【艦これ】流れ者と艦娘 (182)

SS初投稿です
よろしくお願いします


注意事項
・独自解釈
・オシジナル武装
・時折戦闘がやたら泥臭い
・地の文多め

これらが許容できない方はお引き取り下さい

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1606049838

霧立ち込める海、身が折れ体が沈む
敵の姿は見えない
だがそれでも私は最後まで抵抗を続けた
生に縋りつくためでなく一矢報いるため

その執念が実を結んだか否かそれを私が知ることは遂になかった
何故なら私はそこで―――――――

醒めることのないはずの永い眠りから醒めた

混乱する私に目の前の少女は手を差し伸べた



『こんにちは、新人さん。私の言葉は解る?』

『そっか、ならよかった。ねぇ、貴女の名前はなんて言うの?』

『戸惑ってるの?...ま、仕方ないかな?』

『とにかく歓迎するわよ、私達の鎮守府はいいところよ!』



少し騒がしいけど優しくて安心する声

その声の持ち主は≪手≫を引っ張ってきた


「―――え?」


この手は誰の手?

私であるはずがない、だって私は―――



『―――懐かしいなぁ、この感じ...私も最初こんな感じだったから』

『貴女は私と同じ艦娘、かつての軍艦―――あー、狭義だと駆逐艦は違うか』

『戦いに身を投じた船の生まれ変わりなのよ』

『いま世界はもう一度私達の力を必要としているの』

『だから一緒に戦いましょう』

再び生を与えられ一刻はたっただろうか

今も手を引かれ曳航され続けているがなんとも奇妙な感じは拭えない

かつて私と共に戦った勇ましくも哀しく散っていった数多の戦友と同じ姿

まさか私がその戦友達と同じ姿になるとは思わなかった

何の因果か解らないがこの姿になったのだから彼らの分も含めて今度こそ生き―――――



『随分空も海も荒れてきたわね...鎮守府はまだ遠いのに―――っ!?』

『敵襲!?11時の方向敵潜水艦多数!』

『まさか疲弊した帰投時を待ち伏せるなんて...』

『撃破出来るほどの弾薬は残っていないわ―――機関一杯!なんとか振り切るわよ!!』

潜水艦?

そうだ、あの時も潜水艦に...いやだ―――また同じことなんて絶対に嫌だ!!


『さ、貴女。しっかり握ってて、絶対に手を離しちゃダメよ?』


せっかく生き返れたんだ!もう二度とあんな思いはしたくない!

この手を離すもんか!


『貴女大丈夫!?まだまだ攻撃は続きそうだけ――あっ!?』

突然間近に水柱と共に炸裂音

(―――!!)


体幹が大きくブレる

けど手だけは離していない、どんな事があって―――


『―――!!・・・!』


あれ?

何で手をつないでいるはずのあの人があんなに遠くにいるの?

何であの人は誰とも手をつないでいないの?

何で私の握っている手は手首から先が無いの?

何であの人が伸ばしている手に近づくことが出来ないの?

何で息ができないの?

何で私は―――――





――――――生き返ったの?




三度永い眠りから―――違う!

これはまだ続いている!!



「―――ぁ―――が―――ぐげえぇ...ガボッ!げほっ!」



飲み込みかけた海水を咳込みながら何とか吐き出す

目も痛い、喉も痛い、呼吸だってまともにできない


「はぁっ!はぁっ!―――げほっ!」


私の手が掴むのは持ち主を離れた手ではなく辛うじて彼女を支えられる浮き木

気絶している間に何があったのか、何故気絶から回復できたのか

解らない事だらけだがこれだけは解る


(まだ...生きてる...!)

だが状況は好転どころか悪化している



天候、海況が気絶する前よりさらに数段激しいものになっており

結構な時間意識が飛んでいただろうと容易に想像できる

だから『自分の手を曳いてくれた少女が近くに居て助けに―――』

そんな事は期待できないだろう



生き延びたはずがこの苦難続き

荒れる海はあまりに広く、掴む浮き木はあまりに頼りない

あがいて絶望するよりいっそのこと楽になる方が賢明かもしれない

もっとも、介錯してくれる友軍も敵艦もいないのだが



それでも尚、彼女はあきらめない

僅かでも可能性があるのなら無様でも滑稽でも―――


(生きるっ、何としても・・・!)


前世の最期とは打って変わって我武者羅な生への執念を燃やす



これが彼女の二度目となる戦いの幕開けとなった

日差しはない、だが『生憎の天気』と言うより寧ろ『良い天気』かもしれない



「今日は歩き易い気温だな」

「...そうだね...お父ちゃん」

父「この国は暑いからな...故郷(くに)も大概だったがそれ以上だ」

父「あーでも今は相当暑いとか小耳に挟んだから同じ程度かもな」

娘「...そうかも」

父「さて、今日はちょっと急ぎ目に移動するか」

娘「...ん、解った」

父「すまんな...お前はあまり体力がないのに」

娘「いいの...気にしないで」

父「...すまんな」

娘「お父ちゃんのせいじゃない...町がなかったんだから」

父「深海棲艦に滅ぼされたのか賊にやられたのかは解らなかったがな」

父(『深海棲艦』8年程前に現れた正体不明の半兵器半生物

そしてその数年後に現れた在りし日の兵器を名を冠する少女達『艦娘』

―――そして私の義娘も艦娘だ)

娘「――――――」

父「...?どうした、海を眺めて―――やっぱりお前は」

娘「違うの、お父ちゃんが助けてくれたあの日の海―――」

父「ああ、そういえばこんな天気でこんな海況だったな」

父(私が故郷の日本から出張で東南アジアの各国を巡っていた時、深海棲艦の侵攻が始まった

制海権だけでなく制空権も喪失、異国に取り残されたと思っていたら

畳みかけるように滞在中の町が襲撃され壊滅

それから日本を目指して放浪を続ける羽目になった)



父(そして彷徨うこと数年、たまたま溺れかけている少女を見つけた

深海棲艦から逃げることもにも人間間のいざこざにも遠い故郷という事実にも疲れた私は

せめて孤独だけでも晴らせると思い彼女を助けた)



父(そして助けた少女が艦娘だった

彼女が旧日本海軍由来、私が欲して止まない日ノ本の存在と知った

本来なら届け出て謝礼を貰うのが筋なのだろうがどうしても傍に置きたかった)



父(だから私は彼女を傍に置き続けるために

日本に戻るまでの間だけでも娘にならないかと提案した

彼女も恩義と孤独の苦痛からか二つ返事の快諾で返してきた)



父(それから幾年、幸か不幸かずっと一緒だ

願わくば―――)

娘「...!お父ちゃん」

父「ああ...居るな」



遥か前方、はぐれと思われるイ級とロ級の2匹を確認

こちらに気付いていない様子、普段なら静かに身を隠したり迂回したりしただろう

だが問題はそこではない、奴らのいる近くの浜辺に娘と同じ位の外見年齢の少女がいたのだ



父(別に助ける義理もない、この娘もそれは解っているだろう―――が)

娘「お父ちゃん...お願い」

父「耐久」

娘「...7、8割」

父「燃料」

娘「...低級3、4割」

父「弾」

娘「主装4割...雷装2割」

父「最優先目標」

娘「あの女の子の安全...」

父「緊急出撃許可、抜錨せよ」

娘「了解―――」



娘が背を向け父親が向けられた背中にある錨型のパーツに手を掛ける






「―――――駆逐艦『霰』抜錨します」






錨型のパーツが抜き取られ艤装が展開された

普通の鎮守府所属の艦娘なら専用の出撃スペースとかあるのかもしれないが

生憎この霰は渡世人だ、そんな恰好がつく出撃なんてした事がない


霰(とにかく早く海に出ないと...)


砂浜を全力で走る、それだけならいいのだが

両手で抱える様に持つ布に包まれた長物が邪魔をし走り辛そうである

さらにはその包みの布も剝ぎながらというのもさらにマイナスだ

スマートさの欠片もない



霰(もうすぐ海に出られる...機関始動)

振動と喧しい音を伴い缶が駆動する



霰(機関は...うん、この程度なら何とかなるかも...)



本来ならこれ程の振動と音は伴わない

だが満足な整備や補修、高品質な燃料を得られない艦娘にとってはよくある話だ



霰(進水...うん、喫水線の位置問題なし。機関一杯...!)

黒煙を吹き出し今すぐにでも爆ぜんばかり叫び暴れる缶だが霰は意に介さない



霰(酸素魚雷、一本射出―――ん、イ級に微反応あり機関安全圏まで減速)

霰(現在、主砲有効射程範囲外で最長到達射程内...酸素魚雷到達まで後20秒)



体を目標に対して正対させ左手に持つ長物を背に回し右手の主砲を構える

元々静かな霰の目がますます静かに水鏡を思わせる程凪いだ



霰(魚雷到達まで7...6...5...4...3...2...1...)

霰「着火」

2匹の深海棲艦の脇で白く大きな水柱が出現した

霰「撃ちます」

間髪いれずに主砲が火を噴いた

結論から言えば雷撃も砲撃もイ級にもロ級にも掠りもしない大外れ

だが霰は焦りも悔しがりもしない



少女「!!―――!!!」

突然の爆発音と砲撃に驚いて件の少女が海から遠ざかる様に逃げていく



霰「お父ちゃん...あの子...ちゃんと逃げた...」

父『こちらも確認、離脱ができるなら直ちに離脱せよ』

霰「向こうはやる気...逃げられるけど大変そう...」

父『ならば速やかに攻撃を開始せよ』

霰「ん...攻撃...するよ」

父『了解』



通信を終えるや否や霰は素早く浜辺に上陸、機関を最低出力まで落とす

霰の口調は普段と変わらずゆったりとしたものだが

動きは途切れる事無く迅速といって差し支えないレベルだ



霰(霰の主砲だとこの距離はまず当てられない―――)



これも渡世の者が負う宿命か、ろくに整備されていない砲の精度は劣悪の一言

さらに破損、自滅の危険性を軽減するために砲の威力を意図的に落としてあるのだ



霰(なら霰の主砲でなければいいの)



先程の主砲砲撃時に背に回した長物を構える

手に装着された錆びだらけの主砲と比べればまるで白銀の槍だ

『試製艦娘用小口径長砲身』

深海棲艦戦争の草創期に開発された駆逐艦向けの装備品だ



中距離射程を目標として作られたが

長過ぎて取り回しが難しい、砲の構え方が通常と大きく異なる

そもそも駆逐艦の性能ではこの砲でも中距離の目標に当てるのは難しい

そして軽巡以上ならそれより良い砲があるので表舞台に殆ど出ることなく消えた代物だ



そんな歴史の波に埋もれ忘れ去られるはずのものが盗品流出か廃棄品横流しか...

経緯は解らぬが巡り巡って再び艦娘の手に戻ってきたのは必然なのか偶然なのか



霰(この距離なら...角度はこれくらいかな...)



霰は長砲身を砂浜に突き刺し砲口を目標に向け角度を調節していく

陸上で止まって戦うとはとても艦娘の戦い方には見えない



霰は正式な軍事訓練を受けたわけではなくあくまで我流

軍事素人の父親と相談しながらあれこれ工夫しながら身に着けた技術のみだ



そんな基本すら怪しい彼女がさらなる応用が必要であろう長砲身で正しい使い方ができるのか甚だ疑問だ

もっとも、正しい撃ち方を知る人などこの長砲身以上に貴重かもしれないが

霰「砲撃...」

霰の短砲身とは違った砲撃音が響き渡る



だがこの砲をもってしても当たらない



霰(...外れた...少し角度を寝かせて...)

霰「...砲撃」



[オオオォォォォ――――ガギィッ!]

イ級「!?―――ッ」

装甲を砕く音と共に声にならぬ悲鳴が上がった



霰「命中...轟沈確認...次弾装――っ!」



霰の背筋に悪寒が走る

装填行動を即時中断し艤装の動力補助を利用した素早い蹴り込みで体を斜め前方に投げ出す


[ズバァアァッー!]


元居た場所の地面が爆ぜた

有効射程範囲内に入ったロ級の反撃、長砲身によるアドバンテージは使い切ったようだ

霰は前回り受け身の要領で素早く投身から復帰、勢いそのまま海に駆け込み距離を取るよう航行を開始

ロ級その動きに応じ射程外には逃さぬとさらに速度を上げ追撃をかける



砲撃は陸の方が安定するが駆逐艦はやはりその機動力あってこそ

さあ、ここからは駆逐艦ならではの回避力を生かした戦いが[ドドドォオォオォン]

突然の爆発音、ロ級の雷撃か!?



ロ級「?――?!?」

いや違う、ロ級は突然の爆発に戸惑っている

ならばやった者は必然的に――



霰「これも―――水雷戦――ですか?」

いつの間にか『設置』した有線魚雷を起爆させたのだ



砂混じりの水柱が消え視界が晴れる

ロ級の前に再び姿を現した霰は

―――装填が完了した長砲身を構えていた



ロ級「!?」

驚き慌てて回避運動を行うロ級だが全ては遅きに失した



追撃に全力を出してしまい距離を詰め過ぎた、

この距離では陸上より安定しない水上でも狙いを外すなど期待できないだろう

長砲身が火を噴く

ロ級「!!ッ―――」

―――轟沈



霰「...ふぅ」



戦場に動く者は霰以外誰一人としていない





―――完全勝利―――


本日はここまで、以降は気まぐれで投下します
霰が出るssがあまりないので自分で書くしかないと思い書きました

大戦中の魚雷に有線魚雷ってあったの解らないまま取り入れてしまいましたが
その辺りはどうか寛大な対応でお願いします

霰(周囲警戒――電探とか聴音機とかあればもっと確実なんだろうけど...)

霰「...ん、お父ちゃん。もう安全―――だと思う」

父『了解、最低限の警戒を維持しつつ帰投せよ』

霰「まって、戦利品が...」

父『うまい感じに倒せたのか? よし、解体を許可する』

霰「ん...ありがと」



霰(危ないことをした...だから貰えるものは貰っておかないと...ね)


背中の艤装に手を掛け大型のナイフを取り出す

ナイフといっても鉄板を切り出し持ち手を布で巻いただけの雑な作りで傷み汚れも多く美しさの欠片もない代物だ

だが刃の部分だけは鏡の如く輝いている


霰は念のため不意打ちを警戒し砲を構えながらロ級――獲物の状態を確認する

霰(―――ダメ...損傷が大きすぎる...あと狙いも随分ズレてるの――やっぱり砲戦は苦手...)

間近で中距離砲を受けた影響と狙いのズレからかお目当ての部位は取れそうになかった

―――が、何の躊躇いもなく霰は刃物を突き立てロ級を解体し始める


霰(クズ鉄だけでも一応はお金になるからね)

深海棲艦は半生物半兵器であるためか、その外殻は普通の生物では考えられないレベルの鉄が含まれている

だから然るべき所へ持っていけば(渡世人にとっては)いい値段で買い取って貰えるのだ


だが、それにしても―――

元から表情変化も乏しく再び生を受けて数年経ち成長しているとはいえ

幼い容姿の多い朝潮型の中でもとりわけ幼く見える霰が無表情で、紛いなりにも数十秒前まで生命のあったものの形を崩していく光景は中々壮絶なものがある

だがこれだけでは終わらない


霰(後はこの《身》の部分を布で絞って――と)

父「よし、ドラム缶も用意できたぞ」


ロ級の解体開始を確認し安全を確信した父親が解体を手伝いに来た


霰「ありがと―――いくよ」

父「おう――おお、今回は浅瀬だったからあまり海水が混じってないな」

霰「でも...近くで撃ったから――身が多めに飛んじゃった...かも」

父「そりゃ必要経費だ」

先にも説明した通り深海棲艦は半生物半兵器

鉄を多く含む他に鯨やマグロが霞むレベルで多くの油分を含むのだ

食用には向かないが燃料にはなる

――艦娘とってはある意味食用と言えるかもしれないが


霰「じゃあ、あっちもやってくるから...」

父「おう、後は任せておけ」


霰は作業を切り上げ最初の獲物の方に向かう

だが、倒してからいささか時間が経ち過ぎた様だ


霰(ああ、もったいない。結構流れちゃってる...とにかく引き上げて陸まで引っ張らないと...)


海水に浸かり過ぎていたイ級だった物から多くの油が流れ出ている

だが損傷が思ったより軽かった為まだいくらかは有効活用できるだろう


霰(今度のはあまり壊れてない...これなら『アレ』も取れるか―――あ)

霰「...ん」


思わず声が漏れる

かなり謙虚ではあるがこれが彼女の歓声であり大喜びだ


霰(火薬袋に傷なし!水も少ししか入ってない!)

深海棲艦は鉄と油だけでなく半兵器らしく火薬も蓄えている

人型の場合は大概艦娘でいう艤装の辺りで弾薬を生成するのだが

イ級などの艤装を持たない非人型は大抵体内で弾薬を生成する

その弾薬貯蔵部分を伝統ある特撮モノにあやかり《袋》という表現を通称で用いている


本来、正規の鎮守府所属の艦娘はその火薬袋の位置を狙うように訓練される

弾薬を大量に蓄えている箇所が壊れれば戦艦だって沈む。そういうことだ


だが例によって霰達にとっては敵の弾薬すら貴重な資源なのだ

(常にではないが)その位置は極力当てない様に戦っている



霰「戻った...の」

父「おう、じゃあそっちの身も絞るか」

霰「後――これ...」

父「!おお、いいじゃないか。儲けたな」

霰「ん」



・・・・・・――――――・・・・・・



父「さて...と、絞り終わったな。じゃあ――」

霰「――ん」


[ガシュッ、ボゥ]


絞り終えられ浜辺に打ち捨てられ深海棲艦だった物が勢いよく燃え始める――

霰が榴弾を撃ち込んだのだ



別に恨みや追い打ちで焼いているわけではない

深海棲艦は異形の者、防疫の観点からも野生生物の死骸以上に気を付ける必要があるのは言うまでもない



そしてもう一つ


父・霰「―――南無」

火で清め、冥福を祈るため


短い瞑目と合掌――二人とも真剣にやっている事は疑いようもないが、どんなに心を込めても所詮は自己満足

だがそんな事は重々承知だろう、このケジメは二人にとって欠かしてはならぬ大切な何かなのかも知れない

瞑目を終え絞った油の上澄みを回収、給油していると見覚えのある少女が近づいて来た

父「ん――あの子は...」

霰「さっきの――子...かな」


二人は反応はすれど作業の手は止めない



少女「あ...あのっ!さっきはありがとうございました!!」



霰「―――霰が勝手にやったことだから...」

少女「え?」

父「ああスマン内の娘はこういう奴なんだよ――
『感謝されたいんじゃなくて、見捨てると気分が悪いからっていう自分勝手な理由でやった事だから気にしないでいい』
っていう意味なんだよ」

霰[こくり]

少女「な、なら私も自分勝手に感謝します。ありがとうございましたっ!!」

父「ほう」

霰「ん」

父「・・・(中々見どころのある娘だな)」

霰[こくり]

少女「もしよかったら私達の村に来てくれませんか?そこでお礼をさせて貰えませんか?」

霰「お礼...無理しないで」

父「だが今丁度人の居る所を探していた――折角だから招待されよう」

少女「本当ですか!?ありがとうございます!」

霰「――よろしく」

少女「こちらこそ!」

父「あー...ちょっと待ってくれ、今せっかく浜辺にいるんだからちょっと手土産を用意しよう――霰、頼めるか?」

霰「ん」

少女「あ、あの――」

父「気を悪くしないでくれこれも私の性分なんだ」

少女「そ、そうなんですか...」

父(この子以外から歓迎されるとは限らないから―――な)

爺「いやいや...魚を持ち込んでくれるとはありがとうございます」

父「一晩世話になるというのに手持ちが心許ないままではと思い少しばかり――」

爺「とんでもない――あの日以来、海魚は貴重になってしまいまして」

少女「霰ちゃん――この子が獲ってきてくれたんだよ!」

霰(適当な底引き網だけどね)

青年「昔は俺たちも漁をして暮らしていたんだが...クソっ!」

壮年男「深海の奴ら舟を壊しやがるからな...」



父(小規模漁業は深海棲艦の影響をモロに受けた分野の一つだったな)

深海棲艦は別に個の強さはそうでもない、実際通常兵器―――

いや、イ級とか下級の相手なら最悪(射程を考慮しなければ)銛でも十分に対応できる

では何故深海棲艦にあっけなく制海権を明け渡したのか?

