職人「俺の伝統工芸を学びたいだぁ?」
男「はい」
職人「今までもそんな奴らが大勢やってきた。だが、みーんな辞めちまった!」
職人「口ばっかり達者で、根性なんか欠片もない連中ばかりだった!」
職人「どうせお前もそうなんだろうが!?」
男「頑張ります」
職人「ふん、いいだろう。ただし、仕事は見て覚えやがれ!」
男「分かりました」
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職人「最初の工程からだ」
職人「これをああして、こうして、ああする」サッサカサッサカ
男「なるほど」
職人(なにがなるほどだ。俺がこれをできるようになるまで、どれだけかかったと思ってやがる!)
職人「さ、やってみろ」
男「はい」
男「これをああして」サッサカ
職人「!?」
男「こうして、こうする」サッサカサッサカ
職人「……!」
男「いかがですか?」
職人「バカな……か、完璧だ……!」
男「ありがとうございます」
職人(こんな若造が俺の技をこうもあっさりと……ありえねえ!)
職人「つ、次の工程だ」
男「はい」
職人「今度は見て覚えるんじゃなく、聞いて覚えやがれ!」
男「分かりました」
職人「じゃあ目隠しして、俺の作業してる様子を耳で聞いとけ!」
職人「これをこうやって……こうやって……」シャカシャカ
職人「こうする!」チョキチョキ
職人「さ、やってみろ」
男「はい」
男「これをこうやって……こうやって……」シャカシャカ
男「こうする」チョキチョキ
職人「で、出来てやがる……!」
職人(ありえねえ! なんで聞いただけで出来ちまうんだよぉっ!)
職人「三番目の工程だ!」
男「はい」
職人「次は見るのも聞くのもダメだ! 嗅いで覚えやがれ!」
男「分かりました」
職人「じゃあ、目隠しして耳栓しろ」
男「はい」
職人(さすがにこれなら無理だろ……)
職人(俺の伝統工芸は、今日来たばかりの素人がやすやす覚えられるほど安いもんじゃねぇんだ!)
職人「さっき作ったこれとあれを組み合わせて……」トンテンカントンテンカン
職人「さらにこれをくっつける!」ペタペタ…
男「……」クンクン
職人「もう目隠しと耳栓を外していいぞ」
男「……」クンクン
職人「……って聞こえてねえのか! 手間のかかる!」
職人「さ、やってみろ」
男「はい」
男「さっき作ったこれとあれを組み合わせて」トンテンカントンテンカン
男「さらにこれをくっつける」ペタペタ…
職人「なぜだぁ……? なんでだぁっ……!?」
職人(次がいよいよ最後の工程……)
職人(もし次のをあっさり覚えられたら、俺の価値は? 俺のやってきたことは? 俺の人生は?)
男「どうかしましたか?」
職人「……いや、なんでもねえ」
職人「最後の工程だが……見るのも聞くのも嗅ぐのも禁止だ!」
職人「感じて覚えやがれ!」
男「分かりました」
職人「いくぜ!」
職人「今までの工程で作ったこれをこうして……」ギーコギーコ
職人「こうしてああしてこうしてああして」ガンガンガンガン
職人「整えて……」ナデナデ
職人「完成だ!」ジャン!
職人「さ、やってみろ!」
男「はい」
男「今までの工程で作ったこれをこうして」ギーコギーコ
男「こうしてああしてこうしてああして」ガンガンガンガン
男「整えて」ナデナデ
男「完成です」ジャン!
職人「……!」
職人「ふ、ふ、ふ、ふざけんなァァァァァッ!!!」
男「ふざけてなんかいませんよ」
職人「いーや、ふざけてる!」
職人「なんで!? なんで出来ちまうんだよ!?」
職人「俺が親方に殴られ蹴られ投げられしてやっと覚えた技をなんで出来ちまうんだよぉ!」
職人「こんな簡単に覚えられたら、俺の立場はどうなる!?」
職人「てめえだって俺のように苦労すべきなんだよぉぉぉぉぉ!!!」
男「……」
職人「――――!」ハッ
職人(俺は……何をいってるんだ?)
職人(俺は今まで本当に後継者を育てようとしてきたのか……?)
職人(いや、いつも俺の心の中にあったのは……)
職人(いかに俺のやってることの大変さや貴重さを、若造どもに思い知らせるか、それだけだった)
職人(俺が親方にやられて辛かったことを、弟子希望者にもやってただけだった!)
職人(今までの奴らがみんな辞めちまったのは、あいつらのせいじゃない! 俺のせいだ!)
職人「うわあああああああああああっ……!!!」
職人「あんたのおかげで……俺はすっかり気づかされちまったよ」
職人「頑固で誇り高い職人のはずの俺が、栄光にすがりつくだけのおっさんだったってことに……」
男「……」
職人「なぁ、あんた……」
男「はい」
職人「あんたはおそらく覚えるだけじゃなく、教え方もうまそうだ」
職人「俺に教え方を教えてくれないか?」
男「分かりました」
――
――――
職人「ではよろしいですか、皆さん」
職人「最初の工程から始めていきますので、皆さんもゆっくりと私の真似をしてみて下さい!」
「はいっ!」
職人「いい返事です!」
職人「では始めていきましょう。焦らず自分のペースで作業して下さいね!」
生徒「えーと……」モタモタ
職人「ここはそうじゃないですねえ」
職人「こうすると、うまくできますよ!」サッサカ
生徒「なるほど! ありがとうございます!」
職人(あれから俺は心を入れ替え、自分の技と経験をより大勢の人に、より丁寧に教えるよう努力している)
職人(覚えが悪い奴や不器用すぎる奴にだって決して差別はしない。来る者拒まずだ)
職人(おかげで、何人か磨けば宝石になりそうな奴も発掘できた)
職人(俺の代でついえそうだった俺の伝統工芸は、どうやら引き継がれていくことになりそうだ……)
――
――
男「……ええ、全てうまくいきました」
男「あの職人の持つ技は大勢の人に受け継がれていくことになるでしょう」
『流石だ……』
『ところで、君は本当に見たり聞いたりするだけで技を覚えたのか?』
男「まさか」
男「事前に職人の仕事ぶりを密かに徹底的に360度から撮影し、最新式コンピュータで分析し」
男「猛烈な反復練習で、彼の動きや技をトレースできるようにしただけのことです」
『“だけのこと”と謙遜するが、君の天才的な才能があって初めてできることだな』
男「恐れ入ります」
男「それに、やはり撮影やコンピュータ分析だけでは限界があります」
男「私の技量は、職人の工芸品を完全再現するレベルには至っていませんでした」
男「もっとも、職人も冷静さを欠いていたので、それには気づかなかったようですがね」
『そうなることも、君の計算通りだったんだろう?』
『ある日突然、自分が数十年かけてようやく作れるようになった品を、ろくな教えもなく』
『近いレベルで作れるような輩が現れたら、誰だって動揺するに決まってる』
男「そういうことです」
『ご苦労だった』
『また近いうちに仕事を頼むことになるだろうが、しばらくは休息してくれ』
男「承知しました」
男「復興させたい伝統がありましたら、国家直属伝統復興課(所属一名)のこの私まで」
男「ご連絡下さいませ……」
― END ―
男「復興課に来たいだぁ?」
男「今までもそんな奴らが大勢やってきた。だが、みーんな辞めちまった!」
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