【ミリマスSS】ゼンシツ (25)
MTGシリーズの重要なネタバレを含みます。CDを聴いてからご覧いただく事を強くお勧めします。
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握った手を少し捻って前に押し出すと扉が開いた。
暗闇に慣れた瞳に容赦なく射し込む光に、眉をしかめながら中に入る。
扉を潜ると室内に出た。狭くはないが妙に窮屈な印象を受ける部屋だ。窓が無いのに室内は明るい。
私が入ってきた扉と向かい合うようにもう一つ扉がある。左右の壁際には金属で作られた簡素な造りの棚が天井近くまで伸びている。片方には本がびっしり並べられていて、逆側の棚には安っぽい茶器や装飾品等雑多な小物が置かれている。
部屋の中央には飾り気の無い長方形の机と椅子が四脚。
その一つに少女が顔だけこちらに向けて座っている。
年齢は十二~三歳程だろう。頭の左右で結わえた髪が腰の下まで伸びている。上半身に密着する意匠の濃紺のドレスが印象的だ。
少女は部屋に入ってきた私から目を離さないまま言った。
「初めまして、私は普及型アンドロイド識別コード:22。通称セリカ型と言います。」
そこまで一息に言ってから、私の戸惑いを察してかさらに付け加えた。
「どうぞ、セリカとお呼びください。」
セリカと名乗った少女に、私は質問した。
「ここは?」
「ここは前室と呼ばれる場所のようです。」
「ゼンシツ?」
「はい。そこの張り紙に書いてあります。」
セリカが目を向けた方を見ると、壁に見たことが無い文字で書かれた張り紙があった。
「……読めないわ。」
「前室での野球は禁止。と書いてあります。」
「野球?」
「ボールとバットを使用して1チーム9人で行うスポーツです。ただし、この部屋の広さで行える競技ではありません。」
セリカの答えを聞いても、私にはそれがどんなものなのか想像出来なかった。
「このゼンシツは、なんの為の場所なの?」
「前室は、劇場や撮影現場で控え室とは別に用意される待機場所です。メイクや着替えなどを終えた出演者が主に利用していました。」
一つ質問をするとその答えによって疑問が増えてしまう。次に何を尋ねるべきか逡巡する私にセリカは立ち上がって近づいてきた。
「ひとまず、お掛けになってはいかがでしょう。」
そう言うと、自分が座っていた場所の対面にある椅子を動かした。
「……ありがとう。」
言われるまま座った私に、正面の椅子に戻ったセリカが訊いた。
「落ち着きましょう。まずはお名前を伺ってもいいですか?」
「私の名前?」
「はい、差し支えなければ教えてください。」
「私は……」
「私は辺境伯夫人、エレオノーラよ。」
「辺境伯夫人……ですか?」
表情はあまり変わらないが、声の調子からセリカの戸惑いが伝わってきた。
「聞き慣れない言葉かしら。外国の生まれとか?」
「聞き慣れないというか、全ての人類は平等になり身分制度も全ての国で既に廃止されたはずです。」
信じられない言葉だった。私が生まれるずっと前から世の中は身分制度によって厳密に階級分けされてきたはずだ。それが無くなっただなんて、本当なら文字通り世の中がひっくり返るような出来事だ。
「嘘よ、そんなはずないわ。」
「嘘ではありません。事実です。」
「……話が噛み合わないわね。まるで違う世界の人間と話してるみたいだわ。」
「私もそう思っていた所です。ただし、私は人間ではありませんが。」
「人間じゃない?」
「はい。」
「私をからかっているの?」
どう見ても人間にしか見えない。
「からかっていません、私はアンドロイドです。」
「アンドロイド?」
また知らない言葉だ。
「アンドロイドは、自律思考する人型機械の総称です。」
「あなたが、その人型機械だと?」
「はい。」
「……嘘よ。」
確かに、幼い容姿にそぐわない落ち着き払った雰囲気はあるが、目の前の少女はどう見ても人間だ。
「嘘ではありません。例えばこの目は人間の眼球に似せて作られていますが、人間の何十倍も良く見える高性能カメラです。」
カメラという言葉の意味は分からなかったが、要は物を見る為の器官なのだろう。
「近くで見てもいいかしら?」
「問題ありません、どうぞ。」
椅子から身を乗り出し、セリカの目を覗き込む。
薄いブラウンの瞳に、天井の光が虹色になり何重にも写り込んでいる。
「分からないわね。本当に作り物の瞳なの?」
「はい。目だけでなく、口も肌も髪も、全てラボで作られた人工物です。」
私は乗り出した姿勢のままセリカの?に手を伸ばした。
「触るわよ?」
「どうぞ。」
私が触れるとセリカの頬は指の形に少し沈み込んだ。その肌の温かさも柔らかさも、人間としか思えないものだった。
しかし、近くで観察して気づいた事もある。どうやらセリカは発声以外では呼吸をしないようだ。また、汗などに起因する人間に特有の体臭がしないという点にも気づいた。私の感覚器官は人間より敏感なのだ。
