【シャニマス】凛世「紅く染まるは、川と頬」 (66)



凛世(それは……ある季節の、お話でございます)

凛世(──夏は既に遠く)

凛世(──冬は未だ遠い) 

凛世(そんな……)



凛世(美しい、秋のことでした)



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~事務所~


(シャニ)P「ほら、凛世。これが資料」

凛世「はい……ありがとうございます」


ペラッ


凛世「……」ジーッ

凛世「美術館での、撮影……」

P「『芸術の秋に、美術館へ足を運んでみませんか?』なんてテーマの旅番組だ。そのメインキャストとして起用したいってことでさ」

凛世「旅番組……それでは……遠方でのお仕事に?」

P「んー、泊まり掛けで収録になるだろうな」

凛世「はい……」

P「俺もいるから、心配しなくて大丈夫だ」

凛世「プロデューサーさま……同行して、頂けるのですか?」

P「折角だから二人で前日入りして、美術館の予習をしてからロケに臨もうと思うんだけど。どうかな?」

凛世「はい……! それはとても……心強く思います」フフ


凛世「……」


凛世(プロデューサーさまとの、二人だけでの遠出)

凛世(漫画にあった……"旅行でぇと"のようでございます) 


凛世「心浮き立つ……夢のような予定、なのに──」


凛世(胸の隅で、不安が息を潜めるのは)

凛世(夏雲が……脳裏をよぎる為でありましょう)


凛世「……」

凛世「紫に、してしまえたら……よいのに」


~撮影前日・駅~


P「……」


タッタッタ


凛世「プロデューサーさま……お待たせ致しました」

P「おはよう、凛世。俺も今来たとこだ」

凛世「!」

凛世(この会話は……でぇとでお決まりの、やり取りでございますね……!)ドキドキドキ

P「凛世?」

凛世(凛世は、少女漫画で……学んでおります……)フッ

P「おーい、凛世? そろそろ行くよー」

凛世「はい……只今」

~新幹線・車内~


ガタンゴトン


凛世「それにしても……」

P「ん?」

凛世「この距離を、新幹線で移動というのは……珍しいのではないでしょうか……?」

P「あー、確かに。この遠さならいつもは飛行機使うもんなぁ」

凛世「何か……お考えが?」

P「ほら、今回の番組はスポンサーが鉄道会社なんだよ」

凛世「……? はい」

P「新幹線での旅行がどんなものか、経験しとくのも良いかと思ってさ」

凛世「ふふ……お気遣い頂き、感謝いたします」

──
────
──────

ガタンゴトン


P「……zzz」

凛世「ふふっ」


凛世(プロデューサーさまの仰るとおり……新幹線での旅行も、良いものです)

凛世(お慕いする方の、安らかな寝顔と……流れゆく景色を、眺めていられるだなんて……)


凛世「……とても、穏やかな一時でございます」


ガタンゴトン


P「んぐ……あれ」

凛世「ゆっくり、お休みになられましたか……?」

P「うわっ。寝ちゃってた!」ガバッ

凛世「日頃から……ご尽力頂いております……疲れも溜まっていらしたのでしょう」

P「あはは──すまん、退屈だっただろ?」

凛世「いえ。とても……充実しておりました」ニコニコ

P「そ、そうか? それなら良かったけれど」

凛世「ふふふ……」


P「そういえば」

凛世「?」

P「今回は写真、撮らないでいいのか」

凛世「……ええ」

P「ふうん?」

凛世「此度は、旅の思い出を……幾枚か残せれば……それで、充分でございます」

P「ん。そっか」

凛世「それに……前回と同じでは──」ボソリ

P「?」

凛世「いえ……えぇと……」

凛世「ふふっ……そのような訳で、ありますゆえ」スッ

凛世(などと。戯れにカメラを構えてはみたものの……きっとこの御方は──)


