【シャニマス】となりの大崎 (64)
大崎甜花。
17歳、高校生。
同じ学校。同じクラス。一番左後ろの窓際の席。
その隣の席で授業を受けながら、ちらりとその席に目をやる。
その席の主人、大崎は…
机に突っ伏し、授業そっちのけでお昼寝を謳歌していた。
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正直、気持ちは分かる。
定期試験が終わった直後の授業だ、気も抜けるというものだ。
現に、クラスの3分の1くらいは同じように寝ており、残りのクラスメイト達も集中して授業を受けている様子でもない。
かくいう自分も、頬杖をついて堪えきれずに漏れ出したあくびを教科書で隠したりしていた。
ただ、この大崎に至っては始業直後の授業から大体こんな感じだったわけだが。
大崎と話したことはない。
基本授業中は寝ているし、休み時間も起きてこそいるものの、ある事情から話しかけることがはばかられた。
ただ、そういう云々は抜きにしても、大崎は人と話すのが苦手なようだった。
だから隣の席の住人として、この教室が大崎にとって少しでも居心地の良い場所であるようにと、極力話しかけないように努めていた。
実際は、話しかける理由もきっかけも話題もないだけだけど。
チャイムが鳴り、授業が終わる。教員が教室を後にし、昼休みが始まった。
寝ている人間を含めて(大崎以外の)全員がノソノソと動き出す。
弁当を取り出しながら、もう一度大崎の様子を伺うが、やはり机に突っ伏したままピクリとも動く気配が無い。
こちらには友人が2、3人こちらの席に集まってきて、各々適当に弁当箱やらパンやらを食べ始める。
いつもなら、そろそろ彼女がやって来る時間だが…
「甜花ちゃん!!」
やってきた。
バン!と教室の机を元気に開け放ちながら。
その瞬間、ここまでピクリとも動かなかった大崎が、モソモソと動き始める。
大崎甘奈。
大崎の姉妹で、隣のクラス。
休み時間の度にこちらの教室にやってきては甜花と談笑し、帰っていく。
大崎甘奈は大崎の前の席の椅子に座り、手に持っていた2人分の弁当を机に置いた。
「……なー…ちゃん…」
「おはよ、甜花ちゃん!お昼ご飯食べよ!」
「うん……」
大崎は眠そうに目をこすりながら小さくあくびをする。
寝ている時はどんな轟音がしようが目を覚まさない大崎だが、休み時間の度に訪れる大崎甘奈の声を聞くといつもすぐに目を覚ました。
「はい、あーん!」
「あー…ん…」
大崎が口を開け、そこに大崎甘奈がお弁当を放り込む。
初めて見た時は度肝を抜かれたが、もう見慣れた光景だった。
よく眠り、起きてても眠そうで、他人と話すのが苦手。
それ故に大崎甜花はこのクラスでは孤立気味だったが、本人は気にしていない様子だった。
実際、ハブられているわけでもないし、これくらいの環境が本人的には一番楽なのかもしれない。
「甜花ちゃん、午後の最初の授業は移動教室だから、寝過ごしちゃわないようにね」
「あ…うん…ありがとう、なーちゃん」
ただ、隣のクラスの大崎甘奈が大崎よりもこちらの時間割まで詳しいのは、少しどうかと思う。
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その日も、いつもと同じだった。
少しだけ怪しい雲行きに、静かな教室。
カツカツと、先生が黒板に数式を書いていく。
ノートに写しながら、隣の席を見るとやはり突っ伏した大崎。
一つだけ、いつもと違う点があったとすれば。
「………スゥ…スゥ…」
おそらく隣の席の自分にしか聞こえていないが、大崎は寝息を立てていた。
大崎も呼吸するんだ、なんて意味のわからないことを考えたが、それだけ普段は静かなのだ。
「それじゃあここを…大崎ー」
先生が名前を呼ぶ、大崎は反応しない。
