千歌「だるまさんがころんだ」 (35)


ちか「だるまさんが~」

かなん「……」ソローリ

ちか「ころんだ!」

かなん「ふっ」ピタ

ちか「……うごいて、ない。もういっかい!だーるまーさんーが、ころんだっ」

かなん「よっ」ピタリ


ちか「──むぅ。かなんちゃん、ぜんぜんつかまらないからつまんない!」

かなん「まだまだだねぇ、ちかは」

ちか「だrmさ*?んだ!!」

かなん「え!ちょ、それはズルだってば」

ちか「ズルじゃないもーん」

かなん「ズルだよ」

ちか「ズルじゃない!」

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かなん「ちゃんといわなきゃだめなんだよ。もういっかい」

ちか「えー」

かなん「ルールはまもって!」

ちか「……はーい」

かなん「うん、それでよし」ニコ


ちか「じゃあいくよ、だるまさんが……」

かなん(まってて、ちかっ)

ちか「ころん──」


────────
────
──


千歌「……んんっ、ふわぁあ」

千歌「あれ、寝ちゃってたのかな」


窓の外には夕焼けの空がただ広がっている。

ゆっくりと見せつけるように沈んでいく夕陽は、薄情だった。


今日、今まで何してたっけ。

寝ていただけのような気もするし、そうじゃないと言われればそうじゃないのかもしれない。


美渡「千歌―、夕飯の準備手伝ってくれる?」コンコン

千歌「……」


美渡「千歌、まだ寝てるの?入るわよー」

千歌「なに、みとねえ」

美渡「あら、起きてるんだったら返事しなさいよ」

千歌「ごめん」

美渡「はあ、あんたねぇ」

千歌「むぅ」

美渡「夕ご飯つくるから、手伝ってくれないかってお願いしてるの」

千歌「わたしは今具合が悪いので、お手伝いはできません」


美渡「あっそ。じゃああんただけお粥にしとくから」

千歌「ひどい」

美渡「ひどくないっての。私は病人をいたわってあげてるのよ」

千歌「……ふん」

美渡「ねえ、いい加減機嫌直しなさいよ」

美渡「明日なんでしょ、果南ちゃんが行っちゃうの」

千歌「いちいち言わないでよ。わたしだって分かってるもん」


美渡「だったらっ」

千歌「だったら、なに」

美渡「……いや、なんでもない。それより、お粥が嫌なら夕ご飯作るの手伝いなさい」

千歌「ごはんを人質にとるなんて」

美渡「いいから」

千歌「……はぁい」


明日、果南ちゃんが飛行機で行ってしまう。

そのことだけが、私の頭の中に居座って離れなかった。



美渡「──千歌、そこの菜箸取って」

千歌「はいはい」スッ

美渡「どーも」

千歌「……このトマト、まだ熟れてないんだけど。よけとくね」

美渡「りょーかい」


美渡「ねえ千歌」

千歌「今度は何」

美渡「私だって気持ちは分かるけどさ」

千歌「分かってないもん」

美渡「ひとの話は最後まで聞け」

千歌「はあ」


美渡「いいの?このまんまで」

千歌「いいよ、別に」

美渡「へえ。じゃあどうしていつまでも、ほっぺたでお餅焼いてるのかしらね」

千歌「知らない」


美渡「本当は、ちゃんと分かってるんでしょ」

千歌「なにをさ」

美渡「千歌が今考えてることをだよ。あんた、本当に大きくなったから」

千歌「うるさいなぁ。さっきから意味わかんないことばっかり」

美渡「分かってるから、かえってうるさく聞こえるとはよく言ったものよね」

千歌「……」


千歌「──るもん」

千歌「分かってるもん!バカなわたしだって、それくらい分かってる」

美渡「うん」

千歌「もうお別れだってこと。どんなに駄々をこねたって、引き留められないってこと」

美渡「そうね」

千歌「分かってるんだ、もん」

美渡「知ってるよ」

千歌「それなのに、わたしっ……それなのに!」


千歌「──果南ちゃんと、ちゃんと向き合えなかった」