P「ははは。上手に撮ってくれよ?」ピース

凛世「……!?」パシャリ

P「ん、どうした凛世」

凛世「いえ……その」パシャリ

P「?」

凛世「凛世は、てっきり……先日のように『ダメダメ』と……諌められるものと……」パシャリ

P「あぁ、まぁ──俺もさ。色々思う所があったんだよ」

凛世「……そうですか」パシャリ

P「もちろん仕事ではあるんだけど。折角だ、旅行もしっかり楽しもうな」

凛世「はい……!」パシャシャシャシャシャ

P「さ、流石に撮りすぎじゃないか……?」

凛世「ふふっ」


P「そうだ。凛世、トッポ食べるか?」ガサゴソ

凛世「?」

P「旅行の移動の時はな、トッポを食べるものなんだ」

凛世「……そういう、ものなのですか?」

P「そういうものなんだ。俺の中ではな!」

凛世「……」キョトン

凛世「ふっ。ふふふふ……」

P「ん? どうした」

凛世「プロデューサーさまは……時折、幼子のような所が……ございます」クスクス

P「そうかなあ? 美味しいんだぞ、ほら」

凛世「ありがとうございます……頂きます」パクッ


P「な? 普段食べるよりも美味しいだろ?」

凛世「ふふ……はい。是非、智代子さんにもお教えいたしましょう」

P「うん。どんどん広めてくれ」


ガタンゴトン


P「──おっ。ほら凛世、あそこの山」

凛世「……! 紅葉で、ございますね」

P「綺麗だなぁ」

凛世「……」

凛世「『小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびのみゆき待たなむ』」

P「……あの紅葉も、誰かが来るのを待っているのかもな」

凛世「はい。そうやも、しれません」ニコニコ


~♪


P「そろそろ着きそうだな」

凛世「プロデューサーさま……この後は、どのようなご予定で……?」

P「ホテルのチェックインまではまだ時間があるから……荷物だけ預けて、先に美術館へ行こう」

凛世「はい……それでは、そのように」


~昼過ぎ・美術館前~

美術館「……」デーーーン


凛世「これは……」

P「おぉー、立派な建物」

凛世「はい。それに……美術館のすぐ前を、小川が流れているのも……趣深く」

P「本当だな──この川沿いの一帯、美観地区って言うんだってさ」

凛世「美観地区……」

P「観光名所になっていてな。なんでも昔ながらの景観を保存しているらしい」

凛世「確かに、白壁の家屋や倉が並び……調和の取れた風景です」

P「川に架かる石橋もレトロで、雰囲気あるなぁ」

凛世「はい……とても、好き眺めでございます」


P「そろそろチケット買って中に入ろうか」

凛世「あの……プロデューサーさま……?」

P「ん?」

凛世「凛世は、あまり美術館に来たことがなく……」

凛世「館内を巡る作法などが……分からないのです……」

P「……」ウーン

P「あんまり難しく考える必要はないと思うぞ?」

凛世「そうで、ございましょうか……」

P「それならさ。今日はまず、自分の気に入った作品を見つけよう!」

凛世「気に入った作品……」

P「ちょっとしたゲームだよ。宝探しだ」

P「絵画や彫刻、陶磁器……何でも良い。『これが今日見た中で、私のNo.1だ!』なんて思えるものを、見つけるつもりで回ってみようか」

凛世「……はい。プロデューサーさまが、そう仰るのであれば」


P「えーと、受付は……あっちか」

凛世「はい……」


テクテク


P「──美術館ってのはさ。芸術家の人達が作った色んな作品を、鑑賞する所だ」

凛世「はい」

P「でもな。それと同時に、自分なりの美しさを見つける場所でもある」

凛世「……自分なりの、美しさ……?」

P「自分が何を美しいと思って、何を好ましく感じるのか。そんな、自分の中にある価値観を考えて、作品を通して自身と対話していく……」

P「もっとシンプルに言うと、『自分はどんなものが好きなのかを知る』っていうかさ」

凛世「……」

P「そういう楽しみ方も、美術館では出来ると思うんだ」

凛世「なるほど……」


P「好きな芸術家だったり、作品の時代背景だったり、誰から影響を受けているのかだったり──そういう小難しいことは、興味を持ってから知っていけば良いんだ」

凛世「……そうですか」フフッ

P「な、なんか妙に熱く語っちゃったな。はは……」

凛世「いえ……おかげ様で、少し気が楽になりました」

P「『綺麗だなぁ』『なんとなく好きだなぁ』なんて思えるものに凛世が出会えれば、俺は嬉しいよ」

凛世「はい……凛世も、楽しみになって参りました」ニッコリ


~美術館入口~


受付「チケットを拝見いたします」

P「お願いします」

凛世「お願い、いたします」

受付「ごゆっくりどうぞー」


テクテク


凛世「平日の、お昼時なので……人は空いておりますね」

P「うん。絶好の鑑賞日和だな」

凛世「ふふ……参りましょう、プロデューサーさま……!」



凛世「……」


凛世(静謐な部屋、整然と並ぶ名画達)


