【ぼく勉】成幸 「キスと呼べない何か」(284)

………………昼休み 一ノ瀬学園 3-B教室

大森 「なぁなぁ、一学期に唯我がキスしただの何だのって話あったじゃん?」

成幸 「………………」

成幸 (……こいつほんっっっとロクでもねーことしか言わないな!!)

成幸 「……そういえばそんなこともあったな。どうでも良すぎて忘れてたが」

大森 「結局噂もなくなっちゃって、俺としては不完全燃焼というかなんというか」

成幸 「っていうかお前が廊下で大声上げて走り回ったせいで噂になったんだけどな!?」

大森 「でもキスはしたんだろ?」

成幸 「………………」

プイッ

成幸 「……黙秘権を行使する」

小林 (それもう自白してるようなもんだけどね、成ちゃん)

大森 「いいじゃねぇかよ、唯我。ゲロっちまえって」

大森 「ここだけの秘密にしておいてやるからさ……」

成幸 「そのお前の言葉をどうやったら信じられるのか教えてほしいな」

成幸 「っつーか、何で急にそんな話を始めたんだよ」

大森 「いやー、この際はっきりさせておきたくてさー」

ズイッ

大森 「……キスの相手って古橋さんなんだろ?」 コソッ

成幸 「古橋!? 何で!?」 コソッ

大森 「いや、夏休みに一緒にお泊まりするくらいの仲だったら、あの時期にキスしててもおかしくはないかな、って」 コソッ

成幸 「意外と理性的な判断だな! っていうかお前それ言いふらしたりしてないだろうな!」 コソッ

大森 「するわけねーだろ! あの盗撮騒動のせいで、俺がどんなひどい目に遭ったか……」 ガタガタブルブル

大森 「で!? どうなんだ!? お前のキスの相手は古橋さんなのか!?」

小林 (どうでもいいけど……)

小林 (ふたりともヒートアップしすぎて、途中から俺にダダ漏れだからね、声)

成幸 「なっ……そ、そんなわけ……――」

ハッ

成幸 (待てよ。ここで否定してしまったら、こいつのことだ)

成幸 (俺と仲の良い女子全員の名前を順々に出してくる可能性が高い!)

成幸 (緒方の名前が出た瞬間、俺はきっと……)


―――― 『ただの接触事故…… ですからね』


成幸 (絶対動揺を見せてしまう……!!)

成幸 (そうしたら、俺と緒方がキスをしたことがバレてしまって、あいつに迷惑をかけてしまう……!)

大森 「……? 唯我? どうしたんだよ、違うなら違うと……」

成幸 「……の、ノーコメント、だ」

大森 「……!?」 ガーン

………………廊下

理珠 「昨日も勉強が捗りました。長文読解の精度も上がってきた気がします」

うるか 「あたしもだよリズりん。昨日の宿題八割正解しちゃったー」

理珠 「む……。やりますね、うるかさん。私も負けませんよ」

うるか (えへへ、成幸褒めてくれるかな~) ニヤニヤ

理珠 (成幸さん、何と言ってくれるでしょうか……) ポワポワ

「うわぁあああああああん!!!」

うるか 「……? あれ、向こうから走ってくるの、大森っちだ」

うるか 「おーい、大森っちー、どうした――」


大森 「――――唯我のヤロー!! やっぱりキスの相手は古橋さんかよぉおおお!!」 ビュン


うるか 「………………」

理珠 「………………」

うるか&理珠 「「……え?」」

………………放課後 3-A教室

ヒソヒソ……ヤッパリ……マジカヨー……

文乃 「……?」

文乃 (どうしたんだろ? 今日はなんか、みんなの様子がおかしいような……)

鹿島 「あの~、古橋さん?」

文乃 「? 何かな、鹿島さん」

鹿島 「唐突ではありますが~、いま校内で古橋さんに関して噂が流れているのをご存知ですか~?」

文乃 「噂?」 ジロリ 「……また変なことしたんじゃないよね?」

鹿島 「誓って、私たちは何もしておりません~」

文乃 「……で、噂って何?」

鹿島 「……では、耳をお借りして」 コソッ

鹿島 (……唯我成幸さんと、古橋さんが、キスをされたのではないかと、そういう噂です)

文乃 「………………」

文乃 「……はぁあああ!?!?」

文乃 「ど、どこの馬の骨なのかな!? そんな噂を流したのは!?」

鹿島 「どうも、唯我成幸さんのお友達の、大森奏さんのようですね~」

文乃 (またお前か!!! だよ大森くん!!)

男子1 「うおー! マジかよー!」

男子2 「一学期の噂は本当だったのかー!」

男子3 「俺たちのアイドル “眠り姫” をー! 唯我のヤロー!!」

鹿島 「……とまぁこんな風に、噂はしっかりと広まってしまっていまして~」

鹿島 「一応古橋さんのお耳に入れておいた方がいいかと思った次第です~」

文乃 「ご、誤解だよ! わたしは成幸くんときっ……キスなんかしてないよ!!」

鹿島 「………………」 プイッ

文乃 「……ど、どうして顔を赤くして目を逸らすのかな鹿島さん!?」

鹿島 「いえ、だって……」 ポッ 「お泊まりもしているのですから、キスくらい今さら……と」

文乃 「アレも誤解だって話したよね!?」

文乃 「っていうか、誰かに聞かれたら誤解だって伝えてね!?」

文乃 「わたし、本当に成幸くんとき……キスなんかしてないからね!?」

鹿島 「……古橋さんがそう望むのなら吝かではありませんが」

鹿島 (とはいえ、誤解であろうとなかろうと、噂が広まるのは悪いことではない)

鹿島 (……そのまま立ち消えるならそれでよし。しばらく静観しましょうかね)

文乃 「こうしちゃいられないよ。成幸くんとお話しなきゃ……!!」

タタタタ……

猪森 「……どうだい、鹿島さん。唯我くんのキスの相手は、本当に古橋姫かい?」

鹿島 「どうでしょうねぇ~。うそをついているようには見えなかったですが……」

ゾクゾクッ

鹿島 「……正直、照れて焦る古橋姫が尊みが深すぎてそれどころではなかったといいますか」

猪森&蝶野 「「すごくわかる」」

………………いつもの場所

成幸 「すまん!」

文乃 「……う、うん。開口一番謝られてこっちもどう対応したらいいかわからないんだけど、」

文乃 「一体何があったのか教えてもらってもいいかな?」

成幸 「……ああ。そうだな」

成幸 「昼休みに、大森のバカが一学期のキスの噂を蒸し返してきてさ、」

文乃 「うん」

成幸 「で、あの旅館でのことを知ってる大森が、俺のキスの相手は古橋だろう、って言い出してさ、」

文乃 「……うんうん」

成幸 「で、俺が否定しなかったら大森が涙を流して走り出した」

文乃 「ちょっと待って」

文乃 「……何で否定しないの!?」

成幸 「いや、だって……。お前を否定しちゃったら、いずれ、どんどん追求されて……」

成幸 「……本当のキスの相手がバレると思ったから」

成幸 「ノーコメントって言っただけで、大森があんなに反応すると思わなくてさ……」

成幸 「いや、そもそもキスっていうか、アレはただの事故なんだけど」

文乃 「………………」

ジロリ

文乃 「……なるほど。つまり、きみはきみの本当のキスの相手のために、わたしを売ったわけだね?」

成幸 「うっ……」 ズキッ 「そんなつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったかもしれん……」

成幸 「本当にすまん! 古橋!」

文乃 「……はぁ。冗談だよ、成幸くん。きみがそんなに器用な人じゃないって知ってるよ」

文乃 「でも、つまりきみのキスの相手は、大森くんが知ってる相手ってこと、か」

成幸 「っ……」 ギクッ

文乃 「なおかつわたしも知ってる人、かな?」

成幸 「………………」 ギクギクッ

文乃 「……ま、わたしは追求なんて野暮なことはしないから安心してよ」

成幸 「すまん。助かる……」

文乃 「人の噂も七十五日。わたしたちがいつも通りにしてれば、みんなすぐに忘れるよ」

成幸 「古橋がそう言ってくれるとありがたいよ。悪い」

成幸 「……っと、もうこんな時間か。緒方とうるかが図書室で待ってるな。行こうぜ、古橋」

文乃 「うん。そうだね――」

――カツッ

文乃 「あっ……」 グラッ

成幸 「……っと」 ポスッ

ギュッ……

文乃 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「……だ、大丈夫か、古橋?」

文乃 「う、うん。ちょととつまずいちゃって……」

ドキドキドキドキ……

文乃 (あ、あれ、何でだろ……)

文乃 (前もたしか、足をもつれさせたわたしを成幸くんが受け止めてくれて……)

文乃 (そのときは……)


―――― 『わわわっ ご ごめんね唯我君っ!』

―――― 『い いや 気をつけてな』


文乃 (お互いすぐに離れて、それでおしまいだったのに……)

文乃 (なんで、わたし……)

文乃 (離れなくちゃって思ってるのに、身体が動かないんだろ)

成幸 「ふ、古橋? どうしたんだ?」

文乃 (これって……)

文乃 (あのときと一緒なんだ)

文乃 (旅館で、同じ布団で寝たとき……)

文乃 (身体を預けてしまったあのときと、一緒なんだ……)

ガサッ……

成幸&文乃 「「えっ……」」

理珠 「………………」

うるか 「………………」

文乃 「り、りっちゃん!? うるかちゃん!?」

うるか 「あ、あはは……あ、えっと……ふたりが遅いから、探しに来たんだけど……」

うるか 「ひょっとしてお邪魔だったかなー、なんて……」

理珠 「う、噂は、本当だったのですね、文乃……」

理珠 「おふたりは、そういう関係だったのですか……」

文乃 「!? ち、違うよ! 誤解だよ!?」

成幸 「そうだ! 誤解だぞ! 俺たちは何も……!」

うるか 「だ、抱き合ったまま言われても、説得力がないってゆーか……」

成幸 「あっ……!?」  文乃 「ち、違うんだよこれは!?」 バババッ

理珠 「……行きましょう、うるかさん。私たちはお邪魔虫のようですから」

文乃 「ち、ちょっと待ってりっちゃーん!!」

………………

理珠 「……なるほど。話は分かりました」

うるか 「つまり、大森っちの早とちりなんだね。よかった……」 ホッ

成幸 「すまん。お前たちにまで迷惑をかけたみたいだな……」

うるか 「べつに迷惑とかではないけど……」 ニヘラ

文乃 (表情に出しすぎだようるかちゃん……)

理珠 「………………」

理珠 「……あの、成幸さん」 コソッ

成幸 「ん?」 コソッ

理珠 「……その、キス、って」 コソッ 「あのときのアレ、ですよね……」

成幸 「ん……まぁ、そうだけど……」 コソッ

成幸 「……ごめんな。お前にも迷惑かけて」 コソッ

理珠 「いえ、それは、お互い様なので……」 コソッ

うるか 「ふたりとも、コソコソ何話してんのー?」

理珠 「な、なんでもありませんっ」

理珠 「オホン。とにかく、文乃の言うとおり、人の噂なんてすぐになくなります」

理珠 「我々は気にせず、いつも通り勉強に励むだけです」

成幸 「うん。その通りだな。勝手な噂で俺たちの成績が下がったりしたらそれこそコトだ」

成幸 「俺たちは気にせず勉強をがんばろ――」

――ピンポンパンポン

真冬 『3年B組、唯我成幸くん。生徒指導室、桐須のところまで来なさい』

真冬 『……大至急、来なさい』 ギリッ

ブツッ……

成幸 「………………」 (あまり深く考えなくても分かる)

成幸 (最後に歯ぎしりの音も聞こえたし……桐須先生は)

成幸 (俺に激怒している……!!)

………………生徒指導室

真冬 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 (こっ、怖えぇええええええええええ!!)

成幸 (俺、生きてこの部屋を出ることが出来るのか!?)

真冬 「……なぜ呼び出されたかはわかるわね、唯我くん」

成幸 「え、えっと……ひょっとして、今、流れている噂について、ですか……?」

真冬 「そうね。あなたが古橋さんとキスをしたという噂についてだわ」

成幸 「すっ、ストレートに言わないでください……」

真冬 「照れている場合ではないわ。現状、教師陣はバカな子どもの噂話程度に捉えているけれど、」

真冬 「唯我くん、あなたは以前にもろくでもない噂が流れたわね?」

真冬 「そういうことが重なると、VIP推薦を目指すあなたにとって良くないというのは分かるわね?」

成幸 「それは……はい。その通りだと思います」

成幸 「でも、先生! 信じてください! 俺はキスなんてしてないんです!」

真冬 「……きみがそう言うのならそうなのでしょう。私は信じるわ」

成幸 「先生……」 ジーン

真冬 「とはいえ、私が信じたところでどうなるものでもないのよ」

真冬 「また学園長の耳に入ったりしたらコトだもの」

真冬 「……以前、緒方さんとの “接触事故” のときでそれは思い知っているわね?」

成幸 「……そうですね。あのときの学園長は面倒くさかったです……」

真冬 「今回は根も葉もない噂。それに、古橋さんも否定をしている」

真冬 「噂はすぐに収束するでしょう」

真冬 「ただし、今後も同じようなことが起こると、VIP推薦が遠のく可能性があるわ」

真冬 「それを肝に銘じておきなさい」

成幸 「は、はい! わかりました!」

真冬 「……以上よ。呼び出して悪かったわね」

成幸 「えっ……?」

真冬 「? どうかしたかしら?」

成幸 「いえ、もっと怒られるかと思ったから……」

真冬 「……あなたが悪くないというのは、考えるまでもなく分かることだもの」

真冬 「あなたが悪くない現状、あなたを怒ることに教育的効果があるとは思えないわ」

成幸 「……じゃあ、先生は」

成幸 「俺を心配して、俺に注意を促すために呼び出してくれたんですか……?」

真冬 「……!?」

真冬 「なっ、何を……! 私は、べつに……ただ、教師としての責務を全うしただけであって……」

真冬 「誤解! 私はべつに、きみのことを心配したりなんて……」

成幸 「先生……」 キラキラキラ 「やっぱり先生は良い人です! ありがとうございます!」

真冬 「だ、だから違うと言っているわ!」

真冬 「まったく……」 プンプン

真冬 「……早く戻ってあげなさい。あの子たちがあなたを待っているでしょう」

成幸 「はい! では、失礼します! 桐須先生、また明日!」

バタン

真冬 「……まったく。調子が狂うわ」 クスッ 「あなたこそ、本当に」

真冬 「良い子なんだから」

………………帰路

成幸 「………………」

うるか 「………………」

成幸 (……古橋と緒方と別れ、うるかとふたりきりになったわけだが、)

成幸 (なぜだか知らないがめちゃくちゃ気まずい!!)

成幸 (いつもの活発なうるかからは考えられないくらいアンニュイな表情だし)

成幸 (言葉数も少ないし……)

成幸 (……俺、何かしてしまっただろうか)

うるか 「………………」

うるか 「……ねえ、成幸」

成幸 「っ……」 ビクッ 「な、なんだ?」

うるか 「……今日の話の続きをしても、いい?」

成幸 「今日の話……?」

うるか 「キス……」 ギュッ 「……の、話」

成幸 「!? い、いや……」 アセアセ 「っていうか、何で俺の手を掴んだんだ……?」

うるか 「……逃がしたくないから」

成幸 「に、逃げねーよ……」

うるか 「逃げるよ。いつだってはぐらかされるんだから」

ジッ

うるか 「……ねえ、成幸。答えて。教えて」

うるか 「成幸は、誰とキスをしたの?」

成幸 「っ……」

成幸 「……いや、それは……ごめん」

成幸 「言えないよ」

うるか 「んっ……。そっか……」

成幸 「た、ただ、勘違いしないでくれ! 前も言ったけど、あれはただの事故だ!」

成幸 「偶然、こう、ぶつかってしまっただけで、キスとは到底呼べないような――」


うるか 「――……事故だったなら、相手、言えるんじゃないの?」


成幸 「えっ……」

うるか 「………………」

成幸 「……えっと、それは……。相手の名誉のため、というか、なんというか……」

成幸 「俺は……」

うるか 「………………」

クスッ

うるか 「……なんて、ね。ごめんね、意地悪言って」

うるか 「教えてくれなくていいよ。成幸のキスの相手なんて、ぜんっぜんキョーミないし」

成幸 「なっ……」 ハァ 「……お前なぁ」

うるか 「ごめんごめん。でもちょっとだけ気になったんだ」

うるか 「奥手の成幸にキスをさせるような女の子って、どんな子なんだろう、って」

成幸 「いや、だからあれはただの事故で……」

うるか 「……じゃ、あたしこっちだから! また明日ね、成幸!」

タタタタ……

成幸 「人の話聞けよ! ……あー、もう。行っちまったか」

成幸 「一体なんだったんだ、うるかの奴。少し様子が変だったような……」

………………

うるか 「………………」

タタタタ……

うるか 「……っ」

グスッ

うるか 「……いいもん」

うるか 「あたしが成幸のファーストキスの相手じゃなくたって」

うるか 「いいもん!」

うるか 「最後にあたしが、成幸の隣にいられれば、それで!」

うるか 「あたしはそれでいいんだもん!」

うるか 「いい……えぐっ……いいんだもん……ぐすっ……」

うるか 「……負けないから」

うるか 「あたし、絶対負けないから……!」

………………

理珠 「………………」

理珠 「……私とのことを、正直に説明したらいいのに、なぜそうしないのでしょうか」

理珠 「キス……」


―――― 『いいか緒方!』

―――― 『キスというのは女子にとって…… いや男子にとっても神聖なものでなくてはならんのだ!!』

―――― 『今日みたいに軽々しくしようとするなど言語道断!! 必ずいつか後悔することになるんだぞ! 必ずだ!』


理珠 (……キスは、神聖なもの。男子にとっても、女子にとっても)

理珠 「……だから、なのでしょうか」

理珠 「成幸さんは、たとえ事故であったとしても、キスをしてしまった私を気遣って……?」

理珠 「私のために、キスの相手を誤魔化してくれているのでしょうか」

カァアアアア……

理珠 (ふ、不可解です……。なぜ、頬がこんなに熱くなるのでしょうか)

理珠 (なぜ、こんなにも、鼓動が激しくなるのでしょう……)

………………

文乃 「………………」

文乃 「……成幸くんのキスの相手、かぁ」


―――― 『かっこいいよなぁ 古橋は』

―――― 『苦手なものを克服してまで追いかけたい夢があるのって やぱかっこいいよ』

―――― 『いつか君が本当にやりたいことを見つけた時は お姉ちゃんが全力で応援するからね  「成幸くん」』


文乃 「でも、わたしなんて、同じ布団で寝て、同じ布団の中で、抱きしめられて……」

ハッ

文乃 (わ、わたしは何を言ってるの!? っていうか、何考えてるの!?)

文乃 (わたし、誰かも分からない成幸くんのキスの相手に……)

ドキドキドキドキ……

文乃 (……対抗意識を燃やしてる……?)

文乃 (い、意味わからないよ。わたしは、べつに……何も……)

文乃 (成幸くんと、何もないんだから……)

………………

成幸 「……はぁ」

成幸 (結局あいつらにも、桐須先生にも迷惑かけて、いいとこないなぁ、俺)

成幸 「………………」

成幸 (……キス、かぁ)

成幸 「ま、俺には関係ない話だな」

成幸 「いつかあいつらも、そういう相手ができて、そういうこと、するんだろうな」

成幸 「結婚式とか、『教育係』 なんて肩書きで呼ばれたりしてな」 クスッ

ズキッ

成幸 「っ……」 (……なんで)

成幸 (なんで、そんなことを想像しただけで……胸が痛むんだ?)

成幸 「……関係ない」

成幸 「俺は、あいつらのことなんて、なんとも……」

成幸 「……なんとも、思ってない、から」

おわり

………………幕間 「キス」

あすみ 「……ああ? キスぅ?」

うるか 「うん! 小美浪先輩なら経験ほーふそうだから!」

うるか 「キスのこと教えてくれるかな、って!」

あすみ 「……ん、まぁ、そりゃ、アタシはお前の言うとおり、経験ありすぎて困っちまうくらいだが」

あすみ 「………………」

あすみ 「……なぁ、武元。アタシは経験者だからこそ言うが、」

あすみ 「キスは、実際に経験して知った方がいいと思うんだ」

うるか 「!?」

あすみ 「……だから、お前のためにアタシは何も言わない。お前はがんばって、自分で経験して、知れ」

うるか 「さすが先輩! タメになるー!」

うるか 「よーし! あたしがんばるかんねー!」

あすみ 「………………」 (……ふぅ。武元が単純で助かった)

おわり

>>1です。

スレ最初のSSなので、全員登場させたニュートラルな話にしようとしましたが、
目論見が外れてただの平坦でオチも何もない話になりました。
その上、あすみさんを幕間でしか出すことができませんでした。申し訳ないことです。


パートスレのつもりはないので以前わたしが立てたスレのURLは貼りませんが、
以前わたしが立てたスレの>>1です。
ご存知の方がいたらまたよろしくお願いします。



本当であれば以前わたしが立てたスレに書き込むべきことですが、
私がこの話を書き上げる前に1000にいってしまったので、この場を借りて言わせてください。
以前わたしが立てたスレの最後にたくさんの感想や乙をいただけました。
参考や励みにして今後もSSを書きたいと思います。
本当にありがとうございました。

これからも読んでくれると嬉しいです。

何か書いてほしい内容等ありましたらいつでもレスください。
また感想等もとても嬉しいです。

ではまた、折を見てこのスレに投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】理珠 「愛してます」

………………緒方家

理珠 「………………」

イライライライラ……

理珠 (……単純明快なゲームだったはずです)

理珠 (ただ成幸さんに、“愛してる” と言うだけのゲーム……)

理珠 (それなのに、私は……)


―――― 『あ……あいしししししししししししししししし』

―――― 『緒方さんがバグった!!』

―――― 『今度はまた別のイミで壊れたレコーダーに!!』


理珠 「なぜ、そんな簡単なこともできなかったのでしょうか……」

ブツブツブツ……

親父さん (理珠たま、機嫌が悪いなぁ。何かあったのかなぁ……)

親父さん (でも、イラついてる理珠たまもキュートだなぁ……) キュンキュン

理珠 (なんにせよ、このまま済ますのは私のゲーマーとしてのプライドが許しません)

理珠 (大前提となるゲームの開始すらできず敗北するとは、なんと情けない……)

理珠 「……負けません」

理珠 「なんとかして、成幸さんに “愛してる” と言ってやります!!」

親父さん 「!?」 ゴフッ 「理珠たま!? いま、パパ聞き間違いしちゃったかな!?」

親父さん 「理珠たま今、センセイに “愛してる” とかなんとか……」

理珠 「はい? ええ、言いましたけど、それが何か?」

親父さん 「り、理珠たまとセンセイは、もうそういう関係なのかい……?」

理珠 (そういう関係? 気軽にゲームをする関係ということでしょうか?)

理珠 「ええ、そうですね。そういう関係ですが、それが何か?」

親父さん 「!!」 ガーン!!!!

親父さん 「お、おのれ……センセイ……!!」 ギリッ

理珠 「まぁそれはそれとして、また私の部屋を勝手に覗いてましたね」

理珠 「お父さん、今後一週間半径3m接近禁止です」

親父さん 「!? そ、それだけは勘弁してくれー! 理珠たまー!」

………………翌日 一ノ瀬学園

成幸 「……つまりこの五段活用は、現代文法での五段活用とは少し違うわけだな」

理珠 「ふむふむ……」

成幸 「ただここで注意しなきゃならんのが、文章の流れによって活用法が変わる点だ」

成幸 「俺のオススメは、特殊な文法を用いる作品は丸暗記してしまうことだな」

成幸 「そうすれば、わざわざ特殊な活用について考えるリソースを必要としない」

成幸 「基本の活用だけしっかりと覚えて、数種の作品については別個に活用を覚えよう」

理珠 「わかりました。ありがとうございます、成幸さん」 ペコリ

成幸 「? なんだよ、改まって。変な奴だな」 クスクス

理珠 (……ふふふ。成幸さん、油断していますね)

理珠 (普段から親愛の情をしっかりと表しておけば、“愛してる” と言うことなど造作もないはず!)

理珠 (これはそのための布石です……!)

理珠 「いえ、成幸さんにはいつも勉強を教えていただいて、本当に感謝していますから」

理珠 「……いつも、本当にありがとうございます」

成幸 「そ、そうか? なんか、改めてそう言われると照れるな……」

うるか 「むっ……」

うるか 「あ、あたしも! いつも成幸には、ホント感謝してもしきれないよ!」

うるか 「いつもありがとね、成幸っ」

成幸 「お、おう。どういたしまして……」 テレテレ

文乃 「………………」

文乃 (……突然どうしたというのかな。うるかちゃんはともかくりっちゃんは)

理珠 「………………」 フンスフンス

文乃 (言葉とは裏腹に、成幸くんのことを好戦的な目で見ているし、気合いも入ってるように見える……)

文乃 (嫌な予感がするなぁ……)

文乃 「……ん、まぁ、わたしももちろん、成幸くんには感謝してるんだよ」

文乃 「いつもありがとうね、成幸くん」

成幸 「あ、ああ……/// 今日は一体どうしたんだ」

文乃 (人の気も知らないで照れてるなぁ、成幸くん……)

理珠 (むぅ……文乃もうるかさんも、私に言葉をかぶせてきましたね)

理珠 (私の意図を察しているのでしょうか。一人勝ちは許さない、と……)

理珠 (しかし、負けません!)

