【ガルパン】杏「あー、大学サボっちった」 (85)




眠い目をこすりながら私は家の近くの私鉄の駅へ歩いていく。

そこから満員電車に乗り込み、都心へと向かう。

背が短い私はつり革に掴まるのが大変だから、ドア付近の手すりに捕まるのがベストだけど…。

今日も車内へ押し込められ、背伸びをしながらつり革に掴まる。

目の前のにいちゃんが、背負ったデカいリュックを私に押し付けてくる。

横にいるOLが、つり革に掴まらず両手でスマホを持ってゲーム。

電車が揺れるたびに私に体重をかけてくる。

足がつりそう。

つり革を握る手に体重がかかる。

朝から嫌な気分。

こんなのが毎日。

東京の電車なんて大嫌いだ。

大洗の、赤くて短い列車が恋しい。




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大洗女子学園を卒業して、私は東京の大学へと進学した。

都心から住宅街に伸びる私鉄の沿線に、アパートの部屋を借りて一人暮らし。

桃や柚子とは別の大学で、何もかも一からのスタート。

たくさん勉強して、友達たくさん作って。

高校生活に負けないくらい、楽しい大学生活にしようと意気込んでいた。



大学生活がはじまって数ヶ月。

友達は誰一人出来ていない。

講義では、教授の話す言葉が右耳から左耳へとすぐ抜ける。

ノートは真っ白。

ご飯もろくに食べず、コンビニの百円のパンやおにぎりで済ましてばっかり。

もともと軽い体が、さらに軽くなっていく。

勉強も料理も得意なはずなのに、何もやる気が出てこない。

大洗女子学園を卒業してから、ずーっとこんな感じ。



なんか、気持ち悪くなってきた気がした。

電車が途中駅に着く。

「すみません降ります。」

私の声を聞いた人たちが、渋々ドアへの道を作ってくれる。

狭いけど、私なら通れる。

電車から抜け出した私はホームのベンチに座り、小さく深呼吸した。

人をパンパンに詰めた電車が、何本も私の前を通り過ぎて行く。

そろそろ行かないと、大学の講義に間に合わなくなってしまう。

…もういいや。



生徒会長になって、学園のみんなにはたくさん思い出作って欲しくて。

桃と柚子と協力して、たくさんのイベントを実施した。

学園のみんなが笑顔になるのが嬉しくて、私も混ざってたくさん笑った。


突然の大洗女子廃校の危機。

こんな楽しい学園を絶対に廃校にしてたまるか。

そこに現れた西住みほ。

強引に西住みほに戦車道をやらせて、全国大会優勝。

その後の大学選抜戦も勝利。

これで廃校は無くなった。

…あんなことして西住ちゃんには嫌われて当然だなって思ってたけど、彼女は心優しい子だった。

西住ちゃんを中心に、私には戦車道の仲間がたくさんできた。

武部ちゃん、五十鈴ちゃん、秋山ちゃん、冷泉ちゃん。

バレー部、歴女チーム、ウサギの一年たち。

風紀委員、ネトゲチーム、自動車部、船舶科の不良たち。

学園の垣根を超えて、聖グロ、サンダース、アンツィオ、プラウダ、黒森峰。

それに知波単や継続ちゃん。

みんなみんな、友達になった。

学園生活の全てが私の宝物だった。



大学生になって、私は生徒会長ではなくなった。

戦車道の活動をしていない大学なので、戦車にも乗らなくなった。

別に大学が無くなるわけでもないし、それを阻止する仲間もいない。


私は、楽しかった学園生活から卒業してしまったため、

心に大きな穴がポッカリと空いてしまった。

その穴を埋めるものは大学に一つもなかった。



気付いたら1時間近くもボーっとしていた。

走ってくる電車は、だんだんと空いてくる。

もう講義はとっくに始まっている。

