王子「城下町でだらだらする」エルフ「流星尻相撲秋場所」(32)


城下町 裏小路


ガヤガヤ ガチャン パリン ワー ワー


王子 「……女子供を泣かせるのは最低さ」
王子 「だが、女子供が泣くことさえできないのはもっと悪い」
王子 「そうは思わないかい?」

娼婦スライム 「どうでも良いけど、どうすんの?」
娼婦スライム 「やるの、やんないの?」


王子 「……やらない」
王子 「おれは、美しい君と少しお話をしたいだけさ」


娼婦スライム 「じゃあ他所をあたりな。こっちは生活がかかってんだ」
娼婦スライム 「骨なしフニャフニャ坊やのおしゃべり相手をしてる暇は無いんだよ」


王子 「フニャフニャじゃない。骨はある」
王子 「いや、無いけど。いやいや、そうじゃなくてね……」


娼婦スライム 「さっさと失せな」


…………

テク テク テク


王子 「…………」

??? 「……あら?」
赤スライム 「王子さまじゃなあい」

スル スル スル

王子 「……やあ、君か」

赤スライム 「お久しぶりね」
赤スライム 「どうしたの、見ない間に何かあった? ヘドロみたいな顔色だけど」

王子 「いっぽう君は変わらず、宝石よりも美しい赤だ」
王子 「いや、君の同業にこっぴどくやられてね」
王子 「フニャフニャの骨なしだとさ」

赤スライム 「あら。きっと新しく入ったあの子ね」
赤スライム 「どうにも気が強くって」

王子 「ははは、この町で生きるにはあれくらいじゃないとね……」


王子 「ところで、最近変なことは無かったかな」


赤スライム 「王子さまが変な顔して歩いてた」


王子 「……それ以外にさ」
王子 「西の俯き爺さん家の扉の生首蝙蝠がついに話し始めたとか、表通りの靴屋の娘がレプラコーンと駆け落ちしたとか」
王子 「帝国大陸に流行りつつあるあやしい薬が、ついにこの北東外れの町にも出回りだした、とか」


赤スライム 「あら、だいたい知っているじゃない」


王子 「今日一日、フニャフニャと歩き回ったからね」



赤スライム 「生首蝙蝠はお爺さんが言いふらしているだけ」
赤スライム 「靴屋の娘は靴屋にいるわよ。お腹が大きくなってから、あまり外に出てこないけど」

王子 「そりゃめでたいね。相手はあの小さな太っちょ弟子かな」
王子 「薬については?」

赤スライム 「……んん、そうねえ」

王子 「噂によれば、ずいぶんと良いらしいじゃないか」
王子 「どこで手に入るか知りたいんだけど」
王子 「こればっかりは表でも裏でも気軽に口に出せることじゃ無くてね……」


赤スライム 「まあ、仕事柄、たしかに最近よく耳にはするんだけどねえ」

王子 「おおっ、そうかい!?」
王子 「目には!?」


赤スライム 「んふふ。あら、今日はずいぶん積極的ね王子さま?」


王子 「今日も明日もさ」
王子 「帝国憲兵の目も思わぬところにある。やはり自分で見つけるしかないか」


赤スライム 「正義の憲兵さんたちの目を気にするなんて」
赤スライム 「悪い王子さま」

王子 「仲良くしたいし、応援しているさ。だが、連中の正義とおれの正義とは少し折り合いが悪いみたいでね」
王子 「気にしているのは、薬を売っている奴の目だったりして」

