覚えてるからそれでいい」
P「凛……」
凛「だからここで降りるなんていわないでよ。
約束したよね? 私から目を背けないって」
凛「輝きの向こう側へ、連れていってくれるんでしょ?」
P「……」
P「今度、一緒に海に行くか」
凛「え、海……」
P「凛がよければだけど」
凛「う、うん、いいよ。行く」
凛「…………//」
未央「しーぶりん! お疲れ!」
凛「……! お、お疲れ」ビクッ
未央「プロデューサーもお疲れ! 二人でなに話してたの?」
凛「ふふ、ないし――」
P「今度一緒に海に行かないかって。未央やみんなも一緒にどうだ」
凛「はっ!?」
未央「行く行く!
みんなー、今度プロデューサーが海連れてってくれるってー」
莉嘉「えっ、海ー? やったー!」
アナスタシア「スパシーバ。それは楽しみです」
蘭子「灼熱の業火が我が身を焦がすであろう。ネプトゥーヌスの加護が必要ね」
幸子「青い海、白い砂浜、水も滴るイイ幸子……が、
見たいということですか。フフン、仕方ないですね。
まぁ、プロデューサーさんも頑張られたことですし?
ご褒美にボクが文字通り一肌脱い――」
杏「どこの海ー? 私、人の少ないとこ希望ー」
まゆ「いつ行かれるご予定ですか。
それまでに準備しておきたいことが」
美嘉「アタシも新しい水着欲しいんだよねー」
キャッ キャッ
凛「……」
P「ん、どうした、凛」
凛「べっつにー。どうせそんなことだろうとは思ってたし。
ほんっとそういうところだけは変わらないんだから。フンッ」スッ
P「お、おい、なにそんなに怒ってんだよ……」
凛「楓さん、私にもビールちょうだいよ」
楓「え……」
P「コラ――ッ!!」
………
……
…
莉嘉「…………」ウト ウト
美嘉「莉嘉? どーしたの、眠い?」
莉嘉「……」コクリ
P「そろそろお開きにするか。仕事組は明日も早いし」
美嘉「ほら、もうちょっとだけ頑張って起きてな。
アタシ、眠ってるアンタを部屋までおぶりたくないからね」
P「その時は俺がおぶって部屋まで送るよ」
美嘉「(そんな羨ましいこと)ダメ、絶対」
P「え?」
P「みんな、あらためて今日はお疲れさまでした。
みんなの力、見させてもらったよ。最高のステージだった」
未央「へっへーん、どんなもんよー! 私たちの力思い知ったかー!」
アハハ
P「ああ、思い知ったよ。
俺はこんなにもすごいアイドルたちをプロデュースしていたんだな……」
P「……」
美嘉「プロデューサー?」
P「……みんなに聞いてほしいことがある」
P「俺の、記憶は――――…………
――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
――――
――
P「ほら、起きるんだ杏。撮影に遅れる」
杏「うえぇ、プロデューサーがかわりに行ってきてよ」
P「俺が行ったって替え玉にもならないぞ」
杏「大丈夫、大丈夫。プロデューサー結構甘いマスクしてるから
それなりに女性ファンがつくと思うよ。自信持っていってらっしゃい」
まゆ『あら、プロデューサーさんのファンならまゆ一人で間に合ってますよ』
杏「……え、まゆちゃんの声? どっから聴こえた?」
P「俺のデスクの下だ。誰の影響か、なぜか最近居座っている」
ガチャッ
蘭子「闇に飲まれよ!」バーン
(お疲れさまです!)
アーニャ「お疲れさまです」
P「お疲れ、二人とも」
アーニャ「杏と交渉中ですか」
蘭子「眠れる妖精を覚醒させるには虹の欠片が必要よ」
(飴は用意してありますか)
P「もちろんだ。まゆ、俺のデスクの――」
まゆ『一番下の引き出しですね。すぐお持ちします』
杏「……なにその阿吽の呼吸」
アーニャ「アウンの呼吸?」
幸子「息がピッタリということですよ。
プロデューサーさん、ボクたちそろそろ出ますね」
P「ああ、行ってらっしゃい。頑張っておいで」
志希「よし、行ってこい!」
P「お前もだ。幸子、志希の手綱をしっかり握ってるんだぞ」
幸子「任せてください。
ボクと志希さんの阿吽の呼吸で完璧に仕事をこなしてきますよ!」
志希「キャー、幸子ちゃんステキッ! 呼吸させてっ!」ガバッ
幸子「うわっ!?」
志希「もー、幸子ちゃんってば、
こんなイイ匂いさせてあたしを誘惑するんだから!
あ、リンス変えた?」
幸子「は、離して~!」
ズルズル…… ガチャッ バタン
杏「……早速、弄ばれてるがな」
蘭子「狂気の錬金術師を制御できるのは我が友だけよ」
(志希さんをコントロールできるのはプロデューサーだけだから)
まゆ「プロデューサーさん、お持ちしました」
P「ありがとう。……さて、杏」
ガチャッ
莉嘉「Pくん、ただいまー!」
美嘉「ただいまぁ……」
P「おかえり。今日は次から次へと入れ替わり立ち替わりだな」
莉嘉「……? なんの話?」
P「こっちの話だ。どうだった、遊園地ロケは」
莉嘉「ちょー楽しかった! またやりたい!」
美嘉「はぁ……、アンタ仕事そっちのけで楽しむんだから、
ほんと軌道修正するの大変だったわ」
P「はは、美嘉と一緒で正解だったみたいだな」
莉嘉「ハイこれ、みんなにお土産!」
まゆ「……あら、これって」
アーニャ「アー、飴ですね」
美嘉「あれ、なんかビミョーな反応? このチョイス、マズかった?」
杏「いやぁ全然。最高のチョイスだよ。ねぇ、プロデューサー?」ニヤリ
P「……」
美嘉「あ、もしかして今、交渉中?」
莉嘉「杏ちゃん、飴返して!」
杏「貰ったものは返せませーん」パクッ
莉嘉「あっ!」
杏「あーっ、お土産の飴美味しいなー!
あ、プロデューサーなんだっけ? 飴ならもう杏の口の中だから、
プロデューサーのその飴は明日の交渉のためにとっといてよ」
P・莉嘉「ぐぬぬ……」
美嘉「ゴ、ゴメン、タイミング悪くて……」
P「いや、美嘉たちはなにも悪くない。……仕方ない」ヒョイ
杏「うわっ、なにすんのさ」
P「強制連行だ。杏は軽いしな。このまま下のスタジオまで担いでいく」
杏「おぉ、これは中々に楽だ。うむ、苦しゅうない。これなら……」
一同「…………」
杏(圧がすごいな……)
杏「……やっぱりいい。ちゃんと自分で行くから下して」
P「お、やる気になってくれたか」スッ
杏「う、うん、まぁ……、じゃあ、ぼちぼち頑張ってきます」
ガチャッ バタン
P「よし、うちの問題児たちを無事に送り出せたな」
まゆ「お疲れさまでした」
楓「……」
楓「……!」ティン
愛梨「プロデューサーさん!」
P「どうした、愛梨」
愛梨「助けてください、楓さんが大変なんです!」
P「楓さんが?」
愛梨「いきなり『ヒラメと板で閃いた!』とかいって」
P「いつもの楓さんじゃないか」
愛梨「ソファーに寝転がったんです!」
P「それは……大変なのか」
愛梨「私たちこれからリハがあるんです。
なのに楓さんったら杏ちゃんみたいになっちゃって。
とにかく来てくれませんか?
私じゃどうすることもできなくて……」
P「……問題児がまだ残っていたか」
楓「…………」グダー
P「これは見事なまでにだらけきっているな。
確かに杏を見ているようだ」
P「楓さん、起きてください。リハに遅れますよ」
楓「……」チラッ
楓「私をその気にさせたいのなら、お酒を持ってきてください」
P「これから仕事をする人に酒なんか出すわけないでしょ」
楓「あー、二日酔いで頭が痛いから動きたくないなー」
P「それは自業自得です」
楓「誰かお姫さま抱っこで会場まで運んでくれないかなー」
P「愛梨、できそうか」
愛梨「む、無理です!」
楓「今をときめくアイドル高垣楓をプロデュースしている殿方が、
お姫さま抱っこで会場まで運んでくれないかなー」
P「バカいってないでさっさとリハに行きなさい」
楓「プロデューサー、最近、私に塩対応すぎやしません?」
P「俺がまともに取り合うと却って楓さんを助長させますからね。
ほら、愛梨が困ってますよ。困らせるのは俺だけにしてください」
楓「……わかりました。行きます、行けばいいんでしょ。(ダッ)フーンだ。
そのかわり、また飲みに付き合ってくださいね。行きましょう、愛梨ちゃん」
愛梨「はい、それでは行ってきます」
P「行ってらっしゃい」
ガチャッ バタン
まゆ「いいなぁ。まゆもプロデューサーさんと一緒に
素敵なバーでお酒を嗜んでみたいわ」
P「まゆが大人になったらな。さて、俺も仕事に戻るか」
P(凛のシークレットライブから2か月が経った)
P(あの日、俺はみんなに記憶を諦めることを告げ、
みんなは俺の意思を受け入れてくれた)
P(俺はこの世界で、CGプロのプロデューサーとして生きていくことを選んだ)
P(充実した日々……、欠けていたものが満たされていく)
P(いつしか、765プロを思い出すこともなくなっていた)
きりがいいので終わる
とりあえず第一部 完
あとどれくらいかわからない
明日は投稿お休み
結構疲れた
これからは夜だけ投稿にする
卯月「ミュージカル?」
P「ああ。前の定例ライブを担当してくれた演出家さんを覚えているか。
その方がみんなのことを気に入ってくれて、この話を持ちかけてくれたんだ」
幸子「ボクたちに目をつけるとは、
その演出家さんはなかなか見る目がありますね」
P「この中でミュージカル経験があるのは未央だけだろ。
みんなのステップアップに繋がるいい機会になると思うんだ」
未央「うんうん、音楽、歌、踊り、演劇……、
ミュージカルには沢山の娯楽が含まれてるからねぇ。
技術を磨くには持ってこいだよ」
志希「しつもーん。ミュージカルの演目は?」
P「実はまだ決めてない。
だからもしやりたい演目があるなら教えてほしい」
P「既存のものでもオリジナルのものでも構わない。
演目を決める上でみんなの意見を参考にしたいと思っている」
蘭子(オリジナル?)キラーン
凛「やりたい演目……っていわれても、
ミュージカル自体、私はあまり詳しくないし」
愛梨「私もあまり知らないかなぁ」
P「あまり難しく考えなくていい。好きな映画とかドラマとか、
ジャンルを挙げてくれるだけでもいいから」
未央「こういうの考えるのらんらんが得意なのでは?」
杏「蘭子ちゃんならさっきから夢中でノートに書き綴ってるよ」
蘭子「ロストアルテミスと呼ばれる月の崩壊から、
約百年余り経過した復興暦107年の地球。
そこには地球に降ってくる砕けた……」サラサラ
アーニャ「これは大作になりそうです」
莉嘉「はい! アタシ恋愛ものがやりたい!」
美嘉「恋愛? そしたら男性役が必要だけど……、幸子ちゃんとか?」
幸子「今、一人称が『ボク』だからと安易に挙げたでしょ」
莉嘉「男役はPくんがやればいいよ」
P「お、俺?」
美嘉「なんでプロデューサーが……ってゆーか、
男役もそもそもプロデューサーは“男”じゃん」
莉嘉「アタシとPくんはちょー愛しあってて、
でもミブンが違うせいで悪い人に色々邪魔されちゃうの。
でー、アタシが毒リンゴ食べて死んじゃうんだけど、
ガラスの靴履いたら生き返って最後は結婚してハッピーエンド!
ってゆー話は?」
美嘉「却下」
楓「なんか色々混ざってるわね」
杏「話はともかく、仮にプロデューサーが舞台に立ったらブーイング間違いなしでしょ」
愛梨「でも、プロデューサーさんが相手なら私もその話やってみたいな~、なんて。えへへ」
まゆ「プロデューサーさんがお相手してくれるというのなら、
まゆもそのお話を推薦します」
蘭子「コ、コホン。致し方ない。
仮初の舞台とはいえ婚姻の儀を執り行うというのなら、
彼と魂の契約を交わした私が相手をしなくてはならないわね……///」
(私もそのお話やってみたいな~)
未央「あれっ、さっき自分で書いてた話は!?」
幸子「ボ、ボクも立候補してあげてもいいですよ!
別にプロデューサーさんとのラブストーリーなんて
ぜんっぜん興味ありませんけど?
女優としての演技の幅は広げたいですし?」
卯月「わ、私もそのお話やってみたいです///」モジモジ
莉嘉「え~~っ! これ莉嘉が考えた話だよ?
Pくんとカケオチするの絶対アタシなんだから!」
杏(結婚するんじゃなかったんかい)
楓「現実的な案はすぐ出そうにないわね」
P「ま、まあ、今月末に会議を開く予定だから
それまでに考えておいてくれればいいよ。
……一応いっておくが、俺の出演はなしだからな」
ちひろ「みんな、そろそろ時間よ。
第2スタジオで撮影を始めるから準備してちょうだい」
ハーイ ゾロゾロ
アーニャ(プロデューサー)クイクイ
アーニャ(今夜、晴れるそうです。約束どおり屋上で……)
P(ああ、わかった)
凛「アーニャ、行くよー」
アーニャ「はい、ではまた」
凛「なに話してたの」
アーニャ「アー……、少し仕事のことで」
…………
………
……
…
アーニャ「――そうです。
周りに明るい星がないから見つけやすいと思いますよ」
P「あー……、わかった。あれが『ペガススの四辺形』か」
アーニャ「見つけましたか。そこから南へいくと『みずがめ座』があります。
これは少し見つけるのが難しいかもしれません」
P「みずがめ座……みずがめ座……」
P「しかし、東京の空でもこんなに星が綺麗に見えるものなんだな」
アーニャ「今日の星空指数は今年で最高値です。
こんな夜は滅多にありませんよ。まさに“僥倖”です」
P「また難しい言葉を覚えたな。それも台本に載っていたのか」
アーニャ「ダー。他にも難しい言葉、沢山ありました。
“邂逅”とか“静謐”とか“闇に飲まれよ”とか」
P「最後のは絶対載ってなかったろ。映画の撮影はどんな調子だ」
アーニャ「トルードナ……、とても大変です。
私の役『舶来の英国人』は日本語がとても上手。
アー……、リューチョー? に話せる設定です」
アーニャ「役を演じながら言葉を途切れさせずに話すのは難しい。
NG、沢山出してしまいます」
アーニャ「ですが、大変だけど楽しい。
スタッフも役者のみなさんも優しいです。
アーニャが上手く演じられるよう、導いてくれます」
アーニャ「だから私も周りの期待に応えられるように、最後まで精一杯頑張ります」
P「ああ、アーニャならできるよ」
P「それにしても綺麗な夜だな。満月もよく見える」
「いいえ、今宵の月は待宵月ですよ、あなた様」
P「……!」クルッ
アーニャ「どうしました?」
P「いや、今の……」
アーニャ「ふふ、そうです。今のも台詞の一つです」
アーニャ「アー……、プロデューサー? お腹空きませんか。
実は今夜のためにボルシチを作ってきました」
アーニャ「ロシアにいた頃、グランマがよく作ってくれました。
アーニャの思い出の味、プロデューサーにも知ってほしくて……」
アーニャ「グランマのようにはいきませんが美味しくできたと思います。
……食べてくれますか」
P「あ、ああ、それはもちろん」
P(……)
…………………
………………
…………
……
『はぁっ!?
誰もこんなゴスロリ衣装の真なんか見たくないわよ!
少しは需要ってものを考えなさいよ!』
『なんだと~! たとえ少ない需要でも応えてやるのがプロってものだろ!』
『アンタ、自分でも需要がないってこと自覚してんじゃない!』
『ふ、二人とも落ち着いて……』
『雪歩は黙ってて!』
『ひえぇ~』
『あっ、プロデューサー聞いてくださいよ!
伊織がこの衣装ボクに似合わないっていうんです! そんなこと――……
P「はっ……」
P「……」
P「…………夢」
………
……
…
卯月「『プロジェクト・ピンクチェックスクール』……」
凛「『プロジェクト・トライアドプリムス』……」
未央「『プロジェクト・ポジティブパッション』……」
志希「『プロジェクト・LiPPS』?」
未央「なにこれ」
P「5人それぞれの新ユニットだ」
未央「へー、新ユニット……」
卯月・凛・未央「……」
卯月・凛・未央「……え」
P「アイドル部門挙げての新プロジェクトが発足されたんだ。
その一環として新ユニットの結成。
俺の担当アイドルからはここにいる5人が選ばれている。
詳細は手元の資料を参照のこと」
志希「はーい」ペラッ
未央「え、ち、ちょっと待ってよ! 新ユニットって……、
じゃあ、ニュージェネレーションズはどうなんのさ!」
P「もちろん続けてもらう。
ニュージェネレーションズの解散となればこのプロジェクトに賛同しなかったさ」
凛「じゃあ、プロデューサーはこのプロジェクトに前向きなんだ」
P「まあ……、悪い話じゃない。
三人の力量ならユニットの掛け持ちでも十分やっていけるだろうし、
ソロ活動が主だった志希たちにはユニットを組ませる絶好の機会だ」
P「それに新たな可能性を模索するためにも、
俺と違う環境下で動いてみるのも一つの手だ」
未央「『俺と違う環境』?」
凛「ここ、書いてあるでしょ」
未央「……あれっ! ユニットの担当がプロデューサーじゃない!?」
P「俺はこのプロジェクトに関しては一切のノータッチだ。
これ以上仕事を増やすなと上からきつく止められている」
凜「まぁ、そうなるよね」
P「どうだろう、当然不安もあるだろうが――」
美嘉「不安しかないよ……」
未央「お、おお、美嘉ねえ。そういえばいたんだね」
P「不安しかないって?」
美嘉「このメンバーだよ! メ・ン・バー!」
P「……? LiPPSのメンバーになにか問題があるのか」
美嘉「大アリだよ! プロデューサーはこの三人のことなにも知らないから!」
P「三人?」
未央「へー、美嘉ねえ、志希にゃんと同じユニットなんだ。
どれどれ、LiPPSのメンバーは……」
卯月・凛・未央「……あぁ」
美嘉「ほらっ! こういう反応が返ってくるの! このメンバーは!」
P「そんなにまずいのか」
凛「別にまずくないよ。
ただユニット内での美嘉のポジションが確定したってだけ」
未央「そそ、美嘉ねえにピッタリな“苦労人”というポジションが」
P「要は志希並みに一癖も二癖もあるアイドルが揃っているということか」
志希「シッケーな! あたしのどこに癖があるってゆー!」
美嘉「どの口がいう……」
P「しかしこの三人、うちの事務所でもかなりの実力者だろ。
一人は次期シンデレラガールの最有力候補だと聞いている。
正直、許されるなら俺がこのユニットをプロデュースしたいくらいだ」
凛「……」ムッ
志希「美嘉ちゃん、あたしたちとユニット組むのそんなにイヤ?」ウルウル
美嘉「う……、べ、別にイヤだなんていってないでしょ。
ユニット組むこと自体には賛成。折角のチャンスだもん、やるよ」
P「志希も参加する方向でいいんだな」
志希「うん、やる。面白そーだし」
P「卯月たちは……すぐには答えられないか」
卯月・凛・未央「……」
P「まずは三人でよく話し合ってほしい。
返事は今週末までに聞かせてくれればいいから」
………
……
…
未央「どうする? 二人はプロジェクトに参加したい?」
卯月・凛「……」
未央「実は私は参加もアリかなーって思ってるんだけど……」
凛「え……」
未央「ほ、ほらっ、
別にニュージェネがなくなるわけじゃないんだしさ、
プロデューサーのいうとおり、
私たちならユニットの両立もちゃんとできると思うし……」
未央「……ごめん! 正直にいう。実は新ユニットにかなり惹かれてる」
未央「ポジティブパッションのコンセプトが私にピッタリな気がするんだよね。
メンバーも顔見知り……っていうか友達だし」
卯月「……私のユニットもそうです」
凛「……私のも」
未央「多分だけどプロデューサー、
プロジェクトにはノータッチとかいってたけど、
本当はユニットの編成に色々手回してたんじゃないかな」
卯月「それ、私も思いました。プロデューサーさん、
『悪い話じゃない』なんて歯切れ悪そうにいっていましたけど、
本当は私たちにプロジェクトに参加してほしいんじゃないでしょうか」
凛「参加してほしい理由ってなんだろ」
未央「そりゃぁ、いってたじゃん。新しい可能性を模索するためだって」
凛「じゃぁ、プロデューサーの下では
その新しい可能性を模索することはできないのかな」
未央「や、そんなことはないだろうけど……」
卯月「なにか他に理由があると?」
凛「……ううん、ごめん。私がそうこじつけたいだけかも」
凛「いいよ、私も参加する。正直、私も新ユニットには興味があった」
卯月「じ、実は私も……」
未央「あは、なんだ。やっぱり二人も乗り気だったんじゃん」
凛「ごめん、未央。いつもいいにくいことを先陣切っていってくれて」
未央「いやぁ、これでも一応ニュージェネのリーダーですから」
未央「……ユニットの両立、頑張ろうね」
卯月「はい、頑張ります!」
凛「うん、頑張ろう。
プロデューサーがトライアドプリムスをプロデュースしたくなるように」
未央「あーん、やっぱりさっきのプロデューサーの言葉気にしてたー」
…………………
………………
…………
……
続
き
は明日
幸子「へぇ、新ユニット」
莉嘉「いいなぁ、アタシもユニット組みたい」
杏「zzz……」スヤァ
美嘉「プロジェクトは今後も継続していくみたいだから、
莉嘉たちにもまだまだチャンスはあるかもね」
まゆ「でもプロデューサーさん、
このプロジェクトチームからは外されてるんですよね」
莉嘉「えっ、そうなの?」
美嘉「これ以上仕事増やないよう、上から止められてるんだってさ」
志希「本人はやりたそーだったけどね」
莉嘉「Pくんが担当してくれないならやっぱいい……」
幸子「――と、いいそうな凛さんが参加するのはちょっと意外ですね」
まゆ「そうかしら。ユニットの担当が違うというだけで、
プロデューサーさんの担当から外されるわけではないのでしょ。
ユニットに魅力を感じれば、まゆだって参加していたと思うわ」
美嘉「プロデューサーがLiPPSをプロデュースしたいっていってたから、
それで火が付いたんじゃないかな」
志希「あれ凛ちゃんを焚きつけるためにわざといったよねー」
美嘉「本当にそう思われるくらいのユニットにはしたいけどね」
まゆ「それにしてもどういう選考基準なのかしら。
プロデューサーさんの担当アイドルから5人も選ばれるなんて」
美嘉「それ、アタシも気になってた。偶然選ばれたとは思えない人数だし」
幸子「うーん、やっぱりあの噂本当なのかな」
美嘉「噂って?」
幸子「プロデューサーさん、昇進の話があるらしいです」
志希「へー、そりゃめでたい」
莉嘉「ショーシンって?」
志希「プロデューサーが今よりもえらーい立場になるってこと」
莉嘉「Pくんが今より偉くなるとなんになるの?」
美嘉「……なんだろ。部長? になるのかな。
管理職であることは間違いないだろうけど」
幸子「噂では執行役員になるのではないかと」
美嘉「まさか……。さすがにありえなくない?」
まゆ「どうかしら。記憶障害になられたとはいえ、
プロデューサーさんの業績や会社への貢献度を考えれば
ありえなくもない話……かもしれない」
莉嘉「役員ってすごいの?」
志希「すごいよー。
莉嘉ちゃんが都内でヘラクレスオオカブトを発見しちゃうくらいすごい」
莉嘉「ちょーすごいじゃん!