まともに話を聞いてなかったが、講義をサボったことは一度もなかった。

「あー、大学サボっちった。」

せめて無欠席は貫こうと思ってたけど、もうどうでもよくなった。



桃は大学でもなりふり構わず頑張っているらしい。

頑張りすぎて空回りすることもあったみたいだけど、

彼女の頑張りは周りがちゃんと認めてくれる。

大学は楽しくやってるみたいだ。


柚子はあの性格だから人に好かれやすい。

すぐに周りと打ち解けて、よく旅行に行ってるみたい。

この前はサークル仲間と西表島に行ったんだって。


桃と柚子は私がいなくても楽しくやっていけるんだ…。

いや、私が桃と柚子がいないと何もできないのか。

西住ちゃんみたいな心優しい子を利用しないと何もできないのか。

私は人の上で踏ん反り返ってないと何もできないんだな。



私は何のために生きているんだろう。

考えることが全てマイナスで、何も楽しくない。

………。

いっそ、電車に飛び込んで楽になった方が…。

………。

…私は馬鹿か。

高校が楽しくて、今が楽しくないだけで自殺を考えるなんて。

大馬鹿にもほどがある。

さっさと立ち直ればいいじゃん。

今からでも大学行って、真面目に講義受ければいいじゃん。

友達いっぱい作ればいいじゃん。

何、高校が楽しすぎたからって今クヨクヨしてんの。

バッカみたい。



…でも、やる気が出ない。

誰かに背中を押して欲しい。

誰かに…甘えたい。

スマートフォンを取り出し、電話帳を見る。

…桃や柚子は今講義中かな。

………。

…西住ちゃんか。

西住ちゃんだって授業中でしょ。

…あと何分で授業終わるっけか。

………。

いや、なんて電話すんの。

あんだけ人を利用して、あんだけ踏ん反り返っといて。

大学がつまんないよー、寂しいよーって電話すんの?

そんなくだらないことで、また西住ちゃんに迷惑かけんの?

ホント馬鹿馬鹿しい。

どんどん自分が嫌いになる。



「お客様、具合でも悪いんですか?」

女性の駅員が話しかけてきた。

「少し、休まれていきます?」

「いえ、もう行きます。」

ちょうど到着した下り普通電車に乗る。

大学とは反対の自宅方面の電車。

私はもう、大学に行く気は無かった。

…もう大学やめちゃおうかな。

でも、親に迷惑はかけたくない。

就職は…。

いい大学行ったのに、くだらない悩みで中退したちんちくりんに働く場所なんてないか。

そもそも私にはやりたい仕事があって…、

それに向かって頑張らなきゃならなかったのに。

考えれば考えるほどネガティヴになってく。

頭空っぽにして、家で寝っ転がりながらテレビでもみてようかな。

あはは、本格的にダメ人間になってきたな。


自宅最寄駅に着いた。

歩きながらスマートフォンを取り出し、時刻を確認しようとロック画面を解除する。

スマートフォンの画面には、さっきまで見ていた西住ちゃんの連絡先が表示された。

はぁ。

ため息をついた、その瞬間。

スマートフォンが震えだした。

ビックリして手の力が抜け、スマートフォンがするりと落ちる。

がしゃん。

嫌な音がした。

恐る恐る画面を見て見る。

あ、割れてる。

しかしそんなことがあまり気にならなかった。

割れた画面には、ケイの名前が表示されている。

スマートフォンがまだ震えている。

これはケイからの電話だ。

なんで突然…。


「…もしもし。」

『ハローアンジー、元気ー?』

「…まぁ。」

久しぶりに聞いた明るい声。

ちょっぴり嬉しくなる。

『今暇?』

え。

今暇って…。

暇って答えたらどうなるの?

ケイって長崎のサンダース大学に通ってんでしょ?

「今、大学だけど。」

嘘ついた。

『そう!じゃあ抜け出してきてよ!』

「はぁ?」

『今私ね、東京に来てるのよ!』

『アンジーって東京の大学通ってるんでしょ?』

『すぐ会えるすぐ会える!』

「あ、あのねぇ…。」

会いたい。

まさかケイが東京に来てるとは…。

ケイになら…。

ケイになら甘えてもいい気がする。

「わかったよ、抜け出すー。」

『わお、不真面目な元生徒会長ねぇ。』

「抜け出せって言っといてぇ。」

『あはは、じゃあ品川駅のKQ線の改札んとこで待ってるわ!』

「あいよー。」

割れたスマホの画面に写った私は、少し笑みを浮かべていた。

久しぶりに笑った気がする。

よし、ケイに全部話そう。

今日だけケイに甘えて、明日から頑張ろう。

自分を変えなきゃ。



品川駅の待ち合わせ場所の改札に着いた。

でも人がいっぱいいて、ケイはどこに…。

「おーい!!アンジー!!コッチコッチ!!」

駅を歩く人全員が同じ方向を見る。

ケイの場所がすぐにわかった。

「ケイ~…声でかいって…。」

呆れながらも、ケイの生の声が聞けて私は安心した。

「おいぃ…!そんな大声出したら迷惑だろ…!」

特徴のある声がケイのいる方向から聞こえてきた。

そこにいたのはケイと安斎千代美だった。

「あははー、急に呼び出しちゃってゴメンね~。」

「よう角谷!久しぶりだな!元気か?」

チョビ子がいることにビックリしたが、会えて嬉しかった。

「おっすおケイ~、チョビ子~。」

「チョビ子じゃない!安斎千代美!」

「あれ、アンチョビじゃないの?」

「もうドゥーチェじゃないからなー。」

チョビ子は髪をポニーテールにしていて、ちょっと大人っぽくなっていた。

ケイも元々このナイスバディだからなぁ。

この2人と並んじゃうと、やっぱり私は子供だなぁ。



「2人は私に何の用なの?」

「2人じゃないわよ~。」

「え?」

「角谷の後ろにもう1人いるぞ。」

チョビ子が私の後ろを指差す。

「…なによ。小さくて見えなかったっていうの?」

カチューシャがいた。

「お久しぶり、生徒会長さん。」

「久しぶりカチューシャ。ノンナは一緒じゃないの?」

「ノンナはノンナで忙しいの。生徒会長さんだって片眼鏡の舎弟がいないじゃないのよ。」

「舎弟じゃないよ~。」

ノンナがいないのか、それとも大学生になったからなのか。

背とは関係なく、カチューシャもちょっと大人っぽくなってる気が。



私は気になってることを聞いた。

「3人とも、大学は?」

ケイが答えた。

「今日ね、東京で大学の戦車道大会のトーナメント抽選があってね。」

そうか、ケイもチョビ子もカチューシャも、それぞれの大学で戦車道続けてるんだっけ。

「久しぶりに高校戦車道の隊長が集まったから、このあとお茶でもしないって私が誘ったの!」

なるほど。

…で、なぜ私も誘った?

「ミホがまだ高校生だし、でも大洗の子がいたほうが話も弾むかなと思ってね!」

「でも大学サボらせるのは良くないぞ…。」

常識人のチョビ子。

「ごめんねアンジー!どうしてもアンジーに会いたかったの!」

照れながらも心の中でケイに謝る。

私は最初から大学をサボってたんだからな…。



「さっ!こんなとこで立ち話もなんだし、行きましょうか!」

ケイがぱんぱんと手を叩く。

どうやらカフェでゆっくりするらしい。

ケイとチョビ子が前を歩き、その後ろに私とカチューシャがついていく。


ケイが、そう言えば~…と大学の話を嬉しそうに話そうとすると、

チョビ子が、周りの人に注目されるから声のボリューム落とせと突っ込む。

それを見たカチューシャが、子供ねと鼻で笑う。



私は今日、ケイに甘えようと思ってたけど、

チョビ子とカチューシャがいるから無理だなと諦めていた。

悩みは忘れて今日は楽しもうかな…。

するとカチューシャにポンと背中を叩かれる。

「せっかくみんなで集まったのに、なんでそんな顔してんのよ。」

ごめん、そうだね。

今日は楽しもう。

…本当はカチューシャって、面倒見のいいお姉さんキャラなのかも。



その後、カチューシャが大学の話をしてくれた。

同学年にはやっぱり背のことをいじられるけど、仲良くやってるみたい。

戦車道では、プラウダ元隊長で、しかも戦車内をスムーズに動くことができるその身長のおかげか、

期待のルーキーとして先輩たちから可愛がられているとのこと。

プラウダでは踏ん反り返ってたカチューシャも、ちゃんと立場をわきまえて上手くやってるんだな。

「生徒会長さんは?戦車道やってないの?どこの大学?新しい舎弟はできたの?」

…うーん。

私はもう生徒会長じゃないよ、と話をそらした。

私が大学で落ちぶれていることは、今日は誰にも話す気は無かった。


そうしているうちに、私たちはカフェに到着した。



可愛らしいカフェに着いた。

お客さんは私たちと年が近い女の子ばっかだ。

各々好きなメニューを注文して席に着いた。

ゆっくり飲み物を飲みながら雑談を始める。



ケイは航空輸送科で、大きな航空機をびゅんびゅん飛ばして楽しんでいるらしい。

将来はパイロットになるんだって。

チョビ子は一流の調理師になるため、頑張っているみたいだ。

イタリアへの修行も考えているらしい。

カチューシャはまだ将来やりたいことが決まっていないみたいだが、

自身のスキルアップのため大学で猛勉強をしているとのこと。

みんな立派じゃん。

いや、それが普通なのかな。

私みたいに過去に囚われてぐだぐだしてるのが普通じゃないんだ。



てかやばい。

そんな会話になったら私は何を話せばいい。

嘘ついて勉強一筋ですとか…。

言えないよそんなこと。

みっともな。



ケイが私を見た。

「アンジーはどうなの?」

と言った瞬間。


「みなさん、ご無沙汰ね。」

上品?な声が聞こえた。

そこにいるのは海外留学しているダージリンと西住まほだった。

「マホーシャ!?」

「ダージリンも!?」

カチューシャとチョビ子が驚いた。

「いやぁ~、マホとダージリンが日本にちょっと帰ってくる日と、大会の抽選日が偶然一緒でね!」

「せっかくならみんなで会おうと思ってね!」

ケイが嬉しそうに話す。

自分は2人が来ること知らなかったと、カチューシャとチョビ子がお互いに顔を見る。

流石サンダース…というか、ケイはこういうサプライズが好きだなぁ。



西住まほちゃんは、落ち着いた服装で、何というか高校の時よりもカッコよくなっていた。

まさに女の子にモテる女の子って感じ。


ダージリンはブロンドのロングヘアーをなびかせて、カジュアルな格好をしていた。

聖グロの時の清楚らしさはなく、オフの日のダージリンって感じ。


まぁ、この2人も大人っぽくなっていた。



「私カチューシャの隣!」

ダージリンが嬉しそうにカチューシャの隣の席にヒョッコリと座る。

カチューシャはわざと嫌そうな顔をする。

いいじゃないのよ、とカチューシャの頭をワシャワシャと撫でて絡むダージリン。

食事中に髪を触るな、行儀悪いわよと怒るカチューシャ。



「私はここに座らせてもらおうかな。」

西住まほちゃんが私の隣に座った。

「久しぶり、角谷さん。」

優しい笑顔で私の顔を見る。

やっぱり西住ちゃんのお姉さんだなぁ。

凛々しさの中に、愛嬌のある可愛いお顔。


ケイとチョビ子とカチューシャは、海外留学はどう?と西住まほちゃんとダージリンに詰め寄る。

よかった。

私から話題がそれた。



まずダージリンから話し始めた。

ダージリンはイギリスに留学した。

日本から濃いキャラが来たと、イギリス人にいじられているとのこと。

「それが日本人のイギリスのイメージなの?」と散々聞かれたんだって。

