湯川学「君は無関係なホームレスに脱糞の罪を被せた」石神哲也「面白い仮説だ」 (22)

事件が発生したのは3月10日。
河原で脱糞した男性が発見された。
被害者の氏名は、富樫慎二。
警察は真っ先に元妻である花岡靖子に任意で事情聴取を行なったが、結果は芳しくなかった。
花岡靖子には事件当日、完璧なアリバイが存在しており、事件の関与を示す証拠がないのだ。

本件を担当していた刑事の草薙俊平は、暗礁に乗り上げた事件解決の為、大学で同期の帝都大学准教授、湯川学に捜査協力を依頼。
当初は捜査に協力することに乗り気ではなかった湯川だったが、重要参考人である花岡靖子の自宅アパートの隣に帝都大学の同期であり旧友でもあった石神哲也が暮らしていることを知り、彼の言動に不審な点が見受けられたことから事件に興味を持ち、独自に調べていた。

湯川は確信していた。
石神が事件に関与していると。
そして主犯は花岡靖子であると推理していた。
しかし、花岡靖子のアリバイは完璧であり、脱糞推定時刻との整合性がどうしても取れない。
そんな折、草薙刑事が石神が勤める高校における出勤状況を記した名簿と共に、彼が口にしていた興味深い話を聞かせてくれた。

草薙「石神の作る数学のテスト問題は、幾何の問題と思わせて実は関数の問題であるらしい」

湯川「ふっ……実に彼らしいな。……待てよ?」

草薙「湯川? どうかしたのか?」

テスト問題について聞かされた湯川はさも愉快そうに相貌を崩した後、何から考えはじめた。
草薙が問いただしても、湯川は既に思考の海に深く潜っており、耳に入っていない様子だ。
それからしばらくの間、何やら熟考していたが、不意に顔を上げて湯川は呟いた。

湯川「莫迦な……ありえない」

草薙「あり得ないって、何のことだ?」

湯川「すまないが、今日はもう帰ってくれ」

蒼白な表情で湯川は草薙を追い出した。
その豹変ぶりに釈然としないながらも、付き合いの長い草薙にはわかる。間違いないだろう。
どうやら湯川は、真相を突き止めたらしい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1528554871

湯川「石神、ちょっといいか?」

石神「湯川……どうしてこんなところに?」

朝、出勤途中の石神に湯川は声をかけた。
待ち伏せされていたと悟った石神は、警戒した様子で湯川の狙いを探る。
そんな彼に微笑みかけて、湯川は促す。

湯川「少し、歩かないか?」

まるで散歩に誘うように歩き出した湯川を怪訝に思いながらも、石神はその後に続いた。

湯川「毎日この道を通るのか?」

歩きながら、湯川が問いかける。
石神の出勤ルートは、ホームレスが暮らす川辺を通る道だった。無論、調べはついている。

石神「彼らは毎日、規則正しく暮らしている」

湯川「人間は根源的に時間的存在だ。故に時計から解放されると、かえって時間に正確になる」

石神「この世に無駄な歯車はないからな」

湯川「その歯車を、君は利用した」

湯川は石神の反応を伺いながら切り出した。
石神は苦笑して話の続きを促す。

石神「聞かせて貰おうか」

湯川「脱糞したのは、富樫慎二ではない」

石神「ほう? では、誰が脱糞したと?」

湯川「花岡靖子だ。そしてそれを隠蔽する為に……」

湯川は一旦、間をおく。
自分が口にしていることが、信じられない。
いや、信じたくなかった。
そんな感情論に流されぬよう、ひと呼吸おいてから、努めて冷静に、自らの推理を口にした。

湯川「君は無関係なホームレスに脱糞の罪を被せた」

石神「なかなか興味深い仮説だ」

湯川は語る。
この事件の真相を。

湯川「事件の真相はこうだ。元妻の家を訪ねた富樫慎二と口論になった花岡靖子が何らかの拍子に脱糞してしまった。恐らく、コタツのコードに躓いて転んだ拍子に漏らしたのだろう」

石神「莫迦莫迦しい」

湯川「まあ、聞け。着衣したまま脱糞するのは極めて重罪だ。しかもそれを事もあろうに元夫である富樫慎二に目撃されてしまった。このままでは一生強請られる羽目になってしまう」