コツ……カツ……


凛世(その中でゆっくりと鳴る、二人分の足音)

凛世(窓の外から遠く聞こえる人々のざわめきは、まるで潮騒のようで)


コツ……カツ……


凛世(凪いだ水面に、ふわりと秋の涼しさが漂っているような──)

凛世(そんな心地好さを、凛世は感じておりました)


コツ……カツ……

コツ……カツ……

カツ……


P「──ん?」

凛世「……」ジーッ



P「凛世。気になるものでも見つけた?」

凛世「はい…………あぁ、いえ……」

P「?」

凛世「気になると……言える程では、無いのです……ただ何故か、目を惹かれてしまい……」

P「へぇ、これか」

凛世「はい。ただの風景画のようなのに……」

凛世「この景色の中にある……風の柔らかさや、日溜まりの暖かさが……まるで伝わってくるようで……」



P「モネの『積みわら』だな」

凛世「……?」

P「この絵のタイトルだよ。ほら、ここに書いてあるだろう?」

凛世「……気が、付きませんでした」

P(よっぽど目を奪われてたんだな……)クスッ


P「このモネって人は、『積みわら』ってタイトルで何枚も絵を描いてるんだよ」

凛世「……それは……何故……?」

P「同じテーマで、季節や時間、温度、太陽の向き──そんな部分を変えて描いていてさ。 空気の感じとか、光の当たり方とかを捉えたかったらしい」

凛世「道理で……ここまで肌に感じそうな程、質感を伴っているのですね……」



P「これは『積みわら』を何枚も描き出すその初めの頃に、作られたものなんだ……ほら、ここに人が居るだろ?」

凛世「はい。女性と……子供、でしょうか?」

P「うん。ここに描かれているのは、モネの奥さんと息子だと言われている」

凛世「……!」

P「珍しいんだ。『積みわら』に人物が描かれているのは」


P「でも、この絵を凛世が気に入るのは納得いくよ」

凛世「……そう、でしょうか?」

P「うん。静かで暖かくて、それでいて優しい」

P「何だか、凛世に似ている気がする」


凛世「……っ///」

凛世「そうであれば、凛世も……大変、嬉しいです」フフ


──
────
──────

受付「ありがとうございましたー」


テクテク


P「んーっ」ノビー

凛世「陽も暮れ始める……頃合でございますね」フフッ

P「結構長いこと見てたみたいだ、気が付かなかったな」

凛世「はい……とても、良い時間を過ごせました」

P「それなら良かった。少し時間もあるし、辺りを観光してみるか?」

凛世「よろしいのですか……?」

P「凛世が疲れていなければ、だけど」

凛世「はい……! 凛世も……そうしたいと、思っておりました」

P「うん。じゃあ行こう」


P「それにしても……どこを取っても絵になる街並みだな」

凛世「はい」

P「物珍しくて、ついあちこち見回しちゃうよ」ハハハ

凛世「……」

凛世「凛世は……少し、懐かしさを感じます」

P「懐かしさ?」

凛世「はい……辺りの建物と、杜野の家と……佇まいが似ているからでしょうか」

凛世「……なんだか、郷愁を覚えるのです」

P「そっか。凛世の実家ともそこそこ近いもんな、ここ」


凛世「……よろしければ……撮影の帰りに、お立ち寄りになられますか?」

P「?」

凛世「杜野の家へ……」

P「え"っ!」


凛世「ふふ……冗談で、ございます」

P「お、驚かせないでくれよ」アハハ

凛世「けれど、プロデューサーさまであれば……」

凛世「いつお越しになったとしても……丁重に、お迎えさせて頂きます」

P「はは、光栄だな──うん。またいつか」

凛世「ええ……また、いつか」フフッ


テクテク

凛世「!」

P「ん?」

凛世「あっ……いえ……///」

P「どうした?」

凛世「その……あちらに……ころっけが……」

P「──あ。本当だ」

~コロッケ屋さん前~

P「……」ジーッ

凛世「……」ジーッ

P「……フフッ」

凛世「?」

P「いや、すまん──何かさ。この和風の建物が並んでるところに、唐突にコロッケを売ってるのがおかしくなって」

凛世「ふふ。えぇ、確かに……何処かここだけ、趣が異なるように、思えます……」


凛世「なぜこのような場所で……ころっけが、売られているのでしょう」

P「なんでだろうな」

凛世「……名物、なのでしょうか」

P「そう、なのかな? あんまり調べてないから分からないなあ。悪い」

凛世「いえ……凛世こそ……不勉強で、申し訳ございません」

P(……そういえば凛世、コロッケ好きだったっけ)