理由は簡単だ、通常兵器は海上にいる人間大の相手に対する事を想定していないからだ



確かにミサイルなど広範囲に被害をまき散らす兵器であれば撃破できるかもしれない

だが何分コストが掛かり過ぎる、コストが掛かるという事は弾数が少ないという事

そして深海棲艦の数は少なくない

つまりそういう事だ



無論脅威はそれだけでない攻撃面も脅威だ

威力は流石に軍艦級はないが、それでも十分に軍艦含める船を沈めるに足る火力を持ち合わせている

海上版の対戦車武装をした歩兵といったイメージだ



たかだか歩兵が脅威となりえるのか?一般人はそう思うかもしれない

だが『陸戦の王者』と呼ばれる戦車でさえ10式戦車の様に対戦車以上に対歩兵を対策している車両もある

それ程歩兵の存在は侮れないという事だ



その侮ってはいけない存在が今までいなかった海上で突如現れたのだ

それまでの軍艦は成す術もなく表舞台から追いやられた

海軍が駄目なら空軍で...ともいかなかった

誠に厄介な事に深海棲艦は航空勢力まで持ち合わせていた



戦闘機というのは案外小さいがそれより数段小さい中型犬程度の大きさの艦載機を使ってくる

そして例によってそのサイズでも火力は十分と来たものだ



今までの戦闘機に積まれている誘導ミサイルでは深海の艦載機は追跡してくれない

機銃で撃とうにも的が小さく思うように撃破できない

速度差の関係で軍艦程悲惨な事にはなっていないが、それでも深海棲艦の物量に押されてしまった



戦争において初動は非常に重要

その初動に於いて人類は完全に敗北してしまった為あっさり海と空を奪われてしまったのだ



その後は負けた理由が殆ど『初見殺し』だった為

艦娘等を始めとした対処方法の確立によって現在は大国を中心に巻き返してきている



―――のだが

父(ここの辺りの国々は戦前目覚ましい発展を遂げていたとはいえまだ大国とは呼べないレベル

このような不測も不測の大事には体力もなく対処が十分にはできなかった

さらに都市部ならまだしもこのような田舎では―――)



霰「お父ちゃん」

父「―――ん?」

霰「今は難しい顔する時じゃ...ないの」

父「おっと、そうだったな」


少女「ねえ、霰ちゃん!」

霰「――ん?」


霰の活躍を喧伝して回っていた少女がハイテンションを維持したままいつの間にか傍まで来ていた


少女「霰ちゃん達ってニンジャなの!?」

霰「?」

父「え?」

少女「それともサムライ?」

霰「......別に――」

父「別に侍でも忍者でもないぞ」

少女「そうなの?」

だが少女が勘違いするのも無理はない

何故なら洋服ではなく坊主合羽を付けた小袖に股引、脚絆そして一文字傘という恰好

江戸時代の道中着を思わせる出で立ちだからだ

和装を知らない外国人から見ればそう見えても仕方ないだろう



そして霰も朝潮型の制服であるブラウスとサスペンダースカートではなく

父と同じく本来なら男性が着るような道中着スタイルだ


霰「このカッコ...へん?」

少女「そんな事ないよ!すっごく似合ってる!!」

霰「...ありがと」

父(流石に東南アジア諸国だと『座敷童みたい』と思われることはないか)

父「侍でも忍者でもないが...強いて言うなら『渡世人』とか『浪人』かな」

少女「え!ローニンなの!?」

父(ああこれ『浪人』を『剣豪』と何かと勘違いしているな)

少女「やっぱりサムライなんだね! イアイとかツジギリとかできるの!?」

霰「...やらない」

父(辻斬りはその気になれば誰だってできるだろうが、ね)

爺「これ、その辺にしておきなさい。霰さんが困っておるじゃろ」

壮年男「というか砲が使えるなら刀で戦う意味はあまりないだろうが」

青年「そもそも霰ちゃんは艦娘なんだろ? だったら刀なんて使わなくても――」

霰「...そんな事ない―――霰は弱いの」

少女「こ、これが日本人のケンソン!」

青年「噂通りオクユカシイ!」

爺「だがいざ戦いとなれば日本の兵隊さんは――」

婆「アンタは直接見た事ないのに語るんじゃないの!」

壮年男「おっと煩いのが来てしまったな」



父(霰は正直だから全部言わないかとヒヤヒヤしたが勘違いしてくれたか...霰の言う通り霰は―――いや、艦娘はそこまで強い訳ではない)

艦娘は先に説明した海上の歩兵部隊たる深海棲艦に対応する為の部隊

その深海棲艦は(一部を除いて)別にそこまで強固ではないので艦娘に求められるスペックもそれ相応だ


確かに強靭な肉体を持ち合わせている方が有利なのには違いないが

装備の艤装を扱えるに足る体力があれば極端に大きな差は開くことはない


イメージとしては艦娘は白兵戦を挑む戦士というより戦闘機のパイロットの方が近いかもしれない

だから素の能力外見相応でしかない



まあ、そうとはいえ



婆「全く...男共は...」

爺他多数「「「「「」」」」

霰「...酔い潰れちゃった――ね」

父「仕方ない、これも一宿一飯の恩義だ―――霰」

霰「ん...抜錨」

父「我々が寝所に運びますよ」

婆「そんな事せんでも―――と、言いたいところだけどお願いしようかねぇ...」

父「確かあちらの方で間違いありませんよね[ひょい]」

霰「せーの...と[ぐいっ]」

婆「おやおや、あんな小さな体で大人を担げるなんて...艦娘さんは本当に力持ちだねぇ」


艤装のアシストを受ければ霰程度の体格でも若干小柄~中肉中背の成人男性級の力は出せるようになるのだ

翌日



霰「...」

青年[カチャカチャ]

霰「...」

青年[キュッキュッキュッ]

霰「...」

青年「これは...うん」

霰「...」

青年[ぐぐぐぐ...パチン]

霰「...」

青年[ざりっざりっ]

霰「...」

青年「あー...お嬢ちゃん? 別に監視し―――」

霰「それは霰の魂」

青年「はい、ごめんなさい。集中して修理させていただきます」

霰「ん」



霰の艤装は現在修理中だ

元々霰達が集落を目指していたのは回収資材の売却と艤装のメンテと修理が目的

その目的の一つを現在進行形で果たしている最中なのだ



霰は別に嫌がらせで青年――修理屋の監視をしている訳ではない

悪意を持って艤装に触れるのは論外、悪意がなくとも何かしらのトラブルに遭う可能性は十分にある

そうでなくとも艤装分解中は戦力が大幅に落ちる

後ろ盾のない霰達にとっては暢気に人任せにしてどこかで時間を潰すなどという肝の据わった事はできないのだ



少女「こんにちは――ああ、居た居た霰ちゃん」

霰「ん?」

少女「今ひま――わっ!?」

霰「...」

少女「何でカタナを握ってるの!?」

霰「艤装の修理をしてる―――今とっても無防備...」

少女「武器を握ってるのに無防備!?」

霰「...」

少女「何で黙るの!?」

青年「お嬢ちゃんはしかたないけど、騒ぐなら出て行ってねー」

少女「あ...ごめんなさい...」

・・・・・・――――――・・・・・・


少女「うーん、それにしても大きなカタナだね―――サムライの魂もっとよく見せてくれる?」

霰「これ...日本刀じゃない、山人刀――みたいなの...どちらかといえば鉈―――」

少女「そうなの?」

霰[コクリ]

少女「じゃあシントーの神官が叩いて作ったんじゃないんだ」

霰(神主?...ああ『打ち初め式』の事?この子、結構な日本かぶれなのね...)

少女「ならそのサンジントーはどうやって手に入れたの?」

霰「ヌ級の...破片」

少女・青年「ぶっ!?」

霰「意外?―――ヌ級の殻...結構頑丈なの...」

少女「」

青年「」

霰「...」


少女も霰達が深海棲艦を解体していたことは知らない訳ではなかったのだが

『近所の金物屋で買ってきました』と言わんばかりの調子で語られて面食らってしまった

そしてその山人刀をよく見れば刃に大きな欠けこそないものの

傷だらけで所々普通でない染みや曇りが見て取れる

見た目は水彩画や読書を嗜みそうな寡黙な少女の霰だが

彼女の雰囲気や身の回りの品々はこの騒乱の世を旅するに耐えうる事を雄弁に証明していた



そんな感性や経歴の違いから会話が途切れる事もあったが

少女は熱心に話題を切らさぬよう努め艤装の修理が終わるまで何とか会話を続けた

少女「ところで霰ちゃんは『んちゃ』とか言ったりしないの?」

霰「...何で?」

少女「知らないの?日本のマンガのキャラの口癖なのに」

霰「知らない...」

少女「だってそのキャラの霰ちゃんと同じで名前ア――」

霰「いいません」

少女「そんな~」

青年「お嬢ちゃん、ようやく終わったよ」

霰「ん」

少女「え?もう?」

青年「『もう』って...もうそろそろ夕方なんだが...家帰らないでいいのか?」

少女「あっ本当だ、今日もこの村に居るんだよね?また明日!!」

霰「ん...じゃあね」

青年「やれやれ...騒がしいことだ。でも容赦してやってくれあの子は仕方ないんだ」

霰「?」

青年「あの子は村の子じゃない、外から流れ着いてきた娘なんだ」

霰「...」

青年「どうして海を漂っていたのか詳しく聞いていないが大体見当は付く」

霰(―――深海棲艦)

青年「そんな訳で元はよそ者だったんだけど、ああやって明るく振舞って輪の中に入れてもらった...ってわけだ」

霰(それで不自然なくらい明るかったんだ...)

『こんにちは、新人さん』


霰(明るい...声...)





『ねぇ、貴女の名前はなんて言うの?』


霰(何で...今...あの日の...記憶が...)

青年「...ちゃん・・・お嬢ちゃん!」

霰「...!・・・なあに?」

青年「ぼーっとして平気かい!?」

霰「大丈夫...それより着けるから...」

青年「...大丈夫ならいいが―――じゃあこれを」



霰(艤装展開はできないけど疑似動作確認程度ならできる...)

青年「どうかな?」

霰(機関、問題なし...主砲、問題なし...雷装、問題なし...副武装、問題なし)

青年「...」

霰(収納庫、問題なし...装甲、問題なし...推進器、問題なし)

青年「あ、あのー...」

霰(...うん)

青年「だ、大丈夫だった...か...な...」

霰「ねぇ」

青年「はい!?」

霰「どうして...こんな整備ができるの?」

青年「なななな何が問題で!?」

霰(...?――――ああ...)

霰「そういう意味じゃないの...逆...」

青年「え?」

霰「まるで新品...」

青年(いや新品には程遠いと思うんだけどなぁ)

霰「どうしてこんなに...いい備品があるの...?」

青年「それはこの近くの海岸―――ああ、お嬢ちゃん達が深海棲艦と戦った辺りは...」



[たあぁん、たあぁぁん――・・・]



青年「銃声!?」

霰[ガチャッ、ザリザリガガー]「お父ちゃん」

父『部分抜錨許可、緊急抜錨するために急ぎ合流せよ』

霰「了解」

青年「くそっ、最近大人しくしてたのにまた来やがったか!」

銃声が響くより遡る事少し前



少女(夕方だけどまだ日が沈むまでは時間があるよね...)


少女は家に戻らず霰達と出会った浜辺に来ていた

深海棲艦とニアミスした翌日だというのにタフというか無神経と言うかは個人の解釈で分れるだろう


少女(昨日は深海棲艦のせいで有耶無耶になったけど、確かこの辺りに―――)


スコップで砂浜を掘り返す目標は半分埋まった木箱だ

最初はただの木片だと思った、だが躓いた時にそれが木片などでなく埋まった何かだと解った

本来ならそれで終わりなのだが、少女は何が埋まっているか気になってしまった



この海岸は時折艦娘の艤装やそのパーツと思われるものが流れてくるので

価値のある物である可能性も否定できない、故に少女はそれを掘り起こす決心をした

昨日の時点で結構掘ったのか目標の物は比較的短時間で地面から全身をさらけ出す


少女「さあ、何が入っているのかな・・・」


少女はスコップ同様村から拝借してきたバールを使い木箱を開けていく

そしてその中には...

少女「また箱?しかも今度は鉄――ううん、何かの金属製ね」

少女(これはこじ開けられそうにないし、壊すなんて論外だよね...)


とはいえ、いかにも価値のありそうなものが詰まった箱を無視する事はできない


少女「うーん...明日、霰ちゃんに頼んで運んでもらおうかなぁ...」

少女(でもその間に持っていかれたら...うーん)

少女「案外普通に手で開いたり―――え?」


見るからに重量感ある金属の箱は摩擦する音もなく簡単に開けられてしまった

重量物をろくな抵抗なく滑るような様な異様な手応え、それだけでも少女を動揺させるには十分なのだが――

少女「な...なにこれ...」


見慣れぬ白銀の金属、そしてそれに夕日が差し込み虹色の反射を返す。どうやら錆止めと思しき油が塗られているようだ

まるで芸術品の如く美しい

だが美しすぎる物は時として恐怖の対象になる


少女「う...あ...」


恐怖のあまり腰を抜かすが、それでも逃げようと腰を擦りながらも必死に後退る


少女(なんなのアレ!?――逃げな――)


[どんっ]


少女(え?)


少女以外いないはずの浜辺で背中が誰かとぶつかった

反射的に振り返るが誰もいない


少女「な...何なの!?」


[ガチャン]


少女「え?――きゃぁああぁあぁぁあぁ!」


絹を裂くような悲鳴は『誰にも』届くことなく夕暮れの浜辺に吸われ消えていった

本日はここまで
このSSの世界観では艦娘は不思議生命体である事には違いないのですが
『超人』ではありません、常識的な範疇にとどまります

ただし大和型や長門型のように元々体格が凄い方々は艤装補助を受けるとご想像の通り凄い事になります

年末ってやっぱり大変
2週間かけたのに今日中に書き上がりそうにありません
次回は多分火曜日だと思います


後、予告ですが次回から本格的に泥臭く無慈悲な面が現れはじめます
霰に純さを求められている方は逃げた方がいいかもしれません

火曜日更新のはずが気づけば日曜日!年末って怖い!
まずは前回の訂正


39
×青年「お嬢ちゃん、ようやく終わったよ」
〇青年「お嬢ちゃん、終わる目途がついたよ」


41
×青年「ぼーっとして平気かい!?」
〇青年「あの子が帰った時から随分長い事ぼーっとしてたみたいだけど...平気かい?」


43
×重量物をろくな抵抗なく滑るような様な異様な手応え、それだけでも少女を動揺させるには十分なのだが――
〇重量物が抵抗なく滑べるという異様な手応えだけでも少女を動揺させるには十分なのだが――

ここから本編です


――――――・・・・・・――――――



日は落ち夕の茜色が引いていく

日の光を失った地は夜となり黒く染まり始めるが、空は日もないというのに青く輝く

その青の輝きは始まる夜に抵抗するが如く辺りを仄かな青の燐光で染め上げる

この様な現象をブルーモーメント、あるいはその時間帯ごと含めてブルーアワーというらしい

実に神秘的な光景で非常に美しい


―――――だが日本語でこの現象が生ずる時間帯はそんな美しさとはかけ離れた言葉で表される


『逢魔時』


魔物や大きな災禍を呼び込むと信じられた文字通り『魔』の時間帯

そんな神秘的にして不吉な時間に闖入者が現れた

尤も、魔ではなく相手は人間なのだが

霰は体勢を低くしまるで狢の如くかけ始める

ぱっと見るとキツそうな体勢ではあるが積み重ねて来た経験と艤装アシストによりその動きから苦しそうな雰囲気は感じられない

だがいくら隠密体勢とはいえ、おんぼろ機関の騒音があるので―――いや、今は違う

整備に出したばかりだけあって機関は実に調子が良い

出力を抑えているとはいえ今までとは比較にならないレベルで静かに駆動する。爆音に慣れている霰からすればまるで無音だと錯覚するほどだ


霰の手には艤装由来の武装らしきものはない、機関砲含め部分抜錨状態であるため制限が掛かっており使えないのだ

寂れた村、もとより裕福とは言い難かったこの地に深海棲艦との戦争という災厄が降りかかった

直接の侵攻被害ではない余波に過ぎないし、即死となる程の威力もない

だがそれでもこの村の生活を破壊するには十二分なできごとであった


出来ることが出来るなら逃げだしたかった

だがこの村には逃げる余力もどこへ逃げればいいかという知識もなかった

確かに即死は免れたかもしれない、だがなにもできなければ即死と何が違うというのか

いや、むしろ苦しみが長く続く分より質が悪いかもしれない


故にこの出来事はある意味慈悲深き介錯―――――――



「野盗が...この村へ?」

「ここへ来て何を盗むっていうんだよ!」

「物はなくても一応人はいる...とういう事なんだろうな」

「手当たり次第ってことか...」

「奴らの『物』になれば一応生き延びれるかもしれないが...」

「ふざけんな!誰があんな畜生未満の下で生きれるかってんだ!」

「じゃあどうすればいいっていうんだよ!」

「...そんなの一つしかない――――――よな」

「――――――ああ」

「...・・・腹は―――決まったよう、じゃな」



彼らは座して死を待つ事などできなかった

戦いとは無縁...とまではいえないが縁遠き生き方であったが故、戦略は当然のこと戦術も知らぬし戦法でさえ同様の有様

だがそれでも戦った

後には引けぬ気迫か相手は弱いと侮った賊の油断か、それとも才ある者が多くいたか理由は解らぬが

―――彼らは勝った


無傷には程遠く無視できぬ死傷者を出しながらも賊を完全に撃退、さらには追撃も成功させ根城ごと絶つという考えうる限り最良の戦果を叩き出した

故郷の村を枕にして眠るつもりが望外の結果に村人たちは大いに沸き勝利の美酒に酔いしれ今も生きている奇跡に感謝した



この美酒は確かに酔えた、だが腹を満たす事はできなかった

元よりギリギリで生きてきた村人は今回の襲撃で遂にそのギリギリすら維持できなくなった

介錯を受け入れなったが故に―――



「おい聞いたか?北の山近くで纏まったいい鉄が出るらしいぜ?」

「なんだよ、ずりぃよな奴ら...俺らはこんなに苦しんでんのに」

「だったら少しでも譲って貰えないか......」




――――――交渉しに行こうぜ



最初は本当に一般的な意味で交渉するつもりだった

だが彼らは先に説明したように既に限界ギリギリのラインを超えていた

そして一線も同様に超えていた―――


一度一線を越えれば今までの線は線でなくなる

最終的に交渉は狭義の意味から広義の意味へ至った


こうして彼らは『畜生未満』の下で生きる事を拒否した『畜生未満』となった



――――――・・・・・・――――――



盗賊稼業は順調だった

やはり戦いの才があったのか次々に襲撃は成功させた

だが、政治はそうもいかなかった

せっかく支配下に治めた村や集落も満足に生かす事ができず思うような収益を得られず

そればかりか人心を軽視したのか反乱因子を育ててしまい多くの支配地域を切り捨てざるをえなくなってしまった

去ったと思った苦境が再び目の前に、もうあの様な思いだけは断じてできない

だから今回の襲撃は是が非でも成功させなければならぬ

初動は上々、半年近く襲撃の気配すら見せていなかった為かそれとも夜になりきらぬ時間帯がよかったのか部隊を素早く展開させる事に成功

後は牽制しつつ混乱の火種を巻きながら包囲を狭めていけばいい

だが油断してはならぬ、油断して狙撃など貰おうものなら目も当てられない



(狙撃手がいるとすれば―――あの高台の土蔵が怪しい、後はあの石造りの民家もだな)



正面の陽動部隊が派手にやってくれるお陰で比較的安全だが慎重に狙撃の目を警戒する

雑にはできぬ、自分のせいで失敗など笑えない

あの苦境を共に超えた仲間にも迷惑がかかるし何より妻子に―――

そんな狙撃の目を気にする彼の目に飛び込んできたのは



[タスっ]
「ん?」



指―――

――――――・・・・・・――――――




霰(武装した人間...村人?)
13歩

霰(視線方向屋根や高台ばかり、村の外は見ていない)
8歩

霰(恰好は普段着じゃない)
5歩

霰(だったら―――)
3歩


霰(――――――賊だ)
[タスっ]

――――――・・・・・・――――――




背後で不穏な物音が聞こえた

体を捻り振り向き確認した

目の前に迫る指があった

思わず仰け反った

何かぶつかった

倒れている

一体――






息子と妻の姿が見えた気がした

――――――・・・・・・――――――




目標はこちらの方に向き直ろうとする

踏切が強すぎたのだろうか

だが振り向き切るより早く間合いに入る

そもそも飛びかかっているので止まることなどできないのだが



霰(目――)



目標の目に向け親指を伸ばす

両目である必要はない、そもそも目を潰すつもりもない

人質は生きていてこそ価値があるように、人間壊れていないものは守ろうとする

だから潰せても潰さない、目に添えた指はこれ以上伸ばさない。これが一番楽に人間を仰け反らせる方法



霰(成功――)



体を捻った不安定な体勢で仰け反ればどうなるか

さらに華奢な体格とはいえ艤装を担いだ少女が全力疾走で飛び掛かればどうなるか



―――立木があっさり倒された



霰(―――っ!)