赤スライム 「ふうん?」

王子 「忘れてくれ」
王子 「仕事の邪魔して悪いね。フニャフニャのおれはそろそろ行くよ」

赤スライム 「あら、本当にフニャフニャかどうか、私が試してあげましょうか?」


王子 「わお、夢のようだ!」


赤スライム 「嘘つき」


王子 「ははは、君に手を出してしまうとね……」
王子 「さすがのおれも例の連中を敵に回す度胸は無い」

赤スライム 「そんな私だから、こうやって話しているんじゃなくて?」

王子 「君は君というだけで素敵さ。肩書きは君を引き立てる布や石でしかない」

赤スライム 「そういうことにしといてあげる」
赤スライム 「……苔緑の酒場に行けば、何か分かるかもしれないわ」



王子 「苔緑か……」


赤スライム 「怖気づいちゃった?」


王子 「初めて君の美しさを目の当たりにしたときほどじゃ無いさ」
王子 「うん、行ってみるよ」
王子 「大事な時間をありがとう。貧乏で悪いが、お礼だ」


白貨複数


赤スライム 「あら、いいのに」
赤スライム 「……いつもより多いのね」


王子 「新しく入った子にでもあげてくれ」


赤スライム 「はいはい」




王子 「それじゃ、お元気で」


テク テク


赤スライム 「……ねえ、王子さま」


王子 「うん?」


赤スライム 「お金より花びらを貰う方がずっと嬉しい日もあるってこと、知ってる?」


王子 「…………うん?」


赤スライム 「冗談よ。困らせたかっただけ」
赤スライム 「今からなら、少し時間を潰しておいた方が良いわよ」
赤スライム 「それから、口あての布が用意できないなら日をあらためることね」
赤スライム 「何せ、あそこは煙たいから」


苔緑への道


テク テク テク……

王子 「口あて……煙たい、ね……」

王子 「うん?」


首巻エルフ 「…………」


王子 (帽子を目深に被った子供が、道の脇に座っている)

王子 (……置いてある台と道具を見るに、靴磨きかな?)



首巻エルフ 「…………」


王子 (鼻のあたりまで首巻きにすっぽりと埋めているので顔が分からないが)

王子 (何となく少年のような気がする)

王子 (少し行けば人通りが多くなるだろうに。こんなところで商売できるものか?)


首巻エルフ 「…………」


王子 (それとも、少し見ないうちにこの街では花売りが靴ブラシを持つようになったのかな?)


首巻エルフ 「……お兄さん」

首巻エルフ 「さっきからじろじろ見ているけど、お客かい?」


王子 「それは今から決めようかな」

王子 「……靴磨きだよね?」


首巻エルフ 「男娼を捜しているなら他所へ行きな」


王子 (少年か)

王子 (こんなところで靴磨き……うっかり者の間者だとして、もっと気がきく場所を選ぶだろうが)

王子 「変な聞き方をして悪かった」

王子 「靴を磨いていただこうかな」

王子 「少し汚めに」


首巻エルフ 「変な注文するね、お兄さん」

首巻エルフ 「靴磨きに手を抜けってさ」


王子 「君だって、おかしなところで仕事しているじゃないか」

王子 「こんな寂しいところで客商売だなんて」


首巻エルフ 「ふん」

首巻エルフ 「汚めってどうしてほしいのさ」

首巻エルフ 「そんな注文はじめてだよ」

首巻エルフ 「こんなのはじめて」


王子 「なんならそこの墨や粉で汚してくれて構わない」

王子 「きれいな靴を履いていると、この街じゃ生きづらいのさ」

王子 「コップ一杯の安酒を飲むのに、十年ものの酒樽五つ分の金をぼったくられる」



首巻エルフ 「ふうん。華奢な身なりでたくましく生きてるってわけだ」

首巻エルフ 「やれやれ、まったく、オレは絵描きじゃないんだぜ」


ガタ


王子 (台を片付けはじめた?)

王子 「君も、その若さで頑張っているじゃないか」

王子 「その様子だと、やってもらえないのかな?」


首巻エルフ 「早まらないでよ、にぶちん」


ゴト

ボロの靴磨き台


首巻エルフ 「きれいな台を台無しにできないでしょ」

首巻エルフ 「さ、靴を乗せな」

…………
ゴシ ゴシ


首巻エルフ 「…………」


王子 (靴磨きにしては、汚れかたがどこか嘘くさい。手袋を外したところを見られたら良いが……)

王子 「……この小さな街のことはわりと知っている方だけれど、君を見たことは無いな。最近やって来たのかい?」


首巻エルフ 「まあね。それなりには経つけれど」


王子 「へえ。でも、まさか一人暮らしってわけでも無いだろう?」


首巻エルフ 「……何なのさ、何かオレのことを調べたいわけ?」


王子 「べつに。ちょっとした会話さ。そういうのも仕事のうちだろうに」


首巻エルフ 「うちは格安なの。そんなおまけなんてつけてらんないよ」


王子 (話をしたがる風では無い、むしろ面倒がっている)

王子 「そうかい。それは悪かったね。無駄口が多いとよく言われるんだ。気をつけるよ」


首巻エルフ 「…………」

首巻エルフ 「こんな感じでどう?」


王子 「……うん、見事だ。仕事も早い」

王子 「反対側も頼むよ」


首巻エルフ 「ほんとに変な客……」


ゴシ ゴシ



首巻エルフ 「……お兄さん、こっちは少し磨いて良いかな」


王子 「うん?」


首巻エルフ 「みすぼらしくしたいんでしょ」

首巻エルフ 「片方だけ磨いてあるなんて、最高にみすぼらしくてみっともないと思うよ」


王子 「うーん、馬鹿っぽく見られるのも同じくらい困るんだが……」

王子 「面白い。やってみてくれるかい」


首巻エルフ 「はいよ」


ガサゴソ
妖精のタオル


王子 (軽そうな緑色の、厚手の布を取り出した)