P「あー。ちょっと、お腹空いたなあ」

凛世「?」

P「こんな時間だけど、食べちゃおうか」

P「──良かったら、凛世も付き合ってくれないか?」

凛世「……!」

凛世「ふふ……はい。ご一緒させて、頂きます」


~川沿いのベンチ~

P「ほら。熱いから気を付けて持つんだぞ」

凛世「はい……ありがとうございます」

P「いただきまーす」

凛世「頂きます」


モグッ


P「お。結構美味しい」

凛世「ふふ……はい」

P「……」モグッ

凛世「……」パクッ

P「のどかだなぁ」

凛世「はい、とても」


P「──秋の和歌ってのも、中々多いよな」

凛世「?」モグモグ

P「あぁ、いや……ほら。行きの新幹線で、凛世が言ってたこと思い出してさ」

凛世「……はい。秋の美しさが、歌人をそうさせたのやも、しれません」

P「例えば凛世は、どんなのが好きなんだ?」

凛世「……」ムム

凛世「それでは……一首」

P「おっ」

凛世「『君待つと 我が恋ひをれば 我が宿の 簾動かし 秋の風吹く』」

P「はは──その心は?」

凛世「簾を揺らす秋風に……想い人の来訪かと、胸を高鳴らせ……勘違いと気付き、胸を痛める……」

凛世「いじらしい程、誰かを慕い……一喜一憂するその様に……何か、親しみを感じるのです」フフ


P「凛世らしいな」

凛世「……それでは、プロデューサーさまは……どのような歌を、挙げられるのでしょう?」

P「俺か。んー、何だろうな……」

凛世「……」

P「『秋の夜も 名のみなりけり 逢ふといへば 事ぞともなく 明けぬるものを』」

凛世「!」

P「ははは。何だか照れるな、これ」

凛世「……そ、その心は?」

P「えっと、何かさ。可愛らしい歌じゃないか、これ?」

凛世「はい」

P「長いと言われる秋の夜だけど、好きな人と一緒だとあっという間だ! ……なんてさ」

P「昔の人も、今の俺達も。夢中な時間はすぐ過ぎてしまう感覚って、同じなんだなぁって。何だかおかしくなるんだ」フフ

凛世「ふふっ」

P「?」

凛世「……えぇ。本当に」


P「さて。暗くなる前にホテルへ戻ろうか」

凛世「はい……あの、プロデューサーさま?」

P「どうした」

凛世「少しだけ、遠回りを──あちらの石橋を、渡ってから帰るのは……いかがでしょう」

P「……ははは。うん、そうしよう」


テクテク


P「珍しいな」

凛世「?」

P「凛世が遠回りなんて、わがままを言うのは」

凛世「……ご迷惑、だったでしょうか」

P「まさか。むしろ嬉しかったよ」

凛世「嬉しい……?」

P「凛世はいつも聞き分けが良いからさ。たまには、わがまま言ってくれた方が嬉しいんだ」

凛世「……」

凛世「ふふっ……プロデューサーさま」

P「ん?」

凛世「そのようなことを、仰りますと……凛世は、もっともっと……欲張りに、なってしまいます」

P「まあ、たまにはな」アハハ


~石橋前~

P「おぉ、すごい」

凛世「はい……」

凛世「夕日に照らされた石橋が……暖かく、輝いているようでございます」


コツ…カツ……


P「そういえばこの橋、何かの映画の撮影で使われたらしいぞ」

凛世「それは……とても良い風景を、収められたことでしょう」

P「そうだな──おっと!」コケッ

凛世「プロデューサーさま……!」

P「や、すまん。つまずいただけだよ……石畳って意外と歩きにくいんだな。凛世も気を付けろよ?」

凛世「はい」ホッ

凛世「……」

凛世「!」


凛世「──あの。プロデューサーさま……?」

P「ん、なんだ」

凛世「……もし……よろしければ」

凛世「お手を、お借りしても……よろしいでしょうか……?」

P「えっ」

凛世「いえ……その……!」

凛世「その……」

凛世「秋は、寒々しく……足元は、不安定でありますゆえ」


P「……」

凛世「プロデューサーさま……」



凛世「っ──いえ」

凛世「不躾な願いを、申しました……」

凛世「申し訳……ございません」ペコリ

P「……」

凛世「……」


凛世「……」


凛世(……凛世はやはり、紫になど。なれはしないのでありましょう)

