D.CⅡIgnorance Fate【オリキャラ有】 (220)

D.CⅡのSSです。開始前にいくつか

・D.CⅡP.Cの友情エンド(シーンタイトル:バカ騒ぎできる友達)からの分岐の話となります。

・オリキャラが出てきます。と言うかオリキャラ中心の話になります。

・本編 al fine、da capo のネタばれを含みます。

・桜エディション発売おめでとう!D.Cシリーズが気になってる人は是非買ってね!(ダイマ)

>>1は初代未プレイなので、作中に矛盾が発生する可能性あり。その場合は生暖かい目で見守りください

以上のことを踏まえて大丈夫という方はどうぞ。そうでない方はそっ閉じ推奨
次から本編開始です



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                                         12月24日(木)

義之「はぁ………」

桜公園のベンチに座るなり、深いため息が口から漏れた。音姉に聞かれたら注意されそうだな。
しかしそれも無理はない。
なにせ……

義之「あの二人にずっと付き合わされてたからなぁ……」

誰に言うでもなく呟く。
今は夜中。あの二人に解放された俺は、すぐに家に帰る気になれず、なんとはなしに桜公園へと来ていた。

義之「でも、寒い……」

寒いのは当然といえば当然。季節は冬だし、今は夜中。
雪が降っていないというだけが幸いだった。

義之「じっとしてたら死ねるな、これは……」

そう判断した俺はベンチから立ち上がり、適当に散歩をすることにした。

桜が咲き誇る中、一人で適当にぶらつく。

義之「明日から冬休みかぁ……」

学校の仲間と毎日会えなくなるのはちょっと寂しいけど、ゆっくりできるのならそれはそれでいい。
それに、会いたくなったら連絡を取り合って遊べばいいだけだしな。

冬休みをどう過ごそうかと考えながら歩いていると、気がついたら枯れない桜の木の近くにまで来ていた。

義之「……ん?」

その桜の木のすぐそばに、人影があった。

義之(誰だ……?)

別に見つかってまずいというわけでもないのだが、つい条件反射で隠れてしまう。

義之(……って、これじゃ俺ただの不審者じゃん……)

そう思いながらも、隠れながら様子を窺う。
女の人のようだった。長い黒の髪をほのかな風になびかせながら、桜の木の前で手を合わせなにやらお祈りをしているかのように見えた。

義之(……盗み見はよくない、よな)

そう思い、その光景を気にかけながらもその場を後にした。

                                         12月25日(金)

冬休み一日目から昼過ぎまで寝ていた俺は、音姉の襲撃によって起こされた。

音姫「もう、長期休暇だからって、そんなにだらけてたらダメだよ、弟くん」

義之「ふぁぁぁ……別にいいじゃん、休みなんだからさ……」

音姫「そんな生活してたら、いざ学校が始まって困るのは弟くんなんだからね。全く……」

呆れながら、俺の部屋を出て行く音姉。

居間に下りると、昼ごはんが用意されたテーブルを音姉とさくらさんが囲っていた。

義之「あれ、由夢は?」

さくら「由夢ちゃんなら、今日は天枷さんが遊びに来ていて、家にいるよ」

義之「へぇ、天枷がねぇ……」

後でちらっと顔を出しておこうかな。
あいつ、どこか抜けてるから由夢に感づかれるかもしれないし。

昼ごはんを食べ終え、着替えを済ませて家を出ると、ちょうど由夢と鉢合わせた。

由夢「あ、兄さん。ちょうどよかった」

そう言いながら、一枚の紙切れを持って近づいてくる。

義之「あ、お、俺、ちょっと用事が……」

逃げようとした時には、既に服の袖を掴まれていた。

由夢「わたし、今忙しいんだよね。兄さん、ちょっと買いもの行ってきてくれる?」

……やっぱり……。

義之「……念のために聞くが、俺に拒否権は?」

由夢「あるわけないでしょ。はい、これに買ってきてほしいもの書いてあるから。それじゃ、よろしくね」

由夢は自分の用件だけをさくさくと告げると、家の中に戻っていった。

義之「はぁ……仕方ないな」

ため息をつきながらも、商店街へと足を向けた。

*          *          *
義之「あ~、こんなん人に頼む量じゃねぇよなぁ」

ぶつくさ文句を言いながら、膨らんだ買い物袋をぶら下げて歩く。
実際はそんなに重くはないわけだが、由夢のやつこんなにお菓子やらジュースを買い込んで天枷と二人で全部食べるつもりなのか?

義之「一人ってーのも寂しいよな。誰か知り合いがいたら話しながら帰れるってーのに」

独り言を言いながら商店街の中を抜けていく。

義之(なんか腹減ってきたな……。桜公園によってなんか食っていくかな)

帰り道を少しだけ変更して、桜公園に足を向けた。

*          *          *

相も変わらず桜の花びらが舞う桜公園。
俺の記憶の中ではこんな光景は日常茶飯事だけど、やっぱり普通じゃないんだよな、これは。

義之(ま、今更ではあるけどな)

今はそんなことよりも、腹ごしらえが先だ。
何を食べようか少しだけ考えた結果、簡単にチョコバナナでいいかという結論に達した。
ペパーミント味を買うことにする。

店員「さて、今日はこれが最後だな」

義之「あれ、もうですか?」

女性「あっ……」

受け取りながら店員に聞く。と同時に、後ろから小さく息を呑む声が聞こえた。

店員「あ~ごめんね、嬢ちゃん。今日ちょっと仕入れに手違いがあってね。今日はこの兄ちゃんに売ったのが最後なんだよ。すまんねぇ」

申しわけなさそうに頭をかくおじさん。
俺も、後ろを振り向く。

女性「……いえ……」

そこにいたのは、昨日の夜に枯れない桜の木の前にいた女の人だった。

義之「あ、君……」

思わず、そう口にしていた。

女性「はい?」

そんな俺の言葉に反応する。

義之(そういや、この人は俺のことを見たわけじゃないんだよな……)

昨日の夜は一方的だったわけだし。
どうしようか考えて、

義之「これ、よかったら食べる?」

手に持っていたものを差し出した。

女性「え、でも、その……」

差し出したチョコバナナを前にして、戸惑っている。

義之「俺のことは気にしなくていいよ」

もう一押し。

女性「え、と……それじゃ……」

おずおずと手を出してきて、

美夏「おーい、桜内ーー!!」

横槍が盛大に投げられた。

義之「天枷?」

声の主は、天枷だった。なにやら全力疾走で俺の所に近づいてくる。

美夏「す、すまん、桜内。そ、そろそろバナナミンが、切れる……」

俺の近くで立ち止まって、息を切らしながらなんとかそう告げた。

美夏「おお、ちょうど、よかった。その、チョコバナナを、美夏に、くれ」

少しずつ息を整えながら、俺の手に握られていたチョコバナナを攫っていった。

義之「お、おい天枷……」

俺のことなど意に介さずに、チョコバナナを食べる天枷。

美夏「んぐ、んぐ……」

全てを口の中に収めた天枷は、しっかりと咀嚼しながら飲み込んでいく。
……涙を流しながら。

美夏「んぐ……ふぅ。なんとか間に合ったか……」

全てを飲み込み終えて、そう呟く。

義之「あのな、天枷……」

美夏「ん?ああ、すまんな桜内。助かったぞ」

義之「いや、それはいいんだけど……」

美夏「あ、そうだ。桜内、由夢に頼まれた買い物はどれだ?」

義之「ああ、これだけど……」

もう片方の手にぶら下げていた袋を持ち上げる。

美夏「一応名目上はそれをもらってくると由夢に言って家を飛び出してきたから、持っていく。ありがとうな、桜内」

そう言って、俺の両手に握られていたものは二つとも天枷に掻っ攫われた。
……ちょっと言い方悪いかな。

美夏「じゃあ、美夏はもう行くぞ。桜内にも連れがいるみたいだしな」

天枷に言われて、改めて思い出した。そういえば、この人と話をしていたんだった。

女性「………」

颯爽と去っていく天枷を、その人は物珍しそうに見送っていた。

義之「あ、その……ごめん。チョコバナナ、とられちゃった……」

ごまかし笑いを浮かべながら、さっきまでチョコバナナを握っていた手をひらひらさせる。

女性「……え、あ、はい……」

ぽかんとしながら、それだけ返事をしてきた。

義之「……ま、今日はもう営業終わったみたいだけど、また明日来ればいいさ」

女性「……ふふ。はい、そうですね。それじゃ、わたしはもう行きますね」

そう言い残すと、歩いて去っていった。

義之「………。……あ」

名前、聞くの忘れた……。

*          *          *

特にぶらつく気にもなれず、そのまま家に帰ってくる。

義之「ただいま~……と」

由夢「お帰りなさ~い、に・い・さ・ん?」

玄関には、なぜかとても不機嫌そうな由夢と、ばつが悪そうな天枷がいた。

「ど、どうした由夢?」

半歩後ずさりながら、そう聞く。

由夢「人の頼まれごとの最中に、逢引でもしていたんですか?」

美夏「すまん、桜内。由夢に話してしまってな……」

義之「ああ、そのことか。別に逢引したわけじゃないよ。小腹がすいたから桜公園に寄り道して、そこでちょっとしたトラブルがあっただけ」

事の顛末を簡単に説明してやる。

由夢「ふ~ん、そうですか。それで、逢引相手は誰なんですか?天枷さんも知らない人だって言ってましたけど」

あぁ、俺の話は無視なのね。

義之「いや、公園でたまたまあった人だよ。知り合いじゃない」

美夏「そ、そうだったのか!?チョコバナナをあげているように見えたのだが……」

ここで天枷が割って入ってくる。話をややこしくしないでくれよ、頼むからさ……。

義之「だからさ……」

結局、実際にあったことを詳しく説明する羽目になった。

*          *          *

義之「は~~~、なんか今日は疲れたなぁ……」

夜、ベッドに倒れこみながらそう呟く。

義之「今日は夜更かししないで寝るかな……」

少しの間逡巡したあと、部屋の電気を消した。

義之(明日、また桜公園に行ってみよう……)

もしかしたら、またあの子に会えるかもしれないし。

                                         12月26日(日)

翌日の昼、俺は桜公園に来ていた。

義之(いない、な……)

公園の入り口から全体を簡単に見渡す。
明日また来ればいいと言ったから、来てるかと思ったんだけど。

とりあえず昨日の子の分も買っておこうと思いチョコバナナ屋に向かう。

チョコバナナを二つ買い、後ろを振り返る。

女性「こ、こんにちは……」

そこには、昨日の子がいた。

義之「あ、君……」

両手にチョコバナナを持ったまま、唖然としてしまった。
まさか、本当に来るとは思っていなかった。

女性「あ、あの」

義之「は、はいっ」

思わず声が上ずってしまった。

女性「そこ、どいてくれないと、買えないんですけど……」

義之「あ、そうだ」

わざわざ二つ買った理由を思い出した。

義之「これ、昨日あげそこなったチョコバナナ」

右手に持っていたイチゴ味のチョコバナナを差し出す。

女性「え、あ、ありがとうございます」

それを、昨日と同じように躊躇いながら受け取る。

杏「ふふふ、事の一部始終、しっかり見せてもらったわ……」

茜「酷いわ義之くんたら、小恋ちゃんというものがありながら浮気なんて!」

その子の後ろから、にぎやかな声が聞こえてきた。その子も後ろを振り向く。

杏「いくらで買収したの、義之?」

義之「人聞きの悪いことを言うな!」

杏と茜だった。二人とも、遊ぶおもちゃを見つけたような含み笑いを浮かべている。

茜「いけないわ、不潔よ、不純よ、義之くん!」

義之「お前もだ、茜」

こん、と軽くチョップを入れる。

茜「いたっ。杏ちゃ~ん、義之くんが暴力を振るってくるよ~……」

そう言って、杏に泣きついていく。

杏「あらあら義之、いいのかしら?ないことないこと言いふらすわよ?」

義之「あのなぁ……」

ぼりぼりと頭を掻く。

杏「ほら義之、言いふらされたくなかったらその子が誰なのか白状なさい」

義之「別に誰でもねぇよ。ただそこであっただけだ」

出店の近くを指差して教える。

杏「なにか卑猥なものを渡していなかった?」

義之「ただのチョコバナナだ」

見知らぬ子をそばに置いて、しばらく杏と茜のエロトークに付き合わされる。

杏「なんだ……。ごくごく平凡な話じゃないの」

義之「お前らがそっちに持っていきたかっただけだろ」

女性「あの……」

話の途中で、その子が口を開いた。

義之「あ、ごめん。なに?」

女性「わたし、そろそろ行きますね」

義之「あ、ちょっと……」

杏「ごめんなさいね、うちの義之が迷惑をかけたみたいで。もういいわよ」

女性「それでは」

礼儀よく会釈をして、俺が渡したチョコバナナを持ったまま去っていった。
また、名前を聞きそびれたな……。

杏「そういえば、義之」

義之「ん?」

杏「あの子、名前はなんていうの?」

義之「いや、知らない」

                                         12月27日(月)

そのまた次の日。

義之「さすがに三日連続で桜公園には来ないよなぁ」

ベンチに座り、今日はクレープを手にそんなことをぼやく。

義之「はぁ……なんか虚しくなってきた……」

自分の分を口に含み、俯く。

義之「もう帰ろうかな……」

女性「あ……」

義之「ん?」

俺の真正面から声を詰まらせる息遣いが聞こえてきた。顔をあげる。

女性「こんにちは。また会いましたね」

義之「ああ、こんにちは」

また会えたな。俺、もしかしてこの人となにか不思議な縁でもあるのだろうか?

女性「何をしていたんですか?」

何をしていた、か……。

義之「別に何もしてなかったな……」

冷静に考えて、そう思う。そうだよな。この人に会える保障もないのにここに座ってたんだもんな。
……あれ?俺ってもしかして周りから見たらただの変な人なんじゃないか?

女性「え、誰かと待ち合わせとかじゃないんですか?」

義之「そうだなー。強いて言うなら、クレープを食べてたかな」

女性「クレープ、お好きなんですね」

義之「なんで?」

女性「だって、両手に持っているじゃないですか」

義之「……あ」

そうだった。もう俺の分はあと一口で食い終わるけど、もうひとつ持っていたんだった。しかも、これ俺のじゃないし。
最後の一口を放り込み、立ち上がる。

女性「よろしかったら、これも食べますか?」

義之「え?」

そういって差し出されたのは、またもやクレープだった。

義之「あー……………どうも」

なし崩し的に受け取る。

義之「じゃ、代わりにこれあげるよ」

女性「はい?」

俺が最初から持っていたほうのクレープを差し出す。

義之「いや、もともと君にあげようと思って二つ買ってたんだ」

女性「あ、そうだったんですか。はい、それじゃいただきます」

わずかに微笑み、クレープを受け取ってくれた。

まゆき「ほほ~、弟くんはそういう子が好みかぁ」

またもや、死角から声をかけられる。この声は……。

義之「まゆき先輩?」

声のした方、今回は俺の後ろを振り向く。そこにいたのは、聞こえたとおりまゆき先輩。
……それと、もうひとり。

義之「ムラサキ……」

俺のことを良く思っていないどころか、下手すると憎まれているのではないかと思える奴だった。

エリカ「不潔」

一言ずばりと言われる。

義之「なにが不潔!?」

ただクレープを交換し合っただけじゃんか!

エリカ「ふんっ」

ムラサキはそれだけ言うと、まゆき先輩の後ろに下がる。

まゆき「なぁに弟くん、この人は彼女さん?」

人をからかう時の不敵な笑みを浮かべながら俺に聞いてくる。

義之「違いますよ。ただの知り合いです」

こういうときは冷静に答えるのがベストだ。

まゆき「ふ~ん、お互いのクレープを交換し合うただの知り合い、かぁ」

相変わらず楽しそうな顔をしている。

まゆき「わたしがそんな説明で納得すると思ってるのかにゃ~?」

じわりじわりと詰め寄ってくる。
うぅ……これは捕まるパターンだ……。

女性「あ、あの、わたし、もう行きますね。それでは」

と、その子はまた俺との話の途中で行ってしまった。
……今回は逃げた、という解釈で問題ないだろうな。若干苦笑いだったし。

まゆき「さあ弟くん。まゆき先輩とじーっくりと語り合おうじゃない!」

エリカ「わたしもせっかくだから聞いてあげるわ、桜内」

義之「か、勘弁してくださいよ~……」

結局、今日もあの子の名前聞けなかったな……。

                                         12月28日(火)

あの子と会ってから実に三日に渡って名前を聞きそびれている。今日で四日目だ。

義之「いや、何を期待してるんだ俺は……」

今俺は、自分で作ったお菓子が入った袋を持ってまたも桜公園のベンチに座っている。

義之「まさかまた偶然会えるなんてことはないよなぁ……」

女性「誰と偶然会える、ですか?」

義之「うわっ!?」

いきなり後ろから声が!?だ、誰だ!?
バッと後ろを振り向く。

女性「きゃっ」

その瞬間、黒い何かが俺の視界を覆った。

義之「うおぅっ!?」

何事!?
俺がテンパッていると、徐々に視界が開けてきた。

女性「ど、どうもこんにちは……」

長い髪をかきあげ、ぺこりと、最近は少し見慣れた子が会釈をしていた。どうやら俺の視界を覆っていたのは彼女の長い髪だったようだ。

女性「今日も、暇をもてあましていたんですか?」

居住まいを正し、俺に聞いてくる。

義之「あ、いや今日もここにいたら君に会えるかな~なんて……?」

お、俺は何を言ってるんだ。これじゃナンパみたいに聞こえるじゃんか!

女性「え、あ……」

その子もどう解釈したのか、顔を赤くして黙り込んでしまった。……き、気まずいっ!

義之「そ、そうだ!これ!」

がさっ、と袋を持ち上げる。

女性「え、と、それは?」

おずおずと指差しながら聞いてくる。

義之「これ、俺が買ってきたお菓子。今まで色々迷惑かけたからさ」

女性「あ、どうもありがとうございます」

その袋を受け取り、またも頭を下げてくる。

ななか「おーい、義之くーん!」

遠くから、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。この声は、ななかかな?

ななか「やっほ、義之くん」

俺の近くまで歩いてくる。その隣には、小恋もいた。

小恋「何してるの、義之」

義之「いや、この人と話してたんだ」

話していた子に目を向ける。

小恋「誰?この子」

義之「いや、実は……」

ななか「桜木……さん?」

義之「え?」

突然、ななかがそう言った。

桜木「こんにちは、白河さん」

その子も、ななかに挨拶する。

義之「知り合い?」

二人を交互に見ながら、聞いてみる。

ななか「わたしのクラスメイトだよ」

桜木「あ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたね。桜木花穂(さくらぎ かほ)と言います」

ぺこりと、俺と小恋にお辞儀をする。

小恋「初めまして。月島小恋です」

小恋もそれに習うように挨拶。

義之「俺は桜内義之。よろしく」

俺は簡単に挨拶を済ます。

ななか「どうも初めまして、白河ななかです」

花穂「ふふっ、白河さんは三人とも面識あるんじゃない?」

ななか「いやー、この流れなら挨拶しなきゃかな?って。んじゃ、行こっか、小恋」

小恋「あ、うん。じゃあね、義之、桜木さん」

二人は元々用事があったのか、あっさりと行ってしまった。

義之「えーと、桜木?」

花穂「はい?」

義之「いや、今更になって名前を知ったからさ……」

ようやく名前を知ることができたな。昨日まで色々邪魔が入ったからなぁ。

花穂「あなたは、桜内さん……ですよね」

義之「君は、俺のことを前から知ってたの?」

俺からはずっと名前を聞きそびれていたけど、桜木の方は俺に名前を聞くタイミングはいくらでもあったよな。

花穂「ええ、まぁ。校内でも随分有名人ですので」

ふふっ、と小さく笑っている。

義之「いやぁ~はは、なんか一方的に知られてるのって結構恥ずかしいもんだなぁ」

花穂「……あ」

腕時計で時間を確認した桜木は、いきなり小さく声を出した。

義之「ん?どうかした?なにか用事でもあるの?」

花穂「はい、ちょっと……。すみません、今日はこれで失礼します」

会った時と同じように会釈をすると、その場を立ち去った。

義之「あ、ちょっと!」

それを、呼び止めている自分がいた。

花穂「はい?」

立ち止まって、振り返る。

義之「明日も、俺ここにいるから。通りかかることがあったら話しかけてよ」

自分でも不思議だった。なんでこんなことを言ったんだろう。でも、

花穂「はい、わかりました」

なんだか楽しい冬休みになりそうだと、そんな気がしていた。

桜木 花穂(さくらぎ かほ) パーソナルデータ

誕生日 12月24日

風見学園付属3年2組在籍。ななかのクラスメイト。クリパ当日の夜、枯れない桜の木の前にいるところを義之に目撃される。

性格は控えめで、少々恥ずかしがりや。基本的に礼儀正しい。

消極的ではあるが、自分の中にしっかりとした芯を持ち、それに反するようなことはしないし、一度決めたことは貫き通す強さも持ち合わせる。

しかしその性格が災いし、融通の利かないところもある。アクセサリー類が好きで、その手の店によく行っている。しかし買ったアクセサリーの大半は身に着けず、自分の部屋に飾っている。

本日はここまで

桜エディション発売前には完結まで行きたい

                                         12月29日(水)

音姫・由夢「お邪魔しまーす」

玄関から音姉と由夢の声が聞こえてくる。

音姫「お、弟くん!?」

由夢「に、兄さん!?」

居間に顔を出した二人は、声を揃えて俺を見た。

義之「いらっしゃい。ほら、朝ごはんできてるよ」

ちょうどご飯を盛った茶碗も全て置き終わって、自分の定位置に座る。

義之「そうそう。今日はさくらさん、学校で仕事があるからって朝から出てるよ」

音姫・由夢「………」

俺の話を聞いているのかいないのか、二人は居間の入り口でぽかんと口をあけたままだった。

義之「どうかした?」

由夢「兄さん、どうしてこんなに早起きなんですか?」

音姫「明日は冬の雨でも降るのかな~……?」

二人は割と本気でそんなことを言っているようだった。

義之「失礼だな二人とも。俺だって休みの日もたまには早起きくらいするよ」

二人の言動に苦笑する。そんなにめずらしかったか?

三人手を合わせ、いただきますの挨拶。

音姫「弟くん、今日はなにか用事ある?もし暇だったら、由夢ちゃんと三人で買い物にでも行こうよ」

音姉がそんな提案をしてくる。うーん、用事かぁ……。

義之「えーと……あるといえばあるし、ないと言えばないとも言い切れないような……」

曖昧な返事。

由夢「兄さん、下手な嘘ならやめなよ。ただ単にわたしたちの買い物に付き合うのが面倒なだけでしょ?」

ジト目で睨まれる。

義之「いや、本当なんだって」

昨日のことを思い出す。

義之『明日も、俺ここにいるから。通りかかることがあったら話しかけてよ』

今思えば迂闊な発言だったよなぁと後悔する。

音姫「えー、弟くんと買い物行ーきーたーいー!」

駄々をこね始めたよ……。

音姫「よし、それなら言い方を変えよう!弟くん、今日はわたしと由夢ちゃんに付き合いなさい!」

強制ですか!?

義之「いや、俺には俺の都合があるというか……」

音姫「だって弟くん、休みに入ってからずっといないんだもん。ちょっとは家族サービスだと思って、付き合いなさい!」

由夢「そーだそーだ!」

由夢も音姉の援護攻撃に回る。こ、これは厄介だな……。

「ごめん!せめて明日にしてくれ!」

箸をおいて、両手を合わせて謝る。

由夢「……むー」

音姫「そっかぁ……。弟くん、今日は都合が悪いんだね。わかった……」

二人とも不満そうだ……。ってか音姉、そんなにしょんぼりすることないじゃん……。なんだか罪悪感……。

*          *          *

桜木に告げたとおり、昨日と同じ場所に座り、何をするでもなくただぼんやりとする。

義之「うーん、考えてみれば考えてみるほど不審者な気がしてきた……」

桜公園のベンチに座ってただぼんやりとしてるだけだもんな。通報されてもおかしくないかもしれない。

義之「そもそも俺、なんでこんなとこにいるんだろう?」

根本的な疑問にぶつかった。えーと確か、クリパの夜に枯れない桜の木の前に女の子がいて、その女の子と何回か偶然出会って、そしてその子の名前を知って、それで今に至る……と。

……あれ?それ、俺がここにいることと関係なくね?

ダメだ。頭がこんがらがってきた。

義之「帰ろう……」

帰って自分の部屋でゲームでもやろう。それが一番いい。そう考えてベンチから重い腰を上げる。

義之「う~、さむっ!」

途端、身震いが襲ってきた。天気はいいのに、めちゃめちゃ寒いな……。

手をこすり合わせ、家へと歩き始める。

花穂「こんにちは、桜内さん」

そこで、背後から声をかけられる。

義之「うん?」

振り返ると、頬に暖かいものが当たった。

義之「ぅおおうっ!?」

その感触に驚き、その場から二、三歩あとずさる。

花穂「ふふふ……」

そこには、黒く長い髪の少女……桜木がいた。その手には、暖かそうなタイヤキがあった。さっきの暖かい感触はそれかな?

