【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」2周目 (269)


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【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」 - SSまとめ速報
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まさかまさかの2スレ目突入。最終決戦をお楽しみいただければ幸いです。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1527957337


 あぁ、なんてよい日和でしょう。
 肌寒かった空気は沖合に出るにつれて暖かみを帯び、凪いだ水面は陽光を乱反射して輝いている。見渡す限り広がる海の青、そして空の蒼。水平線はひたすらにまっすぐ。鳴いているのはカモメか、それともウミネコか。
 ざざん、ざざんと足元に波。それは私の足元を濡らしはせずに、どこか遠くの岸まで運ばれていく。砕けた波濤の飛沫が少し踝にかかるかどうか、という程度で、火照ったいまの体にはそれくらいがちょうど心地よくもあった、

 なにより一面に深海棲艦の死体。

 掃海で、気分爽快。

 なんちゃって。


「……あぁ、加賀」

 視界の端に、青い、背の高い、すらりとした立ち姿。
 瞬きする間に消えたその影は、まぎれもなく私の嘗ての相棒。顔には翳が落ち切っていたので、どんな恨みがましい顔でこちらを見ているのか、これまで一度も見たことはなかった。

 ちょっと待っていてね。口の中で呟く。

「ちゃんと深海棲艦を殲滅してみせるから」

 過去は変えられない。
 ゆえに、悩みも悔やみも意味がない。

 勿論私だって人間なのだから、ふとした拍子に弱気の虫が顔を出してくることはあった。あのときああしていれば。こうしていれば。涙を流し枕を濡らした夜が一体何回あっただろう。
 黄昏がセンチメンタリズムを増幅させるのならば、独りの夜は化け物を生み出す。自らの心に救う暗鬼が好機と見て這い出ようと内側から扉を叩く。

 そんな生き方は、私はしたくなかった。

 過去に囚われて未来を捨てるのはごめんだった。


 加賀も本当に意地が悪い。それとも、まだコミュ障を引きずっているの? そんなに私が心配なら、今すぐにでも化けてでてきてもいいのに。
 それとも、やはり、骨の髄まで恨んでいる? それなら今すぐ化けて出てきてもいいのよ?
 どちらにしたって願うことは同じなのだから。

 これが常に私に付きまとってくれるのであれば、きっと日常の中に埋没していたに違いない。だけど加賀は、私の意識から彼女が消えたときにだけ、ちらりとその姿を見せる。ほんの一瞬だけ。日の出が水面を真っ白に染めるように。
 忘れてほしくないのか、忘れさせてやらない、なのか。

 ならば私は墓前に花を供えなければならない。深海棲艦の殲滅という名の花を。世界平和という名の花を。

 そうすれば、加賀も満足に――他のみんなも、安らかに眠れるはずだった。
 私も前を向いて生きていけるはずだった。

 深海棲艦は全員殺す。やつらがいなければみんなが死ぬことはなかった。諸悪の根源。全ての原因。

 海軍の人間も残らず敵だ。だけど殺しはしない。なぜあのとき助けに来てくれなかったのかを問い質す必要がある。真実如何では、防衛省を地図から消そう。

 私が道半ばで死ぬことだって正しい。


 私の立てた作戦で沢山のひとが死んだのならば、責任の所在は私にある。しかし私は、自分が悪いとはちいとも思っていなかった。否、考えるのをやめた。誰が悪いとか悪くないとか、反省したところで誰も帰ってこないのだから。
 トラックの艦娘はみんな死んで、生き残ったみんなも、在りし日の輝きに目を細めるだけの亡霊だ。

 だけど、それでも。
 たとえ亡霊になり果てたとしても。

 もし全てを成し得て、それでも私が生きているのであれば、それはきっと生きていてもいいということなのだ。

 全ての価値はあとからやってくる。帰納的に。演繹的にではなく。
 だから、生きているのならば、それは生きるべきであって、生きていくべき。誰かが承認の判子を人生に捺印してくれたと喜んで、わぁいと大きく万歳をして、胸を張って自慢げに、肩で風を切って歩けばいい。
 生きていてもいいのか、だなんて。自分に価値があるのか、だなんて。いちいち振り返ることではない。

 そんなのは自立から一番遠い生き方だ。


「さて、どうなるんでしょうね。私は」

 ぐずぐずに溶けていく死体の向こうに、ヲ級の姿が見えた。

 水面を蹴った。矢筒から五本抜く。赤赤青青緑。赤青緑を射掛けて射出、術式展開に伴って多種多様な文字が解け、数十機へ変換。
 砲弾が私のすぐそばを抜けていく。恐怖はない。どこかへ捨ててきてしまった。後悔とともに、この世から消失した。だってどちらも抱えたままでは生きていられやしないから。

 回遊魚は止まると死ぬのだという。泳ぐことによって鰓から酸素を取り込んでいるから、泳ぎ続けなければ息もできない。生きていけない。きっと彼らには恐怖も後悔もない。恐れを抱けば前に進めず、過去に囚われては立ち止まることに繋がる。
 それほど達観できればどれだけ楽になるだろう。

 ヲ級の艦載機とこちらの艦載機が空中でぶつかる。制空権の奪い合い。機体性能自体はあちらに分があるものの、練度、及び数ではこちらが勝っている。
 遠くから咆哮。リ級とル級、タ級。中々に重たい部隊。

 世界が溶けていく。

 矢を射る私こそが一矢だった。真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに、深海棲艦を屠るためだけの純なる存在だった。


 敵艦載機の爆弾投下。爆炎、轟音、水柱。掻い潜って接敵。焦げ臭いにおいが鼻孔を衝く。艤装か、髪の毛か、可燃性の部分が燃えている――無視。無視だ、無視!
 走って走って走る。敵艦載機とこちらの艦載機がかち合う。火の粉。背後で、前で、数多の墜落。ぼちゃんぼちゃんと落ちる何かの隙間を縫う。私はとにかく走った。
 残りの二本を射る。指の腹が少し痛んだ。この動作を今日一日でどれだけ繰り返したろうか。百? 千?

 深海棲艦を殲滅まで、どれだけ繰り返せばいい?

 知るか!

 くだらない自問自答。右手の指が失われても左手がある。口がある。なんだったら足だろうが脇だろうがあるじゃないか。
 高速修復剤は万能でこそないけれど、多少なりともの欠損くらいなら効果があるというし、それこそ義手やら義足やら、選択肢はいくらでもある。

 そう、選択肢なんていくらでもある!
 だって私は生きているから! ちゃんと自分の脚で歩んでいるから!

 だから深海棲艦を殲滅するのだ、と矛盾した言葉を私は叫んだ。


 ヲ級が撃沈。耳元が熱い。触れてみれば髪の毛が燃えていた。海水を掬って鎮火。そのまま止まらない。ヲ級の体を盾にしながら三体へと突っ込む。
 二発の砲弾を受け止めて、ヲ級の体は千切れて弾けた。こうなっては最早用済み。投げ捨て、矢を番える。そうはさせじと敵が散開、私を取り囲む様に位置取りをずらしながら狭叉射撃。

 眼前にはリ級がいた。重巡洋艦の名に恥じぬ巨大な艤装を身に着け、黒々とした外観と、コントラストを強調する剥き出しの歯が、こちらをいつでも殺傷せしめんと目を光らせている。
 青。艦攻。放った魚雷はリ級に的中するも、装甲の問題なのか、大破には追い込み切れなかった。

 お返しとばかりに一際巨大な魚雷が顕現、禍々しさを発揮させながら私へと向かってくる。
 ぎりぎりまでひきつけ、回転するように避ける。


「術式展開ッ!」

 梵字が光の帯となって弾ける。弦から放たれた矢が一息で艦攻に、そのまま追撃。巨大な爆炎と閃光、時折立ち上る水柱に埋もれ、攻撃状況が見て取れない。
 背後で咆哮。ぞわりと怖気が走る。私は咄嗟に煙の中へと手を伸ばし、殆ど瀕死のリ級の首根っこを掴んだ。そして先ほどのヲ級と同様に、砲弾に対しての盾とする。
 なんとか防御は間に合う。あまりの破壊力に、堅牢な装甲を誇ったリ級は、既に胸から上だけになってしまっていた。


 タ級もル級も種別は戦艦クラス。装甲の硬さは折り紙つき。艦攻や艦爆を重ねれば、傷つけ撃沈させることはそう難しくはないだろうが、私の目的はこいつらではない。余計な時間をとられるのは煩わしかった。
 だが、捨てるという軟弱な道は選ばない。選べるはずがない。

「深海棲艦は殲滅します」

 一匹残らず逃がしておけぬ。

 攻撃機を展開。敵も学習をしているのか、頭上を簡単に許してはくれない。

 それでよかった。僅かにでも足止めできれば十分だった。

 距離を詰める。攻撃機が更なる展開を見せる。応射。巨大な砲弾が二つ――いや、三つ。回避しきれないと瞬時に判断、左腕を捨てた。
 肩口に衝突。瞬間、謹製の護法印が自動展開、なんとか被害の軽減に努めてはくれるものの、完全とは言い難い。ごぎり。いやな音が響くのは体の内側から。けれども痛みは不思議とない。痺れはあるが、まだ、指先も動く。直撃していれば半身をもっていかれていたと思えば恩の字。
 戦場では体の欠損など日常茶飯事だ。イベントで死んだ仲間のうち、五体満足だった者など数えるほどしかいない。誰もが皆、艦載機や攻撃機、砲弾に手足を捥がれ、あるいは頭を潰され……でなければ化け物に喰われる。

 恐れはない。

 まだ私は生きている。

 運命が、まだ生きていてもいいと教えてくれている。


 タ級もル級も種別は戦艦クラス。装甲の硬さは折り紙つき。艦攻や艦爆を重ねれば、傷つけ撃沈させることはそう難しくはないだろうが、私の目的はこいつらではない。余計な時間をとられるのは煩わしかった。
 だが、捨てるという軟弱な道は選ばない。選べるはずがない。

「深海棲艦は殲滅します」

 一匹残らず逃がしておけぬ。

 攻撃機を展開。敵も学習をしているのか、頭上を簡単に許してはくれない。

 それでよかった。僅かにでも足止めできれば十分だった。

 距離を詰める。攻撃機が更なる展開を見せる。応射。巨大な砲弾が二つ――いや、三つ。回避しきれないと瞬時に判断、左腕を捨てた。
 肩口に衝突。瞬間、謹製の護法印が自動展開、なんとか被害の軽減に努めてはくれるものの、完全とは言い難い。ごぎり。いやな音が響くのは体の内側から。けれども痛みは不思議とない。痺れはあるが、まだ、指先も動く。直撃していれば半身をもっていかれていたと思えば恩の字。
 戦場では体の欠損など日常茶飯事だ。イベントで死んだ仲間のうち、五体満足だった者など数えるほどしかいない。誰もが皆、艦載機や攻撃機、砲弾に手足を捥がれ、あるいは頭を潰され……でなければ化け物に喰われる。

 恐れはない。

 まだ私は生きている。

 運命が、まだ生きていてもいいと教えてくれている。


 飛び込む様にル級との距離を縮める。両手に備え付けられた、盾か、いっそ壁にも似た巨大な鉄塊。片方五門、両手合わせて十門の砲火。しかし既に十分距離を縮めている。効果的な円のさらに内側。
 敵の損傷は間近で見ればなおさらに軽微であるように思えた。嫉妬したくなるほどの性能差。いや、そもそも物理法則が違うかのような。

「でも」

 顔面を掴む。親指を眼窩へと突っ込んだ。
 ずぶりずぶりと飲み込まれ、黒い液体が指にまとわりつく。溢れ出す。

 眼と口腔内が柔らかくない生物はいまだ見たことがなかった。

 耳を劈くル級の雄叫び。こいつらにも痛みはあるのだろうか。ふとそんなことを思う。鉄塊ごと両腕を大きく振って、その反応はまるで激痛を堪えきれないかのようだが、良心が痛まないのは不思議なことだった。
 まぁ、良心なんてものがとっくのとうになくなっている可能性は高いけれど。

 私は一気に離脱して、艦爆を三本。空を覆い尽くすほどの飛行機の群れに、無防備なル級は今更気が付いたようだったが、どうしようもないことは世の中には沢山ある。
 過剰なほどの爆薬で一気に屠った。


 三体目、タ級が砲塔を向けるのと、私が矢を向けるのは、タイミング的にほぼ同時。
 不思議と体が重い。意識よりも一拍ずれて体が動く。なんとか初撃は回避して、カウンターで敵を魚雷の筵にしてやるけれど、本調子でないのは明らかだった。

 艤装からアラートが鳴る。あぁ、なるほどね。
 燃料の不足か。

 最低限の浮力は海からの力で賄える。ただ、動くとなると、途端に体がついていかない。意識ばかりが先行してしまい、危うく自らの脚に脚を引っ掛けそうになるのだ。
 嫌な予感がして矢筒に手を伸ばす。矢を摘まもうとした指先は二回空振り、三回目でようやく一本、その手にとった。艦載機も予備が少なくなっている。随分と用意したつもりでも、少し派手に戦いすぎたようだった。

 遠吠えが鼓膜を震わせる。

 影が五つ。いや、三つ、か。

 ヲ級改フラッグシップ。
 戦艦レ級。

 そして……。

「雷巡棲鬼、か」


 びりびりと来る重圧が刺激として脳を突き刺す。録画で見ていたときにも禍々しさは桁外れだったが、実際にこうして相対すると、振りまく黒い粒子がブラックホールのようにも思えてしょうがない。
 ここでの邂逅は地獄だった。そして同時に天国でもあった。状況は圧倒的な不利であるのに、けれど確かに私は最後の最後まで辿り着いたのだという見当違いの喜びが込み上げてきているのだ。

 海は静かに水を湛え、風を運ぶ。どくん、どくん、心臓が大きく打っている。象徴的な対比が私の内外にあって、今すぐに駆け出したくなる気持ちを抑えながら、さきほどとった一本を弦に番える。
 私はこいつらを殺すためにやってきている。この状況に何ら不備はない。

 死ねば運命。生き残ってもまた然り。

 どちらにせよ重畳。

「ふふっ」

 命が燃えていく音が聞こえる。


 こちらが飛び出すよりも先に、巨大な尾を持つ人型、レ級が突っ込んできた。話に聞いていたのと違わぬ狂った嬌声。殺意の塊。破壊の権化。理性などとうに無く、いや、そんなものは生まれたときから持っていなかったに違いない。
 ごぽり。あぶくの立つ音がして、レ級の羽織ったレインコートが奇妙に盛り上がる。そしてそこから生まれる悪鬼。空を飛び、一直線に私へ。

 火の雨が降る。私の肌を焼き、髪を燃やし、艤装を焦がす。

 大きく波を立てて急展開。尾の一撃をなんとか回避し、射た。数機の艦爆は、けれどヲ級の戦闘機によって阻まれる。
 足元から死が湧いて出た。太陽のような眩しさが足元から突き抜け、全身を飲み込む。それが敵の、雷巡棲鬼の雷撃であると理解した時には、既に私は空へと浮かんでいた。

 血の飛沫が見える。波濤の飛沫と交じり合って。


 吹き飛ばされながらも体は動く。矢筒に指を突っ込んで――激痛。見れば右手の人差し指と中指が、有り得ない方向にねじ曲がっていた。骨が露出していないのは不幸中の幸いだった。
 まだ大丈夫だと言い聞かせる。腕は二本ある。手も二本ある。指に至っては十本もあるのだから、代えが利かないわけがない。
 まだ戦えないわけがない。

 こんなところで死ぬわけにはいかない!

 景色が流れていく。意識が真っ白に染まっていく。
 矢を放ち、敵の砲撃を、魚雷を、艦載機を叩き落としながら、それでも確実に体積を減らしていく私の体。物理的な欠損。肉が、血液が、海の魚の餌となる。

 戦わずにはいられなかった。逃げた先に安寧などありはしないと、魂が知っていたのだ。それで過去から眼を背けて生きて、一体なにになるというのだろう。ならば未来を見据えて死ぬほうがいくらかマシだと思った。

 58は言っていた。今回の作戦は、電撃作戦でなくてはならないと。なるほど確かにそうだ。こちらに猶予はあまりなく、敵が待ってくれる保証はどこにもない。

 以上二つの理由から、いくら勝ち目のない戦いであったとしても、ここで敵を逃がす――敵から逃げる選択肢はあり得ないのだ。


「うぉおおあああああっ!」

 矢を射るには精神の統一が必要である。集中が何よりも大事だと、訓練所での師は口を酸っぱくして語っていた。射形が悪ければ当たらないなどとは、当時は妄言にしか思えなかったが、今更になってそんなことを思い出すなんて。
 今の私の咆哮は、理想からは全く遠い概念だった。指は折れ、弓はひしゃげ、矢の残りは少なく、満足に肉体はおっつかない。叫ばなければ矢一つ放てないなど「赤城」の名折れに他ならなかった。

 そうして、ついに弓すらも砕ける。弦すらも切れる。

 殆ど「終わり」という概念と同じ。雷巡棲鬼の放った魚雷、その盾となって、私の代わりに吹き飛んだそれ。心の半分がなくなってしまったかのような喪失感。

 踏み込んできたレ級が見境なく尾を振り回す。ヲ級の艦載機が巻き添えを喰って十数機爆炎を挙げるが、そんなことはお構いなし。私を殺すために一心不乱。
 回避は効かなかった。後ろへ跳びながら手を交差させ、来るべき衝撃に備えるが、質量の差は歴然としている。骨の軋む音とともに私は海面へと叩きつけられた。

 肺から空気が絞り出される。横隔膜が痙攣する。体が悲鳴を挙げている。

 私は矢をとった。
 口から流れる血を親指で拭い、手首に九字を書いた。

「こんなところで諦めていられないの」




「その気概は立派やけどな」

「このクソバカ女! 早く撤退するでちっ!」




 小柄な二つの影が私と敵の間に割って入った。

 空を埋め尽くさんほどの艦載機が飛ぶ。ぐるんぐるんと臙脂色の周囲を旋回しながら、最初はただの白い紙きれであったものが、次第に遠心力によって速度を上げ、空中に浮かんだ魔方陣の中へと突入、艦載機へと姿を変えている。
 概算でその数は五十。それら全てが爆撃機。

 指が鳴らされる。と同時に、全機爆弾投下。ヲ級の艦載機による妨害などものともせずに、巨大な火の玉が三体へと襲いかかった。

「……早いのね」

 口内の出血が酷く、きちんと言葉にできたかは自信がなかった。

 龍驤は私に冷たい視線を向け、無言で前を向いた。いまだ黒煙の立ち上る爆心地を。

 おかしかった。私はここまで辿り着くのに三十分以上、ともすれば一時間近くを費やしている。龍驤たちが私に追いつき、ここへ到着するまでには、あと十五分以上かかると踏んでいたのに。
 ここにいるのは龍驤と58の二人だけではない。視認できる範囲で、そう遠くない位置に、残りの十人ほどがこちらへ向かっているのが見えた。

「赤城が戦いすぎなだけ。ぺんぺん草も、生えてなかった」

「……海には生えないでしょう?」

「そうだよ。そういうこと」

 そういうことね。


 戦い続けてここまでやっとこさやってきた私と、深海棲艦の亡骸を眺めながらの龍驤たちでは、そりゃあ要する時間が違うわけで。
 そんなことにも気が付かないくらいに頭がおかしくなっていたのだ、私は。

「……来るわ」

 黒煙を巻き上げながらレ級が吶喊。狙いは最も近い位置にいた龍驤。
 しかし龍驤は巧みに爆撃を加えながら、尾が、砲火が、自身のすぐそばを通るように、それでいて決して被弾しないように、一定の距離を保っている。

「赤城さん!」

「うわ、ひどいっ……!」

 霧島、最上。そのさらに後ろには鳳翔や扶桑、雪風もいる。なんとあの大井まで!
 だがしかし、逆になぜか漣と響の姿が見当たらなかった。

「私のことよりも、今は」

 海風が黒煙を薙ぎ払う。ヲ級も雷巡棲鬼も、決して無傷ではなかったが、かといって行動不能に陥っているようには見えない。

「第一艦隊、全体を俯瞰しつつ援護! レ級はウチがひきつけとくから、ヲ級を中心に! 第二艦隊は適宜距離をとりつつ、雷巡棲鬼と戦闘開始! 魚雷だけには気を付けて!」

「わかりました!」

「うん!」

「はいっ!」

 各々が頷き艤装を構えた。


 背中へと手を回し、なんとか健在な薬指と小指の付け根で、筈の先を掴む。手首に描いた九字の効力は消えていないらしく、薄らぼんやりとした光が矢を包み込んでいた。

「その体ではもう戦えないでしょう!?」と鳳翔が叫ぶ。明らかに、そんな声を出し慣れていないような声音で、思わず笑ってしまった。

「赤城! 馬鹿なことを考えるんじゃねーでち!」

 何を言っているのかわからなかった。体はまだ動く。戦える。
 ここで逃げる? 目的を目の前にして?

「どうしてですか?」

「死に急いでどうするのさ!」

「もう私はとっくに死んでいるのです。あの日。泊地が壊滅した瞬間から」

 ……あぁ、58、あなたもわかっていないの?

 心臓が動いていて、代謝があれば、それで生きているとでも? それだけで生きていることになるとでも?
 誰も私から戦いを奪うことなんてできやしない。これは儀式だ。イニシエーションだ。
 私が私であるための。

 私が新しく命を吹き返すための。

「いままで散々、目的のためなら死んでもいいと吹聴しておいて、いざ土壇場になって言葉を翻すんですか?」


 死ぬつもりはなかった。けれど、逃げるつもりもないのだから、きっと私は死ぬだろう。
 わかっていても飛び込まなければならない修羅場が目の前には広がっていて、ある種私には、そこが宝の山にすら見えるのである。

「……命を粗末にしろ、と言ってるわけじゃないよ」

「苦しい言い訳ですね」

「龍驤! 赤城になんか言ってあげてよっ!」

「……」

 反応はなかった。レ級との戦いは熾烈を極めている。意識を割く暇なんてありはしない。

「58、あなたも加勢にいかないと。そんなに楽な戦いじゃあないわ。少なくとも、おしゃべりの余裕があるとは思えない」

「……58さん、行きます。赤城さんを絶対に」

 鳳翔は息を吸い込んで、決意とともに吐く。

「助けてあげてください」

 助ける? 助けるだなんて、まるで私が不幸のようじゃない。
 私にとって今が人生のハイライトなのだ。ターニングポイントなのだ。ここを乗り越えれば、私の人生は花開く。


「58、邪魔をしないで頂戴」

 おずおずと差し出された手を振り払い、私は雷巡棲鬼に向かっていった。右手には矢を一本だけ持ち、加速。水面を切り裂く。空気の境目を縫う。戦闘状況は既に開始されていて、神通と雪風の連携の隙間に、最上がクリーンヒットを狙っている。

 加賀の面影がちらついて消えた。

 吐息が熱い。

 58が私の名前を呼んでいる。

 だからなに?

「私はっ!」

 雷撃が私の体と意識を半分吹き飛ばす。
 手の感覚がない。矢を握っているのかどうかわからない。握っているはずだ。握っている。握っているに決まっているじゃない。
 私の想いはそんなに生ぬるいものじゃない!


 私はただ、良かれと思って、みんながどうすれば助かるか、幸せになるか、それを考えて、考えただけだったのに、後悔しても後悔してもしたりなくて、でもそんなことをしたって加賀は、みんなは、二度と戻ってくることはないのだから、死者に価値はなくて、生きている人間だけが世の中を、矮小な自らを変革できるからこその、責務、あぁそうだ、責務が、私には、やらねばならぬ大義が、どこかで死んだ誰かのために、あの日に死んだ私のために、

 生きよう。

 生きたい。

 生きねばならない。

 私はここで死ぬけれど。

 死んだとしても。

 龍驤ために。

 58のために。

 みんなのために。

 なにより私自身のために。

 矢の先端が雷巡棲鬼の胸へと触れる――


――よりも早く、浮遊している単装砲が、二発、私の体を貫く。

 口に血の味が満ちる。

 背中に海の冷たさを感じた。
 それどころか、重力さえも全身に感じて、ずぶ、ずぶ、ずぶり、緩やかに、だが確かに、背中から海の底へと落ちていっているようだった。
 違う。そんな例えは適切ではない。

 海の底が私を呼んでいる。それが正しい。

 夥しい数の無念の手が、暗い深海から伸びてきて、腕を、脚を、首を、掴んで離さない。

 龍驤と58と、……みんなが、何かを叫んでいる。私の名前を叫んでいるのだろうか? だったらどんなにいいことか。もしそうだったら、いいなぁ。
 自分勝手極まりないことだけれど、この満足感のまま意識を失えるのなら、最善にこそ程遠くても、なんて幸せな次善。この身には勿体ないくらい。

 ついに体がとっぷり沈む。呟こうとした言葉は泡になり、立ち上るばかり。

 さようなら、龍驤。またお酒を酌み交わしたかったわ。

 ……まだ呑みたいお酒は沢山あって、話したいことも沢山あったけれど。


 ……。

 ……。

 ……。


 あぁ――死にたくないなぁ。
 こんな今わの際で、そう思ってしまうだなんて。

 全国津々浦々の名産を食べ損なった。地酒もその大半を味わっていない。いい男性と結局交際できたことはなかったし、一人旅も計画だけ立てて終わってしまっている。
 龍驤にも、58にも、謝っていない。

 完敗だ。私は運命に負けたのだ。

 誰か、助けて。

 まだ生きたい。

 死にたくない。

 でも、これで、もう二度と、後悔したり、悩む必要から解放されるのだと思うと、それは、それで……。

 意識が白くなっていく。

 きっとこれが死だ。

 これこそが死――


* * *

「――なせねぇよっ!?」

 俺は絶対に離すまいと、力の限りに赤城を抱きしめた。

―――――――――――――
ここまで

2スレ目突入。話がなげぇ!
これからもよろしくお願いします。

待て、次回。


 いてぇ、いてぇ、いてぇ!
 銃創が滅茶苦茶いてぇ!

 意識で視界が明滅する。奥歯を食いしばって何とか耐えようと試みても、口の隙間から苦悶の声が泡となって海面へとのぼっていく。酸素は重要だ、特にいま、俺のように素潜りをしている人間にとっては特に。

 海面。素潜り。
 そう、俺は今、身の毛もよだつ着衣水泳の真っただ中だった。

 濡れたシャツ、そしてトランクス。当然のごとく、俺は海へと飛び込む前に自らの衣服を手早く脱いでいる。大して面積の無いはずの上下は、けれど関節に触れているというたったそれだけの理由で、俺の運動を阻害していた。
 海軍の教練科目の中には水泳も勿論あった。銃を抱えたままの渡河や泳法も学んでいる。高を括ったわけではないが、赤城の救出は難しくないと、そう判断した上で俺は海に飛び込んだのだ。

 しかし、直前に、敵の流れ弾が俺の腕を掠めていった。掠めたとはいっても、そもそも威力や口径が対人を想定しているものではない以上、その被害は甚大。
 
 左上腕のちょうど真ん中あたりが大きく半月のかたちに抉れていた。



 断裂面は不規則でぐずぐずのミンチになっている。砕けた白いものは、恐らく骨だろう。腕は曲がりなりにも動くので、腱がやられているというわけではないのが奇跡だったが、このまま赤城と一緒に沈んでしまえば全てが意味を為さなくなる。
 血液は留まるところを知らずに海の中へと拡散していく。海水は生理食塩水の代用にはならない。早く止血をしなければ、死ぬ。

 俺は急ぎで体に鞭を打ち、呼び寄せられるように、吸い込まれるように、海の底へと降下している赤城へと手を伸ばした。
 うっすらと目が空いているようだったが、意識の消失は目前。目は虚ろ、助けを求めるように両手を前方に投げだし、長く艶やかな髪がほどけて広がっている。

「死なせねぇよっ!?」

 叫んだ言葉はごぼりごぼりという音へと変換される。それでも叫ばずにはいられないのは、痛みを紛らわせるなにかが欲しかったというのもあるし、それ以上にこいつに悪態の一つでもついてやりたかったからだ。
 少なくとも俺にはその権利があるような気がした。


 死なせるか。死なせるものかよ。

 赤城、お前は、お前が、どう思っているのかを俺は知らない。理解しようと歩み寄ったとしても、自らの作戦で仲間が大勢死んだその心情を、分かち合うには俺は力が不足している。
 だが、だから何もせずに見ているなんてことが、できるはずもない。赤城にはまだやるべきことがある。それを放棄して、放置して、沈まれては困るのだ。

 赤城、お前がどう思っていようとも、俺は知っている。お前にはまだ生きるべき理由がある。
 ここで死んでいい人間ではない。
 死ぬならせめて、58と龍驤、あいつらを、

「幸せにしてから死にやがれ!」

 ごぼごぼごぼごぼごぼり。
 大量の空気が口から出ていく。

 アホか、俺め。

 自虐しつつも、言ってやったぜという達成感もまた、ある。


 人生なんてのは往々にしてうまく行かないものなのだ。どんな選択肢を択んだとして、結局、十全に満足のいく結果になることのほうが珍しい。

 誰かのことを考えて、悩み続けた結果が響であり、雪風であり、神通だった。
 他人への共感は罪悪感となり、不安へと繋がる。それは後悔の念を惹起し脚を止める。未来を見据えることができなくなる。

 誰かのことを考えて、悩むことに倦んだ結果が赤城であり、龍驤であり、58だった。
 前向きと言えばいっそ聞こえはいいものの、換言すれば視野狭窄。自分の見たいものだけを見て、本当に大事なものが足元に転がっていても決して気づくことのない、どこにでもいるような衆愚の完成。

 こころない人間は、いつか彼女たちの話を聞いて、愚か者だと断ずるかもしれない。もっとうまいやりかたがあったはずなのに、自ら不幸に飛び込む大馬鹿者だと。
 外野はドヤ顔で他人を批評するのが大好きなのだ。自らには絶対に危害が及ばない安全地帯から、こっそりこちらを窺いつつ、目線があわない時を狙って石を投げてくる。人間の醜さを知り尽くしたというほどには俺は年輪を重ねていないけれど、その認識が間違っているとは思わない。

 それはとても業腹だった。
 精一杯、仲間のためを想って生きてきたであろう彼女たちが、死後に貶められるのは到底許容できることではなかった。


 伸ばされた赤城の手を掴もうとして、二度、するりと抜ける。さらに俺は強く泳いで、沈む赤城との距離を十センチ、たったそれだけ縮め、筋肉が千切れることも厭わずに限界まで腕を伸ばす。
 手首へと指がかかり、そのまま握る。引き寄せる。

 赤城からの反応はない。水の中ということもあり、重さは殆ど感じないが、そのままではただ揺蕩うだけである。俺は手首から肩へと腕を回す。

 絶対に離すまいと、力の限りに赤城を抱きしめた。

 抉れた部位に激痛が走った。
 それでも回した腕の力だけは緩めない。歯と歯の隙間、唇と唇の隙間、そんな僅かな間を空気は抜けていく。
 呼吸が苦しい。泳ぐことに集中しなければ、被弾箇所の激痛に意識が全て持っていかれる。

 赤城はこんな痛みにさえ何度も耐え、ここまでやってきたに違いない。
 それは尊敬に値するにふさわしく、それ以上に、敬意を払うにふさわしかった。同時に気の毒でもあった。
 独りで痛みに耐える海の上の、どんなに寒々しかったことか。


 頼んだぞ、龍驤。

 輝く海面が頭上に近づいたのを見て、俺はより強く、拳を握る。

「ぷはぁっ!」

 重力を感じる。俺は髪を振って張り付くそれらを吹き飛ばし、視界を確保。すぐに赤城の体を持ち上げ頭を海上へと出した。
 ぐったりとしている。瞼が開いていない。不自然に肌が白い。

「赤城! 赤城ッ!」

 呼びかけても反応はなかった。

「くそっ!」

 頬を張っても同じ。身震いひとつしない。
 一体どれくらい呼吸が止まっていた? 海水も飲んだか? 心肺停止からの蘇生は時間との勝負だと訓練校時代に教官から教わった。細かな時間までは覚えていないが、二次関数的に蘇生確率は低下し、文字通りに一分一秒を争うと。
 悪態をつく暇も惜しい。逡巡している余裕はない。

 俺は周囲を見回す。

「……よし」

 幸いにも、ボートは流されていないようだった。流れ弾にも当たっていない。エンジンがかかった状態で、停止している。


 それは俺の命綱だった。生命線だった。
 海に立てない俺が、艦娘、彼女たちと同じ目線で――同じ前線で、俺にできる何かをするための。

 あの夜、神通に誘われ、雪風に襲われた小屋。漁師の休憩所。
 ボートが係留してあったことと、小屋の中に鍵があったこと。それらに思い至るまで、さして時間はかからなかった。

 本当ならばもっとあとになる予定だった。武装など無論ついておらず、一発の被弾で航行不能になってしまう単なるボートに過ぎないのだから、龍驤たちが掃海したのちをゆっくりついていくつもりで考えていた。
 しかし、赤城の予想外の独断専行により、敵は軒並み薙ぎ払われていた。龍驤たちはほぼ敵に遭わずにこの海域までやってきたが、それは俺も同じ。
 だからこそ赤城を助けるのに間に合った。運命のいたずらとしかいいようがない。

 神通はあの夜俺に対して問うた。「こちらへ来ますか? 来られますか? その覚悟が、おありですか?」。挑発的な言葉に、覚悟を示す時が来たのだ。


 赤城の尻を肩に乗せ、ボートの縁に掴まる。そのまま転覆しないように細心の注意を払いながら、力いっぱいに体を引き上げ、赤城の体とともにもんどり打ちながらもボートの上へと帰還する。

 遠くでは艦娘たちが戦っている音が聞こえた。

 ならば、俺も俺の戦いをしなければならない。
 それに勝利しなければならない。

「赤城、悪い」

 あとでいくらでもぶん殴ってくれて構わないから。そう心で呟きながら、俺は赤城の服、その襟に手を入れて、大きく肌を露出させる。
 冷たい肌と、身に着けられていた下着が露わになる。首筋から鎖骨にかけて貼りつく髪の毛は、状況次第では扇情的だったのかもしれないが、今の俺の心はまるで動かない。

 心肺蘇生の手順は覚えている。あとは実践するだけだ。そう、落ち着いて、冷静に。

 手を組む。右手を下に、甲の側から左手をかぶせ、指と指を絡ませる。
 仰向けに寝た赤城の胸部、狙いは胸の中央。乳房と乳房のちょうど真ん中。
 垂直に、肋骨を折るくらいの力を籠めて。

 速く、絶え間なく、三十回。
 力をかけるたびに銃創から血が噴き出すが、知ったことか。


 そして、

「本当に悪い」

 命より純潔が大事というケースを想定するつもりはなかったが。
 大きく息を吸い込み、赤城の口に自分の口をあわせた。ゆっくりと一秒かけて息を吹き込み、それを二回、繰り返す。

 頼む。生きろ。眼を覚ましてくれ。
 俺は最早願うことしかできなかった。こんな素人の、応急処置的な蘇生法が、一体どれだけの効果があるだろう。それでも頼るものはそれしかないのだ。陸に戻って高速修復剤の溶液を希釈して……そんなことをしている間に赤城は死ぬ。確実に死ぬ。
 十割が、九割九分九厘になるだけでも、試す価値はあった。

「龍驤! 赤城、赤城が、くそっ、眼を覚まさねぇんだ!」

 誰か、こいつを助けてやってくれ。

『……ほうか』

 諦念に満ちた龍驤の声。
 その落ち着いた声が生来のものであるはずがなかった。努めてそういう声を出しているのだ。

 怒りではちきれそうだ。


「……最期の言葉がそれでいいのか」

『案外幸せそうな顔してるんやないの?』

 赤城の顔を見た。どうだろう。どっちでもあるように思えたし、どちらでもないようにすら思えた。

「幸せの中で死ねるなら、それでいい」

『ほうや』

「お前はそう言ったよな」

『言ったよ』

「それでいいのか?」

『くどいなぁ』

「本当に幸せなのか?」

『赤城のことは、うちにはわからん』

「お前のことだ、龍驤」

『……』


「赤城が死んで、龍驤、幸せの中で死ぬ未来が、お前にやってくるのか。
 きっと後悔するぞ。死ぬときに、ああしておけばよかったんじゃないか、そんな想いは付きまとう」

『知ったような口を利くおっさんやねぇッ!』

「だから俺は死んでねぇんだ。生きるために、俺はトラックに来た」

『っ……!』

「お前はお前の言葉に従う義務がある。じゃなけりゃ、お前が今まで信じてきたものはなんだったんだ?」

 幸せの中で死ねるならそれでいい。龍驤は常々それを言い続けてきた。
 なら、彼女自身はどうだ? そのお題目を掲げ続けて、結果として幸せに死ねるのか?
 もし龍驤自身が、その信念を貫くことによって不幸せな結末の中で息絶えることになるのならば、それは酷い矛盾だった。逆説的に、龍驤は、龍驤こそが、彼女自身を最も幸せにしなければならない。

 その責務から眼を背けることはできない。

『……』

 沈黙。

 俺が赤城に心肺蘇生を施す音だけが聞こえる。

『……赤城』

 優しい声音で、

『また旨い酒を呑みたかったなぁ』


 赤城の体が震えた。

 びくんと一瞬体が跳ねて、その口から大量の水が溢れて零れる。血の混じった赤い海水。
 口から零れた海水はまた赤城の気管へ侵入を試みるが、それを拒む様に――生きたいと希う赤城の体が、横を向いて、ひたすらにえずく。

「ぅ、ぐ、げほっ! えほ、かはっ! げ、ふ!」

 赤い海水がボートを汚した。呼吸と排水とがごちゃまぜになっているようで、吸っては咽せ、吐いては咳き込んで、どんどん自らの純度を高めていく。

「龍驤!」

 喜びを噛み締めている時間すらも惜しかった。この歓喜を独占するほど強欲になれるはずもない。

「赤城が!」

『……嘘やん? 嘘やろ?』

 嘘の方がよかったか? そんな意地の悪い考えがよぎったが、それを口に出すよりも早く、龍驤の言葉が通信に乗って流れてくる。

『……よかったぁ。よかったよぉ……』

―――――――――――――――
ここまで。

短めで刻んでいく。
あと5話とか多分それくらい。もしかしたら刻んで10話くらいまで伸びるかも。
どちらにせよ今月中には完結かなー。

最後までよろしくお願いします。

待て、次回。


 あの世は煙草のにおいに満ち満ちていた。

 一面の花畑に私はいた。それだのに、思わず顔を顰めてしまう、このいやなにおいときたらなんだ。どこが発生源だ。
 と、あたりを見回して、ぎょっとする。

 私の周囲に何人も人影が立っている。そいつらは一切合財が黒で塗り潰されていて、しかも幼稚園児がクレヨンを使ったかのように、あらぬ方向へとはみ出しまくっていた。
 どこに関節があるのかわからないそいつらが、私をゆるゆる取り囲みながら手を伸ばす。私の手は二本しかないというのに。そんなに何本も、何十本も差し出されても、掴む手を悩んでしまうでしょう。

 赤城。赤城。赤城さん。

 私の名前を人影は呼ぶ。
 合点がいった。ここは所謂三途の河で、この黒い人影たちは奪衣婆なのだ。この先にある河を無事にわたることができれば、晴れて幽世に着くことができる。


 赤城。赤城さん。赤城さん。

 私の名前を人影は呼ぶ。
 しかしどうにもおかしな話だった。名を呼ぶその声、どうにも聞き覚えがあって、最初はてっきり加賀や吹雪や、私のために死んだものたちだと思っていた。私の罪の重さを率先して測りに来たのだと。
 だが、その声の主たちは、記憶が正しければ、まだ死んではいないはず。

 あるいは私が逝くよりも早く戦況が悪化し、軒並みレ級やヲ級や雷巡棲鬼に殺されたのかもしれなかった。それは考えたくもないことだった。龍驤があの場にはいる。その可能性は万に一つも有り得ないと知っていても。

 赤城さん。赤城。赤城。

 龍驤が、58が、みんなが、私の名前を呼んでいた。

 うっとりするほど懐かしい声。

 私はやはり、まだ死にたくないと思った。


 視界が一気に開ける。花畑は一瞬にして消失し、人影はいなくなり、そして……。

「赤城ッ!」

 あの男がいた。顔は近くにあり、私の名前を呼んでいる。うるさい。そんな大声を出さなくても、この至近距離だから伝わらないはずがないと言うのに。

「……あなたも死んだのね」

 遠路はるばるやってきたというのに、ご愁傷様。

「勝手に殺すんじゃねぇよ……」

 赤城さん。赤城。赤城さん。声が頭の中に響く。

『生きたか。生きて、くれたか』

 龍驤の声が震えていた。暗闇を照らす一筋の光明のような、その声。

「……私は」

 私は。

「生きているのね」

 生きてしまったのね。


 激しく咳き込んだ。喉が痛い。胸も痛い。爪先から指の先まで全てが痛い。心臓が早鐘を打っている。眩暈がして、前後不覚になって、上体を起こそうとするもそれすら叶わない。提督が咄嗟に私の手をとる。
 視界はおぼろげだった。体はぼろぼろだった。戦場にあって、完全に無力な生き物が、「赤城」の正体だった。

 そして身体の憔悴とは相反するように、思考だけが明瞭。

 なぜ、どうして提督が前線までやってきているのか、それはわからない。だが状況を鑑みるに、この男が私を助けたことは間違いないだろう。ボート。島民たちが共用していたもの。無断拝借してきたのかもしれない。

 そして、

『赤城!』

『赤城さん!』

『赤城さん!』

『赤城!』

 私を名前を呼ぶ、ただそれだけの行為に、一体どんな意味があるというのだろう。戦場において敵から意識を外すはあまりにも愚策。一喝してやらなければならない。

「本当に、あなたちは、どうして」

『よかったぁ!』

『よくねーって! 今後はもっとお淑やかにするでちよ!』

『……ゆっくり休んでいたほうが、いいんじゃないかしら?』

『そうですね。あとはこちらにお任せください』

――私にこんなにも優しいのだ。


「死にたかったか」

「……そんなはず、ないでしょう」

 呼吸でさえ辛いのだから喋るなどもってのほか。理解はしていても、言わなければならないことが、いまの私には沢山あった。

「でも、死んでもいいとは、思っていました。深海棲艦は殲滅します。その道中で死ぬことは、十分に有り得ることだから」

「死んでもらっちゃ困るんだよなぁ」

「死ぬか生きるかは結果に過ぎません。死ぬつもりはなかったけれど、いつか死ぬ覚悟で戦ってきました。そして私は生きている。……生きてしまった」

 自分を裏切ることはできない。私は生きている。つまり、私は生きていてもいいということなのだ。まだ。まだ、生きていてもいい。
 死んでもいい、というのは結果論だ。決して死にたいわけではない。そして、結果的に死ぬことを許容するのであれば、結果的に生きることもまた許容されていなければならない。ゆえに私は、この生の喜びを、きちんと噛み締める義務があった。
 いや、そんな論理的に――義務的に、感情を作る必要なんて。

 働く五感に涙が滲む。

「龍驤」

『なんやっ!』

 生きているからこそ、またこの声を聴くことができる。

「58」

『なにさっ!』


「あのね、その」

 口ごもる。伝えたいことが多すぎて、その巨大さに喉を通っていかないのだ。
 私たちの間には、確かに信頼があった。言葉を使わずとも伝わる綱のような何かがあった。それに甘んじていたことは明白で、元凶でもある。
 気づくべきだったのかもしれない。言葉は要らずとも、会話が必要であったことを。

 生きていた私は死に、死んでいた私さえも死んで、死んでいた私は生きている。

 生きているから。生きてしまったから。

 死んでいたままでは言えなかったことを。

「死ぬのってとても、とても苦しかったわ」

 いまだ指先には力が入らない。直射日光を浴びながらも、歯の根はがちがち噛みあわず、時折震えが走る。
 眼は依然少し霞んでいる部分もあるし、呂律の回らない瞬間だってある。太ももから下の感覚は希薄で提督に支えてもらってなんとか上体を起こしている。

「死なないで。お願い」

 弱弱しい声が出た。

『もちろん』

『あたりまえや』

 ……そうか。そうなのか。

「そうなのね」

 死なないというのは、もちろん、あたりまえの、ことだったのか。
 それさえも私は……。


 私は一気に弛緩してしまった。体力の問題なのか、それとも安堵で力が抜けたのか、それは定かではなかった。
 横になる。背中を提督の脚へと預けた。
 万が一のときのために、その最低限の体力くらいは確保すべき。口惜しいけれど、休息もまた肝心だ。

 視界に提督の顔が映る。妙に嬉しそうな顔をしていて、無愛想な顔には、それがあまりに不釣り合いに思えた。
 衣服から微かにあの世のにおいがする。

「提督」

「ん?」

「煙草はやめたほうがいいですよ」


* * *

 はだけた胸元。人工呼吸。赤城はこれ見よがしにけほけほと咳をしてみせる。
 そんな余裕があれば大丈夫そうではあるが。

「余計なお世話だ」

 俺は言って、誤魔化すために、少し赤城から視線を逸らした。

『おっさんもよくやってくれた! ほんま、ほんま感謝しとる!』

「間に合った。間に合って、なによりだ」

 全ては偶然の産物なのかもしれないが、いまはその偶然に感謝の意を捧げたい。

 赤城はぐったりしていた。意識はある。呼吸も荒いがはっきりしている。ただ体は冷え切っていて、体力も最早枯れ果てているのか、俺に全体重を預けていた。
 それでも、その顔は辛そうには見えなかった。満足感……なのだろうか。うっすらと笑っている。表情筋を動かすカロリーさえ残っていないようにも思えるが。


『58』

『なんでちか』

『赤城が死ぬなと』

『んな当たり前のこと今更言われても困るって。死ぬつもりなんて、いまもむかしもさらさらねーでちよ』

『ははは。楽しいなぁ。敵の親玉目の前にして、こんな楽しいだなんて、きっとウチの頭はおかしくなったんやな』

「龍驤、戦闘状況は」

 視界を共有する。
 抜けるような青空の下では、依然戦闘は続行していた。

 頭上では龍驤と鳳翔さんの放った艦載機が、ヲ級、レ級の放ったそれらと航空戦を繰り広げている。閃光とともに一機、また一機と消失していき、それでも機銃の嵐を抜けた艦爆や艦攻が果敢に敵を攻め立てる。

 扶桑がその巨大な砲塔をレ級へと向けた。耳を劈く轟音とともに撃ちだされた砲弾が、尾を根元から粉々に吹き飛ばす。まるでいつかのお礼参りといった具合に、扶桑の目には戦いの意志が宿っている。
 そこへ雪風と夕張が殴りかかっていった。巨大な尾は即座に再生、至近距離にいた雪風を襲うが、持ち前の身軽さで軽快にそれを回避。射出した魚雷は直撃、しかし損傷は軽微である。
 夕張が背後からレ級を蹴り飛ばし、ぐらついた体勢へ畳みかけるように砲火を浴びせかける。


 最上が割って入った。夕張へと体当たりで無理やりその位置をずらす。と、僅か一瞬の後に、その地点が爆炎と水柱で飲み込まれる――雷巡棲鬼の放った魚雷の群れだ。
 近接距離で雷巡棲鬼の顔面を殴ったのは神通。そのままの勢いで胴回し蹴り。カウンターで単装砲が狙うも、霧島はそれをさらに自らの拳で打ち落とし、残身とともに眼鏡の位置を直す。
 敵に生まれた隙を神通は見逃さない。単装砲を半身になって回避、続く魚雷も加速をつけた跳躍で飛び越え、喉へと足刀。顔面を踏みつけるように駆け上りながら、魚雷を直接腹へと叩き込んだ。

 爆発とともに敵の咆哮。痛みに耐えているというよりも、怒りで抑えられないといった類の声音に思えた。

『散開してっ!』

 大井の叫びと、雷巡棲鬼の左右に座する悪鬼が膨れ上がったのは同時だった。一拍よりも僅かに早く、大量の魚雷が、誘導をともなって龍驤と鳳翔さんを襲う。

『させません』

『でしょっ!』

 霧島と扶桑が立ちはだかった。防御の体勢をとり、十発以上の酸素魚雷から、二人の軽空母を守ってみせる。
 煤のついた顔を快活に微笑ませる扶桑は、余力十分といった様子だ。隣にいる霧島もまた然り。


『……旗色は悪くない。が、長続きしそうや。これまではな』

「……? どういう」

 俺の疑問には答えず、龍驤は通信を全体に。

『全体。レ級かヲ級、どっちかをウチに寄越せ。タイマンで殺る』

 自信と確信のある言葉。

「……無茶だろ」

『無茶なわけあるかい! ウチはいま、キラキラしとんのやで!』

「そんな馬鹿な」

 俺は龍驤を見た。

 ……そんな馬鹿な。

 龍驤の言葉は嘘ではなかった。冗談ですらなかった。

 キラキラしている。輝いている。龍驤が発光しているというよりは、後光を背負っている、光に包まれているといった表現の方が正しいように思われた。

「……どういうことだ? 何が起きてる?」

『んなのウチにだってわかるか! ただ、体が軽くてしゃあない! きっとこれは激励やな、降りた船の神様が、ウチに頑張れ言うてくれとるんよっ!
 繰り返す! 全体、どっちか二隻に狙いを絞れ! 残ったほうをウチが相手する! おっさんもそれでええやろ!』


「いや、だが、しかし」

『大丈夫でちよ』

『……そのとおりよ。あなたは知らないかもしれないけれど』

『提督、私たちは龍驤さんを信頼しています』

『ボクも龍驤なら平気だって思うよ!』

 ……なんて信頼だ。惚れ惚れするぞ。

「そんなに自信があるのか?」

「龍驤は、ここの泊地の序列一位ですから」

 澄ました顔で赤城が言った。

「前提督の秘書艦ってだけじゃなくてか?」

 いや、練度が最も高いから、そうなったという可能性は十分にあるが。

『165』

 龍驤は『ドヤ顔で言うのは好きくないけど』と前置きして、もう一度言う。

『165。ウチの練度な。カンストしとるから、そこの経験は、おっさんも信頼してくれてええと思うなぁ』

 ……なんともはや。

「なら、俺の出る幕も、出す口も、ねぇな。
 龍驤。戦場はお前に預けた」

『あいよっ!』

 彼女の薬指の指輪がきらりと光った。

――――――――――――
ここまで

ちなみに赤城の練度は99、58が95くらい。
夜にもう一回くらい投下できたらいいなぁ。

待て、次回。

>>65
あ、雷巡棲鬼の顔面殴ったの、神通ではなく霧島ですね……。

「近接距離で雷巡棲鬼の顔面を殴ったのは霧島」に読み替えてください。


 体が軽い。

 式神を動かすのは、自分の体の延長線みたいなもんで、たとえばいちいち歩き方だとか箸の持ち方だとか、まぁとにかく、そんな日常のことを気にせんのとおんなじに、飛ばす、回す、着陸させる、そういうことは殆ど無意識にできる。
 勿論それは、自分で言うのもなんやけれども、境地なのだ。素人は無意識で行い、習熟してくるうちに次第に指の先まで神経を澄み渡らせて、そして一周しての無意識へまた至る。

 だけど、いまのウチは、さらにその先を行っていた。境地の先。辿りついたと思っていた高みの遥か向こう。
 無意識の果ての意識、意識を突き抜けた無意識。その先に待ち構えていたのは意識の分散。

 式神一つ一つがもうひとりのウチやった。どこの空域にどれくらい敵がおって、どういうふうに戦っているのか、事細かに理解できる。


 こちらの編隊を撃ち落そうと迫る悪鬼の群れ。しかしウチのキラキラは戦闘機にまで拡大し、滅多なことでは捕まらない。一機が噛み砕かれる間に、戦闘機は悪鬼を三体も打ち落とす。
 緩慢な動きで巨大な頭部が揺らめいた。杖を持った、背の高い、人型。その瞳には通常見られない青い気炎。

「……アンタが相手か。えぇよ。眼ェから青い焔出したくらいで、いい気になってるんとちゃうで。こっちはキラキラしてんのや」

 人の心を持たないバケモンには、ウチのこの気分はわかるまい。

 術式展開。

 とっておきを見せてやるよ。

「江草、友永、村田。行ってきぃ!」

* * *


* * *

 目まぐるしいほどの高速戦闘は、雪風と神通さんの十八番でした。
 力強く海面を蹴り上げての墳進、レ級の砲が、尾が、こちらをぽっかりと向く。恐れがないと言えば嘘になるけど、恐怖が歩みを止めれば、より死の可能性が高くなることはわかる。だから止まらない。とにかく前へ。
 セーラー服の襟を砲弾が掠めて鳥の囀りにも似た音を出す。直撃すれば怪しい。でも雪風は素早いから、そう簡単にあたったりはしないのだ。

 至近距離まで切迫、雷撃、のちの撤退。ヒットアンドアウェイは一回の効果こそ少ないけど、トータルで見れば効率はいい。深海棲艦には理性なんてまったくないんだから、多少時間がかかったとしても、安全策を取るべきだった。

 龍驤さんはひとりでヲ級を引き付けて、戦っている。

 驚くべきことだった。本人にとってはさして気負うことでもないのかもしれないけど、それは指輪をもらったあの人だから言えることで、雪風には到底真似できない。自分ひとりで相手をするなんて言うことすら難しい。
 心を冷静に保つように努める。深呼吸。あまりに上を見すぎてどうする。いま見るべきは敵。戦艦ヲ級と雷巡棲鬼。龍驤さんの真似事は、艦娘の枠でやるべきことではない。


 雪風は艦娘だ。

 誰かを、不特定多数を、みんなを、護るために生きているのだ。

 きっと龍驤さんのキラキラは赤城さんが生きていたことに端緒があるのだろう。あのひとたちは拗れ拗れて、拗れに拗れて、なまじ深い信頼があったばかりに、わかっているからこそ慮ってしまった。
 相手のためを想うことの先に、幸せが待っていないこともある。それを地でいくあの人たちは、それでも、いまは幸せそうだった。

 偶然か、はたまた運命か。

 あの男だ。あの男が来てから、全てが回り出した。
 それらがあいつの功績だとは信じたくなかったし、思ってもいない。それこそ単なる偶然の積み重ねに過ぎない。

 扶桑さんが雷巡棲鬼を見つけたのもそうだし、赤城さんが独断専行したのも、間に合ったのも、助かったのも、全部、きっとあいつがいなくてもそうなったに違いない。

 だけど――あぁ嫌だ、偶然も積み重なれば運命だと、雪風は思っていた。だから、もしかしたらこれも運命なのかもしれない、と肯定できるくらいには、龍驤さんの歓喜の声には力があった。
 赤城さんと龍驤さんと、そして58さん、三人が幸せな顔で笑いあえる日が近づいたことを、喜ばしく思った。

 ……雪風たちとは大違い。


 戦場を生き抜くには力が必要で、だけど力だけじゃだめだ。必要条件であって十分条件じゃあない。
 赤城さんが生還したのは、運命があの人をまだ必要としているからなのだ。

 魚雷を放つ。爆炎でレ級は吹き飛ばされるが、その巨大な尾がスタビライザーの役目を果たしている。見た目と言動に似合わず随分と器用なもので、空中で一回転、四肢で着地。
 同時にこちらへ突撃してきた。最上さんが砲撃を浴びせかけ、その勢いを削ぐ。それでもレ級は止まる気配を見せない。

「ぐぅあるがうぁああっ!」

「きひっ!」

「もうっ! 止まれっ、止まれよぉ、止まれって言ってるのにさっ!」

 苛立ちをぶつけるかのように最上さんが撃つ、撃つ、撃つ。硬質的な音が響いて、砲弾はレ級の肌の上で弾けた。火花が散る。全くの無力には見えなかったが、あのばかげた装甲の前では力不足。
 一際甲高い音が響いて、砲弾はレ級の顔面を滑っていった。流石にこればかりはいくらか堪えたようで、レ級は捩じ切れそうな角度に首を回し、その先の大井さんを見る。


「え、あ」

 脚を止めてんじゃねーです馬鹿!
 これだから、よわっちいのは!

「ったく!」

 苛々する。あぁもう、苛々するっ!

 大井さんへと跳びかかったレ級の下へと潜り込み、雪風はがつんと一発魚雷をお見舞いする。当然爆発は雪風自身も襲うけど、これくらいなら大丈夫。
 浮いたレ級の頸椎を神通さんが上から狙った。魚雷を突き立て、時間差で爆裂させる。

「がぅるごおあっ!」

「きひひっ!」

 艦載機がばら撒かれた。悪鬼は上空を飛びまわりながら、艤装にまとわりつく黒い炎をところかまわず撒き散らす。
 レ級は神通さんの一撃でその首回りの殆どの肉を持っていかれていた。外骨格にも似た金属部と、神経を模したコードがむき出しで、頭部は動くたびにぐらついている。それでもまるで動きは衰えない。それどころか凶暴さを増しているようにさえ見える。
 尾の口へと光が収束し、一筋のレーザーとなって海面を焼き払った。蒸発する海水から生まれる水蒸気。それを潜り抜けて、一瞬で神通さんへ。


 尾が叩きつけられる。神通さんは退かなかった。果敢に、勇敢に前へと踏み出す。
 あわせてレ級が鋭いその腕を伸ばした。しかし爪は神通さんの肌を傷つけることはなく、逆に腕の関節を極められる結果となる。
 攻防は一瞬。容赦のない、間断のない鬩ぎ合い。

 ごぎり、ぶちり。レ級の肘が完全に九十度、あらぬ方向を向く。

「最上さん」

「おっけー」

 瑞雲を踏み台にして最上さんは空を駆けあがる。

 最後に一際大きく跳んで、狙いは直下、レ級の首筋。
 細く息を吸い込んだのがわかった。

 指先を向ける。

 空間が歪む。背後に船が薄らと顕現し、震えた。敵を倒せる喜びに。
 放たれた不可視の砲弾は、レ級の頭部を完膚なきまでに破壊する。

「げひひひひぃいいいいいっ!」

 尾が脈動。奇声を発しながら神通さんへと。

「驚きました。まだ動きますか」

 即座にその半分が失われて、溶解していく。
 射線上には扶桑さんがその巨大な火砲をこちらへと向けていた。隙あらばとにらみを利かせる、一撃必殺の試製41三連装。


「龍驤さん! レ級は片付きました、雷巡棲鬼へと向かいます!」

『わかった! こっちは少し長引きそうやけど、じきに向かうから!』

 即座に転戦、雷巡棲鬼へと雪風たちは向かう。

 そちらを担当しているのは霧島さんと扶桑さん、そして夕張さんと58さん。雷撃はかなり威力が高いけど、戦艦二人の装甲ならば、最悪は避けられる可能性は高いとの判断からだった。

 霧島さんの足元でいくつもの爆裂が連続して起こる。それは威力こそ控えめだけど、圧倒的な手数に近づける気配はなかった。

「鬱陶しいわね!」

 一足飛びで一気に雷巡棲鬼との距離を詰めようと試みるも、対空砲火、ビットとして浮遊する二対二門の単装砲がそれを見逃さない。四つの砲口からの一斉射撃を浴び、霧島さんは砲弾のいくつかを拳で防ぐも、撃ち落としきれなかった数個が脇腹へとクリーンヒット。もんどりうちながら押し返される。
 背後から頭を出した58さんが魚雷を叩きつけた。しかし巨大な悪鬼が雷巡棲鬼本体を庇うかのように盾となり、直接攻撃は不発に終わる。ばら撒かれた魚雷を回避するために潜航、機を窺った。

 扶桑さんは変わらず三連装砲を構え、いつでも雷巡棲鬼を防御の上から叩き潰す用意。


「攻撃力がバカ高い。的中したら、大破確定でしょ、あんなの」

 額から血を流しながら夕張さんが言う。周囲に砲を展開させながら、霧島さんの戦いに加わるタイミングを計っているように見えた。

 九対一。大井さんを頭数に加えなかったとしても、彼我の戦力差は歴然としている。

「ゾロゾロ、ゾロゾロトォ……」

 泥濘が沸騰したかのような、忌々しい音だった。気を付けていなければそれが声だとは俄かには信じられなかったかもしれない。

「……喋った?」

 夕張さんが呟く。気持ちは雪風も同じで、ほかのみんなも、たぶんそう。

「シズミ、ニィ……キタンダァ」

 左右の悪鬼が大きく膨れ上がった。

「あ」

 思わず声が漏れる。
 これは、だめだ。やばいやつだ。
 雪風の、大して豊富ではない経験でも、一目でわかる。

 どうする? 殴りに行って止めるか? 止まるのか? 確証はない――失敗すれば死、いや、そもそも、もう時間が、


 悪鬼に腰かけた雷巡棲鬼は、にんまりと――北上さんが生前よくやっていたように――笑って、軽く指を振って見せた。
 魚雷が射出。数えるのも億劫になるほど大量のそれらは、深度も速度も方角も様々で、それでも共通していることは一つだけ。

 雪風たちを沈めに来ている。

 圧搾した空気が行き場を失い噴出する。
 本来、魚雷を撃ちだす音は「ぶしゅん」とか「ぷしゅっ」とかそういうもので、だけどあの悪鬼の口、そこから飛び出す魚雷発射管の数、そこから生み出される音は、

 ぶしぶしぶしぶしぶしぶしぶし
 ぶしぶしぶしぶしぶしぶしぶし

 ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ

 ぶしゅんっ!

 酸素魚雷の軌跡が波濤よりも白く染めて、嵐よりも大きく海面を荒立てて。

 向かってくるその数は百を優に超えている。


「みんなっ! 私たちの後ろへっ!」

 霧島さんと扶桑さんが前へ出た。賢明な判断。装甲の高さを鑑みればそうするべきで、だけど、それは諸刃の剣でもあった。最悪のパターンはここで戦艦二人が離脱すること。高火力で敵を討ち抜けなくなること。
 魚雷で応射? いや、二人が前にいてはそれもできない。ぶつけ合うなら死ぬ覚悟をしなければだめだ。

 赤城さんのように?

「このあたしと、58とっ! 魚雷で勝負を挑もうとは、いい度胸じゃねーでちか!」

 58さんが叫んだ。どこにいる? 海中?
 ――違う。上空だ。

 最上さんがやっていたように、58さんも航空機を踏み台にし、高く高く跳んでいた。

「はっちゃん直伝をくらえっ!」

 魔方陣が空中に展開される。雪風は過去、一度だけそれに見覚えがあった。
 8さんは本を媒介に魚雷を生成していた。理屈はわからない。だけど、同じ潜水艦の58さんができない理由は、見当たらない。

 四つの魔法陣から魚雷が次々と生み出され、海中へと放り込まれる。

「衝撃がくる! 備え!」

 霧島さんの言葉に雪風たちは身を寄せ合い、縮こまらせた。


 硬く瞑った瞼すら貫通する鋭い光、塞いだ耳すら震わせる激しい音。踏ん張っていても体は揺れる。海と、空気が、ぐらぐらぐらり、揺さぶられているから。
「――ッ!」

 戦艦二人が、歯を食いしばっているのがわかる。

 最後の最後に一際大きな衝撃が響いて、「反撃」という短い指示が飛ぶ。雪風は無我夢中で飛び出した。
 戦艦二人と58さんの状態が気になって、でも敵から意識と視線を斬るわけにはいかなかったから、一刻も早く三人のことを忘れなければだめになってしまいそうだった。
 短い指示。霧島さんのもの。どうしてあんなに端的な――そんな余裕がなかったから? それしか力がなかったから?

 考えたくない。
 考えるな!

 雪風は、だって、誰も失わないためにここにるんだから。
 みんなを護るのが艦娘なんだから。

 大爆発の後の水飛沫はいまだに雪風の服を、髪の毛を、濡らす。ばちばち降る、まるでスコール。こんなにも晴れているのに。
 手を向けた。スコールの向こうには雷巡棲鬼がいる。狙いを定めるべく指で指し、三門の火砲で撃った。悪鬼の片方が盾となり、本体までは届かない。


 夕張さんがおっついてきた。そのままの勢いで雷撃、悪鬼の片方を大きく揺るがせる。装甲は高くとも、何度も攻撃をし続けていれば、いずれは行動不能に持ち込めるはずだった。

「ソンナノガ、ナンダッテイウノサァッ!」

 雷撃。海を埋め尽くすほどの。

 直撃こそ避けたけど、爆風や震動はどうにもならない。体勢の崩されたところへ単装砲を打ち込まれ、大井さんが大きく吹き飛んだ。ぐったりと倒れ、動かない。
 ほら見たことか! そんなに無茶して、わざわざ前線へ出てこなくったってよかったのに!

「シズメェッ、シズメェッ、シズメェッ!」

 雷撃。回避は間に合わない。
 直撃だけはなんとか避けようと身をよじる。海面が盛り上がり火柱が高熱で、水柱が大質量で、雪風を痛めつける。
 皮膚が軒並みもっていかれる感覚。熱いという灼熱感は一瞬で消え去り、次いでやってきた切り裂かれるような痛みが全身を駆けまわる。あまりの激痛に視界がスパークし、弱音すら零しかけた。
 巨大な水の塊が雪風の腹を、胸を、顔面を強かに打つ。炎は表面を炙るけど、その重たい質量は体の芯にずしんと効いた。呼吸ができない。動かねば的になることはわかっているのに、脚がどうしても止まってしまう。


「雪風」

 神通さんの声。それは雪風を賦活させるには十分で。

 波濤を発射台に、雪風は前を向き、大きなストライドで駆けた。

 四門の単装砲が追尾してくる。狭叉射撃。横っ飛びで回避、海面をごろごろ転がりながら、魚雷を蒔いた。お返しだ。

「はっ、はっ、はぁっ!」

 息が荒い。心臓がうるさい。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせても、まるで思い通りになってくれないこの体。

 爆炎から姿を現した雷巡棲鬼は、小破にすらなっていない。

 挫けそうになる。

 敵の装甲は分厚い。それを撃ち抜ける攻撃は、所詮駆逐艦でしかない雪風には、存在しない。だから連携を磨いてきた。雪風独りでは立ち向かえなくても、神通さんとなら、……響となら、敵を倒すことができる。
 あぁ、そうだ。こんなところで挫けるには早かった。まだ負けは決まっていない。負けが決まってなお挫けるつもりはない。

 だって雪風は艦娘なのだ。強いから、弱い誰かを護らなくちゃいけないから。

 違う。義務感でやってるのではなくて。
 雪風がそうしたいからそうしている。


『すまん、あと数分、持ちこたえてくれ』

 あの男からの通信が入る。

『間に合った』

 間に合った? なにが間に合ったっていうんだ? 赤城さんを助けたことじゃないのか?

「……間に合った。間に合いましたか。そうですか。
 ……まさか、そんな、間に合うだなんて……っ!」

 泣きそうな声の神通さん。
 一体なんだ? どういうことだ?

 雪風の知らないところで、何が起きてるって?

『響と漣がそちらへ到着する』




――ふざけんな。
 



―――――――――――――
ここまで

次回は短めかな?
大井はまぁしょうがないね

待て、次回


 誤解しないで欲しいけど、別に運命論者というわけではない。雪風は特別だとか普通だとか、そんなふうに有りもしないレッテルを貼るのが嫌いだから、代わりに論理を超えた、理解の難しい結果に対して、それを運命だと呼ぶことにしているっていうだけ。

 特別なひとなんていない。
 普通なひとなんていない。

 結局そんなのは言い訳だと思うのだ。あの人は特別だから。自分は普通だから。
 「だから」できない。自分にとって都合のいい結論を導くための捨て石として、誰も彼もが自分に評価を張り付けて――悲しいことに主従が逆転する。普通だからと決めつけ、できるはずのことにも挑戦しなくなる。
 さらに厄介なことに、特別なあいつが妬ましいと、見当違いな恨みさえ抱きはじめる。

 ばかにするのもいい加減にしろ。

 特別だから生き残ったんじゃない。強かったから生き残ったのだ。
 強いのは特別だからじゃない。訓練していたからだ。


 ……だけど、弱くても生き残ったなら?

 家族がみんな事故で死んでしまっても、「偶然」、ただ乗っていた位置のいたずらで、生き残ったなら?

 泊地が敵の襲撃によって壊滅状態に陥っても、「偶然」、独り遠征に向かわされていて、生き残ったなら?

 雪風は、それこそを運命だと信じる。

 結果は全てに先立つ。

 響が生きたのは、あんなに弱っちくても生きてこれているのは、きっと。


「……行きます」

「はい」

 駆けた。神通さんが合わせて隣につく。
 単装砲が雪風たちを追ってくる。命中させるのではなく追い込むための砲撃。巧妙な角度から放たれる砲弾は、あと少しのところで雷巡棲鬼へと近づかせない。

「伏せてっ!」

 閃光を迸らせながら、雷巡棲鬼、その片方に座す悪鬼の大半が消失した。一拍遅れて、空気を震わせる轟音が鼓膜を突き刺す。意識していなければ思わず耳を覆ってしまうほどの音の出処は考えるまでもなかった。
 視線をちらりとやる。霧島さんが扶桑さんへと肩を貸し、砲撃体勢に入っていた。僅かに見えた二人の姿は万全とは言い難い。それこそ一人では大口径砲を放てないほどに。
 霧島さんが屈んで片膝をついている。その後ろに扶桑さんが、中腰で、霧島さんに覆いかぶさるように。つまるところはライフルと、その銃座のようなもの。

 遠目からでもわかるほどに、霧島さんは力強く扶桑さんの腕と服を掴んだ。
 ぼんやりと彼女たちの背後に艦の亡霊が姿を顕す。
 敵を倒す喜びに震える。


 雷巡棲鬼も本能的に脅威を察したのだろう、残った悪鬼が魚雷を大量に射出、本体もまた空中に悪鬼を多数召喚し、させじと――あるいは壁にと、二人へ解き放った。
 砲弾の推進力を魚雷の爆風と悪鬼の群れが抑え込む。相克。扶桑が二発目を準備。雷巡棲鬼もまた扶桑へと意識を割かなければならない。

 好機だった。

 先ほど大破した悪鬼の片方は、既に損壊の半分以上を自己修復しつつある。巧遅よりも拙速が必要と判断、速度を上げる神通さん。そこにもちろん、雪風も続く。
 夕張さんの砲撃が加わった。悪鬼が再生する傍からそのむき出しの肉片を吹き飛ばし、押し留めていく。

「ウットウシイナァッ!」

 魚雷の斉射。同時に単装砲を繰り、こちらを可能な限り近づけないように撃ってくる。

 大量の水柱が挙がる。爆発は空気を熱し、吸気を通して喉を焼いた。乾燥した粘膜がひりつく感覚。
 頭がずきんと痛んだ。指先で触れてみれば、べっとり赤い液体。神通さんも隣で口の中に溜まった血を吐き捨てていた。


 雪風の体が動いたのは訓練の賜物だった。咄嗟に、一瞬だけ見えた魚雷の隙間、水柱の間を抜けて、雷巡棲鬼へ切迫する。それは一見無謀にも見える吶喊、赤城さんにも似た捨て身の攻撃。
 砲撃二発で雷巡棲鬼が座す悪鬼のバランスを崩させた。その余裕そうな顔が歪む。

 単装砲の応射を避けて、神通さんが雪風の背後から雷撃を撃ち、並走するように加速。
 爆裂。しかし敵の装甲は硬く、単発の魚雷などはものともしていないようだった。
 それでも、揺らぐ。傾ぐ。雪風は既に雷巡棲鬼の懐へと潜り込んでいるのに、単装砲も、雷撃も、こちらへの狙いが定まっていない。

 悪鬼を蹴り上げながら一気に駆け上る。雷巡棲鬼が眼と鼻の先まで近づき、雪風は精一杯の敵意を籠めて、顔面へとぶっ放した。

 これはお母さんのぶん。

 雷巡棲鬼が悪鬼から陥落する。水の上を二度跳ね、波濤を掴んで制動、即座に単装砲と雷撃による反撃。その背後から神通さんが延髄を狙って、ごぎり、鈍い音とともに雷巡棲鬼の首があらぬ方向を向いた。
 魚雷を顕現。適当な一撃ではだめだ。ここで終わらせる、そう意志を強く込めた、三発。

 直撃。単装砲が赤熱して落ちていく。

 これはお父さんのぶんだ。

 お前らに殺された、二人の無念、身をもって知れ!


「ナメルンジャナイヨォオオオオオォ!」

 黒煙の中から咆哮が響いた。絶叫といっても過言ではなかった。

 再び海面を埋め尽くすような雷撃の嵐。背筋が凍る。不思議な笑いが零れる。白い軌跡を描きながら、巨大な爆炎と水柱を生み出しながら、死が海の中から雪風へと高速で迫っていた。
 構わず突っ込む。どうせ雪風に逃げ場なんてものはないんだから。

 戦場は過酷だ。ここは弱い人間には当然不向きで、だから雪風はいつも苛々していた。どうして響が雪風の隣にいるのか、まるでわからなかった。弱いのに。おどおどしていて、へなちょこなのに。
 それは多分神通さんの優しさなのだと思う。響なんていらないはずなのだ、本当は。雪風だけでいい。雪風だけで十分。だけどあの人は優しいから、結局、響の頼みを断りきれなかった。

 そうだ。響なんていらない。雪風さえいればなんとかなる。

 なんとかしてみせる。

 そのための努力。
 そのための訓練。

 そのために雪風は強くなった。

 だから。


「司令! 響をこっちにこさせないで! 絶対に!」

 爆風が肌を焼く。前髪を焦がす。
 食いしばった奥歯の隙間から苦痛の声が出る。うそだ、出ていない。出ていないったら出ていない!

 魚雷! 魚雷魚雷魚雷!

 白い軌跡を乗り越えて、爆炎と熱風が気管を潰して、視界がまっさらで。
 神通さんの通信だけが脳内に響く。怯むな、勇気を出せと鼓舞してくれる。

 死を抜けて、悪鬼の編隊へと砲を向けた。

 誰も彼も、みんな、なんにもわかっちゃいない! 考えていない! 雪風だけだ、雪風だけがみんなのことを考えて、想って、それなのにどいつもこいつも、雪風の計画をおじゃんにしようとする!
 嫌い! 嫌い嫌い、みんな嫌い! 大っ嫌い!

 なんで命を粗末にするんだ!

「生きてるなら生きてるでいいじゃんかっ! 駄目なの? 違う!? 雪風、なんか間違ったこと言ってますか!?」

 大きく振りかぶって魚雷を投擲。巨大な二発は、一発が逸れていき、もう一発は雷巡棲鬼の雷撃と相打つ。


「あんな奴、まるで役に立たない! どうして生きてるのか不思議なくらい! 運が良かっただけ、そうだ、悪運が強かっただけ!」

 でも、それの何が悪いの?

「生きてるならそれは運命なんだ! 司令! 運命が響に生きろって言ってるんだ! きっと響にはまだやるべきことが未来に控えていて、そのために生きてなくちゃいけない、だから神様が、二度! 二度も!」

 響を助けてくれた。

「誰かが戦わなくちゃいけないなら、雪風がやるよ! 誰かを護らなくちゃいけないなら、それも雪風がやる! 響も、大井さんも、漣だって、弱っちいやつらはみぃんなまとめて雪風がなんとかしてあげる! 
 だからっ! だからっ、司令ッ、全部雪風がやるから、弱くても見捨てないから、最後まで護り通すから、雷巡棲鬼だってやっつけるから!」

 雪風は強いから。
 これからもっと強くなるから。
 もっともっといろんな人を護れるようになるから。

 雪風が全部やるから。



 だから、お願い。
 お願いだから。

「響をこっちにこさせないで……」

 雪風は響に死んでほしくない。

 幸せに生きる権利が、響にはまだ残っているはずで。

 そのためなら、雪風、なんだってやってみせる。

「後生だよぉ……!」

 あの日。
 腕をギプスで固定して、包帯で首から吊るした銀髪の少女が、雪風の前に現れたとき。
 雪風は、この女の子を護ろうと心に決めたのだ。


* * *

『……だとよ、響』

 通信の向こうで司令官は言った。喜びを抑えきれず、滲み出ている。

「そうか。……そうかっ」

 きっとそれは私も同じ。

 誰かからそこまで大事に思われることの、なんて嬉しいことか!

 だけど駄目だ。駄目駄目だ。
 否定的な文言を唱えながら、だのに拳に力は入り、脚は一秒でも早くと急く。心は嘗てないほど前向きだった。

 それじゃあフェアじゃない。

 雪風がこんなに私のことを想ってくれて、それがこんなに真っ直ぐ伝わり、私の心を震わせているというのに。
 私の雪風への想いが、まるで雪風へと伝わっていないのは、まったくフェアじゃない。これじゃあ全然対等じゃない!

『響、準備はいいか』

「もちろんさ!」

 ここにきて呼吸を落ち着けることのなんと難しいことか!


 神様。
 私に宿る、船の神様。

 二度、奇跡的に生き残って、それ以上の奇跡を願うのは傲慢極まりないかもしれません。
 だけど、どうか、お願いです。

 お願いします。

 私の大事な人に、示してあげなければならないんです。

 伝わる言葉で、伝わるように。

 心に「響」かせてあげなければならないんです。

 もう一度、奇跡を。


* * *

「響、改二だ」

 俺は、命じる。


* * *

「――改二、換装ッ!」

 私は、応じた。

――――――――――――――
ここまで

やっとここまで書けた感。
この長いながーい物語のスタート地点は、このシーンから始まったのでした。

待て、次回。


 間に合った、と俺は思った。

 間に合ったのだ。

 決して勝負ではなかったが、それでも俺は、手をぐっと握り締めて、小さくぽつりと「勝った」と零した。
 これは賭けだった。龍驤に言ったように。
 そして俺は勝利した。

 響を旗艦から外すわけにはいかなかった。旗艦が得られる経験値は随伴艦のそれに比べて高い。たとえ響が被弾し撤退する可能性を考慮にいれたとしても、この賭けに出る場合、響が旗艦以外という選択肢は存在しない。
 無論、そのぶんだけ途中撤退の危険性は増す。二度目はない。ならば安全策をとるべきだと言われたとしたら、俺は素直に引き下がっただろう。

 ……だが。
 意外なのか、はたまたそうではないのか。雪風を除く残りの面子は、誰一人として反対をしなかった。
 しないでいてくれた。

 その時に俺は気が付いたのだ。俺もまた、彼女たちが反対するなんて思っていなかったことに。


 そして新たなる問題が発生した。赤城が独断専行をきめて、独りで海へと出たことだ。
 それは限りなくまずいできごとだった。赤城の性格ならばあり得るとも思ったが、しかしいくらなんでも敵陣中央へ単独で攻撃をかけるのは、イカれているとしかいいようがない。事実半分くらいイカれてはいたようだった。

 赤城の身の危険がどうこうという問題は勿論あったが、輪をかけてまずいのは、赤城が雷巡棲鬼に辿り着くまでに途中の深海棲艦を軒並み、根こそぎ、沈めてくる可能性が非常に高いという点。
 響に旗艦を任せるのは、道中でいくらか深海棲艦と敵対するだろうとあてこんでのことだ。赤城が道中の敵を倒すのであれば、雷巡棲鬼と対峙した時に、響の練度が十分に満たない場合がある。

 それだけはなんとしてでも避けなければならなかった。

 響の練度が達しないままに、最深部へと赴かせることは、自殺行為に他ならない。その部分については俺と雪風は同じ意見を持っており、他の艦娘たちもまた同様。

 苦肉の策。響と漣を、別海域へ。


 赤城が一人で出立したことは、事態の博打要素をさらに大きく高めたと言える。作戦会議時に神通の案――敵艦隊の殲滅――が却下されたのは、主に燃料と弾薬が道中で枯渇する危険性が高かったことが大きい。しかし、既に赤城が露払いをしてくれるのであれば、想定よりもかなりの余裕を持って雷巡棲鬼と戦えることになる。
 が、だからこそ、「諦めきれない」というリスクを負う。万事において諦めが肝心であると知った口を利くつもりはなかったが、体を張った赤城の尽力によって得た好機を、ふいにするのは彼女たちには荷が勝ちすぎると思ったのだ。
 その懸念は今でも付きまとう。許容損害範囲を超えるような戦闘は許可しがたかった。

 ……あまり考えても意味のないことではあった。指揮を振るうのは龍驤だ。少なくとも、実際的な話は置いておくとして、権限は彼女に集中しているから。
 俺が指示を出せるのは漣だけ。


「でも」と最上が手を挙げた。「改二への改装ったって、海の上だよ? 大丈夫なの?」

 「ボクはまだ改だけどさ」。そう続ける最上の言葉に、他の艦娘たちも頷く。この中で改二は龍驤と神通だけだが、改二への改装――改造、あるいは換装の件については、周知のようだった。

 そう。そこがもう一つの賭けなのだ。
 間に合うか間に合わないかという軸とはまったく別に、そもそもそんなことが可能なのか、という根本的な問題が存在する。
 大丈夫だ、と自信を持って言うことはできない。安心しろとも言ってやれない。ただ、根拠のない確信めいたものはあった。いけるはずだった。

 なぜなら、艦娘は科学とオカルトの融合体だから。

 理屈が全てを支配する科学ではなく。
 説明できないものが全てを支配するオカルトでもなく。

 神様を――あぁ、ばかげている自覚はあった。普段は神の存在も、それどころか艦娘という存在自体を疑わしく思うことすらあるというのに、こんなときにだけ神様を信じているのだ。


「神様をごまかしちまえばいい」

「ごまかす?」

「龍驤から改二へ換装する際のしきたり、儀式は確認した。結局それは、新しく神様を降ろすってことだ。それまでの装備から新しい装備に換えて、神様に誤解させて、降りてきてもらう。祝詞を挙げたり、榊を祀ったりは、結局二の次なんだろう」

「予め、響が改二になる……なんだっけ? 賠償艦? の、えっと」

「ヴェールヌイ、よ。ソヴィエトに引き渡された」

 大井の説明。当然か。響と、そしてヴェールヌイに関する俺の知識は、全て大井の資料から得たものなのだから。

「そう、その装備にしてから海へと出すって?」

「違う」

「違う?」

 いや、当たらずとも遠からず、か?

「そもそも準備ができねぇんだ」

「……あぁ、そういう」

 合点がいったような大井の言葉。やはりか。真っ先に気付くとしたら、大井、お前以外にはいないだろう。
 それ以外のみんなは全員顔を見合わせている。全てを知っている龍驤は落ち着いた様子で周囲を一瞥し、その中で神通だけが、微動だにしない。


「響は……実際の艦艇である駆逐艦『響』は、ソヴィエトに引き渡された。艤装を降ろして」

「そうだ」

 力強く俺は肯定してやる。

「装備を全部降ろす」

 そうして、神様を騙す。
 なんて壮大に聞こえる言葉だろう。

「雪風は弱い奴が嫌いなんだ。響は強くなりたいんだ。利害は一致している。目的は噛みあってる。
 一肌脱いでやろうじゃねぇか」


* * *

 どくん。心臓が跳ねた。

 私が、「響」だったものが抜け落ちて、代わりとなる「なにか」が空から降ってくる。
 頭を心臓を貫いて、血液と神経に乗って、その「なにか」は私の体を駆け巡る。循環する。馴化する。

 白い息。突き刺す冷気。凍土。氷に包まれた港。
 それら全ては幻覚で、錯覚で、だけど質感をもった現実として私の目の前にあった。

 嘗て、数十年前、巨大な連邦のもとで、彼女はそれを目の当たりにしたのだ。

「……よろしく」

 ヴェールヌイ。

 瞬きをすれば、私は元通りにトラックの海。

「大丈夫? ひび……ヴェールヌイちゃん」

「うん。ありがとう、漣」

 漣から、一旦譲渡していた艤装を受け取って、装備する。四連装魚雷と小型の電探、そして砲。これまで馴染んでいたはずのそれらは、いま、少しちぐはぐな気もした。

 目的地に向かって全速力。全体通信では、みんなの戦っている音や、声が、絶え間なく響いている。戦況はおおよそイーブン。時折どちらかに振れることもあるが、すぐに均衡を保とうと戻る。
 人数差を考えればそれは恐るべきことだ。赤城が露払いを――本人はもちろんそんなつもりはないだろうけど――してくれなければ、燃料や弾丸の枯渇は免れなかったろう。

 早く向かわなければ。
 辿り着かなければ。


 別に功績が欲しいわけではない。戦果なんていらない。目に見える徽章や飾緒や、目に見えない二つ名や肩書や、そんなものはどうだってよかった。

 雪風。雪風!
 私と同じくらいの体躯に、私よりも大きな責任感を詰め込んで、そうさせてしまったのは間違いなく私。私が弱かったから、そのぶんだけ彼女は強くなくてはいけなかった。勿論雪風は優しいから、決して首を縦には振らないだろうけど。
 守られるだけの立場に甘んじるつもりはない。これまでも、これからもだ。

 もう、背中を見ているだけの私はやめにしたい。

「見えた! ご主人様、見えました!」

 漣が叫ぶ。ゴマ粒のようななにかが、海上にいくつも浮かんでいる。
 体の芯から震わせるような爆裂音もまた。

 戦いがそこにあった。決して神聖ではない場所。だけど誰もが、自らにとって神聖な何かを持ち寄る場所。それは一般的には志だったり信念だったり、あるいは過去だったりもする。
 私にとっては、それは決意だった。決意。拳を握りしめるという行為そのもの。


 水を蹴った。ぐんぐん、ぐんぐんと加速。扶桑と霧島の背中が近づいてくる。

 銀髪が風に靡く。私はさらに走った。

 魚雷を装填――射出。射線は四。白い波を立てながら、真っ直ぐに雷巡棲鬼へと向かう私の意志の現れ。

 鳳翔の放った爆撃機が旋回、雷巡棲鬼を攪乱しながら、力づくで隙を作りだそうとしている。最上と夕張、神通に雪風が代わる代わるの接敵、ヒットアンドアウェイで応対する。
 大口径砲を構えた扶桑と、銃座よろしく扶桑を支える霧島は、一撃必殺の時をいまかと待ちわびていた。雷巡棲鬼が意識を二人から切ったそのときに、致命的な一発を加えるつもりなのだ。

 魚雷が直撃。だけど雷巡棲鬼の体は僅かに傾ぐだけで、大した効果は見られない。硬い装甲。駆逐艦一人が闇雲に撃ったところでたかが知れている。

「神通、ごめん。遅くなった」

『……立派になりましたね』

 そうだろうか。そう評価してくれるのはありがたいけど、まだ早いような気もした。


「これから立派なところを見せてあげるよ。指示を」

『……いつもと同じ。連携し、敵を屠る。私たちにできるのは、それが全てでしょう』

「了解」

 神通の砲撃は左右に陣取る悪鬼に防がれた。悪鬼の不気味に滑る表皮の上で火花が散り、魚雷の応射がやってくる。どしゅどしゅどしゅん、口と歯がやたらに目立つ、化け物の顔をした魚雷だ。
 夕張がそれを撃ち落す。同時に最上と雪風が、それぞれ左右に別れて突撃。最上へと単装砲、雪風へと雷撃が迫るも、雷撃の方は防げないと判断したのか回避行動。
 砲火を抜けた最上。そのまま瑞雲を展開しながら砲撃を口の中へと叩き込んだ。やはりそこは表皮に比べると装甲が薄いらしく、聞くに堪えない奇声を発しながら、悪鬼は苦しそうにのた打ち回る。

 大きく膨れた。

『回避ッ!』

 神通の号令。転進。敵から目を離すことなく後ろ向きに走って、数十本もの魚雷の射線を、紙一重で回避していく。

 衝撃波が私の体を揺さぶった。大気が、海面が、びりびりと震える。扶桑の大口径砲だ。
 それは巨大な悪鬼の上半分を魚雷発射管ごとまとめて吹き飛ばしたが、しかし、ぐちりぐちり音を立て、泥のあぶくであるかのように、その身をゆっくり再生させている。

 艤装を構える。火砲。魚雷。全ては雷巡棲鬼に向けられていた。


「司令官、ありがとう」

『……礼を言われる筋合いはねぇよ』

「でも」

『俺は指示を出しただけだ。響、お前こそ誇れ。ちゃんと生まれ変われた自分を称賛してやれ。それだけのことをお前はしたんだ』

 司令官の言葉は安堵の色が滲んでいた。
 誇る。そうなんだろうか。本当に、そんな行いが、私に……。

 あぁ、でも、雪風のことを想うと、体に力が漲る。どんな困難でも乗り越えてやろうという不思議な力。油や弾は使えば減るけど、その力は決して減らない。心臓が脈打つ限りにおいて私の全身を駆け巡る。
 血液ではなかったが、酷似していた。血潮だ。魂の混じった紅い液体のことを、そう呼ぶのだと私の本能は知っている。


『神通』

 通信で、司令官が神通の名を呼んだ。

「……はい」

 応える神通の声は震えている。嗚咽を漏らすまいとして、ぐっと下唇を噛み締めている。

『お前の行いにはちゃんと意味があったぞ』

「……はい。はいっ」

 お前が響を鍛えてくれたから。司令官は言う。

 神通が私を鍛えてくれたから、私は間に合った。あの日々が辛くなかったと言えば嘘にはなるが、あの日々が今の私を、そしてこの充足感と幸福感の基礎であるのだとすれば、途端に全て輝かしい思い出と変わる。
 もし少しでも手を抜かれていたら、あるいは私が不十分な努力をしていれば、私はここに立つことはできなかった。

 私には資格があったのだ。
 それが全て自分の力によるものと思えるほど、私は傲慢じゃない。


「神通、ありがとう」

『響……私は、そんな、もっとああすればよかっただとか、募る後悔は沢山あって……』

 砲撃、爆撃の音に混じって、そんな惑いの声が聞こえてくる。だけど神通はすぐに「でも」とそんな惑いを断ち切った。

『あなたが今こうして、そこにいる。それだけで、なんて心の晴れることでしょう』

 そうだ。司令官はたったいま、私に対して自らを誇れと言ってくれたが、それだけではない。私だけではない。

「司令官、ありがとう」

 だからきっと、私がこう言うのは間違っていないはずだった。

『……礼は陸で死ぬほど聞いてやる。今は敵に集中しろ』

 それは生きて陸に戻ってこい、という意味を暗黙のうちに含んだ言葉。意図してないのかもしれないけど、私は大きく頷いた。
 誰が死ぬつもりで戦場に行くものか。私は雪風の手を取って、そして降り注ぐ太陽の下で、一緒にアイスを食べたいだけなのだ。


「雪風」

 私の視線の先には雪風がいた。頭の電探と伝声管は根元からひしゃげ、頬には火傷のため大きな水疱ができている。脚の艤装は片方がない。左手小指が第二関節からあらぬ方向へ曲がっていた。
 頭を切ったのだろう、べっとりと額から左目のあたりまでが赤い。

「……響」

 雪風は私たちの姿を確認し、あからさまに眉を顰めた。
 なんで来てしまったのだ。よわっちいあんたらが来て、一体何になるというのだ。表情はそう物語っていた。

「もう響じゃない。ヴェールヌイ。そう呼んで欲しい」

 いまだ実感はないとはいえ、しっかり名前で呼ばれないことで、神様が離れていく可能性は多いにあった。

「なんで来たの?」

「……私も、私だって、みんなを護りたいんだ」

「だめ。生きてよ。折角生きたんだから、生きる義務がある。あんたは死にもの狂いで生きなきゃだめなんだ! 戦って、傷ついて、沈む、そんな死に方はしなくたっていい!」

「うん、そうだね」

「だったら今すぐ陸へ戻ってよ!」

「戦って、傷ついて、沈んでほしくないんだ」

「……は。なにそれ。雪風のこと心配してるの? あんたが? よわっちいあんたが!?」


「私だって!」

 自分のものかと思うくらいに大きな声が出た。

「雪風と並んで立てる! それを証明してみせる!」

『二人とも、合わせてください』

 一拍先行したのは神通だった。ここから先は、最早言葉などいらない。言葉になどならない。一秒が一分以上の価値を持つ濃密な空間の中では、空気の振動が鼓膜に伝わるよりも、意志が心を打つ方が早い。
 合わせて私たちも走る。雪風は真っ直ぐに前を見据えている。意識的に、私を見ないようにしているのだ。

 悪鬼の一人が大口を開けた。ぽっかりとした暗黒の中心から、数十の魚雷発射管。
 させじと鳳翔の繰る艦攻が雷撃を放った。閃光が走り、悪鬼が大きく吹き飛ぶ。

「あんまりこっちも余裕ないからねっ!」

 夕張が駆け込んだ。砲撃を加えながら、最大限加速をつけたそのままで踏みきり、踵を悪鬼の眼窩へ叩きこむ。同時に魚雷を顕現、本来の大きさまで一気に巨大化させて、無防備な敵へとそのまま一気。
 千切れた肉片や歯、魚雷発射管が海へと溶けていく。しかしまたも再生。防ぐために夕張は攻撃の手を休めない。
 絶え間ない光が顔と灰色の髪の毛を下から照らす。


「こっちは抑えとくけど、ずっとってわけにゃいかないよっ!」

 悪鬼と格闘を続けながら叫んだ。

『私も、撃ててあと二発、ですね』

『扶桑さん、三発、お願いします』

 神通の言葉を受けて扶桑は困ったように笑った。うふふ。でも、同時に、楽しんでいるようにも聞こえた。

『無理難題は、意地で通すしか、ないかしら』

『戦艦の意地を見せてやりましょ。年下が真正面で体張ってるんだから』

 扶桑の声は断続的だ。呼吸が長く続かないのだ。
 霧島も苦痛に奥歯を噛み締めている。荒い呼吸がこちらまで聞こえてくるようだった。

 間隙を衝く数多の雷撃。戦艦の砲弾と帳消しにしあうような数、そして威力のそれらが、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。

「させるかっ!」

 魚雷を振りまいて最上がその身を盾にした。連鎖的に爆発が続く。最上は防御姿勢をとりながらも脱出を試みるが、立ち上る黒煙、閃光、水の大きな飛沫の連続に、華奢な体が翻る。
 思わず視線を意識がそちらへ向きそうになるのを堪え、前を見た。雷巡棲鬼を見た。

 神通が悪鬼のもう片方へと切迫する。砲弾を二回打ち込み、抵抗の弱まった隙に魚雷発射管を掴む。そのまま背負い投げの要領で海面へと叩きつけた。


「いくよぉっ!」

 最上の声。彼女は爆発と衝撃に煽られながらもしっかりと足で水面を踏みしめていた。腰を落とし、手を雷巡棲鬼へ向ける。
 背後に艦艇の亡霊が姿を顕す。巨大な砲塔の重厚な駆動音。

「させるもんかっ! ボクたちは戻るんだ、あの楽しかったころに、みんなで笑った毎日にっ!
 それを、邪魔すんなよぉおおおっ!」

 魂の叫びとともに、最上の撃った砲弾が雷巡棲鬼の脇腹を抉る。コールタールにも似た、一切太陽の光を反射しない、不可思議な液体。それが霧散して海へと溶ける。

『そのとおり』

 と扶桑が通信でぽつり。

『そろそろ幸せにさせなさいな』


 砲塔の向く先を理解したのだろう、雷巡棲鬼は魚雷をばら撒きながら転進を図るが、そんなことを私と雪風がさせるはずもない。漣も背後から向かっている。包囲に穴はない。
 雷巡棲鬼の魚雷が多数炸裂し、何度見たかわからない水柱と爆炎を生み出す。肌と一緒に血液さえも蒸発させそうな高熱、それは大気を巻き込んで熱風となり、容赦なく前進へと吹き付けてきた。
 口と鼻、眼の粘膜が一瞬で消える。涙が浮かぶ。それでも私は脚を止めない。雷巡棲鬼がそこにいる。


 単装砲が漣を襲った。漣は僅かに立ち止まり、空中を浮遊しながら狙いを定めてくる四つの単装砲を機銃で相手取る。

 雪風がついに雷巡棲鬼の首根っこを捉えた。そのまま砲塔を顕現、超々至近距離から顔面へと撃つ。
 コールタールがまたも飛び散った。しかし、やはり、依然として致命傷にはならない。

 と、その時音が聞こえた。ひゅるひゅると風切り音。普段とは比べ物にならない、ゆっくりとした軌道を描く砲弾。

「雪風!」

 私は雪風に手を伸ばした。

「曳火ッ、くる!」

「ちっ!」

 雪風もまた、私の手を握り返す。

 空中で砲弾が炸裂した。曳火破裂は目標である雷巡棲鬼のみならず、そばにいた私や雪風も強く焦がし、大きく吹き飛ばす。
 汗で手が滑る。一瞬離れかけるのを必死に力を籠め、私たちは海面へと膝と肘で受け身をとる。


『一、弾着、夾叉強。二、曳火破裂、距離は三十二。三、弾着いま、夾叉弱』

 霧島さんの声。
 ちきちきと測距儀の鳴動。

『扶桑』

『はい』

『弾着確認よし。第一射……』

 体勢を可能な限り低くとった。

『――てっ!』

 砲弾は音よりも早く、したがって、耳へと震動が伝わるのは全てが終わった後。
 霧島の弾着観測は他の追随を許さない。そして、それ以上に、深海棲艦の無事を許さない。

 ぐらりとバランスを崩す雷巡棲鬼。腰かけていた悪鬼は大破し、その右足、膝から下もまた根こそぎ奪われている。

 好機だった。

「――」

 雪風が私を見た。何も言っていない。言わない。言うつもりがない。だって彼女は私のことをよわっちいと思っていて、だから、そんな相手の手助けなど必要としていない。
 だけどいま、確かに彼女は私のことを見たのだ。その意味が解らないほど耄碌するには、まだまだ時間が余っている。私は中学にあがってすらいない。言外のメッセージを読み取れないような愚図ではない。

 頷いた。それだけで返事は十分だった。
 私から視線を切る雪風。発進のタイミングは全く同時――示し合せたみたいに。


 砲を撃った。防御される。硬い装甲の前では大した意味を持たない。だけど、それは予定調和。
 その隙に響が切迫している。一気に飛び上がり、腰かけている悪鬼へと魚雷を投擲、中空で連続的な爆発が起こる。
 背後から神通が迫っている。砲火。雷巡棲鬼の背中、腰にいくつもの弾痕が刻まれる。白い巨大なおさげが揺れて、苦しんでいるのがわかった。

 殴打を受けて神通は下がった。しかし休息の暇は与えない。雪風が魚雷を撃ち、タイミングをずらす形で私も吶喊。千切れた右足、そのために悪いバランス、その弱点を最大限に突く。

 雷巡棲鬼による魚雷の斉射。漣の援護。魚雷同士が水面下で衝突し、海が炎を生み出しながら爆ぜる。

 雪風はその水柱に乗った。
 右手を高く掲げ、そこに巨大な一本の魚雷を顕現させる。

 単装砲が狙う――鳳翔が戦闘機で撃ち落とす。

 顔面に向けて、雪風はそれを振り下ろした。


 花火というにはあまりにも不細工で、太陽というにはあまりにもか弱い、そんな輝き。
 限りなく無茶な攻撃だった。至近距離で魚雷を使った特攻なんて、自殺行為以外の何者でもない。
 だけど、そうしなければならない瞬間というものは確かにあって、その瞬間とは即ちこのとき。身の危険を顧みずに一歩踏み出すに値する場面。

 爆風に曝されて大きく煽られるその姿を見て、私は咄嗟に手を伸ばした。

「雪風ッ!」

 雪風の口の端が笑みに歪む。

 結果として、雪風は私の手をとることはなかった。
 反対に、彼女が私の手首を掴んで、そのまま一気にひきつけて――遠心力に任せて放り投げる。

 証明してみせてよ。口の動きは、そう言っている。

 投げ飛ばされた私の先には、いまだ爆炎に顔面を包まれ、額から顎の下まで、大きく二筋の亀裂が入った雷巡棲鬼の姿がある。
 駆逐艦程度の砲弾では、雷撃では、鬼の装甲には大した傷をつけることはできない。雪風が果敢に攻撃をしてもその程度。しかし、確かにダメージはある。蓄積している。瞬時に回復などしやしない。

 先ほどの攻撃が雪風にとって決死の瞬間であったとするのならば、いまが、いまこそが、私にとっての、


 魚雷を顕現。

 術式展開――巨大化させて、

「Ураааааааа!」

 その亀裂の入った顔面へと叩き込んだ。

 破壊が爪先から頭のてっぺんまで駆け上がってくる。引き裂かれるような激痛。突き刺されるような灼熱。まばゆい光が視界をいっぱいに覆って、けれど全てを上回るのは、確かな手ごたえ。
 やってやったのだという達成感と高揚感。

 息が詰まる。衝撃に体は統制を失い、どうしようもなく真っ逆さま、海へと落ちていく。

「手ッ!」

 雪風が、雪風の、あぁ、まさか、そんな。

 私は差し出されたその手を掴んで、ぐっと引き寄せるように――引き寄せられた。
 バランスを崩しながらもなんとか海へと片膝をついて、海水によって冷やされた大気が気管と肺へと侵入し、そのあまりの温度差に思わず咽る。


『凄い! 凄いよ二人とも!』

 通信越しに最上さんの拍手喝采。

『でも、なんか変』

 漣の言うとおりだった。顔面がぐずぐずになった雷巡棲鬼は、頭部と言わず胸部、そして防御に回した腕の先まで甚大な損傷を被っているが、他の深海棲艦に見られるような溶解の始まる気配は見られない。
 やったと喜びを感じたのは一瞬だけだった。すぐさまそれが霞のように晴れていく。

 べきりべきり、そのコントラストの激しい肌へと罅にも似た亀裂が走る。そこから覗くのは赤黒い肉。
 更なる魚雷発射管が、今度は雷巡棲鬼の全身から生えていた。肩、そして鳩尾のあたりから、一際太く、かつ悪鬼の雰囲気を残した巨大な口。背中からは細く細かく大量に生え、一見すれば翼のようにさえ見える。
 失われた手首の先からは、補うように単装砲。


 圧力が開放されるように、姿を第二形態へと変貌させた雷巡棲鬼は、細く悍ましい唸りを挙げた。殺意。全身に走る亀裂など知ったことかというふうに、逃走の気配を見せることさえない。
 先ほどとは打って変わった異形。壊れゆく姿の中で、なお闘志を滾らせるものは、なんなのだろう。

 重苦しい駆動音。全ての魚雷発射管が一斉にこちらを向く。

『二射用意! 早くっ!』

 天まで轟く砲火の音。雷巡棲鬼の放った魚雷は扶桑の大口径砲、その弾着射撃とさえ相打って、空中に火の玉を作り出した。
 熱風と衝撃波に息ができない。水面を強かに打ち据える衝撃波は、抵抗の余地なく私たちの脚さえも止める。踏ん張っていなければすぐさま倒れてしまいそうだ。

『三射!』

 二回目。両者がぶつかりあった地点を中心に、海の深度さえ変わりかける。

「ナメルナヨォオオオオオオッ!」

 鳩尾から突き出た口が、粘液とともに巨大な魚雷を吐き出す。狙いは扶桑。彼女が一番の高火力であることを、敵も悟ったようだった。


 鳳翔の艦載機が爆撃を試みるも、既に敵は射出の体勢に入っているのか、まるで微動だにしなかった。雪風に手をひかれ、私もそこでようやく忘我から立ち直って、前へ進むことにのみ意識を齎す。
 単装砲が行く手を阻む。そのうち一つを撃ち落とし、残り三つは私が対応、その隙に雪風は雷巡棲鬼へ。

 霧島が立ちはだかった。

 右手を伸ばし、人ひとりぶんほどもある魚雷を、炸薬を、一身で受け止める。
 炸裂と爆炎、閃光。轟音と熱風。おおよそ赤く、熱く、苛烈な概念の集合が、生き物となって霧島を呑みこんだ。
 受け止めた右腕は既に炭化しており、二の腕から肩にかけては大きく肉がこそぎ落とされている。体の全面はほぼ第二度から第三度の火傷、それどころか魚雷の鉄片が手足と言わず、胸、腹、首筋にまで突き刺さっている。

『大破! 霧島、大破だ! 救援を回せ!』

 司令官が叫ぶ。そんなことはわかっている!


 最上は砲を背後から雷巡棲鬼へ向けた。翼をいくらか砕き、逸れていく。それでも一心不乱に連射、連射、連射。
 背後でぼやけた艦艇の亡霊が唸る。うぉおおおおん、一際大きく猛って、巨大な砲塔が形作られる。
 撃った。雷巡棲鬼は殆ど自動で空中に魚雷を生成し、リアクティブアーマーの如く威力を殺す。しかし、至近距離、なにより最上の全力は、そう容易く防げるものじゃない。

 吹き飛ばされた雷巡棲鬼が周囲へと魚雷を展開、切迫していた神通と雪風を少しでも遠ざけようと、全方位へ向けての乱射。

 そのとき。

 霧島が動いた。
 獣のような息を吐いて、一歩、前へと進む。

 ありえなかった。一瞬の思考の空白。戦場に置いては本来許されないその間隙は、けれど私だけではなかったようで、雪風も、神通も――雷巡棲鬼さえも。


『四射』

 そして、同じ戦艦の扶桑だけが、霧島の意地を理解している。
 だから惑わない。躊躇わない。

 全てが止まった世界はいまだけ全て彼女のものだ。

 既に砲の準備は整っている。

『弾着観測射撃』

 意志の力の塊とでも呼称できる、不可視の砲弾。

「ダァカァラァ! ムダ、ナンダッテェエエエエエ!」

 巨大な悪鬼が水面下から隆起する。巨大な口と歯、その中から生える魚雷発射管を以て、扶桑の一撃に対する壁となった。
 火花。悪鬼は当然扶桑の一撃を受け止めきることは叶わず、だけど、威力の減衰には成功した。雷巡棲鬼は失われた膝から下、そして自らが座する悪鬼を再生させながら、また全方位へと魚雷を発射する。
 もう二度と近づくなと言わんばかりに。

『ごめん、なさい』

 扶桑からの通信が途絶。ステータスバーは中破止まり。恐らく疲労と、弾薬の枯渇。


「無駄なことなんてあるかいな」

 式神が空を覆った。
 大編隊からなる絨毯爆撃。個々の威力もさることながら、抵抗の気配さえ奪う圧倒的物量。管制能力に優れた龍驤だからこそ成し得る力技。
 有り余る熱量が雷巡棲鬼を押し潰す。

『龍驤さん、ヲ級は?』

「倒したよ。なんとかな。ただ、結構消耗したな。艦載機もなけなしや。
 おっさん、状況は」

『……霧島が大破。大井と58がともに中破。夕張、神通が小破。扶桑は燃料と弾薬が切れてる。ただ、他の奴らに余裕があるかと言われると、怪しいな』

「ほうか。ふぅ」

 龍驤は細く息を吐いた。

「……撤退するか」

「龍驤さん!?」

 雪風が驚愕に声を荒げる。

『思い切りますね。いえ、決定に異論があるわけではありませんが』

 鳳翔は反対に落ち着いていた。もしかすると彼女は、こうなる未来をある程度は予想ができていたのかもしれない。


 私? 私は……どうだろう。あと少し、本当にもう一押しで、雷巡棲鬼を倒せるところまで来たんじゃないかという実感はあった。ここで敵を倒さずしてどうするんだ、そんな気持ちがないとは言えない。
 だけど、敵の損壊状況は進んでいるとはいえ、あの堅牢な装甲はいまだ健在。その気になれば悪鬼だってまだ呼び寄せることはできるだろう。
 対するこちらは戦艦二隻を先頭不能状態にさせられて、大井と58、赤城も落伍している。彼我の戦力差は大きい。

『……いいのか?』

 慎重な姿勢を堅持して司令官が問う。いや、それは質問ではなく、確認だった。それでいいんだな、という。あくまで全ての判断を龍驤に委ねるという意志が透けて見える。

「このまま戦闘続行してもうまみは少ない。霧島を失うわけにはいかん。他のやつらも、一歩間違えれば何が起こるかわからん。ここで無理して仲間を失うくらいなら、ウチは帰るよ。帰れば、また来られる。
 レ級は倒した。ヲ級もやった。雷巡棲鬼の損壊も甚大。データも十分。これ以上何を望む?」

 目的を違えてはならない、と龍驤は言っているのだ。

 新型を倒すことは、畢竟、私たちになんら利益を齎さないから。


 近海の平和だとか、世界の安寧だとか、そんな大きな物事を考えていた私たちは死んだのだ。御国のために奉公し、挺身して前線で戦う、そんな艦娘はもうトラックには存在しない。

 自分の幸せと、みんなの幸せだけを願って生きている。

 私は雪風の手を握った。それは殆ど無意識な動きだったけど、雪風はいやなかおをせずに握り返してくれる。
 冷たい手だった。もともとのたちなのか、それとも海風で冷えたのか、判断がつかない。せめてと包み込むように握り直す。

 隣にいる雪風と、気づけば私はおなじくらいの背丈になっていた。

「……別に雪風はいいです」

 不承不承という感じはしない。雪風も、無目的な戦いを好んでやるタイプではないのだ。
 戦わなければ誰も危険に晒されず、したがって護る必要もない。

「龍驤、帰投しよう」

 私も意思を表明した。いま、雷巡棲鬼は龍驤の艦載機の爆減でなんとかおさえこめているが、それも時間の問題だろう。龍驤自身がなけなしだと言っていた。撤退するならば、その判断は早いほどいい。

「すまんな、おっさん」

『人死にがでねぇならそれが一番だろう』

「その通りやね。
 ――艦隊、帰投するよ」




『嫌です』




 全体通信。
 無所属、識別番号なし。

『……漣?』

 司令官の声がやけに上ずって聞こえた。

――――――――――――――
ここまで

長くなった。二話ぶん以上

あと三回でおしまいです。

待て、次回。


『嫌です』

 と、漣は念を押すかのように、もう一度繰り返した。

 俺は動けない。全身が麻痺してしまっていて、指一本どころか、声を絞り出すことさえ困難だった。

『……お嬢ちゃん』

 どすの利いた声で龍驤が詰め寄る。いまは冗談を言っている場合じゃないぞ、と言外に威迫している。

『どういう意味や?』

 それはある意味で猶予でもあった。龍驤は、同時にこうも伝えているのだ。撤回するならいまのうちだ、と。一時の気の迷いで、あるいは戦闘の興奮が冷めやらず、血気に逸ったことを言ってしまったのならば、何も聞かなかったことにしようと。
 ぴりりとしたものが空気を伝播する。映像は龍驤の見ているものが、俺にも伝わってくる。漣も、それ以外の全員も、もしかすると戦闘以上に剣呑なのかもしれなかった。


『こんな土壇場で帰投をするつもりは、漣にはないって言っているんです』

『龍驤ッ!』

『漣!』

 一歩踏み出した龍驤の肩を最上が掴み、その間にヴェールヌイが割って入る。

『いいか、お嬢ちゃん。あんたとごちゃごちゃやってる時間はない。あと少しでウチの艦載機は全機紙っぺらの式神に戻る。それでおしまいや。雷巡棲鬼を抑え込んどくことはできん。
 帰投や。これ以上、敵にかかずらわっとく理由がないからな』

『漣の指揮権はご主人様にあります』

『……なるほどな』

 無所属。識別番号なし。

 漣は俺の直属の部下で――漣だけが、俺の指揮下にある。逆説的には、それは漣は龍驤の指揮下にいないということで、帰投命令をシステム的にはいくらでも無視できる。

『おっさん、帰投命令をお嬢ちゃんに出しぃ。それで「しまい」や』

 あぁ、そうだ。確かにそうなのだろう。龍驤の言っていることになんら間違いはなく、判断だって正常で……。
 だからきっと、おかしいのは、狂っているのは、俺と漣のほうなのだ。

「……」

『……おっさん?』

 怪訝そうな龍驤の声。


 瞳を通して、漣の映像が見える。

 口を真一文字に結んで、決死の覚悟というふうに、けれどどこか満足そうに、佇んでいる。
 俺はその姿を見たことがあった。それは自らの目的のためならば死んでもいいという者の立ち振る舞いに酷似していた。

 それは赤城であり。

 そして……比叡だった。

『ご主人様』

 呼びかけられても、声は出ない。喉が渇き、咽頭が引き攣っている。

『ご主人様は言ってくれましたね。普通だとか特別だとかに意味はないんだと。普通だからできないだとか、特別だからできるとかじゃなくて、結局、結果を振り返って「特別」っていう称号が与えられるだけなんだって。
 じゃあなんで? どうして? って漣は思うわけです。田舎の学校で一番をとっても、地元でただ一人艦娘になっても、漣は満たされませんでした。だってもっと上には上がいるわけじゃないですか。特別には程遠い。
 なんで、どうして、漣は特別になれないんですか。別にちやほやされたいわけじゃない。自分に自信を持って強く生きたいだけなんです』


 最早俺にとっては漣の言動にさして意味はなかった。価値がないのではない。俺は、これから彼女が紡ぐであろう言葉、口にするであろう決意、為すであろう行動、全てに予想がついていた。
 だから、きっと、ここで彼女を諌めないのは、止めないのは、甚だしいほどの怠慢に違いない。

『特別なひとは、ただタイミングがよかっただけ。その場にいただけ。ご主人様は、あの言葉をどんなつもりで言いましたか? 本心からですか? それともごまかしの、取り繕いの言葉ですか?
 どっちだっていいです。漣は、結構あの言葉、好きなんです。心の中に落っこちたんですよ、すっぽりと』

 やはり、と思うほどには俺は自信過剰にはなれなかった。自意識過剰ではなかった。
 それでも、俺の言葉には力があって、漣の意識を少しでも変えてやれる程度には意味があって――それ自体は無論嬉しくもあるのだが、それがこの事態を引き起こす引き金になったことを考えれば、悔やみもする。

『ご主人様! 漣はいま! ここにいる!』

 強い敵がいて、あと一歩で倒せるという状況に直面している。

 だからやる。


『結果が全てに先立つんなら! 漣がここにいるってことは! それは運命ってことじゃないんですか! 漣にもやっと、ようやく特別になれるチャンスが回ってきたってことじゃないんですか!
 ご主人様!』

 ねぇそうでしょ、と漣は叫ぶ。

 見ているこちらが悲しくなるほどに、幸せを希求するその姿は、痛々しい。同時に美しくもある。自分の中できちんと優先順位が決まっていて、なんのために生きているかをはっきりしている人間は、決してくじけないことを俺は知っている。
 欲望の炎がその身を焦がしても、燦然と輝く太陽に手を伸ばさずにはいられないのは、もしかしたらひとの業なのかもしれない。

 比叡もそうだった。

 だから、漣、こいつもそうだ。

「……」

 比叡のことを想う。
 狂おしいほどに胸が痛んだ。

 これは神の悪戯なのだろうか。それとも、慈悲なのか?
 あの局面。比叡と俺が指をあわせた瞬間。決断。後悔しなかったことがないとは決して言わない。しかし、そうすべきだったんじゃないかと思うときもまた多い。結局のところ結論はいまだに出ていない。
 いまは繰り返しだった。寒気がするほどに、状況は似ていた。


 漣は勝ち目のない戦いに身を投じようとしている。死ぬことに恐れがないわけではないはずだ。ただ、死ぬよりも怖いことはいくつもあって、自分が自分であるための行動は止められないから。
 だから比叡はあのとき海に出た。家族のもとへと帰るために。

 そして漣も往こうとしている。自らの脚で歩くために。

 もし、過去に取り返しがつくのだとしたら、この瞬間だった。
 後悔も、肯定も、全てを上書きできる。塗り返せる。
 嘗ての失敗を教訓にして、今度こそ後悔しない、迷わない、正しい選択を択べ。もしこれが神によるものだとすれば、そう言っているのだ。

 言っていやがるのだ。
 言ってくださるのだ。

 どちらで表現すべきかは、今の俺には到底わかりようもなかった。


『おっさん! あんた、何考えとるん!? なんか言いぃや!』

 龍驤の怒声。

『このお嬢ちゃんがあいつとサシでやりあったって、勝機は万に一つもない、それがわからんほど頭がパーになっとるわけやないやろ!? 意味もない戦いして、意味もなく沈んで、そんなのまったくウチは許容できんよ!』

『龍驤さん、あなたが漣にとって意味のあるなしを決めないでください』

『あほう! 命あっての物種や、生きてこそや! 違うか!』

「……龍驤」

 思わず吹き出してしまいそうになる。

「お前、最初に会ったときと、言ってることが真逆だぞ」

 満足に死ねるならそれでいい。本懐を成し遂げた上で沈むなら十全。お前らはそう言っていたじゃないか。

『……あんたこそ、変なこと考えとらんよね』

 反対に指摘されてしまった。

『生きることがなにより大事やと説法くれたんはあんたやで。それ忘れて、今更なにしに死ににいくつもりや』


 それはまったくの事実だった。龍驤たちが過去の自らの言葉を翻したように、漣もまた、自らの言葉を翻している。
 そして俺は。

『ご主人様』

 漣が俺を――龍驤の瞳の向こうに俺がいることを理解して、言う。

『おっさん!』

 そうはさせじと龍驤。

「……」

 胃が、むかむかする。

 比叡のことを考えるのは辛いことだった。昔から。いまも、やはり、変わりはしない。
 後悔は先に立たない。先に立つのは常に結果だ。なにかがあってからでなければ――言ってしまえば、手遅れになってからでしか、俺たちは動けない。
 俺のこれまでの人生は全てが後手後手だった。そのたびに俺は、ああしておけばよかったんじゃないか、こうすべきだったんじゃないか、そんなことばかりを考えて、悩んで。


『なにを黙っているのよ』

 通信――大井。

『ちゃっちゃと済ませましょう』

『大井ッ、あんたは黙っとれ!』

『生憎そういう性分じゃないのよね。いちいち一言多いたちだから』

 単装砲の握りを確かめて、大井は自嘲じみた笑みを浮かべる。

「そうですね」

 重い腰を上げながら、赤城。

「まぁ、矢の二、三本なら、どうにかなりますし」

「……気まぐれか?」

 赤城、どうしてお前が立つ。立てる。その怪我を押して、立つ理由がある?

「さぁ? 本土から来た人間に借りを作るのも気色が悪いですし。それに……」

 海の先を見た。

「子供を応援するのは大人の役目でしょう?」


『司令官、私も行くよ。漣はずっと私に付き合ってくれた。いまここで出ないと、何のために強くなったかわからない』

『……変に突出されて沈まれるのは気分がよくないです。弱っちいやつのおもりは慣れてます、雪風も……手伝ってやりますよ』

 互いが隣にいることを確かめ合うかのように、二人は一歩前に出る。

『なぁんでどいつもこいつも、戦いたがるんでちかねぇ』

 58は口の中に溜まった血反吐を吐き捨てながら、へっ、と笑い飛ばす。

『戦いをなくすためには、戦いが必要ですから』

 神通も、ぽつりと零す。58は受けて「なーるほど」と呟いた。

『龍驤』

 鳳翔さんと夕張が、龍驤に寄り添った。龍驤は周囲を見回しながら、まったく面白くなさそうに顔を顰めていたが、観念したのか嘆息する。

『ぼろぼろが集まってどうするつもりや。ったく、愚かもんが雁首揃えて、滑稽やね』


『ご主人様』

 漣がもう一度俺の名を呼ぶ。
 その大きな瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。

『指示を』

 大井は俺に救いをくれた。俺が自問自答し続けた事柄でも、あいつを助けることができたのならば、それは俺にさす一条の光に他ならなかった。それは意図せざる結果だった。
 意図せざる結果に価値がないと唾棄できるほど、俺は禁欲的ではない。だからこそ、大井の言葉は覿面に効いたのだ。どんな些細なことでも誰かを助けることができる。幸せにすることができる。

 ならば、俺は俺の思うとおりに行動すべきだ。そうだ。やっと確信が持てた。

 もとよりそれは望むところだった。到底困難な崖に臨むことこそが、俺のトラックへ来た理由そのものだから。

 トラックの艦娘たちを幸せにしてやると心に決めたのだ。

「……約束したもんな」

 弱者を見捨てないと。手を差し伸べると。
 助けることを諦めないと。

 水底から響くような唸り声。喊声。龍驤の艦載機が続々式神に戻り、雷巡棲鬼がその爆撃の圧から解放されつつあるのだ。
 どのみち最早撤退の余地はなかった。申し訳ない、と思う。それ以上に、これで後には引けなくなったとも。


「漣」

『はい』

「頼む」

 それは奇しくも、あのとき比叡にかけた言葉と同じだった。

『はいっ!』


 一際大きな水飛沫が舞った。

 爆撃の豪雨から解放された雷巡棲鬼の姿は、ところどころの艤装が捥げ、黒い体に赤い亀裂がいくつも入っている。魚雷発射管もかなりの数がひん曲がっていた。しかし、その瞳には爛々と輝く赤く黒い光が、天まで届けと言わんばかりに立ち上る。
 何事かを雷巡棲鬼が叫んだ。それは最早、単なる威嚇と鼓舞以上のなにものでもないように思われた。

 雷巡棲鬼が腕を振る――と同時に巨大な悪鬼が三体、海中から姿を顕す。無尽蔵に湧いてくるのか、そうでないのか。ただ、先ほどよりも目に見えて動作性が悪い。重力が邪魔だとばかりにのろのろと動いている。

 魚雷が放たれた。夥しい射線数。悍ましい殺意。

 最上と大井が魚雷を応射。いくつかの撃ち漏らしはあるものの、水柱と爆炎の中に、艦娘たちは飛び込んでいく。
 巨大な悪鬼が迎撃に向かう。夕張が連装砲を連射、口の中の魚雷発射管を叩き折りながら、砲火を一気に浴びせかける。
 悪鬼の横っ面を蹴り飛ばしたのは神通。そのまま顔面に跳び移り、眼窩へ、そして口内へと魚雷を投擲したのちに術式展開、魚雷を巨大化させて爆散させる。


 漣は走っていた。悪鬼に砲で対抗し、魚雷をばら撒きながら突破を試みる。しかし直撃以外で沈むことを許すほど、その装甲は薄くはなかった。

『漣!』

 ヴェールヌイが叫んだ。特大の魚雷を三発顕現し、直接手で繰りながら、悪鬼へと叩きつける。
 装甲の真上で炸薬が爆ぜた。しかしそれは致命傷に僅か届かなかったようで、怒りに狂った悪鬼が大口を開け、ヴェールヌイを噛み砕こうとする。

『下品でち』

 水面下から58が現れた。口の中に即座に手を突っ込んで魚雷を召喚、それをつっかえ棒として、一気に海の下へと引きずり込んだ。
 空中に魔方陣。そこから魚雷の弾頭が、ゆっくり、ゆっくりと現れてくる。
 おおよそ三十。それら全てが悪鬼に向かって。

 爆裂。

 光と水と熱と風と、あらゆるものの中を漣は駆け抜けていく。またも悪鬼、三体目のそれに阻まれるも、艦載機の混成部隊が片っ端から爆弾を投下。着弾するたびに炎の花が咲く。
 苦し紛れの声を悪鬼が挙げた。漣は魚雷が魚雷を放つ――命中。悪鬼の頬から頭部にかけての半分ほどを大きく吹き飛ばし、悪鬼が泥濘にも似た何かになって溶けていく。


『突破! 突破しました!』

 雪風が叫ぶ。だが、それで終わりなわけでは、ない。

 雷巡棲鬼が、そこにいる。

 眼を疑うほどの魚雷を展開しながら。

 海に走る白い軌跡は、波濤と見紛うほどに多く、あるいは波打ち際のそれと同じように、激しい勢いで漣へと向かっている。雷巡棲鬼の体から生えた魚雷発射管から、いまこの瞬間にも大量の魚雷が海へと生み落されているのだ。
 雪風が応射した。しかし、彼我の物量差は圧倒的だ。雪風が三発撃つ間に、雷巡棲鬼から放たれる魚雷は十を超えている。

 だが、敵とて完全ではない。こちらが疲弊しているように、あちらが負った被害も甚大。深刻な亀裂はいくつも赤い組織を見せ、魚雷を撃つたびに、黒いタールのような粘液が振りまかれているのが見えた。
 金属の破片が雪風の頬に刺さる。鎖骨に刺さる。肩に刺さる。しかし前髪を焦がし、粘膜を焼き、それでも雪風は、魚雷の撃ち合いを止めない。

 そうしなければ道が作れないと知っているから。

 海水が絶え間なく蒸発。水柱。爆炎。煙。水蒸気。波の音。爆裂音。

 それら全てを置き去りにして、漣は跳んだ。

 魚雷。魚雷。魚雷。

 力の限り、目一杯のそれを顕現して、漣は手を振りかざした。

『徹底的にっ!』

 振り下ろす。

『やっちまうのねっ!』




 急角度からの魚雷が漣に直撃した。




「漣ィイイイイッ!」

 脳内でアラートがうるさい、大破、大破だって、わかってるよくそ!
 爆炎が漣の全身を包み込み、右肘と右膝が逆の方向に曲がっているのが、煙に包まれた中でもわかった。
 距離的に最も近いのは雪風、しかし広範囲に放たれる魚雷の始末で手いっぱい。次いでヴェールヌイと58だが、それよりも先に雷巡棲鬼が漣へと向かって!

 空母たちの艦載機は数が足りない! 間に合わない!

 漣が着水――と同時に、雷巡棲鬼の!

 放った魚雷が!

 眼を瞑ることは簡単だった。しかし、先ほどと同じように、俺の体はすっかり麻痺してしまっていた。それとも、やはり神とやらが、この惨状を目に焼き付けておけと言っているのだろうか。
 爆風に煽られる漣の体。鳴り響くアラート。ステイタスウインドウは自動的に立ちあがり、漣の情報を大破から轟沈へと変化させる。

 海へと飛び込むには、致命的な距離があった。


 ……あぁ。

 不思議なことに吐き気はなかった。涙も出てこなかった。

 あったのは、底なしの暗闇。どこまででも沈んでいける絶望。
 あぁ、やはり、俺は。
 間違えて、間違えて、間違えて、間違え続けて、間違えつくして、来てしまったのだ。

 比叡は俺の犠牲になったのだ。

 そして、漣もまた。

 あぁ。

「あぁあああああぁあっ!」

 俺なんて生きているべきではなかった。







――緊急ダメコンが発動しました。










 え?






『うぉおおおりゃあああっ!』

 黒煙から飛び出した漣は、今度こそ、魚雷を、そのあらんかぎりの力を籠めて、雷巡棲鬼へと叩きつけた。

 轟音。超至近距離からの爆発は、当然漣も吹き飛ばすが、無論それ以上に雷巡棲鬼へ値致命的な効果を与えていた。
 右肩から左の脇腹、右の太もも部分までがごっそりと消失している。頭部は首と、左の鎖骨部分で何とかつながっているような状態だ。

 雷巡棲鬼はバランスを崩し、蹈鞴を踏んで堪えようとするも、ついに脚が根元から崩壊した。黒い粒子が断面から溶け出して、肉と血と、金属と油と、それらが交じり合った奇怪な混合体が、ぐずぐず海に混じり合っていく。

『アァ……』

 通信に介入。あるいは雑音が、空耳に聞こえるだけか。

『イヤダ……マタ、クライ、クライ……デモ……ライセハ……ウマレカワッタラ……きっと、あたしは……!』

 断絶。


「……」

『……』

『……』

『……』

 脳の、処理が。
 追いつかない。

『……やったの?』

 誰かが、言った。

「……どういう、ことだ」

『……ご主人様』

 当事者の漣でさえも、茫然としている。自分の両腕と両足を触って、頬を触って、手を握って、開いて、生の感触を確かめている。

『あれ、なんや……?』

 龍驤が指さした先には、海上をふわふわと漂い、天に昇っていく四つの光があった。
 一際大きい光と、その周囲に三つの小さい光。よく見れば、単なる光の珠なのではなく、何か浮遊しているもの自体が光っているらしかった。

『……妖精さん』

 呟いたのは、夕張。

 その呼称が正しいのかは、俺にはわからなかった。二頭身の、子供? 人のかたちには見えるが、かといって一見して人間とは違う、形容できない存在。青い法被をきたやつと、付き従っている残りの三つ。


『あ、あれ、もしかして』

「漣、心当たりがあるのか」

『だ、だって、ご主人様が言ったんじゃないですか!?』

 俺が?

『ドックの片づけをしてるとき! 中に入ってるものは、なんでも持って行っていいって!』

 確かに、それはまぁ、そうだが。
 状況の整理はいまだならない。

『……ご主人様』

「……なんだ」

 頭がくらくらする。

『漣、やりました。ご主人様の、おかげです』

 何を言ってるんだ。俺がしたことなんて、お前自身が決断して、行動に移したことに比べたら、本当に微々たるものだ。
 漣、まずはそんな自分を誇ってくれ。


『ご苦労さん。結果オーライ、やったね。色々言って、悪かった』

「いや、きっと、俺はやっぱり、間違ってんだろうな。偶然が重ならなければ、漣は沈んでた。また。また、俺は、沈めるところだった」

『でも、沈まんかった。あのお嬢ちゃんの笑顔は、あんたのものや。勲章にしとき』

 ……そうなのだろうか。そんな自己肯定をするには、少し潜ってきた修羅場が足りないように思う。

「漣」

『はいっ!』

 だが、なるほど確かに。龍驤の言ったことは間違いではないのだろう。
 漣の爛漫とした、花の咲くような笑顔は、激痛や疲労を吹き飛ばして余りある価値があったから。

『おっさん』

「なんだ?」

『はぁ? 「なんだ」やないよ。作戦は完了や。っちゅーことは、言うべきことがある。やろ?』

「……いいのか?」

『ええよ。ほら、はよしぃや』

 どくん、どくん。心臓の音が、自分でわかる。潮騒に負けないほどに主張している。

「全体」

 間違っても噛まないように、上ずらないように、極力注意しながら通達する。


「作戦完了。これより泊地に帰投せよ」

『了解!』

 十三人の声が重なって、俺の心にすとんと落ちた。

――――――――――――――――
ここまで

最終決戦おしまい。結局一ヶ月くらい戦わせっぱなしになってしまった。
あと2話です(多分)。最後までお付き合いください。

まて、次回。


 眼を覚ませば白い天井が見えた。

 ……眼を覚ました?

 起き上がろうとして――起き上がる? どこから?
 なんだこれは。一体どういうことだ。どうなっている。

「ぐっ、う……!」

 腕に激痛が走った。見れば俺の腕は首からぶら下げた包帯でつられており、何重にもあてられたガーゼで二の腕が随分と丸くなっている。
 痛みは、けれど曖昧な俺の意識を賦活させるには十分だった。ずきずきと神経がこねくりまわされ、まぶたの裏で火花が散って、視界が晴れる。

 泊地の医務室だった。扶桑が寝ていたあの部屋に、今俺は横たえられているのだった。

「あ、やっと起きた」

 声の方を振り向けば、そこには林檎を齧りながらの漣がいた。丸まんまにかぶりついて、しゃくしゃくしゃりしゃり、音を立てている。口の周りをハンカチで拭いて、また食べる。

「メシウマ!」


「なにやってんだ?」

 思わず訊いてしまった。

「なにって、お見舞いですよ。いや、看病かな?」

 俺は包帯に巻かれた腕を見た。と、ようやく遅れて認識が追いついてくる。

「被弾箇所の止血が甘かったみたいですね。ご主人様、ボートで岸まで辿り着いたのはいいけど、すぐにぶっ倒れちゃって」

「……そうか」

 おぼろげながらも記憶はあった。よく陸まで戻ってこれたものだ、と思う。

「他の奴らは?」

 部屋にはベッドが一つきりで、それは俺が使っている。俺よりも酷い怪我を負ったやつは他にもいるはずだ。霧島などは見るに堪えない状態だった。
 経過した時間は身についていないが、まさか全員が完治するまでの長期間、俺が昏睡していたというわけもないだろう。

「あぁ、みなさんは艦娘ですから。高速修復剤のところでゆっくりしてます。湯治みたいなもんですね」

 その例えは果たして適切なのか?


「お前は、その……」

 大丈夫なのかと尋ねようとして、俺にそんな権利があるか迷いが生まれた。
 漣が自ら志願したこととはいえ、あのときこいつは確かに一度沈んだ。そして、どういうわけか、また戻ってきた。自力で。俺が助けたわけでなく、誰かが助けたわけでなく、加護としか思えないなにかによって。
 結局俺は艦娘を沈めることしか能のない男だったというわけだ。それはあまりにも認めたくない、けれど突きつけられた事実だった。

「ご主人様はすぐに怖い顔をしますねぇ」

「……」

 眉根を揉んだ。寄っていたか?

「漣は、とても満ち足りてますよ」

 芯だけになった林檎をゴミ箱へと放り投げて、漣は立ち上がった。
 甘酸っぱい芳香が鼻を衝く。

「こんな気持ちになれたのは初めてです。漣にも、こんな漣でも、あんなに強い敵を倒すことができました。勿論それは漣だけの力じゃなくて、みんなの助力があってこそ、なんですけど」

「……幸せか?」

「はい」

「……そうか」

 体の力が抜ける。

「なら、よかった」


「ご主人様のおかげです」

「俺は大したことをしちゃいない」

「そうですかね? 漣はそうは思いませんけど、まぁご主人様がそういうなら、そういうことにしておきます」

「生きていけそうか?」

「すっごく」

 それはあまりにもふわふわした回答だったが、逆にこの場にはそぐうような気がした。

「……なぁ、お前は本当に、生きてるのか」

「生きてますよ。脚もあります」

「……あのとき、なにがあった? 俺にはよくわからん」

「漣だってよくわかんないです。でも、あのとき、漣は神様を見たんだと思います」

「神様?」

「はい。漣たちに憑いてる船の神様の、大本っていうか、神様って概念っていうか。よくわかんないんですけど、見守られてる感じがして」

「ドックにいたのか?」

「……多分。見間違いかと思ってたんですけどね。箱を空けて、すぐに消えちゃったから。きっと、漣と一緒に、ずっとついてくれたんですかね」

 オカルト極まりない話だった。眉につける唾が足りなくなるくらいの。
 しかし、事実俺は見てしまったのだ。漣が轟沈から復活し、そして空へと登っていく、ひとのかたちをした超常の存在を。あの体験にノーを突きつけるということは、自分の感覚を否定することと同じだ。それはとても難しかった。


「……漣」

「なんです?」

「こっちに来い」

「え? え? なんですか」

「いいから」

 俺が手招きすると、漣は怪訝な顔をして俺のもとへと寄ってくる。

「ほれ」

 そうして胡坐をかいたそこを示してやった。
 俺の意図することがわかったらしく、漣は「えー?」と声をあげたが、表情を見るにどうやら嫌がっているようではなさそうだった。よかった。ここで全力で拒否でもされようものなら、俺は立ち直れないに違いない。

 漣は少し悩んで、誤魔化すように笑う。

「あの、じゃあ、失礼して」

 ちょこん。そんな擬音が似合うくらいにつつましく、漣は俺の脚の間に座した。
 いつぞやの外でのやりとりと同じ体勢である。

 小さな背中だった。海の上に立ち、戦いに赴く存在のそれではない。誰かを到底守れそうにないこの体で、深海棲艦と戦っている。
 俺は後ろからゆっくりと抱き締めてやった。


「あ、うぇっ? なな、なんですかっ」

「いや、本当に生きてるのかなと思って」

「いっ、生きてます! 死んでないです! 勝手に殺すなー!」

「生きててよかった」

「……うー」

「生きてくれてよかった」

「そういう言い方は、ずるいです」

 保身だと思われてもいい。戦いに臨ませておきながら、そんなことを言うのは八方美人過ぎるのもかもしれない。それでも、俺は心からのその言葉を、漣に向けて言わなければならなかった。
 言いたくてたまらなかった。

 漣が生きているからこそ、俺もいま、そしてこれから、人並みに生きていける。そんな実感があった。そしてそれは事実だった。確信があった。

 漣は、回された俺の指に自らの指を絡ませて、少しだけ力を込める。くすぐったくなるような、むず痒くなるような、弱弱しい、少女然とした力加減。
 暖かい掌と指先。猫のように、俺の手の甲へ、頬を擦り付けてくる。すげぇ気持ちいい。ビーズクッションもかくやといわんばかりの柔らかさ。


「ごしゅじんさま」

 溶けた声。

「ん?」

「す――」

「淫行?」

 扉のところに大井が立っていた。

「んなわけねぇだろうが」

 反射的に漣は手の甲から頬を外したが、体勢はいまだに俺が漣を後ろから抱き締めているかたちになっている。
 大井はそんな俺たちを、まるで夜叉のような瞳で矯めつ眇めつしていた。視線で人が殺せるならば、俺は間違いなく死んでいただろう。

「……いいなぁ」

 ぼそりと零れた呟きを、俺はなにも聞かなかったことにした。

 だいたい、お前、大井……あぁもう。
 初対面の時の舌鋒の鋭さはどこへいったよ。そんなキャラじゃねぇだろう――いや、俺が大井の、いったいなにをどれだけ知っているというのだ。くそ。急にそんなことを言われたって困るぞ。
 顔が火照る。心臓がうるせぇ。

 思わず視線を外してしまう。


「……生きてるか確かめてただけだよ」

「は? 馬鹿じゃないの?」

 どすの利いた声。馬鹿らしいことは否定できない。言い逃れにしたって苦し紛れだ。

「悪かったよ。用件はなんだ」

「龍驤からの伝言でね。『明日の夜にぱーっとやる』そうよ。体調を万全にしておいて」

「他の奴らは? もう治ったのか?」

「そんなわけないでしょう。でも、あなたの怪我よりはよほど治りが早いわ。一番ひどいのは霧島だけど、集中して治療すれば、自力で立てるくらいにはなるでしょうね」

 さすが、艦娘だな。

「飲み物や食べ物は各自で用意しておいて、だそう。それじゃあよろしくね」

「あ、おい」

 引き止める間もなく大井は部屋から去っていった。ようやく向けることのできた視線は、虚しく大井の背中に突き刺さるばかりで、相手はちらりともこちらを見ようとしない。
 廊下を曲がって、ついに見えなくなった。

「悪いことしちゃいましたかね」と漣。その「悪いこと」の解釈が難しくて、俺は言葉を返せなかった。下手をすれば、自惚れが過ぎる。かといって見てみぬふりをすればするほど、半ば自覚的に大井を傷つけることになるような気もして。
 かぶりをふった。答えを出すには、俺にはどうしようもなくありとあらゆるものが不足している。


 頬を抓ってみた。

 痛い。

 やはり、これはどうやら夢ではないようだった。


* * *

 次の日の夜まではあっという間だった。俺は泥のように眠り続けていたからだ。

 腕の痛みなどまるで意に介さず、肉体的にも精神的にも疲労困憊。漣の生を確認して、自らの生もまた確認して、トラックの艦娘たちの無事も知り……一気に腑抜けてしまったのだ。
 漣の差し出してくれた林檎も口にせず、俺は丸一日眠り続けた。

「提督? 提督?」

 俺を起こしたのは最上。声だけでは意識を取り戻す気になれず、布団をはぎ取られてようやく覚醒する。
 眠りすぎのためか頭が重たい。体も、重力に負けている。体調は万全には程遠かったが、体力は回復していた。ぼやけた意識や視界は時間経過でじきに戻るだろう。それを思えばかなりよくなったと思う。

「もうすぐパーティだよ。早く行かないと」

「パーティねぇ」

 横文字を使うほどの規模ではないだろうに。まぁ心持ちの問題か。
 最上に連れられて向かった一室には、既に艦娘たちが軒並み座っていた。地べたにビニールシートに座布団。そしてお菓子の袋と一升瓶と缶ビール。ペットボトルのお茶やジュースも申し訳程度に。

 漣が手招きして俺を呼ぶ。神通との間に座った。


 上座には龍驤がいて、鳳翔さんにお酌されている。58も一緒にワインの栓抜きにてこずっているようだった。
 夕張はどちらの塩とコンソメ、どちらのポテチを開封するか迷っており、雪風とヴェールヌイは和気藹々と談笑している。

 霧島はまだ万全の体調ではないようだったが、それでも包帯や湿布があてられているくらいで、俺のように腕を吊ったりなどはしていない。缶チューハイを持った扶桑と何やら神妙に話をしていた
 缶ビールを両手で握った大井は、俺をちらりと見るとすぐに視線をビールへ落とす。

 漣から缶ビールを手渡された。気づけば最上も、手に日本酒の入ったコップを持っている。
 既に酒は全員に行き渡っていて……

 ……赤城だけがいない。

 ぐるりと見回した後の俺の表情は、どんなものだっただろう。「勿論声はかけたんだけどね」と最上が言い訳を言う子供のように呟いた。
 龍驤と58が落ち着かなさそうにしているのはそのせいか。


「あー、とりあえず、大体は揃ったね」

 立ち上がって、龍驤が音頭をとる。

「みんな、ご苦労やった。怪我の治りきってないやつやら、疲れの抜けきってないやつやら、まぁ大なり小なりみんなそうやと思うけど、まずは喜びと達成感を分かち合いたいと思って、この場を開かせてもらった」

「いつものことでち」

「ははは、58、まぁそう言うなや。おっさんと嬢ちゃんは初めてやからな」

「作戦行動のあとは、いつも飲み会を?」

「まぁな。一応な。あいつンときから、ずっとや」

「なら、流儀に従わせてもらおう」

 郷に入っては郷に従え、というわけではないが。
 確かに節目節目の区切りをきちんとつけるのは大事なことのように思えた。お疲れ様。ありがとう。次もよろしく。常日頃顔を合わせる仲であれど、そういったやりとりは欠かせない。
 それになにより、あくまで有志の集いであるこの場に、俺と漣が呼ばれたことがとにかく嬉しかった。


「各自飲み物は持ったか?」

 はーい、と声が上がる。漣、雪風、ヴェールヌイ……まぁこの際気にはするまい。無礼講に水を差すのも気が退ける。俺だって「お酒は二十歳を過ぎてから」をくそまじめに守ったわけではないのだし。

 グラスを、缶を、それぞれ高く掲げて、

「私の席はありますか」

 がらがらがらりと引き戸を開けて、一升瓶を小脇に抱えたその人物は、

「すいません。一番いいやつをと思って、色々選んでいたら、遅くなってしまって」

 漣が俺の手をちょんちょんと触る。龍驤を指さして、口元を手で隠し、悪戯っぽく笑った。

「鬼の目にも涙」

「そうだな」

「席があるわけないやろうが! ウチの隣で地べたや! このあほ!」

「はい、はい、そうですね、そうでした……! いま、隣に」

 どっちが、だろうな。

 俺は闖入者の方を指さして、笑った。


「お前らさっさとするでち! こんなんじゃ酒がぬるまっちゃうよ! ほらほら、皆様、お手をはいしゃーく!」

「58さん、それはお開きでは?」

「いいから! グラスちゃんと持ったぁ!?」

「はーい!」

「じゃあ一番年長者の、扶桑さん、お願いします!」

「えぇ、私……?」

「はやくしましょーよー、ボクもうお腹ぺこぺこだよー」

「っていうか、年長者なら、ご主人様では?」

 鶴の一声に全員がこちらを――俺を見る。

「よっしゃ、新参者が挨拶するでー! ご清聴や、ご清聴!」

「まともに喋れるのかしら?」

「こら、大井ッ」

 俺はわざとらしく咳払いを一つして、

「積もる話はあるだろうが、まずは酒を呑んで口の滑りをよくしてからにしよう。
 せーのっ」

「かんぱーい!」

 ちりん、ちりんと軽やかに鳴るのは、浮き立つ俺たちの心そのもの。


 騒ぐ。はしゃぐ。酒を呑んで浮かれ、陽気に歌い、生を噛み締める。

 神通がしきりに俺へと感謝を述べるのを押し留め、なんでもします、お好きな時にお呼びくださいと頬を紅潮させながら叫んだところで、大井が肘で俺の脇腹を強く打つ。それを見て龍驤が笑う。漣が頬を膨らませる。

 ヴェールヌイは日本酒に舌鼓をうち、雪風が一口貰って顔を顰めた。巨峰の缶チューハイで口を洗い流す。小さな体ではアルコールの巡りは早いのか、眠そうに眼をとろんとさせて、相方へとうつらうつら何かを言っている。

 龍驤が注ぎ、赤城が呑む。赤城が注ぎ、龍驤が呑む。そこに58も混じって、ついにはわんわんと声をあげながら抱き締めあう。

 最上と扶桑は酔いつぶれてしまった夕張に毛布をかけていた。鳳翔さんが酔いに効く簡単なサラダを作って現れる。群がる駆逐艦。それを見て笑う龍驤と58。霧島は壁に背中を預けて、微笑ましそうにその光景を眺めている。

 全てが満ち足りていた。

 この世の幸せはここにあった。何一つ欠けることがなく。

 あぁ――俺は、一生このときが続けばいいと、こいつらの笑顔の奪われることがあってはならないと、まるで少年のような青臭いことを思った。そのためなら何でもする覚悟があった。全てを擲つ決意があった。






 俺の本土への転属が決まったのは、それから四日後のことだった。





―――――――――――――
ここまで

ギャルゲー要素補充。
遅い……遅すぎない?

次回でラスト。投下分は既に完成してありますが、推敲と手直しのため、明日の朝になるかなー?

待て、次回。


 エックス・デイが来た。

 黙っていようが、泣き叫び喚こうが、時は誰にでも等しく流れる。その日は誰にでも等しく訪れる。

 ならば行動に意味はないのか。覚悟に意味はないのか。違う、そんなことはない。俺はそのことを本当に知っているつもりでこの島に来て、本当は知っていなかったのだと知って、本当のそれを知り、いま、この島を出ていく。
 トラックを。

 水平線の上に一隻のフェリーが見えた。あれに本土からの新しい将校が乗っているのだと、龍驤は伝えてくれた。
 そして俺が帰るためのフェリーでもある。

 到着まで、あと十分強、といったところか。

「ご主人様ァ……」

 漣が俺の手をぎゅっと掴んでいる。泣き腫らした目は兎よりも赤い。俺はせめてもの慰めとして、彼女の手を握り返してみるが、帰ってきた返事は洟をすする音だけだった。


「早いね。本当に早いよ。あっという間だ」

 最上は漣の頭を撫でていた。最上の言うとおりに、体感は光速を超えていた。船に乗り、龍驤たちとの邂逅を果たした日からこれまで、いくつもいろんなことがあったが、全てが昨日のようにさえ感じられる。
 そしてその僅かな時間で、成すべきを成せたという実感もまた、内側に確かにあった。

「提督が来なければ、ボクはきっと浜辺で今も釣りをしていたと思う。そして、そうしている間に、全てが手遅れになっていたんじゃないかって……」

 買い被りすぎだった。俺はきっかけを与えただけだ。そのことに感謝されることはあっても、こいつらの頑張り全てが俺の勲章になるのは、間違っていると思った。

「これまでお疲れさん。本当に感謝しとる」

 龍驤が握手を求めてきた。片方は漣に塞がれているので、空いた右手でそれに応じる。
 腕の傷は経過良好。たまに寝返りうつときに痛むくらいで、日常生活には支障はない。後遺症の心配もないそうだ。

「人生辛いことばっかりやない。きっと、今後はいいこともあるやろ」

「……そうだといいな」

「そうに決まっとるわ、あほ」

 笑いながら言う龍驤だった。


「あたしたちも尽力するからさ、絶対になんとかなるから」

「横暴は許せませんしね。上意下達は軍の常、とはいえ誤った上を正すのも下の責務だと思います」

 夕張と鳳翔さんの笑顔が眩しい。最初の邂逅を思えば、こんな顔を見せてくれることが、そもそもの奇跡。
 いや、胸を張ろう。この結果は俺たちのものだ。俺だけではなく、彼女たちだけでもなく、俺たちのもの。

「本当に考え直さないのですか?」

 神通が一歩前に出てくる。不躾ながら、と前置きして、

「相手の言いなりになる必要はありません。トラックの艦娘は、勿論私を含めて、あなたに与する所存です。少なくとも交渉の余地はあります」

 その話は何度も聞いた。神通だけではなく、龍驤にも、大井にも。漣なんかは泣いて泣いて大変だった。行かないでと、どうして行っちゃうんですかと。
 果ては漣のことが嫌いになったんですかだなんて言うものだから、俺はめっきり参ってしまった。


 正直なところ、ここを離れることに未練がないわけでは、当然ない。この数か月の間の出来事は掻い摘んでも莫大だし、詳細に話そうとすればそれこそ一日では収まらないくらいだ。
 少なくとも、俺は俺なりに尽力してきた自負がある。勿論それは全てがトラックのため、トラックに住む艦娘のためというわけではなかった。ここにやってきた理由も含めて、俺は自分の人生を懸けられるなにかを探し求めていたから。

 それでも、俺は軍人の端くれだった。人としての矜持が欠片くらいは残っていた。
 比叡の姿を忘れることはできなかった。

 だから、で繋いでいいものか。

「俺の我儘でお前らを振り回すわけにもいかんしな」

「違います! 私の我儘です!」

「……ははっ」

 その言葉がどれほど嬉しいか、神通、お前はわからずに言ってくれているのだろうな。

 これからもトラックは幾たび襲撃に見舞われるだろう。その時に必要なのは、本土との太いパイプであり、団結した仲間。俺にはどちらも提供してやることができない。
 ここでまた一悶着を起こせば、立場の弱いトラックのことだ、どうなることか想像もつかん。わかってくれ。

 俺がそう言うと、神通は不承不承を顔に滲ませつつも、一歩退いた。

 ……悪いな。


「司令!」

「……これ」

 雪風とヴェールヌイが握った手をそれぞれ差し出してくる。ゆっくり開かれたその中には、ざらざらした表面の、石にしてはカラフルな、それにしては石にしか見えない……なにかが握られていた。
 あげる、と雪風。ヴェールヌイも追随して、ん、と。

「あら、シーグラスですか。随分きれい、こんなものもあるんですね」

 覗きこんできたのは霧島だ。眼鏡越しの瞳は興味津々といった様子。
 シーグラス。聞き慣れない単語だった。

「浜辺に流れ着いたガラス片ですよ。研磨されてくうちに、こんなきれいになるんです」

「色々、お世話になりました。散々痛めつけたことは、ごめんなさいって思ってます。本当ですよ」

「これを見て、思い出してほしい。私たちのことを」

 胸の中が暖かさで満たされていくのを感じた。決して言葉にはできないであろう、俺にしかわからない、俺だけの、感情だった。
 ゆっくりと手を伸ばしてそれらを摘まむ。軽く、硬質で、太陽を反射し輝いている。まるで二人そのものだ。


「右往左往ですね。行ったり来たり」

 ふ、と霧島は笑う。変に同情されるよりは笑い飛ばしてくれる方が、こっちとしても相手はしやすい。

「上に嫌われてるからな」

「元帥まで上り詰めればいいのでは?」

「無茶を言うんじゃねぇよ」

「無茶を通さずに無茶を通せますか。現状が不満なら、偉くなって変えてしまえばいいんですよ」

 まったく難しいことを容易く言ってくれる。トートロジーも、かなり厳しい。だが真実でもあった。ありとあらゆるものに抜け道が付随するわけではないのだから。
 確実に、着実に、一歩一歩を踏みしめる。誰にもできることではあるが、誰もがやり続けられるかと言えば……。

「ついにこの日が来てしまうなんて、不幸だわ」

「仕方がないことだ」

「えぇ、仕方がないことよ。でも、到底看過できることじゃない。結果だけを掠め取られるなんて、そんな不幸なことがあっていいと思う?」


 扶桑の口調は依然として諦念の中に沈んでいるが、同時に怒気も孕んでいるように感じられた。怒りの対象は大本営でもあるのだろうが、それ以上に社会だとか運命だとか、そういった巨大なものに向いているようだった。
 霧島もそうだが、やはり年長者は、理不尽を前に思考停止をしない。理不尽から先、ならばどうして理に沿うか、それを考えるくせがあるようだ。

「偉くなれ、と?」

「さぁ? そこまでは言ってませんが」

 嘘つけ、目がそう言ってるぞ。

「実際どうするんですか。やはり、これからも軍に身を置くのですか」

 真っ直ぐ射抜くような目の赤城だった。一切のはぐらかしや誤魔化しを許さない、張り詰めた雰囲気を携えている。
 実際のところ、何も決まっていないのだ。当たり前だが辞令は下った。俺はトラック泊地の提督業を解かれ、防衛省の海防局、沿岸警備部へ配属されるのだという。そこで何をするかを、俺は知らない。


 提督から平への降格。一般的には有り得ないし、恐らく今後二度とこんな人事は起こり得ないだろう。
 海軍を辞めることは難しくなかった。手当はたんまりつくはずだ。引き止められるわけもない。人権派の人間は、依然俺へのマークを緩めることはないだろうが、そんなものは海外へ飛んでしまえばどうにでもなる。

 最悪、漣を伴って隠遁してしまえばいい。

「どこかの泊地に潜り込めれば、願ったり叶ったりだけどな」

 とはいえ、雲隠れにはまだ早いような気がした。
 そんなのは敗北だ。俺はまだ、自らの負けを自らで選ぶほどには、打ちひしがれていないのだ。
 自分でも不思議なほどに。

 ……それはきっと、恐らく、こいつらがいたからなのだと思う。
 こいつらがいるからなのだと思う。

 トラック泊地の艦娘たちが。

「……そうですか。もし、戦力が足りなければ、御一考くださいね」

「っちゅーか、まじか?」

「ん?」

 なにがだ。

「あんた、まだ提督やる気、あったんか。うちはてっきりのんびり余生を過ごすもんだと思っとったで」

「……さぁ、どうかな。そればっかりはその時にならねぇとわからんさ」

「……ふぅん。そ。まぁ、ならいいけどね。うちも大助かりや」

 なんだ? 何を言ってるんだ、こいつ。


 フェリーが汽笛を鳴らした。もう船は着岸している。小さい船の中に、二つ、人影が見える。一人が運転士なのだとして、がたいのいい方が新しい提督に違いなかった。
 ……そろそろ、タイムリミットか。

「……」

 沈黙を保つ大井が、しかし、船の中の俺の代わりよりも、よほど恐ろしかった。押し黙る大井、それは幽鬼じみている。
 怒ったときに激昂する人間と無言になる人間の二種類がいて、確実に大井は後者。俺には手がつけられない。

 何かを言うのか、それとも言わないのか――言ってくれないのか。そこまで考えて俺は大井との間の絆を自らが信じていることに気が付いた。
 きっと大井は何かを言おうとしている。

「……」

 脚を止めて、待った。

「……」

 沈黙。長いようで、短いような。

「あの、ね。耳を貸してもらえないかしら」

「? おう」

 言葉の意味は明確だったが、目的はあまりにも不明瞭。けれど難しいことではない。俺は軽く膝を曲げ、大井に耳を向ける。


 ぐっと袖がつままれて、頬に手が添えられて、

 大井の顔が近づいて、

 唇に、

「あーっ!」

 漣の絶叫。

 周囲のざわめき、嬌声。あるいは、絶句。

「こらこら大井さん、それ、それはっ! もー!」

 漣が叫ぶが、大井は一顧だにせず、真っ赤にした顔を俯かせてむりやり俺から視線を切った。

「……忘れらんないようにしてやったわ。ざまぁみなさい」

「ご主人様! 漣にも!」

 なに言ってんだお前は。

 大井が龍驤や最上や夕張や、いろんなやつからやいのやいの言われている間に、俺は自分の顔の火照りを落ち着かせるという意味もあって、軽く辺りを見回した。
 やはり、58の姿はついぞ見当たらなかった。面倒くさがったか。その程度の信頼しか得られなかったか。

 残念だったり寂しく思わないと尋ねられれば嘘だ。だが、それを表に出すのも格好つかないような気がして、俺は毅然ぶってみる。今更センチメンタルな気分になっても、遅きに失した感もある。
 それとも、こういう時にこそ感傷に浸るべきなのだろうか?


 桟橋から代わりの提督がやってきた。俺より少し上、三十の半ば。柔和な笑みを浮かべてはいるが、瞳の奥は笑っていない。階級章を見る限りは俺よりずっと上、将校クラス。きっと防衛大学を出たエリートなのだろう。

「これまでご苦労だった」

 嫌味なくらいに正しい姿勢で、その男は俺に握手を求めてくる。一瞬で俺の周囲から不穏な空気、有体に言ってしまえば暴力の気配を感じたので、それを鎮めるためにもすかさず握手に応じる。
 変に力を籠める子供じみた真似はしたくなかった。握手自体は一瞬で済み、そいつは唇の端を釣り上げて笑う。

「指揮権を渡してもらえるかな? 随分と、色々なことがあったようだが」

「そうですね」

 階級の差は大きい。遜ることはないが、どうしても強く出られない。俺のようなはみ出し者であったとしても。

「ウチやで」

「……ん? どういうことだ」

 手を挙げた龍驤の言葉をいまいち理解できていないようだった。それに関しては、そうだろうな、というのが率直な感想である。


「ウチが前の提督……死んじまったやつな、あいつから引き継いで、それっきりや。だからそこのおっちゃんは指揮権をもっとらんよ。
 色々なことっちゅーのは、全部ウチらが勝手にやったんや。あんたも聞いとるんとちゃうの?」

――トラック泊地では、艦娘たちが、やりたい放題やっている。

 龍驤は自虐的な笑みを浮かべて宣言する。

 そいつの顔が嫌な形に歪んだのを、俺は見逃さない。予定がずれたときの面倒くささがにじみ出る。

「……なら、譲ってもらおうか」

「ええよ。ちょっと待っててな」

 将校と龍驤が五本の指をそれぞれぴたりと合わせる。認証、IDとパスの入力、そしてまた認証。何かをしているのは見て取れるが、具体的な操作はまるでわからない。
 時間にして一分ほどだろうか。全ての移行は完了したと見えて、将校は満足そうにこちらを振り向いた。

「あまり船を待たせておくのも悪いな。きみはもういきたまえ」

 フェリーを顎で示される。
 ぎゅっと、漣の手が俺の手を強く握った。

 赤城と神通の重心が爪先寄りになるのを俺は見逃さない。注視していたのはどうやら霧島と扶桑も同じだったようで、二人の手首を寸前で掴んで止めた。

「……なんでしょうか」

「なんですか?」

 殺意を迸らせながら二人。

「いや、そう訊かれても」

「困るわ……」


 これ以上引き延ばしても余計な諍いを生むだけか。そう判断して、俺は無言のままフェリーへと向かおうとするが、

 ぐっ、と左手が動かない。

 桃色の少女。体を全力で突っ張って、まるで楔のように。

「漣、離してくれ」

「……やだ」

「あのな」

「やだ。やです。やだもん!」

「漣」

「だって、だって、ご主人様は漣のご主人様だから、折角特別になれたのに、漣が、わたし、わたしだって、わたしでよかったって思えるのは提督のおかげなのに、こんなのってないもんっ!」

 涙をぼろぼろとこぼして、ついに漣は俺に抱きつき、軍服にいくつもの染みを作り始めた。洟をかんでいる音さえする。おいおい、すげぇな。
 そんな漣の桃色の後頭部を撫でてやることくらいしか俺にはできない。

「……船員を待たせるのは失礼だと思うんだがねぇ」

「――っ!」


「神通ッ! 赤城ッ!」

 手首の拘束なぞ構わず、将校の制空権を侵犯する神通と赤城。彼我の距離は数センチに縮まり、すんでのところで二人の動きを止めたのは、龍驤の一喝。
 そのまま龍驤は一歩、二歩と歩みを進め、ぽっくりを鳴らしながら三人目、制空権を侵犯する。

 将校はとっさのことで対応に戸惑っているようだった。精一杯の虚勢なのか、顔面に引き攣った笑みが張り付いている。

「別れを惜しむ時間くらい与えてやれや。それともなにか? 本土のお偉いさんは、それくらいの余裕もないってか?」

「……」

「提督」

 軍服越しのくぐもった声で、漣が言う。

「好きです」

「……」

 重大な言葉に対する返事を、俺はもっていなかった。こいつのことを特別視しているのは認めるとして、それが所謂恋愛感情だとは、申し訳ないが思えなかったのだ。だってこいつはまだ中学生で、俺よりも一回り離れている。
 ツインテールを撫でてやる。柔らかく、熱を持っていた。

 あぁ、ここで「俺もだ」「愛している」「一生そばにいて欲しい」などとのたまえることができたなら、いっそどんなに楽だろう。愛おしいと愛の違いが、俺にはどうにもあやふやだった。
 あやふやなものに身を委ねるのは、この場においては漣に失礼な気がした。

 俺はこいつに、確固たるなにかでもって返さなければならない。

 惜しむらくは、こいつに対する確固たるなにか、その名前を見つけるには時間が足りなかったことだ。


「悪いな、龍驤」

「ええってことよ」

 満足そうに彼女は頷く。





「時間稼ぎも終わったしな」





 ……ん?
 いま、なんて――

 閃光。
 熱風。
 爆裂音。

 水柱が立って、飛沫が舞って。

 ……雷巡棲鬼との戦いのときに、嫌になるほど見た光景。

 俺たちの背後、桟橋に接舷していたフェリーが、巨大な爆炎に包まれて跡形もなく消し飛んだのであった。

 すぐ脇では腰を抜かしたフェリーの運転士が、聞き取れない現地語で何かを叫んでいる。


「あ、は、な、はぁっ?」

 声なのか、音なのか、判別のつかない誰かの声。そしてそれは誰しもの声でもあった。その場にいた全員が、理解をできていなかっただろうから。

 爆炎に包まれたフェリーは、轟々と燃え盛りながら、船体中央から真っ二つに割れて海へと沈んでいく。

「いやぁ、まさかこんなことになるとは思わんかったでちねー」

 俺の、隣、には。
 いままでいなかったはずの、58が、潜水艦が、立っていて。
 ずぶ濡れで。満足そうな顔をして。

 棒読み口調でそんなことを言うものだから、俺は。

「はぁあああああああっ!? なにやってんだてめぇ!」

「なーんも! なーんもだよ! ゴーヤ、なーんも知らないでち!」

「んなわけねぇだろ! 誰の差し金だ、大井か! 大井か!?」

「大井じゃないでちよ! りゅうじょ――」

「お二人さん、ちょーっち、黙ろうか」


――っ!

 肩に手が回されて、俺と58の動きが止まる。肉へ龍驤のか細い指が食い込む。力を籠めているのではなく、それさえも自制の結果なのだと、すぐにわかった。
 見れば龍驤が地獄のような笑みを浮かべていて、その視線の先には、青白い顔をした将校が。

「いやぁ大変やなぁこれは。単純な船の故障か、それとももしや、海軍将校を狙った計画的なテロ事件かもしれんなぁ。ほうや、張作霖みたいやんか」

 妙に芝居がかった仕草と言葉で、龍驤はその先を紡いでいく。

「もしテロやったら一大事やで。どこから、あんたがトラックに来ることが漏れたんやろなぁ。大本営か、それともまさか、うちらの中にスパイがおる、なんて考えたくもないなぁ。だぁれが責任取らされるんやろなぁ。どう思います? 『提督』」

 びくり、と将校の肩が震える。ようやく彼も、そして俺たちも、進行している事態を呑みこめてきたようだ。
 神通と赤城が悪い顔をしていた。

「そういえば神通。本日、新しい提督が着任する予定だったと思うのだけれど……まだ着いていないの?」

「赤城さん、それがどうやら船の故障で、今日中の到着が難しいとお聞きしましたよ……?」


「お、お前ら! おれをどうするつもりだっ!」

「別にどうするつもりもないよ? 荒事は嫌いや、殺しなんてもってのほか。まぁ、少し早目のリタイアだと思って、余生をトラックでのんびりと過ごしてよ。
 ただ、ちょーっち、わかってなかったんやないの? って思うなぁ」

 くつくつ笑いを噛み殺し、龍驤は将校の胸をとんと押す。
 前後不覚になっていた彼は、それだけで脚を縺れさせ、港の地面に尻もちをついた。

「トラック泊地では、艦娘たちが、やりたい放題やっているんよ。そこの認識が甘かったね。
――なぁあああああぁ? 『張作霖』ンンンンンッ?」

 そのあまりにも酷薄な表情に、将校のみならず、俺の背筋までもうっすらと寒くなる。


「おっさん」

「……なんだ」

「挨拶し」

「はぁ?」

「残念やったな。本土までの連絡と、渡航が復活するまでには、そりゃもう、えらい時間がかかるで」

「龍驤、お前」

 悪人だな?

「なーにを言っとるんや! こんな善良な、いち民間人をつかまえて!」

 いや、艦娘は軍人だから。民間人ではないから。


「ご主人様!」

 漣が俺に抱きついてくる。少し痛くなるくらいに、強く、強く。
 それが、もう離すまいという意志の表れなのか、それとも自らの存在を主張するための行為なのかは、判断がつかない。そもそも俺にそんな余裕はない。目頭が熱くなって、こちらもただ力のままに、漣を抱きしめ返してやることだけが、今できることの全て。

 大井と目があう。

「あ」

「……」

 自らの行いを思い出したのか、大井は真っ赤な顔をさらに赤くした。自覚はあるのだろう、大きく深呼吸をして、表情はいつもの冷静なそれをつくる。
 今生の別れになると思っていたからこそ踏ん切りのつくこともある。龍驤はどうやら、本当に58との間でひそかに計画していたに違いない。敵を騙すにはまず味方から。そんなあたりだろう。

「帰るわ」

「はぁ?」

 龍驤が怪訝な顔をする。

「帰るから」

「ちょ、ちょっと待ちぃや大井! それはさすがに往生際が悪すぎるやろ!?」

「かえる! かーえーるのー! ほら、薬が、投薬の時間があるから!」


 逃げ出そうとした大井をよってたかって艦娘たちが押し留める。腕を掴んで脚を掴んで、最終的には霧島が羽交い絞めにした。とても楽しそうな霧島の笑顔が眩しく、唇を噛んで泣きそうになっている大井の対比が面白い。
 ……とはいえ、あまり大井に不義理を働くのも、申し訳が立たない。いつか、なんらかの形で、話はしなければ。

 とはいえ、いまはまず、言わなければならないことがあった。
 龍驤にではなく、大井にではなく、漣にでもなく。

 全員に。


 前を向いた。港があって、海が広がっている。抜けるように蒼い空。直視できない太陽の輝き。

 龍驤がいる。
 赤城がいる。
 神通がいる。

 最上がいる。
 夕張がいる。
 鳳翔さんがいる。

 58がいる。
 扶桑がいる。
 霧島がいる。

 響がいる。
 雪風がいる。

 大井がいる。

 俺の傍には漣がいる。


「あー……」

 何を言うべきだろう。何を言えばいい?
 ありがとう。こんにちは。よろしく。開き直っていっそのこと、はじめましてからスタートしたっていいのでは。

 ええい、ままよと覚悟を決めた。自然と声が出るに任せる、それしかあるまい。





 お前ら全員、幸せにしてやる。








 比叡、見ているか。
 俺は生きているぞ。







 提督が、トラック泊地に着任しました。
 これより艦隊の指揮に入ります。



―――――――――――――――
ここまで。おしまい。

書きも書いたり30万字。大満足。
同語反復大好きなんで、くどさを抜けばもう少しスリムになったかなぁとも思いますが、まぁ野暮な話ですね。

思い入れの深い作品になりました。○○は俺の嫁、とは昔はよく聞きましたが、俺にとってはみんな娘のようなもの。
色々語りたいこともあるのですが、ここではきっと蛇足でしょう。後書きは別のところで。

次回作は未定。「潜水艦泊地」のほうが思わず好評をいただいたので、続けられたらいいなとは思います。
幼女戦記とガンスリンガーガールと孤独のグルメとトリコを足して割らないような話も書きたいけど、ここ向きではないかな。
まぁこの作品自体がここ向きかどうかは議論の余地がおおいにありそうですが……。

それではみなさま、長い長い物語を読んでくださって、ありがとうございました。
またの機会がありましたら、その際も一言「乙」を頂けると幸いです。

あー楽しかった!

待て、次作。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年06月10日 (日) 02:24:19   ID: 83TPOOi3

すごくいい引きで早く続きを読みたいです

2 :  SS好きの774さん   2018年06月22日 (金) 19:57:40   ID: hzLcC0F3

まってます、

3 :  SS好きの774さん   2018年06月25日 (月) 22:12:00   ID: ELBBkp-p

乙、最高でした。
この一言だけでも 言いたかった

4 :  SS好きの774さん   2018年06月26日 (火) 23:44:17   ID: mQTTiSQN


いいおわりかたでした!

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