凛世(赤い夕焼けの中──青色が、遠い)

凛世(なんと、遠いことで……ございましょう)フフ…


P「……っ!」



P「いや……でもほら!」

凛世「……?」

P「たまにはって、言ったしさ」スッ

凛世「っ!」

P「えっと……」

凛世「は、はい…………それでは、失礼いたします」


ギュッ


P「──今日の凛世は、欲張りだな」ハハ

凛世「えぇ……欲張りで、ございます」フフッ


凛世(──暖かい)


凛世(天を焼き、烏の帰りを促す……夕陽が暖かい)

凛世(黄昏時の冷たい秋風が撫でる……自分の頬が暖かい)

凛世(そして、なにより)


凛世(貴方さまの御手は……こんなにも)


凛世「……///」ギュッ


P「! ほら、凛世」グイッ

凛世「きゃっ……」

P「──っと、ごめん。驚かせちゃったか?」

凛世「いえ……申し訳ありません……少し物思いに、耽っておりました……///」

P「いや、こっちこそすまん」

凛世「ところで……いかが、されたのでしょう?」

P「あ、そうそう。川を見下ろしてごらん」

凛世「川を……?」チラッ



凛世「……」

凛世「……!」


P「……秋、って感じだな」

凛世「はい」


凛世「無数の紅葉が……揺蕩い、流れて」

凛世「小川を真っ赤に……染めております……」

P「うん」

凛世「とても、──しい……」



P「……」

凛世「……」

P「『竜田川』にも負けない美しさ、かな?」ポツリ

凛世「!」

凛世「ふふ……ええ、まさに」

──
────
──────
~ホテル・ロビー~


P「遠回りして正解だったなぁ」

凛世「はい……」

P「凛世のわがままは、やっぱり聞くべきだ」ハハハ

凛世「プロデューサーさま……そのような、お戯れを」フフ

P「よし。それじゃあチェックイン済ませてくるよ。この辺で待っていてくれ」

凛世「はい……お願い、いたします」


凛世「……」

凛世「……」

凛世「……///」ポー


凛世(果たしてこれは──本当に……今、起きていることなのでしょうか)

凛世(これ程までに、夢のような時間を過ごして……凛世は許されるのでしょうか)

凛世(貴方さまの御手を握ったこの左手は……果たして現のものでしょうか……?)ジーッ

凛世「……」

凛世「……」スッ


パシャリ


凛世(思えば──幾星霜)


凛世「連なる鳥居……水族館の亀……回るレコード……」

凛世「冬の花火……夏の雲……」


凛世(実に、多くのことが……ございました)

凛世「……」


凛世「本日くらいは、欲張りにも……なろうというものです」フフッ


P「お待たせ、凛世」テクテク

凛世「!」

凛世「プロデューサーさま……お手数、お掛けいたしました」

P「いやいや、このくらい。ほら、こっちが凛世の部屋のカードキーだよ」

凛世「はい。ありがとうござ──」ピタッ

P「ん、どうした」

凛世「?」

P「……えっ、何!?」

凛世「何故……鍵が二種類、あるのでしょう?」キョトン



P「?」

凛世「???」

P「なぜって──俺の部屋のと、凛世の部屋の」

凛世「……っ!」


凛世(……! ……!!!)

凛世(凛世は……てっきり、同じお部屋での宿泊なのかと……)

凛世(プロデューサーさまとの、愉しき旅行に……浮かれていたのやもしれません……あぁ……恥ずかしい……!)

内なる凛世『わーーーーーー……っ!!!///』



凛世「……」

P「──えっ、凛世!? 何で涙目なんだ!!?」

凛世「……ぷ、プロデューサーさま……はしたない凛世を、どうか見ないで下さいませ……///」プルプル

──────
────
──

──
────
──────
~夜・ホテルのエレベーター~


凛世「本日は……夕飯まで、ご一緒させて頂き……ありがとうございました」ペコリ

P「こちらこそ。凛世の話を沢山聞けて楽しかったよ」

凛世「はい……凛世もで、ございます」


凛世(──本当に、楽しかった)フフッ

凛世(普段にも増して……プロデューサーさまのお話を聞くことができ……また、凛世の他愛もない話も、ゆっくりと聞いて下さり……)