義之「さ、桜木か……。びっくりさせるなよ……」

頬を押さえて、そう口にする。いや、今のはびびった……。

花穂「ふふ、ごめんなさい。はい、これは寒い中待っててくれたささやかなお礼です」

手の中のタイヤキを差し出す。

義之「あ、どうも」

厚意に甘え、それを受け取る。と同時に、かぶりついた。

義之「……うめぇ」

作り立てなのか、中はまだほかほかで、冷えた体には丁度いい感じだった。

花穂「こんな寒い中、来るかもわからない人をずっと待っていたんですか、あなたは」

微笑を浮かべながら、何気にひどいことを言ってくる。

義之「いや~、まぁ、そういうことになるのかな?」

だが間違ってはいないので肯定する。……今正に帰ろうとしていたのは、もちろん内緒だ。

花穂「う~ん……これからもこんな曖昧な約束じゃ困りますね」

義之「それじゃ、携帯番号でも交換しとこうか?」

ポケットから携帯を取り出し、かざす。

花穂「え?あ、ええと……」

それに若干戸惑いを見せ、

花穂「それじゃ……」

おずおずと携帯を取り出した。赤外線通信で、簡単に済ます。

義之「これで、いつでも連絡取れるね」

花穂「そ、そうですね……」

顔を赤らめながら、うつむき加減でそう答える。

義之「どうかした?」

花穂「え、あ、いっいえ、そのっ……」

一目でわかるくらい明らかに動揺し、しどろもどろに手を動かす。

花穂「お……、男の方とこういうやり取りをしたのは初めてなものですから、どうしたらいいのかわからなくて……」

ぼそぼそと、ぎりぎり聞き取れるくれるくらいの声量でそれだけ話す。

義之「……あ、そう……」

深くは突っ込まないようにしよう……。

花穂「それでは、わたしはそろそろ行きますね……」

またもおずおずと歩き出す。

義之「いつも桜公園を通っていくけど、どこかに通ってるの?」

素朴な疑問をぶつけてみる。

花穂「ええ、はい。予定のない日や時間の取れる日は必ず行っている場所が」

重要なことは伏せて、それだけ答える。

義之「そっか。暇なら一緒にどこか行こうと思ったけど、それならいいや」

花穂「事前に約束するのでしたら、いいのですが……」

またも顔を赤らめながら、控えめにそう話す。

義之「そう?」

……とは言ったものの。俺自身、知り合って間もない人とアポをとるなんてしたことないしなぁ。

義之「それじゃ、明日からこの時間帯、ここか高台の上に俺を見つけたら、必ず話しかける、でいい?」

そんな提案を出す。

花穂「はい、わかりました。それでは」

最後に穏やかな笑顔を見せ、俺に会釈すると歩いて去ってしまった。

義之「とりあえず明日は無理だけどね……」

その場から桜木が離れたところで、ぼそっとそれだけつぶやいた。

                                         12月31日(金)

その日は、朝から気だるかった。

音姫「ほーら弟くん、起きる起きる!」

目が覚めても布団から出れないでいた俺を、頼んでもいないのに音姉が布団ごと剥いでくれた。

義之「あー音姉!なんてことをーー!」

朝のこのひと時が一番幸せだって言うのに!

音姫「問答無用!今日は大晦日だから、芳乃邸と朝倉邸の大掃除をします!それに伴って布団も全部洗濯するんだから、もさもさしてると夜までに乾かないんだよ?」

目覚めたばかりで回転の遅い俺の頭に、色々な言葉を叩き込んでくる。

義之「えー、今日は大掃除で、芳乃邸が朝倉邸の大晦日をするから、布団ももさもさして夜にしないと、洗濯が乾かないって?」

音姫「何寝ぼけたことを言ってるの弟くん!ほら、洗面所に行って顔を洗ってくる!」

義之「ふぁーい……」

大あくびをしながら、階段を下りる。

大あくびをしながら、階段を下りる。

さくら「うーわ、義之くん、寝癖で髪ボサボサだよ。そんなんで大掃除できるの?」

一階に下りると、さくらさんの声が聞こえてきた。

義之「あー、さくらさん……?はい、だいじょーぶですよー。さくらさんは年末もお仕事ですか?」

若干頭の回転が良くなってきた。

さくら「うにゃー……そうなんだよ~。だから、年越しは家ではできないんだよね~……。寂しいね~……」

だ~っと涙を流しながら、玄関へと向かっていく。

義之「それじゃさくらさん。お仕事で大変だと思いますけど、よいお年を~」

さくら「うん、ありがとう、義之くん♪」

さくらさんを見送り、洗面所に向かう。

*          *          *

義之「つ、疲れた……」

自分の部屋に戻り、力なくベッドに倒れ付す。何が疲れたって、何よりこの真下にある本の死守に疲れた……。

義之「今、何時だ……?」

ベッドに置いてある目覚まし時計を見て時刻を確認する。

俺と音姉、由夢ががんばったおかげで、夕飯の買い物に行く時間くらいはありそうだな。今日は大晦日なんだし、ちょっとだけ豪勢に行こうかな。

*          *          *

音姉と由夢がそれぞれ自分の部屋を掃除している隙を突いて、俺は一人で夕飯の買い物に出かけた。

義之「今日は鍋がいいかな~。あ、それと年越しそばも買っておかないと」

いつものスーパーで、必要なものをポンポンと買っていく。

*          *          *

義之「ちょっと買いすぎたかな」

でも、ま、いいだろ。大晦日なんだし。

袋をがさがさと持って歩いていると、数日前の出来事を思い出す。

義之「前は由夢の買い物だってんで行かされたんだよな」

そして、ちょっとした腹ごしらえの為に桜公園に……。

義之「………」

いかん。これはいかんぞ。腹が減ってきた。夕食までそう時間もないのに!

空いてる手で周りの人に気づかれないように、桜餅を出してそれを食べる。空腹を紛らすのだ!

食い終わる。

義之「……腹減った」

*          *          *

桜公園で、クレープをひとつ買う。

義之「………うまい」

自分の意思の弱さを呪うぞ、こんちくしょう。

なかば自暴自棄になりながら、買ったクレープを平らげる。

義之「ま、これで夕飯まで持つだろ」

足元においてあった袋を持ち上げて、帰路に着こうとする。が……

義之「あれは……」

見覚えのある長い黒髪を、前方に確認する。あれは恐らく、桜木だな。

義之「今日はずいぶんと遅いんだな」

後ろから声をかける。

花穂「ひゃっ」

桜木はびくっとして、慌てて振り返る。

花穂「さ、桜内さんっ!?」

義之「よ、桜木」

俺の呼びかけによほどびっくりしたのか、手で心臓を押さえている。

義之「どうしたの?俺の顔になにかついてる?」

俺の顔を見たまま硬直しているようだった。

花穂「あ、いえ……。一昨日、ここか高台にいるという話をしていたはずなのに、昨日も今日もいつもの時間にいなかったものですから……」

義之「あー、ごめん。昨日も今日も家族との用事が会ったから」

花穂「そうだったんですか」

安堵したようにため息を漏らす。

義之「桜木んとこは、もう大掃除は終わったの?」

花穂「えーと、いえ、はい、まぁ」

なんだか曖昧な返事を返してくる。

義之「そっか。じゃ、俺そろそろ帰らなきゃ。音姉たちももう掃除終わってるころだろうし」

花穂「あ、お引止めしてしまいました?」

義之「いや、そんなことないよ。それじゃ桜木も、よいお年を」

花穂「はい、桜内さんも、よいお年を」

行儀良く、お辞儀をする。

義之「それじゃね」

最後に手を振って、桜木と別れる。

*          *          *

年越し10分前、俺は部屋の窓から空を眺めていた。頭の中に思い浮かべるのは、なぜか桜木の顔だった。

義之「………」

窓辺に肘をつき、ひたすら空を仰ぐ。やがて、除夜の鐘が鳴り響いた。

義之「年が明けた……か」

除夜の鐘が鳴り終わると、俺の携帯からメール着信音が鳴り響く。

携帯を確認する。毎年恒例の、あけおめメールだった。何件か続けて送られてくる。

From:板橋 渉

『ハッピーニューイヤー義之ちゃん♪今年もよろしくねん♪』

義之「気持ち悪いな……」

From:月島 小恋

『明けましておめでとう!今年もよろしくね!」

義之「おお、さすが小恋。スタンダードだな……」

次々と送られてくるあけおめメール。その中に、桜木からのものもあった。

From:桜木 花穂

『明けましておめでとうございます、桜内義之さん。今年も一年よろしくお願い致します』

義之「堅苦しいな……」

カチカチと、桜木に返信メールを送る。

To:桜木 花穂

『堅苦しい堅苦しい(笑)友達同士のメールなんだから、もっとくだけた感じていいって!まぁそれはそれとして、こちらこそよろしく!』

義之「送信……っと」

桜木のほかにも送られてきた全員に返信すると、眠気がやってきた。

義之「ふわぁぁ……。さて、寝ようかな……」

布団を深く被り、そのまま眠気に身をゆだねていった。

                                         1月1日(土)

年明け初日の目覚めは、なかなかに快調だった。

義之「音姉~」

呼びかけながら居間へと降りる。しかし、返事はなかった。

義之「由夢~?」

今度は由夢。しかし、これまた返答なし。誰も来ていないのか?

居間をあけても、誰もいなかった。

義之「うわ~、寂しいな~」

新年から誰もいないとは……。

ふと見ると、テーブルの上に重箱が5つ置いてある。

義之「音姉かな?」

重箱の上には、メモが置いてあった。

『弟くんへ あけましておめでとう。神社の巫女のバイトがあるからいってきます。おせち料理、食べてもいいけど、好物ばかり食べちゃダメだよ? 音姫』

義之「ああ、そういや巫女のバイトがどうのって言ってたような気がするな」

後で、神社に行ってみるか。

*          *          *

音姉特製のおせち料理を十分に堪能し、準備を済ませて家を出る。

義之「う~、寒いな~」

外は気持ちよく晴れていて、その分気温は低かった。肩をすくめながら歩いていく。

神社に到着。あたりは当然のごとく初詣に来た人が結構いる。辺りに視線を巡らせる。と、長い黒髪が視界に移った。

義之(あれは、桜木?)

その人物を追って、人の中を進む。

義之「おーい、桜木ー!」

呼びかけると、桜木が振り返る。

花穂「あ、桜内さん。明けましておめでとうございます」

恭しく頭を下げてくる。

義之「あ、どうも。あけましておめでとう」

つられて、俺も頭を下げる。

花穂「初詣ですか?」

義之「うん、まぁ、そんなとこ。桜木は一人?」

花穂「は、はい、そうですけど……」

義之「そっか。それなら、一緒にお参りしない?」

俺も一人だし丁度いいかな、なんて思う。

花穂「いいんですか?なら、ご一緒させていただきます」

そう言って、俺の隣に並ぶ桜木。なんか傍から見たらデートっぽく見えてるかもしれないな。まぁ、桜木もいいって言ってるし、大丈夫だろ。

建物の近くまでくる。

音姫「あ、弟くん!来てくれたんだぁ」

巫女服を身に纏った音姉が俺の所まで駆け寄ってくる。手には、おみくじの箱だろうか?小さな木箱を持っていた。

音姫「あれ、その子誰?」

俺の隣にいる桜木に気づく。

花穂「おはようございます、朝倉先輩。明けましておめでとうございます」

音姫「明けましておめでとうございます」

条件反射で挨拶を返す音姉。

花穂「わたしは、桜木花穂っていいます」

音姫「桜木さんね。わたしのことを知ってるって事は、風見学園生?」

花穂「はい、そうです」

二人が挨拶をすませる。

音姫「弟くんも、隅に置けないねぇ。お姉ちゃんに黙って彼女さんを作っちゃうなんてさ」

少しむくれた顔で、とんでもないことを言う。

義之「いや、いやいや!彼女じゃないからっ!」

それを全力で否定する。ちらりと桜木の方を見てみる。顔を真っ赤にして俯いていた。

音姫「あれ、そうなの?あ、あはは……それは、失礼しました~……」

ごまかし笑いを浮かべながら、俺たちとの距離を離していく音姉。

音姫「あ~いけない。巫女のバイトに戻らないと~」

明らかに棒読みだった。

音姫「それじゃあね~弟くん」

ごまかし笑いのまま、音姉は逃げていった。

義之「全く、早とちりなんだから……」

ため息をつきながら、音姉を見送る。

花穂「か、彼女さんに見えちゃうんでしょうか……?」

桜木がぼそりとつぶやいた。

義之「あ、ごめん、桜木。嫌だった……よね」

音姉の代わりに謝る。

花穂「い、いえ。わたしは別に構わないんですが、桜内さんに迷惑なのでは、と思いまして……」

義之「迷惑?いや、俺は別に迷惑じゃないけど……」

花穂「そっそうですか。でも、また間違われるのもちょっとアレなので、わたしはこれで失礼します」

早口でそういい残して、桜木は帰ってしまった。

義之「やっぱり嫌だったよな……」

                                         1月2日(日)

翌日、なんとなく気まずいまま別れたからいつもの場所に行くのも若干躊躇われたが、意を決して行く事にした。

義之「来ないなぁ……」

高台のベンチに座って既に30分。今日はいつもの時間に来たけど、桜木は姿を現さなかった。

義之「………」

待つこと更に30分。

義之「……来ない」

もう今日は来ないのかな。諦めて、今日は帰ることにした。

*          *          *

そのまた次の日。昨日と同じく、一時間ほど高台のベンチに座って桜木の姿を探す。

義之「今日も来ないなぁ……」

昨日の夜、音姉になんとなくこのことを話すと、

音姫「ごめんね弟くん!わたしが早とちりなんかしたばっかりに!」

なんてえらく責任を感じられてしまった。別に音姉が悪いわけじゃないんだけど……。

桜木に会えないまま、一週間が過ぎた。

渉や小恋たちもスキー旅行から帰って来ているが、桜木のことが気がかりだった俺は渉たちとは連絡を取らずに、その子と会えることを祈って毎日のように桜公園や高台に訪れていた。

                                         1月9日(日)

花穂「あっ……」

今日、約一週間ぶりに会えた。

花穂「こ、こんにちは……」

俺の姿を視界に捉えた桜木が、半歩ずつ後ずさりながら挨拶をしてくる。

俺の方はというと、内心安堵していた。このまま会えないんじゃないか、と思っていたから。

義之「よ、桜木。久しぶりだな」

花穂「は、はい……」

なにやら気まずそうにしながら、手で髪をかきあげる。

義之「もしかして、俺のこと避けてた?」

気になったことを直球で聞いてみる。

花穂「いっいえっ!そ、そんなことは決してなきにしもあらずというかなんというかその……!」

いきなり聞かれたくないことを聞かれたからなのか、珍しく桜木が慌てている。

義之「音姉の言ってたことなら気にしなくていいよ。当の本人がめちゃくちゃ気にしてたからさ」

花穂「で、でも、桜内さんの方が迷惑なんじゃあ……?」

義之「俺?俺は前も言ったとおり全然気にしてないよ。むしろ勘違いされて嬉しいくらいだしね」

花穂「え……えぇぇっ?」

義之「だから、俺の事は大丈夫。桜木さえ嫌じゃなきゃ、今まで通りにしてほしいんだけど」

花穂「そうですか……。わかりました」

俺が言いたかったことを全て伝えると、桜木もわだかまりがなくなったのか表情に翳りがなくなっていた。

義之「それじゃ、俺はもう帰るわ。正直、朝からここにいるから体冷え切っててさ……」

言葉にすると、本気で寒気が襲ってきた。ああ、これはやばいな。風邪引かなきゃいいんだけど。

花穂「あ、それじゃ」

桜木が手に持っていた袋をがさがさと漁り、その中からタイヤキをひとつ取り出した。

花穂「これをどうぞ」

にっこりと笑いながら、それを差し出してくる。

義之「え、いいの?」

花穂「ひとつくらいなら、構わないですよ。作り立てですから、中までほかほかですよ」

そう聞くと、口の中によだれが溜まるのがわかった。

義之「それじゃ、遠慮なくいただきます」

差し出されたタイヤキを受け取り、前と同じようにかぶりつく。熱すぎず、それでいて冷めてもいなく、絶妙な温度だった。

義之「暖まる~」

思わず顔が緩んでいるのが自分でもわかる。

花穂「ふふ。それじゃ、わたしは行きますね。桜内さんも、風邪を引かないように気をつけてくださいね」

義之「おお、それじゃ~」

手を振って、桜木と別れる。うん、今日は桜木と会えてよかった。

*          *          *

夜。なんとなく携帯を手にとって、桜木にメールを送る。

To:桜木 花穂

『明日、よかったら二人でどこかに行かない?』

義之「送信……っと」

何気なくメールを送ったけど、これデートの誘いのメールだよな……。

義之「うわ~、なんかそう考えると恥ずかしくなってきた~」

断られたらどうしよう?とか、返信来なかったらどうしよう?とか、マイナスな方向にばかり考えてしまう。

俺がそんな風に悶々としていると、携帯が着信を告げる音を鳴らした。すぐにかぶりつくように携帯の画面を見る。

From:桜木 花穂

『はい、いいですよ。明日は丁度冬休み最終日ですから、何かしたいなとは思っていたので』

その文面を見てすぐ、体の至る所から力が抜けていった。

義之「よかったぁ~……」

とりあえず、約束は取り付けることができそうだ。

                                         1月10日(月)

冬休み最終日。桜木と約束した時間に、高台のベンチで待つ。

義之(うーん、変に意識しすぎかな俺)

桜木とは、あくまで友達として一緒に遊ぶだけだと、自分にそう言い聞かせる。

花穂「お待たせしました、桜内さん」

義之「おう、桜木」

とりあえず、二人並んで歩き出す。こうして歩くと、またカップルと見間違われるんじゃないだろうか。

そうなったらまた桜木……。いや。実際にそうなればいいな、と思う。

桜木は俺のことをどう思っているかはわからないが、少なくとも俺は桜木のことが好きだ。

それは、桜木と会えなかった先週に感じていたことだ。

会えなかった時はずっと不安というか、落ち着かなかった。その後久しぶりに桜木を見た時には、随分と安心した。

だから、桜木さえ嫌じゃなきゃ……。

花穂「……さん?」

義之「え、あ、え?」

花穂「どうかしました、桜内さん?」

義之「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」

いかんいかん。ボーっとしてたみたいだ。

花穂「そうでしたか。桜内さんは、どこか行きたいところとかありますか?」

義之「俺?俺は特にないよ」

花穂「なら、今日はわたしの行きたいところに付き合ってもらえますか?」

義之「うん、いいよ。なら、俺が荷物持ちだな」

花穂「いいんですか?」

義之「全然」

花穂「それじゃ、お願いします」

*          *          *

桜木と一緒に、商店街の中を歩いていく。

花穂「……ふふっ」

隣を歩く桜木は、さっきからずっとこんな調子だった。

義之「随分と楽しそうだな、桜木」

花穂「え、そう見えますか」

義之「ああ。なんか、見ててこっちまで楽しくなってくるよ」

花穂「ふふ、そうでしたか。でも、親以外の誰かと一緒に出かけるのってこれが初めてだから、とっても楽しいですよ」

義之「初めてなの?」

花穂「はい。わたし、友達といえるような人ができたことはないものですから。桜内さんが、わたしの初めての友達ですね」

そう話す桜木の横顔は、とても嬉しそうで、陰などは全く垣間見えなかった。辛い過去、というわけでもないようだ。

義之「初めての友達、か。じゃあ、たくさん集まってわいわいしたことってーのはないんだな」

花穂「うーん、そうですね。今まで学校のクラスなどで集まったことは何回かありますけど、学外でそういうことをしたことはないですね」

義之「それなら今度、俺の友達を紹介するよ。みんな騒がしいけど、楽しいやつらだから」

花穂「そうですね。楽しみにしてます。あ、見えてきましたよ」

そう言って桜木が指すのは、一軒のアクセサリー店だった。

義之「へぇ~、桜木はよくここに来てるの?」

花穂「そうですね~。よくではないけど、結構な常連さんだとは思ってます」

話しながら、店内に入る。

*          *          *

義之「………」

アクセサリー店に入って、既に一時間近く。桜木は店内のあちらこちらを何回も行き来し、しかし同じアクセサリーは二度取ることなく物色していた。

義之(相当なアクセサリー好きなんだな……)

関心しながらも、なんとなく安心していた。桜木も内向的ではあるが、しっかりとした趣味もあるんだな。

今まで黙々と物色していた桜木だったが、何かに気づいたようにハッとして、俺の方を見てきた。

義之「どうかした?」

花穂「す、すみません。ついいつもの癖で夢中になってしまって……」

義之「ああ、そのことか。俺のことは気にしなくていいよ」

女子の買い物なら、音姉や由夢のおかげ(せい、と言った方が正しいのだろうか?)で慣れっこだしな。

花穂「でも、それじゃ一緒に来た意味が……」

義之「うーん、そう言われてもなぁ……」

正直なとこ、アクセサリーには興味ないしなぁ、俺。

義之「じゃあ、こうしよう。桜木が気に入ったアクセサリーを、逐一俺に見せる。俺はそれに何かひとつコメントを言っていく」

花穂「わ、わかりました」

桜木はそういうと、今まで物色して手に持っていたアクセサリーを一つずつ俺に見せてきた。

義之「って、いつの間にそんなにもってたんだ!?」

よく見るとその手には、半端な数じゃないアクセサリーがあった。

花穂「……厳しいんじゃないですかね?」

ああ、相当厳しいとも。

花穂「それじゃ、一緒に見て回る、でいいですよ」

桜木に気を使われてしまった……。

義之「なんかごめん……」

とりあえず謝っておく。

*          *          *

それから更に30分ほどその店に滞在して、桜木が気に入ったものを購入して店を出る。

義之「いっつもこれくらいの量買ってるの?」

袋をがさがさと持ちながら、当然といえば当然の疑問を口にする。

花穂「い、いえ。いつもはもっと少ないですよ。ええ、はい」

わずかな動揺を見せながら、否定する。目も泳いでいた。嘘のつけない性格なんだなぁ。

花穂「それよりも、桜内さん。さっきはわたしが行きたいところにいきましたから、次に行くところは桜内さんが決めてください」

義之「え、そう言われても」

特に行きたいところなんてない。

花穂「どこでもいいですよ」

義之「そう?それなら……」

*          *          *

俺の提案で来たところはというと。

花穂「桜公園ですか」

義之「うん、桜公園」

おなじみの場所だった。適当なベンチに座って、話をする。

花穂「そういえば、最初に桜内さんと会った場所がここでしたね」

義之「ああ、そうだったね」

あの時は天枷に邪魔されて名前を聞きそびれたんだっけな。

花穂「桜内さんのことは学校の関係で知っていましたけれど、お友達が多いんですね」

義之「そうかな~。多いって思ったことはないけど」

これが俺の普通だし。

花穂「正直な所、友達の多い桜内さんが少しだけ羨ましかったりしました。あんな風にわいわいするのって楽しいんだろうなー、なんて」

義之「でも、ななかとは知り合いだよね?」

花穂「それは、やっぱりクラスメイトの顔と名前くらいは覚えていますから」

義之「あ~、そりゃそっか」

花穂「だから、桜内さんのお友達を紹介してくれるっていうのは、楽しみにしてますよ」

義之「期待に添えるかは微妙なとこだと思うけどね」

二人で笑い合う。ああ、最初はどうなるか不安だったけど、これなら大丈夫そうだ。

*          *          *

花穂「それじゃあ、次はわたしですね」

義之「どこでもついてくよ」

花穂「そうですね~。それじゃあ、露店に行きましょう」

義之「露店?」

花穂「はい。そこも最近わたしがよく行ってる店なんですけれど。商店街の隅で営業している店なんですけれど、見かけたことはありますか?」

義之「商店街の隅、ねぇ……」

全く記憶にないな。

花穂「とりあえず、行きましょうか」

桜木の提案で、その露店に向かう。

*          *          *

花穂「こんにちは、アイシアさん」

アイシア「いらっしゃい、花穂ちゃん」

この二人は知り合いなのかな。

花穂「ほら、桜内さん。この人、露店主のアイシアさん。最近知り合ったんですよ」

義之「どうも、桜内義之です」

アイシア「はじめまして。少ししかないけど、ゆっくり見ていってね」

にっこりと笑う店主のアイシアさんは、得意そうに両手を広げる。

店に並んでいる商品は、桜木が好きなアクセサリーというよりはおもちゃといったほうが正しいようなものが多かった。

中にあるアクセサリー大の大きさの物も、ちょっとした仕掛けがあって、中々に面白い。

義之「俺も、なにかひとつ買っていこうかな」

花穂「本当ですか!?」

俺がそうつぶやくと、すぐに桜木が反応する。

義之「ここの物は面白いものが多いしね」

アイシア「ありがとう、義之くん。何でも買っていってね」

桜木の隣に並んで、商品を眺める。

義之「……ん?」

その中に、一際目を引くものがあった。

義之「これは……?」

それは桜の花びらを模したもので、白とピンクの二種類があった。

義之「へぇ。おしゃれだな」

手にとって、率直な感想を述べる。

アイシア「あ、それは……」

アイシアさんがぼそりとつぶやいた。

義之「これが、どうかしました?」

アイシア「あはは。それね、ちょっとした仕掛けもないただのアクセサリーなんだよね」

まぁ、見たところ確かに仕掛けらしい仕掛けもないよな。

アイシア「まぁ、ちょっとした普通じゃない仕掛けはあるんだけど……」

義之「普通じゃない仕掛け?」

なんだ?非常に興味を引く話じゃないか。杉並辺りが聞いたら即決で買いそうな話だな。

義之「よし、じゃあこれを買っていこうかな」

アイシア「えっ?そんなものでいいの?」

アイシアさんは驚いているようだった。

義之「うん。その普通じゃない仕掛けって言うのも気になるし。あー、その仕掛けについては何も聞かないから。そのほうが面白いでしょ?」

実際はただの興味本位なんだけどね。

花穂「それなら、わたしもひとつ買って行きます」

桜木は二つあるうちの、ピンクの方を手に取った。自動的に、俺は白の方を手に取る。

アイシア「ありがとう、二人とも。ひとつ600円になります」

財布から600円を取り出し、アイシアさんに払う。

アイシア「ありがとうございまーす」

*          *          *

アイシアさんの露店を後にして来たところは、高台の上だった。気がつくと日は既に傾いており、赤い夕陽が差していた。

花穂「今日はありがとうございます、桜内さん」

義之「お礼を言われるほどじゃないよ。俺も楽しかったし」

花穂「それで、その。一つだけ提案があるんですが……」

義之「なに?」

高台の手すりを後ろ手に掴みながら、俺の方を振り返る。

花穂「さっき買った花びらのアクセサリー、ありますよね?」

義之「ああ、持ってるよ」

そのまま受け取ったアクセサリーを、ポケットから取り出す。

花穂「それ、わたしが買ったものと交換しませんか?」

義之「え?あ、いいけど……。もしかして、ピンクより白の方がよかった?」

花穂「そういうわけではないんですけれど……」

どこか言いずらそうに髪をいじりながら、視線を泳がせる。

花穂「さ、桜内さんの物を持っていたい、といいますか……」

どきん、と心臓がはねた。

義之「あ、そ、そう……。俺は、構わないよ……」

そうして桜木と、さっき買ったばかりのアクセサリーを交換する。

花穂「ありがとうございます。これ、大切にしますねっ!」

顔を少しだけ赤らめながら、満面の笑みを浮かべる。

義之「桜木。俺からも、ひとつ、いいか?」

花穂「なんですか?」

義之「今日、俺と一緒に遊んで、楽しかった?」

今日一日中、ずっと頭の中にあったことを聞いてみる。

花穂「はい、とっても楽しかったです!お友達って、いいものですね」

またもや満面の笑みを浮かべながら、心底嬉しそうに言ってくれる。

義之「うん、そっか。それならよかった。また、一緒に出かけてくれる?」

花穂「それはもちろん!」

三度笑みを浮かべ、俺の問いに頷いてくれる。

義之「そ、その……こ、今度は、友達としてじゃなくて……」

その笑顔に照れくさくなってしまって、俯き加減で声も小さくなってしまった。

花穂「なんですか、桜内さん?」

聞き取れなかったのだろう、桜木が顔を近づけてくる。ち、近い近い!

