善子「今だけ私のことを」 (35)
1人、学校へ向かう朝のバス。
曜『全速前進~ヨ―ソロー!』
スマートフォンに映るのは、Aqoursの宣伝のためにネットにあげられた動画。
小さな画面の中でも分かる、キラキラと輝いている、私の先輩。
私が密かに恋心を持っている相手。
『可愛い』『曜ちゃん最高!』『この子いいね~』
溢れる称賛のコメント。
皆から愛されるその人に、私はコメントを書きこむ誰よりも近い。
ちょっとした優越感。この有象無象と比較すれば、私と彼女との関係は、相当深い部類。
でもね、それじゃダメなの。
一番にならなければ意味がない。
一番でなければ手に入らない。
そして知っている、私が一番になることは不可能だということを。
貴女が好きなの、そのすべてを欲しいの。
でも絶対に叶わない、それが苦しくて。
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だからこうして気を紛らわす。
自分より下の相手と比べて、まるで自分が彼女にとって特別な存在であるような気分を得る。
あくまでも、同じ部活の先輩後輩に過ぎないのに。
そんな現実に引き戻されると、襲ってくる虚しさ。
バカバカしい、本当に。
曜「よーしこちゃん、何やってんの」
でもそんな気持ちなんて知らずに、あの人は私の懐に飛び込んでくる。
善子「曜さん……」
気づかない内に、曜さんが乗車してくるバス停に到着していたのだろう
曜「それ、私の動画?」
自然と私の横に座りながら、スマホの画面をのぞき込んでくる。
善子「えぇ、変なところがないかチェックしてたの」
見られても別に動じることはない。
口に出さない限り、私の心の中が覗き込まれることなんてあり得ないんだから。
曜「どこか気になるところあった?」
善子「いえ、私が見た限りでは大丈夫ね」
曜「ならよし!」
満足そうにガッツポーズ。朝から元気いっぱいだ。
曜「この動画、全員分アップしてあるんだっけ」
善子「ええ、一応ね」
編集とアップロードを任されたのは私だった。
でも見ているメンバーの方が少ないし、忘れている人が多いのも仕方ないかも。
曜「じゃあ他の子のも見てみようよ。私、自分のも含めてちゃんと見てなかったからさ~」
善子「いいわよ。誰のからにする」
曜「もちろん善子ちゃん!」
善子「な、なんで私?」
曜「だって気になるじゃん」
善子「嫌よ、人に見せるなんて恥ずかしいわよ」
駄目よ、絶対に。
いつもの堕天使モードなのはともかく、あの時はちょっとメイクが下手だったし、髪のセットもちゃんとしていなかった気もするし。
そうでなくても、好きな人と一緒に自分の動画を観るなんて恥ずかしくて死んじゃう。
全く、困っちゃうわね。普段は気遣いとか得意なはずなのに。
恋心とかになると、本当に――
曜「そっかぁ――じゃあ千歌ちゃんの動画でも見ようか」
本当に、鈍いんだから。
善子「いいんじゃないかしら、リーダーだし」
曜「えへへ、最初はやっぱり千歌ちゃんだよね」
曜さんが再生ボタンに触れると、流れ出す映像。
千歌『え、えっと、私は一応リーダーで――』
画面の中の千歌さんはとても緊張して、言動がぎこちない。
撮り直すか、編集で多少どうにかすることもできたけど、これはこれで普通を自任する彼女らしいのでそのままアップした。
正直、ちょっとした妬みの気持ちもあるから。
曜「あはは、相変わらず千歌ちゃんは可愛いね~」
善子「……ええ、そうね」
だって仕方ないでしょ。
この人は、曜さんの、私が好きな人の心を、独り占めしている人なんだもの。
多少、黒い気持ちを持ってしまうのは、自然なことだもの。
曜「あー、満足した」
動画の再生が終わると、曜さんは満足そうに笑顔を見せる。
善子「もぅ、ちゃんとチェックしたの?」
曜「大丈夫だよ、可愛かったから」
善子「それ、理由になってないわよ……」
編集した私でさえ、気になるところがあったというのに。
曜「じゃあ次は――これだ!」
曜さんが勝手に再生ボタンを押す。
善子『フフフ、私は堕天使ヨハネ――』
善子「って私のは駄目だって言ったじゃない!?」
曜「えー、だってこれは善子ちゃんじゃなくてヨハネちゃんの動画だし」
善子「屁理屈言うな!」
確かに動画のタイトルには『善子』ではなく『ヨハネ』と書いてあるけど!