凛世(とても、とても……楽しかった)ニコニコ


P「あ。そうだった」

凛世「?」

P「買う物があるの忘れてた。コンビニまで行ってくるから、凛世はこのまま部屋へ戻ってくれ」

凛世「でしたら……凛世も、ご一緒いたしま──」

P「えっと、すまん。着替えとか買うからさ、ちょっと照れ臭いかも」ハハ

凛世「し、失礼……いたしました……///」

P「ううん。鍵はちゃんと持ってるよな?」

凛世「はい……」


\ピーン、8Fデス/


P「じゃあ俺はこのまま下に降りるよ。凛世もしっかり休んでくれ」

凛世「はい……お疲れ様で、ございます」ペコリ


テクテク

凛世「806号室……806号室……ありました」

凛世(こちらが……本日の、凛世の宿でございます)


凛世「ええと──」

凛世「カードを、挿入し……扉を、開く……」モタモタ

ブブーッ

凛世「?」

ブブーッ

凛世「……??」


凛世「……」ジーッ

凛世「……ぁっ」

凛世(カードの番号が……601。これは、もしや)

凛世「プロデューサーさまの……お部屋の鍵……?」


凛世「!」

凛世(……夕食の席で、解錠方法を教えて頂いた際……入れ替わってしまったので……ありましょうか……?)

凛世「……」


~ホテル・廊下~

テクテク

P(あとはスケジュール確認して。他にやることは……)

P(──凛世、もう寝たかな。まだ起きてるかな)



P「俺も明日に向けて、早めに休むか──ん?」

凛世「……」ボーッ

P「うわっ、凛世!?」

凛世「! プロデューサー、さま……」

P「どうした、俺の部屋の前で。何かあった?」

凛世「えぇと……その……鍵が……」

P「…………鍵?」


P「申し訳ない!!」

凛世「プロデューサーさま……! どうか、頭をお上げ下さいませ……」

P「本当にすまん。まさか入れ替わってたなんて」

凛世「いえ……凛世も、気付いておりませんでしたので」

P「結構な時間、立ちっぱなしで待たせたよな」

凛世「このくらい……凛世は平気で、ございます」フフッ

P「でも廊下で寒かっただろ──そうだ。俺の鍵があるなら、部屋に入ってくれてても良かったのに!」

凛世「いえ……! その……プロデューサーさまのお部屋に……無断で入るなど……///」

P「あ……。えっと、それもそうか」

凛世「……///」

P「わ、悪い。今のは俺が無神経だった」

凛世「いえ……そのようなことは……」


P「……」

凛世「……」


P「あー……良かったら、ちょっとお茶でも飲んでいくか?」

凛世「よ、よろしいの……ですか……!」

P「ははは、そんなに意気込まなくても。ホテルに備え付けの、ただのインスタントだぞ?」

凛世「はい。ですが……共にすれば……いずれも甘露と、なりましょう」フフッ


~ホテル・Pの部屋~

凛世「……」ゴクリ

P「……」ズズッ


凛世「あの、プロデューサーさま……?」

P「うん。どうした」

凛世「その……本日は、凛世などをお気に掛けて下さり……ありがとうございました」

P「全然だよ、このくらい」

凛世「いえ……実に細やかに、気配り下さいました」

凛世「その──いつにも、増して」

P「っ!」


凛世「……」

P「……」

凛世「……何か、お考えがあったのでしょうか」

P「そんなに変だったかな」ハハ

凛世「いえ……! 変などということは……」

凛世「ただ──夏の遠出と比べても。今回は本当に……本当に、お優しくして頂けて」

凛世「何か、あったのかと」

P「……」


P「その、さ」

凛世「……?」

P「凛世には、いつも我慢ばかりさせてるだろ? この二日くらい、凛世を甘やかそうと思って」

P「この前は……アイドルとしての凛世を、大切にしなきゃと思ってたんだ」

P「それが俺の仕事だし、そうすることは当たり前のことだとさえ考えていた」

凛世「……はい」

P「──けどさ。それと、一人の女の子としての凛世を蔑ろにすることは……イコールではないから」

凛世「……!」

P「この間は悪かった」

凛世「プロデューサーさま……」

P「ははは。甘やかそうなんて言っていた癖に、何だか今日は凛世に謝ってばかりだな」

凛世「凛世こそ本日は……ご迷惑を、お掛けしてばかりで……ございます」フフ



凛世「人と人との繋がりとは──かくも、思い通りにゆかぬもので……ございますね」クスッ

P「あぁ。まったくだ」フフッ


P「さて、ちょっと夜更かししちゃったな。明日も早いんだ、そろそろ凛世も自分の部屋へ戻ろう」

凛世「……」

凛世「あの、もう少しだけ……」

P「──凛世。明日に差し障りが出るだろう?」

凛世「っ……はい」


凛世「……」

凛世(子供じみた、身勝手な心が……頭をもたげます)