半歩後ずさりながら、意を決して話す。

義之「こ、今度は友達としてじゃなく、こ、こ……」

だ、ダメだ。恥ずかしくてそこから先が言えないっ!

花穂「友達としてじゃ、なく……?」

俺の言わんとしている事を考えているのだろう、桜木が思案顔になる。

義之「こ……恋人として、デートがしたいんだけど」

言った。言ったぞ。言い切ったぞ!

花穂「……え?」

少しの間を置いて、桜木が停止する。

義之「お、俺と、付き合ってほしい。俺は、桜木のこと、好きだ」

俺の、素直な気持ちを告げる。

花穂「………」

桜木は、ただ黙っている。

義之「返事はすぐじゃなくていい。ただ、俺は桜木のことをそう想ってるってことだけは、覚えておいてほしい」

きっと今の俺は、顔が真っ赤だろう。すごく顔が熱いのが、自分でもわかる。

義之「……じゃ、じゃあ俺はもう帰るな!明日から学校だし……」

花穂「桜内さん」

俺の言葉を、静かな桜木の言葉が遮る。

義之「……な、何?」

花穂「わたしは……嫌じゃないです。だ、だから……」

義之「OK……ってこと?」

俺の問いに、顔を真っ赤にしながらこくりと頷く。

義之「ありがとう、桜木。……いや」

ここは、下の名前で呼んだほうがいいかな?

義之「ありがとう、花穂」

花穂「は、はい」

義之「とりあえず、これからよろしく」

花穂「こっこちらこそよろしくお願いしますっ」

緊張しているのが、言葉だけでわかる。なんだか、可笑しく感じてしまった。

義之「……ぷっあはははは!」

思わず、吹き出してしまった。

花穂「え、え?なにか可笑しかったですか?」

義之「い、いやごめん。なんだか急に可笑しくなって……」

笑いを堪える俺を、おろおろとしながら花穂が見守っている。

義之「……それじゃ、帰ろうか」

花穂「はい。えと……よ、義之さん」

僅かに俯きながら、俺の隣に並ぶ。その手を、やさしく握る。

花穂「っ……」

びっくりしたのか少しびくっとしたが、やがて力を抜いていく。

*          *          *

桜公園に着いたところで、花穂が手を離した。

花穂「それでは、わたしはこっちですので」

今まで俺が持っていた荷物を、花穂に渡す。

花穂「それじゃ明日、学校でまた会いましょうね。義之さん……」

義之「ちょっと待ったっ!」

花穂「えっ?な、なんですか?」

義之「『さん』じゃ、なんか余所余所しいな。せっかく付き合ってるんだから、もっと親密に呼んでくれると嬉しいんだけど」

花穂「そ、それでは……。よ、義之くん、で、いいでしょうか?」

義之「そっちの方がいいかな。今度からはそう呼んでよ。あ、それから、そんなに丁寧な言葉遣いじゃなくてもいいよ」

花穂「よ、義之くんと呼ぶのはいいですけど、後者はもう癖みたいなものだから、それを意識的に直すのは難しそうです……。で、でも、義之くんがそっちのほうがいいっていうんなら、頑張りますっ」

義之「まぁ、無理しない程度にね」

花穂「はい、わかりました。それじゃ、また明日学校で会いましょう、義之くん」

義之「ああ、それともう一つ」

少しだけ開いていた距離を詰めて、花穂に歩み寄る。

花穂「な、なんですかっ?」

その花穂の問いには答えずに、手を花穂の後頭部に持っていくと、引き寄せ、おでこに軽く触れる程度のキスをする。

花穂「え?え?えぇぇっ?」

すぐに離れると、何をされたのかを理解したのか、空いている手でおでこを押さえている花穂の姿が見えた。

義之「じゃあね、花穂」

照れくさくなってしまった俺は、まだテンパッている花穂を置いて先に歩き出す。

花穂「………」

花穂は、俺の後姿をぼーっとしながら見送ってくれていた。

今回はここまで
ずいぶん昔に書いたものを推敲しながら投下してるんですが、今読むと展開早いなーと思ってしまう
結構な長さになるので、お付き合いしていただける方いましたらよろしくお願いします

投下します

*          *          *

夢を見ている。それが、夢としっかりと認識できるものだった。

(ここは……?)

辺りを見ようとしても、首が回らない。どうやらまた誰かの夢が流れ込んでいるようだった。でも、この景色は見たことがある。

枯れない桜の木の前に、夢の主がへたり込むように座っているようだ。やがて、夢の主がいるところから木を挟んで反対側から、声が聞こえてきた。

「……………誰?」

「こんばんは」

この声の主は……。

「初めまして」

もしかして……?

「…………う~んと」

さくらさん……?

「サクライヨシユキ。キミの名前だよ」

………。

「寒くない?」

「……寒い」

「お腹は?」

「……空いた」

「そっか。それじゃあ、温かくてご飯の食べられるところに行こっか♪」

「うん」

覚えてる。俺の記憶の海の、一番深い部分。

「えーっと、ボクはさくら。芳乃さくら。よろしくね」

さくらさんと初めて出会って、初めて朝倉邸に行った日のことだ。

「それじゃあ、行こうか」

足音が二つ、遠ざかっていく。この夢の主は、その場に取り残されてしまったようだ。あの時、桜の木の反対側に誰かがいたというのだろうか?

「………寒い……な」

夢の主が、呟く。二つの足音が去ってからしばらくして、また足音が二つこの桜の木に向かってきた。そこで、俺の意識は覚醒してきた。

                                         1月11日(火)

義之「………」

なんだろう。なんだか、とても大切な夢を見ていたような気がする。あの夢の主は、一体……?

義之「ふわぁぁぁぁぁ……」

寝起きの頭は、思っているよりも回らなかった。とりあえず起きるか……。

*          *          *

音姫「行くよ~、弟くん」

玄関から、音姉の急かす声が聞こえてくる。

義之「今行くって~!」

準備を済ませ、家を出る。

音姫「全く、だからあれほど言ったのに」

義之「それは朝からずっと謝ってるじゃん……」

不機嫌な音姉をなだめつつ、二人で学校に向かっていく。由夢はと言うと、俺たちを置いて先に行ってしまっていた。

まあ、俺が寝坊したのが悪いんだけどさ。

団地の道との合流地点で、花穂と、ばったり会った。

花穂「……あ」

俺の顔を見るなり、いきなり停止していた。目の前で手のひらをひらひらとさせてみる。

花穂「………」

反応は返ってこない。

音姫「弟くん。この人って確か……?」

義之「うん、そうだよ。前に音姉が勘違いした人」

そう説明してから、肩をポンポンと叩いてみる。

花穂「…………!あ、義之……くん……」

反応を示した。

義之「おはよう、花穂」

花穂「お、おはようございますっ」

なぜか非常に緊張しているようだった。

音姫「えっと……桜木さん、だったわよね」

俺の隣から音姉が話しかける。

花穂「はい、そうです」

音姫「ごめんね、この前は。わたしが早とちりなんかしちゃったばっかりに」

今までずっと気にしていたであろう事を、花穂に謝る音姉。

花穂「ああ、そのことなら気にしないでください、朝倉先輩」

音姫「あ、ありがと~。ずっっっとこのことが気になってたから、そう言ってもらえると助かるよ~」

花穂に許してもらったと思うと、すぐに音姉が泣き始めた。

義之「気にしすぎなんだよ、音姉は。俺たちのことはそんなに心配することないって。な、花穂?」

花穂「そうだね、義之くん」

顔を見合わせて、笑い合う。

*          *          *

渉「おい、義之!」

義之「お、渉。久しぶり。スキー旅行、どうだった?」

渉「え、いや~、楽しかったよ。義之も来ればよかったのにな~」

義之「そっか。写真も撮ったんだろ?今度、現像して見せてくれよ」

渉「ああ、それはもちろん」

話が終わったのか、渉が俺の席から離れる。

渉「って違う!俺が話したかったのはそんなことじゃない!」

乗り突っ込みの要領で、びしっと手を突き出す。

義之「じゃ、なんだよ」

渉の意図が読めない。

渉「義之お前!見知らぬ女子と楽しく過ごしてたって本当か!?」

見知らぬ女子?ってもしかして。

義之「花穂のことか?」

渉「誰よその花穂って!ねぇ義之ちゃん?まさかもしかしてなんて思うけど彼女なんてできちゃったりなんかしちゃったの!?」

テンション高めの渉がうざい。

義之「まず、誰から聞いたんだよ?」

こういうのは根元から潰しておくに限る。

渉「えーと、天枷だろ、由夢ちゃんだろ、杏だろ、茜だろ……」

ね、根元から……

渉「あと、月島も言ってたぞ。さぁ、白状したらどうなんだ義之!証拠はもう十分上がってるんだぜ?」

……そういや、いろんなやつらに見られてたんだっけ……。

渉「で、で、誰?そいつ誰なのよ?」

義之「ななかのクラスメイトの女子だよ。冬休み中に知り合ったってだけ」

付き合ってるって事は当然伏せておく。こいつに知れたら瞬く間に学校中に知れ渡ることになる。新学期早々晒し者はごめんだ。

渉「冬休み中に知り合っただけ、だと?それならなんで悉くが二人でいるんだよ!?知り合い以上の関係になっちゃったりしてんの、ねぇ?」

なんでこいつはこんなに知りたがるんだよ……。

杏「ダメよ渉。義之はこういうことは直接聞いても答えるわけないわ」

茜「そーそー。こういうことは、ねぇ?」

小恋「板橋くん、詮索はよくないと思うよ」

雪月花も俺たちの会話に入ってくる。

杏「当事者がもう一人近くにいるんだから、そっちに聞いてみたほうがいいわよ」

そう提案するのは杏。厄介な奴だな。

渉「当事者がもう一人?」

渉がそう言って、教室の周りを見渡す。そしてその視線は、教室の出入り口で止まった。

ななか「やっほー、小恋!」

ななかがこっちの教室に来たところだった。

渉「おお、ちょうどよかった、白河。ちょっと、クラスに戻って、こいつと一緒にいたってやつを連れてきてくれよ!」

しこたま俺を指差して、力強くななかに言う。

ななか「……え、えーと。もしかして、桜木さんのこと?」

直接渉に聞くのを避けるためか、小恋のほうを向いて質問している。

小恋「うん、そう。板橋くん、義之と桜木さんの関係を疑っているみたいなんだよね……」

渉「だって気になるじゃん!月島は気になんねぇの?茜は?杏は?気になるだろ!?」

必死そうな渉が、今度は茜や杏にまで聞いている。

杏「そうね。確かに気になるといえば気になるわ」

茜「でも、わたしたちは二人が一緒にいるところを実際に見てるわけで」

小恋「別に恋人とか、そういう感じじゃなかったよ」

ななか「うんうん。なんか、名前も知らなかったみたいだし」

雪月花とななかが俺のことを弁護してくれる。

茜「結局のとこ、桜木って子が気になるだけなんじゃないの~?」

茜が渉ににじり寄る。

渉「う……そ、そりゃ気になるだろ!?俺は健全な男子生徒ですよ!?」

開き直った!!

ななか「それじゃ、ちょっと連れて来るね」

ななかがそう言って、教室から出て行く。本人が来たらまずいかもな……。

花穂を連れ添ったななかが戻ってくる。

ななか「改めて紹介するね。わたしのクラスメイトの桜木花穂さん」

花穂「は、初めまして……」

花穂がおずおずと頭を下げる。

渉「おー桜木ちゃん!俺、義之の唯一無二の親友の板橋渉!よろしく!!」

花穂が来たら、更にテンション上がったな、こいつ……。

茜「わたしたちは、休み中に一度会ったよね?わたしは、花咲茜」

杏「わたしは雪村杏よ」

二人が花穂に自己紹介する。

義之「で、俺が桜内義之」

なんとなく俺も流れに乗る。

花穂「あなたのことは知ってますよ、義之くん」

クスクスと笑っている。

渉「で、で、桜木!ひとつ聞きたいことがあるんだが」

早速と言わんばかりに、ズズイっと渉が花穂ににじり寄る。

渉「ぶっちゃけたところ、義之とはどんな関係なのよ!?」

……あーくそ、こんなことになるんなら事前に花穂に言っておけばよかったかな。

当の花穂はというと、何と答えたらいいのかわからず困っているようだった。

花穂「よ、義之くんとはその……お、お付き合いを……」

ぅおおおいいぃ!言っちゃうのかよ!!

渉「へ?なんだって?」

気の抜けた渉の声。

花穂「だ、だから、その、お、おつ、お付き合いを……させていただいています……」

そう言い切った花穂は、顔が真っ赤だった。

みんな「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~!!!!!」

渉のみならず、小恋やななか、茜まで教室中に響くほどの声を上げて驚く。

渉「ま、マジですか!?」

花穂「ま、マジです……」

茜「いつの間にいつの間に!?」

花穂「き、昨日の夕方から……」

こうなったらもう引っ込みがつかない渉たちは、ひたすら花穂に質問攻めを行っている。

杉並「大変そうだなぁ、桜内よ」

花穂を中心にしてあれやこれやと話しているところで、杉並が声をかけてきた。

杉並「それにしても、桜内がこうも簡単に彼女を作るとは思いもしなかったぞ。それも、我々非公式新聞部も全くのノーマークの人物だとはな。やるではないか、桜内。俺は嬉しいぞ」

笑顔でそう言う杉並。それは、俺のことを褒めていると取っていいのだろうか……。

義之「花穂は普通の女の子だよ。少なくともお前らみたいなやつにマークされるような子じゃないって」

杉並「ふむ、そうか。まぁ、安心しろ桜内。お前ら二人の恋路は邪魔せんよ」

杉並は「はっはっはぁ!」と高らかに笑いながら、すぐにどこかに行ってしまった。

渉「くそ~、お前のことを信じてた俺が馬鹿だったよ!この裏切り者!俺というものがありながら~!!」

花穂への質問攻めは終わったのか、渉はダーッと涙を流しながら俺にそう言ってきた。

義之「俺とお前はなんもないだろ」

花穂「疲れました……」

すっかり質問攻めで疲れた花穂が、俺の近くに歩み寄ってくる。

茜「ふむふむ、こうして並んで立ってるところを見ると、なかなかお似合いって感じね♪」

義之「お前ら、あんまり花穂をいじめるなよ?俺の大事な彼女なんだから」

もう俺は開き直ることにしてやる。

*          *          *

渉「義之~。昼飯食いに行こうぜ~」

昼休みに入るなり、渉がそう言ってきた。

義之「裏切り者と一緒に飯なんか食っていいのか?」

茶化し半分でそう返す。

渉「まぁまぁ、俺と義之の仲じゃないの。そんなことで俺たちの友情は崩れたりしないって♪」

にんまりと笑いながらそう言う。

義之「調子のいい奴だな。ま、いいや。行こうぜ」

渉「おう!」

小恋「あ、わたしたちも一緒に行く!」

そう言ってきたのは、雪月花の三人だった。

杏「ふふ、いいのかしら義之?できたばっかりの彼女を放っておいて」

義之「もうその話はいいよ。早く行こうぜ」

小恋「いや、そういう意味じゃないよ義之……ほら、教室の入り口」

小恋が遠慮がちに指をさす。その先を目で追う。

義之「花穂……」

教室の入り口では、花穂がどうしたものかとしどろもどろとしていた。

杏「いってやんなさい、義之」

義之「悪い」

渉「ちぇ、なんだよ」

悪態をつく渉を三人に任せて、花穂のところまで歩み寄る。

義之「よ、花穂」

花穂「お昼です、義之くん。一緒に食べよう?」

そう言ってスッと出したのは、一人分にしては大きい弁当箱だった。

義之「もしかして、俺の分もあったりする?」

花穂「もちろん」

義之「やった!それじゃ、中庭ででも食うか」

花穂「わかりました」

花穂を連れ立って、教室を後にする。

*          *          *

花穂「はい、義之くんの分」

ナプキンをといて出てきた弁当箱のうち、大きいほうを差し出してくる。

義之「おお、サンキュ花穂」

なんか、感動だ。

義之「それじゃ、いただきます!」

両手を合わせて、花穂にいただきますをする。

花穂「どうぞ、義之くん」

返事を受けて、まずは一口、じっくりと味わうように咀嚼する。

花穂「どう?おいしい?」

姿勢を正したまま、俺に聞いてくる。

義之「ん、美味い」

花穂「そうですか。頑張って義之くんの分も作ってよかった……」

ほっとしたのか、肩から力を抜いて、花穂も自分の分の弁当を食べ始める。

義之「花穂に作ってもらいっぱなしってーのも悪いから、明日は俺が作ってこようか?」

花穂「え、いいの?」

義之「花穂さえ嫌じゃなきゃ、作ってこようと思うんだけど」

花穂「んー、それじゃ、お願いしちゃおうかな?」

口元に人差し指を置いて少しの間思案して、そう答えた。

義之「よし、わかった。それじゃ、放課後は買い物だな」

明日の弁当の食材と、今日の夕飯の買い物もしないと。

花穂「あ、それなら、わたしと一緒に商店街、行きます?」

義之「花穂も、なにか買い物あるの?」

花穂「ええ、ちょっとしたものだけど」

義之「そっか。それじゃ、放課後は一緒に行くか」

花穂「はい!」

その後は、花穂の作った弁当を楽しんだ。

*          *          *

一日の最後の授業が終わった。

渉「よぅし、放課後だぜ!義之、帰りにどっか寄っていこうぜ!」

渉が、昼休みよろしくそう言ってくる。

義之「今日は先約があるんだ」

渉「んだよ、また愛しの桜木か?お熱だねぇ、義之は」

義之「悪いな、渉」

渉「いいよいいよ、行ってやれ」

なんだかんだ言っても、渉はいい奴だった。

渉「そして、俺のカッコよさを桜木に教えてやれ」

義之「………」

訂正。こいつ、アホだ。

カバンを持って、教室を後にする。

義之「花穂のクラスは確か、2組だったよな」

ななかと同じクラスだって言ってたしな。

2組の教室の前までくると、ちょうどHRが終わったところのようだった。入り口から教室の中を見渡して、花穂の姿を探す。

……いた。窓際の一番後ろという、授業中に居眠りするにはうってつけの場所だった。

義之「花穂ー!」

そう呼ぶと、花穂はこちらに視線を移してきた。そして俺と目が合うと、にっこりと微笑んでカバンを持ち、こちらに近づいてきた。

花穂「早いんだね、義之くん」

義之「うちのクラスはいつもこんなんだよ。じゃ、行こっか」

花穂「うん」

花穂と肩を並べて、教室を後にした。

*          *          *

義之「花穂は、何を買いにきたの?」

スーパーに到着すると、花穂に尋ねる。

花穂「ええ、お線香を買いに」

義之「線香?」

とすると、誰かのお墓参りに行くのだろうか?まぁ、深くは聞かないことにしておこう。

ふと、花穂のカバンの一所に視線を移す。

義之「あ、そのアクセサリー。カバンにつけてるんだ」

小さなポケットのチャック部分に、まるでキーホルダーのように鎖をひとまとめにしてくくりつけてあった。

花穂「うん。これは、義之くんとの大切な思い出だから」

嬉しそうにそう話す花穂に、ちょっとだけ照れてしまった。

花穂「そういう義之くんは、持ち歩いてるの?」

義之「ああ、ここにあるよ」

そう言って、腕をまくって手首にくくりつけたアクセサリーを見せる。花穂と付き合うきっかけになったものだ。もちろん、大切に持ち歩いている。

花穂「ふふ、学校にそんなものをつけていったら没収されるんじゃない?」

義之「まぁ、そうなるだろうから、見せびらかせたい気持ちを抑えてこうして制服の袖に隠してるんだけどね」

花穂「大切にしてね、そのアクセサリー」

義之「花穂もね」

二人顔を見合わせ、笑い合う。

*          *          *

買い物を済ませ、店を後にする。

義之「ちょっと買いすぎたかな……」

手には、三つほどの大きな袋。

花穂「ふふ、明日、楽しみにしてるからね、義之くん」

クスクスと笑いながら、俺の様子を見守る花穂。

義之「あと、どこか行きたいところとかある、花穂?」

花穂「うーん、ちょっとお腹空いたかな」

義之「それじゃ、桜公園に行こうか」

桜公園へと足を向ける。

*          *          *

義之「はい、花穂」

チョコバナナを二つ買い、高台まで来たところでひとつを花穂に手渡す。花穂に手渡したのは、前と同じイチゴ味。

俺はというと、これまた前と同じペパーミント味。

花穂「えっと、悪いんだけど……」

義之「ん、何?」

花穂「そっちの方をもらってもいい?」

義之「こっち?」

ペパーミント味の方をご所望のようだ。

義之「いいよ、はい」

差し出す手を左に変える。

花穂「ありがとう、義之くん。前に義之くん、こっちを食べてたから、わたしも食べてみたかったの」

俺から受け取り、早速口に運ぶ。

花穂「うん、おいしい」

花穂の笑顔を見届けて、俺も食べ始める。

義之「そういえばさ、花穂」

チョコバナナを味わいながら、花穂に話しかける。

花穂「なに?」

花穂も、耳を傾けてくれる。

義之「前に、たくさんアクセサリーを買ってたけど、それはどこにあるの?」

花穂「そ、そんなに沢山買ってないけど……」

苦笑いでそう言いながらも、少々戸惑う。

花穂「あれは、わたしの部屋に飾ってあるの。わたし、アクセサリーが好きだから。部屋に飾ってあるだけでも、わたしは満足なの」

にっこりと笑い、そう話してくれる。

義之「へぇ……」

あの大量のアクセサリーを、飾る、ねぇ……。ちょっと、想像できなかった。

辺りはあの時と同じく、夕暮れ時となっていた。

花穂「昨日と同じだね、義之くん」

義之「ああ、そうだね」

俺と花穂が付き合い始めた昨日と、同じ。

花穂「昨日は、もうびっくりしたよ。義之くんが、わたしと同じ気持ちだったなんて、考えもしなかったことだから」

義之「あ、それじゃあ、花穂も俺のこと、好きだったんだ?」

花穂「え……あっ!」

自分が何を言ったのかを悟った花穂が、顔を真っ赤に染めた。そして、真っ赤な顔のままこくんと頷いた。

義之「いつから、俺のことを好いてくれてたの?」

花穂「えと、それは……」

返答に戸惑いつつも、答えてくれる。

花穂「じ、実は、義之くんと知り合う前から、気になってはいたの。ほら、義之くん、学校でも何回も騒ぎを起こしていたでしょ?」

義之「あ~……まぁ」

花穂「でも、正確に意識し始めたのは、やっぱりお互いに知り合った後……かな」

先ほどよりは幾分か収まったが、まだ顔は赤かった。

花穂「わたしが思っていたよりも、義之くん、カッコよかった……」

そこまで言うと、俯いてしまった。な、なんかそう言われるとこっちまで恥ずかしくなってくるな……。

義之「あ、ありがとう、花穂」

思わず、お礼を言ってしまう。

義之「……な、なぁ、花穂」

呼びながら、花穂を真っ直ぐ見つめる。

花穂「な、何、義之くん?」

花穂は少しだけ緊張したような面持ちで、そう答える。

正面から花穂の肩に手を置いて、そっと引き寄せ、抱きしめる。

花穂「え、え、義之くん?」

動揺しているのだろう、花穂はどうしたらいいかわからないといった様子で、体を硬直させていた。

体を少し離し、至近距離で花穂の顔をまじまじと見つめる。

義之「……花穂」

口の中が急速に乾いていくのがわかる。花穂の肩に手を置き、もともと近くだった顔を更に近づける。

花穂「よ……義之……くん……」

花穂はか細くそれだけ言うと、そっと目を閉じた。その唇に、そっと自分の唇を重ねた。

………。

重ねた唇を、そっと離す。

義之「……ごめん。いきなりで」

何と言ったらいいのかわからず、とりあえず謝る。

花穂「う、ううんっ!嬉しいよ、すごくっ!嬉しい……」

花穂はそう言いながら、目尻に涙をいっぱいに溜めていた。

義之「え、な、ご、ごめん!泣かないでくれよ、花穂!」

いきなりの出来事で、動転する。

花穂「ご、ごめっ……泣くつもりは、なかったんだけど……。よ、義之くんが、キスしてくれたのが、すごい嬉しくて……!」

口元に手を当て、嬉し涙を流す花穂。

義之「あ、ありがとう、花穂。でも、人目もあるし、泣かないでくれ、花穂」

この構図は、間違いなく俺が泣かせているように見える。それだけは勘弁だ。

花穂「う、うん。大丈夫、もう泣かないよ」

涙をポケットから取り出したハンカチで拭き、笑顔を見せてくれた。

*          *          *

自然と二人手をつなぎ、家路に着く。

花穂「ちょっと前までなら、想像もできなかったことだよね」

花穂が、おもむろに口を開いた。

義之「そうだな」

なんたって、付き合い始めたのは昨日だしなぁ。

花穂「でも、これだけは自信を持って言える。わたしは、義之くんと付き合えて、本当に嬉しい」

夕陽に照らされた花穂の顔は、心の底からの笑顔のように見えた。

義之「そっか。花穂がそう思ってくれて、俺も嬉しいよ」

それに、俺も花穂と付き合えて、本当に嬉しいし。

心の中に、くすぐったいような感覚が広がっていくのが感じられた。幸せな、それでいて照れくさい、そんな感覚。

花穂「それじゃ、わたしはここで」

義之「うん。また明日ね、花穂」

小さく手を振って、花穂と分かれた。この先は、団地が建っている場所だ。と、言うことは、花穂は団地に住んでいるのかな?