曜「相変わらず変だね~」
善子「うっさいわね! 文句あるなら消しなさいよ」
曜「嫌だよー。ちゃんとチェックしなきゃいけないもん」
善子「どの口が言うのよ」
さっきはしなかった癖に。
善子「そんなに見たければ、後で1人で見ればいいでしょ」
曜「でもここなら、顔を真っ赤にしてる善子ちゃんの可愛い姿も見れるからお得だしさー」
善子「っ~」
さらっと可愛いとか言わないでよ、この天然タラシ。
曜「おっ、照れてる?」
善子「て、照れてないっ」
曜「照れてるんだ~」
善子「照れてないってば!」
曜「素直じゃないのも可愛いね~」
善子「もう、馬鹿っ」
貴女はいつもそうだ。
私の気持ちなんて考えずに、ぎっちり固めたガードを簡単にすり抜けて、心の大事な部分に入り込んでくる。
そんな行動に抗うことはできずに、頭は、心は侵食され、気づけば私の中は曜さん一色に染まる。
そして叶わない気持ちを植え付けられて、私は苦しむ。
貴女の無意識の行為が、私を傷つけているのよ。
意識していない分、本当に性質が悪い。なんて酷い人なの。
理性は告げる、曜さんに近づいてもろくなことがないと。
でも気づけば、私はあなたの横にいる。あなたも私の横にいる。
共に居られることを私は喜び、距離を詰め、その結果さらに傷つく。
止められるわけない、恋という強烈な感情を、理性程度では。
コントロールできないから恋なんだ。
ああ、なんて理不尽なのかしら。
こんな感情を抱え込んでしまうなんて、私は本当に悪魔的な凶運の持ち主なんだから。
――――
―――
――
―
千歌「あ、曜ちゃんだ!」
曜「千歌ちゃん!」
学校へ着いて千歌さんを見かけるなり、一緒に居たはずの私は曜さんの視界から消える。
彼女の目には、千歌さんの姿しか入らない。
梨子「おはよう、善子ちゃん」
善子「おはよう」
リリーはそんな私に気を使って声をかけてくれる。
梨子「今日も2人で登校してきたんだ。相変わらず仲が良いね」
善子「それは貴女たちも同じでしょ」
梨子「そりゃあ、私たちは家が隣だもん」
梨子「同じ部活の友達なのに、むしろ一緒に登校しない方が変な感じじゃない?」
善子「その理屈なら私たちだって、同じバスなんだから普通でしょ」
そんなに本数が出ているわけじゃない田舎なんだ。
一本ずらしただけで練習に遅刻してしまいかねない。
梨子「でも、部活がない日でも善子ちゃんは曜ちゃんと登校してくるよね?」
善子「そ、それは」
確かにその通り。私たちはどんな時でも、一緒に登校をしている。
別に約束をしているわけじゃない。
私が曜さんの乗るバスを事前に把握していて、それに合わせてバスに乗っているだけ。
梨子「いいのよ、別に隠さなくても。お姉さんにはお見通しなんだから~」
からかうように、ニヤニヤと笑いながらポンポンと肩を叩いてくる。
リリーは私が曜さんに抱いている気持ちを何となく知っている。
はっきりと話したわけではないから確証はないけど、日ごろの態度を見る限り、まず間違いない。
梨子「でも今日は機嫌よさそうよね。来るときに何か良いことでもあったの?」
善子「べ、別に、何も――」
ルビィ「おはよう、善子ちゃん」
善子「ルビィ!」
いいタイミングで現れてくれた。
梨子「もぅ、逃げられた」
迫ってきたリリーも後輩の前ではマズイと思ったのか、大人しくなってくれている。
花丸「相変わらず、朝から騒がしいずら」
ダイヤ「まったくです、もっと高校生としてふさわしい言動をしていただきたいものですわ」
善子「仕方ないじゃない、リリーが変なことを言い出したんだから」
鞠莉「変なこと? それは気になりまーす」
善子「マリー、いつの間に」
鞠莉「果南と一緒に登校してきたよ、ねー」
果南「家の前で待ち伏せしていたの間違いでしょ……」
気づけばAqours全員が集合。
みんな、私にとって大切な人たち。
もちろん、恋敵である千歌さんも含めて。
千歌「善子ちゃん、曜ちゃんから動画のこと聞いたよ!」
善子「え、ええ」
千歌「曜ちゃんね、完璧だったって褒めてくれたんだ」
善子「そ、そうなの」
