世界を救う三日間の話 (17)

私の眼鏡がずり落ちました。鏡に映る、切れ長の目。

親友はかわいいと言ってくれるけど、私はこれが嫌いです。まるで睨んでいるように見えるから。


私の背はずうっと高くて、男子達より少し高いのです。

親友はかわいいと言ってくれるけれど、私はこれが大嫌い。みんなの目が刺さるから。


「ねえユミカ、空の街に行こうよ。お父さんからチケットを貰ったんだ」

「うん、いいよ。いつ行くの?」

「ふふん。来週」


親友の目はくりくり丸くて、私と違って優しく可愛く笑うことができる。

ほら、今だってそう。鞄を振り回して無邪気に笑う親友は、申し訳ないけど凄く可愛い。

……私の髪は真っ黒だ。眼鏡といっしょ。キツイ目を和らげる、そのためだけの前髪。

私は、私が大嫌い。もっと、可愛くなりたいのに。


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真っ白な空気。息を吐くと肺の底から冷たくなる。

睨みつけた的が小さく震えて、指から離れた矢がいつの間にか貫いていた。

……。

足が冷たい。礼をして、外を見ると、薄暗い空が見える。そこには何も見えるものなんかない。

でも、不思議なものでそこには街があるのだ。人工衛星でも、肉眼でも、赤外線でも見えない不思議な街。

「凄いねユミカ。一発だね、さすがぁ。県大会は貰ったね」

「それならいいけど……ん」

親友はにこにこ笑って、容姿に見合った可愛らしい声を上げている。人から良い注目をされるのは凄い。

私は、そうでもない。女子としては少し低めで可愛らしさが無い。

大きくて、目が険しくて、声が低い。私は最悪だ。

矢をもう一度つがえる。私の自慢と言えるものはこれだけ。

「なーいす。百発百中だね」

二人だけの弓道場に親友の声が響く。こんなもの、なんの役にも立ちやしないのに。

「ユミカは今日もかわいいねぇ。こりゃ空の人も惚れちゃうね」

「そんなことないよ……やよいの方が可愛い」

「あっはっは、ありがとありがと。旅立ちにはおしゃれしないとねぇ」

「私はこれで良かったのかな」

「もち、もち。最高に可愛いからだいじょーぶだよ。私を信用したまえ」

元気に笑うやよいは物怖じもせずはしゃいでいる。慣れない都会、摩天楼は見上げても一番上がわからない。

白のワンピースに青色の生地が重なって、包まれる私はどうにも不安だ。可愛い服なんて、私なら選べない。

「こっちこっち、はぁー高いビルだねぇ。天まで届きそう」

本当にその通りだ。前髪で見えにくいけれど、ビルの上の方には雲がかかっているように見える。

田舎暮らしの身には、ちょっと怖い。

エレベーターだって、早くてガラス張り。みるみるうちに空まで登っていく。

「ねえユミカ」

「なに?」

「空は綺麗だねぇ」

「うん」

空が近づいてくる。きらきらとした、透明な空の天井が近づいてくる。

空の街。地上からは見えない街。

そこに行きたいなら決められた場所から、不思議な手続きでないとダメ。

「ようこそ高天原へ。空を支える神の地をお楽しみください」

ある意味テーマパークみたいなものかもしれない。

和服を着こなした美人さんの笑顔に迎えられて、不思議な扉を潜ればそこは空の街。

「うんうん、これぞファンタジーだねぇ。私らも神様の仲間入りなのかなぁ」

「どうかな……ご飯を食べたら帰れなくなっちゃうかも」

重厚な扉も、やよいにかかれば教室の扉と変わらないみたい。無造作に開けたのをしめるのが私の仕事。

やよいはもう、楽しみで仕方ないらしい。

あっという間に飛び出して古い木造の街並みを駆け抜けていく。

「……凄い」

街はカラフルだ。木造でも装飾はきらびやかで、朱と漆、金だってふんだんに使われていて、神様がいてもおかしくない気がする。