義之「ま、いいか。俺も、早く帰って晩御飯の準備をしないと。由夢に文句を言われるな」

花穂の後姿を見送って、俺も自分の家に帰る。

本日の投下は以上です
勘のいいひとなら、今回投下の冒頭でなんとなーく桜木花穂というキャラがどういうキャラなのかわかったのではないかと思います

投下します

                                         1月12日(水)

午前の授業が終わり、昼休みになる。俺はカバンの中から弁当を二つ取り出して、教室を出た。

渉「おーい義之……っていねぇ!?」

背中越しに渉の声が聞こえたが、まぁ放置で問題ないだろう。

2組の教室に入り込む。

義之「花穂ー」

花穂「義之くん。今行く!」

花穂は机の上に置いてあった教科書を机にしまい込み、俺の近くまで駆けてくる。

義之「昨日と同じ場所でいい?」

花穂「うん」

昨日と同じように、花穂を連れて教室を後にする。

*          *          *

中庭の空いているベンチに座る。

義之「昨日の約束どおり、作ってきたよ」

花穂に弁当箱ひとつを渡す。

花穂「わあ、楽しみ!」

花穂はわくわくした様子で、弁当箱をあけた。

義之「俺のクラスの奴ら曰く、『義之スペシャル』だそうだ」

花穂「おいしそう!それじゃ、いただきます!」

もう我慢できないといった様子で、両手を合わせると弁当に箸をつけた。

義之「どう?実は、結構自信があったりするんだけど」

花穂「おいしい~!義之くん、お料理上手なんだね!」

ほんわかとした笑顔を浮かべながら、嬉しそうに弁当を食べている。そんな花穂の様子を見届けて、俺も食べはじめる。

う~む、我ながら上出来なり。

花穂「ごちそうさま!お腹空いていたから、もう食べ終えちゃった」

俺が自分の弁当を半分ほど食べたところで、花穂はごちそうさましたようだった。

義之「もしかして、少なかった?」

それなら悪かったかな。

花穂「いえ、そんなことはないですけど」

義之「よかったら、俺の弁当もつついていいよ」

花穂「え、でも、義之くんは大丈夫?」

義之「俺なら大丈夫」

後でこっそり売店で何か買って食うし。

花穂「そ、それじゃあ……ちょっとだけ」

恐縮しながら、俺の手の中にある弁当に箸を伸ばしてきて、玉子焼きを持っていった。

花穂「義之くんの作った玉子焼き、おいしい~」

どうやら玉子焼きがお気に入りのようだった。口の中で咀嚼しながら、幸せそうな笑顔をする。

こんなに喜んでくれるなら、作った俺も気持ちがいいというものだ。

花穂「ごちそうさま、義之くん」

義之「お粗末さまでした」

きれいに平らげた弁当箱を俺に返してくる。

花穂「また作ってくれたら嬉しいな」

義之「花穂の望みなら、いつでも作ってきてあげるよ」

気持ちのいい笑顔を見せてくれたし。

花穂「本当っ?やったー!」

嬉しそうにはしゃぐ花穂が、可愛かった。

                                         1月13日(木)

朝、今日は音姉も由夢も先に行ってしまったから、一人での登校中。団地との合流地点で、またも花穂とばったり会った。

花穂「あ、おはよう、義之くん」

一昨日は会ってすぐに停止していたが、今日は普通に挨拶をしてきた。

義之「おはよう、花穂」

自然と隣に並んで、学校に向けて歩き出す。

義之「花穂の家って、アパートなの?いつもあの道から来るけど」

花穂「うん、そうだよ」

義之「じゃあ、まゆき先輩とかと会ったりするんじゃない?」

花穂「副会長さん?たまに見かけるけど、お互い顔を合わせることはないよ」

義之「ふーん、そっか」

そういや、まゆき先輩も花穂のことは知らなさそうな様子だったな。

花穂「それより、義之くん」

義之「うん、なに?」

花穂「今日のお昼はどうするの?」

義之「あー、今日は弁当作ってきてないよ。今日は食堂で食べようかなと思ってたから」

花穂「わたしも、一緒に食堂で食べてもいい?」

義之「もちろん。あー、でも渉とか雪月花とかいると思うよ」

花穂「いいよ。そのほうが賑やかで楽しそうだし」

義之「そっか。わかった。じゃあ、午前の授業が終わったら、うちのクラスに来てよ。待ってるから」

花穂「うん、わかった」

花穂と話していると、すぐに学校に到着した。

*          *          *

昼休みとなる。

花穂「義之くん!」

教室の入り口から、花穂の呼ぶ声が聞こえてきた。教室の中に入ってくる。

渉「なんだ、また桜木か~。最近お前付き合い悪いぞ?」

渉が不機嫌そうに漏らす。

義之「渉たちは、今日も食堂?」

渉「ああ、そうだけど?」

義之「今日は俺たちも食堂なんだ。一緒に行こうぜ」

茜「え、そうなの?」

茜が聞いてくる。

義之「ああ。花穂も、弁当を作ってきてないらしいから」

茜「ふ~ん、そっか。それなら、沢山お話を聞きながら食べられるねぇ」

意味深な笑みを浮かべながら、あまり歓迎できないことを言っている。

義之「あんまり花穂を困らせることは聞くなよ?」

杏「あら、随分とご熱心ね、義之」

杏も会話に入ってくる。

茜「ラブラブだねぇ~。お熱いですなぁ~」

渉「くそー!義之ばっかり羨ましいぞこのヤロ~!」

このまま放っておくと、食堂の席が無くなりそうだ……。

義之「ほら、早く行こうぜ。話なら、飯を食いながらでもできるだろ」

花穂や渉たちを連れて、食堂へと向かう。

*          *          *

適当に昼飯を食いながら、渉たちの質問攻めに付き合う。

茜「馴れ初めはどうだったんですか?」

義之「インタビュー形式なのかよっ!」

思わず突っ込んでしまった。

杏「義之に黙秘権はないわよ。もし使ったりしたらどうなるか……わかるわよね?」

義之「………」

こいつなら、本当にないことないこと言いふらしそうで怖いな……。

茜「で、もう一度聞くけど、馴れ初めはどうだったんですか?」

義之「……花穂」

答えてもいいものか花穂に視線で聞いてみる。少しだけ楽しげにこくんと頷いた。

花穂は花穂でこの状況を楽しんでいるのか……?

義之「最初に会ったのは、公園のチョコバナナ屋の前だよ。俺が買ったのがその日最後のチョコバナナで、その後ろに花穂が並んでいたんだ」

茜「ふんふん、それで?」

茜が身を乗り出して聞いてくる。

義之「で、よかったら俺が買っちゃった奴をあげようと思って花穂に聞いたんだよ。ちょうどそのときに、天枷が乱入してきたんだ」

杏「あ~、その時が初めて会った時だったんだ……」

杏が、合点行ったと言う感じで頷いている。

杏「そのときの話は美夏から聞いていたからね。義之には悪いことをしたって反省していたわよ」

義之「へぇ……」

あの人間嫌いの天枷がねぇ……。

渉「で、きっかけってのはなんだったのよ?」

ここで、今まで話を聞きながら一人黙々と素うどんを食べていた渉が口を開いた。

義之「それは……これ、かな」

そう言って、制服の袖を捲り上げる。ピンク色の桜の花びらのアクセサリーが姿を現した。

小恋「あ、いけないんだぁ義之。学校にそんなものつけてくるなんて」

そう言ってくるのは小恋。

義之「話の腰を折るなよ……」

渉「で、そのアクセサリーがなんなのよ?」

渉が更に詮索してくる。

義之「これと色違いのアクセサリーを、花穂と交換し合ったんだ。な、花穂」

花穂「はい。義之くんはピンク、わたしは白を持ってます。あ、わたしのはカバンにキーホルダーみたいにつけているんだけどね」

嬉しそうに話す。

小恋「それ、どこで買ったの?」

小恋が聞いてくる。

義之「これは……えーと」

そういや、どこだっけ?

義之「花穂、覚えてる?」

花穂「あそこですよ、ほら……」

考えているのか、花穂の動きが止まる。そして、少しして口を開いた。

花穂「……どこだっけ?」

花穂も覚えていないようだった。

小恋「なにそれ~?付き合うきっかけになった物なのに、どこで買ったのか覚えてないの?」

呆れ口調の小恋。ま、まぁ確かに呆れられてもしょうがないかな……。

それにしても、なんで二人揃って覚えてないんだろう?不思議なこともあるもんだ……。

                                         1月14日(金)

義之「今日はこれから、どうする?」

放課後になり、花穂と合流して、そう聞く。

花穂「わたしは行くところがあるんだけど……」

義之「あ、そうなんだ」

それなら俺は、今日はおとなしく家に帰るかな。

花穂「義之くんは、予定はないの?」

義之「ん、俺はないよ」

花穂「それなら、わたしに付き合ってもらってもいいかな?義之くんもいつか連れて行こうと思ってた場所なんだけど」

義之「うん、わかった」

花穂「一旦家に帰って、着替えを済ませてからでいい?」

義之「いいよ。それじゃあ、桜公園で待ち合わせかな」

花穂「うん」

そう決めて、途中まで一緒に帰ることにする。

*          *          *

家で着替えを済ませ、桜公園で花穂を待つ。

義之(どこに行くのかな……)

見当もつかないことを考えていると、花穂がやってきた。

花穂「お待たせ、義之くん」

いつもとは、少しだけ落ち着いた感じで話す花穂。

義之「いや、全然」

返事をしながら、ベンチから立ち上がる。

義之「それじゃあ、行こっか」

先に歩き出した花穂の半歩後ろをついていく。

義之「どこに行くの?」

花穂「一緒に来たらわかるよ」

目的地を直接言わないところを見ると、あまり楽しい場所ではなさそうだ。それに、花穂自身いつもより口数が少ない。

それでも俺が話を振ると、それには答えてくれた。

そうして、着いた場所は……。

花穂「今日も来たよ、お父さん、お母さん」

しゃがみこんで、そう話しかける。

『先祖代々ノ墓 桜木家』

花穂が話しかけたものには、そう刻み込まれていた。

義之(両親のお墓……か)

不謹慎だったかもしれない。花穂と二人だからといって、少し浮かれていた自分が恥ずかしかった。

花穂は持っていた小さなカバンの中から線香を一本とマッチを取り出し、線香に火を灯す。それを立てて、両手を合わせて目を閉じる。

花穂「………」

長い沈黙。やがて、花穂は目を開いた。

花穂「ほら、お父さん、お母さん。この人が、桜内義之くん。わたしの恋人さんだよ」

墓に向かってそう話しかけて、俺の方を向く。

花穂「義之くんも、わたしの両親に挨拶して?」

義之「ああ、わかった」

花穂の隣にしゃがみこむ。

義之「初めまして、花穂のお父さん、お母さん」

俺がそういうと、花穂は嬉しそうに、少し寂しげな笑顔を浮かべる。

花穂「お父さん、怒らないでね。義之くんはわたしの大切な人だから」

穏やかな口調で、両親に話しかける花穂。俺は、その様子を黙って見守っていた。

*          *          *

花穂「今日はありがとう、義之くん」

お墓参りの帰り、花穂がそんなことを言ってくる。

義之「いや、気にしなくていいよ。俺も、花穂の両親に挨拶できたし」

それに、もともと用事もなかったし。

花穂「それで、この後なんだけど」

義之「うん?」

まだどこかに行くのだろうか?

花穂「もしよかったら、うちに来ない?」

義之「え?花穂の家?」

花穂「うん」

いきなりの提案に、少し戸惑う。

花穂「もしかして、都合悪い?」

返答に困っていると、花穂が申し訳なさそうに聞いてきた。

義之「いや、都合とかは悪くないんだけど……」

花穂「それなら、来てくれると嬉しいな」

そう言って、ほのかに笑う。

義之「そうだな。じゃあ、お邪魔させてもらうかな」

花穂「ありがとう、義之くん」

とりあえず、音姉にメールだけ入れておこう。

To:朝倉 音姫

『今日は帰り遅くなるから。ごはんは先に食べてていいよ』

メールを打ち終わり、花穂に聞いてみる。

義之「花穂の家に、なにか用事あるの?」

花穂「ううん、特に何があるってわけじゃないけど。いつもお墓参りをして家に帰ったら、なにか複雑な気持ちになるの。
   だから、誰かがそばにいてくれたら嬉しいな、なんて思って。それが恋人さんなら、なおさらでしょ?」

ああ、そういうことか。

義之「もしかして花穂って、今は一人暮らし?」

ふと思った疑問を聞いてみる。

花穂「うん、そうだよ。お父さんとお母さんの遺産で今は暮らしてるの」

義之「そっか」

俺と同い年の子が、一人暮らし、か。大変なんだろうな、やっぱり。

*          *          *

団地の、花穂の家に到着する。

花穂「どうぞ、入って」

義之「お邪魔します」

花穂に促され、中に入る。……考えてみたら俺、今彼女の家に来てるんだよな。それも、ふたりっきりだし。

うわ~なんかそう考えたら緊張してきた~。

花穂「座って。義之くん、何飲む?」

花穂に言われたとおり、ソファに腰掛ける。

義之「なんでもいいよ」

花穂「それじゃ、わたしと一緒でコーヒー淹れるね」

少しの間を置いて、カップを二つ持った花穂が台所から出てくる。

花穂「はい、義之くん。それと、お菓子も持ってきたよ」

そう言って出されたのは、クッキーだった。

義之「どうも」

コーヒーを一口飲み、クッキーもありがたくいただく。

花穂「この家にわたし以外の人が入るのも、随分と久しぶりだな」

カップを持ちながら、花穂が呟いた。

花穂「両親が亡くなってから、誰も入ることはなかったから」

義之「花穂の両親が亡くなったのって、いつぐらいなの?」

不意に、そんな質問が口を突いて出た。

義之「ああ、嫌なら話さなくてもいいよ」

念のためそう言っておく。

花穂「ううん、嫌じゃないよ。わたしの両親が亡くなったのは、わたしが風見学園に入学した年。だから、もう二年近くになるかな」

義之「………」

話に聞き入る。

花穂「もともとお父さんもお母さんも体が弱かったの。二人が知り合った場所も、病院だったって聞いたことあるし。それで、わたしが風見学園に入学してから半年で亡くなった」

昔を思い出しているんだろう、花穂は遠い目をしていた。

義之「……それからは、ずっと一人で?」

花穂「うん。あ、でも、わたしのことを気にかけてくれる人は今もいるよ。その人には、自分のことはあまり口外しないでって言われてるんだけど」

義之「気にかけてくれる人?」

って、もしかして花穂のことが好きな人ってことか?ま、まさか、ライバル出現!?

義之「そ、その人について、ひとつだけ聞いたらダメかな?」

花穂「え、うーん……当たり障りのないことなら、答えられると思う……けど」

義之「その人って……まさか、男の人?」

恐る恐る聞いてみる。その質問を聞いた花穂が一瞬ぽかんとして、そして

花穂「……ぷっ、あははははは!!」

盛大に笑い出した。

義之「え、え?なんで笑うの?」

花穂「も、もしかして、義之くん、ライバル出現とか考えたの?あ、あはははははっ」

お腹を抱えて苦しそうにしている。そ、そんなに面白いこと言っただろうか?

義之「いや、だって気になるだろ!?」

花穂「だっ大丈夫だよ、義之くん。その人、女の人だからっ」

未だに笑いが止まらないようで、目に浮かんだ涙を拭いながらそう答えてくれる。

義之「あ、そ、そうなんだ……」

あ、安心した……。

花穂「義之くんって、面白いよね」

ようやく笑いが収まった花穂が、そう言ってくる。

義之「そ、そう?」

それは褒められてるのだろうか……。

花穂「大丈夫だよ。その、わたしのことを気にかけてくれる人って言うのは、わたしの後見人みたいなひとだから」

義之「そ、そうなんだ」

それにしても、内緒にされたら余計に気になるな。その花穂を気にかけてる人って、誰だろう?

花穂「でも、基本的には一人暮らしだからやっぱりちょっと寂しいかなぁ。今はもうだいぶなれたけど」

コーヒーを一口飲み、部屋を見渡す。確かに、一人暮らしにしては広いよな、この部屋。

まぁ、芳乃家も俺とさくらさんが二人で暮らすには広いけど。

コーヒーを飲み干し、時間を確認する。8時ちょっと前だった。

義之「俺、そろそろ帰ろうかな。あんまり遅くなると音姉に怒られそうだし」

花穂「え、もう帰っちゃうの?晩御飯くらい食べていってよ。わたし、作るから」

引き止められる。……どうしようかな。

義之「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

花穂「よかった。座って待ってて。準備するから」

ぱたぱたと寝室と思われる部屋へ行き、エプロンを持ってくる。

俺は花穂に言われたとおり、座って待つことにした。

*          *          *

花穂「はい、どうぞ、義之くん」

晩御飯がテーブルに並ぶ。

義之「おお、肉じゃが!」

花穂「わたしのお母さんから教わった料理の中で、わたしの一番自信のある料理だよ」

食欲をそそる匂いが辺りに漂う。

義之「いただきます!」

早速肉じゃがに箸をつける。

義之「……う、うまい」

正直、これは俺や音姉以上にうまいんじゃないかと言うほどだった。

花穂「ふふ、ありがと、義之くん」

花穂も、ご飯を食べ始める。

花穂「ねぇ、義之くん。ご飯食べながらでいいから、わたしの話、聞いて」

義之「うん?」

花穂「実はね、亡くなった両親の話なんだけど……。わたしの本当の親じゃないんだ」

義之「え……?」

本当の両親じゃない?

花穂「わたしがまだ小さい時に、枯れない桜の木の前で会ったの」

義之「枯れない桜の木……」

俺と同じってことか?

花穂「それに、不思議なことにそのとき以前の記憶がわたしにはないんだ。なんだか、気がついたらそこにいたっていうか。だから、本当の親の顔はわからないの」

義之「ちょっと待って。それ以前の記憶が、ない?」

それも、俺と同じじゃないか。

花穂「うん。あ、でも、わたしは今でもあの両親がわたしの本当のお父さんとお母さんだと思ってるんだ」

義之「不思議なこともあるもんだなぁ……」

花穂「うん、そうだね。それ以前の記憶がないなんて、信じてもらえないと思うけど……」

義之「いや、そっちじゃなくて」

花穂「え?」

きょとんとした顔をする。

義之「俺も、花穂と似たような……っていうか、ほとんど同じなんだよ。小さいころに、今の俺の保護者、さくらさんと会ったんだ」

花穂「えっ……?義之くん、も……?」

義之「ああ。それに、さくらさんと初めて会う以前の記憶も俺にはない。思い出そうとすると、ひどい頭痛がするんだ」

花穂「………」

花穂は絶句していた。そりゃそうだろうな。俺だって、花穂と同じ境遇だったなんて想像もしていなかった。

花穂「……不思議だね」

今まで絶句していた花穂が口を開く。

花穂「なんか、まるでわたしたち、運命だったみたい」

義之「……ああ、そうだな」

*          *          *

ご飯を食べ終えて、花穂と取り留めない話をする。

ふと時間を確認すると、9時を回ったところだった。

義之「そろそろ、本当に帰らないとまずいかもな」

花穂「ごめん、義之くん。なんだか引き止めちゃったみたいで」

義之「いや、楽しかったよ」

玄関まで、花穂が見送りに来る。

義之「また月曜に、学校で」

花穂「うん。気をつけて帰ってね、義之くん」

義之「ああ。じゃあな、花穂」

最後に手を振って、花穂の家を後にする。


夜の道を一人歩く。

義之(花穂の肉じゃが、うまかったな……。作り方、聞いとけばよかったかもな)

帰りも、頭の中で考えることは花穂のことばかりだった。

本日の投下は以上です
年内には終わらなそうだ…

投下します

                                         1月15日(土)

目を覚まして、時計を確認する。

義之「……10時前か……」

昨日は帰って来てから音姉と由夢にやたらと文句を言われて、二人が帰ってようやく寝付けたのは夜中の2時過ぎだった。

義之「ふわあああぁぁぁぁ……」

盛大なあくびが出る。休みだし、もう少し寝ることにしよう。

音姫「弟くーん。そろそろ起きなさいよー!」

居間から音姉の声が聞こえてきた。……しょうがない。部屋に襲撃されても困るし、起きるか……。

居間に下りる。

義之「……あれ、さくらさんは?」

音姫「なんだか用事があるとかいって行っちゃったけど」

さくらさんも忙しい人だなぁ。

テーブルには、焼いたトーストと目玉焼き、それにコーヒーがそれぞれ三人分置かれていた。

義之「音姉たちも、今日は朝遅いんだな」

由夢「誰のせいだと思ってるんですか、全く……」

由夢が愚痴をこぼすように言う。

義之「俺のせいかよ……」

音姫「そうだよ。弟くん、帰ってくるの遅いんだもん。説教してたから遅くなったんじゃない」

今度は音姉。俺まだ寝起きなんだから、もう少しやさしくしてほしい……。

義之「はい、どーもすいませんでしたー」

棒読みで謝り、コーヒーに口をつける。

音姫「それで、昨日はどこに行ってたの?」

朝ごはんの最中、音姉が詰め寄ってくる。

義之「ああ、昨日は……」

ってちょっと待て、音姉に素直に答えてもいいものだろうか。

……いや、ごまかしておこう。

義之「わ、渉たちと出かけてたんだよ、うん」

音姫「板橋くんたちと?」

義之「う、うん。遊んでただけ」

音姫「へぇ~、そう。ふ~ん」

確実に信用してないな、うん。いやまぁ、別にいいんだけどさ。

音姫「……なんか最近、妙な事故が多いよね」

テレビで流れているニュースを見ながら音姉がつぶやく。

義之「原因が不明の事故だっけ?」

トーストをかじりながら聞く。

音姫「うん。初音島でこんなに事故が多いのって、なんだか珍しいよね」

まぁ、確かに聞いたことはないよな。ここまで事故が多発したって話は。

*          *          *

朝ごはんを食べ終えて、音姉と由夢も朝倉家に帰っていった。

さてと、俺はどうするかな。特に約束とかもないし、散歩でもしようかな。

家を出て、特に目的の場所もないまま適当にぶらつく。

桜公園に着いた。

義之「………」

なんとなく辺りを見渡す。もしかしたら、花穂がいるかもしれないと、そう思った。しかし、花穂の姿はなかった。

義之「寂しいな~なんか」

花穂の家に直接お邪魔しようかな。

桜公園を後にし、団地へと足を向ける。

義之「花穂の家は、こっちだったな」

昨日通った道を、もう一度歩いていく。

花穂の家の前。ブザーを押す。

義之「………」

しかし、扉の向こうからはうんともすんとも聞こえてこない。

義之「留守……かな?」

また、お墓参りに行ってるのかな?しょうがない。今日は大人しく帰ろうかな。

踵を返して、団地を後にする。空からは、ちらほらと雪が降り始めていた。

その帰りに、花穂と会った。

花穂「あ、こんにちは、義之くん」

ほんわかとした花穂の笑顔に、心が癒される。

花穂「どうしたの、こんなところで」

義之「いや、花穂の家に行ってきたんだけど、いなかったから帰るところだったんだ。雪も降り始めてきたし」

言いながら、空を仰ぐ。そんなに酷くはないが、空の雲はけっこう厚そうに見える。すぐに止みそうにはなかった。

花穂「あ、そうだったんですか。それなら、これからわたしのうちにきます?雪が降り止むまで、うちでゆっくりしていってください」

そりゃ願ったり叶ったりだ。

義之「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」

当然のように、そう答えた。

*          *          *

昨日もお邪魔した桜木邸に、今日もお邪魔する。気がつくと時間は正午を過ぎていた。

花穂「今からお昼ご飯の準備するから、座って待ってて」

エプロンをつけて、台所に立っている。

義之「俺もなにか手伝おうか?」

花穂「お客さんにそんなことはさせられません。いいから座ってて」

ぴしっと言って、冷蔵庫から物を色々と取り出す。

義之「でも、前も花穂がやってたし……」

花穂「気にしなくていいよ、そんなこと」

義之「うーん……」

花穂もなかなか引き下がらないな……。

義之「わかった。花穂に全部任せるよ」

引き下がる様子がなかったので、俺のほうから引き下がる。

花穂「それでいいの。彼氏に手料理を食べてもらうほうが、彼女だって嬉しいものなんだから」

手早く食材の下ごしらえをしながら、俺に笑顔を向けてくる。

*          *          *

お昼ごはんを食べ終えて、花穂の私室と思しき部屋へと通される。

義之「ここ、花穂の部屋?」

花穂「うん。この部屋が、なんだか落ち着くんだ。やっぱり、今までずっとこの部屋で暮らしてきたからかなぁ」

部屋の至る所には、アクセサリーがずらりと飾られていた。

義之「すごいな……」

素直な感想が口から漏れる。

花穂「そう?」

義之「本当にアクセサリーが好きなんだな」

花穂「う、うん、まぁ」

照れているのだろう、少しだけ顔を赤くしながらそう答える。

花穂「そ、そんなことより、座って、義之くん」

そう言って、自分が座っている隣をポンポンと叩く。ってか、そこ……。

花穂「どうかしたの、義之くん?」

義之「い、いや……」

花穂は気づいていないのだろうか。そこ、花穂がいつも寝てるベッドだよ?