その話が本当だったらみんなでPくんをお祝いしてあげようよ!」
幸子・まゆ・美嘉「…………」
莉嘉「あれ、どーしたの、みんな黙っちゃって」
志希「仮にその話が本当なら、
プロデューサーはアイドルのプロデュースを辞めちゃうってこと」
莉嘉「えっ、なんで?」
美嘉「役員はアイドルをプロデュースすることが仕事じゃない。
会社全体の管理とか方針を決めることが仕事なの」
志希「つまり今回のプロジェクトはその足掛かりってことなんでしょ。
プロデューサーの担当アイドルの数を徐々に減らしつつ、
プロデュース業からもゆるーくフェードアウトさせるっていう」
幸子「まぁ、あくまでも噂なので本当かどうかは本人に確かめてみないと……」
莉嘉「……」
――ガチャッ
P「おつか――」
莉嘉「Pくん、辞めちゃやだ!!」
P「え……」
P「――耳が早いなあ。確かに昇進の話はあったよ。断ったけどな」
美嘉「断った?」
P「少なくともみんなをトップアイドルにするまでは、
この仕事を辞めるわけにはいかないからな」
莉嘉「じゃあ、これからもPくんは莉嘉のプロデューサーでいてくれるの?」
P「もちろん」
莉嘉「よかったぁ!」
美嘉「よく断る気になれたね。役員なんて大出世じゃん。
なりたくてもなれるものじゃないのに」
P「正直、揺れた部分もあったよ。社長にはかなり食い下がられたし」
P「けど、結局はこの仕事が好きなんだろうな。
経営側に回るより、現場で働いている方が性に合ってる」
志希「あは、キミらしい答え」
幸子「でもまさかプロデューサーさんがそこまで評価されていたなんて、
一担当アイドルとして鼻が高いですよ」
まゆ「まゆもプロデューサーさんが誇らしいです」
――ガチャッ バン!
未央「プロデューサー!」
P「未央? どうした、そんな血相変えて」
未央「プロデューサー、961プロにヘッドハンティングされたって本当!?」
P「えっ」
凛「プロジェクトに私たちが選ばれたのは担当を変更するためだったってこと!?」
卯月「お願いです、961プロに行かないでください!
私たちにはプロデューサーさんの力が必要なんです!」
――ガチャッ バン!
蘭子「プロデューサー!」
(我が友よ!)
P「ら、蘭子? どうした、標準語になってるぞ」
蘭子「プロデューサー、事務所辞めるって本当なの!?」
(組織を抜けるとは真か!?)
P「えっ!」
愛梨「独立して新しい事務所を構えるって……」
アーニャ「パジャールスタ……、お願いです、辞めないでください。
アーニャ、プロデューサーにまだなにも……」
莉嘉「Pくん、やっぱり辞めちゃうの!?」
杏「ふあぁ、さっきからなに騒いでんの……」
P「……」
未央「へ? 昇進?」
P「断ったけどな。どうも噂に尾ひれがついたみたいだな」
凛「尾ひれどころじゃない噂のねじれ方だよ……」
蘭子(な、なんだ……)ホッ
蘭子「……!」ハッ
蘭子「クッ、私としたことがブラフを掴まされていたようね!」
(やった! “ブラフ”って言葉、一度使ってみたかったんだよね♪)
卯月「プロデューサーさんなら本当にありそうな話だから
思わず信じちゃいました」
杏「火のない所に煙は立たぬ。
実は過去に961プロからそういう話が本当にあったりして」
P「まさか。961プロが俺を引き抜くなんてありえないよ」
杏「どうして?」
P「あそこはプロデューサー制を取ってないんだ。
それにうちと961プロの因縁についてはみんなも知ってるだろ」
杏「因縁?」
莉嘉「Pくん、ほんとに、ほんとーに、辞めたりしない?
ずっとアタシたちのプロデューサーでいてくれる?」
P「ああ。みんなが望んでくれる限り、ずっとそばにいるよ」
莉嘉「絶対だよ? 指切りだからね?」
蘭子「わ、我とも契りを交わそうぞ!」
まゆ「まゆともいたしましょう」
キャッ キャッ
杏(……)
P・楓「かんぱーい!」
カーン
楓「……んぐっ……んぐっ……」グビッ グビッ
楓「はぁ……、五臓六腑に染み渡る。やはり仕事の後の一杯は格別ですね」ウットリ
P「本当に美味しそうに飲みますよね、楓さんは」
楓「いつ酒造メーカーからCMのオファーがくるかわかりませんからね。
こうして日々お酒を飲んでは表現力を磨いているわけです。
そう、いわばこれは鍛練なんです」
P「そうですか」
楓「……んぐっ……んぐっ……」グビッ グビッ
楓「ふぅ、なんて厳しい鍛練。……あ、すみませーん、大ジョッキ一つ」
P「……」
楓「――時にプロデューサー、実は折り入って相談したいことが」
P「旅行の件なら駄目ですよ」
楓「ひどい、話を切り出す前から断るなんて……!」
P「なんといわれようとも駄目なものは駄目です。二人きりで旅行なんて」
楓「……」フフン
P「なんですか、その得意げな顔は」
楓「要は記者にバレなければいいんですよね。
私、ティンときました。これを見てください」スッ
P「……“オクトーバーフェスト”?」
楓「本場ドイツのビール祭りです」
楓「私のお酒好きはもはや公然の秘密、不覚にも世間に知れ渡ってしまいました」
P「不覚もなにも秘密になんかしたことないでしょ」
楓「それを逆手に取り、私たちはこのオクトーバーフェストに
さも仕事をしているかのような体裁で参加するのです」
P「つまり海外ロケと見せかけた海外旅行」
楓「さすがはプロデューサー。話が早い」
P「駄目です」
楓「さすがはプロデューサー。断るのも早い」
P「楓さんのスケジュールに海外ロケを挟める余地なんてありませんよ」
楓「挟める余地がないのなら作ればいいのです。仕事をキャンセルして」
P「ですから、キャンセルできる仕事がないといっているんです。
楓さんだって自分が無理をいっていることは十分わかってるでしょ」
P「第一、あなたは大の方向音痴なんだから、
海外旅行なんて許可できるわけないでしょ。都内ですら迷うのに」
楓「え……、上京して間もないころは確かに迷いましたけど、
今は迷うことなんてそんなに……」
P「なにをいっているんです。
駅から事務所までの最短距離の道のりだって
この前ようやく覚えられたばかりじゃないですか、あず……」
P「…………」
楓「アズ?」
P「あ、いや……」
楓「小豆……、小豆島……、安土城……、あず……」
楓「あずさ」
楓「……という特急列車が確か昔ありましたよね」
P「……」
…………………
………………
…………
……
今
日
は
こ
こ
ま
で
卯月「プロデューサーさん!」ヒョコッ
P「お、おぉ、どうした卯月」
卯月「えへー……実はぁ」ゴソゴソ
「じゃーん! プロデューサーさんっ! クッキーですよっ! クッキー!」
卯月「私の手作りなんです、よかったら食べてください。
ママに教わって作ったんで味は――」
P「春香」
卯月「――保証……え?」
P「あ、ああ、いや……、
へえ、美味しそうじゃないか。それじゃあ一つ……」サク サク
P「……美味しいよ」
卯月「本当ですか! よかったぁ!」
P「なんだろう、ひどく懐かしいような……」
…………………
………………
…………
……
幸子「こひゅぅ~………こひゅぅ~……」
P「幸子、幸子」ユサユサ
幸子「……ハッ! プ、プロデューサーさん!?」
P「大丈夫か、過呼吸気味になってるぞ」
幸子「だ、大丈夫、少し緊張しているだけです。
この緊張感が堪らなく、フ、フフ、フ……」
P「無理しなくていいんだぞ。他のキャストに代わってもらっても」
幸子「いえ……、ボクもプロです。覚悟はできています」
幸子「ファンのみんながカワイイボクの絶叫シーンを待ち望んでいるんです。
たかがバンジージャンプ……、三途の川に飛び込むくらい楽勝ですよ!」
P「それは駄目なのか楽勝なのかどっちなんだ」
幸子「楽勝です! そう――」
「なんくるないさー!」
幸子「――ですよ!」
幸子「知っていますか、今の言葉。
琉球方言で“なんとかなるさ”という意味だそうです。
前の沖縄ロケで、民宿を営んでいるご主人から教わったんです」
「輿水さん、スタンバイお願いします」
幸子「はい! それでは行ってきます!」
P「あ、ああ……」
ナンクルナイサ…… ナンクルナイサ…… ナンクルゥウワアアアアアアアアアアアアッ!!!
P「……」
…………………
………………
…………
……
莉嘉「Pくーん! なにこの衣装、ちょっとヤバすぎだって!」
『うあうあ~! 兄ちゃん、この衣装激ヤバっしょ~!』
莉嘉「ほらっ、胸のとこ開きっぱだし、
スカートなんかスケスケで大事なとこ全然隠せてないし!」
莉嘉「莉嘉はこういうエッチなのじゃなくて、
お姉ちゃんみたいにカッコよくてセクシーな衣装が着たいの! この違いわかる!?」
『真美はこういうエロエロのじゃなくて、
大人の色気満載のセェクスィーな衣装が着たいの! この違いわかる!?』
莉嘉「てゆーか、こんなの莉嘉に着せたらPくんハンザイ……」
P「……」
莉嘉「Pくん? どしたの?」
P「え、ああ……。それ、中に着るものがまだあるから」
莉嘉「えっ、そーなの?」
P「俺が莉嘉にそんな格好させて人前に出させるわけないだろ」
莉嘉「なーんだ、ビックリしたー……、あっ」
莉嘉「でもでもー、Pくんと二人きりならこれだけ着てあげてもいいよ?」
『んっふっふ~、兄ちゃんの前だけならこれだけ着てあげてもいいよ?』
P「……」
莉嘉「あ~、今想像したでしょ~? Pくんのえっち~」
P「……ばか」
…………………
………………
…………
……
凛「プロデューサー、準備できたよ。……プロデューサー?」
P「……あ、ああ。それでは千川さん、
凛たちとアミューズメントミュージックの収録に行ってきます」
ちひろ「はい、気をつけていってらっしゃい」
未央「よーし、今日も張り切ってアミューズメントでミュージックするぞー!」
卯月「はい、頑張ります!」
凛「そのまんまじゃん」
………
……
…
『それでは参りましょう』
『ニュージェネレーションズで“流れ星キセキ”です』
~~♪
P「……」
「よお、あんたか」
P「天ヶ瀬冬馬」
卯月・未央・凛『流れ星を探そうよ 転んだら――♪』
冬馬「フン、わるかねーな」
P「聞いたよ、ドームツアーだって。どうやら先を越されてしまったな」
冬馬「ま、俺たちの実力なら当然だ。
うかうかしてるとトップアイドルの座も俺たちがいただくぜ」
P「そいつはどうかな」
「ジュピターのみなさん、スタンバイお願いします」
冬馬「ようやく出番か。それじゃあな、またぶっ倒れんなよ」
冬馬「あ、そうだ。そういや見つかったのかよ」
P「……? なんの話だ」
冬馬「前にどこだったかの芸能プロダクション探してたろ。
なんだっけな、えーと確か……ナ……ナ……」
冬馬「ナムコプロ」
冬馬「だったよな? 見つかったのか」
…………………
………………
…………
……
杏「……」グテー
志希「……」ダラー
ちひろ「し、志希ちゃんまでどうしたの。杏ちゃんみたいになっちゃって」
志希「小休止。さすがの志希ちゃんもキビシー舞台稽古の日々に
疲れ果ててしまったのです。エーキを養わなければ……」
杏「だからって私を抱き枕扱いすんのやめてくんない」
志希「プロデューサーは?」
ちひろ「プロデューサーさんなら今日は一日外回りだから帰ってこないわよ」
志希「ちぇー、新しいパフュームができたから彼で実験したかったのに」
杏「そういえばちひろさん、CGプロって961プロと仲悪い?」
ちひろ「んー、どうかしら……。
961プロの強引なやり口には困らされてはいるけれど、
特別悪いなんてことはないと思うわ。
どうしてそんなことを聞くの」
杏「プロデューサーがうちと961プロには因縁があるっていうから」
ちひろ「因縁? 私は聞いたことないわ」
杏「……そう」
…………………
………………
…………
……
P「杏、起きろ杏。仕事に遅れるぞ」
杏「うぅ、今、夢の中で印税生活送ってたのに……」
P「その夢を実現させるためにアイドル頑張ってるんだろ」
未央「おーい、行くよー」
P「ほら、未央が呼んでるぞ」
杏「ん~……」モゾモゾ
「お願い、もう少しだけ寝かせて、ハニー?」
未央「……プッ」
未央「アハハハハハ!! ハ、ハ、ハニー!?
なにそれ、超ウケるんだけど! アハハッ!!」
未央「ほ、ほら、プロデューサーも引いてんじゃん、ククク……!」
杏「む、違っ。これは杏のあまりの可愛さに骨抜きになってんだよ。
そうでしょ? プロデューサー」
未央「ひ、ひぃ、もうダメ、お腹いた……、あれ、プロデューサー、どこ行くの」
未央「お、おーい?」
ガチャッ バタン――
杏「……え、そんなにドン引きするほどのものだった?
アイドルとして自信なくすんですけど」
未央「や、どうだろ……」
杏「……」
………
……
…
――ガチャッ
美嘉「お疲れー、ふぅ……」
未央「あ、美嘉ねえ、お疲れー」
杏「お疲れ。ごめん、仕事帰りで疲れてるのに」
美嘉「いいよ、杏ちゃんが集合かけるなんて滅多にないことだし。
それで話って?」
杏「プロデューサーのことなんだけど……」
杏「――で、ちひろさんとか他のスタッフにも聞いてみたんだけど、
誰もCGプロと961プロの因縁なんか知らないって」
楓「私も因縁があるなんて初めて聞くけれど、
それは単にごく一部の人にしか知らされていない事情だったんじゃない?」
杏「でもプロデューサーはその時『みんなも知ってるだろ』っていってたんだよね」
未央「いってたっけ?」
蘭子「覚えてない」
美嘉「そういわれると確かに変な気もするけど、考えすぎな気もする」
杏「それだけじゃない。今日もプロデューサーといつものやり取りしてて、
杏がその……普段なら絶対いわなそうなこといって拒否ったんだけど……」
莉嘉「いわなそうって、どんなこといったの?」
未央「『お願い、もう少しだけ寝かせて、ハニー?』」
杏「ぬぁっ!?」
「…………」
幸子「……プッ」
一同「アハハハハッ!!」
美嘉「ハ、ハニーって! 似合わなっ! アハハッ!」
杏「~~ッ! 未央のバカッ! なんでいっちゃうのさ!
絶対引かれるってわかってたから言葉濁したのに!」
未央「ご、ごめっ。だって、こんな面白いこと黙ってなんかいられないって!」プハッ
杏「ぐぬぬ……!」
凛「はぁ、おかし。ちょっと涙出た。
それで? プロデューサーはどう反応したの」
杏「黙って部屋を出てったの!」
凛「……プロデューサーが?」
杏「そぉ! ……はぁ」
杏「引かれたのは別にいいんだ。いやよくないけど。
ただプロデューサーなら苦笑いくらいで済みそうじゃない?」
杏「けど無言で部屋を出てくんだよ?
そんな反応されたらこっちの方が傷つくっていうか傷ついたし。
それがわからないような人じゃないじゃん、プロデューサーって」
まゆ「確かに。なにごとにもきちんと配慮される方です」
杏「杏の勘違いだったらそれでいいんだ。
でもこの頃のプロデューサー見てるとなんか不安になっちゃって……。
みんなもなにか思い当たる節はない?」
愛梨「んー、私はないかなぁ」
アーニャ「私もありません」
卯月「……あ」
卯月「そういえばこの前、
プロデューサーさんにクッキーを差し入れした時、
不意にプロデューサーさんが『ハルカ』って呟いたんですよね」
卯月「その時は全く気にも留めませんでしたけど、
『ハルカ』って多分人の名前ですよね。これってなにか関係あるでしょうか」
凛(ハルカ……)
杏「名前か。
その『ハルカ』が実在する人物なのか空想の人物なのか……。
他に気づいたことあるって人」
「…………」
美嘉「もう少し様子見ない? 正直これだけじゃ判断つかない」
杏「……そうだね、
みんなもプロデューサーのことちょっと気にかけてみてくれる?
なにかあればまた集合かけるから」
未央「りょーかーい」
杏「じゃ、今日は解散で。みんなありがとう、お疲れさま」
オツカレー ジャアネー オヤスミー マタアシター
志希「……」
…………………
………………
…………
……
P「――はい、はい、16時ですね。場所は……」
未央「……どう思う?」
愛梨「んー、仕事してる時のプロデューサーさんの真剣な眼差しいいなって」
未央「じゃなくて……」
幸子「ボクにはいつも通りのプロデューサーさんに見えますけど」
未央「一級プロデューサー鑑定士・まゆ氏の見解は?」
まゆ「そうですね、まゆも特に変わりのないように見受けられます」
まゆ「ですが、杏ちゃんの観察眼は確かなものがあります。
杏ちゃんが覚えた違和感の正体を突き止めるまで楽観視はできないかと」
未央「ふむ」
コンコン ガチャッ
ちひろ「プロデューサーさん、ちょっといいですか」
………
……
…
ガラガラガラ ガシャン……
P「志希、志希いるか」
志希「こっちー」
P「……」
志希「あー駄目だ。ジンジャーの香りが強すぎる」
P「千川さんから聞いたよ。LiPPSへの参加を取り消したいって」
志希「この配合比はペケ」
P「理由を聞かせてくれるか」
志希「……きみが担当じゃないから」
P「今の担当プロデューサーではだめなのか」
志希「……うそうそ、じょーだん。
実は舞台の役作りに結構苦戦してんだ」
志希「監督がフィーリングで物言うタイプでさ、
あたしって同じタイプと見せかけてのロジカルタイプでしょ?
演技指導されてもいまいちピンとこないことが多くて」
志希「公演まで一月切っちゃったし、
こっち一本で集中してかないとヤバイかなーって」
P「……」
志希「そーだ。
今さら取り消せないならせめて公演が終わるまで待ってくれない?
ほら、後々新メンバーとして加入した方が話題性出そうじゃん?」
志希「“ケミカルアイドル志希ちゃん LiPPSに電撃加入!”
なんてどう? にゃはは、あたしなにさまーって感じ……」
志希「……」
志希「ごめん。美嘉ちゃんもきっと怒ってるよね」
P「戸惑ってはいたな」
志希「……」
P「どうしてもいいたくないならいわなくていいさ。
気まぐれで取り消したいわけじゃないってことくらい、
俺も美嘉もちゃんとわかってる」
P「LiPPSのプロデューサーには俺から話しておく。
でも美嘉にはきちんと自分から話しておけよ」
志希「うん……」
P「じゃあ、俺は事務所に戻るから」
志希「ねぇ」
志希「あたしって誰に似てる? あたしといると誰を思い出す?」
P「……? 質問の意味がよくわからないんだが」
志希「そうだよね、変なこと聞いた。忘れて」
………
……
…
き ょ う は こ こ ま で
ツカツカ…… ピタッ
P「凛?」
凛「げっ」
P「今『げっ』っていったな。
どうしてこんな遅くまで事務所に残ってるんだ」
凛「……」
P「また自主トレか。
子どもがトレーニングルームを使えるのは何時までだったかな」
凛「あーもー、ごめんなさい! わかってるから!
