梓「他校に見学……ですか?」
杏「そーそー、もう話は通してあるからさ。」
生徒会室に呼び出された梓は杏から他校へ見学を言い渡された。
突然の呼び出しに嫌な予感を感じていた梓だったが、それが外れたのか当たっているのかわからない内容に複雑な気持ちを抱いていた。
梓「それはわかりましたけど、よくそんなの他校が許してくれましたね。」
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杏「もちろんタダじゃないよ。代わりにウチも見学していいって条件でね。」
梓「えぇ!?大丈夫なんですか?」
杏「へーきへーき、ウチなんて見たって大したことないからさ。澤ちゃんが他校からいろんなことを学んできてくれればおつりが返ってくるくらいだよ。」
梓「会長がそういうなら……まぁ……。それで、他には誰が行くんですか?」
杏「ん?澤ちゃん1人だよ。」
梓「え?」
杏「まずはサンダースね。明後日時間をもらってるから朝から行ってきて~。」
梓「えぇ~~~!!!」
人影もまばらな大洗女子学園のはるか上、夕暮れの空に梓の声が響いた。
翌々日、梓はサンダーズ大学付属高校に来ていた。
事前に優花里から地図をもらっていた梓は迷わず目的地にたどり着くことができた。
扉の前で深呼吸し、小さく自分を鼓舞する。
梓「よし、勉強するぞ。頑張れ私!」
ノックして部屋に入る。するとそこにはサンダースの隊長、ケイが待ち構えていた。
ケイ「ハーイ、ラビット!」
梓「ケイさん、本日はよろしくお願いします!」
ケイ「えぇ、よろしくね。ところでアンジーからは練習風景の見学って聞いてるけど、ラビットはなにが知りたい?」
梓「なにが……ですか?」
ケイ「そう、闇雲に見ても身につかないでしょ?だから梓が知りたいことをまず決めたほうがいいと思うの。」
梓「うーん、そうですね……それなら隊長とか副隊長をやる上で大事なことが知りたいです。」
ケイ「なるほど。ラビットは来年は副隊長、再来年は隊長になりそうだものね。」
梓「はい、西住隊長から副隊長をやってほしいと言われているんですが、具体的にどうしたらいいのかいまいちわからなくて……。」
ケイ「みほはなんて言ってるの?」
梓「好きなようにやってって……。基本的なことは教えてもらいましたけど、それでもまだわからないんです。」
ケイ「うーん、まぁあなたたちは自由に動かしたほうが良い働きするからね。じゃあ、私たちの場合どうしてるかを教えてあげるから、それを参考にしてみて。」
梓「ありがとうございます!」
ケイ「ウチの場合は私が隊長、アリサが副隊長になるんだけど、私は基本的に指示出ししかしないわ。アリサが状況判断して、その場で作戦を考える。」
梓「それだとアリサさんが隊長みたいですね。」
ケイ「みほがそうだからそういう印象はあるかもね。でもトップが1人で決めちゃうと、その作戦がダメであってもそれに従うほかなくなるわ。」
梓「どういうことですか?隊長が決めたことならそれに従うしかないと思うんですが……。」
ケイ「それで上手くいくのはトップが天才だったときだけ。人が常に正しい選択を取れるとは限らないわ。人はミスをしてしまうものだもの。」
梓「あ、だから副隊長が作戦を立てて、隊長が良し悪しを判断するんですね?副隊長が変な作戦を立てたときに反対できる人が必要だから……。」
ケイ「そういうこと!スピードは少し落ちちゃうけど、その分致命的なミスはなくなるわ。もちろんスピード感が求められる時は私が作戦を考えるわ。」
梓「なるほど。西住隊長がいるうちはいいですけど、私が隊長になったときはその方式にするかもしれません。」
ケイ「うん、他の隊長にも聞いてみて自分に合うやり方でやればいいと思うわ。」
梓「勉強になりました!」
ケイ「じゃあそろそろ練習に行きましょうか。紅白戦を見せてあげる。無線の内容を聞けるようにしてあげるから隊長、副隊長がどういうやりとりをしているか意識してみて。」