これはいつものことだ。
ただ、やはりいつもとは何かが違った。
耳が少し赤い。いつもはピクリとも動かない肩がほんの少し上下している。
緋色の長い髪のせいで表情は見えない、起きているのか寝ているのかさえ分からない。
でも、これはもしかして…
「大崎ー。また寝てるのか、大崎甜花ー」
先生が教壇から大崎を呼ぶ。
大崎の反応はない。
…………いや。
「………なー…ちゃん……」
隣の席ですら集中しないと聞こえない、消え入りそうなほど小さな声。
「あ、あのっ!…えと、大崎、体調悪いみたいです!」
思わず、立ち上がってそう声を上げた。
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その後、大崎を保健室に連れて行くと言い、眠いせいなのか体調が悪いせいなのかフラフラと足元のおぼつかない大崎を介護しながらなんとか目的地までたどり着いた。
どうやら大崎は本当に体調が悪かったらしい。今日は早退した方がいいかもしれないと、保健室の先生に言われていた。
大崎がベッドで落ち着いて寝息を立てるようになるまで待っているうちにチャイムが鳴り、昼休みになった。
何となくそのままボーッとしていると、保健室のドアが静かに開いた。
「甜花ちゃん、大丈夫!?」
息を切らしながら駆け込んできたのは、大崎甘奈。
ここまで走ってきて、大崎を気遣ってドアを静かに開けるところまではいいが、声を抑えることは出来なかったらしい。
「甜花ちゃんが倒れたって聞いて、それで…!」
保健室の先生に詰め寄り、周りを見渡し、ベットの上の大崎を見て、涙目で駆け寄ってきて。
よほど心配だったんだろう、二人の仲が良いのは普段から見ているから気持ちは分かる。
「あ、ねえ!」
邪魔をするのも悪いと思い、教室に戻ろうとしていると大崎甘奈に呼び止められた。
「えっと、その…ありがとね!」
「あー…うん、どういたしまして」
大崎甘奈と話すのは初めてで、向こうはこちらの名前も知らないだろうからたどたどしい会話になる。
「キミって、甜花ちゃんの隣の席の人だよね?」
「あ、知ってたんだ」
話を聞くと、いつも昼休みに弁当を食べていると必ず隣の席にいるから覚えていたそうだった。
いつも一緒に食べている二、三人の友人たちについて覚えているか聞くと、流石にそこまでは覚えていないと笑われた。
大崎甘奈に近付きたいという一心であの席に近い俺と一緒に昼食を食べているのにと思うと、少しだけ彼らがかわいそうだった。
今度こそ、保健室を出ようとすると、
「確認だけど…甜花ちゃんに、変なことしてないよね?」
とだけ聞かれた。笑顔で。でも圧があった。
苦笑いしながら保健室を出る。
これが、となりの大崎との最初の接点だった。
ひとまずここまで、続きます。
大崎甘奈は校内では有名人だ。
明るい性格、整った容姿、その上成績まで優秀。
その人気は学年トップクラスで、しばしば告白しては玉砕したという男子どもの報告があがる。
保健室の一件から甘奈とはたまに話すようになったが、なるほどこれは男女問わず人気な訳だと納得していた。
その整った容姿という意味では、となりの大崎もその双子。間違いはないはずだが……。
「じゃあ教科書のこの部分を…大崎ー。…何だ、大崎はまた寝てるのか」
「………………」
(…赤いダンゴムシ…)
悲しいことに、クラスメイトですらその顔を拝むことはあまり多くなかった。
「俺、甘奈ちゃんに告白する!」
「…………」
「…あっそ」
放課後の会話、友人と三人で帰っていると一人が突然そう言い出した。
「いつも隣で昼飯食べてるじゃん!?もう名前くらいは覚えられてると思うんだよ!」
(顔すら覚えられてないぞ)
「………それは…」
「お前もそう思うだろ!?」
(顔すら覚えられてないぞ)
「……僕もそう思う」
