注意
※WATCHMENはスレタイと小ネタとフレーズだけ
※地の文注意
※病み果穂ちゃん
※キャラ崩壊上等
※枕バグはやばかった(過去形)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1529757921
P「果穂、来週はオーディションに出てもらう」
果穂「オーディションですか」
果穂「私としては、ライブも近いのでレッスンを入れて欲しいのですが……」
P「懇意にしてるディレクターさんからのご指名でな。可能なかぎり行ってもらいたい」
P「これ、オーディションの資料だ。目を通してくれ」
果穂「分かりました」
果穂「あ……このアイドルグループ……」
P「今年度のW.I.N.G優勝グループだ。近頃勢いを付けてきてる」
果穂「アイドルAさんとアイドルBさんのデュオ、でしたよね。所属は業界大手の〇〇〇プロダクション」
P「ああ。良く知ってるな……って、それはそうだよな」
果穂「……」
果穂「プロデューサーさん、今から少しレッスンスタジオ借りますね」
果穂「オーディションにむけて、動きを確認したいので」
P「……ああ、分かった。場所は押さえてあるから、気がすむまで使ってくれ」
果穂「ありがとうございます」
日誌 小宮果穂記 活動第405週目
気がつけば、今年度のW.I.N.Gからもう一月も経っていたようだ。
W.I.N.G、その名前を聞くたびに何年も前のことを思い出さずにはいられない。
忘れもしない大会で、忌まわしき大会。
私達、放課後クライマックスガールズが“準優勝”だった大会。
今年もその優勝者と共演する機会がやってきた。
今回は吉と出るとだろうか、それとも凶と出るだろうか。
まだ確実なことは分からないが、活躍を聞く限り期待はできそうにない。
今の芸能界には悪徳がはびこっている。
ここ数年のWING優勝者など、その全てが悪徳の産物だった。
今年もそうである可能性が高いだろう。
どのみち、私のすることは変わらない。
ただやるべきことをするのみだ。
果穂「プロデューサーさん、共演者の方に挨拶に行ってきます」
P「分かった。開始30分前には戻ってきてくれよ」
P「えっとあのグループの控え室は……」
果穂「大丈夫です。自分の足で探しますので」
果穂「この局なら顔パスですから」
アイドルA「うーん、だるぅー」
アイドルB「こらこら、そんなこと言ったらダメじゃん。私達って一応アイドルなんだからさ」
アイドルB「まぁ、だるいってのは同意だけどね」
アイドルA「ここ局の中だし、聞かれちゃまずい人なんていねーじゃん」
アイドルA「あー、オーディションってホント面倒。どうせ受かるんだし、さっさと収録に入ればいいのに」
アイドルB「まぁまぁ、いつも通りゆるーくやろうよ。疲れない範囲でさ」
アイドルB「それよりさ、それよりさ! この前の番組で共演したイケメン俳優なんだけどさ!」
アイドルA「まーたその話? 何回目だよそれー」
果穂「楽しそうなお話をされてますね」
アイドルA「んー、どちら様? 誰だか知らないけど、人の話に入ってこないで貰えますか?」
アイドルA「って、どっかで見たことあるような……」
アイドルB「ちょ、Aちゃん! この人あれだよ、あれ! トップアイドルの小宮果穂!」
アイドルA「小宮果穂って……小宮果穂!? あの!?」
果穂「はい。多分その小宮果穂で間違いありません」
アイドルB「えっと……その、小宮果穂……いえ、果穂さんがどうして、ここに……?」
果穂「同じオーディションを受けるので挨拶を、と思いまして」
アイドルA「え、同じオーディションを? 果穂さんとですか? あの、ちょ、ちょっとだけ、待ってください」
果穂「……」
アイドルA(ちょっとB、あんたはこの事知ってたの……!?)
アイドルB(し、知らなかったよ! でも社長は何しても合格するって言ってたし……)
アイドルB(いつも通り、その……いわゆる根回しは、ちゃんとされてるはず……)
アイドルB(合格枠だって2ユニット分あるわけだし……)
アイドルA(そう、だよね。大丈夫、だよね。なら普段通りで……)
アイドルA「か、果穂さん。あの……!」
アイドルA「あれ、果穂さん? 居なくなってる……」
日誌 小宮果穂記 活動第406週目
やはり紛い物だった。
今年のWING覇者もまた、下らないものであった。
あんなものは、事務所間のパワーゲームの果てに生まれた不純物だ。
私が怒りのままに筆を走らせているのは分かっている。
それでも、憤らずにはいられない。
放課後クライマックスガールズは、あの人達は、あんな偽物ではなかった。
夏葉さんはもっと真剣だった。
樹里ちゃんはもっと燻ってた。
ちょこ先輩はもっと迷ってた。
凛世さんはもっと一途だった。
私は認めない。
あのようなアイドルなど認めない。
誇りある信念も、内に秘める情熱も、自己を見失うほどの懸命さも、真っ直ぐな愛も。
それらの何一つも持っていない彼女らを、私は本物とは認めない。
そうであれば、間違いは正さなければならない。
悪は正義によって倒されなければならない。
誰かがやらなくてはならない。
だから私は、トップアイドルになり、ヒーローになった。
審査員「え、えっと……オーディション終了です。いやはや圧巻のパフォーマンスでした」
審査員「しかし困りました。エントリーナンバー5番、小宮果穂さんの印象が強すぎて、その……」
審査員「二位を決めるのが、とても困難と言わざるを得ないです。さすがに全員合格というわけにも……」
果穂「問題無いですよ」
審査員「……? 果穂さん?」
果穂「本番の収録では、私が2ユニット分の働きをしますから。合格者は私一人でいいです」
審査員「果穂さんの人気を考えればそれは数字取れそうですが……」
審査員「いや、しかしですね。規定人数の合格者を出さないというのは……」
果穂「大丈夫ですって。他の皆さんだって、実力差は分かったはずですから」
果穂「Aさん、Bさん」
アイドルA「ひ、ひっ……!」
果穂「一緒に出演したら、きっと私と比べられます。それはきっと、貴方達の益にはなりません。だから……」
果穂「辞退、してくれますよね?」
日誌 小宮果穂記 活動第34週目
WINGの決勝戦で負けてしまいました。
夏葉さんも、樹里ちゃんも、ちょこ先輩も、凛世さんも悲しくて、悔しそうでした。
プロデューサーさんは大人だから、元気そうにしてました。
だけど、あれは“からげんき”というものだと思います。
あたしも、悲しくて悔しいです。
でもそれ以上によくわからないです。
放課後クライマックスガールズは、ステージの上の誰よりもキラキラしてました。
他のどのグループよりも、ファンのみなさんが盛り上がっていました。
ステージからおりたとき、プロデューサーさんもあたし達も、みんなやりきった顔をしていました。
だけど、発表された順位は2位でした。
あたしには、何が起きたのかよく分かりませんでした。
そうなった理由は、書いている今も分かりません。
あたしに足りないものは、一体なんだったんでしょう?