膝で胸部を抑える柔道で言うところの浮固めに似た形に極める


言葉にすれば長いが13歩前から二呼吸あるかないかの出来事

数々の少なくない修羅場を乗り越えた成人男性があっというまに組み伏せられる

言うまでもなく圧倒的霰有利、ここからどう追撃を―――

霰(......)

あっさり固めを解いた――何故?

戦場で手心は......いや違う



霰(武装は小銃じゃなくて散弾銃――だけ――――予備の弾も少ない...)

霰(でもこれだけでも随分違うの)



瞬時に武装回収すると賊に一瞥もくれず足早に去ってゆく



霰は別に手心を加えたわけでも残心を怠ったわけでもない

賊――いや賊だったものの盆の窪辺りに鋭い金属片が深く刺さっている

霰は飛び付き地面に激突させる際、倒れる勢いを生かせるよう賊の後頭部に尖った屑鉄を添えていたのだ

決して不慮の事故などと言い逃れできぬ明確な殺意をもった行為

だが霰の足は飛びつく前と変わらない調子で駆けて行く、そして逢魔が時の世界もそれをなじろうとはしなかった

――――――・・・・・・――――――




爺「賊の動きはどうなっておる!?」

壮年男「暗くてよく見えないが包囲されているみたいだ!」

中年男「被害状況もわからな―――」



[バガンッ!]
「おうおう動くんじゃ[ゴッ]ごふっ!?」

父「――っ!」



豪快な物音と共に賊が屋外に吹き飛ぶ、数人巻き込んだのか複数人の悲鳴も聞こえた


いまだ!


誰かの号令がかかり倒れ伏した賊たちに銃弾が降り注がれる

今度はろくな悲鳴もなく数度の痙攣の後に動かなくなった



中年男「――よし!このままいけば」

壮年男「そんな上手くいく訳ないだろ」

爺「じゃな、手榴弾でも投げ込まれたら終わりじゃからな」



霰の父親は村の男衆と共に高台にある土蔵で籠城していた

(正確に言えば籠城しにきたのではなく、たまたまそこに居ただけなのだが)

ここは蔵としてだけでなく、籠城も考慮した造りとなっており武器や食料などもある程度揃っている

だが、村の爺がしてきした通り銃弾は防げても中に爆弾でも投げ込まれたら一巻の終わりだ

現に手榴弾ではないが、火炎瓶系の物が既に投げ込まれた後で、鎮火はさせたものの惨事になりかけた

父「もうすぐ霰と合流できますそうすれば―――」

爺「すまぬが頼らせてくれ異国の旅の人」

父「これも一宿一飯の恩義です」

中年男「随分義理堅いんだな...」

壮年男「それにしても流石日本人だな!カラテってんだろ?」

父「まあ――そうですね」



壮年男は『日本人なら全員空手ができる』という紋切り型の間違いをしているのだが、実際父親は空手経験者であった

ではなぜ若干ぼかしたのか?――――――

父親は実に格闘の才に恵まれた人物だった

親もその実力を知り、本人の希望もあってよい環境に恵まれた


また知識欲も中々に貪欲で様々な武術や格闘技触れ、武器の有無にかかわらず貪欲に調べ経験して回った

『時代遅れの武芸者』としばしば揶揄されたがむしろ本人は誉め言葉ととらえその道に邁進――――――

――――――するはずだった


だが彼には致命的な弱点があった

『皮膚がとても薄い』

地味ではあるが皮膚が薄いと当然出血しやすい

出血というのは試合でやってしまうとそれだけで止められ負けてしまうケースが多々ある

実際彼も出血が原因で負けた試合は多く不完全燃焼の思いをいくつも重ねてきた


当然局部鍛錬などで弱点を補おうとした、だがその鍛錬で鍛えられない程彼の皮膚は薄かった

だから考え方を変えた


『鍛えられないのであれば道具で補えばいい』


考え方は至極もっともだが、当然道具を持って格闘の試合など出られるはずもない

使える場面は試合の外

工夫を重ね、遂に弱点の克服


考え方の正しさを試合の外にて見事証明した――――――

――――――いや、してしまった

証明が完了したときに振り返り気付いた

夢中になり過ぎていた事にいまさらながらに気付く



恋人を愛し過ぎるあまり愛が重くなり遂には病む様に

趣味が高じて過ぎ偏屈となり遂にはただの異質となる様に

探求心が高じ過ぎた彼もいつしか狂い法を犯すまでに至っていた



元来真っ当な家庭でそだった身だった故にそのショックは大きかった

自らが狂っていた事より周囲の人間を裏切っていた事がなにより重かった

幸か不幸か彼のやっていたことは相手が相手だったので公になることはなかった

だから家族にも友人にも恋人にもその所業は知られることはなかった

いや、信じてくれなかったというべきか――――――結果彼は罰を受け反省する権利を失ってしまった

だから彼は武を捨て全く違う道を歩み始めた

もう二度と、その時は決心していたのだが――――――



父(路上の鍛錬が役にたつなんてな......頼りになるが誇りたくもないよ)



路上の技がそのまま使えた訳ではないが、道場内やリングの中だけの経験であったならとうの昔に倒れていただろう

何度も試行錯誤を繰り返し、それを現在に至るまで続け何度も修羅場を乗り越えてきた

正に泥だらけの拳―――――

だがこんな拳でも義理を通せるというのであれば――――――



父(今度は......裏切らない!!)

――――――・・・・・・――――――




霰(やっぱり、一人倒して終わり...とはいかない――――)



無線で決めた合流地点へ急ぐ霰だが行く手には数人の賊がいる

こちらには気づいていないが賊は陽動か威嚇行為は不明だが派手に暴れている

不用意に対処すれば雑に撃っている流れ弾に当たってしまうだろう



霰(やり過ごす?それとも迂回?)



交戦も想定して先程鹵獲した散弾銃を構える

満足に準備の無い状態で命を懸けるのは勇気...いやむしろ蛮勇が必要かもしれない

そうでなくとも後ろ盾のない身分、いくら個の力があっても必要以上に身を危険に晒すことは割に合わなさ過ぎる


とはいえ路上の立ち合いも兵器入り乱れる戦場も初動が重要

最初の銃声から即席麵は愚か茶碗飯を温めなおす程度の時間すら経っていない状況、叩くなら今であるのも事実



霰(ここはお父ちゃんに――――あ)



何の偶然か指示を仰ごうと回線を開こうとした直後、適当に動いている賊が奇襲するには理想的な立ち位置に――――

――――気付いた時には引き金を引いていた


思考を挟まぬ反射的行動、賽は手から零れ落ちるように投げられたのだ

――――――・・・・・・――――――




先行部隊として派手に暴れ目標に混乱と恐怖を届ける、それが自分達の部隊に課せられた使命

最も危険が伴うがその分最大の名誉ある部隊であり花形であるとされる

その名誉やら花形やらの考えは上の連中が作為的に作り上げた幻想かもしれないがそんな事はどうでもいい


暫くの平穏でおざなりとなった防衛網はあってないようなレベル

戦いというよりはボーナスゲームだった

第一の接点は成功し、これから本格的進攻に移る


部隊は三手に分れ素早く村に侵入する

率いる部隊は多勢にて正面から派手に攻撃を開始

接収したゴロツキ――いや、新兵が無警戒に暴れまくる何とも単純な奴らだ

だが『必要以上』に油断してやる義理などない、あくまでも油断するのはあの新兵......


「あぎっ!」
いや、生贄だけで十分だ



「左舷方向に伏兵!炙り出せ!!」



そう指示を飛ばすと生贄の方向にある草むらに大量火矢が浴びせられる

戦時の混乱期故、銃器は昔に比べれば手に入れやすくなったかもしれないが、一介の盗賊団全員に支給出来る程この国には銃器は溢れかえってはいなかった

尤、敵の伏すと思われる場所は枯草混じりの背の高い草むらだ、銃弾を浴びせるより焼き払った方が効率がいい



「さあ、何人炙り出せるかな?」

まずは一人、見慣れぬ恰好の猟銃と刀如くリーチのある鉈で武装した童女が飛び出してきた



「ほーう......あんな童女まで戦いに駆り出されるとはこの村は余程追い詰められていると見え――――――む」



早々に一人飛び出してきたが続きがいない、火矢に誰かが貫かれた様子もない



「まかさあの童女一人だけだったとはな、少し焦りすぎた――――――っ!?」



ただの数合わせかと思った童女は思ったより......いや、年齢や性別を加味するまでもなく相当出来る

あの童女と交戦中の奴らも不意を突かれたとはいえしっかり抵抗はしている様子

だが戦果も期待できないだろうしそもそも長くも持つまい



「そうかあの童女は...ふん、あの年齢で用心棒か何かか―――ところでお前達」



全く想定していなかった事態に面白くなさそうにするが、気持ちと口調を切り替え配下の者に問う



「いま戦っているあいつらの素行をどう思う?」


「今ここで『評価してやれ』」



随分抽象的な指示が飛んだ―――

―――だが返答替わりの行動は一糸の乱れもなかった

――――――・・・・・・――――――




最初は銃撃のみで目の前の賊を無力化しようかと考えていた

だが装弾の方法が瞬時に解らなかったのでこの初撃のみで終わりにし、さっさと撤収しようとした―――が



霰(迂闊......だった、かな)



目の前の賊が上げた悲鳴に呼応し、大量の火矢が降り注いできたのだ

水でも被っていれば燃え始めた草むらを突っ切って合流する手もあったが

諸事情によりその行動はリスクが高くなり過ぎるので迂回撤収を諦め前方に再転進する



霰(気付かれている――けど!)



銃弾を浴びせた賊に肩口への一太刀

続いて胴衣に巻き付けていた手拭いに火を着け、ボーラ(※)の如く他の賊に投げつける
(※ボーラ:動物等を捕獲する際に手足を絡めとる為に使われる、紐の両端に錘の付いた投擲武器)

残るはあと一人、三人相手に比べれば格段に楽ではある

だが後は何も考えずに機械的な処理作業とはいかないだろう

普通であれば―――だが



霰(一刀で切り結べられる技量が欲―――っ!?)



破裂音と共に空気を切る音―――それも一つや二つではない両手では数えきれない程の量だ

霰(な――ぐ――う、撃ってきた!味方ごと!?)



霰の衣服から幾つも繊維が弾け飛ぶ音が聞こえる

艦娘の装備する艤装は身体能力だけでなく身に着けている衣服などにも作用する

主な効果は装甲強化―――ではなく被弾ダメージの肩代わりだ


本来なら艦娘自身が切られ貫かれ打ち据えられ傷害ような状態になっても、身に着けた衣服が身代わりになってくれる

だから艦娘は中破や大破するとあられもない姿になってしまうのだ

余談ではあるが、その肩代わりも限界があり厚着すればしただけ...という訳にはいかない

まあ肩代わり効果は無くとも中大破級の状態になっても素肌をさらさない為に厚着をする艦娘も割といるが



霰(体――まだ普通に動かせる、行ける――)



瞬時に被弾状況の確認を終えた霰は次に周囲を確認する

手拭いを投げつけられた賊の方は既に地に倒れ伏し痙攣している

もう片方はかなりのダメージを受けており長くはもたないだろうがそれでも立っている



「あ―つら、裏、切...ど―つも――っ!!」



たとえここが図書館であったとしても最早なんと言っているかまともに聞き取れない声が上がる

発言は聞き取れないが何をしたいかだけは容易に解る

最後の力を振り絞り小銃を構えようとする

道連れにするつもりだ

銃器は怖い、例え瀕死でも引き金を引ければ簡単に人を害せる

だが



霰(―――)



そんな事を許す程霰は甘くない

瀕死で動きの鈍い賊との間合いを瞬時に潰し手持ちの武器を突きつける

山人刀による刺突か?

違う、これは魚雷だ!


確かに霰の兵装は制限が掛けられ主砲は当然、各種雷撃、機銃に至るまで使えない

だが砲は使えないが散弾銃が使えるように艤装に搭載していない武器なら使える

例えば砲に装填しないで腰袋等に入れておいた物なら―――


無論様々な意味で極めて危険な行為であり、軍属がこんな事をすれば厳罰モノだが霰には全くもって関係のない話

裏技であり戦場を生き抜く知恵でしかない



霰(魚雷始動――)



手に持った魚雷のスクリューが回り始める

だが、ここで起爆させれば自分も巻き込まれ―――



霰「――っしぃ!」
「あぎゃ!?――」



人間一人葬るのに起爆などさせる必要はない



霰(――ん)



高速で回るスクリューを首に押し当てるだけで事足りるのだから

首筋から血を噴く賊から視線を外し、銃撃をしてきた相手を探す



霰(あそこ――うん、届く)



安全装置を外し魚雷を忌々しい遠巻き軍団に投げ込む

何度もやってきた事、狙い違わず目標地点に落下・爆発する



霰(もうこれ以上付き合えない――)



賊から銃器を回収しようと視線を辺りに泳がせる

肩口を斬られ倒れた者、そして首から血を噴かせ倒れた者

そして頭部を黒く焼かれた者がいた


霰が手拭いを投げつけただけの相手は何故倒れた?

銃弾を受けたというのもあるだろうが、件の手拭いはしばしば艤装を拭いていた物―――

―――つまり油が染み込んだ代物だ、火が着けば容易には消せない

そんな物が投げつけられ顔に巻き付いたのだ

まだ心臓は動いているかもしれないが、これ以上気にする必要もないだろう



霰(銃弾回収は――)



チラと遠巻き軍団に目をやる

混乱は大きいが動く気配もまだ多い



霰(――している暇ない、銃だけ持ってく)



こうしてあられは燃え盛り始めた草むらを背に駆け始め闇に消えていった

――――――・・・・・・――――――




「してやられたか」



走り去る童女を見送りつつそう独り言ちる


釣れたのは一人だけだがその一人は油断ならない使い手と見て生贄ごと撃ち抜いた

元々処分予定だったとはいえ頭数が限られる自軍故、切るタイミングは間違えたくなかった

だが結果は生贄3名を失うも目標は健在

それどころか手痛い反撃をもらい射手死者含め6名戦闘不能という結果に終わる

悉く目論見を外し苛立ちは隠し切れない

油断したつもりはないが結果がこれでは―――――――


そんな折、おずおずと側近が声を掛けて来た



「それにしてもあのガキ......確かに当りましたよ...ね?」

「ああ、間違いなく被弾した」



あの一斉掃射で倒せるはずだった

実際、この方法で重ボディーアーマーを着込んだ兵士を倒した事もある

仮にその瞬間は凌げても、数分持つのが限度で最終的には皆倒れ伏した

今まで例外なくそうなっていたのだ

だからあの童女がまだ動いていてもあまり気にせず銃撃を止めさせたのだ



「あの見慣れない恰好―――あの服が銃弾を防いだのでしょうかねぇ?」

「いや、そうとは思えない。鎖帷子や鉄板でも仕込んでいるかもしれないが、あの素早い動きから見て銃弾を跳ね返せる程の物は仕込んでいないだろう」

「そうとなれば後考えられるのはあの童女が化物で、とんでもなく強いってことに―――」

「・・・それだな」

「え?」

「あいつ恐らく艦娘だ」

「艦娘ってあの海の化物と戦う?」

「何でここにいるか理由は解らない...が、間違いないだろう―――これは厄介だ」



溜息一つ

そして男は化物退治の専門家を越える化物になるべく策を練り始めた

――――――・・・・・・――――――




ふいに土蔵の外から奇妙なリズムの音が聞こえた


周りの村人たちは少しばかりの困惑と警戒をしていたが父親だけは意味を理解する

当然だ



父「どうやら待ち人のようです」

爺「符丁...って事ですかな?」



父親も独特のリズムで戸を叩きながら聞き返す



父「山」

「川...」



その言葉を聞き戸を開けると霰が姿を現した

様々な銃器と拭い切れぬ染みを残した山人刀を抱え、着流しの袖に至っては何かによって一色に染められている


その光景に幾人かは顔を顰め、幾人かは思わず仰け反った


だが霰も父親も気にする風でもなく情報交換を始める

――――――・・・・・・――――――




父「成程、外はそんな感じか」

霰「ごめんなさい......余計なことして、無駄に被弾しちゃって....」

父「いや大事に至らなかったから別にいい、それよりまだ気になった事は?」

霰「ん......あと持ってこなかったけど――ニセモノ...銃に見えるだけの棒を持ってたのも――そこそこ、居た」

父「ハッタリが必要で、一斉掃射も限定的か。つまり相手の武装事情はかなりカツカツってとこか」

霰「だと思うの―――」



軽い打合せを終えると霰は父親に背を向ける



父「装甲」

霰「...8割弱」

父「燃料」

霰「...低級ほぼ10割」

父「弾」

霰「主装10割...雷装10割」

父「最優先目標」

霰「この土倉含めた籠城施設の死守...」

父「緊急出撃許可、抜錨せよ」

霰「了解―――」



娘が背を向け父親が向けられた背中にある錨型のパーツに手を掛ける



「―――――駆逐艦『霰』抜錨します」



錨型のパーツが抜き取られ艤装が展開された

本日はここまで
思ったより話が進まない...あと名前ありの艦娘が霰以外出てない!


それと追加のお断りですが、武装だけでなくオリジナルの艦娘も出てくる...かも

最近更新できていませんが続きはちゃんと書いています
なんとか来週日曜日まできは更新したいのですが・・・

おのれコロナめ、自由時間を想像以上に奪いおって

さて、更新を再開します
前回の修正分もあったはずなのですが、まとめたメモ帳がどっかいっていまったので次の機会に

後、更新分がやたら多くなってしまったので分割するかも?

爺「ま、待って下され!」


再び外へ駆けだそうとする霰に待ったがかけられた


霰「――何?」


足を止め振り返る

出鼻を挫かれた形になったが焦りも苛立ちもない様子

ただ凪いだその目は『手短に』と雄弁に語っていた


爺「不躾かもしれませんが...勝てるでしょうか?」

霰「......それだけ――ならね」

爺「ま、まさか!」


それだけ言うと霰は老人の反応を確かめる事なく戦場へ消えて行った


爺「た、旅の人!!何故とめないのです!?」

中年男「たった一人の愛娘を――」

父「何を勘違いしているのですか、我々渡世人は命を懸ける様な真似はしませんよ」

壮年男「え?―――なら...」

父「命が掛かってるのは貴殿方(全村人)の方ですよ?」

「「「!!」」」

当たり前の事なのに忘れていた

危険に晒されているのは霰だけでなくここにいる村人全員

そして見事撃退できたとしてもこの村の被害が甚大であれば(村人は知らないだろうが)賊と同じ思いをするハメになるのは明らかだ


父「撃退はどんな被害を出してもいいというのであれば――――まぁ、容易いとは言えませんが出来るでしょう」

父「ですがこの村を守るというのであれば極めて難しいでしょう」

中年男「じゃあどうすればいいっていうんだよ!」

父「投降して恭順を誓えば命だけは助かる可能性は高いかと」

壮年男「畜生未満になれと?」

父「人の物を平気で力づく奪って命を刈る事も躊躇しない、確かに畜生(野生生物)の所業だ」

爺「―――」

父「だが畜生が下等な存在か否かを決めるのは貴殿方です」

爺「!!」

父「そして我々も所詮同じ穴の狢、自分達が生きたいが為に身勝手に命を刈り取り廃墟を暴くなんて日常茶飯事」

父「我々はこれを『よし』としたのです」

そう言いながらも父親の目はどことなく悲し気だった

父「今頃霰が戦わずに目一杯時間を稼いでいる頃です」

父「戦うにしろ投降するにしろ逃げるにしろ早い決断を」


その言葉を最後に土蔵は外の喧騒が聞こえるだけの空間となった

――――――・・・・・・――――――




艦娘からの奇襲により打撃を受けた部隊をなんとか立て直し次の方策を実行せんとする

だがその動きはまたしても件の艦娘に止められた


(またあの童女か!―――いや、それ以前に何故姿を見せた?)