「やっぱか!?よし!!」
(顔すら覚えられてないぞ)
「お前もそう思うだろ!?」
「顔すら覚えられてないぞ」
そういえば、結局大崎とは話したことがない。
保健室へ連れて行った時も。
『大丈夫か?』
『……………』
『吐き気とかないか?』
『…………』
『階段あるから気をつけて』
『……なーちゃん…』
と、こんな具合で少なくとも会話ではなかった。
大崎甘奈とは少し話すようになったとはいえ、休み時間に話している二人に割って入るほど空気を読めないわけでもない。
何か大崎と話すきっかけは無いものかと考えながら廊下を歩いていると、ある物を拾った。
(…これ、さっき大崎甘奈が持ってたマニキュアだ)
さっきの休み時間、大崎甘奈が隣の席で大崎と話しながら取り出していた物だった。
ゆるい校風とは言え、先生に見つかったら没収は免れないだろう。
(…大崎に預ければいいよな)
話しかけるきっかけにもなるし。そう思いながら教室へ戻った。
「大崎、さっきこのマニキュアが廊下に落ちてたんだけど…」
「………………」
「…このマニキュアって大崎の姉ちゃんの…」
「……………」
「…もしもーし……」
諦めて隣のクラスの大崎甘奈に次の休み時間に直接渡した。
ある日の朝、大崎甘奈が大崎を連れて登校してきた。
これ自体は珍しいことじゃなくて、大崎甘奈は毎日眠そうに目をこする大崎の手を引いて一緒に登校してくる。
そうやっていつものように大崎をこのクラスに運んできた後、教室を出るときにこちらにヒラヒラと手を振ってきた。
これには一緒に話していた友人も騒然。
「いっ、今、甘奈ちゃんがこっちに手を振ったぞ!俺に手を振ってきた!!」
「いやいやいや!僕に手を振ったんだよ!ちゃんと見てなかったのか!」
(…俺なんだよなぁ)
そう呆れながらヒラヒラと手を振り返す。挨拶するだけでこの騒ぎようとは、人気者は大変そうだなと改めてそう思う。
30分後、隣の席の大崎に手を振っただけだったことに気付いて顔を真っ赤にしながら大崎と同じように机に突っ伏して寝た。
今朝はここまで。
メイン進行の間あいだにこんな感じのオムニバス形式でやっていきたいと思います。
あと>>21の
>「…このマニキュアって大崎の姉ちゃんの…」
に関してはわざとです。
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ある日の昼休み、大崎甘奈は教室に来なかった。
そんな日もある。具体的には2週間に1度くらいある。
理由は様々だが、そのうちの半分くらいが…
「今日はアイツは?」
「甘奈ちゃんに告白しに行った」
「マジで行ったんだ…」
自分の席でパンを食べながらいつもの友人と話す。
いつも一緒に昼食を摂るもう一人の友人が、どうやら本当に大崎甘奈に告白しに行った…らしい。
大崎甘奈は人気者だ。
端的に言えばモテる。
彼女が休み時間に大崎の元を訪れない時は、大抵男に告白されている時だということには最近気付いた。
「んぐんぐ…よし、ご馳走さまでした」
「えらく急いで食べてるけど何かあんの?」
「僕も見に行ってくる、気になるし」
「……ふーん」
「お前は行かないの?」
「俺パス」
野暮な友人を見送り、2つ目のパンの袋を開く。
大崎甘奈は彼氏を作らない。
曰く、「他にやりたいことが沢山ある」だそうだ。
やりたいこと…ねぇ。
傷心で帰ってくるであろう友人になんと声を掛けようかと考えていると、隣の席からゴソゴソと物音が聞こえた。
「……なーちゃん…?」
目をこすりながら周りを見回す大崎。
昼休みに入って10分、ようやく目を覚ましたらしいが第一声がそれとは。
「………いない…」
ただそれだけ呟くと、大崎は再び机に突っ伏した。
まぁ、弁当も普段から大崎甘奈が持ってくるし、大崎本人は昼食を持っていないんだろう。