美渡「……」


千歌「みんな、それぞれ受け止めようと頑張ってるのに、私だけちっちゃな子どもみたい」

美渡「それこそ、あんたと果南ちゃんは本当に小さな頃から一緒だったんだし、そりゃあ」

千歌「関係ない。関係ないよ、そんなこと」

美渡「っ……」

千歌「……ごめん」


千歌「わたし、リーダーなのにね」

千歌「わたしが、ちゃんと前を向いていなきゃいけないのに」


美渡「あのさ、そこまで分かってるんだったらどうしてちゃんと話してあげないのよ」

千歌「だって」

美渡「だって?」


千歌「……今果南ちゃんと一緒にいたら、また認められなくなっちゃいそうだから」


千歌「全部やりきったって思えたのに、せっかくお別れの決心をしたのに。それが、壊れちゃいそうだから」

美渡「あんたのくせに生意気なこと言うわね。大体──」


「あの、ごめんください。松浦です」ピンポン


美渡「噂をすれば、ね」

千歌「……」


美渡「ほら、行ってきなさいよ」

千歌「わたしの話、ちゃんと聞いてた?」

美渡「この距離でどうやって聞き逃せって言うのよ」

千歌「あ、夕ご飯手伝わなかったらお粥なんでしょ。みとねえ行ってきてよ」

美渡「それはもういいって」

千歌「嘘つき」

美渡「嘘つきで結構。行きなさい、果南ちゃん待たせちゃだめでしょ」


千歌「うぅ」

美渡「もう!いいから!」

千歌「わ、分かったってば。行くって」タタ

美渡「うん」


美渡「……大体、こういうときくらいちょっとはガキだっていいのよ」ボソ



千歌「──はい」ガラ

果南「や、やっほー、千歌」

千歌「うん」

果南「ねえ、ちょっと散歩しに行かない?」

千歌「いきなりどうしたの」

果南「別にいいじゃんか。それともなにか用事あった?」

千歌「特に何も。それより……もう、準備できたの?」

果南「とっくにできてるよ。荷物はもう空港に送ってある」

千歌「そっか」


果南「行こうよ、千歌」

千歌「……」


みとねえの刺すような視線を背中に感じる。

振り返ったら、夕食の野菜を捌く包丁で刺されちゃうんじゃないかと、背筋が冷えた。

みとねえはひどい。でも、優しい。


千歌「──いいよ。行こう、お散歩」

果南「うん、行こうか」


果南「美渡さん。ちょっと千歌借りていきますねー」

美渡「あんまり遅くならないようにね」

果南「分かりました」ペコ


静かに戸を閉め、私たちは夕暮れの内浦を歩き始めた。

夕陽は相変わらず焦らすように沈んでいく。


果南「──千歌の方こそ、もう手続きは済ませてあるの?」

千歌「あと、もうちょっとだけ」

果南「本当かなぁ。うっかり出す書類を間違えて、間に合いませんでしたーなんてならないようにね」

千歌「わ、分かってるってば」


果南「千歌はおっちょこちょいだから、心配だな」

千歌「大丈夫だって。わたしだってもう3年生になるんだよ」

果南「そうだねぇ。あの千歌が3年生になるのか」

千歌「わたしと一つしか違わないのに、何言ってるの」

果南「私にとっては、千歌はいつまでも妹みたいなものなんだ」

千歌「これ以上私にお姉ちゃんが増えたらやだよ」

果南「はは、かわいかったなぁ。遊ぶときはいつも一緒で、私の後をちょこちょこついてきてさ」

千歌「そんなこと、あったかな」


果南「内浦探検隊っ!てね」バッ

千歌「もう探検するところなんかなくなっちゃったけど」

果南「うん。この町のことはみーんな知ってるからね」


ぽつりぽつりと、会話は続いた。

ときどき足音にかき消されちゃうんじゃ無いかっていうくらい、静かに。


果南「一緒に海を泳いだり、山の中を歩いたり」

果南「探検隊の後ろを歩いていた千歌は、いつの間にか隣を歩くようになって、私を追い越して」


千歌「けんかもたくさんしたよね」