あまりにも堂々とした登場に指示が遅れてしまう

そして、霰の左手を後ろに回し右手の平を前に突き出して中腰の斜め半身に構えた奇妙な構えによりさらに遅れることになる

霰「手前、姓は無く名は霰。生まれは古くは日ノ本随一の都として栄えたる雅の国、京都にて10人姉妹の末妹として生を受け申した」

霰「幼少より戦に身を置き、勇敢なる戦友と共に戦の先陣を切った事もありました」

霰「友は皆百戦錬磨の猛者ばかりとて相手も音に聞く超大国、戦局は次第に悪くそして轡を並べたる友も一人またひとり姿を消していきまして―――」

霰「去る夏の日、濃霧の中手前はかの国きっての武勲艦と相対し、かの者の一栄光と相なり申した」

霰「されど運命とは不思議なもので御座います、手前は戦友の姿を象り再び日の下に戻ってまいりました」

霰「しかし折り悪く天は雷鳴轟き海は荒れておりまして、手前の黄泉還りに立ち会って下さいました恩人の握った手が外れ孤独に彷徨う事と相なり申した」

霰「それからどれ程流れ彷徨ったかは覚えておりませぬが、再び眠りの底に堕ちようとした時、手前は諸国を渡る流れ者と出会いました」

霰「身元も解らぬ手前をその流れ者は十分とは言えぬ手持ちを惜しみもなく使い手前を助けていただきました」

霰「手前はその深い慈悲に感謝しその場で忠誠を誓いました」

霰「されどその者は申し出を固辞、それどころか親子の契りを持ち掛け保護をすると持ち掛けて下さいました」

[ピピッ――ザリザリ――.........――――]

霰「―――手前にとって我が父は言葉で語りつくせぬ大恩あるお方」

霰「そのお方が貴殿方を『敵』だと―――[ずだぁぁああぁん!!]


時間稼ぎの長口上は明確な敵対認識を口にした事で爆発音と共に遮られた

――――――・・・・・・――――――




霰(ふぅ......喉がちょっと痛い...)

普段口数少ない霰にとっては淀みない口上というものは中々にしんどかったらしく軽く喉をさする

霰(凄い適当、あと日本語じゃないから相当怪しい内容だったけど......足止めできたから...いっか)


とはいえ、現在の状況は―――――


霰(少し......まずい、かも)

霰「お父ちゃん」

父「どうした?」

霰「敵...霰を避るつもりみたい――二手に分かれて逃げたの」

父「どの方向に逃げた?」

霰「多分どっちも村の周りを沿う感じ」

父「多分?」

霰「煙幕を焚かれた......」

父「そういう事か、では霰が多く潰せそうな方に追撃をかけろ」

霰「了解、時計回りの方を―――」

父「――了解、行動を開始せよ」

霰「ごめん......もう、やってるの」

父「今回は問題ないからいい、通信終了」

霰「ん、通信終了」


霰は通信を切りながら人気のない村を駆けて行った

――――――・・・・・・――――――




(まさかあんな露骨な時間稼ぎに引っ掛かるとはな)


男は童女―――霰と名乗った艦娘の口上をついつい馬鹿正直に聞いてしまった事を反省する


相手の出方を伺ってしまった

場合によっては正しい―――というか大体の場合は正しい行動であるが今は拙い

何しろ主導権(先手)の取り合いをしていたのだから



(まあいい、まだ挽回は可能だ後はいかにあの童女―――いや、霰との対決を避けるか、だ)



平時の抑止力と言う意味では『戦わない事に意味がある』と言われる武力も

一度交戦状態になっては実際に戦えなくては意味が無い

あの短い戦闘時間だけでも霰の脅威はよく解った

何故か遠距離攻撃は殆ど使ってこなかったが、こちらの必殺の方策を見事に切り抜けたのだ

恐らくこちらの全戦力をぶつければ倒せるかもしれないがそれでは意味が無い

間違いなく激戦となり消耗する

消耗すれば今度こそ自分達は破滅だ、もう限界はすぐそこまで来ている



(本来であれば戦略的撤退にしたかったが――叶(敵)わぬのであれば戦術的撤退する!)



賊など所詮ゴロツキの集まり―――

実際そうではあるが一介の賊でしかないはずの襲撃者達であるが灯りも使う事なく暗がりの雑木林を迅速に進む

この様子を見るだけでも練度が低くない事が解る


指揮官級の賊も末端も戦いを知っている、一筋縄でいく相手ではない

どんなジャンルでも身を立てている者は相応の実力があるという事か


だが、戦いに身を置き身を立てているのは賊だけではない

[ダダダン ダダダン ダダダン]
「がっ!」
「ぎゃぁ!!」



機関銃の掃射音が聞こえたと同時に複数の悲鳴が聞こえた



「足を止めずに反撃しろ!」

[ダァン ダダン ダァン ダーン]



すかさず指示を飛ばしそれに銃撃でもって応える配下の者達、大きな混乱はしていないように見える

だが......



(横っ腹だと!?)



内心誰もが穏やかではなかった

数が居るとはいえ気配を隠し迅速移動していたのに回り込まれたからだ

村の中をショートカットしてきたにしても早過ぎる――つまり考えられる事は



「クソッ、艦娘ってのは足も速いのか!」



この推測は当たっている


艦娘の艤装は以前説明したように筋力の補助効果もある

霰の様な初等教育を受けている最中の様な体格の娘でも一般的な成人男性にも匹敵するレベルのパワーが出せる

そのパワーを霰の体重で発揮すればどうなるか

艤装の重さもあるがそれを差し引いても十二分過ぎる出力重量比だ


疾走を続けながら反撃を試みるが当っている気配がない

というか最初の三度あったバースト射撃以降攻撃がな[ダダダン ダダダン ダダダン]
「なっ!」
「ぐぷっ」



(今度は正面だと!?)



疾走しているはずなのに回り込まれる



(散って被害を減らすか!?―――いや、違う)



2度も奇襲を受ける異常事態に浮足立ち始めた部隊、このままいけば瓦解は時間の問題だ[ダダダン ダダダン ダダダン]

3度目の射撃音がまたしても違う方向から響いた

霰は村を突っ切りながら自分の優位を再確認する

装甲の優位、射程の優位、武器性能の優位、機動力の優位この辺りは確定あるいは確実だろう


では劣位は?

それ以外全て......だ



霰(日本軍は夜目が効いたから夜戦が得意だった―――本当みたい...)



標準的な能力の人間―――つまり父親であれば目をこらさないと見えないレベルの暗さになったが霰は問題なく周囲を確認できていた

とはいえ、賊がどの程度夜目が効くかは解らないのでアドバンテージの有無の程は解らない

解らないならどうするか?



霰(確認――する......)



手近な建物のひさしに手を掛け屋根に登る

あまりにも当たり前かつ何一つ淀むことない動き、踏み台を上がった程度かと錯覚する



霰(―――ん、先回りできた)



伏せながら周囲を確認し副砲の機関砲を構える

対人なら榴弾を使うべきなのだろうが霰の榴弾砲はそこまで大口径ではないし、賊も散って行動している可能性が高いので牽制の意味も込めている

尤、単純に機関砲の方が低コストかつ楽に生成できるという点もあるのだが



霰(―――)



来た

気配を消して移動していたせいか速さは若干抑えられている様に見える

そして折角気配を消しても目の前を横切って行くのであれば


[ダダダン ダダダン ダダダン]


ただの的だ

霰は命中確認もそこそこに素早く移動を開始する


賊も何やら反撃している様であるが霰を追う事なく元居た位置辺り目掛けて撃っている

確信した



霰(夜目はこっちの勝ち―――)



最初の掃射から7呼吸程経ったか、反撃が散発的に続く中、再び機関砲の射撃をする

マズルフラッシュも出ているはずだが混乱中の賊はまともに霰を捕捉できていないようだ



霰(固まったら榴弾か魚雷、散ったら各個撃破...)



相手を混乱させる為に足を使い神出鬼没に砲弾を浴びせる

統率を失わせれば村人たちでも対応できるだろう


体勢を低く、一つ所に留まらず走り続け的を絞らせない

これを続けられれば特別な行動はとらずとも殲滅―――とはいかなくとも大きな痛手を与えられるはずだ



霰(ここの辺りで―――)



三度射撃

「い゛ぅっ!?」
「ああっ!?」
「うあ・・・」

悲鳴と呻く声が聞こえた


......待て、悲鳴はともかく何故小声のはずの呻き声が聞こえる?



霰(う......何で位置が......?)



霰被弾

――――――・・・・・・――――――




(勘だったが......正解を引いたようだな)



賊は何故霰の射撃位置を特定したのか

確かに勘に頼った面は強いだろう

だが、絞り込みはしていた



霰は位置を特定されない為に動きながら撃っていた

つまりはさっき動いた位置には絶対にいないという事

そして1回目の射撃と2回目の射撃の方向から移動方向を予測し

射手をそちらの方向に向かせていたのだ



もちろん2度目の射撃後、走る方向が変わる可能性は大いにあった

だがそれでは位置が絞れないので変わらないと踏み懸けにでたのだ



後はマズルフラッシュの位置に攻撃をすればいい

無論被害は出るが、それでも攻撃を当てられる事は大きな報酬だ



いや、攻撃が当っても効かなければ意味が無い

緒戦でその辺りは把握していないはずはない



(艦娘相手で対人銃器は力不足かもしれない―――だがな、知っているんだぜ?)

(確か隼鷹...だったか?酒に酔って吐いたり暴れたりしたとかで新聞沙汰になったよな......)

(艦娘も酒に酔う......つまり)






「毒は効くって事だよなぁ?」

――――――・・・・・・――――――



霰(これ......多分毒矢......)



命中したその矢からニオイなどは感じられなかった

だが本能が危険だと知らせる



霰(刺さっていたら......今頃......)



命中はした

衣服も貫通した

だが艤装の力・衣服肩代わりにより体には刺さらなかった


だが安心はできない、肩代わりも万能でない

その証拠に霰の体は古傷・生傷が全身にある

肩代わりが完璧ならこのような傷を負うはずがない


いや本来は完璧だが、酷使と慢性的な整備不足の影響で不完全になっているだけかもしれない

だが今はそんな事を突き詰めている場合ではない

今、霰のアドバンテージが大きく減ったのだ


そうなれば行動は一つ



霰(逃げる!)



敵に背を見せる恥を躊躇いもなく被りながらも駆けて行く

―――いや、今更か

そもそも恥など思う者はこの場には『誰も』いない

――――――・・・・・・――――――




(倒したか?いや違う逃げたか)



毒矢の一斉射は間違いなく手応えはあった―――だがどうにもその手応えが鈍い



(あの矢は猛毒が塗られている......効かないはずがない―――という事は当たったが刺さらなかったか)

(だが逃げたという事は無意味ではないと自白してるようなものだ)


「朗報だ!! この毒は奴に効くっ!艦娘――霰は怪物だが無敵じゃない!!やれるぞ!!!」

「「「「「おおっ!!」」」」」



浮足立っていた配下の者達だが明確な勝利の道筋が見えた事で動揺が収まるどころか士気が最高潮に達する

幸福後の恐怖は絶望となるように、混乱後の可能性は太陽のように明るい希望だ



「気配を消す必要はない!全力で追い立てろ!!」


雄叫びが響き凄まじい勢いで追撃が始まった

――――――・・・・・・――――――




ォォォォォォォ・・・・・


遠くから雄叫びが聞こえる



霰(???)



逃走中の霰は疑問に思わずにはいられない

何故雄叫びを上げ位置を知らせる?

相手はこちらの機動力を知っているはずなのに何故真っ直ぐに追って来る?

今までしっかり作戦を使い策を講じていたはずの相手が急に雑な攻め方をしてきた



霰(相打ちになったあの射撃戦で敵将を抜いた?)



一瞬そう楽観視するが直ぐに否定する

霰(違う――敵将がやられたのならこんなに直ぐ行動しない。少し間ができるはず)

つまり敵将は健在、そして健在という事は



霰(この動きも間違いなく何かある)



そう結論付けた霰は意図が解るまで単純に逃げ続ける事にした

――――――・・・・・・――――――



父親は霰から連絡を受けていた



『賊は毒矢を使う、立て直しの為一時撤退』



父(やはり一筋縄とはいかないか)

爺「状況が悪いのですか?」

父(!―――顔に出ていたか?)

父「霰が後退しているようです」

壮年男「え?それでは......」

父「いや、その点は問題ないです」

中年男「何でそう言い切れる?」

父「霰もこちらの動きを知っている。そうそう迂闊な行動はとらない」

壮年男「だといいが......」

爺「今は信じるしかないじゃろ」

中年男「まあ、爺さんがそう言うなら......」

父「―――助かります」

父(とはいえ、正直賭けである事実は揺らぎようがない......本当に信じるしかないのがもどかしい)

父「霰、頼むぞ」

――――――・・・・・・――――――




後退を続ける霰の耳は再び違和感を感じとった



霰(......雄叫びの数が少ない?それに方向もズレている)



単純に叫び疲れただけとも考えたがどうにも違う、よく聞けば一つひとつの声量自体は極めて大きい



霰(そういえばお父ちゃんが言っていた......)



忠臣蔵で有名な赤穂浪士の吉良邸討ち入りの際、志士は極力大声出しながら戦った

そうする事で吉良側に襲撃者の数を多く思わせ初動で戦意を挫いたという

(それ以外にも「50人組は東に回れ、30人組は西に回れ」等偽情報を大声を持って流したという逸話もある)



つまりこれは



霰(追手の数は少数!)



気付いた瞬間には方向転換し迎撃...いや、襲撃体勢を取っていた

――――――・・・・・・――――――




上からは兎に角大声を出して追い立てろとの指示だった

なぜそんな事をするか最初はよく解らなかったが作戦内容を聞いて指示の意味が理解できた



(だったら全力で叫んで全力で追い立てないとな!)



あともう一つ言われた事があった



「霰...あの艦娘は足が速い、そして恐らく持久力もあるだろう、だから途中で見落とす可能性は高い」

「だがそうなっても適当に叫んで走り続けろ」

「例え戦場から離脱しても構わない」



(戦力として数えられていないのは癪だが......これができる精一杯なら!)



作戦に多少の不満があろうとそれを遂行する。これができる兵を持つ部隊は強い

また作戦の意図を各々が知っていればさらに強い

そして作戦を何が何でも遂行させる強い意思を持つ者は極めて―――


―――脆い


追撃隊はいつの間にか全滅していた

――――――・・・・・・――――――




実に単純な話だ


大声で一方方向に走り続けるなど狙って下さいと言っているようなものだ

今までそんな相手を狙わなかったのは相手の意図が読めなかった事と頭数が多いと考えていたからだ


だが相手は少数、そしてただ単に走り続けるだけと読めた以上もう攻撃を止める理由はない



霰は現状通り体勢を低くしたまま追撃隊に接近する

だが折角相手がこちらを見失っているのだ。わざわざ真正面から突っ込む必要はない


機動力と夜目―――そして二度目の半生で身に着けた常時気配を消すをフルに生かさない手はない



迂回するように疾走する追手の背面に回り込み一人またひとりと首を掻いていく

追っている(と思い込んでいる)と背後の警戒は疎かになりがちだ

さらには意図して大声を出している点もマイナス、そして『作戦を何が何でも遂行させる強い意思』がいつの間にか『固執』に変わっていた点もよくなかった

普通であれば足音に、徐々に減ってゆく声に、そしてここが判断の誤りが死につながる戦場だという事に簡単に気付いただろう


だが何もかも遅きに失した



霰は一息もつかずナイフを拭いながら索敵をする



霰(周囲に気配、不審な物音なし―――ん)



村の方に向き直り目をこらし丹念に観察をする

間違いなく動く影がある

その光景を見て一瞬であり僅かではあったが確かに―――無表情な霰の顔が......



綻んだ

短いし少々中途半端ではありますが
いい時間になりましたので本日の更新はここまで

書き溜めはまだありますので、遅くとも翌日曜までには更新できるかと思います

夜から仕事になるので今のうちに更新を再開します

――――――・・・・・・――――――




[ピピッ――ガ――――ザリザリ]


父「了解、よくやった。作戦に戻れ」

爺「どう―――ですかな?」

父「覚悟を決めて下さい」

壮年男「え?今のはいい知らせじゃ?」

父「はい、いい知らせですよ」

爺「なら何故......」

父「一斉攻撃の好機です」

男衆「「!!!!」」

父「―――どうかご協力......いやご決断を」

――――――・・・・・・――――――




「―――といった感じです」

「そうか解った下がれ」

「はっ」


(まさか通信妨害があるとはな、状況報告もままならないとはやり辛い)


「ですが有利は取りましたよ――あとは占領して目ぼしい物を回収するだけですぜ」

「そう単純に進めばよいのだがな」



[......タッタッタッタ]



「も、申し上げますっ!」

「どうした?声が裏返っているぞ?」

「じ、実は――――っ!?―――ヒィ...う、うわあぁぁぁ!?」[ダッ]



「ま、待て!報告は!?」

――――――・・・・・・――――――




[ドドーン・・・......]



爺「合図じゃ!攻撃開始!!」

――――――・・・・・・――――――




村に一斉に火矢が降り注ぐ

だが悉く建物や人には当たらず土の地面に刺さってゆく


しかもその矢は太く火をともす油布は矢尻でなく中ほどに巻いてある

これで矢頭が焼け落ちればまるで松明―――いや松明その物だ

つまりこれは即席の照明弾といったところか



「攻撃か!?」
「次から次へと何だよ!」
「おい!こんな時誰が指示を出すんだったんだ!?」
「それよりアイツは追わないでいいの――がぁ!?」
「逃げない?戦うのか!?」
「このクソ野郎――って逃げるのかよっ!?」
「何だアイツ!?引ん剝けっ!!」
「逃がすな!追えっ!」
「撃て!足止めしろ!!」


村内は蜂の巣を突いたような大混乱

そんな折に再び矢が降り注ぐ

しかも火矢ではない、普通の矢――さらに今回は銃弾まで飛んでくる!

しかし矢や銃弾は統率の取れた一斉射でなく素人丸出しのひたすら連射でしかも狙いは雑だ

だが如何に素人とはいえ容赦のない雨霰如きの投射量、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる

戦闘可能要員を確実に削ってゆく




「もう駄目だ!撤退!!」
「撤退!!」
「撤退!!!」
「―――っ・・・撤退っ!」


村のそこいら中から撤退の号が響き人々が去ってゆく

――――――・・・・・・――――――





最後の大勝負

ミスをすれば多分自分はこの世の者でなくなるだろう

だが慎重にはいかない、今は時間との勝負、勢い任せの方がいい

というか作戦内容も焦った方が真に迫っていて成功しやすいだろうから



目標確認――今誰かと話している。丁度いいかもしれない、突撃だ

目標が会話を終えたようだ――問題ない!



「も、申し上げますっ!」

「どうした?声が裏返っているぞ?」

「じ、実は――――っ!?―――ヒィ...う、うわあぁぁぁ!?」[とさっ][ダッ]



「ま、待て!報告は!?」










(距離十分―――着火)

置き土産が炸裂した

それから間を置かず火矢型松明がそこら中から飛んでくる


そして炎に照らされ浮かび上がる騒ぎの元凶、恰好は賊だ

暗がりならまだ誤魔化せただろう、だが明るくなった今不自然さがありありと見てとれる

まず服のサイズが合っていない、そして服のいたるところに不自然な膨らみが見て取れる、ついでに着方が何か雑

そう、これはそこら辺でにあり合わせに剥ぎ取った服を適当に重ね着した様な感じだ


(他人の服は動きづらいの....)