ケイが他のメンバーが待つミーティングルームへ行き練習メニューを伝えると、早速 ケイが率いる紅チームとアリサが率いる白チームに分かれてブリーフィングが行われる。
しばらくすると全員が戦車に乗り込み、紅白戦が始まった。結果は紅チームの勝利。白チームにはサンダースのエースであるナオミがいたにも拘らず、だ。
一部始終を見聞きしていた梓は改めてケイの凄さを認識した。
ケイ「どうだった?ラビット。」
全ての練習メニューが終わり、再度ケイが梓のもとにやってきた。
笑顔で近づいてくる彼女に、梓は安心感に似たなにかを感じた。
梓「凄かったです。ケイさんの判断スピードがものすごくて、常に先手を打ててたのが印象的でした。あと、紅チームの方が隊列がしっかりしていた?気がします。」
ケイ「ふんふん、同じように組んだチームなのに隊列がしっかりしてたのはどうしてだと思う?」
梓「えーと、わからないです……。指示が早い分余裕があるから、とかですか?」
ケイ「それもあるけど、チームの士気も影響してるわ。」
梓「どういうことですか?」
ケイ「当然のことだけど、やる気があるのとないのとじゃあ同じ作業をしても細かい部分に違いがでてくるの。やる気を上げるには士気を上げる、つまりチームを盛り上げないといけないわけ。」
梓「あー、確かにケイさんは明るく指示を出してたり、励ましたりしてましたね。それが士気を上げる効果があるってことですよね?」
ケイ「それだけじゃないけど、それも要素の1つね。大事なのは普段の振る舞いよ。」
梓「確かに、いつも明るくてフレンドリーですよね。……凄いなぁ、それであんな大勢の隊員をまとめて、私なんてうさぎさんチームをまとめるだけでも精一杯なのに。」
少しうつむいた梓をケイが抱きしめる。
梓は驚いたが、抵抗することはなかった。
ケイ「梓、大丈夫よ。あなたはこれから成長できる。あなたはあなたのやり方を見つければいいわ。」
梓「ケイさん、今名前……。」
ケイ「ふふ、たまにはいいでしょ?」
ケイが少し離れると梓は名残惜しそうにしていたが、先ほどとは違いその顔はしっかりと前を向いていた。
梓「やっぱりケイさんは凄いです。私、ケイさんに褒められたり、慰められる度に自分がやる気になっていくのがわかりました。」
ケイ「それなら良かったわ。そんなやる気になったラビットには特別に私のリーダー論も教えてあげる。」
梓「リーダー論、ですか?」
ケイ「えぇ、リーダー、つまり隊長とはどういう人で、どういう振る舞いをするべきかって話ね。」
梓「わぁ、凄く興味があります!」
ケイ「リーダーとは、メンバーとお互いに信頼しあい、その能力が活かせる環境を作るものである!これが私のリーダー論よ。」
梓「能力を活かせる環境……明るく振る舞うことでその環境を作ってるんですね。」
ケイ「That's right!勿論明るいだけじゃダメだけどね。メンバーに合わせて環境を作るのが大事よ。」
梓「なるほど!ありがとうございました!……ところでなんで私にそんな大事なこと教えてくれたんですか?他校なのに……。」
ケイ「ラビットの将来が楽しみだから、ついね。他校ではあるけれど、あなたたちのことは応援しているわ。立派な隊長になってね!」
梓「ケイさん……!ありがとうございます!頑張ります!」
次に梓が訪れたのはアンツィオ高校だ。
こちらもまた優花里にもらった地図を頼りに歩いていくと、ドゥーチェコールで盛り上がっている面々を見つけることができた。
中心の壇上でポーズを取っていたドゥーチェことアンチョビが梓に気づくと、壇上からピョンと飛び降り挨拶のキスをした。
アンチョビ「良く来たな、友人!今日は楽しんでいってくれ!」
梓「あ、はい、ありがとうございます……。」
アンチョビ「ん?どうした?緊張なんてする必要ないぞ!」
梓「いえ、その、キスされるとは思ってなかったので……。」
アンチョビ「あぁ、すまない。ここにいるとついやってしまうんだ。確かに他校では珍しいよな。」
梓「そ、そうですね……。」