果南「わたしが前をあるくんだーってね。今思えば、気にするようじゃないことばかり」

千歌「うん」


果南「──ねえ、覚えてる?私と千歌が初めて大げんかしたときのこと」

千歌「ううん、あんまり覚えてない」

果南「ええっと、あのときは確か」


果南「だるまさんがころんだ、をしてたんだ。二人だけで」

千歌「……そうだっけ」


果南「千歌はほんと弱くてさ、すぐにふらふら動いちゃうんだ」

千歌「そんなことなかったよ。果南ちゃんこそ動いてばっかりだったもん」

果南「違うよ。私はちゃんと止まってたのに、千歌が動いたって言い張ってさ」

千歌「う、そうだったかも。昔のわたし落ち着きなかったし。果南ちゃんはすっごく強かったよね」

果南「それで私も千歌も必死になっちゃってさ。気づいたら取っ組み合いの大げんか」


千歌「それで結局、どうなったんだっけ」

果南「さあ、どうなったんだろうね」

千歌「憶えてないの?」

果南「流石にそこまではね。ずぅっと昔のことだからさ」

千歌「わたしも憶えてないなぁ」


果南「……それならさ、今、続きをやろうよ」

千歌「ええ、今から?わたしたちもう子どもじゃないんだよ」

果南「まだまだ子どもだよ。いいじゃん、どうせ暇なんでしょ」

千歌「やだよ」

果南「どうしてさ」

千歌「なんか恥ずかしいし」

果南「気にすることないって、誰も見てないんだから」

千歌「わたし、振り回されてばっかりな気がする」

果南「これまでは私が振り回されてたんだから、今日くらい逆でもいいでしょ」


千歌「……まあ、いいけど。どこでやるの?」

果南「いつもの公園でいいよね」

千歌「分かった、けど。もしかして果南ちゃん、最初からこのつも」

果南「よし、日が暮れちゃう前に急ぐぞー」タタッ

千歌「え。ちょっと待ってよ!」タッ


薄暗い公園には、わたし達以外に誰もいなかった。懐かしい砂場のにおいに胸が締めつけられる。

本当はこんな風に遊ぶつもりなんかなかったのに、なんだか断る気にはなれなかった。


果南「んじゃ、最初の鬼は私ね」

千歌「いいよ。手加減なんかしないからね」

果南「望むところだよ」ニコ


小さな公園に不相応な年の二人が、こどもの遊びに興じている。

わたしは、いつまでもこうして笑っていたかった。


果南「──だるまさんがー、ころんだ!」

千歌「ほっ」ピタ

果南「うーん、流石に小さい頃のようにはいかないね」


目指す背中は、見えている以上に遠い。

すぐそこにあるはずなのに、ちっとも近づいている気がしない。


千歌「ふふん、そう簡単には捕まらないよ」

果南「それはどうかな。だるまさんが~」

千歌「……」

果南「こ、ろ」

千歌「……あと、もうちょっと」ソローリ

果南「んだ」

千歌「あわっ!だめかぁ」トテ

果南「ふぅ。まだまだだね、千歌」

千歌「あはは、うん。まだまだだよ、私は」


……安心している自分が、わたしのなかにいた。

果南ちゃんのもとまでたどり着けなかったことに、わたしは安堵していた。


果南「今度は、千歌が鬼の番だよ」

千歌「うん。こんどこそ負けないからね」


わたしはうそつき。

結局、だるまさんがころんだのかなんて、どうでもよくて。


千歌「だるまさんが、ころんだ!」

果南「よっ」ピタ

千歌「うー、全然動いてないや」


木にもたれて塞ぐ真っ暗な視界が、不安で仕方なくて。

その言葉を唱えるより先に、振り返りたくなってしまって。


千歌「だるまさんが~ころ、んだ」

果南「ふっ」

千歌「……もう一回!」


振り返ったときに見える果南ちゃんのいたずら顔が大好きで。

こっちに近づいてくるのが、たまらなく嬉しく感じてしまうから。


千歌「だるま、さんが、ころんだ」

果南「ほっ」

千歌「うぅ、だめかぁ」


なんどもなんども、その言葉を唱える。


千歌「だるまさんが、ころん、だ」

果南「っ」

千歌「だるまさんがー、ころんだ」

果南「ん……」

千歌「だるまさんが、ころんだ」

果南「……」

千歌「だるまさんがっ」


それなのに、おかしいな。

いつまでも果南ちゃんは遠いまま、進む気もなさそうにじっと立っていて。


千歌「果南ちゃん」

果南「どうしたの、千歌」

千歌「どうして、こっちに来てくれないの」

果南「……千歌みたいに転んだら嫌だからね。慎重に歩いてるんだよ」

千歌「そ。じゃあ続き」

果南「うん」

千歌「いくよ。だるまさんが──」


夕陽はとうとう落ちて、灯りの壊れた公園は真っ暗になっていく。

振り返ると、果南ちゃんは今にも夕闇のなかに消えて行ってしまいそうだった。

そうして、ああ、こんな風に遊べるのは最後なのかなって。急に実感が湧いてきて。


千歌「だるまさ…っん…が、ころん……っ」


そう思ったら、涙が止まらなかった。


千歌「だるまさんが……っ」

千歌「だるまさんが、ころんだ」グス


必死に果南ちゃんを繋ぎとめるように、その言葉を唱えることしかできなくて。

まるで駄々をこねる子どもみたい。

それでも、わたしは……


千歌「だるまさ──」

果南「千歌!!」ダッ

千歌「っ!?」


果南「千歌、ごめんねっ」ギュウウ

千歌「……どうして、果南ちゃんが謝るの」

果南「千歌が寂しがるってこと、分かってたのにっ。わたし、何もできなくて」

果南「今までみたいに接していたら、きっと、お別れのとき寂しくて耐えられなくなっちゃうんじゃないかって」

果南「考えれば考えるほど、どうしたらいいか分からなくなって」

千歌「……」


果南「わたしの方がお姉ちゃんなのに、わたしっ!」

千歌「そっか」

果南「ごめんねぇ、千歌」グス


千歌「──ちかもおんなじだよ」

果南「…え?」

千歌「考えてたことは、同じだったんだなって」


千歌「ね、ハグしてよ。背中からじゃなくて、ほら、いつもみたいにさ」

果南「顔、ぐしゃぐしゃになってるから恥ずかしいよ」

千歌「もう、今更だな。はやくはやくっ」

果南「……うん、分かった」


わたしは振り返って、果南ちゃんの顔をじっと見つめる。

頼りがいがあって、優しくて、だけどとっても繊細で。


千歌「うっ……」ギュ

果南「っ……千歌ぁ」ギュウウ


千歌「きっと、きっとまたこうして遊ぼうねっ」

果南「……そのときもまた、だるまさんがころんだをやるの?」

千歌「い、いいじゃん、いくつになったって」


果南ちゃんのぬくもりが伝わって、わたしの心をゆっくり溶かしていった。

……ああ、そっか。あのとき、二人で大げんかしたときも。

思えば果南ちゃんと過ごしてきた時間ずっと、いつもこんな風に──


────────
────
──


果南「じゃあ、そろそろ行くね」

ダイヤ「本当に、忘れ物はしていませんか」

果南「ダイヤは最後まで心配性だなぁ、だいじょーぶだって!」

曜「果南ちゃん、身体には気をつけるんだよ!」

果南「うん、ありがとう。それじゃあ」スッ


お見送りを終えて、果南ちゃんが少しずつ遠ざかっていく。

もう、わたしは大丈夫。


ふと見ると、果南ちゃんの足取りはだんだんとゆっくりになって、ついに足を止めた。


花丸「どうしたんだろう、果南さん」

ルビィ「うゅ。やっぱり忘れ物しちゃったのかな」


果南ちゃんはゆっくりと振り返って、じっとこっちを見つめている。

だから、わたしは。


千歌「果南ちゃぁあああん!!またねぇええ!!」ブンブン


思いっきり、ちょっとやり過ぎなくらい手を振ってやった。

果南ちゃんは苦笑いをして、安心したようにまた歩き出す。


ちょっぴり寂しいけど、だるまさんがころんだは、もうおしまいだから。


おわり。

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