DJ「それでは最後のお便りです! お便りは東京都お住いのNさんから!」
DJ「『果穂ちゃん、DJさんこんばんは~。いつも番組楽しませてもらってます~』 はい、こんばんは」
果穂「こんばんは、です!」
DJ「『番組の最後にいつも流れてる曲、とっても気に入っちゃいました。CDも何とか探して手に入れました!』」
果穂「わぁ! Nさん、ありがとうございますっ!」
DJ「『でも、これって発売からもう七年くらい経ってますよね。そこで質問なんですが、今の果穂ちゃんがこの曲を歌う予定はないんですか? 是非聞きたいです~!』」
DJ「熱いご意見、ありがとうございます。番組の最後で流れてる曲と言えば『夢咲きAfter school』のことですが……」
DJ「どうなんですか、果穂ちゃん?」
果穂「そうですね。この曲は私のアイドルとしての始まりの曲です」
果穂「私にとっても大切で、毎回エンディングに流してもらってるくらい思い入れのある曲なのですが……」
果穂「今のところ歌う予定は無いですね。ごめんなさいです、Nさん」
DJ「お、それはまたどうして?」
果穂「そうですね、主な理由は声変わりです」
DJ「あ~! 七年前だと果穂ちゃんは……中学生?」
果穂「ギリギリ小学生でした。それで、当時と同じ声が出せなくなっちゃったんですよ」
果穂「今でも練習で歌ったりするんですが、曲のイメージ通りに声が出なくて」
DJ「それでもいいんじゃない? 果穂ちゃんの歌唱力ならバッチリな仕上がりになるでしょ」
果穂「ダメですよ。大切な曲ですから、私が満足する出来になるまでは歌いません」
果穂「だけどそうですね。もしそうなれたら、真っ先に皆さんにお届けしたいと思います」
果穂「頑張って練習するので、待ってて下さいね!」
DJ「お、ますます果穂ちゃんの活躍が楽しみになりますねぇ」
DJ「……っと、そろそろお別れの時間が近づいてきました。それではいつもの曲で締めくくりましょう」
DJ「せっかく話してたんだし、今日のコールは果穂ちゃんに頼もうかな」
果穂「わかりましたっ! それでは、今週もこの曲を聴きながらお別れです」
果穂「放課後クライマックスガールズで、『夢咲きAfter school』」
DJ「果穂ちゃんさ、声変わりってあれ嘘だよね」
果穂「何でそう思うんですか?」
DJ「何でって、思い入れのある曲なんでしょ? それなら、歌わない理由として声変わりは弱いかなって」
DJ「それに、当時と比べて凄い声変わってるわけじゃないじゃん」
果穂「……今の自分の歌に納得がいってないんですよ。それは本当です」
果穂「ここで数フレーズ歌いましょうか?」
DJ「え、良いの?」
果穂「別に構いません。減るものでもないですから。それでは……」
果穂「Everybody let's go!」
果穂「Viva! after school year year」
果穂「Viva! after school year year ......」
果穂「……と、こんな感じです。やっぱりダメですね」
DJ「そうかな。個人的には結構アリだと思うんだけど」
DJ「そりゃ当時と雰囲気が違うのは分かるけど」
果穂「ナシですよ。そもそも歌詞からして違いますから」
DJ「? 歌詞は合ってるよね」
凛世「失礼します。小宮果穂はこちらに居るでしょうか」
DJ「ん? あ、君は283プロさんの……」
凛世「マネージャーをさせて頂いてる、杜野凛世と申します」
凛世「小宮果穂のお迎えに参りました」
果穂「お疲れ様です、凛世さん」
凛世「はい。お疲れ様です、果穂さん」
DJ「むむ。それじゃあ果穂ちゃん、帰る前に一つだけいいかな」
果穂「はい、もちろんです」
DJ「『夢咲きAfter school』さ。今日のハガキと似たような問い合わせ多いんだよね」
DJ「長年歌われてない、小宮果穂のデビュー曲と言えば注目度も高いわけだし」
DJ「だから、こっちとしては再レコードとかも考えてくれると有り難いんだよね」
DJ「……ま、無理強いはしないけどさ。果穂ちゃんにも拘りがあるみたいだし」
果穂「わざわざ車回してもらって、ありがとうございます」
凛世「急な雨模様でしたから。今日の果穂さんは、傘をお持ちでないようでしたし」
果穂「さすが凛世さんです。よく見てますね」
凛世「お褒めにあずかり、恐縮です。それで、今日はどうしますか?」
凛世「私としては、直帰の方がよろしいと思いますが」
果穂「……抗議の文、もう来たんですか」
凛世「はい。〇〇〇事務所から、今日付けで」
果穂「そう……ですか。それでは、今日は直帰しますね」
果穂「家までお願いします、凛世さん」
凛世「承りました」
果穂「その、凛世さん……」
果穂「プロデューサーさんのこと、よろしくお願いします」
日誌 小宮果穂記 活動第407週目
あの曲を人前で歌ったのはいつ以来だろうか。
もしかしたら、放課後クライマックスガールズの解散ライブ以来なのかもしれない。