花穂「ほら、座って」

なおも自分の隣を叩く。ま、まぁいいか。花穂がいいって言ってるんだし。

若干躊躇いながらも、花穂の隣、すなわちベッドに座る。

花穂「この部屋は、一度義之くんに見せたかったんだぁ」

自分の部屋を見渡しながら、花穂が自慢げに言う。

花穂「こうやって、わたしの買ったアクセサリーを部屋に飾るのが、わたしの趣味だから」

義之「そっか」

花穂「実際、持ってるものの中で持ち歩いてるのは、義之くんと交換したあのアクセサリーだけなんだよ」

部屋の隅に置いてあった学生カバンを持ち上げて、つけてあった白い桜の花びらのアクセサリーを取り出した。

花穂「これが、わたしと義之くんの絆の証、だよね」

俺も、手首につけているピンクのアクセサリーを取り出す。

義之「そうだな」

どこで買ったのかはお互いに覚えてなかったけど。

自然と、花穂と見詰め合う形になる。

花穂「……あ……」

小さく声を漏らした花穂だったが、やがてゆっくりと目を閉じた。

俺も目を閉じて、花穂に口付けをする。

唇が触れるだけのキス。しかし、前よりもずっとずっと長い時間重ね合わせる。

花穂「…………っ」

やがて、唇を離す。そして、手を花穂の腰に回した。

花穂「あ、あの……義之くん……?」

義之「なに……?」

花穂の体を自分に引き寄せる。

花穂「………」

花穂の体は、緊張の為なのかがちがちだった。その赤らんだ顔を見て、もう一度口付け。

花穂「んん……」

花穂の息遣いが荒くなってくる。

花穂「義之くん……今日はなんだか積極的だね……」

義之「そう?」

花穂「いつもはもっとこう……紳士的というか。ふふ、でも、積極的な義之くんの方が好きかな……」

嬉しそうに顔を綻ばせて、今度は花穂から口付けをしてくる。そしてそのまま、花穂に押し倒されるようにしてベッドに倒れこんだ。

花穂「んんん……」

仰向けに倒れこんだ俺の上に、花穂が覆いかぶさるようにしてキスを続けている。

花穂の方から口を離す。

花穂「……あ」

惚けたような顔をしていた花穂が、急に真っ赤に顔を染めて、体を起こし上げた。

花穂「ご、ごめんなさい義之くん!」

倒れて少し乱れた髪をかきあげながら、わたわたと謝ってくる。

義之「なんで謝るの?」

花穂「え……だって……わ、わたしが義之くんを押し倒しちゃってたみたいだから……」

言ってて更に恥ずかしくなったのか、真っ赤な顔を更に赤く染め上げる。

義之「俺は、嫌じゃないよ。むしろ、嬉しかった」

俺も体を起こし上げる。

義之「花穂は、押し倒されるほうが好き?」

からかい気味に、そう聞いてみる。

花穂「え、えと、その、あの……」

しどろもどろしている仕草も、かわいい。

義之「それなら……」

未だあせあせとしている花穂にもう一度口付けをして、今度は花穂が仰向けになるように倒れこむ。

花穂「……はぅ……。よ、義之くん……」

口が離れ、今がどういう状況なのか理解しようとしているのか、花穂が俺の名前を呼ぶ。

義之「なに?」

花穂「こ、これは……?」

義之「……嫌……かな?」

正直、今ので俺の中のスイッチがオンになったんだけど。

花穂「嫌じゃ、ない……けど……」

惚けたような目をして答える。

花穂「こ、こういうのは……初めて、だから」

義之「……うん。俺も、初めてだ」





そうして、その日。

俺と花穂は、深く結ばれたのだった。

*          *          *

花穂となんてことない話をしながら過ごしていたが、時間を確認するとそろそろ帰らなきゃならないことに気がついた。

花穂「ん~、もう帰っちゃうの?」

少し不満げにそう呟く。

義之「また今度、学校でも会えるだろ?」

そうは言うが、俺だって名残惜しい。

花穂「そうだね。……うん。引き止めるわけにもいかないよね。じゃあね、義之くん」

花穂の家を後にし、薄暗くなってきた道を歩く。

義之(俺……花穂と、結ばれた……んだよな)

今日の出来事を振り返る。一番に思い出されるのは、やはり……。

義之(……顔が熱くなってきた)

*          *          *

義之「ただいま~」

家に到着し、挨拶する。しかし、返事は返ってこない。

義之「あれ?」

居間の電気はついているようだから、誰もいないということはないだろう。

居間をのぞくと、さくらさんが一人でなにやら難しそうな顔をしていた。

義之「さくらさん?」

呼びかける。しかし、返事は相変わらず返ってこない。なにか相当深く考え込んでいるみたいだ。

義之「さくらさ~ん?」

目の前で手をひらひらとさせる。

さくら「うにゃっ!?よ、義之くんっ!?」

ようやく俺の存在に気づく。

義之「どうかしたんですか、さくらさん?なんだかすごく思いつめているような顔をしていましたけど」

さくら「う、ううん。なんでもないよ。ちょっと疲れが溜まってるだけ」

義之「大丈夫ですか?」

そういえば確かに、最近あまりさくらさんがうちで晩御飯を食べてないことに気がつく。

義之「今日は、晩御飯、まだですよね?」

さくら「うん、まだだよ」

義之「それじゃ、今から作りますね。さくらさんは疲れてるみたいだし、座って休んでてください」

さくら「ありがと、義之くん」

元気がなくても、俺に笑顔を向けてくる。

簡単なものをいくつか作り、テーブルに並べる。

さくら「う~ん、義之くんが作った晩御飯を食べるのも随分と久しぶりな気がするよ」

義之「そんなに最近、お仕事が忙しいんですか?」

さくら「うん、そうなんだよ~」

ご飯を口に運びながら、どこか疲れたようにそういう。

さくら「……ごちそうさま」

お椀に盛ったご飯を半分ほど残し、テーブルに置く。

義之「体調、悪いんですか?」

さくら「うん、実はちょっとね……。ごめんね、義之くん。せっかく作ってくれたのに、残しちゃって」

義之「いやいや、いいですよ。それより、さくらさんの体調の方が大事じゃないですか。今日はもう休んだほうがいいんじゃないですか?」

さくら「そうだね……。義之くんの言葉に甘えようかな」

よろりと力なく立ち上がり、ふらふらと寝室へと向かっていく。

……これは、重症かもな。早くよくなってくれればいいんだけど。

                                         1月16日(日)

今日は朝から雪が降っている。

義之「さすがに雪降りのなか、散歩に行く気は起きないなぁ」

ベッドの上で、上半身を起こしあげながらそうつぶやく。

義之(花穂は、今日もお墓参りに行ってるのかな?)

ふと、そんな疑問が頭をよぎった。

義之(……やばい)

一度考えたら、すごい気になってきた。

義之(でも、さすがに行ってはいないだろ)

もう一度、外を仰ぎ見る。雪は、なかなかに強く降り続いていた。

コンコン。

部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。

義之「はい?」

音姫「弟くん?起きてるんなら居間に下りてきなさい」

ノックの主は音姉だった。

義之「ああ、ごめん」

ベッドから降りようとして、思い留まる。

義之「音姉。ちょっと、入ってきて」

音姫「え?」

音姉の戸惑う声。

義之「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」

音姫「………」

躊躇いながらも、ドアが開かれる。

音姫「どうしたの?」

義之「うん。音姉と由夢、昨日の夜はうち来なかったから知らないかと思うんだけど。さくらさん、今、いる?」

音姫「さくらさん?わたしと由夢ちゃんがこっちに来たときにはもういなかったみたいだけど……?」

ということは、また出かけたんだな。体調は大丈夫なのかな?

音姫「どうかしたの?」

義之「昨日、さくらさん体調悪いみたいだったからさ。もしかして、今朝からダウンしてるんじゃないかと思って」

音姫「う、うーん……。わたしたちは本人を見てないからなんとも……」

義之「まぁ、大丈夫だよな。自分の体調くらいわかるだろうし」

とは言いつつも、ちょっと心配だな。花穂のことも気になるけど、今日はうちで留守番していよう。

*          *          *

さくら「あら、義之くん!?どうしたの、こんな時間まで!?」

びっくりしているさくらさんの声が居間に響く。ちなみに今はもう夜中の12時を回っている。

義之「おかえりなさい、さくらさん。さくらさんの帰りを待ってたんですよ」

さくら「ボクのことなら気にしないでいいのに」

義之「そういうわけにも行きませんよ。昨日の夜、体調悪そうだったから心配してたんですよ?」

さくら「あう……」

俺の言い分に困ったのだろう、さくらさんが押し黙る。

義之「でも、今日は顔色いいですね。晩御飯はまだ食べてない、ですね」

さくら「え、あ」

さくらさんはハッとしたかと思うと、手に持っていた袋を後ろに隠した。

義之「俺、簡単なもの作りますよ。食欲はあるみたいですからね」

隠したはいいが、当然と言えば当然、隠しきれていない袋に視線をやって、苦笑しながらキッチンへと向かう。

さくら「ごめんね~、義之くん」

さくらさんは観念したかのように、持っていた袋をテーブルに置いた。

袋の中身はやはりというか、カップラーメンだった。

昨日と同じように、ごはんをテーブルに並べる。

さくら「それじゃあ、いただきます」

義之「どうぞ召し上がれ」

さくらさんと向かい合うように座り、俺はお茶を飲む。

さくら「あ、義之くんはもう寝たほうがいいよ。明日から学校なんだし。後片付けはボクがやるから」

最初は断ろうかと思ったが、

義之「それなら、このお茶を飲んだら寝ますね」

正直なところ俺も眠かったから、その言葉に甘えることにする。

                                         1月17日(月)

翌朝、さくらさんの姿は相変わらずなかったが、テーブルに一枚のメモが置いてあった。

『義之くんへ。 昨日はどうもありがとう。おかげで、だいぶ元気が出てきたよ。

 今日も忙しいけど、体調はもう大丈夫だからね。帰りが遅くても義之くんは早くに寝ること!学生の本分は学業だよ。 

                                                                   さくらより』

昨日のお礼と、小言を一緒に書いているところを見るあたり、本当に大丈夫だと確信が持てた。

そんなわけで、今は登校中。

義之「ふわぁぁぁ……」

当然のように、眠い。今は俺のほかに誰もいないのがせめてもの救いだ。

音姉がいたなら注意してくるだろうし、由夢がいたらジト目で見ながらため息をつくだろうし、花穂や小恋がいたら呆れるところだ。

今朝は、花穂とも会わなかった。先に学校へ行ってしまったのか、それともまだ家を出ていないか。

団地の方へ向かおうかとも思ったが、時間もあまりないから素直に学校へ向かうことにする。

渉「お、義之、おはよー」

後ろから、渉が駆け寄ってくる。

渉「今朝はひとりか。ひょっとして、桜木に嫌われたのか?」

朝一番から、随分と元気な奴だな。

義之「んなわけないだろ。今朝は会わなかっただけだ」

渉「へ~、そっか」

渉と二人並びながら、学校へ向かう。

*          *          *

教室には、いつもの面々が揃っていた。

茜「おはよ~、義之くん♪」

杏「今朝は男二人で登校なのね」

茜「いやん杏ちゃん、そういう無粋なことはいいっこなしだって!」

小恋「二人とも、朝からなんの話をしてるのよ~」

騒がしいノリの杏と茜に、それに突っ込みを入れる小恋。そしてその中には、花穂の姿もあった。

花穂「今日は遅かったんだね、義之くん」

義之「いや、むしろ今日くらいがいつも通りなんだけどな」

そうか。考えてみたら、花穂と顔を会わせてたのは今日よりも早い時間だったな。

茜「ダメよ義之くん。こういうのは、彼女に合わせなかったらっ!」

杏「そんなデリカシーのないようじゃ、嫌われるのも時間の問題かもね」

義之「言ってろ」

冷やかしモード全開の杏と茜をスルーし、机に座る。

杉並「いやぁ~、朝からお熱いですなぁ桜内は」

と、いきなり杉並が俺に話しかけてくる。

義之「なんだ、杉並」

杉並「いやな、我が非公式新聞部が今朝、少々気になる情報を入手してな。聞きたいか?聞きたいだろう、桜内?」

なんだ?要するに俺に聞いて欲しいのか?

義之「なにかあったのか?」

杉並「ふむ……今朝……というよりは、ここ最近の話らしいのだが、芳乃学園長が、忙しそうに島内を走り回っているらしいのだ」

義之「さくらさんが?」

茜「なにそれ~、初耳だねぇ」

杏「わたしの記憶にもない情報ね」

杉並「うむ。どうやら人目を気にしているようで、我が非公式新聞部の情報網を以ってして今日入手した情報だ。

   学園生……ひいては島民に知られたくないのかも知れんな。

   詳しくはわからんが、最近島内で多発している不可解な事件を追っているらしい」

義之「さくらさんが、その事件に関係があるとか考えてるんじゃないだろうな?そんなわけないだろ」

杉並「俺もそうであると信じたいところではあるが……自分で言うのもなんだが、我が非公式新聞部の情報収集能力は本物だ。

   だから、真偽の程は桜内自身で調べるといい。俺はこのことを伝えておいたほうがいいと判断したに過ぎん」

この情報を俺に教えてくれたのは、杉並なりの良心だったらしい。

義之「そっか。サンキュ」

杉並「なぁに、礼には及ばん。桜内よ。何かあれば、俺に相談するといい。俺は非公式新聞部の一員として、親身に相談に乗ってやるからな」

杉並はそれだけ言い残すと、去っていった。

こんな時でも軽口を叩いてくれる杉並に感謝する。

花穂「義之くん……?」

義之「俺は俺で調べられそうなことは調べてみることにするよ」

花穂「わたしも、お手伝いする?」

義之「ああ、それじゃあ……」




『……だって、わたしは正義の魔法使いだから』



義之「―――っ!」

一瞬、景色がフラッシュバックした。今のは……昔の、音姉?

花穂「義之くん?」

花穂が、心配そうに俺の顔を覗き込む。

小恋「ど、どうしたの、義之?顔、汗びっしょりだよ?」

小恋が心配そうに言ってくる。

義之「あ、ああ、ごめん。大丈夫だ」

義之(なんだったんだ、今の……?)

花穂「それで、義之くん。その、調べ物のことなんだけど……?」

義之「ごめん、花穂。それは、俺が一人で調べてみることにするよ」

今の光景のおかげで、昔のことを思い出した。

花穂「うん、そう。何か手伝えることがあったら、教えてね」

義之「ああ」

茜「良いのかしらん、義之くん?彼女さんは大事にしないと」

義之「これに関しては花穂は関係ないだろ」

杏「あらあら、残念ね。今回の義之は決意が硬そうよ?」

茜「なぁ~んだ、つまんない」

俺をからかえないと判断したのか、早々に諦める。

義之「花穂には悪いんだけど、今日はちょっと学校に残って調べ物をするよ」

花穂「わかったよ、義之くん。頑張ってね」

義之「がってん」

*          *          *

義之「正義の魔法使い……か」

図書館で昔の非公式新聞部の新聞記事を読み漁りながら、そんな言葉をつぶやく。


『魔法が使えることはふたりだけのひみつだからね』


昔、音姉とそんな約束を交わしたのを思い出していた。

義之(考えてみたら、最近初音島で起きてる不可解な事故って……)

魔法……とまでは言わないけど、何か不思議な力が関係していると考えた方が、自然じゃないだろうか?

義之「初音島の歴史は……と」

あった。非公式新聞部作成の、初音島の年代表。

この記事自体が3年前のものだから、2052年が一番頭に来ている。そこから遡って行く。

島の桜が咲き誇り始めたのが、2045年。

それ以前に咲いていたのは、1995年から2002年の4月まで。

義之「今から50年くらい前に咲いていた初音島の桜は、ちょうど春が終わると同時に枯れ始めた……と」

枯れない桜の歴史はこんなものか。次は……。

義之「これ……か……」

新聞の隣には、分厚い地方史の本が数冊と、地方紙。

義之「気が遠くなる……」

でも、やらないわけにはいかないよな。

ぱらぱらと本をめくっていき、気になる記事を抜粋していく。

義之「………」

手元に置いておいた本と地方紙に一通り目を通し終わり、時間を確認する。

義之「げっ……もうこんな時間か」

調べ物って、時間がかかるもんなんだなぁ……。

普段はこんな分厚い本と睨めっこなんか天地がひっくり返ろうがやらないことだから、時間の感覚なんて吹っ飛んでたみたいだ。

義之「今日はここまでか」

持ってきていた資料を元の場所に戻し、今日の調べ物は終わりにする。

*          *          *

義之「ただいまー」

音姫「あ、おかえり、弟くん」

がらがらと玄関をあけると、そこにはどこかに出かけようとしている音姉がいた。

義之「あれ、どこかでかけるの?」

音姫「うん。ちょっと、お醤油が切れちゃったから」

義之「俺がひとっ走り行ってこようか?」

音姫「え、いいの?それじゃ、お願いしようかな」

義之「おう、わかった」

音姉にカバンを任せて、商店街へUターンする。

*          *          *

スーパーで醤油を買い、家路につこうとした所。商店街の一角がなにやら騒がしいことに気がついた。

義之「なんだ?」

ついつい野次馬根性でその一角に近づく。

義之「どうかしたんですか?」

俺と同じように野次馬で集まっていた人に聞いてみる。

男性「ああ、なに、ちょっとしたぼや騒ぎだ」

確かに、あたりは少し焦げ臭い。

義之「ぼや騒ぎ……ですか」

なんとなく嫌な予感がする。もしかしてこれも、原因不明の事故……じゃないのか?

義之「原因はわかってるんですか?」

男性「え?さぁねぇ。わたしも、今ここに来たばかりだから、わからないよ」

義之「そうですか……」

いつまでもここにいても仕方ないと思い、身を翻す。と、金髪の髪が人ごみにまぎれて見えた。

義之「……さくらさん?」

直感的にそう思った。探そうと思い人ごみに視線を巡らせるが、その姿はもう見当たらなかった。

さくら「……ごめんなさい」

そうつぶやく声が、聞こえた気がした。

今日はここまで
ここから先は原作の核心に迫っていくので、一応原作未読の方は注意でお願いします

投下します

                                         1月18日(火)

花穂「義之くん!」

帰りのHRが終わると、すぐに花穂が教室に入ってくる。

花穂「今日も調べ物?」

義之「いや、調べ物は昨日で終わり」

大事そうなところは一通り調べた。それに正直なとこ、もう調べ物はしたくない。

義之「今日は、商店街を調べて見ようと思ってたんだ」

花穂「商店街?」

義之「うん。昨日の夕方、商店街でぼや騒ぎがあったの、知ってる?」

花穂「ううん、知らないな。昨日は、早めにお墓参り済ませちゃったから」

義之「そっか。じゃあ、一緒に行くか」

花穂「うん!」

荷物をまとめてカバンを持って立ち上がり、学校を後にする。

*          *          *

とりあえずは、昨日のぼや騒ぎがあった店に行く。

花穂「ここで、あったの?」

花穂がたずねてくる。

義之「ああ、そうだよ」

その店は昨日の今日だからだろう、店は営業していなく、警察官の姿もあった。

花穂「……なんだか、怖いね」

商店街の賑わいの一角で、物々しい雰囲気を漂わせているそこを見て、花穂が不安げにぼそりとつぶやく。

義之「原因不明の事件……いや、事件って決め付けるのはよくないよな。不思議なことって、わりと身近にあったりするものだし」

花穂「不思議なこと?」

花穂には、俺や音姉が使える魔法のことは教えてないから、こんなこと言っても何のことかはわからないだろう。だから、身近なものをあげることにする。

義之「いや、だってさ。俺たち島民は意識してないかもしれないけどさ、この島で一年中咲き誇ってる桜だって、本島の人たちから見たら、不思議なものだろ?」

花穂「あっ、そ、そうか。そうだよね」

俺がそう話すと、花穂は何かをごまかすように髪をかきあげる。

義之「でも、こんなことは珍しいよな、本当に。初音島でこんなことが続いて起こるなんて、俺の記憶している中ではないし」

花穂「うーん、そうだよね。わたしの記憶の中にもないな」

ふたり、首をかしげることしか出来なかった。

*          *          *

商店街の中を一通り回り終えて、桜公園に到着する。

義之「花穂は、この後どうする?」

花穂「義之くんがまだ行くところがあるんなら、もうちょっとだけ付き合おうかな。でも、あんまり遅くなるとお墓参りする時間がなくなっちゃうから、そんなには無理だけど」

義之「ああ、それなら問題ない」

あと行こうと思ってた場所は一箇所だけだし。

義之「とりあえず、腹減っただろ?なんか食おうぜ」

花穂「チョコバナナがいい!」

間髪いれずに、花穂がそういう。

義之「了解。花穂は、そこに座って待ってて」

花穂「うん」

花穂をベンチに置いて、一人買いに走る。

両手にチョコバナナを持って、花穂の元に戻る。

義之「さあ、今日はどっちをご所望かな?」

持っていたチョコバナナを突き出して、花穂に聞いてみる。種類はこの前と同じ、ペパーミント味とイチゴ味。

なんだか、二人で食べるときはこれが定番になりつつあった。

花穂「それじゃ、こっちを」

今回は、イチゴ味を持っていった。必然的に、俺はペパーミント味になる。

花穂「やっぱり、美味しいね」

義之「そうだなー」

食いなれた物ではあるけど、食い飽きしないってことはやっぱりおいしいってことだよな。

花穂「実はね、義之くん」

義之「ん?」

チョコバナナをほおばりながら、花穂の話に耳を傾ける。

花穂「わたし、あの時に食べたのが初めてだったんだよ」

義之「あの時?」

ってーと、俺が花穂にイチゴ味をあげた時ってことか?

花穂「うん。前にも言ったでしょ?義之くんが、わたしにできた初めての友達だったって」

義之「今は彼氏だけどな」

俺のその言葉に顔を赤らめながらも、話を続ける。

花穂「だから、こういう公園で買い食いをしたこともなかったの。ただ、ずっと一度はやってみたいなって思っていて、あの時に勇気を振り絞って買いに行こうって決めたんだよ」

嬉しそうに話して、チョコバナナを一口食べる。

義之「あ~……それがあの時か……」

そういや、しどろもどろしていたよな。

義之「じゃあ、花穂の買い食いデビューは俺が邪魔しちまったってことか」

花穂「そうなるかな。ちなみに」

姿勢を正す。

花穂「まだ買い食いデビューはしてないんだよ。義之くん、気づいた?」

義之「え?だって今……」

チョコバナナを食べてるじゃんか。

花穂「これは買い食いじゃないよ。だって買ってきたのは義之くんじゃない」

義之「あ、そうか」

花穂「だから、自分で買って、その場で食べたってことはまだ一回もないんだよ!」

得意げにそう言った。

義之「おお~」

ぱちぱちと拍手を送る。

義之「優等生の鏡だな、花穂は」

花穂「まぁ、その決意が揺らいだのがあの時なんだけどね」

クスッと笑い、話にオチをつける。

*          *          *

俺が考えていた、最後の場所。それは、この初音島最大の不思議である、枯れない桜の木だった。

道を歩いていき、開けた場所……一際大きな桜の木、通称『枯れない桜の木』の近くまで到着する。

その傍に、人影が二つ、見えたような気がした。

義之「ん?」

花穂「どうかしたの、義之くん?」

義之「今、桜の木のふもとに、人影がなかった?」

花穂「え?」

花穂も桜の木の方を見る。しかし、すでにそこに人影はなかった。

義之「気のせいか?」

花穂「さぁ……?」

ちらりと見えた人影を気にしながら、木の近くまで歩み寄る。しかし、やはり人影の正体はわからなかった。

大きな桜の木を見上げる。

義之「うーん……」

小さな頃にこの桜の木の側でさくらさんと出会ったのが俺の最初の記憶だからだろうか、その木はとても暖かく感じられる。

花穂「なにか、ありそう?」

義之「いや、なんも」

そもそも、この桜の木の近くに来たのだって、この島で一番の不思議だったからだけで、なにかの手がかりを期待していたわけではなかった。

花穂「そっか……」

花穂もどことなく落ち込む。

義之「まぁ、何の用もないのにここにいてもしょうがないよな。今日はこれで終わりにするか」

花穂「そだね」

桜の木を背に、花穂と手を繋いでその場を後にする。

*          *          *

義之「ただいま~」

日が落ちて辺りが暗くなり始めた頃に、家に到着する。

由夢「おかえり~、兄さん」

居間に入ると、由夢が返事をしてくれる。

義之「音姉は?」

由夢「キッチンにいるよ」

由夢の言葉を聞き、キッチンへと向かう。そこでは、放心気味の音姉がいた。

義之「音姉?」

呼びかける。

音姫「……あ、弟くん。おかえりなさい」

元気なくそう言う。

義之「どうかしたの?」

音姫「う、ううん。なんでもない。ちょっと、考え事……」

義之「……?」

なんでもない、っていう感じじゃないけど……。話したくないこと、なのかな?

義之「晩御飯の支度、手伝おうか?」

音姫「ううん、いいよ。弟くんは座って待ってて」

俺にそう促し、野菜を切り始める。あ、あんなにボーっとしてて大丈夫だろうか……?