アンチョビ「まぁそんなことは良いじゃないか!早速練習を見ていってくれ!なんだったら参加してもいいぞ!」
梓「見学で大丈夫です!それと、アンチョビさんに質問があるんです。」
アンチョビ「質問?なんでも聞いてくれ!」
梓「アンチョビさんのリーダー論を教えてください!」
アンチョビ「リーダー論、リーダー論か。……おいお前たち!リーダーとはなんだ!?」
少し考えたアンチョビは、後ろに控えていたメンバーに問いかける。
ペパロニ「ドゥーチェみたいな人のことっス!」
カルパッチョ「ドゥーチェこそリーダーです!」
「「「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」」」
ドゥーチェコールの中アンチョビがマントを翻して梓の方に振り返る。
アンチョビ「これがリーダーだ!リーダーとは皆に認められた者だ!」
「「「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」」」
梓は素直に凄いと思った。これがカリスマなのだと思い知らされた。
全員が自分の意思でアンチョビを尊敬し、声を合わせてドゥーチェと叫ぶ。
自身の隊長でもある西住みほや、カリスマ性があると言われるプラウダ高校のカチューシャでもこんなことはできないだろう。
アンチョビ「さぁ、練習だ!全員配置につけ!お客様に恥ずかしいところを見せるなよ!」
全員が戦車に乗り込んだあとも梓が動けずにいると、アンチョビが近づいていき、声をかけた。
アンチョビ「こうなるまで大分時間がかかったよ。」
梓「え?」
アンチョビ「あの子たちはノリと勢いはいいんだ。だけどその反面不満があるとすぐやめちゃう。頑張って作戦を立てて、わかりやすく説明して、それを何回も繰り返してやっと認めてもらったんだ。」
梓「……意外です。アンチョビさんは元々好かれてたのかと思ってました。」
アンチョビ「無条件で好かれるなんて、そんなやつはいないさ。さ、練習を始めるぞ。」
アンツィオの練習風景はそれはもう酷いものだった。
単調な訓練はすぐ投げ出し遊びだす、紅白戦をやらせても作戦は基本的になくただ闇雲に走り回り、酷いときには同じチームに攻撃することもあった。
まともに訓練が出来ていたのはカルパッチョのみと言っても過言ではないだろう。
この光景に梓は言葉を失い、アンチョビは深くため息をついた。
アンチョビ「もう少しやる気になってくれればなぁ。」
梓は苦笑するしかなかった。
次に梓はプラウダ高校にやってきた。
こちらは受付に行くとカチューシャ、そしてノンナがすでに待機していた。
当然カチューシャは肩車されており、上から梓を出迎える。
カチューシャ「良く来たわね!この私が直々に出迎えてあげたんだから光栄に思いなさい!」
ノンナ「ようこそ、プラウダ高校へ。」
梓「あはは、よろしくお願いします。」
梓はミーティングルームに向かいながらやはり尋ねる。
その答えは全く想定外のものだった。
カチューシャ「リーダー論?そんなの考えたこともないわ。」
ノンナ「カチューシャは生まれながらのリーダーですので、そんなものは必要ないかと。」
カチューシャ「ノンナ、なかなかわかっているじゃない!」
梓「えぇ……なにもないんですか?」
カチューシャ「しつこいわね!ないものはないの!これ以上言うならシベリア送りよ!」
ノンナ「日の当たらない教室で待機、見学はなしという意味です。」
梓「わ、わかりました!わかりましたから!」
梓が諦めると同時に3人はミーティングルームに到着した。
すると先ほどまで賑やかだった室内がしんと静まり、全員がその場で直立する。
梓はその異様な光景に恐怖を覚え、プラウダ高校に来たことを後悔したのだった。
ノンナ「同志カチューシャ、本日の練習メニューをお願いします。」
カチューシャ「んー、そうね。ゲストもいるし派手なのがいいわね!」
カチューシャは梓を横目で見てニヤリと笑う。梓はその可愛らしいはずの笑みに邪悪なものを感じた。
カチューシャ「今日はウサギ狩りよ!」
梓の嫌な予感とは裏腹に、その練習自体はまともなものだった。
10輌の戦車で3輌の戦車を追いかけ、待ち伏せ、そして撃破する。これを何度もチームを変えて行った。
言うだけならば簡単だが、実際はもっと複雑だ。ウサギ側も攻撃は許可されているし、待ち伏せも読まれていてはろくに機能しない。綿密な作戦とそれを実行する能力、それがなければとてもじゃないが狩りはできないだろう。梓はこの光景に戦車道大会でプラウダと戦ったときのことを思い出した。
カチューシャ「今日1匹も狩れなかったチームはシベリア送り25ルーブルよ!」
ノンナ「同志カチューシャ、ウサギの数え方は匹でなく羽です。」
カチューシャ「うるさいわね!このカチューシャが匹と言ったら匹なの!」
カチューシャの脅しが効いたのか、全チームが少なくとも1輌撃破する結果となった。
梓は「こういうやる気の出させ方もあるんだ」と素直に感じたのだった。
練習が終わり、挨拶を済ませると梓はノンナに送られヘリポートへと向かった。
梓「今日はありがとうございました。」
ノンナ「澤さん、カチューシャのリーダー論を知りたがってましたね?」
梓「え?はい、そうですね。」
ノンナ「カチューシャは今日、あなたにそれを見せました。ミーティングルームでの皆の態度、自らの手の内を明かすような練習、あなたが抱いたカチューシャへの気持ち、これら全てがカチューシャがリーダーたる所以に繋がります。今日のことを忘れずに、しっかり自分の糧にしてください。」
梓「はい!ありがとうございました!」
次に梓が訪れたのは黒森峰女学園だ。
言わずと知れた名門中の名門、その厳かな雰囲気に梓は自然と固くなった。
まほ「ようこそ、黒森峰へ。歓迎する。」
梓が校内に足を踏み入れると、そこには西住まほと逸見エリカの姿があった。
まさかまほがいるとは思ってもみなかった梓は慌てて挨拶を返す。
梓「は、はい!本日はよろしくお願いします!」
エリカ「なんだかあの子みたいね。大洗はおどおどしたのが受けるのかしら。」
まほ「エリカ、客人に失礼だぞ。」
エリカ「す、すみません隊長。」
まほ「すまなかった。萎縮せずに今日はなんでも聞いてくれて構わない。」
梓「それなら教えてもらいたいことがあるんです!」
まほ「ああ、聞こう。」
梓「私、ケイさんのリーダー論に感銘を受けて……それで西住さんのリーダー論も聞かせてほしいんです!」
まほ「リーダー論、か。そうだな、私はリーダー、隊長とは困難に挑み、打ち勝つものだと思う。」
梓「なんだが意外です。なんというか……困難なんてない!何をやらせても完璧!みたいなタイプだと思ってました。」
まほ「そんなことはない。戦車道は困難の連続だ。そして私はそれから逃げ出さなかったからこそ皆がついてきてくれるんだ。西住流を全うするための厳しい規律にも、だ。」
エリカ「はい!私はどこまでも隊長についていきます!」
まほ「エリカ、次の隊長はお前なんだ。私の後をついてくるだけではダメだ。今度はお前が皆の前に出て困難に立ち向かうんだ。」
エリカ「はい!任せてください!私が逃げ出すなんてあり得ません!」
まほ「おっと、話が逸れてしまったな。他に質問はある?」
梓「いえ、大丈夫です!」
まほ「では練習場へ案内しよう。」
やはり黒森峰はレベルが違う。
砲撃の精度、操縦技術、隊列の美しさ、どれを取っても今まで見てきたどの高校よりも高い水準にあると感じた。
次から次へと指示通りに隊列を変える車輌に感動すら覚えた。
梓「はぁ~、やっぱり黒森峰は違うなぁ。」
梓は休憩時間に1人散歩して時間をつぶしていると、足元に自分のものではない影があることに気がついた。
驚いた梓が勢いよく前を見るとそこにはエリカが仁王立ちしていた。
エリカ「あなた、ちょっとこっち来なさい。」
立ち尽くしている梓をエリカは人気のない校舎裏まで手をひくと、急に立ち止まり梓に向き直る。
なにか怒らせることをしたのだろうか、梓は恐怖に震えながら精一杯の声を出した。
梓「な、なんでしょうか……?」