千歌「ありがとね、あんな緊張してたのに、ちゃんとした動画にしてくれて」
胸が痛む。騙しているみたいで、ちょっと罪悪感。
梨子「何の話?」
千歌「あ、実はね――」
リリーと動画について話し始める千歌さん。
曜「千歌ちゃん喜んでたね~」
善子「あれでよかったのかしら。そんなにいい編集できてないけど」
曜「いいんだよ、あれが千歌ちゃんらしいんだから」
善子「でも――」
ダイヤ「皆さん、話しているのも結構ですが、早く部室に行きますわよ」
全員「はーい」
遮られる話、ちょっと心配になる。
曜「ほらほら、行こうよ善子ちゃん」
善子「ええ、そうね」
でもまあ、いいのかな、曜さんが良かったって言うのなら。
だって世界で一番、千歌さんの事を見ている人の言葉なんだから。
――――――――――
※
時間はあっという間に過ぎていく。
それが楽しい時間であればなおさら。
気づけば冬は過ぎ、温かい日が増えてきた。
様々なことが目まぐるしく進んでいった。
ラブライブ予選、廃校の決定、函館でのライブ、Aqoursの最後の舞台となった、ラブライブ決勝――。
色々なことがあった、常に全力で駆け抜けた青春だった。
そんな中、曜さんとの関係にあまり進展はなかった。
むしろ二学期に入り、練習場所が沼津に変わったことで私が曜さんと登下校する機会は減ってしまい、話す機会は減ってしまったぐらい。
だけど私は、出来る限り曜さんの傍から離れなかった。
積極的に連絡を取ったり、遊びに誘うようになった。
部活のない日は、千歌さんより先に曜さんと帰る約束を取りつけるよう努力した。
そして今日も――
曜「ごめん善子ちゃん、遅くなった!」
善子「もう、遅いわよ」
曜「あはは、ちょっと千歌ちゃんに捕まっちゃってさ」
善子「相変わらず仲良しねぇ」
曜「まあ、ね」
私より千歌さんが優先。
もう慣れっことはいえ、ちょっぴり嫉妬しそうになる。
善子「2人は昔から、ずっと仲良しなのね」
曜「善子ちゃんもルビィちゃんや花丸ちゃんと仲良しでしょ」
善子「歴史が違うわよ。高校で出会ったルビィと、幼稚園の時以来会ってなかったずら丸じゃ」
曜「期間なんて関係ないと思うけどな~」
関係ある。
私はあなたとの関係で、それを嫌というほど思い知らされてきた。
もし千歌さんと私が同じタイミングで曜さんと出会っていたら、今の状況は違っていたはず。
私の方が曜さんを愛して、曜さんの為になれる。
同じ立場から始まっていれば、選んでもらえる自信があるのに。
善子「敵わないわよ、曜さんと千歌さんの関係には」
曜「でもさ、善子ちゃんはルビィちゃんのことも、花丸ちゃんのことも好きでしょ」
善子「ええ、そうね」
曜「仲良しだもんね、学年も同じで、いつも一緒にいて」
曜「でもAqoursのみんなのことも、2人と同じぐらい好きだよね」
善子「もちろんよ」
3年生も、2年生も、みんな大切な人。
曜「ほら、期間なんて関係ないんじゃないかな」
曜さんは分かってない。
確かに出会った時期とどれぐらい好きになるかどうかは関係ないかもしれない。
でもね、1人しか入れない『好き』という場所に、出会う前から入り込んでいる人がいたら、後からそこに入るのは困難なのよ。
中に居る期間が長ければ長いほど、それは大きくなり、入り込む隙間を無くしていくんだもの。
善子「曜さんも、Aqoursのみんなのことが好きなのよね」
曜「うん、もちろんだよ!」
善子「じゃあその中に、特別好きな人はいるの?」
曜「え!? えっと、それは……」
肯定以外の答えが導き出せないような、なんて分かりやすい反応。
相手は自分――などと期待したりはしない。
仕方ないわよね、千歌さんは特別だもの。
素直な曜さんには、隠せないわよね。
善子「ねえ曜さん」
千歌さんには敵わない。
曜「な、なにさ」
それならせめて――
善子「曜さんにとって、私、ルビィ、花丸の中では、誰が一番大切な後輩なの」
曜「えー、そういうのあんまりよくないよ~」
善子「いいじゃない、私たち二人しかいないんだし」
千歌さんが特別なのは、隠せなかったわけだし。
曜「でもさ――」
善子「いいからっ」