だから説教はなし! もう帰るから……」
P「まったく。
ストイックなのは千早のいいところでもあるが悪いところでもあるぞ」
凛「……え」
P「セーブすることを覚えないといずれ身体を壊すぞ……って、
聞いてるのか、凛」
凛「え、あ、うん」
P「それじゃあ早めに帰るんだぞ」
凛「プロデューサー、今――」
P「ん?」
凛「……ううん、なんでもない。お先に失礼します」
P「お疲れ」ツカツカ
凛(……)
…………………
………………
…………
……
ちひろ「『ハルカ』と『チハヤ』?」
凛「うん、そんな名前のタレントうちの事務所にいないかな」
ちひろ「ちょっと待ってね。タレント名簿にアクセスしてみるから」
凛「ありがと」
……
ちひろ「んー、該当するタレントはいないわね」
凛「そっか」
ちひろ「その名前がどうかしたの」
凛「前に聞いたことあるような気がしたんだけど思い出せなくて」
ちひろ「……私も聞いたことあるような気がする」
凛「ほんとに?」
ちひろ「ええ、でもいつだったかしら。誰かから聞いたような……」
凛「それってもしかしてプロデューサーじゃない?」
ちひろ「プロデューサーさん?」
ちひろ「……あ」
………
……
…
――ガチャッ
P「……ん」
ちひろ「お疲れさまです」
P「お疲れさまです。どうしたんですか、こんな遅い時間に勢ぞろいで」
ちひろ「みんなからプロデューサーさんに話があるそうです」
P「話?」
凛「……」チラッ
卯月「……」コクッ
卯月「プロデューサーさん、
この前、私がクッキーを差し入れした時のことを覚えていますか」
P「あ、ああ。覚えているよ」
卯月「その時『ハルカ』っていいましたよね」
卯月「ハルカって……誰ですか」
P「……」
凛「昨日、私のこと『チハヤ』って呼んだでしょ」
P「え……」
凛「はぁ、やっぱり自覚なかったんだ」
杏「CGプロと961プロの因縁ってなに?
他のスタッフに聞いても誰もそんなこと知らなかったよ」
凛「『ナムコプロ』なんでしょ」
凛「『ハルカ』も『チハヤ』も『ナムコプロ』のアイドルで、
961プロと因縁があるのは『ナムコプロ』なんでしょ」
凛「そういう……、妄想の、設定の……」
凛「プロデューサー、記憶障害が再発してるんじゃないの」
「………………」
ちひろ「プロデューサーさん、一度病院へ行って診てもらいましょう」
P「いえ、その必要はありません」
ちひろ「ですが……」
P「みんなのことは覚えています。再発はしていません」
凛「じゃあ、なんで私のこと『チハヤ』って呼んだの」
P「……それは」
美嘉「ねぇ、なにか悩みがあるんでしょ。アタシたちに打ち明けられない?」
幸子「ボクたち、プロデューサーさんの力になりたいんです」
莉嘉「話してよ、Pくん」
P「……違う、そうじゃないんだ」
杏「やっぱり担当アイドルの数が相当な負担になってるんじゃないの」
杏「杏は……いいよ。プロデューサーの担当から外れても」
P「……!」
未央「えっ、ちょっ、杏ちゃん!?」
杏「プロジェクトも昇進の件も本当はそういうことだったんじゃないの?
プロデューサーにとってやっぱり杏は――」
P「違う!!!」
P「……あ」
「…………」
P「……すまない、大声を出して。けど本当に大丈夫なんだ。
誰一人重荷になんて思っちゃいない」
P「ちゃんとわかってるから。俺はCGプロのプロデューサーで」
P「765プロも春香も……存在しないんだって……」
………
……
…
アーニャ「プロデューサー、本当に大丈夫でしょうか」
楓「どうかしらね。前の時のような記憶の改ざんはないようだけれど」
ちひろ「みんなごめんなさい。
本来いつも傍にいる私がいち早くプロデューサーさんの異変に
気づいてあげなければいけなかったのに……」
愛梨「ちひろさんが謝ることじゃないです。
私たちだって全然気づけなかったんですから。唯一杏ちゃんだけが……」
杏「……」
未央「杏ちゃん、どうしてあんなこといったの? 担当から外れてもいいなんて」
美嘉「プロデューサー、前にいってたじゃん。
記憶障害はアタシたちのせいじゃないって」
杏「じゃあ、なんでプロデューサーはなにもいってくれないの。
なにがプロデューサーを苦しめてるの」
杏「いってくれなきゃ……わかんないよ……」
蘭子(……)
まゆ「次おかしな言動があればその時は必ず病院へ行くと約束されたんだし、
今は注意深くプロデューサーさんを見守りましょう」
凛「志希」
凛「なんでプロジェクト辞退したの」
美嘉(……)
志希「……あー」
志希「これ以上仕事増やすとキャパオーバーになりそうだなーって。
やー、失敗失敗。もっとよく考えてから返事するべきだったねー」
志希「美嘉ちゃんとLiPPSのみんなにはわるいんだけど、あたしは……」
美嘉「ほらっ、最近よく杏ちゃんを抱き枕にして倒れてたじゃん。
舞台稽古が超キツイんだって」
美嘉「志希ちゃんまでプロデューサーみたいになったらもう最悪じゃん?
一緒にユニット組めないのは残念だけど、
一緒にステージに立つ機会はいくらでもあるんだし」
美嘉「だからアタシは全然気にしてないっていうか――」
凛「プロデューサーに迷惑かけないで」
美嘉「あ……」
志希「……」
ちひろ「みんな、そろそろ解散にしましょう。明日に響くわ」
オツカレー マタアシター ゾロゾロ……
志希「ごめん、美嘉ちゃん。気遣わせて」
美嘉「志希ちゃんが気まぐれで辞退したわけじゃないことくらい、
ちゃんとわかってるから」
志希「あは、プロデューサーと同じことをいう……」
…………………
………………
…………
……
P「ふー……」
P「……」
――ガチャッ
P「おはよ――」
一同「おはようございます!!!!」
P「……!」ビクッ
未央「いやー、爽やかな朝だなぁ! 実に清々しい!
プロデューサーもそう思わない?」
P「え、どうだろう。外雨だし」
幸子「鞄持ちますよ」サッ
P「あ、ありがとう」
卯月「席までご案内します」
P「や、知ってるけど」
アーニャ「さぁ、座りなすって」
P「なすって?」
まゆ「紅茶です」コトッ
愛梨「ケーキです」カタッ
P「朝からティータイム?」
莉嘉「Pくん、いつもお疲れさま! 肩揉んであげる!」モミモミ
P「……」
P「みんな、普通にしてくれ」
未央「えっ、ふ、普通にしてるけど? ねぇ?」
愛梨「う、うん、普通だよ……ね?」
卯月「は、はい! 島村卯月は普通です! ……よね?」
まゆ「え、ええ。もちろん普通……」
幸子「もう普通が普通過ぎて普通に困っちゃうくらいですよ!」
アーニャ「普通が普通過ぎ……どういう意味ですか」
莉嘉「知ってる! 哲学ってやつでしょ!」
P「……」
P「わかった。けど、過度に俺を気遣う必要はないんだからな。
みんなはいつも通りでいてくれればそれでいいんだから」
――ガチャッ
楓「おはようござんすでがんすー」
P「そうそう、あんな風に」
楓「……?」
…………………
………………
…………
……
P「――いいや、普段のお前はそんなものじゃないはずだ」
P「思い出せ、遥か南西より伝わりし古の言葉を。
それを使いこなせる者はこの世でただ一人……」
P「そう! お前だ、神崎蘭子!」
蘭子「そんなの知らない」プイ
P「……」
P「なあ、いつも通りの言葉遣いに戻してくれないか。
蘭子の言葉はきちんと理解できているから」
蘭子「じゃぁ、プロデューサーも話して」
P「え、蘭子の言葉遣いで? それはちょっと……。
正直今のだって恥ずかし――」
蘭子「違う! プロデューサーもなにが苦しいのかちゃんと話して!」
P「……俺はなにも苦しんでないよ」
蘭子「嘘」
P「嘘じゃない」
蘭子「嘘! 絶対嘘! どうして話してくれないの!」
P「蘭子?」
蘭子「杏ちゃん、ずっと心配してる。
誰よりもプロデューサーのこと気にかけてる。
今回だって杏ちゃんがいち早くプロデューサーの異変に気づいた」
P「……杏が」
蘭子「でも、プロデューサーなにも話してくれないから!
杏ちゃん、やっぱり自分のせいなんじゃないかって……」
P「……」
蘭子「話して、プロデューサー。
プロデューサーがいつも私たちの力になってくれるように、
私たちもプロデューサーの力になりたい……」
P「……苦しいわけじゃないんだ。ただ思い出してしまっただけなんだ」
P「ふとしたきっかけで過去を思い出すことってあるだろ。
なんでもない言葉のやり取りが、相手の仕草が、些細なできことが、
誰かの面影と重なって過去の記憶が蘇る」
P「ずっと、忘れていたのにな……」
蘭子「……」
…………………
………………
…………
……
杏「思い出しただけ?」
蘭子「……」コクリ
凛「そんな見え透いた嘘」
美嘉「あくまでも記憶障害じゃないといいはるわけか」
蘭子「……私は嘘じゃないと思う」
未央「どうして?」
蘭子「上手く説明できない、そう感じたとしか。けど……」
蘭子「プロデューサー、寂しそうだった」
卯月「寂しい……」
蘭子「ねぇ、ナムコプロって本当にプロデューサーの妄想なの?
ハルカさんもチハヤさんも本当は実在する人なんじゃ……」
凛「ちょっと待ってよ。蘭子、プロデューサーの言葉に感化されすぎ。
だったらどうして誰もナムコプロを知らないの?」
まゆ「少なくともナムコプロという芸能プロダクションがないことは確かだと思います。
以前、ちひろさんらスタッフの方々が調べてみても見つからなかったそうですから」
蘭子「……」
幸子「そういえば、プロデューサーさんのストレッサーって結局なんなんでしょうね」
幸子「決して目を逸らしてきたわけじゃないですけど、
こうなってくると結果的に問題を先送りにしただけでしたね」
杏「ストレスの原因なんてわかりっこないよ。
それこそ記憶を取り戻さない限り」
卯月「……本当にストレスなんでしょうか」
卯月「ずっと気になっていたんです。
記憶を改ざんするほどの深刻なストレスを抱えていたのなら、
発症する前になにか前兆のようなものがあったと思うんです。
たとえば表情が暗いとか、食欲がないとか、仕事でミスが続くとか」
卯月「でも、私が覚えている限りそんなことは全くなかったと思います」
美嘉「……いわれてみればそうだったかも」
未央「ねぇ、まゆちゃんって確か日記つけてたよね、プロデューサーの」
まゆ「ええ」
杏(マジかい……)
未央「記憶障害になる数日前のプロデューサーってどう書いてある?」
まゆ「お待ちください、確か5月のことだからVol.3の……」ゴソゴソ
杏(三冊目……)
まゆ「……」ペラ
まゆ「読み返す限り、前兆と思われるようなものはなにも」
幸子「……まさか、原因はストレスじゃなくて外傷?」
凛「それなら記憶の“改ざん”じゃなくて記憶“喪失”になるんじゃない」
蘭子「もしや洗脳!」ハッ
美嘉「あるいは別人、とか?」
杏「マンガやゲームじゃないんだから」
まゆ「卯月ちゃんはどう考えているんですか」
卯月「私は……本当は記憶障害ではないんじゃないかって」
凛「記憶障害じゃないならなんなの」
卯月「だからその、記憶障害の振りを……」
凛「振り? なんの意味があってそんな――」
杏「やめよ。ここであーだこーだいったってなにがわかるわけでもないんだし。
今は経過観察に徹してプロデューサーの状態をちゃんと見極めようよ」
卯月「……」
凛「……」
…………………
………………
…………
……
『こら、亜美! アンタでしょ、またこんなクモのおもちゃを扉に仕掛けて!』
『ギクッ。な、なんのことでござんしょう? 亜美にはさっぱり……』
『こんなイタズラ仕掛けるのアンタか真美以外ありえないでしょ!』
『じ、じゃぁ、真美がやったんじゃない? とにかく亜美は知らな―ー』
『あっ、亜美。このクモのおもちゃ亜美のでしょ。床に落ちてたよ』
『や、やよいっち! シーッ!』
『亜ぁ美ぃ~……!』
『うあうあ~! 兄ちゃ~ん、助けて~! りっちゃんが――……
P「はっ!」ガバッ
凛「……!」ビクッ
P「……凛」
凛「ごめん、起こした?」
P「いや……、いいんだ」
凛「夢でも見てた?」
P「見てたような気がするが、どんな夢だったか思い出せない」
凛「あるよね、そういうこと。コーヒー淹れよっか」
P「ああ、ありがとう」
………
……
…
P「凛、いつまでここにいるつもりだ」
凛「んー、あと少し」
P「そういって30分が過ぎたぞ。
用事がないなら帰るんだ。明日も学校だろ」
凛「……前にさ」
凛「仕事帰りによく連れてってくれた喫茶店あったじゃん。
あそこ改装して綺麗になったんだって。また今度連れてってよ」
P「……いつの話だ。俺が喫茶店に連れて行ったことなんてあったか」
凛「……」
P「凛?」
凛「私、帰るね。お先です」
P「え、お、おい、凜」
ガチャッ バタン
P「……?」
凛(……)ツカツカ
凛(喫茶店に行ったのはプロデューサーが記憶障害になる前)
凛(これに引っかからなかったってことは、
振りとかじゃなく、本当に覚えてないってことでいいんだよね)
凛「……」
凛(ばかみたい。だからなんだっていうの、こんなわかりきったことを確かめて)
凛(結局、ナムコプロに囚われてんじゃん……)
…………………
………………
…………
……
つ
づ
き
は
あ
し
た
愛梨「どうしてナムコプロなんだろ」
アーニャ「……?」
愛梨「ナムコプロってプロデューサーさんが
現実逃避のために作り出した妄想の芸能プロダクションなんだよね」
愛梨「仮にストレスの原因がお仕事にあったとして、
それならどうしてまた同じ職種である
芸能プロダクションを現実逃避先にしたのかな」
アーニャ「……それは」
楓「仕事のなににストレスを感じていたのかにもよるわね。
幸いなことに“アイドルをプロデュース”することに関して
不満はないみたいだけれど」
アーニャ「愛梨、ストレスの原因はもう永遠にわかりません。
プロデューサーは記憶を諦め、私たちもそれを受け入れたんですから」
愛梨「うん……、でもなんかさ、予感がするんだよね。なにかが変わりそうな」
愛梨「今の私たちではいられなくなるような……」
…………………
………………
…………
……
美嘉「クロウェ?」
P「ああ、美嘉ならいわなくてもわかるだろ。
フランスの名門ファッションブランド」
P「先月のフランス出張で、
クロウェのディレクターと偶然話す機会があって、
その時俺のつけている香水に興味を持たれたんだ」
凛「え、プロデューサーって香水つけてたっけ」
P「ああ、普段はつけてないけど大事な時に」
志希「それってあたしがあげたやつ? 使ってくれてんだ、嬉しい!」
凛「……」
P「志希が作ったと話したらとても驚かれたよ。
素人が作ったとは思えない繊細な香りだって」
P「それで来週そのディレクターが来日されるんだが、
ぜひ志希と直接会って話がしたいってさ」
美嘉「マジ!? スゴイじゃん!
クロウェと繋がりが持てるチャンスだよ!」ユサユサ
志希「……」ユラユラ
P「急な話だけどスケジュールの調整はできたから。
志希はこれまでに作った香水をいくつか――」
志希「会わない」
P「――持って……え」
志希「クロウェなんて興味ない。あたしから話したいこともないし」
美嘉「えっ! なっ! えっ!? なんで!!?
会いなよ! 絶対会った方がイイって! アタシ会いたい!」
幸子「いや、ご指名は志希さんですから」
P「相手はプロ中のプロだ。
話せば香水作りに役立つ情報を引き出せるかもしれないぞ」
志希「ないない。あたしが知りたい情報なんて企業秘密レベルだし。
そんな情報、一介の小娘に教えてくれるわけないじゃん」
P「しかし……」
志希「会うだけ時間のムダムダ。時間を空費するなかれ。
つねに何か益あることに従うべーし」
美嘉「しょんにゃぁ……」グスッ
幸子「なんで美嘉さんが涙ぐむんですか……」
P「……わかった。そこまで気が進まな――」
ガタッ
未央「ふあぁ……」
卯月「未央ちゃん、おはようございます」
未央「あ、おっはよー、しまむー。今日は朝から寒いねぇ」
卯月「はい、先週まで暑かったのに。もうすっかり秋ですね」
未央「秋用のコートが全然見当たらなくてさ、これ実は冬用のなんだよね。
お母さんに聞いてみたらクリーニングに出してるって。
今出すんかーい! って」
卯月「ふふ」
未央「そういえばさ、ミュージカル、なにするか考えた?」
卯月「……いえ」
未央「私も。なんかこの数日いろいろありすぎちゃって
ミュージカルのこと自体忘れちゃってたよ……」
卯月「……」
ガチャッ
未央・卯月「おはようござ――」
凛「いい加減にしなよ、志希! 勝手が過ぎるよ!」
未央・卯月「……!」 ビクッ
凛「偶然なわけないじゃん!
プロデューサーが志希のためにクロウェに売り込んだことがわからない!?」
志希「……え」
凛「会うだけ無駄? 時間を空費するな?
プロデューサーの苦労も知らずよくそんなことがいえるね?
せっかくのチャンスを棒に振って自分が一番益のないことしてんじゃん!」
P「凛、落ち着け」
未央「なになに、なにがどうした?」
幸子「あ、未央さん、卯月さん……」
凛「私たちにとっても侮辱だよ!
こっちはアンタみたいに遊びでやってんじゃないんだよ!」
P「凛、いいから。志希とは俺が話す。美嘉、凛を頼む。志希は応接室へ」
志希「……」
ガチャッ バタン
志希「……凛ちゃんのいってたことほんと?」
P「……まあ」
志希「……………ごめんなさい」
P「次は志希が身を乗り出して面白がってくれるような話を持ってくるよ」
志希「え……、クロウェの人と会わなくていいの?」
P「いいよ。凛のいっていたことは本当だが、
話はどう転んでもよかったんだ。
歓談して終えてもそれはそれでよかったし」
P「ほら、趣味で香水を作る人なんて滅多にいないだろ。
加えて志希のレベルに合わせるとなるとプロの方がいいかなって」
志希「そこまで考えてくれてたんだ……」
P「お前が一筋縄でいかないことは十分わかっていたはずなんだがな。
昔の美希を思いだ……」ハッ
志希「……ミキ?」
P「あ、いや、そういえば昔の知り合いに志希みたいな子がいたなって、はは……」
志希「……」
――ガチャッ
P「凛は?」
幸子「美嘉さんに連れられて下のカフェに」
志希「あたし行ってくる」タッタッタッ
美嘉「どう? 少しは落ち着いた?」
凛「……」
美嘉「凛の気持ちもわかるけどさ、
志希ちゃんだって遊びでアイドルやってるわけじゃないんだから」
凛「わかってる。いいすぎた」
美嘉「凛、志希ちゃんに対抗意識あるでしょ。
二人だけだもんね、プロデューサーに直接スカウトされたの」
美嘉(ほんと羨ましい)
凛「……私じゃない」
美嘉「……?」
凛「プロデューサーが一番信頼してるのは、私じゃない……」
美嘉「……」
美嘉「そりゃそうでしょ」
凛「えっ!」
美嘉「えっ! って、自分でいっといてなんでそんな驚くの。
否定してもらえるとでも思った?」
凛「え、だ、だって……」アタ フタ
美嘉「アタシよ、ア・タ・シ。プロデューサーが一番に信頼してるのは」フフン
凛「は?」
美嘉「実際今だってアタシを頼ってくれてるわけだし?
『美嘉がいれば安心だ』っていつもいってくれるもん///」
凛「……は、はぁ!? なに急に惚気だしてんの?
それってただいいように使われてるだけじゃん!
プロデューサーの前だとすぐヘタれるくせに!」
美嘉「それ今カンケ―なくない!? ……って」
凛「……?」クルッ
凛「あ……」
志希「……」コソコソ
美嘉「あんなわかりやすく物陰に隠れてる人初めて見たわ」
美嘉「志希ちゃんと話せる? アタシいた方がいい?」
凛「……大丈夫。二人で話す。話して、ちゃんと謝る……」
美嘉「わかった。じゃぁ、アタシは先に戻るから」スッ
凛「あ、美嘉、その……ありがとう」
美嘉「いいよ」テクテク
志希「美嘉ちゃん……」
美嘉「もう大丈夫だから。凛とちゃんと話してきて」
志希「うん、ありがとう」テッテッテッ
――ガチャッ
美嘉「ふぅ……」
P「美嘉、二人は」
美嘉「大丈夫、今話し合ってる」
美嘉「凛、いいすぎた自覚あったみたい。
最近その……色々あったし、溜め込んでたんじゃないかな。
それがさっきの志希ちゃんの発言で爆発しちゃって……」
P「……そっか」
…………………
………………
…………
……
「プロ――――」
「――デューサー」
未央「プロデューサー、ねぇ、プロデューサーったら」
P「……え、あ、わるい、どうした」
未央「しまむーから電話。
電車が止まっちゃってこっち来るの遅くなるってさ」
P「わかった。それなら先にミーティングを始めよう。みんな、席に着いてくれ」
P「――案は大方出尽くしたな。それじゃあ、ここから絞って――」
――ガチャツ
卯月「すみません、遅れっ、きゃっ!」ドテッ
P「大丈夫か」
卯月「う~~、いたたた……」
P「春香が転ぶところ久しぶりに見たな」
卯月「……え」
P「どうした、立てるか、はる、か……」
P「……あ」
「………………」
志希(……)
凛「……プロデューサー、やっぱり――」
志希「ねぇ、プロデューサー、教えて。ナムコプロのこと」
凛「……!」
志希「ナムコプロにはどんなアイドルがいるの」
美嘉「ち、ちょっと志希ちゃん――」
志希「ハルカちゃんは? チハヤちゃんは? ミキちゃんは?」
まゆ「志希さん、なにをいって――」
志希「他にはどんな子たちがいるの」
アーニャ「志希」
志希「教えて」
凛「やめてよ志希! いたずらにプロデューサーを惑わせないで!」
凛「プロデューサー、志希のいうことに耳を貸さないで!」
凛「ナムコプロなんてないんだから!!」
志希「凛ちゃん」
凛「……っ!」ハッ
志希「……」
P「…………は、春香」
P「天海…春香は、リボンがチャームポイントの」
P「明るく、前向きな、時々ドジを踏んでしまう」
P「一番の、仲間思いなやつで」
P「如月千早は、歌うことがなによりも好きで」
ツー…… ポタ
愛梨「……!」ハッ
P「ストイックな反面、脆い部分もあって」
ポタ ポタ
莉嘉「あ……」
P「周囲と壁を作りがちだけど、本当は、素直な、優しい子で」
志希「うん……」
P「ほ、星井美希は……!」
真『律子はなにを失くしたのか知ってるの?』
律子『もちろんよ。失くしたものは……』
律子『“仲間”よ』
律子『これは出会いと別れの物語なの。
強い絆で結ばれた仲間を失ってしまうの』
やよい『えーっ! そんな悲しい物語なんですかー!』
伊織『なるほどね。大切な“もの”ってそういう……』
真『ボク、この主人公にすごく感情移入しちゃうなぁ。
ボクも765プロのみんなが大切だもん』
雪歩『私も。もしみんなを失くしてしまったら立ち直れないかもしれない』
響『ま、自分たちなら失くすことなんて絶対にありえないさー』
あずさ『そうね、私たちなら大丈夫。
仲間の大切さをきちんとわかっているんだから』
P(ああ、そうだ)
P(夢でも妄想でもない)
P(彼女たちは確かに存在して)
P(絆を結んできた)
P(俺の、大切な者たち……!)