ただダージリンの戦車道の腕は認められていて、先輩や同学年からはそれなりに愛されているらしい。

愛ゆえのいじりが多く、それに疲れちゃうんだって。

あと英会話の勉強がまだまだ必要だと嘆いていた。



西住まほちゃんはドイツに留学。

黒森峰元隊長とか、西住流とかそんなこと関係なく1年生は雑用から。

戦車に乗せてもらったとしても、ものすごく過酷な訓練で、

同じドイツ人の1年生はひーこらひーこら言ってるらしい。

しかし西住まほちゃんは、小さい頃からあのお母さんにみっちりしごかれてきたからか、

そんなことで弱音なんか吐くわけなかった。

骨のある日本人が来たと、先輩には好かれているらしい。

自分はまだまだと思い知らされ、日々精進してるんだってさ。



戦車道の海外留学が大変じゃないわけがなく、2人とも苦労してるみたいだ。

久しぶりの日本で思い切り羽を伸ばしたいんだって。


そこからは戦車道の話になった。

高校戦車道の有能な元隊長たちが集まっての会話。

レベルが高い。

西住ちゃんならこの話についていけるんだろうけど、

私にはちんぷんかんぷんだった。



しかしみんな笑っていた。

そうだよこの感じ。

本物の戦車を使って、

本物の砲弾を使って、

安全だとは言うけれど、命懸けの戦いをして。

試合が終わったら、敵味方関係なく集まって。

美味しいものを食べながら、お互いを称えあって。

お祭り騒ぎが好きな私は、

この瞬間が一番、戦車道をやって楽しいと思える時間だった。


似たような今のこの空間。

ずっとこの時間が続けばいいと思った。



ただ私はうっすら思っていた。

私はここにいてはいけないんじゃないかと。

ここにいるのは、苦労しながら自分の夢に向かって頑張っている人たち。

私みたいな落ちこぼれがいるべきではない。

だって………。


「角谷さんは、戦車道を続けているのか?」


ほら、聞かれた。

西住まほちゃんの一言で、みんな私の顔を見た。


高校の頃の友達が集まって話すことといえば、今何をしてるかに決まってるじゃん。

だからさっきまでチョビ子は調理師になりたいとか、

ダージリンはイギリスでいじられキャラだとか話してたじゃん。

でも、

落ちこぼれの私は、今この場で話せることなんか何もない。

私のことはいいから、皆で楽しんでくれ。



「戦車道は、やっていない…。」

私はこの言葉を絞り出した。

「そうか…。」と西住まほちゃんは言った。

「えぇ?あんたの砲手としての腕はノンナが褒めるくらいなのに、やめちゃったの?」

「アッサムも評価してたわよ、杏さんのこと。」

カチューシャとダージリンが残念そうな顔をしてた。

そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、今は素直に喜べない。

「どの道を進むかはその人が決める、それも戦車道だ。」

「何言ってんだ西住。」

ちょいドヤ顔の西住まほちゃんに対し、チョビ子が突っ込んだ。

早く私から話題がそれてくれ。

そう思った矢先。


「アンジーは東大行ったんだよ!」

しまった。

受験中にケイとメールでやり取りしてたから、私がどこへ進学したか知ってる。

今一番言われたくないことを、何の悪気もないケイに言われてしまった。


「東大?すごいじゃない。」

みんなが私を褒め始めた。

やめてくれ、私は落ちこぼれなんだ。



「何か夢はあるのか?」

西住まほちゃんが聞いてきた。

夢…。

将来の夢か。

そうだ…。

私は夢を叶えるために今の大学に行ったんだ。

今となっては忘れかけていたけど…。

私が将来何をしたかったか、それを話してこの場をしのごう。



私の将来の夢…というか、

私は将来、文部科学省学園艦教育局長になりたい。

そう…私の母校、大洗女子学園を廃校に追い込んだ、あのメガネ役人の役職だ。

何であんなやつみたいになりたいんだって思うかもしれないけど、

私はあの役人になりたいんじゃなくて、

学園艦教育局長になって、

日本の頑張る学生たちを、私が支えたいって思ったんだ。



あの役人は、最初から大洗女子が憎くて廃校にしようと思ったわけではないと思う。

いろいろ悩んで考えて、大洗女子が廃校に最適だと思ったはずだ。

しかしそこにいたのはチビで生意気な生徒会長。

だからあんな感情的になって、どんな手を使ってでも大洗女子を潰そうとしたはず。

まぁ私も必死だったからね。


大洗女子廃校がチャラになって、あの役人は猫の手も借りたいくらいに忙しくなったはずだ。

まだ学生の私は社会人の辛さなんて知らないが、

決まっていたものがチャラになるのは大変なことだとはわかる。

しかもそれは国レベルの話だからね。



だが私だったらそんなヘマはしない。

廃校?