「攻撃か!?」
爆風・爆音の衝撃からようやく復帰を始める――が、まだ混乱はしているようだ

「次から次へと何だよ!」
突然指揮役が爆ぜたのだから無理もないかもしれないが

「おい!こんな時誰が指示を出すんだったんだ!?」
それでも迅速に対応しないと駄目だ、そうしなければ

「それよりアイツは追わないでいいの――がぁ!?」
こんな風になる

「逃げない?戦うのか!?」
爆発の下手人は走り回りながら手に装着した機関砲で手近な者を撃っていく

「このクソ野郎――って逃げるのかよっ!?」
仲間が撃たれる光景に激高し冷静さを失い視野狭窄に陥る

「何だアイツ!?引ん剝けっ!!」
冷えた頭で考えれば下手人が何者かはすぐに解っただろうに

「逃がすな!追えっ!」
解れば軽率な追撃は無意味と解るのに

「撃て!足止めしろ!!」
そして何より今の置かれている状況を忘れなかっただろうに





村内は蜂の巣を突いたような大混乱

そんな折に再び矢が降り注ぐ

しかも火矢ではない、普通の矢――さらに今回は銃弾まで飛んでくる!

しかし矢や銃弾は統率の取れた一斉射でなく素人丸出しのひたすら連射でしかも狙いは雑だ

だが如何に素人とはいえ容赦のない雨霰如きの投射量、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる

戦闘可能要員を確実に削ってゆく



(気にしないで攻撃していいって言ったけど―――やっぱり怖い......)

降りしきる矢や銃弾を手に取った一文字笠でガードしながら射線が切れるところまで駆けていく

そして周囲の確認――一先ずの安全を確認すると重ねて着ていた衣服を脱ぎ捨てる

中から溜まった排煙と共に広範囲が赤黒く染まった着流しと艤装が姿を現す


艤装の上から服を羽織るなど無茶かと思ったが、元々薄型で諸事情から色々手を加えてあった特製艤装は(見てくれはともかく)服の下に納める事ができた


兎も角面倒な上着を脱ぎ捨て一文字笠を被り直し恰好を整える


右手に主砲、左手に機関砲、腰には山人刀、腰袋には魚雷、背中には艤装と長砲身

現状最上位の武装だ



過剰戦力か?―――否



とある狂犬は戦場をパーティーと言って憚らない

ならばパーティーに出席する以上、礼服(武装)を着なくては失礼というもの



霰「突撃・・・します」



戦場を映す静かな目がさらに凪いだ

――――――・・・・・・――――――




父(思った以上に上手く回った―――この村ならではといったところか)



この村の近くには例の海岸―――艦娘の艤装やその部品がよく流れてくる海岸がある、それらを有効に使わない手はない

艤装には武装以外にも様々な物が使われていたり収納されていたりする。今回特に役立ったのはもちろん武装の類―――もだが、特筆すべきは通信機器だろう

艤装の無線は中短距離であれば基地局を介さず艤装間で通信できる。そしてその艤装から取り出した通信機を村の各家に防災無線代わりに設置していたのだ

さらに通信だけでなく艤装間以外の無線を妨害する機能を持った機器も流れ着いてたので今回はそれを最大出力で作動させ、賊の無線による連携を絶っていたのだ


地の利があり武装でも引けを取らない

問題となる作戦の指揮者と戦闘の要は霰達が見事に補完、故にこの結果はそこまで驚愕すべき結果とはいえないのだ


だがそれはあくまでも戦い全体が見渡せるものの視点での話

村人は当然、父親や霰でさえその視点を十分に持っているとは言い難い



それ故に父親はこの『幸運な』結果に感謝をしていた


父(村の皆が徹底抗戦・完封・完勝を捨ててくれたのはありがたかったな)

父(即時村を捨て撤退・・・したと見せかけて賊を一か所に集め籠城が完成する前に包囲殲滅する。雑な作戦だったがいい結果だ)

父(霰の方も作戦・目標変更対応が澱みなかった点も大きい)

父(だが......だがもしも―――)

父(もし賊が略奪を焦らず村人の撃滅を優先させたら―――?)
父(もし賊の先行包囲部隊が強固だったら―――?)
父(もし脱出が遅れ賊の迂回部隊と遭遇したら―――?)


父(どれもこれも『もし』の話だが考えるだけで肝の冷える事だよ全く......)

父(まあともかく『あまり』犠牲者を出さずにこの結果が出せたのは本当に良かった)


そう、これ程上手くいっているように見えて村人の犠牲も無い訳ではない


最初の正面陽動部隊の陽動で

先行包囲部隊の包囲作戦で

村を捨て包囲を強行突破した際の攻撃で

反転攻撃をした時に破れかぶれの抵抗で



賊の惨状に比べれば軽微も軽微だが確かに―――
―――いや、これ以上は止めよう、これが戦いというものなのだから

壮年男「や......やった・・・のか?」

父「最後の仕掛けが上手く機能すれば―――まあ『勝ち』と言って問題はないでしょう」

壮年男「おぉ.........っ!」

父「それでも相応の数が逃げ延びるのは間違いでいでしょう――――――で、どうします?」

壮年男「え?」

父「霰に追撃を掛けさせますか?」

壮年男「―――!!」

父「殲滅―――は、難しいかもしれませんが.......一撃位なら―――」

壮年男「お願いします」

父「即答ですね」

壮年男「......意思決定権は自分にありますから」

父「......解り――ました」


[ガガッ...ザリザリ]


父「霰、頼まれてくれるか?」

――――――・・・・・・――――――





最後の仕上げをしていた霰に通信が入る

『追撃の依頼』

殲滅の必要はないが賊に可能な限りの大きな被害と恐怖を与えよとの指示


霰(やっぱりあるよね―――仲間や友達がそうなったんだろうから―――当然)


霰「仲間―――」

行動を起こしながらも僅かに思いを巡らせる

鉄の体で合った頃の記憶に始まり再び生を受けた頃まで手繰る


これ以上の記憶の旅は高い代償となるので切り上げようとする―――が



『こんにちは、新人さん。私の言葉は解る?』
『そっか、ならよかった。ねぇ、貴女の名前はなんて言うの?』
『戸惑ってるの?...ま、仕方ないかな?』
『とにかく歓迎するわよ、私達の鎮守府はいいところよ!』


何故かあの時の記憶が止まらず再生される


『―――懐かしいなぁ、この感じ...私も最初こんな感じだったから』
『貴女は私と同じ艦娘、かつての軍艦―――あー、狭義だと駆逐艦は違うか』
『戦いに身を投じた船の生まれ変わりなのよ』
『いま世界はもう一度私達の力を必要としているの』
『だから一緒に戦いましょう』


霰(そうだ―――確かこの後は―――)


『え?どうしたの皆――なっ!』
『「雰囲気が青葉入ってる」って、そんなに胡散臭かった!?』
『あ、違っ!別に青葉を普段からそういう風に―――ああっ!?たまにならとかそう言うんじゃ・・・』
『・・・って!何で貴女まで笑うのかな!?』


霰(そうこんな感じだった確かあの人の......じゃないの、ここはまだ戦場っ!!)

強引に思考を引き戻し目の前の現実を見る―――が、どうにも意識の方向が定まらない

粘着テープ剝がした際に勢い余ってまた別の所に張り付く様に、集中した意識を無理に外してもまた外した先でまた変な集中状態になる



流派にもよるが一般的に古武術といった多人数を想定する武術では集中は法度とされている

集中とは意識を一方に向ける行為、すなわちその他大半を無視する行為に他ならない

故に集中しない、平常心、普段通り、リラックスをする様にと教わる



今の霰は一方方向に意識が行き続ける様な状態ではないが平常心には程遠くまるでリラックスできていない

先程まで凪いでいた目が漣立ち始めている



こんな状態で交戦をするのは自殺行為に他ならない


―――が、それを理解した上で霰は機関砲の掃射を開始する


逃げ惑う賊の背に容赦のない射撃―――いや、それだけでない腰袋の魚雷も投げ始めた



正に総攻撃.....が、効果は思った程ではない

射撃の狙いも精密とは言い難く魚雷を投げ込む位置も大雑把だ


これも平常心が保てていない証左......?


―――否

――――――・・・・・・――――――





多くの仲間が倒れた

要の頭脳も失った

怪物が迫ってきている

砲撃音がする

爆発音もする

明らかにこちらに向けられている

最早作戦も何もない

本能的に逃げる

「何もかも終わりだ」という泣き言が聞こえる

誰も否定しない

誰も否定できない

唯々逃げる

隣の仲間が倒れる

それでも逃げる

立ち木を躱し倒木を跨ぐ

枝葉を払い草むらをかき分ける

少し開けた場所に出る

軽トラックやバンがある

それらに飛び乗る

仲間の到着確認もそこそこに急発進する

後方から待ってくれとの悲鳴が上がる

如何に怪物と言えど水上でなければ車には追い付けないだろう

だがその程度の分析する余裕もなくひたすら車を走らせる



―――逃げ切った


だが車内に歓声などない

元より後に引けない仕事であった

だが今やっている事は―――

――――――・・・・・・――――――





適当な射撃や爆発で賊を追い立てた

一度崩れた相手の恐怖を煽る事など実に容易い

精神状態に不安はあったがこの程度を仕損じる程ではない

後は仕掛けが作動する事を願うだけだ

――――――・・・・・・――――――




疾走する車

その車内でだれかがぽつりと漏らした

「これからどうしようか」と

いっその事投降してあの村に留まるべきだっただろうか?

車外から爆発音が聞こえる

怪物の攻撃だろう

あの怪物相手に投降し命乞いをする?

......そんな恐ろしい事出来るはずがない

皆、黙り込む

不整地走行故の振動や時折聞こえる爆発音で静寂とは程遠い環境であるにも関わらず

車内はやけに静かに感じられた


沈黙が続く



不意に誰かが再び漏らした



「爆発音が聞こえる?―――何で怪物の攻撃が届いているんだ?」



理解した

沈黙を超え場が凍った

――――――・・・・・・――――――




如何に艤装の補助を受けたとしても艦娘が陸地で20ノット以上で駆けるのは例え短距離でも容易ではない

しかも今の戦場は不整地であり何らかの方法で20ノット以上を出したとしてもとても並行して攻撃をする事などできないだろう





霰「成功した......安心して―――眠って」

遠くで鳴り微かに届く爆発音を聞きながら傍らに横たわる戦士に報告する




一連の作戦で実は霰以外にも別動隊として働いた者達が居た

彼等に与えられた任務は賊の足を見つけ確保、或いは罠を設置する事


正直な事を言えば首尾よく足を見つけられるとは思われておらず、位置だけでも解れば上々―――程度だった


だが彼等は足の発見に留まらず番をしていた賊と交戦、自身等も瀕死の重傷を負いながらも撃破

そして最後の力を振り絞り罠を設置し賊の亡骸もの共離脱をしたのだ


罠も全て起動したので最上の働きをしたと言って過言でない。惜しむらくは片道だったことか


(因みに罠は父親が霰から譲り受け、それをさらに別動隊に渡した有線魚雷が使われており
その有線魚雷は任意起爆以外に安全装置を外しておけば線が外れると弾頭に衝撃が加わるか一定時間経つと爆発する代物だった)

霰「―――報告、罠全部動いた......」

父『了解、そのまま追撃に入れ』

霰「.........了解」

父『霰、お前何か隠しているな?』

霰「―――ん、でも今は......」

父『...そうか、帰ったらすぐに全て報告するように』

霰「ありがとう―――お父ちゃん」


霰の意思を尊重した父親はそれ以上の追求しなかった

その事に感謝しつつ通信を切り賊の残党を追い始める


霰(この調子の悪さを報告したら帰投命令が出ちゃうよね...)

霰(それに帰投したところで『コレ』はどうしよもないよ......だってこれ――毒矢の影響だろうから......)

霰(修復材使ったって毒は抜けないもんね......)

霰(それにしても―――刺さってないのに毒が皮膚の上から入るなんて......とんでもない猛毒を使ったんだね―――)



霰の体調は今や注意散漫だけでなく生傷や古傷に違和感が生じ、頸部や顎に疲労感が出始めてきていた

とはいえまだまだ余裕で耐えられる程度、さらにいえば勘ではあるが症状はこれ以上悪化しないという確信をもっている

そしてそれ以上に......


霰(この先に進まなければいけない気がする―――それに、何だか懐かしい感じも―――)

――――――・・・・・・――――――


追撃の指示を受けた時は山の端から顔を出すか出さないかという程度の月だったが、今は軽く見上げる程度の位置まで登ってきている


霰は現在残存の賊を追跡している

だが毒に侵された身では普段から無意識にやっている気配断ちもしっかりできるか怪しい

だから交戦などしようとせず距離を取り夜目を利かせながら慎重に行動する

本来であれば機銃掃射などをし軽く交戦しながら追い立てながら仕留めていくところだが



霰(体は.....ん、問題はあるけどまだ動く―――でも白兵戦は避けた方がいいかも......)



状態が状態故に積極的な行動がとれないので落伍者を密かに仕留めるに留まっている

本来なら落伍者もスルーしたいところだが、スルーした結果後ろを取られたら笑えない

かといって落伍者の後を付けていては目的地に辿り着けるか怪しい



そんな具合で追跡しているので時間の割に大した距離は進んでいないようだ


だが、そんな追跡にも終わりは来る



霰(―――ここが賊の拠点.....ううん、即席前線基地)



みすぼらしいいかにも廃屋といった小屋から多数の気配を感じる


霰(見張りもいる......簡単にはいかない―――)


そうは思いながらも霰は迷うことなく行動を開始する

作戦は主砲で壁を破壊し魚雷を投げ込めるだけ投げ込み撤退するというもの

全滅させる必要はないという事なので本当に簡素かつ単純なものだ


だが単純な方が対応しやすい、対応しやすいという事はリスクが減るということだ

幸い近くに川もあるので逃走には困らないだろう


霰(ん――最後の仕事―――っ!?)

正に砲を構えようとした瞬間、異質な気配を感じ取った

敵意ではないこの感覚は―――


霰(え――艦娘?)

自分の感覚に自信がもてない霰は攻撃を中断し急いで身を隠す

「あれ...この辺り居ると思ったんだけど―――」

不意に聞き覚えのある声がした

霰(え?)


驚かないわけにはいかない、その声――ではなく近づいてきた事でより鮮明になった気配にだ


霰「衣笠――さん?」
あの時の記憶がフラッシュバックする
手が千切れても尚手を伸ばそうとする姿と、絶望と涙に染まったあの顔が――

衣笠?「わっ―――と、そこにいたのね霰ちゃん」
だが声の主は記憶の姿と一致しない

確かに一致していないがこの少女を霰は知っている


衣笠?「霰ちゃん夕方ぶりだね」

霰「え―――その恰好...」


月明かりに照らされた真新しい白銀の艤装を付けた少女は姿勢を正し敬礼する

衣笠?「本日より艦娘になりましたトンブリ級1番艦、海防戦艦トンブリです」

本日はここまで

オリジナル艦娘登場、そして艦種までオリジナル
海外艦ですが一応日本にも縁ある軍艦です。詳しくは然るべきところで!

2月が終わっている・・・まさかの中一か月空き
更新を再開します

おっと、トリップが抜けていた
これで合っているかな?

合っているようですね
では改めて更新を再開します




――――――・・・・・・――――――




艦娘と一口に言っても様々な出会い方がある



まずは『浄化』

これは何らかの偶然により深海棲艦を撃破した際に艦娘に転生させる事に成功した事を指す

ただ、その『何らか』は未だ不明な点も多く、無心にて撃破する。逆に強く祈る。果ては絵札を描き然るべき所に奉納するなど様々な方向で探られている



次に『遭遇』

海上にて漂っていた所を保護されるもので霰がこれに当たる

ただ遭遇は撃破以外の形で何らかの偶然で不意に深海棲艦が浄化されたのでは?との意見も多い



続いては『建造』

工廠にて艤装を作り上げ、艦娘の核――クローン人間の様なモノをその艤装に合わせ調整し生成する方法

最も安定して艦娘を揃えられるが、研究途上の為全ての艦娘を建造で生み出す事はできていない



そして最後に『同化』

これは建造とよく似ており、すでに作られた艤装と同化させて生まれるものだが

決定的に違うのが同化させる相手が艦娘の核ではなく、生きた人間である事だ

だが人間なら誰でも良いわけではない、99%以上―――いやそもそも適合者なんていないんじゃないかと諦めるレベルで見つからない

だがこの方法こそが最初の艦娘を生み出した―――と、噂されている

――――――・・・・・・――――――




霰(トンブリ級海防戦艦―――?)



少女改め、トンブリは自らをそうと名乗り上げた

聞き馴染みのない艦種と明らかに日本語でない艦名に戸惑う霰だったが今はそれどころではない



霰「シーっ―――あっちへ.....」

トンブリ「え?あ、はいっ!」

霰(シッ!)

トンブリ「!!」



はきはきと返事をするのは良い事だがこの状況はで冷や汗ものだ

幸い賊に動きは見られなかったので手を曳き静かにその場から立ち去った



霰(それにしてもトンブリ......どこかで―――あ)



前世の記憶を必死に引き出しようやく思い出す



霰「トンブリさん―――タイ王国の艦娘?」

トンブリ「!」

霰「―――もう、うるさくしないなら......声だしてもいい」

トンブリ「ありがとうございます―――はい、その通りです!」

霰(間違いない――)

霰「生まれは――神戸の川崎造船?」

トンブリ「はい、そうです!」



霰はそれで腑に落ちた、衣笠の影を見るはずだと

トンブリ級海防戦艦―――タイ王国が日本に発注した戦闘艦艇だ

当時のタイでは『戦艦』と呼ばれ歓迎されたが、他国の戦艦から見れば随分小さい―――というか駆逐艦程度の大きさしかない

排水量は満載でも2200t半ば、霰の約2400tにも及ばない

さらに全長に至っては76.5m、霰は118.0mなので長さにして41.5mも小さく、割合にして約35%減だ


そしてトンブリの体格も艦艇時代の大きさを反映してか、艦娘になってから数年経っているとはいえ霰より身長が低い

ただ背丈でない方の体格は―――何というか阿賀野型を連想させる

それもそのはず艦艇時代の霰は全幅約10.4m、対するトンブリは14.4m。約40%も広い


近代日本の女性この艦の艦娘になったら、なった瞬間に深海化せんばかりにこの世を呪いそうなものだが



霰(艦娘化する前はあんなにやつれていたのに......いいなぁ)



どうやら戦時中の食糧事情を知り、現在進行形で食うに困る事も多々ある霰にとってはこの体格は魅力的に映るようだ

だが霰の目を引くモノはそれだけに止まらない



霰「......似てる―――」

トンブリ「え?」



霰の記憶に時折蘇るあの少女の姿―――衣笠と被る



無理もない、衣笠とトンブリは同じ神戸の川崎造船生まれであるし、トンブリ型の艦橋は古鷹型や青葉型との似ている点も多く―――

―――そして何より、駆逐艦サイズしかない船体でありながら型は少し違うが衣笠と同じ砲口径である20.3cm砲を搭載している

(ただ衣笠の砲は手に装着するタイプで、トンブリの方は腰に砲を取り付けるタイプという違いはあるが)

もし清霜がこの場に居れば目を輝かせていた事だろう





霰「霰の恩人と――ね......それより状況教えるよ――」

トンブリ「え、あ、うん」



―――霰は気付いているだろうか?

衣笠との立場は逆転してはいるがあの時と似た状況であるという事に






――――――・・・・・・――――――




再び目を覚ました時、私は見慣れぬ鉄扉の内側にいた


ここは海の底ではない―――というか何なのだろうかこの感覚は......!?

手がある
脚もある
動かせる
それも思いのままに

.......という事はこれは私の体?

何故?私は船なのに!?


混乱冷めやらぬ内に不意に鉄扉が開く



「おお、新しい娘だ!」

「恐らく重巡ね、これは頼りになるわ」



目の前に真新しい軍服を着た青年と一風変わったセーラー服の様な服を着た女学生らしき人が立っていた

何故人間が軍艦である私を見下ろす程大きいのかとますます混乱していると再び声が掛けられる



「まだ混乱しているわね――私は五十鈴、貴女と同じ元軍艦よ。訳あって今私達軍艦――戦闘艦艇は人の姿をしているの」

「そして私はそんな彼女達を預かり束ねている提督だ......まあ、といってもまだ新米だしそもそも元は軍人ですら――いてっ!」

五十鈴「余計な事言わないでいいの!後、過去がどうであれ今は私達が命を預けているのを忘れないでよね?」

提督「う...す、すまん」



眼前で何やら痴話喧嘩を始める提督と名乗る青年と五十鈴と名乗る女学生

......え、何?私、こんな事の為に起こされたの?