P「……お、俺は……俺は……」
凛「……」
――――俺は、あいつらに会いたい
…………
………
……
…
続きは明日かなーって
卯月「……」
凛「……」
未央「……」
杏「……」
楓「……」
美嘉「……」
莉嘉「……」
蘭子「……」
愛梨「……」
まゆ「……」
幸子「……」
アーニャ「……」
志希「……」
未央「……ナムコプロって、きっとあるんだよね。
プロデューサーの妄想なんかじゃなくて、現実に」
未央「あの涙が嘘だなんて思えないよ」
愛梨「私、男の人の涙って初めて見た……」
美嘉「……アタシも」
楓「正確には“ある”じゃなく“あった”のでしょうね。
理由はわからないけれど突然ナムコプロが消えてしまい、
プロデューサーが必死に捜したけれど見つからず――」
アーニャ「結果、諦めたんですね」
凛「……」
莉嘉「でもさ、なんでナムコプロ消えちゃったの?
会社潰れちゃったってこと?」
楓「それならなにかしらの倒産情報が必ず出てくるはず。
ナムコプロが法人登記されている企業ならばだけど」
蘭子「ふむ……」
蘭子(ほーじんとーきってなんだろう。後で調べなきゃ)
杏「重要なのはナムコプロという企業じゃなく、
そこで活動していたアイドルたちなんじゃないかな」
杏「ナムコプロがどの程度の規模なのかはわからないけど、
最低でも3人のアイドルが在籍していて、
その担当をしていたと思われるプロデューサーが、
彼女たちの個人情報、住所を知らないはずがない」
杏「にも関わらず捜し当てることができなかった。誰一人として。
これってどういうことだと思う?」
幸子「ど、どういうことなんですか……」ゴクリ
杏「プロデューサー、もしかしたらパラレルワールドから来た人かもしれない」
「…………」
杏「そんな痛い子を見るような目で杏を見ないでよ」
アーニャ「蘭子の目は輝いていますよ」
蘭子「並行宇宙……!」キラキラ
美嘉「パラレルワールドってよくSF映画とかでやってる
別の世界がどうとかーとかいうアレ?」
杏「それ」
愛梨「つまり、CGプロが存在する世界とナムコプロが存在する世界があって、
今私たちと一緒にいるプロデューサーさんはナムコプロの世界から来たってこと?」
杏「そう!」
楓「じゃぁ、CGプロの、私たちの本当のプロデューサーは別にいて、
彼は今ナムコプロの世界にいるということ?」
杏「そゆこと!」
凛・まゆ「マンガの見過ぎ」
杏「いうと思ったー!」
杏「でもそうとしか考えられないよ。
これがプロデューサーの妄想じゃないっていうなら」
杏「ナムコプロの人たちがある日突然消えたこと。
プロデューサー以外誰もその存在を知らないこと。
そしてプロデューサーがCGプロのことをなにも知らなかったこと」
杏「これ全部パラレルワールドくらいのぶっ飛び理論じゃなきゃ辻褄合わないでしょ」
凛・まゆ「……」
杏「で、ほんとのところはどうなの、志希ちゃん」
志希「……えへ、なんであたしに聞くの」
杏「さっきの口ぶりからして本当は気づいてたんじゃないの。
ナムコプロがあるってこと」
凛「……!」
杏「ずっと前から気になってた。
志希ちゃん、プロデューサーの記憶障害の話題になると
口数少なくなるし、敢えて避けてるように見えた」
杏「LiPPSへの参加をやめたのもそれと関係してんじゃないの」
美嘉「そうなの?」
志希「……」
志希「あたしはただ……、プロデューサーを信じただけ」
志希「彼が現代科学では証明できない、
特殊な状況下に置かれていることに関してはあたしも同意」
志希「ただ、本当のところはあたしにもわからない。
こういうのあたしの専門じゃないし、なんの科学的根拠も示せない」
志希「だから今からいうことは、単なる憶測でしかないけれど……」
志希「おそらく、変わったのはプロデューサーではなく、あたしたちの方」
志希「プロデューサーが……便宜上、記憶障害というけど、
それになったと思われる5月の朝もしくは前日の夜、
ナムコプロはCGプロに造り変わった。プロデューサーだけを残して」
アーニャ「造り変わった……」
未央「それって杏ちゃんのいうパラレルワールドとは違うの?」
志希「二人のプロデューサーが互いの世界を入れ替えっこしたんじゃなくて、
一つの世界がプロデューサーだけをそのままに他の全てを造り変えたの」
志希「つまり5月以前の世界にあたしたちは存在してなくて、
それ以降にあたしたちが誕生したってこと」
美嘉「ま、待って。それパラレルワールドよりもありえなくない?
アタシ5月前の記憶ちゃんとあるよ?
ずっと昔の小っちゃかった頃の記憶だって」
志希「過去の記憶があるからとそれが過去の証明とはならない。
なぜなら5月前の記憶があるように造り変えられたかもしれないから」
美嘉「そんな……」
蘭子「世界五分前説……!」ハッ
凛「じゃぁ、なに、今までの私の人生なにもかもが嘘だったってこと?
私の気持ちも? すべて?」
志希「そんな深刻に捉えないでよ。いったでしょ、憶測だって。
それを観測する手段がないから、否定することも証明することもできない」
卯月「……どちらの説が正しいのか私にはわかりませんが、
二人の話を聞いてようやく腑に落ちたような気がします」
卯月「プロデューサーさんが記憶を諦めた時どうして簡単に受け入れることができたのか、
二度と過去を共有できなくなるのにどうして悲しくなかったのか」
卯月「きっと心の奥底では気づいていたんですね。
プロデューサーさんが、私たちのプロデューサーさんではないことに」
凛「……」
卯月「私、プロデューサーさんをナムコプロの人たちに会わせてあげたいです」
杏「どうやって?」
卯月「それは、わかりませんけど……、でもきっとなにか方法が」
美嘉「待って。もし志希ちゃんのいってることが正しければ、
プロデューサーとナムコプロを引き合わせるには
世界を元に戻さないといけないってことでしょ?」
美嘉「それってつまり、アタシたち消えるってことじゃ……」
未央「……!」ハッ
卯月「それでもやります。たとえ私が消えることになって、
プロデューサーさんと二度と会えなくなっても、
泣いている人がいたら、私は手をさし伸べてあげたい」
未央「わかった。私、協力する。一緒にナムコプロ捜そ!」
卯月「未央ちゃん……!」
愛梨「私も協力する。あんな泣いてる姿見せられたら、
なにがなんでも助けてあげたくなっちゃうよ」
アーニャ「あの泣き顔はずるいです」
莉嘉「アタシもやる!
Pくんとナムコプロの人たちを会わせてアタシも消えないように頑張る!」
美嘉「頑張るって……、ま、やってみないことにはどうなるかわかんないか。
それじゃぁ、アタシも消えないように頑張ってみよっかな」
幸子「そうですね、ボクたちなら絶対に消えることはありませんよ!
根拠はないですけど!」
蘭子「ククク、面白い。ならば我も力を貸そう。
どのような終局を迎えるか、この眼でしかと見届けさせてもらう!」バーン
杏「杏もやるよ。なにをどうすればいいのかさっぱりだけど、
プロデューサーのためなら、たまにはやる気出す」
楓「それなら私もやるわ。杏ちゃんが自発的にやる気を出すなんて
天地がひっくり返るよりありえないことが起きているんだから、
きっとナムコプロは見つかるわ」
杏「あぁ、そういわれるとそんな気がしてきた。見つかるわ、ナムコプロ」
アハハ
凛「ち、ちょっと待ってよ、みんな本気?
本気ででそんな話信じるわけ? 現実的に考えてありえないでしょ」
杏「じゃぁ他に説明つく? ナムコプロが見つからない理由」
凛「だから! なんでナムコプロがあるって信じられるの?
見つからないのはプロデューサーの妄想だからでしょ!」
卯月「私は信じます、ナムコプロのこと。ハルカちゃんはきっといます」
凛「……ばかばかしい、話にならない。
頭おかしくなってんの卯月の方なんじゃないの」
卯月「……!」
未央「しぶりん!」
凛「……とにかく、私は信じないし、協力もしない。
ナムコプロ捜したければ勝手に捜せば?」スッ
まゆ「ごめんなさい、まゆもみなさんのいっていることが信じられない。
たとえそれが本当だったとしても、協力できません」
まゆ「まゆは、プロデューサーさんと離れたくない」
まゆ「ナムコプロに、
まゆのプロデューサーさんを返してあげないんだから……!」スッ
美嘉「あ……」
ガチャッ バタン――
志希「……」
未央「なんなのしぶりん、あのいいかた! ひどくない!?」プンスカ
卯月「未央ちゃん、私は気にしてませんから」
杏「まぁ、そう怒らさんな。
杏だって正直、まだ半信半疑なところあるもん。
二人の信じられない気持ちも理解できる」
楓「いいえ、“信じられない”のではなく“信じたくない”のよ。
まゆちゃんのいっていたことがすべてだわ」
アーニャ「プロデューサーと離れたくない」
美嘉「そりゃ、アタシだって……」
幸子「でも離れるとまだ決まったわけじゃないですよね?
もしかしたら杏さんの説が正しいのかもしれませんし」
愛梨「うん、やってみないことにはわからないよ」
志希(……)
莉嘉「じゃぁ、これからどうする? 作戦会議?」
卯月「あの……」
卯月「私、凛ちゃんとまゆちゃんにも一緒にやってもらいたいです。
私たち13人の力を合わせないと……」
卯月「そうしないと、いけない気がするんです」
愛梨「私も全員揃ってやった方がいいと思う。
こういう時こそ全員が納得して全員で協力しないと」
未央「そうはいっても、愛の重いツートップだしなぁ」
美嘉「あの二人を説得するのはかなり……」
楓「骨が折れるわね」
杏「複雑骨折するよ。バッキバキに」
アーニャ「なら、みんなで骨折しましょう。
骨折して繋ぎ合わせれば前より強度が増します。
そう、私たちの絆も」
幸子(いいこといってるようなそうでもないような……)
蘭子「ではオペレーション“ボーン・ブレイク”を直ちに発動せよ!」ババーン
志希・莉嘉「ラジャー!」
…………………
………………
…………
……
凛「は?」ギロリ
まゆ「……」プイ
未央「もうやだ! マジ無理! 私は死んだ!
今のしぶりん狂犬だよ! あんなの説得できるわけない!」ウワーン!
杏「諦めるの早すぎでしょ」
卯月「まゆちゃんの方はどうでしたか」
美嘉「こっちも似たようなもん。聞く耳すら持ってくれない」ハァ
幸子「まぁ、昨日の今日ですし、少し冷静になる時間が必要かもしれませんね」
蘭子「しかし『鉄は熱いうちに打ち滅ぼせ!』ともいう」
杏「滅ぼしちゃいかんでしょ」
愛梨「そういえばプロデューサーさんって今どんな様子かな。誰か会った人いる?」
莉嘉「アタシ会ったよ。けっこーふつーだった。
あと昨日はカッコ悪いとこ見せてゴメンって」
美嘉「莉嘉、プロデューサーにナムコプロのことは……」
莉嘉「大丈夫、聞いてない」
杏「……根気だ、根気。粘り強く二人と話そう。二人ならきっとわかってくれるよ」
楓「よもや、杏ちゃんから“根気”なんて言葉を聞ける日がくるなんて……」
志希「感慨深いわぁ」
アーニャ「生きていてよかったです」
杏「ねぇ、一周回って杏のことバカにしてない?」
…………………
………………
…………
……
た
し
あ
は
き
づ
つ
↑
――パシャッ パシャッ
「いいよー、まゆちゃん。ノッてきたねぇ。
もう何パターンか続けて撮ってみようか」
P「……」
まゆ「あ、プロデューサーさん、おいでになられていたんですね」
P「お疲れ。どうだ、久しぶりのファッションモデルは」
まゆ「楽しいです。まるで昔に戻ったみたい――」ハッ
志希『つまり5月以前の世界にあたしたちは存在してなくて、
それ以降にあたしたちが誕生したってこと』
P「どうした」
まゆ「い、いえ、なんでも」
「まゆちゃん、そろそろ続き始めようか」
まゆ「は、はい」
P「まゆ、撮影終わったら一緒に帰ろう」
まゆ「……」コクッ
まゆ「プロデューサーさん、お待たせしました」
P「じゃあ、行こうか」
ブウウゥゥン……
P「まだ昼とってないだろ。どこかで食事してから帰るか」
まゆ「でしたらまゆおススメのお店があります」
愛梨『つまり、CGプロが存在する世界とナムコプロが存在する世界があって、
今私たちと一緒にいるプロデューサーさんはナムコプロの世界から来たってこと?』
まゆ(……この人が別人なわけない)
まゆ(ずっと見てきたのよ。この人のことならなんでも知ってる。
私が好きな人を間違えるはず――)
志希『過去の記憶があるからとそれが過去の証明とはならない。
なぜなら5月前の記憶があるように作り変えられたかもしれないから』
まゆ(……)
P「そうだ。食事の前に少し寄り道していいか」
まゆ「いいですけど、どこへ行かれるのですか」
……
…
まゆ「ここって……」
P「ゲームセンターだな」
まゆ「……」
P「さあ、入ろう」
まゆ「少し意外です。プロデューサーさんはゲームがお好きだったんですか」
P「まあ、人並みに。学生時代はよく友人と遊んでたよ。今はからきしだけど」
まゆ「では、なにをされに」
P「これだな」
まゆ「プリクラ……」
P「前に一緒に撮った時のことを覚えているか。
あの時、ぎこちない笑顔で上手く笑えてなかったから、
いつかまた撮り直したかったんだ」
まゆ「……」
P「一緒に撮ってくれるか」
まゆ「……ごめんなさい、今度は私が上手く笑えそうにありません……」
P「……」
P「この前のことを気にしてるなら謝るよ。すまなかった、取り乱して。
まゆたちはなにも気にすることはないから」
まゆ「……わからないんです。
ずっと貴方を見てきてなんでも知っているはずなのに、
もし貴方が私の知っているプロデューサーさんではなかったなら」
まゆ「私が抱いているこの想いは、この気持ちは一体なに?」
P「……俺は」
P「まゆの知っているプロデューサーじゃない」
P「おそらく5月以前の“俺”がまゆの知っている本物の“俺”だ。
過去と現在の俺は容姿も性格もほぼ一緒みたいだから、
まゆが間違えても仕方がなかったんだと思う」
まゆ「仕方なくなんかない。
結局それを見抜くことができなかったんだから、
私の気持ちなんて所詮その程度……」
まゆ「それとも、志希さんのいっていることが正しいのかしら」
P「志希?」
まゆ「志希さん曰く、変わってしまったのは貴方ではなく私たちの方。
貴方だけを残し、他の全てが造り変わってしまった」
まゆ「私たちが誕生したのは5月以降で、5月前の記憶があるのは
そのような記憶があるように作られたから、らしいです」
P「……」
まゆ「貴方が決めてくれませんか」
P「……?」
まゆ「もう私にはなにが本当でどれが嘘なのかわかりません。
結ばれたリボンの先に誰がいるのか。
この想いに名前をつけてほしい。そうしたら私は……」
P「それはまゆが自分で決めることだ。自分の想いを他人に委ねてはいけない」
P「自分で考え、行動し、決断するんだ。そうして俺はまゆたちを選んだよ」
まゆ「え……」
P「765プロではなく、CGプロを選んだ……はずだった」
P「ずっと忘れていたはずなのに、
あいつらの面影がふとした瞬間に重なって……」
P「忘れろ、765プロは俺の妄想なんだ、って必死に思い込もうとしたよ。
未練がましい自分が嫌になった」
P「けど、それでようやく本当の自分の気持ちに気づいた」
P「俺はあいつらに会いたい。なにがなんでもだ。
必ず、765プロのみんなを見つけ出す」
まゆ「……」
P「そして、まゆたちのプロデュースも続ける」
まゆ「……え」
P「俺はまゆやCGプロのみんなが好きだ。
765プロのアイドルに負けない情熱と個性の塊のような面々。
みんなのプロデュースが楽しくて仕方がなかった。
それこそ765プロを忘れてしまうほどに。
その気持ちもまた本当なんだ」
P「だからもし、まゆたちの本物の“俺”がいたとしても、
今さらそいつにみんなを返すつもりはない。
こんな面白いやつらをみすみす手離してたまるか」
P「俺がこの手で必ずみんなをトップアイドルにしてみせる」
まゆ「……」
まゆ「それってつまり、
ナムコプロのアイドルの方々をCGプロに引き抜くということですか。
それとも私たちがナムコプロへ?」
P「え……、あ、いや、それは多分無理だろうから、
俺が独立してフリーになるしかないか……?」
まゆ「それにもし本物のプロデューサーさんがいたとして、
私たちがそちらの元へ戻りたいといったらどうするんですか。
私たちの意見は無視ですか」
P「えっ! そ、それは……、や、やっぱり戻りたいか?」
まゆ「…………ぷっ」
まゆ「あははははっ!」
P「え、ま、まゆ?」
まゆ「はぁ……、
なんだか真剣に悩んでいたのがバカらしくなっちゃいました」
P「そんな風に笑えるんだな」
まゆ「そうですね、私もこんな風に笑うのは初めてかも」
まゆ「……プリクラ、撮りましょうか」
P「ああ。今なら飛び切りの笑顔で撮れる」
まゆ「ふふ……」
まゆ(……)
………
……
…
卯月「――まゆちゃんが?」
美嘉「協力してくれるってさ」
未央「マジ!?」
杏「ほーれ、ちゃんと話せばわかるっていったじゃん」
美嘉「アタシはなにも話してないよ」
杏「へ?」
美嘉「なにがあって心境を変えたのかわからない。
ただちょっと寂しそうだったかな」
卯月「……」
杏「まぁ、とりあえずは『よし』としようよ」
未央「残るは……」
未央「しぶりん!」
凛「……」チラッ
未央「うっ……え、えーと、き、今日は大変お日柄もよく……」
凛「……」
未央「……」ダラダラ
卯月「凛ちゃん、お願いです。一緒に協力してくれまんせか。
プロデューサーさんをナムコプロの人たちに会わせ――」
凛「いやだ」
凛「やりたければアンタたちだけでやってって前にもいったよね」
美嘉「ねぇ、凛だって今この状況のままでいいとは思ってないでしょ。
ナムコプロを信じられない気持ちもわかるけど、とりあえず協力してくれない?
なにか解決の糸口が掴めるかもしれないじゃん」
凛「解決って……、それ誰がなにに対しての解決?
私の解決はプロデューサーをナムコプロって妄想から解放することなんだけど」
卯月「どうして妄想って決めつけるんですか。
凛ちゃんはプロデューサーさんの涙を見てなにも感じなかったんですか」
凛「……っ」
卯月「大切な人と離れ離れになるのがどれだけ辛いことか、
今の私たちならわかるはずです!」
凛「涙を流したからなんだっていうの!?
それがナムコプロの存在証明にはならないでしょ!」
卯月「~~っ! どうして! 凛ちゃんは! いつも!
いつも自分の気持ちばかり優先して!」
卯月「その頑な態度がプロデューサーさんを苦しめてるって
どうしてわからないんですか!」
未央「し、しまむー……らさん?」
卯月「凛ちゃんだって本当は気づいてるんじゃないですか!?
ナムコプロが本当はあるって! 私たちが――」
凛「やめてよ!!」
凛「やめて……。ナムコプロなんて知らない。
お願いだから私を巻き込まないで……!」ダッ
美嘉「あ、凛!」
………
……
…
卯月「ごめんなさい……。
私のせいで凛ちゃんをさらに意固地にさせたかもしれません……」
未央「いえ……、島村さんの怒りはごもっともかと思われます」
卯月「み、未央ちゃん、いつもみたいに『しまむー』でいいですからね?」
美嘉「ってゆーか、どーする?
あの様子じゃもうまともに聞き入れてくれないんじゃない」
卯月「……まゆちゃんに話してもらうのはどうでしょうか。
自分の心境の変化を語ってもらえれば……」
まゆ「――いえ、まゆでは凛ちゃんの気持ちを変えることはできないと思います」
まゆ「自分で考え、行動しなければ、自分の気持ちを変えることはできません」
未央「ううむ……、どうします? 島村さん」
卯月「……未央ちゃん、『しまむー』でお願いします」
まゆ「もっとも、そういうまゆは結局、
プロデューサーさんの言葉に心を動かされましたけど」
未央「うぇ?」
まゆ「少し、待ちませんか」
まゆ「凛ちゃんの心を動かせるとしたらやはり……」
…………………
………………
…………
……
かーっ! 続きは夜たい!