理珠 「……わ、私が一番感謝していますよ。なにせ私は、成幸さんのことを……あっ……」

成幸 「?」

理珠 「あ、あい……あい………………」

プシュー

理珠 「はぅ……///」

成幸 「なぜ急にオーバーヒートした!? 大丈夫か緒方!?」

理珠 (や、やはり、“愛してる” の言葉はなぜか言えません……)

理珠 (ですが、きっとですが、私がこれを自然に言えたとき、私は成幸さんに初めて勝利できる気がします)

うるか 「リズりんだいじょーぶ?」

理珠 「え、ええ……。すみません。少し休んでいることにします」

文乃 「………………」

文乃 (……うーん。また嵐の予感だよ……)

………………立ち食いそば屋

成幸 「……悪い、古橋。付き合ってもらっちゃって」

文乃 「べつにいいけど、ふたりだけで話がしたいって、一体どうしたの?」

成幸 「いや、今日の緒方の様子についてなんだけどさ……」

成幸 「……あいつ、今日一日ずっと変だっただろ?」

成幸 「そのせいで、今日終わらせたかった範囲が全然終わってないんだよ」

ズーン……

成幸 「前に小テストの点数が落ちたときに比べればマシだけど、これがずっと続くようだと……」

文乃 「おおう……」 (成幸くん凹んでるなぁ……)

文乃 (まぁ、たしかに今日のりっちゃんは、成幸くんに何かを言いかけてはオーバーヒートする、っていうのを繰り返してたし、)

文乃 (あのままじゃ、受験勉強に支障を来しちゃうよね)

成幸 「なぁ、古橋。緒方の様子がおかしかった理由、心当たりはあるか?」

文乃 「うーん……」 (そんなの、決まりきってるじゃない)

文乃 (絶対、きみのことに決まってるよ)

文乃 (……なんて、言うわけにはいかないもんね)

文乃 「……心当たりとかはないけど、このままじゃ困っちゃうもんね」

文乃 「いいよ。わたしがりっちゃんに聞いてあげる。今日は一体どうしたのか」

文乃 「りっちゃんが元に戻らないと、『教育係』 の成幸くんは不安だよね」

成幸 「本当か!? 助かるよ、古橋……」

成幸 「正直、俺は女子の気持ちなんて分からないし、今日も急に感謝されたりして……」

成幸 「悪い気はしなかったけど、ちょっと怖かったんだ……」

文乃 (うん。こっちとしてはあまりにも鈍すぎるきみの方が怖いと言いたいところなんだけどね)

文乃 「まぁ、本当なら女心の練習問題にするところだけど」

文乃 「お姉ちゃんが聞いてあげる。感謝してよね、成幸くん」

成幸 「ああ。本当に助かるよ。ありがとう、文乃姉ちゃん」

………………緒方うどん

ガラガラガラ……

理珠 「いらっしゃいませ……って、文乃?」

文乃 「や、りっちゃん。さっきぶり。久々にここのうどんが食べたくってさ。来ちゃった」

理珠 「わざわざお店に来なくても、うどんくらい学校に持って行きますよ」

文乃 「いや、さすがにそれに毎度甘えるわけにはいかないからね」

文乃 「……いま、お客さん少ないね。もしよかったら、一緒のテーブルで食べない?」

理珠 「たぶん大丈夫だと思います。ちょっと父に聞いてきます!」

パタパタパタ……

文乃 (変な様子はないなぁ。やっぱり成幸くんの前だけで様子がおかしくなってるみたい)

文乃 (ってことは、考えるまでもなく、恋愛がらみのことだよね)

文乃 (はぁ……。楽しいは楽しいけど、気が重いなぁ)

文乃 (うるかちゃんといいりっちゃんといい、愛が重たいからなぁ……)

………………

文乃 「……うん。やっぱりお店で食べるうどんはひと味違うね」 ズルズルズル……

理珠 「そう言っていただけると嬉しいです。やはり作りたては違いますね」 ズルズルズル……

文乃 「ごめんね。バイト中なのに、晩ご飯に付き合わせて」

文乃 (……とはいえ、ダイエット中なのに、わたしはさっきそばを食べてきたばかりだけど)

文乃 (もしこれで太ったりしたら成幸くん、絶対つねるからね)

理珠 「いえ、私もそろそろ晩ご飯休憩のつもりでしたから。ちょうどよかったです」

文乃 「……実はね、少し話があって来たんだ」

理珠 「話?」

文乃 「うん。今日、りっちゃん、様子がおかしかったからさ」

文乃 「急に成幸くんに改まった態度を取ったかと思ったら、突然顔を真っ赤にしたり……」

文乃 「今日は一体どうしたの?」

理珠 「そ、それは……」

文乃 「………………」 ジーッ

理珠 「……わ、笑いませんか?」

文乃 「笑ったりしないよ」

理珠 「絶対?」

文乃 「絶対」

理珠 「……うぅ」

文乃 (ふふふ、りっちゃん、かわいいなぁ)

文乃 (大方、勘違いか何かで、成幸くんのことを変に意識してるんだろうなぁ)

文乃 (いっそのこと、紗和子ちゃんみたいに少し誘導してあげようかなぁ……)

理珠 「実は、その……」

文乃 「うん」

理珠 「成幸さんにですね……」

文乃 「うんうん」

理珠 「…… “愛してる” と言いたくてですね……」

文乃 「………………」

文乃 「……うん?」

文乃 (ち、ちょっと待って!?)

文乃 (さっきまで微笑ましい気持ちでいたのに、とんでもないことを聞いてしまったよ!?)

理珠 「……よ、よかったです。(ゲームに負けたくらいでムキになって)文乃に笑われるかと思っていたから……」

文乃 (笑えるかぁあああああああああああ!! だよ!!)

文乃 「わ、笑えるわけないじゃん! いつから!? いつからなのりっちゃん!?」

理珠 「? いつから、とは?」

文乃 「いつからそうなの!? いつからその言葉を成幸くんに言いたくなったの!?」

理珠 「……そんなの、決まってます。先日、昼休みにゲームをしたときからですよ」


―――― 『あ……あいしししししししししししししししし』

―――― 『緒方さんがバグった!!』

―――― 『今度はまた別のイミで壊れたレコーダーに!!』

―――― ((フフ…… かわいいなぁりっちゃん……))


文乃 (あのときかぁあああああああああ!!)

文乃 「あのときのゲームで、とうとう成幸くんへの気持ちに気づいちゃったの、りっちゃん!?」

理珠 (成幸さんへの気持ちに気づいた……?)

理珠 「え、ええ。まぁ、そうですね。(成幸さんに)負けたくないという確固たる気持ちが生まれました」

文乃 「そ、そっか。そうなんだね……。(うるかちゃんに)負けたくないと思っちゃったんだね……」

文乃 「あ、もちろん分かってると思うけど、わたしは大丈夫だからね? りっちゃんの敵じゃないからね?」

理珠 「? いえ、文乃にもいつか絶対に勝ちますけど。このまま負けっぱなしでいるつもりはありません」

文乃 「!?」 (わ、わたしも敵認定されてたの!?)

文乃 「……オホン。まぁ、それは置いておくとして」

ドキドキドキ……

文乃 「りっちゃん、分かってるの? それを言ったら、今までの関係ではいられなくなるんだよ?」

理珠 「ええ。もちろん、関係性は変わるでしょう」

理珠 「負け続けだった私が、ようやく成幸さんに並び立つことになるわけです」

文乃 (負け続け……? ひょっとしてりっちゃんって、今までも意外と恋愛してきたのかな……?)

文乃 (成幸くんは、りっちゃんにとって、初めて隣に立ちたいと思えた男の子なのかな)

文乃 「……そっか。それが分かってるなら、わたしはもう何も言わないよ」

文乃 「がんばってね、りっちゃん!」

理珠 「………………」 ジーッ

文乃 「りっちゃん? どうかしたの?」

理珠 「……いえ。文乃はそれでいいのかな、と思いまして」

文乃 「へ……?」

理珠 「文乃はそれでいいのですか? わたしを応援するだけで、本当に」

文乃 「っ……」

ドキドキドキ……

文乃 「わっ、わたしはべつに、だって……成幸くんのことなんて……」

理珠 「悔しくはないのですか? 私はすごく悔しいです。だから、挑戦するんです……」

理珠 「文乃だって同じはずです。(成幸さんに)勝ちたいとは思わないのですか?」

文乃 「だってわたしは、りっちゃんとは違うもん。べつに、成幸くんにどうとか、そういうのは……」

文乃 (なんでそんな意地悪なことを言うのさ、りっちゃん。わたしが、友達の好きな子のことを、好きになるはずないじゃない)

ズキッ

文乃 (わたしはいいんだよ……。りっちゃんやうるかちゃんががんばってくれれば、それで……)

文乃 「……わたしには、そういうの、ないから」

理珠 「そうですか。わかりました。それなら、結構です」

理珠 「ですが、私は行きますよ。明日は無理でも、明後日……いえ、一週間以内には、必ず……」

理珠 「成幸さんに “愛してる” と言って見せます!」

文乃 「……うん」

文乃 (ああ、りっちゃんはすごいな。もう決めてるんだ)

文乃 (まっすぐな目をして、成幸くんに言うんだろうな……)

文乃 (自分の気持ちを、まっすぐ……)

ズキズキ……

文乃 (……何で、こんなに胸が痛いんだろう)

文乃 (どうして……)

理珠 「……文乃? どうかしましたか? 表情が暗いですが」

文乃 「へ……? う、ううん。なんでもないよ」

文乃 「えへへ、うどん、美味しかったよ。ごちそうさま」

文乃 「じゃあ、いつまでもお店にいたら迷惑だろうから、わたしもう帰るね」

文乃 「りっちゃん、また明日。お父さんとお母さんにもよろしくね」

………………翌朝 いつもの場所

文乃 「特に心配はいりません」

成幸 「へ……? 開口一番なんだそれは、古橋」

文乃 「だから、りっちゃんに関しては心配いらないよ、って。むしろこれから心配なのはうるかちゃんかな……」

文乃 (いや、万が一きみがりっちゃんの気持ちを拒絶したら、両方崩れるかもだけど……)

成幸 「うるかが心配? どういうことだ?」

文乃 「……わたしから詳しいことは言えないよ。今日か明日か、少なくとも今週中には分かることだよ」

成幸 「ど、どういうことだ? 俺に分かるように言ってくれ。俺の教え方が悪いのか?」

文乃 「だからそうじゃないんだって……」

文乃 「……あまりにも鈍すぎるのは罪だよ、成幸くん」

成幸 「……うーん、わからん」

成幸 「なんにせよ、俺にできることは、あいつらが頑張れるようにしっかり教材研究をすることだな」

成幸 「そうと決まれば、善は急げだ。早速教室で教材作りだな」

文乃 (だからそうじゃないんだけどな……)

成幸 「古橋、ありがとな。なんのことか分からんが、お前のおかげで危機感が持てたよ」

成幸 「じゃあ、俺は教室に向かうから……」

文乃 「あっ……ま、待って!」

コケッ

文乃 「へ……?」 (あ、段差……)

成幸 「あ、危なっ……」

ポスッ

成幸 「……大丈夫か、古橋?」

文乃 「えっ……あ、うん。ありがと、成幸くん……」

文乃 (相変わらず意外とたくましい身体……)

文乃 (わたしまた、成幸くんに抱き留めてもらってるんだ……///)

ギュッ

成幸 「へ……? ふ、古橋? なんで、俺の腕を……?」

文乃 「……ごめん。話を聞いてほしくて。このまま、話を聞いてもらってもいい?」

成幸 「あ、ああ……」 (ち、近い! 良い匂いが! いやそうじゃなくて……!)

成幸 (なんで古橋は俺に抱きついたまま話を続けようとしてるんだ!?)

文乃 「あの……あのねっ」

文乃 「これから、きみはひょっとしたらすごく難しい選択を迫られるかもしれない」

文乃 「そのとき、きみがどんな選択をするのか、わたしには分からないし、いまのきみにもわからないと思う」

文乃 「でもね、きみがどんな選択をしても、きっと誰かが傷つく。そしてきっと、きみも傷つくと思うんだよ」

成幸 「古橋……?」

文乃 「でも……でもね。たとえ、きみがどんな選択をしてどんな人に恨まれたり、嫌われたりしても……」

文乃 「わたしだけはきみの味方だからね。それだけ、覚えておいてほしくて……」

ドキドキドキドキ……

文乃 (ああ、ずるい女だ、わたし……)

文乃 (成幸くんがりっちゃんと結ばれても、結ばれなくても、成幸くんの味方でいようとしてる……)

文乃 (こんなの、わたし……)

文乃 (成幸くんのこと、そういう風に思ってるように思われたって、仕方ない……――)


「――何をしているのですか? 文乃? 成幸さん?」


文乃 「えっ……?」

文乃 「り、りっちゃん!?」

ハッ

文乃 「ち、違うんだよ! これは、その……わたしがこけそうになって、成幸くんに支えてもらっただけで……」

理珠 「そうですか」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

理珠 「まぁ、そんなことどうでもいいですが」

文乃 (めちゃくちゃ怒ってるよーーーーー!!)

文乃 (ひ、ひょっとしてさっきのわたしの言葉も、聞いてたのかな……)

理珠 「そんなことより、成幸さん」

グイッ

成幸 「うおっ……き、急に引っ張るなよ」

文乃 (わたしから成幸くんを奪い取るように露骨な正妻アピール!?)

理珠 「いまなら、勝てる気がするのです。聞いてくれますか?」

文乃 (この場で!? この場で言っちゃうのりっちゃん!?)

文乃 (やっぱりわたしのことを敵だと思ってるから、宣戦布告的な意味でもあるのかな!?)

理珠 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

理珠 (ふふふふふふ……。今なら言えます。絶対に言えます)

理珠 (ケガの功名と言うべきでしょうか。昨日、学校での勉強が捗らなかったため、ほぼ徹夜で勉強をしましたから)

理珠 (現在の私はほぼ前後不覚! 自分がいま何を言っているのかすらあまりわかりません!)

理珠 (いまの私ならば、ノリと勢いで “愛してる” のひとつやふたつ簡単に言えます!)

理珠 (成幸さん、覚悟!!)

成幸 「? 聞いてくれるかって、俺に何か話もあるのか、緒方?」

理珠 「そうです。成幸さんに一言言っておかなくてはならないことがあるのです」

成幸 「な、なんだ? 俺の教育方針への改善要求か? それなら善処するが……」

理珠 「違います。成幸さんは 『教育係』 としてこれ以上ないくらいがんばってくださっています」

成幸 「そ、そうか。それなら嬉しいが……。なら、他に一体何の話があるんだ?」

理珠 「ふふ。よく聞いてくださいね。いきますよ」

文乃 「………………」 ドキドキドキドキ……

理珠 「あ……あ……」

成幸 「……?」

理珠 (うぅ……頬が熱い。恥ずかしい。言ってはいけない気もする……)

理珠 (でも、今度こそ逃げたくないです。負けたくないです……!)

理珠 「あ……愛して……あい……」

理珠 (大丈夫、言えます。だって、わたしは成幸さんのこと、嫌いではありませんから)

理珠 (『教育係』 としてがんばってくれてます。尊敬してます。感謝もしてます)

理珠 (……愛していると言って、決して過言ではない気がします)

成幸 「あの、緒方……?」

文乃 「……だめだよ、成幸くん。今は、りっちゃんの言葉を聞いてあげて」

成幸 「あ、ああ……」

理珠 (……大丈夫です。絶対、言えます)

理珠 「………………」

ギュッ

理珠 「……成幸さん。“愛してます”」

成幸 「………………」

成幸 「へっ……?」

ボッ

成幸 「なっ、ななななな、何を……////」

成幸 「い、いきなり何を言うんだ、緒方……///」

文乃 (言ったぁあああああああああああ!)

ドキドキドキドキ……

文乃 (言っちゃったよ!? どうなるの!? 怖いけどドキドキする……!)

文乃 (成幸くんは一体どんな返答を……――)


理珠 「――ふふ、照れましたね。私の勝ちです!!」


成幸 「へ……?」

文乃 「え……?」

理珠 「“愛してる” のコールに対して、照れましたね。私の勝ちです、成幸さん!」 バーン!!!

成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸 「……緒方。悪い、ちょっとタイム」

理珠 「へ……?」

成幸 「……おい、古橋。ひょっとしてこれは、この前昼休みにやったあのゲームの続きか?」 コソッ

文乃 「わたしにも分からないけど、たぶんそうなんだと思う……」 コソッ

成幸 「昨日様子がおかしかったのもそのせいか?」

文乃 「たぶん……」

文乃 (……昨日のわたしとの話もおかしなところがあったし……)

文乃 (……つまり、りっちゃんは、成幸くんにゲームで勝とうとしていただけだったのかな)

成幸 「……うん。わかった」

成幸 「……なぁ、緒方」

理珠 「はい、なんですか?」

成幸 「ちょっとお説教するから、そこ座りなさい」 ニコッ

理珠 「へ……?」

………………

成幸 「いいか、緒方。俺もゲームをするなとは言わないよ?」 クドクド

理珠 「はい」

成幸 「勉強の後に付き合ってやってるだろ? 言ってくれればちゃんとやるよ、俺も。ゲーム」

理珠 「はい……」

成幸 「俺に対抗意識を燃やしてもらってもいいよ? ただ、急にゲームを始めるのはやめなさい」

成幸 「開始したかも分からないゲームに振り回される俺の気持ち、分かるか?」

理珠 「……今考えると、とんでもないことをしていたな、と思います」

成幸 「うんうん。わかってくれて嬉しいよ」

文乃 (結構ガチ説教だね、成幸くん……。まぁ、本当にりっちゃんのこと心配してたもんなぁ……)

成幸 「それから、一番大事なことだけどさ、」

理珠 「……?」

成幸 「誰彼構わず、“愛してる” なんて言うのはやめとけよ。変な奴に勘違いされるぞ」

成幸 「俺だから良かったものの、大森相手だったりしたら、今ごろ……――」

理珠 「――い、言いません!」 ガバッ

成幸 「わっ……な、なんだ、急に……」

理珠 「言いません! 成幸さん以外の人に、そんなこと、言うわけないです……」

理珠 「成幸さんだから……言うんです……」

成幸 「お、おう。そうか。それならいいけど……。いや、よくはないけど……」

文乃 (おおう……。ここまでやられて気づかない成幸くんの鈍さも相当だよね……)

文乃 「……まぁ、そのへんにしておこうよ、成幸くん。りっちゃんも反省してるみたいだし」

成幸 「ああ、そうだな」

理珠 「すみません。成幸さん、文乃。私はまた、人の気持ちが分からず迷惑をかけてしまったようです……」

シュン

理珠 「……先日のゲームで、成幸さんに勝てそうだったのが嬉しくて、つい調子に乗ってしまいました」

成幸 「………………」 ハァ 「……ま、いいじゃないか。どうであれ、結果として今日はお前が勝ったんだから」

成幸 「でも、あんなの勝てるわけないじゃないか。お前、顔真っ赤だったし、涙目だったし、俺の手まで握って……」


―――― 『……成幸さん。“愛してます”』


成幸 「っ……///」 (お、思い出しただけで恥ずかしくなってきたぞ……)

理珠 「そ、そうですね。初めて成幸さんにゲームで勝ったのですから、結果オーライでいいですね!」

文乃 「………………」

フルフル

文乃 「……ダメだよ、りっちゃん。今日も勝ててないよ」

理珠 「ふ、文乃……!?」 ガーン

文乃 「だってそうでしょ? そもそも成幸くんはゲームの開始すら知らなかったわけだし」

文乃 「そもそもりっちゃん、言う前から照れてたし」

文乃 「それに、“愛してる” じゃなくて、“愛してます” って言ってるし」

理珠 「うっ……」

文乃 「……ってことで、またりっちゃんの負けかな」

成幸 (容赦ないな、古橋……)

理珠 「……ひょっとして文乃、怒ってますか?」

文乃 「……べつに」

プイッ

理珠 (お、怒ってますね……。悪いことをしました……)

文乃 「………………」

文乃 (まったくもう。わたしがどれだけきみのことを心配したと思ってるのかな、りっちゃん)

文乃 (昨日なんかりっちゃんとうるかちゃんのことが心配すぎて、結局一睡もできなかったよ!)

文乃 (その結果がゲームだっていうんだから、まったくもう。りっちゃんは……)

ハァ

文乃 「……本当に、仕方ないなぁ、りっちゃんは」 ニコッ

理珠 「あっ……す、すみませんでした、文乃」

文乃 「いいよ。でも、そうだな。少しだけ意地悪しちゃおっかな」

グイッ

理珠 「へ……? ふ、文乃? 近いです……」

文乃 「内緒話だよ、りっちゃん。成幸くんに聞こえないように言うだけ感謝してほしいな」 コソッ

理珠 「内緒話……?」 コソッ

文乃 「りっちゃんは、どうして “愛してます” って言っちゃったのかな?」

理珠 「へ……?」

文乃 「まるで、本当に告白するときみたいだよね……なんて」

理珠 「………………」

ボフッ

理珠 「……っ、そ、そんな、ことは……///」

理珠 「ふ、普段から丁寧語だから、つい出ちゃっただけです……」

文乃 (ふーん。まぁ、大森くんのときは “アイシテル” って言ってたけどね)

文乃 「……ま、そういうことにしておきますかね」

理珠 「へ、変なことを言わないでください、文乃」

成幸 「おい、古橋、緒方。何の話をしてるんだか分からないけど、もう行くぞ」

成幸 「そろそろHRが始まるからな。教室に入らないと」

文乃 「……そうだね。ほら、行くよ、りっちゃん」

理珠 「……はい!」

文乃 (まったくもう。ヒヤヒヤさせてくれるよ)

―――― 『……ダメだよ、りっちゃん。今日も勝ててないよ』


文乃 (ちょっと厳しかったかな)

文乃 (でも、ダメだよ、りっちゃん)

文乃 (だって、こんなだまし討ちみたいなカタチで成幸くんに勝っても、りっちゃんだって嬉しくないでしょ?)

文乃 (りっちゃんは、いつかきっと、成幸くんに対しての気持ちに気づくだろう)

文乃 (その後、りっちゃんがどうするのかは分からないけれど)

文乃 (……でもきっと、りっちゃんが成幸くんに “勝つ” のはその後のことだから)

文乃 (だからりっちゃん。それまでは)

文乃 (……成幸くんに勝つのはきっと、お預けだよ)

文乃 (いつかりっちゃんが、ゲームでもなんでもなく、心の底から、)

文乃 (“愛してます” と言える、そのときまで)

ズキッ

文乃 「っ……」 (……大丈夫。痛くない。痛くない。痛いはず、ない)

文乃 (わたしはこれっぽっちも、そんなこと、思ってない)

おわり

………………幕間 「前日の緒方うどん」

親父さん (……文乃ちゃんが店に来た。挨拶に行きてえが、接近禁止命令が出ている以上近づけねえ)

親父さん (せめて物陰からふたりの会話だけでも……)

「成幸さんにですね……」  「うんうん」  「…… “愛してる” と言いたくてですね……」

親父さん 「……!?」 (な、なんだと!? やはり理珠たまはセンセイに……!?)

「わっ、わたしはべつに、だって……成幸くんのことなんて……」

親父さん (この恥じらう声は、文乃ちゃんの声だな!? あのヤロウ! うちの娘だけじゃなく、文乃ちゃんまで……!!)

「ですが、私は行きますよ。明日は無理でも、明後日……いえ、一週間以内には、必ず……」

「成幸さんに “愛してる” と言って見せます!」

親父さん 「ゴフッ……」 (ち、ちくしょう……なんてこった……)

親父さん 「あ、あのヤロウ……!! もう許さねぇ! 息の根を止めてや――」

理珠 「――お父さん。また盗み聞きしてましたね?」 ニコッ 「半径五キロメートル接近禁止です」

親父さん 「パパもう市内にもいられなくなっちゃう!?」

おわり

>>1です。読んでくださった方、ありがとうございました。


また投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】理珠 「ポッキーゲームというのをやりたいです」

………………一ノ瀬学園 3-B教室

文乃 「………………」

文乃 (……またとんでもないことを言い出したなぁ)

成幸 「ポッキーゲームってなんだ?」

文乃 (こっちはこっちで知識が偏りすぎじゃないかな?)

うるか (ぽ、ポッキーゲーム!? 成幸と!?)

うるか (そ、それって……はうっ……///)

文乃 (そしてこっちは乙女がダダ漏れだよ……)

文乃 「えっと、りっちゃん? どうしていきなりそんなことを言い出したのかな?」

理珠 「昨日ニュースで見ました。11月11日はポッキーの日だから、ポッキーゲームというゲームをやるのだと」

文乃 「その肝心のポッキーゲームのルールは知ってるの?」

理珠 「………………」

ハッ

理珠 「……そ、そういえば、ルールについては全く触れられていませんでした」

文乃 (まぁ、そんな放送倫理に引っかかりそうなことをニュースで解説はしないよね……)

うるか 「リズりん、ポッキーゲームっていうのはね、ふたりで両側からポッキーをむぐうっ」

文乃 (ふふふ……言わせないよ、うるかちゃん)

文乃 「ポッキーゲームはりっちゃんにはまだ早いかなー。ってことで話を変えようか」

うるか 「もがもがもがっ! (えー! 文乃っちひどいよー!)」

成幸 「ん、でも俺もルールくらいは気になるな。一体どんなゲームなんだ?」

文乃 (きみがそこで背中からわたしを撃つの!?)

文乃 「いや、でも……――」

「――ふたりがポッキーを両側から咥えるんです~。そしてお互いに食べ進めて、先に折った方が負け、というゲームですよ~」

文乃 「!?」 (こ、この声は……!)

文乃 「鹿島さん!? 蝶野さんと猪森さんも……」

鹿島 「いや~、突然話に入って失礼致しました~」

ニコリ

鹿島 「でも、いつも通り姫をウォッチしていたら楽しそうな話をしていたので、つい~」

文乃 (もうツッコむ気すら起きないよ……)

成幸 「ポッキーを両側から咥えて……お互い食べ進めて、先に折った方が負け……?」

成幸 「……////」 プシュー

文乃 (あー、もう。そういう感じになるってわかってたから、言わないでいたのにー!)

理珠 「単純なゲームですね。ポッキーにせん断応力を加えることなくいかに食べ進めるかがキモになりそうですね」

文乃 「……うん。りっちゃんはそういう反応だと思ってたよ」

うるか 「あ、愛してるゲームみたいにやってみない? なんて……。えへへ……」

文乃 (こっちの気も知らないで、お気楽娘めぇ~~~~)

文乃 「やれると思う? なんだったら今からわたしとやってみる、うるかちゃん?」

うるか 「えっ……」 カァアア…… 「ふ、文乃っちがいいなら、いいよ……?」

文乃 「えっ……」 ドキッ

文乃&うるか 「「………………」」 ドキドキドキドキ

文乃 「……あっ、で、でも、ポッキーがないし」

蝶野 「ご心配なく。ここにあるっス」 スッ

文乃 「用意周到だね!」

鹿島 (ふふふ。最初は女の子同士でやってもらって、いずれは古橋姫と唯我成幸さんにやってもらいます)

鹿島 (昨日のニュースを見ていて思いついた、名付けて 『ポッキーゲームで姫と王子もドキドキ!』 大作戦です!!)

………………

文乃 「………………」

うるか 「………………」

文乃 「じ、じゃあ、行くよ、うるかちゃん」

うるか 「う、うん。負けないかんね、文乃っち」

ハムハムッ

文乃 「っ……」 (こ、これは……)

うるか 「はう……」 (よ、予想以上に……)

文乃&うるか ((近い……!!))

文乃 (これはとんでもないことだよ!? 同性でもこれなんだから……!)