それなのに歌ってしまうとは、拙い嘘を指摘されて、思っている以上に動揺していたらしい。
歌の方は思っていた通り。
最初から上手く行っていなかった。
あの曲の出だしは「Everybody let's go!」ではいけない。
文書するとしたら「えびばでぃれっつごー!」でなくてはならないのだ。
そう歌えない理由は分かってる。
気持ちの問題だ。
声変わりなどではない。
単純に、当時とは気持ちの持ちようが違うのだ。
あの曲を歌うのに必要な気持ちは、私の中にはもう無い。
それはわたしが何かを知ることで、大人になる中で、失われてしまったもの。
今更取り戻すことなどできない。
他の曲は幾らでも自分を取り繕おう。
だけど、あの曲にだけはそんなことはできない。
だから私はあの曲を歌えないし、歌わない。
そもそも、あの曲は私だけの曲じゃないのだ。
私の気持ち以前に、解決することのできない点がそこにある。
期待してくれているファンの方々には、心から謝りたいと思う。
私の未練が招いてることだと分かってるから、本当に申し訳ないと思う。
(プロという文字が二重線で消されている)
最近は眠りが浅い。
昔はそんなことは一切無かったのだが、体調の変化だろうか。
明日も朝から忙しい。
今日は早く休もう。
凛世「ただ今、戻りました」
P「うぃー。お疲れー」
凛世「はい、お疲れ様です。プロデューサー様」
凛世「……また随分と、お飲みになられていますね」
P「別にいいだろ。定刻はもうとっくに過ぎてるんだから」
P「それに、果穂から直帰の連絡もらったし」
凛世「プロデューサー様を、責めてるわけではありません」
凛世「……ただ心配なのです」
P「飲みすぎはしない。自分の限界も能力も、自分でよく分かってる」
凛世「そうで、ございますか」
凛世「それでは、〇〇〇プロダクション様からの書面の件ですが……」
P「ん? ああ、俺の机の上に置いてある」
凛世「では、拝見させて頂きます」
P「つってもいつも通りの内容だけどな。面白くもない」
P「なーにが『貴社のアイドルによるパワハラ』だ」
P「 薄汚いことばっかやってるのはアイツらの方なのにな」
凛世「返答の方は……」
P「もうしてる。こっちもいつも通り『そんな事実はない』だけどな」
P「何もかもそうだ。何も変わらないイタチごっこだ」
P「悪徳プロダクションが数多くあって、それを疎む連中がいる。そいつらに請われて、正義のヒーローが悪を裁く」
P「だけど芸能界全体は変わらない」
P「利益しか考えない銭ゲバどもは、工作や裏取引を繰り返す」
P「業界を憂う役立たずどもは、果穂を正義の象徴へと祭り上げる」
P「その結果は明白だ。果穂だけが削られていくんだ。悪意に晒されて、重荷を背負わされて……」
P「ふざけるな……ふざけるなよ……!」
P「ああくそったれめ! 全員クズだ! 〇〇〇プロダクションも、あのディレクターも!」
P「みんなクズだ! んぐっ……んぐっ……はぁーっ!」
P「……ちくしょう……ちくしょう……」
凛世「プロデューサー様。これ以上は、お身体に障ります」
凛世「今宵はもう休まれた方がよろしいかと」
P「……分かってる。分かってるよ」
P「本当は分かってる。分かってるんだ。誰が一番役立たずのクズなのかってことは……」
凛世「プロデューサー様……?」
P「ヒーローは一人じゃなれない。守るべき人がいて、初めて人はヒーローになる」
P「そういう意味で、果穂をヒーローにしてしまったのは俺だ」
P「全部、俺があの日に決定づけてしまったことだ」
P「俺は何であの日に事務所いた?」
P「何であの時ちょうど果穂が来てしまった?」
P「何で……」
凛世「……プロデューサー様。失礼致します」
P「凛世? どうしたんだ、俺の手なんか握って……」
凛世「プロデューサー様。凛世の知らぬ、辛く悲しいことがあったのですね」
凛世「どうか、その事をこの凛世にお話しください。話す事で、楽になることもありましょう」
凛世「お願い、致します……」
P「……凛世」
日誌 小宮果穂記 活動第79週目
プロデューサーさんが泣いているのを見てしまいました。
大人の人が泣いてるのを見たのは初めてです。
まだ心臓がバクバクいってる。
どうよう、しているのかな。
頭の中がなんだかグチャグチャです。
とにかく最初から書こう。
わたしは学校が早く終わって、いつもより早く事務所にむかいました。
プロデューサーさんは、きっと解散ライブの準備をしていたんだと思います。
机の上に、わたしたちのユニットの資料がたくさんあったので、間違いなさそうです。
わたしは事務所の扉を開けて、机の上をチラッと見てから、プロデューサーさんを見ましたた。
その顔は、泣いてる顔でした。
そういう風に見えた、気がします。
プロデューサーさんは、わたしがいる事に一瞬だけ驚いた顔をして、すぐにいつもの表情に戻りました。
いつもの優しくて温かい、お父さんみたいな表情です。
涙は流してないし、その跡も見つかりません。
泣き顔を見たのは、わたしの気のせいだったのかな?
そう思って、プロデューサーさんに聞こうとしたけどやめにしました。
余計なせんさくをしないのがレディーというもの、と夏葉さんが言ってたのを思い出したからです。
だから別のことをお話ししようと、机の上を見てわたしは言いました。
「プロデューサーさん、放課後クライマックスガールズのことどう思いますか?」
雑談をしようと思っての言葉でした。
プロデューサーさんは、こう言いました。
「もっと上に行けるユニットだった」
なんだか、苦しそうな声でした。
プロデューサーさんは、やっぱり泣いていました。
表情にはださなくても、心で泣いているのだと思いました。
根拠は無いですけど、何故だか確信めいたものがわたしの中にあります。
だから解散後のことも、自然に決まりました。
ユニットが解散した後、アイドルを続けるか引退するか。
今日までは、どうすればいいのか迷ってました。
天井社長は「年齢も若いし、問題なく続けられる」と言ってくれています。
そのお話に乗ろうと思います。
わたしはヒーローみたいになりたくて、アイドルを始めました。
周りのみんなを笑顔にしてあげたい。
中学生になった今でも、その思いは変わりません。
身近に泣いている人がいるなら、その人の為に頑張りたいと思います。
だからわたしは、アイドルを続けたいと思います。
P「当時のWINGは間違いなく権威のある大会だった。そこで不正がまかり通ってしまった事で、この業界は大きく変わった」
P「不正、策謀、裏工作。色んなことが、あの大会以降は普通になってしまった」
P「元からそういう事をしている奴らはいた。清廉潔白な業界でない事は分かってる。だけど、理不尽に夢が踏みにじられる場所ではなかったはずだ」
P「だから願ってしまった。誰かにこの惨状を変えて欲しいと」
P「貶められた放課後クライマックスガールズの無念を晴らして欲しいと」
凛世「その想いを、果穂さんが汲んだしまったと?」
P「そうだ。果穂は聡い子だから、俺の半端な態度で察してしまったんだろう」
P「……察せられるべきじゃ無かった。プロデューサーなら、その感情を隠して堂々としてるべきだった」
P「結局俺は、今も果穂にヒーローを期待してる連中と何ら変わらない」
P「果穂に背負わせて、笑顔を奪ってしまったんだ。凛世も仕事以外で彼女が笑ってるのを見てないだろ?」
凛世「それは……はい……」
P「なぁ凛世。俺の好きなアメコミの中にさ。こんなジョークがあるんだよ」
ある男が精神科医を訪ねて、こう訴えた。
“私の半生は悲惨の一言だ。
もう人生に何の希望も持てないんだ
世間だってひどいものだ。
先の見えない不安定な社会を、たった一人で生き抜く辛さがわかりますか?”
医者はこう答えた。
“簡単な事ですよ。
今夜、あの有名なピエロのパリアッチのショーがありますから、行ってきなさい。
笑えば気分もよくなりますよ”
突然、男は泣き崩れた
そして言った。
“でも先生・・・”
“私がパリアッチなんです”
P「最近はこのフレーズが頭の中をグルグル回ってるんだ。そりゃ、そのアメコミの使われ方とは意味はずれるけどさ」
P「笑顔を与えるのがヒーローなら、誰がヒーローに笑顔を与えてあげられるんだろうってさ」
P「誰が今の果穂を笑顔にできるんだろうって」
P「……俺にはできなかった。経験も能力も足りなかった」
P「果穂のヒーローには、なってやれなかった」
P「ああ、駄目だ。やっぱり駄目だ。酒がいる、飲み足りない……!」
P「手を離してくれ、凛世。情けないのは分かってる。でも、駄目なんだ。気が狂いそうなんだよ」
凛世「嫌、です」
P「……凛世!」
凛世「駄目です。この凛世、命に代えても放しません」
凛世「これ以上お飲みになれば、プロデューサー様の御心が傷付きます」
凛世「プロデューサー様の頼みと言えど、それは聞けません」
凛世「プロデューサー様の思い、この凛世しかと受け止めました」
凛世「おっしゃられた悲嘆や自戒の一片足りとも否定はできません」
凛世「ですが、それは凛世も同じなのです」
P「同じ……?」
凛世「はい。私も、同罪なのです。果穂さんを守れず、このような自体を招いてしまった」
凛世「故に、私は私を許せず、実家との縁を切ってまでここにおります」
凛世「同じなのです。ゆえに、プロデューサー様のみが罰せられる謂れは無いのです」
凛世「……どうか、ご自愛下さいませ」
P「……凛世は……」
P「凛世は、強いな……」
凛世「プロデューサー様のお言葉のお陰です」
凛世「やりたいことをせよ、との言葉は今も、凛世の心の中を明るく照らしております」
P「……」
P「やりたいこと、やるべきこと、か……」
日誌 小宮果穂記 活動第412週目
ライブまで一月を切った。
活動の周年記念ライブ兼、早めの成人祝いとのことで、事務所的にも大々的に実施される。
日程は二日間。
初日は比較的小さなハコで、往年のファンの方にむけてのもの。
二日目は、多くのアイドルの悲願であるドームで行われるもの。
初日のハコは放課後クライマックスガールズの解散ライブで使った場所と同じだ。
プロデューサーさんが意図したものなのか、偶然なのかは分からない。
どのみち、自ずと気合いが入ることだ。
今日はライブにむけて、雑誌記者の方とのインタビューがある。
記者の人とはデビュー仕立ての頃に何度か顔を合わせたことがあった。
年配の方で穏健な記事を書く人だ。
どちらかといえば信頼できる人だと思う。
今日は日課の朝練は早々に切り上げて、早めに出ることにする。
体調不良を感じている時は、どうしてもミスが多くなるものだ。
そういう時こそ、早めの行動が大事なのだと思う。
記者「……それじゃあ最後に、ライブにむけて一言いいかな」
果穂「はい! 今回は、私にとって多くの節目となるライブですが、あまり気負わずにやろうと思います」
果穂「いつも通り、みなさんにはバッチリたっぷり笑顔をお届けするので、応援してくださいね!」
果穂「以上です!」
記者「ありがとう。うん、これならいい記事が書けそうだ」
記者「じゃあ、録音切って……っと」
果穂「お疲れ様でした。時間、随分と余ってしまいましたね」
記者「そうだね。ははは、時間配分もう少し考えるべきだったかな」
果穂「……わざと、ですよね」
記者「おや、どうしてそう思うんだい」
果穂「時間に対して、質問の量が明らかに少なかったですから」
果穂「それに、そういうミスをする方には見えなかったので」
記者「……なるほど」
記者「うん、そうだね……言ってしまうと、個人的な取材かな」
記者「僕はね。より良い記事を書くためには、そのアイドルの芯を知る必要があると思ってる」
記者「だから、トップアイドル小宮果穂が何を考えて歌っているのかを知りたいんだ」
記者「まぁ、君に関しては僕の信条以前に、業界の記者みんなが知りたがってるとは思うけど」
果穂「それでライブの取材という名目で、取材を申し込んだんですか?」
記者「名目、というほど蔑ろにするつもりは無いけどね。仕事は仕事さ」
記者「もちろん、仕事と個人的な取材の区別はしっかりとつける」
記者「この後に聞くことは記事には書かない。録音もしない」
記者「ただ反映する。記事に君の理念が息づくようにしたいし、読者に君のことで誤解を与えないようにしたい」
果穂「あくまで良い記事を書くために、ということですか」
記者「僕としては、そのつもりだ」
果穂「……わかりました。可能な限り真摯に答えようと思います」
記者「後出しする形になって申し訳ないんだけど、記録に残さない分突っ込んだことも聞くけど……」
果穂「問題ないです」
記者「……取材を受けてくれて、ありがとう。それじゃあ早速聞くけど」
記者「君にとって、アイドルとはなんだい?」
果穂「アイドルとは、ですか」
記者「いきなり抽象的な質問で申し訳ない」
記者「デビュー当時は『みんなを笑顔にするもの』って答えてくれてるよね」
記者「それは今でも変わってないのかな?」
果穂「変わってないです」
果穂「今でもヒーローのように、みんなに笑顔を届けるものでありたいと思ってます」
記者「なるほど。基本のスタンスは変わっていない、と」
記者「しかし、それに反してオーディションでの立ち振る舞いは大きく変わったよね」
記者「その、過激というか苛烈と言うべきか……」
果穂「ハッキリ言ってもらって大丈夫ですよ」
記者「……悪く言えば、実力の足りていない者達を潰すようなことをしている」
果穂「そうですね。否定しません」
記者「あ、そのことの善悪を論じるつもりは無いからね。ただそういった事を始めた経緯を知りたい」
記者「僕としては、WING事件が契機なのかと思ってるんだけど……」
果穂「WING事件って、私達のWINGのことですか。そんな風に呼ばれてるんですね」
記者「僕たち記者の間ではね。真実はともかく、業界の今を決定づけた大会だったから」
記者「だけど、当事者からすれば『事件』よばわりは快いものでは無かったかな」
記者「失言だった。謝罪するよ」
果穂「……いえ、そこは問題ないです。もう割り切れてることですから」
果穂「だけど違うんです。確かにあのWINGは重要な出来事でした。ユニットにとっては、特に」
果穂「その後の解散ライブに繋がることですから」
記者「解散ライブというと、果穂ちゃんの当時のユニットのものかい」
記者「確かに、WINGで優勝していればそこから一年前後で解散ということも無かっただろうね」
果穂「はい。そして、記者さんの言葉を使うなら、解散ライブこそが私にとっての『契機』だと思います」
記者「……契機」
果穂「あの頃の私は、ヒーローみたいになれたと思ってた、ただの小宮果穂でした」
果穂「甘くて、手緩かったんです。世の中は善意で満ちていると信じることができていました」
果穂「努力は必ず報われるものだと盲信していました」
果穂「……あの日、ステージの照明が落ちるその時までは」
日誌 小宮果穂記 活動第85週目
先に事実を書いておこう。
後からの調査で、電気系統に人の手が入った跡が見つかったらしい。
つまり、あのライブ中の停電は偶然なんかじゃない。
誰かの悪意によって引き起こされたものだったのだ。
他人の悪意をハッキリと目の当たりにしたのは初めてのことだ。
いや、それは嘘だろう。
今までは見て見ぬフリをしてきただけだ。
周りの方々に守られていただけの話だ。
本当は心の何処かで気づいていた。
WINGで準優勝だった時、プロデューサーさんの悲しみを見た時。
他にも何度か、思い当たる節はある。
その度に私はその可能性を考えて、心の奥底で必死に否定していたはずだ。
認めてしまえば、今までのようなヒーローでいられなくなってしまうから。
ああ、ライブの終わった時の拍手が耳に残っている。
とてもまばらで、痛々しい。
果穂「……後から分かったことですが、◯◯◯プロの人達がライブの日の前後にハコの周辺で目撃されていたそうです」
果穂「また、当時の同プロダクションから放課後クライマックスガールズと良く似たユニットが売り出されていて」
果穂「そちらとは、客層を取りあってる形になってたみたいですね」
記者「停電の話は聞いていたが……いや、しかしそこまでとは……」
果穂「事務所の外には出したことの無い話ですから。どのみち、証拠になる程のものはありません」
果穂「◯◯◯プロが妨害を行ったかどうかは、永遠に闇の中」
果穂「あるのは事実だけです」
果穂「悪意によって理不尽に踏みにじられたものがある、ということだけ」
記者「君はその日、それに気づいて認めてしまったと……?」
果穂「そうです」
果穂「あの日、私の胸に残っていた最後の希望が凍りついて、 粉々に砕けました」
果穂「私は生まれ変わり、無意味な芸能界に自分の考えを記そうと決意しました」
果穂「それがトップアイドル、小宮果穂です」
果穂「私は三年で、自分のパフォーマンスを磨き上げました」
果穂「圧倒的なパフォーマンスがあれば、悪意が入り込む余地が無い。そう考えたから」
果穂「幸いなことに、良い師と才能には恵まれました」
果穂「何より、偉大な先達から多くのことを学ばせてもらいました」
果穂「そして、四年目から今現在のような活動を本格化させます」
果穂「私の考えを体現するために」
記者「それが、あのオーディションであり、君のアイドル活動というわけだね」
記者「正しいものが、正しく評価されるべきだという君の怒り……なのかな」
果穂「……そういう意味では、あのWINGに帰結してるのかもしれません」
果穂「いえ、かもしれませんじゃないですね。間違いなくそうだと思います」
記者「何が思い当たる節が?」
果穂「執着……ですかね。五人で掴めるはずだったものに、私は今もなお執着してると思います」
果穂「やっぱり、あのWINGの方こそが『契機』だったのかもしれませんね……」
記者「……ここまでにしとこうか。改めて、取材の件でお礼を言わせてもらうよ」
果穂「いえ、こちらこそお話を聞いて頂いて感謝してます」
果穂「不快な話で、申し訳ありませんでした」
記者「そんなことないよ。そんな風に思えるはずもない」
記者「……何というか、君はとても純粋な子なんだね」
果穂「純粋ですか。確かに昔はそうだったと思います。だけど、今は……」
記者「今もだよ。だからこそ、謝罪もさせて欲しい」
記者「業界を担う者の一人として、一人に背負わせてしまったことを、心から申し訳ないと思うよ」
記者「こんなことなら、もっと早くに取材に来るべきだったかな」
果穂「それは……すみません」
記者「僕はともかく君は忙しい身だ。仕方がないことだよ。なんせトップアイドルなんだ」
記者「それで、最後に一つだけいいかな。さっきの話で、思い当たったことがある。単なる噂なんだけど」
果穂「噂ですか?」
記者「うん。君と、君の会社の人には知っておいてもらった方がいいと思ってね」
記者「◯◯◯プロの社長、最近あのハコの辺りに出没してるらしいんだ」
日誌 小宮果穂記 活動第413週目
散々迷ったが、◯◯◯プロの件は相談しないことに決めた。
噂が本当なら、ライブに何かしらかの妨害が入ることは間違いない。
本来ならプロデューサーさんに報告して、対策を練るべきだろう。
だけどそれはしない。理由は2つ。
一つ目は私のライブの注目度。
今の私のライブで妨害工作が行われることがあれば、それは世間の目を集める。
その上、今回の◯◯◯プロの動機は恐らく報復に近いものだろう。
ともすると色んなものが明るみに出ることがあるかもしれない。
あのWINGから始まった負の循環が断ち切られるかもしれない。
確実なことは何一つ無いが、それでも期待をしてしまう。
二つ目は酷く個人的な理由。
それでいて、一つめの理由より大きな理由。
私は、酷く疲れてしまった。
自分の考えを言葉にして、記者の方に謝られて、それに気づいてしまった。
最近の体調不良も、ここに起因しているのだろう。
だから思うのだ。
大事なライブが失敗して、私のアイドル活動が終わってしまったとして
あの人達と同じ結末を迎えられるなら、それでも良いのかもしれないと。
P「果穂、こんな所にいたのか。探したぞ」
果穂「ステージ裏って何だか落ち着くんですよ、プロデューサーさん」
P「そうか」
果穂「探してた、って言ってましたけど……本番まではまだ時間ありますよね」
P「ああ、段取りについつは何も問題ないよ」
P「あ、そうだ。飲み物いくつか買ってきてあるんだ。何か飲むか?」
果穂「それじゃあ、ホットチョコレートをお願いします」
P「はい、ホットチョコレート。俺は何にしようかな。そうだな……」
果穂&P「ホットコーヒー」
P「……おっと、言い当てられちゃったか」