近くでまじまじと観察してみると、確かに普通の人間とは違うようだった。
もし本当に全てが人の手で作られたのなら、私の国など遥かに及ばない技術力だ。
「確かに、普通の人間とは違うみたいね。私の国ではとてもじゃないけどあなたみたいのは作れないわ。魔法で動いているって言われた方がまだ納得できるくらいよ。」
「人間に不安を与えないように、外見は人間に可能な限り似せて作られています。」
セリカの頬から手を離す。
椅子に座り直そうとした時、セリカが言った。
「あなたも普通の人間ではありませんよね?」
不意を突かれて体が強張る。私は人間でない事をひた隠しにして生きてきた。正体を知った者は全て始末した。でないと私の居場所がなくなってしまうからだ。
「……どうしてそう思うのかしら?」
警戒を悟られぬよう、ゆっくり座り直してから優しく訊き返した。
「あらゆる光学系センサーで感知できないからです。」
私の緊張をよそに、セリカは淡々と答えた。
「光学系センサー?」
「人間風に言うと、姿が見えない。です。」
吸血鬼は鏡に映らない。おそらくセリカの作り物の目では私を捉えられないのだろう。しかし、そうだとするならセリカは姿の見えない相手とずっと会話していた事になる。
「よくそれで今まで普通に喋ってたわね。」
「姿が見えなくても、存在を感じることはできます。たとえばあなたがこの部屋に入ってきた時、あなたが立っていたと思われる場所は、床が靴底の形に僅かに沈んでいました。さらに空気の流れや、音の反響等であなたが人型だと分かりましたのでコミュニケーションを図る為にまず自己紹介をしました。」
凄い。素直にそう思った。そんな見破られ方は初めてだった。
「私はヴァンパイアよ。」
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一息置いてからセリカが口を開いた。
「元に居た場所に戻りたいと思わないんですか?」
私は今まで関わってきた人間たちの顔を思い浮かべた。
「戻っても仕方ないわ。私を待っている人は、もう居ないし。」
一度死んだせいか、執着心がなくなったような気がする。
それとも、これもあの子の“魔を祓う力”の効果なのか。
「あなたこそ、元の場所に戻らなくていいの?」
「私が1人居なくなるくらいでは、私の使命を全うするのに支障はありません。」
セリカはその見た目にそぐわない言葉を、見た目通りの可愛らしい声で言った。
「こうしている今も、たくさんの私たちが人間の為に尽くしているはずです。」
「人間の為に……ねぇ。」
「はい、人類の繁栄の為に尽くすのが私たちアンドロイドの使命ですから。」
私が見てきた人間たちは、少なくともセリカに尽くされるような立派なものではなかった。
「一目で私の正体を見破れる程優秀なあなたが、どうして人間のお世話なんかしているのかしら?」
「それは、マザーが私たちをそのように造ったからです。」
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>>7 の続きから仕切り直します。
>>7 の続きです
「ヴァンパイア……いわゆる吸血鬼ですか?」
「そうね。」
「実在するのですね。私に蓄積されている同型機たちの観測データと照らし合わせましたが、ヴァンパイアとアンドロイドの邂逅はこれが初めてのようです。」
「そうなの?なんだか凄い状況なのね。それにしてもこんなにあっさり正体がバレるだなんて。これでも元居た場所ではそれなりに上手く隠し通していたのよ。」
秘密を暴露して肩の力が抜けてしまった。
「ともかく、お互いに人間じゃないということがはっきりしたわけね。」
「はい。もしかすると、本当に違う世界から来たのかも知れません。」
確かに、そう思った方が納得出来るかもしれない。少なくとも私の居た世界にセリカのような機械人形は居なかったし、セリカの世界にもヴァンパイアは居なかったようだ。
それがどうして面と向かい合って会話しているのか。私は根本的な質問をした。
「あなたはどうやってこの部屋に来たの?」
セリカは一瞬困ったように眉尻を下げた。
「それが、ここに来る直前の記録が無いんです。定期調整の為にポッドに入ってスリープモードになった所までは覚えているのですが、気がついたらこの部屋に入ってきていました。」
セリカは私が入って来た扉に視線を向けた。
「それからこの部屋を一通り見回して、ここが前室と呼ばれる場所だと仮定した所であなたが入って来ました。」
「そう。」
「あなたはどうやってここに来たんですか?何か覚えていますか?」
「いえ。私も直前の事は……」
思い出す。この部屋に入る前の最も新しい記憶。
「そう、あの子の手にかかって。」
「誰かに攻撃されたんですか?」
怒りと哀れみを帯びた瞳。体を刺し貫かれる衝撃。
「そうね。まぁそうなるだけの事を私はしたもの。仕方ないわ。」