うるか (成幸とポッキーゲームなんて、想像するだけで……うぅ……)

文乃 (っていうか、改めて間近で見ると、うるかちゃんって……)

うるか (文乃っちって、やっぱり……)

文乃&うるか ((めちゃくちゃかわいいなぁ……///))

緒方 (……? あのふたりは、見つめ合って顔を赤くして、何をしているのでしょうか)

………………

鹿島 「あらあら~。結局見つめ合ったまま大して食べ進められませんでしたね。引き分けです」

文乃 「………………」 ドキドキドキ (う、うるかちゃんかわいかった……)

うるか 「………………」 ドキドキドキドキ (文乃っちって、やっぱり美少女だなぁ……)

理珠 「わ、私もやりたいです、ポッキーゲーム!」

文乃 「!? 何で!? 正気なのりっちゃん!?」

理珠 「はい。最初はとんでもないゲームだと思いましたが、お二人がやっているのを見て面白そうだと思いました」

理珠 「現に、おふたりは今、何かとても満たされたような顔をしています!」

文乃&うるか 「「そんな顔してないよ!!」」

うるか 「それに、あたしたちは今やったばっかりで精も根も尽き果てるし、誰とやるの?」

理珠 「えっ……そ、それは……」 チラッ

成幸 「……?」

ハッ

成幸 「お、俺!? いやいやいや!! さすがに女子とはできないだろ!!」

理珠 「むっ……」 プクゥ (そんなに拒絶しなくたって、いいじゃないですか……)

成幸 (もしそんなことを緒方とやっていて、また桐須先生が教室に入ってきたら今度こそ殺される!!)

鹿島 「………………」 (……唯我成幸さんには、この後古橋姫とポッキーゲームをしてもらう必要があります)

鹿島 (ここは、緒方理珠さんと私がポッキーゲームをすれば……――)

「――受けて立つわ! 緒方理珠!」 バーン

理珠 「せ、関城さん……? どうしてここに?」

紗和子 「そんなの決まってるじゃない! あなたのことを観察していたら、ポッキーゲームなんて単語が飛び出して……」

紗和子 「うらやましいから混ざりにきた――違う! 仕方ないから来てあげたのよ!!」 ババーン

紗和子 (これは、緒方理珠と私の親友度を上げるための絶好のチャンス!!)

紗和子 (本当なら緒方理珠と唯我成幸にやらせてあげたいけれど、さすがに公衆の面前でやらせるわけにはいかないわ!)

紗和子 「本当に仕方ないけれど、勝負を受けてやるわ!!」

………………

ハムハムッ

理珠 「………………」

紗和子 「……ハァ……ハァ……」 (し、至近距離に緒方理珠が……///)

紗和子 (これは……想像以上だわ……)

理珠 (……正直な話、想像よりはるかに簡単なゲームです)

理珠 (目の前で顔を真っ赤にして鼻息を荒くしている関城さんは正直キモいですが、)

理珠 (別段どうという話もありませんし……)

ハムハムハムハムッ

紗和子 「!?」 (お、緒方理珠の顔がどんどん近づいて……――ッ)

紗和子 「だ、ダメよ、緒方理珠! あなたには唯我成幸という人が……!」

パッ

文乃 「あっ……」

鹿島 「おお~」 パチパチパチ 「関城さんがポッキーを放してしまいましたね~。緒方さんの完勝です」

理珠 「えっ……?」 ムシャムシャムシャ 「わ、私の勝ちですか……!?」

紗和子 「ぐふふ……ふへへ……お、緒方理珠……///」

文乃 (うわぁ……紗和子ちゃん、これは昼休み中には回復しそうにないなぁ……)

紗和子 「でへへっ……緒方理珠の、小さな唇が、私に近づいて……」

紗和子 「ぐふふっ……」

文乃 (気持ち悪いなぁ……)

理珠 「わ、私が勝った……」 グッ 「私が勝ったんですね!!」

成幸 「おう、緒方の完全勝利だ。すごいぞ」

理珠 「ありがとうございます、成幸さん!」

理珠 「ひょっとしたら私は、ポッキーゲームを極めるために生まれてきたのかもしれません!」

成幸 「うん。それは違うと思うぞ、緒方」

理珠 (ポッキーゲームなら、ひょっとして私は誰にでも勝てるのでは……?) ニヤリ

鹿島 「で、では、そろそろ仕切り直しで、古橋さんと唯我さ――」

理珠 「――次は文乃と私がやりましょう!」

鹿島 「なっ……!?」

文乃 「!? なんでわたしなの!?」

理珠 「ダメですか、文乃?」 キラキラキラ

文乃 「ぐっ……」 (純粋な目で見つめおってからに……) キリキリキリ

文乃 (まぁ、鹿島さんはどうせわたしと成幸くんをやらせたがっているだろうから、むしろ好都合かな……)

文乃 「いいよ、りっちゃん! 負けないよ!」

理珠 「私だって負けません!」

………………数分後

文乃 「り、りっちゃん、そんな……急すぎるよ……」

うるか 「リズりん、大胆だよぅ……」

蝶野 「め、目の前に美少女の顔が来ると、予想以上っス……。うぅ、理珠さん……///」

猪森 「うぅ……さ、さすがだ、緒方さん……いや、理珠ちゃん……///」

成幸 「うぉぉ……」 (なんだこの、死屍累々の光景は……)

鹿島 (な、なぜこんなことに!? 私はただ、古橋姫と唯我成幸さんにポッキーゲームをさせたかっただけなのに……)

鹿島 (緒方理珠さんの超高速戦法に、誰ひとり太刀打ちできずに敗北していく……)

ポン

鹿島 「……!? ヒッ……!! 緒方さん……!?」

理珠 「次は鹿島さんですよ。ふふ。ほら、こっちを咥えてください」 ハムッ

鹿島 「あっ……ああああ……」 ガタガタブルブル

………………

鹿島 「あっ……/// ふ、古橋姫以外でこんなにときめいたのは、初めてかもしれません~……」

成幸 (また死体が増えた……)

理珠 「………………」 (ふふふ……ふふふふふ!! ゲームで勝つのがこんなに楽しいとは!!)

理珠 (皆さんは今まで、こんな楽しい気分を味わっていたのですね!)

理珠 (今こそ、敗北者の気持ちを全員に刻みつけてやるのです……!!)

ジロリ

成幸 「ひっ……。お、緒方……?」

理珠 「さぁ、残るは成幸さんだけですよ。さぁ、私とポッキーゲームをしましょう」

理珠 (そして、私に勝利をもたらすのです……!!)

キーンコーンカーンコーン……

理珠 「……えっ」

成幸 「あっ、五時間目の予鈴だな! ほら、もう遊びは終わりだ。緒方も教室戻れよ」

成幸 「ほら、お前らもいつまでも放心してないで起きろ。授業が始まるぞ」

理珠 「むぅ……」

理珠 「………………」

プクゥ

理珠 (やっと成幸さんにゲームで勝てると思ったのに、残念です……)

理珠 (そうです。まったく、今回こそ成幸さんに勝って、鼻を明かしてやろうと思っていたのに……)

理珠 (成幸さんに勝てる明確なビジョンだってあります。脳内でシミュレーションしてみたって……)

理珠 (私がどんどん食べ進めて……成幸さんはその私の動きに対応できず、咥えたまま……)

理珠 (呆けた成幸さんの顔にどんどん近づいていき、そのまま、成幸さんの唇に……――)

――ハッ

理珠 (……く、唇に、触れる……?)


―――― 『それって緒方が 誰かとキスしてるってこと?』

―――― 『もう一度してみたら…… 何かわかるでしょうか』


理珠 「ふぁっ……」

理珠 (わ、私はひょっとして、とんでもないことを……?)

理珠 (また “キス” に近しい何かを成幸さんにしようとしてしまったのでは!?)

理珠 (私はまた、成幸さんの唇に……)

理珠 (キスに類する何かを、しようと……)

理珠 「………………」

理珠 (……やはり、わかりません)

理珠 (なぜ私は、成幸さんにだけ、こんなにも気持ちを高ぶらせてしまうのでしょう……)

成幸 「……おい、緒方」

理珠 「!? な、なんですか……?」

成幸 「まぁ、べつにどうってことはないけどさ……」

ズイッ

理珠 (ち、近っ……。な、何を、成幸さん……)

成幸 「……前も言っただろ。冗談でも、口と口を近づけるようなことは、しちゃいけないんだ」 コソッ

理珠 「へ……?」

成幸 「特に、男相手だったらな。遊び半分でも絶対にダメだ」

成幸 「ゲームに勝って楽しかっただろうけど、絶対に男とはやるなよ。いいな?」

理珠 「わ、わかりました。約束します……」

成幸 「ならいい。ほら、教室戻れ」

理珠 「はい……」

理珠 「………………」 (……いつか、遊び半分でないのなら)

成幸 「おーい、関城。起きろー」 ペシペシペシ 「なんで一番最初の被害者のお前がまだ倒れてんだよ」

理珠 (成幸さんは、怒らないのでしょうか?)

理珠 (遊び半分でなく、本気なら……)

理珠 (いつか私も、いつだか成幸さんと観たあの映画のように……)

理珠 (ゲームでも、事故でもない、キスが……)

ドキドキドキドキ……

理珠 (できるのでしょうか……)


おわり

………………幕間1 「その日の職員室」

真冬 「ふぅ……」 (今日の授業はなかなかだったわね)

真冬 (ALの試みも上手くいったし、ICT機器の使い方も我ながら上手だったわ)

真冬 (この調子で教材研究を続けて、いずれは論文にまとめて教材を学会で発表したいわね……)

理珠 「失礼します」 ガラッ 「3年F組の緒方です。桐須先生はいらっしゃいますか?」

真冬 (……? 緒方さんが私を訪ねるなんて珍しいわね) 「ここにいます。用があるならどうぞ、いらっしゃい」

理珠 「はい、失礼します」

真冬 「……何の用かしら? あなたが私のところに来るなんて珍しいわね」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

理珠 「ええ。私もそう思います」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!! 「この前のリベンジに来ました」

真冬 「リベンジ……?」

理珠 「ごき○りポーカーでの30連敗の屈辱、私は決して忘れません。今日こそその雪辱を晴らします!」

真冬 「……この前やったカードゲームの話? その前に、雪辱は晴らすものではなく果たすものよ。誤用に注意しなさい」

理珠 「ぐっ……しかしそんな余裕でいられるのも今のうちです! さぁ、桐須先生! ポッキーゲームで勝負です!」 バーン

真冬 「………………」 ガシッ 「……緒方さん。とりあえず生徒指導室でお説教ね。来なさい」

理珠 「えっ……」 ズルズルズルズル 「な、なぜですかぁああああ………………」 ズルズルズル………………

………………幕間2 「その日の唯我家」

成幸 (はぁ……今日は緒方と鹿島のせいで疲れたな……)

成幸 「ただいまー……」 ガラッ

水希 「おかえりなさいっ、お兄ちゃん!」

水希 「おフロにする? ごはんにする? それとも、ポ・ッ・キ・ー?」

成幸 「………………」

成幸 「……うん。ポッキー咥えてキメ顔してるところ悪いんだけどさ、」

成幸 「お兄ちゃんはそろそろ真剣にお前の将来が心配だよ」


おわり

>>1です。
読んでくれた方、ありがとうございます。


また投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】文乃 「ポニーテールは振り向かない」

………………朝 唯我家

成幸 「………………」

ガツガツガツ……ムシャムシャムシャ……

和樹 「おー。兄ちゃん朝から早食いだなー」

成幸 「ん……」 ゴックン 「早めに学校に行って、ノートをまとめておきたくてな」

葉月 「さっすが兄ちゃん! 勉強熱心ね!」

成幸 (まぁ、俺のノートじゃなくてあいつらのノートだけどな……)

成幸 「ってことで、ごちそうさま。もう学校行くな!」

水希 「あっ……お兄ちゃん、ちょっと待ってー」

ドタドタドタ

成幸 「どうかしたか、水希?」

水希 「髪がうまくまとまらないのー! お兄ちゃんやってー!」

成幸 「……おいおい、お前中学生だろ。ポニーテールくらいいい加減できるようになれよ……」

水希 「今日は髪が言うこと聞いてくれないの!」

成幸 「仕方ないな……。ほら、後ろ向けよ」

水希 「……ぃよしっ」 グッ

成幸 「……? お前今野太い声でガッツポーズ決めなかったか?」

水希 「えーっ、なんのことー?」 キャルン

成幸 「……もういいや。じゃ、櫛入れてくぞー」

スッ……サッ……サッ……

水希 「はうぅ……」 ポワポワ (久々にお兄ちゃんに櫛入れてもらってる……)

水希 (気持ちよくてどうにかなっちゃいそう……///)

成幸 「……っし。じゃ、まとめるぞ、っと」

キュッ

成幸 「……こんなもんでいいだろ。ほら、できたぞ、水希?」

水希 「うふふ……お兄ちゃんの逞しい手が、私の髪を……えへへ……」 ポワポワポワ

成幸 「水希……? おーい、水希ー」

和樹 「あー、これはダメだな。完全にトリップしてるよ」

葉月 「こうなっちゃったら水希姉ちゃんはすぐには動けないわね」

和樹 「兄ちゃん学校で勉強するんだろ? 姉ちゃんは俺たちが見てるから、先行きなよ」

成幸 「おう、じゃあ頼んだぞー。いってきまーす!」

葉月&和樹 「「いってらっしゃーい!」」

成幸 (ふむ……)

成幸 (久々に水希の髪をいじったが、まだまだ俺も捨てたもんじゃないな)

成幸 (まぁ、ポニーテールが楽だから簡単だってのはあるけどな)

成幸 (もっと色々な結び方とかできるようになったら、水希も葉月も喜んでくれるかな……?)

成幸 (そういや、古橋ってしょっちゅう髪型変えるような……)

成幸 (ちょっと教えてもらおうかな)

………………昼休み 一ノ瀬学園

大森 「なぁ、女子の髪型ってさ、いいよな……」

小林 「……いきなりどうしたの、大森」

成幸 「しみじみ言われるとさすがにキモいぞ」

大森 「女子ってさ、髪型を変えることで変身できるんだよ……」 沁沁

成幸 「どうした、大森。悪いモンでも食ったのか? それとも頭でも打ったか?」

大森 「ってことで、お前らの女子の髪型の好みを聞こう!」

小林 「急に変なこと言いだしたと思ったら、結局ソッチに持ってくのね……」

ヤレヤレ

小林 「俺はショートカットかなぁ。スポーティでかわいいとなお良し!」

成幸 「なんだかんだ、お前ってこういう話題結構好きだよな……」

大森 「っていうかそれそのまま海原さんじゃねーか! ノロケんじゃねー!」

小林 「ははっ、バレた。でも実際、昔からショートカットの方が好きだしさ、俺」

大森 「俺は断然ロング派だぞ! カチューシャとかで流してるのが好きだ!」

大森 「お嬢様っぽくおしとやかにまとめてるのも良いな!」

成幸 「……お前たちはどうしてそう自分の性癖を事細かに語れるんだ」

大森 「なんだよー。男しかいねーんだから恥ずかしがんなよ、唯我ー」

大森 「俺たちも話したんだ。お前も話せよー」

成幸 「髪型の好みなんかねぇよ」

成幸 「そういうのはわからないっていつも言ってるだろうが」

大森 「良い子ぶんじゃねー! お前だけ聞き逃げするつもりかー!?」

成幸 「なんだその無茶苦茶な言いがかりは!? お前たちの女子の髪の好みなんかどうでもいいわ!」

成幸 (ああ、ちくしょう。早く飯食ってあいつらの教材作りたいってのに……)

成幸 (こうなったら、もう適当に答えるのが一番か……)


―――― 「……おいおい、お前中学生だろ。ポニーテールくらいいい加減できるようになれよ……』


成幸 「………………」 (……うん。ポニーテールは楽だし、嫌いじゃないな。ウソにはならない)

成幸 「あえて言うなら、ポニーテールかな。長さはべつになんでもいい」

………………廊下

理珠 「ふふふ……。明日までの宿題を今日提出したら、成幸さんはどんな顔をしますかね」

うるか 「成幸、泣いて喜ぶんじゃないかな。あたしたちの成長を喜んで!」

文乃 「そ、そうだねー……」

文乃 (冷静に考えれば、次の宿題を出すスパンが短くなるんだから、)

文乃 (成幸くんを困らせることになりかねないんだけど、まぁそれは言うまい……)

文乃 (あとで成幸くんに、宿題無理して作らなくていいからね、って言わないと……)


  「ってことで、お前らの女子の髪型の好みを聞こう!」


うるか 「……!?」 (大森っちの声!? 教室の中からだ!)

理珠 (と、いうことは、この髪型のことを聞いている相手は……)

文乃 (成幸くん、だよね……)

うるか 「……ち、ちょっと聞いてかない? この会話。べつに成幸がどーとかじゃないけど……」

理珠 「せ、せっかくですしね。成幸さんの好みを聞いておくのも、今後の関係を考えると有益かと思いますし」

文乃 (……胃が痛いなぁ) キリキリキリ……

  「俺はショートカットかなぁ。スポーティでかわいいとなお良し!」


うるか 「こばやんの声だ」 ヒソヒソ 「こばやんの彼女、海っちの髪型そのまんまだよ」

文乃 「微笑ましいねぇ……」 (胃が痛いなぁ。お願いだから成幸くん余計なこと言わないでよ……)


  「俺は断然ロング派だぞ! カチューシャとかで流してるのが好きだ!」

  「お嬢様っぽくおしとやかにまとめてるのも良いな!」


理珠 「………………」 うるか 「………………」

文乃 (大森くんの声には清々しいまでにどうでも良さそうな顔してるね……)


  「髪型の好みなんかないよ」

  「そういうのはわからないっていつも言ってるだろうが」

  「良い子ぶんじゃねー! お前だけ聞き逃げするつもりかー!?」


うるか 「そーだそーだ。もっと言ってやれ大森っち」

理珠 「……そうです。成幸さんは卑怯です」 フンスフンス

文乃 「……ほっ」 (よかった。成幸くん、黙り込んじゃったし、このまま何も言わないで終わるのかな)

文乃 (ヘタなこと言われたらりっちゃんたちの勉強に支障が出るからね。よかったよ)

文乃 「……ほら、りっちゃん、うるかちゃん、もう行くよ」

文乃 「成幸くんに宿題見せて褒めてもらうんで――」


「――あえて言うなら、ポニーテールかな。長さはべつになんでもいい」


文乃 「……!?」

理珠&うるか 「「………………」」 ジーーーーーーッ

文乃 「な、なんでわたしを見るのかな、ふたりとも……」

ハッ

文乃 (し、しまったぁあああああ!! 今日のわたし、ポニーテールだー!!)

文乃 (そしてりっちゃんは元より、うるかちゃんも今日は髪をそのままおろしてるね!)

………………

成幸 「ん……? なんか廊下が騒がしいな……」

理珠 「……し、宿題の提出は後にします! ちょっと用事を思い出しました!」

うるか 「あたしも! ちょっと用事を思い出したから放課後に提出するよ!」

文乃 「ち、ちょっとふたりとも落ち着いて……」

成幸 「……騒がしいと思ったらお前たちか」

理珠 「なっ、成幸さん!」 バババッ

うるか 「成幸、こっち見ちゃダメ!」 バババッ

成幸 「……? おい、古橋。このふたりは手で頭隠して何やってんだ?」

文乃 「わたしが聞きたいよ……」 (かわいいなぁ、ふたりとも……でも胃が痛いなぁ……)

成幸 「ん……」 (古橋、今日はポニーテールか。水希とおそろいだな)

ニコッ

成幸 「古橋も今日はポニーテールか。いいよな、ポニーテール」

文乃 「ふぇっ……!?」

文乃 (こ、このバカー! このタイミングでわたしの髪型褒めるかな、普通!!)

理珠 「!?」


―――― 『な なんだ いつも通り 普通に元気そうじゃないか よかった』

―――― 『成幸マジで信じらんないッ!!』

―――― 『最低ッ!! 最低ッ!! 最低だよ成幸くん! これだから男子は……!!』


理珠 (わ、私が前髪を切ったときは全く気づいてくれなかったくせに……)

プルプルプル……

理珠 (私が前髪を切ったときは結局最後まで気づいてくれなかったくせに!!)

理珠 (あなたはどれだけポニーテールが好きなのですか!?)

うるか (成幸めー!)

うるか (あたしが胸元開けよーがスカート丈詰めよーが気にしないくせにー!)

うるか (どんだけポニーテールが好きなんだよー! 成幸のポニテ好き変態ー!)

理珠 (こうなったら私も……) ダッ

うるか (あたしもポニテにしてきてやるー!!) ダッ

文乃 「あっ、ふ、ふたりとも……! ……行っちゃった」

文乃 (ヘアゴムだったら言ってくれれば予備を貸すのに……)

成幸 「……なんだったんだ? 最後にめちゃくちゃ睨まれたんだけど」

成幸 「俺、なんかしちゃったか……?」

文乃 (無自覚に何かしちゃってるんだよいつもー! 少しは気づいてよ……)

成幸 「……で、結局一体何の用だったんだ?」

文乃 「あっ……えっとね、宿題が早く終わったから、出しに来たんだけど……」

文乃 「ふたりはどこかに行っちゃったけど……」

成幸 「ん、そうか。じゃあ古橋のだけでも預かっとくな。ごくろうさん」

文乃 「いえいえ。いつもありがとうございます、先生」


―――― 『あえて言うなら、ポニーテールかな。長さはべつになんでもいい』

―――― 『古橋も今日はポニーテールか。いいよな、ポニーテール』


文乃 「っ……///」

文乃 (でも、そっか……) カァアアアア…… (成幸くん、ポニーテール好きなんだ……)

………………放課後

うるか 「………………」 バーン!!!

理珠 「………………」 ババーン!!!

文乃 「おおう……」 (本当にポニーテールにしてきてるよ、ふたりとも……)

文乃 「……ふたりとも、ヘアゴムはどうしたの?」

うるか 「ふふふ、あたしは水泳部だよ? トーゼン、バッグの中には常備だよ」

理珠 「私は持ち歩く習慣はないので借りました」

文乃 「誰に?」

理珠 「……関城さんです」

文乃 「おおう……」 (はしゃぎ回る紗和子ちゃんが目に浮かぶようだよ……)

文乃 (それにしても……)

文乃 (うるかちゃんはいいとしても、りっちゃんは……) ジーッ

理珠 「?」

文乃 (ちょんまげみたいになっちゃってるんだけど、りっちゃん的にはそれでいいの……?)

成幸 「悪い、遅くなった。HRが長引いてさ。待たせたな」

うるか 「なっ、成幸……」 サワッ 「おつかれさま! 全然待ってないよ!」

理珠 「え、ええ。我々も今さっき来たところですから!」 ピョコン

成幸 「よーし、じゃあ早速始めるか。ふたりも宿題終わらせてるんだろ? 早速見るからくれ」

うるか 「あ……う、うん……」 理珠 「……はい」

文乃 (胃が痛い……)

文乃 (ふたりの露骨なポニテアピールに対して、成幸くんはまったく目もくれていないよ……)

文乃 (仕方ない。ここは、ふたりの気持ちを鼓舞するためにも、わたしが一肌脱いで――)

成幸 「――ん。そういえば、古橋」

文乃 「へっ……? な、何かな?」

成幸 「お前、髪結ぶ位置変えたのか」

文乃 「えっ……」

文乃 (な、成幸くんが髪の変化に気づいた!?)

文乃 (あの女の子の感情にとんでもなく疎いニブチンの成幸くんが!?!?)

文乃 (き、驚天動地だよ……)

文乃 (たしかに、これ以上うるかちゃんとりっちゃんの乙女騒動に巻き込まれたくなくて、)

文乃 (ポニーテールからサイドテールに変えたけど、よく気づいたね……)

文乃 (いや、これもわたしの教えが染みついてきたってことかな……)

ホロリ

文乃 (師匠として鼻が高いよ……でも、成幸くん……)

理珠 「………………」 ジトーッ (……私の前髪には気づかなかったくせに)

うるか 「………………」 ジトーッ (文乃っちの髪型の変化にはすぐ気づくんだね……)

文乃 (このタイミングはやめてほしかったなぁ……!!)

ギリギリギリ……

文乃 (い、胃が……壊滅寸前のダメージを受けてる気がするんだよ……)

成幸 「どうかしたか?」

文乃 「だ、大丈夫。大丈夫だから……」 (きみはもうできるだけ喋らないでくれるかな?)

成幸 「そうか。ならいいけど……」

成幸 「でも、サイドテールってのもなかなかいいな」

理珠&うるか 「「……!?」」

文乃 「ふぇっ……?///」 (な、なんでそんな、わたしの髪型ばかり褒めるのかな!?)

成幸 (水希はいつもポニーテールだけど、部活で邪魔にならないならサイドテールにいいんじゃないだろうか)

成幸 (今度結んでやったら喜ぶかなぁ……)

理珠 「っ……」 (成幸さんの中で髪型のトレンドが動いたということでしょうか!?)

うるか (こうなったら、サイドテールにしてくるしかない!!)

ガタッ

理珠 「ちょっと用事を思い出したので一旦抜けます!」

うるか 「すぐ戻るね!」

タタタタタ……

成幸 「えっ……? うるか? 緒方?」

成幸 「なんだ……? そんな急ぎの用事があったのか……?」

文乃 「うん。あのふたりにとっては可及的速やかにこなさなくちゃいけない用事だよ……」

………………

理珠 「………………」 ゼェゼェ 「お、お待たせしました……」 ピョコン

うるか 「えへへ……。こ、これでどうだ……」 サワッ

文乃 「………………」

文乃 (……ふたりとも、急ぎすぎて髪の結び方が雑だし)

文乃 (りっちゃんに至っては、ただ横で結んだだけだから、乳幼児みたいな髪型になってるよ……)

成幸 「お、おう。おかえり。宿題は見終わったぞ。この調子で今日も勉強がんばろう」

理珠 「えっ……」 うるか 「そ、それだけ……?」

成幸 「……? 宿題はしっかりとやってるように見えたが、何か分からないところでもあったのか?」

うるか 「いや、そーじゃなくてね……」

理珠 「ほ、他に私たちに言っておいた方がいいこととか、ありませんか?」

成幸 「……?」

ハッ

成幸 「ああ、なるほど。俺としたことが、忘れるところだったよ」

理珠&うるか 「「………………」」 パァアアアアアアアアア……!!!!