王子 「……それ、かびてない?」


首巻エルフ 「魔法の薬を染み込ませているから、こんな色なのさ」


王子 「魔法の薬?」


首巻エルフ 「これで磨いた靴は、普通よりずっと長く綺麗なままになるのさ」

首巻エルフ 「しかも、磨きたては七フィート靴も目じゃない歩き心地だぜ?」


王子 「ははは、そりゃ楽しみだ」



サ サ サ


王子 「……かわった羽根でごみを取るんだね」


首巻エルフ 「羽根じゃ無い。ムラサキ針草を煮詰めて束ねた物だよ」
首巻エルフ 「お兄さんが履いているような柔らかい靴には、これが良いんだ」


王子 「そうなのか。ムラサキ針草なんて聞いたことないけれど、このあたりでも採れるのかな」


首巻エルフ 「さあね。この街に来てから外に出たことはないから」


王子 「それじゃ、困るんじゃないかい」
王子 「大事な仕事道具が一つ調達できなくなるだろう」
王子 「大きな市でも見たこと無いぜ?」


首巻エルフ 「余計なお世話。あと何十年かは心配ないね」
首巻エルフ 「それに、この街に長く居座る気も無い」



王子 「へえ」
王子 「良かった。もしかしたら、君と会えないままだったかもしれないのか」


首巻エルフ 「……気持ち悪いこと言うね、お兄さん」


王子 「ははは、ひどいな。変な意味は無いよ。何であれ、出会いの機会はありがたいものというだけだ」
王子 「……もしかして君は、旅慣れていたりするのかな」


首巻エルフ 「ほんと、口数の多いお兄さんだこと」
首巻エルフ 「……まあ、それなりには歩いてきたんじゃない」
首巻エルフ 「街から街へ、敷かれた道だけだけれど」


王子 「そうか」
王子 「旅の靴磨きか……良いな」



首巻エルフ 「はっ、良いことなんて無いね」


王子 「おや」
王子 「ここからずっと西の大橋は渡ったかい?」
王子 「夕方、北に海を臨みながら渡るのは、なかなか素晴らしいものだと言うよ」


首巻エルフ 「どうだったかな。橋はいくつか渡ったけど、おぼえてないね」
首巻エルフ 「いつ渡っても、橋は橋でしょ」


王子 「ふむ……」
王子 「おれは憧れるけれどなあ。知らない景色を見て歩くことには」


首巻エルフ 「やってみれば良いさ」
首巻エルフ 「お気楽に歩いて、獣か魔物にでも食われちまいな」


王子 「ははは……」



王子 「そうだね、やってみなくては……」


首巻エルフ 「…………」


王子 「……もしかして君は、一人で旅しているのかい?」


首巻エルフ 「……だとしたら、どうなのさ」


王子 「すごいな。おれよりずっと先輩じゃないか」
王子 「おれが旅人になったら、ご指導願いたいくらいだ」
王子 「その歳で一人旅は、大変なことも多いんだろうね」


首巻エルフ 「べつに」
首巻エルフ 「裏道で変なのに絡まれたり、うるさく話しかけられたり」
首巻エルフ 「どっかのスパイじゃないかと怪しまれたりするくらいかな」


王子 「あははは! ……ごめんよ」



首巻エルフ 「まったく、注文通り汚くしておけば良かったよ……」


コト


王子 「君みたいな靴磨きは初めてだから、おれは楽しめているけれどね」
王子 (ムラサキ何とかで出来たブラシの柄を持つ手つきが、どことなく優雅だ)


首巻エルフ 「お兄さんも、生意気な靴磨きって言いたいの?」


王子 「そういうわけでも無いけれど……良いじゃないか、生意気な靴磨き」
王子 「しかし、君みたいのは客と揉めることも……」


フワ


王子 「……?」
王子 (……花の香り?)



首巻エルフ 「どうしたのさ」


王子 (爽やかで甘い香りだった。何だ……?)


首巻エルフ 「ねえ」


王子 「……!」


首巻エルフ 「お兄さん」


王子 「あ、うん。いや、今、花の……」
王子 (……におわない。気のせいか?)
王子 「……何でもない」


首巻エルフ 「あ、そう」
首巻エルフ 「はい、終わったよ」



王子 「あ……? ああ、うん」


首巻エルフ 「どうしたのさ、途中からボーッとしちゃって」


王子 (途中から?)
王子 「もとからだよ」
王子 「……これは、見事だ」


磨かれた靴(風)


首巻エルフ 「ふんっ……みんなそう言うよ」



王子 「新品みたいなのに、慣れた深みも残っている」
王子 「毎日でも通いたくなる出来栄えだ」


首巻エルフ 「……このくらい、払うもん払えばやってやるさ」


王子 「もちろん」


チャリン


首巻エルフ 「はい、どうも」
首巻エルフ 「これからもどうぞご贔屓に」
首巻エルフ 「シッ、シッ」


王子 「はは、ひどいなあ」


首巻エルフ 「これから片付けなの」
首巻エルフ 「どいたどいた」


王子 「おや、もう……というわけでも無いが店じまいか」
王子 「片付け、何か手伝えることはあるかな?」


首巻エルフ 「良いからさっさと行けっての」


ガサ ゴソ ゴトン


王子 「道具一式、そんな荷物を抱えて旅を、ねえ」


首巻エルフ 「左肩に担げる量さ」


王子 「泊まるところはちゃんとあるのかい?」
王子 「お話のお礼に宿代くらいなら出すぜ」


首巻エルフ 「余計なお世話」


王子 「仕事が終わったってことは、今から晩飯なのかな」


首巻エルフ 「何だってんだよ、もうっ」



王子 「放っておけないのさ」
王子 「良いことなんて無いって言う、小さな旅の靴磨きくんを」


首巻エルフ 「野たれ死にかけのガキなんてどこにでも転がってるだろ。戦争狂いの帝国のご近所にはとくに」
首巻エルフ 「そいつらでも助けに行けよ」


王子 「まったくだ。吐き気がする時代だね」
王子 「歯牙ないチンピラのおれにできるは、せいぜい目の前の子供へのおせっかい焼きくらいだ」


首巻エルフ 「甘ったるいね、お兄さん」
首巻エルフ 「旅をすれば、自分のものは自分のために使うのが、結局世のため人のためだって分かるだろうよ」

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