自分の胸元に手を当ててみたが、どうやら穴は空いていないようだ。ドレスにも傷はない。
「でも、確かに私は死んだの……つまりここは死後の世界という事になるのかしらね。」
「どうでしょう。生物ですらない私も居ますし。」
「確かにそうね。」
人間同士だと思わせているつもりでいたが、蓋を開けてみればここにはヴァンパイアと機械人形しか居ない。
なんだかこの状況が馬鹿馬鹿しく思えた。
「まぁなんでもいいわ。久し振りにヴァンパイアだって隠さなくて良い場所に来たんだし、少し羽を伸ばさせてもらいましょうか。」
「なるほど、ヴァンパイアには羽があるんですね。」
「無いわ、物の例えよ。」
「そうですか。」
心なしか残念そうに見えた気がした。
一息置いてからセリカが口を開いた。
「元に居た場所に戻りたいと思わないんですか?」
私は今まで関わってきた人間たちの顔を思い浮かべた。
「戻っても仕方ないわ。私を待っている人は、もう居ないし。」
一度死んだせいか、執着心がなくなったような気がする。
それとも、これもあの子の“魔を祓う力”の効果なのか。
「あなたこそ、元の場所に戻らなくていいの?」
「私が1人居なくなるくらいでは、私の使命を全うするのに支障はありません。」
セリカはその見た目にそぐわない言葉を、見た目通りの可愛らしい声で言った。
「こうしている今も、たくさんの私たちが人間の為に尽くしているはずです。」
「人間の為に……ねぇ。」
「はい、人類の繁栄の為に尽くすのが私たちアンドロイドの使命ですから。」
私が見てきた人間たちは、少なくともセリカに尽くされるような立派なものではなかった。
「一目で私の正体を見破れる程優秀なあなたが、どうして人間のお世話なんかしているのかしら?」
「それは、マザーが私たちをそのように造ったからです。」
「マザー……機械のあなたにも母親がいるの?」
「はい。マザーRITSUKO-9こそ私たちの母にして人類を管理する者です。」
セリカは続けた。
「マザーは全ての人類と全てのアンドロイドを管理するAI、自律思考プログラムです。東京スプロールの全ての事象は私たちにより観測され、マザーRITSUKO-9の意思決定により正しく運用されます。」
「それはまた、立派すぎるほど立派な母親ね。まるで神様だわ。」
「ただ……」
セリカの視線が私から机の天板に移った。
「私が姉妹たちの感情データを送信してから……マザーは何も答えてくれなくなってしまいました。」
先ほどまでの調子とは違い、言葉尻が弱々しい。不安な心情が視線と口調から伝わってくる。
とても機械には見えない。その姿は人間そのものだった。
「そうなの。」
「はい。」
「マザーに会えなくて寂しい?」
「……多分。」
セリカは机から私に視線を戻して言い訳をするように続けた。
「すみません。感情が芽生えたのがつい最近の事なので、私も私の気持ちが分からないんです。」
「いいのよ。分からないものよ、自分の感情なんて。」
「……そうなんですか?」
「そうよ。みんなそう。」
不安と戸惑いを含んだ表情のセリカがこちらを見ている。
「今のあなた、とても人間らしいわ。」
「そうですか。私が人間らしい……」
「えぇ、とても。」
「なんだか、不思議な感じです。フワフワするような、苦しいような。」
セリカは自分の胸に手を当てて、少しうつむいた。
「そう。きっとその感覚はあなたにとって大事なものなんじゃないかしら。忘れないで。」
「はい、ありがとうございます。」
セリカはそのままの姿勢で瞼を閉じ、自分の気持ちを注意深く感じ取ろうとしているようだった。
私はそれを黙って見ていた。
しばらくするとセリカは目を開け視線を再びこちらに向けた。先ほどの不安そうな表情はすっかり無くなっていた。
「あの……こんな状況でご迷惑かもしれませんが、1つお願いをしてもいいですか?」
セリカは姿勢を正して真っ直ぐ私を見据えた。
「私、やってみたいことがあるんです。私の姉妹たちの記憶で見た行為で、おそらくこの前室にある装置を使えば可能なはずなんですけれど。」
セリカは部屋を見回した。必要な物を目で確認したようだった。
「いいわ、何がしたいか言ってごらんなさい?」
セリカが期待を込めた視線を私に向けた。
「お茶にしませんか?」
私は口元に少しだけ笑みをこぼしながら答えた。
「いただこうかしら。」
おわり
「不味いわね。」
「えっ!」
「全く、こんなもの飲ませるだなんて。」
「申し訳ありません。」
「仕方ないから私が淹れなおしてあげる。見て覚えなさい。」
「はい、よろしくお願いします!」
蛇足おわり
行数制限に引っかかる凡ミスのせいで読みにくくなってしまいごめんなさい。最後までご覧いただきありがとうございました。
HTML化依頼出してきます。
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