アトリエSSです
百合注意
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「おねえちゃん達、ありがとう!」
「ふふ、どういたしまして。もうはぐれちゃダメよ」
女の子はミミちゃんに大きく頷いて、お母さんと繋ぐ手に力を込めた。
ミミちゃんと二人、冒険者ギルドに依頼達成の報告をしてアトリエへと戻る途中。今にも泣き出しそうな迷子の女の子を見つけて、そのお母さんを探すのに意外に手間取ってしまった。それでも親子の安心した笑顔を見れば、苦労も報われるというものだ。
こちらが申し訳なくなるくらいぺこぺこ頭を下げるお母さんといつまでも手を振る女の子を後にして、アトリエへの帰路を歩く。空はもうすっかり夕焼けに染まっている。
「よかったわ、お母さんと会えて。なかなか見つからないから私まで不安になっちゃった」
「そうだね。それでも泣かなかったんだから、偉い子だったね」
それはきっとミミちゃんのおかげだと思うけれど。
意外にもミミちゃんは子供をあやすのが上手だった。愚図る女の子を優しく諭し、見事に彼女の機嫌を直してみせた。
わたしはその様を見ながら、彼女のお母さんの話を思い出していた。泣き虫だったミミちゃんを優しく慰めていた、優しいお母さん。
「私があの子くらいの歳なんて、泣いてばかりだったわ」
ミミちゃんの目はわたしでも夕陽でもなく、どこか遠くを見ている。
「……ほんとに、会えてよかった」
愁いに満ちた横顔を黄昏色が照らしている。そんな顔をしていることに、彼女自身はきっと、気付いていないんだろうな。そんな顔がわたしをたまらなく切なくさせていることに、気付いてないんだ。
アトリエに入るとさっさと荷物を片付けてしまい、ソファに座って深々と体を沈めた。
「ふへあぁ…やっと人心地ついたよ」
久々のアトリエの空気を吸って安心しきった声を出す。
「なんて声出してるのよ、はしたない」
「えへへ。いいんだよ、ミミちゃんしか聞いてないもん。ね、ミミちゃんも座ってよ」
ミミちゃんの手を引いて強引に右隣に座らせる。ちょっと、もう、だとか抗議の声が漏れたけど、聞かなかったことにした。
「ミミちゃんは疲れてないの?あんなに動いてたのに」
炭鉱に住み着いた数十匹の魔物の退治はなかなかに骨が折れる仕事だった。ミミちゃんはわたし以上に動き回っているはずだが、どういうわけか涼しい顔をしている。
「顔に出さないだけで疲れてるわよ。隠すのが上手いのよ」
ミミちゃんはそう言った。
隠す。誰から?
「今も隠してるの?わたしとミミちゃんのふたりしかいないのに?」
彼女は一瞬虚を衝かれた表情をしてから、困ったように笑う。
「もう慣れちゃったから」
彼女にとって貴族としてふさわしく振る舞うことは、亡くなった母への誓いで、生き方そのものだ。一流の冒険者として名を上げたし、迷子の世話だってこなしてみせる。でも、その誓いを称えて、休むことを許してくれる人はいるのだろうか。わたしにはお母さんがいなくても、たくさんの人が周りにいた。じゃあ、ミミちゃんには?
ついさっき見たあの横顔が思い起こされる。
「わたしには甘えていいよ」
勝手に口が動いていた。
「自分を全部吐き出して素直に甘えられる相手がいることって、すごくありがたいことなんだよ。わたし、ミミちゃんにとってそういう人になりたいよ」
思ったことをなんの審査も無く吐き出してしまうこの口が、今は頼もしかった。こんなことも照れずに言い切ることができる。
「……私にそんなことできると思う?」
少しの間を空けてミミちゃんは答える。
「もうこの性格は変えられないわよ。そもそも、私は十分周りに甘えさせてもらってるわ。損な性格だと思う事もあるけど、あんたが思ってるほど私は苦労してないわよ」
いつからかミミちゃんは自分の性格を受け入れて、自分自身との付き合い方を身に付けることができるようになった。きっとそれはいいことで、それが大人になるってことなんだけろうけど。今日のわたしはそれで納得したくなかった。わたしのことまで「気取るべき相手」に含めていることが気に入らなかった。うまく言えないけど、とにかくわたしは今、ミミちゃんにべたべたに甘えてほしい気分なんだ。
「ああ、もう!」
「え、わっ!?」
いきなりミミちゃんの体を抱き寄せてやる。どうせごちゃごちゃ言い合っても彼女はこんなことを許してくれはしない。無理矢理甘えさせてやろう。
「は、離しなさいよ!その、当たってるから!」
そんなことを言って顔を紅くして胸の中でもがいているけれど、気にしなくてもいい。ミミちゃんの方が当然力は上なんだから、本気で嫌なら簡単に振り払える。抵抗しているポーズを見せたいだけだ、そういうことにしておこう。
「離さないよー。今日はミミちゃんに素直になってもらうまで、ずっとこのままだから」
その宣告を聞いて観念したのか、ようやくミミちゃんはもがくのを止める。
「私にどうしろってのよ…」
「んーとね……とりあえず何もしなくていいから、目を閉じてリラックスしてみて」
「はぁ…ほんとに、無神経と言うか無防備というか…」
ぶつくさ言いながらもミミちゃんは目を閉じてくれたから、とりあえずこれからどうすべきか考える。とにかく体が強張りすぎてるから、気持ちを落ち着かせてあげよう。
右手を頭に乗せ、髪の流れに沿ってゆっくりと撫でていく。ミミちゃんの細くなめらかな髪は絹よりも心地良くわたしの手を滑る。相変わらず綺麗な髪で羨ましい。時間を忘れて触っていられる。
しばらく撫でていると、ミミちゃんはもぞもぞと体を動かし出した。
「えっと、どうかな、ミミちゃん」
「どうって言われても…別に、どうもしないわよ」
口ではそう言いながらも、声色や触れる体の柔らかさから、撫でるにつれミミちゃんの緊張がほぐれていくのが伝わった。うん。これで合ってる、はず。
わたしの目の前にある赤い耳は、持ち主の呼吸に合わせて小さく震えていた。ミミちゃんって耳までかわいいんだなあ。
耳をくすぐると、ん、と甘い声を漏らして僅かに身をよじる。それが楽しくて、少ししつこいくらい耳の形をなぞった。
「これ、好き?」
「っ…嫌いじゃ、ない、けど……」
まだ素直になっていない。一度指を離して、しばらく爪の先で引っ掻くように焦らしてやる。すると手に耳を擦り付けてきたから、また動きを再開する。それでいいんだ。
いつの間にかミミちゃんの腕はわたしの体を抱いている。女の子らしい細さと力強さを併せ持つこの腕に抱かれると安心するけれど、今日はわたしがミミちゃんを安心させたい。
「ミミちゃん」
顔が見たくて名前を呼ぶと、こちらを向くミミちゃんとの距離はかなり狭く、その顔は真っ赤に緩んでしまっていた。だから、可愛い、と思った時にはその唇にキスをしていた。
「んっ」
初めて感じる唇の感触は柔らかく、わたしの唇に吸い付くようだった。ミミちゃんは驚いてわたしを押し返そうとするけれど、彼女を抱く腕に力を込めると、抵抗をやめて体を預けてきた。なんだか自分の行動に思考が追い付かないまま、数秒ほどで唇を離す。ミミちゃんは目を蕩けさせてわたしを見ていた。わたしだけを。
胸の奥に点いた火のようなものに急かされて、すぐにまた唇を奪う。何度も何度も、啄むようにキスをすると。ミミちゃんもひとつ、触れるだけのひかえめなキスを返してくれた。
「もっと」
はしたないけれど、ミミちゃんからしてくれたことがあんまり嬉しくて、唇を差し出して誘わずにはいられなかった。
ミミちゃんの舌がわたしの中に入ってくる。がっつくようにわたしの口内を舐ろうとするミミちゃんを迎え、動きに逆らわないよう身を任せる。ミミちゃんのキスは拙く余裕の無いものだったけれど、わたしを求めようとする熱に満ちていた。
その熱は温い痺れになって、ミミちゃんの触れたところからゆっくりと体に伝わり、やがて全身をふわふわと浮かしていく。永久に溺れていたいくらいに甘い感覚だった。
「っは、あ……」
「ん……」
ああ、離しちゃった。ふたつの唇の間に唾液が橋を作り、速やかに切れ落ちた。
今のミミちゃん、女の子みたいな顔してるよ、って言ったら怒られるかな。そうしたら、あんたこそ、って言われちゃうかも。
「トトリ、好き。大好き」
「えへへ、わたしも」
ミミちゃんはわたしを抱いて、大切そうに頬を擦り付けてきた。わたしはミミちゃんの頭を、出来る限り優しく、柔らかく撫でてあげた。
「ねえー、こっち向いてよ。照れないでよ」
「照れてない」
明らかに照れてるよ。あれから我に返ったミミちゃんは、なかなか目を合わせてくれない。やっぱりミミちゃんが素直なままでいるのは難しいみたいだ。
まあ、ミミちゃんがずっとあの調子っていうのも気持ち悪いし、これでいいのかも。たまに今日みたいな日があれば、それで。
「わたしはミミちゃんがどういう子か分かってるつもりだから、かっこつけなくてもいいよ。だから、ミミちゃんが嫌じゃないなら、またいっぱい甘えてね」
わたしがそう言うと、ミミちゃんは口をむぐむぐ動かして、不満げに顔を背ける。
「……気が向いたらね」
ミミちゃんは口を尖らせてそう言ってくれた。
おしまい
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