「………………」
くぅ
と、小さな音が聞こえた。
大崎からだ。寝息ではない、大崎の声でもなかった。
「…………」
くぅ
また聞こえた。
「……………」
「……大崎?」
「……なーちゃん…?」
なーちゃんではない。
「…パン、食べる?」
「…えっと…なーちゃんが、知らない人からは…物をもらっちゃ、ダメって…」
お前は小学生か、大崎。
「2ヶ月も隣の席なんだから、知らない人じゃないと思うけど」
「……それ、は……」
「………………」
「……………」
「……………」
くぅ
沈黙に耐えかねたように、また小さく音が鳴った。
「…やきそばパンとメロンパン、どっちがいい?」
「…じゃあ…メロン、パン…」
大崎にメロンパンを渡し、残りのやきそばパンの袋を開く。
バイトの給料が入ったばかりだからと贅沢して沢山買っていたのはラッキーだった。
それにしても、「知らない人」か…。
確かによく考えれば、大崎と話すのはこれが初めてだ。そう考えれば妥当な評価なんだろう。
保健室の一件については、本人はもはや覚えているのかどうかすら怪しかった。
「なあ、大崎…」
せっかくの機会だ、少しくらい話しかけてもバチは当たらないだろうと思い、隣の席を見ると。
「………………」
大崎は、未開封のメロンパンの袋を持ったまま固まっていた。
「…大崎?」
「…………」
大崎は神妙な顔で、一つ小さく息を吸うと。
「…えいっ…」
と、小さな掛け声とともに腕に力を込めた。
ぐっとメロンパンの袋が両側に引っ張られる…が、数秒しても開く様子はなかった。
「…えいっ……えいっ…」
何度か挑戦するも、やはりメロンパンの袋は固く閉ざされたままだった。
そのうち、大崎は未開封のメロンパンの袋を机に起き、虚ろな目でそれを眺め始めた。
「…………なーちゃん…」
「開けるから。俺が開けるからそんなこの世の終わりみたいな顔しないで」
大崎から袋を受け取り、破いてから大崎に返す。
メロンパンを再び受け取ると、大崎はにへへと小さく笑った。
「いつもの弁当って、大崎のお母さんが作ってんの?」
「…いつもはお母さんだけど…たまに、なーちゃんが作ってくれたり…」
メロンパンをはもはもと食べながら大崎。
「へぇ。…大崎は作らないの?」
「…お母さんも、なーちゃんも…大崎、だよ…?」
「…あー…うん、そうなんだけど…」
そうなんだけど。
「えーと…てん…お前は?」
「…朝は…起きられないから…」
朝はって、いつもは起きられてますか?
口を突いて出そうになる言葉をぐっとこらえる。
心なしか、まだ大崎は眠そうだ。
「そういえば、もう体調は大丈夫?」
「体調…って?」
「この間、早退した日。あの時は随分辛そうだったけど」
「あ…うん、もう大丈夫…だよ。ちょっと寝てたら良くなった、から」
なら良かった。大崎は何故か少し誇らしそうな顔をしている。
「あ…その…」
「ん?」
「甜花、あの時のこと覚えてなくて……なーちゃんから聞いたんだけど……あの時保健室まで、連れて行ってくれたって……」
「あぁ、うん、一応ね」
やっぱり覚えていなかったらしい、まぁあの時の具合の悪さからしても無理もないことだと思う。
「あの時はほんとに苦しくて……だから、すごく助かって……だから……ありがとう、ございましゅ!」
噛んだ。
「あっ…ありがとうございます…!」
少し恥ずかしそうに訂正する大崎。
「大事じゃなくて、良かったな。大崎の姉ちゃんもめっちゃ心配してたし」
「えっ…?」
「えっ?」
大崎は俺が何を言っているのか分からないと言った様子でキョトンとしていた。
「…お姉ちゃん…?」
「え?あ、うん、姉ちゃん。いつも一緒にいるじゃん」
「甜花に……お姉ちゃんはいない……よ……?」
「…………???」
いない?大崎甘奈は?…双子だから姉とか妹とかそういう概念は無いってことか?