エリカ「あなた、リーダーが云々とか聞いて回ってたみたいだけど、あなたがまず知るべきは副隊長としてどうするべきかじゃないの?順番を飛ばしているんじゃない?」
梓「良かった、殴られるとかはなさそう……。」
エリカ「あんたなに言ってんの?そんなことより、どうなの?」
梓「それは……確かにそうですね……。そうか、失敗しちゃったな……。」
エリカ「西住隊長がいるうちに聞きたい気持ちはわかるけどね。隊長は日本で、いや世界で最も隊長に相応しいお方だもの。」
エリカがまほのことで機嫌良さそうにしているのをチャンスと見て、梓は質問する。
梓「あ、あの!逸見さんは副隊長はどうするべきだと考えていますか?」
エリカ「そうね、やはり隊長の考えを理解して、フォローするのがまず1つ。そしてチームの空気を作るのも副隊長の仕事だと私は思っているわ。」
梓「1つ目はなんとなくわかるんですが、2つ目はどういうことですか?」
エリカ「大洗ではみほが挨拶するとき、誰が仕切ってた?」
梓「河嶋先輩です。」
エリカ「ほら、副隊長が仕切ってるでしょ?他の学校でもそうだったはずよ。まぁそうでなくてもみほが仕切るなんてできないでしょうね。あの子はあんなんだから真面目な雰囲気にさせることができないのよ。」
梓「あー、なるほど。西住隊長が優しい分、副隊長が厳しくしないと場が緩んじゃうんですね。それが空気を作るに繋がるわけですか。」
エリカ「その通り。あなた、大変よ。みほの甘さは底なしだからね。私も中学で散々な目にあったわ。」
梓「そういえば西住隊長と逸見さんはチームメイトだったんですよね?やっぱり隊長は西住隊長で、逸見さんが副隊長だったんですか?」
エリカ「ええ、私は1年生のころから西住隊長にみほを頼まれてたからね。その時からもう約束されたようなものだったわ。嫉妬されてみほ係なんて言われたこともあったわね。」
梓「凄いですね!1年生の時から期待されてるなんて!」
エリカ「あなたも同じようなものじゃない。再来年には大洗の隊長が約束されてる。それに皆が期待してるからリーダー論なんて大層なもの教えられるんでしょ?」
梓「そう……なんですかね?」
エリカ「そうよ。だから私もあなたに教えてあげる。」
そう言ってエリカは何冊か束になったノートを手渡した。
梓「このノートは?」
エリカ「あげるわ。みほと作戦を考える時に使ってたノートよ。これを見ればあの子の戦術は大体わかるわ。みほが捨ててなければあと何冊かはあるはずよ。」
梓「え?そんなのもらっちゃっていいんですか?」
エリカ「構わないわ。私にはもう必要ないもの。必要なのは来年みほの隣にいるあなた。そうでしょ?」
梓「ありがとうございます!……大事にします!」
エリカ「ええ。……そろそろ休憩も終わるころね。戻りましょう。」
梓「はい!」
元気良く走る梓の背中にエリカが小さく呟いた。
エリカ「頑張りなさいよ、みほ係。」
梓「今日は本当にありがとうございました!」
まほ「ああ、大洗の皆にもよろしく伝えてくれ。」
梓「はい!エリカさんも、ありがとうございました!」
エリカは小さく手を振って応える。
それを合図にしたかのようにヘリは黒森峰を飛び立つのだった。
まほも、エリカも、小さくなっていくヘリがやがて見えなくなるまで見送っていた。
最後に梓が訪れたのはみほが未だに勝てていない相手であるダージリン、そして自身のライバルであるオレンジペコが所属している聖グロリアーナ女学院だ。
梓が案内されて部屋に入ると、そこには優雅にお茶を楽しむダージリン、オレンジペコの姿があった。
梓「失礼します!本日はよろしくお願いします!」
ダージリン「あら澤さん、ごきげんよう。」
オレンジペコ「ごきげんよう、お疲れでしょう?どうぞ座ってください。」
梓「あ、はい。失礼します。」
オレンジペコに促されて椅子に座ると、目の前のカップに紅茶が注がれる。
それを梓が一口飲んだところでダージリンが口を開いた。
ダージリン「澤さん、各校の見学、どうだったかしら?」
梓「そうですね……。どの学校も違ってて、凄く勉強になりました。」
ダージリン「ふふ、個性があって面白かったでしょう?サンダースは隊員のやる気によって、アンツィオは隊長の頑張りによって、プラウダは恐怖によって、黒森峰は規律によって、それぞれ色んな方法で隊をまとめてる。」
梓「はい、どの隊長も本当に凄いと思いました。尊敬しちゃいます。」
ダージリン「では大洗はどうかしら?」
梓「私たちは……わかりません。少なくとも私は西住隊長の指示に従っておけば間違いないと思っていますけど。」
ダージリン「そうね。あなたたちは戦車に乗ったこともなかった初心者、だからこそみほさんの言うことに疑問を抱かずにまとまることができた。そして勝たなければ廃校いう逆境がモチベーションの維持に繋がった。」
梓「そうですね。実際同じ初心者のはずの河嶋先輩の練習方法に文句を言う人はいなかったですし、他人任せだったところはあったと思います。」
ダージリン「では来年、戦車道経験者が入ってきたらどうなるかしら?廃校というある意味のモチベーターもなくなり、目標を失ったあなたたちは後輩をどう納得させ、まとめるのかしら?」
梓「それは……。」
ダージリン「みほさんはきっと勝ちに執着はしないでしょう。それは悪いことではないけれど、それでは来年以降大洗で戦車道をやりたいと思う人は少なくなるでしょうね。」
梓「それじゃダメなんですか?」
ダージリン「構わないけれど、それはつまり、将来また大洗女子学園が廃校になるかもしれないということよ?やる気があるチームとないチーム、その違いをあなたは見てきたはずよ。」
梓「た、確かに……。」
梓はサンダースとアンツィオのことを思い出していた。
チームのモチベーションを保ち、同じ戦力のはずの相手を圧倒するケイの姿。あんなに慕われているアンチョビの言うことを聞かず、自由に動き回るアンツィオの戦車。
ダージリンが言っていることは正にこのことだろう。
ダージリン「だから澤さん、あなたが大洗を勝利に執着させる存在に、チームをまとめる楔になりなさい!」
梓「で、でも、私にそんなことできるか……。」
ダージリン「まぁ、私が強制できることではないからやるやらないはお任せするわ。でもね、あなたは色んな方法を見てきて、勉強しているのだからできないということはないと思うわ。ねぇ?オレンジペコ?」
オレンジペコ「はい、私も梓さんならできると思います。」
梓「……わかりました、やってみせます!」
ダージリン「ふふ、話が長くなってしまったわね。練習に行きましょうか。」
梓「あ!その前に、ダージリンさんのリーダー論を教えてください!」
ダージリンはまだ立ち上がれていない梓の横を通りながら答える。
ダージリン「リーダーは優秀なものが自然となるものよ。あるがままでいいの。リーダー論というものは存在しないわ。」
梓「それじゃあ聖グロリアーナをどうやってまとめてるんですか?」
そしてドアの前で見返る。その表情は微笑んでいるが、梓にはどこか寂しげにも見えた。
ダージリン「伝統、よ。良くも悪くもね。」
梓「皆さん練習中でも紅茶を持って戦車に乗るんだね。」
オレンジペコ「ええ、それが伝統ですから。」
梓「これになんの効果があるの?」
オレンジペコ「効果ですか?特にないですね。」
梓「ええ!?効果がないのにやるの?」
オレンジペコ「ええ、伝統ですから。」
梓の案内役を務めているオレンジペコが短く答える。
他校から見れば異様なそれはこの学校では伝統としてやって当然のものなのだ。
梓「それってやめた方がいいんじゃ……。」
オレンジペコ「伝統を簡単に変えることはできません。例え意味がなかったとしても、聖グロリアーナはこのやり方で強豪校になったんです。」
梓「そ、そうなんだ……。」
想像もしなかった答えに開いた口がふさがらない梓だったが、確かに他校と比較しても操縦の技術は遜色ない、いや、むしろ高いくらいだと感じた。
しかし梓はそれよりもどうも素っ気ないオレンジペコの態度の方が気になっていた。
梓「ペコさん、どうしたの?」
