野良兵器を拾った少女のお話(70)
少女は一人で暮らしていた。
曲がりくねった山道をしばらく登った先に、
その家は建っていた。
一人で住むには幾分か広すぎる木造の古い平屋で、
中庭と倉をも備えていた。
中庭には小さな菜園があって、
じゃがいもやらネギやらが雑多に植えられている隣には、
プチトマトの苗が一種類だけ不釣り合いなほど、
やたらと多く並んでいた。
少女の祖父母は、菜園の世話について事細かに教えてくれていたし、
そんなにひろい畑でもなかったから、
少女一人でもどうにか枯らさないようにできていた。
訪れる者はほとんどいなかった。
週に一度、単車に乗った配達人が訪れるのが、
来客のほぼ全てを占めた。
食料やら何やらの入った袋を携えた彼は、
玄関に現れる少女と、時々短い会話をした。
少女はひどくゆっくりと話した。
まるでくしゃくしゃになった紙に書きなぐられた文字を、
一つ一つ読みあげていくかのようだった。
ごめんね、今日も手紙はないみたいだ。
わかりました。
まだ戦争は続いているようだよ。
そうですか。
奴らはどんどん送り込まれてきているらしい。
兵隊さんたちも頑張って、
奴らを倒してはいるそうだけどね。
そうですか。
この辺りに現れるってことはないだろうけれど。
戦場はまだまだ遠いから。
まあ、それでも一応、気を付けてね。
大丈夫です。
何かあったら僕に言うんだよ。
頼りないかもしれないけれど、君よりは大人だからさ。
わかりました。
本当はこんなところに一人にしておくよりも、
軍隊も自警団もいる下の街に来てもらった方が安全なんだけど。
少女は首を左右に振った。
その反応は、青年には見慣れたものだった。
少女は家を離れたがらなかった。
いくら一人は危ないと彼が言い聞かせても。
大丈夫です、と少女は言った。
わたしはここで、父と母を待ってます。
青年は、諦めたようにため息をついて、
気を付けてね、ともう一度繰り返した。
それじゃあまた来週、と青年は手を振って、
単車に跨って走り去った。
少女は彼の背中が山道を曲がって見えなくなるまで、
注意深く、じっと眺めていた。
それから少女は玄関の扉を閉めて、
外から中庭の方へと回った。
そして、家の裏手から中庭へと続く
広い引戸に向かって、声をかけた。
もう大丈夫。
でておいで。
戸ががらりと開いて、
家の中からそれが姿を現した。
それは金属製の蜘蛛のように見えた。
少女の胸くらいまでの大きさ。
大きな弾丸のような細長い胴体に、
四本の脚と二本の腕が備わっていた。
側面には何らかの銃身らしき装置がついていて、
胴体の前方からは、眼球のようなカメラが一本、
上へとまっすぐ、にょきっと生えていた。
それは配達人の青年が言ったところの“奴ら”であり、
少女の国と戦争中にある敵国が作り出した破壊兵器であって、
視界に入る人間全てを撃ち殺し、
形あるもの全てを焼き尽くすと恐れられている、
機械仕掛けの死神だった。
恐るべき破壊兵器は、どこか心細そうに、
小さな電子音を、ピー、と鳴らした。
もう大丈夫、と少女は言った。
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