「いや、だから大崎あま……
言いかけた時。
「急患だーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
数人の男子が大声で教室に飛び込んできた。
「俺はもうダメだーッ!!!!死なせてくれーッ!!!」
「気をしっかり持て!!傷は深いぞ!!」
2人の男子が1人の肩を担いでいる。
クラスメイトだ。というか、良く見知った顔だし、何ならついさっき意気揚々と出て行くところを見送った奴だ。
「フラれたぐらいなんだ!そうヘコむなフラれたぐらいで!!」
「ぐわァァアアッ!!」
「馬鹿野郎!傷心中の奴になんて心無い言葉を!!分かりきってた結果だとしてもなお前!!」
「ぐわァァァァアアアア!!!!!」
結果は聞くまでもないなこれは。
大崎甘奈にフラれた友人は、大袈裟に床をのたうち回っている。
あれだけ元気なら必要ないかもしれないけど、一応フォローくらいはしてやろう。
「ごめん、大崎。また後で」
大崎との会話を切り上げるのは少し惜しいけど、またいつか話す機会くらいはあるだろう。
……あるかな?
「あ……あの……」
「ん?」
不意に大崎に呼び止められる。
「パン……あ、ありがと……ね」
「……。……ん、どういたしまして」
それだけ返し、友人の元へ向かう。
話す機会くらいなら、これからもありそうだ。
これが、となりの大崎との初めての会話だった。
間が空いてしまって申し訳ない、またちょくちょく更新していきたいと思います。
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「………………」
教室の雰囲気がピリピリしている。
もうすぐ7月。梅雨はまだ明けない。
試験が近いから?違う。
この険悪な雰囲気はたった1人の人物の影響だった。
「………甘奈ちゃん」
誰かがボソッとため息混じりに呟く。
それに呼応するように、教室のあちこちからため息が漏れる。
大崎甘奈が、我らが教室に来ない。
理由は分からない。
分からないが、もう1週間も現れていない。
普段から大崎甘奈と同じ空気を取り込むことで中毒患者と化していたらしいクラスメイトには、徐々にストレスが積もり始めていた。
それにしても、何があったんだろうか。
……取り敢えず、微妙に居心地も悪いしジュースでも買いに行こう。
「大崎、何か飲み物いる?」
「………………なーちゃん……」
大崎甘奈は飲み物じゃない。
財布だけポケットに突っ込み、教室を出た。
大崎甘奈が教室に来なくなって、大崎にも被害…というか変化が現れた。
まず世話をしてくれる人間がいない。
移動教室には寝過ごし、弁当は忘れて飢え、授業中変な姿勢で2時間以上寝続けて足が痺れて小さくジタバタしていたりもした。
流石に見て見ぬ振りをするのも可哀想なので、ここ2、3日はこうして気にかけている。
……相変わらず、会話は半分くらい成り立たないけど。
廊下を曲がり、自販機のある場所に着くと。
「あ。」
「…ん?あ、やっほ☆」
大崎甘奈。
嵐の目の本人は呑気なもんだな。
「何してんの、こんなとこで?」
「あはは、自販機なんだからジュース買う以外ないじゃん」
それはそう。
「そういえば大崎甘奈さ、この中だと何が好き?」
自販機を指差す。
「おごってくれるの?」
「いや、大崎がどれが好きかなって思って」
「甘奈はねー…じゃあこの炭酸!」
「ふーん…大崎もこれ好きだったりする?」
「ん?うん、甘奈はそれ好きだよ」
「ん?」
「?」
「大崎って妹の方だけど…」
「えっ?うん、だからそれ好きだよ」
「ん、そっか、ありがと」
大崎甘奈に言われた炭酸を購入。大崎はあんまり炭酸が好きそうなイメージはなかったけど、意外だったな。
「やっぱ買ってくれるんじゃーん☆」
「だから違うって」
「じゃあなんでそれにしたの?」
「だって大崎がこれ好きなんだろ?」
「うん」
「だからだけど」
「?」
「?」
会話がどこか噛み合ってない気もするけど、まぁいいか。
自分の分のジュースも買いながら思い出す。そういえば大崎甘奈に聞きたいことがあるんだった。
「大崎甘奈さ、最近こっちの教室来ないけどどうしたの?」
「ん~……甜花ちゃんがちょっとね…」
「ふーん…喧嘩でもした?」
「えー!甜花ちゃんと喧嘩なんてしないよ!」
喧嘩じゃないのか。まぁ普段の様子見てても仲良さそうだしそれはそうか。
「大崎甘奈、大崎にベッタリだもんな」
「甜花ちゃん、ちょー可愛いからね☆」
「ていうかさ、その呼び方長くない?」
大崎甘奈は自分でも炭酸を買いながらそう聞いてきた。
「大崎甘奈?」
「それ」
「長いけど大崎だと被るよ」
「下の名前でいいと思うんだけど」
天才かな?