……私は、たぶん、ここを歩く誰よりも地味。そのくせ背は高いから頭が飛び出てしまう。

さっと前髪をおろして、やよいの後を追う。せめて、私を見る誰かの視線が目に入らないように。

和服の人がいる。洋服の人がいる。武家屋敷がある。ドラマで見るより華麗な街がここにある。

映画のセットのような街並みを抜けると、前髪が汗で貼り付いていた。鬱陶しい。

「あっははは、ユミカ、汗だくだぁ。えっちぃね」

「……やよいのせい」

「ごめんごめん。それより見てよ、下界の民があくせく働いておるのう、ゆかいゆかい」

やよいのほっそりとした指が、道の途切れた崖の外、私達の住む街をなぞる。

手すりの下からは優しいそよ風が吹き付ける。額の汗が少し引いて、私は目を細めた。

高いビルすらオモチャのよう。キラキラ光る街の灯り。飛行機が下の方で雲の海を泳いでいる。

少しだけ身体を傾けてみると、真下にどこかの湖が見えた。

「不思議……こんなに高いのに、少しも怖くない」

「ガイドブックによるとねえ、不思議と手すりの向こうには落ちないらしいよ。不思議世界だねー」

「うん。それに、あれ」

「うん、アレ。まっさかーとは思ってたけどホントにあるんだねぇ」

私にとって不思議なもの、驚くべきものは、下ではなく上にある。

前髪を払って見上げた抜けるような青空。それを支える、巨大すぎる柱がそこにはあった。

…………。

そういえば。

私達は普通にここまで来てしまったけど、たぶん、知っていなければ驚くことは他にもあった。

たとえばそう、今、私達が向かう『柱』への乗り物。

昔テレビで見たような、ゆっくりに見えて、凄まじい速度で景色が流れていくこの乗り物。

「いよーっしるばー! これこそファンタジィだね! ドラゴンだどらんご!」

やよいのテンションがなんだかとんでもないことになっている……。

でも、同感だ。

私達は龍の背に乗って街の上を飛んでいる。

「タクシー代わりに龍なんて、漫画でもそうそう無いよ」

「うっふっふ! こりゃあドラゴンナイトってやつかなぁ!」

龍の眼が、私とやよいを捉える。怖くはないけれど、やっぱり迫力はある。私の大きいだけの図体が縮こまるのがわかる。

それに比べてやよいときたら、ほとんど龍の頭の上で飛び跳ねている。落ちないとわかっても私にはきっとできやしない。

……やよいが、羨ましい。

街を跨いで『柱』の根元へと龍が降りる。

「ご苦労、大儀である。よしよし」

「ありがとうございました」

お辞儀をして、顔を上げた時には龍は最初からそこにいなかったように消えていた。

「消えちったねぇ、霊子ってのぁ便利なことで」

やよいの言葉は私の心そのままで、魔法のようなそれには感嘆の溜息が漏れる。

知ってはいても、見たときの驚きと嬉しさはひとしおだ。胸が少しだけ高鳴っていく。

……薄い胸のくせに。

「見てわかっちゃいたけどたっかいねえ。空を支えるっていうけど、空はどれくらいの高さにあるんだろうね?」

「きっと……ずっと高い場所かな」

「東京タワー何本分?」

「どうだろ……」

「入ってみる? さすが観光地、150階までなら登れるとさ。ガイド付きで1000円だって」

やよいの柔らかい眼差しは、私がなんて答えるのか予想がついているのだ。

『柱』とは言うけれど、建物としては京都にあるような五重塔が延々と続いているようなもの。

中には階段があって意外と観光客で賑わっている。私も含めてみんな同じ入場記念のレンズをぶら下げているのがいかにも、な気がする。

……人がたくさんいる。私はこういうとき、大して使い物にならない。急いで前髪を下ろして視界を狭めた。

そして、決まってやよいが私の前に出てくれる。申し訳なさは、私の弱い心にいつも負けている。

「ねえねえお兄さん、このガイドさんってどこでお願いすればいいですかぁ? ありゃ、お兄さんが。ガイドさんと。そいつぁ素敵なことで」

私の耳に届いた声は少し低い落ち着いた男の人の声。でも、若い。

「ユミカ、このイケメンさんがガイドだって! やったね今日は満点ホームランだ! そいじゃ行きましょうかー」

「……あ、の……よろしく、お願いします」

黒い髪、鳶色の瞳。朗らかな笑顔。

向こうの方で、年上の女の人がうらやましそうな声を上げるのが聞こえた。

でも。

……。

ほんの少しだけ、見下ろさないと目線が合わないのが、嫌だ。

白いワンピースに青色が重なっているのに、それを着る私は雨雲のように暗い。

目の前でやよいとガイドさんは楽しそうに話している。私は、暗い。

「そりゃ振られるよぉ、女心ってのが分かってないね。唐変木、朴念仁、ゲスの極み。お? あれなに?」

ガイドさんがさりげなく私に道を譲って説明してくれる。街の歴史、地図。

「はぁー。それじゃあ私達には霊子は使えないのかぁ。お兄さんは使えるの? 使えない? ダメだねえ」

「やよい……そんな言い方、ダメだよ」

「いやいや。その点ユミカは凄いよぉ、弓道全国区だからねぇ。弓引く姿は超美人、大和なでしこさんだ」

ガイドさんは私を褒めてくれる。

胸が高鳴るわけじゃない。

嬉しいことは嬉しいけれど、特別な嬉しさじゃない。

ガイドさんはかっこいいけれど。

前髪の隙間から見える柔らかい笑顔が、とても眩しくて、なぜか熱いものの気がした。

一階上がるごとに観光客は少なくなって、厳かな静けさが増えていく。

「なぁーんだかなぁーんも無いんだね。パネル展示とかさ、もうちょい増やした方がいいと思うなぁ」

やよいは口ではそう言いながら、興味深そうに目を細めながら走り回っている。

どうかとは思うけれど人も少ないし、ガイドさんも困った様子が無いからいいのかな。どたばたしてる訳じゃないから、いいのかな。

もう20階は超えているはず。それなのに部屋は変わり映えがなくて、ふとどこかのお城を昇った時の事を思い出す。

「あの……これ、降りる時は階段ですか? 降りてくる人がいないみたいですが」

「そういやそうだねぇ、いやこれはアレだね、パラシュートか滑り台と見た」

窓の外では風が吹く。たなびくのは、青い影。

悪戯っぽく笑うガイドさんは、降りたくなったら言ってください、と得意げに手を振った。

不思議、不思議なことだらけだ。この空街は不思議に溢れている。

次の不思議に気付いたのは100階を越えた時だった。前髪が揺れて、景色がさながら櫛状に刻まれる。

「あれ……」

「どしたのユミカ、ゴキブリでもいた?」

「100階まで登ってきたのに、疲れてない、よね」

「んー? んん、そういえば確かにぃ。なんで? おらおら、ここガイドの見せ所だよ」

やよいはもう、だいぶ遠慮が無い。

私も諫めるのをだいぶ前に諦めてしまった。

ガイドさんはこれまた得意そうに指を立てていて、どこか子供っぽい。

……なんだか、年上だという事を忘れてしまう。

「ははぁ、なるほどなるほど。つまり疲れもしないしぃ、眠くもならないと。ところで霊子って私達に効果無いんじゃなかったのん」

やよいの首が傾げられる。私も同じ気持ちでガイドさんを見つめてみる。

ガイドさんは微笑みを携えて、優しい声で紡ぎ出す。

『ここはね、世界の始まりの柱なんだ。時間で崩れる事が無いよう、時間は進めど進まないのさ』

『世界は誰が作ったのだろう。

君はそんなことを考えた事はあるかい?

神が造ったのなら、その神とはいったいどんな存在なんだろうね。

僕らはそれを知っている。空街と呼ばれる天の街、みんなが高天原と呼ぶこの場所にはそれが残されている。

ああ……そう。

そこから話そうか。僕らは君たちと同じなのかどうか。

僕たちはね、最初から人間だったんだ。

君達は、まあ、言い方はだいぶ悪いんだけど、猿から人になっただろう?

いや、いたっ、蹴らないでくれない? いてっ!

ちょ、ま、ごめんごめんって。謝るから……』

勿体ぶった、というのがきっと正しい。

かっこいい顔は無駄に得意げで、イラっとしたらしいやよいがさっきからスネを蹴り続けている。

……止めなくていいや。

「あの……それって、つまりどういうことなんでしょうか」

前髪が少し邪魔で、思い切ってかき分けて。

不意に目が合ったガイドさんの唇が少しだけ緩んだ気がした。

「おいガイド、ユミカに惚れてんじゃないよ。キリキリ話さんかい」

やよいの足が懐にねじ込まれる。

……ガイドさんの切なそうな悲鳴は、聞かなかったことにしよう。

『僕が好みの女の子に見惚れて何が悪いんだい。あっ、くそ!

ちっ……ええと、そう。進化だね。原初の生命が海から生じて幾億年、人は進化の末に今を生きている。

でも、僕らはそれより前から人間の形を与えられて、今の今まで連綿と続いているんだよ。

創造主ってわけでもないんだけどね。

いいかい。

君達は自然発生的に生まれた命。

僕たちは、遥か昔、『まず間違いなく生まれるであろう原始生命が進化した姿』を予測して、それと極めて近くなるように作られた命の末裔なのさ。

いった!

蹴らないでよ……ドヤ顔がうざいって言われてもさあ……。

わかりにくい?

どうしたものかなあ』

ガイドさんはそれきり悩ましげに溜息を吐いて、背中を叩くやよいを気にもしていない。

……時々むせてるというか、痛そうにはしてるけど。

窓の外は茜色の空。雲は赤と黒のグラデーションなのに凄く綺麗。

「あの、外が夕方みたいなんですけど、時間は進まないんじゃなかったんでしょうか」

「お? ほんとだ。おいおいどういうこったね」

だからね、とガイドさんは頭を描いて言った。

……ここは別に時間が過ぎないわけじゃなくて、物が経年劣化したりしないようにできているらしい。

「ガイドのくせに説明が下手くそだねぇ。だから女に振られるんだ」

ガイドさんは、盛大に落ち込んでしまった。

「ええと、あの、そろそろ帰らないといけないと思うんです。お話はまた明日でいいでしょうか」

やよいの目が私を貫いた。

その色は驚きの色だ。私だって、たぶん鏡を見たら同じ目をしているはず。

……私が、初めての人に向ける言葉じゃなかったから。

前髪が揺れる。カーテンのように、私の視界の上半分は暗闇が包んでくれる。

それから宿に向かうまで、私の頬はきっと、熱を帯びていた。

はいはい。どうもね。

やよいって名前も良いけど弓香って方がかっこよさって意味じゃ段違いで良いと思う。

その名前で弓道の腕前は県大会に行けちゃうし全国も行けそうってんだから名前負けなんてなんのその。

しかも背も高いし切れ長の目はめちゃんこかっこいいし美形だし優しいしで満点ホームランじゃない?間違いない。

それが分からん愚鈍な男どもは死んでしまえ。

でも見惚れる奴もたまにいてそれはそれで気に食わないんだよねえ。

てゆーかあのガイドはなんだね。中途半端にイケメンの癖に偉そうに。

弓香が自分からあーゆー感じになるのも珍しいっていうか珍しすぎるっていうか。

まあね。弓香がたぶん前髪っていうか全部整えてパリッとしゃっきりしたらモテるね。

でもそれを打ち消しちゃう消極性と恥ずかしがりが問題だったわけだけども。

しかしね。弓香ってば。話を戻すけどさ。

弓が好きなんだね弓香って奴ぁ。純和風な宿になんで弓道場があんのか意味不明だけどあるって知った途端に行っちゃうんだから。

ついてく私も好きもんなのかな。

ま。

「ユミカってば、あのヤローに惚れた?」

からかっても的から外さないあたりかっこいーんだよやっぱりねえ。

汗を流して布団に入る弓香の隣でごろにゃんとするのであった。まる。

今日はここまでで。ありがとうございました。
タイトル通り短い話だと思いますがゆっくり進めていきます。
よろしくお願いします。

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