*          *          *

今日も、さくらさんのいない夕食。

義之「最近、さくらさんと一緒に夕ご飯食べてないよな」

由夢「そうだよね~。なんだか妙な話も聞いちゃったし」

ご飯を食べながら、由夢がそう愚痴る。

義之「なんかあったのか?」

由夢「クラスの子がね、さくらさんが今初音島で起こってる原因不明の事故に関係してるんじゃないかって。そんなはずないのに」

不機嫌そうにそう話す。まさか杉並の奴が言いふらしてはいないだろうが、やはり人の口に戸は立てられぬっていうか。火のないところに煙は立たぬっていうか。

さくらさんはやっぱりなにか関係してるのかもしれないな。信じたくはないけど。

音姫「………」

俺と由夢がそんな話をしていても、音姉はどこか気が抜けているようだった。

義之「音姉?」

心配になり、話しかける。

音姫「え、なに?弟くん」

義之「大丈夫?具合悪いんじゃないの?」

音姫「ううん、そんなことないよ。大丈夫……」

そういうと、またも気の抜けたような顔をする。

義之「……一体どうしたの?音姉?なんかあったの?」

音姉に聞いても無駄だとわかり、小声で由夢に聞いてみる。

由夢「さ、さぁ、わたしも知らない。今日、帰って来てからはずっとこんな調子だよ」

帰って来てからか……。

由夢「そういえばお姉ちゃん、今日はいつもより帰ってくるのが少し遅かったような……」

義之「うーん……そっか」

心配だな……大丈夫だろうか?

                                         1月19日(水)

昼休み。今日も花穂と二人で中庭に来ている。

義之「今日は弁当を作ってきたよ」

花穂「え、本当に?実は、わたしも作ってきちゃったんだけど……」

二人とも、二人分の弁当箱を取り出してその場に固まる。

義之「……だ、大丈夫だ。俺は、花穂の作ってきた弁当は全部食べる!」

花穂「義之くんが自分で作ってきたほうは?」

義之「残すのはもったいないから、それも食べる!大丈夫、俺は男だ。やるときはやるってとこを花穂に見せてやる!」

半ばやけくそ気味だった。

花穂「ふふ、わかった。それじゃ、わたしも二人分、食べようかな?」

義之「え、食べられるのか?」

花穂「義之くんがそう言ってくれてるのに、わたしだけが食べないのは失礼でしょ?」

ふむ、なるほど。

義之「わかった。でも、無理するなよ?」

花穂「うん。それじゃあ」

義之・花穂「いただきます」

四つの弁当箱を広げ、食べ始める。

しかしその心配は、すぐに解消されることとなった。

杏「相変わらずお熱いことですこと」

茜「今は冬だからねぇ~。こういう熱い二人の側にいれば外でも問題ないよね~」

杏と茜が、それぞれ弁当を持って中庭に来た。

義之「あれ、小恋はどうした?」

杏「今、渉と一緒に飲み物を買いに行ってるわ。わたしたちは先に場所取りってわけ」

茜「それよりもさ~、義之くんも花穂ちゃんもどうしたのよ?二人で弁当箱を四つも開けちゃって」

やっぱり傍から見たら間抜けな光景なんだろうなぁ……。

義之「いや、今日はお互いに弁当を作ってきちゃってて……」

杏「あら、そうなの。心配いらないわ。今日は、渉も一緒に食べるって言ってたから」

義之「お、そっか。そりゃありがたい」

渉も来るんなら、この量は食べきれそうだ。

茜「みんなで食べればなくなるよ~」

義之「そうだな。花穂、いい?」

花穂「もちろん」

花穂もすっかり俺のクラスの奴らに溶け込んでいるのが、嬉しかった。

小恋「み、みんな~、大変だよ~!」

小恋と渉が来るのを待っていると、その本人が慌てた様子で中庭に走ってきた。

義之「どうした、小恋?」

渉「どうしたもこうしたもねぇよ!校門前で、事故が起きたらしいぜ!」

義之「事故?」

小恋「う、うん。パトカーも何台も来てるらしいよ」

渉「おい義之。行ってみようぜ?」

義之「あー……」

他のやつらに目配せしてみる。

杏「わたしは行かないわ」

真っ先に口を開いたのは杏。

茜「興味はあるけど、怖いかも……」

茜もパス。

小恋「二人が行かないんなら、わたしもやめとく」

小恋もそう言って断る。

義之「花穂は?」

花穂「んー……行ってみよっか?」

状況を見ておきたいと考えていた俺のことを見抜いたのか、賛成してくれる。

義之「じゃ、渉と花穂と一緒に行ってみるわ」

茜「後で様子教えてね~」

雪月花をその場において、外に出る。

義之「……う……」

渉「ひでぇ匂いだな……」

渉の言うとおり、辺りには焼けたゴムの匂いが充満していた。

地面には急ブレーキをかけたのだろう、生々しいタイヤの跡が残っている。

まゆき「はいはい、下がった下がった!」

エリカ「ここから先は立ち入り禁止ですわ!」

人だかりの中心には、電柱に直撃した跡のある車が一台。

事故現場付近では、まゆき先輩とムラサキが他の生徒を近づかないようにしていた。

車から少し離れた所では、ドライバーと思われる男が警官から質問をされているようだった。

警官の問いかけに、しきりに首をかしげる男の姿があった。

義之「危ないよな……」

まゆき先輩かムラサキと話すことが出来れば、事故の詳細を聞くことも出来るんだろうけど……あいにく二人とも、人だかりの中心だ。

義之「……いつまでもここにいても仕方ないな。腹も減ったし、戻ろうぜ」

渉「あ、あぁ……」

花穂「………」

現場の光景を最後に一瞥し、その場を後にした。



後からまゆき先輩から聞いたが、事故の原因はわからないそうだ。車を運転していた男も、首をかしげるだけで詳しい情報は手にはいらなかったのだとか。

まぁ、誰かが巻き込まれたということはないらしいから、とりあえずはよかった、と言える。

*          *          *

花穂「今日はどうするつもりなの、義之くん?」

義之「ん~、今回はだな……」

ぶっちゃけたところ、魔法について詳しい人に話を聞いてみるのが一番手っ取り早いんじゃないかと思っていた。

俺の知る中で一番魔法に詳しい人と言えば……。

義之(俺に魔法を教えてくれた、純一さんくらいしか思いつかないな……)

義之「今日は俺の知り合いに話を聞いてみようと思う。花穂は、どうする?」

花穂「わたしは、昨日お父さんとお母さんに明日は一日いっぱい義之くんに付き合うことにしたって伝えてきたから、大丈夫だよ」

うーん……できるなら、今日は俺一人で行きたかったんだけど……。でも、花穂の厚意を無下にするわけにもいかないな。

義之「わかった。花穂も、一緒に行くか」

花穂「うん!」

*          *          *

朝倉家に向かうんだから、必然的に俺の家に向かうことと同じになる。

義之(あ、考えてみたら、花穂が俺のうちに来るのこれが初めてだな)

……やばい。なんか、緊張してきた。でも、今から断るのも不自然だし、何より断る理由がない。

団地への分岐道まで来る。

義之「花穂、どうする?一旦自分のうちに帰る?」

花穂「うーん……そうしようかな?」

義之「わかった。なら、花穂の家まで付き合うよ」

花穂「え、いいの?」

義之「いいって。どうせこの後向かうところは俺の家の隣なんだし」

花穂「……そうなの?」

義之「ああ、生徒会長の音姉……えっと、朝倉音姫、いるだろ?あの人の祖父が、今回の目的の人」

花穂「ああ、朝倉先輩の……」

義之「だから、一度分かれちゃうと花穂、道わからなくなるだろ?だから、ついていくよ」

花穂「うん、わかったよ」

話は決まり、団地へと向かう。

*          *          *

花穂の支度が終わり、朝倉家へと向かう。

先ほどから、どことなく口数の少ない花穂の様子を見てみる。なんとなく、緊張しているのがわかった。

義之「そんなに緊張することないって、花穂」

花穂「う、うん。わかってはいるんだけど……でも……だって……」

言いよどむ。

義之「なにかまずいことあった?」

花穂「あの、朝倉先輩の祖父という事は、義之くんにとってもおじいちゃんみたいな人、ということだよね?」

義之「うーん、まぁ、そういうことになるのかな」

あんまりそういう風に意識したことはないけど。

花穂「ということはつまり、わたしにとってもその……」

そこでまた言葉に詰まる。

義之「花穂にとっても?」

花穂「……~~~しょ、将来の、祖父……ということに……」

………。

義之「はい?」

な、なにを言い出すんだ、この子はっ!!

当の本人は、言いながらみるみる顔を赤くして、俯いている。

義之「い、いや、それはまだ早いというかなんというか……」

俺もなんて答えたらいいんだっ!!

義之「あ~……その。とにかくさっ!そういうことは気にしないで大丈夫だって!」

花穂「そ、そうかなっ?そ、そうだよねっ!うんうん、そうだよねっ!」

自分を無理やり納得させたようで、しきりに頷いている。

ひと悶着ありながらも、朝倉家に到着する。

義之「………」

花穂が爆弾発言をしたせいで、俺まで緊張している。でも、このままでいるわけにもいかない。

とりあえずブザーを押す。

ぴんぽーん。

由夢「はーい」

やや間があって、由夢が出てくれる。

由夢「あれ、兄さん。……と、お客さん?どうしたんですか?こっちに来るなんて珍しいですね」

由夢も帰って来て間もないんだろう、制服姿だった。隣にいる花穂の姿を確認し、余所行きの顔で話してくる。

義之「ああ、純一さんに用があって来たんだ。いる?」

由夢「おじいちゃん?いますよ。上がってください」

促してくれる。

義之「ほら、花穂」

花穂「う、うんっ」

やはり緊張した様子であがる。

純一「おや、義之くん。いらっしゃい。どうかしたのか?」

居間では、純一さんがテレビを見ていた。

義之「ああ、はい」

さて、いざ花穂を連れて来たはいいけど、話の内容を花穂に聞かれるわけにはいかないんだよな。どうしたもんか。

純一「……おや。君は……」

純一さんが、俺の後ろにいる花穂に気づく。

義之「ああ、この人……」

純一「……ああ、そういうことか」

義之「え?」

俺が紹介する前に、なにかを納得したかのように頷く純一さん。もしかして、花穂のことを知ってるのか?

花穂の方に視線を移す。花穂自身も面食らっているようだった。

義之「純一さん、花穂を知ってるんですか?」

純一「ん?ああ、いや、なんでもないよ。名前、教えてくれるかな」

花穂「え、あ、は、初めましてっ!わたしは、桜木花穂といいますっ!」

固いままで、純一さんに挨拶をする。

純一「ん、初めまして。義之くんから、話は聞いてるかな。音姫と由夢の祖父の、純一だ。よろしく、花穂ちゃん」

花穂「は、はいっ!よろしくお願いしますっ!」

純一「それじゃ、由夢」

傍らにいた由夢を呼ぶ。

由夢「な、なに、おじいちゃん?」

純一「花穂ちゃんを連れて、部屋に行ってなさい。わたしは、義之くんと大事な話があるから」

由夢「え、で、でも」

義之「俺からも頼む、由夢」

正直、渡りに船だった。純一さんも、俺が聞きたいことは察していたのかもしれない。

由夢「……わかりました」

花穂も特に反対するでもなく、由夢についていく。

純一「ああ、それと花穂ちゃん」

花穂「は、はいっ」

純一「今夜は、義之くんのうちで晩御飯食べていきなさい」

花穂「え、でも……」

ちらっと、俺の方に視線を送る。

義之「そうだな、そうしたらいいんじゃないかな」

俺もそれに賛成する。

花穂「は、はい。わかりました。それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」

ぺこりとお辞儀をして、由夢と一緒に二階へと上がって行った。

純一「……さて、それで?義之くん。わたしになにか、聞きたいことがあるんだろう?」

義之「ああ、はい」

いくつか聞きたかったことを、純一さんに尋ねる。



しかし、俺の知りたい肝心なところはかわされたように感じられた。

*          *          *

純一さんとの話が終わると、空は少し暗くなり始めていた。

花穂「義之くん、どうだった?」

義之「うん、まぁ……得るものはあったといえばあったけど……」

花穂「そっか……」

俺のどこか濁した言い方に、あまり進展がなかったということを花穂も見抜いたのだろう。

義之「ま、別に急ぐようなことでもないだろ。それに、もしかしたら俺の考えすぎなだけかもしれないし」

花穂「うん、そだね」

芳乃家へと移る。とりあえずは、カバンを部屋に置いてくるかなぁ。

義之「花穂も、そのカバンを俺の部屋に置いてきなよ」

花穂「……え?」

いきなり硬直する花穂。

義之「どうかした?」

花穂「えっと……義之くんの、部屋?」

義之「……あ」

無意識のうちに、花穂に俺の部屋に来いよと言ってしまった。

義之「あ、別に、深い意味はないから!」

変に誤解されても困るので、そう言っておく。

花穂「う、うんっ、そうだよねっ!」

花穂もそれで強引に自分を納得させる。というか、花穂だって俺を私室に平気でいれたじゃん……。

部屋に花穂のカバンと俺のカバンを置き、居間へと下りる。

丁度そこに、音姉と由夢、それにさくらさんがいた。

さくら「あれ……?花穂ちゃん!?なんでここにいるの!?」

さくらさんが、驚きを隠そうともせずに聞いてくる。

花穂「え、えーと……よ、義之くん」

義之「さくらさん、花穂のこと知ってるんですか?」

さくら「う、うん。そりゃ、ボクは風見学園の理事長だからね。全校生徒の顔は一応知ってるよ」

義之「あ、そうか。そうですよね」

別にさくらさんが花穂のことを知っていても、別に不思議はないか。

さくら「……もしかして、花穂ちゃん、義之くんと……?」

恐る恐るといった風に、さくらさんが花穂に聞いている。その質問に対し花穂は、赤く顔を染めながら、控えめに頷く。

さくら「………」

なぜかそこで黙り込むさくらさん。

音姫「え、ええーっ!?やっぱり付き合ってるの?」

音姉が横から口を挟んでくる。

音姫「だってだって、ちょっと前は付き合ってないって言ってたじゃない!」

義之「あの後、いろいろとあったんだよ。な、花穂?」

花穂「はしょりすぎだよ、義之くん……」

俺の説明に呆れ気味にため息をつかれた。

由夢「わたしは、桜木さんと部屋にいるときに色々と話を聞かせてもらいましたから、知ってはいるんですけど……」

義之「い、色々と?」

ちらりと、花穂に視線を送る。

花穂「……」

あからさまに、視線を逸らされる。一体、何を話していたんだろう……。

さくら「………そっか。義之くん、花穂ちゃんと付き合ってるんだ。これも、何かの運命なのかもね……」

さくらさんはさくらさんで、ぼそぼそと独り言を言っている。さて、俺も料理作らなきゃな。

義之「音姉。今日は俺が作るから、ゆっくりしてていいよ」

音姫「え、そう?」

由夢「なにかっこつけてるんですか、兄さんは」

不機嫌そうに由夢がつぶやく。

義之「かっこなんてつけてないって。花穂も、ここでゆっくりしててよ」

花穂を、いつも俺が座っている場所の隣に促す。

花穂「今日は義之くんの番、てことだね」

さらりと、花穂が爆弾を投げつけてくださった。

音姫「え?今日は……ってどういう意味?」

義之「さ、さぁーやらなきゃなー!」

大きい声でごまかしながら、台所へと向かう。うう、花穂の家に行ったのは隠してたんだけどな……。これじゃ、後で問い詰め地獄に違いない……。

*          *          *

義之「あとは、煮込んで終わり、と」

目の前の鍋からは、食欲のそそるカレーの匂いが立ち上っている。

義之「………」

さて、どうしたものか。一旦居間に戻るのがセオリーなんだろうけど……正直、さっきの花穂の爆弾発言のおかげで、居間に顔を出すのが怖い。

もしかしたら台所に詰め寄ってくるかもとも思ったが、それが無かったぶん更に恐怖が上乗せされている。

義之「ここで待つ……それが最善の手段と見た」

ぐつぐつと煮えているカレーを前にいるのはそれはそれで空腹に響くものがあるのだが……音姉と由夢の追求に比べれば、なんのことはない。

義之「……」

ぐつぐつ、ぐつぐつ。

義之「…………」

ぐつぐつ、ぐつぐつ、ぐつぐつ。

義之「……そろそろいいかな」

時計で時間を確認。

カチッ。

コンロの火を止めて、皿に盛り付ける。

*          *          *

花穂「うわぁ~、おいしい!」

カレーを一口食べて、顔を綻ばせて喜んでくれる。

音姫「うんうん、さすがわたしの弟くんだよね」

なにがさすがなんだか。

さくら「にゃはは、義之くん特製カレーも、なんだか随分久しぶりに食べる気がするなー」

さくらさんも、笑顔で食べてくれる。今日は、おかしな様子はなさそうに見える。

由夢「でも、兄さんも水臭いですよね。彼女が出来たんなら、そう言ってくれればいいのに」

由夢は、ふてくされながらカレーを食べている。

義之「だって、彼女が出来たなんていったら二人ともうるさいだろ?だから、なるべくなら黙っておこうとだな……」

由夢「ふん、別にわたしには関係ないですけどね」

ご機嫌ななめだな、由夢の奴……。

音姫「でも弟くん、むやみに女の子の家に遊びに行くのはダメだからね?」

義之「別にいいじゃん、付き合ってるんだからさ」

音姫「そ、それとこれと話は別!」

花穂「お、音姫さん、そんなに怒らないでください。義之くんを家に誘ったのは、わたしなんですから」

由夢「桜木さん、あんまり油断しないほうがいいですよ。兄さん、けだものなんですからね」

義之「し、失礼なっ!こんなに紳士的な男はそんなにいないぞ!なぁ、花穂?」

花穂「ふふ、うん、そうだね。由夢さん、義之くんは紳士的な人だよ?」

由夢「桜木さんも、兄さんに毒されてしまったんですね……」

さくら「うんうん、仲がいいのはとっても素晴らしいことだよ」

花穂を交えての、なんだか久しぶりのような気のする賑やかな夕食時間。さくらさんも、笑ってくれている。

なんだか、今までうだうだと考えていたのが馬鹿らしくさえ思えてくる。

*          *          *

晩御飯を食べ終えて、みんなでお茶を飲む。

花穂「……あ、そういえば!」

何かを思い出したかのように両手をパン、とたたき、花穂が立ち上がる。

花穂「そういえば、みなさんに食べてもらおうと思って、持ってきていたものがあるんですよ。義之くん。ちょっと、部屋に入らせてもらうね」

義之「ん?ああ、それなら俺も行こうか?」

花穂「う、ううんっ!一人で大丈夫だからっ!義之くんはここで待ってて!」

一緒についていこうとした俺を制止し、ぱたぱたと二階へと上がっていく花穂。

由夢「なんだろ?デザートかな?」

音姫「うん、楽しみだねー」

由夢と音姉は気楽そうに話している。さくらさんはさくらさんでマイペースにお茶を飲んでるし。

義之(……せっかくだし、俺も和菓子を出してこようかな)

そう思い立ち、立ち上がる。

義之「やっぱり、花穂の様子を見てくるよ」

花穂の後を追い、二階へと上がる。

*          *          *

俺の部屋から、電気の明かりが漏れている。そのドアに手をかけたところで、俺の動きは止まった。

義之(……?)

隙間から、花穂の様子が見えた。それだけなら、別になんでもないのだが。花穂が何をしているのかというと……。

花穂「やっぱり、ケーキがいいかな……」

独り言をつぶやきながら、何も乗っていない紙皿に手をかざしている。目を閉じて、集中したかと思うと……。

義之「……!」

何も乗っていなかった紙皿の上に、イチゴのショートケーキが姿を現した。

花穂「……よし」

ぎい、と部屋のドアを開ける。

花穂「っ!よ、義之くん!」

義之「ごめん、花穂……」

驚いている花穂に、まずは謝る。

花穂「……もしかして、見てた?」

義之「ばっちりと見てしまいました」

俺がそう答えると、花穂は諦めたかのようにため息をつく。

花穂「うーん……まぁ、見られちゃったならしょうがないかな。別に、必死になって隠すほどのものでもないし」

姿勢を正して、テーブルに向き直る。

花穂「昔、ある人から教えてもらったものなんだけどね。わたし、手から洋菓子を出すことができるんだ」

そう言って、テーブルに置いてある紙皿に手をかざす。と、そこには先ほど出したショートケーキと同じものが出てくる。

花穂「こんなことが出来るのは普通じゃないと思って、隠してたんだけどね」

そう言い、寂しげな笑顔を浮かべる。

義之「……いや、普通だよ、花穂は」

花穂「え?」

自分の手を後ろに回す。

義之「俺だって、花穂と同じことができるんだから」

その手に桜餅を作り出し、前に戻す。

義之「ささ、どうぞ」

花穂「……え?」

話についていけないのか、きょとんとしている。

義之「まぁ、食べてみてよ」

俺がそういうと、とりあえずといった風に俺の手の上にある桜餅を、口に運ぶ。

花穂「……ん、おいしい」

そして一言、感想を述べる。

義之「俺だって出来るんだから、花穂は普通の女の子だよ。そんなに悲しそうな顔をしちゃだめだって」

花穂「……やっぱり、そう見えた?」

義之「見えた」

まぁ、なんとなく気持ちはわからなくもないけど。

花穂「……うん。ありがと、義之くん」

義之「お礼を言われることじゃないよ。それより、早く居間に戻ろう。さくらさんも、音姉も、由夢も、待ってるよ」

花穂「そうだね」

ケーキを持って、下へと降りる。

*          *          *

花穂「わたしが大好きなケーキ屋さんのショートケーキです」

わざわざ包み箱に一度入れて持ってきていて、そこから取り出す。

知ってる人側としては滑稽かもしれないけど、でもそれでいいよな。魔法が使える一族は、なにも朝倉家だけじゃないってことだろうし。

由夢「うわぁ~、おいしそう!」

音姫「本当にいいの、桜木さん?」

花穂「はい、気にせずにどうぞ」

音姫「それじゃ、いただきます」

音姉は恐縮しながら、由夢は特に遠慮もせず、さくらさんはそんな俺たちの様子を見守りながら、ケーキに口をつける。

由夢「うわぁ、おいしいです、桜木さん!」

まず、由夢がそう感想を述べる。

花穂「ありがとう、由夢さん」

音姫「うん、本当においしいー」

音姉も絶賛。

義之「じゃ、俺も食べようかな」

花穂が出してくれたケーキに俺も口をつける。

義之「ん、うまい!」

花穂の魔法も俺が使えるものと基本は変わらないと考えるのなら、味なども想像して作るはずだ。

その実物がおいしいのだから、きっと花穂も頑張ったに違いない。

音姫「ねぇ、桜木さん。これ、どこで売ってるのか教えてくれないかな?」

花穂「それは……き、企業秘密です」

苦し紛れにそうごまかす。

音姫「えー、いいじゃない、教えてくれてもー」

花穂「そ、そんなこと言われても……」

困ったように視線をこっちに移してくる。……なんて言ったらいいんだ?この場合。

さくら「音姫ちゃん、本人が言いたくないっていってるんだから、詮索はしないほうがいいと思うな、ボクは」

なんてフォローしようか考えていると、さくらさんがフォローしてくれた。

さくら「このケーキ、すごくおいしいし、ボクもできるなら教えてほしいなーって思うけど、花穂ちゃんが言いたくないっていうんなら、聞かないであげた方がいいよ」

おお、さすがはさくらさん。音姉をうまく説得してくれてるぞ。

音姫「うー……わかりました……」

落ち込みながらも納得する音姉。でも、こればっかりは仕方ないよな。

*          *          *

花穂「それじゃあ、わたしはそろそろ帰りますね」

時刻は8時を回った頃。花穂が立ち上がり、そう言った。

義之「俺、花穂を送っていきます」

音姫「うん、気をつけてね、弟くん」

由夢「桜木さんも、気をつけてくださいね。主に、兄さんに関しては」

義之「まだ言うか」

さくら「義之くん」

義之「なんですか、さくらさん?」

さくら「帰ってきたら、ちょっと話したいことがあるんだ。だから、あんまり遅くならないでね」

話?……なんだろう?

義之「はい、わかりました」

三人の見送りを背に、花穂と外に出る。

義之「うー、夜になると一層冷えるなー」

身震いしながら、白い息を吐く。

花穂「そうだねー」

花穂と他愛ない話をしながら、通学路の分かれ道までやってくる。

義之「できるなら花穂の家まで行きたいけど、さくらさんが待ってるから、ここでな」

花穂「うん、わかった。義之くん、また明日ね」

花穂の後ろ姿を見送り、見えなくなったところで踵を返す。

家に到着する。音姉と由夢ももう帰ったようだった。

義之「ただいまー、さくらさん」

さくら「うん、おかえり、義之くん」

さくらさんの正面に座る。

義之「それで、話ってなんですか?」

さくら「……うん。その前に、ちょっとだけいいかな?」

さくらさんはいつになく真面目な顔で話す。

義之「……はい」

その姿を見て、俺も姿勢を正す。

さくら「義之くんは……花穂ちゃんと付き合い始めたのは、いつから?」

義之「えっと……夏休み最終日からだから、一週間とちょっと前からです」

さくら「そうなんだ……。きっかけとかは、なにかあるの?」

義之「きっかけ、ですか。それなら、これですよ」

さくらさんにも、腕にくくりつけたアクセサリーを見せる。

さくら「………これを、どこで?」

そのアクセサリーを見て思案顔になり、更に聞いてくる。

義之「それが……覚えてないんですよ。どこで買ったのかは」

それは、未だに思い出せないでいた。

義之「でも、これがきっかけだったって言うのはしっかりと覚えてます」

さくら「………」

俺の話を聞いたさくらさんがまたも考え込む。これ、そんなに珍しいものなのかな?

さくら「……そっか。うん、わかった。それじゃ、本題。義之くんは……花穂ちゃんのこと、好き?」

義之「……え?」

さくら「あぁ、あらかじめ言っておくけど、からかうとか、そんなつもりはないの。ただ、義之くんの気持ちを、聞いておきたいと思っただけ」

義之「………」

さくらさんの眼差しは、真剣そのものだった。

義之「……はい。俺は、花穂のこと、好きです」

さくら「……そっか。なら、ボクがどうこう言うことじゃないね」

真面目な顔をしていたさくらさんの顔に、笑みが差す。

さくら「ひとつだけ、ボクに約束してくれるかな?」

義之「なんですか?」

さくら「花穂ちゃんと付き合っていって、たとえ何があっても後悔しないで欲しいんだ」

……どういう意味、だろう?

