鷺沢文香「SS的な、余りにSS的な」 (16)
●00 まえがき
※メタネタ注意
※あらすじ
1、文香「SSに筋書きなんてなくても大丈夫ですよ……」
2、文香「SSにキャラの内面描写なんてなくても大丈夫ですよ……」
3、文香「SSにオリジナリティなんてなくても大丈夫ですよ……」
※主な登場人物
鷺沢文香
https://i.imgur.com/xTiAjrT.jpg
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1528793651
●1-01
モバP(以下P)「ぬわぁあぁあぁあぁん……書けない……」
文香「仕事中なのにひどい呻きですね……企画書か何かをお書きですか」
P「SSが書けない」
文香「SS……?」
P「SSってのは……かくかくしかじか」
文香「……つまり、Pさんはパロディの類いのテキストを書きあぐねて呻いていたのですね。
……仕事中なのに」
P「い、いやこれはだな、文香の魅力を宣伝するSSを考えてたんだ! 営業の一環、企画書みたいなものさ!」
文香「そのようなテキストが書けない、ということは、私の魅力……があるとして、Pさんはそれを文章にまとめられるほど把握していないということになります……それはそれで寂しいですね。やはり、私にアイドルとしての魅力などは……」
P「わぁあぁあぁあぁ、違う違う、俺が悩んでるのは、文香の魅力うんぬんじゃなくて、話の『筋書き』がまとまらないからだよ!」
文香「筋書き……ですか?」
P「SSが何の略かは……side story,sub story,short storyとか諸説あるが、基本的にはSSはストーリーだ。だから、『筋書き』が必要になる。それがどうもうまくまとまらなくて」
文香「……筋書きとはそんなに重要なものなのでしょうか?」
P「筋書きの基本というと、三幕構成だな。ざっくり説明すると、ストーリーは次の3つの部分に分けられるという考えだ。
1、設定(主人公や世界観の説明。全体の25%ほどの文量)
2、対立(主人公が乗り越えるべき試練、目標が示され、挑む過程。全体の50%ほどの文量)
3、解決(主人公が試練に追い詰められ、危機に陥ってから逆転勝利する結末。全体の25%ほどの文量)
三幕構成は、1から2にかけて主人公と観客の緊張感を高めていき、3のクライマックスで一気に開放するから、物語に面白みがでる。ハリウッド映画の脚本の大半がこれに沿った筋書きを作るぐらい、オーソドックスな筋書きの理論なんだ」
文香「……それを使いこなせれば、お話が面白くなるのは想像がつきますけれども……
もう一度問いますが、筋書きというものは、本当に必要不可欠なものなのでしょうか? 筋書きが立たないからSSが書けない、では本末転倒な気がします」
●1-02
文香「私は映画に詳しくないので、文学から論じます……まず、この絵を観てください」
P「文学なのに絵画!?」
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P「ま、まぁこれぐらいなら俺にもわかるぞ。ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」だな」
文香「では……この絵に一点透視図法が使われていることはおわかりでしょうか」
P「一点透視図法?」
文香「透視図法とは、遠近法の一種です。注目して欲しいところに……ざっくりと赤ペンで線を入れます」
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P「床や壁のフチから延長線を延ばすと、中央のイエス・キリストにぶつかってる?」
文香「イエス・キリストの背中側に水平線の中心がありますね。それに沿って、この絵は奥に行けば行くほど、中央に線が集束するように描かれています。集束している点を消失点といい、消失点を使った絵画の描画法を、透視図法といいます。消失点が一つなので、ここでは一点透視図法です」
P「……それが話の筋書きとどう関係するか、まだ見えてこないんだが……」
文香「もう少し聞いてください……透視図法は西欧のルネサンスあたりで確立された、と言われています。例えばルネサンス以前の絵画ですと……」
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※雪舟「秋冬山水図」
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※「コンスタンティノープル包囲戦」1455年
https://i.imgur.com/yDs8EQv.jpg
※「クレシーの戦い」15世紀
文香「透視図法が使われていないので、遠近法が使われていても、なんとなく平坦に見えるかと存じます」
P「雪舟とか、描き込みはリアルなんだけどなぁ」
●1-03
文香「透視図法で絵画を描くには……