成幸 「悪い悪い。お前たちが早く宿題を終わらせるから、危うく間に合わないところだったけど」

ドサッ

理珠 「えっ……」

成幸 「お前たちのがんばりに、俺も 『教育係』 として準じなければならないからな!」

成幸 「明日出す予定だった宿題、がんばって今日渡せるようにしたぞ。ふふふ……」

うるか 「あ、あの、成幸……?」

成幸 「今日は宿題がなくなるんじゃないかと不安だったんだろ?」

成幸 「安心しろ」 キリッ 「お前たちの 『教育係』 は、お前たちを手ぶらで返したりはしないからな!」

うるか 「そ、そっか……えへへ、嬉しいな……うれ、しい……な……」 ズーン

理珠 「……ええ。本当に。最高の気分です」 ズーン

成幸 「喜んでくれるなら、多少無理してでも宿題を完成させた甲斐があるよ」

文乃 (……あー、もう。どうしてきみは女の子のことになると心の機微を察する気持ちが皆無になるのかな!?)

文乃 「まったくもう……」 ガシッ 「ちょっとこっち来て、成幸くん」

成幸 「ん? どうかしたか、古橋?」

文乃 「いいから、来て。話があるの」

………………物陰

成幸 「話ってなんだ?」

文乃 「……その前に、ひとつ聞きたいんだけど、うるかちゃんとりっちゃんがさっき何をしに行ったかわかる?」

成幸 「えっ……? 用事って言ってたけど、その中身までは俺は知らないぞ?」

文乃 「うん。そうだよね。そう。きみはまったく、そうあるべきなんだよ」

成幸 「へ……? わ、悪い。俺に分かるように言ってくれるか?」

文乃 「うん。まぁ、それはいいんだけど……どうしてきみは、わたしの髪型の変化に気づいたの?」

文乃 「きみは今まで、自他共に認めるくらい、そういう変化に疎かったよね」

成幸 「……ん、まぁ、その通りだけど」

成幸 「古橋の髪型は、(今朝から)ずっと気になってたから……」

文乃 「えっ……」

成幸 「お前の髪型を気にするようにしたら、(水希と葉月が)喜んでくれるかな、って……」

成幸 「もちろん、色々(結い方とか)教えてもらう必要はあるだろうけど……」

文乃 「………………」 カァアアアア…… 「なっ……何を、言ってるのかな、きみは……!?」

文乃 (わ、わたしの髪型を気にするようにしたら、わたしが喜ぶかなって……?)

文乃 (つ、つまり成幸くん、きみは……)

文乃 「(わたしを)喜ばせたかったの……?」

成幸 「あ、当たり前だろ! (あいつらの)笑顔を見るために俺はがんばってるんだから!」

文乃 「ふぁっ……///」

文乃 (わ、わたしの笑顔を見るために……?)

文乃 「そ、それって……どういう、意味、なのかな……?」

成幸 「……教えてほしいんだ。色々と」

文乃 「い、色々って……わ、わたしのことを……?」

成幸 「ああ、そうだ。お前の……」


成幸 「……お前の、色々な髪型のセットの仕方を!!」


文乃 「っ……///」

文乃 「……ん?」

文乃 「………………」

………………

文乃 「……うんうん。なるほどなるほど。よくわかったよ」

文乃 「つまりきみは、妹さんたちの髪型のバリエーションを増やしたいなーと思って、」

文乃 「毎日髪型を変えるわたしに結い方を教えてもらえたらな、と思っていた、と」

成幸 「あ、ああ。さっきもそう言ったつもりだったけど……」

文乃 「だから、わたしの髪型の変化に気づくことができた?」

成幸 「うん……」

文乃 「そして、ポニーテールが好きだと言ったのは、見た目ではなく機能性の話なんだね?」

成幸 「結いやすいし運動もしやすくなるからな。部活をやってる水希は毎日ポニーテールだし」

文乃 「うんうん、なるほどねぇ……」

シュッ

文乃 「……とりあえず、一発手刀を入れても良いかな?」

成幸 「なんでだ!?」

………………

理珠 「………………」 ズーン

うるか 「………………」 ズーン

成幸 「ほ、ほんとだ。よく見たら、かなり凹んでるな……」

文乃 「でしょ? ほら、早く。さっき教えた魔法の言葉をかけてあげて」

成幸 「ほ、本当に言うのか?」

文乃 「……ふふ、おかしな成幸くん」 シュッ 「手刀を入れられたいのかな?」

成幸 「わ、わかったよ! 言うから! 手刀の素振りはやめてくれ!」

成幸 「……うー」 モジモジ

成幸 (ええい、ままよ……!)

成幸 「お、緒方、うるか、ちょっと話を聞いてくれるか?」

理珠&うるか 「「……?」」 モゾリ

成幸 「サイドで結んでる髪型も似合ってるけど……やっぱり普段のふたりが一番……」

成幸 「か、かわ……かわっ……」 カァアアアア…… 「かわいい、と、思う、ぜ……?」

成幸 (こ、こんなんで本当にこのふたりが復活するのか!?)

理珠 「………………」 カァアアアア…… 「……そ、そう、ですか」 パッ

うるか 「………………」 カァアアアア…… 「え、えへへ……そ、そっか……」 パッ

成幸 (サイドテールを解いて顔に生気が戻った……。一体何だったんだ……?)

理珠 「や、やっぱり気づいてくれていたのですね、成幸さん……」

うるか 「気づいてたなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに……」

成幸 「あ、いや、俺はまったく気づいてなかっもがっ」

文乃 「……お願いだから余計なこと言わないでね、成幸くん?」 ギラリ

成幸 (ヒッ……) コクコクコクコク

理珠 (普段の私が一番、ですか……)

うるか (変に成幸を意識するより、自然のあたしの方がいいってことかな……)

理珠 「ふふ……」

うるか 「えへへ……」

理珠 (嬉しいです、すごく……///)

うるか (成幸、ありがと……///)

文乃 「……ふぅ」

文乃 (とりあえず一件落着かな。わたしの胃の安全は保たれたよ……)

成幸 「……悪いな、古橋。またお前に迷惑かけたみたいで」

文乃 「気にしなくていよ。わたしはきみのお師匠様だからね」

成幸 「ああ。いつもありがとうございます、古橋師匠」

文乃 「苦しゅうないぞ、弟子よ」

成幸 「ははは、なんだそりゃ……」

成幸 (……古橋の髪、本当に綺麗だな。一挙手一投足に反応して艶やかに動いてるよ)

成幸 (水希の髪だったら同じようにはいかないだろうなぁ……)

成幸 「古橋は得だよなぁ……」

文乃 「へ……? 得って何が?」

成幸 「古橋はどんな髪型でも似合うからさ。うらやましいよ」

文乃 「……えっ」

カァアアア……

文乃 「そ、そんなことないと思うけど……」

成幸 「……? どうかしたか?」

文乃 「な、何もない! 何もないよ……」

文乃 (……まったくもう! なんできみは、ニブチンのくせに……)

文乃 (ときどきこうやって、わけのわからないことを言ってくるんだろう……!)

文乃 「………………」

文乃 (ごめんね。りっちゃん、うるかちゃん、違うからね……!)


―――― 『古橋も今日はポニーテールか。いいよな、ポニーテール』

―――― 『でも、サイドテールってのもなかなかいいな』

―――― 『古橋はどんな髪型でも似合うからさ。うらやましいよ』


文乃 (断じて違うけど……でも、少しくらい、いいよね)

文乃 (男の子に、髪型の変化に気づいてもらって、褒めてもらえることを、嬉しいと思うくらい……)

文乃 (許して、くれるよね……?)

おわり

………………幕間1 「ポニーテールでいい」

成幸 (ってことで、勉強会の後に古橋に色々な髪型のセットの仕方を教えてもらったぞ!)

成幸 「水希ー、かわいい髪型にしてやるからちょっとこいよー」

水希 「すぐ行くいま行くもういる」 シュババババッ

成幸 「よし、じゃあ始めるぞ……ふふふ、刮目しろ! これが古橋直伝のヘアセット術だ!」

スカッ

成幸 「……あ、あれ? 水希? なんで避けるんだ?」

水希 「……古橋さんに髪型のこと教えてもらったの?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「あ、ああ。そうだ。古橋に聞いたら快く教えてくれたんだ」

水希 「いい」

成幸 「えっ……?」

水希 「ポニーテールでいい」

成幸 「なんでだ!? 古橋に髪まで貸してもらって覚えたんだ。お前をかわいくする自信があるぞ」

水希 「私はもう一生ポニーテールでいい」

成幸 「なぜ!?」

………………幕間2  「人間として」

紗和子 「………………」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

紗和子 (わ、私の目の前にはいま、緒方理珠が返してくれたヘアゴムがある……!!)

紗和子 (それはいま、私の手の中にあって、私がどうしようが自由……!!)

紗和子 (そ、そう。つまり、これを嗅ごうが食べようが、私の自由ということ……!!)

紗和子 「………………」 ゴクリ

ハッ

紗和子 (め、目を覚ましなさい、関城紗和子! あなたそんなことしたら最低よ!?)

紗和子 (緒方理珠の友人として失格というか、そもそも人間としてアウトだわ!)

紗和子 「………………」

紗和子 (……いや、でも、食べるのはダメとして、少し嗅ぐくらいならいいんじゃないかしら?)

紗和子 (いやいやいや、嗅ぐのもダメでしょう!? でも緒方理珠の頭皮を感じるチャンスが今後訪れるとも思えないし……)

文乃 「……? 紗和子ちゃん、ヘアゴムとにらめっこしてどうしたんだろう?」

理珠 「わかりませんし興味もありませんが、なんとなくヘアゴムは新品を買って返して正解だった気がします」

おわり

>>1です。
読んでくれた方、ありがとうございます。
締めをしたつもりになって忘れていました。

乙や感想、ありがとうございます。
とても嬉しいし励みになります。

ポニーテールは、個人的にすごく好きな髪型です。
きれいにシンメトリーに作るのは難しいですが、アレンジが容易で誤魔化しがききやすいので。
動きやすいしものを食べるときも邪魔になりません。大好きです。
ただ唯一の難点は、一度ほどかないと仰向けで寝られないところでしょうか。
なので、文乃さんがポニテにしてる姿も大好きです。

タイトルは良いのが思い浮かばなかったので人気投票結果発表の関城さんの欄から拝借しました。
関城さんの基本髪型はお団子なのになぜポニテ押しなのかはわたしの目下一番の疑問です。

自分語りが長くなりました。申し訳ないことです。

9巻が発売されるまでにこのスレも潰したいところですがそれはさすがに叶わなそうです。

また折を見て投下します。

乙です。
面白いけど最近のは文乃の描写が多くてメインを食ってしまってる気がする。

>>112
食ってしまってる(意味深

>>1です。
>>112さんと>>114さんに着想を得たSSを投下します。
先に断っておきますが、アホな上にキャラ崩壊もしています。
読まない方がいいかもしれません。



【ぼく勉】文乃 「相談女」

書き忘れました。
明確な同性愛的表現があります。
性行為を連想させるような言い回しや表現もあります。
閲覧注意です。

………………ラーメンうめえん

うるか 「でね! その男の子ったらたらひどいんだよー!」 ズルズルズル……

うるか 「友達はもうこれでもかってくらいがんばってるのにー!」

うるか 「成ゆ――じゃなくて、その男の子は全然気づかないのー!」

文乃 「うんうん。それはちょっと、さすがにねぇ……」 ズルズルズル……

文乃 (今日も今日とてうるかちゃんの愚痴を聞いてるけれど)

文乃 (いつも通り友達の話の体だけど、もうボロが出てるってレベルじゃないよ……)

文乃 (っていうかわたしダイエット中なんだけどな……)

うるか 「聞いてる、文乃っち!?」

文乃 「うんうん。ちゃんと聞いてるよ」

文乃 「……あっ、店員さん、替え玉おかわりお願いします」

文乃 「あと追加でチャーシュー盛りとチャーハンも」

文乃 (困ったなぁ……。また太っちゃうよ……)

うるか 「……大体、その男の子は鈍すぎるんだよ」

文乃 「うんうん」

うるか 「何であんなに色々してるのに気づかないのかなぁ……」

うるか 「でも、自分から告白して、いまの関係性を壊すのはいやだし……」

うるか 「成幸の――じゃなくて、その男の子の勉強の邪魔になるのはもっといやだし……」

うるか 「ねえ、文乃っち! あたし……の友達はどうしたらいいのかな!?」

文乃 「う、うーん……。どうしたらいいかなぁ……」

うるか 「……成幸がもっと鈍くなかったらな」

文乃 「そうだねぇ。成幸く――じゃなくて、その男の子がもう少し鋭かったらねぇ……」

文乃 (なんでわたしがうるかちゃんのうっかりをフォローしてるんだろう……)

うるか 「……こんな苦しくなるなら、もっと……」

うるか 「べつの人を好きになればよかった……」

文乃 (……ふぁぁああ……) キュンキュン (うるかちゃん、いちいち台詞が乙女すぎるよ。かわいいなぁ……)

文乃 「そうだね。もしわたしがその男の子だったら……」

ニコッ

文乃 「うるかちゃんの友達にそんな辛い思いはさせないんだけどね」

うるか 「えっ……」 キュン

文乃 「……?」

うるか 「あっ……」 カァアア…… 「そ、そうだね……」

文乃 (おや……?)

うるか 「相手が、文乃っちだったら、きっと……」

ドキドキドキドキ……

うるか 「……あたしのこと、もっと分かってくれるよね」

文乃 (お、おやおや……?)

うるか 「そっか……。文乃っちだったら……」

文乃 (な、なんか雲行きがおかしいな……?)

ギュッ

文乃 「えっ……?」 アセアセ 「な、なんでわたしの手を握るのかな、うるかちゃん?」

うるか 「……文乃っち」

文乃 「は、はい!」

うるか 「文乃っちって、実はあたしの憧れる女の子そのものなんだよね」

文乃 「えっ……えっ?」

うるか 「……文乃っちだったら、成幸と違って、あたしのことわかってくれるもんね」

文乃 「えっえっえっ」

うるか 「ふ、文乃っち……ううん。文乃」

文乃 「ふぇっ……」

うるか 「この後、時間ある? うちで一緒に勉強していかない?」

文乃 「……へ?」

うるか 「安心して。今日、親、帰ってこないから……」

文乃 「ち、ちょっと? うるかちゃん?」

うるか 「……えへへ。行こ、文乃っ」

………………翌朝

チュンチュンチュン……

文乃 「………………」

文乃 (なんてこった、だよ……)

文乃 (朝起きたら、知らない天井が目に入った。そしてすぐ隣に、素っ裸のうるかちゃんが寝転んでいた)

文乃 (そしていま、目覚めたうるかちゃんがわたしの身体にすり寄ってきている……)

うるか 「えへへ、文乃……」

スリスリ

うるか 「愛してるよ。えへへっ」

文乃 「………………」

文乃 (……ま、うるかちゃんかわいいし、うるかちゃんも幸せそうだし)

文乃 「わたしも愛してるよ、うるかちゃん……っ」

文乃 (これはこれで、いっか)


うるか編おわり

………………緒方家 理珠の部屋

理珠 「……ふぅ。だいぶ進みましたね。少し休憩にしましょうか」

文乃 「そうだね。最近はわたしたちふたりだけでも勉強がしっかり進むようになってきたね」

文乃 「これも何もかも、成幸くんのおかげだね」

理珠 「そうですね。成幸さんのおかげで、基礎が身についてきたからだと思います」

文乃 「でも、今日はごめんね。急に泊まりで勉強したいなんて言い出して……」

理珠 「構いません。家に帰りたくないのでしょう?」

文乃 「……うん」 (今日はお父さんが一日中家にいるから……)

理珠 「……そんな顔しないでください。以前のパジャマパーティみたいなものですよ」

文乃 「ふふ、あのときは楽しかったね」

文乃 「今回は急だったから、うるかちゃんも紗和子ちゃんも来られなくて残念だけど……」

理珠 「また今度、ふたりもまじえてやりましょう」

文乃 「そうだね。ふふ、楽しみになってきちゃった」

理珠 「……さて、では休憩ついでにお茶でもいれてきます」

文乃 「あっ、わたしも行くよ」

………………台所

理珠 「緑茶でいいですか?」

文乃 「うん。カフェインで眠気もすっきりだね」

理珠 「では、緑茶に最適な80度程度のお湯を、っと……」

コポポポポ……

文乃 (手慣れてるなぁ……。さすがはうどん屋の娘だよ)

文乃 (お茶をいれるのも手間取っちゃうわたしとは大違いだなぁ……)

ボイン

文乃 (それにしても、どこがとは言わないけど、パジャマだとますます強調されるなぁ……)

文乃 (お茶をいれるとき腋を締めてるから、余計に強調されて今にもこぼれそうだよ)

文乃 (……って、わたしは何で成幸くんみたいなこと考えてるんだろ)

理珠 「……? お茶、いれおわりましたけど、文乃?」

ジトーーッ

理珠 「何か、邪な念を感じたのですが……」

文乃 「へっ!? き、気のせいだよ!?」

親父さん 「おっ、文乃ちゃん。いらっしゃい」

文乃 「りっちゃんのお父さん。お邪魔してます」 ペコリ

親父さん 「今日泊まってくんだろ? ゆっくりしていってくれな」

キョロキョロ

親父さん 「と、ところで、今日はあのヤロウ――センセイは来ないのかい?」

理珠 「今日は呼んでいません。前回だって呼んだのは関城さんですし」

理珠 「では、私たちは部屋に戻りますが……」 ジロッ 「くれぐれも覗いたりしないでくださいね」

親父さん 「なっ、何を言ってんだ理珠たま」 ギクッ 「そんなことするわけないだろう?」

理珠 「どうだか、です。では文乃、行きましょう」

文乃 「あっ、うん。では、今晩お世話になります、お父さん」

親父さん 「おう。気兼ねせず、自分の家みたいに過ごしてくれていいからなー」

………………理珠の部屋

文乃 「ふふ……」

理珠 「……? 急に笑い出して、どうしました?」

文乃 「いや、お父さん、良い人だなと思ってさ」

理珠 「どこがですか? 娘の電話の着信に勝手に出たり、急にハグしてきたりするような父ですよ?」

理珠 「成幸さんにも暴力を振るったり脅したりしますし……」

文乃 「それだけりっちゃんのことが大事なんだよ」

理珠 「……べつに、そんなの嬉しくありません」 プイッ

文乃 「……わたしはうらやましいよ」

文乃 「うちのお父さんに比べたら、はるかに優しくて温かい人だから」

理珠 「あっ……」 シュン 「ご、ごめんなさい……」

文乃 「い、いやいや。こちらこそ、急に変なこと言ってごめんね!」

文乃 「りっちゃんの美味しいお茶を飲んで頭も冴えたし、そろそろ勉強を再開しよっか」

理珠 「そ、そうですね。では、あともうひと踏ん張り、がんばるとしましょう」

………………

カリカリカリ……

文乃 「………………」

文乃 (……りっちゃんに悪いことしちゃったな)

文乃 (せっかく泊めてくれてるのに、気まずくさせるようなこと言っちゃった……)

理珠 「………………」

文乃 (……それにしても、改めて見ると、りっちゃんってとんでもないくらいの美少女だよね)

文乃 (背も小さくてかわいいし、その割には顔もしっかり小さくて子どもっぽくはないし……)

文乃 (……何より、おっぱいめちゃくちゃ大きいし)

ストーーーン

文乃 (ほんと、わたしとは大違い。なんでこんなに差があるんだろ……)

ズーン

理珠 「………………」 チラッ (……文乃、落ち込んでます)

理珠 (私が父を卑下したせいで、嫌な気持ちにさせてしまいました……)

理珠 (せっかく遊びに来てくれたのに、申し訳ないです……)

理珠 (文乃に元気を出してもらうために、私が一肌脱ぎましょう)

理珠 (あまり自分のことを笑いのネタにするのは気が進みませんが……)

理珠 (文乃に元気を出してもらうためです。がんばります!)

理珠 「……文乃」

文乃 「……? どうかした、りっちゃん?」

理珠 「今日は急に泊まりに来たから、パジャマもないでしょう?」

理珠 「今日は私のパジャマを貸しますね」

スッ

理珠 「……って、私のパジャマは文乃には着られませんね。小さすぎて!」

バーン

理珠 (ど、どうですか。私の一世一代の自虐ネタは!!)

文乃 「………………」

イラッ

文乃 (自分の胸の小ささについて思い悩んでいたら巨乳の友人に煽られたわけだけど)

文乃 (えっ、待って? ひょっとして喧嘩売ってる? りっちゃん?) ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 「……りっちゃん。いい度胸だな! だよ……」

ムニッ

理珠 「えっ……? な、なぜ涙目で私の頬をつねるのですか、文乃?」

理珠 「いまのは笑うところでは……?」

文乃 「笑えると思う!?」 ムニムニッ

理珠 「い、いはいれふ! ふいの!」

文乃 「そっ、そもそもね! こんなに大きい方がおかしいんだよ!」

ムギュッ

理珠 「!? な、なぜ胸を鷲づかみにするのですか!?」

文乃 「このっ……この乳が……この乳が……!!」

理珠 「父!? お父さんのことで私の胸に当たらないでくれませんか!?」

理珠 (なぜ自虐ネタまで披露した私が責められているのですか……!) ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

理珠 「こっ、この……! どうせ文乃には小さいことによる苦悩なんてわからないでしょうね!!」

文乃 「それで小さいつもりなの!? とことん喧嘩を売るつもりだねりっちゃん!?」

文乃 「いいよ! その喧嘩勝ってやる!! だよ!!」

文乃 「だいたい! りっちゃんはずるいんだよ!!」

文乃 「そんなにかわいくて!! 男の子に好かれる低身長で!!」

文乃 「しかもおっぱいも大きい!? なんだその魅力的すぎる身体は!」

文乃 「その上飲食店の娘だから家事も大丈夫!? この、いいお嫁さんになるために生まれてきたような娘が! だよ!」

理珠 「い、言わせておけば! 文乃こそ、そんなに美人に生まれて何が不満なんですか!!」

理珠 「私なんて、低身長だから似合う服も少ないし、足が短いのだってコンプレックスですし!!」

理珠 「文乃は胸にこだわりすぎです!! それだけスラリとスタイル良くて何が不満なんですか!!」

理珠 「文乃は人の気持ちに敏感で気遣いができます!! いいお嫁さんになれるのはそっちでしょう!!」

文乃 「なっ……こ、こっちはまだまだ言えるよ!!」

理珠 「こっちだって!!」

文乃 「りっちゃんの分からず屋!! めちゃくちゃかわいくてズルいよ!!」

理珠 「文乃こそ分からず屋です!! それだけ美人で何が不満なのですか!!」

文乃 「だいたい、りっちゃんはねぇ……」

理珠 「文乃はいつもそうです!!」

………………

………………翌朝

チュンチュンチュン……

文乃 「………………」 (……えっ、待って。ねえ待って)

文乃 (わたし、昨日の記憶があんまりないよ?)

文乃 (あの後、少し口論になって、お互いの胸や身体をもみ合って……)

文乃 (なんか、いつの間にか変な雰囲気になって、そして……)

理珠 「……ふっ、文乃……お、おはようございます……///」

理珠 「昨夜は、その……お世話になりました……」

理珠 「こっ……これからも……」 ギュッ 「よろしくお願いしますね……///」

文乃 (目覚めたら隣でりっちゃんが寝ていて、なぜだかわたしに抱きついてくる)

文乃 (……まぁ、いいか) フゥ (りっちゃんが幸せそうだし、何より……)

ムニムニッ

理珠 「あっ……/// ふ、文乃……」

文乃 (この胸をいつでも揉めると思えば)

理珠編おわり

………………とあるマンション前

文乃 「………………」

文乃 「……はぁ」

文乃 (お父さんが家にいる日だから、お父さんが寝るまで外にいようと思ったけど……)

ザァアアアアアアアアアアア……

文乃 (天気予報では雨が降るなんて言ってなかったのに……)

文乃 (傘も持ってないし、やむまでこのマンションのエントランスで雨宿りさせてもらおう……)

文乃 「……くしっ」

文乃 (うー、寒いなぁ……。少し雨に打たれちゃったし……)

文乃 (風邪、引かないといいなぁ……)

文乃 (あっ……ひとが来た。このマンションの人かな。邪魔にならないようにしないと……)

?? 「……? あら」

文乃 「……? あっ……。き、桐須先生!?」

真冬 「古橋さん、こんなところでどうしたのかしら?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 「うぅ……」 (相変わらず怒ってるような顔で怖いなぁ……)

文乃 「じ、実は、雨に降られちゃって……。傘もないし、ちょっと雨宿りしてるんです……」

文乃 「へくしっ……」

真冬 「なっ……」

真冬 「あなた濡れているじゃない。雨に打たれたのね」

文乃 「そ、そうですけど……」

真冬 「バカ。もう冬も間近なのに、そんな格好で濡れたまま外にいたら間違いなく風邪を引くわよ」

真冬 「傘を貸してあげるから、すぐに家に帰りなさい」

文乃 「い、いや、それは……」

真冬 「……?」

文乃 「………………」 プイッ

文乃 (桐須先生は怖いから、言うことを聞きたいけど……)

文乃 (でも、それより、お父さんがいる家に帰るのは……)

文乃 「……いや、です」

真冬 「………………」

ハァ

真冬 「……仕方ないわね。ほら、来なさい」

文乃 「えっ……?」

真冬 「私はこのマンションに住んでいるの。とにかく冷えた身体を温めなさい」

文乃 「えっ……? そ、それって……」

真冬 「……じれったいわね。家に来なさいということよ」

ガシッ

文乃 「あっ……で、でも、先生の家にお邪魔するなんて、さすがに悪いというか……」

真冬 「受験生をそのまま放置できないでしょう。風邪でも引かれたら迷惑だわ」

文乃 「うっ……」 (とても厳しくて怖い言葉……でも……)

文乃 (桐須先生の手、冷たくて……)

文乃 (少し、触れた感じが、お母さんみた――)

ハッ

文乃 (わ、わたしは何を考えてるのかな!?)

