車でGO!  木村夏樹&松永涼編 (34)

・ドライブです
・前作を読む必要はないです
・走り屋のはなしではありません
・時空についてはスルーしてください
・アタシ注意

前作

車でGO! 神谷奈緒&北条加蓮編
ファンとのふれあい! 片桐早苗編
ファンとのふれあい! 脇山珠美編
ファンとのふれあい! 向井拓海編
ファンとのふれあい! 中野有香編

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「ドライブぅ?

 ツーリングじゃなくて?」

「おう」

木村夏樹は逆立った髪をなでつけながら頷いた。

「ちょっと積もる話があるんだ」

「いつ積もらせたのさ」

松永涼は夏樹と仕事をともにすることが多く、

プライベートでの交流も深い。

改めて何を話そうというのだろうか。

「まぁその日は空いてるけど」

「じゃあ、家の前に車回すからよ」

「それにしても…車なんていつ買ったんだ?」

「今から」

「はぁ?」

「今から選ぶんだよ」

涼は夏樹の無計画さにあきれた。

だが、その無鉄砲さに心が弾んだりもした。

1ヶ月と2週間後、涼の住むアパートの前に、鈍色の、無骨な四輪駆動車が現れた。

角ばった大小のコンテナを継ぎ合わせたような外観。

悪路を走破する高めの車高と、強靭なシャフト。

グリルと平行に設けられた、丸いライトには不思議な愛嬌がある。

夏樹が運転席から降りてきた。

折り目のない、清潔感のあるホワイトのTシャツ。

さらに分厚い牛革のライダースジャケットを着込み、

ボトムスは、まさに満身創痍といった具合のジーンズ。

おろした髪が、初夏のさわやかな風にそよいだ。

額にはうっすらと汗がにじんでいる。

「おまっとさん」

夏樹がおどけたように、左手で敬礼をする。

「来たねジョニー木村」

「そういうお前はジョーイ松永か」

「上背がちょっと足りないね」

涼も夏樹と似たような格好をしている。

「あと2人は?」

「じゃあアタシがディー・ディー木村になってだな…」

「ファーストネームで合わせるとお笑い芸人みたいだね」

「転向するか?」

「考えとく」

2人はしばらく、語り合った後、車に視線を移した。

「また渋いのを選んだね……いつの?」

「1996年」

「最後のゆとり世代か」

ほ〜っと涼は息を吐いた。

助手席の扉を開けると、中古車特有の、

なんとも言えない匂いがした。

「どこ行く?」

「どこでも」

「んじゃあ、適当に流すってことで」

予定ばかりの毎日に、久方ぶりに訪れた無計画な日。

だが涼は、それを心から満喫できそうにもない、という気がしていた。

「結構いじってあるね」

車が動き出すと、涼が言った。

シートは新品でそこそこに柔らかく、座り心地がよい。

カーナビ、オーディオも最新のものが取り付けられており、

車内空間はなかなかに快適だった。

「違法にならない場所は全部やったかな。

 特に足回りを……」

夏樹がアクセルを軽く踏むと、ゆるやかに速度が上がる。

次にブレーキをかけると、ギッギッと軋んだ音が出るものの、

きちんと思ったところに止まるようになっている。

オフロード仕様ゆえに乗り心地が固めではあるが、

それも“若干”というレベルに調整されている。

その一方、大幅なタウンユース化によって、

オフロード車としての持ち味が死にかけていた。

「それで」

涼は切り出した。

「アタシと、どんな話をしたいのさ」

「……涼は」

「うん」

「涼は、周りを滅茶苦茶にしたくなるくらい……

 キレたことはあるか?」