石神「酷い話だ」

湯川「ああ、全く以って同感だ。同情に値する悲劇だと思う。そして物音で事態を察した君もまた、花岡靖子に同情した」

そこで石神がため息を吐き、足を止めた。
手近にあったベンチに座るように湯川が促すと、彼は素直にそれに従い、腰を下ろした。

石神「それで、俺はどうしたと?」

湯川「事件を知ったお前は速やかに富樫慎二を拉致して花岡靖子の脱糞を隠蔽。そしてその罪を、名も知れぬホームレスに被せた」

石神「どうやって?」

湯川「金でホームレスを雇い、石神が泊まっていた宿に宿泊させて痕跡を残し、その上で下剤を飲ませて脱糞させたんだ」

現代社会の警察の科学捜査は非常に正確だ。
宿泊先から指紋やDNA、毛髪を採取して照合すれば、すぐに身元が判明する。
そこに疑念を挟む余地はなく、だからこそ、石神はその優秀な科学捜査を利用したのだ。

湯川「幾何の問題に見せかけて、関数の問題。この場合は、幾何に見せかけて、スカの問題だったわけだ」

そこまで告げると、石神は何かを堪えるように黙りこくった。そんな彼の罪を湯川は咎めた。

湯川「愛する女性を守る為に、君は罪なきホームレスに脱糞させた。その罪は、重い」

湯川の追求に観念したのか、石神は再び大きなため息を吐いて、警察を呼ぶように頼んだ。

草薙「石神が自白したよ」

石神を警察に引き渡し、聴取を担当した草薙が湯川の研究室を訪れ、詳細を聞かせてくれた。

草薙「証言の通り、石神の部屋の押入れから女性用の下着を被せられ、衰弱した富樫慎二本人が発見された。幸いにも命に別状はなかったが、下着は汚れていて、酷い有り様だったよ」

湯川「だろうな」

草薙「しかし、石神はその下着を汚したのは自分だと言い張っている。隣の部屋のベランダに干してあった下着を盗んで便を付着させて、富樫に被せたってな」

湯川「なんだと!?」

その話を聞いて、湯川は飛び上がった。
あまりの衝撃に危うく脱糞するところだった。
なんとか気持ちを落ち着かせ、腹の調子を整えてから、改めて冷静に草薙の話に耳を傾ける。

草薙「どうやら奴は、事件以前から花岡靖子にストーカー行為を繰り返していたらしい」

湯川「裏は取れたのか?」

草薙「靖子の部屋に向けた集音マイク、脅迫文、そして大量の盗まれた下着。状況証拠は完全に石神が単独犯であると示している」

湯川「やられた……」

初めから、これが狙いだったのだ。
自分が執着している花岡靖子の元夫を拉致監禁。
石神は最初から、全ての罪が自分に向けられるように仕組んでいた。流石は達磨の石神だ。

草薙「明日、拘置所に身柄を移送だ」

タイムリミットが差し迫っていた。
石神が拘置所に移送され、検察に引き渡せば、もう後戻りは出来ない。真実は闇の中だ。
しかし、石神の覚悟を察した湯川には、これ以上事件に介入することがどうしても出来ない。

湯川「そうか……ならば、仕方ないな」

草薙「仕方ないで、済ますつもりか?」

湯川「真実を明らかにしたところで誰も幸せになれないのならば、無意味だろう」

草薙「そういう問題じゃないだろう!? いつもの論理的思考はどうしたんだ、湯川!!」

草薙の叱咤に、湯川は言い返せない。
そんな彼の様子に苛立ち、草薙は舌打ちをして、踵を返し、研究室の出口へと向かう。

湯川「待て、草薙! どこに行くつもりだ!」

草薙「花岡靖子のところに決まってるだろ!」

湯川「行ってどうする!?」

草薙「真実を話すんだよ!!」

湯川が行き先を尋ねると、草薙は花岡靖子に真実を告げるつもりらしい。気持ちはわかる。
根っからの刑事の彼には、今回の事件の真相は見過ごせないのだろう。それは、感情論だ。

湯川はそうした感情論をこれまで否定してきた。
一時の感情に流されるのは愚かであり、常に論理的に思考に基づいた上で行動するべきだと。

しかし、それを誰よりも体現していた石神哲也が、今回このような事件を起こしてしまった。
愛する女性を救うべく、感情に基づいた上で論理的な犯行を企だてたのだ。真逆の発想だ。