………………真冬の家

文乃 「うわぁ……」

ピカピカピカ……

文乃 「桐須先生の家、きれいですね。先生の家、って感じです」

真冬 「当然よ。大人たるもの、身の回りのことをまず完ぺきにこなさなければならないわ」

真冬 (昨日唯我くんが掃除しに来てくれて助かったわ……)

真冬 「ほら、わたしの着替えとタオルを貸してあげるから、シャワーを浴びてきなさい」

文乃 「……すみません」

真冬 「謝るくらいなら家に帰るべきだと思うけれど」

文乃 「うっ……」

真冬 「………………」 ハァ 「……風邪を引く前にシャワーを浴びてきなさい」

文乃 「……はい」

………………風呂場

文乃 「……うわぁ、すごい」

文乃 (お風呂場の壁や床はおろか、シャワーヘッドまでピカピカだよ……)

文乃 (本当にきれい好きなんだなぁ、桐須先生って……)

文乃 (やっぱり、仕事から家事まで、何もかも完ぺきな人なんだなぁ……)

文乃 「………………」

文乃 「……すごいなぁ」

文乃 (あんなに美人で授業も上手で仕事もバリバリこなしてるのに、家事まで完ぺきなんて……)

文乃 (……わたしとまるで正反対だよ)

文乃 「……はぁ。やめよう」

文乃 (考えたって、気が滅入るだけだよ)

………………

文乃 「シャワーありがとうございました、先生」

真冬 「ええ。制服はエアコンの風を当てているから、すぐに乾くと思うわ」

文乃 「ありがとうございます。何から何まで……」

真冬 「……気にしなくていいわ。教師として当然のことをしているまでのことよ」

真冬 「温かいお茶もいれておいたわ。こっちに来て座って飲みなさい」

文乃 「す、すみません。いただきます……」

真冬 「………………」 カタカタカタ……

文乃 「……え、えっと……家でもお仕事ですか? 大変ですね」

真冬 「大変と思ったことはないわ。仕事だから当然のことよ」

文乃 「そ、そうですか……」

文乃 (やっぱり、冷たくて怖い人……)

文乃 (……でも、わたしをムリに家に帰すわけじゃなくて、家に招き入れてくれた)

文乃 (『教育係』 をしてもらっていたときは、気づかなかった……)

文乃 (先生はひょっとして、優しい人なのかな……?)

真冬 「………………」

真冬 「……喋りたくなければ喋らなくていいのだけど」

文乃 「は、はい?」

真冬 「どうして家に帰りたくないのか、教えてもらってもいいかしら?」

文乃 「………………」

文乃 「……お父さんに、会いたくなくて」

文乃 「眠る時間まで、外にいたかったんです……」

真冬 「……なるほど。わかったわ」

スッ

文乃 「へっ……? ノートとペンを持って、どうしたんですか?」

真冬 「聞いてしまった以上、見過ごせないわ。どうしてお父さんに会いたくないのか、言いなさい」

文乃 「えっ……そ、それは……ちょっと、言いたくない、です……」

真冬 「ダメよ。あなたは “お父さんに会いたくない” と言ってしまった」

真冬 「子どものSOSの言葉を受けてしまった。教師として、それをそのまま見過ごすことはできないわ」

真冬 「あなたが喋りたくなくても、私は絶対に聞くわ。だから、喋りなさい」

文乃 「せ、先生……?」

真冬 「………………」 ジッ

文乃 (厳しい言葉。義務感から来るような、堅苦しい、言葉……)

文乃 (でも、どうしてだろう。桐須先生のその言葉から、とてつもない温かみを感じる……)

文乃 「き、聞いてくれるんです、か……?」

真冬 「……ええ。もちろんよ。私はあなたの先生だもの」

真冬 「お願い。話して。子どもの言葉を、私は絶対に投げ出したりしないから」

真冬 「もしあなたがSOSを訴えているなら、教師として……」

真冬 「……いえ。大人として、それを見過ごすことは絶対にできないのよ

文乃 「………………」

グスッ

文乃 「……わたし……わたし……っ」

文乃 「……お父さんのことが、怖くて……」

………………

文乃 「……すみません、先生。お話聞いてもらっちゃって」

真冬 「気にしないで。これも仕事よ」

真冬 (……話を聞く限り、ネグレクトと呼べるか呼べないかギリギリのラインね)

真冬 (小学生当時から今の生活を続けていたとしたら、間違いなくネグレクトだけれど……)

真冬 (高校生段階の今、明確にネグレクトと言うことはできないでしょうね……)

真冬 (直接的な心身に対する暴力もいまはないようだし)

真冬 (……彼女にとっては本当に心の底からいやなことなのだろうけど、)

真冬 (いまの生活を続けてもらうしかないわね……)

文乃 「………………」

文乃 (……仕事。まぁ、そうだよね)

文乃 (わたしなんて、先生にとってはたくさんの生徒のうちのひとりだもんね……)

グスッ

文乃 (あっ……ど、どうしてまた、涙が出てくるんだろ……)

真冬 「………………」

ギュッ

真冬 「……つらかったのね」

文乃 「あっ……」 (やっぱり、そうだ……)

文乃 (先生の手、少しひんやりして、でも心地良く包み込んでくれる……)

文乃 (まるで、お母さんの手みたい……)

真冬 「……お父さんが寝るまで家にいてもらって構わないわ」

真冬 「ただし、高校生ひとりで帰れるような時間でないでしょうから、私が送っていくわ」

文乃 「……すみません。ありがとうございます」

真冬 「……ふふ」

文乃 「……? どうしたんですか?」

真冬 「ごめんなさい。『教育係』 をしていたときは、あなたの泣く姿なんて想像もつかなかったから、少しおかしくて」

文乃 「なっ……」

プイッ

文乃 「な、泣いてなんかないです! 少し涙ぐんじゃっただけで……」

真冬 (さっきまでわぁわぁ泣いていたくせに、まったく、気丈な子ね……)

真冬 「部屋が暖まってきて、少し暑くなってきたわね」

真冬 「涙で水分も減ってしまったようだし、ジュースでも持ってくるわ」

文乃 「あっ、お構いなく……」 ハッ 「……じゃなくて! 泣いてなんかないですってば!」

文乃 (……まったくもう)

文乃 (でも、先生の手……)

文乃 (本当にお母さんみたいだった……)

ドキドキドキドキ……

文乃 (わ、わたし、何考えてるんだろ……)

真冬 「……はい、どうぞ」

コトッ

文乃 「あ、ありがとうございます。いただきます」 ゴクリ 「……?」

文乃 (このジュース、何か変な味がするような……?)

文乃 (あ、あれ? なんか心がふわふわする? 周りが回って見える……?)

真冬 (ノドが乾いたわね。私も一杯いただこうかしら) ゴクッ

真冬 「………………」

文乃 「……? 先生?」

真冬 「……古橋さん」

文乃 「は、はい!」

真冬 「……ぐすっ……えぐっ……」

文乃 「……えっ?」

真冬 「うわぁああああああああああああああああん!!!!」

ギュッ

文乃 (何事!? 桐須先生が急に泣き出して抱きついてきたよ!?)

文乃 (あっ……でも、なんか変な気分。悪い気はしないというか……)

文乃 (なんか、身体が熱いなぁ……)

文乃 「せ、先生? 一体どうしたんですか?」

真冬 「いままでつらかったわね! 大変だったわね……」

真冬 「あなたの苦悩を思うと、涙が止まらないわ……」

文乃 「先生……」

真冬 「古橋さん、あなたは偉いわね……」

ナデナデナデナデナデナデ

文乃 「………………」 ポワポワ

文乃 (あっ……桐須先生がわたしの頭を撫でるなんて……)

真冬 「いままで、大変なことに耐えてがんばってきたのね……」

真冬 「理系の勉強だって一生懸命がんばってるわね……」

真冬 「偉いわ。本当に偉いわよ……」

ナデナデナデナデナデナデナデナデナデナデナデナデ

文乃 「せ、先生……」 (わたしたちのこと、本心では認めてくれてたんだ……)

文乃 (お母さんみたいな手が、わたしのこと、撫でてくれてるんだ……)

キュン

文乃 「せ、先生……」

真冬 「なぁに? 古橋さん」 ニコッ

文乃 「わ、わたしも、抱きついてもいいですか……?」

真冬 「ええ。もちろんよ。いらっしゃい?」

文乃 「……えへへ。桐須先生……っ」

ギュッ

真冬 「ふふ。可愛い子ね、古橋さん。良い子よ。偉いわ」

文乃 「せっ……先生!」

ムギュッ

真冬 「甘えんぼさんね。ふふふ、偉いわ。いいこいいこ」

文乃 「えへへー、もっと撫でて?」

真冬 「いいわよ。ほら」

ナデナデナデナデナデナデナデナデナデナデナデナデ

文乃 (ふぁ……なんか、車酔いしたときみたいに、視界がグルグル回って……)

文乃 (なんか、すごく幸せな気分……?)

文乃 (ああ、それにしても……) ゴクリ (桐須先生って、かわいいよね……)

………………翌朝

チュンチュンチュン……

真冬 「………………」

サァアアアアアアアア……

真冬 (青ざめるどころの騒ぎじゃないわ。頭から血が一斉に抜け落ちたかと思ったわ)

文乃 「先生っ。おはようございますっ!」

文乃 「ねえ、先生。朝も撫でてください。お願いします」

真冬 「え、ええ……」 ナデナデ

文乃 「きゃーっ。嬉しいです、先生。えへへ、大好きっ」 ギュッ

真冬 (目覚めたら教え子の少女が裸で隣に寝ていた。しかも目をハートマークにして抱きついてくる)

真冬 (ああ、そうね。これはつまり……)

真冬 「……減俸、停職……いや、懲戒免職……と、いうよりは……」

ガタガタガタガタ

真冬 「……逮捕、かしら」

真冬編おわり

………………古橋家 玄関前

あすみ 「………………」

あすみ (……まさかまた仕事でここに来ることになるとはな)

あすみ (ったく、古橋の奴。もう一回家事代行呼ぶくらいならあのときやらせろっての)

あすみ (今回も冷やかしだったら許さねーからな……)

ガチャッ

文乃 「……お待たせしました。小美浪先輩」 キョロキョロ

あすみ 「……? 心配しなくても、電話で言われたとおり今日はアタシひとりだよ」

文乃 「そ、そうですか……」 ホッ 「よかった……」

文乃 「さ、どうぞどうぞ。もうおなかペコペコなんですよ」

あすみ 「おう。じゃ、お邪魔しまーす、っと……!?」

あすみ 「ごはっ……!?」 (な、なんだ、この尋常じゃない異臭は……!?)

あすみ (この世のものとは思えないこの臭いは……台所からか!?)

文乃 「……お料理しようと思ったら少し失敗しちゃって……」

文乃 「すみませんが、よろしくお願いします、先輩」

………………台所

あすみ 「……おい、古橋」

文乃 「はい」

あすみ 「これのどこが、“少し失敗しちゃって” なんだ?」

あすみ (……なんだこの大惨事は)

あすみ (何で魚をまるごと鍋にぶち込んでるんだ?)

あすみ (何で野菜を切らずにそのまま鍋に放り込んでるんだ?)

ゴトゴトゴト……!!!!

あすみ (何で炊飯器から何かが暴れるような音がするんだ!?)

あすみ 「お前この惨状は一体なんだ!?」

文乃 「……うぅ、面目ないです」

あすみ 「これの後始末を人に押しつけられるお前の胆力を恥じた方がいいと思うぞ……」

ハァ

あすみ 「……仕方ねぇ。仕事だしな」

あすみ 「ここは責任持ってアタシがきれいにするから、少し向こうで待ってろ」

………………

文乃 「……はぁ」

文乃 (結局あれから、先輩は凄まじい速度で台所をきれいにして、)

文乃 (家中の掃除を終わらせ、晩ご飯の準備まで終わらせてしまった……)

あすみ 「いやー、悪いな。アタシまでごちそうになっちゃって」

文乃 「気にしないでください。作ったの小美浪先輩じゃないですか」

あすみ 「にしし、まぁそれはその通りだけどさ」

あすみ 「にしても……」

ゴォォオオオオオ!!!!

あすみ 「すげー嵐だな。こりゃ当分やみそうにないな……」

文乃 「天気予報だと、明け方まで続くそうですよ?」

あすみ 「しまったな。嵐が来るってわかってりゃ、スクーターじゃなくて徒歩で来たんだけどな……」

文乃 「すみません、嵐が来るような日に家事代行頼んでしまって……」

あすみ 「あ? いやいや、そんなのお前が気にするようなことじゃねーよ」

あすみ 「仕事受けたのはこっちだからな。ま、なんとか帰るさ」

文乃 「でも、危ないですよ……」

文乃 「もし先輩さえよければ、今日はうちに泊まっていきませんか?」

あすみ 「えっ……? いや、それは……ありがたいっちゃありがたいが……」

あすみ 「親御さんだっていらっしゃるだろうし、迷惑だろ」

文乃 「大丈夫です。うちは父しかいませんし、その父も今日は帰ってきませんから」

文乃 「寝間着はわたしのを貸しますし……だから先輩、どうぞ泊まっていってください」

あすみ 「あー……」

あすみ 「……じゃあ、悪い。正直言ってすごく助かるし、お言葉に甘えさせてもらってもいいか?」

文乃 「もちろんです!」

文乃 「ごはん食べ終わったら、一緒に勉強しましょう?」

あすみ 「……お前、まさか、アタシに勉強教わるのを期待して泊まってけなんて言ったんじゃないだろうな?」

文乃 「えっ? い、いやいや、そんなこと……まぁ、少しはありますけど……」

あすみ 「……はぁ。ったく、仕方ねーな。ま、いまのお前はアタシの雇い主だからな」

あすみ 「家事代行ついでに、後輩代わりに臨時の 『教育係』 やってやるよ」

………………

あすみ 「二次不等式は、早い話が二次方程式の応用だ」

あすみ 「単純に考えろ。イコールで結ばれていた両辺が、大なりと小なりで結ばれてるだけだ」

文乃 「ふむふむ……」

あすみ 「イコールがついてりゃ以上か以下、ついてなけりゃ “より大きい" か “より小さい" かだ」

あすみ 「ふたつの式で変数に対しての関係性が暴かれりゃ、あとは数直線で考えれば一目瞭然だろ?」

文乃 「なるほど! 今まで、数学って何が何でも数式で解かなきゃって思ってましたけど、」

文乃 「図を使った方が分かりやすければ図を使ってもいいんですね!」

あすみ 「共通一次はマークシートだ。最終的に答えさえ出りゃいいからな」

文乃 「よーし! 今の感覚を忘れないうちに練習問題解きまくるぞー!」

あすみ 「おう、がんばれ」

あすみ (……ったく。分かった途端目の色変えやがって)

あすみ (なんか、勉強をしはじめた小学生みたいだな、こいつ)

あすみ (……本当に、苦手なことでも、あきらめずがんばろうとしてるんだな)

………………

あすみ 「風呂、貸してくれてありがとな。温まったよ」

あすみ 「着替えも、助かる。悪いな。雇われた身なのに、何から何まで……」

あすみ 「さすがに古橋のパジャマだから、あたしにはぶかぶかだけど……」

文乃 「いえいえ。気にしないでください、先輩。わたしも勉強を教えてもらって助かりましたから」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 「それより、ぶかぶかって、わたしが太ってるって意味ですか?」

あすみ 「太ってる太ってない以前にそもそも体格がアタシとお前じゃ全然違うだろ……」

あすみ 「……お前ってさ、そんだけスラリとしてスタイルいい身体に対して、何が不満なわけ?」

文乃 「不満だらけですよ。すぐに体重増えるし、そのくせ……」

文乃 (むねはこれっぽっちも大きくならないし!!)

あすみ 「ちんちくりんのアタシよりよっぽどいいと思うけどな」

あすみ 「背が低いと大変なんだぞ? この世は身長150cm以下の人間に対して厳しいからな」

あすみ 「図書館なんて、アタシが背伸びしたって届かない位置に本がたくさん並んでるんだぜ? 嫌にもなるよ」

文乃 「……ないものねだりですよ。わたしだって、背が低い方がいいとは思いませんけど、」

文乃 「わたしにだって、わたしなりの悩みがありますよ」

あすみ 「……ま、そりゃそうか」

あすみ 「でも、後輩はお前みたいな正統派美少女がタイプなんじゃないか?」

文乃 「え……?」

カァアアアア……

文乃 「い、いきなり何を言うんですか、先輩……」

あすみ 「顔真っ赤にしちまって、かわいーなー、古橋?」 ニヤニヤ

文乃 「ま、前も言いましたけどね、わたしはべつに、成幸くんのことなんて、なんとも思ってないですから!」

文乃 「ヘンなこと言うのも大概にしてください!」

あすみ 「へー。なんとも思ってない、ねぇ?」

あすみ 「なんとも思ってない男子のことを、名前にくん付けで呼ぶのかー。すごいなー。恐れ入ったわー」

文乃 「そ、それは……だから、ただの、姉弟ごっこで……」

あすみ 「ほぅ。じゃあ、姉弟ごっこをまだ続けてるのか?」

文乃 「そうではないですけど……」

あすみ 「にひひ。じゃあお前は、姉弟ごっことやらが終わった後も、後輩を名前で呼びたいわけだ?」

文乃 「ち、違いますよ! なんとなくそうなっちゃっただけで……」

あすみ 「ふーん。まぁ、そういうことにしておこうかね」

文乃 「……むっ。そういう先輩こそ!」

文乃 「成幸くんから聞きましたよ! キス写真を撮ったり、ふたりきりで海に行ったりしたって!」

あすみ 「あん? 仕方ねーだろ。あいつには恋人役をやってもらってるんだから」

文乃 「先輩の事情は知りませんけど、事情があるからって、何とも思ってない相手に恋人役なんかやらせます?」

あすみ 「うっ……そ、そりゃ、まぁ……後輩のことは、べつにキライじゃないし……」

文乃 「嫌いじゃない? それって好きってことじゃないですか!」

あすみ 「なっ……何を言い出すんだお前は。好きなわけないだろ」

文乃 「へー! じゃあ言いますけど、わたし成幸くんにキス写メ見せてもらいましたけどね!」

あすみ (何見せてんだあいつ!?)

文乃 「顔真っ赤にしてる成幸くんに誤魔化されがちですけど!!」

文乃 「先輩の顔もほんのり赤みがかってましたからね!? 恥ずかしそうに!」

あすみ 「なっ……そ、そんなわけねーだろ!!」

文乃 「っていうかさっきケータイの待ち受け、ちらっと見ちゃいましたけど!!」

文乃 「先輩、成幸くんとのキス写メを待ち受けにしてますよね!?」

あすみ 「なっ……ち、ちがっ、こ、これは……っ」

あすみ 「お、親父を誤魔化すための、小細工、っつーか……その……」

文乃 「………………」

ハッ

文乃 「……す、すみません、先輩。言いすぎました。つい白熱しちゃって……」

あすみ 「いや、こっちこそすまん。アタシも言いすぎた……」

文乃 「………………」

あすみ 「………………」

文乃 「……あ、あの、先輩。これ、絶対、内緒ですけど……」

あすみ 「……ん?」

文乃 「正直言うと、わたし、成幸くんにときめいたこと、一度や二度じゃすまないくらい、あるんです」

あすみ 「えっ……」

文乃 「好きとか聞かれると、わかりません……」

文乃 「でも、決して、嫌いじゃないというか……」

文乃 「成幸くんだったら、いいかな、なんて思うことも、時々合って……」

文乃 「でも、りっちゃんもうるかちゃんも成幸くんのことが好きだから」

文乃 「……こんな中途半端な気持ちじゃ、ふたりには勝てないって、わかるから……」

あすみ 「……そっか」

あすみ 「実は、アタシもそうなんだよ」

あすみ 「親父を誤魔化すためとか言いつつ、あいつとふたりで過ごす時間が楽しくてさ」

あすみ 「好きとか、そういう言葉にはできないけど……きっと、アタシはあいつを憎からず想ってる」

あすみ 「でも、あの緒方と武元が相手じゃな」

あすみ 「勝てるとも思えんし、そもそも自分に勝つ気があるのかもわからんし……」

文乃 「先輩……」

あすみ 「……アタシたち、似たもの同士だな」

文乃 「で、でも、先輩は家事が大得意だし、気配りもできるし、体力もあるし……」

文乃 「わたしにはないもの、たくさん持ってるから、きっと、成幸くんだって……」

あすみ 「そんなの、さっきと一緒だろ。お前が持ってて、アタシが持ってないものだってたくさんある」

あすみ 「アタシはお前みたいに綺麗じゃないしさ。お前みたいにおしとやかでもない」

文乃 「なっ……!」 ムカッ 「だから、先輩はキレイですって! すごい美人のくせに、何言ってるんですか!!」

文乃 「わたしなんて、お菓子食べてばっかりのおデブなのに……!!」

あすみ 「なっ……」 カチン 「お前いい加減にしろよ!? あたしみたいなちんちくりんを前にして、自分をまだ卑下するか!?」

あすみ 「お前がデブだと!? それなら人類ほぼ全員デブだよ!!」

ギュッ

文乃 「ひゃっ……/// お、お腹に手を回さないでください!」

あすみ 「こんなに細いウエスト回りのくせに、何がデブだ!!」

文乃 「せ、先輩こそ! 何がちんちくりんですか!! 実は身長に対して脚すごく長いくせに!!」

文乃 「顔だって小さいし、すごい美人さんだし……何より!!」

ムニュッ

あすみ 「なっ……/// き、急に胸を揉むな!!!」

文乃 「先輩細いから目立たないけど、アンダーに対してトップ結構ありますよね!?」

文乃 「カップ的には大したことないかもしれないけど、これ実はかなりの胸ですよ!?」

あすみ 「な、何をぅ~~~!!」

あすみ 「この正統派美少女! おしとやか!! 黒髪美人!!!」

文乃 「こっちだって負けませんよ!!」

文乃 「かわいいのにキレイ! くびれもある!! 胸もある!!!」

あすみ 「ぬぬぬ……!!!」

文乃 「ぐぐぐ……!!!」

あすみ 「この!! こうなったら夜通しお前のいいところ言いまくってやる」

文乃 「望むところですよ! 先輩のいいところで言い負かしてやります」

バチバチバチバチ……!!!

………………翌朝

チュンチュンチュン……

文乃&あすみ 「「………………」」 ズーン

文乃 「……あ、あの先輩」

あすみ 「おう……」

文乃 「……昨晩のことは、お互い、忘れましょう」

あすみ 「そうだな。忘れた方がいいな」

あすみ 「お互いのいいところを言い合っていたら、いつの間にか変な雰囲気になって……」

あすみ 「……チョメチョメ……しちゃったなんて……」

文乃 「なっ……/// なんで言うんですか……」 ウルウル

文乃 「せっかく忘れようとしてたのに……忘れられなくなっちゃったじゃないですか……///」

あすみ 「……忘れる気なんてなかったくせに」

ガバッ

文乃 「あっ……せ、先輩……///」

あすみ編おわり

………………一ノ瀬学園 化学室

紗和子 「……ぐすっ、えぐっ……」

紗和子 「それでね、ひどいのよ、緒方理珠……」

紗和子 「私は、緒方理珠のことを思って、突き飛ばしたのに……」

紗和子 「“キライです” だなんて……」

紗和子 「えぐっ……」

文乃 「よしよし。つらいね。いやだね。大丈夫だよ、紗和子ちゃん」

文乃 「きっとりっちゃんも本心からの言葉じゃないからね……」

紗和子 「うぅ……うわぁああああああああああああああん」 ガバッ

文乃 「……っとと。おー、よしよし」 ナデナデ

文乃 (なんでわたし、紗和子ちゃんの相談受けて抱きつかれてるんだろう……)

文乃 (まぁ、いいけどさ……)

ムラッ

文乃 (……よく見たら、紗和子ちゃんってすごくおとなっぽくてきれいだよね)

紗和子 「うっ……ぐすっ……」

文乃 「………………」

ゴクリ

文乃 (そんな子が、自分の胸の中で泣いてるって考えると……)

ゾクゾクッ

文乃 「……ねぇ、紗和子ちゃん」

紗和子 「……な、なに?」 ウルウル

文乃 (あっ、涙目で上目遣い。超可愛い。うん。もうむり)

ギュッ

紗和子 「えっ……? ふ、古橋さん……?」

文乃 「今は、“文乃” って呼んで?」

紗和子 「ふぇっ……?」

文乃 「今から、りっちゃんのことなんて忘れさせてあげる」

………………翌朝

チュンチュンチュン……

文乃 「……ふぅ」

紗和子 「でへ、でへへ……」

紗和子 「文乃様ぁ……でへへ……」

文乃 「紗和子ちゃんの攻略難度、低すぎだよ。チョロいね」

文乃 「でもまぁ、悪くなかったし……」

ニヤリ

文乃 「ほら、起きて、紗和子ちゃん。もう一戦、行くよ?」

紗和子 「あっ……ふ、文乃様……っ」

紗和子編おわり

………………唯我家

文乃 「あなたはだんだん、わたしのことをお兄ちゃんだと思うようになーる」

水希 「うっ……」

ブラン……ブラン……

水希 (だ、ダメよ。催眠術なんかに負けちゃ……)

水希 (この人はお兄ちゃんをたぶらかそうとする、女……)

水希 (決して、お兄ちゃんなんかじゃ――)

文乃 「どうしたんだ、水希? 俺だよ? 成幸だよ?」

水希 (あっ……)

水希 「………………」

水希 「……えへへ、お兄ちゃん♪」 ギュッ

文乃 「よしっ」

文乃 (……でも、さすがに中学生相手に朝チュンは犯罪だからやめとこう)

水希編おわり

………………深夜 古橋家

文乃 「………………」

パチッ

文乃 「………………」

ガバッ

文乃 「は、はぁあああああああああああ!?」

文乃 (なんてアホな夢を見たのかな、わたしは!?)

ドキドキドキドキ……

文乃 「ゆ、夢だよね……? 夢でよかった……」

? 「……? どうかしたの、文乃?」 モゾッ

文乃 「いや、ちょっと怖い夢をみちゃって……」

文乃 「……えっ? う、うるかちゃん!?」

うるか 「もー、うるさいなー。ゆっくり寝られないよー」 ギュッ

理珠 「まったくです。ほら、ぎゅってしてあげますから、怖い夢なんかわすれましょう」 ムギュッ

文乃 「りっちゃんまで!?」

真冬 「……まったく。いつまでたっても子どもなのだから」 ギュッ

あすみ 「ま、そんなところもかわいいんだけどな……」 ギュッ

紗和子 「文乃様ぁ、私の方にも来てください……っ」 ギュッ

水希 「お兄ちゃん。わたしがなでなでしてあげるね」 ナデナデ

文乃 「う、うそ……」

ガタガタガタガタ……

文乃 (全部夢じゃなかったの!? 現実!?)

文乃 (わたしほんとに全員に手を出して全員に惚れられたのーーー!?)