果穂「プロデューサーさん、いつもそればっかりですから」
P「ははは、果穂には敵わないな」
果穂「プロデューサーさんが分かりやすいんです」
果穂「大体の行動が先読みできるようになっちゃいました」
果穂「もう、八年の付き合いですから」
P「そうか。そうだな、八年か……」
果穂「はい……」
果穂「……プロデューサーさん」
P「何だ?」
果穂「最後かもしれないので、言いたことを言わせて下さい」
P「……ああ」
果穂「プロデューサーさんはあの時から、私に負い目を感じていると思います」
果穂「だけど、私に謝罪の言葉を言ったことはありませんよね?」
P「……直接は無いな」
果穂「私は、それが嬉しかったです」
果穂「変わってしまった私を否定せずに、好きなようにやらせてくれたこと、感謝してます」
果穂「プロデューサーさんが負い目を感じてることを知ってて、見ないふりをしてたこと、ごめんなさい」
果穂「プロデューサーさんがプロデューサーさんで、本当に良かったです」
P「……そうか」
P「俺にとっても、果穂は自慢のアイドルだよ」
P「今も昔も俺の誇りだ。それは変わらない」
果穂「っ……」
P「なぁ、果穂。本番の前に合ってもらいたい人がいるんだ。いいか?」
果穂「……はい」
P「ありがとう。それじゃあ来てくれていいぞ」
P「……夏葉」
日誌 小宮果穂記 活動第416週目
ライブの前半が終わった。
後半の開始まであと数分、急いで書いてしまおう。
ノートもこれを書けば、ちょうど一冊が終わる。
これが最後の日誌になるだろう。
本番前、夏葉さんに会った。
五年ぶりくらいだろうか。
元から美しい人だったけど、より一層綺麗になっていたと思う。
夏葉さんはまず、何も言わずに私を抱きしめてくれた。
それから
「会いに来るのが遅くなってごめんなさい」
「今までよく頑張ったわね」
と言ってくれた。
夏葉さんはとても温かくて、何故だか涙が出てきた。
凛世さんが昔、似たようなことをしてくれたのを思い出して、もっと涙が出てきた。
今日のライブに樹里ちゃんとちょこ先輩も来ていること。
三人だと迷惑になりそうだから、夏葉さんが代表して来てくれたこと。
プロデューサーさんが教えてくれた。
それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
そして考える、振り返る。
解散ライブからの六年半弱。
怒りと執着ばかりに彩られた数年間だった。
辛いことも多かったし、色々な人を傷つけたと思う。
だけど、それでも、私の大切な人達はそれを肯定してくれた。
私のことに心を痛めながらも、誇りだと言ってくれた。
よく頑張ったと言ってくれた。
微かに感じていた、胸の中の空虚感が消えている。
まるで、あの頃に戻ったみたいだ。
再開のブザーが鳴った。
控え室を出て、走り出さなければいけない時間だ。
行こう、大切なライブが待っている。
「それでは後半の一曲目は、カバー曲で『ジャスティスV応援歌』!」
歌う。
「盛り上がってるので、間髪入れずに次に行きますよ! 二曲目は……」
踊る。
「それでボンヤリしてたら、ボールで突き指しそうになって……あ、普段はそんなことしませんからね!」
観客「ハハハハハ!」
話す。
いつものように全力で、
だけど、あの頃のように我武者羅に。
ただただ無心で頑張ろうと思った。
その瞬間がやってくるまでは。
「……はぁはぁ、ちょっと飛ばし過ぎちゃいましたね」
「でもまだまだ頑張りますっ! この曲で後半も折り返し! 曲名は……」
忘れていたわけではない。
(あれ……?)
(おかしいな……イントロが流れてこない……?)
目を背けていたわけではない。
(裏方でトラブル? 多分そうだ。だけど、これは……)
ただ、逃げるわけにはいかなかったもの。
(……妨害、工作)
これが、理不尽にまみれた放課後クライマックスガールズの終着点。
(伴奏が流れないんじゃ、予定してたものは歌えない)
(どうしましょう。マイクは動くみたいだから、アカペラで歌う?)
(……ダメ。アカペラ向きの曲はもう歌ってしまったし、いきなりアカペラじゃ違和感は拭えない)
(トークで繋ぐ? それは博打になる。時間を引き伸ばせば、復旧する保証はどこにも無い)
(……ファンの皆さんがざわつき始めた。このままだとまずい。だけど、だけど、使える手は……)
(ダメだ、思い当たらない。ライブは失敗する……!)
(このままライブが終わって、あの時と同じに……!)
(……)
(でも、それで良いのかもしれない)
(みんなと同じように終われる)
(記者さんから噂を聞いた時、そう思ったはずだ)
(だから、これで……)
(……いや……)
(……いや、だ……いやだ……嫌だ……!)
(嫌だ! まだ、終わりたくない!)
(ようやく認められると思った! 六年半弱の自分を肯定できると思えた!)
(あのWINGは、悲しくて許せないことだけど……それでも何が意味があったかもしれないって)
(遺るものがあったって、そう思えたのに……!)
(……歌うんだ)
(……前を向くんだ)
(無様でも、不格好でも、様にならなくても、誰かに届かなくても)
(今までの全てに、決着をつけるために立ち上がるんだ!)
(さぁ……!!)