P「参ったな。完全に渋滞にはまってしまったな。事故でもあったか」
凛「……」
P「凛、ここで車降りて、先に電車で事務所に戻るか」
凛「……いい。今変装グッズ持ってないし、私ってバレたら面倒だし」
P「そっか」
凛「……」
P「ごめんな、凛」
凛「……え」
P「俺は……765プロを捜すよ。信じられないだろうけど本当にあるんだ。
俺の妄想なんかじゃない。大切な仲間なんだ。必ず取り戻したい」
凛「……」
P「心配しなくていい。
だからって凜たちのプロデュースを投げ出したりはしない。
約束は守る。たとえ765プロを見つけても、
みんなのプロデューサーとしてずっとそばにいるよ」
凛「……嘘」
P「ん?」
凛「約束を守るなんて嘘。
ナムコプロ見つけたら私たち消えるかもしれないのに」
P「え……」
凛「もう、いいよ。
プロデューサーにとってナムコプロが
どれだけ大切な存在なのかよくわかった。
私じゃプロデューサーの涙は流せない」
凛「どっちか片方しか選べないならナムコプロを選ぶでしょ」
P「いや、凛たちを選ぶよ」
凛「…………え」
P「片方しか選べないのなら凛たちを選ぶ」
凛「なんで……、二度とナムコプロの人たちと会えなくていいの?」
P「ああ、構わないよ」
凛「…………嘘、絶対嘘。気休めでいってるならやめてよ。
私たちを選んだらきっと後悔する」
P「765プロを選んだって後悔するさ。
俺にとってCGプロのみんなも大切な仲間だ。
大切な者を、二度も失いたくないんだ」
凛「……」
P「それにあいつらなら俺がいなくても平気だ。
どんな逆境も全員で力を合わせて乗り越えてきた」
凛(あぁ、やめてよ)
P「今頃どこでなにをしているのかわからないが、きっと元気でやってるさ」
凛(そんな風に笑わないで)
P「もっともっと、凛やみんなと一緒にいたいんだ」
凛(本当は辛いくせに)
P「もっと、みんなとの過去がほしいんだ」
凛(どうしてそんな風に優しく笑えるの)
P「凛の未来を見届けたいんだ」
凛「……」ジワッ
凛「うわああぁぁぁぁぁっ!」ポロ ポロ
P「り、凛!?」
凛「嘘なんかじゃないもん……、作りものなんかじゃないもん……!」ヒック ヒック
P「凛……」
凛(そうだ、嘘じゃない、作りものなんかじゃない、私の気持ちは)
凛(私は、この人のことが――)
……………
…………
………
……
…
卯月「……」
未央「……」
凛「………………私も協力する」
卯月(目、腫れてますね)ヒソヒソ
未央(明らかに泣いたあとだけど触れないでおこう)ヒソヒソ
凛「なに」
未央「なんでもない、なんでもない!」
凛「卯月、この間はごめん。いいすぎた」
卯月「いえ、そんな。全然気にしていません」
未央「よし、それじゃぁ……」
P「――え、俺を765プロに?」
卯月「はい、私たちも協力します」
P「……信じてくれるのか、765プロのこと」
未央「うん、信じるよ」
杏「杏は正直半信半疑だけどー」
美嘉「ナムコプロのアイドルがどんな子たちか興味あるし」
P「しかし……」チラッ
凛「……」
まゆ「……」
P「765プロを見つけたらみんな消えてしまうかもしれないんだろ。
それでも協力してくれるのか」
楓「それはあくまでも可能性の話です。
CGプロもナムコプロも両方残るかもしれません」
志希「あるいはキミが消えるかも」
P「それじゃあ、捜す意味ないだろ……」
アーニャ「見つけてみないことにはわからない、ということです」
莉嘉「Pくん大丈夫。アタシ消えないから!」
幸子「ボクも消えませんよ。ボクが消える、それすなわち、
世界から『カワイイ』の定義が失われると同義ですからね。
それだけはなんとしても阻止ですよ!」
愛梨「一緒に見つけましょう、ナムコプロを」
P「みんな……ありがとう」
蘭子「ではこれより作戦会議を――!」
P「それよりまず仕事だ。ほら、支度」
蘭子「あ、はい」
……………
…………
………
……
…
蘭子「――ではこれより作戦会議を始める!」
莉嘉「はーい」
蘭子「友よ、ナムコプロに関する情報の開示を要求する!」
P「ああ。簡単にだが資料を作ってきたから回してくれるか」
未央「へー、『765』で『ナムコ』ね」
幸子「事務所は雑居ビルの3階……雑居ビル?」
美嘉「え、所属タレントたったの13人しかいないの?」
愛梨「あ、でも、契約予定のスクール生が39人いるって」
楓「従業員は事務員とプロデューサーの二人だけですか」
杏「……弱小事務所?」
P「そ、そんなことは……ない……」
卯月「社長を含めた上記の全員が消えてしまったんですね」
アーニャ「消えてしまった原因は一体なんなんでしょうか」
凛「神隠しにでもあったんじゃんない」
卯月「凛ちゃん……」
杏「いや、案外それ当たってるかも。
この事象を常識の範疇で考えちゃだめだ。もっと発想を飛躍させないと」
未央「発想の飛躍ねぇ……、宇宙人にさらわれたー、とか?」
まゆ「ですが、まゆたちで解決できるとしたら、
それは常識の範疇だけではないでしょうか」
まゆ「神隠しにしろ、宇宙人にしろ、消えた原因がそれなら、
まゆたちが太刀打ちできる相手ではないんじゃ……」
未央「ううむ、確かに……」
幸子「これがもし神さまの仕業なら、どうしてこんなことをしたんでしょうね」
蘭子「こんなの神のすることじゃない、悪魔のすること!」
美嘉「いえてる」
凛「罰が当たったんでしょ。
神の怒りを買うようなことでもしたんじゃない」
P「……かもな」
凛「え……」
P「消えた原因に心当たりがある」
P「その日、事務所でミュージカルの企画説明をしていたんだ」
P「オリジナル脚本の、
律子を抜かした765プロのアイドルとスクール生全員が出演する予定だった」
美嘉「その律子、さんはどうして出ないの」
P「律子はもともとマネジメントや経営に興味があって、
プロデューサーへの転身を希望していたんだ」
P「俺の下でプロデュース業を学ぶ傍ら、
アイドル業と並行して仕事をしていたんだが、
今回は俺のサポート役に徹することにしたんだ」
未央「へー、765プロってそんなアイドルがいるんだ」
杏「杏には無ぅ理ぃ~」
志希「そのミュージカルはどんな話なの」
P「……大切なものを失くしてしまう話だ」
愛梨「それって……」
P「その時用意していた台本があったんだが、
所々台詞が抜けていて後半は全て白紙だった」
P「印刷ミスかと思った。
だが事前に目を通した時にはそんな箇所はなかったはずなんだ。
チェック漏れだとしても、
後半全て白紙なのにそれに気づかないはずがないだろ」
幸子「確かに」
P「なにを失くしてどんな結末を迎えるのか、
その台本からでは読み取れなくなっていた」
P「あずささんになにを失くしたのかを聞かれ、俺は答えられなかった」
P「脚本の制作には俺と律子が携わっていた。
何度も作家と打ち合わせをしたはずなのに、
まるでそこの記憶だけがすっぽり抜けたように急に思い出せなくなった」
P「代わりに律子が答えたんだが、なぜかその声が聞こえなかった。
律子だけじゃない、他のみんなの声も。
失くしたものについて話しているのか、その声が一切聞こえない」
P「結局思い出せないまま、翌日には765プロが消え、現在に至る。
思い出せたのはつい最近だ」
卯月「その大切なものって……」
P「仲間だ」
やよい『プロデューサーは大切なものってありますかー』
P「自分の大切なものがわからなかった。
本当はずっと前から持っていたのに、ずっと前から傍にあったのに」
P「あまりにも近すぎて、気づけなかった」
凛「……」
楓「物語の結末はどうなるんですか。大切な者は取り戻せるんですか」
P「いえ、失くした者は失くしたままです。
最後は新しい仲間とともに生きていくんです」
杏「なんとまぁ、プロデューサーの未来を暗示するかのような」
美嘉「なんか怖い。あまりにもできすぎっていうか、
マジで神が仕組んだことなんじゃ……」
蘭子「神の試練、というわけね」
凛「神でもなんでもいいけど、要するに、
プロデューサーに大切な者の存在を気づかせるために、
世界が変わっちゃったってこと?」
P「おそらく」
未央「スケールでかすぎー!」
アーニャ「どうやらプロデューサーは“神に選ばれし者”のようですね」
楓「この場合“神に恨まれし者”では?」
志希「上手い!」
まゆ「上手くありません」
愛梨「けど、それなら気づいた時点で世界は元に戻るものなんじゃないかな。
それが果たされた今も状況が変わらないということは……」
卯月「まだ他に気づいてないことがある……?」
莉嘉「わかった! Pくん本当は765プロの中に好きな人がいるんでしょ!」
凛「そうなの!?」
まゆ「そうなんですか!?」
P「765プロの大半は未成年だぞ。子どもは恋愛対象に入らない」
莉嘉・凛・まゆ・卯月・未央・美嘉・蘭子・幸子・アーニャ「え……」
楓「おっとここに素敵な成人女性がー?」
P「同じ業界人と恋愛するつもりもない」
楓「いなかった……」
未央「じゃぁ、他に気づいてないことって一体なんなんだー!」
杏「いやいやいやいや、もう答え出てるでしょうよ……」
未央「え?」
杏「ミュージカル! 765プロのアイドルが
『大切な者を失くす』話をやる予定だったんでしょ!」
杏「だったら、CGプロの杏たちが
『大切な者を取り戻す』話をやればいいんじゃないの!?」
一同「……」
一同「……!」ハッ
……………
…………
………
……
…
ふふ、続き明日にするわ
P「ミュージカルの脚本ができた」
莉嘉「おー!」
杏「年明けると思ったけど早かったね」
蘭子「ついに動き出すのね、禁断のプロジェクトが……!」ゴクリ
アーニャ「765プロが大切な者を取り戻す物語、ですね」
P「卯月、凛、未央、杏、楓さん、美嘉、莉嘉、
蘭子、愛梨、まゆ、幸子、アーニャ、志希」
P「奇しくも律子を含めた765プロのアイドルと同じ13人。
みんなには765プロのアイドルたちを演じてもらう」
幸子「まさかアイドルがアイドルを演じることになるなんて
夢にも思っていませんでしたよ」
凛「ほんと、変な感じ」
P「台本と一緒に765プロのアイドルの特徴をまとめた資料を配るから、
それを参考に配役を決めていこう」
卯月「天海春香ちゃんには転ぶ癖があり、
多い時には一日三回以上転んでしまうが、
転ぶにつれ受け身が上手くなり、
今では転んでケガをすることはない……」
莉嘉「双子の双海真美ちゃん・亜美ちゃんは
時々内緒で入れ替わって仕事をすることがあり、
未だそれに気づかれたことがない……」
杏「その手があったかー。杏にも生き別れの双子の姉妹いないかなー」
楓「水瀬って、あの水瀬財閥の? すごいところのお嬢さまがいるんですね」
まゆ「萩原雪歩ちゃんは落ち込んだり緊張したりすると
穴を掘って埋まってしまう癖がある……」
愛梨「三浦あずささんは極度の方向音痴で
忽然と姿を消してしまうことがありロケでは目が離せない……」
幸子「我那覇響さんは大の動物好きで……蛇に豚にワニを飼ってる!?」ギョッ
凛「……なんていうか765プロのアイドルって」
志希「個性的なアイドルが揃っていますなぁ」
P「いっておくがみんなも大概だからな?」
未央「天海春香ちゃん役はしまむーがいいんじゃない。
うちの正統派アイドルっていったらしまむーでしょ」
凛「私、如月千早さん役やりたいかな。歌に対する姿勢とか尊敬する」
美嘉「萩原雪歩ちゃんのキュートな感じはまゆちゃんっぽいね」
杏「三浦あずささん役は愛梨ちゃん一択でしょ」
幸子「双海姉妹はどうします?」
莉嘉「そりゃアタシとお姉ちゃんの城ヶ崎姉妹がやるっきゃないでしょ!」
美嘉「アタシとアンタじゃ双子には見えないでしょ」
杏「杏がやるよ。杏なら莉嘉ちゃんと同い年くらいには見えるし」
莉嘉「わぁ、よろしくね、杏ちゃん! 真美ちゃんと亜美ちゃんどっちやりたい?」
杏「どっちでもい……これどっちの方が省エネタイプ?」
P「どっちもアクティブだ」
杏「……どっちでもいいっすわ」
莉嘉「じゃぁ、アタシ、真美ちゃんやる」
凛「ちょっと待って。そっちより杏にうってつけの子がいるんだけど」
杏「うってつけ?」
凛「星井美希」
凛「歌もダンスもそつなくこなす天才肌。
しかし面倒くさがりで飽きっぽくマイペース。
時間さえあればいつでもどこでも眠る、って」
未央「まんま杏ちゃんじゃん」
杏「だねぇ。自分のプロフィールが載ってるのかと思った」
楓「どうやら生き別れの妹は765プロにいたみたいね」
美嘉「けど替え玉は無理だね。
中学生離れした抜群のプロポーションをしてるってさ」
杏「なにをーっ。杏だってある意味、高校生離れしたプロポーションしてるぞ」
杏「……ん」
美嘉「どした?」
杏「ねぇ、この子ってもしかしてさぁ、
プロデューサーのこと『ハニー』って呼んでた?」
P「……っ」ギクッ
アーニャ「ハニー……」
P「俺がそう呼ばせてるわけじゃないからな。やめろといっても聞かないんだ」
莉嘉「どうしてPくんをハニーって呼ぶの」
P「……それは」
杏「ラブなんでしょ、プロデューサーに」
P「……」
志希「沈黙は肯定なりー」
莉嘉「えーっ!
Pくん子どもは恋愛対象に入らないって前にいってたじゃん」
P「俺はちゃんと一線引いてるよ。
けど美希がそれを問答無用で飛び越えてくるんだ」
莉嘉「どーする、お姉ちゃん! 765プロにもライバルいるって!」
美嘉「ななななんでアタシに振るのかなーっ!?」
愛梨「杏ちゃんが美希ちゃん役となると双海姉妹のもう一人は誰がいいかな」
杏「いや、杏は美希ちゃん役やらないよ。『ハニー』呼びはもうこりごりだし。
代わりにマジもんの天才に美希ちゃん役をやってもらおう」
志希「えーっ、それって誰のこと誰のことー?」
美嘉「あぁ、そだね。悔しいけど歌とダンスに関しても天才だし」
志希「そ、そんな天才がこの中にー? はっつみみー!」
凛「じゃ、志希で決まりで」
志希「って、あたしのことかー!」タハー!
まゆ「では次の役を決めましょう」
幸子(完全無視……)
志希「ねぇ、ハニー、シキとデートしよ?」
P「……!」ドキッ
美嘉・凛・まゆ「……!!」ガタッ
志希「どぉどぉ? 美希ちゃんに似てた?」
P「勘弁してくれ……」
蘭子「……」
蘭子(四条貴音さん、ミステリアスで高貴……)
蘭子(この人がいい!)
まゆ「四条貴音さん役はどなたがいいでしょうか。
ミステリアスで高貴な振舞い、古風な喋り方」
蘭子「わた――」
凛「アーニャはどう? 趣味が天体観測とか共通点あるし」
未央「いいんじゃない。
映画の役のおかげで古い言葉遣いもできるようになったしね」
アーニャ「左様」
蘭子「……!」ガーン
美嘉「ねぇ、見てよ、この高槻やよいちゃんって子。
すごくいい子。アタシお友達になりたい……」
未央「ほんとだ。爪の垢を煎じて杏ちゃんに飲ませてあげたい」
杏「はっはっは、それを飲んだところで杏は変わらないぞ」
凛「で、誰がやるの。私たちの中にはいないタイプだけど」
未央「う~ん……」
楓「私がやるしかなさそうね」
未央「楓さん!?」
杏「なんでそうなる」
P「いいんじゃないか」
未央「いいの!?」
P「別に年齢の近い者が演じる必要はないだろ」
凛「いやいやいや、それでも年齢開き過ぎてるし」
まゆ「精神年齢でいえば逆転してるかもしれませんけどね」
楓「大丈夫、任せて。完璧にやよいちゃんを演じてみせるわ」
楓「コホン……」
楓「うっうー! お酒大好きですーっ!
プロデューサー、一緒にビール祭りをしましょーっ!」
未央「やよいちゃん未成年! 飲酒できない!」
美嘉「やめてよ! 楓さんみたいな飲んだくれが演じたら
やよいちゃんが穢れちゃうじゃない!」
幸子「穢れ……」
美嘉「そうだわ! やよいちゃんみたいな天使を演じられるのはみり――」
アーニャ「蘭子はどうですか。純粋で無垢なところは似ていると思います」
未央「あぁ、そうだね。らんらんだ。らんらんじゃん。らんらん以外ないでしょ」
凛「うん、楓さんより断然いい」
美嘉「……まぁ、蘭子ちゃんなら許す」
アーニャ「どうですか、蘭子」
蘭子「あ……う……」
未央「ほれほれ、『うっうー』っていってみ?」
蘭子「う……う……」プルプル
蘭子「うっうー! ///」
未央「最高」パチパチ
凛「最高」パチパチ
楓「最高」パチパチ
蘭子「ま、まぁ、よかろう。天使を演じるのもまた一興」
アーニャ「それと四条貴音役はアーニャより楓の方があっていると思います。
楓も黙ってさえいればミステリアスで高貴に見えます」
楓「ひとたび口を開けば?」
アーニャ「ジャールカ……残念です」
楓「……」ホクホク
未央「なんで嬉しそう?」
凛「まぁ、アーニャがいいっていうなら楓さんでいいんじゃない」
楓「では私、高垣楓が四条貴音ちゃん役を務めさせていただきます」
アーニャ「うむ。精進されよ」
美嘉「ねぇ、いないタイプがもう一人いるんだけど。秋月律子さん」
未央「いや、いるでしょ、ここに」スッ
美嘉「……え、アタシ?」
楓「これは美嘉ちゃん一択よね」
幸子「逆に美嘉さん以外の選択肢は考えられないですね」
卯月「はい、二人とも似ていると思います」
志希「似てる、似てる」
美嘉「え、そう? どのへんが似てる?」
一同「苦労人なところが」
美嘉「そこかい……」ガクッ
凛「面倒見のいい、しっかり者といったらやっぱり美嘉だよ」
美嘉「わかった。じゃぁ、アタシが律子さん役ね」
凛「菊地真くん……さん役は幸子で決まりでしょ。
一人称が『ボク』とか『カワイイ』に固執してるところとか
共通点あるし」
幸子「いいかたぁっ! 固執なんて――」
凛「してないの?」
幸子「しぃぃぃてますけどそれがなにかぁっ!?」
まゆ「幸子ちゃんなら水瀬伊織ちゃん役もあっていると思います。
自信家で負けず嫌いなところとか似ていますし」
愛梨「我那覇響ちゃん役もあってると思うよ」
楓「幸子ちゃん自身はどう? この中で演じるとしたら」
幸子「そうですね、ボク的には水瀬伊織さん役がいいかなって」
幸子「自信の裏に努力があるところとか、
自分自身の力で切り開こうとする姿勢とか、
そういうところにシンパシーを感じます」
卯月「確かに、そういうところは二人とも似ていますね」
アーニャ「では幸子は水瀬伊織役をお願いします。
菊地真役はアーニャがやりましょう」
未央「じゃぁ、私が我那覇響ちゃん役だね。元気担当頑張るぞ!」
P「これで全員役は決まったな」
P「これから年末に向けてライブやイベントで忙しくなる。
本格的な稽古は年が明けてからだ」
P「公演は来年の5月を予定している」
一同「……」
P「いいミュージカルにしよう」
未央「5月かぁ……。あと半年とちょっと」
愛梨「きっとあっという間に過ぎちゃうよね、半年なんて」
美嘉「自分で決めたことだけどやっぱ複雑。
プロデューサーと別れるために頑張るなんてさ」
凛「ほんと腹が立つ。こんなことをした元凶に文句いいたい」
卯月「でも最後は笑顔で別れたいです。
心残りがないよう、一日一日を無駄に過ごさないように」
幸子「みなさん、別れる前提で話していますけど、
まだそうと決まったわけじゃないですからね?」
凛「幸子だってわかってるんでしょ。
志希のいってることが正しいんだって妙な確信が私たちにはある」
凛「プロデューサーに協力すると決めたなら、ちゃんと覚悟しないと」
幸子「……」
杏「とかいって、これでなにもなかったらどうする?」
まゆ「その時はまゆたちのプロデューサーさんとして、
これからも一緒にいてもらうだけです」
楓「でもプロデューサーは765プロを捜し続けるのでしょうね。
見つかるまでずっと」
アーニャ「妬けてしまいますね。765プロに」
……………
…………
………
……
…
プロデューサーさん! 続きは明日ですよ! 明日!