さくら「変な意味じゃないよ。ただ、それだけ約束して」

義之「……はい、わかりました」

さくらさんの言葉がどういう意味を持っているのかはわからないが、俺は何があっても絶対に後悔はしない。それだけは断言できる。

さくら「うん、ありがと。さーてと、それじゃボクはもう寝ようかな。明日も早いし」

義之「おやすみなさい、さくらさん」

さくら「うん、おやすみ、義之くん」

さくらさんは満足そうな笑みを浮かべて、寝床へと向かっていった。

さくら「……これで、ボクも安心していけるよ」

最後に、俺には聞き取れない声で何かを呟いていた。

                                         1月20日(木)

朝。目を覚まして、朝ごはんを作ろうと台所へと向かう。

義之「朝だから、軽めに……と?」

居間に入ったところで、テーブルの上に一枚のメモ紙があるのを見つけた。さくらさんかな?

紙を手にとって読む。

『ちょっとやることがあるので、出かけます。しばらく戻って来れないかもしれないけど、心配しないでね。
 音姫ちゃんや、由夢ちゃんにもよろしく言っておいてください。   さくら』

義之「……やること、か」

また、島内を走り回ってるのだろうか?まぁさくらさんのことだ。心配はいらないだろう。

由夢「兄さ~ん……よかった~。もうおなか減っちゃって……朝ごはん食べさせて~」

朝ごはんの準備をしていると、脱力しきった由夢が台所に現れる。

義之「音姉はどうしたんだ?」

由夢「お姉ちゃんなら、なんだかやることがあるとか言って先に行っちゃったけど?」

音姉もやることがある、か。

義之「なんだか音姉もさくらさんも忙しそうだな。わかった、そしたら由夢の分だけでいいんだな」

由夢「ありがと~」

朝ごはんが食べられると安心したのか、居間へと戻っていく。

*          *          *

音姉がいないから、由夢と二人の登校。

由夢「さくらさんもいないなんて、一体どうしたんだろうね」

義之「さぁな」

由夢の問いに、曖昧に答える。昨日のさくらさんの話は……まだ、黙っておいた方がいいな。どうにも意味深だったし。

時間を置いて、このことが忘れ去られた頃にでもなんとなく話すことにしよう。

団地の分かれ道に到着。花穂の姿はなかった。

由夢「桜木さん、いないね」

義之「うん。まぁ、今日はいつもより遅くなったから、先に行ったのかもしれないな」

分かれ道の向こうの団地を眺め、学校へと向かう。

*          *          *

玄関で由夢と別れ、教室へと向かう。

渉「おう義之、オハヨー」

渉が話しかけてくる。

義之「おう、おはよう。花穂、見なかった?」

渉「桜木?いや、見てねぇけど?」

まだ来てないのか?それとも……。

*          *          *

昼休みになる。しかし、花穂は姿を現さなかった。

渉「おーい義之。桜木来ないんなら、学食行こうぜ」

渉が誘ってくる。その隣には、杉並もいた。

義之「杉並も一緒か。なんか久しぶりじゃないか?」

杉並「ふむ。俺も最近は何かと忙しかったからな。だが、今日は昼に時間が取れたから、一緒に飯でも食おうというわけだ。俺がいなくて、桜内も寂しかったろう?」

義之「言ってろ」

忙しかった……か。もしかして、杉並は杉並で事件のことを調べてたのかな?後で聞いてみるかな。

義之「悪いけど、先に行っててくれないか?俺は花穂のクラスに顔出してみるわ」

渉「りょーかい。席は取っておくぞ」

義之「すまん、頼む」

渉、杉並と別れて、花穂のクラスに向かう。

ななか「あ、義之くん」

クラスの前まで来ると、ななかと鉢合わせた。

義之「ななか、ちょうどよかった。花穂、いる?」

ななか「桜木さん、今日はお休みだってさ。体調崩したのかな?」

義之「休み?」

昨日の夜は元気だったのに……?

義之「そっか、わかった。ありがとな、ななか」

ななかに礼を言って、俺も学食へと向かう。

*          *          *

放課後、学校を出て真っ直ぐ花穂の家へと向かう。

ピンポーン。

数秒遅れて、花穂が出てきてくれる。

花穂「はい……あ、義之くん」

義之「大丈夫なのか、花穂?」

ドアから覗き込んできた花穂の顔は、元気がなかった。

花穂「え?……あ、うん、大丈夫。せっかく来たんだし、上がっていく?」

少しだけ開けていたドアをさらに開き、俺を中に招き入れる。

義之「体調は大丈夫?」

花穂「うん、大丈夫だよ」

俺を椅子に座らせて、コーヒーを出してくれる。

義之「どうして、今日は学校を休んだの?」

花穂「ん、うん……ちょっとね」

答えたくないことなのか、明らかに濁していた。

義之「答えたくないんなら……無理には聞かないけど」

花穂「ねぇ、義之くん。また、わたしの話を聞いてくれる?」

傍らに置いてあった皿にいくつかクッキーを手から出し、おもむろに花穂は口を開いた。こうしてお菓子を出すってことは、長くなるってことかな?

花穂「あ、わたしのことなら気にしないで、食べていいよ」

義之「あ、ああ」

そういわれながらも若干遠慮がちに、そのクッキーに口をつける。

花穂「前に、わたしの後見人みたいな人がいるって話、したことあったよね?」

義之「ああ、自分のことはあまり口外しないでくれって言われてるとか言ってたな」

花穂「うん、その人のことなんだけどね……やっぱり、義之くんには話しておいた方がいいと思って」

義之「え?」

もしかして、その人って俺にも関係のある人なのか?

花穂「今朝、その人がわたしのうちに来たの。そして、しばらくは会えなくなるかもしれないって、それだけ言い残して行っちゃったんだけど……」

義之「……今朝?」

さくらさんがやることがあるといって姿を消したのも、今朝だ。……もしかして?

義之「その人って……さくらさん?」

花穂「やっぱり、わかっちゃうよね。うん、そうだよ。なんでかはわからないけど、さくらさんは周りの人に知られるのを避けてたみたい。今日は、それで色々考えたいから休んだの」

義之「……うーん」

なんだか気になってきたな。さくらさん、一体何をやってるんだろう?

義之「あー、そういえば」

ずっと前のことだったから忘れてたけど。

義之「花穂、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

花穂「何?」

義之「クリパの日の夜、花穂、枯れない桜の木の前にいたよね?」

花穂「えっ?」

いきなり話が変わり、花穂は意表を突かれたようだった。

義之「あー……、ごめん。盗み見るつもりはなかったんだけど」

花穂「あ、いや、別に怒ってるとかってわけじゃないよ。ただ……そっか。あの時のわたし、見られてたんだ……」

そういうと、花穂は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

義之「あの時、何やってたの?」

花穂「……うん。別に隠すようなことじゃないんだけど……。恥ずかしいかな……ちょっと」

恥ずかしい?

花穂「実は……あの日、わたしの誕生日だったの。だから、毎年12月24日にはあそこにいってるんだ。わたしの記憶の一番底にある場所は、あそこだから」

義之「誕生日……か。でも、その日以前の記憶がないのに、誕生日は覚えてたんだ?」

俺は、自分の誕生日は覚えてない。

花穂「ううん、覚えてたわけじゃないよ。この事を話すなら、ちょっと長くなるけど……いい?」

義之「うん、いいよ」

俺が頷くと、花穂はゆっくりと話し始めた。

花穂「わたしが、両親に出会ったのは、12月8日だったんだ。で、当時わたしの記憶はなんにもなくって、当然のように警察に連れて行かれたの。

   それで、わたしの本当の両親を探してくれたんだけど……。結局、見つからなくて。

   それで孤児院に引き渡されたんだけど、それからすぐにお父さんとお母さんが、わたしを引き取ってくれたんだ」

義之「………」

花穂「それが、12月24日。お父さんとお母さんが、そうだって決めてくれたの。

   最初は、わたしと初めて会った8日とどっちがいいのかって考えてたんだけど、わたしが桜木の子になったのが24日だから、その日を誕生日にしよう、って」

義之「……そっか」

大変だったんだな、花穂も。

花穂「でも、なんで急にそんな前のことを持ち出したの?」

義之「いや、ふと思い出しただけだよ。別に、深い意味はないって」

それにしても……花穂が両親と出会った日が、12月8日、か。日にちまで、俺がさくらさんと出会った日と同じなんて。

*          *          *

義之「じゃ俺、そろそろ帰るな」

花穂「うん。ごめんね、心配掛けちゃって」

義之「いや、花穂がとりあえず元気でよかったよ。明日は、学校来いよ」

手を振って、花穂の家を後にする。

義之(音姉、帰って来てるかな……)

早足で歩き、家に着く。

由夢「あ、兄さんお帰り」

家の中にいるのは、由夢だけだった。

義之「……音姉は?」

由夢「まだ、帰って来てないけど……」

義之「帰って来てない……か。わかった」

さくらさんも心配だが、音姉も心配だ。二人とも、一体どうしたっていうんだろう?



結局今日、音姉は顔を見せなかった。

                                         1月21日(金)

翌日の朝。

由夢「おはよ~、兄さん」

今日も、由夢ひとりだけだった。

義之「……なんか聞かなくてもわかりそうだけど、音姉は?」

由夢「うん……今日も先に学校に行っちゃった」

もしかしなくても、俺、音姉に避けられてる?

由夢「兄さん、お姉ちゃんに嫌われるようなことでもしたんじゃないの?」

義之「う~ん、正直全く身に覚えはないんだけどなぁ」

由夢と話しながら、朝ご飯を食卓に並べる。

由夢「なんか、お姉ちゃんもさくらさんもいなかったらこの食卓も寂しいね」

ご飯を食べながら、由夢がつぶやく。

義之「ん、大丈夫だろ。二人とも、案外明日にはけろっと姿を現すかもしれないし」

気休めを言う。

由夢「……うん、そうだよね」

由夢も、なんとなく頷いた。

*          *          *

放課後。

義之「杉並。ちょっと時間、いいか?」

杉並「ん?どうした、桜内。お前の方から声を掛けてくるとは、珍しいではないか」

義之「まぁまぁ、いいだろ。ここじゃ話しにくいから、場所を変えよう」

杉並を連れ立って、屋上へと出る。

義之「ここなら、誰かに聞かれる心配もないな」

杉並「いやん、一体なんの話をするつもり?」

義之「前にお前から聞いた話のことだ」

杉並「前に、と言うと……不可解な事件のことか?」

途端、杉並の顔が真面目になる。

義之「ああ、そうだ。昨日の朝からさくらさんがやることがあるからって出かけてるんだ。杉並、さくらさんがどこにいったのかって知らないか?」

杉並「それは、島内の不可解な事件とは関係のあることなのか?」

義之「関係あるかどうかはまだはっきりしないけど、俺の考えでは多分関係してる」

杉並「……ふむ。これは桜内から何か言ってくるまでは黙っておこうと思ったのだが」

すっきりしないと言うような表情で、考え込むように言う。

義之「なにか、あったのか?」

杉並「これは先日入ってきたばかりの情報なのだが……学園長かどうかは定かではないのだが、枯れない桜の木の前に金髪のショートヘアの女性が姿を現したそうだ。

   そして桜の木がざわ、と揺らめいたかと思うと、その女性の姿が忽然と姿を消していた、と」

義之「……それで?」

杉並「入ってきた情報はこれだけだ。それが一体何を意味しているのかは俺にもわからないが、桜内。この件、思ったよりも複雑そうだ。

   これ以上首を突っ込む気であるのなら、気をつけたほうがいい。どうも、嫌な予感がしてならん」

義之「そっか、わかった。サンキュ、杉並」

俺では調べきれないことを教えてくれる杉並に、お礼を言う。

杉並「おい、桜内」

義之「ん?」

杉並「……まぁ、その、なんだ。がんばれよ」

義之「………。……ああ」

杉並の一言に励まされ、もう少しだけ頑張ってみようという気がわいてきた。

                                         1月22日(土)

今日は誰にも起こされなかったため、昼過ぎまで寝てしまった。

居間に下りる。当然、誰もいない。

義之「音姉はともかくとして……由夢もいないのか」

この家に一人というのが、なんだか不思議だった。考えてみたら、俺一人っていうのはあまりなかったんだな。

義之「……とりあえず、飯でも作るか」

この時間では、朝飯というよりは昼飯になる。

義之(由夢は、昼飯食えたのかな?)

音姉の様子がここ最近おかしかったから、ご飯も一人で用意しなきゃならないだろうし、ちょっと心配だ。

と、その時、家の扉が開かれる音が聞こえてきた。

由夢「……あ、兄さん」

音姫「………」

玄関には、由夢と音姉がいた。二人とも、なんだか元気がなかった。

由夢「ご、ご飯食べに来たんだ」

沈黙を破り、由夢が口を開く。

義之「あ、ああ。そんなとこにいないで、上がりなよ」

元気のない二人を上がらせる。

由夢「う、うん。ほら、お姉ちゃん、行こ」

二人が上がったのを確認し、台所に向かう。

昼ご飯の用意が終わり、食卓に並べる。

音姫「………」

由夢「………」

なぜか二人とも沈黙。

義之「どうしたんだよ。音姉も、由夢も、様子おかしいぞ」

ご飯を食べながら、二人に聞いてみる。しかし二人とも、口を開こうとしない。ご飯にも手をつけずに、ただ黙りこくっていた。

音姫「……ごめん、弟くん。わたし、食欲ないからやっぱり帰るね……」

唐突に、音姉がそう言って立ち上がる。

義之「え?だ、大丈夫か、音姉?具合悪いんなら、休んだ方がいいよ?」

音姫「うん……わかってる。……ありがとう、弟くん……」

やはり元気のない声で答える音姉。……それに、今の『ありがとう』にはもっと別の意味も含められていたように聞こえた。

義之「……音姉、なんか更に元気が無くなってるな」

音姉を見送って、食卓に戻りながら由夢に話しかける。

由夢「うん……そうだね……」

由夢は由夢で、どこか上の空だった。

義之「おいおい、由夢まで具合悪いなんて言い出すんじゃないだろうな?」

由夢「……え?いや、そんなことはないけど」

自分に話しかけられているということにようやく気付いたのか、はっとしながら俺の質問に答えてくる。

義之「なにかあったのか、由夢?音姉も由夢も、様子がおかしいぞ」

由夢「……そりゃあんなことを知っちゃったら、元気も無くなるよ……」

由夢がボソッと、俺に聞こえない声で呟く。

義之「ん?なんか言ったか?」

由夢「ううん、なんでもない」

それだけ答えると、由夢は黙々とご飯を食べ始めた。俺も、由夢に続くようにご飯を食べ始める。

食卓には、音姉の分のご飯が置かれたままだった。

                                         1月23日(日)

今日は、なぜか朝早くに目が覚めた。部屋のカーテンを開ける。空は青く晴れ渡っていた。

義之「ん~、いい天気だな」

大きく伸びをする。昨日はあまり天気がよくなくて調べられなかったが、今日は気持ちよく調べることが出来そうだった。

居間に向かう。当然というのもおかしいかもしれないが、誰もいなかった。

義之「とりあえず飯食ってからだな……」

出かける時間になっても音姉も由夢も来なかったら、メモだけは置いておこう。


結果から言うと、二人とも芳乃家には顔を出さなかった。俺が戸締りをして外に出ると、窓から音姉の姿が確認できた。

音姉は俺の姿を確認すると、すぐに姿を消してしまった。

義之「……はぁ~」

俺、本当になんもやってないのか?なんだか、自分に自信がなくなってきたぞ……。

とりあえず音姉の方は後から追求することにし、商店街へと向かう。

*          *          *

少し前までは多く起こっていた事件も、最近は落ち着いているようだった。商店街は平和そのものだ。

義之「やっぱり、俺の考えすぎだったのかな?」

独り言を呟く。

一通り回ってみたが、やはり平和そのものだった。商店街を後にする。

義之「学校にでも行ってみるかな」

学校へと足を向ける。

グラウンドでは、陸上部が練習をしているようだった。

義之「まゆき先輩に捕まる前に退散、と」

学校でも特に事件などは起きていないようだった。

時刻はお昼過ぎになる。

義之「さて、どうするかな」

そういえばと、思い出す。

義之(花穂は今、なにやってるのかな?)

なんとはなしに団地へと足を向ける。

桜木家の表札を見ながら、ブザーを押す。

………。

応答なし。

義之「いないのか……」

少し残念に思いながらも、その場を後にする。

義之(墓参りにでも行ってるのかな?)

一人色々なことを考えながら、桜公園へと足を向けた。

義之「……?」

そこで、なにか違和感を覚えた。虫の知らせ、とでもいうのだろうか。妙な胸騒ぎがして、桜公園の奥、枯れない桜の木に足早に向かった。

義之「………」

そこには、枯れない桜の木に手を付き、力なく膝をついた花穂がいた。

義之「……花穂?」

近づいて、話しかける。

花穂「……よ、義之……くん……」

花穂は泣いていたのだろうか、真っ赤な目を俺に向ける。

義之「どうかしたのか?」

花穂「……あ、あの……」

よろよろと、木に手を付いたまま危なげに立ち上がる。

花穂「どうかしたって言うわけじゃ……ないんだけど……。なんだか、この桜の木に来なきゃならないような気がして、ずっとここにいたの……。

   さくらさんの声が、この桜の木から聞こえたような気がして……」

義之「この桜の木から、さくらさんの声が……?」

先日に聞いた、杉並の言葉を思い出す。

杉並『これは先日入ってきたばかりの情報なのだが……学園長かどうかは定かではないのだが、枯れない桜の木の前に短い金髪の女性が姿を現したそうだ。

   そして桜の木がざわ、と揺らめいたかと思うと、その女性の姿が忽然と姿を消していた、と』

義之「………」

やっぱり、間違いない。杉並が言っていた人は、さくらさんだったんだ。

義之「……花穂」

桜の木に付いていた花穂の手に、俺自身の手を重ね合わせた。

花穂「……よ、義之くん……?」

少しずつ、意識が薄れていくのを感じた。花穂もそれは同じようで、俺たちは眠るようにその場に膝をついた。

*          *          *

………。

気がつくと、花穂と二人で桜の木の元に立っていた。時刻は昼間だったはずなのに、空は夜のように暗かった。

さくら「……二人とも、こんばんは」

俺と花穂の背後から、声が聞こえてきた。振り向くと、さくらさんが桜の木に手をついて立っていた。

義之「さくらさん……」

聞きたいことはたくさんあったはずなのに、言葉が出てこなかった。

花穂「さくらさん。これは、夢……なんですか?」

俺が黙っていると、隣に立っていた花穂がそう尋ねる。

さくら「……うん、そうだよ。これは、ボクの夢」

目を閉じ、ゆっくりとそう答えてくれる。

さくら「キミたちに、話さなきゃならないことがいっぱいあるんだ。長くなりそうだけど……聞いてくれるかな?」

俺と花穂は顔を合わせると、二人一緒に頷いた。

さくら「まず最初に……ごめんなさい。今、初音島で起こってる不可解な事件は、全部ボクのせいなんだ」

義之「………」

関わりがあるだろうとは思っていたが、さくらさんは自分が原因そのものだと言って来た。

さくら「枯れない桜……。昔にも咲いていた枯れない桜は、二人とも知ってるよね?あれは、本当に人の願いを叶える力があったんだ。

    正真正銘の、魔法の木。人が人を大切に想う力を集めて、困ってる人の為に奇跡を起こす。

    願えば叶う、祈れば通じる……一人一人のちからは足りなくても、たくさんの心があれば、みんなハッピーになれる!