夏樹は2回ほど瞬きをして、尋ねた。

涼は質問の意図を理解しかねていたが、

少し過去をまさぐった後に答えた。

「アタシが、その……お嬢様育ちってのは知ってるよね」

「おう」

「で、アタシがロックンローラーになった経緯は話したっけ?」

「くわしくは…」

涼は、んんっ、と咳払いをした。

「うちの親はさぁ…今思えば親心ってやつだと思うんだけど、

 アタシが、“あまりお上品でない”ものに近づけないようにしてたのさ。

 でもさ、オジョーサマ学校にもはねっかえりはいるし、

 送迎の車の窓を開けるだけでも……」

 涼は、通学路の途中にあったレコード店の記憶をなぞった。

「親がいくら遠ざけようとしたって、アタシが無視しようとしたって、

 ロックンロールは鳴り止まないのさ。葬り去ることなんて……」

 最後まで入ることはできなかったが、店から流れてくる、

 荒々しい、ハスキーな女性の歌声は鮮明に思い出せる。

「そんで遂にアタシは親に言ったのよ。

 “あたくし、音楽で食っていきたいんですの!”」

「ンフっ」

夏樹が吹き出す。

「そしたらしばらく部屋から出してもらえなくなった」

「お前も親も極端だな」

「結局、親子ってことなんだろうね…」

涼はしばらく帰っていない実家を想った。

愉快ではない記憶の方が多いのに、忘れることができない。

「でもアタシはちぃ〜っとも反省しないで、ある計画を立ててたんだ」

「脱獄」

「退屈な日常からのね……。

 マンチェスターの泉から現れた口の悪い方の眉毛だって、

 はじめは暗い倉庫の中で、一人ぼっちで音楽と向き合ったんだ。

 アタシもやってやろうと思ったの」

「何を?」

「マホガニーの勉強机バラして、ギター作ろうとしたのよ。

 一から、自分で」

 夏樹は“ヒューッ!”と口笛を吹いた。

「どうやったんだ」

「まずメイドを懐柔したり、

 執事を泣き落としたりとかして、最低限の工具を手にいれた」

「マジで脱獄犯だな」

「音でバレないように、深夜にちょびっとずつ机をあの形に削ったのさ。

 木屑は細かく粉砕して窓からポイっとね。

 ま、専門知識があるわけでもないし、

 結局ギターもどきにしかならなかったんだろうけど」

「完成しなかったのか?」

「弦を張る手前で、親に気づかれちまった……」

涼は肩をすくめ、夏樹はため息をついた。

「惜しかったな」

「で、ギターの未熟児はゴミ箱行きになってさぁ。

 アタシはつらくって、それ以上にキレちまって……

 今度は本当に脱獄したんだよな」

「学校はどうなったんだよ」

「“悪い虫達”に匿ってもらいながら、一応卒業したよ。

 単位はギリだったけど。

 そんでその後はバンドやって、

 スカウトされて、今に至るってわけ」

 涼は両腕を前に伸ばして、身体をふるっと震わせた。

 あまり他人に打ち明けたくはない過去だった。

 だが、夏樹には話してもいい、いや、話したいと思ったのだ。

「それで…次はアンタの番だよ」

 涼は促した。

 自分の過去を話した気恥ずかしさを噛み殺しながら。

 車はちょうど高速道路に入り、夏樹は目一杯にアクセルを踏んだ。

 だが元がオフロードの仕様であるので、スポーツカーだけでなく、

 ちんまりとした軽自動車にさえ追い抜かれていく。

「アタシは!」

 耳を擘くエンジン音にかき消されないように、夏樹は叫んだ。

「キレられなくなっちまったよ!!」

 涼は下唇を噛んで、馬鹿みたいに笑う運転手を見つめた。

 不安が胸をざわめかせた。

「勝手に大人にならないでほしいな」