「甘奈さん」
「ブブー、堅すぎ」
「チャンアマ」
「いいけどちゃんと毎回そう呼んでね?」
「……普通に甘奈で」
「よろしい」
大崎甘奈は、いや、甘奈はふふんとわざとらしくえらそうぶった。
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それから1週間。
梅雨は、まだ明けない。
教室の空気は、じっとりとした重苦しさと擦り傷のような鋭さを増していた。
誰かがシャーペンを落とす。
その音がやけに大きく感じる。
ピリピリと、誰もが誰もを責めるような。
そんな雰囲気で。
暑苦しさとは違う汗が、握った手のひらの中でじっとりと湧いてくる。
大崎にも、変化があった。
(明らかに、コンディションが悪い)
机に突っ伏してその表情は見えないが、その姿には先週以上に見て取れる異変が起こっていた。
(髪…痛んでるよな)
大崎の栗色の長い髪は、艶が無くなり、清流のようだったまとまりも失われていた。
つまりボサついていた。
他にも、服のシワが増えていたり、靴下が微妙に左右で違ったりしているが、一番分かりやすいのは…
「大崎」
「………………」
「…大崎」
「……………………」
「……大崎、制服、裏表逆」
「………………」
「…………」
「…………なーちゃん……」
起きてるじゃねえか。
大崎の異変と、クラス崩壊の危機。
お世辞にも過ごしやすいとはいえない教室から逃げ出し、自販機のある校舎の隅へ。
そこには、先週と同じように甘奈がいた。
「………ん……」
「『…ん…』って…体調悪そうだな」
「きみだって…なんだか疲れた顔してるけど」
「…まぁね」
炭酸を2本、お茶を1本買う。
「そんなに買ってどうするの?」
「1本は俺の。1本は大崎の。そんでもう一本は…」
2本買った炭酸のうちの1本を、甘奈に差し出す。
「…?…あ、もしかして甘奈に?」
「炭酸好きって言ってたよな?」
「あ…うん、ありがと」
「というか…飲み物買わないでこんなところで何してたの?」
「うーん…さぁ…?」
「さぁっ…って…」
甘奈も、理由はわからないが随分と参っていた。
教室に戻りながら考える。
大崎と甘奈の間に何かあったのは間違いない。
それさえ解決すれば、きっと甘奈はまた以前のように教室に来るようになるだろうか。
そうすれば、きっと教室に降る雨も止むだろう。
正直、今の教室の雰囲気では一生梅雨が明ける気がしないし…。
しかし、一体何をすればいいのか…。
「……あ…」
一つ、思い出したことがある。
試してみる価値はあるかもしれない、教室に戻り、机にたむろしている友人を無視して大崎の机にお茶を置き教室の中央、2、3人で談笑している女子の集まりのもとへ。
「頼みごとがあるんだけど」
いきなりそう切り出した俺に、怪訝そうな表情を向けるクラスメイト。
「…何?急に…」
さっき買った炭酸をその女子に差し出しながら単刀直入に『お願い事』をする。
「大崎甘奈に嘘をついてほしい」
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