    …………そんな夢みたいな桜の木があったの。でも……、その桜は枯れちゃった。ううん、枯らしちゃった人がいるんだ」

さくらさんはどこか悲しそうな、遠い目をしていた。

さくら「魔法の桜にはね、致命的な欠陥……コンピュータ的な表現を使うなら、バグがあったんだ。だから、枯らさないといけなかった。

    そもそも、そんな力は間違ってるかもしれないね。願えば叶うなんて、夢みたいなものだもんね。でもね、ボクは……そんな夢があってもいいんじゃないかなって思ったんだ。

    世の中には、本当に困ってる人がいる。だから、そんな人たちの助けに……力になれればいいって。

    バグを直せば……ちゃんと正しく動作するようにすれば、きっとみんな幸せになれると、そう思ったんだ。

    だから、ボクはアメリカでずっと……この『魔法の桜』の研究をしていた」

さくらさんは一呼吸起き、自分の側に力強く根付いている桜の木を見上げた。

さくら「……でもね。そうやってボクがこの桜の研究を続けている間にも、外の世界ではどんどんと時間が流れていっちゃってて……

    ボク一人が取り残されたような、そんな孤独感に襲われたんだ。ボクの大好きだった人たちはどんどん結婚して、子供を作って幸せになっていくのに……

    ボクは一体、いつまで独りぼっちなのかな……って」

義之「………」

花穂「………」

俺と花穂は、静かにさくらさんの話に聞き入る。

さくら「そしてね、本当はいけないことだったんだけど……。アメリカで作ったこのサンプルを、この初音島に持ち帰ってきて。願ったんだ。

    ボクにも家族が欲しいです……って。『もしかしたらあったかもしれない現在の、もうひとつの可能性を見せてください』って、そう願ったの。

    そして、その願いから生まれたのが……」

そこでさくらさんは言葉を区切る。ここまで話を聞けば、おおよその予想はつく。

義之「俺と花穂……ってこと?」

さくら「……ちょっとだけ違う、かな。確かに、結果としてキミたち二人が生まれたんだけど、ね」

慎重に、言葉を選んでいるようだった。

さくら「ボクのその願いから生まれたのは、義之くん。キミだけだよ」

花穂「………じゃあ、わたしは?」

花穂が、疑問を口にする。

さくら「花穂ちゃんは、ね。この不完全な桜の木の力の、副作用によるもの。ボクが、この桜に願った時に、その副作用によって生まれた子。

    義之くんが生まれる過程で、どこかでバグが起こって……花穂ちゃんが、生まれたの」

花穂「……バグ?」

さくら「うん、そう……。ボクの願いは、奇跡としてはとてつもなく大きなものだった。本来なら、絶対に不可能だった願い。

    それを叶えるために、この桜の木は、奇跡を起こそうと、頑張ってくれたの。あまりいい例とはいえないけれど……

    何かを作り上げる時に出てくる、副産物ってあるでしょう?花穂ちゃんは、それに当たるの」

花穂「………」

さくらさんの言葉を受けて、押し黙る花穂。

さくら「キミたち二人は……この桜の木が起こした、奇跡。本来は、この世界に存在しない人間。この桜の魔法が届く範囲しか、存在できないの」

目を閉じ、何かを堪えるように淡々と語る。

さくら「…………でもね。この桜は、昔のオリジナルとは違う。願いを叶えるルーチンが不完全だったんだ。

    純粋で、ささやかな願いだけじゃなく……誰の、どんな願いでも無差別にかなえちゃう。それが、どんな汚れた願いであっても……」

………。そういうこと、だったのか。初音島で起こってる、不可解な事件の全ては、誰かが願ったものだったんだ。

さくら「最初は小さかったんだけど……この桜は、人々の夢を集めて、どんどん大きくなる。

    今まではボクが桜の木の力を制御してきていたんだけど……結局、抑え切れなくなっちゃって……。

    不幸な事件が起こるのを、一生懸命止めようとしたんだけど……ボクの力だけじゃ、防ぎきれなかった」

俯くさくらさんの目から、涙が零れ落ちる。

さくら「ゴメン……本当に、ゴメン……!全部、ボクのせいで……!今はまだ、小さな事故で済んでるけど……

    制御するものを失ったら、もっと多くの願いを無差別に叶え始めてしまう。

    そうなったら、大変なことになる。だから、この桜を枯らせなければいけないんだけど……。でも、それをしちゃったら、義之くんと花穂ちゃんは……っ!」

義之「………。もしかしてさくらさん。音姉は、そのことを?」

さくら「……うん。この島の人たちを助けるために、桜を枯らさなきゃならないと考えて、悩んでるんじゃないかな」

義之「………」

それで、納得がいった。最近の音姉の様子がおかしかったのは、こういうことがあったから、か。

これは、誰かに相談できるようなことじゃ、ないよな。

さくら「……ごめんね。全部、ボクが悪いんだ。ボクのわがままで、島の人たちに、迷惑をかけて。義之くんや、花穂ちゃんや、音姫ちゃんにも……。

    こんなに辛い思いをさせて……みんなを不幸にして……」

さくらさんが、嗚咽を漏らす。

さくら「……っ……ボクがっ……、余計なことさえ、しなければ……!」

余計なこと。……一体、なにが余計なことなんだ?確かに、島の人たちに迷惑はかけていたかもしれないけど……。

義之「さくらさん。……俺は、感謝してますよ」

花穂「……わたしも、です。さくらさん。わたしもっ……感謝してます」

花穂の、俺の手を握る力が強くなる。

義之「だって、俺と花穂は、さくらさんのおかげで存在できたんだから」

さくら「……う、うぅっ……!」

義之「幸せでした」

花穂「わ、わたしもっ……幸せ、でしたっ……」

花穂は、堪えきれずに泣き出していた。

さくら「義之くん……花穂ちゃん……」

義之「普通の人よりもずっと短い時間だったかもしれないけど。家族や、姉妹や、友達や……大切な人に出会えて本当によかったって思ってます。

   俺や、花穂に……こんなに大切な時間を与えてくれて、感謝してますよ」

万感の想いを込めて。

義之「……だから…………、ありがとう。母さん」

花穂「あ、ありがとう……お、お母さんっ……!」

花穂も、さくらさん……俺たちの、本当の意味での『お母さん』に、感謝の気持ちを伝える。

さくら「義之くん……花穂ちゃんっ……ありがとおぉ……っ」

とうとう堪えきれずに、両手で顔を押さえる。

義之「……今、音姉は、どうしてるんです?」

さくらさんを見守り、ようやく泣き止んだ頃。音姉のことを、聞いてみる。

さくら「音姫ちゃんは……今、悩んでると思う。この桜を、枯らせるべきか否か。ボクが、完全に制御できればよかったんだけど、それは無理だったから」

義之「……わかりました。それじゃ、俺と花穂は、そろそろ行かなきゃ。音姉に、そんな辛いことはさせられない」

これは、俺と、花穂の問題だ。音姉にそんな重い十字架を背負わせることなんて、ない。

さくら「そっか。もっと一緒にいたいけど……これ以上、わがままを言うわけにはいかないよね。さよなら……、義之くん、花穂ちゃん」

義之「ええ……、さようなら」

花穂「さようなら……お母さん」

俺と花穂のその言葉を最後に、視界が白く染まる。

*          *          *

桜の木を背もたれにし、俺たちは目を覚ました。

花穂「義之くん……」

花穂も目を覚ましたようで、俺の名前を読んでくる。

花穂「夢じゃ……なかったんだよね?」

確認するように問いかけてくる。

義之「いや……あれは夢だったよ。純粋な、一人の魔法使いが俺たちに見せた、夢」

花穂「……そっか。ねぇ、義之くん」

義之「なに?」

花穂「この桜……やっぱり、枯らさなきゃ、ダメなんだよね?」

義之「……ああ、そうだな。この桜の木が原因で、不可解な事件が起こってるんだ。それにこのまま置いておいても、いずれ音姉が決心して枯らしに来ると思う。

   俺は音姉にそんな辛い思いはさせたくない。……この桜を枯らせるってことは……俺と花穂は、この世界から弾かれる事になるけど……花穂は、それでもいい?」

我ながら、最低なことを言ってる、と思う。だって、この桜を枯らせるってことは、花穂が死ぬって事と同義だ。

それに、俺だって死ぬのと同じ。

花穂「義之くんが決めたことなら……わたしは、それに従うだけだよ」

義之「……そっか」

花穂「でも、未練がましいと思われるかも知れないけど……。明日。最後に、学園生活を楽しんで、それからでも……いいかな?」

義之「……ああ、そうだな」

俺も、今すぐは決心がつきそうになかった。それに、学校の奴らに最後のお別れをしなきゃならない。

花穂「それなら、そのことを伝えなきゃね」

花穂は立ち上がり、俺の手を引っ張る。そして桜の木から数歩離れたところで、振り返る。

花穂「今日と明日を二人にとってのこの世界での最後の一日とし、明日の夕方にこの桜の木を枯らせます」

それは、誓いだった。俺と花穂を、この世界に存在させてくれていた一人の魔法使いへの。俺と花穂の、お母さんへの。

花穂「……いこ、義之くん」

義之「ああ」

そして俺は、花穂と手をつなぎ、その場から立ち去る。

*          *          *

夜。今日は音姉と由夢に了承をもらって、花穂が俺の家に泊まりに来ていた。

二人は、俺と花穂のことをじっと見て、そしてゆっくりと頷き、花穂の宿泊を許してくれた。

……全部知ってるから、許してくれたんだろうな、音姉も、由夢も。

花穂「考えてみたらさ、義之くん」

義之「うん?」

俺の部屋、並んでベッドに腰掛けてお互いに無言だったが、不意に花穂が口を開いた。

花穂「わたしたち、正反対だったんだね」

義之「俺と、花穂が……ってこと?」

花穂「うん、そう。さくらさんは、わたしが副産物だって言ってた。それはつまり、義之くんが生まれるときに決められたことが、全部正反対でわたしに影響したってこと。

   義之くんは男で、友達も多くて、手から和菓子が出せて。それと反対に、わたしは女で、友達はいなくて、手から洋菓子が出せる」

義之「そうか……そういう風にも考えられるか」

花穂「でも……お互いに、惹かれあった」

義之「そうだな。正反対っていうことは、お互いに足りないものを補い合う関係だったのかもしれない」

花穂「……うん」

花穂は頷くと、ゆっくりと仰向けにベッドに倒れこんだ。

花穂「なんだろうな……なんだか、妙に心が穏やかなの。なんでかな?」

義之「……今まではっきりとしなかったことが、色々とはっきりしたからだろうな。俺も、随分と穏やかな気分だ」

花穂「もう、みんなとは会えなくなるんだよね……?」

義之「そうなるだろうな」

花穂「じゃあやっぱり、最後にお別れは必要だよね」

花穂はまた、涙を流していた。

義之「……ああ、そうだな」

その花穂の涙を拭ってやりながら、静かに頷く。

明日が、俺たちの最後の日だ―――

*          *          *

音姫「……ごめんなさい」

誰かの、謝る声。

音姫「ごめんなさい、おじいちゃん……。私……私、どうしても……!」

この声は……音姉、か。こんな時にこんな夢をみるなんて……。

純一「いいんだよ音姫。なにも泣くことなんかない」

微かにすすり泣く音姉をなだめるような、穏やかな純一さんの声。

音姫「だって……だって、私のせいで……」

純一「これはひどい孫娘がおったもんだな。まだ失敗すると決まったわけじゃないだろうに」

音姫「でもっ……!」

純一「信じなさい。お前のおじいちゃんは、そこまで弱くもオッチョコチョイでもないよ。それにね……」

純一さんの手が、音姉の頭をなでる。優しく、穏やかに。

純一「親ってのは、子供より先に死ぬもんだ。ましてや、孫だしな。おじいちゃんはもう、十分に生きたさ。

   たとえ失敗したところで、なにも後悔はない。それに、かわいい孫娘の頼みだしね。喜んで引き受けるよ」

純一さんは穏やかに笑ってみせる。

音姫「おじいちゃん…………!」

音姉はなにか言いたいのか、必死で声を出そうとする。しかし、嗚咽ばかりが漏れて言葉にならなかった。

純一「だけど、もしおじいちゃんが失敗した時は……わかるね?」

純一さんの声が、穏やかながらも真剣な声になる。

音姫「……はい」

純一さんの問いかけに、ゆっくりと音姉が頷く。その返事を聞き、純一さんは満足そうに目を細める。

純一「……さて、と。それじゃ、幼馴染の尻拭いに出かけるとしますかね。今度の仕事はずいぶん、かったるい仕事となりそうだけど」

茶化すように笑って、純一さんはゆっくりと歩き出す。その背中を、音姉は泣きながらずっと見送っていた。

                                         1月24日(月)

義之「……んん……」

腕の中に、温もりを感じる。

花穂「……すぅ……すぅ……」

俺の腕の中で、花穂が静かに寝息を立てていた。

花穂を起こさないように気をつけながら、上半身を起こしあげる。

義之「………」

今まで見ていた夢を思い出す。

義之(……あれは……、何を意味してるんだ?)

音姉と純一さんの、深刻そうな会話の内容。

純一『親ってのは、子供より先に死ぬもんだ。ましてや、孫だしな。おじいちゃんはもう、十分に生きたさ。

   たとえ失敗したところで、なにも後悔はない。それに、かわいい孫娘の頼みだしね。喜んで引き受けるよ』

純一『だけど、もしおじいちゃんが失敗した時は……わかるね?』

純一『……さて、と。それじゃ、幼馴染の尻拭いに出かけるとしますかね。今度の仕事はずいぶん、かったるい仕事となりそうだけど』

義之「………」

少し考えれば、何の話なのかはわかる。

義之「ん……?」

ふと、窓の外から視線を感じた。

音姫「………」

視線の主は、音姉だった。俺の部屋を真っ直ぐに見上げている。当然、俺と視線がぶつかった。

音姫「……弟くん……」

音姉の口元が、微かに動いたのがわかった。でも、何を言ったのかはわからない。少しの間沈黙し、そして音姉は朝倉家へと姿を消した。

花穂「……んぅ……」

音姉を見送って部屋に視線を戻すと、花穂が目を覚ましたようだった。

義之「おはよう、花穂」

花穂「あ、義之くん……。おはよう」

花穂も上半身を起こしあげる。

花穂「今日で……終わりに、するんだよね?」

確認するように、花穂がたずねる。

義之「……ああ。そのつもりだ」

嘘を言ってもどうしようもないので、正直に頷く。

花穂「……っ」

花穂が、俺の服の裾をぎゅっと握る。

義之「花穂?」

花穂「っ……ううん、なんでもない」

気丈にそういうと、いつもの調子を保つようにベッドから降りる。

花穂「さ、早くご飯食べて学校に行こ、義之くん。最後に遅刻なんかしちゃったら、締まらないでしょ?」

義之「ああ、そうだな」

花穂が気丈に振舞っているんだ。ここで俺がそんな花穂を気遣うのは失礼な気がした。

二人で、居間に降りる。当然、誰もいなかった。音姉も由夢も、気を遣ってくれているんだ。

朝の準備を済ませ、家を出る。

義之「ごめん、花穂。ちょっと、待っててくれる?」

花穂「え、うん」

花穂を置いて、朝倉家に寄る。

ピンポーン。

少しの間を置いて、純一さんが出てくる。

純一「ん、義之くんか。どうかしたかい?」

義之「あ、いえ……」

まだ、純一さんはいた。ということは、まだ行ってはいないということか?

義之「音姉と由夢は、まだいるんですか?」

純一「ん、あぁ。二人はもう行っちゃったよ」

義之「そうですか。わかりました」

純一「うん、いってらっしゃい」

一礼して、朝倉家を後にする。てっきり今朝の夢は音姉のものだと思ってたんだけど……。

あの夢は多分、純一さんがさくらさんと同じことをするって話だと思ってた。でも、まだ純一さんはいたから、音姉の夢じゃないのだろうか……?

義之「おまたせ、花穂。それじゃ、行こうか」

頭の中で答えは出なかった。芳乃家の前で待っていた花穂に、声をかける。

花穂「うん」

花穂と一緒に、風見学園へ向けて歩き出す。

*          *          *

学園へと向かう途中に、由夢がいた。傍から見てもわかるほどボーっとしたまま、ゆっくりと学園へ向かって歩いていた。

義之「おーい、由夢」

由夢「っ!に、兄さん!」

俺が話しかけると、由夢はびくんと体を跳ねさせた。

由夢「………」

俺と花穂を見ると、由夢はもの悲しそうな顔をする。

義之「どうかしたのか、由夢?」

由夢「ううん……なんでもない。ごめんね、わたし、急ぐからっ……!」

話を中断し、由夢は走り去ってしまった。

花穂「義之くん……?」

義之「そっとしておこう」

俺の言葉に、花穂も頷いてくれる。

*          *          *

花穂「それじゃ義之くん。放課後に、また」

義之「ああ、わかった」

今日一日は、クラスで過ごすことに決めていた。俺も花穂も、最後の別れを済ませようと決めたことだった。

義之「おはよー」

がらっと教室の扉を開けて、みんなに挨拶する。

渉「おう、おはよー。てめぇ、今朝も桜木と見せつけながら登校してたな!」

早速渉が絡んでくる。

義之「あ?ああ、まぁ、俺たちラブラブだし」

最早否定することもなく、そう答える。

渉「くそぉ、妬ましい!俺も彼女欲しいぃぃ!」

いつも通りのやりとり。

小恋「おはよう、義之」

義之「おう、おはよう小恋」

杏「ふふ、来たわよ罪作りな男が」

茜「恋とは、こうも人を残酷にするんですなぁ」

続けて、雪月花が俺の席の近くまで来る。

義之「何の話だよ」

茜「いやぁ、今朝、朝倉姉妹が元気ないのを見かけたからさぁ。もしかして義之くんがなにかしたんじゃないのかってね」

杏「そしたら、今朝も桜木さんと二人でラブラブ登校してたっていうじゃないの。あんまり桜木さんとばかりいると由夢さんと音姫先輩が可哀想よ」

周りの人が見てもわかるくらい元気がないのか。これは……もう時間はなさそうだな。

茜「義之く~ん?」

義之「ん?」

茜「どうかしたの?なんか今、妙に真剣そうな顔してたけど……」

義之「あ、悪い。なんでもないよ」

茜「そう?それならいいけど」

危ない危ない。この事は誰にも悟られないようにしないとな。

杉並「おはよう、諸君!」

チャイム寸前に、杉並が姿を現した。

義之「ずいぶん遅かったな、杉並」

杉並「おう、同士か。いやなに、俺は俺で忙しいのだよ」

ふふん、と不敵に笑う杉並。こいつの方は、なにか新しい情報を手に入れたのだろうか?

杉並「桜内よ。昼休み、屋上で待っているぞ」

他の奴らに聞こえないように、耳打ちしてくる。

義之(……やっぱりなにか掴んだんだな)

まぁ、俺のほうからも言うことはあるし、ちょうどいい。

*          *          *

そして、昼休み。

渉「義之~、飯食いに行こうぜ~」

義之「悪い、渉。ちょっと、今日は後から行く」

渉「また桜木かぁ?」

義之「いや、今日は違う。とにかく、先に行っててくれ」

渉「え?あ、おう」

渉を置いて、屋上へと向かう。さっと教室内を見渡したが、すでに杉並の姿はなかった。先に屋上に出ているのだろうか?

屋上には、やはり杉並がすでに来ていた。

杉並「待っていたぞ、同士桜内」

義之「ああ。なんかわかったのか?」

杉並「ふむ。残念ながら、こちらの方は進展はなかった。だが、桜内よ。他の奴らの目はごまかせても、この俺の目はごまかせん」

いつになく真剣な、杉並の声。

杉並「桜内の中で、なにかひとつの決心が固まったと、俺は見るが?」

義之「……まぁ、確かに、俺の中ではもう決心はついているよ」

はっきりと、そう答えてやる。

杉並「……うむ、そうか」

真剣な表情で、それだけ答える。

義之「なぁ、杉並。ひとつ、頼みがあるんだけど」

杉並「ん?なんだ?」

義之「今回のこと……一通り終わったらさ、杉並なりの考えで構わないから記事を書いて欲しい」

杉並「……それは、本当にいいのか?」

義之「ああ。是非」

杉並「ふむ……なんとなく釈然としないが、同士の頼みだ。いいだろう」

義之「サンキュ、杉並」

杉並「なに、気にすることはない。俺自身、今回のことは記事にまとめておきたいと思っていたところだ。

   桜内がいいというのなら、遠慮なく書かせてもらうことにする」

これで、俺がこの世界に生きたということを残せる。

*          *          *

放課後。

義之「悪い、花穂。ちょっと、俺に付き合ってくれるか?」

花穂「うん、いいよ。これで最後、だしね」

俺の頭の中には、もう二つやることがあった。

義之「とりあえず、先に天枷だ」

二年の由夢と美夏のクラスへと向かう。

教室の近くまで行くと、由夢と鉢合わせる。

由夢「あっ……兄さん……」

義之「よ、由夢。天枷はいるか?」

由夢「え、天枷さん?ちょ、ちょっと待ってて」

由夢も俺や花穂とは極力目を合わさず、教室へと戻ってしまった。

花穂「天枷さんって人に用があるの?」

義之「ん、ちょっとな。野暮用だよ」

少し待つと、由夢が天枷を連れて出てきてくれた。

義之「悪いけど、由夢……」

由夢「あっ、ご、ごめんなさい兄さんっ!わ、わたしは用事があるので、先に帰ってますねっ!」

由夢は俺の言葉を遮って、自分の言いたいことだけ言うとそそくさと去っていった。

義之「……ま、結果オーライか」

美夏「なんだ、桜内。……それに……」

天枷が、俺の後ろにいる花穂を見て言葉に詰まる。

義之「ああ、いや、花穂は関係ない」

美夏「ん、そうなのか?」

義之「ああ。ちょっと、お前に頼みたいことがあるんだ」

美夏「美夏に頼みごとか?なんだ?」

義之「ああ。まぁ、機会があればでいいんだけど……。由夢にさ。俺が、ありがとうって言ってたって、伝えてくれないかな?」

美夏「ん??どうしてだ。お礼を言いたいんなら自分で言えばいいだろう?」

美夏が疑問を返してくるが、予想の範囲内だ。

義之「ああ、いや、だから、機会があればでいいんだ。それに、伝えることはその一言だけでもいい」

美夏「んー……?なんかよくわからんが、桜内が由夢にありがとうと言っていたと言う事を伝えればいいのだな?」

義之「ああ、そうだ」

美夏「なんだかよくわからんが、わかったぞ」

承諾してくれる。

義之「サンキュな、天枷。ほら、お礼のバナナだ」

カバンから一本のバナナを取り出す。

美夏「貴様……美夏を馬鹿にしているのか……?」

義之「いざという時のためだよ。ほら、いいから取っておけ」

美夏「むぅ……お礼といわれると断りづらいじゃないか……。しょうがない。受け取っておくとしよう」

渋々ながらバナナを受け取る。

義之「ん、それでいい。美夏も、ありがとな」

美夏「ん?あぁ、別に気にすることはない」

義之「じゃあな」

今のお礼の意図はわからくてもいい。ただの、俺の自己満足なんだから。

*          *          *

今度は、音姉のクラスに向かう。今度は、目的の人物にすぐに出会えた。

まゆき「おっ、弟くん。どうした?音姫になんか用?」

まゆき先輩だ。

義之「いや、音姉には用はないんですけど……。まゆき先輩に用があってきました」

まゆき「あたしに用事?ずいぶんと珍しいこともあったもんだね。で、何?」

義之「ええ。今度、機会があったら、音姉に伝えて欲しいことがあるんです。ただ、ひと言。ありがとう、って」

まゆき「ん~?なんだか意味不明なお願いだなぁ。音姫となんかあったの?」

義之「いえ、まぁ……色々と」

まゆき「色々と、ねぇ……。音姫の様子も最近はずっとおかしいし、プライベートなことならあたしも聞かないけどさぁ。

    でもそういうことは、本人が直接伝えた方がいいと思うけどな、あたしは」

まゆき先輩が、真顔でそう言ってくれる。

義之「ありがとうございます。もちろん、俺もそのつもりですけどね。でも、まゆき先輩からも伝えて欲しいです」

まゆき「ん~……なんかすっきりしない言い方だねぇ……。ま、わかったよ。その代わり、あたしからも一つ。音姫を泣かすような事だけはするなよ!」

笑顔で、まゆき先輩も承諾してくれる。

義之「なんだかまゆき先輩、音姉の彼氏みたいですね」

俺もつい苦笑する。

まゆき「おいおい、あたしも音姫も正常だっつの」

義之「ありがとうございます、まゆき先輩」

まゆき「おう」

手を振って、まゆき先輩と別れる。

*          *          *

義之「ありがと、花穂」

花穂「うん。……義之くんは、いいね。友達がたくさんいて」

義之「花穂はそんな俺の友達なんだからさ、俺の友達は、花穂の友達でもあるだろ?」

花穂「そう……なのかな?」

義之「そうだよ」

歩きながら、最後の他愛ない話をする。もう、やるべきことは全部やった。

これで……未練がないといったら嘘になるけど、安心だ。

*          *          *

桜の木の元に行く前に、花穂と二人で初音島を歩き回る。花穂との思い出をひとつひとつ、大切に思い出しながら。

芳乃家の手前、朝倉家近くまで来ると、話し声が聞こえてきた。

音姫「……ごめんなさい」

今朝の夢の、再現だった。

音姫「ごめんなさい、おじいちゃん……。私……私、どうしても……!」

音姉の、泣きながら謝る声だった。だとしたら、もう、時間がない。

義之「………。花穂」

花穂「……うん」

俺のその呼び声だけで、花穂は俺の意図を読み取ってくれたようだった。

そうして二人、音姉と純一さんを置いて桜の木の元へと足を運んだ。

*          *          *

夕陽が、桜の木を照らしていた。ひらひらと舞い落ちる桜の花びら。その木のすぐ側に、花穂と二人で立つ。

花穂「……義之くん。これ、持ってきてるよね?」

おもむろに、花穂が手の中にあるものを俺に見せてくる。それは、いつかどこかで買った白い花びらのアクセサリーだった。

義之「ああ、持ってきてるよ」

腕輪のようにつけていたピンクの花びらのアクセサリーを取り出す。

花穂「これをさ、この木に……ほら、こうやってつけておこうよ」

花穂は、それを桜の幹に引っ掛けていた。

花穂「この桜の木を枯らせても、木そのものが無くなるわけじゃないよね?だから、この木にわたしたちがこの世界に確かに存在したっていう証を、残そうよ」

義之「そうだな、いいアイデアだ」

花穂に習い、俺も桜の幹に引っ掛ける。

義之「………」

さて……。やらなきゃ、な。

桜の木に、そっと手のひらを当てる。ざわ、と木全体が揺らめいたように感じた。

目を閉じて、桜の木が枯れるイメージを頭の中に浮かべる。

桜の木に当てた手の甲に、そっと、暖かいものが触れた。目を開けると、そこには花穂の手が添えられていた。

花穂「義之くんひとりに、やらせない……」

穏やかに、花穂がそういった。その瞬間。風がないのに桜の木はざわめき。その花弁を、急速に散らせていく。

義之「……っ」

花弁が散っていくのに比例して、体が重くなっていくような感覚を覚える。

そして―――桜の木は、最後の一枚まで、その花弁を散らせた。

木から手を離し、その場に崩れるように座り込む。

義之「……大丈夫か、花穂?」

花穂「なんだろう……体が、重たいよ……義之くん」

花穂も、やはり一緒だった。

義之「……やったんだな。俺と花穂が、終わらせたんだ。これで、この島に取り巻いている、不可解な事件も終わる」

花穂「……そうだね」

義之「怖く、ないか?」

花穂「………」

俺のその問いに、花穂は押し黙る。

花穂「怖くないわけ……ないよ」

しかし、すぐに口を開いた。

花穂「でも……最後に、義之くんが側にいてくれるなら、怖いけど、なんだか安心感もある」

義之「……そっか」

次第に、視界も薄れていく。ああ、俺はこの世界から消えるんだな……。でも、これでよかったんだ。

花穂「最後に、これだけは言わせてね、義之くん。……ありがとう。わたしは、義之くんのことが、大好きだったよ―――

目尻に涙を溜めながら、精一杯に笑顔を浮かべて、花穂はこの世界から、その姿を消した。

義之「……ありがとう、花穂」

俺も最後に……これだけは願っておこうかな。桜の木はもう枯れてしまったけど、もしこの世界に本当の奇跡というものがあるのなら。

どうか、花穂だけでもこの世界に残してください……。

義之「俺はもう消えちまうけど、花穂だけは無事でいて欲しい―――

その言葉を最後に、俺の存在も消えていくのがわかった。



―――さようなら―――


Epirogue

………。

音姫「由夢ちゃん。一体こんなところに何の用?」

由夢「うーん……別に用事があるってわけじゃないんだけどね。夢で見ちゃったから、なんとなく気になっちゃって……」

音姫「え?」

由夢「ううん、なんでもない。ちょっと、この桜の木を見ておきたいなって思っただけ」

音姫「そうなの?」

由夢「うん。ちょっと前までは一年中咲いてたけど、いざ枯れちゃったとなったらなんだか物足りなくてさ。今日は卒業式だし、見ておくのも悪くないかなと思って」

音姫「卒業式?って、誰の?」

由夢「えっ?いや、だから……ほ、ほら、板橋さんとか、杉並さんとか、先輩の卒業式じゃない」

音姫「まぁ、一応そうだけど……。あれ?由夢ちゃん、これこれ」

由夢「どうかしたの、お姉ちゃん?」

音姫「ほら、これ。こんなところに、二つ、アクセサリーが掛けられてるよ」

由夢「あ、本当だ。誰かが、いたずらで掛けたのかな?」

音姫「うーん、どうだろうね。でも、二つが寄り添いあうようになってて、なんだか微笑ましいね」

由夢「あはは、そうだね。……あれ?なんかこのアクセサリー光ってない?」

音姫「えっ?」

由夢「ほら、こうやって手で影を作ったら……」

音姫「あ、本当だ」

由夢「なんだか面白いね。なにか、特別な仕掛けでもあるのかな?」

音姫「うーん……どうだろうね。そろそろ時間だし、いこ、由夢ちゃん」

由夢「え、もう?」

音姫「そろそろいかなきゃ遅刻になっちゃうよ?ほら、急ぐ急ぐ!」

由夢「んー……気になるんだけどな……まぁいっか」

………。

気がつくと、俺は桜の木に寄りかかって座っていた。俺の手には、暖かい温もりがあった。

花穂「義之くん……?」

義之「……花穂?」

二人、顔を見合わせる。

花穂「ど、どうして……?」

ふと、傍らに落ちていたアクセサリーが視界に入った。

義之「花穂。これ……」

花穂「え?……あ……」

花穂も、俺と同じ場所を見る。二つのアクセサリーは、粉々に砕け散っていた。

花穂「このアクセサリーが、わたしたちを助けてくれたのかな……?」

義之「……そうかもな」

花穂の問いに曖昧に答えながら、立ち上がる。ついさっきまで、この場所にいた姉妹の会話を思い出す。

義之「今日は、卒業式みたいだな。風見学園の」

花穂「うん、そうだね」

義之「……もちろん、行くよな?」

花穂「当たり前だよ、義之くん」

花穂は笑いながら、俺の手を取った。

俺と花穂の服装は、風見学園の制服だった。しかも都合のいいことに、カバンもすぐ側に置かれていた。そのカバンを持って、歩き出す。

今日は卒業式。俺と花穂は、それに出席するために、少し昔の風景を思い出しながら、風見学園へ向けて歩き出すのだった。





終わり

以上で、投下終了となります。ここまでお付き合いしてくれた方いましたら、ありがとうございます
最後の投下は大量かつ駆け足になってしまった
三日後には桜エディションが発売ですね
D.Cシリーズをプレイしながら、こんなSSがあったなーと思い出してくれたらうれしいです

では、またどこかのSSスレで会いましょう

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