ここで答えてくれないと、私は理性を保てそうになかった。
曜「……やっぱり善子ちゃんかな。こうやって一緒に帰るし、家も一番近いし、仲良しもんね」
善子「……お世辞じゃないわよね」
曜「大丈夫だよ、曜ちゃん先輩はお世辞が苦手だから」
曜「一番大切な後輩は、善子ちゃんだよ」
一番大切な後輩。
嬉しい、あんなに周囲に人が溢れている人にとっての、一番大切な後輩。
でもね、結局私の行動は動画を見ている時と変わらないの。
負けるわけない範囲で、偉そうにしているだけ。
所詮私は弱虫
でも弱虫でもいい。曜さんの傍にいられるなら。
まだ一年、私たちには時間がある。
その間に、千歌さんと曜さんの関係にどんなことが起こるかは分からない。
どんなに大きくなった感情でも、些細なきっかけで壊れてしまう。それが恋愛の怖さでもあり、面白さでもある。
ましてや女の子同士という特殊な関係、曜さんが望んでも、千歌さんが受け入れない可能性は十分にあるんだから。
曜「よし、そろそろ行こうか。早くしないと遊べる時間がどんどん無くなっちゃう」
善子「ええ、そうね」
今日は曜さんと遊ぶ約束をしてる。
最近忙しく、先約ばかりだった曜さんと久しぶりに遊べる日、私からすれば、ちょっとしたデート気分。
余計なことを考えてないで、楽しまないと損よね。
――――
―――
――
―
貴重なAqours沼津組の私たちが2人で遊ぶときは、大抵沼津の駅周辺。
遊べる場所は、一通り揃っている。
善子「さて、今日はなにする?」
曜「うーん、善子ちゃんは何か希望ある?」
善子「特にはないわね」
正直こういうとき、どんな提案をしたらいいか未だに分かってない。
そもそも、私は曜さんと一緒にいられればなんでもいいから
曜「じゃあ身体を動かしたいから、ボウリングでもしない?」
善子「えー、絶対曜さんに勝てないじゃない」
趣味が筋トレ水泳選手と引きこもりじゃ勝負になるわけがない。
曜「いいじゃん、勝ち負けなんて気にしなくても」
善子「私は気にするのよ」
好きな人相手に、負けっぱなしじゃ恥ずかしいもの。
曜「まあまあ、別に勝敗を競おうってわけじゃないんだから」
善子「それはそうかもしれないけど……」
曜「ボウリングのお金は私が奢るからさ」
善子「流石にそれは悪い気が」
曜「いいんだよ、先輩だし」
善子「そう?」
実際、曜さんは頼んでもないのに何かと奢ってくれる。
後輩にやさしくというのは、体育会系だからこその行動なのかも
曜「でも代わりに、今日は色んなことにとことん付き合ってもらうからね!」
善子「ふふ、望むところよ」
曜さんに誘われたら、どこまでもついていくに決まっている。
むしろ一緒にいる時間が増えるなら、大歓迎。
曜「じゃあ、全速前進~ヨ―ソロー!」
善子「ヨ―ソロー!」
柄にもなく一緒に敬礼。
もう、今日の私はちょっと変かも。
―――
――
―
普段にも増してテンション高めの曜さん。
そして曜さん以上に、おかしなテンションの私。
曜「さっきの善子ちゃんの歌酷かったね~」
善子「曜さんこそ何よ、変なおじさんしか興味ないような曲を歌いだして」
曜「あれはパパの得意曲なんだよ、私もお気に入りでさー」
揃いも揃って、女子高生らしく大はしゃぎ。
ボウリングではストライクやスペアを連発する曜さんと、謎の変化を繰り返してガーターを繰り返す私で差がつき過ぎたので、こっそり順番を入れ替えて曜さんをびっくりさせた。
その仕返しにと、ボウリングの後は服屋に連れていかれて着せ替え人形にされて。
色々写真を撮られたり、ずいぶん満喫されたけど、曜さんが店員さんに捕まり、服を勧められたのがきっかけで私も反撃して貴重な写真をたくさん手に入れた。
新しく買った服を着たまま、どこかで落ち着くのかと思ったら、カラオケに行くなんて言い出して。
最初はスクールアイドルらしくアイドル系の曲なんて歌ってたけど、段々お互いの趣味に走るようになって。
善子「あんなとこ、ファンの人たちには見せられないわね」
曜「いやー、ファンよりダイヤさんに見れるパターンの方が怖い」
善子「確かに凄い怒られそうね」