『えびばでぃれっつごー!』
私が声を張り上げようとしたその時だった。
その声はスピーカーと、それから観客席から聞こえてきた。
『ビバアフタースクールイェイイェイ~!』
『皆さんご一緒に!』
『ハイ! ハイ! ハイ! チーズ!』
誰かが、私以外の誰かがマイクを握って歌っている。
歌えない私の代わりに、誰かが歌っている。
観客「お、この曲知ってるぞ!」
観客「ん? 俺も聞いたことあるな……」
観客の一部が色めきだち、そこから周囲へと波及していく。
『ビバアフタースクールイェイイェイ~!』
観客「「ハイ! ハイ! ハイ! ピース!」」
瞬く間に、観客のコールと手拍子で伴奏が作られていく。
会場中のみんながその曲を知っていた。
もう何年も歌っていない曲を、みんなが知ってくれていた。
遺るものは、確かそこにあった。
『いっせーのせーで!』
観客「「「多分完璧!!」」」
歌わたくては。
だけど、目頭が熱い。
『ローファーで!』
観客「「「行くよみんな!!」」」
このまま声を出せば、きっと震えてしまう。
上ずった声で、ただ叫ぶだけになってしまう。
『靴擦れもしそうだけど』
だけどそれで良い。
心のままに、高らかに宣言しよう。
『未来へ全力で駆けていく』
ここが頂点だと。
放課後クライマックスガールズこそ最強だと。
私たちは、銀河だって救えるはずだから。
「なんばーわ゛んっ!!」
エピローグ
智代子「それじゃあ初日のライブの大成功を記念いたしまして、乾杯の音頭を取らせて頂きます!」
智代子「乾杯!」
P樹里凛世夏葉『乾杯!』
P「んぐっ……んぐっ……ぷはーっ!」
夏葉「あら、このお酒結構いけるわね」
樹里「じゃあメインディッシュを切り分けるか……」
智代子「さすが樹里ちゃん! 相変わらず気がきくね!」
凛世「よろしく、お願い致します」
樹里「……ったく、しょうがねーなー」
夏葉「樹里、顔にやけてるわよ」
樹里「んなことねーよ!!」
P「ははは……ぐびぐび……」
果穂「ちょーと待ってください!!」
果穂「せ、説明が欲しいですっ!」
果穂「ライブの『夢咲きAfter school 』! あれ歌ってたのって皆さんですよね!?」
夏葉「あら、迷惑だったかしら?」
果穂「そんな事は、無いですけど……」
果穂「むしろとっても嬉しかったですけど……」
夏葉「そう、良かったわ。それならプロデューサーも浮かばれるわね」
果穂「プロデューサーさんが……?」
樹里「何ヶ月か前だったかな。プロデューサーからいきなり連絡が来たんだよ」
樹里「一曲だけで良いから、また歌って欲しいってさ」
智代子「いやー、連絡が来た時は凄いビックリしたよ」
智代子「連絡来た時は深夜だったし、凄いプロデューサーさん酔ってたし……」
P「ははは……ぐびぐび……」
果穂「それで良くオーケーしましたね……」
智代子「それでも、凄い深刻そうだったからね」
樹里「二つ返事で了解したは良いけど、それからが地獄でさ」
樹里「休日全部返上で、ボイストレーニングはさすがにこたえた」
智代子「昔はもっと楽だった気がしてたんだけど……やっぱり若さだったのかなぁ」
P「……ぐびぐび……」
樹里「ま、後悔はしてねーけどな」
智代子「うん。そうだね」
果穂「えっと、つまり……?」
凛世「果穂さん、プロデューサー様は〇〇〇プロのことを知っていたのです」
凛世「果穂さんの取材のあと、記者様から連絡がありまして」
果穂「……とすると私が報告しなかったことも……」
凛世「存じておりますよ」
果穂「り、凛世さん……? 相談しなかったこと、怒ってますよね……?」
凛世「はい」
凛世「少しだけ、ではこざいますが」
果穂「……う。ごめんなさい」
凛世「いえ、果穂さんの気持ちも分かりますから」
凛世「だからこそプロデューサー様も、未然に防ぐのではなく、あらゆる対策を講じることにしていました」
凛世「皆様を集めたのも、その一環です」
P「……ぐびぐび……怪我人が出るようなら……さすがに防いだけどな……ぐびぐび……」
凛世「プロデューサー様? 飲み過ぎでございます」
凛世「明日も仕事なのですから」
P「……う」
樹里「なんか凛世の奴、昔より強くなってねーか?」
智代子「プロデューサーさん、年取って何だかダメ人間度マシマシになっちゃったから……」
樹里「こりゃ尻に敷かれる日も近そうだな……」
智代子「そうだね」
夏葉「結局のところ、プロデューサーが果穂のことで助けを求めて来た」
夏葉「私たちは二つ返事で集まって来た。それだけのことよ」
果穂「それだけ、って。それだけでも、スゴイことじゃないですか……!」
夏葉「いい果穂。私たちはいつでもあなたの事を想ってる」
夏葉「私たちだけじゃなく、あなたを想ってる人はたくさんいる」
夏葉「何かあったら、遠慮なくその誰かに連絡しなさい」
夏葉「力になれなくても、笑わせてあげるくらいは出来るはずだから」
果穂「夏葉……さん……」
夏葉「といっても、私じゃ説得力がないかしらね。芸能界を離れて、内情には疎くなってしまったから……」
果穂「そ、そんなことないですっ! 」
果穂「やっぱり皆さんは、スゴイ人ですっ!」
夏葉「そう? そう言ってくれるなら、私も救われるわ」
果穂「……」
果穂「プロデューサーさん、相談があります」
果穂「その、明日のセットリストのことで。無理を言ってしまうかもしれませんけど……」
P「うん、大丈夫だ……そう言うと思って、準備してある」
P「もう大丈夫……だよな?」
果穂「はい。心配ご無用です」
果穂「大切なものは、思い出せましたから」
『それでは最後の曲です』
『私の今までのアイドル活動、その全てを込めて歌います』
『だから聞いてください』
『そして、これからもよろしくお願いします』
『小宮果穂のソロで、夢咲きAfter school』
終わりです。
お目汚し失礼しました。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません