淫魔の国と、こどもの日 (540)


*****

勇者(……なん、だ。……苦……暑い……)

ある朝目が覚めると、すっぽりと、頭まで毛布の中に潜り込ませていた事に気付いた。
息苦しさに悶えながら跳ねのけようとするが、毛布は異様なほどに重くて、
寝起きの入り切らない筋力を駆動させてようやく少し持ち上がる程度だった。
まるで、水をたっぷり含ませでもしたかのように――――重すぎる毛布が、吸気を妨げてくる。
容赦ない重さが体に圧し掛かり、肺の中の空気が失われて行く。

勇者(誰か、上に乗って……抑えつけてる、のか……? サキュバスB? いや、それとも……)

更に、シーツに手をついて、背筋を使って持ち上げるようにするとようやく毛布が浮いた。
その拍子に口を開けたと思しい方向から、冷たく新鮮な空気が、暑苦しい毛布の中へ流れ込む。
その空気を逃すまいと吸い込み、そちらの方向へ這い進むと――――毛布ともシーツとも違う質感へ、鼻面が行き当たった。


勇者「ぷふっ……! おい、サキュバスB! いい加減に――――ん……?」

目を凝らして、カーテンの間から差し込む薄明に照らされたそれは、“枕”だったが……
ただし、その高さはまるで違う。
首がおかしな方向に曲がってしまいそうなほど高く、分厚く、横に広い。
見れば、頭が載っていたと思しい凹みを残してはいるが――――その凹みは、自分の頭のものとは思えないほど大きい。

勇者「……? 何……か、おかしいな」

疑問をこらえながら、吸えた空気を逃さぬように捉え、体をくねらせながらようやくまとわりつく毛布から抜け出て、仰向けに身体を起こす。
そこで、ようやく見えたのはいつもの寝室の風景――――では、ない。


勇者「何だ、ここは……」

最初に目に映ったのはあまりに……あまりに広いベッドだ。
見慣れた支柱の象嵌、確かに見覚えのある毛布と天蓋から下がる目隠しの薄絹。
だが、その広さはまるで凪いだ海原のようにも感じて――――ふと、背筋が冷えた。
凪いだ海に落ちてしまったような心細さが、まず心に湧き起こった。
仰げば見える天蓋は文字通り天に蓋するように遠く、立ち上がっても近づく事すらできそうにない。
事態の把握に努めようにも、戸惑い焦るばかりの思考が邪魔をする。
落ち着くべく水差しに伸ばした手をふと見て、更に。


勇者(え……? これ、俺の……手、なの……か……?)

伸ばした利き手に宿る小さな爪、細すぎる指、刻まれていたはずの戦傷は跡形もない。
それは伸ばした先にある水差しの背丈と見比べると、ことさらに異様だった。

勇者「……夢か。そうか。……なら、もう少し……眠ってもいいな」

水を飲む事は諦め、もぞもぞと布団に戻り――――高すぎる枕を避けて、折り畳んだ腕を枕に横臥し、毛布の陰に身を寄せるように眠りに入る。
しかし寝入る寸前に。

堕女神「陛下、おはようございます。よくお眠りになられましたか? それでは今朝も――――けさ、も……え? え……?」

いつものように朝を告げに来た声は、凍りつき、やがて――――。

堕女神「……陛下、です……ね?」

気遣い、戸惑いながらの問いかけに変わった。

*****

不格好にだぶついたシャツの袖は、三度も折り返してようやく手が出た。
裾はまるで大外套のように腿まで伸びていた。
ズボンの裾もまた同様で――――穴が足りないベルトそのものを結んで留める有り様だ。
ベッドに腰かけている今も床に足がつかない。

勇者「……服……」

堕女神「はぁ、まぁ……今日中に何とか用意いたしましょうか。しばし不自由を御掛けいたします」

勇者「ああ、いい。いいとも。……でもなぁ。これはな……予想外だー……」

奇妙に重い毛布の謎。
まるで化かされたように広く、天蓋まで遠くなっていたベッドの謎。
それに加えて、今――――寝台に腰かける勇者の目線の高さに、堕女神の細くくびれた腰がある。
顔を上げれば、当惑しきった堕女神が忙しなく赤黒の眼を泳がせ、縦細い瞳を収縮させながらこちらを見やる。


勇者「……堕女神、正直に答えてくれ。今の俺は……どうなってる?」

堕女神「……本当に、申し上げてもよろしいのでしょうか?」

勇者「頼む。言ってくれ。俺は受け止める」

堕女神「はぁ、それでは……謹んで」

堕女神が姿勢を整え、ゆっくりと視線を眼下の“勇者”へ注いで――――こくり、と喉を鳴らしてから、口を開く。
今目の前にある事実を受け止め、かつ勇者にゆっくりと預けるように。

堕女神「…………陛下は」

勇者「俺は?」

堕女神「……陛下は――――――――幼子の姿に、なっておられます」


勇者「……何で?」

堕女神「申し訳ありません、私にも……事態が……」

何度手を見やっても、そこには刻まれた“時”がない。
まっさらで傷一つなく、剣を握り続けた故の隆起もない。
取ってこさせた鏡を覗き込めば、そこにはすでに遠くなった昔の、農作業の合間に川面に映した時そのままの幼い面影が映し出されていた。
生まれてきて十年を越えたばかりの頃――――まだ自分の使命も運命も、宿命さえ知らなかった、あの頃の。

堕女神「陛下。その……確かに、幼少の頃のご自身の御姿であらせられますか?」

勇者「間違いない。でも、そうか。俺は……こんな顔だったのか」


鏡の中には、やや緊張した様子の――――小さな、子供の顔があった。


堕女神「……流石にこれも、病のせい……とは……」

勇者「いくらなんでも無いだろう。誰かの呪いか? でなきゃ……薬? それとも……」

堕女神「何か、お心当たりは?」

勇者「無い事もないが……どれだ……?」

堕女神「詳しくお聞かせ願えますか」

勇者「ああ、まず……先日、ナイトメアと出掛けたな。すぐ近くの森だよ」

堕女神「して……?」

勇者「そこでさ。変わった実を食べたんだ」


*****

数日前、王都近郊の森の中をナイトメアの背に揺られて散策していた時の事だった。
清澄な空気が満ちて、川のせせらぎが鳥の声とともに耳を楽しませる、時を忘れさせてくれるような一時を過ごした。
そこで小川のほとりで馬上から降り、手を浸してその冷たさを堪能し、顔へ叩きつけて洗っていると――――背後で、気配が小さくなった。

ナイトメア「……さぼり魔」

勇者「相変わらず辛辣だな」

振り返ると、そこには――――ぼろぼろの貫頭衣を一枚だけ纏った、白金髪の少女がひとり。
人間の姿をとったナイトメアは、厚ぼったい前髪の合間から、非難するような冷え切った目つきの悪さを覗かせて呟く。

ナイトメア「……でも、大目に見る。そとの空気、やっぱりいい」

勇者「……ああ、そう。喜んでもらえたかい」


訥々と、拙い片言で用件だけを手短に言い、刺すような抜き身の言葉で彼女は話す。
馬の姿のままでも発語はできるはずなのに、人の姿をしている時しか話そうとしない。
それどころか馬の時には馬としてしか振る舞わない素っ気のなさが、彼女の特徴だった。

勇者「……にしても……なんだか……懐かしいよ」

ナイトメア「さぼりの感覚が? わるい子、だった?」

勇者「違う……ああいや、悪い子じゃなかった訳じゃない。……こういう森が。懐かしくてさ」

かつて、故郷近くに、分け入って戯れていた小さな森があった。
森とは言っても決して広くなく、ただ二十~三十本の木が植わっているだけの、思えば単なる木立ちに近いものだった。
しかし子供の頃は、それすら楽しい遊び場で――――よく虫を捕まえに入っていた事を、勇者は思い出す。


勇者「そう、あの頃はさ……小さい森だったのに、ただ歩いてるだけで楽しかったな。見た事無い虫もいっぱいいて……」

ナイトメア「ふーん……」

勇者「すぐ近くを流れてる小川には、魚もいっぱい泳いでてさ。警戒心なんてないから手で掬えたんだ。
川底には小さなエビもいて……」

ナイトメア「へー……」

勇者「さっきから……お前聞いてないだろ。話振っといて!」

ナイトメア「んー……でりしゃす」

勇者「コイツ……! ん……何食ってるんだ」


しみじみ語るのを止め、その場に胡坐座りをするナイトメアを見ると……山ブドウに似た実をひと房片手に、もきゅもきゅと口に押し込み、頬を膨らませていた。
ぼろ布の貫頭衣が汁で染まるのも意に介さず――――さらに、一粒。

ナイトメア「さぁ。わかんない。……そっちに、いっぱい……なってた」

勇者「そんなの食べて大丈夫なのか?」

ナイトメア「大丈夫。……たぶん」

勇者「多分って。……ああ、あったあった。どれ、俺も……」

立ち上がり、樹上から下がるそれをひと房もいで、じっくりと眺める。
人間界で見た山ブドウと外見は変わらず、匂いを嗅いでもそう変わらない。
一粒を軽く絞って汁を舌の上に垂らし、しびれるような感覚があるか確かめても、問題はない。
思いきって口の中に投げ入れると、きつい酸味がまず襲ってきてから――――噛み締めた瞬間、鮮烈に甘い果汁が口の中で弾けた。


勇者「んぅっ……! 美味いな、これ」

ナイトメア「……それ食べても大丈夫なの?」

勇者「だから俺がそう訊いただろ!」

ナイトメア「わたしとあなたじゃ、種族が……まぁいいや」

勇者「別に何ともないし、大丈夫なんじゃないか。さて、夕方までに戻らないといけないけど……もうちょっとだけ……」

ナイトメア「さぼって間食。やっぱり……わるい子」

*****

ひとまず、今夜のスレ立て兼投下を終了とさせていただきます
基本は初代と同じく、少量ずつでも毎日投稿でいかせていただきたいと思います

このスレはSS速報にて更新していた
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」

の後日談です。

今回もひとつ、よろしくお願いします


twitter垢
https://twitter.com/inmayusha

神居村の続きは書く予定あるの?

こんばんは
十分ほどしたら続きを落としていきます

*****

勇者「……あれ、かな?」

堕女神「陛下。安全かどうか確認のとれない物をお召し上がりになるのは……」

勇者「悪かった。でも考えにくいな。流石に木の実を食べたら子供の姿に変わる、なんて……」

堕女神「念のため調べておきましょう、後ほど使いの者を出します。ところで、御体に不調などございますか? どこかが痛むですとか」

勇者「いや、不調はない。むしろ……すごく、体が軽い」

堕女神「そうでしたか。……しかし、弱りましたね。その御姿を皆にどう告げたものやら……いやそもそも、告げて良いものかどうか……」

勇者「隠せるものでもないだろう。……それはそうと、どうして?」

堕女神「とは?」


勇者「いや、な。……どうして、俺だと? 寝室に、どこから入ったか分からない子供が一人きりいるだけで……俺だと分かったのか」

鏡に顔を映せば、面影は確かに残していても――――“勇者”の使命を果たした後の、昨日まで見ていた顔とはあまりに違う。
のどかな小村で農作業の手伝いをしては時折サボり、
近くにあった小さな木立ちを“迷いの森”と称して冒険ごっこに明け暮れていた、
無邪気な少年だった頃のこの顔とはあまりに、違うのに。
それでも堕女神は、誰何する事なく、戸惑いながらも恐る恐るに言い当てた。
勇者が不思議でならなかったのはそこだ。


堕女神「何故と申されましても……確かに不可思議には感じましたが、誰何するほどの事ではございませんでしたので……」

少なく見て十歳分ほどは若返っているのに、それでも彼女はそう答えた。
尋ねられた事そのものを戸惑いながら、さも当然かのようにあっさりと。

堕女神「私は、貴方がどのような姿と化しても――――必ず」

その竜にも似た瞳に映し出されていたのは――――真摯さではない。
忌まわしい仮定が真実となっても必ずそうすると誓う、“決意”だった。

勇者「……ところで……そろそろ……」

小さく細い腹部から、くぅ、と子犬の鳴くような“声”が響き、空気を壊してしまう。
間の悪さを勇者は苦笑するも腹の虫に言って聞かせる事もできず、更にもう一鳴きが加わる。

堕女神「……ですね。ひとまずこちらへ運んで参ります。どうです、普段と同量をお召し上がりになれそうでしょうか?」

勇者「多分大丈夫だろう。無理そうなら時間をかけて食べるよ」

堕女神「はい、それでは少々お待ちを。それと……朝食を終えるまでは、誰も御部屋に入れぬよう」


勇者「さっきも言ったけど……隠し通せないだろう、こんなの……アレが収まらなかっただけの事ですら、あんな騒ぎだったのに」

堕女神「……ええ。なので、とりあえず……今からの朝食だけは、ゆっくりとお摂りになってくださいませ。
心穏やかに。その後、改めて事態の把握と解決といたしましょう」

一礼して堕女神は部屋を去る。
穏やかに、ゆっくり――――と願われても、それは叶わない。
この、唐突で、懐かしく、始末の悪い、懐かしさをもたらす変化のせいで。
それと、堕女神の危惧に反して普段よりも増した食欲のせいで。
ただ何故か、葉野菜のサラダだけは普段よりも苦く感じて、完食までには時間を要してしまい。
堕女神へ慈悲を求める視線を向けても、微笑みかけられただけに終わるのだった。


*****

勇者「それで……どうすればいいんだ、これから」

堕女神「……ひとまずはいつも通りに。必要なものは私室へ運んで参ります。それにしても……どう、伝えれば良いものか……」

普段使う椅子に座っても、足が床につかない。
所在なくぶらつかせたまま、子供の姿に変わってしまった勇者は改めて、目前に立つ堕女神を見た。
必然視線は濃紺の布地に覆われ、ぴったりと張りつくように浮き上がらせる双丘のラインに引き寄せられた。

勇者(す、ご……っ! い、いや。いけない。堕女神は、真剣に……考えて、くれて……)

理性では利かせられない歯止めがある。
それもそのはず。
大人の姿で見て触れていた時も、なおその豊かさには並び立つもののない、堕女神の“それ”だ。
まして子供の目で見ればなおさらの、畏怖すら感じてしまうほどの重質量の肉の起伏。
今現在の勇者の顔を遥かに凌ぐ大きさに圧倒され、引力により――――いくら目を離そうとしても、離れない。


堕女神「陛下?」

勇者(駄目だ……視線が……逸らせない……)

それは、旅のさなかで初めて“竜”と出くわした時に似ていた。
場数もまだ踏まない時分、不運にも遭遇した時には身は強張り、目を逸らす事もできず、ただ、震えることすらできずに固まっていた。
おとぎ話に聞く“竜”の威容に、勇者は見惚れてしまい――――動く事すらできなかった、あの感覚と似ていたのだ。

堕女神「――――陛下」

勇者「え」

刹那、鼻先に上質な生地の触感があり――――やがて、暖かい柔肌のぬくもりが、顔を包み込んだ。
とっさに吸い込んだ息には良く知る“彼女”の匂いと、普段にまして鮮やかに薫る花の香りが漂う。
視界を奪われ、張り詰めた顔の触覚いっぱいに広がる暖かな柔肉とに包まれ、勇者は堕女神の胸に抱かれていた。
後頭に優しく添えられた手もまた、握り合っていた夜毎のそれとは違い、大きく感じる。

堕女神「どうか、ご心配なさらないで下さい。……私が、お傍におります」

双丘に抱かれる事、十数秒。
当の勇者にとっては数分にも感じていた頃――――厚く実った乳房の奥から、早鐘のように脈打つ鼓動が伝わる事に気付いた。
乳房の谷間を縫って吸う息に、熱い香りが混じり始める。


勇者(っ……な、に……? 堕女神……)

かぶりを振って微かに身じろぎし、離れかけたところで……優しく、引き戻される。
添えられていた手は後頭部を優しくさすり、背にまでもう片手が回されて抱きすくめられていた。
ほのかな淫気――――ともまた違う気配が勇者の六感をくすぐる。

勇者「堕女神……苦、し……っ」

堕女神「っ! も、申し訳ございません……つい……」

はっ、と我に返った堕女神が手を離すと同時に、顔に押しあてられていたドレス越しの重質量が離れ、とたんに新鮮な空気が帰ってきた。
呼吸しながら顔を上げると、今まで呼吸を妨げられていた勇者以上に上気した堕女神の細面が、許しを求めるようにしながら視線を泳がせる。


勇者「堕女神……?」

堕女神「申し訳ございません……」

勇者「……いや、いい。こっちこそすまない、何か……その、ええと。取り乱した」

その理由までは流石に言い澱み、彼女に与えた誤解のまま押し通すと決める。
わざとらしく視線を首ごと強引に逸らし、目を閉じ――――そのまま、言葉を続ける。

勇者「それより……くどいが隠してもしょうがないし、隠しようもない。急病だと言って伏せるにも、
   城内のサキュバスの目に触れないなんて無理だ。……もう言おう。今日。今から」

堕女神「はい、かしこまりました……今、今ですか……?」

勇者「ああ。朝食を運んで来てもらっておいてだけど……今から部屋を出る。とりあえず執務室まで行こう」


堕女神「はい、お伴を……きゃっ!?」

椅子から下りると、足首とふくらはぎのベルトを限界まで締めても余りあるブーツのせいでつんのめってしまい、
慌てて目の前にいた堕女神の露わの脚に掴まり、体勢を保つ。
その瞬間、かっと顔に血が昇ってくる感覚が勇者を襲う。
思えば、堕女神の前でこんなに分かりやすい醜態を晒したのも初めてで――――それが、こんな変貌のせいとはいえ。
脚にしがみついてしまった事が急に気恥ずかしくなり……中身までも子供に戻ってしまったように、ひたすら赤面して言葉に窮する。


勇者「ご、ごめん……っ」

堕女神「……陛下、どうか焦らず。さぁ、御手を……お繋ぎいたします」

勇者「え」

堕女神「その靴では危ないかと存じます。流石に、その……おぶったり、抱いたりでは……権威に……関わりますので……」

差し出された手を見て、勇者は一人ごちる。
子供の姿になって、手を繋がれ引かれ、だぶだぶのズボンとまくりあげたシャツ、
ギュッと締め込んで無理やり履いたブーツで保てる権威などあるか、と。
だが、それでも。

勇者「……頼む。執務室まで、な」

その手を振り払う事など、できるはずもなく。
堕女神の握り返した手を取り、歩き慣れないブーツを引きずるように、大きすぎるドアをくぐってゆっくりと寝室を出た。

ひとまずこれで今夜分終わりといたします
また明日


>>29
今はこれの事しか考えていないので何とも……

こんばんは、会社とは悪の組織であり圧制です

十分ぐらいしてから誤字サラっと見てから投下していきます


手を引かれながら、ときおり振り向いてくる堕女神を“見上げ”て歩き慣れない心地で廊下を歩く。
だぶだぶのズボンとブーツのせいだけでなく、普段の半分近い歩幅は、ともかくよたよたとしたものになった。
それを知ってか堕女神も歩調を落とし、ゆっくり、ゆっくり、彼女もまた慣れない様子で手を引いて歩いてくれている。

勇者「くっ……! 靴、だけでも……早く、何とかしたい。裸足で歩いちゃダメかな」

堕女神「流石にそれは……。ともかく執務室まで。幸い、靴ならばすぐに調達して来られます。淫魔の国にも、子供はおりますし」

勇者「面目ない」

堕女神「いえ、陛下のせいでは……。しかし、その……何と、申しましょうか……」

勇者「?」

階段に差し掛かる寸前、堕女神が言い澱み、繋いでいた手指を緩めた。

堕女神「おかしな心地がいたしますね。……貴方の手が、こんなに小さく柔らかいのは」


それは、勇者も胸に抱いていた気持ちと似ていた。
堕女神が、子供の姿に変わった勇者の手へそう感じたように。
子供の手だからこそ伝わる、堕女神の手の暖かみと――――絡めてくれるしなやかな指に伝えられる、“女神”の優しさ。

勇者「……子供扱いするな、って言ってるだろ」

堕女神「は……。ですが、今の陛下は……」

勇者「大丈夫だってば。ほら、階段だってきちっと昇り切れて――――あっ!?」

若干緩めた手を引かれながら階段を上がり――――そぞろになっていた気のせいで、歩幅を忘れていたせいで、
そして何より合わないブーツのせいで爪先が空を掻いて、上がるはずだった最後の段を踏み外し、体勢を前のめりに崩してしまい。

まくりあげていた裾から覗く、むき出しの白い脛が――――。

勇者「っっあ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっアぁぁ!」

薄い皮膚ごしの直下にある骨が体重を乗せ、階段の直角へ吸い込まれて行く。
その瞬間勇者はとっさに閉じた瞼の裏に、真昼の星が散るのを見た。


堕女神「陛下!?」

勇者「ッ――――――!」

堕女神「陛下、しっかりなさってくださ――――あっ……」

廊下の奥にまで響き渡り反響する“少年の”叫び声に、銘々働いていた仕事を中断し、集まってきてしまう。
甲冑の埃を払っていたサキュバスが、洗濯場へ向かっていた水精が、城内へ出入りしていた獣人種の商人が。

「い、今の声……何? 誰ですか!?」
「えっ……なんで、人間の……子供?」
「堕女神様、その子……」
「産んだんですか?」
「誰か人界からさらってきた? まずいですよ、これ……早く帰してあげなきゃダメな案件ですよ」
「――――いや、待って。まさか――――」

口々に勝手な事を呟き合い寄り集まってきた淫魔達へ、脛を起点に背骨を走り抜け痺れさせるような痛みを堪えて、
“人間の子供”はゆっくり、告げる。


*****

堕女神「……混乱を招きかねないタイミングでした」

勇者「あの場で芝居なんて打てるか。それに何人かはもう気付いていたしな……恐ろしい、淫魔の勘」

集まってきた使用人達には、ありのままに伝えて――――しかし、みだりに城外へ広めないよう言い含めた。
しかしそれも、かしましい淫魔達の事だから……もっても、二日が限度だろう。
鈍い痛みのまだ残る脛を椅子の上に立て膝に抱き、さすりながら勇者はそう一人ごちる。
桃の腐ったような青いアザが鮮烈に残ってしまい、子供に特有の鋭い感覚、
薄い皮膚、未発達な骨をしたたかに打ちつけた激痛は忘れられないのだ。

堕女神「陛下、大丈夫ですか?」

勇者「……死ぬほど痛かったけど、折れたりはしてない」

堕女神「よろしいのですか? 治癒を施しましょうか」

勇者「いや、いい。そう大げさにしなくていい」

堕女神「はい、仰せのままに」


勇者「それはそうと……サキュバスA、サキュバスBの姿が見えない。真っ先に寄ってきそうなものだけど……」

堕女神「サキュバスBは明日まで。サキュバスAはさらにその次の日まで休暇を。サキュバスAがこう長い休みを取るのは珍しいのですが……」

勇者「理由は何か言っていたか?」

堕女神「いえ、どちらも特に。……いや、サキュバスAは……少しばかりの遠出をするとか」

勇者「ヘンな物捕まえてきたりしないだろうな。あいつ、この間……谷に棲む“媚薬ヒュドラ”の分泌液と臭腺がどうとか……」

堕女神「……留意するといたしましょうか」

勇者「もし連れ帰って来たら倒そうか」

堕女神「いえ、サキュバスAに責任を取って生息地に帰させましょう」

勇者「あぁ、そっちの方が良いか。……さて、俺は適当に始めるよ。堕女神は服を調達してくれ」

堕女神「はい、かしこまりました。それでは後ほど」


*****

――――いつもの執務室で、いつものように書面に目を通していてもいくつもの不便が襲ってくる。
まず、ひとつ。

勇者(……机が、高い……)

椅子に座ったまま執務机に向かえば、肩口までの高さに天板があって……とても、その上で作業をする事などできない。
椅子の上に膝立ちの姿勢で向かおうとすれば、できてしまった“スネの傷”のせいで転げ落ちそうな痛みが走る。
苦心しながら紙束と羽ペン、インク壺を床へ下ろして、床に座りながらの仕事を余儀なくされた。
本を積み上げて即席の机を作りどうにかこうにか片付けていくと、ふたつめの問題。


勇者(腹、減った……何でだ……)

朝食からいい時間も経っていないのに、早くも空腹が襲ってきてしまった。
窓の外を見れば、日はまだまだ低く、室内へ向けてまっすぐ突き刺さる陽射しが投げかけられているのに。
昼食まではまだあるにも関わらず、もう既に胃がカラッポになってしまったような空腹感がやって来てしまった。

勇者(我慢だ。これぐらい我慢。そうだ、こんなの、砂漠で遭難しかけたあの時に比べれば……!)

人間界での旅の苦境を思い出せば、それは耐えられた。
あらためて羽ペンを握るその手を見れば、見るほど――――その小ささに心細さが募る。
“聖剣”を振るっていた手、“魔王”の外殻を切り裂いた手と同じとはまるで思えない。
その手に握っていた魔を微かに震わせれば、青白く帯電させる事はできた。
雷の魔力は失われていない。
ただ――――姿だけが小さくなり、運動能力も子供の頃まで戻ってしまったようだ。

勇者「これ、戻るのかな……はぁ……」

ついた溜め息まで小さく、か細くなってしまっていたせいで、とうとう……紙の一枚も微動だにさせられなかった。


*****

堕女神が揃えさせた服へ着替え、夕食を摂り、ようやく寝室へと辿りつく。
一日が異様なほどに長く感じるその時間感覚もまた、この異変の副産物だった。

勇者(どうなってる……俺の体)

体に反して、食欲はいつもの数倍にも増していた。
牛の粗挽き肉と香味野菜を練り合わせ、成形して焼いた肉料理を六皿。
普段の精妙な味付けとは異なり、単純にして明快な食べ応えが拍車をかけたのは間違いない。
ナイフを入れてさえこぼれず閉じ込められていた肉汁が、噛み締めたとたんに溢れて口内をほとばしる料理だった。
仕上げにかけたトマトソースと重なり合って――――気付けば、皿の上から消えていた。
朝食と昼食、たった二回の食事でぴったりと味覚の変化を探り当てて重ねてくる堕女神の技量に改めて舌を巻く。

ワインを出すように頼んでも頑として聞き入れてくれなかったのが、今日の唯一の心残りだった。
いくら「中身は大人だ」と主張しても徒労に終わってしまったのだ。


そして今、就寝時間を大きく回ってしまっているのに、月が煌々と輝いているのに寝付けない理由は、大きく二つ。
ひとつは。

勇者(……いや、俺……言ったのに。一人で……寝られる、って)

堕女神「陛下? まだお眠りになられないのでしょうか?」

勇者「あ、ああ……眠気が起きないんだ」

堕女神「僭越ではありますが、寝物語など? それとも唄いましょうか」

勇者「だから……」

ベッドに潜り込んで、時にして数分の間、うとうとと寝入りかけた時の事だ。
扉の音にも気付けず――――気がつけば堕女神がベッド脇に腰かけ、じっと見つめていた。
そのままなし崩し的に添い寝をされる形となって、今……こうして間近から寝顔を見守られながら必死に眠ろうと務めていた。


強引に振りほどいたくせに階段でケガをした以上、あまり偉そうな事は言えない。
執務室の窓を開けようとすれば落ちかけたし、机には届かなかったし、
いつもは腰に差していた剣も背が足りずに引きずってしまうためにそうできず、
思いきって丸腰で過ごした。

堕女神「――――貴方は、この姿でいた頃の事を覚えておいでですか?」

勇者「え……?」

高く遠くなった天蓋の下、向き合う堕女神からの問いは唐突だった。
暗闇の中で薄く開いた赤い瞳が、ゆっくりと動いたのが見える。

堕女神「今ではなく。陛下。貴方が、“勇者”の名を拝命する前の……本当に、小さかった時の事を」

今日ちょっと短いですがここまで
続きはまた今夜

淫魔の国で過ごす日々
神居村
風邪をひくとこうなる
ここ

で合ってる?

すまんです、昨日来れんでした
もうちょいしたら始めていきますー

>>66
書いた順番ならまぁそれで合ってますぞ

>>57


勇者「どうだかなぁ。あの頃はあの頃で、平和ではあったけれど……貧しい村だった。
……でも、そうだ。いつか叶えばいいと思う事ならあった」

堕女神「それは……?」

勇者「いつか。いつか旅を、したいって。村の外を見たい。一度は、田舎者は思うんだろうさ。
   氷の島と炎の山、戦慄するような死の谷、湖と真っ白い城をこの目で見たかった」

それは、魔王のいなかった世界で。
何物にも脅かされていなかった穏やかな時代に想い描き、村の子供達と語り合った“自由”のひとときの欠片。
“勇者も魔王もいない世界”での。

だが、その平和な夢想は砕かれた。
代わりに叶ったのは――――誰もが寝床で聞かされる、“物語”。


魂まで凍てつかせる氷雪の嵐吹きすさぶ、凍原を見た。
馬をも一飲みにする魔の巨狼の彷徨する、骨と腐肉の谷を見た。
解けゆくはずの氷が解けずに島の形をなし、頑強なはずの岩が溶けて燃え盛る世界の神秘を見た。
白鳥の泳ぐ水面と、そのほとりに立つ研がれた騎槍のような尖塔を連ならせる白亜の城を見た。

船体の横腹に食い付かれながら、それでも魔物に刃を立てる恐れ知らずの船乗り達を見た。
竜と鳥だけが知るはずの風景を、空を泳ぐ船の舷窓から見た。
 
――――闇の巨獣のように鳴動する、“魔王の城”を見た。


勇者「……まぁ、結果的には叶ったよ。……ああ、あとひとつあった」

堕女神「と、申されますと……」

それは、数時間前に叶ったばかりの、貧農の倅のささやかな野望だった。

勇者「柔らかい、甘くて白いパンを腹いっぱいに。……そっか、今日も夢が叶ったんだ」

堕女神「陛下」

布団の中で、いつもは細く小さな――――そして今は自分よりも大きく、包み込むように柔らかい手が伸ばされ、勇者の手を取る。
その手が微かに震えていたのは、手と手が繋がるまでのこと。

子供の姿と変わっても、その魂は昨晩と変わらない。
戸惑いながらも、勇者は受け入れる。

ふだんよりも薄く、小鳥の嘴のように小さく、敏感になってしまった少年の唇へ。

――――女神の、それを。


時にして、ほんの数秒。
ただおずおずと唇を触れ、擦れ合わせるだけのついばむようなキスだった。
そんな、罪のないひとときのキスが――――勇者の背骨を貫くように、甘く痺れさせた。
唇が舌の一部となってしまった、そのような錯覚すら抱いてしまう。
味を受容する器官ではないはずの唇に、確かに一瞬とはいえ感じたからだ。

勇者(っ……感、覚……が……!)

普段なら起こらない甘い電流にも似た感覚に、勇者はひとり驚く。
それは、少年の身ゆえに起こる、敏感すぎる触覚がそうさせたものだ。
繋いだままの手からもそれは伝わる。
普段なら気付けないような、堕女神の手に走る血管の脈動、整えた爪の艶、
さらには産毛ひとつない肌理細かい肌の細胞ひとつひとつまでなぞれるような鋭敏な触覚にようやく気付く。
痛覚だけではなく――触覚も。
少年の姿に変わってしまったからこそ、全てが鮮烈な刺激へ返ってしまっているのだと。


勇者「はっ……くっ……!」

堕女神「陛下……?どう、なさって……」

勇者「なん、でも……ない……」

堕女神「御不調でしたか……?」

勇者「いや、その……びっくり、し……て……」

横臥し、向き合う姿から気付けばもう――――ゆっくりと抱き寄せられ、抱えられるように、再び唇を求められていた。

勇者「くっ……堕……」

堕女神「ん……貴方の、くち……こんなに、小さくな、って……」

突き離せば逃れられるのに……不思議、いや不気味なほどに力が入らない。
抵抗の意思それそのものが湧かず、抑えの利かない堕女神の、蝕むような口づけの渦から逃げられない。


一度、二度、交わすごとに勇者の体に痺れるような快感が襲う。
引き押せられる必然で堕女神の胸が押し付けられる位置は普段のように胸板ではなく、腹部にやや近い。
上背の差が、並び横たわるベッドの上では枕の位置で揃う。
ベッドの中で足掻く爪先が、堕女神の柔らかな太股へ撫でるように触れた。

堕女神「っ……陛、下……くすぐったい、です……」

ひととき口づけを休めた堕女神が身じろぎする。
拇指で触れるだけで、滑らかに張り詰めた太ももの白肌が脳裏を過る。

勇者「あ……すまない、悪……」

堕女神「――――私の願いも、奇妙な形で叶いました」

勇者「?」


堕女神「私は、取り残された女神。――――火矢が落ちるまでの束の間を人の世で過ごし、
    燃え尽きた後の世界で目を覚ましたあの時の願いです」

勇者「…………」

堕女神「願わくば、もう一度。もう一度だけ――――この手で、ヒトに触れたいと。ヒトの子を、もう一度だけ……抱き締めたかったのです」

強まる抱擁の中、胸へ取り込まれるように、ずぶずぶと沈みながら更に言葉は続く。

堕女神「…………せめて、浸らせていただけますか?」

勇者「……ああ、勿論。でも……堕女神」

堕女神「はい……?」

勇者「ちょっと……苦しい。胸、がっ……息っ……!」

堕女神「も、申し訳ございません! か、加減が……」


諫めても、緩んだ力はほんの少し。

勇者(……そう、か。俺も……久しぶりなんだ、こんなの。……もしか、して)

もしかすると――――勇者もまた、求めていた。
凡そ人類の成しうる最高の功績、その報いを。
本当なら、他の何においても。妃を娶るより、望みのままの報酬を得る事より、“勇者”ではなく“人”としての自由の時を過ごすことより。

ただ、撫でられたかった。
頭から抱き締められ安らぎの中で、誰かに褒めてほしかったのだと。
救世の英雄を称える言葉はいらず。

ただ――――抱き締めて、頭を撫でて、褒めてほしかった“子供”もまた、“勇者”の中にも確かにいたのだ。


撫でられ、抱かれ、やがて堕女神の胸の中で聞く鼓動が生命の潮騒に代わる。
産声を上げる前に絶えず聴いていた、あの音と気付くまではゆるやかに時が過ぎ、
気付いてからは――――さらに、時が歩みを緩めた。

堕女神の呼吸音は涼やかな風となって、伝い流れるように吐息が頬を撫でる。
彼女の指が梳くように髪を撫でる感覚は、優しい海風の戯れに変わる。

いつしか堕女神の漏らす吐息は鼻唄へ変調し、やがて子守唄へと行き着いた。

勇者の知る世界の言葉ではなく、彼女のいた神代の調べが広い寝室へ響く。
言葉の意味は知らずとも、子守唄であるのなら籠める祈りはただ一つ。
深まった夜の闇の中、寝所で子へ聴かせる詩は変わらない。

――――今はただ眠りなさい、いとし子。
――――目が覚めた時はきっと、暖かい朝日が貴方を照らす。

不朽の祈りの中で勇者は微睡み、やがて――――蕩けるようにして、眠る。


*****

不可解な少年化の一日目は、堕女神とほぼ過ごした故に気付けなかった事があった。
勇者は、それを身を以て知る事になる。

人の身では決して抗えない。
抗えないはずだった――――淫魔の国の洗礼を。

今夜分投下終了です、ではまた明日……と言いたいところですが、ちょっと明日はインシデントにより分からないです

では、また次回

こんばんは
スレを立てた直後になんて事だ……

再開します


*****

翌日は、春先に似合わず酷く蒸す夜を迎えた。
その日は夕食を終えてなお湿気が収まらず、就寝前まで待てずに早々に勇者は大浴場へ向かった。

膝小僧まで届かない丈の黒絹のズボンはまだ穿き慣れず、
小さくなった足を包む革の短靴は微かにヒールが高いが、歩けぬほどではない。
ただ、子供の歩幅では移動のほとんどに倍の時間がかかってしまう事は、変えられるはずもなく不便だった。
衣類などの問題はどうにかできても、城の廊下を縮めることは無論できず、階段の高さを変える事もできはしない。
隣女王含め、隣国の淫魔たちがこの城へ訪れた時はかような不便を強いたのか――――と、勇者はひとりごちて歩く。

勇者「……広いのも考えもの、なんて。昔の俺は考えもしなかったろうな」


故郷、土地だけは潤沢に使えたが家が広かったわけはない。
あの村は、曽祖父のひとつ上あたりの世代が必死で拓いた村だと父母からは聞いていた。
樹を切り、耕し、小屋を立て……買いつけた種を撒き、
芽吹いた作物を売って鳥を仕入れ、豚を仕入れ、涙ぐましく額に汗して開拓したのだと。

二階建ての、奥にある狭い部屋が自室だった。
一階で父が木槌を振りあげ工房仕事をすれば家そのものがびりびり震えて、
炊事をすれば怪しくきしむ床板のすき間からスープの匂いが上がってきた。
階段前の床板の一枚はうっかり踏むたびにヒヤヒヤするような不穏な触感があり、
いつもそこだけは誰も踏まないように務めていたほどだ。
とうとう、誰かが踏み抜くような場面を見る事はなかったものの……今その床板が無事なのか、急に気になり始める。


いつもより豊富に使える思考の時間、郷愁に想いをめぐらすうちにやがて大浴場へ辿りついた。
脱衣場の時点ですでに広く把握しきれないものの、ひとまず誰かの気配は感じ取れない。
人目を避けていたわけではないものの、とりあえずの安堵とともにシャツのボタンを外していく。
さっさと浴場に入ってしまいたい。
そして、果たしてこの体で浸る浴槽はどれほどに感じるのかと――――かすかに期待しながら、
浴場へ続く扉を開き、もくもくと上がる湯煙へ挑む。

勇者「お、わっ……! 広い……!」

この姿だから、改めてしっかりと大浴場の広さを感じ取れた。
確実に、生家の母屋と納屋、庭の総床面積を合わせたよりも広い。
ちょっとした池ほどに見える湯船は対岸まで泳ぐ事すらおっくうなほど遠く、
魔物の頭をかたどった給湯口はまたがる事ができてしまいそうだ。
更には普段は頭一つ小さく見える淫魔像の装飾、その豊かに悩ましい肢体に感じる迫力も違う。
さながら、いや間違いなくそうなのだが――――“淫魔の国”に子供が力無く迷い込んだ、そんな錯覚も起きたほどだ。


勇者「……深いんだろうなぁ、きっと」

いきなり湯船へ飛びこみたい衝動を必死で押し込めながら、冷静に勇者は分析した。
この背丈でそんな事をすれば目測が狂い、足がつかないという事も考えられる。
薄紅色に揺らぎ輝く水面は、そんな“少年”の衝動と自制を嘲笑いながら手招きするようにたゆたう。

遠回りになるが、勇者は湯船への入り方を考え――――正面から大きく回った場所にある、傾斜した入り口を目指す。
さながら海へ向かう砂浜のようになっているゆるやかな斜面、
そこで波打ち際で戯れるようにのんびりと沐浴する使用人のサキュバス達をよく見かけた。
幸いにして人影はなく、そこから一歩、また一歩と、海へ挑むようにゆっくりと足を踏み入れていく。
かすかに波打つ水面は、そのうねりを飲み込むように打ち消していった。

やがて、肩口まで浸かる具合のところを探り当てると、勇者は腰を下ろす。
それでようやく――――探り探りながらも“入浴”が叶った。


勇者「はぁ……。何で、こんな事になってるんだ……」

ふだんとは勝手の違う、風呂に入る事ですら気を使う有り様にあらためて情けなさを覚えた。
湯から手を覗かせて見れば、いよいよ頼りなく細くて、短剣を握るのがせいぜいの大きさだった。
とはいえ――――見慣れない“手”でもあった。
この姿が当たり前だった頃は、いつも爪の間に土が挟まり、指の関節には砂埃が詰まり、青草の香りがしみついていた。
爪はでこぼこに変形して、割れて欠けていたのが常だった。
だが、今あらためて見る手は、違う。
整った爪と、砂などついていない指。そもそも花を浮かべ香油を溶かした熱い湯に身体をつけるという事などできるはずもない。
あるはずのなかった過去が、手の形を借りていた。

勇者「……そういえば、思い出した。もしかして……あれか……?」

退行現象の心当たりが、もうひとつだけ――――ふと、思い出された。

*****

サキュバスA「陛下、あぶない! なぞの液が!!」

勇者「うぉ、わっ!?」

遡る事数日前。
サキュバスAを伴って城下へ出たある日の夕方近くの事だ。
路地裏からおもむろに姿を覗かせた、奇妙に脈打つ名状しがたい生き物が、
ぐぷっ、と吐き出した真っ白くベトベトとした液を頭からかぶってしまった。
彼女が身を呈してかばおうとした頃には遅かったのだ。

勇者「ぐっ……! 何だ、こりゃ……いったい何だコイツは」

サキュバスA「……ローパーの変種かしら……? こんな外観は初めて見ますわね。“ポチ”の同類ではなさそうだけれど……」

ローパーに大まかに似ているものの、目のような器官を各所に持ち、枯れた枝、あるいは翼のような触手が一対生えている。
加えてぐねぐねと蠢くイボつきの触手が醜悪そのものの見た目をしている。


淫具店主「うわっちゃぁ……モロかぶりしましたね、陛下。大丈夫ですか?」

勇者「……まさかお前の所で?」

淫具店主「いやぁ、私は仕入れただけですよぅ。愛玩用淫獣店に連れて行くところで……」

遅まきに出てきた、淫具店を営むサキュバスがハンカチを差し出しながら呑気に告げる。

勇者「何なんだコイツ……この液?」

淫具店主「いや、それが……分からなくて。何か作用するモンだとは思うんですが……新種みたいで」

サキュバスA「あら、まぁ……何ですの、この啓蒙の高まりそうな外見。何処から連れて?ヤー○ムからでしょうか?発狂耐性が必要かしら」

淫具店主「いや、ここの近傍から……いや、申し訳ありません陛下。お詫びに……私が、カラダでお支払いいたします……」


勇者「そういうのはいい。……?何書いてるおまえ」

淫具店主「ええ、まぁ。……“媚薬効果はナシ。繊維への溶解、金属腐食効果も無し……”と……」

勇者「何メモしてんだ!反省してないだろ、さては!?」

淫具店主「していますとも、ええ。次に活かす事こそが、起きてしまった事への真の償いではないでしょうか?」

勇者「……まぁいい。今のところ不調もない……としたらこの液は何の意味があるんだか」

サキュバスA「進化の過程で無毒化はしたものの、分泌腺だけが残った……ですとか?フフッ、何にせよ楽しいではありませんか」

勇者「全ッ然楽しくない。人がベタベタになってるの見て楽しいか」

サキュバスA「ええ、思いのほか」

*****

今夜分投下終了
次回からようやくアレ……

では、また明日

朝っぱらからだが投下していくぜ
夜じゃなくてすまなんだ

それでは


*****

勇者「……本当に……本当にあいつは……もう……」

べたべたの粘液をまとって城に帰りついた時の、堕女神の眼は忘れ得ない。
思い起こせば胃がきりりと痛むような心苦しさのまま浴場へ向かった、あの気まずさも。

ナイトメアと出掛けた際に食した果実。
サキュバスAと城下へ出掛けた際にかぶってしまった、奇怪な粘液。
今思い当たった、この状況の“理由”はこの二つだった。
城下で済ませた用事があと一つ二つはあるものの……どれも、身体が急に若返る理由とは思えない事ばかり。

勇者「……戻れるのかな」

ふと、心細さを覚えて――――まっさらで小さな手を、うんざりするような視線で見つめる。
傷一つなく、土埃も油染みもない手と、水面の下に見える頼りなく細い脚と、視界に垂れる細い前髪。

その時、水面に波紋が対面から投じられ、広がった。


勇者(ん……誰かいるのか)

数日前の災難を思い起こす間に、何者かが浴場へ入っていた。
誰何しようとも考えたが――――若干、警戒する。
危害を加えられるような事はないとしても、本能がそうさせた。
漂ってくる、淫魔に独特の花の媚香と気配が……普段よりも、濃く感じられたからだ。
それはあまりにくっきりと嗅ぎ取れたせいで、誰のものなのか逆に掴めなかったのだ。

続けざまに湯煙の向こうからは戯れるような水音が響き、薄紅色の水面が揺れ、散らされた花びらが泳ぐ。

そして、やがて――――誰もいないと思っているのか、歌声が混じる。
調子はずれに、子供じみた節回し、時折忘れた箇所をごまかすように鼻唄に変わり。

勇者(……あいつ)

気の緩んだ拍子に勇者は身じろぎし、水音を立ててしまった。

???「えっ……?誰?」


ぱしゃ、ぱしゃ、と水音とともに、声の主は湯船の中を物怖じせず近づいてくる。
その正体は、十中八九気付いている。
だからこそ――――勇者は、あえて悪戯心を起こした。

勇者「え、え……と……」

湯煙を掻き分け、姿を見せたのは――――予想に違わない姿だ。
胸から上までを水面上に惜しげもなく覗かせた、稚気を宿したままの姿のサキュバス。
くりくりと瞬く黄金の瞳に若干の怯えを宿し、子供のような姿に似合わない豊満な質量と桜に色づいた尖端が見え隠れする乳房。
警戒する猫のように広げ逆立たせた翼の産毛を逆立たせる、今の己と比べて尚もそう変わらない背丈。
彼女は、一度こちらの姿を認めると……ぎこちなく身を強張らせる。

勇者「……だ、誰……?」

分かりきっていたのに。
姿の見える前にすでに気付いていたのに。
白々しく、そんな言葉を口にする。

サキュバスB「え……」

戸惑いを隠せない彼女は、はっきりと勇者の――――人間の子供の姿を認め、身を強張らせる。
だが、それも一瞬の事。

サキュバスB「……きみ、人間だよね? 怖がらないで。わたしは……」

誰何する事無く、サキュバスBはゆっくりと、微笑みを絶やさずに近づいてきた。

*****

勇者(……何も気付かないのか?)

湯船から上がり、今となってはもはや彼女と変わらなくなってしまった姿の背中を洗われながら、疑念は尽きない。
泡をたっぷりまとわせた生地で、痛くならないようにと気配りながらサキュバスBは上下に背中を擦ってくれる。

サキュバスB「ふふ、どう……かゆい所、ないかな?きみ、お肌綺麗だねー……こういう所はじめて?……なんちゃって、えへへ」

勇者「え、あ、ハイ……」

湯船の中で二、三言。
上がってからもそう言葉を交わしていないのに……気付けば、こうなっていた。
湯は熱くないか、喉は乾いていないか、のぼせてはいないか――――気遣われ、
今はサキュバスBに、いつかのように身体を洗う手伝いを申し出られた。
名乗るタイミングを見失い、起こした悪戯心を引きずるように。
何も知らない、人間の子供として……彼女に。“淫魔”に身を任せて。

勇者(なん、だか……悪い事、してる……ような……)

背中越しに漂う気配は、先ほどにまして濃い。
平素の彼女がまとっていた、甘酸っぱい花の薫りが――――いつにもまして、濃く嗅げた。


勇者「あ、え、と……貴方……」

サキュバスB「んー……?言ったでしょ、わたしはサキュバスB。よろしくね。お姉ちゃん、って呼んでもいいよ?」

勇者「あ、うん……」

サキュバスB「それにしても、ほんと……お肌綺麗だねぇ、きみ。……こういう所はじめて?なーんちゃって……」

いつか、彼女が背中を洗ってくれた時の事を思い起こす。
その時、サキュバスBは背中まで貫通した刺し傷を撫でさすり、その痛みを偲ぶように言葉を失っていた。
失った言葉の代わりにいたわり、やがて……その掌は前の男心にまで伸びて、吐き出させてくれた事も。

勇者「あの……ここは……?」

サキュバスB「ここはね、淫魔の国。わたしみたいなサキュバスが暮らしてる魔界の一国。
         ……ここの王様はね……す、すごく……カッコいいんだよ。優しくて……え、えっち……も……ゴメン、なんでもない!」

勇者「……え、そ、そう……なんですか……?」

白々しい演技のさなか、唐突な言葉にしばし言葉を失い、照れが顔を染める。
背を預ける姿が幸運となったまま、気付かれぬように顔を覆う。


サキュバスB「でも……たまにね。すっごく、寂しそうな顔も……するんだよね」

勇者「寂し、そう……?」

サキュバスB「王様はね。昔……でもないけど、人間界を救ったんだって。あんまりお話してくれないけど……」

勇者「…………」

サキュバスB「……わたしね、いつか、王様に訊いてみたい事があるんだ」

勇者「……なに?」

サキュバスB「えへへ、聞いてくれるの? 優しいね、きみ」

背を往復していた垢すりの布が、止まる。

サキュバスB「さみしく、なかったかな、って」

勇者「……?」

サキュバスB「“魔王”をやっつけて。もう人間の世界にいるのをやめよう、って思ったって。……やっぱり、さみしかったかな。
         大切な人に、お別れをちゃんと言えたのかな。食べたいもの、あったのかな。憧れてたものをちゃんと味わえたのかな、って……」


勇者「……きっと、さみしかったと思うよ」

サキュバスB「おっと、それじゃ、泡流すね。お目々つぶってー……いくよー」

相槌を待たず、サキュバスBが頭から流すように汲み溜めたお湯をかける。
二度、三度と繰り返すたびに細かな泡が足もとを流れ、排水口へ消えていく。
それはまるで、問いかけそのものを水に流すようで――――……。

サキュバスB「はい、おしまい。……それじゃ、次はきみの番だよ?」

勇者「え……俺……何が?」

サキュバスB「何が、じゃないよー。“お姉ちゃん”の背中、流してくれる?」

勇者「……え、うん……分かった……」

普段は絶対にされない頼み事だった。
今まで背を洗ってくれていたサキュバスBが入れ替わるように前に出てきて、ちんまりと座ってほっそりとした背中をさらけ出す。
水滴を弾き玉粒のように流す、やや白みの強い蒼肌の背。
背骨に沿って中ほどが柔らかく切れ込み、浮き立つ肩甲骨の薄さも際立つ目を奪われるばかりの後ろ姿だった。


だが、美しくとも――――人とはかけ離れた特徴がやはりある。
後ろからでも見てとれる……小さなあどけない頭に存在を主張する、ねじれ尖った山羊の巻き角。
それは彼女の頭部と比較してみると、重心を大きく狂わされそうなほどに逞しい。

薄く張り出た肩甲骨のやや下部から生えていたはずの翼は影も形も無い。
己の意思で収納できるから、今は気遣い消しているのか――――。
そこから徐々に視線を下ろしていけば、やわらかな円みを帯びた尻、その切れ目の始まる頃の場所から“尾”が伸びている。
短いベルベット地にも似た体毛が湯で濡れて光り、深みを持つ紫色に輝いていた。
その先端は矢じりのように、あるいは――――心臓を、“心”を示す図案のような形を描く。

サキュバスBの後ろ姿は、今の自身と比べれば変わりないほどの背丈で――――可憐な少女の背中そのものだ。
全てが美しく均整がとれ、はなはだしく主張する凹凸もないのに弾けるような瑞々しさに溢れ、何より……見合わぬほどの色気を放っていた。
背筋の切れ込み、薄い肩甲骨、小さく丸い尻、細い鎖骨。

すべて、すべてが――――触れれば溶けてしまいそうな少女の姿のまま、男の情欲をくすぐるまでの色気を宿し、催すような香りを放っていた。

――――それを、勇者は受けた。
――――鋭敏になった、五感と――――その奥底にある、雄の本能そのもので。


サキュバスB「どうしたの?」

勇者「い、いや……えっと……」

サキュバスB「あっはは、照れてる?かわいー……ほら、洗って?」

勇者「う、うん……」

先ほどそうされたように、彼女の背におずおずと触れ、泡をまとった布を施す。
指先が触れるたびに彼女は小さく喘ぎ、ぴくん、と小さな背を震わせた。
たちまちに泡立つ石鹸が彼女の蒼肌を覆い隠してしまい、もはや見えない。
湯船から立ち上り流れて来る湯煙と、泡とに隠されていながら……サキュバスBから漂う、石鹸とも湯の花とも違う香りに中てられる心地に震えた。
“匂い”から――――“色”を意識する。
サキュバスの翼の持つ深い紫。サキュバスの内側に宿る、美麗な桃色。
全てが、嗅ぐだけで脳裏を過るような……今の自身には過分なほどの劣情を催してしまった。

サキュバスB「んっ……こら。何か当たってるよ?」

勇者「うわっ!? ご、ごめ……」

自然、抑えられない“それ”が反り上がるようにしながら、座る彼女の尻へ、無意識のうちにすりつけられてしまっていた事に気付く。
だが、彼女はそれを言葉で制しはしても……咎めない。

サキュバスB「……ね、きみ」

勇者「……ん」

ほんの少しだけ振り返った、彼女の顔は。

サキュバスB「……お姉ちゃんと、したくなっちゃった?」


――――“魔性”だった。

それでは、また次
ではの

一日開いて申し訳ない
飛び飛びだな、畜生何がなんだか

始めます>>113より


*****

湯船に注がれる湯の音に混じり、ぬめる水音と――――ふたつの喘ぎが重なり、溶けていく。
忍び笑いを堪えるような、鼻にかかった甘い吐息は“淫魔”より。
漏れているという意識すらないまま、絞り出されるような必死の吐息は“少年”より。
くちゃ、くちゃ、ぬる、ぬちっ――――。
粘液をまぶし合わせるような“淫律”が、徐々に、徐々に速度を増す。

サキュバスB「ん、ふふふっ……すごく熱いね、きみの……硬くて……すごく立派……」

勇者「ふ、あっ……!」

にゅる、にゅる、と……淫魔の小さな手中から幾度も“それ”は頭を見せる。
床に膝を立てて広げて座る“少年”を後ろから支え、もたれかけさせながらの手淫だった。
つぶれたバストの危ういほどの柔らかさを背中に感じて。
耳もとからのサキュバスの囁きを脳髄を侵すように届けられて。
体が震えるたびに閉じそうになる脚は、そのたびに彼女の脚に絡め取られ、閉じられないようにより深く開脚させられた。

今、勇者は――――あられもなく脚を開かされたまま、サキュバスBに抱き留められて――――泡をまとう手で、“自身”をくどく、そして優しく扱かれていた。


サキュバスB「ふふっ……お姉ちゃんのお尻に勝手にこすりつけちゃって。だめだよ?こんな事しちゃ……女のコに嫌われちゃうよ?」

勇者「あ、ぁ……ごめ……な……」

サキュバスB「あんな悪い事、どこで覚えたのかなぁ。……ほら? きもちいいね……お姉ちゃんの手で“しこしこ”されちゃって……ね?」

昂ぶり続けて、今にも果ててしまいそうなのに――――その瞬間が、いつになっても訪れない。
密着されて薫るサキュバスBの匂いそのものが、鼻から流し込まれたように鼻腔の奥に突き刺さり、
その度、思考が遠くへ連れ去られて行く。
いつもなら抗えたはずだ。
いつもなら、意識を保てたはずだ。

勇者「ハッ……あぁぁ……っ!」

それなのに、背中に押しつけられてぐにぐにと形を変える果実の感触が。
尖端にある乳首のしこった硬さが。
背中を愛撫するように蠢くたびに――――ぞくぞくと痺れが走り、股間に向かい、びきびきと震えさせている。

やがて、硬さを注がれて反り返っていくささやかな怒張の包皮が押し広げられて――――つつましいピンク色の亀頭が、顔を覗かせる。

サキュバスBはそれを見ると――嬉しそうに、喉奥にいたずらな笑いを潜める。


サキュバスBの戯れるような魔手の導きはまだ止まない。
現れたピンク色の亀頭へまだ触れないよう、注意を指先に込めつつ、小さな茎を上下にしごき、
空いた片手が解きほぐすように伸びたのは――――湯の中で皺が伸び、
つるんとした薄皮に包まれた指先だけでつまめてしまうほどの二つの珠。

サキュバスB「ね。この中……分かる?今、きっと……いっぱい、お精液つくられてってるみたい。早く出したい?苦しい?」

柔らかく、猫の喉でも撫でるような繊細なタッチでふたつの珠を嬲られる。
細い指先が“嚢”の中にしまわれたそれを優しく捕まえ、その内に滾る白いスープを想うように――――じわり、じわりと。
刺激の度に陰嚢は脈打ち、どぷんっ、という音と脈動が体を駆け上り、沸き立つような感覚と共に体が跳ねた。

勇者「ぐ、っ……!」

だが、それでも……縛めから逃れる事はできない。
背後をとる“淫魔”に身体の中心の茎を文字通りに掌握され、あと少し力を込めれば――――薄皮の中の珠も、指先で弾けてしまうだろう。

否、もしそれらがなかったとしても。
この快楽の呪縛から逃れる事など、できはしなかった。

もはや視界には何も映らず。
ただ、ひたすら――――チカチカと明滅し、おぼろげに時折大浴場に上り揺らぐ湯煙が見えるのがやっとだった。


小さな肉竿は、とめどなく作られていく若い精のスープで満ちていく。
それを淫魔の掌中で弄ばれ続け、もはや脚をふんばる事さえできないままにずるずるとだらしなく力が抜けていった。
泡と、先走りの吐液と、堪えられない顎の端から垂れ、薄い胸板の上を、筋肉の凹凸ない腹部を経て秘部まで流れ落ちる唾液。
ぐちゃぐちゃにそれらの混交液がサキュバスBの手で掻き混ぜられ、肉竿を蕩かせる潤滑液へと変わっていった。

サキュバスB「あっははは……すごいお顔。イきたい? ね、どぴゅ、どぴゅ、ってしたいでしょ?」

勇者「っ……は……っは……っ……っ!」

快楽は留まるところを知らず、そうしている間にも肉の竿は漲り続け――――
パンパンに張り裂けそうなまま、いつまでも作り出された快楽をせき止められ、決壊の寸前にあった。

サキュバスB「もう辛いよね?おねだり……は許してあげるね。
         だって、もう喋れないみたいだし……それじゃ、ボク。初めてのお射精、してみよっか?」


ずり、ずりゅ、ぬちゅ、ぬちゃ、しゅこ、しゅこっ――――
湿り滑る水音と、摩擦の奏でる――――誰の耳にも明らかな、“手淫”の調べ。
その中にはもう、堪える少年のうめきはない。
うめく体力すら奪い尽くされ――――快楽の奔流に押し流されるその時を、ただ待つことだけが許された。

尖端を覗かせる桃色の亀頭を、包皮ごと扱き上げ――――同時に、ぐりんっ、と勇者は睾丸より更に下へ異物感を覚える。
見るでもなく、聞くでもなく――――昂ぶりを極めた下肢の触感が、その身に起こったことを理解する。

勇者「っ……ゥ……く、はっ……!」

サキュバスB「えへ、へっ……ここで、合ってるかなぁ……」

睾丸を弄んでいた左手、その中指が――――抵抗を失い緩んだ“門”の隙をつき、深く、深くへ槍として。
そして、槍は“鉤”へと変わり――その奥にある、膀胱から肉茎へ繋がる“管”に隣接する何かを探し求めてうねる。
やがて、抵抗虚しく探り当てられた“そこ”を、くりっ、と指先で腸壁越しに押された、途端――――

勇者「っ――――――………!!」

吸う事すら難しかった息が肺の奥までとっさに吸い込まれ、満ちる。
酸素が血流として運ばれ、全身へと急稼働で運ばれ、ちりちりに滾り、燃え、そして尽きる――――そんな、破滅のような快感に襲われた。


サキュバスB「わきゃっ……!?す、すごい勢い……!わたしの顔にまで飛んできちゃってるよぉ」

体ごとガクン、ガクン、と震えながら、少年の肉茎は粥のように詰まった“精通”の飛沫を吐き出していく。
下腹部どころではなく、勢いに任せ……調節の狂った噴水のように断続的に噴き出しながら、少年の姿の勇者の胸へ、顔へ。
後ろから抱きすくめ縛めるサキュバスBの顔にすら降りかかり、上気した蒼肌へ、“白”を化粧していくように。

ふたつの珠が溜め込み、作り出したとは思えない――――水分低下による卒倒を招くのではないかと思えるほどの射精は、
集めればワイングラスのふちから零れてしまうほどの量だ。
大量などという生易しさではなく、人体が、子供が吐き出してしまっては危険なほどの量を。

サキュバスB「……ふふ、いっぱい出たね♪ えらいえらーい♪」


勇者「うっ……ぁあ……っ」

サキュバスB「お顔、汚れちゃったね?拭くのもったいないから……わたしが、綺麗にするね」

自らの白濁で染まった少年の頬に、淫魔の舌が伸び、丹念に舐め取る。
胸まで飛び散ったそれを掌に掬い取り、徐々に、少年の体を床に寝そべらせるように解いていき――――
勢いを失い、白濁液の残りを情けなく吐き出しぴくぴくと震える肉茎へ唇を寄せて。

サキュバスB「んふっ……きみの、すっごく美味しいよ。一滴も残せないなー……ほら、見ふぇ?」

ちゅる、ちゅるり、と尿道にまで残った全てを吸い集め、小さな口腔の中になみなみと溜まったそれを、億劫に首だけを起こした少年へ見せつける。

サキュバスB「こんらに……いっふぁい……んっ……!こくっ……ふふ、きみの、美味しかったなぁ。ごちそーさま、陛……あっ」


勇者「……おい」

サキュバスB「な、何かなー?うん、元気みたいでよかったよかった。それじゃ上がろ?ね?一緒に冷たいミルクでも……」

堕女神「“ミルク”なら、充分なのではありませんか?」

先ほどまでの妖艶もどこへ消えたか。
狼狽し、振り返った淫魔の視線の先には――――湯浴み用のタオルに身体を包んだ、この城のNo.2の静かな憤怒の表情。

サキュバスB「あえっ、だ、堕……め……いや、これは……!」

勇者「サキュバスB?気付いてたな?最初から知ってたんだな!?俺が――――俺、俺はなぁ!!」

サキュバスB「いや、待っ……は、話せば分かるんです。ね、ね!?これには訳が!」

堕女神「貴女は……貴女という、方は……」

勇者「尻を出せ。サキュバスB。淫魔じゃなく――――人間の伝統のやり方でお仕置きだ」

吐き出すものを吐き出し、萎えていた両脚へ力が吹き込まれ、立ち上がる。
指先までぴしりと伸ばした左手に青白い稲妻が走り――――

サキュバスB「い゛っ……きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

広い浴場へ、目の覚めるような快音が響き渡った。

今夜分投下終了

(子どもに)えっちなのはいけないと思います

こんばんは
すまん、昨晩文字直ししてたら崩れ落ちていて……投下を開始します


*****

サキュバスB「うっ……うぅぅ……っ」

勇者「……大げさな奴」

すっかり夜も深まった城内を歩くのは風変わりな組み合わせの三人。
最後尾のひとりは、真白い肌と濡れ羽色の艶やかな髪の堕ちた女神。
ひとりは、動きやすそうな服に身を包み……今は腰を砕かせ、ヒップを幾度もさすりながらぎこちなく歩くサキュバスの少女。
そして先頭は、膝小僧から下を晒す絹のズボンと短靴、やや袖の長いシャツから指先を覗かせる“人間”の少年。

ときおり、サキュバスの少女――――サキュバスBが立ち止まり、尻をさするたびに一行は立ち止まり、促しながらも、待ち続ける。

サキュバスB「お、尻……“ビリッ”……て……何、するんですかぁ……ただのお尻叩きじゃ……まだひきつるぅ……」

勇者「こっちのセリフだ。……何するんだお前は」

サキュバスB「つ、つい……陛下が、なんか……変な事が起きちゃって、また……変な……」

勇者「“また”って言うな、またって。俺のせいじゃないんだぞ」


堕女神「……本当にそうでしょうか?言いきれますか?陛下?」

勇者「……ん……」

堕女神「ナイトメアを説き伏せて郊外へお出かけになりましたね。聴取の結果、彼女は陛下を止めたそうですよ。それをしつこく説得したと……」

勇者「んっ……!」

わざとらしい咳払いを二回挟み込んでも、堕女神の言及は止まない。

堕女神「二つ目。これも思い出したのですが――――城下町で“なぞの液”を浴びた時も。
     サキュバスAを巧みに誘導し、もしくは誘導されて向かったと。間違いありませんか?」

勇者「……ごほっ」

堕女神「“ごほ”では分かりかねますが」

サキュバスB「……やんちゃな事してるからバチが当たったんじゃないですかね?」

堕女神「貴女がそれを言えますか。……ともかく、今申し上げた理由の一つ目は否定されました」


勇者「へ」

堕女神「ナイトメアと一緒に召し上がったという果実です。ご安心ください、調べた結果、あれは無毒です。
     人界の山中にも生えているものですから問題ありません」

勇者「そう、なのか……良かった」

堕女神「いえ、良くは……。二つ目、街中で浴びた“なぞの液”……いったい何なのでしょう、“なぞの液”とは。全く……」

勇者「本当に謎らしいんだ。“服だけ溶かす液”よりマシだったろ。流石に裸で城まで帰ってくるのはマズいじゃないか」

堕女神「全身を白濁させて帰るのも問題ですけれど」

サキュバスB「そうですよー。酔っ払った子じゃないんですから」

勇者「酔……?どういう事だ、それ?」

サキュバスB「暑くなってくるといるんですよー。スライムって、すっごくヒンヤリしてて気持ちいいんです。
         体を冷やしてくれますし、体温……水温?どっちなんでしょ……とにかくそれも一定に調整されてるからぬるくならないんです。
         ですから、スライム浴で涼む子とかいるんです。で、たまにスライムが寝ちゃった子を置いてどっか行っちゃって……」

勇者「で、スライムまみれで残されるだらしない酔っ払いサキュバスが出ると……」


堕女神「それはそうと、陛下。何故あのような事に?」

勇者「……あまり掘り返さないでほしいな」

浴場での“惨劇”は、思い出すにはあまりにあまりの出来事だった。
サキュバスBに、まさか――――ああも、と。
だがすぐに言葉の曇りを察した堕女神はニュアンスを切り替え、言葉を補う。

堕女神「いえ……いつもならば、サキュバスBの放つ淫気にああまで中てられはしないでしょう。何か……」

その指摘は、当然のところを言い当てていた。
まがりなりにも“勇者”の持つ耐性のためか、彼女らの持つ魔力に中毒する事はなかった。
一糸まとわず密着すれば、サキュバスの魔の淫気を感じはしたものの不覚に陥るほどではなかった。
例外は隣女王で、正体を見せた彼女のそれは――――もはや、“攻撃”と言っても過言ではない。

サキュバスB「つまり、わたしにメロメロになっちゃいましたか。そーですかー……くふっ」


勇者「畜生……まさか……サキュバスBなんかに……!!」

サキュバスB「いやあの、本気で悔しがらないでくださいよ……さすがに傷付きますから」

堕女神「恐らくは、浴場というのも不運だったのでしょう。多量の発汗を促し、湯煙に溶けて漂う、裸体を晒し合う空間。
     それと……恐らく、魔力への耐性が下がっていますね」

勇者「……でも、魔法は使えるぞ」

堕女神「そこは不自然ではありますが……ともかく、仮説ではありますが、でなければ……ああも不覚に陥る説明はつきません」

サキュバスB「あの、堕女神さま。一つだけ訊いていいですか?」

堕女神「は……?何でしょうか」

サキュバスB「えっと、どのあたりから見てました?」

堕女神「……陛下が、その……達する、直前ほど……流石に、と、止めに入ってしまうのは……陛下も、お苦しい事になるかと……」

勇者「正直に言う。“死にたい”」

サキュバスB「さっきは“いきたい”って言ってましたよ?」

勇者「うるさい」


途中で自室へ戻るサキュバスBと別れ、寝室までの道のりを歩く。
二日目となれば歩幅にも慣れ、少なくといつまづく事はなくなった。
それも、“手を引かれる子供”が、“先行して歩く子供”になっただけ――――と言えばそれまでだ。

勇者「……そういえば、鉢合わせたが……どうして浴場に?」

寝室のドアに手をかけ、開く寸前に訊ねる。
しかし、彼女から返答はない。
怪訝に思い、振り向けば――――暗闇の中でも覗ける赤い瞳が当てどなく泳いでいた。

勇者「……訊かなかった。ごめん」

堕女神「い、いえ……偶然でしょう。はい。それより、本日は――――」

???「嘘をおっしゃいなさいな。いたいけな幼子に性を感じていたのではなくて?なんとした事でしょうか……」

勇者「!?」


ドアが力を込めるまでも無く内側へ引かれ、開く。
その中から姿を見せたのは、闇に溶ける翼と蒼肌を持つ紫水晶を想わせる瞳の――――

勇者「サキュバスA?どうして……戻るのは明日じゃなかったのか?」

サキュバスA「えぇまぁ、そのつもりだったのですけれど……それより、中へどうぞ。狭いお部屋で申し訳ありませんが……」

勇者「狭くて悪かったな!」

サキュバスA「ほら、保護者様も。幼子と交わす睦まじき蜜月を阻まれたからと言ってそうお怒りになるものでは」

堕女神「怒っては……いえ、そもそも誰が“保護者”ですか!」

サキュバスA「これは失礼を。しかし……その割には堂に入ったものでしたわよ?」

堕女神「は……?」

寝室へ二人を迎えたサキュバスAが扉を閉め、勇者はベッドの上に腰かけ、堕女神は近くのベッドサイドの椅子を引いて座り、
最後にサキュバスAが、手近な壁に立ち姿のままもたれかかる。


サキュバスA「無垢な子供の唇を吸い寄せて、その二つの果実に儚く小さな童顔を埋めて。頼りなく細い爪先にて太ももを優しく掻かれて……
        “ああ、陛下。くすぐったいです……おやめください……”などというやり取りです。何と度し難い……何と乱れた……」

堕女神「っ!?な、何故それ、……え……!?」

サキュバスA「ああ、やっぱりしたんですの?大胆ですわ。では、“ふふっ……まるで、赤ちゃんのようですね……私と……貴方の……”」

勇者「そこまではしてない」

サキュバスA「そこまではいけませんでしたか。もっと攻めてもよいでしょう……嘆かわしい」

紫の瞳の闖入者が軽妙に投げかける言葉の数々で、堕女神の顔が段々と赤らみ、
俯き――――ひとしきり嗜虐心を満足させた頃か、彼女が話題を変える。

サキュバスA「さてさて、だいぶお困――――ってはおりませんね、一見しました処」

勇者(……そう言えば、あまり困ってない気がするな)

サキュバスA「ほら見なさいな、ボイン大好きしょ○太くん」

勇者「誰だよ!」


堕女神「……陛下が不便を感じておられないなら何よりですが。ともかく、理由は……」

勇者「そう。理由が分からないんだ。病気か?」

サキュバスA「ひとまず、ここ数日の出来事を更に洗い出していく事ですわね。更に丁寧に。
         更に――――ええ、エグく、クドく、しつこく、しつこーく……」

勇者「変な言い方はやめないか。……最初に訊いたが、何で今夜戻った?」

サキュバスA「ええ。ひとつだけ。――――ひどく、気に入らないモノを見つけてしまいましたの」

いつの時も余裕を見せ、善意も悪意も露わにしない彼女には珍しく――――攻撃性を帯びた物言いだった。
彼女が取り出したのは、一本の羽根。
それも……曇りひとつない、“純白”の。

勇者「白鳥の羽根?」

サキュバスA「流石は陛下。……ですが、だからこそ。見逃せないのです」

勇者「……?」

サキュバスA「人間界ではありません。――――この世界に、“白鳥”はいない」

今夜投下終了です

サキュバスAはガンガン話を進めてくれるので非常に得難い

ここで変な時間に投下していきます
どうも二日に一回ペースになってる……大ウソつきか私は


“魔族”の翼には、羽毛がない。
サキュバスに限らず――――魔界を出身とする種族は例外なく、そうだ。
人間界では珍しくない生き物、闇を駆る蝙蝠はかつて地を這う生き物だった頃、
古代現れた魔族の姿を模倣してその前肢を翼へ進化させたという寓話も勇者は聞いた事があった。

サキュバスA「無論、抜け落ちる羽根を持つ“堕天使”もこの国にはおります。ですがその色は漆黒。白鳥の羽根など、この国に落ちるはずがない」

勇者「その羽根、見せてくれ。……まだ新しいな」

堕女神「人間界から迷い込んだ可能性は?ここ最近は人間界に出向くサキュバスも多く……」

サキュバスA「ええ、その可能性も捨て切れませんけれど……白鳥が現れたという噂も聞きません。そもそも、この羽根……」

勇者「魔力がある。……いや、魔力じゃない。もっと……」

サキュバスA「いえ、ここまでとしましょうか。悩み事など、夜にすべきではありませんのよ。……その羽根は陛下がお持ちになっていてくださいな」


背を預けていた壁から離れ、サキュバスAが尾を振り立てて背後から堕女神へ忍び寄り、耳もとへ口を寄せる。
たおやかな指先で彼女の細い顎を弄ぶようになぞり、微かに持ち上げ――――燭光が蠱惑を照らし出す。

サキュバスA「久しぶりに……“真夜中の密会”と洒落込みましょうか、堕女神様」

堕女神「!? へ、変な言い方をしないでください!陛下、違います。単に……」

サキュバスA「そう。真夜中に、魔性を持つ女がもつれ合い、赤裸々に全てを曝け出し……響くは淫魔達の嬌声。まさしく淫魔の国にふさわしく――――」

勇者「要するに飲むんだな。俺も行く」

サキュバスA「いえ、それはなりません。……何故ならば、子供は眠る時間です。“殿下”」

勇者「誰が殿下だ」

サキュバスA「まぁ、それはそれとし……“殿下”。実際、眠そうですわね?」

勇者「ん……」

一日を終え、夕食を終え、風呂に入ってよけいな“運動”までさせられた。
普段であればまだ降りてこないはずの眠気がゆっくり襲い……とろとろと瞼が落ちてくる。


堕女神「……もしや……それも、またその御姿だから?」

勇者「ん……変だな……こんな時間に、眠く……なんて……」

サキュバスA「まだ宵の口ですが――――続きは明日の朝ですわよ。おやすみなさいませ」

もはや目を開けているのが億劫なほどに眠気は強い。
ベッドの上を力無く這うように、枕へ近づくと、うつ伏せで顔を横に向けたままとうとう力尽き、一瞬で夢の世界へ誘われた。

サキュバスA「さて、“王子様”も眠った事です。厨房をお借りしますわ。実は下町の狐の店から、良い仔豚の肉を分けていただきまして……」

堕女神「です、が……そんな、場合では……」

サキュバスA「言ったでしょう。夜中に考え事などするものではありません。一日の終わり、疲れた頭で何が思い浮かぶものでしょう?
         ……夜とは、“何も考えない”ためにあるのですから」

堕女神「……では、ご相伴に与らせていただきます。……陛下、おやすみなさい」

すっかり寝息を立てる勇者に毛布をかけ、頬をひと撫でずつしてから、二人は寝室を出た。


*****

サキュバスA「さて、本日は仔豚のバックリブを焼き上げて――――」

堕女神「お待ちください」

サキュバスA「はて、どうなさいましたの?」

堕女神「……どうして彼女が?」

尖塔のひとつにある、サキュバスAの隠し部屋へ招かれ――――そこには既に、先客があった。
はめ殺しの窓辺に脚を投げ出して座り、片手にぷらぷらとエール酒の小瓶を弄び、足もとにはいくつもの空いた酒瓶。
その無作法な“先客”は料理の匂いへ顔を向けるなり歯噛みし、苦々しい顔をわざとらしく見せつけた。

サキュバスC「……テメェこそ何でいんだよ」

堕女神「こちらの台詞ですが。侵入者はどちらだと?」

サキュバスC「あァ、うるせぇな“お利口さん”は。……おい、アイツは?」

サキュバスA「陛下ならお眠りに。子供に夜更かしは厳禁ですわ」

サキュバスC「いい言葉じゃねーか。吐いたのがサキュバスなんぞじゃなけりゃもっといい」


一角に竪琴の鎮座する、さして広くもない隠し部屋に芳醇な香りがふわふわと漂う。
テーブルの上に並ぶ料理の数々は無作法な先客、サキュバスCの目と鼻を釘付けにし、不満げな表情を浮かべる堕女神もまた、静かに喉を鳴らす。

岩塩をふって焼き上げた骨付きのバックリブと分厚いベーコンの肉山からは溶けた脂の薫りが立ち上り、黒胡椒の粒もそれを強調する。
触れただけでほどけてしまいそうな柔らかさは、見るだけで伝わるほどだ。

サキュバスC「へぇ、こんなもん何処で仕入れた?超うまそーじゃん」

サキュバスA「狐の師弟のお店よ。分けてもらったの。……それと、今日はこんなものも用意したわよ?」

堕女神「……それは、チーズ……ですか?煮溶かした?」

肉山の隣に、小鍋いっぱいになみなみと湛えられたチーズに三人の視線が移る。
魔術で保温され、くつくつと沸くチーズの上にはハーブが一振り。
やがてサキュバスAは、笑いを含みながらその意図を明かす。

――――魔の誘惑を。

サキュバスA「この上質の仔豚肉を、とろとろのチーズにくぐらせて――――かぶりつくなんて、いかが?」


堕女神「い……いけません、そんな!」

サキュバスC「おいおい……悪魔かテメェ……正気か、こんな時間だぞ!?」

堕女神は慌てて目を逸らし、サキュバスCはそうしたくとも目を逸らせず――――
ちらちらと肉山とチーズの小鍋を交互に見やりながら、提案の主を咎めるように声を張り上げた。
更に畳みかけるようにサキュバスAは無言のまま、テーブルの上に発泡ワインと軽い果実酒を並べる。

サキュバスA「フフッ。体は正直ねぇ。ほぅら……こんなによだれを垂らして……欲しがっているわよ?」

サキュバスC「いや、垂らしてねェし……くそ、マジか……マジか、テメェ……」

本能を直撃する魔の食撰に抗えず――――サキュバスCの手が伸びる。
震える手で骨付き肉をつまみ上げると、どっぷりとチーズの鍋に浸し、すくい上げると、どこまでも追いすがるようにチーズの糸が引く。
こんがりと焼きあがったバックリブの肉汁の薫りが、チーズの熱い香りと合わさる事で、魔性そのものへ変わる。
そこで一度、サキュバスCの意識が途切れ――――

サキュバスC「……はっ!?」

気がつけば、三切れ目をその手に取っており、目の前に、ふたつ分の骨だけが転がっていた。


サキュバスA「……貴方、まさか食べながら気絶してたのかしら?」

サキュバスC(おい、おい……全然記憶に……ねェ……)

ちらり、と視線を横にずらすと堕女神がグラスを傾け、楚々とした仕草で発泡ワインで喉を潤していた。

サキュバスC(このアマ、何気取りくさって……あん?)

グラスから離れた唇は肉の脂で濡れて光り、彼女の前にある取り皿には丹念に肉をしゃぶり取られた骨が二本。
やがてグラスを置いた堕女神は、どこか放心したように虚空を見つめていた。

サキュバスC(コイツ……肉食ってイったんじゃねぇだろうな)

堕女神「下品な事を考えないでいただけますか?」

サキュバスC「はァ!?てめェ、何使って……!」

堕女神「何も。貴方の考える事などお見通しですよ」

サキュバスC「ふん。変態がエラそーにほざきやがるな、オイ」

堕女神「誰の事を言っているのでしょう?……くどいようですが、何故貴方がここに?」


サキュバスC「いやぁ、アイツがガキになったってから……これは笑ってやらねぇとな、ってさ」

堕女神「良い度胸ですね」

サキュバスA「仲睦まじいのは喜ばしいけれど……そこまでになさったら、ご両人?」

堕女神「睦まじくなどありません」

サキュバスC「アタシの台詞だ。……つゥか、鉢合わせにさせたのはテメェだろ、サキュバスA」

サキュバスA「あら、そうだったかしら。私はただ、貴方を誘ってこっそり飲もうとしただけよ?」

サキュバスC「そしたらコイツ連れてきてんじゃねーか。何のつもりだ?性悪め」

サキュバスA「別に他意なんてないわよ、失礼ねぇ。たまにはいいじゃない、こういうのも」

堕女神「……あなたは面白がっているだけでしょう」

サキュバスA「あら、バレてしまいました?」

サキュバスC「……あー、もう、よせよせ。コイツまともに相手すんの死ぬほど疲れっから」

堕女神「ええ、ですね」

サキュバスA「あぁん、酷い」


――――――淫魔二人と堕女神の酒宴は続き。
うず高く盛られた肉山は段々と減り、皿の底が見えてきた頃。

サキュバスC「だからよォ。いちいち暗いんだよテメーは……辛気くせェんだ。爆笑する事なんてあんのか?」

堕女神「……それを言うなら貴方こそ。どうしてそう物言いが雑なのですか」

サキュバスC「へいへい。……これでよろしゅうございますか、堕女神様?」

堕女神「なるほど。貴方が丁寧な言葉を使うとおぞましいものがありますね」

サキュバスC「乳首もぐぞ、テメェコラ」

互いに歯に衣着せぬ応酬、“かまし合い”ながらもどちらも椅子から腰を上げる事はない。
そんな二人を悠然と眺めながらサキュバスAは、のんびりと唇を酒で湿らせ、耳を傾ける。
話を振られた時には混ぜっ返し、優勢な側の暴露話をおもむろに打ち明け、どちらにも形勢が傾かないように話を長引かせて。

やがて酒宴が終わると堕女神はよろよろと自室へ引き上げ、サキュバスCは酔い潰れてテーブルに沈む。
最後に生き残ったのは――――最初から最後まで変わらず飲み続けた調停者だけだった。

サキュバスA「……本当、前回の物語ではなんであんなに酔ったのかしらね?私」

早朝の投下終了いたします

忙しいというより、ちょい心がグラつくイベントがスレ立ててから二度ほど起きてしまって立て直しに時間がかかってしまいました
ですが一たびスレを立てた以上、完走は無論

それではまた今夜ー

変な時間だがまぁいいじゃないか
投下


*****

勇者「……ふぁあ……」

気付けば――――疲労感とは無縁の目覚めが訪れた。
むくりと体を起こしても、もはや見慣れたもので……小さな手も、広すぎるベッドも、太い支柱も、遠すぎる天蓋も……もう、驚きはない。
そのたびにこれは夢では無いと思い知らされるのも、もう慣れた。
過ごした日々が泡のように消えたかのごとく。
最初から、この城で“王子”として生まれたかのごとく。

子供の姿のままで、何度目かの朝を迎えた。

勇者「……スッキリしたな。……二度寝もできない」

眠気がきれいさっぱり拭われてしまった。
窓の外は明るいものの、小鳥の声はまだ聴こえない。

勇者「……ちょっと、庭にでも出るか」


穿き慣れない膝丈のズボンの裾から入り込む冷たい空気にはまだ慣れない。
踏み締める朝の庭、濡れた青草はどこか懐かしいものの、故郷の外仕事で踏み締めていたそれとは違い、繊細だ。
鼻腔を広げて吸い込んだ朝露に濡れた青草の香りの瑞々しさは、小さな胸の内を満たしてくれる。
昇った日は赤みを失い、段々と黄金に輝きながら青空へ向かう。
それは――――勇者に既視感を覚えさせた。
そしてすぐに既視感の正体は、あっけないほどに早く解き明かされた。

勇者「あぁ、そっか。――――あの時も、こんなだったかな」

“ぼうけんをはじめた日”の、事だ。
朝早く、日が昇りきらぬうちに、朝ぼらけの空から村を見渡した出立の朝の事。
勇者のいない世界が勇者と魔王の物語の舞台へ変わった、あの日の空の色。

誰も起こさず、朝早くにひとりで村を出た、あの日に似た空を、勇者の小さな目が再び映す。


勇者「……っくしゅ!う……まだ、寒いな。上に羽織るものも無いんだもんなぁ」

しかし郷愁にひたる暇もなく、寒さにくすぐられた鼻がくしゃみを誘う。
朝の空気は、だいぶましになったとはいえまだまだ冷たく、まして今の勇者にはなおの事。
シャツの袖で鼻の下を擦りながら、朝の散歩を楽しみ――――ふと、蹄の音に気付き振り返る。
そこには、いつにもまして大きく映る馬体。
黒く澄んだ目を朝焼けに輝かせながら、生け垣を食み、くちゃくちゃと噛み慣らしながら耳をくりん、と一回転させ、勇者を見下ろしていた

勇者「なんだ、お前も散歩か?……こうして見ると大きいな、ナイトメア」

ナイトメア『――――フッ』

勇者「……おい、お前今せせら笑っただろ。おい」

馬の姿のまま、“彼女”は口の端を持ち上げ、言葉にする事無く嘲るような表情を作る。
追求してもどこ吹く風とばかりに蹄を鳴らし、敷かれた石畳に音を立てるばかりだ。
やがて舞い飛んできた蝶を鼻先に止まらせるとそのまま瞬きほどの間に身体が縮み、もうひとつの姿へ変わる。

ナイトメア「……ちっさ。プッ……」

勇者「貴様」

顔の真ん中に蝶を止まらせたまま、今の勇者とそう変わらない――――
否、少しだけ背の高い白金髪の貫頭衣の少女が、今度ははっきりと、笑った。


ナイトメア「ださっ……」

勇者「……サキュバスCとは違う失礼さだなお前」

ナイトメア「フッ」

勇者「鼻で笑うかよ。ちなみにずっと止まってるぞ、鼻」

指摘すると、ずっと鼻に止まりっぱなしの蝶が羽を開き――――仮面のようにナイトメアの目を隠すと、彼女がそれを得意げに指差し。

ナイトメア「……いっぱつげい。ぶとうかいマスク」

勇者「……え、どうやってるのそれ」

ナイトメア「ないしょ。ちなみにこれ……“が”ではできない。りんぷんがひどい」

勇者「するなよ」

ナイトメア「クワガタでもやっちゃだめ」

勇者「だからしないっての。で、朝から何の用だ」


ナイトメア「べつに。……そっちこそ何、してる」

勇者「目が覚めちまったから、朝の散歩。心配しなくても、堕女神が呼びに来るまでには戻る」

ナイトメア「? なら、そろそろ……じゃ?」

勇者「ん……」

空を見れば、そこそこにいい時間が経っていた事が分かる。
どこか懐かしい空の色に見入ってしまっていた間は、思いのほか長かったのだ。
体が冷えてしまった事にも頷ける程度には。

勇者「そっか。……ってか、生け垣の草を食うな」

ナイトメア「ついむしゃくしゃして……いまは、はんすう、している?」

勇者「腹壊すぞ。……といえば、昨日は俺を差し置いて飲んでたんだったな。羨ましい。堕女神と、サキュ……」

眠りに落ちる寸前に見た二人の顔を思い出し、その後に開かれた秘密の夜会を羨みつつも想い描こうとした、瞬間。

「ア゛ーーーーッハハハハハハハハハハハ!! 何、おま……ひ、ひひひゃひゃひゃひゃ!」


ひどく酒焼けを起こしてはいても聞き覚えのある――――しかし今まで聞いた事もないひきつけを起こしたような笑い声が聴こえて、
勇者も、ナイトメアも思わず体を震わせ、驚いた。

勇者「え……サキュバスC?どうして……っいや、それより何が起きたんだ!?」

ナイトメア「へい、ぼうや。乗りな」

勇者「ん?……え!?」

言うが早いか、ナイトメアは再び馬の姿へ化けると脚をたたみ、乗れ、と急かすように嘶いた。
それを見て取り、よじ登るように裸馬の背にまたがり、首に縋るように抱きつくと
夢魔の馬体はふわりと浮かび上がり、笑い声の今も聴こえる窓へ向け音もなく飛ぶ。
その声の聴こえた部屋は、逆算すれば堕女神の部屋だと勇者は思い出す。
幸いにも開いていた窓から、用心して背負った剣に手をかけながら飛びこめば――――

サキュバスC「あっははははははは!増えた!増えた、くく、はははははひひひっ!」

サキュバスA「ぐっ……くっ、くくっ……お、おやめ……なさ……っ!」

地獄絵図。
真鍮の片脚をがしゃがしゃと鳴らしながら床に転がり、部屋の主のベッドと、窓から飛び込んできた“少年”を、
交互に見やりながら身を折って爆笑するサキュバスにはまだ酒が残っている。
対して、その隣で必死に忍び笑いに抑えつけようとするサキュバス。
何が起こっているのかまるで掴めないままの勇者。
窓の外で浮かぶ、夢魔の白馬。


勇者「……おい、何が……起きた?」

サキュバスC「ぷはっ……!ま、マジかこいつ……!も、無理……死ぬ……!」

勇者「さっきからお前……そういえば、堕女神は!?」

サキュバスA「さ、先ほどから……ずっと、ここに……」

勇者「?」

堕女神「……何ですか、朝から……騒々し…………っ!?」

ベッドに身を起こした、その姿は果たしていかなる事か。
踝にまで伸びる艶めく黒髪、白い肌、縦に割れた瞳と、赤黒の眼。
“彼女”のそれら全てを残しながら――――身の丈だけが。
否。

滑らかな裸身は“引っ掛かり”をなくして、黒のドレスが縄抜けの奇術のようにするりと脱げ落ちていく。
寝ぼけまなこを擦りながら起きた彼女はそれに気付くと。

堕女神「えっ――――――!?き、きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

広いベッドの中心で身を抱くように戸惑い、絹を裂くような声を上げるその身体は、どこから見ても
年端もいかない、なだらかな少女のものへと変わっていた。

今夜分終了です
ではまた

こんばんは
今日も投下していきます

わちゃわちゃと


*****

いつになく重苦しい雰囲気が包む玉座の間で、しかし未だに笑いを堪えるべく必死のサキュバスがまずひとり。
笑いを抑えきったサキュバスがひとり。
ぷい、と横を向いて寝そべる白馬が一頭。
大きすぎる玉座にちょこんと座るのは淫魔の国の現王、勇者――――だった少年。
その隣には、彼とほぼ等しい年頃の姿にまで縮んでしまった、その王佐――――堕女神だった少女。

勇者「……えぇー……こうなるのか……」

堕女神「……嘘……こんなの、嘘です……」

身体のラインを強調するドレスは、これまでの彼女とは真逆のそれを示す。
肩口から先も露わに、胸にぴったりと張りつくような仕立てが……残酷なほどに変貌を浮き立たせていた。
サキュバスCがそこを見るたび指差し、噴き出しそうになり、その度に堕女神は睨み返す。

――――たわわに実っていた双丘は影も形も無い。
――――あるのは細い体に映えはしても、滑らかな平坦面のみだ。

踝まである黒髪は持て余して高い位置で編み込み、束ねてようやく妨げにならなくなった。
更に儚げな印象、子供だけが至る永遠の偶像めいた幼い触れ難さが、皮肉なことに彼女の麗しさを押し上げる。


勇者「いったい何したんだ?昨日、あの後。……俺に内緒で」

サキュバスC「くくっ。スネてんじゃねぇって……お、王……子……さま……ぷははっ!」

勇者「……はぁ」

結局、心配してくれたのは堕女神だけではないか――――と、呆れながらあらためて彼女へ目を移す。
そこには、いちいち煽るようなサキュバスCに冷たく視線で釘を刺すも……しかし迫力のない、可愛らしさが拭い去れない堕女神がいるだけだ。
視線に気付いた彼女はふと振り返り、気恥ずかしいのか頬を染めて目を逸らす。

勇者「もう一度訊く。昨日何をした。……俺に内緒で何を飲んだ」

サキュバスA「何、と申されましても……珍しくもないお酒、仔豚肉のロースト、バックリブ、ベーコン、それと耳皮の煮込み。
         チーズとバゲット、干し鱈のトマトクリーム煮と彩りの野菜と、それから……あぁ、ドライフルーツも少々。あとは……」

勇者「もういい、もういい。……俺が寝たと思って、ずいぶんと豪勢な……」

サキュバスA「格別でしたわ。夜中にこっそり集まって飲み食いするのは」

サキュバスC「だけど解せねぇ。コイツが食ったのはアタシらも食った。なんでコイツだけ、こんな……ち、ちっこく……くふふ、はっはははははは!!」


堕女神「……いいかげんになさい。“おもらしのCちゃん”」

その呼び名を聞いて、サキュバスCの哄笑は止んで……代わりに、血の気の失せたような表情。それは次第に赤みを帯びていき――――

サキュバスC「……ンだって?」

堕女神「あら、覚えておいででは……。昨晩聞いた話ですよ。貴方は昔」

サキュバスC「……おい、そろそろオトナの歯が生える頃だろ?前歯、何本いっとく?」

堕女神「ああ、譲っていただけるのですか?ご丁寧にありがとうございます。それでは表に……」

勇者「やめないか!」

子供の姿に変わってしまってなおも堕女神は臆せず、対等のように売られたら買う。
割って入るのもいつもの事で、もう一人いる“大人”は楽しそうに意地悪な微笑みを浮かべるのみ。
数分して、ひとしきり煽り合いが落ち着いてからようやくサキュバスAが話に混じる。


サキュバスA「……しかし、奇妙。……堕女神様。貴方は……“子供の姿”などおありですか?」

堕女神「私……ですか?私は……いえ、そもそも子供の時代があったとしても、この姿ではないはずです」

勇者「この姿では、ない……?」

堕女神「はい。私の髪が黒く、目が赤く変じたのも、堕天の際の事。陛下が良く知る姿の私に、“子供時代”など無いのですから」

本来、彼女が“愛の女神”だった頃の髪は黄金に輝いて、その眼の色も淡く澄んでいたという。
時を巻き戻す何かだとすれば、彼女は――――その時の姿に変わるはず。
勇者はそう考え至ったところで……共通点を見つけ出した。
堕女神と自分との、変化の前日の共通点だ。

勇者「おい、サキュバスA。言ってたな。……狐の酒場から肉を貰ったって?」

サキュバスA「え?ええ……あいにくなのですが、もう残っては……」

勇者「それはいい。出所に話がある。時間が惜しい。呼ぶのも面倒だから俺から行こう」


堕女神「それでは、私もご一緒に……」

勇者「いや。堕女神はここで待っていてくれ。……確証がある訳じゃないし、確信もないんだ」

告げて玉座から立ち上がり、壇を下りて扉へ向かう素振りを見せるも、それでも不服そうな堕女神の頭へ、掌が置かれる。
もはや年の離れた姉妹のような身長差を、してやったり、と言うかのように――――

サキュバスC「ははっ、そういう事だ。お留守番してな、“堕女神ちゃん”。ガキはガキらしくな」

堕女神「っ、触らないでください、不敬な! そもそも貴方はいつまでここに……!」

サキュバスC「悪ぃ悪ぃ、つい手が置きやすかったもんで……おー、コワ。元気だなお嬢ちゃんよー」

勇者「……やっぱり一緒に行く?」

堕女神「……いえ、仰せのままに。私が行けば彼女もついてくるでしょうし、でなくとも彼女をここに一人残しては何をする事やら……」

サキュバスC「何もしねェーよ。心配しなくてもすぐ消えるよ。コイツを気が済むまで弄り倒してからな」

勇者「…………なるべく早く戻る」

堕女神「……平気です、陛下。お気になさらず……行ってらっしゃいませ」


後ろ髪を引かれる思いのまま、せめてできるだけ早く戻ってやらねば堕女神がもたないか、でなければ……最悪、血を見る。
サキュバスAを連れ、近くにいたナイトメアにせめて「ひどい時は仲裁しろ」と託すように申しつけはしたが――――聞いていたかどうかは、怪しい。

子供の姿に変わってしまったのが、人間の自分だけではない。
神の眷族だったはずの堕女神までもが変わってしまったのだ。
その理由は――――恐らく、狐の酒場にある。

何故なら。

勇者もまたこの姿で目覚める前日――――間違いなく、そこへ行ったのだ。

では、また明日

おねショタはいい
ショタおねもいい

どちらもやりたいからやる

過去作もう一度読み返してくるかぁー
魔法使いたちが淫魔の国の勇者の噂を聞く場面とかが見てみたいな

サキュAエロの補充しにきました

遅れた、遅れた

投下始めます
深夜二時に

>>199
もうちょい後になるんだ、済まない


*****

???「ほほう……堪らなく良い。この……頼りない軽さ……腿から伝わる、柔な感触……」

勇者「……おい、もういい、だろ……!?そろそろ……!」

???「急くでない。其方こそ……堪能せぬか。罰当たりじゃの」

勇者「……っ」

がら空きの店内に漂う優艶な香が、その場を包む
人里離れた化生の庵に漂う空気に似たそれは、淫魔のそれとは違う……香木を炊く事で放たれる純粋な物質界の芳香だった。
その中で勇者は、店内の一角で、芳香の主の膝にちょこんと座るように身を預けながら話す事となっていた。

???「ああ、愛い……愛いぞ。この、汗くさく埃っぽい頭皮の薫り……脳髄の奥までとろけるようじゃ……」

膝上に座る童を愛でるように頭を撫で、鼻先を寄せてくんくんと匂いを嗅がれるこそばゆさと気恥ずかしさを覚え
歯痒さを堪えている勇者の目に映るのは獣毛に覆われたいくつもの黄金の尾。
それらが視界の端でわさわさと蠢き、もふ、もふ、と膝小僧や腕に触れ、足が届かずぷらぷらと投げ出しているスネに巻きつき、くすぐる。


???「この体毛の少なさといい……人間の童は一番よ。何とまぁ、愛い。この骨ばった膝も……
     嗚呼、ずっとこのままでも構わぬのに。何故に時など流れるのじゃ」

勇者「っ……だから……!」

抗議の声を上げようとすれば、指の一本一本までが細く、ひんやりとした手で目隠しをされる。
更に、睫毛を指の腹で撫でるようにさわさわと撫でられると……眠気を催すような、涼やかな風がそよぐ錯覚すら起こる。
遠い世界の果ては吹き飛ばされ、風に弄ばれるような心地を起こさせるのは――――獣毛の尻尾の愛撫によるものだ。
もはや、自分の体勢すら意識できない。

???「……くふ。どうした?少しぐらいは抗ってみせい」


*****

――――話は、ほんの二十分ほど前に遡る。
“狐の酒場”まで辿りついたところでサキュバスAは別口を少し当たると言い残して去り、勇者は一人で聞き込む事になったのが発端だ。
酒場へ訪れても当然営業時間外だったものの、奇怪にも扉は開いており、呼びかけとともに扉をくぐる。
その店内には……見慣れない姿があった。

一番奥の席で、すっかり客の引けた店内の静けさをものともせずに……指先でつまめるほどの、
硝子細工の器を啄むように彼女はひとり嗜んでいた。

入り口の窓から洩れてくるかすかな日差しを受け止め愛でるように、薄暗い店の奥で。
琥珀色の瞳は哀愁に沈んだように潤み、吸い込んだ酒の一口一口に嘆息する儚げな美貌を浮き立たせる。
薄暗い遠目でも見てとれる、重厚な絹を幾重にも織り金銀の糸で刺繍したそれを――――さらに幾重にも重ねて着る、見慣れぬ装い。
長い裾から微かに覗く足首の白さと、指で作る輪に収まってしまうような細さが目を奪う。
澄み渡る、その透明感ゆえ金とも銀ともつかぬ髪がほのかな風に揺れ、ゆっくりと彼女は振り向いた。

???「おぅ……?済まぬな、童。開けてはおらぬ。それに……此処は童の入る場ではない。
     迷うたか?ならしばし待たせてやらぬでもない。座るが良い」


柔らかさの中に格調を感じさせる、細面の吊り目を引き絞り、瞬く。
それだけの仕草が誘因するような、抗えない感覚をも引き起こし――――しかしすんでのところで気を取り直し、椅子を引き、彼女の対面へ座る。

???「……ヒトの童が何故かような地へ。癖の悪い夜魔どもの慰みか?まったく、せわしないの」

勇者「あ、いや……俺は。それより、いつもの給仕は……?」

???「さての。その口ぶりだと一見客ではないか?折角じゃ、付き合え、童」

通りに面した扉と、窓から差し込む日が届いてこない最奥の席が彼女の輪郭をおぼろげなものにする。
気付けば勇者の目の前に小さなグラスが置かれ、その中を透明な液体が満たしていた。
鼻を寄せれば、甘みの強い酒精の香が立ち上るのが分かる。
穀物の発酵臭にかすかに顔をしかめれば……目の前の奇妙な“客人”が、更に目を細め、愛おしむようにじっと見つめている事に気付いた。
その視線は、さながら――――籠に閉じ込めた小さな鼠が懸命に餌をかじる様子でも見ているような悦楽、そして慈しみに溢れていた。

視線に呑まれるようにグラスに口をつけ少量吸い込むと、口の中を、芳醇な甘さが覆い尽くす。
その甘さに覆い隠されてはいても、酒精は高く……まだ飲み込んでなどいないのに、カッと体が熱くなるようだった。


勇者(……何だ、今……)

最初の一口を飲み込むと、視線がぐらりと揺れた拍子に奇怪なものが見えた。
それは、彼女の背後に揺れ蠢く数本の影だ。

???「……ほう、まさか飲み下せるとは。いけるのぅ、童。気に入ったぞ。そぅら……褒美じゃ。こちらへ来やれ」

この姿で酒を入れたせいか、それとも……目の前の“魔性”から漂う妖艶な色香の所業か。
ふわり、ふわり、と、まるで漂うように招き寄せられ――――抱え上げるように、勇者は今まで座っていた席を対面に望んでいた。
下肢から伝わるのは、危険なほどに柔い太ももの弾力。
もしも頭を預けたのならば……二度と起き上がる事ができなくなってしまうのではないかとすら思えた。
重厚な絹の装いからは、炊き締めてまとわせた香木の匂いが更に深く嗅覚を惑わせる。

勇者「だから、……貴方は……いったい……」

???「……いや。名乗るまいて。時には、何者でもなき一時も欲しゅうなるもの。ましてそれがやんごとなき……いや、忘れよ。それにしても……」

上気したように赤みを帯びた手が、ゆっくりと、勇者の顎、頬とさするように撫でた。

???「愛いのう。……実に、愛い」


*****

そして時は、今へ戻る。
それからというもの、足を組み換える事すら許されないまま、ひたすら膝の上に抱かれ、
弄ぶように撫でられながら、彼女の“肴”となっていた。
卓上の小瓶からは無限のように酒が注がれ、硝子細工の杯を何度も傾け
彼女はそれを乾すと、喉に笑いを潜めながら満足げに勇者の頬を、顎を、頭を撫でた。
装束から漂う媚香と酒の匂い、そして、日差しを浴びて手入れされた毛皮のような甘酸っぱい香りに、思わず身震いする。
彼女の太腿から伝う体温が、更には――――股間を持ち上げる。

???「くふ……あまり、もぞもぞするでない。尻癖を落ち着けぬか。妾とて……妙な気分になってしまうぞ?」

勇者「……そろそろ、下りても……」

???「嫌じゃ」

勇者「嫌、って……」

???「嫌じゃ。絶対に嫌じゃ。妾の膝から下りたいとな?無礼者め。無礼な童は……こうしてくれようぞ」

勇者「っわ……!?」


膝の上からテーブルに正対する姿勢が、真横へ傾けられる。
そうさせたのは腕ではなく、彼女の持つ数本もの獣の尻尾によるものだ。
気付けば左を向けられ、視界には板壁があるだけで――――更に、
背をもたれさせるように支える尻尾が段々と傾き、視線は天井へと移っていく。
やがて、天井と、“獣の魔性”――――彼女の細面を同時に視界に捉える。
ほぼ寝そべるほどまでの体を支えるのは……城の寝台に劣らぬ寝心地の三本の尻尾が、背中を。
そして太腿に尻を支えられ、脚にも更に一本の尻尾が支えに入る。
そうなってから、ようやく――――彼女の頭部がはっきりと間近に見えた。
頭頂部近くにぴょこんと鋭く突き出た、二つの長い耳がぴくぴくと蠢く。

勇者「……狐?」

???「……ほう、童。妾の耳が見えるか?面白い。……それよりも、気の利いた事ぐらい言えぬか」

酒精を含んだ甘い吐息をかけられ、目を閉じた刹那――――背を預ける尻尾が柔らかくうねる。
矮躯をぴったりと包み、受け止め、雲の上にいるかのような心地良さに……ようやく、気付いた。
傾けた彼女の頭から垂れる、細い金糸のような髪が頬を撫でる。
それは、夢の世界へ誘うような上質の愛撫。

???「……ふふ、眠りたいか?どれ……あぁ、しかしじゃ。こちらは……まだ起きていたいとな?」

一抹の涼しささえ感じないままだった。

“彼女”の指が、そこを……優しく、直に、捉えたのは。

今夜分終了

>>198
やるとしたら、多分pixivの方に短編でやるかもしれません


それではまた明日か、明後日への変わり際にお会いしましょう

こんばんは
始めるぞ


???「何と、慎ましくも逞しい萌芽よな。今にも眠りそうな主人とは違うの」

いつの間に――――と声を上げる間もなく、彼女は露わになった“それ”を手で優しく触れた。
ぴんと反り立ったそこを文字通り手中に納めて、手の中で暖めるように包み込んで嘆息する。
紅を引いた唇を引き絞り、口角を持ち上げて目を細める表情は……彼女の持つ耳と相まって、ますます“その動物”に似る。

???「ほう……。熱いのぅ。それに……夜魔の匂いが濃い。童、よもや……吐き出したのかの?酷い目に遭うたようじゃ。
     ……あぁ、起きんでよい。楽にせい、目を閉じよ」

包み込まれた手の内で、むくむくと更に血が滾り、起き上がっていく一方、勇者の頭の方は、
右手に再び持った杯の縁で小突かれるように
三本の太く毛量の多く詰まった尻尾のベッドへ預けさせられた。
首を優しく支える尻尾から、くすぐったさは覚えない。
滑らかな絹のような心地良さだけが、ただあった。
背を支える尾は体重を全て受け止めながらにして、背骨に沿うよう柔らかく沈む。
自然と肩が開き、軽く胸を張るような寝姿へといざなわれ――――肩口の血の巡りを妨げないよう
微細な心遣いが毛の一本一本、さらにはその先にまで張り巡らされていた。


???「くふ。寝心地は如何じゃ?それ、こちらも……そろそろ、慰めてやろうの」

右手に酒杯を持ち、尻尾で勇者の体を受け止め、横たえて――――そして左手は、
膝の上に預けられた小さな下肢の小さな情欲を捉えて離さない。

勇者「っう……!」

???「痛くなどなかろう?妾の手管ぞ。お主はただ楽にせい。……それ、こうか?」

左手の中に包み込まれていたそれが――――尖端の包皮を一息に剥かれながら、彼女の指の合間を抜ける。
鮮やかな桃色の亀頭に彼女は目を見張ると、喉をこくりと慣らし……親指と人差し指の間を抜けたそれを、ゆっくり、上下に扱いていった。

それは、雲霞がおぼろげに形を成し、その中に包まれ、無に還されるような快感だった。
有るのか、それとも、無いのか。
小さな欲の茎が、今もそこにあるのか。
既に射精に至ったのか、吐いている最中なのか、それとも、まだなのか。

そんな――――魂そのものを絡め取られるような、絶妙の手技を与えられていた。


???「嗚呼……何と、愛いのじゃ。斯様に汗を滲ませて……我慢などしなくてよいのだぞ?いくらでも吐くが良い。
     妾が、直々に……この手で受け止めてやろうとも」

勇者「……ぅ……!くっ……はっ……」

???「これ、堪えるなと言っておろう。聞き分けの悪い耳は……こう、じゃ」

にわかに、ぐぐっ、と上体が持ち上がるのを感じる。
尻が彼女の太ももから浮くか浮かぬかの高さになった時……不意に、甘やかな酒気を帯びた吐息を近くに嗅ぎ取る。
その吐息を耳朶に感じた、直後――――左耳が湿り気のある水音に閉じ込められ、微かに尖る硬質の何かがゆっくりと耳朶を挟んだ。

???「く、ふっ……どうじゃ……?云う事を聞けぬ悪い耳は……いらぬなぁ?」

勇者は、動けずにいた。
その言葉の恐ろしさからではなく左耳から伝わる、どろりと入り込んでくる沼のような感覚の故に。
恐らくは自身の左耳をすっぽりと閉じて仕舞いこんだ唇。
耳朶の溝を余さず這い、てろてろと滑る長い舌の愛撫。
かり、かり、と軟骨を甘噛みほぐす歯の心地良さ。
耳穴の奥、鼓膜を通して脳にまで流し込まれるような――――彼女の、囁き。

全てが。
何もかもがどうでもよくなるような――――沼に引きずり込まれるような。
雲に連れ去られるような。
五体を蕩けさせられるような、手足を動かす事すらしたくないほどの――――凄まじい快楽に、溺れていた。


???「んっ……!ふふっ、震えて来よった。強情ももはや張れぬぞ。観念して、妾の手を……白く塗りたくるが良い。
     一滴残さず、召してやろうぞ?」

勇者「んっ……はっ……がっ、く……ぅ……!や、やめ……!」

???「止めぬ。妾がこうまでしておるのに……嘆かわしいの。それとも、気持ちよくないのかえ?妾では満足いかぬか?」

捕らわれていない右耳だけが、手淫のかすかな音を拾う。
上下に扱かれているだろう音はほとんど聞こえず――――せり上がるような感覚すら、今はない。
彼女の口振りだけが、未だ自分は達していないという事の証左だった。
もはや、自身の欲棒の在りかさえ。
持ち主さえ誰なのか、分からなかった。

自身の体が今、どこを漂っているのかさえも分からない。

やがて。

???「くひっ……!?……ふ、ははっ……驚いたのぅ。妾の顔にまで散ってしまったではないか。……だが、まぁ。許してやろうかの」

下肢が脱力し、萎えて感覚を失ってしまった。
その一瞬の感覚と、彼女の言葉で――――射精感を伴わない射精は終わる。


霞む視界の中で、今も抱き留めていてくれる彼女の顔を汚す白濁を見てとる。
透き通るような髪に。紅を差した頬に、薄く整った唇に、すっと通る鼻筋に、指で摘まめそうなほどに粘り濁る液が穢していた。
だが、彼女は怒るでもなく長い舌を伸ばし、頬へ垂れてきたそれをぺろりと舐め取り――――。

???「……ほぅ。やはり……童の精は甘露よな。寿命が延びる……。嗚呼、生き返るぞ。ふふっ……妾の面を穢すとは無礼じゃが。
     此度は堪忍してくれよう。美酒に免じてな」

そう告げる間にも、彼女の――――鼻先を舐める事すらできるほど長い赤い舌が、自らの顔にこびりついた精液を舐め取って舌鼓を打つ。
下ろしていた左手は掬い取るように、萎れかけた肉の茎を幾度もなぞり、残滓を集めていく。

やがて、じわじわと……失っていたかのような下肢の感覚が戻ってくる。
霧のかかったような意識も段々と冴え渡り、今の状況もまた段々と掴めてくる。
ここは。
この場所は――――。

狐給仕「ちょっと、師匠!久しぶりに見えたかと思えば何やってんですか、いったい!」

???「ん?おお……何処へ消えておった。これからというに……無粋よな」

勇者「えっ……!」

声に慌ててズボンを引き上げ、声の元へ、未だ尻尾に支えられたまま顔を向ける。
そこには、この場所――――酒場の、もっとも馴染んだ顔が非難するように紅潮した顔を向けている。


*****

狐給仕「……一体何やってんですか。師匠?そもそも勝手に酒に手ぇつけて……」

狐女将「硬い事を言うでない。せっかく久し振りに会うたというに、ぶつくさと垂れるとは実に……なっておらんのぅ」

勇者「……貴方が?」

狐女将「如何にも。妾こそ、この酒場の主ぞ。こうして話すのは初めてじゃのう。……のぅ、この国の主殿?」

勇者「気付いていた?……ならどうして……!」

狐女将「いや、何。よもや……そういう遊興(ぷれい)なのかと思うてな。忍びで城下に下りては、夜魔どもに絞られる趣味でもあるのかとな。
     許せ主殿。これ、この通り」

そう言う割には彼女は頭を下げず――――どころか、椅子に身体を預けたまま、杯を更に一口啜る不遜さを見せた。

狐給仕「っ……陛下。この人いつもこんなんなんですよ。この酒場を開く時だって……どんなだったと思います?」

勇者「……どんな……とは?」


狐給仕「酒場を開こう、と言っといて。いざフタ開ければ師匠は料理もできない、酒も仕入れられない。
     “持て”と言いつければ誰かが捧げてくれると思ってたんですよ。この女狐」

狐女将「女狐はそなたもじゃろう。何と口の減らぬ事よ。妾は哀しいぞ」

狐給仕「おまけに開店直後に即隠居、顔を見せれば飲み潰れる。挙句の果てには“ここがようない”、“この酒は不味い”のなんのと。
      出す金以上に口を出す見下げ果てた大酒飲みなんですよ」

狐女将「しかし、繁盛しておるではないか。妾の薫陶の賜物かの」

狐給仕「……ほらぁ……。何言っても応えないんですよ、この人……毒牙にかかるトコでしたね」

狐女将「褒めるな。何も出ぬぞ?」

内心、彼女のこの手応えのなさに既視感を覚えながら勇者はようやく思い出す。
この酒場に来た目的を。


勇者「そうだ。……聞きたい事があったんだ」

狐給仕「はい、何ですかね?」

勇者「昨日サキュバスAに分けたという肉について、知りたい。あれはもしかして……」

そう。
――――この姿になる前日の事。
名状しがたい“何か”から液を浴びる寸前、偶然に立ち寄ったこの店で舌鼓を打った。
狐給仕いわく、“これ以上なく上質な仔豚”と云われ、思わず釣られて入ったのだ。
出されたのは分厚く切られた、鉄皿の上で脂の焼け爆ぜる音を軽快に奏でる単純な仔豚肉のステーキだ。
確かに彼女の言う通り、ナイフで触れるだけで切れる特上の柔らかさは――――この国でさえ食べた事のない逸品だった。

狐給仕「ああ、あれ。陛下が召し上がったのと同じ仔豚です。まだいますよ」

勇者「やっぱり。…………待った。今、何て言った?」

狐給仕「? ですからまだいますよ、その仔豚」

勇者「……何頭残ってる?」

狐給仕「え、最初から一頭だけですけど。どうか?」


捌いた肉そのものがまだ残っているというのなら、そんなおかしな表現は使わない。
複数頭いたうちの残りというなら、彼女の言葉がますます不自然だ。
ただ頭の上に疑問符を浮かべるだけの応酬に、勇者も、狐給仕も、どちらも次の言葉が思うように浮かばず。やがて――――

狐給仕「あ、そうか!陛下、ちょっと待ってて下さい。今連れてきますから」

勇者「連れ……?」

狐女将「全く、忙しい奴じゃ。のう?主殿。せっかくじゃ。もう少し堪能させぬか。童の……陽のような匂いは堪えられぬわ」

勇者「……俺は元に戻りたいんだ」

狐女将「ほう?勿体ないのう。その齢よりやり直すも良かろうに。……“若返り”を追い求めて、定命の者らがどれだけ血眼を上げたと?」

勇者「そんなものはいらない。俺は……やり直したくない。過ごした時を、無かったことになんかしたくない」

狐女将「……頑迷よの。だが、好ましい。それでこそよ。なればその暁には。……妾を、さぞや……乱れさせてくれような?」

今夜の分、投下終了です

ではまた
また!

なんか今回は基本二日に一回、稀に連日投下できたりという感じになっておりますね気付けば

投下始めたいと思います


*****

サキュバスC「ん、よォ、お帰……って何だオイ、何連れて帰ってんだ。拾ったか?」

勇者「いや。……少し信じがたいんだ。“彼”は……」

城へ戻った勇者とサキュバスAを真っ先に見つけたのは、堕女神ではなくサキュバスC。
彼女は出迎えたと言うよりは、ふらふらと出歩いているうちに偶然鉢合わせたという風情で――――サキュバスAの携えた綱の先をちらりと見る。
そこには、まるまると肥えた“仔豚”が繋がれていた。

サキュバスC「……ふーん。そっかそっか。エラいなぁ、坊主。“夕飯のおつかい”成功かぁ。撫でてやろっか?」

勇者「…………はぁ。言うと思った。絶対言うと思ったんだ、お前」

サキュバスC「ンっだよ、付き合い悪ぃなぁ。んで何だよ、マジで」

サキュバスA「この子はね。――――昨日食べたお肉よ」

サキュバスC「……はァ?食べ、って……生きてんじゃんソイツ。イミわかんねぇよ」

勇者「……あぁ、俺もだ」


勇者に振る舞ってくれた仔豚肉。
サキュバスAが持ち帰り、淫魔二人と堕女神で肴にした肉。
そのどちらも――――紛れもなく、“この仔豚”の肉だったというのだ。

だが今、当の仔豚は鼻を鳴らしてサキュバスAの足もとをうろうろ歩き回り、つぶらな瞳を輝かせながら、刈り込まれた芝の上に蹄の痕をつける。
つやつやとした毛並みには傷一つなく、先の言葉が冗談としてすら成立していないのも明らかだ。

狐給仕の語るところによれば、この豚は、狐女将が近郊で見つけて連れてきたという。
花見酒を楽しんでいた彼女が手土産にと捕まえ、連れてきていざ狐給仕が捌いて調理すれば、驚きだった。
その肉質も味も、かつて味わった事がないほどに柔らかく、濃く、骨からは上質のスープが取れたと。
どの部分を調理しても無類の味わいとなって、更には。
――――“減らない”のだ。

サキュバスA「彼女曰く。調理した翌日の朝には復活。どれだけ肉を切り取っても朝には元通り。“いくら食べても減らない無限の肉”だそうね」


サキュバスC「……お前、なんてモン食わすんだよコラ!」

サキュバスA「あら、美味しかったじゃない?」

サキュバスC「味の問題じゃねぇだろ!怖ぇーよ!ンな不気味なモン食わしやがって……っ……うぇっ」

サキュバスA「今さら吐いても多分出てこないわよ。観念して消化なさい。……それと、安心して」

サキュバスC「あァ?」

サキュバスA「私が平気なんだから、貴女も平気のはずよ。でも、そうね。……平気じゃなかったコがここにいるわね」

サキュバスC「……あぁ、なるほどね?」

勇者「俺か。でも……本当にその肉のせいだったと?」

サキュバスA「ええ、間違いなく。……いくつか伝聞との食い違いはありますわね。それ以外はおおむね……
         上質の豚肉、いくら切り取ってもなくならず、いくら食べても元通り」


淫魔二人は何ともなく、人間である勇者と、神性存在、堕女神だけはこうなってしまった。
その正体にサキュバスAだけは気付いているようで――――節回しはどこか楽し気でもある。

サキュバスA「推察するに、この仔豚……淫魔の国の存在ではありません。陛下はきっと、人界で聞いた事がおありでは?」

勇者「……人界、で?俺が……?」

サキュバスA「ええ。恐らくは極地。氷雪の島々にて」

勇者「……待て。待てよ……そうだ、確か……ある。聞いた事がある」

――――人間界を旅していた頃、世界の各地を回った。
武具を求めて、魔法を求めて、伝承を求めて、あらゆる土地の人々と触れ合い、知り合った。
その折いくつもの神話と民話を、いくつもの篝火と焚き火を囲み聞いた。
数々の口伝の中に――――彼女の言葉で絞り込めたものがある。

氷の島々の屈強な戦士達から大杯の酒とともに振る舞われた、彼らの信じる伝説、神話だ。
戦場で死した真の英雄は見初められ、戦神の軍団として戦う栄誉を得るという。

勇者「……“宴の翌日には生き返る豚”」

その楽園で振る舞われる料理のひとつが、それだ。
いくら肉を切り取ろうとも明朝には復活し、永遠に食べ続けられる、英雄たちと神々をもてなす使命として供される“豚”。


サキュバスA「名答。……私の考えではまさしくそれですわ」

勇者「だけど……そんなものが、本当に……?」

サキュバスA「あら。淫魔や魔王、更には女神までもいたのですから不思議でないでしょう。
         ……しかし、ここにいるのは不可思議ですわね。とりあえず食べますか?」

サキュバスC「……アタシはいらね。パス」

サキュバスA「情けないのね。……ひとまずこの子は厩にでも泊めておくとして……」

勇者「ところで、堕女神は?」

彼女の姿がいっこうに見えない事に気付き、そう訊ねると……サキュバスCは唇を引き結び波打たせ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

サキュバスC「あ。……ん~……」

勇者「まさか、またやらかしたのか?」

サキュバスC「いやァ……からかってやろうと思っちゃいたけどさァ……予定、だったんだけどなァ……んー……」

滅多に見ない――――粗雑で荒っぽく勝ち気な彼女の、困った表情だった。
更には腕組みをしながら当てどなく視線を彷徨わせ、真鍮製の右脚を“仔豚”が嗅いでいても気付かない。


サキュバスC「……アタシに聞くより、あのチビに訊け。多分一緒にいるから……」

勇者「……?」

サキュバスA「貴女の事だから、“背中かと思った”とか“これじゃ駄女神だな”とか“見てて涙が出てくる貧しさ”とか
         “事象の地平線”とか“まな板にメロンの種が載ってる”とか“一夜にして現れた絶壁”とか言ったのではなくて?」

サキュバスC「言うかよ!」

勇者「というか何でそんなポンポン出てくるんだお前は……」

サキュバスA「さておき。堕女神様はお任せしますわ、陛下。私はお暇を。サキュバスC。貴方も一緒に来るかしら?」

サキュバスC「……おぅ」

勇者「……なんだか、いつになっても落ち着かないな」


*****

勇者「……で、調子はどうなんだ?」

サキュバスB「あ、陛下……相変わらず小さくってカワイイんですね」

勇者「もう一発食らいたいんだな?」

サキュバスB「や、やだなぁ……冗談ですって。あ、ははっ……」

勇者「……まぁ、いいか。で……」

戸口に立っていたサキュバスBと厨房を覗けば、見慣れない姿の彼女が――――それでもいつものように励んでいた。
調理台には踏み台を使って覗き込み、沸き立つ大鍋も勝手知ったるように掻き混ぜ、小さな子供の姿になってしまった堕女神が忙しなく動き回っていた。

勇者「いつも通りじゃないか?」

サキュバスB「ええ、何かしてる時はそうなんですけど……手を止めると、ほら」

勇者「ん」


堕女神がふと調理の手を休め、浮かんだ汗を拭うと――――とたんに、表情が曇る。
調理台の高さを、歩幅の小ささを、手の小ささを、信じられないかのように彼女は俯いた。

勇者「……重症だな」

サキュバスB「そりゃ、陛下は……子供の頃に戻っただけでしょうけど。堕女神さまの場合は、ありえないはずの姿になってる訳で……」

勇者「だけ、って事もないだろ。充分異常な……何か言ったのか、お前」

サキュバスB「ええ……色々、フォローはしたんですよ。“ちん○んが生えた訳じゃないんですから、そんなに気にしなくて……”とか……」

勇者「すごいな、全然フォローになってない」

サキュバスB「……CちゃんはCちゃんで、あの様子が気の毒すぎたのか変な空気になって……どっか行っちゃいますし……」

勇者「……うーむ……」

サキュバスB「たぶん、不安なんですよ。言いましたけど、陛下がその姿になったのと違うんですから」


彼女は、今の姿は神位を失った姿であるからだ。
その姿に子供時代などあるはずもなく――――なのに、今、彼女はその特徴を残したまま子供の姿になった。
鴉羽色の髪、赤黒の縦細い瞳、黒い爪。
しかし、子供の姿になった事で――――足元が見えないほどの双丘は姿形もない。
落とした視線は真っ直ぐに足元までを映して、手指と同じく黒い足の爪まで見えた。
思わず吐いた溜め息もまた……真っ直ぐ、足元まで落ちていく。

サキュバスB「陛下。後で……話して差し上げてくださいね」

勇者「勿論だ」

サキュバスB「ほんとですね?お姉ちゃんと約束ですよ?」

勇者「……やっぱり一発張っておこうか?お姉ちゃん」

サキュバスB「いや、勘弁してくださいってば……あれ、起きてからもお尻がぴりぴり痺れてたんですよ……」

勇者「効き目があるなら何よりだ。……それにしても」

――――何を言ってやれるものか、と勇者は考え込み、厨房の小さな堕女神の姿を忘れないように――――その場を、後にする。

今夜の分終了

では

会社 燃えろ

かなり空いたが投下しますー


*****

勇者「サキュバスC……結局、笑うだけ笑って帰ったな」

今朝、堕女神までああなってしまった事を彼女は笑えるだけ笑い――――やがて想像以上に重苦しくなった事に耐えかね、帰ってしまったのだ。
それほどまで堕女神は事態を重く受け止め、必死で何かする事で気を紛らわせていた。

そんな彼女とは裏腹に、勇者はこの姿にだいぶ順応する。
疲れはするが体力の回復が驚くほど早く、普段の姿よりも元気なほどだ。
子供の特性なのか、したたかにぶつけた脛の腫れももう完全に引いており、触れても痛むことはない。
城内ですれ違う者達も聞いたか、慣れたか、それとも触れぬよう意識しているのか――――誰も、驚かない。
それもそれで寂しく思わなくもないが、現状、生活に不便はない。
相変わらず執務室の机は高く、大食堂の椅子も高く、シャツとズボンはともかく羽織るガウンのサイズがない。

勇者は今、就寝前に城内を練り歩いていた。
どうしてもまだ眠気が下りてこず、すとんと寝る事が出来た昨晩とは違う。
狐の女将に疲れを文字通り“抜き取られた”せいなのか――――とぼんやり考えながらの、ささやかな夜の散歩だった。


夜の冷え込みを少し防げれば、と身に着けていたのは、“あの日”に身に着けていた、“あの日々”の思い出の品。
魔王との決戦で更に擦り切れて無残に成り果てたからこそ今羽織るのに丁度いい丈の。
淫魔の国へと繋がったあの日、身に着けていた物の一つ――――“勇者のマント”だった。

糸ひとつひとつまでが魔力を帯びて丹念に織られ、霊薬に浸し、秘奥の染料で染め抜いた逸品で、
その強靭さは鎧にすら匹敵し、なおかつ薄く、羽のように軽い。
数々の戦いを経るたび、少しずつでも傷はつき、その輝きも薄れていった。
しかし、それでも魔法の外套は――――最終決戦にて“魔王”の攻撃すら防いでみせたのだ。
最後の力を振り絞るように、勇者の身を守ってくれたからこそ……魔王への最後の一撃を放つ体力を、残させてくれたのだ。

魔力も何もかもを使い果たした“ぼろきれ”となって、今もそのマントは、この国で勇者の眠る時いつも、クローゼットの隅に畳んでおかれていた。
勇者はたまに、それを広げて――――偲ぶ。

大人の姿の足首までも隠せた丈は、魔王の爪牙により裂けて、子供の姿の腰までしか残らない。
だからこそ皮肉なことに……ちょうど今、よい具合なのだ。

勇者「……使い方が荒くて悪かったな。許せよ」


更に、静まり返った城の中を歩く。
夢魔の絵画を並べた回廊は、まるで――――魔王の城のような威圧感だった。
もっともここは魔界であり、淫魔の王族の居城なのだから間違いではない。
油断をすれば絵画の中から魔物が、亡霊が現れるのが“向こう”ではお決まりだったが、この城でそれはない。
角と翼と尾を持つ魔族と出くわしてもそれは敵ではなく、地下牢に巣食う“触手”の主もまた同じく敵ではない。
厩にいる夢魔の牝馬も、会いに行けばイヤそうな顔をするだろうが――――襲ってはこない。
それが、自分の墓標となったはずの“城”との違いだった。

勇者「ん……」

そろそろ部屋へ戻るか、と踵を返したとき、中庭へ繋がる扉の向こうに月光を吸い込むような黒い人影が見えた。
今の自分とそう変わらない背丈の人影は夜風に吹かれながらぼうっと佇んでいるようで、影だけが認識できた。

だが、それだけで情報は充分で……すぐに、誰なのか理解できた。


勇者「寒くないのか?何を……」

堕女神「あ……。いえ、何でもありません」

後ろ姿を覆い隠していたのは、長さを残したままの彼女の髪だ。
元から長かった髪は、そのまま背丈が縮んでしまったおかげで、引きずるほどに。
今朝の時点では編み込み、結い上げていたが、今はまっすぐに足もとまで下ろされている。
バルコニーの手すりにもたれるように庭園を覗き込み……空にある満月にも見向きもせず、ただ黄昏ているだけに見えた。

勇者「……ぷっ」

堕女神「陛下?」

勇者「い、や……昨日まで……ははっ。逆転されてたのになぁ。背丈……また元通りだ」

堕女神「ええ。……また、貴方を見上げてしまいますね」

勇者「……不満?」

堕女神「いえ。落ち着きます」


勇者「俺もだ。……なんでこうなったんだろうな」

堕女神「一応、サキュバスAから報告は受けましたが……どうすればよいのやら」

勇者「全く。何がなんだか……ともあれ、病気じゃないのは分かった。なら解く方法が必ずある」

堕女神「はい。……陛下。我が儘を申しても?」

勇者「ん。……何だ」

堕女神「折角です。ちょうど、良い月も出ている事ですし……少し、歩いてはいただけませんか?」

勇者「……先に言うな」

庭草を踏み締め、石畳を蹴り、眠気を呼び戻すようにしばし庭を歩く。
どちらも縮んでしまったからこそ“いつもどおり”の差で歩く二人の刻。
ときおり勇者は隣を見て、何度見ても信じられない――――小さな少女の姿に変わってしまった彼女を見ては苦笑する。
もはや、笑うしかない。
こうなってしまった以上、一晩や二晩寝たところで治らないのだから。


夜が深まるにつれ、空気は段々と冷たく澄んでゆく。
いつともなく、どちらともなく繋いでいた手は、それでなおも冷たい。
外套を着込んでいる勇者ですら冷えるのだから、肩口から先を露わにするドレス姿の彼女はなおの事だ。

勇者「……中、入ろう。冷えてきたし、もう寝よう」

堕女神「…………あ、の」

手を引いて城内へ戻ろうとするも堕女神の歩みは一瞬止まり、振り返ると彼女は俯き、唇を震わせていた。
こういう表情をする時、彼女は必ず――――何かを迷っているのだ。

堕女神「そ、その……些か……不謹慎かも、とも……」

勇者「分かってる」

もう、彼女の言葉を待つ必要はない。
そっと手を引けば、彼女はそれ以上踏みとどまらずに庭園を歩いていた時と同じ歩調でついてくる。
未だ掴めない歩幅を、確かめながら。
引かれる手を、頼りにするように。

投下終了

実際サキュバスは生やす事ができたとしてもあまり使わないんじゃねぇかね
というかサキュバスにあんな物体を生やすなんて冒涜だ

ではまた明日か明後日
明日か明後日!絶対!

今夜の分を始めます

またしても書いてて犯罪感がひっでぇ……


*****

辿る道のり、ふだんの倍かかる時間の後に――――いつもの、ように。

勇者「……何だか……」

サイドテーブルに置かれていた水を一口飲み込んでようやく潤したばかりの喉が、すぐに、乾く。
不釣り合いなほど大きなベッドに並んで腰かける姿は、さながら留守中の両親の寝室に忍び込んだ兄妹と呼べた。
三人、四人で絡み合うように夜を明かす事さえできる豪奢なベッドは、たとえ二人いるとはいえ子供では余りある。
その上で思いきり飛び跳ねても頭をぶつける心配がないほど高い寝台も。
神殿の屋根のように、遠かった。

勇者(――――何だか……)

ちらりと横を向けば、いつもと違い落ち着かない様子で――――どうすればよいのか必死に考え込むような堕女神がいた。
少女の年頃に遡った事で、むしろ……触れがたい美貌は、濃縮された。
黒い眼、赤い瞳はさらに丸くぱっちりと開いて――――夜行する獣の仔のような、あどけない誘引力まで宿していた。
元より細やかな肌理を持っていた肌は、更に縮まり――――見える柔肌が、一枚の継ぎ目ない白磁にすら見えるほどだ。
それは、決して――――人たる身で触れてはならない輝きだ。
ただ見る事すら、神官の長にしか許されない領域の存在だ。

見つめていると、やがて小さな女神は困惑したように唇に隙間を作り、白く、小さな前歯を覗かせて小首をかしげるように振り向く。


堕女神「……どうか、なされたのですか?」

勇者「いや。ちょっと……気圧されて……」

考えられないほど。
普段とは。そして、さっき手を取り合っていた時を思い出しても考えられないほど。

勇者は――――緊張を露わにしてしまっていた。
こうして間近で、誰に邪魔される事も無く見れば見るほど……罪悪感すら覚えるほどに、今の堕女神は可憐だったから。
艶気を振り撒く大人の姿ではないからこそ、触れがたく、怖気を振るうような神性の存在感が際立つのだ。

堕女神「陛下。あの外套……身に着けられたのですね」

勇者「……ん、あ……」

堕女神「僭越ではありますが、あの外套は……私が、洗わせていただきました。もう……一年は経つのですね。……そして、驚きました」

勇者「堕女神が?……驚いた?」

堕女神「……いえ、感じ入ったというべきなのでしょうか。あの外套を織った者達の、祈りを」


“勇者のマント”を織るためには、とある森に生息する特殊な虫が必要だった。
その森を守るべく立ち向かった勇敢な戦士達と勇者一行は協力し、魔王の軍団を返り討ちに遭わせた。

虫が吐いた糸を精製するためには更に時間がかかり、織り合わせる間には呪文を唱え続けなければならず、不休の仕事だったという。
霊薬を抽出して浸し、魔法の染料で染めて――――最後には、森の神殿での儀式を行う必要まであった。

“勇者”へ渡す、たった一枚のマントのために。
男たちは戦い、子ども達が虫を集め、女達は糸をつくり、身を削り――――“祈り”を込めた。
“魔の王へ挑み、世を救う者に木々の御魂の護りあれ”と。

堕女神は、何もかもが擦り切れ、役目を果たしたマントにそれでも残っていたものを確かに感じ取ったと。

勇者「……怒られるかな、こんなにしちまった。……っ!」

そうとまで想われていた事をあらためて知り、聖剣までも折ってしまった自分の物持ちの悪さに申し訳なく思った時。

――――ふ、と頬に触れる微かなものを感じ取る。


撫でられたのではない。
風ではない。
髪が頬を掻いたのでもない。

堕女神「……っ……く」

勇者「堕女神?今……」

もう一度振り向いてみれば……堕女神が必死に口もとを抑え、もう片手でドレスの裾を握り締めて、垂れた髪で横顔を隠すように何かを堪えていた。
しゃくり上げる音も聞こえない以上、それは――――嗚咽ではない。笑いであるはずもない。
となれば。

堕女神「……ど、どう……した、事でしょうか……。ただ、頬に……」

勇者「頬に?」

堕女神「頬に、した……だけ、なのに……顔が、熱くて……止まりません……」


*****

やがて、戯れるように抱き合い、雪原の如き広いベッドの上で堕女神を仰向けにさせる。
長い黒髪が墨をこぼしたようにシーツに広がり、堕女神がゆっくりと目を閉じた。
呼吸でかすかに上下するなだらかな胸は、その薄さゆえ胸の高鳴りも、見て取れた。
穏やかに閉じて見えた目は震えるように皺を作りながら強く瞑り、眉間にも浅く皺が走る。
期待、もしくは怯えるような――――その時を待つ供犠のように。

覆いかぶさるように。
ゆっくりと、その身を重ね合わせながら……同じく今は軽い矮躯へ還った勇者が、“少女神”の警戒を解きほぐすようにゆっくりと頬を撫でた。

堕女神「っ……!」

手に吸い付くように柔らかい頬に触れると彼女は竦むように反応を返し、震える。
真っ白いシーツの上で、影のように広がる濡れ羽色の持ち主は薄目を開くと――――緊張のあまり潤んだ瞳から、涙の粒を眦に膨らませた。

堕女神「あ――――」

勇者は、いつものように。
数え切れぬほどしてきたそれと同じだけの“想い”を込めて唇を寄せる。


堕女神「んっ……はぅ……ふ……っ!」

数日前の夜とは違う――――“等しい”口づけだった。
勇者の唇に、柔らかく、暖かく血の通った……小さな唇が重なる。
ほのかに湿った唇を、同じく唇で塞ぎ、押し上げると粘膜は突っ張り――――ただの、キスをしているだけの圧力で破れてしまいそうな頼りなさだった。
漏れだす吐息はいつに増して熱く、甘酸っぱさを増した小粒の苺のような香りをまとい、口の中を満たす。

堕女神「む、ふ……っちゅ、ぷふぅ……ひゃ……っ!」

更に、微かにすぼめて開いた唇の隙間から舌を滑り込ませると、
途端に更に濃密な果実の呼気が押し寄せ……噎せ返るような甘さで、意識が振り動かされた。
心地良い弾力を宿す唇は、唾液を帯びてぬるぬると滑らかに舌を迎え入れる。
堕女神の唇の裏を舐るごとに彼女はぴくりと震え、その心地に狩り取られそうな意識を保つべく爪先に力を込め、膝をゆっくりと立ててシーツを掻いた。

ぬめるように湿った水音と、くぐもった喘ぎと、媚態の混じった吐息。
熟した者同士が奏でるはずの、“夜”の淫律だった。
だがそれを発するのは、ほんの小さな少年と、少女。

不釣り合いなほど広いベッドの上で、まるで――――大人達の目を忍んで重ねる悪淫だ。
決して許される事は無い、自分達のしている事の重さを分かっていない戯れのように。

何でもない無邪気な戯れが、やがて――――本能に後押され、好奇心に突き動かされ、
無知ゆえに純前の快楽へと開眼してしまう、“禁断の遊び”の光景だった。


堕女神「はっ……あ……!あ、貴方の……舌……きもひ……い……ふひゃぁっ……!」

鼻先を幾度も突き合わせて、少女は喘ぐ。
自らも前歯の隙間から舌を差し出し、自らの前歯と舌の間で抑えこむように“少年”の舌のざらつきを舐めとり、繕うようにと。

勇者はそれを抗わず、振りほどかず舌先を蠢かせ、彼女のすっかり小さく、細く、きっしりと整い生えそろった下顎の歯を、犬歯から犬歯までなぞった。
磨き上げた宝石のようにつるつるとなめらかな舌触りにより、互いを快感が繋ぎとめる。

堕女神「はふっ……!ひ、……っも……も、っと……っもっと……!」

必死に瞑る目尻から流れる涙が、堕女神の昂ぶりを代弁する。
もはや彼女の背筋はちりちりに、灼けるように昂ぶりきってしまっていた。
それはほんの数日の間だったのに、溜まってしまっていた感情によってだ。

――――“ヒト”の子を、もう一度抱き締めたい。

かつて掛けた願いは叶ってから、ずっと――――想っていたから。

――――どんな姿であれど、“彼”は、“彼”だ。
――――私の、想いは変わらない。
――――でも、やはり。

――――肌の限り、吐息の限り、心の、限り。

――――“求め合いたい”。

今夜の投下終了です

七割の確率で明日また会いましょう
ではー

いかん、考えすぎて思考がうまく滑らんかった

投下開始


*****

小さな唇、短い舌、細い歯の奏でる水音は一時止んだ。
上体を起こし、後ろから堕女神を支える形で細い肩を抱き締めると
髪をかきわけて覗けた首筋は白く透き通り、暗闇の中で輝きを放ってすら見えた。
普段はち切れんばかりの双子の果実を支え、ぴっちりと首にまでかかり覆い隠しているドレスの胸元は、今もなお忠実だった。
だが、そこに主張はなく、下腹、腹から一直線に首まで続く起伏のない平坦がある。

堕女神「くぅぅ、んっ……!あぁ……っ!」

脇腹から沿い、両手をするりと服の下へ滑り込ませると堕女神はくすぐったさに身を捩り、吐息を放つ。
汗ばんだ肌は生地の舌で手にもちもちと吸い付き、空けさせられた隙間からは閉じ込められていた、甘く熟した果実のような汗の芳香が漏れた。

堕女神「っふぅ……!や、あ……むね、は……やめ……て……!」

勇者「どうして?」

堕女神「それ、は…………恥ずかしい……ので……」

勇者「……小さいからか?」

堕女神「……楽しく、ない……でしょう……?」


弱々しい独白を打ち消すように、勇者は服の中に手を更に潜らせる。
土中を進む生き物の痕跡のように黒絹のドレスの前面の布地が盛り上がり、
ゆとりを作りながら――――ふたつの手が、ふたつの“頂”へ伸びていく。

堕女神「ひっい…………!」

布地の中で、かすかな手触りの違う箇所を見つけた。
尖ってはいない。
決して目立たない、押せば引っ込むような、出たばかりの芽のような頼りなさを指先に感じた。
平坦な胸の、その中心の“輪”と思しき部分は周辺の肌と比べてもややなめらかで、指先だからこそ感じ取れる違いがあった。
絞り込み、探り当てると――――今しがた一瞬だけ触れた、平原に芽吹いたささやかな“芽”をどうにか見つけ出した。

堕女神「や、ぁ……!だめ、やめ、て……と……ふあぁぅっ!」

摘み取るようにきゅっ、と摘まむと、普段よりも敏感な反応を返し、電流を受けたように堕女神の体が震えた。

堕女神「っ……!う、ぁっ……ひぃぃ……!」

勇者「……硬くなってきた。もう、すぐ分かるな」


こりこりと人差し指と中指で摘まみ、転がすと――――小さな“芽”はむくむくと起きて、硬さを増していく。
小さな突起は胸の布地越しにも分かるほど硬く尖り、その萌芽を示す。

堕女神は縋るように勇者の手首を掴もうとするが、それすらおぼつかずに宙を掻いた。
その袖を掴む事ができても、すぐに――――胸に走る感覚に身震いし、離してしまう。
指が埋まるほどの質量はなくとも、その感度は変わらず、否……それ以上に鋭敏化していた。

ドレスの中に隠していた未発達の“種”を芽吹かせられ、地表を持ち上げるように。
春の萌芽のように、小さな堕女神の“乳首”が、浮かび上がらされていく。

堕女神「は、ぁぁ……!もう……やめ……!む、胸……が……熱くて……溶け、そうで……ふぁぁぁ!」

こり、こり、こり、と――――見えない乳首を摘まみ回し、すぐに肋骨を感じてしまうほど薄い胸を撫でると彼女は震え、
うなじから立ち上る香りに汗のそれが混じる。
勇者は掌にかいた汗を擦り込み、ぐち、ぐちっ、と段々と湿り気を帯びたものに変わりゆく音を愉しみながら、
麺麭生地を捏ねるように弄び続ける。
涸れた息のような喘ぎが漏らすのは苦悶ではなく。
再び、堕女神の体が、“女”へと変わっていく過程だ。

少女の姿に変わってしまってなお、悦びを改めて思い出すように。

やがて、勇者の右手が脇のからするすると抜かれる。
その手が向かったのは――――――


堕女神「きゃはっ……!?」

腰骨近くまで深く切れ込んだスカート部分のスリットから、堕女神の秘部へ指先を差し伸ばす。
だが、思っていた手触りとは違い――――ほんの一瞬、ぴくり、とたじろぐように指先が振れた。
想定したのは滑らかな手触りの下着の感触。
だが指先が捉えたのは、直に触れた人肌ほどの蜜液の筋。
そして熱く膨らんだ、むき出しの柔肌。

勇者「堕女神……まさか、今日、一日……」

堕女神「……はい」

答える彼女の顔は、勇者からは見えない。
だが、うなじを燃え上がらせるように赤く染めているのを見れば歴然だった。
彼女はひどく羞恥を覚え、今にも消えてしまいたい、と――――そう思っているように口を噤む。
勇者はそんな彼女を愛おしむように――――

堕女神「ひあっ……!」

再び、下肢のスリットから指を差し入れ直し……まっすぐに、そこへ向かう。
肌理細かく吸い付くような内腿を撫でるたびに堕女神は甘い声を漏らし、くったりと脱力し、体重を真後ろの勇者へ預け、しなだれかかっていく。
張り詰めた内腿の皮膚をなぞり上げ、数度往復させる後……人差し指の先が、隠れて見えない彼女の“そこ”を突く。


堕女神「んふ、あぁぁっ……!」

漏れ出した清水の粒を突き弾き、とうとう、その裂け目を探り当てた。
ぴっちりと閉じた裂け目は、軽く指先で上下になぞれば――――縦一筋の線である事が掴めた。
じわりと濡れている事も容易に掴めて、打ち震えるそこは、臆病な生き物にも似た愛らしさすら感じたほどに。

堕女神「あふっ……!そん、な……こす、ら……ないで……くださ……ぁっ……!」

勇者「……まだ、そんな……何も」

堕女神「変、です……!こんな、びん、かんに……あぁんっ……」

愛撫と呼べるほどの愛撫は行っていない。
熱く火照る秘肉の裂け目を、上下に――――撫でるように指先を行き来させているだけだ。
爪の先すら侵入させてなどいない。
上に行きついたところにある小さな鞘入りの“豆”にも触れていない。
下にある、彼女が密やかに覚えた快楽の薔薇にも触れていない。
とろとろと溢れてくる蜜液が、勇者と同じく――――鋭敏になってしまった神経を物語る。


*****

堕女神「……あ……むふっ……ぷちゅ……っは、ぷ……っ」

勇者「……っ!」

次は、堕女神から――――勇者へ。
見慣れない大きさ、形へ変わってしまったそれを眺めてから、彼女はおずおずと、薄桃の唇を開き、
同じく血色良い桃色の亀頭を覗かせた、“茎”を、震えながら含んでいく。
平素のそれとはくらべものにならないほど小さく幼い茎なのに、今は堕女神もまた少女の現身へと変じているため――――奇しくも、釣り合う。
小さな茎と、小さな唇は、普段この部屋で交わし合う“大人”の刻と同じ比率の、唇に収め切れない口淫をなぞる。

ずるり、ずるり、と堕女神が収められたのは、肉茎の中ほどまでだ。
続けば喉奥にまで迫るため、少女の顔が赤らみ、一度止まる。
そこで――――彼女は、口の中で舌を蠢かせると、皮に包まれた裏筋をなぞり上げる。

堕女神「ん、ぷぁ……!ふふっ……この御姿になられても……貴方のお悦びになる処は、お変わりないようで……」

直に触れると、ほどよい刺激ではなく痛みにすら感じる亀頭、その裏筋へ彼女は続けるように、皮越しに舐め上げる。
舌で舐め上げ、同時に唇を締めながら引き抜く。
彼女の唾液にまみれ淡く銀色に光る茎が、やがてもう一度吸い込まれ、裏筋から精液の道まで舐め下される。

いつもと、まるで変わらない。
堕女神が、勇者のためだけに自ら施す――――慈しむような口技が、あった。


堕女神「はふっ……ちゅ、じゅぷっ……んくっ……! ふるえ、て……ます……貴方の……」

亀頭へかかる皮を下ろさぬように。
多く吸い込み、隠す事のないように。
唇の圧力を精妙に捉え、堕女神は、この姿の勇者へ初めて施す“女神の口づけ”に神経を傾ける。

触れれば痛みを感じるような敏感な亀頭へ、触れぬように。
熱と呼気を受けて震えるそこを、包み隠させぬように。
少しでも長くの間、自らの口の中で、暖かさと、吐息を感じていてくれるように。
皮の中でだんだんとエラを張り、良く知る姿に近づく亀頭を皮越しになぞりながら、“少女”は奉仕する。

それは、密やかな戯れを重ねるうちに行きついてしまった、“堕楽”の光景そのものだ。
目を盗み重ねるうちに、やがて邪淫の果てへ堕ちてしまった少女の姿、そのものだ。
そう。
そう――――見えはしても。彼女は今、満ち足りていた。

“求め合う”という至上の快楽を、叶え合っていたから。


堕女神(……あ、ぁ……貴方の……モノ、が……私の、くち、犯して……)

咽返るような剛直も、反りもない。
雄の昂ぶりもない。
今、飴を含むだけでいっぱいになってしまうような口の中に感じるのは皮膚のなめらかな舌触りだけだ。

堕女神(ですが……私……貴方の、……好、き……もっと……もっと、舐め、たい……です……)

姿も、形も、関係なかった。
“それ”が、彼のモノであるという事だけで――――充分だったのだ。

幾度も含み、幾度も吐き出させ、幾度も――――飲み干した。
幾度も迎え入れ、幾度も突き抉られ、幾度も――――満たした。

堕女神(き、っと……私の、中は……もう、貴方の形を覚えてしまって、いるのでしょう……か)

だから、きっと――――今も。
今も、自分の中は――――今の彼を、待っているはずだ。

堕女神「もう、耐えられません。陛下」

昂ぶり、膨らんだ肉茎をゆっくりと抜き出し、懇願とともに呟く。

堕女神「――――……下さい……」

今夜の投下は終了です
では、また次回

申し訳ねぇ、時間かけて書き過ぎた……開始します


*****

堕女神「それでは……よろしい、でしょうか……?」

勇者「ん……。無理、しないで……くれよ」

堕女神「いいえ、無理など……。早く……貴方を、感じたくて……」

選んだ姿勢は、堕女神が“上”となり、跨る体位だった。
横たわり、見上げれば――――腰を浮かせて膝立ちの姿勢を取る彼女が、狙いを定めるように腰を拙くくねらせる。
その体は、いつにもまして細く――――子供の力でさえ、強く抱き締めれば折れてしまうようだ。

起伏ないなめらかな雪原のような体、普段は二つの丘があった場所にはぴんと立つ桜色の芽吹きが、それぞれひとつ。
指先でなければ摘み取る事すらできない小さな乳首は、それでも充血し、固くしこり、息をするごとに上下していた。

勇者「うっ……!」

かすかに露出した亀頭に刺激を覚え、声が意図せず漏れた。
そこは、二つの柔肉の狭間、ぴたりと閉じた聖所の門扉。


そこで、ずっと浮かべていた疑問――――ややすれば無粋になるかもしれぬと思いながらも、勇者は口を開く。

勇者「……なぁ。……姿がそうなった、って事は……もしかして、その……」

堕女神「……えぇ。もしかすると。私は、また……痛むのかも、しれません」

いびつな、あるはずのない“若返り”とはいえ、かねてより勇者はこの夜の間ずっと想いを巡らせていた。
堕女神の体が少女のものになったのであれば――――“純潔”もまた、取り戻されていたのではないかと。
そうなのなら、彼女は貫かれれば、再び破瓜の痛みを味わうのではないかと。

堕女神「でも……私は構いません。だって、貴方に……また――――――」

くす、と微笑む彼女の表情は今の姿で浮かべれば、さながら、ませた子供のような、淡い眩しさを持つ。

堕女神「貴方に、また――――“初めて”を、教えていただけるのですから」

勇者「…………」

堕女神「怖くない訳ではないのです。……でも、また、貴方とひとつになれたあの夜を思い出せるのなら。私は……」


堕女神の左手が小枝のような指先で、淑やかに閉じた肉を人差し指と中指で割り開いた。
肉の抵抗は虚しく、その奥に秘められていた小さな尿口、膣口をひとところに纏めた、彼岸の桜の色に染まった粘膜が、細く開いていた。
指ですらもきつく咥え締めるだろう。
もし彼女の純潔が残っていなかったとしても、こなれていない交わりになるだろう。
それでも、彼女は――――そう言って、手さぐりに、皮に包まれた肉茎を飲み込むべく
ゆっくり亀頭を探りながら、少しずつ、少しずつ――――腰を落としていく。

堕女神「んっ……はぁ、ぁ……!」

蜜液に濡れた柔肉が、ゆっくりと――――皮越しの亀頭に貼り付き、その皮を扱き下ろすように剥き出させながら、受け入れていく。
充分に吐き出していた“果汁”のおかげで、摩擦は少ない。
しかし、懸念していた通り……今、子どもの物へ変わってしまった肉茎にすら、その中は狭く、きつい。

勇者「ふ、ぁっ……熱っ……くぅ……!な、中……が……」

堕女神「っ……く、はぁぁ……入って……わたしの、中に……貴方が、いっぱいに……!」

飲み込まれゆくごとに堕女神の体は段々と脱力していき――――震える膝はやがてベッドの上に屈し、
かろうじて手をついて姿勢を保つ有り様だった。

惚けたように紅潮する堕女神の顔は、こぼれ落ちる寸前の涙を湛えていた。
閉じられない唇から落ちた唾液の糸が勇者の胸に落ち、窓から差す月光を弾いて光る。


勇者「……大丈夫か、痛く……ないか?」

差し伸ばした手で彼女の頬を撫でると、逆に……その暖かさが、掌を撫でるように心地良かった。

堕女神「……はい。大丈夫です。……このまま、ずっと……奥、まで……っ!」

ぎちぎちに詰まった柔肉の粒が、勇者自身を迎え入れ、奥へ奥へと導いていく。
その途上、あの結ばれた夜に感じた――――純潔を千切る感触はない。
あの日に感じた、彼女の中を引き裂く感触は、なかった。
蕩けて落ちそうな目を見張り、“繋がり”を見ていても……彼女の内から滴る血は、こぼれない。
未発達の肉孔が、同じく成熟しない肉茎をぐいぐいと呑み込み、根元まで――――飲み込んでいく。

堕女神「は、あぁぅぅぅっ……!陛下、の……もの、が……わたしの、奥に……ぃ……!」

勇者「……あ、あぁ……。平気、か……?」

堕女神「はい……。でも……うれしい、です」

勇者「え……?」

堕女神「あなた、に……私を、捧げた事……。なかった、事に……されて、なくて……」


接合からは、一滴の血すら流れない。
ただ、彼女の深部に滾る熱情が、頼りなく、しかし確かに硬く今も脈打つ肉茎へ火を入れるように伝わってくるだけだった。

堕女神「貴方の……熱い……。ぴく、ぴく……震えて……私の中に……いっぱい、っ広、げ、て……んふぁっ!」

彼女が俯き、その深部に迫る肉の浸食に打ち震えると――――肩の向こうに黒翼のように背負われていた髪が
ひと房、ひと房、と落ちてシーツに触れて、音を立てた。
降り積もった雪の上へ恐る恐るに足跡をつけるように――――さく、さく、さふ、さふ、と。
その内、分かれた何条かの髪が勇者の胸の上へ届くと――――くすぐったさもまた、届く。

流れる墨のような髪の帳の中、堕女神はゆっくりと、しかし確実に――――“降りて”くる。
小さな膣口をこじ開ける感触は、未だこなれない。
破瓜の痛みはなくとも、圧し広げられる感覚だけはあるのか――――彼女の呼吸は細く、小刻みなものだ。

堕女神「あ、はぁぁ……っもっと、ぉ……っ!」


気が逸るのか――――八割までを飲み込んだ段階で、堕女神は、かすかにだが腰を浮かせ、再びゆっくり落とす。
強く咥え込まれていた肉茎もその時だけは微かに緩まり、上下に扱かれた。

その中にある捉えて離さない強い締めとは違い、彼女の腰の動きは小さく、か弱い。
くい、くい、と――――渡した板切れの上へ跨り、這って進むようなささやかな、虫の歩みのような上下動だ。
だが、腰を振り動かすごとに彼女の喉からは吐息が漏れ、やがて――――甘やかな呻きへと変わる。

堕女神「は、ぁぁんっ……!こ、れ……気持ち、よすぎ……て……おかし、く……」

まるで、机の角へ擦り合わせるような。
慰めを覚えたての少女がそうするような――――小刻みな騎乗位のまま、彼女は呻き、甘え、――――それでも止む事無く、腰をくねらせ続ける。

少女の姿、子供の鋭敏な感覚に玩弄されるように、堕女神は悶える。
いつしか、その銜え込みが根元まで到達している事にも気付かずに。
やがて、自然――――未発達の膣肉に扱き下ろされた亀頭は、彼女の奥へ口づけする。

堕女神「ひ、いぃぃんっ!お、くぅっ……!」

深く銜え込まれた拍子に、とうとう小さな亀頭が、小さな子宮口へ到達したのを勇者は感じた。
ぷちゅん、と――――見えない肉の洞の奥で、亀頭へ円らに張りつくような接吻が施された。
その感覚は不意打ちのものであり、勇者もまた、彼女がのけ反ったのに合わせて肉茎を震わせ、背筋を鋭く駆け巡る快感に怯えた。


勇者「くうぅっ……!」

堕女神「あ、あぁ……貴方の、……嬉しい……」

深奥で口づけを交わしながら、堕女神は天蓋を仰ぐように反った背を再び前へ倒し、まっすぐに勇者へ顔を向ける。
表情には快楽でも歓喜でもなく、“安堵”が浮かんでいた。
唇は緩み、緊張していた目元もほどけるように涙を一筋落として――――。

堕女神「……いつもと、同、じ……貴方と……繋がって……」

勇者「……堕女神」

更に、彼女の身体は深く前傾してゆく。
勇者の体へ向け、倒れ込むように身を預けると――――この“変化”によって初めて得られた、新しい感覚を互いに覚える。

勇者「あ……」

豊かな双丘がないから――――抱き合えば、その肌が余すところなく一体に感じられた。
乳首も、乳房も、腹部も、下腹も。
互いの鼓動を伝え合えて……ぴったりと張りつき、繋がり合い、やがて、唇も――――


堕女神「はふっ……!む、んふぅ……!ちゅ、はっ……!」

唇を重ね合い、舌をゆだね合う。
胸も、腹も、胴体の肌を張り合わせるように密着させた深い抱擁。
乳首が擦れ合い、心臓を心臓で感じ合い、汗ばんだ腹部を突き合わせ合う。
そして――――“男”と“女”として、深くで繋がり合う。
少年と少女の禁断の戯れは、互いを溶かし合い、溶け合う、どこまでも無垢で混じりけのない禁域へと至る。

もはや、どこからどこまでが自分のカラダなのか――――それさえ両者は曖昧だった。

堕女神(ん、……もう……わたし……い……く……?)

彼女は、ようやく気付く。
既にその最奥には精が放たれ――――白濁が、拙い腰振りに合わせて吐き出されている事に。
それでも勇者のソレは未だ萎えず、硬さを保ったまま、繋がり続けていた。

堕女神(……奥……あたた、か……陛下の……きもち、いい……)

小さな子宮の中を、暖かな液体がどろどろと満たしていく。
疼き、震えながら満ちていく子宮の暖かさに、蕩かされるように。


ふ、と――――堕女神は、糸紡ぎのように長く、細く続く絶頂とともに眠った。


今夜の分、投下終了いたします
これでだいたい七割弱というところでしょうか

それでは

こんばんは
順次投下開始いたします


*****

数日しても、相変わらず体格は戻らない。
淫魔の国の奇病を患った時とは違い、戻る兆しがまるでない。
堕女神が解呪を試みても、魔術呪術の類いではないようで――――まるで効き目がない。
ならばと魔法薬を煎じてみても、その苦みに胃がひっくり返りそうな思いをして終わりだった。

そうしているうちに、皮肉にも体は段々と慣れていってしまい――――今となっては、以前と遜色なく動き回る事ができるようになった。
もはや階段でつんのめる事もなく、段差の大きさにも慣れて、目を閉じていても昇降できる。

その一方、堕女神はまだ身体の小ささに不慣れなのか――――転びこそせずとも、危うい足取りがまだ残る。
サキュバスBが姉に見えるほどの体躯にもどかしさを感じるのか、口数も少し減った。
喜々として“いじり”を加えようとしたサキュバスCすら気を遣って黙ったほどだ。


勇者「……もどかしい」

サキュバスB「んぇ……?何です陛下、いきなり。どうしました?おっぱい触ります?」

勇者「触らない。……普段言わないだろう、お前。そういう事」

サキュバスB「そうですかね?……いや、反省します。どうも……調子が狂ってるのかも」

屋外の洗濯場で洗い替えのシーツを干している彼女へ、聞かせるでも無くぼやく。
するとサキュバスBは時折振り返りながらも、手を止めずに次々と物干しのロープに洗濯物を引っ掛けていく。
燦々と輝く日は、暗く沈んだ勇者の顔とは違い、明るく昼前の城を照らし出していた。

勇者「……はぁ、もどかしい」

サキュバスB「さっきから言っていますけど……何がです?何かあったんですか?お姉ちゃんで良ければ聞きますよ」

勇者「……大した事じゃないんだ」

サキュバスB「みんなそう言いますよー。……不安、なんですか?」

勇者「ああ、もちろんそれもある。だけど……」

サキュバスB「だけど?」


勇者「酒が飲みたいんだ」


サキュバスB「うっわあ……」

勇者「……堕女神も。サキュバスAも。どれだけ言っても出してくれない。サキュバスCにいたっては『坊やはミルクだろ?』と鼻で笑いやがる」

サキュバスB「……Cちゃん、使ってみたかったセリフなんでしょうかね?」

勇者「そればかりか、『おうちで大人しくしてろ、無料ミルクサーバー』だとよ」

サキュバスB「うわっ……。ひど。……で、何でわたしに?」

勇者「もう、お前に頼むしか……」

サキュバスB「いや、堕女神さまとAちゃんが駄目ならわたしも駄目ですよ。今は子供なんですし……御控えになられたほうが」

勇者「別に飲んだくれたいとは言ってない。……このままだと怖い。自分が大人だった事すら忘れそうだ。頭がおかしくなる」

サキュバスB「……マジメですよね、陛下。でもお酒飲めたら大人、っていうのがすでに子供っぽい考えと言いますか……」

勇者「お前に言われると死ぬほど腹が立つな」

サキュバスB「……というか、陛下ってそんなにお酒好きだったんですか?」

勇者「……いや、元々は。弱くはないけど、好きじゃなかった」


酒には、いつも思い出がある。
人間界で、“僧侶”と“魔法使い”と交わした安宿の、安物の葡萄酒での乾杯。
“戦士”を迎えた地での、数樽を空けた麦酒のひと時。
草原の騎兵達とは馬乳酒を過ごして、氷の諸島の戦士達とは蜂蜜酒とホットワイン。
巨人達の国と噂されていた、人々も馬も全てが巨体だった国では無味無臭の、火がつくほどキツい蒸留酒を。
呪われた島へ行くために無茶を通してくれた武装船の乗組員とは、揺れる甲板の上で糖蜜を利かせた強い酒を酌み交わした。

冒険の旅は――――世界の人々と語り合い、杯を交わし合う旅だったからだ。

人間界を偲べる数少ない手段のひとつが、“酒”なのだ。

サキュバスB「なるほど。……ともかくお酒はダメです」

勇者「ここまで話聞いておいて……?」

サキュバスB「ダメなものはダメです。……それはそれとして。陛下。覚えてますか?……お風呂場で、訊いたの」

勇者「風呂場……。ああ、覚えてる」

彼女から、もし訊ねられるなら――――という体で聞いた、問いかけ。
否――――思い遣りだ。


魔王を討ち、人の世界に留まるのをやめようと思った最期の時。
その時――――“さみしく、なかったか”。
“大切な人に、お別れをきちんと言えたのか”。
“食べたいものは、あったのか”。
“憧れていた事はあったか”。

勇者「――――寂しくは、なかったな。だって、俺は……あの時。魔王城の崩れる時。一人じゃ、なかったんだ」

サキュバスB「……そうなんですか?」

勇者「二つ目。……結局、お別れを言えたのは仲間にだけだったな」

崩れる城の中で、最後に話せたのは三人の仲間達だけ。

勇者「……でも仲間に話せなくても、敵だから開ける心だってあった。意外と、すっきりしてたよ。あの時は」


サキュバスB「……とりあえず、そろそろ戻りましょっか。わたしもお仕事終わっちゃいましたし……何か甘いものでも作ります?」

勇者「絶対に遠慮する」

サキュバスB「ひどっ!?」

勇者「酷いのはお前だ。この間……お前が取り分けただけのケーキの味が変わったんだぞ。どういう事なんだ、あれは。何をした」

サキュバスB「分かりませんよ!ただ普通に切ってお皿へ分けただけなのに……あんな酷い……うぷっ」

勇者「どうしてただ切るだけでマズくなるんだ……意味が分からないぞ。何の能力だ」

サキュバスB「う、ぐっ……。そ、それはそうと!陛下、お聞きになりましたか?また、今度は城下街で……真っ白い羽根が落ちてたそうですね」

勇者「何?」

慌てて矛先を逸らした彼女の言及は、思いのほか――――関心を惹いた。
この国に、白い、それなりに大きな羽根を持つ生き物はいない。
サキュバスAが拾ってきたそれは、大型の鳥でなければ持てないサイズのものだ。
淫魔の国に決して落ちないはずの白い羽根。

勇者「……穏やかじゃないな。仕方ない、堕女神のもとへ戻るよ」

サキュバスB「それじゃ、行きましょう。あ、後で差し入れに」

勇者「いらんっての!」

サキュバスB「それとも出し入れの方がいいですかね?やだなぁ、おませさん」

勇者「…………」


サキュバスAのみならず、ここ数日ではサキュバスBすらこの調子だ。
舞いあがっているのか何なのか、からかわれる事があまりに多い。
そんなところもまた、一刻も早く元の姿に戻りたいと思う原因の一端だが――――。

――――方法が、分からない。

酒の味も忘れかけ、膝小僧に風を受ける短ズボンの穿き心地にも慣れてきた。
目線が低くなってしまっているせいで、城の内外を行き来する淫魔達の腰の高さになり、必然的に、見えてしまうのだ。
彼女らの張り詰めた太もも、スカートを持ち上げて生えた尻尾、くびれて腰骨と筋肉が艶めかしく浮いた腰。
わざとらしく、あてつけがましく、ふりふりと振って歩く柔尻まで。
時にはわざわざスカートをめくって悪戯っぽく見せつける者までいた。

そんな、慣れたくもない“慣れ”の日々が続いて。

唐突に――――それは、訪れた。

今夜の繋ぎ分投下終了です

ではまた次回

申し訳ない
推敲修正に加え、書き溜めをちょっとやりたくて長引いてしまった

あと5~6回分ぐらいの投下で今回の本編を閉じましょう




本編はな


*****

ちょうど、変化から二週間目の夜中の事だった。
夜中、散歩の一環として眠気を呼ぼうと運動を兼ねて歩いていた時。
ふだんは城内、出ても中庭に面したテラスに出て夜の締まった空気を吸うだけだったのに――――今日は、違った。

城下の酒場から預かった、あの“仔豚”が気にかかったのだ。
間違いなく勇者の胃に入り、堕女神と淫魔二人の酒宴の肴にもなったというのに、依然として満足な五体を宿している、無尽の肉を供する豚。
あれ以来、特にその周りへ変化は起きていない。
だが、聞けば――――実際に、城の淫魔がその豚から肉を切り取っても、翌朝には本当に元に戻っていたという。

その肉が、現在の勇者と堕女神へ影響を与えたかは分からずとも――――その異常性は、とても捨て置けるものではなかった。

魔法を使えるでも無く言葉を話せもしない、しかし無限に再生する豚。
それを無視など、できるはずもなく。


勇者「……よ」

ナイトメア「またきた。……ひまくそ国王」

勇者「……相変わらず口悪いな」

ナイトメア「さしいれぐらい持ってこい。なついてほしく、ないか」

厩舎に入れば、すぐに出迎えてくれたのはこの厩の主。
房のひとつに高く積み上げた寝藁の上に仰向けに身体を投げ出して――――ずぶずぶと大きく沈ませて寝そべったまま、
顔も向けずに辛辣な言葉を浴びせかけられる。

勇者「あの豚は?」

ナイトメア「いまはおくのへや。……いそうろう、ふやすな。せまい」

勇者「いや、狭くはないだろ……」

ナイトメア「……わたしのたてがみ、かじる。ぬけた。とてもいたい」

勇者「……遊んでやってるのか」

ナイトメア「たまに。何しにきた」

勇者「様子を見に来ただけだよ、寝る前に。何か変わった事はあったか?」


そう訊ねると、突如ナイトメアの体が藁山の上で反転し、転げ落ちるように身を投げ出して降りる。
直後――――その小さく細い体の着地とは思えないほどの重い音とともに、厩が揺れた。

ナイトメア「なにか、じゃない。なきごえがうるさくて寝れない。かまれる。なんとかしろ」

勇者「それに対しては、その……」

ナイトメア「やくそくしろ。今、ここで。しろ。……するんだ。しろ」

立ち上がりながら恨みがましく見つめる気迫に押され、返事をするでもなく――――つい、頷く。
奥の馬房から物音に混じり、喉を低く鳴らすような鳴き声がようやく聴こえた。

ナイトメア「あいつ、さっさとハムにしろ。ソーセージでもいい」

勇者「しても元通りになるぞ、きっと」

ナイトメア「なら、ずっと焼きっぱなしにしておけばいい」

勇者「地獄か……?」

ナイトメア「やつにじごくをみせてやる。ぶたのようになけ」

幼女の姿のまま、そら恐ろしい台詞を吐いてしまう彼女へいささか戦慄するとともに――――その仔豚がいるという、奥の馬房を目指す。


果たして、そこには……今しがたの地獄の責め苦の相談を聞いていなかったように、仔豚一頭には広い房の片隅に“闖入者”の姿がある。
一番低くに差し渡した柵がわりの馬栓棒の真下を、その気になればくぐりぬけられるだろう。
本来は馬を止めて置くための馬房であり、仔豚を入れてはおけない。
恐ろしい牢名主までいるというのに――――当の豚は、先ほどの物音で目が覚めたか、鼻をふごふごと鳴らしながら馬房の中をうろつき回る。

勇者「……見れば見るほど、普通の豚だよな」

その肉を削り取ったというのに、豚はピンピンとして――――毛艶も整い、健康そのもので今もいる。
勇者と堕女神に降りかかった災難と関係があるのかどうかは、未だ怪しい。
試しにもう一度捌いて食べてみようと思いはしたものの、何か別の事が起きるという懸念のため、却下となった。
最後の確証が持てないままいくら調べても、“再生する”という特性以外は何も掴めない。
無論、淫魔の国にこんな動物は存在しない。

まさしく――――降ってわいたように現れた、“謎の豚”なのだ。


二本渡した柵がわりの棒を飛び越え、馬房の中へ踏み入る。
獣臭は感じず、むしろ涼やかだった。
敷かれた寝藁を踏み締め、近寄れば仔豚は警戒もせず、むしろ“撫でろ”とでも言うように近づいてきた。
それを見て――――勇者は、思い出した事もある。

勇者「……何だ?人慣れしてるな、お前」

警戒せず、積極的に寄ってくる。
サキュバスCに対してすらこの仔豚は物怖じせず、鼻面を、体をこすりつけていた。
それはすなわち――――この仔豚には、飼い主がいるという事に他ならない。
警戒心のなさは、野性の世界で生きていたものではない証明だった。

だが、この仔豚は淫魔の国、少なくともその周辺界隈に生息する生物ではない。
勇者は膝立ちのまま、適当に撫でてやりながら――――その身体を探ってみる。
もしも畜主がいるとすれば、どこかに焼き印が施してあるかもしれない。
ひと通りは調べてあり、今さら見つかる訳もあるまいが――――せめて、何か手がかりでもあればと。
当然ながら焼き印などなく、目印がわりの毛刈りもなく、蹄の手入れは多少荒れているが……これは、淫魔の国へ来てからのものだろう。

故郷の村にいた頃。
隣家の豚の世話を手伝っていた頃の事を思い出すうち――――自然と、懐かしくなった。


父の木槌の音に返事をするように混じる、庭へ放した鶏の声。
何も起こらない、何にも脅かされない、何も無い日々をただ安穏と送っていた、“勇者じゃない日々”の事が。
故郷に残した父母と妹、星々を眺めながら、必ず戻ると約束した幼馴染。
サキュバスBの言ったとおり――――お別れは、言えなかった。

出立の朝も、村の皆が目を覚まさぬうち、太陽がようやく顔を覗かせた時間に、誰も起こさずに発った。
別れは言えず、送り出す言葉も聞けず。
ただ――――朝焼けに染まる村へ背を向け、滲み波立つ視界に赤い灯を受けて、“勇者”として世界へ向かった。

勇者「遠くに、来たんだな」

ぽつりと呟くその言葉は、目の前の迷い仔豚へ。
農民から勇者へ、そして淫魔の国の王になった――――自身と、その両方へ向けてのものだ。
問いかけの意味など知るはずもない仔豚は小首を傾げ、ぷきゅっ、と喉を鳴らして――――ぷい、と離れると寝床へ体を横たえ、眠った。

勇者「本当に……懐かしい、なぁ。……っ?」


そう、独白すると――――右側。すなわち厩舎の廊下、柵棒をすり抜けるように、風とともにこぼれおちて掌を撫でたものに気付く。

勇者「……これは」

薄暗い馬房の中で、それでもはっきりと見て取れたのは――――灯火を弾くように光る白銀の羽根だ。
さながら大剣のような形にぴんと張り詰めた、白鳥の風切り羽根。
それがひとつ、ふたつ。
サキュバスAが見つけて渡してきたものではない。それは今、執務室にあるはずだ。

それとともに馬房の外に、今まで覚えのないような気配が感じられた。
その気配に色を付けるとするのならば寂しげに燻された白銀。
黒でも、紫でもなく。尖り、鈍った、使い込まれた武具のような曇った白銀の気配。
曇天の下で流血とともにひとり立つ孤高の英雄――――そんな光景を幻視するかのようだった。

加えて、確かに――――静かに、細い息遣いがある。

ゆっくり、ゆっくりと、視線を先導させるように首を回して振り向く。
そこにいる者は、確実に……この城の者ではないから。

???「――――そこで、何をしている?」

誰何する声は、誰のものでもない。
まして、この城、この国の王へ向けるものではない。


勇者「…………い」

???「いつから、ここにいるのだ?」

返そうとした言葉を遮られ――――訊こうとした事を、訊かれた。
その“何者か”のなりは、異様なものだ。
足を固めるのは、素肌を覗かせながら脛までかかる革のブーツ。
少し上がれば眩しい太ももを大胆に覗かせた白のスカートを腰のベルトで止め、
左腰に留めた鉄輪にむき出しの直剣が鞘代わりに鍔を掛けるように差されている。

袖なしの胸甲は光沢ある緑に輝き、細い肩を覆う肩当てもまた同様。
そこから伸びる二の腕は暗闇の中でもはっきり見えるほどに白く艶めき、指先にいたるまで隙が無い。
右手に持つ槍もまた研ぎ抜かれており――――業物である事は疑いようもなく
そればかりか、人間界で目にした如何なる名槍ですら叶わない神秘のような輝きを持つ。

???「……淫魔め。人間の子と豚を同じ檻へ処すか。何という事か」

白磁の如き肌をもつ顔は、どこか愁いを帯びた、それでいて、したたかな美しさを帯びた女のものだ。
そして、羽根の正体――――肩に掛けた白鳥の羽衣が、虚空へ流れる長い栗毛を浮き立たせていた。

???「心配はいらない。私に任せよ。……怖がらずとも良い。私はワルキューレ。其方を、無事に連れだしてみせよう」

今夜分を投下終了でございます

いくらなんでも五日は空け過ぎだぜ自分……


では、ひとまずまた明日お会いしましょう

こんばんは

予定通り今日の分を始めましょう


勇者「何……で……ここ、に?」

羽衣からこぼれ落ちる白羽は、厩舎の中に弱く吹き込む風に運ばれる。
堂々たる立ち姿は、人間界で伝え聞いた戦乙女の伝説、そのものだ。
氷の島々に生きた男達が心に描き、その“迎え”が来ると信じて戦った――――麗しの介添達。

よもや目に出来るとは思えなかった。
ましてや、この淫魔の国で――――。

ワルキューレ「気にする事では無い。子供。それより、今はここから逃げる事だ。君と、もうひとつ……“それ”もだ」

房内にいる、もうひとつの生き物に鋭い視線が注がれる。
寝息を立てたばかりの仔豚は、彼女の気配にも動じずに眠りこけたままだ。

勇者「……こいつを?」

ワルキューレ「我らが許より逃げ出してしまったのだ。どこをどう通ったかは分からんが、そもそも天界から何故こんな……まぁ、それは良いか」

勇者「天……」


ワルキューレ「それにしても、まぁ……随分と肝の据わる子もいたものだ。将来が有望だな。さて、いつまでもこうしてはいられないな。
         この畜舎から逃げるぞ。牛馬と同じ扱いとは……酷い事をする」

勇者「待った。馬……?女の子がいなかった?」

ワルキューレ「……ふむ?君とその豚、それと……あぁ、白馬が一頭いたか。良い毛並みをしていた。
         特に私を見ても何も……。ともかく、子など他にいないぞ」

勇者(……あの野郎……!)

心中で呟くと、あてつけのように“馬”の鼻息が聴こえた。
この状況でなおも無関心を貫く違和感もあったが――――それより今は、情報を引き出す事が先決と考えられた、が。

ワルキューレ「さぁ。淫魔どもに気付かれる前に発つぞ。心配はいらん。私が人界へ送ろう」

彼女はあくまで早々にここを去る気のようであり、柵棒も音を立てぬようすでに外されていた。
呼びかけられた仔豚は“主人”の姿を認めて、引っ込んでいた片隅から出てその足もとをうろついている。


この、異界からの侵入者に対するに――――剣は持ってきていない。
雷を射掛ければあるいは通じるかもしれないが、相応の反撃があるはずだ。
いつまで経っても馬房から出ようとしない勇者を見て、段々とワルキューレは訝し気な表情へと移っていき、
槍の石突で木の床を穿つようにしながら手招きしていた。

ワルキューレ「どうしたというのだ……。よもや、淫魔に何かの魔術でも掛けられたか」

何よりまずい事に、この戦乙女は慮る声こそかけてきているが……その実、一瞬たりとも警戒を解いていない。
疑いをかけられている訳ではないだろうに――――それでもなお、不用意に動けばその槍がいつ閃くものか読めない。
声を出す、口笛を吹く、雷を一発鳴らす。
どう動いても制圧されるだろう。
何より今は、無力な子供の姿であるというのが――――最も大きい。

ワルキューレ「さぁ。……人間界に帰してやる。ここにいる事が君の本懐ではあるまい」

しびれを切らしたように、彼女に手を差し伸べられた。
その時――――勇者の脳裏を過るものがあった。

世界を跨ぐ選択を問われた、“勇者”の最後の日。

ワルキューレ「……いい加減にしろ、何をためらう?人間だろう、君は」

あの時、答えた言葉は。

勇者「……行かない。俺はここにいる」


ワルキューレ「……何と。いったい何を言っているか分かっているのか?それともよもや、他に人質を……」

勇者「違うよ。俺はこの国にいる。しなきゃならない事が――――まだ、ここにはあるから」

ワルキューレ「理解できん。君。……ここにいては吸い尽くされるだけだぞ」

勇者「そうだとしても。例え、それでも。しかしそれでも。俺は――――戻らない」

人間界には、戻らない。
今ならばきっと、人としての生を歩み直せると分かっていても。
故郷に戻り家族に会う事はできないとしても――――もう一度、“ヒト”としてやり直せるのに。

ワルキューレ「問うて何だが、やはりそうは行かぬ。こんな場所は、人の子のいるべき所ではない。力づくででも――――」

がしゃ、武装の音を立ててワルキューレが一歩、聞き分けのない子を叱るように馬房へ踏み入る。
勇者は身構え、後ずさりするが――――その時、彼女の肩越しに見えた影がある。

ワルキューレ「っ!?」

独楽のように目の前で白銀の乙女は翻り、右手に携えていた槍にて“影”の頭部を目掛けて突き出す。
が、その鋭い突きは仕草の最中、振り抜く事もできないまま不自然な体勢で止められていた。
見れば“影”が――――鏃のように尖った尾の先端で槍の穂先を突き合わせるように防ぎ止めていた。
散った火花に煌めいた、薄暗い厩の中でもはっきりと見て取れる妖しく揺らぐ紫水晶の瞳が勇者を見つめた。



サキュバスA「未成年誘拐は見過ごせませんわね。……“事案”と見てよろしいかしら?」


ワルキューレ「誘拐はどちらだ。そして貴様は……何者だ」

サキュバスA「お馬鹿さん」

ワルキューレ「何?」

サキュバスA「“ここ”がどこかはお分かりでしょう。闇に忍ぶ黒翼の美人。それでも名乗らなければ駄目かしら?……それにね」

押し合う槍と尾の尖端は拮抗したまま震える。
ぐん、とサキュバスAの身体が沈み込み――――穂先どうしを突き合わせ止めたまま、ゆらりとしなだれかかるように距離を詰める。
直後、すぐに――――

サキュバスA「“サキュバス”は誘拐などしない。ただ、いつだって――――“誘惑”するのみよ」

勇者の目で辛うじて終えたのは噴き上がる旋風のような、真上に向けての切り裂くような一蹴。
直前に防ぎはすれど衝撃は殺せず馬房の屋根を突き破り、蹴りを受けたワルキューレは夜の空へ打ち上げられた。

勇者「……!」

勇者は降り注ぐ梁の木片、屋根の破片と舞い散る埃から身を守る。
やがて、埃が落ち着いた頃にすぐ前を見れば、彼女が微笑みながら佇んでいた。

サキュバスA「陛下、ご無事ですわね?」

勇者「ああ……一体、何が?」

サキュバスA「説明でしたらあとでじっくり、ねっとりと。ともあれ、あの戦乙女をむざむざ逃す手はございませんわ。
         さて――――舐め擦り蕩かして差し上げましょうか」

勇者(……言葉はよく分からないが……とにかくすごい自信だ!)

今夜終了、五レス分だが文字数は割と多いのでお許しを……。

ワルキューレは今回正式登場になりました
以前のあれは、剪定事象とかそういう感じで思っていただけると助かります

それでは、恐らくまた明日

こんばんは、誤字をちょっと見てから投下いたします

十分少々お待ちを


追って厩舎の屋上へ飛び上がったサキュバスAの姿を追い、勇者は外へ脱出する。
ナイトメアの馬房の前を通りすぎる頃にはすでに裂かれる空気の獰猛な唸りと、戦乙女の気迫、
そして媚態を混じえて挑発するかのような息遣いが聴こえていた。
外に出て、改めて厩の屋上を見やると――――。

ワルキューレ「……あくまで邪魔立てするか、貴様」

サキュバスA「ええ。……あの可愛い坊やを連れて行かせる訳にはいかないの」

上弦の月が、対峙する白と黒を照らし出し見守っていた。
見上げて、右側には白鳥の羽衣を夜風にはためかせ、右半身に構え、その穂先をゆらりと向けて淫魔を射圧する戦乙女がいた。
微かな風を受けて栗色の髪が揺れ――――こぼれ落ちる白鳥の羽根が舞い、月光に煌めく。

左手側には、ワルキューレの槍を嘲るように無手のままで背筋を伸ばし、爪先まで揃えて正対する蒼肌と黒翼の魔。
その表情はあくまで涼やかであり、突きつけられた槍も、向けられる凄まじい殺気にも動じない。
しきりに手指の股や指先をねぶり、挑発的な仕草も忘れず――――臨戦態勢の戦乙女に、彼女はただ淫魔としての妖艶さを忘れず、対峙する。

サキュバスA「……ふふっ」

再び打ち合う時は、彼女が唾に光らせた指先をくいくいと曲げる、開戦の合図で始まった。


*****

ワルキューレ「貴様ッ……!」

サキュバスA「ふふっ……そんなに太くてご立派な槍をお持ちですのに……貫けないのでは、ねぇ」

厩の屋根の上、白刃の交錯する残響が連なる。
離れている勇者にさえ聞こえる、空を破裂させる槍の唸りは生半な熟達によるものではない。
何百、何千年と鍛え続けた武技が到達する高みにあるものだ。

だが――――そんな、文字通りの神域の槍は、ひとりの淫魔に届かない。
常人には目で追う事さえできず、恐らくは貫かれてなお気付かないであろう一突きが――――ほんの一度たりとも、かすりもしない。
それも狭く、足を開いて立つ事さえできない幅の屋根の頂で。
サキュバスAは余裕の表情を崩さないまま、踊るように身を交わしていた。

ワルキューレ「貴、様……ただの、低級な淫魔では……!」

サキュバスA「いいえ。私はただの……一介の淫魔でしてよ。……その槍、納めてはいただけないかしら?私、手荒な事は嫌いよ」

ワルキューレ「我が槍を捌きながら、どの口で言うか?」

サキュバスA「……そうねぇ、哀しい事だけれど。……嫌いだけれど、苦手じゃないの」


返答代わりに繰り出された渾身の突きをいなして、サキュバスAは空中へ躍り、
気まぐれな折れ線のような鋭角の方向転換とともに空中を飛翔し、ワルキューレの懐へ迫る。
胸甲に向けて突き出された貫手はしかし虚しく空を切り、後退したワルキューレも彼女に倣うように羽衣をはためかせ、飛翔する。

月夜を背追い、ふたつの翼は幾度も交錯して澄んだ残響音を立てた。
サキュバスAの爪が、翼爪が、尾が幾度も――――ワルキューレの槍と、胸甲を打ち、奏でる。
もはや高空に戦場は移り、その表情までは勇者にはもはや追えない。
ただひとつ、奇妙な違和感を覚えるのに精いっぱいでもあったから。
厩を破壊する音は、確かに聴こえたはずだ。
こうしている戦闘音も、聴こえていないはずがない。だが、堕女神ですらも出てはこない。

サキュバスA「……遅いのね。それに……軽い」

ワルキューレ「何を!」

サキュバスA「私がかつて看取った人類の兵士にも、貴女は及ばないと言ったのよ。貴女の槍は、何もかもが軽い」

重力の枷を振り切りながら、二人は高空で鳥の戯れのように刺し合う。
真上から直下へ向けて、見えない壁に“直立”するような姿勢の突き。
それを避けたサキュバスAは急降下して避けると翼を二打ちして更にワルキューレの背後を取る。


サキュバスAはやがて、数合ほど翼を交わすと――――おもむろに、構えを解いた。

ワルキューレ「何のつもりだ、貴様……」

サキュバスA「貴女こそ何のつもりなの?こんな淫魔の地で長々と私を追って。何故乗ったのよ。私を殺して何になるの?
         ……ならないわよ。私なんて。サキュバス、なんて……いなくても、誰も困らないのだから」

ワルキューレ「……何?」

サキュバスA「だから私達は、せめて……“ヒト”に返したいモノがあったのかしら。“ヒト”に、私達を、認めてほしかったのかしらね」

中空を気まぐれに漂い、緩やかに舞うような仕草で宙を泳ぐサキュバスAに対し、ワルキューレは突きかからない。
その蠱惑的な仕草ひとつとっても、まるで隙が無いからだ。
背を向けたと思えば尾先はずっと喉へ狙いを定めて、翼は常にワルキューレの死角を作るように踊る。
不用意に近づけば、己が槍の穂先にも劣らぬ爪の一撃が胸甲ごと心臓を穿つと分かっていた。

ワルキューレ「……次で終わりだ。本意ではないが、貴様に我が光を見せてやろう」

サキュバスA「やる気充分なのは良いけれど。残念ね。……もう済んだのよ、私の仕込みは」

ワルキューレ「何を……ひんッ!?」


瞬間、ワルキューレは大きく身震いし――――引いて構えた槍を保つ手を緩めてしまい、取り落としかけた。
空中でばたつくように内股へ閉じ、漏れたのは鼻にかかるような吐息。
それでも、彼女は体勢を立て直すと再び槍を握り……きっ、と視線をサキュバスAへ向けた。

ワルキューレ「き、さま……何を……した……!」

サキュバスA「ふふ……♪よくご覧なさいな」

サキュバスAがとんとん、と自らの下腹部を指し示す。
つられてワルキューレが自らの、胸甲に覆われたそこを見ると、“印”はあった。
その淫魔の瞳と同じ、深みを湛えた紫色に輝き脈打つ、魔の紋章形が……くっきりと、爪痕の代わりに刻まれている。

ワルキューレ「これは……!?」

サキュバスA「見ての通り。……素肌に刻む必要も無し。呪印は、その身に欠かさず身に着ける物へ施すもの」

ワルキューレ「な、に……くあ、ぁぁぁっ……ひ、ぃっ……!」

戦乙女は、その言葉の合間にも胸を掻き抱き、脚を閉じ、もじもじと堪えるように身を強張らせる。
その肉体を内側から灼く――――未知の炎へ。
彼女を襲うのは、局部へ、硬い胸甲に覆われた乳首へ、ちりちりと襲う昂ぶり。


ワルキューレ「う、あ、あぁぁぁぁ……!き、きさ、ま……止め……!!ひぃぃあぁぁっ!!」

サキュバスA「もう一度言いましょう。肌ではなく物にだって刻んでしまえるのよ。……“淫紋”のお味はいかが?」

湛えた微笑みは、戦乙女の媚態が、痴態へと変わりゆくのを見届ける。
目論見の進んだ満足感と、仄暗い嗜虐心とで魔性の笑みを形作りながら、サキュバスAは言葉を続けた。

サキュバスA「貴女のあられもない悲鳴を聴きながらいたぶるのも悪くないけれど。……こう見えても私、目的をきちんと先にこなす主義なのよ」

ワルキューレ「何、を……ん、あぁぁっ!や、止め……止め、ろ……止め……!」

昂ぶった肌の感覚は、互いの翼の生み出す風ですらも受け取って、快感へと転換させていく。
もはや槍は指先で必死にもがき、絡め取るように保持する有り様で、
軒昂であった戦意は今、己の内に浸食する快感を食い止める事にだけ注がれていた。
間合いを保つ、という……本来なら身についていた、眠っていてさえこなせたはずの事までも彼女は失った。

やがて波を越え、息を整えようと顔を上げた彼女が見たのは、吐息のかかる距離にまで詰めてきた、淫魔の美貌だ。
既に槍の間合いではなく、剣の間でも、拳の間ですらもない。
その背へ回され、羽衣の内に差し入れるように背を撫でているのがその魔手であると気付き、戦乙女は戦慄する。

ワルキューレ「きさ、ま……卑劣、な……あ、くっ……んふぅぅ……!」

サキュバスA「……私の勝ち。それに」


サキュバスA「淫魔が淫らな真似をして、何がいけないのかしら?」

今夜投下終了です

ではまた

こんばんは
クソったれな月曜の深夜に投下いたします
今日含め、たぶん三回?で本編終了といたします


*****

堕女神「……まさか本当に“ワルキューレ”が、とは。それも、我らが領土へ」

勇者「そろそろ説明しろよ、サキュバスA」

サキュバスA「ええ。……元はと言えば、あの仔豚。かの天界にて勇士へ供する食材でしたわね。それが何の悪戯か、
         彼女らが英霊の魂を迎えに行った際の時空の綻びを抜け、人界へ。そして人界から今度はここ、淫魔の国へ。
         恐らくはこちらの淫魔が人界を見に入った際、空間の“閉じ”が不完全でしたのでしょう。……と考えましたが、真相は違いましたわ」

勇者「え……?」

勇者、堕女神、サキュバスAは捕縛したワルキューレをひとまず幽閉した地下牢の一室に集まり、横たわるその姿を見守りながら話し込んでいた。
その内容は、眼前の存在への驚愕から――――ようやく見つけ出した、風変わりな事態の真相へ迫るものへと。

サキュバスA「というのも。……城下の店の長、狐女将。よりによって彼女は人界へ赴き、風雅に月見酒を過ごしていると
         たいへん美味しそうで可愛い仔豚を見つけ――――連れ帰ったのです」

勇者「……あいつが犯人か!」

堕女神「……きつく申し渡しましょうか。外来の生物を持ち込むような真似はそもそも……」

勇者「元に戻れてからだ。この姿で厳重注意してもどうせ聞かないだろ」

溜め息は深く、眉間の皺も深く。
それでもワルキューレは未だ起きる気配がなく、槍だけは取り上げたものの、鎧も羽衣も剥いでいない。


勇者「で。……彼女がここに現れた理由は、仔豚を回収しに……だろうが、何故ここが?」

サキュバスA「ああ、それ。……私が触れ回りましたのよ。“城の厩舎に、再生する仔豚がいる”と」

堕女神「何故……そのような事を?返答によっては……」

サキュバスA「先日見つけた白い羽根。それらは続けざまに何本も発見されましたわ。となればその持ち主はこの王都の中、
         あるいは周辺に身を隠していると。捜索するよりおびき寄せる方が確実でしたもので」

勇者「……どうして言わなかった?」

サキュバスA「それを申されるのなら、何故あそこにいらしたのです?用もないでしょうに」

勇者「いや、俺は…………いや、確かに、そう……か」

サキュバスA「ともあれ、まだ不透明な事ばかり。さて、どうしたものでしょう?噴乳絶頂の淫紋をちょっと描きましょうか?」

勇者「普通に起こせばいいだろ、普通に!」

サキュバスA「……ふむ。かしこまりました」


答えると、サキュバスAはゆったりと、静かな足取りで、石造りの床へ身を横たえるワルキューレへ近づく。
続けて、這い、寄り添うようにその耳もとを隠すように流れる金髪をすくい取り、
あらわにさせた白い耳介へ口を寄せ――――ぼそぼそと、何事かを呟き始める。

サキュバスA「――――貴女は、これより…………カウント……しぶかせ……イって……力、抜けて……くったりと……身を任せ……」

ワルキューレ「……んっ……あ……っ。ふぅぅっ……!」

ぼそぼそ、ぼそぼそ、呟くごとに戦乙女の身体はふるふると打ち震えていく。
もじもじと内股を擦り合わせ、喉からは悩ましい声が。昨夜の凛としたものとは真逆のそれが漏れ出した。
しなやかに鍛えられた露わな太ももは桃色に染まっていき――――床にすり付けていた美貌もまた、同様。
薄く開いた目は未だ覚めず、隙間からは潤んだ涙が雫を形作る。

勇者「おい」

サキュバスA「……では……3……2……1…………ゼ、ロ」

ワルキューレ「ひ、きぃっ……!っ……はぁ、ぅぅぅ……っ!」

サキュバスAが数え下ろすと――――捕らわれの戦乙女は、身を震わせ、
眠ったまま達し――――彼女の詠唱をなぞるように脱力し、再び体を弛緩させた。

勇者「だから普通に起こせって言ってるだろうがっ!!」


サキュバスA「サキュバスの普通と申しますと……指やお口で致しますか、殿方なら跨ってから揺すり起こすか。そのどちらかになってしまいますわね」

勇者「……なるほどそれでなのか。いつもいつも俺を起こしに来たと思えば……」

サキュバスA「ああいえ、違います。あれは面白がっているだけですもの。夢精させて起こして差し上げる事を」

勇者「面白がるな!」

堕女神「陛下。陛下。……ともかく、彼女は……目を覚ましたようですよ」

勇者「ん、あ……ああ、そうだった」

堕女神に止められ、床に倒れていた戦乙女を振り向くと――――彼女はもう目を覚まして身じろぎし、
寝そべった状態から片手をつき力無く体を起こそうと試みていた。
その眼は、サキュバスAと勇者、堕女神を交互に見比べ、やがて――――サキュバスAへ向いた。

ワルキューレ「貴、様……っ私に、何を……」

サキュバスA「何を、“した”でしょうか?……それとも、“するつもりだ”かしら?前者であれば答えられるけれど。後者は貴女次第ね」

ワルキューレ「……っ」


彼女はその双眸に気迫を込め、サキュバスAを力強く睨むも……その当人は、涼やかに微笑みながら見つめるだけだ。
ぶるぶると震える手で体を起こそうと試みては、かくりと力が抜けて床へ頬を押し付ける事になった。

ワルキューレ「体、に……力が……」

サキュバスA「それはそうでしょう。貴女……もしかして、処女かしら」

ワルキューレ「ん、なっ……!?き、貴様、何を言って――――いや、それより……その子は……」

サキュバスA「ああ、こちら?貴女が連れ去ろうとした、大切な私達の……」

ワルキューレ「恥を知れ……!」

サキュバスA「そう仰られましても。たっぷりと貴女に“恥”を教えてあげる事ならできるのだけれど……」

ワルキューレ「貴様ら……幼気な子らを慰み者にするなど、許されるものかっ!」


サキュバスA「……?」

堕女神「……“ら”?」


その時、牢獄の外に別の足音がぱたぱたと響く。
軽い足取りは、曲がり角で一度軽い悲鳴とともに途絶え――――やがて、その主は顔を見せる。

サキュバスB「失礼します。……な、何か……怒ってるんですか?誰か……」

サキュバスA「あら、貴女も来たの。……いや、待って頂戴。これじゃ……」

ワルキューレ「貴様ら……恥ずかしくないのか……!よってたかり、幼子らを……卑劣な……!」

勇者「いや、その……」

サキュバスB「えっと……何か、誤解して……?」

ワルキューレ「黙れ、何が違う!大方、何も知らぬ男児を手籠めにして、あられもない姿を弄び、精気を味わったのだろう!」

サキュバスB「うぅっ……!?ど、どうして……!」

勇者(当たり……)


ワルキューレ「やはりか!くっ……貴様らは……!ここから出せ!さもなくば……」

サキュバスA「……ちょっと。ちょっと待って頂戴。あのね。……貴女、どうして私に言っているのよ?」

激する言葉も、刺すような視線も、彼女へ向けて放たれたものだ。
敗北を喫した相手に向けるのならそれは当然であるものの――――あまりに込められたそれは、異常だ。
眼前にある物、今自分をこうさせている物、全てを彼女へ詰問するような、剣呑な気迫だった。

勇者「あの。……お前は、多分最初から何か……」

ワルキューレ「君は、こいつらをかばうのか。……痛ましい……!」

堕女神「もしや……」

ワルキューレ「あなたも。我らが主に似た……しかし、澄み渡るような気配。いずこかの神の眷族と御見受けする」

サキュバスA「……それで、何なの。私を何だと思っているのかしら」

ワルキューレ「とぼけるな。貴様は――――」

サキュバスA「私は?」

ワルキューレ「貴様は、淫魔どもの女王なのだろう!?」


サキュバスA「…………え?」

サキュバスB「え?」

勇者「…………まぁ」

堕女神「……そう見えてしまいますね」

今日の分、投下終了いたします

ではでは

こんばんは

投下しますー


*****

それから――――誤解を解くのに、更に昼過ぎまで説き続ける事となった。
サキュバスAはまず、淫魔の国の女王では無いという事をサキュバスBが必死に説得する。
ならば女王は誰か、という事になり――――今この国を治めているのは女王ではなく“王”だという事を必死に。
しかしその途上でもやはり、“人間の子供を無理やりさらって王にしようとしている”と誤解を受け、更に話は明後日の方向へこじれた。

そこから、更に説得は続き――――どうにか現状を説明しきる頃には日は傾いてしまい、
それでも彼女の疑念を晴らし切れてはいないようで、疑いの目は残っていた。

そこから勇者が堕女神とサキュバスAへ命じて、牢獄ではないワルキューレの部屋を用意してやり、ようやく彼女なりに納得した様子で、
不承不承ながら“豚”の特性を、語る。


*****


ワルキューレ「……要はあの豚。我らが英霊達へ供する豚の事だ。あの豚を食うと――――望んだ時点の自らの姿へ変わるのだ」

勇者「……“怪我が治る”んじゃなくてか?」

ワルキューレ「それは、望むからだ。我らが天界に至った勇士の目的は、自己を高める事。その為に日夜鍛錬を積み重ねる。
         ……彼らは、そこで鍛錬にて負傷する前の姿に戻る事だけを願っていた」

勇者「伝承のとおり、か」

話の場は、薄暗い地下牢獄ではなく――――城内に設けた議席へ移されていた。
もはやワルキューレを縛めておく事もなく、差し向かい、淹れた茶の湯気が互いの間をのぼり、暖めていた。
場へ立ち会うのは、堕女神とサキュバスA。
二人は勇者の隣席にそれぞれ座り、堕女神は耳目を傾ける一方――――サキュバスAは、片手の爪を眺めながら、話だけをつまらなそうに聞く。

堕女神「……つまり?元に戻るためには……」

ワルキューレ「もう一度、あの仔豚の肉を食えばいい。戻りたい姿を想いながら。それで解決するだろう」


勇者「……ひとつ、腑に落ちない。どうして俺と堕女神だけが?サキュバスAも食べたし、城下の酒場でも出されていただろう。
   なのに、同様の騒ぎがあった報告はない」

ワルキューレ「あの豚は、人類の勇士と神々をもてなし、供するもの。魔族や、我が眷族に効き目はないのだ。
         食う事自体はできるが、単なる肉に過ぎぬ」

サキュバスA「…………いえいえ。私は今の自分に満足しておりますもの。そのせいでしたのかと」

ワルキューレ「……他に、訊きたい事は?……今回の件は、我らにも落ち度がある。申し訳なかった」

勇者「……いや、特にない。戻る方法さえ分かれば。だが、念のため明日までいてくれるか?
    もし今夜から明朝で戻れなかった場合、別の方法が必要かもしれない」

ワルキューレ「……構わないが、良いのか?」

堕女神「はい。陛下の仰せのままに」

サキュバスA「では、私からよろしいでしょうか?」

勇者「サキュバスA?」

ワルキューレ「……何だ」

サキュバスA「これから……体で払っていただきましょうか」

ワルキューレ「え…………!?」


*****

ワルキューレ「ふ、ざ……何だ、これは……どうして、私が……!」

サキュバスA「ほぅら、この程度で休んではいられませんわ。自分のした事を何だと思っておいでなのかしら?情けない……」

ワルキューレ「嫌、だ……もう……やめ……っ!」

サキュバスA「アハハハハっ!せっかくの美体、活かしてもらわなくては困りますわね?」

ナイトメア「……さっさとしろ、やすむな、たて。どれい」

ワルキューレ「誰、が……っ!」

ナイトメア「おまえだ。じぶんのたちば、わかってるのか?からだでかえせ」

サキュバスA「ふふ、言うわね……貴女も」

ナイトメア「あのぶたのぶんも、おまえのからだでしはらってもらう。たすけ、は、こないぞ」

ワルキューレ「くっ……!」


*****


ワルキューレ「……いや、おかしいだろう!どうして私が……!」

ナイトメア「ひとのいえ、こわしたのだれだ」

仔豚のいた房の天井に空いた風穴を塞ぐべく、戦乙女は駆り出されていた。
初撃で蹴り上げられ、屋根まで打ち抜いてしまったのをサキュバスAは忘れなかった。
羽衣も鎧も脱がせ、木槌と釘をにこやかに手渡し、ただ一言。
“肉体で支払え”と――――。

サキュバスA「ほぅら。馬車馬のように働きなさい。手を休めないの」

屋根の上に優雅に腰を下ろし、野次を浴びせるのはサキュバスA。
厩舎の中からはナイトメアが、それぞれワルキューレを監視する。

ワルキューレ「貴様、誰のせいだと!?貴様が私を蹴り上げたのが発端だろう!?」

サキュバスA「お馬鹿さん。子供でも知っているルールでしてよ?」

ワルキューレ「何?」

サキュバスA「原因はどうあれ、最後に触ったのは貴女です」

ナイトメア「さいごにさわったひとがかたづける」

ワルキューレ「貴様ら……!」


サキュバスA「それとも、さっきみたいに抵抗してみるかしら?……淫紋は消えてない事を忘れていたようね。はしたない……」

ワルキューレ「……くっ……」

サキュバスA「“殺せ”、とは続けないのかしらね」

ワルキューレ「……それは、屈辱も苦痛も受け入れたくない故に慈悲を願う台詞だ。私は吐かん。
         辱めたければそうしろ。私の四肢を千切りたければそうするがいい」

サキュバスA「そんなに血生臭い女じゃないのよ、私。……それに。貴女……」

ワルキューレ「?」

サキュバスA「処女でしょう」

ワルキューレ「んなっ……!?」

ぽろ、と取り落とした釘が屋根に沿って滑り、軒下の石畳に跳ねて音を立てた。
硬直したワルキューレの肌が一瞬で燃えるように紅潮し、あわあわと唇を揺らしてサキュバスAへと向き直る。

サキュバスA「……あの高尚ぶった“吸血鬼”の殿方達と一緒よ。赤を好むも白を好むも、さしたる違いは無し。乙女は大切に扱わなければね」

ワルキューレ「そ、な……わた、し……が……しょ……とは、言って……」

サキュバスA「あら、違った?夜毎に殿方を誘っては肉欲の炎に焦がれていたの?いやらしい。私も一歩譲らなきゃいけないのかしら」

ワルキューレ「っ――――――貴様とは口を聞かん!!」

サキュバスA「結構。お仕事に集中していただけるのね」


――――傾く陽が夕暮れに変わっていく頃まで、間に合わせの木槌の音が響く。
戦乙女を働かせている間、ずっと淫魔は傍を離れず、きつくなり始めた陽射しを浴びても日陰にすら行かずにいた。
その頃には、どちらともなく――――ぽつりぽつりと言葉を交わすようにもなる。

サキュバスA「……どんな気分が、するものかしら」

ワルキューレ「……何がだ、淫魔」

サキュバスA「貴女達に召し上げられた人間達の事よ。……私は、貴女達が気に入らないのよね」

ワルキューレ「気に入る必要もないだろう。……訳があるなら、聞いておこうか」

サキュバスA「貴女の使命は、戦死した勇士の魂を天界へ導く事。死ななければ、貴女達には会えない。でも私達は違う。
         私達は……ヒトに、命がある内しか出会えないのよ」

ワルキューレ「……役目の違いだ」

サキュバスA「そこなのよ。……ねぇ、ワルキューレ。私達、サキュバスに……“存在している意味”なんて、あるのかしら」

ワルキューレ「何……?」


重い問いかけに、木槌はしばし休む。
ワルキューレが汗を滲ませた顔を上げると、サキュバスAは夕日に顔を向けたまま続ける。

サキュバスA「……私達は、吸血鬼のように人類を餌袋と捉える事もできなかった。……愛おしかったから。
         私達はあの生き物を踏みにじる事など、……できなかった」

ワルキューレ「……それを、罪だとでも?」

サキュバスA「少なくとも、尊いとは私は思えないのよ。……私達淫魔はかつて、ヒトに手を貸し魔王を討つ一助となった。
         ……同族を手にかけてまで、何故かしらね。私には分からないわ。……貴女達と違って、使命などない種族なのに」

ワルキューレ「……何故、そんなことを私に吐露する?」

サキュバスA「だぁれにも言えないからに決まっているじゃない。サキュバスにも。堕女神様にも。
         ……陛下になんて特に言えない。あの方はとても優しいから……きっと、困ってしまうわ」

何も、繋がりのない。
一度別れれば二度と会う事のない相手だからこそ――――割れる腹もある時がある。

――――“淫魔に、何の存在価値があるのか”。

ワルキューレ「……誓おう。今の言葉、私の胸に仕舞っておく事を。そして、答え……」

サキュバスA「ああ、いいの。答えなんていいのよ。……もう、とっくに辿りついてしまったから。だから……私の“自分探し”は、おしまい。
         ……汗をかいたわね、お疲れさま。お風呂でもどうかしら?……心配しなくても、何もしないわよ」

そして、日は沈む。

曙光の翼と、闇夜の翼の過ごした一時の対話は――――そうして、終わる。


今夜分投下終了

さて堕女神はなんで子供に戻ってしまったやら


では、ラスト、遅くとも土曜日にお会いしましょう

帰宅

十一時まで待ってくれ

すまない寝落ちしかけた
本当にすまない
すまないorz


始めます、最後にちょこっと誤字だけ見てから


*****


勇者「……これで、明日になれば本当に元通りになるのか?」

その日の夕食は、ワルキューレから教えられた通りにあの仔豚の肉を出された。
肉を切り分け、それでも――――翌朝には、仔豚は何事もなかったように蘇って元気に動き回るだろう。

変わらず美味な仔豚肉のローストに舌鼓を打ち終え、最後の一品、
細長いグラスに氷菓、焼き菓子、飴細工、果物、クリームを幾重もの層状に詰め込んだ菓子へと移る。
色鮮やかに積み重ねられた層が透き通る硝子の器越しに覗ける、宝石の詰め合わせのような菓子だった。

それを食べ進めるうち、もう一人の被害者……少女の姿へ変わった堕女神が、半減した歩幅でおずおずと近づいてくる。

堕女神「……お味はいかがでしょう、陛下」

勇者「ん……いつも通り。美味しかった」

堕女神「何よりです。……お体にお変わりは?」

勇者「いや、何も。寝て起きたら変わるんだろう。堕女神もそうだったんだろ」

堕女神「はい。……自室へ戻り、眠り、目が覚めると……」


今や、この姿へ戻りたかった、“勇者の”理由は分かり切っていた。

勇者「“勇者”じゃない人生をしてみたかったんだな、俺は。……そうか。あの、魔王の……城でも、そうだったな」

堕女神「……ワルキューレから、打診を受けたとお聞きしております。よろしかったのですか?陛下は……人間、界へ……」

あの突然のワルキューレの来訪にも、答えはしなかった。
子供の姿へ戻り、人間界へ転移し、再び“やり直せる”機会を。
だが、それでも。
しかしそれでも――――首は、縦には動かなかった。

勇者「いいんだ。……気の迷いというか、“弱り”だったんだろうな。でも、俺はやっぱり。……あの姿になるまでの時間を。
    人間界を救うための戦いを。……堕女神と、淫魔達と出会えた姿を。なかった事になんて、したくないんだ。
    ……どれも、俺の大切な時間だったんだ」

田舎の農村の日々も、外へ憧れる青年の日々も、“勇者”の力に目覚めた日も、誰も起こさずひっそりと救世の旅に出立した朝も。
仲間達と過ごした戦いの日々も、“世界”の時を稼ぎ繋いだ人々達との邂逅も。

――――“魔王”と過ごした、ひと時の語らいですらも。

堕女神との、淫魔達との“再会”も。

どれも、無かった事になどしたくなかったから。


勇者「……それと、不便も多かったな。今でも、あの朝にぶつけた脛が痛むぞ」

堕女神「あれは……痛ましい事でした」

勇者「堕女神は無かったのか?歩きづらかったとか、転びそうになったとか……」

堕女神「いえ、……逆、でしたら」

勇者「逆?」

堕女神「その……いつも足下が……見えなかったものですから……」

勇者「あぁ……なるほど」

堕女神「……何処をご覧に?」

勇者「何も」

すとん、と真っ直ぐに下りた平坦なボディラインを無意識に見回すと、拗ねたような口調で堕女神に釘を刺された。
そこには、下への視界を遮るほどの乳房がなく――――まっすぐに爪先を見られるだろう事が窺い知れたから。
だが、彼女のそんな姿も今日が見納めになる。
ぷりぷりと怒る背伸びする子供のような微笑ましさも、明日にはもう見られない。


勇者「……それで、堕女神はどうして?」

堕女神「は……?」

勇者「どうしてその姿になったんだ。確か、子供だった時代なんてないって……」

堕女神「…………いざ考えてみると、思い当たりません。特にやり残しも、思い残しも。
     眼と髪の色が変わらなかったという事は、かつての神の座へ未練も……特に無かったのでしょう」

勇者「分からないか。……何か思い出せたら言ってくれ。俺に出来る事ならするよ」

堕女神「はい。……私の、やりたい事……ですか……」

そう呟き、それきり堕女神は思索に耽る。
小さな姿になってしまったからには何かがあったはずだ。
その姿にならなければ叶えられない、ふとした何かが。

寝収めになる、広く天蓋の高い寝台に潜り込んで考え込むも、勇者には考え付かなかった。
段々と遠くなり、深く落ちていく眠りに身を任せて――――落ちる一瞬だけ、何かに気付きかけた。
だがその気付きもまた、どろりと引きずり込むような眠りの中へ道連れになり、消えた。


*****

そして翌朝、目が覚めると――――。

勇者「……戻った?」

子どもの姿にはきついはずの、厚い毛布が軽く持ち上げられた。
体を起こせば、見慣れたはずの懐かしい高さから室内の風景が望めた。
変化に備えて裸で眠ったから、自分の身体に刻まれたいくつもの傷がすぐに分かる。
旅のさなかに負った傷の数々は、礼服にかけられたいくつもの勲章のように朝の光に照らされていた。

呆気もなく、そして特に感動もなく。
あっさりと――――拍子抜けするように、元の姿へ戻れてしまった事は、むしろ物足りなささえ感じさせた。
もしや、この数週間の日々は長い夢だったのではないかとすら思えた。
しかし。

堕女神「失礼いたします。……あ……!へ、陛下、その御姿は……!?」

勇者「おはよう。どうやらあの肉、本当に効いたみた……堕女神?その……」

朝を告げるべく入室してきた堕女神の姿は――――子供の姿から、全く変わっていない。
着替えて立ち上がると、彼女の背丈の小ささがことさらに伝わった。
腰の高さに彼女の頭があり、さながら今の身長差――――父親と、娘。


勇者「……もしかして、効かなかったのか!?」

堕女神「い、いえ……実は、私……昨夜は食さなかった、ので」

勇者「どうして!?」

堕女神「……っと、ともあれ……朝食にいたしましょう。私の事は今は……!」

珍しく歯切れの悪い調子で、すたすたと小さなままの堕女神は歩いて行く。
歩幅の小ささ故にすぐ追い付いてしまうため、また勇者は気を遣う。
立場も逆転して、あの朝、手を引いて歩いてくれた堕女神が今は頼りない足取りだ。

そして、途中で――――サキュバスAと出くわす。

サキュバスA「あら。……見慣れない殿方。もしかして、先日までいらした坊やの父君かしら?」

勇者「……ええ、息子がお世話になりましたね」

サキュバスA「“息子”様のお世話でしたらお手のものですわ。どうでしょう?ひとつ、これから……」

勇者「おい、乗りすぎだ」

堕女神「朝から止めてください、サキュバスA。……?ワルキューレ様は、どちらへ?」

サキュバスA「ああ、彼女でしたら……」


がしゃがしゃと慌ただしく鳴り響く高い靴音と、防具の擦れ合う金属音が荒く近づいて一行へ迫る。
やがて廊下の奥から姿を見せたワルキューレは、矢のような勢いで三人へ迫り、その中――――サキュバスAへ掴みかかり、迫る。

ワルキューレ「ふざけるなよ貴様、ふざけるな!私に何をした!!言え!何だアレは!」

サキュバスA「あら、怖ぁい。暴力はいけないのよ?」

ワルキューレ「貴様っ……!」

サキュバスA「どうしたのかしら。落ち着きなさいと言っているの。……何かあった?」

ワルキューレ「……!」

寝乱れたのか金髪はあちこち跳ねて、汗の玉が光り、白い肌はぽうっと紅潮していた。
更に、サキュバスAに訊ねられると発火したように赤みは増す。

勇者「おい……落ち着け。何が……」

ワルキューレ「……あっ……ぅ……!うぅ……!」

勇者「?俺が、どうか……」

ワルキューレ「う、うるさい、何でも無い!元に戻れたのなら私は帰る!世話になった!」

勇者へ視線を向け、硬直したかと思えば――――更に、更に顔は染められていく。
そのまま、彼女はさっさと踵を返すと別れの挨拶もそこそこに立ち去ってしまった。


勇者「……お前何した」

サキュバスA「さて、何の事でしょう……ふふっ」

堕女神「……よろしいのですか?彼女を帰して……」

勇者「いい。……何かされた訳でもないし、何かしに来た訳でもないだろう。……どうせ監視ならサキュバスAがしてくれてただろ」

サキュバスA「さて……何の事でしょう」

勇者「それに、あの女将が仔豚を勝手に連れ帰ったのも原因だ。……あまり強く出られる立場でもない気がしてさ」

堕女神「陛下を連れ去ろうとした事については……」

勇者「あれも誤解の末だ。……並べてみると、甘いかな」

サキュバスA「ですが……少し、嬉しそうにも見えますわね」

勇者「ああ。きっと、そうかもしれない。……それより彼女、帰れるのか?」

堕女神「来られたのですから、帰る事もできるでしょう。……陛下のご選択でしたら、御意のままに」

彼女を強く裁くつもりになれなかったのは――――きっと、嬉しかったからだ。
戦い、散って行った戦士達を迎えてもてなす天界の眷族が、本当にいてくれた事が。
かつて人間界で力を貸してくれた男達の魂の行き場所が、きちんと用意されていた事が。

勇者は、せめて次に彼女が来る事があれば、事前に伝えてくれるよう祈り、道中の無事をも祈る。


*****

その日は、いつものように執務室に籠もり、窓辺のカーテンを揺らす風に暖かさを感じながら過ごした。
もう積み重ねた本を机がわりにする必要もなく、椅子と机の高さに苦戦する事も無い。
夕食の時にはかねてより望んでいた美酒が出され、その芳醇な飲み口にひとときの夢心地を覚えた。
野菜を噛んでも苦味が走る事もない。
数週間が夢であったかのように、あっさりと――――“いつも通り”だ。

そんな、懐かしい“いつも通り”の一日を終え、寝室片隅の椅子に掛けてあったマントを見ながら、
ようやくひと心地ついた時――――扉が叩かれる。

勇者「?……どうぞ」

堕女神「……夜分遅く、申し訳ございません」

勇者「いや、別に……いつもの事だろ。どうした?」

堕女神「その……先ほど、私も……あの仔豚の肉を食して参りました。明日には、元の身体に戻るでしょう」

勇者「そうか。……少し、残念な気もするけどさ」

堕女神「陛下。その……ですね」

純白の薄く透けるネグリジェに身を包み、少女の姿の堕女神は見上げる。
その赤黒の竜にも似た瞳を揺らし、おずおずとした可愛らしさを身へ委ね、望みの薄い“おねだり”をする時のような頼りなさとともに。

堕女神「……抱、抱い、て……いただけ、ないでしょうか……?」


言葉によって起きたのは――――いつものままの、幾度もの夜の走馬燈。
この国で交わした夜の記憶達だ。
当然――――

勇者「……その。気持ちは、嬉しいんだけど……大丈夫、なの、か……?」

堕女神「?……い、いえ!違、違います!陛下、そうじゃ、なく、って……!」

慌てて取り繕う堕女神の様子に、勇者は感じ取り――――言葉を待つ。
彼女の今の体格は、隣女王よりも少し小さい。
無理をすれば、と心配したものの、彼女にはまだ先の言葉がありそうに思えたからだ。

堕女神「私、その……考えてみたのです。幼子の姿に戻った陛下と、共に眠った……あの日が、発端でした」

勇者「……あの日?」

勇者が子供の姿になってしまった夜の事。
堕女神の胸に抱かれ、脚を絡ませ合い、彼女の鼓動を子守唄としながら眠った夜のこと。

堕女神「私、には……された事が、無かったのです。なので、もしかすると……
     ふとしたそれをあの“仔豚”は感じ取ってしまったのかもしれない、……と」

胸の前で手を組み、堕女神は震えながら、勇気を唇へ込め、絞り出す。
今だからこそ、今だけ許される、“甘え”を。



堕女神「――――抱……抱っ、こ……抱っこ……して、ください…………」


*****

一本だけ残した蝋燭の火が揺れる室内で、ひとりの少女の夢が叶う。
窓辺に立つ勇者にその身を託すように、正面から――――木登りでもするように、小さな尻を支えられながら。
抱えきれないほどに今は広い背中をぎゅっと抱きしめ、数週前の“禁断のひととき”のように、ぴったりと体を寄せ合い、
細い脚は勇者の腰を挟み、絶対に離れることのないように。
胸元へ顔を寄せて息を吸えば、その匂いが胸の中に満ちてぬくもりへ変わる。
見上げればそこには、この数週間会えなかった、優しく強い“彼”の精悍な顔が笑いかける。

堕女神「……もっと……甘えても、構いません……か……?」

それが、再び嬉しさとして満ちて――――更に深く求めるように、その胸元へ顔を埋める。

“抱かれた”事ならあった。
“抱いた”事もあった。
だが、こうして子として“包み込まれた”事は、なかった。

精一杯に腕を回しても抱えきれない“大好きな人”に身を預ける、子どもだけが持てる至福の時は。


こうして、静かに過ぎていった。








本編終了
ひとまず私は眠ります……

おまけを少し予定してはおりますが、起きてから……

おはようございます

調子良ければ、今夜あたりにおまけ編ひとつ目を投下いたします
三~四個落としてHTML依頼、と予定しております

月曜の最悪な朝に投下開始します

サキュバスBのおまけ編になります


*****

あの若返りの騒動から数日経つと、頭が冷えてきた。
天界の仔豚を食べた事で思いのままの姿――――ほんの少し未練を抱いていた、子供の頃の姿へ変わったことに始まる。
歩幅に慣れず、子供の姿のために酒も供してもらえないあの切なさを越えられたと思えば、次は――――招かれざる客の登場だ。
天界の戦乙女“ワルキューレ”の侵入。
一時はどうなる事かと思えたものの、最終的に彼女の僅かばかりの信頼を得て、事情を話して元に戻る方法を教えてもらえた。

勇者「――――のは、いいが……」

その間――――ずっと、おちょくられてばかりだった。
堕女神は心配し寄り添っていてくれたし、サキュバスAには本音はどうあれ、ずっとからかわれ通しだった。
サキュバスCに至っては顔を合わせた瞬間に爆笑され、ナイトメアには鼻で笑われ。
そして城下町の狐女将は薄々分かっていながら勇者をかどわかし――――今でも夢に見るような、忘れられない毛並みの九尾で弄ばれた。

そして、何よりも。

勇者「……何してる、サキュバスB」

浴場でお姉さん風を吹かせながら、文字通りの“悪戯”を働いてきた彼女だ。
サキュバスBは、今――――――


サキュバスB「え。……っと……ですね……」

勇者「…………仕事中だ」

サキュバスB「あ、ははっ……ですよね……」

乾いた笑いとともに、サキュバスBはぽりぽりと頭を掻く。
数日前の勇者よりほんの少し背が高く、それでも十分に稚気に満ちた姿に似合わない実った肢体を持つ淫魔は、今。
執務室の机に向かう勇者の左手側にある補助机の上にぺたりと腰を下ろしていた。
そこから、短ズボンの裾からスラリと伸びた脚を見せつけるように何度も組み替え、
扇情するように開いて見せて――――“誘惑”の仕草を試みていた。

サキュバスB「い、いや……陛下、元に戻れてよかったですねーっ、て……えへっ……」

勇者「わざわざどうもありがとう。仕事中だ」

サキュバスB「…………」

勇者「もう一度言う。仕事中だ」

サキュバスB「あの、怒って――――」

勇者「仕事中」

サキュバスB「う……!」


数分前から、こうしたやり取りが続く。
堕女神が今は席を外し、そこへサキュバスBが入室してきてから、ずっと。
ちょろちょろと動き回り、気まずさを誤魔化すようにしながら機嫌を窺うのだ。

子供の姿へ変わってしまっていた時……勇者は著しく淫魔のフェロモンへの抵抗が弱くなってしまっていた。
大浴場で入浴していた折にサキュバスBが訪れ、その場で弄ばれ、たっぷりと搾り取られ、弱々しさを愉しむように、眼前の少年の正体を分かっていながら。

その一件はしばらく忘れられていたし、終えた直後に彼女へ“鉄拳制裁”も下した。
更にはその後のドタバタにより、風化しかけていたが――――今になって彼女に罪悪感が芽生えたのか、この調子なのだ。

勇者「……フー…………」

サキュバスB「っ……う、うぅ……」

わざとらしく溜め息をついて、サキュバスBへ視線を向けないよう努める。
実のところ、そこまで機嫌を損ねてなどいない。
ただ――――そっけない振りをして、彼女を困らせてやるだけのつもりだった。
ほんの少しだけ焦らしてから、“怒ってない”と、“気にしなくていい。少し休憩にしようか”と、声をかけてやる予定だった。

しかし。

――――突如、ぱさっ、と軽い布が床へ落ちる乾いた音が左耳へ入り込んできた。


勇者(…………え?)

サキュバスB「……ぅ……!」

ちらり、と眼だけを動かし、あくまで正面から顔をできるだけ逸らさずに物音の正体を確かめる。
見えたのは片膝を軽く立てて補助机へ腰かけ、蒼いほっそりとした脚線と、裸足の爪先。
机の真下へ落ちた、ふたつの衣類。
しかし上衣は着たままであり、床へ無造作に落ちていたのはサキュバスBがたった今まで穿いていたショートパンツと、その中身――――下着だ。

勇者(……何、して……)

サキュバスB「へ、陛下ー……こっち、見て……くださいよぅ」

勇者「…………っ」

呼びかけられ、思わず顔を向け……直視した。
机に腰かけて右膝を立てかすかに外側へ曲げ、左脚はぷらぷらと投げ出し、手は腰の後ろへついて体を支えていた。
蒼い肌は羞恥に染まってところどころ淡い紫へ浮き立ち、生まれたままの姿の下半身が、その秘部を差し出すようにほぼ顔の高さにあった。
そうしている彼女の顔は熱に浮かされたように恍惚として、かすかな期待を込めながら、口を閉じてにこりと笑っている。


*****

サキュバスB(ど、どうしようどうしようどうしよう……!ぬ、脱い、じゃった……!こんなところで……陛下、忙しい……のに……!)

挑むような姿で、横顔へ向けて机に腰かけながら股間を曝け出しながら――――彼女の思考は加速と過熱の一途を辿る。
そっけなさを恐れるあまり、突飛な行動へ出てしまい――――もはや取り返しがつかない事に踏み込んでしまった。

サキュバスB(……!?ちょ、どうして見ないんですか……!こ、こんなのって……ないですよ……!)

それなのに、彼は。勇者は、ほんの一瞥だけすると再び正面へ向き直る。
羽ペンを片手に書面へ目を落とし、手近にあった年鑑を開き――――まるで、そんな必死の淫魔など存在しないかのように振る舞う。

サキュバスB「陛下ー……ほ、ほら……み、見て……ください。わ、わたしの……サキュバスBの、お、おま○こ……ですよ~……」

右膝を立て、左脚はぷらぷらと下げ、その姿勢のまま右手を秘部へ這わせると――――指先で、“そこ”を割り開いて見せつける。
にゅぱぁ、と開いた淡い桃色の秘裂と、密やかな興奮に糸を引く粘膜と、ひくひくと蠢く尿口を見せても――――彼は、無関心。

サキュバスB(……っや、やば……これ、恥ずかしい……っ!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!死ん、じゃ、う……!!)

かっと頭に血が昇り、視界は熱く目の奥に涙の気配が昇ってきて、同時に心臓がきゅっと冷える感覚が襲う。
こうして誘いをかけているのに彼はまったく目もくれずに正面を向いたまま――――挙句の果てには、書類の束をとんとんと叩いて揃える始末だ。


サキュバスB「ほらぁ……み、見てくれないん、ですか……?お姉ちゃんの――――」

勇者「……」

視線は向けないまま、彼は目の前にある書面に睨めっこをしたままだ。
すぐ左手、手の届くところに詳らかにされている光景を無きものとしているように、羽ペンが走る。
その間にも――――じわりと滲んできた粘性の蜜が、指先でほころばせていた秘花から垂れ、
黒く沈んだ色合いの机の天板へ、さらに深く黒い沁みを創った。

ただ誘惑を試みているだけなのに、そうまでカラダが昂ぶっているのは、異常さからくるものだ。
普段なら、サキュバスBは生来の生真面目さの故に、彼の仕事を妨げる事はない。
今日に限っては、素っ気なくする彼への負い目があった故に、もう禊は済んでいるにも関わらず引きずってしまい――――こう、なった。

大人の姿に戻った彼に、サキュバスの淫気の誘惑は通じない。
まして“魔眼”が完全に退化し失われてしまったサキュバスBでは、情欲にせめて訴えかける以外の術はない。

それが拍車となってしまい、今――――彼女は引っ込みがつかなくなり、下半身を涼しくさせたまま、
机の上で脚をくねらせながらただ彼の横顔を見つめるしかなくなった。


サキュバスB(う、うぅぅ……いつ、まで……こんな事……は、恥ずかしいよ……!)

日はまだ鋭く差し込み、昼食の時間ですらない。
そんな、燦々と照りつける執務室で、サキュバスBは羞恥に耐えながら、自分の首を締め続けていく。
割り開いていた整った指先にもあふれた蜜が触れて、恥丘に擦れた指が、にちり、と粘性の音を響かせた。
その音を彼は確かに聞いたか、ぴくり、とこめかみと耳介が揺れる。
しかし、それでも――――視線だけは、ずっと、前だ。

サキュバスB「くぅんっ……!へ、陛下ぁ……っ!」

勇者「…………」

素っ気なく、しかし――――反応していない訳ではない彼の横顔へ向け、サキュバスBの指はいつしか、羞恥心を忘れないまま、それでも蠢く。
潤う指先は、寂しさの吐露。
身体の震えは、いつまで経っても“目”を合わせてくれない彼への哀願。
ぱくぱくと震え開く秘花と蕾は、溺れておぼつかない呼吸。

“そこ”を通して、訴えかける気持ちが折れかけ――――ちゅぷちゅぷとまさぐり、
開かせていた指を止め、真っ赤に粘膜を充血させた秘部を閉じようと。
邪魔をした事を詫びて、執務室を出よう、と腰を浮かせかけた時。

勇者「――――――続けろ」

先ほどまでずっと背けられていた顔が、息のかかる距離で。
頬杖を突きながら、サキュバスBの股座を見ていた。


サキュバスB「え、……え……」

勇者「……見ろ、と言ったのはお前じゃないか。続けろ」

サキュバスB「うっ……は、はい……いひぃっ……!」

再び、ぐっと脚を開き――――机の上に蛙のように両脚を立てる。
外側へ向けて膝を開く格好となり、もはや指で割り開くまでもなく内腿――――内転筋によって外へ引っ張られ
露に濡れた果肉が開き、曝け出された。

彼はそこを見つめたまま――――真顔を崩さず、左手で頬杖を突きながら動かない。
息がかかり、彼には生ぬるく立ち上る媚香が嗅ぎ取れる、口淫の間合い。

それなのに、どちらからも触れ合う事無く――――ただ、視線と微かな吐息だけがサキュバスBの差し出す秘部に突き刺さる。
その視線はどんな愛撫よりも今は敏感に感じ取れて――――ぴくり、と震えるたびに、
とろとろと花蜜がこぼれ、その様すらも赤裸々に覗き込まれる。

机の上に零れる蜜も、その度にほころび広がる、肉襞の底までも。
――――その下にひっそりとある、流れた蜜を受けて暗く光る桃色の蕾までも。

サキュバスB(や、だ……ぁ……どうして、黙ってるんですかぁ……!恥ずかしい、こんなの……恥ずかしいのにぃ……!)

勇者「……脚を閉じるな」

サキュバスB「は……い……」

勇者「どうしたいんだ」

サキュバスB「ふ、ぇ……?」


勇者「何を――――どうしたいんだ。どうして、こんな事をした?」

サキュバスB「えっ……と……」

そうあらためて訊ねられると――――サキュバスBは、答えに窮した。
もう、済んだ事なのに……何の贖罪のためか、どう償えばいいのかも、考えるほどに分からなくなったから。
いや、そもそも――――そんなものが、果たして動機だったのかすらも。

サキュバスB(…………あれ。おかしいな……何で、こんな事してたんだっけ……)

勇者「……脚、閉じるな」

サキュバスB「きゃっ!?……そ、そこに話しかけないでくださいよ!」

勇者「ああ、間違えた。ひくひくしてたから……こっちが、口かと」

サキュバスB(も、もう……!……あ、……そっ……か……)

思えば、数週間。
一度も――――。

サキュバスB「……へ、陛下。……えっと……ですね……お天気も、いいですし……じゃ、なくて……えと……」

単純な。
生真面目すぎて考え込み、考え込んだせいで忘れかけていた、種の欲求。


サキュバスB「……おさぼり、えっち……しちゃい、ません?」


*****

サキュバスB「あ、あのっ!?ほ、ホントにこんな、ところで……するん、ですか……!?あ、ぶっ……ひやぁぁっ!」

いくつも、場所はあったのに。
椅子に座った彼に跨り、向かい合い腰を動かす。あるいは背中を預ける。
正面にある大机に手をつき、腰を突き上げて背後から衝かれる。机に仰向けに寝そべり、向き合いながら貫かれる。
壁に押し付け、体を持ち上げられながら。あるいは――――床の上でか。

だが舞台はその、どれでもない。
サキュバスBがずっと腰を下ろし、扇情的に――――仕草だけを見れば淫魔そのもののように、扇情的に踊りかけていた左手の小さめの机の上。
その天板は奥行きが足りない。
サキュバスBが後ろへ身を倒せば尻と腰、そして背中の下部……肋骨に護られていない部分までしか、預けられない。
身体の小さい彼女ですら、とてもその身を横たえる事のできない、頼りない狭さの“寝台”へと変わる。

サキュバスB「うああぁっ!?お、落ちっ……落ちます、って……!」

勇者「分かってるよ。……掴まれ、ほら」

必死に背筋で踏ん張りながら、少しでも支えになる面を増やすべく――――天板の手前ギリギリまで
秘部を突き出していたサキュバスBへ両手が差し出される。
掻き泳ぐようにサキュバスBは彼の手を掴むと、彼もまた、サキュバスBの手を握る。

そこまでして、ようやく姿勢は安定した。

だが、離せば――――無論、真っ逆さまに机の向こう側へ落ちる。


サキュバスB「な、なんで……?危ないですって、こんな……」

勇者「離さなければいい」

サキュバスB「で、ですから……せめて、そっちの大きい机の方で……んぎっ!?」

必死に突き出していた秘部へ、久しく迎えていない逞しく反り返ったそれの、硬い亀頭の感触を覚える。
瞬間、洪水していた蜜はそれへまとわりつき、涎をまぶすようにぬめぬめと黒光る“槍”を光らせる。

サキュバスB「待っ、て……ほ、ほんとに……このまま……!?」

勇者「誘ったのは誰だ?……ほら、しっかり掴め。もっと上の方だ」

あと少し力を込めれば、間もなく肉棒はサキュバスBを貫く。
否、ただあてがう今でさえ、ゆっくりと沈められている最中だった。
ずぬ、ずぬ、と……傍目に見れば止まっているような。じっくりと開花していく様のように、こうしている間にも飲み込まれて行く。

だが、もし亀頭の“返し”を飲み込んでしまえば――――そこから先は、すぐだ。
一息で文字通り衝き抜かれ、真っ直ぐにサキュバスBを机の向こう側へと押し出すだろう。

サキュバスB「う、ぃっ……ちょ、入っ……入って、きてるじゃないですかぁ……!止まって……待って、待ってくださいってば……あふぅっ……!」

握っていた手をほどき、綱を引き寄せる動きでサキュバスBの手は上り、彼の上腕へ文字通り縋りつく。
その間にもこじ開けて侵入してくる肉の破城槌の熱にぴくぴくと体を揺すりながら、
シャツの袖ごと断崖絶壁の命綱を握るようにぎちりと握り締める。

――――亀頭が呑み込まれ、容赦ない突風のような突き上げがサキュバスBを襲ったのは、直後の事だ。


サキュバスB「うくっ……!お、ち○ちん……入って、きまし……たぁ……!」

背中のほとんどを空中へ投げ出したまま、何の支えもない状態で、
掴んだ上腕と踏ん張る脚、そして締め付ける“肉”で彼へ縋りつくしかない。

それなのに彼は手で支えてなどくれず――――そればかりか。
のけ反ってなお高く主張する乳房を包む上衣を、優しく解いていく。
気付けば、黄金の瞳は懇願に揺れて――――抗議の声を上げかけた。

サキュバスB「陛下、ちょっ、胸……むね、なんて……!」

勇者「ほら、慌てるな。緩むな。落ちるぞ」

サキュバスB「そんな、ふ、ふひぃっ……!やん、やめ……お、落ち……落ちるぅっ!落ちちゃいます、からぁっ!!」

ずん、ずん、と――――容赦のない動きで彼はサキュバスBの秘肉の洞を抉る。
みっちりと膣内が広げられる感触は、今日は特に鋭く感じられる。
じんじんと響く熱は痛みのようで――――それ故に、“サキュバス”の快感神経を喜ばせる。

サキュバスB「う、ひっ……そんな、思いきり動かないでぇ……!お願い、です、からぁっ……」

ずぷり、ずぷ、ぬちゅ、ぎちっ……。
頼りない“舞台”から上半身をほとんどはみ出させ、突かれるごとに力の抜けて離しかける腕のせいで
幾度もぞっとするような浮遊感を味わいながら――――送り込まれる熱と快楽を鋭敏に感じる。


ぎちぎちと締め付ける括約筋。
身体が浮きあがるたびに強張る内転筋。
浮遊感の恐怖で粟立つ肌の触覚。
必死で彼の腰、太腿を挟み込む脚。
それらすべてで縋りついているのに、彼が支えてくれているのは、自然と持ち上がってしまった乳首を摘まみとる指先だけ。
更にはその指まで蠢かされているせいで、幾度も身体が脱力して跳ねあがり――――そのたび、緩んでしまう。

サキュバスB「ひ、いぃっ……乳首、そんな転がさないでくださっ……だめ、力、抜け、ふひゃあぁぁぁっ……!」

勇者「大丈夫だ、離さなっ……く、ぐっ……そん、なに……締め、るな……っ!」

サキュバスB「し、しかたないじゃ……陛、下がぁ……そんな、深くっ……!」

勇者「っ、引っ、張る、な……っ!」

サキュバスB「んきゅぅぅっ……!ふ、深っ……お、奥にぃ、こんっ、って……ぇ……」

強く袖を引いた拍子に彼の体勢が崩れ、その勢いで亀頭がサキュバスBの奥の行き止まり――――子宮口へ軽くキスをした。
前方へ崩れかけた彼が机へ手をつき、慌てて離れようとすればそれは深く激しいストロークの抽挿へと変わり――――
再び縋るように、サキュバスBが袖を引き寄せ、肉の孔深くへ迎え入れる。

――――再び、つんのめりながら、サキュバスBの子宮口を叩いて。


サキュバスB「きゃあんっ……!そん、な、深く、……う、動いちゃ……っ!!」

勇者「お前が引っ張るからだろうが! っ……ちょ、おい……くっ!!」

サキュバスB「あふぅ、ん……もっと、もっと……激しく、してぇ……」

勇者「待て、離せ、離、おい!待て、ってば……!」

サキュバスBは――――久しぶりの、奥まで深く貫く剛直に気をやり、浮かされたように腰をくねらせる。
その支えない背中を激しくえび反らせて、たぷん、たぷん、とその小さな肉体に見合わない豊乳を揺らし
――気付けばその手は彼の上腕から肩口、胸元、首の後ろにまで伸びて。

今身を置いている場所の不確かさを忘れるように、金色の目を深く潤ませて、
締まりを忘れた口もとからは重力に従って唾液がまっすぐに頬を垂れ落ち、床に沁みを作る。

サキュバスB「あ、あぁんっ……う、動いちゃうぅ……腰、勝手にぃ……き、もちいぃぃ……♪」

かくん、かくん、と腰を使い乱れる姿にもはや説得は応じない。
ごりごりと膣壁を抉られる鋭敏な感覚、駆動させた括約筋にそうされた快楽が、サキュバスBを蕩かせ、魔を目覚めさせた。

勇者「っ……あ、ぐっ……離、せ……出るっ……!」

サキュバスB「え……?ふふっ……いいですよー。わたしのおま○こに、お精子……ぜんぶ出しちゃってくださぁい。全部、ごくごく、しちゃいますから……」

勇者「そう、じゃなっ……う、っくっ……イ……っ!」

がくん、がくん、と引きずり込んでいくような抽挿の前後動は、終焉を迎えた。
頼りない机に釘付けにされたままだったサキュバスBの膣奥深くで白濁は炸裂し、数週間ぶりのそれが、彼女の子宮を精液袋へ変える。
ぴたりと突き合わせ合った亀頭と子宮口から、溢れんばかりのそれを注ぎ込まれる淫魔の至高の刻。
ずるり、と勢いを失った肉棒が抜け落ちる。
彼も、サキュバスBも虚脱し全身の力が抜け、心地良い疲労感を分け合い――――そして、“緩む”。

勇者「う、あああっ……」

サキュバスB「んふっ……きもちよかったですか?……わたしも、きもちよくしてくれて……ありが……っっ!?」


サキュバスBには、重力に引かれて宙を舞う浮遊感と、見つめていた彼の顔と天井がぐるんと一回りする光景。
彼にもまた、ぐんっ、と前方へでんぐり返しをさせられるような浮遊感と、サキュバスBの強張る恐怖の表情。

両者はそのまま、机を乗り越え一回転するようにもんどり打ち、机の奥側へ頭から投げ出されていった。

サキュバスB「っい、た……あれ、いた、く、ない…………?」

勇者「ぐっ……はっ……!」

サキュバスB「陛下!?」

本来ならば二人とも組み合いながら、頭を打つはずだったところ。
彼は。勇者は、サキュバスBを抱き、かばいながら受け身を取り――――背骨を軋ませながら床へ落ち、クッション代わりになったのだ。

勇者「大丈夫、か……。ケガ、して、ないか……?」

サキュバスB「ごっ……ごめんなさい、ごめんなさい陛下!私……」

勇者「お前が、謝る事じゃ……げほっ……」

サキュバスB「…………ごめんなさい……」


*****

勇者(……どうして、サキュバスBとしたら……いつも、オチがつくんだ?)

背中へ走る打撲の痛みに耐え、消えていくのを待つ間。
勇者はただ、白濁と蜜に汚れたズボンを上げながら、息を整えながら、そうして一人ごちた。




おまけ短編、ひとつめ終了です。

予定はワルキューレのをひとつ。
ナイトメアのをひとつ。

サッカー日本戦の後のテンション次第であとひとつ書くかどうか……


では、また後ほど。
会社なんぞ燃えてしまえばいいんだ

Aをください…Aを…

乙!
メア編期待してる!

えっちです!!

全く素晴らしい文章で大好きです…
所でBと勇者が盛ってた体位は対面…??
我童貞也理解不能性行為体位

なんだかんだ言いつつ服従するC

乙!
城下町の顔馴染みに会ってみたいな
また書店娘とお茶しばいてまったりしたり

乙です

>>412-414後のIfで、元に戻った勇者が幼い姿の堕女神の可愛らしさにやられて激しく暴走してしまい、その激しさ故に満足してしまい堕女神が元に戻れなくなるとかを

始めます、おまけ二つ目
ナイトメア編


*****

ワルキューレの来訪の日に風穴が空いた厩舎の屋根。
間に合わせでさせた修理が終わって、ワルキューレが去り……正式な修復が終わったと告げられたその晩、勇者は出向いた。
片手にランプを下げて出ていった彼は、やがて辿りつくと――――掲げて、あの日とうってかわって静かな夜を頂く厩の屋根へ目を凝らす。
ランプと星明り、薄雲越しの月光を頼りに見るものの補修した箇所は、無事だった場所と遜色なく塞がっていた。

勇者「……そういえば、久しぶりだな。あの日以来か、ここに来るのも」

ワルキューレとサキュバスAの乱闘騒ぎ……蓋を開けて見ればサキュバスAの危なげない勝利で終わった、あの晩以来だった。
大人の姿に戻る事ができてから、初めて訪れたそこには、“主”がいる。

白金色の髪を持つ幼女の姿と、気品ある白毛の牝馬の姿を行き来する夢魔、ナイトメア。

まるで何を考えているのか掴めず、片言のつれない口調で喋るかと思えば含蓄のある言葉を吐く事もある。
人間の姿をしてはいても、人間の営みにあまり興味を持つこともないようで、姿を問わずいつもこの馬房の藁の上で気ままに過ごす。
特に馬の姿の時は、人間の言葉が分からないフリをして呑気に飼い葉を食んでいる事まである。
眠たげで気だるい表情に呆れたような眼差しを宿す、王を王とも思わない、見た目と矛盾して可愛げのない夢魔の少女だ。


勇者「ナイトメア。……起きてるか?」

ナイトメア「かえれ」

勇者「え」

いつもいる馬房の中を、ランプを片手に覗き込めばすぐにその姿が見えた。
寝藁を積み上げたベッドの上に鎮座し、相変わらず感情の読めない瞳を、まるで来訪を予期していたように馬房の入口へ向けていて視線がぶつかる。

ナイトメア「なにしにきた。あそんでやらないぞ」

勇者「いや……屋根が直ったと聞いて様子を見に来ただけだ。……それと、お前も」

ナイトメア「……まにあってる。かえれ」

藁のベッドの上で片膝を立て、まくれ上がったぼろぼろの貫頭衣から雪のように白い脚を惜しげもなく、
更にはその付け根にある場所までさらけ出す彼女に、恥じらいなどない。
もつれ、はね、ところどころ藁の付着した白金髪は、反して艶は整っているため――――更に、この場にふさわしくない存在感がある。

ナイトメア「おみやげは?」

勇者「……ほら」


外套に隠して来た三本の人参を柵越しに見せると彼女は立ち上がり、重たい足音を響かせながら横柄に近づき、受け取った。
ナイトメアは二つの姿を持つが――――体重は、変わらない。
この少女の姿の時でさえ成馬の体重と、魔物ならではの馬力を封じ込めている。
四頭立ての馬車を片手で引く事すら、彼女はできるのだ。

勇者「……なぁ。あの時……どうして、ワルキューレに反応しなかったんだ?見えてただろ」

ナイトメア「あぁ、あれ。……かてたからいいでしょ」

勇者「それは、結果はそうだけど……」

ナイトメア「……馬にたたかわせるの、よくない。どうして、やらなかった?」

勇者「…………うん」

ナイトメア「“うん”じゃないが」

あの状態で雷撃を放てば、先手は取れただろう。
雷速を避ける事はできず――――かつて人界の女神に与えられた雷の力なら、天界の眷族すら打てたのも間違いない。
だが、それは――――躊躇われた。


ひとつは、相応の反撃を予測された事。
ふたつは、――――勝算もあればこそ、躊躇われたからだ。

人の世を救った力で、天界の存在を打つ事へ。
その抵抗が、サキュバスAに乱入される直前まであったし……彼女が来てくれた事を、その点でも感謝した。

ナイトメア「……それに、ひとのいえ、こわした。おまえのせいだ」

勇者「お前、って……約束どおりあの仔豚は引き取らせただろ、ワルキューレに!それにあれはサキュバスAが……!」

ナイトメア「そのまえにわたしのいえ、こわした。……ぶたのめんどうみてあげたのに。やね、こわした。ねるのじゃました。さいていだ」

勇者「う……!」

人参の二本目をたいらげ、ごりごりと咀嚼しながらナイトメアは一息に言い放つ。
足取りはすでに柵越しの勇者から離れ、先ほどまで寝ていた藁のベッドの上にぼふっ、と身をうつ伏せに投げ出す。
勢いでまくれ上がった裾も意に介さず、眩しい脚の付け根にある、年頃にしてはややむっちりとした、安産型の尻周りをさらけ出して。
足の裏は、汚れてはいても傷一つなく――――拭けば輝くような、若々しい張りがある。

ナイトメア「……でも、これでねむれる。おみやげありがとう。かえれ」

勇者へ尻を向けたまま、うつ伏せの姿で行儀悪く残りの人参を噛み砕き、脚はぱたぱたと落ち着きなく跳ねる。
一瞥もしないその態度はいよいよ不遜であり、言葉はもはや邪険そのものへと変わった。

気付けば、勇者は――――柵を音もなく飛び越え、馬房の中にいた。


*****

ナイトメア「?……なんだ、ひとのへやに……わっ!?」

食べかすを散らしながら、ナイトメアは驚きの声を上げた。
それは、今まで少なくともこの姿で受けた事のない衝撃だったから。
まくれ上がった貫頭衣の裾を、さらにまくり上げて――――勇者は、その尻へ手を伸ばしていた。
数日前までの己とそう変わりない肉体の姿。
なのに、ナイトメアは――――勇者とも、堕女神とも違う、歳に似つかわしくないむっちりと張った尻を持つ。

ナイトメア「なん、の……まねだ……?」

勇者「……何だと思う?」

ナイトメア「ふざけろ。やめ……ひゃひっ……!?」

右手でナイトメアの右脚を掴みながら、左手は、尻叩きでもするようにまくり上げた衣の裾から、さわさわと豊かな尻たぶを撫でていた。
その手触りはさながら、吸い付くような、水を含ませた麺麭生地の塊。
もしくは、水をこなれて柔軟な革袋へ詰めた時のような――――ぶるん、と揺れる極上の、充足感を覚えるものだ。

勇者「声を出したな?」

ナイトメア「……でてない」

勇者「えっ……?」

ナイトメア「だしてない。声なんかぜったいだしてない」

勇者「……そう来たか。なら……」


むにむにと指の埋まるような尻肉の感触を愉しみながら、力なく垂れる細い右脚をふにふにと揉みほぐす。
たっぷりと筋繊維の詰まったふくらはぎ、太腿は吸い付くような弾力に満ちており――――ずぶずぶと指先を沈め、マッサージするように揉んでいくと。

ナイトメア「ふ、ひゃはっ……やめ、ろ……くすぐ、ったい……ひひっ……!」

彼女の、ぶっきらぼうな声が微かに弾んだ。
その間も左手は絶えず尻を揉みほぐし、外側へ尻肉を遊ばせるたびに、その深い肉の奥に隠された
祠のような桃色の菊門がきゅっ、と窄まる様子が覗けた。
更にはその下、ぴちと閉じた縦一線もわなわなと蠢いて、じわじわと、馬房外の床へ置いたランプの灯を照り返す“汁”が沁み出すのが知れた。

ナイトメア「っ、ふ、ふっ……よ、せ……おこる、ぞ……!」

口ではそう言いながらも、ナイトメアに暴れる様子はない。
蹴れば勇者を突き離せるのに、そうする事はなく、むしろ――――脚をピンと伸ばして、ふっくらとした尻を好き放題に揉まれながらも抵抗はしなかった。

ナイトメア「んっ……ふっ……ふぅっ……」

ふくらはぎの筋肉をやわやわとほぐされるのが心地良いのか――――漏れ出す声には、甘さすら漂う。
しかし顔は藁山に突っ伏してしまっていて、表情は窺い知れない。
弾む声だけが、彼女の今の感情を知らせた。


ナイトメア「っ……よせ、って……いって、いる……!」

数分もそうして、脚のマッサージを織り交ぜながら無防備の円い尻を波打たせるように揉みほぐすうちに、膝の裏にまで雫は一筋、下りてきた。
さらりとした手触りの透明な蜜をすくい、舐め取ってみても、淫魔達のそれと遜色なく、むしろほのかに楓の蜜のように甘い。
獣臭の類もなく、そもそも、この馬房ですら籠もるような畜舎の匂いはしない。
干し草と藁、そして木の香りが包み込む……良いように年経た、木造の建屋の馴染んだ香りだ。

ナイトメア「いまっ……なにか、なめたな……!はなせ、はなせ、っていってる!」

口ではそう強がるが、もがく様子はなく、微かに身じろぎするだけで顔も上げない。
藁山に突っ伏したままのくぐもった抗議は、先ほどまでの甘やかな喘ぎの残滓が失せていなかった。

吸い付くような、掌を貼り付かせられる広さのふっくらとした尻を両手で割り開く。
そこはもはや微かな光ですら見て取れるほどに蜜に濡れて光り、毛の一本もない割れ筋と、
小さな蕾が、冷ややかな外気に触れ強張るようにきゅっと窄まった。

ナイトメア「っ……まさ、か……まさか、おまえっ!……やめっ……!」

ナイトメアがこうまで取り乱す様を、初めて見た。
その事実が、いつの間にか――――滾らせて、いた。

取り出したそれを、ぴたりと、濡れて艶めく一筋の入り口へ押し当てる。
覗かせていた桃色の肉を押し返しながら、亀頭の先が卑裂を左右へ掻き分け、
ぐじゅ、と湿り気のある響きを房内へ――――不思議なほどに高く響かせた。
ナイトメアの身体はその瞬間に震え、しかし抵抗する事無く、小刻みな呼吸とともにただ受け入れていく。


ナイトメア「っ……ふーっ……!ふーっ……!」

ぎちぎちと銜え込む小さな卑裂へ欲望を食い込ませる光景は、事のほか、猟奇に近いものになった。
彼女の手首ほどもあるそれはすんなりと入り、半ばまでがあっさり埋められた。
むっちりと質量のある似合わない桃尻に赤みが差し、苦し気なナイトメアの呼吸が房内を満たす。

勇者「……苦しかったか?」

ナイトメア「う、るさい……!やめろ、へん、た……くぁっ!?」

勇者「っう……」

言葉を遮るようにずるん、と引き抜くと抵抗がある。
肉襞が吸い付き、未熟な幼形の膣内にそぐわない刺激が肉茎をねぶった。
特に亀頭の裏側、筋の部分へ肉襞が吸い付き――――思わず、勇者の腰を引きつらせる、一瞬の快感が走った。
それを――――気付けばもう一度味わうべく、再び腰を突き動かしていた。

寝そべり、息を漏らしながら……それでいて、全く抵抗しないナイトメアの身体へ向けて。


ナイトメア「っ……んっ……く、っ……!ひ……!お、ぅ……!」

勇者「……声っ……我慢、しなくて、いい……!」

ナイトメア「し、て、ない……きっ、ぃ……ひぃんっ……!」

ぱつん、ぱつん、と尻肉深くまで抉る抽挿の淫律が厩に響く。
ナイトメアの小さな体、小さな肉穴は勇者のそれを銜え込み、熱くうねるような快感を奏で合っていた。
深く突き込み、感じるのはナイトメアの身体の芯の熱さと、狭さ、子宮口を持ち上げ叩きつける乱暴な征服感だけではない。
ナイトメアの人間態に封じ込められた、勇者の五倍以上はある体重故に生み出される、密度の濃い締まりと肉襞の密集。
それは、まるで――――重質量の巨星に引き寄せられる流星のような誘因力を産み出す。

ナイトメア「かんじて、ない……んぃ、ひぃぃぃっ……!」

勇者「今……」

ナイトメア「だ、だしてない……!声なんか、だして、ないっ……かんじて、ない!」

勇者「どんな嘘だ……!」

ナイトメア「うるさいうるさい!ひっ……、ん、あぁっ!そこ、はっ……」


みっちりと詰まった尻の割れ目にちんまりと窄まり、開きを繰り返す擂り鉢がある。
抽挿に合わせて動くそれを捉え、右手の小指先をあてがい――――たっぷりと吐き出された蜜をガイドに、つぷり、と沈み込ませた。

ナイトメア「ひっ……!へ、へんたいへんたい!やめろ、お、おぉぅっ、……ひ、やあぁぁぁっ!」

ふたつめの関節まで沈み込ませ、膣側へ軽く曲げると、腸壁と膣壁を隔てた男根へ行き当たる。
そのまま、挟み込むように指先で腸内を掻いてやるごとにナイトメアは卑猥な呻きを上げ、よがる。

ナイトメア「う、ぁ、やめっ……おし、り……かり、かり……するな、ぁ……へんたいっ……へんたいぃ……っ!」

顔を伏せたまま、荒い息とともにつく稚拙な悪態は、もはや懇願だった。
何が何でも顔を見せまいと。
快感に喘ぐ声を必死に噛み殺しながら、最後のプライドだけは守り通すべくの、必死の抑制。
それは――――皮肉な事に、強く封じ込めれば封じ込めるほど、昂ぶっていくと知らずに。

ナイトメア「ん、く、あぁっ……!奥、やめっ……ひぃっ……ずんずん、する……なぁ……!きもち、よく、なんか……んいぃっ……!」

勇者「……無理するなよ。声、出てる、ぞ……っ!」

ナイトメア「だ、だしてないっ……こえ、なんか、あぁぁひゃぁっ!出てない、出て、なぃぃっ……!」


滑稽なほどの強情とともに、ナイトメアは藁山へ爪を立て、脚をピンと伸ばし、床へ踏ん張りを利かせるも……叶わず、空を掻く。
小さな尻穴を解錠するようにこじ開けられ、前の穴を“男性”に抉り穿たれながら、必死で足掻く。
それが連れてくる快楽を必死で迎え撃とうとするように、己の声として出ている“メス”の喘ぎを否定し、足掻く。

だが、それは無駄な抵抗そのものだった。
ナイトメアの肉厚の尻肉を打つ快音は段々と速まり、終着点へと彼女を導こうとしていた。

ナイトメア「あ、くぅんっ……きゅ、ひぃっ……!だ、だす……な……だしたらっ……おま、えっ……!」

勇者「出したらっ……どう、する」

ナイトメア「っ……や、め……う、うるさいっ……かんじてない!きもち、よくな……ひんっ!ひ、ぃぃっ……!なか、……っ……」

言葉がどう続くのか、勇者には結局分からなかった。
“出すな”か。それとも――――“出して”か。

しかし、抽挿を繰り返すうちにナイトメアの膣内はきゅんきゅんとうねり、引き締まり、その間隔は段々と狭まってきた。
小指を銜え込む尻孔も吸盤のように離そうとはせず、迎え入れた指先をしゃぶるように腸内はうねる。


――――そして。



ナイトメア「あぅ、ひっ……い、ぃぃぃっ!い、クっ……イ、くぅぅっ……ぅ!」

びくん、びくびく、びくんっ……と小さな体を揺り動かし、彼女はとうとう顔も向けぬまま、“メス”の高みへ達した。
膣肉はきりきりと引き絞られ、子宮口は亀頭の尖端にぴたりと張りつき――――吸い込むように蠢いているのが伝わった。
かねてよりせり上がりかけていた精液の塊は、詰まってしまいそうなほどの勢いで我先に精道を駆け巡り、
肉茎を破裂させてしまいそうな圧力とともに子宮を目指す。
そして――――ナイトメアの肉体の芯深くで、白い花が散る。

ナイトメア「ぐ、ぅっ……!あ、あつっ……おなか、あつ、いぃぃっ……!だす、な……!だすな、だすなぁっ……ださ、ないで……!ださない、でぇ……!」

しかし、勢いのついた精子の群れは留まら無い。
昏い背徳感に後押しされた白濁は留まるところを知らず、ナイトメアの小さな子宮をびちゃびちゃと穢していった。

十数秒後、ようやく射精の波が止まり――――肉茎を引き抜く。

ナイトメア「う、あっ……ひゅ、いぃぃ……あふっ……ふ、えぇぇ……!」

藁の上にうつ伏せ、臀部をされるがまま差し出す姿で彼女は脱力し、声にならない喘ぎを絞り出す事しかできない。
脱力した体は小刻みに揺れては、犯されていた膣孔からだらりと呑み切れなかった精液を吐き出し、その上にある蕾も引き攣れて動く。
幾度も叩きつけられた白い円尻は真っ赤に色づき、下肢は足首に至るまで紅潮していた。

ナイトメア「しんじ、られ、な……わた、し…………っ」


そして、ぷつり、と――――ナイトメアは気を失うように眠りに落ちた。




*****

後日。
厩の一件が何とはなしに気まずいまま、誰にも告白できないままだった。
ナイトメアは誰にも漏らさなかったようで誰からも咎められる事はない。
サキュバスAなら何かに気付いてチクリと言ってきてもおかしくはない。
でなければ、地下牢のポチなら気付いているかもしれないが――――あの義理堅いローパーなら、やはり黙っているだろう。

悶々としたまま、秘密を抱える事に耐え切れなくなり――――とうとう、勇者は厩を再び訪ねた。
あの爛れたような情事から、三日を数えての事だった。

勇者「…………」

ナイトメア「……なにしにきた」

扉の前に来るまでは蹄の音が聴こえていたのに、馬房の前へやってきてから見つけたのは、白金髪の少女の姿。
彼女はいつものように、何もなかったかのように、壁際に寝そべって、いつもの呆れたような冷たい眼を勇者へ向けていた。

勇者「……怒ってるのか?」

ナイトメア「…………しらない」


ナイトメアは、あの日の事を誰にも知らせていない。
勇者もまた、誰にも言えず、問われず――――今に至った。
相変わらず彼女はじっとりと呆れたような眼のままで、何を考えているのか掴めない。

ナイトメア「……わたしは、ねむい。ひるね、する」

勇者「あ、ああ……そうか、邪魔した」

ナイトメア「……もういちど、いう。わたし……ねる」

勇者「?……ああ、だから……分かったって」

踵を返しかけ、二度言われた事を怪訝に思い再び振り返ると、そこにはあの日のように。
藁山に突っ伏すようにナイトメアが寝そべり、細身の矮躯に似つかわしくない安産体型の尻をぷりん、と突き出していた。
裾はあと少しめくるだけで、その奥に隠したものをさらけ出すだろう。

しばらく固まっていると――――ナイトメアが体をわずかに起こし、ちらりと流し目で勇者を見た。

ナイトメア「……ねむいな。もう……おきないな。なにかあっても、きっとおきないかもしれない。こまった。……ねむいから、なにされてもわからない、かも、しれない」

勇者(…………なるほど、あくまで、そういう……)

ナイトメア「っ……もう、ねる。なにもされないと、いい。でも……ねてたら、わからない」

それだけ言って、夢魔の少女は再び藁に顔を埋める。
顔の代わりに、露わの太腿と薄衣越しの尻を熱く染めて。

――――――ほんのわずかな期待とともに、寝入った振りをして。




短編ふたつめ終了です

>>446
展開次第で絡むかもしれません

>>447
待たせたな

>>448
え っ ち だ よ

>>449
対面です

>>450
絶対にイヤなのに最終的にはノってくれるタイプです

>>451
それもまた良し……けれど、おまけではあくまで今回少な目だったエロを補充したい

>>452
事案はちょっと……


さて、次回は週末までに
というか本編終えたんだからさっさと短編を落としてHTML依頼を出すべきかもしれないけど
一年に一回ペースなんだから、どうせならゆっくり長くやっていくのも悪くないかもしれない
どうせ既に長引いてしまっているんだしさ


それでは、また

イッた拍子に変身解けなくてよかったな...
さぞかしシュールな絵になっただろうけど

乙!
メアちゃん、相変わらず素直じゃねぇなww


寝たふりした際に手を出さないと、凄くチラチラ見てきそう

>>468
ナイトメアも(隣王女も)事案じゃないですかね?

デレるメアちゃんも見てみたいねー

オレが本当のくっ殺のやり方を教えてやる


*****

ワルキューレ(……いや、考えてみれば……どうなのだ、この状況)

居場所と遠く離れた魔界の一国で、あらためて戦乙女は己が身の現況を嘆いた。
天界から人間界へ降りたとき、うっかり、英霊と神々をもてなすための食撰に振る舞われる無尽の仔豚を一頭、逃してしまった。
厳密には、勝手についてきてしまった事になるが――――その事に気付いたのは、用を済ませて天界へ戻ってからの事だった。

戦乙女のひとりから“仔豚が一頭どこにもいない”と聞かされ探していても見つけられず、
もしや、と足跡を辿れば――――それは、人間界へ降りた時に開いた“扉”の場所で途切れていた。

慌ててもう一度降り立ち、付近をくまなく探してみても見つけられず。
途方に暮れていれば、天界の存在とも、人間の魔法ともつかない魔力の気配を感じた。
縋る気持ちで向かえば、そこには閉じかけた“魔の扉”が開かれていた。
それと、仔豚の足跡と匂いが続いている事にも気付けた。

そして、逡巡しながらも彼女は飛びこむ。
戦乙女が遍く賜っていた、白鳥へ姿を変える羽衣をまとい、せめて、姿を隠して。

それから。

――――飛びこんだ先は淫魔達の国で、今に至ると。


ワルキューレ(そもそも、何なのだ……あの淫魔。あの蹴り……あの重さは……)

畜舎へ人間の男児を幽閉していると誤解したところ
現れた淫魔のひとりに蹴り上げられ、防ぎはしたものの畜舎の屋根を突き破りながら天高く吹き飛ばされた。

胸甲を突き抜け、背骨まで揺らがし、内臓を震わせる一撃は、彼女がこれまでに受けた事のない文字通りの衝撃だった。
それは――――

ワルキューレ「っん、くっ……!」

あれから丸一日が経つ今でさえ深く呼吸を吸い込めば、ぎくりと痛み胸が詰まるほどだ。

ワルキューレ(それに、あの隙の無さ。……淫魔とは、淫蕩に耽るだけの種族であったのではないのか?)

戦乙女の槍捌きに追従してくる、尖鋭した尾の速さもまた異常。
盾として、目くらましの幕として、処刑刃としてはためく自在の翼も。
ゆったりと淫らに動くようでいて、果たして誘い込まれているのかと疑うばかりの身のこなしも。
彼女はおかしな淫紋の呪いしかとうとう見せなかったものの――――おそらくは魔術までも高次に扱いこなすのだ。

ワルキューレ(……よもや。この国の、淫魔……。皆が、あれほど……強いのか?)