湯川は考える。
この事件の結末は、何が最善であるかを。
石神哲也の覚悟に報いるべき存在とは、何か。
彼は数学者。湯川は物理学者。
スタンスは違えど、結論はひとつ。
ならば、湯川は湯川なりの論理的思考で。
この事件のピリオドを打つことを、決めた。

ガチャリと、留置場の扉が開いた。
看守に促されて、石神はそこから出る。
これから拘置所へと移送されるのだ。

手錠をかけられた上で、腰縄を繋がれ、留置場内の廊下を歩きながら、石神は満足していた。
このまま事件が終結すれば花岡靖子は安泰だ。

監禁中の富樫慎二に被せた女性用下着に付着していた便は、石神本人のものだった。
科学捜査で鑑定されても何ら問題はない。
つまり、富樫は石神の便で汚されたのだ。
そのショックによって廃人同然となった富樫はもはや立ち直れまい。記憶も欠落した筈だ。
あの時の、恐怖に歪み泣き叫んだ奴の表情は、今思い返しても、痛快だ。愉悦がこみ上げる。

しかし、まだ嗤うわけにはいかない。
裁判で一審の判決が出て、控訴せずに罪が確定して初めて、自分は哄笑することが出来る。
その瞬間が待ち遠しくて、堪らない。
だからその時までは大人しく、拘置所の天井の染みを直線で結び、四色問題について没頭しようと思っていた。数学はどこでも取り組める。

しかし、その目論見は、儚くも、瓦解した。

靖子「石神さん!」

石神「えっ?」

丁度、拘置所へ向かう為に移送車に乗ろうとしたところで、呼び止められた。女の声だ。
ギョッとして振り向くと、花岡靖子が居た。

靖子「ごめん、なさい……」

石神「ど、どうして……?」

わなわなと震えて謝罪する靖子に戸惑う。
泣いている彼女を見て、胸が締めつけられた。
どうしてと尋ねると、靖子は説明した。

靖子「湯川さんから……全て、聞きました」

石神「そんな……」

慌てて周囲に視線を巡らす。
すると、湯川学の姿があった。
いつも論理的な思考を重んじる物理学者の彼が、悲痛そうな表情を浮かべていた。
彼がそんな顔をするなんて、信じられない。
初めて見る旧友のその表情と、泣き喚く花岡靖子を見て、ようやく、石神哲也は自覚した。

自分の犯した罪は、それだけ重かった、と。

石神「どぉじでぇぇええええっ!!」

靖子「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

石神の問いかけに、靖子は答えない。
論理的な理由など、有りはしないのだ。
そこには、謝罪の念しか含まれておらず。
靖子は留置場の入り口で土下座をして謝った。

その時。
ふと、ある一点に目が留まった。
石神が注視したのは、靖子の臀部。
正座をして、足裏に挟まれた尻の肉。
そこから、何やら論理的な物体が溢れていた。

それは、紛れもなく、便であり。

靖子「私も罪を償いますから……!」

恐らく、湯川の入れ知恵だろう。
この場で漏らすことが、彼女の償い。
物理学者の論理的な思考が導き出した、結末。
それを理解した石神は、もう、限界だった。

石神「フハッ!」

もはや堪え切れなくなった愉悦が、漏れた。

石神「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」

獣の咆哮のような哄笑が、留置場に響いた。
絶望と混乱と愉悦が入り混じった、悲鳴。
嗤いながら、石神もまた、脱糞していた。

草薙「石神!」

草薙が石神を取り押えようと身を乗り出す。

湯川「やめろっ! 彼に触るな!!」

湯川が石神を庇うように立ち塞がった。

湯川「せめて、嗤わせてやれ……」

そう諭す湯川の尻もまた、便で汚れている。

石神「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」

石神の哄笑は続いた。
魂を吐き出しているように草薙には見えた。


【容疑者Xの献便】


FIN

3レス目の「石神が泊まっていた宿」は「富樫が泊まっていた宿」の間違いです!
確認不足で本当に申し訳わりませんでした!

タイトルに関しても、湯川学「君は無関係なホームレスに脱糞の罪を被せた」石神「なかなか興味深い仮説だ」と、脳内変換して頂ければありがたいです!
重ね重ね、確認不足で申し訳ありません!!

この作品はあくまで二次創作物であり、多数存在するガリレオシリーズのSSの一つと捉えて頂くようお願いします!
台詞や内容につきましても一部改変どころの騒ぎではないので、二次創作物であるとどうかご理解下さい!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom