佐城雪美ちゃんとモブ男性のお話です。
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「24時間営業のジムです、よろしくおねがいします」
男はもう何十回も吐いたその台詞を虚空に向かって吐き出しなかなか受け取ってもらえないチラシを差し出す。
一般的にチラシ配りの受け取り率は10%前後と言われている。
しかしながら今日の男の成果は10人はおろか20人に1人に受け取ってもらえるかどうかといったところだった。
(まるでガチャだな……)
男は自嘲する気味に心の中でつぶやいて、またチラシを差し出す。
休日の昼下がりだというのに人がまばらな駅前が足元に積まれたチラシと共に男を絶望に陥れていた。
「何……配ってる……?見せて………」
突然、誰かが声をかけてきた。
電車にかき消されそうな小さな声にも関わらず、どんな音よりも鮮明に男の耳にその声は届いた。
男はあたりを見回す。相も変わらず閑散とした駅前で誰も自分の見向きもしていなかった。
「ここ………」
誰かに太ももをぽんぽんと叩かれる。
びっくりして視線を下ろすとそこには小さな女の子が居た。
長く伸びた紺青の髪と雪のように白い肌。
息を呑むほどに美しいが、どこか暖かみのある眼差しを持った少女がそこに居た。
「何……配ってる…………?」
興味津々といった面持ちで少女は男の顔を見上げていた。
「ジムのチラシだよ」
「じむ……。知ってる……手紙……書いたり……。レシート…貼る……」
「それは違う事務だな。ってかよく知ってるなそんなこと」
最近の子どもはませているな、と男は素直に感心した。
「いつも……見てる……。ちひろさん………」
「そう、じゃぁこれあげるからもう帰りな」
手に持ったチラシを一枚少女に押し付ける。
「くれるの………?ありがとう………」
少女は嬉しそうにチラシを受け取り、眺める。
「レッスン……………?」
「レッスンというよりは、筋トレだな」
「そう……楽しそう………」
「そうかな、無駄に身体を動かして疲れるだけな気がするけど」
「疲れる…けど……ダンスは……楽しい……」
「そう」
「一緒に……踊る……?」
「いや、仕事中だから」
「お仕事……?」
「そう、このビラを全部配るまで帰れないんだ」
「大変……ね……」
「だけど今日は人も少ないし、それに全然受け取ってもらえなくて…」
男は少女の優しそうな眼差しに愚痴をこぼす自分にはっとした。
「大丈夫……あなた………、優しい人…だから……」
見透かしような目で少女は男に笑みを向けた。
「でも……顔……ちょっと…曇り………。悩んでる……?」
少女はじっと男の目を見つめる。
電車の騒音がかき消されるほどの無音。
抱擁にも似た静寂が聞こえて、男は少し肩の力が抜けたような気がした。
それから男は自然に口を開く。
「実は職場に好きな人が居て、でもなかなか話かけられないんだよ」
「どうして……?外国の…人……?」
「いや、同じ日本人なんだけどなんていうか高嶺の花っていうか。わかる?」
「うん………。話しかける…最初……ちょっと……大変……」
「そうそう、なにかきっかけがあればいいけれど」
「きっかけ……難しい……。私も……お喋り…したい……でも……出来ないこと……ある……」
「そうなんだ、お互い大変だね」
「でも……近く……居る……。だから……嬉しい………。いつでも……お喋り……、チャンス…あるから……」
「なるほど、近くに居るだけでもありがたいか。確かにそうだね」
「うん……だから……。笑って………。笑顔…大切……。アイドル……と同じ……ね……」
「アイドルと同じ…か」
「うん……笑顔……。後は……目を……見る……。アイドルも……ライブ中……ファンの目……なるべく…見る……」
「やけにアイドルに詳しいね」
「なんてったって……アイドル……。私……アイドル……。ふふっ……」
よくそんな古い歌を知っているなぁ、よっぽどアイドルが好きなんだな。
そんなことを男はぼんやりと考えていると、いつの間にか少女は視界から消えていた。
最初から少女なんて居なかったかのように、街は先程と変わらずに静かに動いていた。
「夢にしては、上出来だったな」
男はぐっと背を伸ばし、深呼吸をして言う。
「24時間営業のジムです、よろしくおねがいします」
それから、男の足元に積まれていたビラは人々の手の中にみるみるうちに消えていった。
あの子のおかげかな。そういえば名前を聞いてなかったな。
最初は帰れなんて言ってしまったけどつい愚痴ってしまったな。
仕事を終えた男はそんなことを考えながら歩いていた。
自然に、足がCD屋へ向かっていた。
そういえば、アイドルって言ってたっけ。
半信半疑でCDを探す。
まぁアイドルがみんなCDを出しているわけじゃない、か。
それに名前も知らないし、平積みでもされてないとわからないな。
半ば諦めかけて居たときに平積みされたCDの中から彼女を見つけた。
「346プロダクションのアイドルだったのか……」
男はCDを手にとってじっと見つめる。
ジャケットの中の少女は昼間にあったときと変わらず優しそうな目をしていた。
「好きなんですか?」
「えっ?」
男は声のする方にふり向く。
不意に目の前に意中の相手が表れて男は言葉を失う。
「可愛いですよね、私も好きなんですよ」
「そうなんですね」
「それじゃぁまた明日」
「はい、また明日」
男は去っていく彼女を少しだけで目で追いかける。
それからCDに視線を戻し、男はつぶやいた。
「佐城雪美ちゃん、か」
終わり
以上です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
これからも静寂の雄弁家こと佐城雪美ちゃんをよろしくお願い致します。
前作です。
【モバマス】ほたる(23)「雪美ちゃんのこと…甘やかしすぎかな…」
【モバマス】ほたる(23)「雪美ちゃんのこと…甘やかしすぎかな…」 - SSまとめ速報
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