凛世(……終わってしまう)

凛世(特別な今日が、終わってしまう)

凛世「~~っ!」


凛世「……ぁ」

P「?」

凛世「秋の夜というものも……名ばかりで、ございますね」

P「凛世……?」

凛世「っ! いえ……戯言を、申しました」

P「えっと」

凛世「では凛世は、そろそろお部屋に──」

P「……」

P「ほら。見てごらん、凛世」

凛世「っ……はい」


P「秋風が、簾を揺らしている」


凛世「!」

P「な、なんてな。ハハ」

凛世「プロデューサーさま……それは……!」


凛世「……」

凛世「ふふ、ふふふ……」

凛世「もったいなき、お言葉でございます」


凛世「一つだけ……最後に、お聞かせ下さい」

P「もちろん」

凛世「なぜ今回のお仕事を……凛世にご用意、頂けたのでしょうか」

P「……今回の番組のコンセプトは、凛世の落ち着いた雰囲気に良く合っていた」

P「それからスポンサーも大手の系列で、パイプを作っておくと今後何かと都合が良かったっていうのも、大きいかな」

凛世「……そう、ですか」

P「──けど、そんなの全部。本当は建前なんだ」

凛世「……?」

P「美術館で言ったこと、覚えてるか。『自分が何を美しいと思うのか』って話」

凛世「はい」

P「この仕事は、凛世にそれを考えてもらうきっかけになるかと思った」

凛世「……それは」


P「紅葉も、秋の歌も、『積みわら』もさ──」

P「それを美しいと思える感性が、凛世の中にあったから……美しかったんだ。俺はそれを、大事にしたいんだ」

凛世「プロデューサーさま……」

P「凛世の中には、まだまだ……沢山魅力があるから。それを忘れないでいて欲しい」

凛世「はい」


P「……ええと。まぁ、そういう訳でさ! 今回の仕事、凛世には頑張って欲しいんだ」アハハ

凛世「えぇ……良く、分かりました」

P「うん。それならしっかり休んでくれるな?」

凛世「ふふ……はい」

凛世「本日の欲張りは……これにてお仕舞い、でございます」

P「はは──うん。今日の所は、な」

凛世「それでは……」



凛世「お休みなさいませ、プロデューサーさま」

P「あぁ。おやすみ、凛世」

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──


~数週間後・事務所応接室~


善村「──先日は遠方での撮影、お疲れ様でした」

凛世「はい……ありがとうございます」

善村「街並みに着物姿の杜野さんが映えていると、評判になっていましたね」

凛世「ふふ……身に余るお言葉です」

善村「私から見ても、最近の杜野さんは以前と比べ表現の幅が広がっているように思えます」

凛世「それは──」

凛世「きっと……秋の茜が、凛世を染めた為でありましょう」フフ


善村「?」

凛世「! その……えっと」

凛世「自身の好む、美しさ……それを少しずつ、見定めているからやも、しれません」

善村「ふむ。杜野さんなりのスタイルが、確立されてきているということでしょうか?」

凛世「ええ……そう言い換えることも、出来ましょう」

善村「今後の活躍が一層楽しみですね」クスッ

凛世「ふふ……ご期待には、応えてみせます」

善村「それでは本日の取材は以上になります。ありがとうございました」

凛世「はい……ありがとうございました」


凛世「……」フゥ


凛世(──満足のいく撮影を終え、帰ってきてからも尚……)

凛世(時折……あの日、あの時を想うことがあります)



凛世「安らかな寝顔……モネの積みわら……温かなころっけ……暖かな手……」

凛世「それから……川を紅く染める、見事な紅葉」



凛世(それらを思い返す度、凛世の頬も──)

凛世「思わず紅く……染まるのです」フフ



【終わり】

長々とすみません、ありがとうございました
欲張りんぜをすこって下さい

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