オレンジペコ「梓さんはズルいです。学校見学で1人だけ成長して。」
梓「もしかして、拗ねてる?」
オレンジペコ「拗ねてません!……ただ、ちょっと羨ましいです。」
梓「ペコさんだって頼めば見学くらいさせてもらえるんじゃない?」
オレンジペコ「そうじゃありません。私は聖グロリアーナの隊長を期待されているんです。ダージリン様が先ほど仰ったでしょう?我が校は伝統によってまとまっているんです。梓さんのように自分のやり方で、というようにはいきません。」
梓「あ、そうか……。型が出来上がっている分隊長の個性は出せないんだ。」
オレンジペコ「そういうことです。例え私が成長せずに隊長になったとしても、ある程度の成績は残せるでしょう。」
梓「じゃあなんで隊長を期待されてるの?誰がやっても同じみたいに聞こえるけど。」
オレンジペコ「それは当然判断能力が他の人より優秀と評価されているからです。素早く正確に伝統に沿った動きを判断できる。それだけです。」
梓「それは違うよ。」
オレンジペコ「梓さん?」
梓「それならダージリンさんは私をここに呼んだりなんかしない!お互いに学校見学させるなんて条件飲まない!これには意味があるはずだよ!」
オレンジペコ「……そうでしょうか?」
梓「そうだよ!だからペコさんも自分のやりたいことをダージリンさんに伝えてみたほうがいいよ!きっと認めてくれるよ!」
オレンジペコ「……そうですね。変えたいなら、自分からいかないとダメですよね。私、きちんとお話してきます。」
梓「うん、頑張ってね!」
梓「今日はありがとうございました。」
ダージリン「ええ、気をつけてお帰りになってね。」
おじぎする梓にダージリンが挨拶を返す。
梓が頭を上げるとオレンジペコがかけより別れを惜しむように声をかけた。
オレンジペコ「梓さん、今度は私が大洗にお邪魔させていただきますね。」
梓「うん!またね!」
固い握手を交わした2人の瞳はまっすぐにお互いを見つめて再会を誓う。
その姿にダージリンは確かな光、明るい未来を見たのだった。
杏「いやー、戻ってきて早々悪いね。」
みほ「澤さん、お疲れ様でした。」
杏「んで、どうだった~?」
梓が大洗に戻ってきてすぐ、梓は杏に呼び出されて生徒会室に来ていた。
そこにはみほの姿もあり、見学の感想を求められた。
梓「色んな人から色んな考え方を聞いて、副隊長としての自覚、といいますか、考え方を決めることができました。最初は不安だったんですが、今ではいい経験だったと思います!」
杏「そっかそっか、じゃあ良かったよ。」
みほ「頼もしいですね。」
杏「それだけ聞ければ十分かな。疲れてるだろうからもう大丈夫だよ。お疲れ~。」
梓「はい、失礼します!」
杏「……これで河嶋の代わりは大丈夫そうだね。良かったね、西住ちゃん。これで西住ちゃんは今までよりもっと楽しく戦車道ができるようになるよ。」
みほ「ははは……でも、確かにモチベーション管理はずっと課題だったので、澤さんが頑張ってくれるなら負担が減って助かります。」
杏「しかも河嶋と違って文句も言わないし癇癪も起こさないしね~。」
みほ「か、河嶋先輩も私が苦手なことを積極的にやってくれてたので助かってましたよ?」
杏「西住ちゃん優しいなー。……本当にありがとう。来年からもこの学園をよろしくね。期待してるよ。」
みほ「はい!頑張ります!」
以上です。
梓の話を書きたくて気軽な気持ちで学校見学させたのですが、思ったより長くなってしまいました。
書いてるうちに本題と違うことを書きたくなっちゃうパターンですね。
聖グロの部分は違和感があったかと思いますが、設定上ああするほかありませんでした。この設定もどこかで詳細を書けたらなぁと思っています。
次回ですが、複数同時進行で書いているので書き終わったやつから投稿していくつもりです。
では、ここまで読んでいただきありがとうございました。
乙あり!
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