1、絵画を見る人の視点――目の位置――を1点に固定して想定し、
2、それに合わせて消失点(「最後の晩餐」の場合は画面中央に1点)を画面中に置いて、
3、消失点を基準に、見る人から遠いものは消失点のそばに描き入れ、
4、見る人から近いものは消失点から離れた位置に描き入れる
と……順序よくモノを並べて配置していかなければなりません」
P「絵画というより、算数や数学の図形問題みたいだよなぁ」
文香「……実は、物語の筋書きも同じなのです」
P「えっ」
文香「三幕構成も、それより古い『筋書き』の作り方も……読み手の視点――主観――を想定して、その主観に沿うように物語中で起きた出来事を順序よく並べていく……というお話の作り方は、透視図法から生まれた考え方なんです」
P「脚本の書き方が、絵画の遠近法から生まれただって!?」
文香「それを踏まえた上で……私は、SSとやらに『筋書き』は必ずしも不可欠ではない、と思います……筋のない話でも読者の心を動かせる、という点では、以下の坂口安吾の文章を参考にしてもらいたいです……」
> シャルル・ペロオの童話に「赤頭巾」という名高い話があります。既に御存じとは思いますが、荒筋を申上げますと、赤い頭巾をかぶっているので赤頭巾と呼ばれていた可愛い少女が、いつものように森のお婆さんを訪ねて行くと、狼がお婆さんに化けていて、赤頭巾をムシャムシャ食べてしまった、という話であります。まったく、ただ、それだけの話であります。
> 童話というものには大概教訓、モラル、というものが有るものですが、この童話には、それが全く欠けております。(中略)
>私達はいきなりそこで突き放されて、何か約束が違ったような感じで戸惑いしながら、しかし、思わず目を打たれて、プツンとちょん切られた空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない「ふるさと」を見ないでしょうか。(中略)
> 私は文学のふるさと、或いは人間のふるさとを、ここに見ます。文学はここから始まる――私は、そうも思います。
> アモラルな、この突き放した物語だけが文学だというのではありません。否、私はむしろ、このような物語を、それほど高く評価しません。なぜなら、ふるさとは我々のゆりかごではあるけれども、大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではないから。……
> だが、このふるさとの意識・自覚のないところに文学があろうとは思われない。文学のモラルも、その社会性も、このふるさとの上に生育したものでなければ、私は決して信用しない。そして、文学の批評も。私はそのように信じています。
※坂口安吾『文学のふるさと』 https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/44919_23669.html より
文香「安吾のいう『モラル』は、『筋書き』と言い換えてもよいでしょう。絵画や建築のような計算づくの筋書きがなくても……ただ、可愛そうだなとか、可愛いなとか、断片的なシーンだけで、読者の心を動かすことは可能だと思います……」
P「……文香の言う通り、文香の魅力を宣伝するためのSSなら、読者を「文香可愛い」と思わせればいいんだから、『筋書き』がなくてもなんとかなる気がするなぁ……」
文香「……『筋書き』があれば面白くなるのは確かでしょう。しかし、それにとらわれて書けないのでは困ります……」
P「でも、SSのSはStoryだからなぁ。『筋書き』のない話ってのは……」
文香「もしかすると、SSとは散文詩(さんぶんし)の略かもしれませんよ……? 散文詩なら、筋書きがなくても大丈夫ですよね……」
P「……楓さんみたいなことを言うのな、文香も」
文香「……どうして、オチで他のアイドルの名前が出てくるのですか……私のSSなのに、信じられません……っ」
P「ご、ごめんよ……」
文香「筋書きも何もあったものではありませんね……書き直してください」
1、文香「SSに筋書きなんてなくても大丈夫ですよ……」 終わり
●2-01
P「ぬわぁあぁあぁあぁん……書けない……」
文香「仕事中なのにひどい呻きですね……企画書か何かをお書きですか」
P「SSが書けない」
文香「またですか……今度は何が書けないのですか?」
P「キャラの内面が書けない」
文香「……キャラの内面なんて、書かなくてもいいじゃないですか」
P「1と同じようなことを言ってるのに、言い方がぞんざいになってる!?」
P「でもキャラの内面はSSの中に書いておきたいんだよ……例えば、文香のデレステメモリアルコミュの1を見てほしいんだ」
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P「まず俺がこうしてスカウトして……」