うるか 「えへへ、文乃。あたし、幸せだよ」

理珠 「私もです。幸せですよ、文乃」

真冬 「文乃さん。あなたは私が守るわ」

あすみ 「家事なら任せろ。お前の身の回りの世話は全部アタシがやってやる」

紗和子 「私は文乃様の犬です……はぁはぁ……」

水希 「お兄ちゃんのためだったら、わたしなんでもするからね」

文乃 「た、たたた……」 ブルブルブル 「助けてーーーーーーー!!」

………………幕間 「全部夢です」

文乃 「ひっ……た、助け……助けて……」

成幸 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「……どんな怖い夢を見てるのか知らないけどな」

成幸 「勉強中に寝るなー!!! 早く起きろ古橋ーーーーー!!!」


おわり

>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございました。

そして本当にごめんなさい。申し訳ない気持ちで一杯です。
まとめサイトの方。まとめていただいても構いませんが、
>>115>>116の注意書きの部分も載せてもらえると助かります。
それから、念のため、桐須先生編で文乃さんが飲んでいるのは気分が良くなるジュースです。お酒ではありません。


>>112さんのご指摘も真摯に受け止めて、今後のSSに生かしたいと思います。

アホな話を書いてしまいましたが、また懲りずに読んでいただけたら嬉しいです。

ではまた、折を見て投下します。

>>1です。
投下します。



【ぼく勉】 紗和子 「あのときの私のように」

………………公園

紗和子 「………………」

ゴクッ……

紗和子 「……ふぅ」

紗和子 (放課後に公園で飲む缶コーヒーは格別ね)

ワーワーワー……

紗和子 「……ふふっ。この公園は小さなサッカーコートがあるのね。フットサルって言うのかしら?」

紗和子 (遊び回る子どもたちを眺めながらコーヒーをすするというのもまた趣深いわね)

紗和子 (……サッカーはあまり得意ではなかったけれど、やるのは楽しかった憶えがあるわ)

紗和子 (小学生くらいのときは、私もあんな風に遊び回っていたかしら)

紗和子 (男の子と女の子がいりまじって遊んでるのね。楽しそうでうらやましいわ)

紗和子 (……なんて、高校生の私が考えることじゃないかしら)

紗和子 (……いつからかしら。あんな風に遊べる友達が、いなくなってしまったのは)


―――― 『またガリ勉関城が平均点上げてるよ』

―――― 『平均点以下の奴補習だってさ』

―――― 『うえーっ』

―――― 『もっと空気読んでくれよー』


紗和子 「っ……」

紗和子 (……いけない。いやなことを思い出してしまったわ)

紗和子 「………………」

紗和子 (小学校の頃は、何も考えなくてよかったのに)

紗和子 (遊ぶのも勉強するのも、どちらも楽しくて……)

紗和子 (でも、中学校にあがって、勉強がすごく楽しくて……でも……)

紗和子 「………………」

紗和子 (やめましょう。考えても詮無いことだわ)

紗和子 (それに、今は緒方理珠たちと一緒で、とても楽しいし……)

コロコロコロ……

紗和子 「あら?」

ヒョイッ

紗和子 (サッカーボール? あの子たちがこっちに蹴飛ばしてしまったのね)

クスッ

紗和子 (仕方ない。投げ返してあげるとしましょうか……――)


「――おまえ、いい加減にしろよ!」


紗和子 「えっ……?」

紗和子 (さっきまでサッカーをしていた子たちが、言い争ってる……?)

女の子 「な、なんだよ……! なんでそんなに怒ってるんだよ!」

男子1 「さっきだって言っただろ! それじゃこっちが楽しくないって!」

男子2 「そうだよ。またひとりでドリブルして、ゴールして……」

男子3 「おまえと同じチームになるとボールが回ってこなくてつまらないし」

男子4 「おまえと敵になると、ドリブルだけで抜かれるからどうしようもないんだよ」

女の子 「そ、そんなの……」 ギリッ 「そんなの、ヘタクソなおまえらが悪いだけだろ!」

女子1 「ひっ……」 グスッ 「わ、わたしだって、好きでヘタなわけじゃない、のに……」

女の子 「あっ……ち、違う。きみに言ったわけじゃなくて……」

男子1 「ふん。じゃあ俺たちに言ったのかよ」

女の子 「っ……」

男子2 「……なぁ、もう帰ろうぜ。これ以上言っても、こいつにはわかんないよ」

男子3 「だな。ほら、泣き止めって……」

女子1 「えぐっ……ひぐっ……」

男子1 「……じゃーな」

女の子 「………………」

紗和子 「………………」

ドキドキドキドキ……

紗和子 (と、とんでもないものを見てしまった気がするわ……)

紗和子 (っていうか、このサッカーボール、どうしたらいいかしら?)

紗和子 (子どもたちは帰ってしまうようだし、拾ってしまった手前、また置くのもはばかられるし……)

女の子 「………………」

チラッ

女の子 「あっ……」

紗和子 「……!?」 (め、目が合った……)

女の子 「………………」 トトトトト……

女の子 「……すみません。拾ってくれたんですね。ありがとうございます」

紗和子 「あ……ど、どういたしまして」

………………しばらくして

女の子 「………………」

ポーン……ポーン……ポーン……

紗和子 「………………」 (あれからしばらく経つけど……)

紗和子 (あの子、他の子たちがいなくなってからずっと、ひとりで壁に向かってボールを蹴ってるわ)

紗和子 (受験生としては、そろそろ帰って勉強をしたいところだけれど……)

女の子 「………………」

紗和子 (……あの子の悲しそうな顔が気になって、帰る気にならないのよね)

紗和子 (まぁ、勉強道具がないわけではないし……)

紗和子 (近くの自販機で缶コーヒーならいくらでも買えるわけだし)

紗和子 (しばらくここで勉強していこうかしら)

………………

女の子 「………………」

ポーン……ポーン……ポーン……

女の子 (……なんだよ、あいつら)

女の子 (こっちは全力でサッカーやってるだけなのに)

女の子 (何が、おまえとやるとつまらない、だよ!!)

女の子 (男のくせに、わたしよりヘタクソなおまえらが悪いんだろうが!!)

スカッ…………

女の子 (あっ……!?)

女の子 (しまった、目測誤った……バランスが……)

ドテッ……!!!

女の子 「……いてててて……」

女の子 (しまった。少し手を擦りむいちゃったな……)

女の子 (少し血が出てるけど、まぁこれくらいなら……――)

「――ちょっと! 大丈夫!?」

女の子 「えっ……?」

女の子 「さっき、ボールを拾ってくれたお姉さん……?」

紗和子 「大変! 血が出てるじゃない! ほら、水道で洗うわよ」

ギュッ

女の子 「あっ……」 アセアセ 「こ、これくらい平気ですよ……」

紗和子 「ダメよ。ばい菌が入ったら大変だわ。破傷風って怖いのよ?」

紗和子 「きちんと洗って消毒をしないといけないわ!」

女の子 「わ、わかりました……」

女の子 (制服の上に白衣を着ていて、変なお姉さんだけど……)

女の子 (ボールも拾ってくれたし、良い人なのかな……)

………………

紗和子 「……うん。傷口はしっかり洗って、エタノールで消毒して、絆創膏もしっかり貼れたわね」

紗和子 「ふふ。我ながらかんぺきな処置だわ」

女の子 「……どうして消毒液や絆創膏を持ち歩いているんですか?」

紗和子 「そんなの決まってるわ! 私が化学部部長だからよ!」

バーン!!!

女の子 (よ、よく分からない人だ……)

紗和子 「………………」

紗和子 (……さっきの口論のこととか、聞きたいけれど、)

紗和子 (きっと私が関わるべきことじゃないわね。子どもだもの。きっと翌日には仲直りしてるわね)

紗和子 (出過ぎたことをするものではないわね。そろそろ帰りましょうか)

紗和子 「……では、私は帰るわ。あなたももう暗くなるから、早く帰りなさい」

女の子 「あっ……は、はい。もう帰ります」 ペコリ 「お姉さん、本当にありがとうございました」

紗和子 「いえいえ。気にしなくていいわ。じゃあね」

………………夜 紗和子の部屋

紗和子 「………………」

紗和子 (あの女の子、大丈夫かしら?)

紗和子 (私が遠目で見ていた限り、あの子が数人のお友達に一方的に責められているように見えたけど……)

紗和子 (その後、あの子以外の子たちは、公園からすぐにいなくなってしまったし)

紗和子 (まるで、あの子ひとりを置いてけぼりにするように……)

ハァ

紗和子 (……ダメね。あの女の子のことが気になって、まったく勉強に集中できないわ)

紗和子 (勝手な話だわ。私、きっと……)


―――― 『またガリ勉関城が平気点上げてるよ』

―――― 『もっと空気読んでくれよー』


紗和子 (あの子と昔の自分を、重ねているんだわ)

紗和子 (余計なお世話。ただの杞憂。そんなの分かってるわ)

紗和子 (でも、どうしても、あの子がひとりで寂しそうにサッカーボールを蹴る姿が……目に焼き付いて離れない)

紗和子 (あの子が辛い思いをしているんじゃないかと思うと、心配でたまらない……)

紗和子 (……あのときの私のように)

………………翌日 一ノ瀬学園

理珠 「関城さん」

紗和子 「あら、緒方理珠。何か用かしら?」

理珠 「用と言うほどのことではないのですが……」

理珠 「今日の放課後、息抜きがてら文乃たちと41アイスにでも行こうかと話しています」

理珠 「関城さんも一緒にどうですか?」

紗和子 「えっ……」

紗和子 「わっ、私も誘ってくれるの……?」

理珠 「……もちろんです」

プイッ

理珠 「関城さんも、私の友達……ですから」

紗和子 「緒方理珠……」 ジーン

紗和子 「嬉しいわ! もちろんご一緒させてもら――」


―――― 『お姉さん、本当にありがとうございました』

紗和子 「………………」

紗和子 (……どうして、あの子の寂しそうな顔がちらつくのかしら)

理珠 「……? 関城さん?」

紗和子 「……ありがとう、緒方理珠。残念だけど、今日は予定があるの」

紗和子 「だから、私抜きで行ってらっしゃい」

理珠 「そうですか……」 シュン 「残念です。また今度、一緒に行きましょうね」

紗和子 「ええ。ありがとう。その言葉だけでおなかいっぱいな気分だわ」

紗和子 (……きっと、大したことなんてない)

紗和子 (これはただの杞憂で、余計なお世話で、ただの押しつけのお節介)

紗和子 (でも……)


―――― 『こ、これくらい平気ですよ……』


紗和子 (……仕方ないじゃない)

紗和子 (あの子の寂しそうな顔が、どうしても気になるのだもの)

………………放課後 公園

紗和子 「……結局、また来てしまったわ」

紗和子 (せっかくの緒方理珠のお誘いまで蹴って、一体私は何をしているのかしらね)

紗和子 (今日はサッカーをする子どもたちの喧噪は、ない……)

紗和子 (その代わり……)

女の子 「………………」

ポーン……ポーン……ポーン……

紗和子 (ひとりで、やはり寂しそうにボールを蹴るあの子の姿だけが、ある)

女の子 「……? あっ……」

紗和子 「……あっ」

紗和子 (……しまった。気づかれないようにしているつもりだったのに、目が合ってしまったわ)

女の子 「お姉さん、昨日はどうもありがとうございました」

紗和子 「どういたしまして。ケガはもう痛くない?」

女の子 「はい! もうかさぶたになっちゃいました!」

紗和子 「そう。良かったわ」

女の子 「……あっ、あの」

紗和子 「うん?」

女の子 「昨日のお礼がしたいです。何かさせてもらえませんか?」

紗和子 「お礼だなんて、そんな、気にしなくていいわよ」

紗和子 「傷を洗って消毒して絆創膏を貼っただけじゃない」

女の子 「でも、何もしないんじゃわたしの気が済まないです」

女の子 「お願いします! 何かさせてもらえませんか?」

紗和子 (うぅ……まっすぐな目をされると弱いわね)

紗和子 (小学生の女の子にしてもらうことなんて……)

紗和子 (……いいえ。プラスに考えるべきよ、関城紗和子。話をするチャンスだと)

紗和子 「……そうね。じゃあ……」

紗和子 「お姉さんね、受験生なの。だから、勉強ばっかりで嫌になってきちゃって……」

ニコッ

紗和子 「少し、話し相手になってもらってもいい?」

女の子 「話し相手……?」

………………公園 東屋

紗和子 「はい、ココアで良かったかしら?」

女の子 「あ、ありがとうございます。すみません。わたしがお礼をするはずなのに……」

紗和子 「ふふ。律儀な子なのね、あなた」

女の子 (改めて見ると……。白衣は変だけど、このお姉さん、すごくきれいだなぁ……)

紗和子 「? 私の顔に何かついてるかしら?」

女の子 「えっ……!?」 アセアセ 「な、なんでもないです。すみません……」

紗和子 「そう? ならいいけど……」

紗和子 「……さて、じゃあ、お話をする前に、ひとつあなたに謝らなければならないことがあるわ」

女の子 「……?」

紗和子 (さすがに少し恥ずかしいし、怖い気もするけれど……)

紗和子 「……ごめんなさい。昨日のお友達との喧嘩、実は少し、内容を聞いてしまったの」

女の子 「えっ……」

紗和子 「ごめんなさい。悪気はなかったのよ」

女の子 「………………」 プイッ 「……べつに、いいですけど」

紗和子 「ありがとう。それでね、その話を、あなたに聞きたいの」

女の子 「……お姉さんにお話するようなことはないですよ」

紗和子 「あなた、サッカーがとても上手なのね。でも、お友達はそこまでじゃない……」

紗和子 「だから、妬まれて、喧嘩になったのね?」

女の子 「………………」

紗和子 「……ごめんなさい。こんなこと、私が言うのは筋違いだと分かっているけれど、言わせてね」


紗和子 「あなたは何も悪くないわ」


女の子 「え……?」

紗和子 「それだけは言っておきたかったの」

紗和子 「あなたは何も悪くないわ。だから、そんな悲しい顔をしないで」

紗和子 「お願いだから、そんなつらそうな顔をしないでちょうだい」

………………公園近く 道路

成幸 (ふー、今日はあいつらの 『教育係』 をしなくていい日だから気が楽だな)

成幸 (にしてもあいつら、41アイスに行くとか言ってたけど、お気楽だな)

成幸 (受験までそう日にちはないってことをわかってんのか? 心配だ……)

成幸 (……いかんいかん。あいつらのお守りをしなくていい日くらい、あいつらのことなんか忘れよう)

成幸 (さっさと家に帰って、あいつら用の教材を完成させないと……)

ガクッ

成幸 (……結局、あいつらの勉強で忙殺されるのな、俺)

成幸 (ま、いいけどさ……ん?)

成幸 (……あの公園のベンチに座ってるの、関城? 隣は……し、小学生くらいの女の子か……?)

成幸 (……あの関城が、幼い少女と一緒にいる……?)

成幸 「………………」

成幸 (……犯罪臭しかしないな!?)

………………

女の子 「つ、つらそうな顔なんてしてないです……」

紗和子 「してるわ。思い悩んでるような顔。ボールを蹴ってるときも、ずっと……」

紗和子 「だから言ってあげたかったの。あなたは悪くないって」

紗和子 「だって、あなたはサッカーが好きで、たくさん練習したんでしょう?」

紗和子 「今日みたいに、ひとりのときだって、壁に向かってボールを蹴ってきたのでしょう?」

紗和子 「だったら上手で当然だわ。それをやっかんで、ひどいことを言って……」

紗和子 「そんなの、絶対に許されることではないわ! あなたは何も悪くないのよ!」

女の子 「………………」

女の子 「……たしかに、わたし、サッカーが好きです」

女の子 「ひとりでもたくさん練習しました。だから、クラスで一番サッカーが上手になったんだと思います……」

女の子 「……でも、わたしと同じチームでも敵でもつまらないって……」 グスッ

紗和子 「……つらかったわね。いいのよ、そんな言葉、気にしなくて」

紗和子 「あなたは悪くない。あなたは……――」


女の子 「――……違います。そうじゃ、ないんです」


紗和子 「えっ……?」

女の子 「たしかに、みんなに言われたことは、嫌でした……」

女の子 「でも、みんながそう言うのも、わかるんです……」

女の子 「だってわたし、みんなよりサッカーが上手だってわかってるのに……」

女の子 「ひとりでボールを無駄にキープしたり、わざと相手をおちょくるようなトリックをしたり……」

女の子 「……みんなが嫌がるってわかってて、そういうこと、しちゃったから……」

紗和子 「………………」

女の子 「……お姉さん、ありがとうございます。わたしのことを、“悪くない” って言ってくれて」

ニコッ

女の子 「おかげで、認められる気がします。わたし、悪かったんです。だから、みんなにちゃんと謝ります」

紗和子 「……そう?」

紗和子 「お役に、立てたなら、嬉しいわ……」

女の子 「はい!」

女の子 「……ココア、ごちそうさまでした! お話も聞いてくれてありがとうございました!」

女の子 「わたし、みんなに謝りに行って来ます!」

紗和子 「……ええ。いってらっしゃい」

女の子 「はい。お姉さん、さようなら」 タタタタタ……

紗和子 「………………」 (……行ってしまった)

紗和子 (私……)

紗和子 「……私は、なんてバカなのかしら」

紗和子 (本当に、なんてバカな……――)


「――バカじゃないだろ」


紗和子 「えっ……?」

紗和子 「ゆ、唯我成幸!?」

成幸 「よっ、関城」

紗和子 「どうしてここに……?」 カァアアアア…… 「っていうか、今の話、ひょっとして聞いてたの!?」

成幸 「……ああ。悪いけど、聞かせてもらったよ。ごめんな」

紗和子 「なっ……なななっ……」

紗和子 (私が小学生相手に力説してる姿を見られた……!?)

紗和子 (は、恥ずかしくて死にそうだわ……)

成幸 「……道路からさ、お前が小学生の女の子と話してるのが見えたから」

成幸 「お前がとうとう緒方の代わりに小学生によからぬことをしようと決意したのかと思って見張ってたんだよ」

紗和子 「あなた私のことをなんだと思ってるのかしら!?」

成幸 「結果的に盗み聞きをしたみたいになってしまった。それは本当にすまん」

成幸 「……オホン。まぁ、それは置いておくとして、だ」

成幸 「立派だったな。どういう関係かしらないけど、あの子、お前と話したおかげで元気が出たみたいだったぞ?」

紗和子 「………………」

紗和子 「……私は何もしてないわよ」

成幸 「…… “あなたは悪くない”」

紗和子 「……何よ? からかってるの?」 ジトッ

成幸 「大真面目だよ。ああやって、自分のことを肯定してもらえたら、誰だって嬉しいだろ」

成幸 「だからあの女の子だって、自分の非を素直に認められたんだろ」

成幸 「だから、お前は本当にすごいよ、関城」

紗和子 「……違うわよ。私は、そんなことを考えて、あんなことを言ったわけじゃないもの」

紗和子 「私はただ単純に、あの子に、私を重ね合わせていただけだわ」

成幸 「……?」

紗和子 「……少し昔ばなしをするわね」

成幸 「昔ばなし……?」

紗和子 「ええ。昔ね、勉強が大好きな女の子がいたの。中学生の女の子よ」

紗和子 「その子は特に理科が好きでね、がんばって勉強をしていたの」

紗和子 「でもね、その子が勉強をがんばればがんばるほど、クラスメイトは嫌な顔をしたわ」

紗和子 「“平均点を無駄に上げるな” とか、“勉強ができたって仕方ない” とか……」

紗和子 「女の子はそんなクラスメイトの声が嫌になって、教室に行かなくなっちゃったわ」

成幸 「なんだそれ! ひどい話だな!」

紗和子 「……そうね。ひどいと思ったわ」


―――― ((どうして…… 勉強できてほめられるんじゃなくて バカにされなきゃいけないのよ))


紗和子 「その子はずっと、そう思っていたわ」

紗和子 「……でもね、そうじゃなかったかもしれないって。最近そう思うの」

紗和子 「その子はもっとうまくできたんじゃないか、って」

紗和子 「バカにされたって、気にしなければいい。ううん。笑い返してあげればよかったかもしれない」

紗和子 「そもそも彼らにしてみれば、ただの冗談だったのかもしれない」

紗和子 「それを本気にして、ひとりで嫌な気持ちになって、逃げていただけなのかもしれない……」

紗和子 「……最近、その子はそう思うのよ」

成幸 「………………」

紗和子 「あの女の子が友達と喧嘩してる姿を見て、昔ばなしの女の子のことを思い出したの」

紗和子 「ああ、ふたりはきっと、同じなんだ、って」


―――― ((あの子が辛い思いをしているんじゃないかと思うと、心配でたまらない……))

―――― ((あのときの私のように))


紗和子 「……でも、違ったわ。私の勝手な勘違いだったわ」

紗和子 「だって、あの女の子は自分の非を自分で認められていたわ」

紗和子 「昔ばなしの女の子だって、ひょっとしたら、勉強ができることを鼻にかけていたかもしれない」

紗和子 「勉強ができない回りを見下していたかもしれない」

紗和子 「……自分のことを棚に上げて、だから周囲から孤立していただけかもしれない」

紗和子 「あの子は偉いわ。昔ばなしの女の子とは、違う……」

紗和子 (私とは、全然……違う……)

成幸 「………………」

ハァ

成幸 「……何言ってんだ。そんなの当たり前だろ」

紗和子 「えっ……?」

成幸 「性格だって環境だって何だって違うだろ」

成幸 「あの女の子には、たしかに友達に対して非があったかもしれない」

成幸 「でも、だからといって昔ばなしのその子にも、クラスメイトに対して非があったとは限らないだろ」

成幸 「その子は悪口みたいな冗談に言い返せるような性格だったか?」

成幸 「その子はクラスメイトのことを見下すような性格だったか?」

成幸 「……あの女の子と昔ばなしのその子は違うよ。全然違うよ。違うに決まってるだろ」

成幸 「そうやって自分を責めるのはやめろよ。お前の大好きな緒方は、そんな風に考えるか?」

紗和子 「………………」 フルフル

成幸 「だろ? だから、俺じゃ不満だろうけど、お前があの子に言ってあげたみたいに、俺が言うよ」



成幸 「お前は何も悪くないよ、関城」

紗和子 「………………」

ウルッ……

紗和子 「……!?」 (な、なんで涙が……でて……くるの?)

成幸 「せ、関城……!?」

紗和子 「ゆ、唯我成幸っ、向こうむいてなさい!!」

成幸 「大丈夫か? どこか痛いのか?」

紗和子 「あー、もう! このニブチン男! 泣いてるから恥ずかしいから向こうむいてって言ってるの!」

成幸 「あっ……」 プイッ 「わ、悪い……」

紗和子 「……いいわよ、べつに」

グスッ……

紗和子 (……まったくもう。急に変なこと言うから……)

紗和子 (……どうしてくれるのよ)

ポタッ……ポタッ……

紗和子 (嬉しくて、涙が止まらないじゃない……)

………………しばらくして

成幸 「……もう大丈夫か? 関城」

紗和子 「大丈夫よ。何も問題ないわ」

成幸 「目、真っ赤だけどな……」

紗和子 「……デリカシーのない男ね。それは思っても口に出さないの」

成幸 「……悪い」

紗和子 「いちいち謝らないで。私がいじめてるみたいじゃない」

紗和子 (……まったく。どうしてこんなに鈍い男が)


―――― 『お前は何も悪くないよ、関城』


紗和子 「あんなに、嬉しい言葉をくれたんだか……」 ボソッ

成幸 「ん? なんか言ったか、関城?」

紗和子 「……なんでもないわ」 (どうせこの鈍い男は、何も察してはくれないし)

紗和子 (……でも、このままやられっぱなしってのも性に合わないわね)

紗和子 (そうだ。いいこと思いついたわ)

紗和子 「……ねえ、唯我成幸」

成幸 「うん?」

紗和子 「あなた、いつだかこんなこと言ってたわよね?」


―――― 『は 初デートはどこがいいかしら!?』

―――― 『なるべく金のかからないところが…… 公園とか』


成幸 「……お前、いきなり何の話を始めるんだよ」

紗和子 「いえいえ、奇しくも私は、あなたの希望通りのことをしてしまったと思ってね」

成幸 「?」

紗和子 「だってそうでしょう?」

クスッ

紗和子 「今日はふたりきりよ? あなたと私の初デートは、公園だわ」

成幸 「なっ……」 カァアアアア…… 「き、急に何を、変なことを……」

紗和子 (ふふっ……効いてる! 効いてるわ!)

成幸 「は、初デートって、そんな……」

成幸 「こんなの、ただ学校帰りにダベってるだけで、デートじゃ……」

紗和子 「へぇ? なるほど? これがデートじゃないなら、また今度公園デートでもしましょうか?」

成幸 「なっ……///」 プシュー

紗和子 (ふふふ。照れてる照れてる。じゃあ、最後にダメ押しを……)

紗和子 「どうせだし、いっそのこと私たち付き合っちゃう?」

成幸 「えっ……」

成幸 「あっ……、えっと……いや、その……そういうの、俺、よくわからないし……///」

成幸 「いや、でも……そっか。お前と……付き合う、かぁ……」

紗和子 「……?」 (えっと……? この反応は、一体……?)

成幸 「……そう、だな。お前と付き合ったら楽しそうだな。悪くないかもな」

紗和子 「へっ……?」 ボフッ 「……な、ななななな、何を、言ってるの!? 唯我成幸!?」

紗和子 「じ、冗談に決まってるでしょう!? バカなのかしら!?」

成幸 「じ、冗談!? えっ、あっ……」

成幸 「そ、そうだよな! 冗談に決まってるよな! び、びっくりしたー!」

紗和子 (ば、バカじゃないの……本当に……)

ドキドキドキドキ……

紗和子 (あなたと私が、付き合うなんて、そんなこと、できるわけないじゃない……)

紗和子 (だって私の大親友の、緒方理珠があなたのことを好きなのだから)

紗和子 (だから、絶対に違う。このドキドキは……)

ドキドキドキドキドキドキドキドキ……

紗和子 (違うわ。この男にドキドキしているわけでは、断じてない)

紗和子 (緒方理珠の好きな人のことを、好きになったりは、絶対しない)

ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ……

紗和子 (あーっ、もう!!)

紗和子 (いい加減静まりなさいよ!! 心臓!!)

………………小学校 グラウンド

女の子 「……パス行くぞー!」

男子1 「よっしゃ任せろー! ……と見せかけて、スルー!」

女子1 「えへへ。このままゴールまで持ってくよー!」

女の子 「ナイススルーパス!」 (……楽しい。やっぱり、こうやって、みんなと一緒にサッカーができるから、楽しいんだ)

女の子 (名前も聞きそびれちゃったけど、あの白衣のお姉さんのおかげだよ)


―――― 『あなたは何も悪くないわ』


女の子 (あのお姉さんの言葉が、すごく嬉しかった)

女の子 (だからこそ、わたしは、自分の嫌なところを、素直に謝ることができた……)

女の子 「………………」 (あのお姉さんの制服、一ノ瀬学園の制服だよね)

女の子 (お母さんが言ってた。一ノ瀬学園はすごくレベルが高くて、勉強についていくのも大変だって)

女の子 (……勉強、がんばろう。あのお姉さんもきっと、たくさんがんばって、一ノ瀬学園に行っただろうから)

女の子 (わたし、あの人と同じ高校に行く! そしていつか……あの人のように、なりたい!)

おわり

………………幕間 「41アイス」

文乃 「はぁ~~~」 キラキラキラ

文乃 「夢の五段重ねなんだよ……」

ムシャムシャムシャ……

文乃 「ん~~~~~、どのフレーバーも美味しい~~~~~~最高だよ!!」

理珠 「ふ、文乃? 急いで食べ過ぎではありませんか?」

うるか 「そうだよ文乃っち。アイスは味わって食べないと、お腹壊しちゃうよ?」

文乃 「ふたりとも何を言ってるの!? 今日は41デーだよ!? アイスの割引がきくんだよ!?」

文乃 「もちろん全フレーバー食べるでしょ!? だったらそんな悠長なことは言ってられないよ!?」

理珠&うるか 「「えっ」」

文乃 「さぁ、次の五段重ねは……これと、これとこれとこれ……あとこれ!! お願いします!!」

うるか 「………………」 ゲッソリ 「……先、帰ろっか、リズりん」

理珠 「賛成です、うるかさん」

文乃 「ん~~~~~~、この組み合わせも美味しい~~~~最っ高~~~~!!」 ムシャムシャムシャムシャムシャムシャ

おわり

>>1です。
読んでくれた方、ありがとうございました。

毎度のことながら終盤駆け足になってしまって申し訳ないです。
乙や感想ありがとうございます。本当に励みになります。

また投下します。

>>1です。
投下します。


【ぼく勉】 あすみ 「ニセモノの恋人」

………………とある休日 街中

あすみ 「……ふー」

小美浪父 「ん、どうした? 疲れたような声を出すなんてめずらしい」

小美浪父 「インフルエンザの出張予防接種、そんなに疲れたか?」

あすみ 「いや、ずっとかしこまってたら肩こっただけだよ」

小美浪父 「? お前、たしか接客業のバイトをやっているんじゃなかったか?」

小美浪父 「普段からかしこまることも多いだろうに」

あすみ (やべっ……)

あすみ (接客業っつっても、客相手にゲームして稼ぐようなメイド喫茶だからかしこまるも何もねーよ)

あすみ (……なんて言えるわけねーし、適当に誤魔化さなきゃな)

あすみ 「ん、まぁ……今日は会社にお邪魔したし、さすがにいつもより緊張するさ」

小美浪父 「……それもそうか」

あすみ (……ほっ。誤魔化せたみたいだ)

小美浪父 「まぁ、うちみたいな小さな診療所は、こういう予防接種が収入の大半を占めるからな」

小美浪父 「毎年うちに連絡をくれるあの会社さんには、頭が上がらないよ」

小美浪父 「ともあれ、せっかくの休日に手伝ってもらって、悪いな」

あすみ 「いいよ。浪人生に平日も休日もないからな」

あすみ 「それに、いつかアタシが継がなくちゃいけない仕事だしな」

あすみ 「今のうちから、手伝いをしておいて損はないだろ?」

小美浪父 「……はぁ。まったく、おまえも諦めが悪いな」

あすみ 「あきらめも何もねーよ。アタシは絶対医者になって、あの医院を継ぐからな」

小美浪父 「勝手にしろ」

あすみ 「勝手にするよ」

あすみ&父 「「………………」」

小美浪父 「……もう昼過ぎか」

小美浪父 「バイト代のかわりだ。どこかで昼ご飯でも食べて帰るか」

あすみ 「……ん。食べる」

小美浪父 「あのレストランでいいか?」

あすみ 「レストランて……間違いじゃないけど、ファミレスって言えよ。恥ずかしいな……」

………………ファミレス ジョモサン

ワイワイガヤガヤ……

あすみ 「なんだ、えらく混んでんな」

小美浪父 「まぁ、休日の昼過ぎだ。こんなものだろう」

あすみ 「ま、勉強でもしながら待つからべつにいいけどさ」

店員 「あの、お客様」

小美浪父 「うん? なんですか?」

店員 「相席でよろしければ、すぐに席が用意できますが……」

小美浪父 「む、本当ですか。あすみ、どうする?」

あすみ 「どっちでもいいけど、腹も減ってるし、すぐ食えるならそれに越したことはないかな」

小美浪父 「それもそうだな。では、相席をお願いします」

店員 「わかりました。では、ご案内致します」

あすみ (相席か。まぁ、混んでるし仕方ないよな)

店員 「こちらの席になります」

店員 「では、お客様、注文が決まりましたらお呼びください」

小美浪父 「いや、すみません。相席になってしまって。失礼します」

成幸 「あ、いやいや、混んでるし仕方ないですよ。どうぞどうぞ」

小美浪父 「あっ」

成幸 「えっ」

あすみ 「……後輩?」

成幸 「えっ、せ、先輩とお父さん!?」

あすみ 「……こりゃまたすげー偶然だな」 (ってことは……)

葉月 「あっ、メイドのお姉ちゃん!」 和樹 「おひさー!」

あすみ 「よー、おチビちゃんたち。おひさー」 (……で、あっちが)

花枝 「えっ? どういうこと?」 パァアアアアアア 「あんなに綺麗な子とどこで知り合ったのよ、成幸!」

水希 「また新しい女が……」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

あすみ (あれが、後輩のお母さんと中学生の妹か……)

………………

小美浪父 「いやいや、すみません。まさか相席の相手が唯我くん――いや、成幸くんのご家族だったとは」

花枝 「いえいえ、いつも成幸がお世話になっています」

小美浪父 「とんでもない! いつも世話になってるのは私と私の娘ですよ」

あすみ 「……おい、後輩」 コソッ

成幸 「なんですか、先輩」 コソッ

あすみ 「この状況、とてつもなくヤバいと思うのはアタシだけか?」

成幸 「何言ってんですか、先輩。俺なんかさっきから冷や汗とまりませんからね」

あすみ 「だよなぁ……」 (っつーか……)

小美浪父 「本当に、成幸くんにはいつもお世話になってるんです」

小美浪父 「娘が連れてきた彼氏が、こんなに良い青年で、本当に良かったですよ」

水希 「えっ? えっ? えっ? えっ? えっ? えっ?」

葉月&和樹 「「彼氏!?」」

花枝 「……あらあら、まぁまぁ……」 パァアアアアアア……!!! 「こんなにきれいな娘さんが、成幸の彼女……」

花枝 「よくやったわ、成幸!」

あすみ (まぁこーなるよな……)

小美浪父 「あれ? 成幸くんから娘の話は聞いていませんか……?」

あすみ (そして、こうなるよな……)

あすみ (……っつーか、こうなるのは運命だったのかもしれない)

あすみ (アホみたいなウソをついて、メイドの仕事を誤魔化して……)

あすみ (後輩を担保に、医学部受験も大目に見てもらって……)

あすみ (そんなズルをしたから、こんな最悪のカタチでウソをバラさなくちゃならなくなったんだな)

あすみ (……仕方ねえ。これは、アタシに対する正当なバチだろう。公開処刑みたいなもんだが、我慢するしかねーか)

あすみ 「……あー、えっと。親父。もうこの際だから、言ってしまうけどな」

あすみ 「実は……――」


成幸 「――いやー! 実は、家族に打ち明けるのが恥ずかしくですね!」


あすみ 「……へ?」

成幸 「ごめんな、母さん、水希、葉月、和樹。兄ちゃん、実はこのあすみさんと付き合ってるんだ」

成幸 「恥ずかしくて内緒にしてたんだ。ごめんな」

水希 「………………」 ピクピクピク……

葉月 「あっ、水希姉ちゃんが白目剥いて泡吹いてる」

和樹 「こりゃまずいな。後で記憶操作しておかないと」

あすみ 「後輩……? おまえ……」

成幸 「しっ。わざわざバラす必要もないでしょ」 コソッ

成幸 「ウソをバラすにしても、それは受験が終わって、先輩が医学部生になってからですよ」

あすみ 「後輩……」

花枝 「まー、なんてめでたいのかしら!」

花枝 「今日は月に一度の家族で外食デー! せっかくだし成幸のおめでとう会も兼ねちゃいましょう」

成幸 「いや、母さん、そんな盛り上がらないでいいから……恥ずかしいから……」

花枝 「この前臨時ボーナスも入ったし、今日は少し高いメニューを頼んでもいいわよ!」

花枝 「特別に今日はドリンクバーも許可するわ!」

葉月 「ほんとに!?」   和樹 「やったー!」

小美浪父 「いや、うちの娘ぐらいでこんなに喜んでもらえるとは……」

………………

小美浪父 「……それでですね、そのとき、成幸くんは言ってくれたんですよ」

小美浪父 「“あすみさんのことは、俺が一生守ります” ……と」

花枝 「きゃー! 我が息子ながらかっこいいわー!」

成幸 「………………」

カァアアアア……

成幸 (そんなこと言った憶えはないよ!?)

あすみ (あの親父、テンション上がってあることないこと言ってやがる……)

花枝 「でも、大丈夫かしら。あすみさん、成幸と一緒で大変なこととかないかしら?」

あすみ 「へっ? あ、アタシが大変、ですか?」

あすみ 「いや、特にそういうことはないですけど……」

あすみ (あんまり、無辜の後輩の家族にウソをつきたくはないし……)

あすみ 「すごく頼りになりますし、アタシのために色々してくれますし……」

あすみ 「本当に、良い人に出会えて良かったって……そう思います」

花枝 「まぁ……まぁまぁまぁ」 パァアアアアアア……!!!

成幸 「せ、先輩、変なこと言わないでくださいよ……」

成幸 「俺が恥ずかしいし、母さんのテンションも上がるじゃないですか」

あすみ 「し、仕方ねーだろ。でも、ウソはついてないからな!」

成幸 「……そ、それは、まぁ……」 カァアアアア…… 「嬉しい、ですけど……」

花枝 「もー! 成幸ったら! 見せつけてくれるわね!!」 バシッ

成幸 「いたっ!? 母さんどんだけテンション上がってるんだ!?」

水希 「………………」

和樹 「水希姉ちゃん起きないなー」

葉月 「兄ちゃんがあすみ姉ちゃんとラブラブしてても反応なしね」

和樹 「こりゃ相当重傷だなー」

成幸 「先輩」 コソッ

あすみ 「おう」 コソッ

成幸 「俺はもうこの空気に耐えられそうにありません。さっさと食べて、ふたりで抜け出しましょう」

あすみ 「……だな。どこかでふたりで勉強でもするか」

花枝 「デート!? デート!? ふたりでどこ行くの!?」 キラキラキラ

成幸 「だー、もう! 母さん興奮しすぎだから!!」

水希 「………………」

ピクッ……

葉月 「……あ」

和樹 「水希姉ちゃんが……」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

葉月&和樹 「「起きた!!」」

水希 「……ちょっと、待ってください」

あすみ 「お、おう、妹ちゃん。どうした?」

水希 「お兄ちゃんの彼女さんだって言うなら……」

水希 「逃げないでくださいよ……!!」

あすみ (こ……怖っ……。なんて気迫だよ……)

成幸 「逃げるって……。べつに俺たちはそんなつもりじゃ――」

水希 「――お兄ちゃんは黙ってて?」

成幸 「はい」

あすみ (そして弱いな後輩……)

水希 「……おじさん」

小美浪父 「ん? なにかな?」

水希 「この後、娘さんを借りてもいいですか? ぜひ、うちにお招きしたいので」

あすみ 「えっ……」

小美浪父 「本当かい!? おうちに娘を招待してくれるのかい?」

水希 「ええ。それはもう……」 ニヤリ 「……歓待しますよ。嫌ってほど……」

小美浪父 「よかったな、あすみ! 私に気を遣わずお呼ばれしてきなさい」

あすみ 「お、おい、親父……」

水希 「……来てくれますよね、あすみさん?」 ニコッ

あすみ (怖え……けど……) ハァ (逃げるわけにはいかねーよな)

あすみ 「……わかった。じゃあ、ぜひお邪魔させてくれ」

水希 「……ふふ」

水希 (わたしの知らない間に、お兄ちゃんのことをたぶらかしてた女……)

水希 (ふふふ、どんな風にお兄ちゃんを騙したのか知らないけど……)

水希 (わたしまで騙せると思わないでくださいね……!)

水希 (今日うちにご招待して、散々こき使ってやりますから!!)

水希 「………………」

水希 (……でもまぁ、お兄ちゃんの魅力に気づいたところは、褒めてあげますけど)

水希 (あと、べつにお兄ちゃんを嫌いになってもらいたいわけでもないし)

水希 (……はぁ)

水希 (複雑な心境)

………………唯我家

あすみ 「お邪魔しまーす」

花枝 「はい、どうぞ。ぼろくて狭い家だけど、ゆっくりしていってね。あすみちゃん」

あすみ (……まぁ、実は一度来たことはあるんだが)

水希 「………………」 ジトーーーーーッ

あすみ (あの妹が怖そうだから黙ってよう)

成幸 「すみません、先輩。予定もあっただろうに、家にまで来てもらっちゃって……」

あすみ 「そんなの気にすんなよ。元々は……」 コソッ 「お前がアタシのことを庇ってくれたから、こうなったんだ」


―――― 『いやー! 実は、家族に打ち明けるのが恥ずかしくですね!』

―――― 『ごめんな、母さん、水希、葉月、和樹。兄ちゃん、実はこのあすみさんと付き合ってるんだ』


あすみ 「……ありがとな、後輩。さっきは少し……ううん。かなりカッコ良かったぜ」

成幸 「っ……」 カァアアアア…… 「こ、こんなときまでからかわないでくださいよ」

あすみ (今のは結構本気だったんだけどなー……って言っても信じねーか)

あすみ (ま、普段散々からかい続けてるアタシが悪いんだけどさ)

水希 「あすみさん、このエプロンをお貸しします」

あすみ 「……うん?」

水希 「エプロンをつけたら、早速働いてもらいますよ」

ニヤッ

水希 「……まずは、家中の掃除です」

花枝 「こら、水希。あすみちゃんはお客さんなのよ?」

花枝 「掃除なんかさせられるわけないでしょ。あんた、いい加減に……――」

あすみ 「――いえ、お母さん。やらせてください」

花枝 「えっ?」

あすみ 「……ふふ、いいぜぇ? 妹ちゃん?」 ニヤリ 「アタシがやられっぱなしで終わると思うなよ?」

成幸 (あっ、いつもの先輩だ……)

水希 「むっ……?」 (さっきまでと雰囲気が変わった……?)

あすみ 「家中の掃除だな? 任せろ。大得意だ。妹ちゃんは居間でくつろいでな」 グッ

葉月&和樹 「「あすみ姉ちゃんかっこいいー!!」」 キラキラキラ

………………

あすみ 「まずは上から!! はたきでホコリを落とす!!」

シュババババババ

あすみ 「で、次はほうき! ゴミや埃を要所に集める!!」

シュババババババ

あすみ 「そして局所的に掃除機! 使用電力は最低限で!!」

シュババババババ

水希 「!?」 (電気代のことも考えて掃除をしている……!? この女……)

水希 「できる……!!」 ギリッ

あすみ 「最後はきつくしぼったふきんで、テーブルや棚回りを磨く!」

あすみ 「拭く程度じゃ汚れが伸びるだけだからダメだ! 磨き上げるつもりで!!」

シュババババババ

あすみ 「そして最後に、雑巾で床を磨き上げる……!!!」

あすみ 「畳も水分が残らないように磨く……!!!」

シュバババババババババババババババババババ!!!!!!

………………

ピカピカピカピカ……

花枝 「すごい……。かつてないくらいピカピカだわ」

あすみ 「後輩――成幸くんにはいつもお世話になってるので、気合い入れちゃいました」 キャルン

花枝 「美人なだけでなく、お掃除も完ぺきだなんて……成幸!? こんなすごい女の子どうやって捕まえたの!?」

あすみ 「えへへ、違うんですよ、お母様っ」 キャルン 「アタシが、成幸くんを捕まえたんですっ、なんて! きゃーっ」

成幸 (先輩、なんか “あしゅみー” 感が出てきたな……)

水希 「ぬぬぬぬ……」

水希 「ま、まだですよ! 次は大量の洗濯物をたたんでもらいますから!」

あすみ 「うん?」 ペタペタペタパタパタパタ

水希 「……!?」 (も、もうたたみ始めてる……!?)

水希 (しかもなんて素早いの……で、でも、たたみ方が雑では本末転倒……――)

水希 (――なっ……!?)

キラキラキラ……!!!

水希 (寸分の狂いもない、なんて美しい折り目なの……!?)

水希 「……す、すごい」

ハッ

水希 (感心してどうするの! この程度、わたしだって少しがんばればできるもん!)

水希 「あ、あとは! 今日やる予定はなかったけど、水回りの掃除を徹底的に――」

ピカピカピカピカ……

水希 「……!?」

あすみ 「うん。普段から清潔にしてある良いトイレと風呂だな。すぐピカピカになった」

水希 「う、うそ……」 (なんてできる人なの、この人は……!?)

水希 「っ……あ、あとは……」

あすみ 「おっ、もういい時間だな。今日の晩ご飯は何にする予定だったんだ?」

水希 「えっ……えっと……。今日は、お米を炊かずに、残り物の野菜ですいとん風鍋を……」

あすみ 「よーし、オッケー。じゃ、アタシが作るな」

あすみ 「冷蔵庫の食材、使ったらダメなやつとかあるか?」

水希 「………………」

あすみ 「……? 妹ちゃん?」

水希 「……なにも、ないです。自由に使ってもらって大丈夫です」

あすみ 「ん、そうか。じゃあそうさせてもらうな」

あすみ 「~~~♪」

水希 (……鼻歌混じりに、意気揚々と台所へ行ってしまった)

水希 「………………」

ガクッ

水希 (……認めたくはないけど、仕方ないのかもしれない)

水希 (わたしの、完敗だ……)

水希 「……はぁ」

あすみ 「……?」 (なんか、妹ちゃん凹んでんなぁ……)

あすみ (……売り言葉に買い言葉で、気合い入れて家事をやっちまったが)

あすみ (普段、あの子がこの家の家事をやってるんだよな。やりすぎちまったかな……)

あすみ (悪いことしたな……)

………………晩ご飯 食卓

あすみ 「はい、できましたよー」

コトッ

花枝 「あらあらあら……良い匂いだわ。とても美味しそう」

あすみ 「お口に合うと嬉しいですけど……」

あすみ 「……ほら、葉月、和樹。お前たちの分もよそうからな」

葉月 「きゃー!」 和樹 「姉ちゃんと母ちゃん意外のお料理を家で食べるなんて、新鮮だな!」

水希 「………………」 ズーン

あすみ 「ほら、妹ちゃんも、どうぞ」

水希 「……どうも」 ズーン

あすみ (うーむ。明確な敵意は消えたけど、代わりにめちゃくちゃ暗くなっちまったな……)

あすみ (どうしたもんか)

あすみ 「ほら、こうは――成幸くんの分も」

成幸 「あ、すみません。ありがとうございます、せんぱ――あすみさん」

あすみ 「お、おう……」 (……なんか名前を呼ばれるとこそばゆいな)

花枝 「それじゃ、いただきましょうか。あすみちゃん、本当にありがとうね」

花枝 「いただきます」

『いただきます!』

水希 「……いただきます」

パクッ

水希 (……やっぱり、想像通りだ)

水希 (すごく美味しい。普段から料理をやり慣れてる人の、お料理の味)

水希 (わたしが作ろうとしていた節約メニューの意図をよく理解している……)

水希 (華美でも貧相でもない、素朴な料理……)

水希 「………………」

あすみ 「ほらほら、ゆっくり食べろ。こぼれちゃうぞ」

葉月 「だってー、あすみお姉ちゃんのお料理、とっても美味しいんだもの!」

和樹 「……はむっ。姉ちゃんおかわり!」

あすみ 「嬉しいねぇ。もう食べ終わったのか。ほら、おかわりどうぞ」

和樹 「わーい! ありがと、姉ちゃん!」

水希 「………………」 (……悔しいな。悔しいけど、もう認めざるを得ない)

水希 (この人を厭う要素がない。この人は、絶対に兄を幸せにしてくれる人だ……)

水希 (わたしより、はるかに……――)


あすみ 「――妹ちゃんはさ、学校から帰ったら、いつも家事をこなしてるんだろ?」


水希 「えっ……?」

水希 「ま、まぁ、そうですけど……」

あすみ 「すごいな。アタシなんて浪人生なのに、そうそう家事なんてやらないのに」

あすみ 「お前らの姉ちゃんはすごいな。なぁ、和樹、葉月」

和樹 「そりゃーなー!」 葉月 「水希姉ちゃんは世界一の姉ちゃんだもの!」

あすみ 「……悔しいな。アタシが一番になりたいところだけど、」

あすみ 「きっと掃除も料理も滅茶苦茶上手いんだろうな。悔しいけど、アタシは二番目で我慢するか」

水希 「………………」 (……ああ、そっか)

水希 (この人は、ずっと嫌な気持ちにさせていたわたしのことも気遣ってくれるような人なんだ……)

水希 (……ダメだ。とことん、この人を嫌いになる理由がなくなってしまった)

………………食後 台所

あすみ 「ふんふーんふん……♪」

キュッキュッ……

水希 「……あの、お皿洗い、手伝います」

あすみ 「うん? いいよいいよ。あと少しで終わるし、アタシひとりで大丈夫だよ」

水希 「いえ、あの……やらせてほしいんです」

あすみ 「……そっか。じゃあ、アタシがスポンジで汚れを落とすから、洗剤を流してくれ」

水希 「わかりました」

あすみ 「………………」

水希 「………………」

バシャバシャバシャ……

水希 「……あの」

あすみ 「んー?」

水希 「……今日は、すみませんでした」

あすみ 「何の話?」

水希 「……とぼけないでくださいよ」

バシャバシャ……

水希 「今日、ファミレスで会ってからずっと、嫌なことばかりして、言って……」

水希 「もう、わたしのことを嫌いになってるかもしれないですけど……」

あすみ 「………………」

水希 「……お願いします。兄のことは、嫌いにならないでください」

水希 「お兄ちゃんは悪くないんです。わたしが勝手に、嫌な気持ちになって、嫌なことしただけだから……」

水希 「……ごめんなさい」

あすみ 「………………」 ハァ 「……とぼけてねーよ。何の話だか、これっぽっちも分からない」

あすみ 「妹ちゃんのこと、嫌ってないし嫌う予定もないよ」 ニコッ

水希 「あすみさん……」

あすみ 「……いつまでも、“妹ちゃん” 呼びじゃ分かりにくいし、」

あすみ 「アタシも、“水希” って呼んでもいいか?」

水希 「あ……は、はい! ぜひ!」

あすみ 「ん。じゃあこれからはそうするな。水希」

水希 「……はい」

あすみ 「………………」

あすみ (……水希も、後輩のことが好きすぎるだけで、すごく良い子だ)

あすみ (お母さんも、葉月も、和樹も……。温かくて、良い家族だ)

あすみ (アタシはこんな人たちを騙してるのか……)

あすみ (そして、そんな家族を騙すような真似を、後輩にさせてるのか……)

ズキッ

あすみ (……ダメだ。そんなのは、絶対)

あすみ (アタシがついたウソが、後輩に迷惑をかけている……)

あすみ (それに留まらず、後輩に家族に対して無用なウソをつかせている……)

あすみ 「……なぁ、水希」

水希 「はい?」

あすみ 「洗い物が終わったら帰るけど、その前に話がある」

あすみ 「……お母さんと葉月と和樹、全員に聞いてほしい話があるんだ」

………………居間

花枝 「話って何かしら、あすみちゃん」

花枝 「ま、まさか、成幸と結婚させてほしいとかかしら……。ど、どうしましょう。神社? チャペル?」

花枝 「白無垢? ウェディングドレス? あすみちゃん美人だからどっちも似合うでしょうし、迷うわね~」

あすみ 「いや、あの……」

水希 「お母さん! あすみさんすごく真剣な顔してるから、茶化すのはやめてあげようよ」

花枝 「えっ……? あ、そ、そうね……」

花枝 (水希のことだから、まだ嫉妬心むき出しだろうから場を和ませようと思ったのに……)

花枝 (当の水希にたしなめられるとは思わなかったわ……。随分と懐いたものね)

葉月 「あすみ姉ちゃん?」 和樹 「お話ってなーに?」

あすみ 「……あ、あの」

成幸 「先輩……?」

あすみ (……怖い。せっかくよくしてくれた人たちに、前提を覆すようなことを言うのが、怖い)

あすみ (でも……) キッ (家族大好きな後輩に、家族に対してウソをつかせたままにしておくわけにはいかない)

あすみ 「……申し訳ありませんでした」 ペコリ

水希 「えっ……? ど、どうしたの、あすみさん。いきなり頭を下げて……」

あすみ 「……ごめんなさい。アタシ、みんなにひとつ、ウソをついています」

成幸 「せ、先輩! それは……――」

あすみ 「――成幸くんもウソをつきました。でも、それはアタシのためにウソをついたんです。だから、許してあげてください」


あすみ 「アタシと成幸くんは、お付き合いしていません。恋人でもなんでもありません」


あすみ 「……ただの、予備校の先輩後輩の間柄です」

花枝 「………………」

水希 「えっ……ど、どういうこと……?」

水希 「あすみさんは、お兄ちゃんの彼女さんじゃない、の……?」

あすみ 「……ああ。違う」

花枝 「……成幸」

成幸 「は、はい」

花枝 「あすみさんの言っていることは本当なの?」

成幸 「……うん。本当だよ」

花枝 「なら、どうしてあんなウソをついたの?」


―――― 『ごめんな、母さん、水希、葉月、和樹。兄ちゃん、実はこのあすみさんと付き合ってるんだ』


成幸 「それは、その……」

あすみ 「夏休みにアタシが頼んだんです。父をごまかすために、恋人役をやってくれ、って」

あすみ 「それが尾を引いて、今日、成幸くんにご家族を騙すようなことをさせてしまいました」

あすみ 「アタシが悪いんです。すみません。本当に……ごめんなさい!」

花枝 「……頭を上げて、あすみちゃん」

あすみ 「はい……」

花枝 「………………」

クスッ

花枝 「やっぱり、そんなことだと思ってたわ。うちの成幸にこんな出来た彼女がいるわけないと思ってたのよ」

あすみ 「へ……?」

花枝 「ほんの一時だけでも夢を見させてもらったわ。ありがとね、あすみちゃん」

あすみ 「い、いやいやいや、お礼なんてそんな! っていうか……怒らないんですか?」

花枝 「あなたにも事情があるんでしょうし、騙そうとして騙そうとしたわけじゃないでしょう?」

あすみ 「ま、まぁ……そうですけど……」

花枝 「それに、今日あの場で最初にウソをついたのは成幸だし。怒るなら成幸かしら」

成幸 「……まぁ、確かにその通りだな。すまん。母さん、水希、葉月、和樹」

あすみ 「いや、やめろよ、後輩! お前、アタシのためにウソついてくれたんだろ?」

あすみ 「悪いのはアタシだから、後輩を怒るのはやめてあげてください!」

花枝 「……そんな風に言える良い子を怒らないわよ」

クスクス

花枝 「あなた、本当に良い娘さんね」

あすみ 「そ、そんなこと……」

水希 「………………」

あすみ 「あっ……その……水希も、ごめんな」

あすみ 「後輩のこと大好きなお前には、本当に嫌な思いをさせちまったと思う……」

水希 「……やめてください。今、本当に複雑な心境なんですから」

あすみ 「え……?」

水希 「お兄ちゃんに彼女ができたって聞いて、ショックで、怖くて、嫉妬して……」

水希 「でもいざ家に来てもらったらすごく良い人で安心して、良かったって思って……」

水希 「そうしたら、今度は実は彼女じゃなかったって……」

水希 「……お兄ちゃんに彼女がいなかったのは嬉しいけど、」

水希 「あすみさんだったらいいかな、って思い始めた後だから、複雑な気持ちなんです」

あすみ 「お、おう……。なんか、本当に、ごめん……」

水希 「謝らないでください。べつに、怒ってはいないですから……」

水希 (ああ、もう……本当に悔しい。だってわたし、今すごく残念な気持ちになってる)

水希 (あすみさんがお兄ちゃんの彼女さんじゃなかったって知って、残念に思ってる)

水希 (わたし……あすみさんに、お兄ちゃんの彼女になってほしいって、思ってるんだ……)

葉月 「じゃあ、あすみ姉ちゃんは嫁に来ないの?」 和樹 「こないの?」

あすみ 「ごめんな、葉月、和樹。たぶん嫁には……いかないん、だよな……?」

成幸 「!? お、俺に聞かないでくださいよ。自分でいかないって言ってくださいよ」

あすみ 「いや、まぁ、そうなんだけど……」 (なんだよ、後輩のやつ……)

あすみ (…… “来てほしい” くらい言ってくれてもいいじゃねーかよ)

ハッ

あすみ (って、アタシは何をバカなこと考えてんだ……)

あすみ (後輩はアタシの被害者だってのに、何勝手なこと思ってんだ……)

あすみ (……っつーか、アタシ、ひょっとして)

カァアアアア……

あすみ (後輩に、“嫁に来てほしい” って言ってほしかったのか……?)