敗北の事実すら遠ざかるほどの、恐ろしい推論に彼女は頭を悩ませるばかりだ。
用意された寝室の、天界に勝るとも劣らない上質な寝心地に眠気を覚えてはいても、それは緩慢だった。

調度品も悪趣味では無くむしろ地味。
槍や武具を預けられる架台もあり、枕の下に短剣は忍ばせるものの、警戒すべき罠の類いは見うけられない。
だからこそ。
あくまで侵入者である自分へのおかしな厚遇が、むしろ警戒を解かせてくれない。

だが、それでも。

疲れは、眠気を覚えさせる。
瞼は、それに――――逆らえなかった。


*****

夜半、鼻腔をくすぐる葡萄酒にも似た香りに目が覚める。
頬、首を撫でる空気は暖かく、微風がまどろみを侵した。

ワルキューレ(……ん、少し……眠って、しまったか)

肩に覚えていたかすかな凝りは解れて、頭もすっきりと冴えた。
段々と重みを減らしていく瞼に誘われ、身を横たえたまま視線を動かすと――――そこは、“違う”。

ワルキューレ「何っ……?こ、ここは何だ……!」

上質ではあれど、天蓋もなく簡素なベッドに寝ていたはずだった。
それなのに、首を動かし、視線を走らせてみれば――――さながら、後宮の寝室。
広いベッドの上、幾重にも人目を忍ばせるように天蓋に差し渡された純白の薄いカーテンが走る。
さながらそこは、繭の中。
芋虫が軽やかに舞う蝶に姿を変える、揺り籠。

室内であるというのに幾重もの“繭糸”のとばりは風に揺れるように動く。
さふ、さふ、と擦れ合い立てる音は眠りを誘うように軽く、故に――――ワルキューレにとっては不気味そのものだ。
そしてもう一つ、変化に気付く。

ワルキューレ(っ……わ、私の……この、姿は……!?)


胸甲と腰鎧を外し、用意された、しっかりとした寝間着で就寝したはずだった。
それなのに、首を起こして体を見ると一変していた。
垂れ下がるカーテンより、更に薄い――――その下にある素肌が素通しに透けてしまうほどの薄衣だ。
丈は太ももを隠さないどころか――――かすかに身じろぎするだけで、更にその上。
秘さねばならない処までもさらけ出してしまうほどに短い。
更には下着の感覚も無い事に気付き、思わずワルキューレは擦り合わせるように心細く脚を閉じた。
胸の頂点に揺れる桃色までも透けて見え、背けようと首を動かせば、更に。

その首に巻きつく感触と、そこから繋がる細い鎖の音を確かに聞いた。

ワルキューレ「く、首輪……!?どうして、いつの間に!?」

肌を隠さぬ薄衣を下着もなく着せられ、首には自由を奪った事を意味する首輪と、鎖。
身体はまるで夢の中で泳ぎ走るようなおぼつかなさと、四肢の重さのせいで身動きが取れない。

ワルキューレ(っ、落ち、つけ……落ち着け。ここは……そう、私の、短剣は……)

息を整え、身体の力を振るい立たせて右手を枕の下へ差し伸ばそうとした時に、気付く。
寝そべる自身の、左側、頭近くにいる気配。

ワルキューレ「っ!」

――――淫魔の、気配を。

サキュバスA「……もしも私がこんなに優しい美人でないのなら、貴女は今ごろ……喉を五回は裂かれていたわよ?」


ワルキューレ「き、さ……ま……!」

ぎり、と歯噛みして睨みつけた先にはベッドに腰を下ろす、一糸まとわぬサキュバスAの背がおぼろげに映っていた。
首を動かす事すら億劫な重さのため、かすかに見える蒼い肌色と声しか――――判断材料が手に入らなかった。

ワルキューレ「何だ……!何を、した!」

サキュバスA「何も。……ナニかをするのは、これからでしてよ?」

ワルキューレ「どういうつもりだ」

サキュバスA「ふふ……せっかく訪れてくれたのですもの。……ほんの一口だけ、齧ってからお帰りになられては如何かと」

ひゅる、と身を翻す蛇のような動きで淫魔は振り返り、その蒼肌をくねらせ、絡みつくように戦乙女へ皮膚を擦りつける。

眩しくもしなやかに鍛えられた白い脚線を、蒼く妖しく閃く脚が、蔓草のように巻き取り、ゆるやかに開かせていく。
決して脚を開くまいと抵抗するも虚しく、ワルキューレが内股に擦り合わせていた両脚は離れていき、
閉じさせぬようにとサキュバスAの膝が楔となって太ももの間の繋がりを引き離した。


ワルキューレ「くっ……嫌っ、だ……やめ、ろ……!」

懸命に閉じていた脚の間に感じる涼しさは、ワルキューレの喉に懇願をもたらした。
もはやそこを外気と隔てるものはない。露わにされてしまった。
純潔の兆を残したままの其処を――――淫魔に絡め取られた姿のまま、さらけ出していた。

枕元の下を探ろうとした左手は、サキュバスAに優しく掴まれただけでもう動かせない。
力を込められてなどいないのに、元より痺れたように重い左手は、それだけでもう身動きがとれなくなった。
そしてワルキューレは、気付く。
この寝台は、今――――供犠の聖所、贄を捧げる祭壇。
垂れ下がる白布のカーテンは、虫を蝶へ変える“繭”であると同時に……絡め取った蝶を決して逃がさぬ、蜘蛛の餌場だと。

この帳の中で、蝶へと創り変えられる。
そして、蝶のまま――――糸に巻かれ、内から融かされ、啜られる。
苦痛もなく、恐怖すらなく、慈悲もなく。
ここは、逃れられない淫魔の領域。
理解した時、ワルキューレは顔を引きつらせ、その澄み渡っていた瞳は揺れ、力の籠められない四肢を再び動かそうとしても。

サキュバスA「暴れてはいけないわ。……どの道、無理よ。もう貴女は逃げられないのだから」

腿の間に割り込まされていた膝が、更に上へと――――敏感な内腿を撫でるように滑りながら、上がってきた。
ぐっ、と抑えられた手首はびくとも動かせず、残るサキュバスAの左手は、薄衣越しの戦乙女のへそ周りを円を描くように指先で触れた。


ワルキューレ「ひ、ぁっ……!」

サキュバスA「ふふ……鍛えているのかしら。こんな風に、優しく触れられるのは初めて?」

ワルキューレ「くっ……、ふ、触れるな……!おぞましい……っ!」

しなやかに鍛えられた腹は、それでも浮き出るほどの腹筋に覆われてはいない。
くびれたウエストは、柔らかな白肌が取り巻いているものの、指で押せば、その皮下に封じた腹筋の存在を感じ取れる仕上がりだ。
更にサキュバスAは指先を遊ばせ、腹の正中を徐々に尺取り虫のように這い上がらせ――鳩尾の上で止まる。

そこから上には、戦乙女の双丘がある。
仰向けのままでも主張を失わない双丘は苦し気な呼吸のたびにふるふると揺れ動く。
透ける桃色の突端は薄衣との摩擦、この状況への密やかな背徳の興奮と、恐怖によってか。
――――生地を持ち上げ、蕾と化していた。

サキュバスA「あら。……悦んでいただけているのかしら。それとも……怖い?貴女の乳首……もう、こんなに膨らんで……」

ワルキューレ「黙れっ……!そんな、筈、が……!っ……きゃっ!」

サキュバスAが、短く、吐息の塊を乳首へぶつけた。
ほんのそれだけで、ワルキューレの身体はぴくりと跳ねて、乳首の先から光が駆け巡るような快感とともに、打ち震えた。

ワルキューレ(っ、何だ……今の……!私の、声……なのか……?)


サキュバスA「さてさて……じっくりと貴女の身体を塗り替えてしまうのも悪くないけれど。生憎さま、時間は貴重ですわね。
         ……単なる“試戯”なれば、早々に味わいを教えて差し上げねばなりませんもの。……素晴らしさを」

ワルキューレ「何をっ……ひ、やめろっ……そこ、はっ……くはぅっ!」

ぐちり、と湿った音が“蜘蛛の巣の寝床”へ響く。
閉じられぬよう割り開かれていたワルキューレの脚の隙間を登り、まさしく仔蜘蛛の這い上るようにサキュバスAの手が走る。
内股の薄く敏感な肌をなぞりながら、無防備の聖所を侵すように中指を差し伸ばして其処へ触れる。

ワルキューレ「は、ぁっ……!嫌っ……触る、な……!貴様っ……殺すぞ……!」

サキュバスA「それは怖いわ。……なら、殺される前に済ませてしまいましょうか?」

ワルキューレ「あ、ひゃっ、あぁっ……ゆび、動かす……なぁっ……!」

くちくち、ぬる、ぬる、と――――あくまで入り口を焦らすよう、淫魔の指先が執拗に蠢き、
戦乙女の奥にある快楽の束がざわめき、今まで触れた事のない禁断の感覚を開かせていく。
自らの意思で触れた事すらないそこを――――よりにもよって、“淫魔”に組み敷かれ、もがく事すら許されないまま蹂躙されていく。


更に、サキュバスAはワルキューレの口もとへ、口づけの間合いを保ったまま、じっと顔を覗き込み続ける。
揺れて潤むワルキューレの視界に映るのは、妖しく光る紫水晶のような瞳。

――――淫魔が持つと伝え聞く、“魔眼”の魅了。
それを想起し、逃れようとしても――――首すら、動かせない。
手首を抑えつけていたサキュバスAの右手は、いつの間にか、首輪から生える鎖を捕まえていたからだ。
じっと、眼を覗き込まれたまま。
荒く、甘く、糖蜜の海が時化るような甘えた吐息を――――淫魔は、くんくんと鼻を鳴らして吸い込み愉悦する。

ワルキューレ「んっ……ひ、ひゃっ……あんっ……」

サキュバスA「んふふっ……だいぶ、素直になってきたじゃないの。そうよ……明日になれば、帰らなければならないのだもの。何も考えず……溶けてしまいなさい」

聖所には今も、冒涜するような淫魔の手が侵蝕している。
結界が解かれる時を待ち徘徊する魔物のように。
淫魔の指は、執拗に、執拗に、味見をするように――――ワルキューレの秘部を、嘗めていた。

漏れ出す喘ぎを、ワルキューレはどこか遠い、他人事のような心地で聞いていた。


薄衣を持ち上げ、ぴんと立った乳首がはっきりと見て取れて、そのいやらしさに言葉を失う。
自らの肉体がそんな反応を見せていた事など、無かったのに。
薄衣越しの乳首、痛々しいほどに尖り昂ぶるそこを淫魔は触れてはくれない。
息すらかけず、淫魔の肩口へ無意識に背を逸らして乳首を擦りつけようとしても、躱された。
その様子を愉しむように、淫魔はただ、ただ――――寝顔を覗き込むのと同じように、甘くふやけた戦乙女の
唾液をしまっておく事すらできなくなった痴態の表情をただ、薄笑いとともに覗いていた。

ワルキューレ「あ、あぁぁぅっ……!ひぃっ……く、ぅぅんっ……!」

ワルキューレの閉じられない口から漏れる甘い吐息を嗅ぎ、サキュバスAは吸気に合わせて自らの吐息を送り込む。
淫魔の吐息を吸い込むごとに、ワルキューレの背筋はぞくぞくと震えて――――力の入らない指先が、頼りなくシーツを握り締めてしわを作る。

ワルキューレ(っ……あれ、……これ、は……誰の、声……だ……?)

かすかに意識を取り戻せたのも束の間。
今度は――――股間から立ち上る快楽の奔流が、再びワルキューレの意識を押し流して行く。

だが、その奔流は――――唐突に、せき止められる。


ワルキューレ「えっ……?」

サキュバスA「……こういう時は、懇願するものでしてよ。……ほら、ご覧なさい」

顔を離した淫魔が、視線で差した先は――――蹂躙されていた、ワルキューレの淫部。
そこから、ぬらり、と幾条もの愛液の糸を引いて現れた、蒼肌の魔手だ。
指先は、水飴に浸したようにべっとりと濡れて、泡立ちさえしながら光る。
更に、見せつけるように淫魔は、その指先をぐちゅぐちゅと擦り合わせ、雫をこぼし落とした。
その量を、その淫らな光景を見て――――ワルキューレの恥辱に耐えながら潤んだ瞳から、遂に一筋、こぼれ落ちる。

ワルキューレ「……せ……っ――――」

サキュバスA「何か、言ったかしら?」

だらしなく開いた脚の間からシーツに“地図”を作り、薄衣の上に乳首を尖らせたまま。
ワルキューレは眼から雫をこぼし、所在なく揺れる唇を必死に引き締め、虚空を見つめた。
今しがたまで快楽に喘ぎ、溺れ、苦悶していた事実を必死に遠ざけながら自らを再び律するべく試みる。

だが。

だが――――消えて、くれない。
昂ぶり、火のついた己が身の禁断の燈明が――――消えては、くれない。


ワルキューレ「……殺、せっ……もう……私、を――――ない……で……くれ……」


――――敗北より、死より受け入れがたい淫辱の刻。
――――かねて恐れるまでもなく、考えさえしなかったものが、戦乙女を襲っていた。
――――死は、相手に懇願するものではない。
――――それでも、願わずにはいられなかった。
――――どうあっても、此処から……逃れたい、と。

サキュバスA「ふむ。……少々虐めすぎたかしら。それじゃ――――次で、終わりにしてあげるわ」

ワルキューレ(……え…………)

サキュバスA「そのような事ですので――――どうぞ」

ワルキューレは、もう一人の気配に気付く。
それは、まるで幻影のように唐突に。
ベッドの上に座っていた、人間の男だった。

年の頃は、青年と言っていい。
しかし、細身ながら鍛えられた肉体にはいくつもの傷が刻み込まれ――――その戦いの日々を雄弁に語る。
その表情は、昨日に畜舎で出会った子供に似てはいるが――――精悍かつ優しい、整った顔立ちのものだ。

サキュバスA「……見える?ほら……貴女の痴態を見て、あんなに立派に……ふふっ」

ワルキューレ「っ……うぅ……!」


裸身の立像のように立つ男へ向け、ワルキューレは首輪を引かれながら、体を起こされた。
細いはずの鎖が、ワルキューレの脱力した体を頸で支え、その身体を――――ふわふわと起き上がらせた。
自然、目の前には隆々と反り立つ、男のモノが突きつけられた。

ワルキューレ(いや、だ……こんな、もの……近づけ、る、な……イヤ……っ)

血管の浮き立つそれへ、嫌悪感を覚え――――その質量と、咽返るような雄の存在感に気圧された。
堪え切れぬほど濃密な匂いが、鼻の奥にまで飛びこんで来る。
心に湧いたのは、嫌悪感、ただそれだけ……の、はずだった。

サキュバスA「フフっ……そんなに匂いを嗅いで。我慢できないのかしら?」

ワルキューレ「んっ……は、ふ……ふ、ぅぅんっ……!」

何故、そこまで匂いを、存在を感じ取れたのか――――ワルキューレは気付く。
それは、至極単純に。
単純に――――鼻先を突きつけるように、“嗅いで”いたからだ。

ワルキューレ「は、っ……はっ、ふぅ……♪」

サキュバスA「……行儀の悪い事。まったく――――もっと、きちんと仕込んで差し上げるには時間が足らないようね」

ワルキューレ(嘘だ……嘘、だ……こんなの……嗅いで、なんか……いない……)


いくら否定しても、事実は変わらない。
ワルキューレは。
高貴だったはずの戦乙女は、流れる金髪を汗だくで振り乱し、白肌を紅潮させ、前傾する体を支えてぺたりと座る犬のようなポーズで。

――――瞳の奥を濁らせながら、男のモノの放散する匂いを、必死に嗅ぎ取っていた。

サキュバスA「ご挨拶をなさい」

ワルキューレ(挨、拶……っだと……?)

サキュバスA「……口づけでしょう?そんな事、分かるでしょう。まぁ、でも……身体はずいぶんと正直になったかしら」

ワルキューレ(何……そん、なの……いや、だ……やめ……)

必死に押し留まろうとする心に反し、彼女の恍惚の表情は、段々と――――段々と。

ワルキューレ「はっ……はっ……♪……ご、あい……さつ……口、づけ……」

段々と、尖らせた唇は――――その黒光る切っ先へと吸い寄せられていく。
意識が引き剥がされ、俯瞰するように、ワルキューレは――――ただ、見ているだけしか、できなかった。

ワルキューレ(いや、嫌だ……やめ……やめて、くれ……!)

やがて。

――――ちゅ――――と、

服従の口づけを交わす、自らの姿を認めた時。


意識は、暗黒へと沈んでいった。


*****

ワルキューレ「っあああぁぁぁぁぁっ――――!?」

がばっ、と起き上がった場所は、昨晩に目を閉じたのと同じ部屋だ。
淫魔の居城と思えぬほど落ち着き整頓された客間、そのベッドは簡素の一言に尽きる。
垂れ下がる繭糸のような幾重ものカーテンも、心細い雪原のような広さもない。
葡萄酒を暖めたような香も漂ってはいないし、己以外の何者かがいた残り香もなかった。

ワルキューレ「っ、何だ……何だ、あれはっ……?」

びっしょりとかいた汗を拭いながらベッドから立ち上がると、すっかり朝を迎えていた事に気付く。
慌てて見回せば、脱いだ武具も、服も眠りにつくまでのまま置かれており、夢中で感じた身体の重さもなく。
そして――――腹部に覚えていた、鈍い打撃の痛みも、泡のように失せていた。

彼女は、慌てて着替えて、武具とブーツを身に着けていく。
がしゃがしゃと慌ただしく鳴る音は、さながら戦場の朝のように響き渡り、のどかな小鳥の声と不釣り合いに混じる。

彼女は、しかし――――未だ、気付かない。

シーツと下着に滲み、べっとりと濡れた――――“夢の置き土産”の蜜に。


*****

――――――――

ワルキューレ「ふざけるなよ、貴様、ふざけるな!私に何をした!!」

サキュバスA「あら、怖ぁい。暴力はいけないのよ?」

ワルキューレ「貴様っ……!」

サキュバスA「どうしたのかしら。落ち着きなさいと言っているの。……何かあった?」

ワルキューレ「……!」

飛び起き、城内で“淫魔”の姿を見つけた瞬間、歯止めは聞かなくなり――――掴みかかり、問い詰める。
あの夢の中に出てきた淫魔は間違いようもなく、サキュバスAだったから。
本来なら、夢で起きた事を現実で当人に問い詰めるなどバカげている。
だが、ここは淫魔の国。
そして、彼女は淫魔なのだ。

サキュバスA「…………続きは、また今度ね?今度は……夢ではなく」

ワルキューレ「っ……貴様、やはり……!」

勇者「落ち着け。何が……」

幾分か冷えた頭を働かせ、聴き慣れぬ声のもとへ、目を向ける。
そこには――――


ワルキューレ「……あっ……ぅ……!うぅ……!」

勇者「?俺が、どうか……」

夢の中で、服従の口づけを交わした――――紛れもない、あの人間の男がいた。
どこか虚ろだった夢中の表情とは違い、血の気の通う表情に困惑を浮かべ、サキュバスAへ掴みかかるワルキューレをなだめていた。
更に、追い討ちをかけるようにサキュバスAは、ひそひそと耳打ちする。

サキュバスA「……“試戯”は、あそこまで。……私達は、夜毎――――あの恵みを頂いておりますのよ。……羨ましいかしら?
         何度も、何度も、繰り返し……とろとろ、とろとろ、飲み切れないほどに……フフッ」

囁きの内容に、ぼぅっと顔が赤くなり、勢いを削がれる。
更に、すぐ近くに夢の中の、あの男がじっと見つめている事実。
胸ぐらを掴んでいた手に、やがて力が入らなくなり、力無く垂れた。

ワルキューレ「う、うるさい、何でも無い!元に戻れたのなら私は帰る!世話になった!」


そう、一息に言い残して彼女は走り去る。
赤面する顔と、意識してしまった瞬間から止まない胸の高鳴りと、――――今にも再び燃え広がりそうな、身体の芯にくすぶる火を抑えこむように。

――――――天界へ帰ってからも、数日の間。

――――――彼女の悶々とするばかりの気分は、晴れる事がなかった。





おまけ三つめ終了です

あと一つ、何か落として終わりにしましょう
まだ決めあぐねている……
では、火曜日あたり、多分

>>473
ギャグになってしまう

>>474
だからこそ貴重

>>475
聞こえない
何も聞こえない

>>476
傷つけないようもがいたり、暴れたりしないよう必死でこらえるあたり充分にデレてはいるのです

お待たせ
まだ火曜日だ、いいね?

最後のおまけ短編投下いたしますー


*****

今日もまた、寝物語を読み終えた。
ほどよくやってきた眠気を逃さぬよう、銀細工の栞を挟み、ランプの灯を静かに消し、窓から差す月光を頼りに机を離れ、ベッドまでの道のりを歩く。
外からはまだ、宵越しの酒を交わす声が遠くに聴こえる。

とうに寝てしまった母を起こさぬよう、そっと歩き、ベッドへ身を横たえた彼女の肌は、月光に映えて白い。
多くの同族のような青色の肌は持たず、翼もなく、短い尾と角だけを残した彼女の種族は、弱い。
多くの同族のような瞬発力や筋力、魔力も持たず、更には寿命自体も――――無論人間と比べればずっと長いが、
淫魔族の中では短命の部類に入る。
寒さにも暑さにも弱く皮膚も過敏で抵抗力も弱いため、いつも肌の露出は少なく抑えねばならない。

人と比べてすら弱く、寿命しか秀でているところのない――――そんな、種族だった。

人界へ行けば一人では戻ってこられない。
隣国の淫魔でさえ、往復できる程度の魔力はあるのに――――彼女の種族は、人界から戻ってくる魔力が残らない。

そんな種族の宿命を担う、淫魔の国の書店の一人娘は――――寝物語の風景を心へ浮かべながら、しめやかに眠った。


*****

書店主娘「はぁ……。人間界、どんな所……なんだろうなぁ」

翌朝、店を開いてからも寝物語の余韻は薄らぐことがない。
ぼんやりとした顔立ちの母に似ない切れ長の眼を持つ、落ち着きある風貌でまめな性格の彼女は、殊更に人間界への関心が深い。
生まれて一度も見た事のない人間の世界、そこに広がる無限の情景は夢想するしかできない。
人界の最果てに広がる光のカーテン、炎を噴き上げる山。
何も、かも――――書物を通してしか知る事ができないものだ。

母に訊いても、要領を得ない。
人間界に行った事は確実にあるはずなのに、まるでその事には無頓着だ。

全くもって満たされる事のないまま、彼女は人界について記した本を追う。
たまに、つい最近になって許された人界行きから帰ってきた淫魔が持ち込んだ本を買いつけながら。
人間達の天文学、生物学、魔法学、占術、流行りの娯楽小説、――――無論、最も多いのは艶本だ。

そんな彼女、書店主娘がかねて淡く想っているのは、生まれて初めて見た、人間。
――――今はこの国の王となった、勇者の事だった。


書店主娘(……色々、お話、聞きたいんだけど。無理だよね。お忙しいだろうし……)

それを恋心と呼ぶのか、あるいは憧憬なのかどうかも彼女には分からない。
彼と直に話したいと思っても、その場、機会が無い。
実際には酒場にこっそりと来る事もあるがその度に彼女は後日それを知る事になるし、そもそも酒場そのものへあまり出向かない。
かといって“王”に会いに行けるような城への用事もなく、出会って交わせた言葉はすべて偶然によるものだった。

思い悩む間にも、書店主娘は窓の外、花曇りの憂鬱な空をちらりと見て浅く溜め息をつく。

書店主娘「……はぁ」

書店主「なぁに、どうしたの~?お腹すいたかしら?」

書店主娘「いや、今さっき朝ごはん食べたでしょ……お母さん」

書店主「おやつにする?」

書店主娘「おやつもまだ入らないってば……。する事ないし、天気も悪いし……」

書店主「そうねぇ。それじゃ……お店はお願いね。私はおうちのほう掃除するわ」

書店主娘「はーい」


*****

ほの暗く変わっていく曇天を見守りながら、湿気を含んだ空気でまとまりを欠く髪を梳かしていると、扉が開いた。
どっしりとした絹の装束を色とりどりに何枚にも合わせて重厚に着込んだ、黒髪の美女だった。
開けた扉から彼女のすぐ傍を通って流れて来る風は涼しく乾いて感じられるような、息を呑む優艶な美貌を持つ魔性だ。

書店主娘「いらっしゃいませ。狐女将さん」

狐女将「うむ。……久しいのぅ。済まぬが、冷やしコーヒーを一杯いただこうかの」

書店主娘「はい。……お好きな席へどうぞ」

と、声をかけるまでもなく狐女将は窓辺のテーブル席へ座り、小脇に抱えて入ってきた書物を卓上へ下ろす。
数分して、氷を浮かべたグラスになみなみと注がれたコーヒー、ミルクと砂糖の小瓶を手に書店主娘がやってきて、卓上の書物を見つめた。

書店主娘「お待たせいたしました。あれ、その……本、って?」

狐女将「人間界へ少し立ち寄っての。手土産じゃ、そなたへのな。店に出すも良いし、そなたが読むも構わん」

書店主の、起きてからずっと濁り憂鬱だった眼が輝きを放つ。
手土産、と称した書物はどれも真新しい装丁で、聞いた事のない――――おそらくは人界で最近出版されたものに違いなかったからだ。


書店主娘「い、いいんですか!?」

狐女将「良い良い。……それにしてものぅ。千年前とは大違いじゃったな。今はもう、“世界を甲羅に載せて歩く亀がいる”など信じてはおらんようじゃ」

書店主娘「……あの、千年前にはいたんですか?それは……流石に……」

狐女将「ふむ、流石に信じていた者はおらなんだか」

書店主娘「見せていただいても良いですか?……伝記が多いですね。“飛行船開発秘話”。……人間界には、空を飛べる船があるんですか?」

狐女将「そのようじゃな。流石に見る事は叶わんかったが、いずれ乗ってもみたいもの。まぁ、妾も此度はただ降りただけじゃ。
      本どもは、そこを偶然通った商人から買い受けたのじゃ」

書店主娘「す、姿を見られちゃったんですか!?」

狐女将「かどわかす気分でも無かったでな。それに、あのような腹の突き出た……。
      妾はもっと、こう……嗅ぐだけで満ち足りる可愛げのある童が良いわ。
      ……でなくば骨身が軋むほどに抱かれ、厭らしく哭かされ、狂い合うてみたいものじゃ」

書店主娘「……聞こえません。何も聞きませんでした。……それにしても真新しい本ばっかり……本当によろしいのでしょうか?」

狐女将「構わん、妾はもう読んだしの。……それに、巷に書物が溢れるも道理。人の世は、またしても“魔王”との戦を制した。
      兵どもの物語はこれより増え、語り継がれるであろうよ」


――――――コーヒーを飲み終えると、狐女将は雨のちらつかぬ内にと、さっさと出てしまった。
飲み干すまでの間に語ったのは、いくつかのこの国の近況。
とりわけ、今は――――話半分に聞いていた流言についてだ。
曰く、“王”は幼い男の子の姿へ変わってしまい、今もって、戻る手立てを探していると。
そんな荒唐無稽を確かめるためだけに城へ向かってみよう、とも思えないのが彼女の奥ゆかしさだった。

だが、それより今は――――厚みを増した灰色の雲にも目もくれず、没頭するものがあった。

記された人々の物語を読むごとに、瑞々しい感動が胸中に押し寄せてくるのを彼女は味わう。
文章の一節一節を味わい、噛み締め、そこに綴られた物語は、人間界の近況に他ならない。
読み進むごとに、没頭すればするほどに、知らず知らずの眠気は彼女を蝕んでいた。
こくん、こくん、と首が傾き、瞼はとろとろと重くなる。

しかし、まだ――――読んでいたい。
そう思っても、彼女は読んだはずの文章へ何度も、何度も、目を滑らせてしまった。
意識を取り戻す、文字を追う、眠気に落ちる。
その繰り返しを続けるうちに、だんだんと傾く首は深くなる。
微睡みはやがて、沼のように深くなり――――彼女を眠り姫へ変えるのに、そう長くはかからなかった。

入り口に面したカウンターで、しとしとと降るささやかな雨の音に耳を傾けてしまっていたのも拍車をかけた。
机に突っ伏すように切れ長の目を閉じて、細い寝息を立て、心地良い午睡へ彼女は落ちた。


*****

書店主娘「っ……い、け……ない……寝ちゃった……みたい……」

どれだけ眠ったか分からぬ頃――――扉が開かれ、鈴の音と足音で目を覚ます。
眠気で重い身体を起こしても、そこには誰の姿もない。
確かに扉の開く音が聴こえたはずなのに、誰もなく――――しかし、扉近くの床は濡れていた。

書店主娘「え……?どなたか……いらっしゃってるんですか?」

濡れた足跡は、確かにある。
だがカウンターから店内を見渡しても、そこには人影がない。
奥の書架にまでは濡れた足跡は続いておらず――――彼女の表情に緊張が走る。

書店主娘「ど、どなたか!?いるんですか?」

ごん、ごん、と――――ふと正面、カウンターの向かいから確かに足音が二つ響く。
だがそこには誰もいない。

書店主娘「ひっ……」

がたん、と音を立てて立ち上がると――――今まで見えなかったカウンターの対面、死角になっていた場所に何者かの姿を見つける。
見えたのは、かすかに濡れた髪と、背負う小剣。

勇者「待ってくれ。……俺だ。驚かせてごめん。落ち着いてくれ」


*****

書店主娘「まさか……本当、だったんですか?陛下が……」

勇者「ああ、見ての通り。……何が起こったんだか」

書店主娘「……正直に申しますと、単なる悪い噂かと……ごめんなさい」

勇者「いや、一夜明けたら子供になってたなんて、すんなり信じられないだろ。気にしなくていい。それより……なにか……」

書店主娘「あ、はい。何か、暖かいものでも……」

勇者「頼む、それと……この身体だと、あまり苦いものは受け付けないみたいだ」

小雨に降られて頭を濡らした少年は、この国の王と名乗った。
市井を賑わす噂の通り、彼は本当に――――何らかの要因で、子供の姿に変わってしまったのだ。
腰に穿いて歩けたはずの小剣は、背追わねば持ち歩けない。
森の賢人達から贈られた襤褸切れのように変わり果てた外套は、まるで旅をして今ここへ迷い込んだような雰囲気を醸し出していた。

そんな彼を迎え、濡れた髪を拭うための布巾を差し出し、書店主娘は暖かい飲み物を供しようと、席を外した。


二人目、そして意外すぎた来客者のために入れたホットチョコレートを手に戻ると
その少年は一人目の来客者が置いていった書物の一冊を手に取り、ぱらぱらと頁をめくっていた。
序文程度しかまだ記されていないはずの頁を、さぞ嬉しそうに、懐かしむように。
――――誰かと、再会したかのように。

書店主娘(……ああ。そういえば……そう、なのでした。この方は……)

そこに綴られているのは、もと在った世界の物語。
救った世界で何が行われていたのか。
ともに世界を生きた人々の物語と、“その後”が綴られているに違いないのだ。

書店主娘「……どなたか、ご存知の方がお書きになった本でしたか?」

勇者「あ……っと、すまない。つい――――いや、直接は知らない人だ。だけど、まぁ。……この本に書かれてる、“飛行船”には乗った事がある」

書店主娘「えっ……!ど、どんな乗り心地でした……!?」

勇者「いや、といっても……空の旅をゆっくりと楽しめた訳じゃなかった。でも、……”この世界に生まれてよかった”、と思ったよ」

そう言うと、勇者は一度本を置き、卓上に遠ざけてからホットチョコレートのカップを取り、冷ましながらゆっくりと口をつけた。


――――不思議な事に、書店主娘に幾度か彼と会った時の緊張感はなかった。
姿が少年だから、気張らずに済むという事もあるが――――何より、共通の話題が今はある。

勇者「……いきなり来て、すまない。ただ……少し、気分を変えたかった。酒場にはしばらく行けないし、
    淫具店なんかもっと行けない。落ち着けそうな場所がここしか思い付かなくて……」

書店主娘「いえ、光栄です。……大したおもてなしもできませんが、ごゆるりとなさってください。雨もまだ、もう少し続きそうですから……」

勇者「すまない。それで……この本は?」

書店主娘「はい。そちらは、狐女将様から譲っていただきました。……陛下、如何なさいました?」

勇者「い、いや……別に、うん。……懐かしいな、本当に懐かしい。そうか。……きっと、みんな元気なのか」

不倒の拳豪の生涯を綴った伝記、飛行船開発に苦心したある夫妻の幼年期からの手記、いくつもの民話と噂話をまとめ上げたものまである。
中には、牢獄で出会った不敵な怪盗との壁越しの語らいを面白おかしく詩にしたものまで。

それは、きっと――――彼にとっては、己がその世界で送った生涯の、後日談だったのだ。


書店主娘「陛下。お訊ねしても良いでしょうか。少し、考え込んでいた事がありまして……」

勇者「……構わないけど、期待に応えられるかは分からないよ」

書店主娘「ありがとうございます。それでは――――」

小雨の粒が窓を弱く叩く音の合間を縫い、書店主娘は、他愛もない質問を口にした。

書店主娘「陛下。……人間界では確か、かつて世界は一枚のテーブルの上に広がると考えられていたのですよね」

勇者「ああ……俺の生まれるずっと前だ。今はもう、世界は丸いとみんな知ってる。……端っこまで行っても、海から世界の外へ落ちる事はないさ」

書店主娘「……その時代、“星”とは何だと思われていたのでしょう」

勇者「星?」

書店主娘「夜空に輝く星々は、いったい何の光と思われていたのでしょう。……自分達の住む世界も数多の星々のひとつだと知らなかった頃。
       ……その星々にも世界が広がっていると、知らなかった頃です」


勇者「……それは、寂しいな」

書店主娘「……暗い空に描いた星座は、せめてその寂しさを埋めようとした戯れだったのかもしれません」

勇者「としたら、星々を結んだ人達はきっと優しかったのかもしれない」

俯き、疑問を口にしていた書店主娘は、その意外な言葉へ顔を上げた。

勇者「……星座を考えた人達は、空の星が、ひとりぼっちで光っているように見えた。だから、近くの星と繋ぎ合わせて――――獣、鳥、道具、乗り物、
   そして神話の怪物や英雄の姿にしてあげたんだ。……自分達の今いる世界も、“星”のひとつだと知らなくても。
   それでもひとりぼっちで光っていた星ひとつひとつを、放っておけなかったんだ」

その答えは、きっと――――彼だけが、持てた答え。
闇に飲み込まれて行く世界で、それでも照らそうとする綺羅星のような者達との出会いがあったからだ。

出会い、ともに戦えた者。
出会えずとも、その戦いを知る事ができた者。
その輝きの軌跡を辿り、旅路へとした、彼だからだ。


勇者「……答えには、多分なってないか」

書店主娘「いえ、……素敵なお答えをいただき、ありがとうございます」

勇者「なら、良かった。さて……。まだ少し雨が続きそうだ。……そうだ、せっかくだから……本の読み聞かせでもしてくれるかな」

書店主娘「え?……読み聞かせ……でしょうか?」

勇者「頼む、できればこの国の童話、おとぎ話か何かを。……念のため言うけど、その、普通の……“人間の子供”に聞かせられるようなのを」

書店主娘「かしこまりました、私で良ければ、僭越ですが……。では、おとぎ話の本を持ってまいります。……確か……あそこに……」


――――小雨の降る、淫魔の営む小さな古書店の一角。
――――おとぎ話を詠う声は、眠気を誘うように淑やかに続けられる。

――――やがて、静かな寝息を立て始めたその少年の表情は。

――――かつて、本当に“子供”だった時のように、穏やかだった。






今回のスレへの投下は、これで終了といたします。
二ヶ月間にわたりお付き合いいただき、ありがとうございました。

日曜~火曜を目安にHTML化依頼を出す事とさせていただきます。

それまで一日一度は参りますのでご質問、ご要望などございましたらどうぞお願いいたします


ひとまず、今夜はここまでとします
ありがとうございました

それと、今回貼り忘れてしまいましたがこちらが私のtwitterとなります

https://twitter.com/inmayusha

一夜明けてこんばんは
今回、サキュバスAは出番はあっても濡れ場無かったのは今さらちょっと惜しいけれど、タイミングがなかなか掴めず……。

色々、書いてみたいエピソードは割とバラバラとあるんですよ

・サキュバスC、昔の人間界で従順な虜を増やそうとしてみるが何故か舎弟ばかり増えて苦悩する
・サキュバスAに首絞めックスを求められて本気で引く勇者


どこかで場所をつくって、二週に一度とか定期的に盛り込みづらかった短いエピソードを落としてみるとか漠然と考えてはいるかな
死ぬほど今さらだけど、一年に一度のスレ立てしかない、ってのはいくらなんでももどかしいかなとも

スレ立てだけしといて、それこそこのスレでもいいけど気紛れに書きたいときに自由にかけばよろしいのではないでしょうか
誰に決められたわけでもありませんから

今はTwitterもあるし、そういうので告知とかしてもらえれば飛んでくるヨ
個人的に、無理に投下するよりは美味しい仕上がりの料理を美味しく頂きたい(?)感じはする
それはそうと、サキュCのエピソード案が見出しだけで面白そう

スケバンか


ワルキューレの本番は何時になるのやら
勇者と堕女神のあにロリも見たかったのぉ…

たった今、HTML化の依頼を出して参りました
重ね重ね、今回もお付き合いいただきありがとうございます

>>532
それも考えたけれど……メドもないまま皆さまを待たせるのも心苦しい故

>>533>>534
ぱらぱらと浮かぶシチュエーションはあれど、約十万字使う1スレ分には中々届かず難しくて
多分Cのはそのうち書く……と思います

>>535
ロリ堕女神と、ってのをやるにも
体格差以外は結局普段と何も変わらないのでは、と思って……申し訳ない


それでは、また次回
というか多分、割と早くに次のアクションを何か取ると思いますのでしばしお時間をいただきます


今回もありがとうございました

ああ、そうだ

たまにはTwitterででもケツを叩いてくれるとちょっと嬉しいかな

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