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文香「そして、数日後に私が事務所にやって来る……という流れでしたね」
P「ここで重要なのは、まず俺がスカウトしたとき、文香は『なぜ?』と聞いたことだ」
P「行動には、内面=精神的な理由がないと、読者は理解ができず、キャラのことを唐突だと思ってしまう。文香の立場を読者とすると、ここで俺が『スカウト』という行動に出た理由、つまり内面の描写が足りてないんだ。だから疑問が出る。まぁ、Pがスカウトするのは当然視されてるから、その疑問の答えはコミュで省かれているが……」
文香「対して、数日後に事務所にやってきた私は、一応事務所にやって来たという行動の理由=内面を口で説明していますね」
P「だって、『話がよく飲み込めない』のに、事務所にやって来たらおかしいだろう? だから文香が理由を語っている。内面を書く必要がある、ってのはそういうことだ」
文香「……それを使いこなせれば、お話に説得力が出るのは想像がつきますけれども……
もう一度問いますが、内面というものは、本当に必要不可欠なものなのでしょうか? 内面が書けないから書けない、では本末転倒な気がします」
P「やっぱりその流れ!?」
●2-02
文香「そもそも、浄瑠璃や歌舞伎のような演劇ならば、キャラクターが自分の感情を歌い上げて説明するのは不自然ではありませんが、仮にもキャラクター同士の自然なやり取りを目指すSSで、いちいち行動の理由をセリフで説明したら……それこそ不自然になりませんか?」
P「まぁ、歌舞伎で切腹や心中するシーンを見てても、口上としてキャラクターの気持ちを並べ立てるけど……腹を切ってから長々しゃべったりして、リアルならもう失血死してるだろ! と思うときはあるな」
文香「では、次の古文を読んでみてください……『平家物語』敦盛の最期です」
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※出典:学ぶ・教える.com
P「懐かしいな、中学校か高校の古文でやった気がする……泣けるよなぁ」
文香「ここで、熊谷直実は平敦盛を討ち取るのをためらった……なぜですか?」
P「そりゃあ、直実自身がセリフで語ってるからわかるよ。敦盛を自分の息子と重ねちゃったんだよなぁ」
文香「では、直実が敦盛の顔を見る前まで、やる気満々で平家の大将を討ち取ろうとしていたのは……なぜですか?」
P「直実は武士だから、戦って首をとって手柄を立てなきゃならんからな……しかもこれ、壇ノ浦の戦いだろ? 壇ノ浦で平家が敗色濃厚となった時点で、もうこれが最後の大きな戦いと分かっていて、これを逃したら手柄を立てる機会がなくなっちまうし……あっ」
文香「なぜそれは、セリフに書かれていないのにわかるのですか?」
P「……直実が武士であること、これが壇ノ浦の戦いの場面っていう予備知識があったから……」
文香「キャラクターの内面などというものは……読者に作中の出来事や設定を事前にきちんと伝えていれば、いちいち文中で説明しなくても伝わるものです……」
P「モバマスの二次創作SSとなると、公式ですでに説明されてる設定や内面とかも、書き飛ばしてもいいわけか」
文香「ところで、PさんはなぜSSを書いていらっしゃるのですか?」
P「え? それは●1-01で言っただろう。『文香の魅力を宣伝する』ため――」
文香「その割には、私の魅力が文章から伝わっているように感じませんが……Pさんの口で言うこととPさんの行動がチグハグでは、それこそ説得力が出ませんよ」
P「き、肝に銘じます……」
2、文香「SSにキャラの内面描写なんてなくても大丈夫ですよ……」終わり
●3-01
P「ぬわぁあぁあぁあぁん……書けない……」
文香「仕事中なのにひどい呻きですね……企画書か何かをお書きですか」
P「SSが書けない」
文香「またですか……今度は何が書けないのですか?」
P「オリジナリティのある話が書けない」
文香「パロディで……オリジナリティを気にするんですか?」
P「いきなりそこ!?」
文香「私は、二番煎じでも三番煎じでも面白いものは面白く、読者の心を動かすことはできて……すなわちSSとしての意味はある、と思います」
P「でも、ほら、なんか……人真似ってさ、二匹目のドジョウというか、率直に言って劣ってる気がしないか?」
文香「フォロワーよりオリジナルが優れている、という感性は……普遍的なものではありません……最初に作った人が偉い、というのは、
>初めに、神は天地を創造された。(新共同訳聖書・創世記1・1)
という「最初に世界を造った神が偉い」旧約聖書の価値観です。だから、前に話した『平家物語』もそうですが、オリジナルであることの価値がそこまで重視されていない時代や地域では、誰が作ったのか明らかでない物語がたくさんあります……」
P「いや、でも、その……」