成幸 「どうしたんですか、先輩。顔赤いですけど……」

あすみ 「なっ、なんでもねーよ!」

成幸 「?」

花枝 「………………」 (へー……)

ニヤリ

花枝 (これは、意外と、あすみちゃんもまんざらじゃないのかしら)

花枝 「……あすみちゃん」

あすみ 「は、はい!」

花枝 「ウソをついていたことは怒っていません。もちろん、成幸も」

成幸 「すまん。ありがとう」

あすみ 「すみませんでした」

花枝 「でもね、さっきの口ぶりだと、あすみちゃん、お父さんにウソをついているのね?」

あすみ 「あ……それは、まぁ……はい」

花枝 「人様のご家庭のことにとやかく言うことはできないし、あすみちゃんにも事情があるんでしょうけど」

花枝 「……ウソはよくないわ。できるだけ早く、今のように、ウソを打ち明けた方がいいと思うわよ」

あすみ 「……本当に、その通りだと思います。アタシも、来年度には打ち明けるつもりです」

あすみ 「でも、もう少しだけ、時間が必要なんです。だから……」

花枝 「………………」 ニコッ 「……わかったわ。私はこれ以上何も言わない」

花枝 「うちの成幸があすみちゃんの役に立てるなら、恋人役としていくらでも使ってちょうだい」

あすみ 「すみません。ありがとうございます……」

あすみ 「……後輩も、いつもありがとな」

成幸 「いや、俺はべつに、お礼を言われるようなことは……」

あすみ 「いつか、親父にもウソを打ち明けて謝るからさ」

あすみ 「……もう少しだけ、付き合ってもらってもいいか?」

成幸 「一度引き受けたことですから。先輩の夢が叶うまで、付き合いますよ」

花枝 「……ところで、ウソを本当にしちゃうってのも、アリだと思うわよ?」

あすみ 「ウソを本当に……?」

花枝 「お父さんはあすみちゃんと成幸が付き合ってると思っているのでしょう?」

花枝 「なら、このまま本当にお付き合いして、いつか結婚しちゃえば、」

花枝 「ウソも何もなくなっちゃうんじゃないかしら?」

成幸 「なっ……」 カァアアアア…… 「何言ってんだよ、母さん!」

あすみ 「………………」 プイッ

あすみ (ウソを本当にする、か……)

あすみ (そうだよな。本当に付き合っちまえば……アタシと後輩は、ニセモノじゃなくて……)

あすみ (ホンモノの恋人に、なれるのか……)

あすみ 「………………」

成幸 「ほら、母さんが変なこと言うから、先輩固まっちゃったじゃないか」

成幸 「先輩、母さんの言うことなんて気にしなくていいですからね」

あすみ 「ホンモノ、か……」

成幸 「えっ……? 先輩?」

あすみ 「お前となら、それもいいかもしれねーな」

成幸 「なっ……」

成幸 「ま、またからかうようなこと言って! もうその手には乗らないですからね!」

あすみ 「……にひひ、バレたか」

成幸 「まったくもう、先輩は……」

あすみ 「………………」


―――― 『……ありがとな、後輩。さっきは少し……ううん。かなりカッコ良かったぜr

―――― 『こ、こんなときまでからかわないでくださいよ』


あすみ (さっきと一緒だ。アタシの本心からの言葉は、全部ニセモノになってしまう)

あすみ (仕方ない。普段のアタシの行いのせいだから)

あすみ (素直になれない、素直になろうとしない、アタシのせいだから)

あすみ (もし、アタシのホンモノの言葉が、こいつに届いたら……)

ギュッ

あすみ (……アタシと後輩は、いつか“ホンモノ” になれるかな)


おわり

………………幕間1  「父」

あすみ 「ただいまー」

小美浪父 「おお、おかえり、あすみ! どうだった!?」

あすみ 「帰って早々騒々しいな。一体なんだよ」

小美浪父 「何を言ってる! こっちはお前が粗相をしていないか気が気じゃなかったんだぞ!」

あすみ 「自分の娘のことなんだと思ってんだ、あんた……」

あすみ 「何もなかったよ。順調だ。晩飯だってアタシが作ってきたよ」

小美浪父 「おお……」 パァアアアアアア……!!! 「これはめでたい。結婚まで秒読みだな」

あすみ 「っ……」 (こっちの気もしらないで、親父の奴……)

小美浪父 「いやー、しかし良かった良かった」 ドサッ

小美浪父 「五冊目に突入した唯我くんとお前の記録ノートが無駄にならなくて済みそうだからな」

小美浪父 「結婚式の挨拶は任せろ。馴れ初めムービーがいらないくらい、私が語ってやるからな」

あすみ 「あー、うん……」 (これでウソだったって知ったら、卒倒しそうだなこの人……)

あすみ (仕方ねぇ。あくまでこの親父のために……)

あすみ (……ホンモノ、目指してみようかな)

………………幕間2  「妹」

成幸 「先輩と一緒に行ったところ? えっと、カラオケボックスとか、海とか……」

成幸 「あとはファミレスで勉強したりとかだけだぞ?」

水希 「海……」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

水希 (ずるい! 海なんて滅多に行けないのに、あすみさんはお兄ちゃんと……!!)

水希 (アタシだってお兄ちゃんとふたりっきりで行きたいのに!!)

水希 (やっぱりあすみさん許すまじ……)

水希 「………………」

水希 (……悔しい)

水希 (お兄ちゃんとふたりでも行きたいけど……)

水希 (あすみさんも一緒にいたらもっと楽しいだろうなとか考えちゃう自分が……)

水希 (本当に悔しい……!!)

おわり

>>1です。読んでくれた方ありがとうございました。

また折を見て投下します。

>>1です。
投下します。



【ぼく勉】 真冬 「それがあなたの長所でしょう?」

………………一ノ瀬学園 職員室

鈴木先生 「桐須先生、お忙しいところすみません」

真冬 「? 何か?」

鈴木先生 「今日の放課後、二学期第二回目の面接練習があるのはご存知ですよね」

鈴木先生 「実は、担当ではない桐須先生にこんなことを言うのは大変恐縮なのですが、お手伝いいただきたいんです」

真冬 「構いませんよ。前回のように職員に体調不良者でもでましたか」

鈴木先生 「いえ、実はそういうわけではなく……」

鈴木先生 「桐須先生との面接練習を希望すると言う生徒がおりまして」

真冬 「私との面接練習を希望する……? ほぅ……」

ゴゴゴゴゴゴ…………

真冬 「なかなか威勢の良い生徒もいたものですね。いいですよ。引き受けます」

鈴木先生 (さすがは桐須先生。生徒に対しての教育に熱が入っていらっしゃるご様子だ……)

真冬 (どんな生徒か分からないけれど……)

ニヤリ

真冬 (私との面接練習を希望したことを、後悔させる勢いでやってあげるわ。ふふふ……)

………………放課後

理珠 「今日はよろしくお願いします。桐須先生」 フンス

文乃 「よろしくお願いします!」 フンスフンス

真冬 (驚愕。まさかこの子たちだったとは……)

真冬 「……ええ。よろしくお願いします」

真冬 「私はあなたたちの面接練習を一度担当したわけだけれど、」

真冬 「……当然。以前よりは格段にレベルアップしているのでしょうね?」

理珠 「もちろんです。もう私に答えられない質問などありません」

文乃 「わ、わたしもです。成幸くんにも付き合ってもらって、練習もたくさんしてきました」

真冬 「感心。では、私も以前以上に気を引き締めて、本物の試験官のつもりで面接に臨みます」

真冬 「よろしいですね?」

理珠 「望むところです」 フンスフンス

文乃 「精いっぱいがんばります!」

真冬 「よろしい。では、一分ほど後に、緒方さんから順番に入室をしてください」

………………

コンコン

理珠 「失礼します」

真冬 「どうぞ」

真冬 「では、学校名とお名前をお願いします」

理珠 「はい。私立一ノ瀬学園高等学校の、緒方理珠と申します。本日はよろしくお願いいたします」

真冬 (ふむ……以前より格段に言葉がなめらかになっているわね)

真冬 (自主練習をたくさんしたのでしょうね)

真冬 「はい。よろしくお願いします。では、おかけください」

理珠 「はい。失礼致します」

真冬 「では、面接を始めます」

真冬 「まず、緒方さんが本校を志望する理由を教えてください」

理珠 「はい。私は、人の心の機微に鈍感です」

理珠 「人が何を考えているか分からず、自分だけ見当違いなことをしている、ということがままあります」

理珠 「私は、そんなとき、周囲の友人たちとの間に壁を感じます」

理珠 「私はその壁を乗り越えて、人が何を考えているか、分かるようになりたいです」

理珠 「以上のことから、貴学の水準の高い心理学部ならば、私の求める人の心の探究ができると思い、貴学を志望しました」

真冬 (ふむ。言葉はなめらか。棒読みでもなく心もこもっている。及第点ね)

真冬 「よく分かりました。緒方さんは、本校の心理学部で、人の心が分かるようになりたいということですね」

真冬 「では、続けて伺います。あなたの言う “人の心の探究” とは、具体的にどのようなことを指しますか?」

理珠 「え……?」

真冬 「大学は研究機関です。あなたの言う “人の心の探究” が、最終的にどのような研究に行き着くのか」

真冬 「本校としても、私個人としても非常に興味深いです。ぜひ、ご教授いただければと思います」

理珠 「け、研究……?」

真冬 「? 大学進学を志望してらっしゃるのに、研究したいことがないのですか?」

理珠 「い、いえ、そういうわけでは……」

真冬 「では、あなたは本校での学びにより自身の苦手を克服した先にどのような研究をしますか?」

理珠 「えっと……」

真冬 「先ほども申し上げた通り、大学は学習する場であり、研究機関でもあります」

真冬 「自身の苦手を克服するという目的を達成するだけだけならば、」



真冬 「専門学校や終身教育機関など、叩くべき門戸は他にあると思いますが」



理珠 「………………」

真冬 「………………」

ハァ

真冬 「……ここまでのようね。長時間の沈黙が続いてしまった時点で、合格は絶望的だと思いなさい」

理珠 「……はい」

理珠 「………………」 (悔しい……)

理珠 (たくさん練習してきたのに、その練習の前提が崩されたような気分です)

理珠 (……しかし、どう考えても、桐須先生の指摘の通り)

理珠 (大学は教育機関であり研究機関でもある。最終的に研究をして卒業をすることになる)

理珠 (私は目の前の大学入学という目標に囚われ、入学した後のビジョンをおろそかにしている)

理珠 (私自身が一番理解していなければならないような基本的なことを、桐須先生に指摘されてしまったということ)

理珠 (……悔しい。私、前回から、まったく成長していないじゃないですか)

グスッ

理珠 「っ……」 (ダメです。泣いたら、それこそ、完全に負けてしまう。前回と同じになってしまう)

理珠 (泣かない。自分に何ができるか。今後どう成長していくか。それを考えないと……)

理珠 (勉強に付き合ってくれて、面接練習にも付き合ってくれた、成幸さんに顔向けできない)

理珠 (もっともっとがんばらないと……――)

真冬 「――まぁ、及第点には程遠いけど、前回に比べればはるかに良くなっているわ」

真冬 「がんばったのね、緒方さん」

理珠 「えっ……?」

理珠 「そ、そんな……だって、私はまた、前回と同じように……」


―――― 『どうなんですか 緒方さん 黙っていてはわかりませんよ』


理珠 「前回と、同じように……。黙りこくってしまって……」

真冬 「けれど、話をするときに固さや焦りが消えたわ。自信も少し見えていた。それは良い傾向よ」

真冬 「たくさん練習したのが見て取れたわ」

理珠 「でも……」

真冬 「そうね。結果としては惨憺たるものだわ。不合格という事実は変わらない」

真冬 「……でも私は今の面接で、あなたの可能性が見えた気がするわ」

理珠 「私の可能性……?」

真冬 「ええ。あなたは努力して、人の心を理解しようとしている」

真冬 「そして世の中には、一定数あなたのように、所謂 “空気が読めない” 人が存在するわ」

真冬 「緒方さん、あなたは、今のあなたがそうであるからこそ、そういう人たちのためになる研究ができないかしら?」

真冬 「他人に共感を覚えづらい、生きづらい思いをしている人たちを助ける研究ができないかしら?」

理珠 「私と同じような人たちを、助けるための研究……」

真冬 「ええ。それはあくまで私の想像する未来のあなたの像だけれど」

真冬 「悪くはないのではないかしら」

真冬 (……なんて、少し喋りすぎかしら)

真冬 (進路選択は自分自身で決めること。そしてそのための答えも、自分自身でできる限り決めなければならない)

真冬 (緒方さんにとってヒントになればいいと思って話してしまったけれど、)

真冬 (……出過ぎた真似をしすぎたわね。反省だわ)

理珠 「……桐須先生」

真冬 「何かしら?」

理珠 「目から鱗です」

真冬 「……?」

理珠 「すごいです。私が、自分自身をモデルケースに、私と同じような人のために何が出来るかを研究する……」

理珠 「それは、私が大学を志望する理由として十分なものに思えます!」

理珠 (少なくともアナログなゲームを理由とするよりは、はるかに!)

真冬 「そ、そう? そう思えるなら、それを自分なりにかみ砕いて、自分の言葉に直して、使えるようになりなさい」

理珠 「わかりました!」 メモメモメモ

真冬 (気むずかしいかと思えば、素直な子)

真冬 (つかみ所のない難しい子だけれど、悪い子では決してない)

真冬 (……願わくは、自身の得意分野を伸ばしていてもらいたいけれど)

真冬 (まぁ、仕方ない。本人が決めた進路に、教師が口だしできる範囲なんて限られている)

真冬 「……では、今後は大学入学後のビジョンを明確にして、面接練習に臨みなさい」

理珠 「わかりました」

真冬 「退出してください。一分後に入室するように、外の古橋さんに伝えてください」

理珠 「はい」

真冬 (……さて、次は古橋さんね。彼女もこの前からどう成長しているかしら)

理珠 「……あ、あの、桐須先生」

真冬 「? まだ何か質問があったかしら?」

理珠 「いえ、あの、これは質問というより、私の思ったことをそのまま言うだけのことですが……」


理珠 「ひょっとして、桐須先生は、わたしが文系受験をすることを認めてくれているのですか?」


真冬 「……!?」

真冬 「そ、そんなわけないでしょう? 私は、未だにあなたの進路選択を認めていません」

真冬 「今からだって遅くはないわ。考え直せるなら、理系分野を志望することをおすすめするわ」

理珠 「……むっ」 ムスッ

理珠 「私だって、先生に認めてもらわなくたって構いません」

真冬 「生意気。そういうことは、面接を最後まで続けられるようになってから言いなさい」

理珠 「そのための練習でしょう。最初から上手くできるなら、こんな練習なんてする必要はありません」

真冬 「……相変わらず口の減らない子ね」

理珠 「そちらこそ、です」

真冬 「………………」

理珠 「………………」

理珠 「……でも」

理珠 「……今日はありがとうございました。先生のご指摘は、すごくタメになりました」

真冬 「……そう。なら、せいぜいがんばりなさい。応援はしないけどね」

理珠 「………………」

クスッ

理珠 (“がんばりなさい” って言っておいて、“応援はしない” なんて……)

理珠 (ひどい矛盾です。この先生は、意外と抜けているのですね。今まで全然しらなかったことです)


―――― 『本当はな…… 緒方のこと すごく大切に思ってるんだよ』

―――― 『できれば…… 好きになってもらえたらって……』

―――― 『桐須先生のこと』


理珠 (……少しだけ、あのときの成幸さんの言葉が分かった気がします)

理珠 (この人は本当に……)

真冬 「……?」


―――― 『勘違いされやすいんだけど 本当はあったかくて生徒思いのいい先生なんだよ』


理珠 (……そういう先生なのかもしれませんね)

………………

真冬 「では、古橋さん。続いての質問です」

真冬 「あなたの得意な教科、現代文、古文、漢文、日本史……それらが天文学にどのように活かせると思いますか?」

文乃 (うぅ……やっぱり怖いなぁ、桐須先生)

文乃 (でも、負けられない。桐須先生に負けてたら、そもそも自分自身に絶対勝てない!)

文乃 「……わたしは文章を読むことを苦痛としません」

文乃 「理系分野において、実験によって新しく発見をすることも大事ですが、」

文乃 「前提として、先行研究の文献を読むことが必要不可欠です」

文乃 「文系科目が得意なわたしは、先行研究を読み解き、自分自身の研究に生かすことが容易にできると思います」

文乃 「基礎研究において、それは何より役に立つ能力なのではないかと考えます」

真冬 (なるほど……。よく考えて、よく練られた回答だわ)

真冬 (自分の得意分野をしっかりと生かした言葉になっているわ)

真冬 「……なるほど。研究をする上では、それは確かに強みになりますね」

真冬 「では、続けて聞きますが、あなたは数学が得意ではないですね?」

文乃 「……はい」

真冬 「天文学と数学は切っても切れない関係です。その苦手は大きなネックになると思いますが、どうするおつもりですか?」

文乃 「……教科書を読み解く力あるつもりです。だから精いっぱい、勉強します」

文乃 「その証拠になるかは分かりませんが、調査書を見て頂きたいと思います」

文乃 「わたしは、本当に数学が苦手です。テストでは全然点が取れないくらいでした。でも、今は……」

文乃 「がんばって、やっと平均点に届くかというところに来ました」

文乃 「絶対値としては足りないかもしれません。でも、相対的に見ればかなりの成長だと、自負しています」

文乃 「わたしの今までの伸びを、そしてこれからの伸びしろを見ていただければ幸いと存じます」

真冬 「……わかりました」

真冬 (なるほど。考えてきたわね。やはり文系科目が得意だと、対人能力……面接にも活かせるのね)

真冬 (苦手を苦手と認め、その上で苦手を克服したという部分を強調する良いやり方だわ)

真冬 (実際、彼女の数学の点数の伸びは驚異的なものがある。これは、大学の面接担当にも一考の余地が出てくることでしょう)

真冬 (……さて)

真冬 「……では、最後の質問です。あなたの長所と思える部分を教えてください」

文乃 「えっ……?」

文乃 (……わたしの、長所……?)

文乃 (文系科目以外でわたしに長所って、何かあるかな……)

文乃 (そもそも、わたしにいいところなんてあるのかな)

文乃 (わたしには何ができるのかな。今まで、何をしてきたのかな)

文乃 (……文系科目が得意で、お話を作るのが得意なこと以外、わたしに何が……)

文乃 (わたし、ひょっとして、長所なんて何一つない……?)

真冬 「………………」

文乃 (……だ、黙ってたら、ダメ!)

文乃 (それじゃ何も伝わらない! 頭が混乱していたって、何か言わなければ面接はそこで終わってしまう!)

文乃 「わ、私は……! 先ほど申し上げたとおり、苦手な数学を、努力で補ってきました」

文乃 「そ、それは、苦手科目でもやりきるという、私の長所だと思います」

真冬 「学生が必要な科目の勉強をがんばるのは当然では? その当然の努力を長所と言い張るのですか?」

文乃 「うっ……」 (た、たしかに、その通りなんだよ……)

文乃 「ほ、他にも、わたしは……れ、恋愛相談、とか、が……得意、です……?」

真冬 「………………」

文乃 (無言の目線が痛い……!!)

文乃 「………………」

真冬 「……残念。ここまでのようね。これくらいにしましょう」

文乃 「はい……」 (うぅ……結局わたし、また何も言えなかった……)

文乃 「すみません。大学に訴求できるような長所が、なかなか見つからなくて……」

真冬 「そうね。長所って言われても難しいものね。でも、それでも、言えなければならないわ」

文乃 「……はい。もう一度よく自分自身を見つめ直して、考えてみます」 ズーン

真冬 「………………」

ハァ

真冬 「……“人の心の機微に敏感で、他者との共感能力が高く、人の気持ちに寄り添える”」

文乃 「えっ……?」

真冬 「そして、その人のために全力でがんばれる優しさも持っている」


真冬 「……それがあなたの長所でしょう?」


文乃 「わたしの、長所……?」

真冬 「その結果として――これはあくまで予想だけれど――あなたは、恋愛相談とやらを受けたのではないかしら?」

真冬 「それを大学用に、自分でカスタマイズしてごらんなさい」

真冬 「たとえば、“友人との人間関係を円滑にし、勉学にも研究にも協力して取り組むことができると思います” とかね」

文乃 「わ、わたしの、長所……」

文乃 「わたしの、がんばってきたこと……」

真冬 「……?」 (どうしたのかしら、古橋さん?)

文乃 (……そっか、わたし。そうだよね。今まで、成幸くんやうるかちゃん、紗和子ちゃんの相談にだって乗ってきたもんね)

文乃 (それは、わたしの長所でもあるんだ……)

文乃 「ありがとうございます、桐須先生。うまくまとめられるような気がしてきました」

真冬 「そう? よかったわね。なら、次の面接練習までにしっかりと言えるようにしておきなさい」

文乃 「はい!」

文乃 (……分かってたことだけど、改めて思うよ。この先生は、ただの怖くて厳しい先生じゃないんだ)

文乃 (わたしのことなんて嫌いだろうに、そんなわたしのこともよく見てくれているんだ……)

文乃 (わたしが理系受験をすることをよく思ってないはずなのに、結局はこうやってわたしのためにアドバイスをくれるんだ)

文乃 (……本当に、“良い先生” なんだなぁ)

………………図書室

理珠 「………………」  文乃 「………………」

ガリガリガリガリガリ……

成幸 「お、おお、がんばってるな、お前ら……」

理珠 「……先生からアドバイスをいただきました。忘れないうちに、カタチにしておかないと」

文乃 「わたしもだよ。二回も面接練習をやってくれた桐須先生のためにも、がんばらないと」

成幸 (……前より先生に対しての苦手が少なくなったみたいだな。よかったよかった)

成幸 (というか、むしろ……) クスッ (“先生のためにがんばる” って気持ちすら見えるな)

文乃 「………………」


―――― 『……“人の心の機微に敏感で、他者との共感能力が高く、人の気持ちに寄り添える”』

―――― 『そして、その人のために全力でがんばれる優しさも持っている』


文乃 (あんなに温かい言葉をかけてくれた大人って……)

文乃 (お母さん以外で、初めてかもしれない)

おわり

………………幕間 「次はあなたの番」

真冬 「探したわよ、唯我くん」

成幸 「き、桐須先生……!? ど、どうしたんですか? 俺に何か用ですか?」

真冬 「あなたはまだ面接練習が終わってないでしょう。早く始めるわよ」

成幸 「えっ!? い、いやいや、俺、今日は藤田先生にやってもらいましたから――」

真冬 「――なら、藤田先生に指摘された内容を私に教えてちょうだい。その上で面接練習をするわよ」

真冬 「面接練習は何度やっても損することはないわ。せっかくの面接練習の日なのだから、私ともやっておきなさい」

成幸 「いや、えっと……」

真冬 「いいから、ほら、来なさい……」 ガシッ 「とりあえず前回のことからおさらいね。ちゃんと考えているか、試させてもらうわよ」

真冬 「……もし前回から成長が見られないようであれば」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!! 「……分かっているわね?」

成幸 「ひっ……!? だ、誰か、助けて--ーーー!!」

ズルズルズルズルズルズル……

おわり

>>1です。
読んでくださった方ありがとうございます。
乙や感想、励みになります。個別レスしませんが、ありがとうございます。


この話は桐須先生をメインに据えるか、文乃さんをメインに据えるか迷いました。
最終的に桐須先生メインにしたつもりでしたが、オチは結局文乃さんで落ち着いてしまいました。
結果として原作の面接回の模倣をした上で劣化させただけの抑揚のない話になってしまいました。
申し訳ないことです。


また投下します。

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