そんなことしないよ。

私ならどこも廃校にせずとも問題を解決してみせる。

だから私が学園艦教育局長になりたいんだ。


私の夢は日本の頑張る学生を全力で応援すること。

学校を楽しむ学生を支えること。

学校が好きな学生を守ること。

私はその夢を叶えるために…。



ぱちぱちと、他のお客さんに迷惑にならない程度の拍手が送られた。

みんなが立派だと言ってくれた。

私ならできると言ってくれた。

………。

目頭が急激に熱くなった。

眉間にシワがよる。

口がだらしなくへの字に開こうとする。

歯をくいしばるが、目から溢れてくるものは止められない。

ぽちゃんと、大粒の涙が自分のアイスティーに落ちた。



「アンジー…?」

「角谷?どうしたんた?」

「杏さん…?」

下を向き、肩を震わせてすすり泣く私を見て、みんなが困惑した。

隣にいた西住まほちゃんが背中をさすってくれた。


どんなに苦しくても辛くても、

どんなに嬉しいことがあって感動しても、

人前で泣かなかった私が、

自分の情けなさに泣いた。



今まで溜めていたものが全て、

涙と、嗚咽となって出てくる。

ダージリンが可愛いハンカチで溢れてくる涙を拭いてくれた。

側から見たら女子大生のお姉さんたちに慰められている小学生。

惨めの一言に尽きる。



それから私は、

高校時代が楽しかったこと、

それ故に大学がつまらないこと、

友達がいないこと、

勉強もしてないこと、

今日はもともとサボる気でいたこと、

電車に飛び込もうと、少しでも考えてしまったこと、

顔をぐちゃぐちゃにしながら、全てを話した。



そんな話をみんなは真剣に聞いてくれた。

ケイは気付けなくてごめんと謝ってくれた。

ケイは何も悪くないじゃん、何謝らせてんの私。

チョビ子は私にできることなら何でも、と言ってくれた。

チョビ子は自分を犠牲にしてでも気遣ってくれるから、迷惑をかけられない。

西住まほちゃんも力になりたいと言ってくれた。

大変な留学の最中日本に来たのに、私なんかの為に…。

その間も涙は止まらず、ダージリンのハンカチをぐっしょり濡らしてしまった。

気にしないで、と予備のハンカチで優しく私の目元を拭いてくれる。

結局みんなに迷惑かけてしまった。

だから私はここに来るべきじゃなかったんだ。

高校時代の親友が、日本各地や海外から集まって、

楽しくお話ししようって場所なのに、

私がぶち壊してしまった。



もうここにはいられない。

涙目のままカバンから財布を取りだし、

お金を置いて逃げるように帰ろうとしたとき、


「ねぇ。」

カチューシャが割と大きな声で、

「私、高いところが好きなの。」

…えーと、

知ってる。

ダージリンが空気読みなさいよ、とカチューシャに耳打ちする。

御構い無しにカチューシャが、

「だからスカイツリー行きましょ。」

私は俯いていたが、

他のみんなはポカンとしていただろう。


すこし間を置いてから、

ケイが手をぱんと叩いて、

「そうね!みんなで今からスカイツリーに行きましょ!」

「いいわね。」

「行こうか!」

ダージリンとチョビ子が続けて賛成した。

「楽しみだな、私も行ってみたかったんだ。」

西住まほちゃんが私の方を見る。

「行こう、角谷さん。」

いや、私は帰るから…。

みんなの迷惑になりたくないから…。

みんなだけで楽しんできてよ…。



「スカイツリーってどこにあんだ?」

「東京じゃないの?東京スカイツリーって言うんだし。」

「押上よ、品川から電車一本で行けるわ。こっちよ。」

駅で右往左往するチョビ子とケイを、ダージリンが案内する。

西住まほちゃんは後ろから私の両肩に手を置いて、電車ごっこのように歩いてる。

私が帰らないようにしてる為なのか、

クールなイメージとは違った可愛らしい行動をとっていて、ちょっと驚いた。

そしてカチューシャは、子供ねと鼻で笑う。

流されるな私、私は邪魔者なんだ。

どこかで抜け出さないと。



「ダージリンって東京の電車に詳しいのね。」

「だってこの路線は横浜にも通じているんだもの。」

「そーいや聖グロって横浜だっけか。」

品川から乗った赤い電車は、地下鉄へと入って行った。

西住まほちゃんにがっちり掴まれ、

カチューシャの鋭い視線が常に送られてた私は、

この場から抜け出せないでいた。



結局来ちゃった。

スカイツリー。

「もちろん登るなら特別展望台よね!」

巨大な電波塔を目の前にテンションが上がるカチューシャ。

天望回廊に登るには3090円か…。

私は「高いね」とついボヤいてしまった。

「金欠なのか?私が出そう。」

いやいやいや!いいから!お金はあるから!

高いって、スカイツリーがね!値段じゃなくて!

西住まほちゃんに奢られそうになって慌てる私。

逃げられないならもう余計なことは喋らないようにしよう。

空気だ。

私は空気。



地上450メートルの世界。

ケイやチョビ子、ダージリンはエレベーターを出た瞬間、走ってガラスに張り付いた。

…私も高いところが好きだから、眼下に広がる大都会に心を奪われた。

いや、私は空気。

西住まほちゃんみたいに大人しくしてよう…。

「なぁ安斎!あの水平線あたりにある巨大な艦はどこの学園艦かな!」

「んー、双眼鏡が欲しいな。」

西住まほちゃんもテンションMAXだった。



「あっちが横浜よ!」

「おい!富士山見えるぞ!」

「飛行機からの景色とはまた違ってイイわね~。」

「飛行機がこの高さで東京飛んだらダメだからな。」

各々が好きな方角を楽しんでいた。



私は1人、大洗の方向を見ていた。

…。

「やっぱり高いところはイイわねぇ。」

カチューシャが私の隣に来た。

「ノンナの肩もイイけど、たまにはこーゆーのもアリよね。」

私はノンナの肩の良さを知らないんだけど…。

「アンタと私って似てるわよね。」

ん?背の小ささ?

「それもそーだけど。」

「小さいくせに生意気なとことか、」

「憎まれ役とか。」

自覚してるんだね。

「自分がどう思われてるか、わからない奴にはなりたくないわ。」

それはわかる。

「だから私は、結構生徒会長さんに共感できるところがあるのよ。」

…。

「だからなんだって話なんだけどね。」



カチューシャが街を見下ろす。

「…豆粒よりも小さい人間が、私たちの下に何万人もいるのよね。」

「でも、その一人一人に人生があって、」

「いろんな悲しみや悩みを抱えてて、」

「でもそれは他人から見えないのよね。」

…。

そうだね。

「だから、助け合わないと人間は生きていけない。」

「ねぇ。」

「私もアンタを助けたい。」

「私にできることはあるかしら?」

「アンズ。」


私はカチューシャを抱きしめた。

ありがとう。

ありがとう。

「やめなさいよ、人いっぱいいるんだから…。」

私、また泣いてるし。



他のみんなに気付かれないように早めに泣き止もう。

袖で涙を拭き取る。

カチューシャに泣いてばっかりで子供ねと言われた。


カチューシャは、カフェで私が暗くしてしまった雰囲気を変えるために、

スカイツリーに行きたいなんて言ったんだろな。

自分のキャラを理解してるから、わざと子供っぽいこと言ってさ。


カチューシャは私と似てるって言ってたけど、

カチューシャの方が全然大人で、優しいんだよね。



せっかくみんなでスカイツリーに来たんだ。

楽しもう。

私が楽しむことが、

今この場で出来るみんなへの恩返しだと思う。


で、明日から勉強頑張って、

自分に力をつけてから、また恩返ししよう。


その後、スカイツリーの商業施設で美味しいものを食べ、

水族館に行った。


たくさん笑った。

数ヶ月ぶりに心の底から楽しんだ。

こんな時間がいつまでも続けばいいのに、と思っちゃいけない。

また笑うために、私は頑張らなきゃいけないんだ。



そして、解散のとき。

このメンバーで集まるのは、何ヶ月後になるんだろう。

いや、何年後かもわからない。

ただ、また集まった時に、

私は立派な人間になってなきゃいけない。



ケイ、今日は誘ってくれてありがとう。

ここが私の人生の分岐点になったよ。

「私は親友を遊びに誘っただけよ~。」

チョビ子が私の顔を覗き込んで、

「大丈夫か?家まで送ろうか?」

いやいいって、心配症だなチョビ子はー。

…ありがとね。



「角谷さん、一度家に帰ってみるといい。」

西住まほちゃんが提案してきた。

「私も…実はドイツで上手くいかないことがたくさんあってだな。」

「あんなお母様だけど、いつでも帰ってきなさいと言ってくれてるんだ。」

「身体の疲れは取れても、気持ちの疲れってのはなかなか取れない。」

「家に帰って、家族といるのもまた良いだろう。」

あ。

そう言えばお母さんがしょっちゅう、実家に顔出せって言ってたっけ。

いつも「そのうちね~」ってはぐらかして、

結局大学行ってから一度も帰ってなかった。



「私も疲れちゃって疲れちゃって…。」

「だからこうやってカチューシャに会いに来たのよ~。」

ダージリンがワシャワシャとカチューシャの頭を撫でる。

「だからソレやめなさいよ!!」

あはは、仲良いなぁ。

「アンズ、アンタは私と似てるんだから、」

「諦めるなんて文字は一番似合わないのよ!」

カチューシャは私にビシッと指をさした。

ダージリンも深く頷いた。





私はみんなに深々と頭を下げた。

ありがとう。

今日は本当にありがとう。


みんなは日本各地の帰るべき場所へと帰って行った。

…家族、か。



私は次の日、大学に行った。

講義は今まで話を聞かないでボーッとしてたから、

勿論全然わからなかった。

でも気持ちは違った。

私はやれば出来る。

追いついて、追い越してやる。

私の心にポッカリ空いた穴は、自信とやる気に満たされていた。

やるぞ。



土曜日。

私は水戸の実家に帰っていた。

両親には、大学で落ちぶれていたこと、

そして仲間に元気付けられたことを話した。


お父さんには、

やりたい事をやりなさい。

何もやらないのはダメだ。

と言われ、

頭を撫でられた。


その夜は、お母さんのあんこう鍋をお腹いっぱい食べた。

両親は、私の心の疲れを癒してくれた。



実家で一泊。

翌日は水戸駅から、あの赤い列車に乗った。

上野から水戸まで乗った新型の特急列車より、

車内にガラガラガラとエンジン音が響き渡る、

この列車の乗り心地の方が好きだった。


田んぼの中の単線高架を、2両編成の列車がゆっくり進んで行く。

車窓から大洗の町が遠くに見える。

しかし町の奥に灰色の巨大な壁が。

あ。

帰港してるんだ。

大洗女子の学園艦。


しかし私は誰にも会う気は無かった。

今日大洗に来たのは、

自分が立派な人間になるので、神様見守っててくださいと、

神社にお参りするため。



好きな町並み、好きな景色。

心地よい潮の香り。


磯前神社にお参りを済ませた後、

私はホテル前の海辺を歩いていた。


なんて気分の良い。

東京の満員電車を地獄に例えるなら、

ここはまさしく天国だ。



うわっと。

すっこけてしまった。

たはは、どんくさ。

「…角谷さん?」

え?

そこにいたのは冷泉ちゃんだった。



私と冷泉ちゃんは、海の方に向かって腰掛けた。

「おばあと喧嘩してな。」

どうやら冷泉ちゃんは、

帰港しておばあちゃんに会いに行って、進路のことで喧嘩したらしい。

冷泉ちゃんは高校卒業したらどうするの?

「私は働く。」

えっ。

「ウチは親の遺産で暮らしてる、収入がない。」

「私が働かないと。」

…おばあちゃんはなんて?

「おばあは…お金の心配しなくて良いから、大学行けと…。」

それで喧嘩しちゃったんだ。



冷泉ちゃんは、大学行きたくないの?

「…本当のこと言うと、私みたいなグータラを雇ってくれるとこなんかない。」

「ちゃんと勉強して、生活習慣改めて…。」

「良い企業に就職しないと…。」

「今すぐ働いたって、どうせ身体がついていかなくて、」

「寝坊ばっかして即クビになるだろう。」

…大学、行きたいんだ。

「…あぁ。」


大学に行きたくても行けない人がいるのに、

私は今まで大学で燻ってたなんて。

なんて罰当たりだ。


私にできることは。



「冷泉ちゃんなら奨学金が出る。確実に。」

冷泉ちゃんはキョトンとした。

「これでお家のお金に負担がかからなくなる。」

私は冷泉ちゃんに大学に行って欲しかった。


「でも…寝坊ばっかしてる私にお金をくれるとは…。」

私に任せてよ。

なんたって大洗女子元生徒会長の角谷杏様だよ?

「…ふふっ。」

「今度はどんな手を使って、大人を揺さぶるんだ?」

冷泉ちゃん、笑ってくれた。

そして、大学に行くと約束してくれた。

冷泉ちゃんなら大丈夫。



その後、今の大洗女子の話を聞いた。

楽しくやってるみたい。

みんなみんな元気だって。

そりゃ良かった。

気分はすっかりOGだ。



「さて、そろそろ帰るよ。」

「学園艦、寄ってかないのか?」

「今日中に東京帰らないと、明日も大学だし。」

冷泉ちゃんは寂しそうな顔をする。

「河嶋さんや小山さん、そど子やほかの卒業生もみんな顔出しに来てるぞ。」

「来てないのは角谷さんだけだ。」

「みんな会いたがってる。」

嬉しいねぇ。

でも。

「ごめんねぇ、また来るよ。」

「そうか…。」


冷泉ちゃんが奨学金を絶対もらえるように約束した後、私たちは別れた。

…今度、学園長と連絡とって話の場を設けないと。



再び赤い列車に乗って大洗を離れてるとき、

画面の割れた携帯に、西住ちゃんからの着信と、「今どこにいますか」というメールが表示されていた。

冷泉ちゃんが、私が大洗にいることを教えたのかな。

もう東京に帰るよ。

とだけメールを返して、携帯をカバンに入れた。



その後水戸の実家に一度戻り、水戸駅から東京方面の特急列車に乗り込んだ。


外が暗くなり、車窓に自分の顔が映った。

私は私を見て誓う。


次にみんなと会うのは、

大洗女子の生徒会長角谷杏の上を行く、

もっともっとしつこくずぶとく、

絶対に諦めない、

そして優しい人間になったときだ。


私はたくさんの仲間からたくさんの恩を受けた。

私はその恩を何倍にもして返す義務がある。

その義務は決して苦痛なんかじゃない。

仲間が喜べば、

私も喜ぶからだ。



大きな決心をした私は、

両親から渡された、紙袋いっぱいに入った干し芋を一袋取り出し、

開けて食べた。


数ヶ月ぶりに食べた干し芋は、

さいこーに美味かった。



おわり



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