文香「オリジナリティがあるかどうかと、面白いかどうかは、まったく別問題です。前におっしゃられた三幕構成は、何番煎じされても面白いのでしょう?」
P「そこで三幕構成を引き合いに出してくるかー……」
文香「それならば、オリジナリティにこだわってSSが書けない、というのは本末転倒では……」
●3-02
P「……理屈では、文香の言うこともわかるんだよ……でも、やっぱり俺は、自分でSSを書くからには、自分じゃないと書けないものを書きたいんだ」
文香「Pさんの頭の中にあるSSの構想が『自分じゃないと書けないもの』かどうかは、他のSS書きの頭の中を覗いて見られなければ、わからないのでは……」
P「うっ」
文香「PさんのSSを書く理由が、私の『魅力を宣伝する』ためなら、二番煎じでも面白いものを真似して取り入れればよろしいのでは……」
P「そ、それもそうなんだが……」
文香「コピー&ペーストなどの完全な盗作は別として、アイディアを拝借する程度であれば著作権的には問題がありません……したがってそれ以上のオリジナリティにこだわる必要もないということです」
P「いや、著作権的に問題がなくても、創作者としてのプライドというか、倫理というか……」
文香「……本当は、私の『魅力を宣伝する』以外にも、SSを書く理由がおありでは?」
P「…………」
P「……」
P「その理由は、俺が……」
文香「……あなたが?」
P「俺が、文香が好きで、独り占めしたいから、だ」
文香「……いきなり何を言い出すのですか、あなたという方は」
P「文香のことが好きで、独り占めしたい……でもそれは、普通じゃ叶わないことだよな? 文香の全種類のカードを集めても、文香の全種類のCDや他のグッズを買っても、それは他の担当Pにだって手に入るものだ。独占したとはいえない。文香は実在しないから、実在のアイドルみたいに握手して肉体的に一瞬でも独占する……ということもできない」
文香「……いきなりメタな話をしますね」
P「でも、SSなら……俺しか書けない文香SSを書けば、その瞬間の、その文香だけでも、文香を独占できる……! 他の誰Pでもない、俺だけの文香の姿が……」
文香「……それ、当人の目の前で言っていいことですか……?」
P「俺の『文香の魅力を宣伝』したいというのも、本当は『俺が文香を独占しているのを誇示したい』という欲望の裏返しかもしれない。三幕構成とか、日常生活で絶対にいらない知識を漁ったりしたのも、自作SSのクオリティの高さをもって、文香を独占するに足る労力や熱意をかけているんだ、と言いたいだけかもしれない……」
文香「妙なことを言われてはぐらかされましたが、結局『オリジナリティは面白いSSに不可欠なものではない』……ということは否定できていませんよね」
P「うぐっ」
文香「そもそも、真似がそんなにいけませんか? 私も含め、シンデレラガールズのキャラクター造形は、どこかで見たような方が大勢――」
P「――それ以上いけない」
3、文香「SSにオリジナリティなんてなくても大丈夫ですよ……」終わり
●3-03
ちひろ「それで結局、SSが書けないことをネタにしてSSを書いてしまったのですか……」
P「SSを書いていたら……キャラクターの魅力をアピールするSSには、『凝った筋書きとかいらない』『内面描写とかいらない』『オリジナリティとかいらない』って思って……それでこうなったんです」
ちひろ「文香ちゃんがPさんに対して批判が多く、あたりが少々キツイ気がします。ちゃんと彼女の魅力を伝えるSSになっているのですか?」
P「そこは、P=俺が文香に批判されるべき変な主張を繰り広げてますので。この裏を返せば、文香の批判が文香の知性のアピール……になっていると考えて」
ちひろ「なんとも後ろ向きですね……」
文香「きっとSSに……筋書きは不要です。あなたの妄想の一場面を切り取ってセリフに起こすだけでも、SSになります」
文香「……内面描写も不要です。少なくとも公式に描写があれば、わざわざ書かなくても、Pが読み手であれば伝わると考えて良いでしょう」
文香「……オリジナリティも不要です。どこかで読んだようなSS……? あなたの読んだSSを、他の人も読んだことがあるとは限りません」
文香「……あなたもSSを書いてみてください。あなたのテキストを読ませていただける日を、心待ちにしています」
終わり
●あとがきにかえて
※1-01の三幕構成については、Wikipediaの記事を参考にしています。本であればブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』がおすすめです。
※1-03の文香の主張は、芥川龍之介『文芸的な、余りに文芸的な』や柄谷行人『日本近代文学の起源』(講談社版)を参考にしています。
※3-02のモバPの主張は、斎藤環『戦闘美少女の精神分析』を参考にしています。
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