――――――・・・・・・――――――




事情は理解した


自分の事、世界の事、そしてこの鎮守府の事


世界の事はとても驚いたが、目下の状況は世界云々以前に色々不安にさせるモノだった

ここは立ち上げたばかりの鎮守府とは名ばかりの手探り状態で、私がここで初めての重巡であると同時に戦艦も空母系もまだ居ないらしい
(一応水上機母艦はいるそうだが)

即ち、現状自分が最高戦力


大丈夫?この場所......



だが、嘆いているだけではどうしよもない。行動して改善するべきだ

......と、いう意気込みをするまでもなかった

物凄く駆り出された
出ずっぱりになった
皆から労われた
先頭に立ち道を切り開いた
背に立つ者達を守った
頼られた
感謝された


―――気付いた時には私は短期間で大きな信を得ていた

仲間の艦娘は勿論、提督にも大いに感謝された

私が来てから明らかに皆の負傷の度合いが下がったそうだ

だから皆は口をそろえて言う

決して仲間を沈ませない様は正に守り神の様だと

故に付いた渾名は―――



『不沈の守護者』



余談ではあるが、提督からその渾名を名付けられた時また余計な事を言って五十鈴さんにいつも通り強めに叱られていた

やっぱり痴話喧嘩を見る為に呼ばれたのかな?

そんな事を考えながら似合いのお二人を笑いながら眺めていた



『こんな生き方も悪くない』

激務の中でもそんな感情が芽生え始めているのを感じていた



今思えばこの時私は浮かれていたのだ、連戦連勝に加え周囲からの賞賛に必要以上に気分を良くしていた

自分なら全てを助けられる、そんな無根拠な確信をいつの間にか抱いていたのだ

あの日までは





――――――・・・・・・――――――




荒れる海

疲弊したところを容赦なく狙う潜水艦

自分は反撃できないもどかしさ

回避に専念しようとするも疲労と燃料の枯渇

そして手を曳かねばならぬ者までいる

機敏な動きは望めない

このまま回避するだけでは危険か

ならば何とか無理を通してでも反撃を――――

爆発音



痛み



消える重み



護衛対象艦娘の落伍確認



引き返す



出来ない



機関損傷



自力航行困難



それでも手を伸ばす



伸ばしたはずの手が見えない



何故?



手がない



沈みゆく艦娘



見えるのに



そこにいるのに



何もできない



誰かが私を抱え曳航する



あの娘が見えなくなっていく



い―――



いやだ......

いやだあああああぁぁぁあぁあああ!!!



助けるんだ!



絶対に!



だって私は!



私は―――私は―――



浮沈の守護者―――っ!



あの娘の体が完全に水面の陰となる



沈ませない!沈ませるものか!!



だがどんなに気合を入れても体は動かない



それどころか視界が濁り瞼まで下がってくる



遂に陰すら消え、水面の色は一つになる



あ―――



う...あ......



あああぁぁぁ・・・.........



もう何も見えない



見る気にもなれない



私は―――不沈の守護者―――



――――――――



じゃ......な......かっ.........た.............






――――――・・・・・・――――――




「!!!――――」


ひどい寝汗だ、時折見るあの時の夢

汗を手で拭う

その手は欠損どころか手荒れ一つない綺麗な手だ


艦娘の怪我は修復材で治るが、欠損となると簡単には治らない

だが艤装を調整すると艤装展開時に義肢まで生成してくれるので戦闘に特に問題はない

そして先に記したように簡単ではないが根本治療も可能でそれなりの時間を掛ければ再び再生し欠損も解消する

(現実世界でも人間も指程度なら再生させる医術は存在する)


あの時はまだ少女と呼べるあどけなさもあるような風貌だったが、今の彼女は大人の女性と言って問題ない姿だ

それ程長い時を重ねてきているのだ、前腕が飛ぶ様な損傷も再生するに十分な時間が経ったという事だ



腕をさする、もうどこにもないはずの傷が痛たんでいる気がした


不意にノックの音が聞こえる

「大丈夫?うなされていたようだけど...」

「ありがと五十鈴さん、大丈夫―――戒めをしただけだから」

五十鈴「―――そう、また見たのね.......」

「もう二度とあんな事はしない」



そう言いながら女性は前腕にぐるっと一周口紅で紅い線を引く

その赤い線の位置はあの日、そこから先が飛ばされたという忘れてはならない戒めの線

傷は消えたが傷痕は奥底まで刻み込まれている

五十鈴「あの日は私は―――」

「何度だって言うわ。私を抱えて戻ってくれたことは感謝しているの、あの娘を助けに引き返さなかったのは当然の判断よ」

五十鈴「......」

「ほーら、提督の奥さんがそんな顔しないの!雰囲気が暗くなるじゃない!」

五十鈴「貴女は――」

「それともあれかな、寝不足?昨日も随分二人で盛り上がってたみたいだし♪」

五十鈴「なっー!?声、漏れて......」

「あ、適当に言っただけだったけど正解だったのかな?・・・ふーん、いいじゃないの」

五十鈴「ぐっ!」

「評判は上々みたいよ?駆逐艦の子達からは随分尊敬されてるみたいだし」

五十鈴「主に恋バナ大好きっ子と耳年増軍団からね」

「海防艦の子たちからは母のように慕われてるし」

五十鈴「あの子達『何故か』フレッチャーまでお母さん扱いしてたわよ?」

「それだけ仲よしさんなのに食堂とか公共の場ではちゃんと節度を守ってるし」

五十鈴「間宮さんはすっごく微妙な顔してるけどね」

「ま、仲人代わりを務めた身としては中が良さそうで何よりよ、それよりそろそろ時間だから起こしに来てくれたのよね?」

五十鈴「あー・・・うん、そうよ」

「じゃ、行きましょうか―――.......心配してくれてありがとね」

五十鈴「こっちこそありがと――さ、今日もお願いするわ」

「勿論!衣笠さんにお任せ!」

そう言い任務に向かう女性

名は衣笠、この鎮守府最古参の一角で今尚最前線で戦い続け最多出撃数を誇り鎮守府の基盤を守る

無論その戦いは厳しく片手ではまず足りぬ絶望的状況を経験してきた

だがその危機をことごとく制し生き延びる姿は正に傑物



そして付いた渾名は、決して沈まず鎮守府の存在を確固たるものにするという意を込めてこう呼ばれた





『不沈の守護者』と







――――――・・・・・・――――――





トンブリ「じょ......冗談、だよ、ね?」



状況を知ったトンブリは酷く動揺した

無理もない、誰だって『出かけて帰ってきたら家に賊が押し入りました』なんて聞かされたらそうもなるだろう


それだけでも十分過ぎる材料だが彼女にはそれ以上にショックな報告もあった



トンブリ「お爺ちゃんが―――死んだ、なんて、嘘だよ、ね?」



視線は踊り狂わんばかりに動くのに舌はまともに動かない


戦況を端的に知らせるに留めたかった霰だが、村の意思決定者――つまりお爺さんの戦死を口にしてしまった

霰は単に村がどれ程の状態になったかを知らせたかっただけだが目の前の少女―――トンブリとの関係を完全に失念していた



霰「.......」



霰は何か弁明をしようと口を開きかけて―――再び閉じた

縁者の死はどれ程辛いかは知識としては知っているが霰にとってはまだ未知の感情だった

鉄の体であった頃は戦友や同型艦が散っても戦場という特殊な状況かであったせいか、敬意の念や冥福を祈る思いばかりが強く、深い悲しみにくれる事はなかった

この体となってからは縁者をなくした事もなく、唯一の縁者である父親からも常々

『必要以上に恩義や縁を感じる必要はない、霰が共に歩みたいのであれば歓迎するし別の道を望むなら喜んで送り出そう』と言われている



霰(解らないよ......どんな言葉を掛ければいいかなんて)



とはいえ何時までもこうしてる訳にはいなかい、なぜならここはまだ―――



霰(終わらせないと......え?)

戦闘を再開すべく立ち上がる霰だが、遅滞なくトンブリも立ち上がっていた

だがその姿はまるで幽鬼か亡霊の如く、浜辺でであった時から見せていた明るくハキハキとした様子は微塵も感じられない



トンブリ「霰―――ちゃん......これから――攻撃、するんだよ、ね?―――だったら」

霰「いらない、そこで待ってて」

トンブリ「は?」



思わず威圧的とも間が抜けているとも取れる声が出てしまった

戦場でも普段と変わらずゆったりと喋るはずの霰から出た言葉は相手を遮ってまで出た歯切れの良い拒否

だがこの判断は別に嫌がらせでも過小評価でもない



トンブリ「なっ――何で!?」

霰「怒って強くなるのはお伽噺の中だけ......ここで欲しいのは冷静な判断なの―――」

トンブリ「!!」

霰「それが出来ないなら......間違って皆に迷惑をかける人はいらない」

トンブリ「!!――――――」



手助けのはずが逆に迷惑をかけるという誰しもがする経験、当然トンブリにも身に覚えがある

一言も返せない、正に正論だ

確かに怒りは自らを高みに変える原動力にはなるが、戦場は自らを高めるのが目的の場ではない

純粋に命をやりとりする無慈悲な場だ

それでも何とか言葉を絞り出そうと顔を上げる

そこには相変わらず静かな霰の顔が見えた

初めて浜辺で見た時、村で宴会をやった時、装備の整備完了待ちをしていた時、そして戦場の最中である今

状況は違えど霰の表情は常に静かで穏やかなままだ

霰は自分自身の心構えをどんな言葉よりも雄弁に態度をもって示す



トンブリ(これが戦いに必要な心構えだというの!?)



思いを滾らせ砲弾に気を込める艦娘も多くいる、だがトンブリにとっては霰が唯一知る艦娘、すなわち全てなのだ

その艦娘から失格の烙印を押されて堪えないはずがない

あまりの悔しさから拳を握り締め歯を食いしばる、できる事なら叫びたかった

だがここは憎くて堪らない賊の眼前、あいつらの益になる行動などとれるはずもな―――



トンブリ(―――!?)

不意に視界が遮られる、何事かと思う間もなく声が聞こえてきた



霰「いらないものを全て捨てて―――自分だけを水の上に浮かべて―――」



霰「―――大丈夫―――合わせて―――」



霰「何も無ければ静かになれる―――静かになれば水面は凪いでくる―――」



霰「息を吸って―――少し息を止めて―――倍の長さで吐いて―――落ち着いて―――」



霰「凪いだ水面は空を映す―――青空なら青空を―――星空なら星空を―――」



霰「全部を映せば海と空の境は消える―――上も空―――下も空―――」



霰「――そう――そういう感じ―――」



霰「今自分は空の中に居る―――空を飛べる者は自由―――何者にも縛られない―――」




如何にも呪い(まじない)めいた文言ではあった

だが不思議と逆らう気になれない、怒りに濁った感情が霰の言葉を聞く内に鎮まり澄んでいく

固めた拳や食いしばった歯もいつの間にか柔らかに解け、自分がいつの間にか正座している事に気付いた


トンブリの眼前にかざされていた霰の手が下げられる

トンブリ「――――――」



不思議な気分だった


まるで程よい昼寝から目覚めたような―――或いは雲の往来でも眺めていたような―――そんなとても清々しい気分になっていた



霰「これはお父ちゃんから教わった瞑想方法―――」

霰「霰が艦娘として初めて戦場に行く前に教えてくれた事―――」

霰「霰はトンブリさんみたいに勇ましくなかった......泣き叫びたかった―――逃げだしたかった」



普通に考えれば当然の事だが、それでもトンブリは一端の戦士にしか見えぬ霰にそんな日があった事に驚く



トンブリ(霰ちゃんも―――なら私だって―――)

霰「―――それで......どうする?」



真っ直ぐに自身を覗き込む瞳に凪いだ目が映り込む



トンブリ「あいつらを殺します」

霰「そう」



霰は立ち上がる

トンブリも立ち上がる



霰「ついて来て」



今度は拒絶しない




月も星もよく見える澄んだ晴天なれど風はとても強く木々は喧しく騒めいている

まるでトンブリの心を映しているようだった





――――――・・・・・・――――――





霰には不安があった

発砲率というものがある

戦場という極限下においても人は殺人を忌避し、なるべくなら引き金を引かないようにするという

例えば負傷兵の手当、例えば資材の運搬、例えば塹壕堀や土嚢積

出来る限りの支援をしてなるべく人を撃たない理由を作ろうとする

ある資料によると第二次大戦の発砲率は何と15~20%だったと言われている



霰(今の私よりずっと静かな目をしてたけど......それでも人は撃ちたくないものだよね)

霰(もし無理に撃たせたら、最悪心が壊れて引き金が引けないだけより戦えなくなるかもしれないし)



霰の心配はもっともだ

先に発砲率は20%弱程度と言ったが、ベトナム戦争では人間心理の研究などにより90%以上の発砲率を叩きだした――

が、その反面戦後も重大な精神障害―――すなわちPTSDを患う者を少なくない数で生み出したそうだ(帰還兵全体の1割程度とも3割に達するとも言われる)

だからなるべく負担にならずかつ効果的な作戦を考えていた



霰(でもそれってよく考えたら罪悪感なく人を[ピーーー]って事で―――って何を考えて......!)



まだ毒が抜けていない為か思考は散り散りだ

こんな状況で指揮をとれるか怪しい―――が、今を逃せば次の好機はいつになるか解らない

叩ける内に叩くのは基本......だが、果たして自分は叩ける状態にあるのか?



霰(本当に迷ってばかり―――うっとおしい......)



何度目か解らぬ強引な思考修正をした後トンブリに作戦を伝える

霰「まずはこれに水を入れて」

トンブリ「え?これは......?」



トンブリの疑問も尤もだ、いきなり何だかよく解らないプラスチック輪とビニールシートを渡されたのだから



霰「これをこうやって組み上げて―――中にシートを敷けば......」

トンブリ「ドラム缶?」

霰「そ......折り畳みドラム缶なんだって」



流れ者はどうしても荷物に制限が生じる、そこでこのドラム缶はゼンマイや伸縮自在杖をヒントに設計され生み出された物だそうだ

最初の内は燃料を一時溜める為だけに使っていたが、大きな容器というのはかなり汎用性が高く他にも様々な事に使っている

今回の様に戦闘の補助道具として使う事も珍しくない

そしてその使い方も様々だ――――今回の場合は......





――――――・・・・・・――――――




霰(近くに川があって良かった......)



ドラム缶に半分程水を満たし廃屋に程近い物陰に運んだ

半分とはいえ重さは100kg以上はあるだろう、だから運ぶのは随分難儀した



トンブリ「ヒソヒソ(それじゃあ私はいったんあっちで隠れてるね)」

霰[コクリ]



霰より小柄なはずのトンブリだが特に疲労の色を出す事なく運びきった

艦船時代の馬力は『海防艦級』ではあったがこのパワーは超弩級艦には全く及ばないがそれでも戦艦の名に恥じない中々のモノだった

どうやら艦娘の膂力というものは艦船時代の馬力とはあまり関係はないようだ

(現に大和型より翔鶴型の方が馬力は大きい、しかし艦娘だと明らかに大和型の方が膂力は上)



兎にも角にも霰はその力に感心しつつ作戦を実行する

霰(まずは見張りを倒さないと......)



霰はいつものように体勢を低くして走り廃屋に近づいた、そして間を置かず跳び上がりひさしに手を掛け屋根に上がる



霰「――――――」



ここからが重要なところだ

霰は回線を開き無線の収音部分を軽くなでる



[カッカッカッ]


無線の向こうから爪で収音部を軽く突く音が三つ聞こえた



作戦実行可能の符丁だ

霰は静かに先端に輪を作った導線を落とす

この導線は有線魚雷の線だ。使い方が使い方なので非常に頑丈、当然人一人程度なら楽々吊り上げられる



「――!?」



見張りの首に輪が掛かかる、同時に霰はひさしから飛び降りた

如何に霰が軽いとはいえ2階の高さからの釣瓶落とし、吊り上げる導線の勢いは強く易々と見張りの首を締め上げる

まるで仕事人の様だ


だが一撃で即死に持っていけるとは限らないし、その間に暴れられたら敵を集めてしまうだろう

だから



[ドシュッ]



一突き



文字通り浮足立って首ばかりに気が行っている相手への急所突きなど霰にとっては造作もない事だ


一連の動きを無音で出来る訳はないが、強風による木々の騒めきにより目立つ事なく事を終えた

だが―――



霰(この見張り......反応が鈍かった・・・?)



始末した見張りを目立たない場所に置きながら霰は違和感に疑問を抱く

だが毒の影響による余計な思考だろうと考えそれ以上の詮索を止める

見張りは後一人、反対側にもいるのだから―――細かい事は後回し、兵は拙速を尊ぶものだ





――――――・・・・・・――――――




今、霰が二人目の見張りを倒した

動きに全く迷いがない



トンブリ(私もあんな風に落ち着いて人を殺―――)



[ドクン]



これからするべき事を意識した瞬間心臓が跳ね上がり手には汗が滲み出てくる

本能的な忌避? 身内を殺された恨み? 未知の行動への不安? それとも賊を許せぬ義憤? あるいはそれら全て?



[ズズッ]


感情の濁流が生じ始めた瞬間、無線から何かを擦る音が聞こえた



トンブリ(!!―――いけない、いけない......空に浮かぶように落ち着いて・・・)



行動開始の合図だ、霰を真似て体勢を低くして用意したドラム缶に駆け寄っていく―――が、その動きはお世辞にも良いとは言えない

無理もない、艦艇時代のトンブリは最大速力ですら僅か15.5ノット。扶桑ですら22.93ノット。鈍重もいいところだ

無理に真似ないで良いとは言われていたがそれでも真似してみた。参考にするべきものはするべきだろう―――が、その真似もろくにできていない

それでも何とかドラム缶を事前の作戦通りの位置まで運び屋根に登ろうとするが、どう見ても身軽に屋根に上がれそうにない

艦船時代は安定性が低く戦いの果てに横転したという
(但し敵軍上陸阻止という作戦は成功させているので本懐は遂げられた)

この辺りの特性が彼女の運動神経に影響しているのだろうか?

霰はその様子を見て手を差し伸べ一気に引き上げる、そのお陰でよろけながらもトンブリは屋根の上に立つことができた

だがそんな些細な過程はどうでもいい

これからトンブリは人生の大きな分岐点に立つことになるのだから



霰「―――」



無言で手渡された物

それは火縄だ

勿論、火も着いている

これからやることは―――

―――言うまでもないだろう






――――――・・・・・・――――――




日本と同じく茅葺なのだろうか? 何かの植物で葺かれた屋根の上に二人は立っている

トンブリの手には火の着いた火縄、足元の屋根には油が撒かれている。その油自体もすでに高温なのかよく見れば湯気か煙のようなものが立っている

霰は何一つ表情を変えずにトンブリの行動を待っている


遂にこの瞬間が来た

泰平の世であれば一生経験する必要のない行為であり、古今東西最大の禁忌―――



―――殺人



トンブリ(今なら引き返せる―――霰ちゃんに任せられる―――)



覚悟はしていた、だがそれでも



トンブリ(任せていい?......私は艦娘、戦う運命を定められた存在―――そうでなくても復讐を誓ったんだ)



呼吸が浅く早くなり視界も狭まってゆく



トンブリ(うう・・・グ....っくうぅぅーー)



海に投げ出され死を見たあの日と同じ、あるいはそれ以上の精神重圧、たまらず目を強くつぶる

瞑目とは呼べないただの逃避でしかない行為



トンブリ(落ち着いて!心を鎮めるの!!)



だがそれでも彼女は瞑想のつもりか心の声を聴こうとしていた

『屋根に火を着けた後は静かに移動し、自分は川側で陣取り霰ちゃんは逆側で陣取り待ち伏る。敵が出て来次第砲撃開始』

トンブリ「......え?」

『私は戦場経験どころか射撃訓練経験すらない、第一射は必死に狙わずに素早く撃って感触を確かめよう』



自分でも驚いた、精神はパニック寸前だと思っていた

だが心の深いところでは当り前に作戦を確認し戦闘の算段を立てていた



トンブリ「―――」



思わず笑ってしまった

既に自分の心は決まっていたんだった、何の為にあれ程の覚悟をしたというのだ

手を見る

火縄は相変わらず煙を燻らせ出番を待っている

膝を着く、火縄を油に近づける前に視界の端で霰の姿を見る

相変わらず静かな顔をしており、瞳を覗き込もうとすると僅かに頷いた様な気がした



トンブリ(作戦開始―――)



火縄を静かに置く

暫くすると最初は線香より儚げな光が蛍火程度の光量にまで大きくなる



霰「――」

トンブリ「――!!」



戦士と復讐者は背を向け自らの戦場へ駆け出して行った





――――――・・・・・・――――――




霰(ずっと考え込むかと思ったけど)



いつまでも躊躇するようであれば霰が事を起こすつもりでいたが杞憂に終わった

静かに、しかし素早く屋根から降りる。霰は当初の作戦通りの位置で身を隠し動きが起こるまで待機する



霰(火の回りが思ったより遅い―――)



遅いといえばトンブリはちゃんと位置につけただろうか?

静かに動く事ばかりに気を取られ、もたついていないだろうか?

ちゃんと艤装武器は使えるだろうか?



霰(色々考えちゃってる―――これも毒のせい?......ううん、違う)



きっとこれは弟子を心配する師匠―――いや、妹弟子を心配する姉弟子といったところだろうと考える

あるいは生まれて間もない子供を心配する親だろうか?

自然と表情が緩く―――なりかけて表情を戻す

やはり毒の影響もまだまだあるようだ





――――――・・・・・・――――――




トンブリは構え続け攻撃体勢を維持している

向けている武装は機関砲でも主砲である20.3cm砲でもなくただの機銃だ

無論艦船時代の砲と同等ではなくあくまで艦娘でも装備できるように縮小された物だ、故に機銃は極めて火力が低い

下手したら生身の人間ですら仕留めきれないレベルの豆鉄砲だ

だがこれは独断でこの銃を構えている訳ではない、霰のアドバイスに基づいている



トンブリ(射撃の腕は期待できない―――反動が一番小さくて尚且つ連射できる機銃が一番)

トンブリ(それでも反動は結構あるみたいだから引き金は引き続けるのではなく、弾く様に素早く一回一回分けて―――)



するべき事を繰り返し心の声で復唱する

彼女の集中状態は半生―――いや、今後の人生を含めても最上と言えるレベルまで研ぎ澄まされていた



そう『集中』しているのだ

霰なら絶対にやらないであろう状態だ



だからこそ気付かなかった―――戦場の異変に





――――――・・・・・・――――――




霰(おかしい......どうして?どうしてなの?)



廃屋の屋根は明々と燃えており離れたここでも木が燃える音が聞こえる

だというのに



霰(なんで出てこないの!?)



賊が誰一人外へ出てこない

廃屋内でも間違えなく解るであろうレベルだ



霰「―――」[ダッ]



上体を低くする事すらせず廃屋に駆け寄る。言うまでもなく普通では考えられない行動だ

このまま放っておけば廃屋は焼け落ちるだろうし、そもそも燃え盛る炎に近づくこと自体真っ当ではない

それでも霰は駆け寄った、直感が叫んでいるのだ『近付け』と


戦場――いや試合や稽古に至るまで戦いというものは不測の事態が多々ある

だから格闘技やら武術では思考を挟むことなく反射――すなわち肉体の経験で動けるよう訓練する

素人が頭では理解していても不意の事態に対処できず棒立ちするのはこの辺りが出来ていないからだ


だから霰は肉体の反応という直感に従ったのだ

今まで何百―――いや、もしかしたら何千と救われた感覚に





――――――・・・・・・――――――




霰(中はどうなって―――)

念の為砲を構えながら室内を確認する



「・・・来たか」



賊の一人がこちらに気付きゆっくり顔を上げる



「怪物―――お前の勝ちだ」

霰「......何で戦わないの?」

「逃げ道塞いでおいてよく言う」



そう逃げ道は塞がれている、あのドラム缶だ

計200kg以上あるが一つしかない開き戸の前に置かれているのだ。どかそうにも扉越しではそう簡単に倒せない

だがそれでも塞がれているのは戸口だけ、窓から逃げればいいだけの話だ



「窓は塞がてれなかった―――どうせ罠でもあるんだろ?」

霰「......」



確かに罠はないが伏兵はいる、だが正解を気にする風でもなく構わず続ける



「―――やはりあるんだな?」

「ここまで追い立てるお前だ、ここから逃げてもいずれは......」



賊の心は完全に砕け散っていた、例え霰が『もう追撃する気はない』という言葉を聞いたとしても・・・

霰「投降しないの?」

「信用できるかよ」

霰「・・・」

「知っているんだよ......己の可愛さで保身に走る奴は何をやってもまた同じ事をする」

「お前らの村が滅びそうになったらまた裏切るだろうよ」

霰(そっか......この人――この人達が信用していないのは)

「そんな奴等を嫌という程見てきた、俺があいつらと違うとも思わないしお前らも違うとも思えない」

霰「......そ」

霰(―――よく見れば結構な数が自決してるみたい)

「気付いたか?―――そうだよ俺は信用できないだけじゃない、戦う事も逃げる事も自分で覚悟する事も出来ないんだよ」

霰「ひと思いにやって欲しい?」

「勝者の権利を捨てるなよ―――余計にみじめになるだろうが」

霰「―――解った」



そう言って立ち去る霰



(艦娘―――か、深海棲艦と戦う存在・・・・・・深海の奴等に生活を壊され艦娘にとどめを刺されるとは豪華な事だな)



起こしていた上体を倒し寝転がる



(今度生まれ変わるなら―――いや生まれ変わりたくねぇな)

(この世に居ること自体地獄だな......神よ、居るならせめて永遠に眠らせてくれ―――これが最後のわがまま・・・だ)





――――――・・・・・・――――――




不意に無線が入る

最初は反応できなかったが、数回かけてようやく呼び出しに気付く



霰『作戦変更―――今からそっちに行く』

トンブリ「あ、りょ、了解!」



初めての明確な音声による通信に戸惑いつつも指示通りに霰を待つ。程なく彼女は姿を現した



トンブリ「ごめんなさい、無線に気付かなくて......」

霰「それは後で.....ところでちゃんと主砲使えそう?」

トンブリ「20.3cm砲ですね?大丈夫です!」

霰「じゃあ、あの家に榴弾で砲撃して」

トンブリ「え?どうしてなの?」

霰「状況が変わった―――」

トンブリ「え...でも―――ううん、了解です」



霰の表情はいつも通り静かだった、だが言葉に表せぬ程の小さな差異を感じたトンブリは追及を止め指示に従うことにした

尤、その差異が何を示しているかは解らなかったが



トンブリ(砲弾生成はこんな感じかな?―――うん、上手くいったっぽいね)

トンブリ「主砲装填――完了・・・狙い、家の土台部分――良し」

霰「砲撃許可」

トンブリ「主砲全門斉射――っつ!!わぁあぁ!?」



霰の主砲とは比べ物にならない雷鳴の如き轟音が響き渡る

主砲は安定の為に腰部艤装に接続されているのだが駆逐艦級の小さな体では反動は殺しきれず尻餅をついてしまう


だがトンブリの失態などまるで気にも留めない、いや留まらない

何故なら

霰(家が――破裂した!?)



そこまで離れた距離でなかった為かあれ程の無様な砲撃でありながら目標に見事着弾させた

榴弾なので当然炸裂するのだがその爆発が想像以上だった



霰「もしかして―――三式焼霰弾?」

トンブリ「えっと......名前は解んないけど赤い弾だったよ」

霰(何で海外艦が積んでいるのかは不思議だけど―――うん、多分合ってる)

霰「それ対空砲弾なんだけど......」

トンブリ「え!?そうなの?」

霰「―――でも作戦は成功したから別にいいの......それにしても」

トンブリ「な、何?」

霰「斉射一回で壊せるんだったら......作戦も何もいらなかったね」

トンブリ「あ」

霰「―――いいの別に......これは霰の失敗だから」

トンブリ「し、失敗だなんて」

霰「......ところでトンブリさん」

トンブリ「な、何ですか!?」

霰「加害状況......確認する?」

トンブリ「―――っ!!」

霰「別に無理強いはしない......艦娘の本来の相手は深海棲艦―――もう人を撃たないのなら乗り越える必要はない」



自分のやった結果を深く認識する事は仕事でも勉強でも重要だ

その認識により評価点と課題点を見つけ出し、改良改善そして改悪阻止をしていくものだ

だが次がないのであれば振り返り等必要ない、むしろ忘れたいなら絶対に振り返らないべきだ



霰「霰は見て回るよ......結果報告もしないといけないし」



そういって霰は倒壊炎上する廃屋に近づく

だがトンブリは動けなかった



トンブリ(私は―――どうすれば・・・・)






結局トンブリは最後まで動けなかった






――――――・・・・・・――――――




襲撃から一夜明け再び日は登る

一昨日は曇っていた、昨日は晴れていた、そして今日は見事な快晴だ

だがトンブリの心は沈んだままだ

あの後、戻って来た霰と合流し川を下り村へ戻ったのだが、相当不安定な航行だったらしく霰が殆ど抱えるような恰好で曳航してきたそうだ


心へのダメージは相当深刻なようだ

間違いなく冷静に判断したつもりだった、だがその結果を直視できないままでいた

幸か不幸か村の人々は襲撃の影響からか、いつの間にか村に戻って来た彼女をそこまで気にしていなかった

『たまたま村の外に居て、襲撃が止むまでどこかに身を潜めていたのだろう』といった感じに


だが確かにその他大勢の村人からはそう思われても身内であればそうはいかないだろう

だがその身内は―――



トンブリ(本当にもう誰も居ないんだ―――私一人なんだ―――おじいちゃん......)



艦娘になった事、大切な人を失った事、そして人を殺した事

一度に色々起こり過ぎた

自分でも何をしたら良いか解らないし何をされたいかすら解らない

ただ閉め切った暗い部屋で一人蹲っていた



今は一先ずの平穏、任された仕事も少なく子供でもあるので数日は引きこもっても何も言われないだろう

何か大きな傷を負った時は肉体的負傷なら、急性は冷やし安静に、慢性は温めて無理ない範囲で動かす

心の傷も同様に今は静かに時が癒す事を待つのが賢明だろう


―――だが今の天下は揺れに揺れている、当たり前のようにそんな一時の静けさすら打ち壊す出来事が起きた

家に備え付けられた無線が緊急事態を知らせる



トンブリ「―――え?」



その内容は荒唐無稽と切って捨てても問題ないような―――



トンブリ「霰ちゃん『が』人質に取られた?.......何で?―――どうやって!?」

今回の更新はここまで
次回多分最終回・・・というか区切りです

全4~5部構成を想定しており、ラストまでの展開もある程度決めていますが
どうなることやら

ようやく次投稿の目途が立った!
明日は仕事だからキツイがGW中には最終が投稿できそうです

GW中って何だっけ?
どれもこれも代休がズレるのが悪い、だから自分にとっては今週がGW

では章の最後まで投稿をします

欠片も信じられない内容だが、蹲っている訳にはいかない

トンブリは現場へ向け駆けて行く



トンブリ「一体誰が......え?」

青年「早く霰の父親を連れてこい!話はそれからだ!!」

トンブリ(な......なんで青年さんが!?)



下手人は予想もしなかった存在、艤装の整備をしてくれた青年だった

だが同時に納得もいく



トンブリ(そっか......整備中は艤装を解除するもんね)



とは言うもののやはり異様な光景だ

昨夜、賊の一団相手に八面六臂の大活躍をした少女が一介の修理屋に動きを封じられているというのは―――

トンブリ「・・・あれ?」



そこまで思考が行きついてようやくこの事件が普通の人質事件でない事に気付く

霰は拘束などされていない、むしろ離れた位置に立っている



トンブリ(じゃあ人質にされているのは......?)

青年「そこから一歩でも近づいてみろ、コイツはドカンだ!」

トンブリ(霰ちゃんの艤装!)


艦娘にとっては艤装は半身―――というか艤装自体実は機械的側面だけでなく生物的側面も持っており自己修復能力や成長能力を持っている

どう見ても機械なのに生物というのは納得し難いかもしれないが、深海棲艦も半機械半生物だ

同じだとは言いたくないがそういう事なのだ

だからこれもある意味『霰が人質に捕られている』と言って問題はないだろう



トンブリ(それにしても何でこんな事を?―――それに霰ちゃんは......え?)



他の村人は気づいていない――いやもしかしたら少しは居るかもしれないが少なくとも行動を起こせないでいる



トンブリ(霰ちゃん、気を抜いている......?)



青年の鬼気迫る雰囲気とは逆に極端な事を言えば寝落ちでもしそうな程何の気迫も感じられない

これが意味する事はトンブリには解らなかった。だが何もしない訳にはいかない、トンブリはこっそりその場を立ち去り物陰に隠れる

トンブリ(確かこの位置.....あった!これを引き抜けば)

[ガチャンガチャンガチャン]



錨型のパーツを引き抜くと小さく纏まっていた艤装が展開されたちまち全身に力が漲り始める

艤装の格納・展開方法は昨日村の近くまで戻った際に教わった



トンブリ「正常展開......してるよね?えっと・・・装備は―――」



何となくそれっぽい使用前点検をするが経験も知識も殆どない彼女にとっては何が普通で何が異常かは解らない

だが多分大丈夫だろうという確信をもって現場に飛び出そうとするがハタと気付く



トンブリ(あれ?この後どうすれば霰ちゃんの艤装を助けられるの?)



昨日砲撃は経験したとはいえ射撃・砲撃にはまるで自信がない

そもそも昨日の出来事で落ち込んでいて気持ちの整理もついいていないのに凶行を働いているとはいえ顔馴染みの青年を撃てるだろうか?

パワーアシストをフル活用しようにもトンブリは戦艦扶桑未満の超鈍足だ、隙を突いて踏み込むのは難しいだろう

さらに言えば体術の心得もないので長所である戦艦由来のパワーを上手く扱えるとも思えない


そこまで気付いたなら霰であれば普通に出直すか作戦を冷静に考えるだろう

だが、トンブリは良くも悪くも若かった

目の前の不義を見て歯を食いしばり俯く事などできるはずもない



トンブリ「そこまでよ!武器を下して大人しく投降しなさい!!」



全砲門・全銃口を向けながら野次馬と霰達の間に割って入る




「「「「「」」」」」



ほんの一瞬の間、そして静寂

だれしもが予想だにしなかったもう一人の艦娘の登場

そしてそれがこの村にも馴染みのある顔である事

ついでに言えば声が裏返っている事

突然の出来事に大半が硬直してしまった



トンブリ「あ、あれ?」



予想だにしなかった反応に戸惑いトンブリまで動けない

折角の隙なのにこれでは「え」

―――隙を生かせるのは何も彼女だけではない






――――――・・・・・・――――――





完全にやってしまった

艤装の無い間の危険性を嘯いておきながらこの有様

毒の影響が残っていたのだろうか?

いや、これは完全に自分の油断―――人を安易に信用したツケだ



誰かが言った、人を疑るのはその人をより知ろうとしている証拠だと

自分がいるこの世は戦乱の最中。そして今この場は熾烈な命のやり取りがあった直後、人々の心は平静には程遠い

だというのに―――



霰「―――」[ガラン]



指示に従い山人刀を投げ捨てた、青年の手には爆雷が握られている



霰「......これでいい?」

青年「ああ―――あとは俺の要求を飲んでくれればこれ以上はしない」

霰「霰はお父ちゃんに恩を返しきれていない......勝手はできない」

青年「時間稼ぎか?――だが難しい話じゃないだろ?」

霰「お父ちゃんの願いは日本に戻る事―――この村に留まって用心棒なんてできない......」

霰は迷っていた

この村に留まるか否か―――ではなく
艤装を見捨てるか否か―――でもなく
父親と離れるか否か―――ですらない

少女が艦娘・海防戦艦トンブリになった事を伝えるべきか否かであった



霰(この場でその事をいえばきっと解決する―――でもその為にはトンブリさんが艦娘である事を認めないと......)



霰は非情な決断もドライな対応も平然とできる

だが人の心がないわけではない

霰は『一時の敵討ち』に手を貸したが戦士になるようには仕向けたつもりはなかった

だからこれ以上こちらから戦場へ連れ出すようなマネはしたくないのだ


無論、この判断は人心だけでなく単純に『力のある者に無理強いをした末に心を壊す』というとんでもない爆弾を作り出さない為の打算も無い訳ではないが

それ以上に同じ艦娘という種である同情という面の方が遥かに強かった



そんな葛藤をしていると騒ぎを聞いたり察したりした村人たちが集まりいつの間にか人だかりができる



「馬鹿な真似はやめろ」
「恩人になんてことを」
「一体何を考えているんだ」
「落ち着いて、とにかくその爆弾を外して」



そんな説得や青年をなじる声が次々と上がる

確かにそういう声が大半であるが......



「あいつの気持ちも解る」
「やり方は間違ってるけど霰さんの力は欲しい」
「何とか残ってくれないか」



そういった声も間違いなくあった

霰(私はどうするのがいい?)



目を伏せ静かに考える

迷ったら原点に立ち返る。それは何にでも通ずる基本だ

霰達は流れ者――言わば『渡世人』である

風来坊とも言い換えられるが、基本は博徒やごろつき・やくざ者を指す場合が多い

霰達は賭け事など全くしないので博徒という方には当てはまらないが―――

廃墟を暴いたり自分達に害成す者......場合によっては恩義ある者の代わりに事を成すなど日常茶飯事

どうあがいても堅気とは言えない、紛う事無き『渡世人』だ



霰(そう、簡単な事だった......そんなの解りきった事だったよね―――)



霰の心は決まっ「そこまでよ!武器を下して大人しく投降しなさい!!」



上擦るどころかひっくり返った声が聞こえた

地声からは大分かけ離れていたものの気配で誰だか解る



霰(トンブリさん―――はぁ......)



呆れて天を仰ぎ見「え」

思わず二度見する



霰「トンブリさん、航空攻撃はやり過ぎだと思うの......」

青年「!!」

トンブリ「へ?」



釣られて空を見――





――――――・・・・・・――――――




青年「――っつ!」
一瞬釣られかけたが慌てて視線を戻―――いない!?いや違う!下―――爆雷を――って地面!?受け身!――え?倒れな――壁っ!ずうぅう!?何が...あれ?今倒れて――そうだっ爆雷......持ってない?―――ああ・・・顔が熱い?痛い?重い?

ああ......そうか、今解った・・・・俺、今、組み伏せ、られてんだ・・・......







――――――・・・・・・――――――




トンブリ「え?あ?お・・・終わった―――の?」



認識はできているはずだが理解は追い付かない

霰ちゃんが不意に私が航空攻撃をしようとしているとか妙な事を言いだした

私はそんな事してないのに青年さんは驚いて思わず上を向いた

そこまではよく解った、でもその後がまるで解らない


霰ちゃんがおもむろに座り込こむ―――ように思った
でも実際は体勢を低くして滑り込むように青年さんに近づいていた

近付いたと気付いた時には既に青年さんの右頬と右腕をスーッと撫でている―――ように見えた
けど現実は青年さんの体は叩き潰された様に崩れた

その後も地面に叩きつけられた様に見えたが振り回されていたり、回転していたかと思えば逆方向に投げ飛ばされていたり、仰向けに倒されたかと思ったらいつの間にかうつ伏せになったりと不可解の連続だった

しかしそれらの動きが決して速くないのだ、なのに状況を正確に理解できない

一つの動きを理解しようとしても動きに切れ目がないのが原因だろうか?

澱みなく流れる動きは気付けば別の意味を持つ動きになっているのだ



だが何より一番驚くところは流れる動きでもなく、艤装を持たぬ小娘が成人男性を投げ飛ばした事でもなく、それ程の事をしているにも拘らず一切の危険性を覚えなかった点だ

例えば勢いを持ったボールが飛んで来たら危機感を覚えるだろう

だが飛んできた物がそこそこの速さで大きさも身の丈程あるがそれが風船であったならどうだろう。実際の重さがどうであれ大半の人間は危機感など微塵も湧かないのではないだろうか?

先の霰はまるでその風船のようだった

怒りも気合も熱意もない茫洋とした雰囲気でありながらもあっという間に青年を飲み込み振り回し組み伏せる



トンブリ「す......凄い」



トンブリの脳裏に昨晩投げかけられた霰の言葉が蘇る



霰『怒って強くなるのはお伽噺の中だけ......ここで欲しいのは冷静な判断なの―――』

霰『それが出来ないなら......間違って皆に迷惑をかける人はいらない』



今、真の意味で理解した

あれこそが戦場で必要な心構えであり動きなのだと





――――――・・・・・・――――――




青年の作戦は間違っていなかった

艤装や武器さえ捨てさせれば最も怖い遠距離の攻撃手段はなくなる

格闘能力も恐ろしいが近づけなければ意味がない

だから武器を落とせば安全だと確信していた


だが一点だけ見落としていた

霰への戦力分析に不備?

違う

もっと根本的な事―――



―――自分自身の能力





戦闘に必要な事は何も装備の優秀さやフィジカル全般だけでない

頭脳やら技術も非常に重要だ


霰は外見こそ童女であるが艦娘となってからの熾烈な日々のお陰で比喩抜きの百戦錬磨

当然その辺りの定石から裏技、果ては技とも言いたくない様な狡い行為まで熟知している

素人が偶然を期待して戦うにはあまりにも荷が重すぎる相手だった





――――――・・・・・・――――――




技の名前はなんだっただろうか?

確か『ハーフハッチ』だった?いやそれとも『脇固め』?

まあ多分適当にやったからそれらのよく解らない混ぜこぜ技なのだろう

ともかく父親から教わった組討術を持って青年を組み伏せた



――――おおっ!



一瞬の間を置き野次馬から声が漏れる

そして



「すげぇ......」
「流石!!」
「え?あ?お・・・終わった―――の?」
「やっぱり艦娘さんは違うわ!」
「何?何が起きたの??」
「やっぱりこうなるんだ...」



歓声や戸惑い、感心の声が辺りを包む

艦娘と解っていても小柄な少女が大の大人を組み伏せる様は凄まじい絵面ゆえ当然の反応だろう



霰「ありがと...少女ちゃ―――」

トンブリ「ううん、私はトンブリだよ」

霰「―――そう......ありがと、トンブリさん」

青年「か、艦娘......?少女ちゃんが・・・?」

父「おいおい、霰・・・予定と違う事しちゃ困るんだが―――ねぇ?」

霰「.......[こくり]―――ごめんなさい・・・つい.....」

トンブリ「え?」

青年「な、何を......」



遅れて現れて意味不明な事を言いだす父親、そしてそれに直ぐに同調する霰

事態を飲み込めていない青年にトンブリだったが―――



霰「―――(あわせて)」

青年・トンブリ「「!」」



普段通りとても静かな口調で囁く霰

だがその言葉の影には殺気や威圧とはまた違った有無を言わせぬ気配が満ち満ちており、二人は唯々諾々と応じてしまうのだった





――――――・・・・・・――――――




父「あー.....皆さん、ホント申し訳ない、ちょっと手違いがありました」

霰「―――[ペコリ]」

父「本当は少女ちゃん・・・改め海防戦艦トンブリの実演を兼ねたお披露目といきたかったのですが―――霰が見どころを全部持って行ってしまいました」

霰「だって演武なんてやった事ないから......」

父「言い訳がましいぞ」

霰「......ごめんなさい」

父「よろしい―――では改めてトンブリちゃん、こっちに」



突然始まったお披露目とやらだがどう見ても無計画に始まった茶番にしか見えない―――

―――実際、掛け値なしのアドリブなのだが


しかし父親も霰も『元々計画されていました』と言わんばかりに堂々と続けている

一身の都合上、芝居がかった口上もこなせるとは言え一介の渡世人にすぎない二人

役者でもないのでセリフに澱みこそないが明らかに不自然な点が散見される


聞き手の村人たちも学こそ不十分ではあるが馬鹿ではない、この程度で『人質騒ぎが実はただの仕込みで狂言事案でした』などと信じる者はそうは居ないだろう



青年(何で......何でこんな『茶番(お披露目)』をす―――え?)



確かに一呼吸前までは組み伏せられていたはずだった―――が、今は何故か立たされている

ご存知の通り柔は主に立った相手を合理的に寝かせる武術

そして実は倒す原理を理解していればその逆も容易にできる

即ち裏技

逆(関節技)を取って青年を立つように力の方向を誘導したのだ



霰「―――青年さんも謝って......こんな『茶番(人質騒動)』を起こしたんだから」

青年「え、いきなり[ペキッ]~~~~っ!?」

霰「いいから早く」

父「おいおい.....そんなに強く頭を引っ叩くなよ」

霰「あ......ごめんなさい......」

父「父さんに言うなよ、青年さんに言いなさい」


ドッ



何とも滑稽なやり取りに一瞬にして笑いに包まれる場

だが、青年だけは違った

青年(ゆぅ、ゆ、びぃ・・・.....―――指、を、折りや、がっ.....た!!)



傍目から見れば痛がっている原因は霰が結構な勢いで後頭部を引っ叩い事によるものに見えただろう

だが実際には後頭部の衝撃はさほどでもなく、密かに圧し折られた薬指の痛みが主な原因

青年を立たせたときに捕った逆を今回は破壊という形で使ったのだ

だが一本折って『はい終わり』などとする程霰は甘くない、もう既に他の指を捕っている―――しかも今度は親指―――



霰「青年さん......ごめんなさい―――『もう、ぶたないから』......」

青年「!!」



覗き込んできたどこまでも凪いだ目は指を折られ俄かに湧きたった反抗心や怒りを飲み込みあっという間に鎮める

冷静さを取り戻させられた心、そして親指からは心へも響く警告―――



青年「わ、解ったからもう離れてくれないか?」

霰「―――」

青年「ほ、ほら離れないとこのお披露目を続けられないから.....」

霰「.....ん、解った」



そう言うと霰はあっさり逆を外し離れ―――



霰「あ、そうだ」

青年「!?」



再び急に引き戻される



霰「トンブリさんの主砲は20.3cm砲―――霰の主砲より遥かに強力だって事をしっかり伝えて―――」

青年「わ、解ったよ」

霰「じゃ、お願い......」



そう言うと今度こそ青年から離れた



青年(そんなに念入りに脅しをいれないでももう逆らわないよ.....)



村人たちは誰も気付かなかっただろう

だが先程青年が再び引き戻された際に霰はきっちり脅しを掛けていた

傍から見れば腕を引っ張っただけにしか見えなかっただろうが、実はあの時また先程極めた親指を再び逆で捕り極めたのだ



『今度は油断(信用)しない』



そんな言葉が聞こえたような気がした





――――――・・・・・・――――――




お披露目は存外順調に進み、無事トンブリは受け入れられた

艦娘のすばらしさは霰が証明済みであるので当然といえば当然なのだが



そしてお披露目の『裏』目的もしっかり伝わったようだ



一つは青年の暴走を水に流すという事



一応の被害者である霰が特に『何のお咎めもなく』開放したので村人はそれに倣い青年はこれ以上の追及はしない事にした

それに『昨晩の襲撃で』薬指を怪我した様子なので手先の仕事に就く青年を追及する気が憚られるという側面もあった



そしてもう一つは――――







この村を去るという意思表示だ





先のお披露目でこれでもかとトンブリの優秀さを主張した

20.3cm砲の威力、艦船時代の活躍、昨夜の襲撃での働き―――

『霰は所詮駆逐艦、もう戦艦が居るんだから貧弱な駆逐艦娘に頼らずとも大丈夫でしょ?』

そう理解してもらうため



無論、艦娘の戦闘能力は艦種や装備品だけでない

基礎身体能力、砲雷撃精度、立ち回り、場慣れといった練度も重要

ましてや村の防衛という艦船記憶がまるで使えない任務であれば尚更だ



しかしだからと言ってご丁寧に一人前になるまで鍛えていては時間が掛かり過ぎるしそこまでする義理はない

何しろ恩人を裏切って服従させようとする輩がいるのだから




父「村長―――いや、名代にも挨拶はしてきた」

霰「ん......じゃあ後は......」



二人は誰に向かうでもなく手を合わせ冥福を願う

今回の戦場では村人も襲撃者も少なくない数が散っていった

その静かに弔う様は快晴の空も相まって実に絵になる

だが二人の表情や纏う雰囲気はあの2体の深海棲艦に手を合わせた時とさしてかわらない



暫くの瞑目を終え顔を上げると遠くに見覚えのある少女の姿が見える



トンブリ「ま、待って!」

霰「......」



駆け寄るトンブリ

軽快とは言えない脚で無理に飛ばしてきたせいか息も絶え絶えだ



トンブリ「霰ちゃ――ん、ごめんね―――こん、な形でさよならなん――て」

霰「いいの別に......これが普通......」



足を止め振り返る霰、相変わらず読めぬ表情ではあるがトンブリは何となく理解していた

だから無遠慮に質問を投げかける



トンブリ「最後に教えて......どうやったら霰ちゃんみたいに強く―――ううん、一体どうすればあんなに落ち着けるの?私には何が足りないの!?」

霰「......余裕」

トンブリ「え?」




砲撃音





トンブリの意識が暗転した





――――――・・・・・・――――――




一体どれほど気絶していたのか―――数秒?数分?数時間?

トンブリは気絶から回復し目を開け―――



トンブリ「―――ッ!?」



瞬間、陽の光が入り目が眩む



トンブリ「~~~~っ!」



落ち着きを取り戻す



トンブリ「そうだ、霰ちゃんっ!!」



慌てて顔を上げ―――眩みをかわしつつ太陽を見る



トンブリ(っ!!―――太陽の高さはそんなに動いてない、ならまだそんなに遠くへ行っていないはず―――けど)



運が良ければ追い付けるかもしれない......が、もうどこへ行ったか解らない以上この乱世では今から追いかけるなどあまりに危険な賭け

戻ってくる事を期待しようにも霰達は日本に戻る為に旅をしている

例え世が平和となりちゃんと日本に戻れたとしてもあの二人がやってきた事を考えれば――――

―――今生の別れと言って差し支えないだろう







トンブリ「そんな......霰ちゃん......どうしてなの?」



付き合いなど3日程度であるが友人だと思っていた――――なのに結果はこれだ

普段から明るく振舞うトンブリも流石にこれは堪え......



[コツ]

トンブリ「?」



何かが指先に触れ―――

トンブリ「え?――っ!!」



振り向くと同時に思わず仰け反る

ホラー映画にでも出て来そうな血錆びの浮かぶ大きな刃物が目に飛び込んできた



トンブリ「......ってこれ霰ちゃんのサンジントーじゃない!」



よくよく見ればその山人刀はトンブリが倒れていた脇―――しかも頭のすぐ横に突き立てられていた

これは気絶の回復の仕方によっては目を覚ましたと同時に刃が目に入る様な位置だ



トンブリ「あ、霰ちゃん......寝起きドッキリでもするつもりだったの!?.......趣味悪!」



そう悪態はついたもののどうにも腑に落ちない

霰がわざわざ先の戦闘の主要武器と言えるほど使っていた山人刀をしょうもないドッキリの為に手放すだろうか?



トンブリ「違う......霰ちゃんはそんな娘じゃない、気取らないで直接的な事をするはず」



霰は前世は戦闘艦艇、現在は生まれてこのかた旅続き

とても冗談や謎掛けを好む様な生き方をしてきてはいない

だったらこれはもっと直接的かつ簡潔な見たままの意味――――



トンブリ「―――脅しだ」

『本来なら貴女は死んでいた』

そういう事だろう



焦って余裕がなかったトンブリは視野狭窄に陥り霰の行動に対応できずに倒れ伏した

質問に対する簡潔かつなにより雄弁な実演回答・・・実に霰らしい



思い返せば別れ際、霰に質問した時

人質騒動で飛び込んだ時

復讐を決意し最初に申し出た時

いずれも余裕の欠片もなく結果はいずれもロクなものではなかった



トンブリ「大事なのは余裕―――そうかも」



一人合点だろうか?

だとしてもそれが何の問題だというのか

武でもスポーツでも仕事でもたった一言がブレイクスルーになる事など往々にしてあり

その一言が単なる勘違いから生まれたという件も度々聞く

切っ掛けが真実であれ勘違いであれトンブリは今まさに大きな成長を始めている



トンブリ「私は海防戦艦トンブリ、今度も守り抜いてみせる!」



一人の戦士が名も無き村はずれで産声を上げた


新たな決意と精神を胸に抱いた彼女の目に気になるモノが映る



トンブリ(あれ?――――サンジントーの柄に何か書いて―――)





『使わなくなったら返してね―――霰より』





トンブリ「前言撤回!霰ちゃん、気取った事もするじゃないの!!」



天を仰ぎひとしきり叫びトンブリは駆け出す、村の外ではなく村の中へ



トンブリ(文句の一つでも言ってやろうかしら?ううん、それとも―――)



もう不安や焦燥といった負の感情は感じられない

空は澄み渡る快晴

どこまでも広く、見渡せる天気―――

―――だが、今日はいつもよりもっと広く見える気がした





――――――・・・・・・――――――




―――数日後




霰「トンブリさん......上手くやってるかなぁ」

父「心配か?」

霰「流石に......ね」

父「別にあの村に残って指導しても良かったんだぞ?」

霰「......霰は―――渡世人......流れ者だから―――」


父「―――そうか」



あの後村を後にした二人だったが、暫くしてトンブリから通信が入った

何やら色々言っていたのだが村の長距離無線をもってしてもいささか離れ過ぎたためか雑音が酷くろくに聞き取れはしなかった

だがこの言葉だけはしっかり耳に届いた




『ありがとう』




父「きっと大丈夫だよ―――」

霰「どうして......そう思うの?」

父「ただの勘だよ」

霰「......」

父「そんな顔するなよ.....そもそも悲観主義者だったら流れ者なんて出来ないっての」

霰「......そう―――だね」





二人の足取りは重くも軽くもない、ただただ普通に歩み続けている

出会いも別れもあったのに

あれ程の生も死も見てきたのにだ





今日の空は曇っている

闇夜が一足早く訪れたと思う程の分厚い曇り空だ

だがこの方が歩き易い

二人の流れ者は今日も歩み続ける






海防戦艦トンブリ編~完~

☆月〇日

五十鈴艦隊東南アジア■■国の要請を受け撃沈された輸送船より機密輸送品の捜索を開始



〇月◇日

■■■■国の■■■■■■海岸にて積み荷の大半を発見、目標となる機密輸送品は箱のみ発見、中身は持ち去られていた


同日

機密輸送品は艦娘用新型兵装であると■■国より一部情報開示、任務は奪還も含め続行



〇月□日

■■■■■■海岸近隣の村(地名不詳)にて村駐留の艦娘(自称青葉型ではあるが駆逐艦級と推測)と遭遇、一時緊張状態となるも自艦隊、相手艦共に発砲なく捜索協力に合意



〇月●日

☆月頃にこの村に立ち寄った艦娘(艦名不明)が見慣れぬ兵装を使っていたとの証言が駐留艦娘含む多数の村人から得られる。しかし足取りは完全に途絶えており消息不明




△月◆日

重要参考艦娘の足取りと艦名を掴むも対象艦が『霰』であったため旗艦・五十鈴を含む4名が動揺、代替艦隊を要求する






間宮(そして今日―――五十鈴艦隊鎮守府に到着、疲労状態も件の4名赤判定といったところね......)

艦娘間宮、かつての給糧艦間宮同様強力な無線通信設備を搭載している為料理人の傍ら通信士の補助も担当している

船舶時代の様に無線監査艦という仲間の監視ではないのでいくらか気は楽だが、それでも戦場の生声を聞くのはかなり堪える



間宮(五十鈴さんに衣笠さんのあんな声......そうそう聞けるものじゃないわ)



二人は今も昔も戦艦や正規空母でさえ頼る押しも押されもせぬこの鎮守府きっての精神的支柱、その二人があられもなく動揺したのだ。作戦の中止もやむを得まい

とはいえ......



間宮(艦娘は大破撤退も多い―――けど強固な安全装置のお陰で兵士や兵器としては驚異的な生還率を誇っている)

間宮(けどここは戦場、死が当たり前にある場所.......一体何年も前のたった一人の死を引きずっているのかしら―――)



ふと顔を上げる

よろけながらも姉妹艦の肩を借り歩く衣笠の姿が、そしてその近くには―――

伴侶である提督に抱きしめられ慰められる五十鈴の姿も見えた

その顔は普段の凛々しさからは想像もできない弱さと甘えが滲み出ている



間宮(―――――)

感情が曇る

愛する者同士であればなんら問題のない当然の行動。それでもこういう光景は何度見ても―――



間宮(ああそうだった)



先程は五十鈴達の過去に囚われる様に呆れたが自分だって過去に囚われているではないか

例え誰かに馬鹿にされてもあの過去は捨てられない



間宮(あなた達が過去を引きずるように、私もまた過去を引きずっているわ)

間宮(例え可能性が殆どなくても......積み重ねた何年が無駄になっても......私は追い続ける―――そして)



抱き合ったままの二人から目を逸らし通常業務に戻る

その表情は憂いを帯びるが目には力強さを感じさせる決意の炎を灯していた

ズドオン!!ズダアァアァン!!

ダダダッ!だだだだだっ!!!



引っ切り無しに続く爆発音に銃声

音は飛んでくるばかりで飛んでいきはしない



「......」

「......」



二つの影は息を潜めお互いを確認しながら鉄時雨が過ぎ去るのを待つ

日は既に半分ほど海の淵に沈み輝きを減じている



ズダァン!!ずだあぁん!ズダアアアァァァアアアン!!!

ダダダダダダダ!!バリバリバリバリバリ!!



辺りが暗くなるに従って鉄時雨―――いや嵐は激しくなっていく

だがこの嵐は夜を喜び激しくなっているというより、夜を恐れ明るいうちに何とかしようと焦る様に感じられる

現に着弾・爆発位置は大きくばらけてきている



「.......」



不意に片方の影が揺れ



「――」



片方の影が消え―――いや動いた



相変わらず鉄の嵐は激しいが遠目から見れば何の脅威でもないし、暗がりに浮かぶ閃光はちょっとした風情すら感じられる程だ

とはいえ、あの嵐の中にまだいる父親を思えばそんな事は考えていられない



辺りは暗くも天は青く輝き幻想的な世界を作り出す

半面海は暗く大きくうねり水平線はおろか数百m先すら満足に見渡せない

だが位置は解る、経験と新装備聴音機のお陰であっさり目標を捉えていた

ヌ級は焦っている

昼下がりに捉えた艦娘と人間が想像以上に粘り辺りが暗くなった今まで攻撃し続けているが全く手応えがない

完全に夜になっては自分では何もできなくなる

そうすればあれ程の手練れ、簡単に接近を許すこととなるだろう。そうなれば後は蹂躙され――――

いや待て落ち着け、自分は一人ではない、数は少ないが護衛がいる

夜戦で頼りになるリ級とチ級

艦載機の操作から意識を戻し辺りを見回す

頼れる二つの影は次なる出番に備え、もう一つの影など準備は十二分と言わんばかり、すでに交戦をしているようにすら見える



――――意味を理解したのが先か意識が途切れたのが先か、それを知る者は誰もいなかった





逢魔が時、暗く荒れた水面に立つ深海棲艦の元に魔が降りた


チ級、首を掻かれ多量の油を吹き出し沈黙。ヌ級、半身を魚雷に砕かれ航行不可

残るリ級は持ち前のフィジカルと艤装性能で奇襲を回避、平笠を被る小柄な影と相対する

手には魚雷発射装置とヌ級の破片を持ち油断なく構えている―――

が、纏う気はまるで無為に時間を潰す余人の如く、そして目はどこまで凪いで静かだ



「今は強いよ...霰」



言うが先か影が動くが先か、閃光と轟音が混ざり踊り爆ぜる

今日の流れる先にも安寧なし





旅は続く



これにて『流れ者と艦娘』の第一部と幕間は終了です

ちょろっと書くだけの予定がまさかこんなにかかるとは・・・
コロナが終息して通常業務に戻ればもっと頻繁に更新できるのに・・・と、いう訳で

いずれまた

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月20日 (水) 04:55:12   ID: S:9EVgT8

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