曜「『あなたたちはスクールアイドルとしての自覚があるのですか!』なんてね」
善子「あはは、似てるわ!」
曜「あ、『ブッブーですわ!』を忘れてたよ」
善子「確かに、あれがないとダイヤらしくないわね」
むしろこのモノマネをしているところを見られたら怒られそうだけど。
善子「そうだ、卒業式の日に、本人の前でそれをやってみるのはどう?」
曜「えー、怒られないかなぁ」
善子「大丈夫よ、私がルビィの真似でもして、姉妹コント設定にしたらきっとウケるわ」
曜「えー、善子ちゃんがルビィちゃんの真似なんてできるの」
善子「できるわよ、たぶん」
これでも同じ一年生なんだし。
曜「じゃあやってみてよ」
善子「いいわよ――がんばルビィ!」
曜「あはは、意外と似ている」
善子「でしょ~」
そんな風に笑い合っている内に、たどり着いたのはピカピカと光る明かりと電子音が入り混じる空間。
善子「次はゲームセンターなのね」
曜「うん、定番だもんね!」
確かに、この辺の遊べる施設であと行ってないのは、ここと映画館ぐらい。
善子「でも来たのはいいけど、何するのよ」
曜「そりゃもちろん、エアホッケーを――」
善子「もう身体を動かすのは勘弁して……」
散々酷使された私の身体はもう悲鳴をあげているようだから。
曜「あはは、分かってるって、冗談だよ~」
善子「じゃあ真の目的は?」
曜「プリクラを撮るんだよ!」
善子「あー、なるほどね」
私たちは過去にも何度か、一緒にプリクラを撮っている。
その時々、違った思い出。全部、周りの人にばれないように色んな場所に貼ってあったりする。
機械の中に入り、お金を入れると表示される画面。
曜「背景はどれにする?」
善子「任せるわ、曜さんの方が詳しいでしょ」
曜「OK~」
私は曜さんと以外、ほとんど撮ったこともないし。
善子「ポーズとかはどうする?」
曜「普通にピースサインでもしておけばいいんじゃないかな」
善子「珍しいわね、いつも変なことを要求してくるのに」
曜「今日は記念だからね」
善子「記念? 何の?」
曜「まあほら、色々とね」
特に何かあった覚えはないけど。今さらながら、ラブライブ優勝記念とか?
『3・2・1――0』
考えている間に、パシャリと響くシャッター音。
曜「あー、善子ちゃん、ボーっとしてたでしょ~」
善子「ご、ごめんなさい、ちょっと」
曜「そういう子には――こうだ!」
善子「なっ」
思い切り抱きつかれる。
近づく顔、伝わる身体の感触。胸の鼓動が速くなる。
そして驚いている間に、再びシャッター音が響く。
善子「な、なにするのよ!?」
曜「いい感じだったよ、今の善子ちゃんの表情」
善子「いやいや、だからって」
曜「ほら、次は昔やったみたいに、手で1を作って――」
結局、私は曜さんに振り回され、引っ張られる。
言われた通りのポーズを撮って、写真撮影。
まあラブライブも優勝したわけだし、ちょうどいいチョイスかもだけど。
―――
――
―
曜「なかなか良い感じに撮れたね」
帰り道。撮ったプリクラを掲げながら、曜さんは満足げだ。
善子「そうね、私たちらしくて」
手元にあるのは、抱きつかれて顔を真っ赤にしている写真と、№1のポーズを取っているところに『曜&エンジェル』と書かれた写真。
私たちが撮ったプリクラには、絶対に入る文字。
普段だったら絶対に拒否するような天使の名も、曜さんが付けてくれるなら特別なの。
善子「曜さんは、帰りバスよね」
曜「うん」
善子「私は歩きだから、そろそろ解散ね」
曜「……そっか」
急に寂し気な口調になる曜さん。
善子「どうしたのよ」
曜「何でもない、大丈夫だよ」
でもそう言いながらも、うつむいて、口を閉ざしてしまう。
とても大丈夫には見えない。
そのまま無言で歩き、ついに解散場所に。
曜「今日は楽しかったね」
善子「私も。曜さんと遊べて良かったわ。」
曜「そっか、なら良かった」
やっぱり、どことなく元気がなさげ。
私だって楽しい時間が終わってしまうのは寂しいけど、別に今生の別れって訳でもないし、会おうと思えばいつでも会える。
それなのに、何で曜さんはこんな反応をみせているの?
善子「何かあったの?」
ただ、気になって聞いた言葉。
でもその言葉で、曜さんの表情が、真剣なものに変わる。
曜「ねえ、1つ報告いいかな」
善子「な、なによ?」
普段見せない、神妙な表情と語り口。
嫌な予感がした、何か大きな、とてつもないことが隠されているような、そんな予感が。
曜「私は今までみたいに、善子ちゃんと一緒に遊べなくなるかもしれない」
会えなくなる?
冗談ではない、それだけは分かる。
なんで、私は嫌な予感だけいつも当たるの。
善子「……受験とかで、忙しくなるから?」
曜「ううん、そういうわけじゃないんだ」
善子「なら、なんで」
気づかない内に、嫌われるようなことをした?
そんなことはないはず。もしそうだったら、今日だって一緒に遊んだりしてくれないだろうし。
他に可能性があるとしたら、引っ越しとか?
いや、それだったらもう噂ぐらいは聞いているはず。
いったい、何があったというの。
善子「ねえ、教えてよ、曜さん」
曜「……」
善子「ねえ――」
曜「私ね、千歌ちゃんと付き合うことになったんだ」
善子「え?」
千歌さんと、付き合う?
曜「最近ね、告白されたの。それで、付き合うことになって」
告白、千歌さんの方から、告白。
曜「だからね、頻繁に他の子と遊ぶのも、千歌ちゃんがあんまりいい顔をしてくれなくて」
そりゃそうよね、私だって恋人が自分と同性の人間と過剰に仲良くするのは嫌だもの。
曜「もちろん、善子ちゃんのことが嫌いになったわけじゃないよ」
曜「さっきも言ったけど一番大切な後輩だし、大事な友達だよ」
善子「う、うん、分かってるわ」
どうしよう、頭が働かない。今は冷静にならなきゃいけないはずなのに。
曜「やっぱり、女の子同士なんて変だと思うかな」
そんなことない。
私だって、女の子が、貴女のことが好きなんだから。
はっきりと、曜さんに向かって言わないと。
『貴女のことが好き』だと。
言わないと、手遅れになる。
ずっと勝てる相手としか比べてこなかった。
でもここでは、はっきりと言わないと。
きっとこれは、自分の気持ちを伝える最後のチャンス。
例え受け入れてもらえなくても、言わないと後悔する。
善子「そっか、おめでとう」
でも私は言えなかった。
善子「好きだったんでしょ、千歌さんのこと」
最後まで、臆病者のまま。
曜「知ってたの、私の気持ち」
善子「曜さんは分かりやすいから」
曜「そっかー、恥ずかしいなぁ」
善子「良かったわね、夢が叶って」
曜「えへへ、ありがとう」
満面の笑み。
でも、胸が締め付けられる。
私の大好きな笑顔のはずなのに、嫌だよ、苦しいよ。
目から零れる滴。
あ、駄目だ、見られては。
曜さんは気づいていない。
早く、早く隠さないと。
善子「……」
とっさに、曜さんの胸に顔を埋める。
曜「善子、ちゃん?」
善子「……安心したら力が抜けちゃったの。少し休ませて」
曜「大丈夫?」
善子「平気よ」
善子「でもちょっとだけ、胸を貸してもらえるかしら」
曜「う、うん」
ああ、失敗だったかな。
曜さんは気づいてないみたいだけど、服が濡れちゃってる。
怒られるかな。でも曜さんの事だから、笑って許してくれるんだろうな。
怒られた方が嬉しいのに。そうすれば、私を見てくれるから。
曜「……善子ちゃん、泣いてるの?」
あぁ、気づいてくれた。
曜「何か、悲しいことがあったの?」
少しだけ目を上に向けると、曜さんは心配そうに私のことを見てる。
善子「別に、何でもないわ」
曜「でも……」
善子「本当に、何でもないから」
私はさらに気を引くような言葉を選ぶ。
今、千歌さんがいないことの瞬間だけでも、私のことを見ていてほしいから。
もう手が届かないとしても、今だけでも、私のことを。
完
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