 スピードが安定し音がおさまった後に、涼はぽつりとこぼした。

 それが聞こえなかったように、夏樹は続けた。

「ちょっと前は色んなことにムカついてたのによ。

 思い通りの演奏ができないとか、

 ファルセットがうまく出せないとか。

 バンドメンバー、野次馬どもと殴り合いになるなんざ、

 数え切れねぇくらいあった」

 全ては、アイドルになる前のこと。

 夏樹は自分が変わったことを自覚していた。

 心に余裕ができ、滅多なことでは怒らなくなり、

 年長者からは可愛がられ、年少者からは慕われる。

「音楽を」

 「うん」

 「音楽をながしてもいいか」

 「好きにしなよ」

 夏樹がカーナビを操作すると、切れ味のあるドラミングが耳を突いた。

 「アタシが何て呼ばれてるか、涼は知ってるよな」

 その質問に、涼は淀みなく答えた。

 「美城で一番ロックなアイドル」

 夏樹は頰を歪めた。無理矢理に笑っているようだった。
 
「……デビューは全部お膳立てされてたよ。

 歌も演奏、衣装も…ライブでの立ち振る舞いも……番組での受け答えも。

 まったくもって順風満帆だよ。

 お次はなんだろうな。

 恋人でも用意してくれるのかな」

 木村夏樹は自ら望んでアイドルになった。

 だが、自ら望んだアイドルになれたかどうか、

 それが今では、全く分からなくなってしまった。

「この曲を聴いたとき、涙が出たよ」

 ØωØver!!

 多田李衣菜と前川みくのペアユニット、✳︎(アスタリスク)のデビュー曲。

「こんな詞は……アタシには、書けない。

 ないんだよ。空っぽなんだ。

 自分の言葉が見つからない……」

 アイドルになり、夏樹は幸福だった。

 プロデューサーは夏樹の意見を汲んで、良い仕事を持ってきてくれる。

 仕事を1つこなせば、新しいギターもバイクも、洋服もいっぺんに買える。

 スタジオはプロダクションの中にあり、好きな時に使える。

 寝る場所にも食うものにも一切困らない。

 不満など抱けない。

 怒りなど、ぶつける場所がない。

「気付いちまったんだよ。

 曲なんか作らなくってもいいんだって。

 アタシの曲なんかさぁ!」

 夏樹は笑う。運転は一切乱れていない。

「叫ばなきゃいけないほど、切実なものがないんだ」

 成功した。名誉も手にいれた。

 尊敬すべき先輩、頼れるプロデューサー、

 可愛がりがいのある後輩……文句のつけようがない仲間達。

「今のアタシに何が攻撃できるっていうんだろうな。

 政府? 汚職? 年金がもらえないって? 

 でもさ、いくら政治家の連中が無能でも、明日通帳を開いて

 預金0、“ゲームオーバー!”、なんてことはありえないもんな。

 そんなアタシがさ、“わかるよ”って面して、ファンの前で……」

車は少しずつ減速して、SAに入った。

「腹減ったな! 飯にすっか」

夏樹の表情は笑顔のまま、目まぐるしく切り替わる。

「………そうだね」

涼はポケットティッシュと財布だけを持ち、夏樹と共に車を降りた。

「最近さぁ、サービスエリアのメシもうまくなったよな」

歓声を上げるファンには手を挙げ、サインを求められれば応じながら、

夏樹は言った。

「支那そば2つ」

「おいおい」

「いいからいいから」

「おいおいおい!」

「いいからいいからいいから!
 
 美味しいから大丈夫だって」

かな子もそう言ってる、と夏樹は涼を制した。

「支那そばってトキめくフレーズだよな。

 ラーメンでも中華そばでもないんだぜ」

「全部おんなじじゃない?」

「ラーメンも中華そばも、今じゃ色んな味付けになってるだろ?

 家系とか、創作とか、ブラックとかさぁ……でも」

2人が話している間に、支那そばがテーブルに運ばれてきた。

「支那そばは支那そばのまんまだ。

 これって滅茶苦茶ロックじゃねえか」

「そうだね」

夏樹は割り箸を開いて、歪んだ断面をならした。

涼はきれいに真っ二つに割った。

「「いただきます」」

音を立てて、麺をすする。

コシのある中細。歯ごたえもあり、喉ごしもよい。

スープは鶏ガラ。しっかりとしたコクがあるももの、重たくない。

「大丈夫だろ」

「大丈夫だね。いや、上出来だよ」

焼豚は下品にならない程度に厚く、

乾筍はコリコリとした食感が心地よい。

食べているうちに額に汗が浮かんでくる。

それにも構わずに、食べる。

「ちょっとそっちのもくれよ」

「同じだって」

へへへっと互いに笑いながら、また食べる。

あっという間に皿が空になる。

「涼」

「あいよ」

涼はティッシュを差し出した。

「ラーメ…支那そば食ったあとって、何で鼻がでるんだろうな」

夏樹が音を立てて鼻をかむ。

その様子からはアイドルとしての気負いは感じられない。

「あと、最後の水がとびきりうまいのも不思議だよな」

「今日のアンタは好奇心の塊だね」

「先週紗南からぼくなつ2借りたから、きっとそのせいだな。

 明日には自分称と名前が“ボク”になってるぞ」

ボクはボク、と夏樹が言う。

「夏になったらカブトムシとクワガタを追いかけるのかい?」

「楽しそうだな…うん。楽しいだろうな…」

微笑んで話を合わせながら、涼は考えていた。

アクセルを目一杯踏みながら、苦悩を吐露していた夏樹と、

目の前で心底楽しそうにしている夏樹。

乖離しているように見える。

だが、どちらも本物なのだろう。

どちらも嘘でないから、苦しくてしょうがないのだろう。

「んじゃあ、行こうか」

「帰りは」

「ん?」

「帰りは、アタシが運転する。

 運転させて」

夏樹は、いいぜ、とただ微笑んだ。

涼も微笑んだ。

「その前にさ、ちょっと電話してもいい?」

「かまわねえけど」

涼はスマートフォンを取り出して、“向井拓海”にコールした。

「拓海か?」

『それ以外誰がいるんだ』

「この前血塗れの女の子の声がしたから…それはまあいいとして」

『おい』

「今、出られるかな」

『今すぐに出てやるよ』

「OKOK…じゃあ、足柄のSAまで来てほしいんだけど。

 そこで髪を下ろした金髪の女を見かけたら、思いっきりぶん殴れ。

 いや、轢け」

『わかった。切るぞ』

涼は通話を終えて、夏樹の方を向いた。

「じゃあ、足柄まで行こう」

「アタシは死ぬのか」

「ダメだった?」

涼は、夏樹の腕をぐいと引っ張って駐車場へ行き、

助手席に押し込んだ。

「アンタがさ、“もう誰も騙したくない”とか

 “有名になんてなりたくなかった”とか、

 くだらねぇことほざく前にぶっ殺してやろうと思って」

夏樹は押し黙った。

言おうとしていたことを、全て言われてしまった。

「今のアンタは天国でも泣きごと言いそうだから、

 小梅か志希に生き返らせてもらって、次は地獄に叩き落としてやる」

助手席側の扉がをやさしく閉められた。

「じゃあ行こうか」

運転席側の扉が乱暴に開かれる。

夏樹が、泣き出しそうな目で涼を見た。

「慰めてもらえると思ったか間抜けめ」

エンジンは動かない。

「アンタみたいな不器用な女が、誰を騙せるっていうのさ」

涼は左手で助手席を小突いた。

「アタシらはまだ20手前だろ。ブレてあたりまえなんだよ。

 10代なんてただの荒野なんだから、真っ直ぐ歩けるヤツなんていないんだ」

エンジンは、動かない。

「世界を騙してるなんて思い上がるなよ。

 裏切ってるなんて、そんな……」

涼はハンドルに頭を預けた。

「ムカつきたいってんなら、いくらでもムカつかせてやる。

 みんなに申し訳なくて、自分が許せないってんなら拓海がアンタをぶん殴る。

 誰も攻撃できないってんならサンドバックになることだね」

夏樹は、マジか、と呟いた。

「アタシは……、アンタと漫才やったり、

 一緒にカブトムシとかクワガタとったりするよ。

 誰も見向きもしないような曲だって聴いてやるよ。
 
 “常務をぶちのめす、常務をぶちのめす、

 ベースボールバットで奴をぶちのめす”

 詞なんか適当でいいよ。

 それで“クソみてえな曲だ”って言ってやる。

 あぁ、何度でも言ってやる」

馬鹿が。

涼がそう言って、鼻をすすった。

「涼」

「なにさ」

「ありがとな」

「うるせえ」

エンジンが動き出し、車がゆっくりと前に進む。

「どこに行くんだ」

「どこへでも行けるだろう?

 今はとりあえず足柄だけど」

「マジか……」

夏樹が心の底から響くような声で笑った。

「死にたくねぇー!!」」

おわり

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