ちひろ「これで全曲揃いましたね。
プロデューサーさんが歌ったとはいえ、
まさかたった一週間で3曲もできるなんて」
ちひろ「これが765プロの……」
P「元々は彼らが作った曲ですから。
覚えていなくても、なにか感じるものがあったのかもしれません」
ちひろ「……」
P「やっぱり、信じられないですか」
ちひろ「……いいえ。私スタジオをおさえておきますので、また後ほど」
愛梨「あれ、プロデューサーさん?」
未央「あ、ほんとだ。おーい、プロデューサー」
P「……見つかったか」
未央「なになにその恰好。なんでトレーニングウェア着てんの」
P「これからミュージカルで使用する楽曲の振り付けを
トレーナーさんに教えるんだ」
愛梨「教える?」
P「ああ、使用する楽曲の中には765プロの曲もあるから。
だからその、俺が踊って……」
未央「え、プロデューサーってダンスもできたの?」
P「みんなみたいにキレよく踊れるわけじゃないぞ。
けど振り付けは全て覚えているから」
愛梨「全て、って……」
P「765プロの曲全て。みんなの曲も全て覚えているよ」
未央「マジっ!?」
P「プロデューサーなんだ。そのくらいは覚えないと」
未央「絶句ー」
P「そろそろ行っていいか。トレーナーさんを待たせているし」
愛梨「あ、待って、写真撮らせてください。
プロデューサーさんのトレーニングウェア姿って貴重だし」
未央「いいね、いいね。三人で撮ろ。しぶりんたちに自慢しなきゃ」ウッシッシッ
P「この姿見られるの恥ずかしいんだけどな……」
……………
…………
………
……
…
莉嘉「メリークリスマス!」
美嘉「なに急に。クリスマスは来週なんだけど」
莉嘉「そうだけど、アタシ24日仕事入ってるから、
みんながいるうちにいっとこーかなーって」
未央「あぁ、そうだね。私もその日、仕事入ってるわ」
凛「未央、その写真送ってよ」
まゆ「まゆにもお願いします」
未央「ほんじゃ、ちょいと早めのクリスマスプレゼント」
杏「ていうか、その日は全員仕事入ってるでしょ。
あーっ、クリスマスくらい仕事したくなーい!」
楓「メリー苦しみマス」
幸子「いいことじゃないですか。クリスマスに仕事があるなんて」
美嘉「むしろない方がアイドルとしてヤバいでしょ」
アーニャ「でも今年はなんとかしてみんなで集まりたいですね。
アーニャたち最後のクリスマスになるんですから」
卯月「そうですね……」
未央「ね、プロデューサーにダメもとでお願いしてみようよ。
その日空けられないか」
P「無理だな」
P「愛梨と蘭子は24・5日の二日間クリスマスライブがあるし、
志希は24日が舞台の最終公演だ」
杏「はい、かいさーん」
P「唯一空けられるとしたら29日だな。それも仕事終わりになるけど」
凛「それだとクリスマスっていうより年越しの準備になるじゃん」
莉嘉「じゃぁ、みんなで年越し準備パーティーだーっ!」
美嘉「意味わからん」
卯月「いいじゃないですか。
みんなが集まれるなら年越し準備パーティーでも」
幸子「そうですね。この際贅沢はいってられません」
美嘉「名前に関しては再考の余地ありだけど」
まゆ「では、29日に年越し準備パーティー(仮)開催ですね」
アーニャ「ウダヴォーリストヴィイ。とても楽しみです」
楓「お酒、お酒」ウキウキ
未央「プロデューサーとちひろさんも時間空けといてね」
P「ああ、わかったよ」
…………
………
……
…
志希「年越し準備パーティー?」
美嘉「名前は気にしないで。クリスマスパーティーの代わりと思って」
愛梨「年越しの代わりじゃないんだ」
蘭子「して、饗宴の場はどこに?」
美嘉「それなんだけどさ……」
楓「やだやだっ! お酒飲みた~いっ!」
蘭子「……!」ビクッ
凛「わがままいうんじゃないの!
予約取れないんだから仕方ないでしょ!」
楓「やっ! 絶対やっ! お酒飲むのっ!」
アーニャ「楓、我慢を覚えましょう。
そうしないとダメな大人になってしまいます」
楓「お酒ーっ!」
杏「もう手遅れでしょ」
未央「いやー、まさか1軒も予約取れないとはねぇ」
幸子「忘年会シーズンですからね。
予約するなら1か月前から動かないと」
卯月「未成年がいるとわかると途端に渋い声出されちゃいますね」
莉嘉「7時なんてまだ全然遅い時間じゃないのに」ブー
まゆ「事務所のバーとレストランもダメでしたし、
このままお店の予約が取れないとなると……」
美嘉「――最有力候補がここってわけ」
蘭子「我らがサンクチュアリ……」
(プロデューサーのオフィスルーム)
美嘉「なんだけど、ここで飲酒なんか当然ダメじゃん。
だからあの駄々っ子(25歳)が猛反対してて」
愛梨「駄々っ子……」
美嘉「10軒以上断られてもうお手上げって感じ。
誰かいい店知らない?」
志希「予約取れるかわかんないけど行ってみたいとこならあるよん」
美嘉「いいよいいよ、どこどこ?」
……………
…………
………
……
…
未央「――それでは、幹事長・城ヶ崎莉嘉さまよりご挨拶をいただきます」
莉嘉「はいっ!」
パチパチパチ……
莉嘉「みなさんお疲れさまです」ペコリ
オツカレサマデース
莉嘉「お忙しい中集まっていただき、まことにありがとうございます。
みなさんのご協力のもと、年越し準備パーティー(仮)の
開催にこぎつけることができました」
美嘉「結局名前そのままなのね……」
莉嘉「また、お店を貸してくださった『たるき亭』のみなさまに
厚くオンレー申し上げます」
莉嘉「今宵は沢山食べて飲んで
お店に迷惑がかからないようセツドを守って楽しんでください」
楓「はーい」
莉嘉「かたくるしい挨拶は手短にといわれたので、
早速乾杯に移らせていただきます。
みなさんグラスをお取りください」
アハハ
莉嘉「お取りになりましたか。では……」オホン
莉嘉「メリークリスマス!」
一同「……メ、メリークリスマス!」
美嘉「もうわけわからん」
ワー パチパチパチ
美嘉「はーい、お皿まわしてー」
まゆ「サラダ取り分けますね」
莉嘉「見て見て、串にお肉と玉ねぎとピーマンが刺さってる。
バーベキューみたい!」
杏「バーベキューなんだよ」
未央「おっしゃー、じゃんじゃん焼いちゃうよー。
肉投下、肉投下ー」
蘭子「ククク、我が贄となる最初の供物はどれだ……」
幸子「居酒屋なのに焼肉とはこれ如何に」
志希「細けーこたー気にするなー♪」
楓「さぁさぁ、ちひろさん、沢山飲んで」ウフフ
ちひろ「楓さんは自重してくださいね」オホホ
キャッ キャッ
アーニャ「フフ、お店の予約取れてよかったですね。
楓、お酒が飲めて嬉しそう」
凛「ほんと、幸せそうな顔しちゃって」
愛梨「プロデューサーさん、ビール注ぎますね」
P「ありがとう」
卯月「ここが765プロの入っているビルなんですね」
P「まさかここを見つけてくるなんて思わなかったよ」
愛梨「志希ちゃんがここがいいって。ね?」
志希「ヤミィヤミィ」ムシャムシャ
P「ああ、そうだったな。あの時は偶然志希が通りかかったんだっけ」
幸子「あぁ、例の行き倒れの」
小川「はーい、お肉の追加でーす」ゴトッ
P「今日はありがとうございます。店を貸し切らせていただいて」
小川「いえいえ、
こっちもみなさんと写真を撮らせてもらえたうえ、
サインまでいただけましたから。
店長があんなに嬉しそうにするの初めて見ましたよ」
小川「まさかCGプロのプロデューサーさんだったなんてビックリです」
P「その節は申し訳ありませんでした。
部屋を開けてもらっておきながら、なにもいわず飛び出して」
莉嘉「部屋ってなにー?」
P「前に3階の空き部屋を見させてもらったことがあるんだ」
莉嘉「それって765プロの? アタシも見たい!」
P「見たってなにもないぞ」
莉嘉「えー、あるでしょ。Pくんの過去が」
P「……」
凛「私も見てみたいな。プロデューサーの“元”職場」
P「なんで“元”を強調する」
まゆ「ではまゆがプロデューサーさんに相応しい職場環境かチェックします」
アーニャ「765プロへかちこみですか。アーニャもおともします」
杏「どんどん変な日本語覚えてくな」
蘭子「我も加勢しよう。我が友をかけた運命の戦いに!」デーン
志希「血がたぎるわー」
楓「者ども行くわよ!」
志希・莉嘉「おーっ!」
P「おーっ! じゃない。行かないからな。お店の迷惑だろ」
小川「別にいいですよ」
P「え……」
ゾロゾロ……
P「ほんとすみません……」
小川「いえいえ。けどナムコプロってなんなんです。
確か前にもいってましたよね」
小川「どこかで聞いたことあるような懐かしい響きなんですよね」
P「……」
愛梨「きっと来年の5月になればわかりますよ」
P「そうだな……」
莉嘉「あれ、このエレベーター、ボタン利かないよ?」ポチポチ
P「ああ、それ故障してるんだ」
杏「えー、じゃぁ3階まで歩いて上るの? めんどー」
未央「いいじゃん。足腰鍛えられるよ」
杏「なら鍛えるついでに杏をおぶってってよ」
莉嘉「アタシがおぶってあげよっか!」
杏「コワいんでいいです」
P「……」
伊織『まったく、ここのエレベーターいつになったら直るのかしらね。
この階段上るの地味に疲れるのよね』
真『いいじゃない。歩いた方が足腰鍛えられるし』
美希『真く~ん、ミキを三階までおぶって~』
真『うわっ、美希、ちょ、重いって』
P「……」フッ
幸子「どうしたんですか」
P「いや、なんでもない」
テクテク ゾロゾロ……
カチッ ガチャッ
小川「どうぞ」
未央「へー、ここが765プロ。なんにもない」
P「だからそういったろ」
まゆ「これでは仕事ができる環境とはいえませんね。0点です」
凛「埃っぽい。ちゃんと掃除してるの」
杏「いじわる姑か」
蘭子「もぬけの殻とは。恐れをなして逃げ出したか」フッ
楓「戦いを放棄するとは憐れなものね」
アーニャ「やはりプロデューサーは我らのものです」
幸子「完全に悪役の台詞ですね」
P「お前ら……」
志希「ねぇ、部屋のレイアウトはどんな感じ? キミのデスクはどこ?」
P「ああ、俺のデスクは窓際にあって、その向かいに音無さんのデスクが」
小鳥『“意中の男性を落とす5つのマル秘テク”!?
ふむふむ、これでプロデューサーさんを……って、
はっ、プ、プロデューサーさん!?
し、書類のチェックお願いしますね? オホホホッ!』
P「隣には応接室兼休憩室があって、美希がよく昼寝に使っていて」
美希『あふぅ……。あ、ハニーおはようなの~……zzz』スヤァ
P「そっちにテレビとソファーがあってここによくみんなが集まるんだ。
雪歩の淹れてくれたお茶を飲みながらみんなで楽しそうに喋って」
雪歩『あ、プロデューサーもお茶飲みますか。すぐ淹れますね』
P「事務所を入ってすぐ左の部屋が社長室で、
そういえば真美と亜美が聞き耳を立てて律子に怒られてたっけ」
律子『くぅおらっ! 真美! 亜美! またそんなことしてっ!』
真美・亜美『あわわわっ、助けて兄ちゃ~ん!』
P「右は給湯室で、備え付けの棚の中には
貴音が補充したカップラーメンがぎっしり詰まって……」
貴音『らぁめんは真に美味なる食べ物。あなた様もお一ついかがですか』
P「……」
莉嘉「Pくん?」
P「そうだな。今でも鮮明に思い出せる。ここには、俺の過去がちゃんとある」
愛梨「なんだか賑やかで楽しそうな事務所ですね。
765プロが戻ったら遊びにきてもいいですか」
P「ああ、もちろん。歓迎するよ」
卯月「……」
美嘉「卯月、どしたの」
卯月「……765プロのみなさんにお願いしていました」
卯月「もう少しだけ、プロデューサーさんを貸してくださいって」
卯月「きっと、プロデューサーさんと離れ離れになって
寂しい思いをしているだろうから」
美嘉「そだね……」
未央「君たち、少しはしまむーを見習ったらどうかね」
凛「ふーん」
莉嘉「へくちっ。うー、さぶっ」
P「そろそろ戻るか」
P(次この部屋へ来るときには、きっと温かくなっている)
――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
――――
――
続きは明日でごぜーます
P「今日からミュージカルの稽古を始める。台詞は覚えてきたか」
幸子「完璧に覚えてきました!」
蘭子「呪文を覚えるよりも容易かったわ」
莉嘉「ばっちしーっ!」
未央「おっ、えらいね莉嘉ちゃん」
美嘉「アタシが無理くり覚えさせた」
杏「……」
楓「……」
志希「~~♪」ピュー ピュー
未央「先生ー、ここに覚えてきてなさそうな三人衆がいまーす」
杏「……仕事が忙しくてさぁ」
まゆ「杏ちゃんが仕事をいいわけにしても説得力皆無です」
楓「……痛風がひどくてさぁ」
卯月「えっ、楓さん痛風だったんですか?」
愛梨「やっぱりお酒の飲みすぎで……」
凛「楓さん、それリアリティーがありすぎて冗談で流せない」
志希「一度台本に目を通せば覚えられるからまだいいかなーって」
アーニャ「一度で覚えられるなんてさすがは志希です」
杏「ずるいぞギフテッド」
志希「えへっ」
P「まあ、しばらくは読み合わせがメインだから、
志希はもとより楓さんと杏ならその間に覚えられるだろ」
杏「おっ、お咎めなし?」
P「演出家さんは俺のように甘やかしてくれないからな。
それじゃあ、稽古場へ移動するぞ」
杏「杏は甘やかして伸びるタイプなのに」
楓「楓は酒を飲ませて伸びるタイプなのに」
志希「志希は好き勝手させて伸びるタイプなのに」
美嘉「全部人をダメにする要素じゃん」
………………
……………
…………
………
……
…
杏「えっ、兄ちゃんが迷子? あずさお姉ちゃんじゃなくて?」
楓「いえ、あずさはあずさで行方不明です」
志希「あずさはともかくプロデューサーが迷子って珍しいね」
愛梨「すごいなぁ、もう台本なしで台詞いえてる」
まゆ「一度スイッチが入るとまるで別人ですよね」
凛「普段はアレなのに」
幸子「いいかたー」
未央「そういえば志希にゃん、LiPPSに加入するって聞いたけど」
美嘉「あぁ、うん、そう」
愛梨「そうなんだぁ、よかったね」
美嘉(……)
――数日前――
美嘉「マジ!?」
志希「ごめんね、抜けたり入ったり勝手ばかり」
美嘉「そんな、全然いいって!
アタシ嬉しい! 志希ちゃんと一緒にユニット組めて」
美嘉「いつから入れるの?」
志希「7月からだって」
美嘉「え……」
志希「7月に次の曲をリリースするから、そのタイミングで正式加入させるって」
美嘉「でもアタシたち、5月の――」
志希「それはミュージカルが終わってからのお楽しみ。
どうなのるかは誰にもわからない。神のみぞ知る」
美嘉「……」
志希「プロデューサーはあたしたちが消えないことを願ってる。
あたしもまだ消えたくないし、もうちょっとアイドル続けたい」
志希「美嘉ちゃんたちと……LiPPSやりたい」
美嘉「……ねぇ、どうして最初参加するの辞退したの」
志希「もう、ダメなんだろうなって」
志希「別れの時が近づいてる。
だったらその時がくるまで少しでも長く、あの人のそばに……」
…
……
………
…………
美嘉「消えないように頑張る、か」
愛梨「え?」
美嘉「ううん、なんでも」
………………
……………
…………
………
……
…
P「全員揃ったな。今日から曲の練習を始める。
台本の通り、劇中にはライブパートがある」
P「今から聴いてもらう曲は
実際に765プロのアイドルたちが歌って踊っていたものだ」
未央「おぉ、なんかドキドキする……」
P「トレーナーさん」
トレーナー「はい。では一通り流しますね」
~~♪
幸子「へぇ、これが765プロの」
莉嘉「アタシ2曲目好きー」
トレーナー「それじゃぁ、全体曲から練習始めるわよ」
………
……
…
トレーナー「――オッケー。次のグループと交代。同じところから始めるわよ」
凛「ふぅ……」
まゆ「こうして実際に踊ってみると765プロの実感が湧いてきますね」
凛「……まぁね」
まゆ「……」
まゆ「凛ちゃん、ごめんなさい」
凛「……?」
まゆ「ずっと謝りたかったの。
去年、プロデューサーさんの記憶障害で
担当アイドルを凛ちゃんだけにするって話があったでしょ」
まゆ「私その時、凛ちゃんに八つ当たりを……」
凛「あぁ……。別に、気にしてない。
もし逆の立場だったら私の方がもっと口汚く罵ってた自信あるし」
まゆ(否定できない……)
志希「ふー、あつあつ、お水お水」
凛「ねぇ、志希はいつから気づいてたの。765プロのこと」
志希「んー、最初から」
凛「さ……」
志希「確信したのはもうちょい後だけど」
まゆ「どうしてそんなすぐに気づくことができたんですか」
志希「なんかこう……、ビビッときたみたいな。
前もいったけどなんの科学的根拠もないただの“勘”。
きっと765プロはあるんだろうなーって、ただそれだけ」
凛「なんか意外。志希ってそういう非科学的なこと信じないと思ってた」
志希「信じないよ」
凛「え?」
志希「けどプロデューサーのことは信じてる。
だって、あの人があたしに嘘ついたこと一度もないもん」
凛「……悔しいな。
私はプロデューサーのことなにも信じてあげられなかった。
妄想だと決めつけて、ちゃんと話を聞こうとしなかった」
凛「自分のことしか、考えてなかった」
まゆ「……」
志希「あたしだって同じだよ。
ずっと前から気づいていたのに、ただ黙って見てた」
志希「あの人と、離れたくなかったから……」
凛「……志希ってさ」
まゆ「重いですよね」
志希「二人には負けるかなーっ!」
………………
……………
…………
………
……
…
続きは明日なの
まゆ「みなさん集まりましたねぇ」
未央「集まりましたぁ……」
蘭子「淀みを感じるわ……」
アーニャ「まゆ、大事な話とはなんですか」
杏「まゆちゃんが集合かける時なんて大抵プロデューサー絡みじゃん」
まゆ「みなさん覚えていますか。
ひと月前、まゆたちはある誓いを立てましたね」
莉嘉「誓い?」
――1か月前――
幸子「みなさん、今年のバレンタインはどうします。
去年は全員で一つのチョコをプロデューサーさんに贈りましたけど」
未央「そういえばもうそんな時期かぁ」
幸子「最後のバレンタインですし、個別に渡すのもありではないかと」
志希「いいと思ーう」
莉嘉「アタシもさんせー!」
まゆ「いえ、今年も全員で一つのものを贈りましょう。
数が多いと却って迷惑になります」
莉嘉「えーっ! でもうちのクラスの男子、
女子にチョコくれーって、ちょーアピールしてくるよ。
Pくんもいっぱい貰えた方が嬉しいんじゃない?」
まゆ「大人と子どもを一緒くたに考えてはいけません。
プロデューサーさんの場合、仕事付き合いのある女性から
毎年沢山のチョコをいただいています。去年は54個でした」
未央「ひえーっ、54!」
杏「なんで数を把握してんの」
まゆ「そのうち26個が本命でした」
美嘉「なんで特定できてんの」
蘭子(こわい)
凛「でもそれって作られた過去での話でしょ。本当の過去じゃそんなに貰えて……」
凛「……もらえて」
楓「貰えてるわね、間違いなく」
杏「あの人、プロデューサーじゃなくてアイドルやった方がいいんじゃないの」
まゆ「想像してみてください。
54個のチョコを一人で食べなければいけない日々を。
毎日毎日、明くる日も明くる日も、チョコ・チョコ・チョコ……」
蘭子「うっ……」
まゆ「そしてホワイトデーにはお返しが必要です。
プレゼントにかかる費用は当然自腹です」
楓「去年だと66人分かしら。えらい出費になってそうね」
愛梨「ちょっとプロデューサーさんが可哀想になってきちゃった」
アーニャ「アーニャたちにお返しはいらないと断らなければいけませんね」
杏「ていうか、そんな食べきれないほどのチョコ貰ってるなら、
杏にいえば喜んで食べてあげたのに」
まゆ「ですから少しでもプロデューサーさんの負担を軽くしてあげるべきかと」
杏「なら贈らないのが一番いいんじゃないの」
まゆ「それは乙女的にNOです」
美嘉「そんな事情があるなら仕方ないか。
じゃ、今年も全員で一つのものを贈るってことで」
卯月「そのかわり13人分のありったけの気持ちを込めてチョコを作りましょう」
莉嘉「はーい」
未央「愛梨先生、今年もチョコ作りの指導よろしくお願いします」
愛梨「いいよ~。じゃぁまずはどんなチョコにするかみんなで決めよっか」
キャッ キャッ
まゆ(うふ、これで誰も抜け駆けできなくなったわね)シメシメ
杏(……とか思ってそう)
…
……
………
…………
まゆ「――あの日、まゆたちは密約を交わしました。抜け駆けはしないと」
杏「やっぱり狙いはそれか」
幸子「誓いから密約になってるし」
まゆ「それなのに……それを……よくも……まゆだって本当は……!」ワナワナ
まゆ「……今年、プロデューサーさんに贈られたチョコの数は72個。
そのうち本命は34個でした」
未央「大幅に記録更新してる……」
美嘉「なんで当然のように数を把握してんの……」
楓「結局出費が増えたわね。プロデューサーの台所は火の車ね」
杏「あの人高給取りだし大丈夫でしょ」
美嘉「そういう問題か」
まゆ「ここからが本題です。
今年プロデューサーさんが用意していたお返しの品は73個でした」
愛梨「73? 私たちの分はいらないから71個でいいはずだよね。
2つ余分に用意していたってことは……」
幸子「まさか、この中に抜け駆けした者がいる、と?」
まゆ「裏は取れています。
まゆたちのように多人数で一つのチョコを贈られた方は他にいませんでした」
杏「なんなのその興信所顔負けの調査力」
蘭子「こわい」
凛「で、その2人は特定できてるわけ?」
まゆ「いいえ、ですから名乗り出てほしいんです」
まゆ「なにもまゆはその方たちを咎めたいわけじゃないんです。
ただちょっとお話をさせてほしいだけなんです。
まゆのいか……悲しみをわかってほしいだけなんです」
未央「今『怒り』っていいかけたよね」
まゆ「このまま黙っていたって時間の無駄ですよ。
まゆの力を以てすれば必ず捜し当てることができるんですから」
まゆ「ねぇ、ちひろさん?」
ちひろ「……っ」ビクッ
アーニャ「ちひろ?」
ちひろ「ま、待って!
確かに私はプロデューサーさんにチョコを贈ったけど!
そもそもそんな集まりがあったなんて私は知らなかったし!」
ちひろ「私はただ同僚として日頃の感謝を込めてチョコを贈っただけでそんな――」
まゆ「とても可愛らしいラッピングをされていましたねぇ。
チョコは手作りですか」
ちひろ「……」
まゆ「あ、そういえば、
ホワイトデーにプロデューサーさんと一緒に行かれたホテルはどうでしたか。
最上階から望む夜景はさぞロマンティックで綺麗だったんでしょうね」
美嘉「ホ、ホテルッ!!?」
卯月「……///」カアッ
ちひろ「ディナーよ! ディナーを一緒にしただけ! それ以外なにもないから!」
凛「ふーん、
私たちは渋るプロデューサーを説得してお返しを断ったのに、
ちひろさんはホテルでディナーだったと」
凛「ふーん?」
ちひろ「……」ダラダラ
莉嘉「ズルーい! アタシもPくんとホテル行きたーい!」
幸子「り、莉嘉ちゃん、
そんな誤解を招きかねないことを大声でいっちゃだめですよ!」
楓「どうして私を呼んでくれなかったんですか。絶対上等なワイン飲んだでしょ」
未央「そこ?」
蘭子「……二人は付き合ってるの?」
ちひろ「付き合ってません!」
愛梨「告白したんですか」
ちひろ「してません!」
まゆ「みなさん、この辺にしておきましょう。まだ後ろに2人つかえています」
未央「え、あと1人じゃないの」
まゆ「密約の場にいた者が2人です。
ちひろさんは一番いい思いをされていたので名を挙げさせてもらいました」
ちひろ「ひどいっ!」
まゆ「残りの2人も名乗り出てくれませんか。
実はその方々に対してはそれほど怒っていません。
怒りの9割はちひろさんに対してですから。
事実確認がしたいだけです」
アーニャ「……これは」
楓「意外なメンツが揃ったわね」
志希「いやまったく」
杏「こりゃ予想外」
未央「君たちのことだぞー」
まゆ「まずは志希さんから理由を聴きましょうか。なぜこのような真似を」
志希「実験したかったんだよねー」
美嘉「実験? まさかチョコに変な薬でも混ぜたんじゃないでしょうね」
志希「惚れ薬を」
美嘉「コラ――――ッ!!!」
凛「なんてもの混ぜてんの!!!」
志希「でも失敗だったみたい。効果なかった」ハァ
美嘉「ほんっとこの子は……」
凛「ちひろさんより悪質じゃない」
まゆ「これはさすがに看過できませんね」
志希「ごめーん、許してー。完成したらみんなにも分けてあげるからーん」
まゆ・凛・美嘉「……っ」
未央「揺らぐな、揺らぐな」
凛「……で、杏の方はどんな理由」
幸子「杏さんがチョコを用意していたのは本当に意外ですね」
杏「いや、違うんだよ。
杏もまさかお返しを貰えるとは思ってなくて」
蘭子「……?」
杏「バレンタインの日、自分用のおやつに板チョコを持ってきてたんだけど――」
杏『ほれ、プロデューサー、ハッピーバレンタイン。お返しは最高級キャンディーでいいよ』
杏「――って、1ピースほど恵んであげた」
未央「せこっ!」
卯月「板チョコ1ピースの対価が最高級キャンディー……」
凛「これも結構悪質じゃない?」
美嘉「用意してくる方も用意してくる方だけど」
杏「でしょ? 杏はなにも悪くないよ。冗談を真に受ける方が――」
凛「……」
杏「――悪くないな! 杏が悪かった!」
凛「まったく」
ちひろ「誠に申し訳ございませんでした」
志希「深く反省しております」
杏「平にご容赦ください」
美嘉「どうする?」
まゆ「不問に付しましょう」
楓「あら、お優しい」
凛「いいの?」
まゆ「実害が出なかっただけよしとします。次があるかもわかりませんし」
アーニャ「三人とも命拾いしましたね」
蘭子「ではこれにて一件落着!」
ちひろ・志希・杏「はは~」
ちひろ(本当は集まりがあったこと知っていたけど)
志希(実はなにも混ぜてないんだよね)
杏(食べかけの部分をあげたっていったら怒り狂うだろうな)
まゆ「……なにか?」
ちひろ・志希・杏「なんでもない! なんでもない!」ブンブン
………………
……………
…………
………
……
…
莉嘉「お腹空いたー。なんか食べたーい」
杏・志希「みーとぅー」
美嘉「じゃぁ、ミーティングの前に腹ごしらえでもする?
プロデューサーいい?」
P「ああ、いいよ」
莉嘉「やった! なんにする? なんにする?」ピョン ピョン
未央「あれ、なんかピザみたいな匂いしない?」
愛梨「ほんとだ。オリーブとチーズの香ばしい……」
P(まさか……)
志希(くふふ……)シメシメ
凛「でも今はピザって気分でもないかな」
美嘉「わかるー。もうちょいお腹が膨れそうなのが食べたいよね」
志希「……!」ガーン
P「はは……」
卯月「出前にしませんか。美味しいって評判の中華料理店があるんです」
美嘉「……お腹が膨れるとはいったけどさ」
アーニャ「すごい量ですね」
幸子「大盛りで頼みました?」
卯月「いえ、そんなはずは……」
楓「この炒飯、一人前で三人分くらいの量はありそうね」
杏「餃子も何個あるのこれ。ひーふーみー……」
愛梨「プロデューサーさんのいうこと聞いて正解だったね。4人前で十分だって」
蘭子「恐るべきかな佐竹飯店」
まゆ「とりあえずお皿に取り分けましょうか」
莉嘉「――ではみなさん手を合わせてください。いただきます!」
イタダキマース
美嘉「うん、美味しい」
幸子「なかなか繊細な味付けをしていますね」
志希「はふはふっ!」
楓「なんだかビールがほしくなっちゃうわね。すみませーん、大ジョッキ一つー」
未央「ありませーん」
卯月「でもまさか765プロのスクール生がいるお店だったなんてビックリです。
美奈子ちゃんでしたっけ」
P「ああ、明るく家庭的な子だったよ。
そういえば回鍋肉は美奈子の得意料理だったっけ」
凛「……え、プロデューサー、その子の手料理食べたことあるの?」
P「ああ、とても美味しかったよ。この回鍋肉に負けなくらい」
凛「ふーん……。名前なんていうんだっけ。美奈子? 美奈子ね。覚えた」
蘭子(こわい)
P「――わるい、急な打ち合わせが入った。俺はすぐに出るけど、
みんなは休憩が終わったら予定通りミーティングを始めてくれ」
美嘉「え、もうちょっとなんか食べてから行きなよ」
アーニャ「沢山食べないと力出ませんよ」
P「大丈夫、十分食べたよ。
今日はもう戻って来れないけど代わりに千川さんが来るから。
それじゃあ行ってくる」
未央「行ってらっさーい」
ガチャッ バタン……
未央「……なんか、ここのとこずっと忙しそう」
幸子「まぁ、ミュージカル本番まで1か月切りましたからね」
楓「それだけじゃないわ。その後のことも踏まえて行動しているのよ」
未央「その後?」
楓「ミュージカルが終わった後。私たちが消えるのか、存在し続けるのか、
あらゆる可能性を想定して手を打っている」
楓「私たちのプロデューサーとして、
最後の最後まで責任を果たそうとしてくれている」
杏「ありがたいこって」
志希「その餃子もらってもいい?」
美嘉「だめ」
未央「今さらだけど、
こんな重大なこと私たちだけで決めちゃってよかったのかな。
他の人にも知らせるべきだったんじゃ」
杏「知らせたところで誰も信じてくれないよ。杏たちだってそうだったじゃん」
未央「それはまぁ、そうだけど……」
楓「いいんじゃないかしら。愛する人のために全てを犠牲にする。
なかなか憧れるシチュエーションじゃない」
蘭子「カッコイイ!」
幸子「ボ、ボクは別に愛とかそんな動機じゃないですからっ!」
美嘉「ア、ア、アタシだって違うしっ!」
凛「マジありえないんだけどっ!」
杏「ほんとわかりやすいな、この人たち」
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
今日はここまで。明日はお休み。土曜日の投稿で完結できるように頑張る。
P「明日、ミュージカル本番当日を迎える。
今日は早めに身体を休めて明日に備えるように」
未央「いよいよ明日かぁ」
愛梨「なんかあっという間の半年間だったな~」
美嘉「一日一日を大切に過ごそうとかいって
結局いつも通りに過ごした感がハンパない」
凛「確かに」
アーニャ「ですが、アーニャにとって
そのいつも通りの日常がなによりも大切でした。
みんなと過ごした日々はアーニャの宝物です」
莉嘉「アタシも! みんな大好きっ!」ダキッ
志希「あたしも莉嘉ちゃん大好きっ!」ダキッ
キャッ キャッ
まゆ「明日消えてしまうというのに、ほんといつも通りなんだから」
楓「不思議と恐怖感がまったくないのよね」
蘭子「運命を受け入れた我らに恐れなどあらず」
杏「正直今もピンときてないだけなんだけど」
幸子「どちらかといえば、
ミュージカルに対しての高揚感の方が大きいですね」
卯月「私もです。とても楽しみ」
美嘉「泣いても笑ってもこれが最後」
美嘉「アタシたちの、最後のステージ……」
「…………」
未央「ねね、今からさ、みんなで自分の秘密を打ち明けない?」
杏「なんで?」
未央「いんじゃん、いいじゃん。これで最後なんだし。私からいうからさ」
幸子(あ、これ自分がいいただけのパターンだ)
未央「じゃぁ、いい? いうよ?」コホン
未央「実は私、プロデューサーのことが好きでした! ラブ的な意味で!」
一同「……」
未央「ごめん、しぶりん、美嘉ねえ、まゆちゃん。
こんな強力なライバルがいたなんて驚くだろうけど……」
凛「いや、気づいてたし」
未央「……え?」
凛「え、まさか気づかれてないと思ってたの? そっちの方が驚くんだけど」
未央「え? えっ!? えぇっ!!? うそっ! なんで!?」
美嘉「なんでって、見てればわかるし」
未央「いつから!?」
まゆ「だいぶ前から」
凛「去年の夏みんなで海に行ったじゃん。その時の未央の水着姿を見て私は確信した」
美嘉「あー、確かにあの水着はヤバかった。未央らしからぬかなり攻めた水着だった」
まゆ「着ていた本人も顔真っ赤でしたね」
凛「ずっとプロデューサーのそばにいて離れようとしないし、
『私を見て』アピールが露骨すぎて見てるこっちがいたたまれなかった」
美嘉「まさか未央があんな露骨な方法で男を誘惑しようとはねぇ」
まゆ「単純ですけど男性には効果抜群なんですよね。
未央ちゃんスタイルいいですし。
実際プロデューサーさんも少したじろいでいました」
未央「……」
未央「今すぐ消えてなくなりたい」
蘭子「明日まで待たれよ」
未央「はいっ、次はしぶりんの番!」
凛「え、じゃぁ、私もそれで」
未央「それでってなに!? そんなの公然の秘密じゃん!」
凛「でも公言はしてなかったし」
未央「ズルい! 他の秘密を晒しなさいよ!
これじゃぁ私が生き恥かいただけじゃん!」
凛「いやそれ未央が勝手に自爆したんじゃん」
まゆ「そもそもここにいる全員プロデューサーさんのことが好きですよね」
未央「……え」
美嘉「まぁ、そうでしょ」
未央「うそっ! マジッ!? しまむーも!?」
卯月「え……、は、はい……///」カァッ
未央「アーニャは!?」
アーニャ「好きですよ」
未央「とときんは!?」
愛梨「好き~」
未央「……」パク パク
凛「いや、その三人かなりわかりやすく好意示してたから」
美嘉「女にあるまじき鈍さね」
まゆ「なんだか未央ちゃんがあまりにも不憫なので、
他のみなさんも一応告白しませんか」
莉嘉「ハーイ、アタシもPくん好き~。絶対結婚するんだ~」
アーニャ「結婚するのはアーニャですよ」
まゆ「まゆですよ?」
凛「は? 私だし」
美嘉「早速始まったよ」
幸子「ボクもプロデューサーさんが好きです!
プロデューサーさんを想う気持ちは誰にも負けませんよ!!」
凛「声おっき」
杏「あ、プロデューサー、お疲れー」
幸子「え゛っ! わ――――っ!!
ち、違いまっ、今のは違いますっ! いや違わなっ……! ///」アワワワッ
杏「うっそー。ここ寮なんだからいるわけないじゃん」ウッシッシッ
幸子「…………」
蘭子「魂が抜けてる」
凛「幸子で遊んでないで杏も告白しなよ」
杏「杏はべつに好きじゃないもーん。
まぁ、養ってくれるっていうなら今すぐ婚姻届け持ってくるけど」
美嘉「やっぱ好きなんじゃん」
杏「違いますー。ただ一緒にいたいだけでーす」
アーニャ「杏も素直じゃないです」
蘭子「わ、我も、わがと、とっも……」プルプル
蘭子「ぷ……ぷろでゅぅさぁがしゅきぃ~ ////」プシュ~
美嘉「オッケー。頑張った頑張った」
蘭子「こっ、これは禁断の呪文! 未熟な者が唱えれば呪いが返ってくる!」
(とっても恥ずかしかった!)
凛「うんうん、そうだよね。わかるわかる」
楓「うっうー! 私もプロデューサーが大好きですーっ!」
杏「なんで急にやよいちゃんモード?」
アーニャ「面妖な」
楓「照れ隠しかなーって」
美嘉「楓さん、二度とやよいちゃんの真似をしないで」
未央「はい、最後はしきにゃんだよ」
志希「あたし? あたしもやよいちゃんモードでいっていい?」
美嘉「だめ。したら許さない」
志希「にゃはは、参ったな。ちょっと恥ずかしい」
志希「……」
志希「あたしもプロデューサーが好き」
志希「本当は765プロなんかどうだっていい。
明日のミュージカルだって投げ出してやりたい」
志希「でも、あの人の泣いてる姿はもう見たくないんだ」
凛「……」
未央「誰か告白する?」
美嘉「しないしない」
幸子「返事もわかりきってますしね」
ちひろ「あらみんな、まだ起きてたの」
卯月「ちひろさん」
愛梨「最後の女子会を開いていました」
未央「あっ、そうだ、ちひろさんも告白して!」
ちひろ「告白?」
美嘉「今好きな人暴露大会してんの」
未央「ちひろさん実はプロデューサーのこと好きなんでしょ!」
ちひろ「そうだけど?」
未央「えっ」
ちひろ「それがどうかしたの?」
未央「……この人動じない」
蘭子「強い」
ちひろ「ほらみんな、そろそろ休みなさい。明日に響くわよ」
凛「そういえばちひろさんはどうして765プロのこと信じる気になったの」
ちひろ「一番765プロの存在を信じたくないあなたたちが信じたんだもの。
それなら私も信じてみようって」
ちひろ「明日のミュージカル、必ず成功させましょう」
………………
……………
…………
………
……
…
――ミュージカル当日――
加蓮「おーい、凛ー」
奈緒「おーっす」
凛「加蓮、奈緒」
加蓮「アンタ感謝しなさいよ~。
こんな豪華なアンサンブルキャストなんて滅多にないんだから。
次アタシたちが主役のミュージカルがあったら
うんとこき使ってやるんだから覚悟しなさいよ」
凛「ふふ、わかった」
きらり「きらり、今日のミュージカルとぉーっても楽しみにしてた!
みんなの力でぜぇーったい成功させるにぃ☆」
みりあ「みりあも頑張るーっ!」
莉嘉「アタシもちょー頑張るーっ!」
杏「おーおー、若者は血気盛んなこって」
藍子「未央ちゃん、ポニーテールとっても似合ってるよ」
茜「結わえた髪が元気に揺れてめっちゃイイ感じですよー!」
未央「そ、そう? 私ここまで髪長くしたことないから結構違和感が」アハハ
美穂「う~、緊張する~。ミスしちゃったらどうしよう……」
卯月「大丈夫、美穂ちゃんならできるよ」
響子「うん、あれだけ練習したんです。自分を信じて!」
乃々「もりくぼも緊張しすぎてむぅりぃ~。机の下に帰りたぁい……」
美玲「ビビるなって! ライブと同じでなんか楽しんでりゃ成功するって!」
幸子「なんたるアバウト」
まゆ「乃々ちゃん、まゆたちがついています。一人じゃないですよ」
小梅「うん、この子たちも一緒に頑張ろうって」
輝子「この子たちって……どの子たち?」
小梅「ほら、幸子ちゃんの後ろの」
幸子「え? ボクの後ろって誰もいない……」
一同「……」
キャーッ
飛鳥「存外セカイとは単純なのかもしれないね。
なにせ歌い踊ることで物語を紡ぐことができてしまうのだから」
蘭子「そう、セカイを混沌に陥れているのは私たち。
ただそれに気づいていないだけ」
飛鳥「ならばボクたちが示してあげるんだ。
セカイはこんなにも簡単で、光に満ち溢れていることを……」
フレデリカ「よーし、うえきちゃん役頑張るぞー」
美嘉「そんな役はない!」
奏「今からサメに襲われるシーンが待ち遠しいわ」
美嘉「そんなシーンもない!」
周子「どれ、ちょっくら売店で八つ橋売ってくるか」
美嘉「公演もう始まるから!」
志希「みんな頑張って! あたし客席からみんなのこと見守ってる!」
美嘉「アンタはメインキャストでしょうが~っ!」
P「――みんな、時間だ」
楓「さぁ、渋谷凛グになりましょう」
美嘉「ごめんねー、円陣組みましょーって意味だよー」
ゾロゾロ……
美嘉「メインキャストは真ん中ー」
愛梨「莉嘉ちゃんこっちだよ~」
莉嘉「狭ーい」
杏「ちょいちょい通して通して」
楓「みなさーん、渋谷凛グになりましたかー」
ハーイ
凛「それやめてー」
未央「みんなー、しまむーにちゅーもーく!」
アーニャ「卯月」
卯月「はいっ」
卯月「みなさんよろしくお願いします。
力を合わせて最高のミュージカルにしましょう。
それではいきますよ」
卯月「すぅ……」
卯月「CGプロー……ファイト―!!」
一同「オーッ!!!」
ワー パチパチパチ
「キャストのみなさんはスタンバイお願いします」
幸子「プロデューサーさん、それでは行ってきます」
まゆ「まゆのこと、片時も目を離さないでくださいね」
蘭子「しかと括目せよ!」
P「ああ、みんなのことちゃんと見てるよ。行っておいで」
一同「はいっ!」
『ただいまより、ミュージカル“アイドルマスター”を開演いたします――……
……………
…………
………
……
…
『これにて、ミュージカル“アイドルマスター”は閉演いたします。
ご来場、誠にありがとうございました――』
パチパチパチ……
愛梨「みんなお疲れさま~、ありがと~」
かな子「おめでと~、大成功だったね~!」
雫「すっごく楽しかった~!」
美波「お客さんの反応すごくよかったし、公演数増やしてもいいんじゃないかな」
みく「うん、一度きりの公演なんてもったいないにゃ!」
アーニャ「……そうですね」
ちひろ「メインキャストのみなさんは楽屋に集まってくださーい」
楓「……それじゃぁ、行ってきます」
瑞樹「ええ、打ち上げの席でまた会いましょう」
早苗「たらふく飲むぞー!」
楓「……」
タッタッタッ…… ガチャッ
莉嘉「Pくん、生きてる!?」
P「えっ、う、うん、生きてるよ」
莉嘉「よかった~」
未央「公演中にポックリいかれたらどうしようかと思ったよ」
美嘉「病気で死ぬみたいにいわないで」
P「みんな、あらためてお疲れさまでした。最高のミュージカルだった」
杏「そりゃよかった」
未央「これで……終わりなのかな」
楓「でしょうね」
美嘉「じゃ、最後に一言ずつ別れの挨拶して終わりにしよっか。
それくらいの猶予はあるでしょ」
卯月「プロデューサーさん、1年間お世話になりました」
未央「短い間だったけど楽しかったよ。元気でね」
杏「あんまり頑張りすぎないでね。杏くらいがちょうどいいんだから」
美嘉「今までありがと。765プロのみんなによろしくね」
莉嘉「バイバイ、Pくん。アタシをプロデュースしてくれてありがと。
Pくんののおかげで毎日がキラキラだった」
まゆ「どうかお元気で。
まゆはプロデューサーさんをいつも見守っています」
幸子「さようなら、プロデューサーさん。
世界一カワイイボクをプロデュースできて幸せでしたね。
……そうですよね?」
愛梨「時々でいいから、私たちのことを思い出してください」
蘭子「うむ、忘れてはならぬぞ、我らがいたことを」
アーニャ「忘れたらオバケになって出てきます」
楓「オクトバーフェストの夢はプロデューサーに託します」
志希「……ばいばい」
ちひろ「一年間お疲れさまでした。あなたは素晴らしいプロデューサーでした」
未央「ほら、しぶりんも」
凛「……」
P「……」フッ
P「みんな、今日までありがとう。みんなと出会えて本当によかった。
みんなのこと、絶対に忘れない」
P「凛も、ありがとう」
凛「……」コクッ
P「それじゃあ」
凛「プロデューサー、す――――
――――――――
―――――――
――――――
― ― ―
…………
……
…
春香「千早ちゃん?」
千早「春香、おはよう」
春香「おはよう。どうしたのこんな朝早くに。もしかして千早ちゃんも事務所に?」
千早「ええ、そういう春香も?」
春香「うん。せっかくのオフだけど家にいても落ち着かないし、
友達と遊んでいても心から楽しめないし、
なんか、自然と事務所の方へ足が向いちゃうんだよね」
千早「そう……」
千早「もう、一年になるのね。プロデューサーがいなくなってから」
春香「……」
小鳥「あら」
春香「おはようございまーす」
千早「おはようございます」
小鳥「おはよう。どうしたの、今日は二人ともオフだったわよね」
春香「なんだか家にいても落ち着かなくて、
ちょっと事務所にお邪魔させてもらおうかなぁって」
千早「迷惑のかからないようにしますので、いさせてもらえませんか」
小鳥「それは構わないけど……」
カチッ ガチャッ
小鳥「……!」
ドサッ
春香「小鳥さん? 鞄落としましたよ」
小鳥「プロデューサーさん……」
春香「え……」
千早「……!」ハッ
P「……」
春香「プロデューサーさん!!」
…………
………
……
…
P「……」パチッ
P「……」
P「……!」
P「はっ」ガバッ
P「ここは……病院……?」キョロキョロ
P「どうなったんだ、みんなは……」
――ガチャッ
P「……!」
春香「……!」
P「は、春、香……?」
春香「……っ」ブワッ
春香「うっ、うぅ……」
千早「春香、もう少ししたらみんなもこっちに来――」
千早「……!」
P「……!」
千早「プロデューサー……」
P「あ……」
タッタッタッ――
「何号室!?」
「502号室!」
「早く早くっ!」
「コラッ、病院は走らない!」
「あった、ここだ――!」
――ガチャッ!
P「……!」
一同「……!」
美希「ハニ~~~ッ!!」ガバッ
P「わっ、み、美希!?」
真美・亜美「兄ちゃ~~ん!!」ガバッ
P「真美、亜美?」
やよい「プロデューサ~、よがっだ~!」ウワーン!
伊織「このバカッ! 今までどこほっつき歩いていたのよっ!」
響「すっごく心配したんだからねっ!」
律子「あんたたち病院は静かにしなさい!」
貴音「律子嬢もお静かに」
雪歩「プロデューサー……」グスッ
真「はは、ほんとにプロデューサーだ……」
あずさ「プロデューサーさん……」ウルッ
P「みんな……」
高木「キミ……」
P「社長……」
P「――俺が、一年もの間、行方不明……」
伊織「そうよ。水瀬の総力を挙げて世界中捜し回ったんだから」
P「それで今朝、事務所で倒れていた俺を春香たちが発見し、現在に至ると……」
P「美希、いいかげん離れてくれ」
美希「やっ! 絶対離さないの!」ギュッ
P「……警察に捜索願を届け出なかったのか」
律子「もちろん出しましたよ。
けど、事件性は薄いと判断されて捜査までには至らず」
P「世間に公表は」
高木「していない。
本当は会見を開いて広く情報を募ろうとしたんだが、
キミのご両親に固辞されてね」
高木「『息子なら必ず帰ってくる』と、そう仰られていたよ」
P「そうですか……」
貴音「この一年間、どこでなにをなされていたのか、
本当に覚えていらっしゃらないのですか」
P「……ああ、覚えていない」
響「自分たちがどんな活動をしていたのかも?」
P「全く知らない」
真「でも去年起きた世の出来事は知っているんですよね」
P「多少なりの記憶違いはあるだろうけどな。
概ね、みんなの記憶と一致していると思う」
雪歩「不思議ですね。
そんなピンポイントで記憶を失くしちゃうなんて」
真美「そっか。兄ちゃんは知ってはいけないことを知ってしまったんだね……」
亜美「謎の組織に拉致され、記憶を抹消されてしまったと……」
やよい「知ってはいけないことって?」
真美「それはぁ……あれだよ。
やよいっちがもやし炒めに使う秘伝のタレとか」
やよい「別に秘伝じゃないよ? スーパーで売ってる普通のソースだもん」
P「それにしても真美も亜美も一年見ない間に随分と大人びたな。驚いたよ」
真美「でっしょー? 真美、育成に大成功ー! って感じだよー。
これは将来あずさお姉ちゃんを超える器かもしれんね」
亜美「兄ちゃんを悩殺できる日も間近だぜぇ」
美希「ハニー、ミキは? ミキもグッと大人っぽくなったでしょ?
もう15歳だよ? 結婚する?」
P「しません」
真「プロデューサー、ボクはどうですか。
前より女の子っぽくなったと思いません?」
P「ああ、真、髪伸ばしたんだな。ボーイッシュな印象が大分薄れたよ」
真「でしょ! 本当はもう少し伸ばしたいんですけど
みんなに止められているんです」
美希「だってそれ以上伸ばしたら王子さま感なくなっちゃうもん」
雪歩「うん、真ちゃんは今くらいが丁度いいよ」
P「あずささんはショートに変えたんですね。思い切りましたね」
あずさ「はい、自分では結構気に入っているんですけど、どうでしょうか」
P「もちろん似合っています。伊織もそのヘアスタイル似合っているよ」
伊織「当然じゃない」
P「律子のそのスーツ姿は」
律子「申し遅れました。
私、765プロダクション・プロデューサーの秋月律子と申します」
P「完全にアイドルから転向したんだな」
律子「あなたがいないのに誰がこの子たちをプロデュースするんです?」
P「律子一人でみんなを見ていたのか。よく一人で持ち堪えたな」
律子「もちろん私一人の力ではありません。
社長が、小鳥さんが、アイドルのみんなが協力してくれたおかげです」
高木「律子くんも新米プロデューサーとは思えない働きをみせてくれてね。
キミの抜けた穴を見事に埋めてくれたよ」
P「へぇ、すでに俺を追い抜いたんじゃないか」
律子「まさか。周りの助けがなかったらすぐ潰れていましたよ」
P「それは俺だって同じさ。よく頑張ったな、律子」
律子「ま、まぁ、どうも……//」
美希「でも律子、オニみたいに厳しいの。ミキはやっぱりハニーがいいの」
律子「律子?」
美希「さん」
P「スクール生のみんなは今どうしています」
高木「765プロ所属アイドルとして元気に活動しているよ」
P「無事全員と契約できたんですね」
亜美「そうだ、聞いて聞いて兄ちゃん。亜美ね、今、
いおりんとあずさお姉ちゃんと一緒にユニット組んでんだよ。
『竜宮小町』っていうの」
亜美「捕まってた謎の組織で聴かなかった? 『SMOKY THRILL』って曲。
知らぬが~♪」
伊織「こら、病院で歌わない」
律子「みんな、そろそろ時間よ。もう行かないと」
P「仕事か」
律子「はい、みんな仕事の合間を縫ってここに駆けつけたもので。
春香と千早はオフですけど」
千早「プロデューサーがお疲れなら私たちも帰ります」
P「いや、至って元気さ。なんなら今すぐ退院して事務所へ戻りたいくらいだ」
律子「だめですよ。精密検査して健康状態が確認できるまでは退院させませんから」
伊織「うちのボディーガードもつけておくわよ。
本当に誘拐されていた可能性もあるんだから。
用がある時は彼らを呼びなさい」
あずさ「それではプロデューサーさん、失礼します」
雪歩「ほら、美希ちゃんも行こ」
美希「やっ! ミキもここに残るの!」
真「響、美希をプロデューサーからはがすの手伝って」グイッ
響「ほ~ら美希~、仕事の時間だぞ~」グイッ
美希「あ~ん、ハニ~ッ!」ズルズル……
P「相変わらずだな。なんか、戻ってきたって実感するよ」
春香「あはは」
P「二人は元気だったか」
春香「はい、とっても元気に――!」
春香「…………元気な、振りをしていました」
P「……」
春香「プロデューサーさんならきっと大丈夫、必ず戻ってくる、
そう信じてこの一年間頑張ってきました」
春香「でも、ふとした時にやな想像しちゃって、
プロデューサーさんが危険な目にあっていたらどうしよう、
二度と会えなくなったらどうしようって」
春香「そう思うと不安で、心配で、胸が苦しくてっ……!」ボロボロ
P「春香……」
春香「私、わだぢっ、
プロデューサーさんが無事に戻っでぎでぐれで本当によがっだ~」ウアーン
千早「春香、泣きすぎ」
P「ごめんな、心配をかけた」
P「俺も、みんなとまた会えて本当に良かった」
………………
……………
…………
………
……
…
――ガチャッ
小鳥「お帰りなさい、プロデューサーさん」
P「ご無沙汰です、音無さん。ただいま戻りました。
今まで大変な心配と苦労をかけました」
小鳥「いえっ、プロデューサーさんがご無事でっ、本当にっ……!」ブワッ
春香・雪歩・やよい「うえ~~」
伊織「なんであんたたちも泣くのよ」
亜美「兄ちゃん、こっちこっち」
亜美「紹介するね。765プロの新しい仲間のみさきちだよ」
美咲「初めまして。今年の春に入社した青羽美咲です。
主に劇場の事務員としてみなさんのサポートをさせていただいております」
P「話は聞いています。これからよろしくお願いします、青羽さん」
美希「美咲すごいんだよ。ライブの衣装作ってくれるの」
貴音「職人と見違えるほどの腕前です」
伊織「明らかに就職先間違えてるわよね」
律子「こら」
美咲「いえ、もともとかわいい衣装を着るアイドルが大好きでしたから。
765プロに就職できて本当によかったです」
真美「どーお、兄ちゃん。1年ぶりの事務所は」
P「……空っぽじゃない」
真美「え?」
P「いや、全てが懐かしいよ。なにも変わってないな」
律子「プロデューサーのデスクもそのままにしてありますよ」
小鳥「やよいちゃんが毎日、プロデューサーさんのデスクを拭いてくれたんですよ」
P「ありがとな、やよい」
やよい「えへへ、プロデューサーがいつ戻ってきてもいいように、
ピカピカにしておこーって」
P「……!」スッ
あずさ「それ、企画していたミュージカルの台本ですね」
雪歩「そういえばミュージカルの話をした翌日でしたね、
プロデューサーがいなくなったのは」
響「確かその台本ってところどころ台詞が抜けてて、
後半はページ全部真っ白だったよね」
P「……」ペラッ
千早「でもこれ、ちゃんと台詞が書かれていますね。
白ページもないみたい」
真「別の台本ですか」
P「……わからない」
P「『企画していた』ということは、このミュージカルはやらなかったのか」
律子「はい、永久凍結にしました」
P「なんでまた」
律子「大切な者を失くすのは、もうこりごりですから」
………………
……………
…………
………
……
…
P(どうやら世界は元に戻ったらしい)
P(この世から、CGプロの痕跡が跡形もなく消えている)
P(あらゆる情報媒体を調べてもCGプロに関する情報は一切見つからず、
CGプロのビルや女子寮が建っていた敷地には全く別の施設が建っていた)
P(家の写真立てに飾っていた凛のシークレットライブの集合写真は、
765プロのみんなで撮った花見の集合写真に戻っていた)
P「律子、シンデレラガールズプロダクションって知っているか」
律子「いえ……、初めて聞きますけど、芸能プロダクションですか」
P「いや、知らないならいいんだ」
P(俺は大切な者を取り戻し、そしてまた、大切な者を失った)
P(だが不思議と寂しくはなかった)
P(必ずあいつらとまた会える。なぜかそんな気がしてならなかった)
………………
……………
…………
………
……
…
未来『みんなーっ、ありがとーっ! また会おうねーっ!』
ワァーッ!
未来「プロデューサーさーん!」
加奈「どうでした? 私たちのステージ」
P「よかったよ、正直驚いた。
スクール生だった頃とは比べものにならないくらい、
歌もダンスも上手くなっている。二人とも成長したな」
未来「でへへ~」
加奈「えへへ~」
静香「プロデューサー」
志保「二人を甘やかさないでください」
未来「はっ! 静香ちゃん!?」
加奈「志保ちゃん!?」
静香「未来、あなたまたBメロの出だしを右足から始めたでしょ。
Bは左足からだって何度間違えれば気が済むの」
志保「加奈、サビの音程が外れていたわよ。
気持ちよくなるとすぐ周りの音が聴こえなくなるんだから」
静香・志保「帰ったら反省会よ」
未来・加奈「あわわわっ」
P「はは……」
P「しかし本当に『見ないうちに』ってやつだな。
まさかここまで力をつけているとは思わなかったよ」
律子「去年はとにかく場数を踏ませましたからね。
ライブの数でいったら春香たちよりも多いくらいです」
律子「あの子たちもあなたの帰りをずっと待っていました。
あなたが帰ってくるまでにうんと力をつけて驚かせてやろうって」
P「……それなら、彼女たちの努力に報いなければいけないな。腕が鳴るよ」
律子「期待していますよ、プロデューサー殿」
……………
…………
………
……
…
P「どうだった、ここのラーメン」
貴音「真に美味しゅうございました。黄金色に輝くスープはまさに絶品。
東京の名高いらぁめん店は全て網羅したと思っておりましたが、
まだ私の知らぬ名店があるようですね」
P「連れて来れてよかった。
偶然通りかかった時にここを見つけたんだ」
貴音「それはいつの話で」
P「えっ…と、いつだったかな。だいぶ前だったから覚えてないな」
貴音「……あなた様がいなくなる前、私たちは東京中のらぁめん店を巡りました。
二人で調べ上げ、知り得た情報を共有し、そこに齟齬はなかったはず」
貴音「それなのに、私は今日までここのらぁめん店を存じておりませんでした」
貴音「あなた様の仰る『だいぶ前』とは、
あなた様がいなくなった『後』の話ではないでしょうか」
P「……敵わないな、貴音には」
貴音「やはり、覚えておられていたのですね」
P「貴音は知っているんじゃないのか。俺がこの一年、どこでなにをしていたのか」
貴音「あなた様は少し、私を誤解されているようですね」
貴音「確かに私は謎多き乙女と自負しておりますが、
なにも不思議な力が備わっているわけではありません」
貴音「もしかような力が備わっていたのなら、このような事態にさせておりません」
P「それもそうだな」
P「……いろいろあったんだ。面妖なことが」
貴音「どうやらそのようで。無理に真相を聞き出すことは致しません。
誰しもトップシークレットの一つは持っているもの。
時には明かさず、胸のうちに秘めておくことも大切です」
P「……ありがとな、貴音」
貴音「では、もう数軒梯子しましょうか」
P「えっ」
………
……
…
貴音「ふぅ、お腹と心が満たされました。
こうして再びあなた様とらぁめんを食べることができて、
私は大変嬉しく思っておりますよ」
P「……俺もだよ……」ウップ
貴音「夜風が涼しいですね。ゆっくり歩いて帰りましょうか」
P「あ、ああ」
P(……ん)
P(花屋がある)
――今、似合わないって思ったでしょ
P「……」
貴音「どうされました」
P「いや、なんでもない。行こう」
P(まさかな。いるわけがない)
「……」
「ねぇ、ちょっとそこの花器運ぶの手伝って」
「……うん」
………………
……………
…………
………
……
…
律子「プロデューサー、以前よりもタスク管理が上手くなっていません?」
小鳥「ほんと、ブランクがあるとは思えない仕事ぶりですね」
P「そ、そっか? 一年分の遅れを取り戻そうと必死なだけだよ」ハハ……
高木「キミたち、私の部屋まで少しいいかね」
P・律子・小鳥「はい」
真美・亜美「……んっふっふ~」キラーン
真美「……」ピターッ
亜美「……」ピターッ
貴音「真美、亜美、また社長室に聞き耳を立てて。
律子嬢に気づかれたら雷が落ちますよ」
響「聴診器まで持ち出してやりすぎだぞ」
亜美「ちっちっち。聴診器は最先端のトレンドアイテムなんだぜ。
アイドルたるもの流行にビンカンでなくてはいけませんなー」
貴音「なんと、それは真ですか」
響「真じゃないぞ」
真美「……えっ、兄ちゃんが346プロに?」
貴音・響「……?」
P「わかりました、では俺が――」
ドア バーンッ!!!
一同「だめ~~~っ!!」バタバタバタッ
P「……!」ビクッ
春香「反対! 絶対に反対ですよ、反対!」
伊織「一体なに考えてるのよ!
プロデューサーを346プロに移籍させるなんて!」
あずさ「そんなこと、私たちは到底受け入れられません!」
雪歩「せっかくみんな揃ったのに……」
美希「ハニーが346プロに行くならミキもついていくの!」
ギャー ギャー
高木「キミたち落ち着きたまえ、誤解しているよ。
一時的に346プロのプロデューサーになってもらうんだよ」
響「一時的?」
高木「346プロが新しくアイドル事業に進出することになってね。
その新人アイドルたちを期限付きで彼にプロデュースしてもらうんだ」
一同「……」
真「じゃぁ、プロデューサーが765プロを辞めるわけじゃないんですね」
P「辞めないよ」
亜美「な、なんだ、もー、驚かさないでよー」
真美「まったく人騒がせですなー」
伊織「それはあんたたちよ」
律子「真美、亜美、また盗み聴きしていたわね」
真美・亜美「……逃げろー!」ピューッ
律子「くぉらっ、待ちなさーいっ!」
千早「あの、どういった経緯で346プロのアイドルを?」
高木「実はかつてない大規模なフェスが計画されていてね、
今回はそこに複数の事務所からなる
スペシャルユニットを参加させたいと思っている」
高木「まだ確定ではないが、
我が765プロと283プロ、そして346プロの3社で組むことになる」
真「283プロって確かそこも新しく出てきた事務所ですよね」
高木「うん、新興ながら今一番勢いに乗っている事務所だね。
キミたちに引けを取らない実力を備えたアイドルたちが沢山いる」
伊織「そんな中に346プロのアイドルを混ぜて大丈夫なの?
デビューすらまだなんでしょ」
高木「フェス開催はちょうど一年後。
それまでにキミたちと同じステージに立てる力をつけてもらう」
伊織「たった一年で?」
高木「現にキミたちは一年でトップアイドルを目指せる位置まで上り詰めた。
そしてそのアイドルを育てたプロデューサーがここにいる」
千早「プロデューサーの腕が確かなのは
プロデュースをされている私たちが一番よくわかっています」
千早「けど、プロジェクトのためとはいえ、
ライバル事務所のアイドルを育てる義理はないと思いますけど」
響「同感だなー。ペットは責任持って自分で育てないと」
真「ペットじゃないし」
高木「キミたちのいいたいこともわかるがこれもアイドル界を盛り上げるた――」
伊織「ビジネスのためだってはっきりいえば?」
高木「……うん」
伊織「ま、別にいいじゃない。会社の利益になるなら」
千早「水瀬さん、結構ドライなのね」
伊織「現実を見ているだけよ」
美希「ミキはヤだな。
やっとハニーが戻ってきたのにプロデュースしてもらえないなんて」
P「大丈夫、みんなのこともちゃんとプロデュースしていく。
一緒にいてやれる時間は確かに少なくなるけど、今は律子だっているし」
P「それに純粋に楽しみなんだ。
ライバル事務所のアイドル同士でユニットを組めることが」
P「美希やみんながその中でどんな輝きを放てるのか見てみたいんだ」
美希「……」
高木「向こうのアイドルをうちで預かるかたちになるから、
彼と会えなくなるわけではないよ」
美希「……浮気しちゃだめだからね」
高木「早ければ来週からプロデュースが始まる。
顔を合わす機会もあるだろうから仲良くしてあげてほしい」
春香「どんな子たちなんだろうね」
やよい「会えるのが楽しみですねー!」
…………
………
……
…
律子「本当に引き受けちゃってよかったんですか。
うちのアイドルだけでも51人いるのにさらに13人ですよ。
ちゃんとプロデュースしていけるんですか」
P「なんなら律子もアイドルに復活していいんだぞ」
律子「茶化さないでください」
P「わるい。だがみんなを信頼しているからこそ引き受けたんだ」
P「今回の件で俺がいなくてもみんなは成長できることを証明してくれた。
俺の力なくしてもトップアイドルを目指していける」
律子「……なんか、別れ際の台詞みたいに聞こえるんですけど」
P「俺が想定していた以上に律子の腕が確かだったってことだ」
律子「……」
P「今年は律子のやりたいようにプロデュースしてみるといい。
俺が全力でバックアップするから」
律子「あ、ありがとうございます……//」モジモジ
律子「そ、それにしても346プロのアイドルってどんな子たちなんでしょうねっ!」
P「かなり個性豊かな面々と聞いているけど」
律子「個性でうちのアイドルたちの右に出る者なんていないと思いますけど」
P「確かに」クスッ
………………
……………
…………
………
……
…
――ガチャッ
P「お疲れさまです、ただいま戻りました」
小鳥「あ、お帰りなさい、プロデューサーさん。
ちょうどいいタイミングで戻りましたね」
P「……?」
小鳥「つい先ほど、346プロのアイドルたちが到着したところです。
みんな社長室にいますよ」
P「そうですか、どんな子たちだろ」
小鳥「プロジェクト資料も届いてますけど見ます?」
P「ありがとうございます」
P「……」ペラッ
P「……!」
――コンコン ガチャッ!
P「失礼します!」
高木「おお、キミか」
高木「ちょうどいい、紹介しよう。
彼がキミたちを担当するプロデューサーだ」
「ふーん、アンタが私たちのプロデューサー?」
――――まぁ、悪くないかな
おわり
長いことお付き合いしていただき誠にありがとうございます
お暇なら大分昔に書いたこっちもよろしく
↓
春香「ムラムラするなぁ」
美希「神さま、お願いします」
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